(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025092263
(43)【公開日】2025-06-19
(54)【発明の名称】セミクラスレートハイドレートおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C09K 5/06 20060101AFI20250612BHJP
【FI】
C09K5/06 K
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023208034
(22)【出願日】2023-12-08
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】菅原 武
(72)【発明者】
【氏名】南川 和大
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 仁
(72)【発明者】
【氏名】平井 隆之
(57)【要約】
【課題】再結晶時に要するエネルギーを低減できるセミクラスレートハイドレートを提供する。あるいは、ハロゲン含有化合物などの環境負荷の大きい成分を含有していないセミクラスレートハイドレートを提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係るセミクラスレートハイドレートは成分A:水、成分B:テトラアルキルアンモニウムカチオンおよび/またはテトラアルキルホスホニウムカチオン、ならびに成分C:トリカルボン酸アニオンを含んでいる。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記成分A~Cを含んでいる、セミクラスレートハイドレート:
成分A:水;
成分B:テトラアルキルアンモニウムカチオンおよび/またはテトラアルキルホスホニウムカチオン;
成分C:トリカルボン酸アニオン。
【請求項2】
上記成分Bにおいて、中心の窒素原子またはリン原子は、4つのアルキル基と結合しており、このうち、
3つの上記アルキル基の炭素数は、いずれも、3~5個であり、
1つの上記アルキル基の炭素数は、1~6個である、
請求項1に記載のセミクラスレートハイドレート。
【請求項3】
上記成分Cの炭素数は、5~7個である、
請求項1に記載のセミクラスレートハイドレート。
【請求項4】
下記の手順で行う再結晶試験において、セミクラスレートハイドレートに再結晶する、
請求項1に記載のセミクラスレートハイドレート:
1. 1gのセミクラスレートハイドレートを、当該セミクラスレートハイドレートの分解温度よりも5℃高い温度にて30分間保持し、液体に状態変化させる。
2. 上記液体を、上記分解温度よりも10℃低い温度になるまで、0.1℃/分で冷却する。
【請求項5】
ハロゲン化合物を実質的に含んでいない、
請求項1に記載のセミクラスレートハイドレート。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載のセミクラスレートハイドレートを含んでいる、
蓄熱材。
【請求項7】
下記成分A~Cを含有する混合物を冷却する工程を有する、セミクラスレートハイドレートの製造方法:
成分A:水;
成分B:テトラアルキルアンモニウムカチオンおよび/またはテトラアルキルホスホニウムカチオン;
成分C:トリカルボン酸アニオン。
【請求項8】
上記冷却における冷却温度をTA(℃)、上記セミクラスレートハイドレートの分解温度をT(℃)とすると、下記の関係が成立する、
請求項7に記載の製造方法。
T-TA≦10℃
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セミクラスレートハイドレートおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水分子にある種のゲスト物質を混合して冷却すると、クラスレートハイドレートと呼ばれる結晶体が形成されることが知られている。クラスレートハイドレートにおいては、複数の水分子が籠状の結晶構造を形成しており、この籠の中にゲスト物質が包接されている。クラスレートハイドレートの中でも、籠状の結晶構造の形成にゲスト物質の分子が参加するものを、セミクラスレートハイドレートと称する。
