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特開2025-9501植物成長促進剤及びイネ科植物の生育方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025009501
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】植物成長促進剤及びイネ科植物の生育方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 43/16 20060101AFI20250110BHJP
   A01G 7/06 20060101ALI20250110BHJP
   A01P 21/00 20060101ALI20250110BHJP
【FI】
A01N43/16 C
A01G7/06 A
A01P21/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023112547
(22)【出願日】2023-07-07
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩井 宏曉
(72)【発明者】
【氏名】古川 純
【テーマコード(参考)】
2B022
4H011
【Fターム(参考)】
2B022AA01
2B022AB20
2B022EA01
4H011AB03
4H011BB08
(57)【要約】
【課題】植物体内における金属濃度を適切に調整することができる植物成長促進剤及びイネ科植物の生育方法を提供すること。
【解決手段】植物成長促進剤は、イネ科植物の成長を促進する植物成長促進剤であって、没食酸エピガロカテキンを含む。植物成長促進剤に没食酸エピガロカテキンが添加されることによって、根のペクチンメチル化度が低下することが抑制され、WTよりも根のペクチン量を増加させることができる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネ科植物の成長を促進する植物成長促進剤であって、
没食酸エピガロカテキンを含む、
植物成長促進剤。
【請求項2】
前記没食酸エピガロカテキンを水に添加してなる、
請求項1に記載の植物成長促進剤。
【請求項3】
25μM以上100μMの前記没食酸エピガロカテキンを含む、
請求項2に記載の植物成長促進剤。
【請求項4】
25μM以上50μMの前記没食酸エピガロカテキンを含む、
請求項3に記載の植物成長促進剤。
【請求項5】
イネ科植物の成長を促進する植物成長促進剤であって、没食酸エピガロカテキンを含む植物成長促進剤を用いて前記イネ科植物を栽培する、
イネ科植物の生育方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物成長促進剤及びイネ科植物の生育方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物の成長を促進させる技術として、サイトカイニン、オーキシン、ジベレリン等の植物ホルモンによる技術や、遺伝子改変による成長調整技術が知られている。例えば、特許文献1には、生体膜通過蛋白質を暗号化する配列を改変させた遺伝子であって、植物で発現可能な転写及び翻訳調節因子によって調節されるように連結される遺伝子を含む組換えベクターを植物細胞または植物組織に導入することよって、植物中の重金属や塩耐性または蓄積性を変化させて、成長を調整することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4648352号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、植物、例えば、イネ科植物において、銅は、酸化還元反応に関与し、様々な酵素の補助因子として機能している。また、銅は、光合成、呼吸、細胞壁代謝、リグニン化等において重要な役割を担う。しかしながら、植物体内の銅の濃度によっては、上述した機能に影響を及ぼし、例えば、植物体内において銅が欠乏又は過剰な状態になると、毒性が生じてしまう。銅のほか、アルミニウムや鉛、ストロンチウムにおいても、濃度によっては生育に悪影響を及ぼし得る。このため、植物の成長を促進するには、植物体内の金属濃度は適切に規制する必要がある。
【0005】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、植物体内における金属濃度を適切に調整することができる植物成長促進剤及びイネ科植物の生育方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係る植物成長促進剤は、イネ科植物の成長を促進する植物成長促進剤であって、没食酸エピガロカテキンを含む。
【0007】
本発明に係る植物成長促進剤は、上記発明において、前記没食酸エピガロカテキンを水に添加してなる。
【0008】
本発明に係る植物成長促進剤は、上記発明において、25μM以上100μMの前記没食酸エピガロカテキンを含む。
【0009】
