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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025092487
(43)【公開日】2025-06-19
(54)【発明の名称】化合物の生物活性を予測する方法
(51)【国際特許分類】
   G16C 20/30 20190101AFI20250612BHJP
   G01N 33/15 20060101ALN20250612BHJP
   A61K 31/7048 20060101ALN20250612BHJP
   A61K 31/352 20060101ALN20250612BHJP
   A61P 19/00 20060101ALN20250612BHJP
   A61P 43/00 20060101ALN20250612BHJP
   A61P 33/06 20060101ALN20250612BHJP
【FI】
G16C20/30
G01N33/15 Z
A61K31/7048
A61K31/352
A61P19/00
A61P43/00 111
A61P33/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024213251
(22)【出願日】2024-12-06
(31)【優先権主張番号】P 2023206935
(32)【優先日】2023-12-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000206956
【氏名又は名称】大塚製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 英也
(72)【発明者】
【氏名】池田 泰隆
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086AA10
4C086BA08
4C086BC08
4C086EA11
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086NA20
4C086ZA96
4C086ZB37
4C086ZC41
4C086ZC80
(57)【要約】
【課題】化合物の生物活性を予測する方法を提供する。また、フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測する方法を提供する。
【解決手段】化合物の生物活性を予測する方法であって、(a)化合物の分子中の原子団を、仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換えてグローバルルイス酸性度の値を算出する工程、及び(b)工程(a)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき生物活性を定量的に算出する工程を含む方法、並びにフラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測する方法であって、(A)フラボノール化合物の分子中の原子団を仮想的にホウ素を含む別の原子団に置き換えてアンモニアアフィニティーの値を算出する工程、及び(B)工程(A)で算出した値を記述子として用い定量的構造活性相関によりフラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能の値を決定する工程を含む方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化合物の生物活性を予測する方法であって、
(a)化合物の分子中の原子団を、仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換えてグローバルルイス酸性度の値を算出する工程、及び
(b)工程(a)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性を定量的に算出する工程
を含む方法。
【請求項2】
前記グローバルルイス酸性度が、フッ化物イオンアフィニティー、ヒドリドイオンアフィニティー、塩化物イオンアフィニティー、メチドイオンアフィニティー、アンモニアアフィニティー及びウォーターアフィニティーからなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記グローバルルイス酸性度が、アンモニアアフィニティーである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記化合物の分子中の原子団が、前記化合物の分子中の環式炭化水素構造に結合する原子団である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記環式炭化水素構造が、芳香族炭化水素構造である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記化合物が、複数の共鳴構造が存在する化合物である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記ルイス酸を含む別の原子団が、ホウ素を含む原子団である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記化合物が、フラボノール化合物である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測する方法であって、
(A)フラボノール化合物の分子中の原子団を、仮想的にホウ素を含む別の原子団に置き換えてアンモニアアフィニティーの値を算出する工程、及び
(B)工程(A)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づきフラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能の値を算出する工程
を含む方法。
【請求項10】
前記工程(B)において、工程(A)で算出した値に加えてHammett定数を記述子として用いる、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記フラボノール化合物の分子中の原子団が、フラボノール化合物のB環の1’位に結合する原子団である、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
化合物の生物活性を予測する装置であって、
分子中の原子団が仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換えられた化合物のグローバルルイス酸性度の値を算出するルイス酸性度算出部、及び
前記算出部が算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性を定量的に算出する生物活性算出部
を含む装置。
【請求項13】
フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測する装置であって、
分子中の原子団が仮想的にホウ素を含む別の原子団に置き換えられたフラボノール化合物のアンモニアアフィニティーの値を算出するルイス酸性度算出部、及び
前記算出部が算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づきフラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能の値を算出する生物活性算出部
を含む装置。
【請求項14】
化合物の生物活性を予測するプログラムであって、
(a)分子中の原子団が仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換えられた化合物のグローバルルイス酸性度の値を算出する工程、及び
(b)工程(a)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性を定量的に算出する工程
をコンピュータに実行させる、プログラム。
【請求項15】
フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測するプログラムであって、
(A)分子中の原子団が仮想的にホウ素を含む別の原子団に置き換えられたフラボノール化合物のアンモニアアフィニティーの値を算出する工程、及び
(B)工程(A)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づきフラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能の値を算出する工程
