IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社日立製作所の特許一覧

特開2025-92216オイル特性の推定モデルの生成方法、オイル特性の診断方法、およびオイル特性の診断システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025092216
(43)【公開日】2025-06-19
(54)【発明の名称】オイル特性の推定モデルの生成方法、オイル特性の診断方法、およびオイル特性の診断システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/359 20140101AFI20250612BHJP
   G01N 21/3577 20140101ALI20250612BHJP
   G01N 33/30 20060101ALI20250612BHJP
【FI】
G01N21/359
G01N21/3577
G01N33/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023207957
(22)【出願日】2023-12-08
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】小島 恭子
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA05
2G059BB04
2G059CC14
2G059EE01
2G059FF10
2G059HH01
2G059HH02
2G059HH03
2G059MM01
2G059MM12
(57)【要約】
【課題】
本発明の目的は,酸化劣化によって色が変化しない化合物を光学的に定量する技術を提供することにある。
【解決手段】
本発明の他の一側面は、光源と,光源から放射された光を検出する検出器を有する光学式センサを用いて,波長250nmから800nmの紫外可視波長域でモル吸光係数の最大値が50以下である添加物を含むオイルの,波長800nmから3000nmの範囲の吸収スペクトルを取得し,前記吸収スペクトルに基づくデータを情報処理装置に実装された推定モデルに入力して,前記添加物の濃度を予測すること特徴とする,オイル特性の診断方法である。
【選択図】 図19
【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力装置,出力装置,処理装置,および記憶装置を備える情報処理システムを用い,
前記情報処理システムは,機械学習可能な推定モデルを生成する推定モデル生成部を備え,
前記推定モデル生成部に,波長800nmから3000nmの少なくとも一部の波長の光を,添加物を含むオイルに透過させて得られる吸収スペクトルと,前記オイルの特性を反映した値を入力し,
前記吸収スペクトルに基づく値を説明変数とし,前記オイルの特性を反映した値を目的変数として,推定モデルを生成する,
オイル特性の推定モデルの生成方法。
【請求項2】
前記光の波長は800nmから2500nmの範囲である,
請求項1に記載のオイル特性の推定モデルの生成方法。
【請求項3】
前記オイルは,前記添加物として,芳香環を持たない有機化合物を含み,前記オイルの特性を反映した値は前記有機化合物の量と相関を持つ,
請求項1に記載のオイル特性の推定モデルの生成方法。
【請求項4】
前記オイルは,前記添加物として,波長250nmから800nmの紫外可視域のモル吸光係数の最大値が50以下である有機化合物を含み,前記オイルの特性を反映した値は前記有機化合物の量と相関を持つ,
請求項1に記載のオイル特性の推定モデルの生成方法。
【請求項5】
前記説明変数は,前記吸収スペクトルを1または複数回微分した値である,
請求項1に記載のオイル特性の推定モデルの生成方法。
【請求項6】
前記オイルの特性を反映した値は,前記添加物の濃度である,
請求項1に記載のオイル特性の推定モデルの生成方法。
【請求項7】
前記オイルを透過する光の光路長は,1mmから20mmである,
請求項1に記載のオイル特性の推定モデルの生成方法。
【請求項8】
前記推定モデル生成部は,PLS回帰分析を用いた多変量解析を行う,
請求項1に記載のオイル特性の推定モデルの生成方法。
【請求項9】
請求項1記載の推定モデルを実装した情報処理装置からなる診断システムを用いた,オイル特性の診断方法であって,
前記診断システムに,波長800nmから3000nmの少なくとも一部の波長の光を,前記添加物を含む前記オイルと同じ種類の診断対象オイルに透過させて得られる吸収スペクトルを入力し,
前記吸収スペクトルに基づく値を前記推定モデルに入力し,
前記推定モデルから前記診断対象オイルの特性を反映した値を得る,
オイル特性の診断方法。
【請求項10】
前記吸収スペクトルを1または複数回微分した値を前記推定モデルに入力する,
請求項9記載のオイル特性の診断方法。
【請求項11】
前記オイルの特性を反映した値は,前記添加物の濃度である,
請求項9記載のオイル特性の診断方法。
【請求項12】
前記診断システムは,前記オイルの特性を反映した値を,前記オイルの粘度,全酸価,使用時間の少なくとも一つに変換するデータを利用可能であり,
前記オイルの粘度,全酸価,使用時間の少なくとも一つを出力する,
請求項9記載のオイル特性の診断方法。
【請求項13】
さらに,前記診断システムに,波長250nmから800nmの範囲の紫外可視域の波長の光を,前記添加物を含む前記オイルと同じ種類の診断対象オイルに透過させて得られる色情報を入力し,
前記色情報と検量線を用いて,前記オイルの特性を推定する,
請求項9記載のオイル特性の診断方法。
【請求項14】
請求項1記載の推定モデルを実装した情報処理装置からなるオイル特性の診断システム。
【請求項15】
光源と,光源から放射された光を検出する検出器を有する光学式センサを用いて,
波長250nmから800nmの紫外可視波長域でモル吸光係数の最大値が50以下である添加物を含むオイルの,波長800nmから3000nmの範囲の吸収スペクトルを取得し,
前記吸収スペクトルに基づくデータを情報処理装置に実装された推定モデルに入力して,前記添加物の濃度を予測すること特徴とする,オイル特性の診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,オイルの診断技術に係る。特に,潤滑油,絶縁油,加工油などの産業用油を使用する大型機械の保守に関し,潤滑油などのオイル中の使用に伴う組成の変化を計測して,オイルの余寿命診断と機械の予兆診断を行うことにより,機械の監視を行うのに好適な技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
大型回転機械の保全・保守を行う上で,軸受,歯車などの回転部品で使用される潤滑油の性状診断は重要な技術である。大型回転機械の例として,例えば,風力発電機の増速機,空気圧縮機,船舶,発電タービン,建設機械,農業機械,切削機,ポンプ,鉄道車両の減速機などがある。
【0003】
潤滑油以外では,変圧器などでは電気絶縁のための絶縁油が使用されており,絶縁油の性状診断も重要である。また,機械加工の際に加工油等も用いられる。加工油として切削加工油,プレス加工油,熱処理油,防錆油,洗浄油など,様々な用途に合わせた加工油がある。本明細書等では,潤滑油,絶縁油,加工油などの産業用油を総称してオイルということがある。
【0004】