【0003】
セミクラスレートハイドレートは、結晶が分解するときの潜熱が大きいため、蓄熱材としての応用が検討されている。例えば、特許文献1は、臭化テトラブチルアンモニウムをゲスト物質とするセミクラスレートハイドレートを開示している。ただし、このセミクラスレートハイドレートは、ゲスト物質がハロゲン原子を含有しているので、環境負荷が大きく、腐食性も高いという課題があった。
【0004】
これに対して、ハロゲン原子を含有していないゲスト分子を採用したセミクラスレートハイドレートも検討されている。特許文献2は、テトラブチルアンモニウムカチオンおよびR-COOで表されるモノカルボン酸アニオンをゲスト物質とするセミクラスレートハイドレートを開示している。特許文献3は、テトラブチルアンモニウムカチオンおよび-O2C-R1-CO2
-で表されるジカルボン酸アニオンをゲスト物質とするセミクラスレートハイドレートを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2019/013161号
【特許文献2】特開2019-044095号
【特許文献3】特開2020-147718号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2、3に開示されているセミクラスレートハイドレートは、後述するメモリ効果が小さく、一旦液体に状態変化したセミクラスレートハイドレートを再結晶させるのに要するエネルギーが大きいという課題があった。
【0007】
本発明の一態様は、再結晶時に要するエネルギーを低減できるセミクラスレートハイドレートを提供することを課題とする。本発明の他の態様は、腐食性や環境負荷の大きいハロゲン含有化合物を含有していないセミクラスレートハイドレートを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明には、下記の態様が含まれる。
<1>
下記成分A~Cを含んでいる、セミクラスレートハイドレート:
成分A:水;
成分B:テトラアルキルアンモニウムカチオンおよび/またはテトラアルキルホスホニウムカチオン;
成分C:トリカルボン酸アニオン。
<2>
上記成分Bにおいて、中心の窒素原子またはリン原子は、4つのアルキル基と結合しており、このうち、
3つの上記アルキル基の炭素数は、いずれも、3~5個であり、
1つの上記アルキル基の炭素数は、1~6個である、
<1>に記載のセミクラスレートハイドレート。
<3>
上記成分Cの炭素数は、5~7個である、
<1>または<2>に記載のセミクラスレートハイドレート。
<4>
下記の手順で行う再結晶試験において、セミクラスレートハイドレートに再結晶する、
<1>~<3>のいずれかに記載のセミクラスレートハイドレート:
1. 1gのセミクラスレートハイドレートを、当該セミクラスレートハイドレートの分解温度よりも5℃高い温度にて30分間保持し、液体に状態変化させる。
2. 上記液体を、上記分解温度よりも10℃低い温度になるまで、0.1℃/分で冷却する。
<5>
ハロゲン化合物を実質的に含んでいない、
<1>~<4>のいずれかに記載のセミクラスレートハイドレート。
<6>
<1>~<5>のいずれかに記載のセミクラスレートハイドレートを含んでいる、
蓄熱材。
<7>
下記成分A~Cを含有する混合物を冷却する工程を有する、セミクラスレートハイドレートの製造方法:
成分A:水;
成分B:テトラアルキルアンモニウムカチオンおよび/またはテトラアルキルホスホニウムカチオン;
成分C:トリカルボン酸アニオン。
<8>
上記冷却における冷却温度をTA(℃)、上記セミクラスレートハイドレートの分解温度をT(℃)とすると、下記の関係が成立する、
<7>に記載の製造方法。
T-TA≦10℃