をコンピュータに実行させる、プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、化合物の生物活性を予測する方法、装置及びプログラムに関する。また、本開示は、フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測する方法、装置及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年は、化合物の構造から物性及び生物活性を予測、推算する定量的構造物性相関(QSPR)及び定量的構造活性相関(QSAR)の技術が使用されるようになってきている。このようなQSARに使用される電子的記述子としては、反応中心の電子状態を表現する記述子であるHammett定数、分子全体を表現する記述子であるエンタルピーなどの熱力学的指標、EHOMO(Highest Occupied Molecular Orbital Energy)、ELUMO(Lowest Unoccupied Molecular Orbital Energy)などが知られている(参照:定量的構造活性相関 Hansch法の基礎と応用、2014、地人書館)。
【0003】
Hammett定数は現在最も一般的な電子的記述子であるが、加成性が成り立つとは限らず、Hammett則は新しい化合物に適用する場合は、化合物の構造に含まれる置換基に対して、予測に用いるパラメータを実験的に求める必要がある。また、分子全体を表現する記述子は、反応中心を表さない場合があり、記述子が不適な場合がある。
【0004】
このようなQSARを利用した技術が特許文献1及び2で報告がある。特許文献1では、分子軌道法によって求められた化学物質の最高被占軌道(HOMO)または最低空軌道(LUMO)の固有値の大きさに基づいてその化学物質の反応性または皮膚透過性に関するパラメータ値を選択し、該パラメータ値をその相関関係式で演算することにより、化学物質の哺乳動物に対する皮膚刺激性ポテンシャル値を決定することを特徴とする化学物質の皮膚刺激性の予測システムが報告されている。
【0005】
特許文献2では、検索システムに使用される部分構造インデックスを、生理活性を測定した化合物に付与するステップと、当該部分構造インデックスを構造特性成分ごとに集計して数値化を行ない記述子とするステップと、当該記述子を使用し、生理活性を測定した化合物の定量的構造活性相関の解析を行うステップと、当該定量的構造活性相関の解析で求められた生理活性への記述子の寄与結果から定量的に生理活性を予測した検索結果を得るための検索式を組み立てるステップを含むことを特徴とする化合物の生理活性の定量的予測方法が報告されている。
【0006】
現在はこれらの記述子を機械学習に用いる事例が数多く報告されている。しかしながら、それらは多くの特徴量を利用するというデメリットがあり、モデルの解釈も難しいことが一般的である。非特許文献1にも、人工ニューラルネットワーク(ANN)のような機械学習法を用いて構築された定量的構造活性相関(QSAR)は、通常は解釈できず、また過学習の可能性もあり、得られたモデルを解釈することはしばしば省略されることが記載されている。QSARでは、特徴量の数が少ないほど生命現象の理解にも繋がるうえ、過学習の可能性も低くなる。上記文献(定量的構造活性相関 Hansch法の基礎と応用、2014、地人書館)に数多くの事例が記載されているような、古典的QSARでは、Hammett定数を単独で用いる予測式や2種類のHammett定数を用いる湯川-都野式などの確立された予測式が存在し、それらは特徴量の数が少ないため、予測モデルの解釈も行いやすい。つまり、現存する大量の記述子を機械学習に用いるのではなく、古典的QSARでも解析できるような有用な記述子の開発が重要であると考えられる。特に、Hammett定数はその算出に実験を必要とするため、コンピュータ上で簡便に算出できる新しい記述子の開発が重要であると考えられる。
【0007】
近年、ルイス酸のルイス酸性度を、コンピュータ上で量子化学計算により評価する研究が発展しつつある(非特許文献2)。本手法は、QSARとは別分野である、既存のルイス酸の性質解明に主に利用されてきた。ルイス酸性度の指標の1つであるグローバルルイス酸性度は、比較的最近Grebらにより提案された定義であり、その指標として、アンモニアアフィニティー(AA)やフッ化物イオンアフィニティー(FIA)が頻繁に使用されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11-287800号公報
【特許文献2】特開2007-039437号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】J Comput Chem. 2018, 39(16), 953-963
【非特許文献2】“Studies on Theoretical Calculation-Based Boron-and Tin-Lewis Acidity and Synthesis of π-Extended Arylstannanes Based on Transmetalation between Arylstannanes and a Copper Catalyst”, [online], [令和5年11月30日検索], インターネット<URL : https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/00054434>
【非特許文献3】Chem. Eur. J. 2018, 24, 17881-17896
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本開示は、化合物の生物活性を予測する方法を提供することを目的とする。また、本開示は、フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、化合物のグローバルルイス酸性度を記述子として使用することで定量的構造活性相関により化合物の生物活性を予測できることを見出し、本開示を完成するに至った。すなわち、ルイス酸性記述子は、Hammett定数と異なり分子自体を計算するので加成性の問題は生じない上、量子化学計算により算出可能であるためHammett定数のように実験的に求める必要もない。
【0012】
本開示は、例えば、以下の項に記載の主題を包含する。
【0013】
項1.
化合物の生物活性を予測する方法であって、
(a)化合物の分子中の原子団を、仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換えてグローバルルイス酸性度の値を算出する工程、及び
(b)工程(a)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性を定量的に算出する工程
を含む方法。
項2.
前記グローバルルイス酸性度が、フッ化物イオンアフィニティー、ヒドリドイオンアフィニティー、塩化物イオンアフィニティー、メチドイオンアフィニティー、アンモニアアフィニティー及びウォーターアフィニティーからなる群から選択される少なくとも1つである、項1に記載の方法。
項3.
前記グローバルルイス酸性度が、アンモニアアフィニティーである、項1に記載の方法。
項4.
前記化合物の分子中の原子団が、前記化合物の分子中の環式炭化水素構造に結合する原子団である、項1~3のいずれか一項に記載の方法。
項5.
前記環式炭化水素構造が、芳香族炭化水素構造である、項4に記載の方法。
項6.
前記化合物が、複数の共鳴構造が存在する化合物である、項1~5のいずれか一項に記載の方法。
項7.
前記ルイス酸を含む別の原子団が、ホウ素を含む原子団である、項1~6のいずれか一項に記載の方法。
項8.
前記化合物が、フラボノール化合物である、項1~7のいずれか一項に記載の方法。
項9.
フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測する方法であって、
(A)フラボノール化合物の分子中の原子団を、仮想的にホウ素を含む別の原子団に置き換えてアンモニアアフィニティーの値を算出する工程、及び
(B)工程(A)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づきフラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能の値を算出する工程
を含む方法。
項10.
前記工程(B)において、工程(A)で算出した値に加えてHammett定数を記述子として用いる、項9に記載の方法。
項11.
前記フラボノール化合物の分子中の原子団が、フラボノール化合物のB環の1’位に結合する原子団である、項9又は10に記載の方法。
項12.
化合物の生物活性を予測する装置であって、
分子中の原子団が仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換えられた化合物のグローバルルイス酸性度の値を算出するルイス酸性度算出部、及び
前記算出部が算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性を定量的に算出する生物活性算出部
を含む装置。
項13.
フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測する装置であって、
分子中の原子団が仮想的にホウ素を含む別の原子団に置き換えられたフラボノール化合物のアンモニアアフィニティーの値を算出するルイス酸性度算出部、及び
前記算出部が算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づきフラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能の値を算出する生物活性算出部
を含む装置。
項14.
化合物の生物活性を予測するプログラムであって、
(a)分子中の原子団が仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換えられた化合物のグローバルルイス酸性度の値を算出する工程、及び
(b)工程(a)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性を定量的に算出する工程
をコンピュータに実行させる、プログラム。
項15.
フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測するプログラムであって、
(A)分子中の原子団が仮想的にホウ素を含む別の原子団に置き換えられたフラボノール化合物のアンモニアアフィニティーの値を算出する工程、及び
(B)工程(A)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づきフラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能の値を算出する工程
をコンピュータに実行させる、プログラム。
項16.
特定の生物活性を有する化合物の選択又はスクリーニング方法であって、
(a)化合物群の分子中の共通の原子団を、仮想的にルイス酸を含む別の共通の原子団に置き換えてグローバルルイス酸性度の値を算出する工程、
(b)工程(a)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物群の生物活性を定量的に算出する工程、及び
(c)工程(b)で算出した生物活性の値を指標として、所望の生物活性を有する化合物を候補物質として選択する工程
を含む方法。
項17.
骨格筋細胞のATP産生能に関するフラボノール化合物の選択又はスクリーニング方法であって、
(A)フラボノール化合物群の分子中の共通の原子団を、仮想的にホウ素を含む別の共通の原子団に置き換えてアンモニアアフィニティーの値を算出する工程、
(B)工程(A)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づきフラボノール化合物群による骨格筋細胞のATP産生能の値を算出する工程、及び
(C)工程(B)で算出したATP産生能の値を指標として、所望の骨格筋細胞のATP産生能を示すフラボノール化合物を候補物質として選択する工程
を含む方法。
項18.
特定の生物活性を有する化合物の選択又はスクリーニング装置であって、
分子中の共通の原子団が仮想的にルイス酸を含む別の共通の原子団に置き換えられた化合物群のグローバルルイス酸性度の値を算出するルイス酸性度算出部、
前記ルイス酸性度算出部が算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物群の生物活性を定量的に算出する生物活性算出部、及び
前記生物活性算出部が算出した生物活性の値を指標として、所望の生物活性を有する化合物を候補物質として選択する候補物質選択部
を含む、装置。
項19.
骨格筋細胞のATP産生能に関するフラボノール化合物の選択又はスクリーニング装置であって、
分子中の共通の原子団が仮想的にホウ素を含む別の共通の原子団に置き換えられたフラボノール化合物群のアンモニアアフィニティーの値を算出するルイス酸性度算出部、
前記ルイス酸性度算出部が算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づきフラボノール化合物群による骨格筋細胞のATP産生能の値を算出する生物活性算出部、及び
前記生物活性算出部が算出したATP産生能の値を指標として、所望の骨格筋細胞のATP産生能を示すフラボノール化合物を候補物質として選択する候補物質選択部
を含む、装置。
項20.
特定の生物活性を有する化合物の選択又はスクリーニングプログラムであって、
(a)分子中の共通の原子団が仮想的にルイス酸を含む別の共通の原子団に置き換えられた化合物群のグローバルルイス酸性度の値を算出する工程、
(b)工程(a)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物群の生物活性を定量的に算出する工程、及び
(c)工程(b)で算出した生物活性の値を指標として、所望の生物活性を有する化合物を候補物質として選択する工程
をコンピュータに実行させる、プログラム。
項21.
骨格筋細胞のATP産生能に関するフラボノール化合物の選択又はスクリーニングプログラムであって、
(A)分子中の共通の原子団が仮想的にホウ素を含む別の共通の原子団に置き換えられたフラボノール化合物群のアンモニアアフィニティーの値を算出する工程、
(B)工程(A)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づきフラボノール化合物群による骨格筋細胞のATP産生能の値を算出する工程、及び
(C)工程(B)で算出したATP産生能の値を指標として、所望の骨格筋細胞のATP産生能を示すフラボノール化合物を候補物質として選択する工程
をコンピュータに実行させる、プログラム。
【発明の効果】
【0014】
本開示により、化合物の生物活性を予測することが可能となる。また、本開示により、フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測することが可能となる。
【0015】
本開示では、ルイス酸性記述子を用いることから、Hammett定数のような加成性の問題がない上、実験的に求める必要もなく、コンピュータ上での計算により算出することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】化合物の生物活性を予測する方法の処理手順を示すフローチャートである。