潤滑油には,使用目的により,エンジン油,タービン油,油圧作動油,軸受油,摺動面油,ギヤ油,圧縮機油,切削油,などの種類がある。各種潤滑油が要求性能を満たすよう,基油(基材となる油)にいろいろな添加剤が配合される。他のオイルでもそれぞれに要求される性質を得るために,添加剤が配合されている。
【0005】
近年の機械の状態監視は,機械のライフサイクルコストが最小になるような戦略を取ることが多い。発電タービンなどの大型機械は潤滑油を大量に使用し,潤滑油交換は,機械を停止して行うために,発電ロス,製造停止などの負の側面がある上に,新油購入・配送費用,オイル交換作業費用,廃油処理費用などが必要となるため,潤滑油をできるだけ長く使用することが望まれる。電気自動車やデータセンタの冷媒液なども,オイル診断を実施し,交換やハードの修理を実施している。変圧器の絶縁油も同様に,色などを監視している。
【0006】
また,最近では,カーボンニュートラルの観点から,石油由来の燃料を大量に使用する,自動車などが電動化され,今後,燃料需要は減っていくが,産業用油は代替法が無い場合が多く,オイル交換周期を長くするなどにより,使用量を最小にすることが要求される。これは,オイル消費量を減らすことで,二酸化炭素排出量が減るからである。しかし,オイルの劣化と汚染を見逃すと,機械の故障につながる。
【0007】
潤滑油の性状診断について,「劣化」と「汚染」をそれぞれ定義し,区別する。大別すると,(1)潤滑油の経時的な酸化劣化と,(2)水,塵埃や摩耗粉などの外部混入物による汚染の2種類を診断する必要がある。
【0008】
(1)の潤滑油の酸化劣化としては,基油の酸化による劣化,添加剤の消耗による劣化などがある。潤滑油の酸化劣化により,耐摩耗性の低下,粘度および粘度指数の変化,防錆性の低下,防食性の低下などが起こる。結果として,増速機の摩耗や材料疲労が促進されることがある。オイルをできるだけ長く使用したい一方で,異常な劣化や汚染がある場合には速やかにオイル交換と機器の点検を行う必要がある。
【0009】
従来の潤滑油の診断技術として、特許文献1には、ジフェニルアミン骨格を有する添加剤を含有する潤滑油の光学特性を測定するセンサと,相関データを記憶する記憶装置と,前記センサによって得られたデータと前記相関データに基づいて,ジフェニルアミン骨格を有する添加剤の潤滑油中の残存量を求める処理装置を備えるシステムが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2022-118670号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1では,可視光源と受光素子を備え,潤滑油の色度を計測する透過式の光学式センサが用いられており,光学式センサによって得られる潤滑油の色度より潤滑油中のジフェニルアミン骨格を有する添加剤の残量を定量する。この手法は,潤滑油などの油の性状を,非接触で遠隔から測定できる方法として優れている。
【0012】
しかし,潤滑油の性状を色度によって計測する方法は,酸化劣化によって色が変化しない添加剤を定量困難であった。
【0013】
そこで本発明の目的は,酸化劣化によって色が変化しない化合物を光学的に定量する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の一側面は、入力装置,出力装置,処理装置,および記憶装置を備える情報処理システムを用い,前記情報処理システムは,機械学習可能な推定モデルを生成する推定モデル生成部を備え,前記推定モデル生成部に,波長800nmから3000nmの少なくとも一部の波長の光を,添加物を含むオイルに透過させて得られる吸収スペクトルと,前記オイルの特性を反映した値を入力し,前記吸収スペクトルに基づく値を説明変数とし,前記オイルの特性を反映した値を目的変数として,推定モデルを生成する,オイル特性の推定モデルの生成方法である。
【0015】
本発明の他の一側面は、上記の推定モデルを実装した情報処理装置からなる診断システムを用いた,オイル特性の診断方法であって,前記診断システムに,波長800nmから3000nmの少なくとも一部の波長の光を,前記添加物を含む前記オイルと同じ種類の診断対象オイルに透過させて得られる吸収スペクトルを入力し,前記吸収スペクトルに基づく値を前記推定モデルに入力し,前記推定モデルから前記診断対象オイルの特性を反映した値を得る,オイル特性の診断方法である。
【0016】
本発明の他の一側面は、上記の推定モデルを実装した情報処理装置からなるオイル特性の診断システムである。
【0017】
本発明の他の一側面は、光源と,光源から放射された光を検出する検出器を有する光学式センサを用いて,波長250nmから800nmの紫外可視波長域でモル吸光係数の最大値が50以下である添加物を含むオイルの,波長800nmから3000nmの範囲の吸収スペクトルを取得し,前記吸収スペクトルに基づくデータを情報処理装置に実装された推定モデルに入力して,前記添加物の濃度を予測すること特徴とする,オイル特性の診断方法である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば,酸化劣化によって色が変化しない化合物を光学的に定量することができる。上記以外の課題,構成,効果などについては,以下の実施形態の説明により明らかになる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】ベンゼンの分子構造を示す構造式。
図2】ナフタレンの分子構造を示す構造式。
図3】フェノールの分子構造を示す構造式。
図4】アニリンの分子構造を示す構造式。
図5】BHTの酸化反応機構を示す構造式。
図6】リン系添加剤の分子構造を示す構造式。
図7】近赤外吸収スペクトルを計測する光学式センサの模式図。
図8】近赤外吸収スペクトルの計測する他の光学式センサの模式図。
図9】イオウ含有添加剤の構造を示す構造式。
図10】リン酸のアルキルエステル系添加剤の分子構造を示す構造式。
図11】ポリアクリレート型分散粘度調整剤の分子構造を示す構造式。
図12】実施例のオイル診断システムのブロック図。
図13】実施例のオイル診断方法の流れ図。
図14】実施例の実測データ収集処理の流れ図。
図15】使用時間と油の粘度,全酸価,および酸化防止剤濃度の関係を示すグラフ図。
図16】近赤外スペクトルの一例のグラフ図。
図17】実施例の性状推定モデル生成処理の流れ図。
図18】近赤外スペクトルの一例を二回微分したグラフ図。
図19】実施例のオイル性状の推定処理の流れ図。
図20】実施例の推定モデルを用いた予測値と実測値の整合性を示すグラフ図。
図21】実施例の風力発電機の潤滑油の監視システムの概略図。
図22】潤滑油用センサを備えた回転部品の概念図。
図23】実施例による潤滑油診断処理を示すフロー図。
図24】時系列的に保存された潤滑油の酸化防止剤濃度の概念を示すグラフ図。
図25】結果の表示例であるグラフ図。
図26A】近赤外吸収スペクトルを利用して定量可能な有機化合物の構造式(1)。
図26B】近赤外吸収スペクトルを利用して定量可能な有機化合物の構造式(2)。
図26C】近赤外吸収スペクトルを利用して定量可能な有機化合物の構造式(3)。
図27】近赤外吸収スペクトルを利用して定量可能な有機化合物の構造式(4)。
【発明を実施するための形態】
【0020】
実施の形態について,図面を用いて詳細に説明する。ただし,本発明は以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。本発明の思想ないし趣旨から逸脱しない範囲で,その具体的構成を変更し得ることは当業者であれば容易に理解される。
【0021】