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、再結晶時に要するエネルギーを低減できるセミクラスレートハイドレートが提供される。本発明の他の態様によれば、ハロゲン含有化合物などの環境負荷の大きい成分を含有していないセミクラスレートハイドレートが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】製造例1で製造したセミクラスレートハイドレートにおいて、ゲスト物質の濃度を変化させた際の、分解温度および分解熱を表すグラフである。
【
図2】製造例2で製造したセミクラスレートハイドレートにおいて、ゲスト物質の濃度を変化させた際の、分解温度および分解熱を表すグラフである。
【
図3】実施例に係るセミクラスレートハイドレートのメモリ効果を表すグラフである。
【
図4】比較例に係るセミクラスレートハイドレートのメモリ効果を表すグラフである。ゲスト物質として、トリカルボン酸に代えてモノカルボン酸を採用している。
【
図5】比較例に係るセミクラスレートハイドレートのメモリ効果を表すグラフである。ゲスト物質として、トリカルボン酸に代えてジカルボン酸を採用している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態の一例について詳細に説明するが、本発明は、下記の各実施形態に限定されず、請求項に示した範囲で種々の変更を施してよい。異なる実施形態に記載されている技術的手段を組合せた実施形態も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【0012】
本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意味する。
【0013】
〔1.メモリ効果〕
セミクラスレートハイドレートは、ゲスト物質を溶解させた水溶液を、セミクラスレートハイドレートの分解温度よりも低い温度まで過冷却することにより製造する。このときに必要となる過冷却度は、通常、分解温度よりも15~20℃程度低い。しかし、分解温度よりも少し高い温度でセミクラスレートハイドレートを液体に状態変化させた後、再度冷却して再結晶させる場合に必要となる過冷却度は、分解温度よりも5~10℃低い程度となることがある。この現象を、本明細書では「メモリ効果」と称する。
【0014】
メモリ効果の原因は、液体中に残存しているセミクラスレートハイドレートの部分構造であると考えられている。従来技術においてはこの部分構造の安定性が低く、分解温度+1℃程度よりも高温でセミクラスレートハイドレートを液体に状態変化させると、メモリ効果は発揮されなかった。しかし、本発明者らの検討の結果判明したところによると、成分Bおよび成分Cをゲスト物質としたセミクラスレートハイドレートは、分解温度+5℃程度で液体に状態変化させても、メモリ効果が発揮された。
【0015】
つまり、本発明の一態様に係るセミクラスレートハイドレートは、メモリ効果が維持される温度帯が広いので、従来のセミクラスレートハイドレートよりも小さな過冷却度で再結晶させることができる。そのため、例えば冷房装置の蓄熱材として利用したときに、再結晶に必要なエネルギーを低減できる。
【0016】
以上に説明したメモリ効果によって、本発明の一実施形態に係るセミクラスレートハイドレートを特徴づけられる。本発明の一実施形態に係るセミクラスレートハイドレートは、メモリ効果が大きいから、分解温度よりも比較的高い温度で液体に状態変化させた後でも、再結晶に必要な過冷却度が小さい。したがって、本発明の一実施形態に係るセミクラスレートハイドレートは、下記の手順で行う再結晶試験において、セミクラスレートハイドレートに再結晶する。
1. 1gのセミクラスレートハイドレートを、当該セミクラスレートハイドレートの分解温度よりも5℃高い温度にて30分間保持し、液体に状態変化させる。
2. 工程1で得られた液体を、分解温度よりも10℃(好ましくは、9℃または8℃)低い温度になるまで0.1℃/分で冷却する。
【0017】
〔2.セミクラスレートハイドレートに含まれている成分〕