図2図1に示す方法を実行するための装置のブロック図である。
図3】実施例1で使用した化合物を示す図である。丸点線で囲った炭素は、AA、σ、σを算出する基準の炭素である。
図4】AAを記述子とし、化合物の抗マラリア活性(IC50)に対して記述子をプロットしたグラフである。
図5】σを記述子とし、化合物の抗マラリア活性(IC50)に対して記述子をプロットしたグラフである。
図6】σを記述子とし、化合物の抗マラリア活性(IC50)に対して記述子をプロットしたグラフである。
図7】実施例2-4で使用した化合物を示す図である。丸点線で囲った炭素は、B環のAA、σ、σを算出する基準の炭素である。
図8】ATP産生能(%)に対して、σをプロットしたグラフである。
図9】実施例3におけるσ/AAの重回帰式により求めたATP産生能の予測値(%)に対して、ATP産生能の実測値(%)をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。
【0018】
生物活性を予測する方法
本開示の化合物の生物活性を予測する方法は、
(a)化合物の分子中の原子団を、仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換えてグローバルルイス酸性度の値を算出する工程、及び
(b)工程(a)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性を定量的に算出する工程
を含む(以下、「本開示の予測方法」と称することもある)。
【0019】
本明細書中で用いる語句及び用語について、以下に詳述する。
【0020】
生物活性の予測を行う化合物としては、特に制限なく使用することができ、例えば、無機低分子化合物、有機低分子化合物、中分子化合物、ペプチド、非ペプチド性化合物(ヌクレオチド、糖質、脂質等)などが挙げられる。無機低分子化合物及び有機低分子化合物としては、分子量が1000程度以下の化合物が挙げられ、中分子化合物としては、分子量が1000~3000程度の化合物が挙げられる。
【0021】
生物活性の予測を行う化合物としては、好ましくは、無機低分子化合物及び有機低分子化合物であり、中でも分子中に環式炭化水素構造を含む化合物が好ましい。環式炭化水素構造は、炭素数が例えば3~10のものであり、単環及び多環系のいずれの構造であってもよく、またN、O、Sなどのヘテロ原子を含むものであってもよい。環式炭化水素構造としては、芳香族炭化水素構造であることが特に好ましい。芳香族炭化水素構造としては、例えば、5~10員の単環又は多環系の構造であり、多環系の場合には少なくとも1つの環が芳香環であればよい。芳香族炭化水素構造の具体例としては、ベンゼン環、ナフタレン環、フラン環、ピロール環、イミダゾール環、ピラゾール環、オキサゾール環、チアゾール環、イソオキサゾール環などが挙げられる。
【0022】
生物活性の予測を行う化合物の一例としては、フラボノール化合物が挙げられ、フラボノール化合物には配糖体も含まれる。フラボノール化合物とは、フラボンの3位にヒドロキシ基又はメトキシ基が結合した骨格を有する化合物を意味するものとする。配糖体は、フラボノール化合物の少なくとも1つ以上のヒドロキシ基において、1つ以上の糖残基を有する糖鎖がグリコシド結合した化合物を意味する。糖残基の好ましい例として、グルコース残基、マンノース残基、ガラクトース残基、フコース残基、ラムノース残基、アラビノース残基、キシロース残基、フルクトース残基、グルクロン酸残基、アピオース残基などが挙げられる。フラボノール化合物の具体例としては、ケンペロール、5-デオキシケンペロール、イソケンペリド、ケンペリド、ラムナジン、フィセチン、イソラムネチン、ケルセチン、ミリセチン、ガランギンなどが挙げられる。生物活性の予測を行う化合物の他の例としては、フラボノール化合物以外のフラボノイドである、フラボン化合物、イソフラボン化合物、フラバノン化合物、フラバノール化合物等が挙げられる。
【0023】
生物活性とは、生体内において、化学物質が特定の生理的調節機能に対して作用する性質を意味し、このような性質のものであれば特に限定されない。生物活性としては、例えば、薬効、毒性などが挙げられる。具体例として、フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP(アデノシン3リン酸)産生能、アリルベンゼン化合物による抗マラリア活性などが挙げられる、また、生物活性を予測する対象となる生物の種類は特に限定されず、例えば、ヒト、サル、ラット、マウス、ウサギ、ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコなどの哺乳動物であり、好ましくはヒトである。
【0024】
工程(a)では、化合物の分子中の任意の原子団を、仮想的にルイス酸を含む別の任意の原子団に置き換えることを行う。化合物の分子中の任意の原子団は特に限定されず、いずれの原子団であってもよく、化合物の分子中の環式炭化水素構造、好ましくは芳香族炭化水素構造に結合する1つの原子団であることが望ましい。一例として、化合物がフラボノール化合物である場合は、フラボノール化合物のB環(特にB環の1’位)に結合する原子団が挙げられる。「化合物の分子中の原子団」の種類は特に限定されず、炭素原子、水素原子、酸素原子、窒素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子などを含む原子団が挙げられる。また、「仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換える」とは、実際に別の原子団に置き換えられた化合物を合成するのではなく、コンピュータ上で仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換えられた化合物を作成することを意味する。
【0025】
工程(a)では、定量的構造活性相関の解析を実施する化合物群において、共通する任意の原子団を、仮想的にルイス酸を含む共通の任意の原子団に置き換えてグローバルルイス酸性度の値を算出することができる。置き換える原子団は評価する化合物群で共通したものとすることが望ましい。また、置き換えた後の分子が最も単純になるように(計算速度・計算コスト・簡易性の観点から)置き換える原子団を決定することができる。
【0026】