以下に説明する実施例の構成において,同一部分又は同様な機能を有する部分には同一の符号を異なる図面間で共通して用い,重複する説明は省略することがある。
【0022】
同一あるいは同様な機能を有する要素が複数ある場合には,同一の符号に異なる添字を付して説明する場合がある。ただし,複数の要素を区別する必要がない場合には,添字を省略して説明する場合がある。
【0023】
本明細書等における「第1」,「第2」,「第3」などの表記は,構成要素を識別するために付するものであり,必ずしも,数,順序,もしくはその内容を限定するものではない。また,構成要素の識別のための番号は文脈毎に用いられ,一つの文脈で用いた番号が,他の文脈で必ずしも同一の構成を示すとは限らない。また,ある番号で識別された構成要素が,他の番号で識別された構成要素の機能を兼ねることを妨げるものではない。
【0024】
図面等において示す各構成の位置,大きさ,形状,範囲などは,発明の理解を容易にするため,実際の位置,大きさ,形状,範囲などを表していない場合がある。このため,本発明は,必ずしも,図面等に開示された位置,大きさ,形状,範囲などに限定されない。
【0025】
本明細書で引用した刊行物,特許および特許出願は,そのまま本明細書の説明の一部を構成する。
【0026】
本明細書において単数形で表される構成要素は,特段文脈で明らかに示されない限り,複数形を含むものとする。
【0027】
本明細書等においては,波長250nmから800nmの範囲を紫外可視域,波長800nmから2500nmの範囲を近赤外域,と,それぞれ記載する。
【0028】
本明細書等においては,ある波長におけるモル吸光係数が大きいとは,当該波長における光吸収強度が大きいことを示し,ある波長におけるモル吸光係数が小さいとは,当該波長における光吸収強度が小さいことを示す。
【0029】
実施例に係る,潤滑油などの添加剤を含むオイルの近赤外域の光吸収強度変化を用いた機械の監視方法は,近赤外域の光学式センサによるオイルの劣化および汚染の診断において,紫外可視域のモル吸光係数の最大値が50以下さらには20以下である添加剤の濃度の正確な定量を実現する。なお原理的に(透過率=1-吸収率)であるとすれば,実施例では透過率と吸収率は同じ意義を持つ。また,透過率と吸収率は,パーセントで表現することも可能である。
【0030】
潤滑油には,エンジン油,タービン油,油圧作動油,軸受油,摺動面油,ギヤ油,圧縮機油,切削油などの種類がある。潤滑油は,基油と添加剤から構成される。添加剤には,酸化防止剤,錆止め剤,消泡剤,粘度指数向上剤,油性向上剤,極圧添加剤,清浄分散剤,流動点降下剤,乳化剤などがある。潤滑以外の目的で使われるオイルとして,変圧器油,洗浄油,切削油などがある。多くのオイルは,使用による添加剤消耗度が,交換時期の判定や機械の異常の指標となる。添加剤の濃度は,近赤外域の吸収率変化の計測によって定量が可能である。
【0031】
実施例で説明される一つの例は,波長250nmから800nmの範囲,すなわち,紫外可視域におけるモル吸光係数が50以下である添加剤を含むオイルの診断方法であって,オイルの透過光強度を,波長800nmから2500nmの範囲,すなわち近赤外域に感度を持つ検出器を有する光学式センサで計測することにより,前記添加剤の濃度を定量してオイルの状態を判定する,オイルの診断方法である。
【0032】
この構成によれば,光センサによって,オイル(計測対象)の波長250nmから800nmの範囲の光吸収強度の変化を測定してオイルの性質変化を検出する際に,酸化されても色が変化しにくい添加剤の濃度を正確に定量することにより,オイルの状態を正確に判定することができる。
【0033】
<添加剤の機能>
潤滑油は,基油と添加剤から構成され,基油には,石油から作られる鉱油,高性能な合成油,植物から作られるバイオ油,生分解性油などがある。潤滑油の劣化は,酸素が関与する酸化反応である。代表的な添加剤である酸化防止剤は,基油の酸化を防ぐために添加され,通常は,酸化防止剤がある程度枯渇すると,基油の酸化が始まる。基油の酸化が始まると,粘度の変化が起こり,潤滑膜の厚さが変化するなど,潤滑特性の低下が起こるため,一般的にはオイル交換が推奨される。従って,酸化防止剤の消耗度を監視することで,潤滑油の余寿命推定が可能になる。
【0034】
添加剤のうち,極圧添加剤や摩擦防止剤は,部品の摺動面での摩耗を防ぐ機能があり,これらの極圧添加剤や摩擦防止剤の消耗は,部品摩耗の加速につながるため,極圧添加剤や摩擦防止剤の濃度の観点から潤滑油の余寿命を求めることがある。従って,極圧添加剤や摩擦防止剤の消耗度を監視することで,潤滑油の余寿命推定が可能になる。前記酸化防止剤と,極圧添加剤や摩擦防止剤の残量や濃度うち,いずれかが閾値に到達する時を潤滑油の寿命と判定し,一般的には,この時に,一般的にはオイル交換が推奨される。
【0035】
その他の,錆止め剤,消泡剤,粘度指数向上剤,油性向上剤,清浄分散剤,流動点降下剤,乳化剤などについても,潤滑油の使用に伴い,消耗することが知られており,潤滑油の機能面から閾値を設け,オイル交換判定の指標にされることがある。
【0036】
<添加剤の劣化と着色>
有機化合物の劣化は,一般的に,酸素および酸素から生成する活性ラジカルとの反応による酸化である。
【0037】
芳香環を持つ化合物は,酸化されると着色化合物を生成する傾向がある。芳香環を持たない化合物,例えば,基油として用いられる,脂肪族炭化水素,ポリアルキレンオキサイド(PAO),添加剤として用いられる,カルバメート,アルキルアルコールとリン酸のエステル,界面活性剤,分散剤,消泡剤などは,酸化しても着色化合物を作らない傾向が強い。これは,非芳香族化合物は,電子共役系が無いか,あっても小さい共役系であるためである。
【0038】
<有機化合物の色>
有機化合物の構造と色の関係を説明する。色の見え方には,発光の色と光吸収によって見える色の2種類がある。有機化合物の色は,波長400nmから800nmの,可視光の特定の波長の光を吸収することで発現する。具体的には,例えば,色相環では,赤と緑,黄色と青などが対向する位置にあり,これを補色の関係であると呼ぶが,波長が短い青色の光を吸収すると黄色に見え,波長が長い赤色の光を吸収すると緑色に見える。
【0039】
光の吸収とは,分子がその光が持つエネルギーを吸収できることを意味する。分子による光の吸収には,波長によってモードが複数存在する。可視光域の光吸収は,エネルギー的には分子の価電子励起によるもので,電子が,相対的にエネルギーが低い軌道から,エネルギーが高い別の起動に上がることによって起こる。この時,最初に電子がいる軌道と,励起後に電子がいる軌道との間に,軌道の重なりがないと,電子が移動できない。原子間の結合は,電子軌道同士が重なることでできている。
【0040】
ここで,有機化合物のσ結合とπ結合について説明する。例えば,炭素原子は4つの手を利用して、他の原子や分子と結合できる。1本の手を使って水素などの他の原子と結合する場合がσ結合である。σ結合は非常に結合エネルギーが高く、結合力は強いために安定である。σ結合は,1本の手だけでつながっているので,自由回転できる。
【0041】
一方で,π結合は,手を2本または3本使って結合している。これを,二重結合,三重結合と呼んでいる。二重結合では,原子間の結合軸に対して垂直に手を出した後、頑張って結合する状態がπ結合である。二重結合では、一つのσ結合と一つのπ結合が存在し,結合は弱い。三重結合は、一つのσ結合と二つのπ結合からできている。π結合は,σ結合と比較すると不安定で反応性が高い。しかしながら,ベンゼンおよび置換ベンゼン,ナフタレン,アントラセンのような芳香環を有する化合物は,共役と呼ばれる電子状態が存在し,電子が芳香環全体に広がって存在することで非常に安定した構造になる。