本発明の一態様に係るセミクラスレートハイドレートは、成分A:水、成分B:テトラアルキルアンモニウムカチオンおよび/またはテトラアルキルホスホニウムカチオン、ならびに成分C:トリカルボン酸アニオンを含んでいる。セミクラスレートハイドレートは、これらの成分以外の成分を含んでいてもよい。セミクラスレートハイドレートに含まれている各成分は、1種類のみであってもよいし、2種類以上を併用してもよい。
【0018】
[2.1.成分A:水]
成分Aは、水である。成分Aは、工業的に利用される水であれば、特に限定されない。好ましくは、成分Aは、脱イオン水および/または蒸留水である。
【0019】
[2.2.成分B:テトラアルキルアンモニウムカチオンおよび/またはテトラアルキルホスホニウムカチオン]
成分Bは、テトラアルキルアンモニウムカチオンおよび/またはテトラアルキルホスホニウムカチオンである。テトラアルキルアンモニウムカチオンの構造は、下記式Iで表される。テトラアルキルホスホニウムカチオンの構造は、下記式IIで表される。
【化1】
【0020】
式中、R1~R4は、いずれもアルキル基である。R1~R4のうち、構造が同じであるアルキル基は、2つであってもよいし、3つであってもよいし、4つであってもよい。R1~R4の構造は、いずれも互いに異なっていてもよい。R1~R4は、二重結合、三重結合または環を有していてもよい。
【0021】
一実施形態において、R1~R3の炭素数の下限は、いずれも、3個以上または4個以上である。一実施形態において、R1~R3の炭素数の上限は、5個以下または4個以下である。このようなアルキル基の例としては、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、s-ブチル基、t-ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、s-ペンチル基、t-ペンチル基、ネオペンチル基が挙げられる。これらのアルキル基は、内部に二重結合および/または三重結合を有していてもよい。好ましくは、R1~R3は、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、2-プロペニル、3-ブテニル基および4-ペンテニル基からなる群からそれぞれ独立に選択される。
【0022】
一実施形態において、R4の炭素数の下限は、1個以上、2個以上または3個以上である。一実施形態において、R4の炭素数の上限は、6個以下、5個以下または4個以下である。このようなアルキル基の例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、s-ブチル基、t-ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、s-ペンチル基、t-ペンチル基、ネオペンチル基、ヘキシル基、イソヘキシル基、ネオヘキシル基が挙げられる。これらのアルキル基は、内部に二重結合および/または三重結合を有していてもよい。好ましくは、R4は、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ヘキシル基、イソヘキシル基、エテニル、2-プロペニル、3-ブテニル基、4-ペンテニル基からなる群からそれぞれ独立に選択される。
【0023】
一実施形態において、R1~R4は、いずれも、炭素数が4個のアルキル基である。一実施形態において、R1~R3はいずれもブチル基であり、R4は炭素数が3~5個のアルキル基である。一実施形態において、R1~R4は、いずれも、ブチル基である。
【0024】
成分Bをアンモニウムカチオンとする場合と、ホスホニウムカチオンとする場合とでは、それぞれ異なる利点がある。成分Bとしてアンモニウムカチオンを採用すると、セミクラスレートハイドレートの分解温度が比較的高くなる。そのため、冷房装置用の蓄熱材などに好適に利用できる。成分Bとしてホスホニウムカチオンを採用すると、アンモニウムを含有しないため、環境負荷がより小さくなり、またゲスト物質の安定性も向上する。
【0025】
[2.3.成分C:トリカルボン酸アニオン]
成分Cは、トリカルボン酸アニオンである。トリカルボン酸アニオンとは、カルボキシ基(-COOHまたは-COO-)を3個有しているアニオンである。成分Cに含まれている3つのカルボキシ基のそれぞれは、水素イオンが電離した状態であってもよいし、電離していない状態であってもよい。