生物活性の予測を行う化合物は、特に、複数の共鳴構造が存在する化合物であることが望ましい。共鳴構造とは、一つの分子の構造が、ただ一つの構造式で表現されず、二つ以上の構造式の重ねあわせで表現される構造のことである。複数の共鳴構造の共鳴効果は、評価系(反応系)上で共鳴効果が起こりうるものであればよく、すなわち、共鳴効果は分子内で起こる場合でもよく、また生物活性を示す反応(受容体や生体組織等に結合する場合など)において起こり得る場合のいずれであってもよい。ここで、「複数の共鳴構造が存在する」とは、複数の共鳴構造が存在する状態又は複数の共鳴構造が存在する状態に容易に変換され得る状態である。複数の共鳴構造の中の少なくとも一つの共鳴構造が、前述する化合物の分子中の芳香族炭化水素構造であることが望ましい。ここで、複数とは、例えば、2~10個(具体的には、2、3、4、5、6、7、8、9、10個)である。複数の共鳴構造が存在し、共鳴効果の影響が高ければ、グローバルルイス酸性度の記述子としての適性がより良好なものとなる。
【0027】
工程(a)において、仮想的に置き換えるルイス酸を含む別の原子団としては、化合物の生物活性の予測に使用することができ、ルイス酸を含むものであれば特に限定されず、例えば、ホウ素(B)、アルミニウム(Al)、鉄(Fe)、ガリウム(Ga)、アンチモン(Sb)、インジウム(In)、スズ(Sn)、ヒ素(As)、亜鉛(Zn)、カドニウム(Cd)、水銀(Hg)など(のルイス酸)を含む原子団が挙げられる。このような別の原子団は、ルイス酸に、水素、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などが結合した形態のものも含まれる。ルイス酸としては、ホウ素が特に好ましい。原子番号が小さい(軽い)原子ほど計算時間が短くなることから、優れたルイス酸性を示す最も軽い原子はホウ素である点、アンモニアアフィニティーを適切に計算できる点からホウ素が好ましく用いられる。例えば、有機スズ化合物では、アンモニアアフィニティーを適切に計算できない場合がある(Tin-Lewis Acidity and Reactivity: Pd/Cu-Cocatalyzed Site-Selective Migita-Kosugi-Stille Coupling of Arylstannanes, DOI:10.26434/chemrxiv-2021-dvx7s-v2)。ホウ素を含む原子団としては、例えば、BH、BF、BCl、BBr、BIなどが挙げられ、好ましくはBHである。
【0028】
工程(a)において、グローバルルイス酸性度(gLA)の値の算出は、コンピュータ上での量子化学計算により実施することが可能である。そのため、実験により求める必要が無く、迅速に算出することができる。グローバルルイス酸性度(gLA)の値の算出は、公知の方法により行うことができ、例えば、後述する実施例で示すようにRSC Adv.,2023,13,2451-2457などの記載を参考にして算出することができる。ルイス酸は、少なくとも1つの電子対を受け取ることができる空の軌道を持った物質であって、電子対を受け取る物質を意味し、ルイス酸性度はルイス酸の強さを表す指標である。グローバルルイス酸性度は、比較的最近Grebらにより提案された定義であり(Chem.Eur.J.2018,24,17881-17896等を参照)、ルイス酸性度はフッ化物イオンアフィニティー(FIA)、ヒドリドイオンアフィニティー(HIA)、塩化物イオンアフィニティー(CIA)、メチドイオンアフィニティー(MIA)、アンモニアアフィニティー(AA)、ウォーターアフィニティー(WA)などを用いて評価される。gLAの値は、仮想的に置き換えられた他の原子に結合する炭素を基準に算出することができる。FIA、HIA、CIA、MIA、AA、WA等は異なる特徴を有している(ChemPhysChem 2021,22,935-943参照)。FIA、HIA、CIA、MIA、AA、WAの中でもアンモニアアフィニティー(AA)を使用することが好ましい。基本的にアニオンを扱う際は分散関数を用いる必要があり、分散関数を用いると、計算時間が増加するため、アニオン種を用いないAAがより簡便に計算を行うことができる(J.Phys.Chem.A 2013,117,12,2651-2655参照)。WAも同様にアニオン種を必要としないが、WAではホウ素化合物のルイス酸性度を適切に評価できない場合がある(RSC Adv.,2023,13,2451-2457)。
【0029】
工程(b)では、工程(a)で算出した値(グローバルルイス酸性度の値)を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性の定量的な算出を行う。「記述子」とは、「分子記述子」のことであり、分子の特性などの特徴量を数値に変換したものを意味する。「定量的構造活性相関」(QSAR)とは、化学物質と生物活性との間になりたつ量的関係を意味し、定量的構造活性相関解析法は、化学物質の分子記述子を算出し、これらを説明変数として化合物の有する生物活性を統計学的に予測する方法である。すなわち、工程(b)では、化合物のグローバルルイス酸性度の値と生物活性との間の定量的構造活性相関モデル(相関関係式)を回帰分析等により予め求めておき、このような定量的構造活性相関モデル(相関関係式)に基づいて分子記述子から生物活性を算出することができる。定量的構造活性相関モデル(相関関係式)としては、線形モデル及び非線形モデルのいずれであってもよい。定量的構造活性相関モデル(相関関係式)の作成は、R、STATA、JMP、SPSS、SAS、MATLAB(登録商標)、Excel(登録商標)などのソフトウェアを使用して行うことができる。
【0030】
工程(b)における、記述子から定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性を算出する一例について説明する。グローバルルイス酸性度の値を分子記述子(X)として設定し、この分子記述子(X)を相関関係式Y=a・X+b(式中、a及びbは定数を表す。)で演算することにより、化合物の生物活性(Y)を算出し得る。
【0031】