【0042】
次に,原子間の結合と色の関係を説明する。σ結合における,電子遷移のエネルギー差,すなわち,σ結合の結合性軌道と反結合性軌道の間のエネルギー差は,500kJ/mol以上であり,波長にすると,200nm以下であるため,色として見えない紫外光しか吸収しない。共役π結合では,電子の広がりにより,遷移エネルギーが小さくなる効果があり,吸収する光の波長が長くなり,200nmから400nmの紫外域の光が吸収される。
【0043】
<芳香環を持つ化合物の酸化>
図1はベンゼンの分子構造を示す図である。
図2はナフタレンの分子構造を示す図である。
図3はフェノールの分子構造を示す図である。
図4はアニリンの分子構造を示す図である。
【0044】
芳香環を持つ化合物の中では,ベンゼン(図1),ナフタレン(図2)などのように,対称性が高い構造を有する化合物は,電子の偏りがないため,反応性が非常に低く化学的に安定である。すなわち,酸化されにくい。
【0045】
一方で,フェノール(図3),アニリン(図4)などのように,置換基を持つ芳香族化合物では,分子構造の対称性が低くなり,分子内の電子の偏りがあるため,フェノールにおける,C-O結合など,エネルギーが低い結合で化学反応が起こりやすい。
【0046】
ほとんどの潤滑油に添加されている酸化防止剤として,フェノール系化合物,フェニルアミン系化合物が代表的である。酸化防止剤の機能は,このような反応性を利用したものである。すなわち,酸化防止剤自身が酸化されることで,基油や他の添加剤が酸化されて機能を失うことを防いでいる。
【0047】
フェノール系酸化防止剤やアミン系酸化防止剤は,酸化されることにより,可視光を強く吸収する,キノン系化合物を生成することが知られている(例えば特許文献1参照)。
【0048】
図5は,代表的なフェノール系酸化防止剤BHTが酸化されてベンゾキノン誘導体が生成する反応を示す図である。例えば,ベンゼンとp-ベンゾキノンとを比較すると,ベンゼンの吸収極大は255nmで無色であるのに対して,p-ベンゾキノンは,440nmに吸収極大があり,鮮やかな黄色の化合物である。例えば,ベンゼン環に,アルキル基が結合している場合でも,電子共役はアルキル基には広がらないため,BHTのような,アルキル置換フェノールでも吸収波長に大きな変化はない。
【0049】
図6に,リン系添加剤であるTPPおよびTPPTの構造を示す。リン系酸化防止剤やリン系極圧剤として多く用いられている化合物の中には,例えば,TPPおよびTPPTのように,リン酸とフェノールおよび置換フェノールのエステル化合物がある。これらは酸化防止剤として機能する。また,摺動面で加熱されると分解してフェノール(または置換フェノール)が生成し,さらには,フェノールが酸化されて,キノンが生成する。芳香環を持つ化合物からは,キノン以外の化合物も生成するが,一般的に,着色した化合物が生成しやすい。
【0050】
<酸化しても着色しない化合物>
有機化合物の劣化は,一般的に,酸素および酸素から生成する活性ラジカルとの反応による酸化である。
【0051】
芳香環を持たない化合物,例えば,基油として用いられる,脂肪族炭化水素,ポリアルキレンオキサイド(PAO),添加剤として用いられる,カルバメート,アルキルアルコールとリン酸のエステル,界面活性剤,分散剤,消泡剤などは,酸化しても着色化合物を作らない傾向が強い。これは,非芳香族化合物は,電子共役系が無いか,あっても小さい共役系であるためである。
【0052】
<モル吸光係数>
芳香族化合物は,酸化されると着色化合物を生成しやすいが,紫外-可視吸収スペクトルの観点からは,芳香環を持たない化合物と比較すると,紫外域の吸収が強い傾向がある。
【0053】
モル吸光係数εは,光路1cmあたりの1モル溶液の光学濃度,すなわち一定波長の光に対するある物質の1モル溶液1cm当たりの吸収の強さを表す量として定義され,式(1)で表される。
A=-logT=-log(I/IO)=ε×C×l … 式(1)
A:吸光度,
T:透過率,
I:透過光強度,
IO:入射光強度,
C:濃度(mol/L),
ε:モル吸光係数(L/(mol・cm)),
l:光路長(cm)
【0054】
モル吸光係数εが大きいほど呈色は強く、鋭敏になり、定量の感度は増加する。芳香族化合物は,一般に,波長250nmから800nmの紫外から可視域における極大吸収波長におけるモル吸光係数εが,100以上である。例えば,ベンゼンのεは180であり,ベンゼン環に置換基が加わることで吸収ピークは長波長シフトし,εは大きくなる傾向にある。すなわち,芳香族化合物は紫外から可視域で,感度よく測定できる。
【0055】
一方で,芳香環を持たない化合物の波長250nmから800nmの紫外から可視域における極大吸収波長におけるモル吸光係数εは,50以下である。すなわち,芳香環を持たない化合物では,紫外から可視域の感度が低い。
【0056】
<潤滑油の酸化による着色に関与する添加剤と関与しない添加剤>
前記のように,潤滑油の酸化による着色に関与するのは,芳香環を持つ添加剤である。着色に関与しない添加剤は,芳香環を持たない化合物である。着色に関与しない添加剤の濃度を監視したいという需要がある。
【0057】
<近赤外吸収スペクトルを用いた添加剤定量>
発明者の検討により,従来,定量が困難であった,潤滑油中の,酸化劣化により着色しにくい添加剤,すなわち芳香環を持たない化合物の定量を,光学式センサによる波長800nmから2500nmの近赤外光吸収スペクトル測定によって行うことが可能であることを見出した。
【0058】
図7は光学式センサの一つの形態を示す図である。光学式センサ700は,例えば波長800nmから3μm(3000nm)の近赤外光の少なくとも一部の波長を発生する光源701と,光源701から発生した光を検出可能な検出器703を内蔵する。光源701から放射された光(図中矢印で示す)は,被測定対象である潤滑油702を透過し,検出器703で透過光を計測する。光学式センサ700は,少なくとも波長800nmから3μm(3000nm)の近赤外光の少なくとも一部の波長の吸収スペクトルを得ることができればよい。
【0059】
近赤外分光法では,有機化合物の原子間結合の振動エネルギーを計測する。近赤外の波長域は,基本音の倍音と結合音のみが該当し,基本音を検出しないので,吸収強度が小さいことが特徴である。吸収が小さい理由は,倍音と結合音は,起こる確率が低い禁制遷移であるためである。
【0060】
このような,低確率の禁制遷移吸収を計測する近赤外分光法の利点は,優れた透過性であり,紫外可視分光と中赤外分光で問題となる濃度飽和の問題が起こりにくいため,潤滑油のような液体計測での光路長を極端に短くする必要がなく,3mmから20mm程度の光路長を選択可能である。
【0061】
潤滑油中の添加剤の定量のためのスペクトル解析としては,以下の代表例のようなスペクトル前処理を行う。第一のステップで,スペクトルノイズ除去のためのスムージングを行う。一例を挙げると,隣接する3点から20点程度の選択した区間に中央移動平均の手法を当てはめた手法を用いる。第二のステップでは,スペクトルに対して2次微分フィルタを適用することにより,スペクトルの変化量の変化が大きい波長を抽出でき,近赤外吸収スペクトルに特有な,複雑に重なってピーク位置が明瞭でないスペクトルからピークを抽出できる。これら二つのステップは,どちらを先に実行してもよい。
【0062】