【0026】
一実施形態において、成分Cの炭素数の下限は、5個以上または6個以上である。一実施形態において、成分Cの炭素数の上限は、7個以下または6個以下である。カルボキシ基には1個の炭素原子が含まれるから、この実施形態において、カルボキシ基を除いた成分Cの炭素数は、2個以上または3個以上であり、4個以下または3個以下である。このような成分Cの例としては、クエン酸、1,2,3-プロパントリカルボン酸、cis-プロペン-1,2,3-トリカルボン酸、trans-プロペン-1,2,3-トリカルボン酸が挙げられる。人体への毒性が低いという観点からは、これらの中ではクエン酸が好ましい。
【0027】
[2.4.その他の成分]
セミクラスレートハイドレートは、成分A~C以外の成分(添加剤など)を含んでいてもよい。添加剤の例としては、防腐剤、防錆剤、粘度調整剤、整泡剤、酸化防止剤、脱泡剤、砥粒、充填剤、顔料、染料、着色剤、増粘剤、界面活性剤、難燃剤、可塑剤、滑剤、帯電防止剤、耐熱安定剤、粘着付与剤、硬化触媒、安定剤、シランカップリング剤、ワックスが挙げられる。
【0028】
一実施形態において、セミクラスレートハイドレートは、成分A~C以外の成分を実質的に含んでいない。一実施形態において、成分A~C以外の成分の含有率は、セミクラスレートハイドレートの重量を100重量%とすると、1重量%以下または0.1重量%以下である。一実施形態において、セミクラスレートハイドレートは、成分A~C以外の成分を含んでいない。本発明の一実施形態に係るセミクラスレートハイドレートは、成分A~C以外の添加剤を実質的に含んでいなくとも、従来技術よりも大きなメモリ効果を発揮できる(詳細は実施例を参照)。ただし、本明細書において、「成分A~C以外の成分」には、成分Bおよび成分Cの対イオンは含まれない。
【0029】
一実施形態において、セミクラスレートハイドレートは、ハロゲン化合物を実質的に含んでいない。セミクラスレートハイドレートの全重量を100重量%とすると、ハロゲン化合物の含有量は、5重量%以下、1重量%以下、0.5重量%以下または0.1重量%以下でありうる。一実施形態において、セミクラスレートハイドレートは、ハロゲン化合物を全く含んでいない。このようなセミクラスレートハイドレートは、環境負荷が小さく、腐食性が低減されている点において好ましい。
【0030】
〔3.セミクラスレートハイドレートの製造方法〕
本発明の一態様に係るセミクラスレートハイドレートの製造方法は、成分A~Cを含有する混合物を冷却する工程を有する。成分A~Cに関しては、〔2〕節において説明した通りである。成分Aは水であるから、この混合物は、成分Bおよび成分Cの水溶液と言える。
【0031】
製造方法は、成分Bおよび成分Cを含んでいる水溶液を調製する工程を有してもよい。この工程においては、成分Bおよび/または成分Cの前駆体を水(成分A)に加えてもよい。成分Bの前駆体とは、水中において成分Bに変化する物質である。一例としては、テトラアルキルアンモニウムの塩、テトラアルキルホスホニウムの塩が挙げられる。成分Cの前駆体とは、水中において成分Cに変化する物質である。一例としては、トリカルボン酸の塩、トリカルボン酸の無水物が挙げられる(塩または無水物の形成に関与しているカルボキシ基の数は、特に限定されない)。
【0032】
一実施形態において、冷却における冷却温度をTA(℃)、セミクラスレートハイドレートの分解温度をT(℃)とすると、T-TA≦10℃(好ましくは、9℃、8℃、7℃、6℃または5℃)の関係が成立する。本願実施例で示す通り、本発明の一実施形態に係るセミクラスレートハイドレートは、メモリ効果が大きい。そのため、一旦液体に状態変化した後で再結晶させるために必要な過冷却度が小さくて済む。この実施形態において、セミクラスレートハイドレートの製造方法は、下記の工程を有していてもよい(Tはセミクラスレートハイドレートの分解温度であり、TAは液体の冷却温度である)。
1. 成分A~Cを含有する混合物を冷却して、セミクラスレートハイドレートを調製する工程。この工程におけるTA(℃)は、特に限定されない。