本発明に係る植物成長促進剤は、上記発明において、25μM以上50μMの前記没食酸エピガロカテキンを含む。
【0010】
本発明に係るイネ科植物の生育方法は、イネ科植物の成長を促進する植物成長促進剤であって、没食酸エピガロカテキンを含む植物成長促進剤を用いて前記イネ科植物を栽培する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、植物体内における金属濃度を適切に調整することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、植物の細胞壁について説明するための図である。
図2図2は、ペクチン制御に関わる酵素について説明するための図である。
図3図3は、メチル化されたペクチンの脱メチル化について説明するための図(その1)である。
図4図4は、メチル化されたペクチンの脱メチル化について説明するための図(その2)である。
図5図5は、EGCGのPME酵素活性に対する濃度効果について説明するための図である。
図6図6は、EGCGの濃度に対するイネの根の伸長について説明するための図である。
図7図7は、イネの根のペクチン染色を示す図(その1)である。
図8図8は、イネの根のペクチン染色を示す図(その2)である。
図9図9は、EGCGの添加/非添加によるペクチン量の変化について説明するための図である。
図10図10は、イネにおける成長点を説明するための図である。
図11図11は、イネの根の伸長に対する銅の効果を説明するための図である。
図12図12は、銅の濃度における相対的なイネの根の伸長量を説明するための図である。
図13図13は、銅の濃度によるペクチン量の変化について説明するための図である。
図14図14は、銅の濃度における相対的なイネの根に含まれるペクチン量を説明するための図である。
図15図15は、日本晴及びPG2-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの根の伸長量を説明するための図である。
図16図16は、日本晴及びPG2-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの地上部の伸長量を説明するための図である。
図17図17は、日本晴及びPG2-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの根のペクチン蓄積量を説明するための図である。
図18図18は、日本晴及びカサラスにおける、銅の濃度における相対的なイネの根の伸長量を説明するための図である。
図19図19は、日本晴及びカサラスにおける、銅の濃度における相対的なイネの地上部の伸長量を説明するための図である。
図20図20は、日本晴及びカサラスにおける、銅の濃度における相対的なイネの根のペクチン蓄積量を説明するための図である。
図21図21は、日本晴及びPM3-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの根の伸長量を説明するための図である。
図22図22は、日本晴及びPM3-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの地上部の伸長量を説明するための図である。
図23図23は、日本晴及びPM3-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの根のペクチン蓄積量を説明するための図である。
図24図24は、日本晴へのEGCGの添加/非添加における、銅の濃度における相対的なイネの根の伸長量を説明するための図である。
図25図25は、日本晴へのEGCGの添加/非添加における、銅の濃度における相対的なイネの地上部の伸長量を説明するための図である。
図26図26は、日本晴へのEGCGの添加/非添加における、銅の濃度における相対的なイネの根のペクチン蓄積量を説明するための図である。
図27図27は、PETISを用いた銅動態の解析を説明するための図である。
図28図28は、PETISを用いた銅動態の解析に用いたイネ(日本晴及びPM3-FOX)の画像を示す図である。
図29図29は、日本晴及びPM3-FOXにおける、PETISを用いた銅動態の解析結果(0.3h)を示す図である。
図30図30は、日本晴及びPM3-FOXにおける、PETISを用いた銅動態の解析結果(20.0h)を示す図である。
図31図31は、日本晴及びPM3-FOXにおける、PETISを用いた銅動態の解析結果(50.0h)を示す図である。
図32図32は、適正条件における日本晴及びPG2-FOXの銅吸着の変化を示す図である。
図33図33は、過剰条件における日本晴及びPG2-FOXの銅吸着の変化を示す図である。
図34図34は、適正条件における日本晴及びカサラスの銅吸着の変化を示す図である。
図35図35は、過剰条件における日本晴及びカサラスの銅吸着の変化を示す図である。
図36図36は、適正条件における日本晴及びPM3-FOXの銅吸着の変化を示す図である。
図37図37は、過剰条件における日本晴及びPM3-FOXの銅吸着の変化を示す図である。