次に,前処理済みのスペクトルに対して,機械学習の一種である多変量解析を行う。添加剤濃度の定量には,予測手法であるPLS(Partial Least Square)回帰分析を用いることができる。検量線の作成は,スペクトルを説明変数,HPLC(高速液体クロマトグラフ法)などの定量分析法で求めた添加剤濃度を目的変数とするデータセットを作成し,PLS回帰分析を行う。データセットを用いたPLS回帰分析のバリデーションは,クロスバリデーションを用いることができる。作成した添加剤濃度推定モデルを用いて,添加剤濃度が未知の潤滑油に対して,添加剤濃度推定を行う。
【0063】
<センサによる計測の形態>
潤滑油の近赤外吸収スペクトル測定は,近赤外域の波長の光を発生する光源と,近赤外域の波長を検出する検出器を有する,光学式センサ700によって行われる。測定対象の潤滑油は,光源701から出た光が,潤滑油702を透過した後の光強度を,検出器703で検出する。
【0064】
先に示した図7はセンサの一つの形態を示す図であるが,光源701から出た光は,ミラーによる反射,レンズによる集光,プリズム通過などの手段を用いて,潤滑油702を通過して検出器703に入射させる形態も可能である。
【0065】
図8はセンサの他の形態を示す図である。光学式センサ700Aは,光源701と検出器703を同一平面上に配置し,潤滑油702と接触させて,対向側に反射板704を設置し,光源701から出た光(図中矢印で示す)を,反射板704で反射させて,検出器703で受光する形態がある。この形態でも,光路の途中に,レンズ,ミラーやプリズムを設置してもよい。
【0066】
<対象とする添加剤>
本実施例では,分子構造に,芳香環を含まない添加剤の性状を光学的に測定することができる。芳香環を含まない有機化合物からなる添加剤の例を以下に示す。
【0067】
図9は,イオウ含有添加剤の構造を示す図である。
図10は,リン酸のアルキルエステル系添加剤の分子構造を示す図である。ここで,Rはアルキル基である。
図11は,ポリアクリレート型分散粘度調整剤の分子構造を示す図である。
【0068】
<適用範囲>
添加剤を含むオイルの種類には,エンジン油,タービン油,油圧作動油,軸受油,摺動面油,ギヤ油,圧縮機油,切削油,絶縁油,切削加工油,プレス加工油,熱処理油,防錆油,洗浄油などがある。添加剤の種類には,酸化防止剤,錆止め剤,消泡剤,粘度指数向上剤,油性向上剤,極圧添加剤,清浄分散剤,流動点降下剤,乳化剤などがある。
【実施例0069】
図12で,実施例のエンジン油の診断に用いるシステムの例を示す。実施例の診断システム1200は,サーバのような通常のコンピュータを利用して構成した。診断システム1200は,入力装置1210,出力装置1220,処理装置1230を備え,記憶装置1240に処理のためのプログラム及びデータを備える。記憶装置1240は,半導体メモリや磁気ディスク装置等公知の記憶装置を組み合わせて構成してよい。
【0070】
記憶装置1240は,推定モデル生成部1250と,オイル性状推定部1260を備える。本実施例では,同一装置に推定モデル生成部1250とオイル性状推定部1260を含むが,別々の装置で構成することもできる。
【0071】
推定モデル生成部1250は,実測データベース1251,前処理部1252A,学習データベース1253,多変量解析部1254を備える。
【0072】
オイル性状推定部1260は,前処理部1252B,推定モデル1261,特性変換テーブル1262を備える。
【0073】
図13で,診断システム1200を用いたエンジン油の診断例を示す。まず,実際のエンジン油から実測データを取得し、実測データベース1251を生成する。これはエンジン油のサンプルの採取や,公知の手法によるエンジン油の分析によって行う(S1310)。
【0074】
推定モデル生成部1250の前処理部1252Aを用いて,実測データからモデル生成のための説明変数および目的変数を準備し学習データベース1253に格納する。多変量解析部1254が,説明変数および目的変数を用いて,オイルの性状の推定モデル1261を生成する(S1320)。
【0075】
得られた推定モデル1261を用いて,オイル性状推定部1260により,オイルの性状を推定する(S1330)。
【0076】
この実施例では,エンジン油の新油の粘度は20cPであり,使用により粘度が25cPに到達した時点での交換が推奨されている。このエンジン油は,酸化防止剤の消耗により粘度上昇が起こるが,芳香環を持つ酸化防止剤を含んでいない。
【0077】
エンジン油には,図9に示したイオウ含有添加剤からなる酸化防止剤が使用され,新油中の濃度は3wt%であった。この酸化防止剤の波長250nmから400nmの間の極大吸収波長におけるモル吸光係数は,42であった。
【0078】
図14は,実測データ収集処理S1310のフロー図である。上記のエンジン油を,自動車のエンジンに適用して連続運転した。10時間ごとに(S1311)エンジン油10mlをサンプル採取し(S1312),図7あるいは図8の光学式センサで,近赤外域の吸収スペクトルを測定した(S1313)。近赤外吸収スペクトルの波長分解能は,1nmであった。また,採取したエンジン油について,高速液体クロマトグラフ法(HPLC)の一種であるLC/MSを用いて酸化防止剤の濃度を定量した。また、公知の任意の手法でエンジン油の粘度と全酸価を測定した(S1314)。また,特許文献1等に記載の方法により,RGB色座標を測定した(S1315)。測定した近赤外域吸収スペクトル,酸化防止剤濃度,粘度,全酸値,RGB色座標を時間情報と紐づけて,実測データベース1251に記録する(S1316)。なお,サンプル取得量や取得時間間隔は一例であり,また,オイル特性の分析法も公知ものから任意に選択してよい。
【0079】
図15に,実測データベース1251のデータ表現の一例として,使用時間と油の粘度,全酸価,および酸化防止剤濃度の関係グラフを示す。このような関係を参照データとして準備することにより,酸化防止剤濃度から全酸価を求めることができる。また,酸化防止剤濃度から粘度を求めることができる。
【0080】
さらに,図7あるいは図8に示した光学式センサにより,採取したエンジン油の近赤外吸収スペクトルを測定し(S1313),また別途特許文献1記載の手法で可視光域によりRGB色座標を測定した(S1315)。これらのデータも,時間と紐づけて実測データベース1251に格納した。なお,RGB色座標測定は,可視光による測定可否を確認するためであり,実際の運用では省略してもよい。
【0081】
図16に,エンジン油の近赤外吸収スペクトルの例を示す。この例では波長1550nm~1950nmに対する吸光度を示している。複数の曲線は,異なる使用時間を経た時点におけるスペクトルを示している。
【0082】
次に,測定した近赤外吸収スペクトルを用いて説明変数を生成し,LC/MSを用いて測定した酸化防止剤濃度を目的変数として,オイルの性状推定モデルを生成する(S1320)。
【0083】
モデルの生成においては,説明変数を入力とし,目的変数を出力とする公知の機械学習を用いたモデル生成が利用可能である。本実施例では,PLS回帰分析を行った。
【0084】
図17に,オイルの性状推定モデル生成処理S1320のフロー図を示す。この処理は,一般的なコンピュータによる推定モデル生成部1250が,ソフトウェアを処理装置1230が実行する処理によって行うこととした。
【0085】
まず前処理部1252Aは,実測データベース1251からある時点の近赤外吸収スペクトルのデータを読み出す(S1321)。前処理部1252Aにおける近赤外吸収スペクトルの前処理には,隣接9点のデータを用いたサビツキ―・ゴーレイ法(SG法: Savitzky-Golay 法)によるスムージング(S1322)と,スペクトルの2回微分(S1323)を行った。