2. T+5℃以下(好ましくは、T+4℃以下、T+3℃以下、T+2℃以下またはT+1℃以下)で、セミクラスレートハイドレートを液体に状態変化させる工程。
3. 液体を再度冷却して、セミクラスレートハイドレートを再結晶させる工程。このときの冷却温度は、T-TA≦10℃(好ましくは、9℃、8℃、7℃、6℃または5℃)を満たす。
【0033】
上述の製造方法は、本発明の一実施形態に係るセミクラスレートハイドレートのメモリ効果が大きいことを利用した製造方法である。このような融解-再結晶プロセスは、融解に伴う吸熱または再結晶に伴う発熱を伴うため、蓄熱材としての利用に好適である。
【0034】
〔4.セミクラスレートハイドレートの利用〕
本発明の一態様に係るセミクラスレートハイドレートは、従来知られた様々な用途に利用できる。一例を挙げると、セミクラスレートハイドレートは潜熱が大きいため、蓄熱材(蓄冷材も含む)として利用できる。あるいは、セミクラスレートハイドレートは籠状結晶の中にガスを取込めるので、ガス吸収材として利用できる。
【実施例0035】
〔製造例1〕
成分Bとしてテトラブチルアンモニウムカチオン、成分Cとしてクエン酸を使用して、セミクラスレートハイドレートを調製した。具体的な手順は下記の通りである。
1. 水酸化テトラブチルアンモニウム(41重量%水溶液、東京化成工業株式会社)を用意した。
2. 水溶液にクエン酸無水物(東京化成工業株式会社)を加えて混合し、中和させた。クエン酸無水物の添加量は、テトラブチルアンモニウムカチオン:クエン酸アニオンのモル比率が3:1となる量とした。このようにして、テトラブチルアンモニウム-クエン酸水溶液を得た。
3. 水溶液を-6℃まで冷却した。降温速度は0.5℃/分とした。
4. 水溶液を9℃まで再度昇温した。昇温速度は0.5℃/分とした。これにより、形成されていた可能性のある準安定相を分解させた。
5. 水溶液を-6℃まで再度冷却した。降温速度は、0.5℃/分とした。このようにして、セミクラスレートハイドレートを形成させた。
【0036】
〔製造例2〕
成分Bとしてテトラブチルアンモニウムカチオン、成分Cとして1,2,3-プロパントリカルボン酸を使用して、セミクラスレートハイドレートを調製した。具体的な手順は下記の通りである。
1. 水酸化テトラブチルアンモニウム(41重量%水溶液、東京化成工業株式会社)を用意した。
2. 水溶液に1,2,3-プロパントリカルボン酸無水物(東京化成工業株式会社)を加えて混合し、中和させた。1,2,3-プロパントリカルボン酸無水物の添加量は、テトラブチルアンモニウムカチオン:1,2,3-プロパントリカルボン酸アニオンのモル比率が3:1となる量とした。このようにして、テトラブチルアンモニウム-1,2,3-プロパントリカルボン酸水溶液を得た。
3. 水溶液を-6℃まで冷却した。降温速度は0.5℃/分とした。
4. 水溶液を9℃まで再度昇温した。昇温速度は0.5℃/分とした。これにより、形成されていた可能性のある準安定相を分解させた。
5. 水溶液を-6℃まで再度冷却した。降温速度は、0.5℃/分とした。このようにして、セミクラスレートハイドレートを形成させた。
【0037】
〔実施例1〕
製造例1、2で調製したセミクラスレートハイドレートの分解温度および分解熱を測定した。分解温度は、1gのセミクラスレートハイドレートを0.1℃/分で昇温させながら、全量が分解する時点を目視で確認した。分解熱は、20mgのセミクラスハイドレートをサンプルとして、0.1℃/分で昇温しながら示差走査熱量分析により測定した。併せて、ゲスト物質の水に対するモル分率を変化させたときの分解温度および分解熱も検討した。
【0038】
結果を
図1、2に示す。テトラブチルアンモニウム-クエン酸をゲスト物質としたセミクラスレートハイドレートは、最大分解温度が12.8℃に達し、このときの分解熱は190kJ/kgであった。最大分解温度におけるテトラブチルアンモニウム-クエン酸の水に対するモル分率は、0.011であった。
【0039】