工程(b)において、工程(a)で算出した値に加えてHammett定数を記述子として用いてもよい。「定量的構造活性相関 Hansch法の基礎と応用、2014、地人書館」に記載の通り、Hammett定数は1935年頃提唱され、定量的構造活性相関の初期から現在に至るまで、反応中心に及ぼす置換基の電子効果を推定するための最も一般的な手段である。Hammett定数は任意の化学反応をモデル系として実験的に算出され、安息香酸類のイオン化をモデルとしたσ、フェノール類又はアニリン類のイオン化(負電荷を帯びた反応中心と置換基が直接共役するモデル)をモデルとしたσ、塩化クミル類のソルボリシス(正電荷を帯びた反応中心と置換基が直接共役するモデル)をモデルとしたσなど、多くの種類のHammett定数が存在する。一般的に、σは反応中心と置換基が直接共役しない場合に用いられ、σ及びσは反応中心と置換基が直接共役する場合に用いられる。以上のように、種々のHammett定数が存在するが、QSARを実施する系となるべく類似している適切なモデル系から算出したHammett定数を用いることが望ましい。
【0032】
Hammett定数のほとんどは反応中心に対して一つの置換基を有している化合物を用いた実験により算出されている。そこで、一般的に多置換体のσは、加成性が成り立つという仮定のもと一置換体のσから算出する(Chem.Sci.,2020,11,11859-11868、J.Phys.Chem.A 2011,115,51,14697-14707)。一方で、共鳴効果の寄与が大きいσ及びσにおいて加成性が成り立つかは不明である(Chem.Sci.,2020,11,11859-11868)。また、QSARに用いる未知のσ及びσを算出しようとすると、モデル系を選択又は新たに構築・妥当性検証し、時間とコストを要する実験が必要になる。そこで、反応中心に与える誘起効果と共鳴効果の両方を反映し、量子化学計算により簡便に算出できる新しい記述子の開発は重要である。ベンゼン環とホウ素が単結合で連結する場合には炭素-ホウ素間で共鳴効果が働くため、仮想的に導入したホウ素のグローバルルイス酸性度の値を用いた記述子は、σ又はσと類似した記述子としてQSARに利用できる。エンタルピー、ELOMO及びEHOMOなどの分子全体を表現する記述子は、反応中心を直接表すものではないため、反応中心の電子状態を表現するHammett定数やグローバルルイス酸性度とは性質が異なる。例えば、ホウ素化合物の反応中心のルイス酸性度の評価には、ELOMOなどの分子全体を表現する記述子は適しておらず、アンモニアアフィニティーのみが適していることが報告されている(RSC Adv.,2023,13,2451-2457)。QSARの対象によって最適な記述子は変わるが、Hammett定数は反応中心を反映するため、どの部位が反応に関与しているかを洞察できる。一方、ELOMOなどの分子全体を表現する記述子は、局所的な考察には不向きなことが多く、分子全体の考察に向いている。
【0033】
「定量的構造活性相関 Hansch法の基礎と応用、2014、地人書館」に記載の通り、Hammett定数は単独でもQSARに利用できるが、σとσ(又はσ)の2つの記述子を用いて重回帰分析を行う、湯川-都野式も多くのQSARを成功に導いている。共鳴効果の大きさは、QSARを実施する反応系における反応中心の電子的要求に依存するため、Hammett定数単独での適用又は湯川-都野式の適用、どちらが適しているかは解析対象の系によって異なる。また、上記のように、仮想的に導入したホウ素のグローバルルイス酸性度の値を用いた記述子は、σ(又はσ)と類似した記述子としてQSARに利用できる。したがって、種々のHammett定数が存在する中で、工程(b)で使用するのは最も一般的なσであることが好ましい。σの値は、文献等の記載に公知のものを使用して算出することができる。すわなち、工程(a)でグローバルルイス酸性度の値を算出した化合物の同じ原子を基準にし、各置換基の公知のσの値を加算することで多置換体のσの値を算出することができる。したがって、工程(b)では、化合物のグローバルルイス酸性度の値及びHammett定数と、生物活性との間の定量的構造活性相関モデル(相関関係式)を重回帰分析等により予め求めておき、このような定量的構造活性相関モデル(相関関係式)に基づいて分子記述子から生物活性を算出することができる。Hammett定数を用いる場合の記述子から定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性を算出する一例について説明する。グローバルルイス酸性度の値を記述子1(X1)、Hammett定数の値を記述子2(X2)として設定し、この記述子(X1、X2)を相関関係式Y=c・X1+d・X2+e(式中、c、d及びeは定数を表す。)で演算することにより、化合物の生物活性(Y)を算出し得る。
【0034】
本開示の予測方法では、グローバルルイス酸性度の値に加えて、その他の分子記述子である分子量、沸点、融点、EHOMO、ELUMO、エンタルピーなどの熱力学的指標、化合物の疎水性などを組み合わせて使用して機械学習を利用し、化合物の生物活性を定量的に算出することもできる。すなわち、生物活性が既知の化合物について、グローバルルイス酸性度の値に加えて、その他の分子記述子を予測モデルに与えて学習させることにより学習済予測モデルを作成した後、このような学習済予測モデルに対して生物活性が未知の化合物の分子記述子を入力して、生物活性の定量的な算出を行う。機械学習モデルとしては、回帰分析を行えるものであればよく、例えば、ニューラルネットワーク、ディープラーニング、サポートベクターマシーン、ランダムフォレスト、主成分回帰、部分最小二乗回帰、ロジスティック回帰などが挙げられる。
【0035】
本開示の予測方法による定量的構造活性相関の解析を、化合物群において実施することで、特定の生物活性を有する化合物を選択又はスクリーニングすることもできる。より具体的な一実施態様においては、本開示の特定の生物活性を有する化合物の選択又はスクリーニング方法は、
(a)化合物群の分子中の共通の原子団を、仮想的にルイス酸を含む別の共通の原子団に置き換えてグローバルルイス酸性度の値を算出する工程、
(b)工程(a)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物群の生物活性を定量的に算出する工程、及び
(c)工程(b)で算出した生物活性の値を指標として、所望の生物活性を有する化合物を候補物質として選択する工程
を含む(以下、「本開示の選択又はスクリーニング方法」と称することもある)。
工程(c)では、工程(b)で算出した生物活性の値を指標として、例えば、当該生物活性の値が最も高い又は低い化合物、当該生物活性を有することが既知の化合物より生物活性が高い又は低い化合物などを、所望の生物活性を有する化合物の候補物質として選択することができる。