【0086】
図18に,スペクトルを2回微分した結果のグラフを示す。複数の曲線は,異なる使用時間を経た時点におけるスペクトルの微分を示している。微分することにより,経時時間による近赤外吸収スペクトルの差異を強調することができる。微分は行わなくてもよい場合もある。また,1回のみ微分してもよい。あるいは3回以上微分してもよい。
【0087】
2回微分した近赤外吸収スペクトルを説明変数x、同じ時刻における酸化防止剤濃度を目的変数yとして学習データベース1253に格納する。
【0088】
多変量解析部1254は,説明変数xと目的変数yを用いてPLS回帰分析を行い(S1324)、オイルの性状の推定モデル1261を生成した。PLS回帰分析後には,クロスバリデーションを実施した(S1325)。生成した推定モデル1261は,オイル性状推定部1260に実装される。
【0089】
図19は,生成した推定モデル1261を用いた,オイル性状推定処理S1330のフロー図である。この処理は,一般的なコンピュータによるオイル性状推定部1260が,ソフトウェアによる処理によって行うこととした。
【0090】
まず、性状判定したい対象となるエンジン油の近赤外吸収スペクトルを取得して,診断システム1200の入力装置1210から入力する(S1331)。近赤外吸収スペクトルは,図7あるいは図8に示した光学式センサにより取得する。実施例の特徴の一つとして,かかる近赤外吸収スペクトルは非接触かつリモートで収集することが可能である点がある。
【0091】
近赤外吸収スペクトルは,図17で推定モデルを生成したときと同様の処理により,前処理部1252Bがスムージングや2回微分などの前処理を行う(S1332)。前処理後の近赤外吸収スペクトルをオイルの性状推定モデルに入力し,酸化防止剤濃度を推定する(S1333)。
【0092】
オイル性状推定部1260は,実測データベース1251の全部または一部を用いて,酸化防止剤濃度,粘度,全酸値を相互に変換する特性変換テーブル1262(必ずしもテーブル形式でなく、図15に示したような酸化防止剤濃度と粘度の関係を示すデータでもよい)を持つことができる。
【0093】
推定した酸化防止剤濃度と,特性変換テーブル1262に基づいて,エンジン油の粘度を推定する(S1334)。この分析の結果を用いて,酸化防止剤が初期濃度の40%に減少した時に,エンジン油の粘度が25cPに到達することが判明した。
【0094】
図20は,推定モデル1261を用いた酸化防止剤濃度の予測値と実測値の整合性を示すグラフである。リファレンス値は,サンプルの実測値であり,PLSモデルで解析した結果,得られたものがPLS回帰式である。この回帰式(推定モデル)を用いて,実測値から予測した結果が予測値であり,リファレンス値と予測値がよく一致している場合に,良好なPLSモデルが構築できている。図20を検量線とし,添加剤濃度が未知であるサンプルの濃度を定量することができる。
【0095】
一方で,採取油のRGB色座標と酸化防止剤濃度の相関係数は0.5と小さく,ベンゼン環を持たない有機化合物について,色座標を用いた粘度予測は困難であることが判明した。
【0096】
以上の例では,最終的にエンジン油の粘度を求め,出力装置1220から出力することにしたが,後述のように全酸価を出力してもよいし,濃度あるいは使用時間を出力してもよい。また,推定モデルの生成は特殊なハードウェアを用いずPLSを実行できるソフトウェアによる多変量解析を用いたが,GPU(Graphic Processor Unit)等を用いた他の公知の機械学習を採用してもよい。
【0097】
また,上記の例では,近赤外吸収スペクトルを説明変数x、酸化防止剤濃度を目的変数yに用いたが,目的変数として他の油の特性を反映した値(他の添加物濃度,粘度,全酸価,使用時間など)を用いることもできる。
【実施例0098】
大型船の油圧作動油(以下,作動油と記載する)の診断例を示す。この作動油は,図10に示すリン酸のアルキルエステル系の極圧剤を,新油中に2%含んでいた。この作動油は新油の酸価が1.6であり,酸価が2となったら交換することになっていた。これまでの経験から,平均3000時間の使用で要交換の状態になることが判っていた。
【0099】
大型船での使用条件と同じ条件で,作動油の連続使用を行い,10時間ごとに15mlを採取した。図7に示した光学式センサを用いて,採取油の近赤外域の吸収スペクトルを取得した。また,採取油を用いて,酸価,粘度,汚染度(質量法)をそれぞれ求めた。採取油中の取得した全酸価,粘度,汚染度は,酸化防止剤濃度との相関係数を求めたところ,酸価と酸化防止剤濃度の相関係数が最も大きく,0.98であった。そこで,酸化防止剤濃度の定量により,酸価を定量できることが判明した。
【0100】
取得した近赤外吸収スペクトルを,PLS回帰分析の説明変数とし,酸化防止剤濃度を目的変数とし,近赤外吸収スペクトルに対して11点のスムージングと2回微分を行った後,PLS回帰分析を行った。この結果に対し,クロスバリデーションを行った。
【0101】
この分析結果より,近赤外吸収スペクトルから酸化防止剤濃度を予測することが可能であることが判明した。また,酸化防止剤濃度から酸価を予測することも可能であることが判明した。
【実施例0102】
ガスエンジン油の診断例を示す。このガスエンジン油の新油は,図11の構造のポリアクリレート型分散粘度調整剤を1%含んでおり,新油の粘度は10cPであり,粘度が13cPになったら交換が推奨されている。
【0103】
このガスエンジンを連続運転し,エンジン油配管に設けられた,サイトグラス(透明な素材で作られた部品で,オイルの色が目視できるように設置される部品)に近赤外吸収スペクトルを測定可能な光学式センサを設置した。
【0104】
エンジンの運転中,1時間ごとに近赤外吸収スペクトルを測定し,1000時間まで継続した。また,20時間ごとにエンジン油を少量採取し,粘度測定と粘度調整剤濃度測定を実施した。粘度測定と粘度調整剤濃度測定の結果は,実施例2と同様に,図15のようなグラフで示すことができる。
【0105】
取得した近赤外吸収スペクトルと,別途測定した粘度データと,粘度調整剤濃度データを用いてPLS回帰分析を実施し,粘度調整剤濃度の推定モデルを生成する。推定モデルを用いて,エンジン油の近赤外吸収スペクトルから粘度と粘度調整剤濃度を予測可能であることを確認した。
【実施例0106】
本実施例は実施例1~実施例3の構成を,風力発電機の潤滑油の監視システム及び方法に適用したものである。本実施例は,風力発電機の機械的駆動部に供給される潤滑油の監視システムである。このシステムは,図12に示した診断システム1200を備える。
【0107】
監視システム中の記憶装置は,潤滑油の添加剤の濃度を時系列的に格納した添加剤濃度データをリファレンスとして記憶し,診断システム1200は,潤滑油の近赤外吸収スペクトルより求められる潤滑油中の添加剤濃度が所定閾値となる時間を推測する。
【0108】
(1.システム全体構成)
図21に潤滑油供給系統を有する風力発電機の潤滑油の監視システムの概略図を示す。風力発電機1のナセル3内部には,主軸31,増速機33,発電機34,図示しないヨー,ピッチなどの軸受があり,これらにはオイルタンク37から潤滑油が供給される。また,ハブ4,ナセル隔壁30,シュリンクディスク32,メインフレーム35,ラジエター36,カップリング38等,風力発電機の一般的な構成も備える。
【0109】