テトラブチルアンモニウム-1,2,3-プロパントリカルボン酸をゲスト物質としたセミクラスレートハイドレートは、最大分解温度が13.2℃に達し、このときの分解熱は195kJ/kgであった。最大分解温度におけるテトラブチルアンモニウム-1,2,3-プロパントリカルボン酸の水に対するモル分率は、0.011であった。
【0040】
これらの結果が示すように、製造例1、2で調製したセミクラスレートハイドレートは分解熱が高く、蓄熱材として利用できる。これらのセミクラスレートハイドレートの最大分解温度は13℃程度であることから、とりわけ、冷房装置用の蓄熱材などに好適に利用できる。
【0041】
〔実施例2〕
製造例1、2で調製したセミクラスレートハイドレートのメモリ効果を検討した。具体的な手順は下記の通りである。
1. 製造例1、2に記載の通りにセミクラスレートハイドレートを調製した。ゲスト物質の水に対するモル分率は、最大分解温度を達成する濃度とした。
2. 1gのセミクラスレートハイドレートを分解温度以上の温度に保持し、30分間静置した。
3. 工程2で得られた液体の温度を0.1℃/分で降温させた。セミクラスレートハイドレートに再結晶した温度を測定し、この温度が分解温度よりもどれだけ低いか(過冷却度)を記録した。
【0042】
結果を
図3に示す。テトラブチルアンモニウム-クエン酸をゲスト物質としたセミクラスレートハイドレートでは、保持温度が18℃以下のときと、保持温度が19℃以上のときとでは、セミクラスレートハイドレートの再結晶に必要な過冷却度が顕著に異なっていた。つまり、このセミクラスレートハイドレートは、18℃(分解温度+約5℃)まではメモリ効果が維持されていたと言える。
【0043】
テトラブチルアンモニウム-1,2,3-プロパントリカルボン酸をゲスト物質としたセミクラスレートハイドレートでは、保持温度が19℃以下のときと、保持温度が20℃以上のときとでは、セミクラスレートハイドレートの再結晶に必要な過冷却度が顕著に異なっていた。つまり、このセミクラスレートハイドレートは、19℃(分解温度+約6℃)まではメモリ効果が維持されていたと言える。そのため、セミクラスレートハイドレートを再結晶させる際に必要なエネルギーが少なくて済む。
【0044】
ここで、セミクラスレートハイドレートの特性を決定する要因の一つに、ゲスト分子のおおきさおよび電荷があることが知られている。R1~R4の構造が同じである場合、テトラアルキルアンモニウムカチオンとテトラアルキルホスホニウムカチオンは、分子の大きさがほぼ同じであり、構成原子における電化分布も酷似している。そのため、テトラアルキルアンモニウムカチオンをテトラアルキルホスホニウムカチオンに変更した場合でも、同様の結果が得られると考えられる。
【0045】
〔比較例〕
成分C:トリカルボン酸アニオンに代えて、モノカルボン酸アニオンまたはジカルボン酸アニオンを採用し、セミクラスレートハイドレートを調製した。得られたセミクラスレートハイドレートのメモリ効果を、実施例2と同様にして検討した。
【0046】
結果を
図4、5に示す。また、下記にも結果を要約する。
●テトラブチルアンモニウム-プロピオン酸
・ゲスト物質の水に対するモル分率:0.036
・分解温度:18.1℃
・メモリ効果が維持される温度帯:なし
●テトラブチルアンモニウム-酢酸
・ゲスト物質の水に対するモル分率:0.032
・分解温度:14.8℃
・メモリ効果が維持される温度帯:分解温度+約1℃
●テトラブチルアンモニウム-シュウ酸
・ゲスト物質の水に対するモル分率:0.017
・分解温度:16.6℃
・メモリ効果が維持される温度帯:なし
●テトラブチルアンモニウム-グルタル酸
・ゲスト物質の水に対するモル分率:0.018
・分解温度:19.7℃
・メモリ効果が維持される温度帯:分解温度+約1℃
【0047】
このように、成分C:トリカルボン酸アニオンに代えて、モノカルボン酸アニオンまたはジカルボン酸アニオンを採用したセミクラスレートハイドレートでは、メモリ効果が小さかった。そのため、比較例に係るセミクラスレートハイドレートを再結晶させる際には、実施例に係るセミクラスレートハイドレートの場合よりも、余分にエネルギーが必要となることが示された。