【0036】
本開示の予測方法の具体的な実施態様としては、以下の工程を含む方法(フラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能を予測する方法)が挙げられる。
(A)フラボノール化合物の分子中の原子団を、仮想的にホウ素を含む別の原子団に置き換えてアンモニアアフィニティーの値を算出する工程、及び
(B)工程(A)で算出した値を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づきフラボノール化合物による骨格筋細胞のATP産生能の値を算出する工程。
【0037】
骨格筋細胞のATP産生能の値は、例えば、国際公開第2019/044964号の<試験例2:低酸素環境下におけるATP産生への影響>に記載の方法に基づいて得ることができる。すなわち、馬血清により分化させたC12骨格筋細胞を化合物を添加した培地中で、低酸素インキュベータ(3%CO)にて24時間培養後、細胞中のATP含量を市販のキット(例えば、東洋ビーネット株式会社製キット(ルシフェラーゼ発光法))などを用いて定量を行う。
【0038】
予測の処理手順
続いて、本開示の予測方法の処理手順の一例について説明する。図1は、本開示の予測方法の処理手順を示すフローチャートであり、図2は、該方法の工程S2~S3を実行するための装置1のブロック図である。
【0039】
装置1は、汎用のコンピュータなどで構成することができ、データ処理部2と、補助記憶装置3と、入力部4と、表示部5と、通信インターフェース部(通信I/F部)6とを備えている。データ処理部2はソフトウェアの構成であり、補助記憶装置3、入力部4、表示部5、及び通信I/F部6はハードウェアの構成である。装置1は、ハードウェアの構成として、CPU、GPUなどのプロセッサと、DRAM、SRAMなどの主記憶装置とを更に備えている。
【0040】
データ処理部2は、本開示のプログラム(生物活性予測プログラム35)をプロセッサが実行することにより実現される機能ブロックである。装置1は、当該機能ブロックとして、ルイス酸性度算出部21と、生物活性算出部22と、を含む。これらの各部は、装置1のプロセッサが、本開示のプログラムを主記憶装置に読み出して実行することにより、ソフトウェア的に実現することができる。プログラム35は、インターネット等のネットワーク7を介して装置1にダウンロードしてもよいし、プログラム35を記録したCD-R等のコンピュータ読み取り可能な非一時的な記録媒体を介して装置1にインストールしてもよい。
【0041】
図1に示すフローチャートでは、工程S1において、装置1が、化合物の分子中の原子団が仮想的にルイス酸を含む別の原子団に置き換えが行われた化合物データ31の入力を、入力部4、通信I/F部6等を介して取得し、補助記憶装置3に記憶される。本実施形態では、前記化合物がフラボノール化合物であり、前記別の原子団がホウ素を含む原子団である。前記フラボノール化合物の分子中の原子団は、特にフラボノール化合物のB環の1’位に結合する原子団である。
【0042】
工程S2において、装置1のルイス酸性度算出部21が、工程S1で入力された仮想的に原子団が置き換えられた化合物の化合物データ31に基づきグローバルルイス酸性度の値を算出する。算出されたグローバルルイス酸性度のデータ32は、補助記憶装置3に記憶される。本実施形態では前記グローバルルイス酸性度がアンモニアアフィニティーである。特許請求の範囲に記載の工程(a)及び工程(A)は、工程S2に対応する。
【0043】
工程S3において、装置1の生物活性算出部22が、工程S2で算出されたグローバルルイス酸性度のデータ32を記述子として用いて定量的構造活性相関に基づき化合物の生物活性を定量的に算出する。定量的構造活性相関としては、化合物のグローバルルイス酸性度の値と生物活性との間の定量的構造活性相関モデル(相関関係式)33を使用し、定量的構造活性相関モデル33は補助記憶装置3に記憶されている。算出された生物活性のデータ34は、補助記憶装置3に記憶される。また、算出された生物活性は、表示部5に表示される。装置1は化合物の生物活性を算出すると処理を終了する。工程S3では、記述子としてHammett定数も用いられてもよい。本実施形態では前記生物活性が骨格筋細胞のATP産生能である。特許請求の範囲に記載の工程(b)及び工程(B)は、工程S3に対応する。
【0044】
補助記憶装置3は、オペレーティングシステム(OS)、各種制御プログラム、プログラムによって生成されたデータ等を記憶する不揮発性の記憶装置であり、例えば、フラッシュメモリ、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)等によって構成される。本実施形態では、補助記憶装置3には、化合物データ31、ルイス酸性度データ32、定量的構造活性相関モデル33、生物活性データ34、及び生物活性予測プログラム35が記憶される。
【0045】
入力部4は、例えばマウス、キーボード等で構成することができ、表示部5は、例えば液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ等で構成することができる。通信I/F部6は、有線又は無線のネットワークを介して、外部機器とのデータの送受信を行う。通信I/F部6は、イーサネット(登録商標)、Wi-Fi(登録商標)、Bluetooth(登録商標)等の種々の有線接続又は無線接続で構成することができる。
【0046】
その他の実施形態
以上、本開示を特定の実施形態によって説明したが、本開示は上記した実施形態に限定されるものではない。
【0047】
上記実施形態では、本開示の予測方法の処理手順を示しているが、本開示の選択又はスクリーニング方法の処理手順とするために、工程S3で算出された生物活性の値を指標として、所望の生物活性を有する化合物を候補物質として選択する工程を追加することもできる。
【0048】
上記実施形態では、装置1は一体の装置として実現されているが、装置1は一体の装置である必要はなく、プロセッサ、メモリ、補助記憶装置3等が別所に配置され、これらが互いにネットワークで接続されていてもよい。入力部4及び表示部5についても、1か所に配置される必要はなく、それぞれ別所に配置されてネットワークで通信可能に接続されていてもよい。
【0049】