図21に示すように,風力発電機1は通常複数が同一敷地内に設置され,これらをまとめてファーム200aなどと呼ぶ。それぞれの風力発電機1には,潤滑油の供給系統に各種センサ(図示せず)が設置され,潤滑油の状態を反映したセンサ信号は,ナセル3内のサーバ210に集約される。
【0110】
また,各風力発電機1のサーバ210から得られるセンサ信号は,ファームごとに配置される集約サーバ220に送られる。集約サーバ220からのデータは,ネットワーク230を介して中央サーバ240へ送られる。中央サーバ240へは,他のファーム200bや200cからのデータも送られる。また,中央サーバ240は,集約サーバ220やサーバ210を介して,各風力発電機1に指示を送ることができる。中央サーバ240は,基本的に図12に示した診断システム1200の機能を備えており,実施例のシステムはベンゼン環を持たないオイルの遠隔監視が可能になっている。
【0111】
(2.センサ配置)
図22は,潤滑油用センサを備えた回転部品の概念図である。潤滑油は,ポンプなどの潤滑油供給デバイス301から回転部品302に供給される。潤滑油供給デバイス301は,オイルタンク37に接続されて潤滑油の供給を受ける。回転部品302は,例えば増速機33その他の機械的な接触が生じる部位一般であり,特に限定するものではない。
【0112】
光学式センサ304は潤滑油の状態を検知するために潤滑油の流路等に配置される。光学式センサ304の具体例は,図7あるいは図8に示した。
【0113】
本実施例では,回転部品302の潤滑油の排油口に接続する潤滑油の流路から分岐した流路(潤滑油経路の末端付近)に透明な測定部303を設け,この測定部303に潤滑油の一部を導入する。そして,測定部303に光学式センサ304を設置している。測定部303を潤滑油のメインの流路に設けていないのは測定部303における潤滑油の流速を潤滑油の状態を検知するのに適した流速に調整するためである。回転部品302から排出した潤滑油はフィルタ305を経由してオイルタンク37に戻る。なお,フィルタ305は必須ではない。光学式センサ304は,オイルの近赤外吸収スペクトルを測定する。潤滑油の近赤外吸収スペクトルの時間的な変化に基づいて潤滑油の状態を評価することができる。
【0114】
そして,本実施例では,光学式センサ304には,近赤外光源と受光素子を備えた,光学式センサが含まれる。光学式センサにより,潤滑油の近赤外吸収スペクトルを取得する。光学式センサ304は,近赤外光源からの近赤外光をオイル中に透過させ,オイルを透過した近赤外光を波長に応じた感度を持つ受光素子で検出することで近赤外吸収スペクトルを取得する。取得した近赤外吸収スペクトルは,各波長の光に対するオイルの吸収率あるいは透過率を反映している。取得した近赤外吸収スペクトルと推定モデルを用いて,潤滑油中の残存添加剤量を求め,劣化度診断と余寿命診断を行う。
【0115】
潤滑油は,使用により品質が劣化し,初期の機能を果たさなくなる。このため,品質の劣化状況に応じて,交換等のメンテナンスを行う必要がある。このようなメンテナンスのタイミングを知るために,現地に設置した光学式センサ304で収集し得るデータを,遠隔地でモニタできるようにすることは,保守管理の効率上有用である。光学式センサ304で収集したデータは,例えばナセル3内のサーバ210に集められ,その後ファーム200内でデータを集約する集約サーバ220を経て,複数ファームのデータを集約する中央サーバ240に送られる。
【0116】
ただし,LC(液体クロマトグラフ)測定やFT-IR(フーリエ変換赤外分光法)測定,NMR(核磁気共鳴)測定のように,測定のための設備が必要な分析については,適宜潤滑油のサンプルを収集し,別途設けられた設備により分析を行う必要がある。これらのLC測定,FT-IR測定,NMR測定で測定された結果も,別途中央サーバ240にデータとして格納し,データの集約を行い,これらのデータも考慮して潤滑油の性状を把握することが望ましい。
【0117】
また,集約されるデータとしては,潤滑油に関するデータだけでなく,風力発電機の稼動状況を示すデータを含めてもよい。例えば,風車出力値(大きいほど潤滑油の劣化速度大),実稼働時間(長いほど潤滑油の劣化速度大),機械温度(高いほど潤滑油の劣化速度大),軸の回転速度(速いほど潤滑油の劣化速度大)等である。これらは,風力発電機の各所に設置された公知の構成のセンサや,装置の制御信号から収集することができる。
【0118】
(3.潤滑油診断のフロー)
図23は,本実施例による潤滑油診断処理を示すフロー図である。図23で示す処理は,図20のサーバ210,集約サーバ220,中央サーバ240のいずれかのコントロール下で行われる。以下の例では中央サーバ240が行うものとする。計算や制御等の機能は,サーバの記憶装置に格納されたソフトウェアがプロセッサによって実行されることで,定められた処理を他のハードウェアと協働して実現される。なお,ソフトウェアで構成した機能と同等の機能は,FPGA(Field Programmable Gate Array),ASIC(Application Specific Integrated Circuit)などのハードウェアでも実現できる。
【0119】
中央サーバ240が制御を行う場合,配下に複数の風力発電機1を持つため,以下の処理は風力発電機ごとに行うものとする。この処理は基本的に繰り返し処理であり,開始タイミングはタイマーなどで設定され,例えば,毎日0時に処理を開始する(S601)。また,中央サーバ240が,オペレータの指示により任意のタイミングで行うこともできる。
【0120】
処理S602では,中央サーバ240は,潤滑油の交換時期をチェックする。交換時期の初期値は,例えば潤滑油が設計温度で動作しているという前提で,アレニウス反応速度を用いることにより物性的に計算し,余寿命を初期設定しておくことができる。この交換時期は,実測データに基づいて,後に処理S610で更新され得る。
【0121】
潤滑油の交換時期であった場合には,処理S603で潤滑油交換を行う。潤滑油交換は通常は,作業員による作業となるため,中央サーバ240は交換を行うべき時期と対象を作業員に指示するための表示や通知を行う。
【0122】
潤滑油の交換時期でない場合には,処理S604で,中央サーバ240はセンサデータによる診断を行う。センサデータとしては光学式センサで得られる潤滑油の近赤外吸収スペクトルに加えて,従来技術で測定できる油の温度,油圧,潤滑油に含まれる粒子の濃度等を用いることができる。光学式センサ304で収集されたデータは,中央サーバ240に送られ,例えば中央サーバが,センサから得られた油の温度,油圧,潤滑油に含まれる粒子の濃度を事前に定めた閾値と比較することにより,潤滑油の特性を評価する。
【0123】
処理S605で診断の結果が異常であれば,処理S603で潤滑油交換を行う。異常がなければ,処理S606を行う。
【0124】
なお,本実施例では潤滑油の近赤外吸収スペクトルを用いるとともに、従来の特許文献1に開示されるようなオイルのB/R値を取得して利用することも可能である。たとえば,処理S605では,例えば,光学式センサのR,G,B値に基づく,B/R値が減少から増加に変化した場合には汚染異常有りと判断する。このように,処理S605では,G/R値,B値,G値,ΔE値を用いて判断することもできる。このような,色情報と検量線を用いたオイルの特性評価については特許文献1に詳しい。
【0125】
S605では,粘度と残存添加剤量の相関を用いて,光学式センサで測定した近赤外吸収スペクトルにより推定される残存添加剤量に対応する粘度が所定の閾値を超えた場合に粘度異常有りと判断する。なお,粘度を求めることなく,残存添加剤量が所定の閾値よりも小さくなった場合に異常有りと判断することも可能である。近赤外吸収スペクトルによる残存添加剤量の推定方法は、実施例1~実施例3に説明したとおりである。