上記実施形態では、データ処理部2を構成する各機能ブロック21~22はソフトウェアにより実現されているがこれら各機能ブロック21~22は、一部又は全部がハードウェアとして実現されていてもよい。データ処理部2を構成する各機能ブロック21~22の処理は単一のプロセッサで処理される必要はなく、複数のプロセッサで分散して処理されてもよい。データ処理部2の機能及び補助記憶装置3内のデータ項目は、一部又は全部が、通信I/F部6を介して接続される外部サーバ装置においてクラウド化されていてもよい。
【0050】
本明細書において引用されるすべての特許文献及び非特許文献の開示は、全体として本明細書に参照により組み込まれる。
【0051】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term “comprising” includes “consisting essentially of” and “consisting of.”)。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件を任意の組み合わせを全て包含する。
【0052】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性(性質、構造、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例0053】
本開示は、更に以下の実施例によって詳しく説明されるが、これらは本開示を限定するものではなく、また本開示の範囲を逸脱しない範囲で変化させてもよい。
【0054】
[方法]
全ての量子化学計算は、RSC Adv.,2023,13,2451-2457に従って、Gaussian 16 Rev. A.03 programにより実施した。以下、具体的な手順を述べる。
【0055】
M06-2X/def2-SVPを用いて、構造最適化及び振動数計算を行った。全ての最適構造において、虚数振動数が存在せず、安定構造であることを確認した。M06-2X/def2-SVPを用いて、得られた最適構造からエンタルピー値(H)を取得した。ホウ素化合物とそのアンモニア付加体のエンタルピーの値から、以下の式によりアンモニアアフィニティー(AA)を算出した(RSC Adv.,2023,13,2451-2457参照)。
AA = HArBH2-NH3 - (HArBH2 + HNH3
【0056】
QSARに用いたHammett定数であるσ及びσは、有機合成化学 第23巻第8号(1965)631-642におけるメタ位・パラ位のヒドロキシ基・メトキシ基のHammett定数を加算することにより算出した。Hammett定数は一般的に反応中心に対してメタ位及びパラ位の置換基に利用されるが、日本農薬学会誌 38(1)、2-19(2013)ではσ(オルト位のσ)=σ(パラ位のσ)の近似が報告されており、ここでも同様の近似を採用した。また、メタ位では反応中心と置換基の間の共役は有意にならないため、メタ位のσはσ(メタ位のσ)と同じ値になる。その他のHammett定数であるσやσなども定義されているが、σはあまり正確な値が得られておらず、利用頻度が高くない点、電子対を供与するヒドロキシ基・メトキシ基などのσとσはよく似た値をとる点より、σやσは比較対象から除外している(定量的構造活性相関 Hansch法の基礎と応用、2014、地人書館)。
【0057】
[実施例1]
Chem.Pharm.Bull.68,784-790(2020)から取得した図3の化合物の抗マラリア活性(IC50)に対して、図3に示すように化合物において丸点線で囲った炭素を基準にAA、σ、σを算出し、それぞれの記述子をプロットしたグラフを図4図6に示す。AAを用いた場合に最も良好な相関関係が得られ(R=0.861)、ベンゼン環からアリル部位への電子供与能が強いほど、低い抗マラリア活性を示すことが明らかとなった。
【0058】
[実施例2]
Journal of Functional Foods 85(2021)104510から取得した図7のフラボノール化合物による低酸素環境下における骨格筋細胞のATP産生能に対して、図7に示すように化合物において丸点線で囲った炭素を基準にB環のAA、σ、σを算出した。それらのATP産生能(細胞中のATP含量)に対して、σをプロットしたグラフを図8に示す。良好な相関関係が得られ(R=0.795)、フラボノールのB環からC環への電子供与能が強いほど、高いATP産生能を示すことが明らかとなった。
【0059】
[実施例3]
実施例2のデータに関して、湯川-都野式に基づき、ATP産生能に対して、σ/AA及びσ/σの重回帰分析を行った。σ/AAの重回帰分析で得られた結果を表1に、σ/σの重回帰分析で得られた結果を表2に示す。σ/σと比較して、σ/AAを用いた場合に、より良好な相関関係が得られた(補正R=0.932)。
【表1】
【0060】
【表2】
【0061】
[実施例4]
実施例3におけるσ/AAの重回帰式を用いてATP産生能の予測を行い、線形回帰により実測値と比較した。重回帰式により求めたATP産生能の予測値(%)に対して、ATP産生能の実測値(%)をプロットしたグラフを図9に示す。実施例2においてσを単独で記述子として用いた場合よりも、σとAAの両方の記述子を用いた場合に、予測精度が向上した。反応中心と置換基の直接共役を反映するAAを用いることで予測精度が高くなったことから、反応系においてフラボノールのB環とC環は直交しておらず、それらにはある一定の共役系が広がっている可能性が示唆された。ケンペロール含有食品は細胞のATP産生能を高め、心拍数上昇抑制組成物及び/又は息切れ軽減組成物及び/又は持久力向上組成物として使用できることが示唆されている(国際公開第2019/044964号参照)。AAを用いたQSARにより、実際の実験を行うことなく、化合物の化学的特性に基づいて、これらのような有用な多置換化合物の生物活性予測を行うことができる。また、化合物の反応系中での化学的特性の深い洞察にも繋がる。
【符号の説明】
【0062】
1 装置
2 データ処理部
21 ルイス酸性度算出部
22 生物活性算出部
3 補助記憶装置
31 化合物データ
32 ルイス酸性度データ
33 定量的構造活性相関モデル
34 生物活性データ
35 生物活性予測プログラム
4 入力部
5 表示部
6 通信インターフェース部(通信I/F部)
7 ネットワーク
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9