【0126】
処理S606では,中央サーバ240に近赤外吸収スペクトルや色度測定データなどを入力し,当該データは時系列的に保存される。
【0127】
風力発電機の予防的保全,計画的な保守という観点からすれば,異常有りと判断される前に,潤滑油に含まれる添加剤の濃度の推移に基づき潤滑油の劣化について予兆診断を行うことが望ましい。
【0128】
図24は,時系列的に保存された潤滑油の酸化防止剤濃度の概念を示すグラフ図である。横軸が時間(月)であり,縦軸は酸化防止剤濃度を示している。例えば,酸化防止剤濃度を定点観測しているものとし,60ヶ月経過時までの酸化防止剤濃度がプロットされている。経過時間と酸化防止剤濃度の間には有意な関係が認められ,例えば時間に伴い線形に酸化防止剤濃度が減少する。
【0129】
本例では処理S607で,粘度の閾値を200に設定しておき,時系列的に保存された添加剤濃度測定結果から推定される粘度が200になる時点を交換時期として推定する。推定方法としては,公知の種々の方法を採用してよい。実測値を得ている場合であれば,粘度が単調に増加することを前提に,データを外挿する公知の手法を用いることができる。また,さらに粘度が複雑に推移する場合には,関数フィッティング(曲線当てはめ)のような公知の手法を用いることができる。
【0130】
なお,本実施例では,光学式センサで計測した時系列的な近赤外吸収スペクトルを保存してそれに基づき潤滑油の劣化度を推定している。
【0131】
処理S607による交換時期推定結果は潤滑油診断結果として表示することができる(処理S608)。
【0132】
図25は,処理S610による結果の表示例を示す。50か月後に,粘度が200になると予測されたので,その前(例えば半月前)を新たな交換時期に設定すればよい。処理S610で1サイクルの処理が終了し,次のサイクルの処理S602では,新たな交換時期に従って判定処理を行う。
【0133】
なお,例えば,S608の後に,光学式センサで測定された近赤外吸収スペクトルや色度データを,潤滑油の診断結果の表示画面に表示することができる。このように表示画面に潤滑油の劣化状態を色で表示することにより,作業員は潤滑油の劣化状態を視覚的に認識することができる。これにより,例えば,作業員が現地で潤滑油の状態を目視した際に潤滑油の劣化状態を大まかに把握することの一助となる。
【実施例0134】
図26A図26Cに,実施例1~4で説明した光学式センサで測定された近赤外吸収スペクトルを利用して定量可能な有機化合物の例を示す。構造式(a)~(w)はすべて酸化防止剤である。(g)以降の構造式の名称は以下のとおりである。
(g) Triphenyl phosphite
(h) Tris(2,4-ditert-butylphenyl) phosphite
(i) Isodecyl diphenyl phosphite
(j) 2,2'-Methylenebis(4,6-di-tert-butylphenyl) 2-ethylhexyl phosphite
(k) 3,9-Bis(2,6-di-tert-butyl-4-methylphenoxy)-2,4,8,10-tetraoxa-3,9-diphosphaspiro [5.5] undecane
(l) 3,9-Bis(octadecyloxy)-2,4,8,10-tetraoxa-3,9-diphosphaspiro[5.5]undecane
(m) Tris(nonylphenyl) phosphite
(n) ジフェニルアミン
(o) 置換ジフェニルアミン
(p) 置換ジフェニルアミン
(q) 4,4'-Bis(α,α-dimethylbenzyl)diphenylamine
(r) N,N'-Di-sec-butyl-1,4-phenylenediamine
(s) N-(1,3-Dimethylbutyl)-N'-phenyl-1,4-phenylenediamine
(t) N-Isopropyl-N'-phenyl-1,4-phenylenediamine
(u) N,N'-Diphenyl-1,4-phenylenediamine
(v) 1-Anilinonaphthalene
(w) 6-Ethoxy-2,2,4-trimethyl-1,2-dihydroquinoline
【0135】
なお、図中(o)で示すRは,炭素数2から20の直鎖または分岐アルキル基,または,アルキル置換フェニル基を表している。
【0136】
図27に,実施例1~4で説明した光学式センサで測定された近赤外吸収スペクトルを利用して定量可能な有機化合物の例を示す。図26の構造式は清浄分散剤として用いられる。
【0137】
近赤外では,原理的には,ベンゼン環の有無にかかわらず,有機化合物の定量が可能であり、実施例の手法は有機化合物全般に適用可能である。それは,C-H,O-H,などの原子間振動が起こる波長は,分子構造によって決まるからである。しかしながら,ベンゼン環,特に,フェノール,フェニルアミンの構造を含む化合物は,酸化劣化により着色しやすく,特許文献1に記載のRGB色診断が可能である。例えば可視光のΔEやB値で定量できたジフェニルアミン系酸化防止剤は、近赤外の吸収スペクトルでも定量可能である。
【0138】
ただしRGB色診断用の可視光センサは価格が安く,近赤外センサは価格が高い。ベンゼン環を有し,色診断が可能な有機化合物に対してはRGB色診断を優先し,色診断が困難なものについて近赤外の吸収スペクトルを用いるなど,用途や対象とする添加剤に応じて両者を組み合わせて用いることで,コストパフォーマンスに優れた定量が可能となる。
【0139】
以上のように,本実施例によると,光学式センサによる近赤外吸収スペクトルを用いることにより,酸化防止剤,錆止め剤,消泡剤,粘度指数向上剤,油性向上剤,極圧添加剤,清浄分散剤,流動点降下剤,乳化剤など,多くの種類のオイル添加物の残量を検出できる。このため,適切な潤滑油交換等のメンテナンスにより,風力発電機の異常を未然に防止することができる。また,潤滑油の交換周期を最適化することも可能である。また,粘度を簡易な方法により測定することができ,光学式センサをナセル内に設置すれば潤滑油の劣化をオンライン遠隔監視することも可能となる。
【0140】
本実施例では,回転部品の潤滑油中に光学式センサを設置して監視する方法およびシス
テムについて述べたが,回転部品内の潤滑油を点検時などの採取し,回転部品外で光学式
センサによる測定を行い,同様の診断を行なうこともできる。
【0141】
本実施例によれば,光学式センサによって,オイル(計測対象)の近赤外の波長域の吸収スペクトル変化を測定して,オイルの組成変化を検出する際に,従来,色計測などでは定量が困難であった,酸化劣化しても色が変化しにくい添加剤の濃度を定量し,オイルの状態を正確に判定することができる。
【0142】
上記実施例によれば,効率の良いオイルの保守管理が実現可能となるため,消費エネルギーが少なく,炭素排出量を減らし,地球温暖化を防止,持続可能な社会の実現に寄与することができる。
【符号の説明】
【0143】
診断システム1200,推定モデル生成部1250,オイル性状推定部1260,実測データ収集処理S1310,性状推定モデル生成処理S1320,オイル性状の推定処理S1330
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26A
図26B
図26C
図27