図38図38は、適正条件における日本晴へのEGCGの添加/非添加による銅吸着の変化を示す図である。
図39図39は、過剰条件(1.0μM)における日本晴へのEGCGの添加/非添加による銅吸着の変化を示す図である。
図40図40は、過剰条件(2.5μM)における日本晴へのEGCGの添加/非添加による銅吸着の変化を示す図である。
図41図41は、PETISを用いた銅動態の解析に用いたイネ(EGCGの添加/非添加)の画像を示す図である。
図42図42は、PETISを用いた銅動態の解析に用いたイネ(EGCGの添加/非添加)における銅元素を可視化した画像を示す図である。
図43図43は、日本晴、PG2-FOX、PM3-FOX、カサラス及びEGCG添加日本晴における、ペクチン1μgとしたときに根に含まれる銅量を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付図面を参照して、本発明を実施するための形態(以下、「実施の形態」という)を説明する。
【0014】
(実施の形態)
図1は、植物の細胞壁について説明するための図である。陸上植物の細胞は、核、液胞、葉緑体、ゴルジ体、細胞質及び細胞膜が細胞壁10によって囲まれてなる。本実施の形態では、イネ科に属するイネ科植物を対象とする。以下、イネに対して添加する例について説明する。
【0015】
細胞壁10は、セルロース11と、ヘミセルロース12と、ペクチン13とに分類される三つの多糖成分によって構成される。細胞壁10は、セルロース11がヘミセルロース12によって架橋され、セルロース11及びヘミセルロース12によって形成される隙間にペクチン13が充填された構造をなす。セルロース11、ヘミセルロース12及びペクチン13は、ゴルジ体において合成される。
【0016】
図2は、ペクチン制御に関わる酵素について説明するための図である。図3および図4は、メチル化されたペクチンの脱メチル化について説明するための図である。
ペクチン13は、ガラクツロン酸131を主要構成成分としている。ペクチン13は、細胞内において、ガラクツロン酸転移酵素(GAUT)によって合成され、複数のガラクツロン酸131が互いに連なってなる。また、ペクチン13は、一部のガラクツロン酸131がメチル化されている。例えば、ガラクツロン酸131におけるカルボキシル基がメチル基132によってメチル化される。
【0017】
その後、細胞壁に放出されたペクチン13は、ペクチンメチルエステラーゼ(Pectin methylesterase:PME)によって脱メチル化される。脱メチル化されたペクチン13は、カルシウムイオン133(Ca2+)を介した架橋構造を形成する。カルシウムイオン133によって架橋構造を形成したペクチン13は、ゲル化して、架橋構造形成前と比して粘度が高くなる。このため、ペクチン13は、カルシウムイオン133による架橋構造の形成を制御することによって、粘度を調整することができる。
【0018】
ここで、メチル化されたペクチン13は、上述したように、ペクチンメチルエステラーゼ(PME)14によって脱メチル化される(図3参照)。この際、脱メチル化は、PME14の活性を阻害することによって抑制される。本実施の形態では、PME14の活性を阻害するため、没食酸エピガロカテキン(Epigallocatechin gallate:EGCG)15をPME14に結合させる(図4参照)。EGCG15をPME14に結合させることで、PME14による脱メチル化活性を低下させることができる。
【0019】
EGCG15は、植物のなかでも特に茶に豊富に含まれているカテキンの一種である。EGCG15は、例えば茶葉を熱水抽出して得られる。
EGCG15は、種、発根を含む発芽、根の伸長期等の、根が成長する期間においてイネ科植物(ここではイネ)に添加されるものである。
イネ科植物の生育では、EGCGを水耕液に添加し、25μM以上100μMのEGCGを含むEGCG水溶液として使用される。EGCGは、25μM以上50μMであることがさらに好ましい。EGCG水溶液は、水にEGCGが添加されてなるものとして説明するが、水のほか、種々の添加剤を添加することが可能である。
【0020】
ここで、PMEの酵素活性に対するEGCG15の効果について説明する。図5は、EGCGのPME酵素活性に対する濃度効果について説明するための図である。イネに対してEGCGを添加/非添加としたサンプルについてPME酵素活性を調べたところ、図5に示すように、EGCGを非添加としたサンプル(0μM)の酵素活性を100とすると、25μMのEGCGを添加したサンプル、及び、100μMのEGCGを添加したサンプルともに、PME酵素活性が低下することが示された。
【0021】
続いて、EGCG15によるイネの根の伸長について説明する。図6は、EGCGの濃度に対するイネの根の伸長について説明するための図である。イネに対してEGCGを添加/非添加としたサンプルについて根の伸長量を調べたところ、図6に示すように、EGCGを非添加としたサンプル(0μM)の根の伸長量が0.4cmほどであったのに対し、50μMのEGCGを添加したサンプルの根の伸長量が0.75cmほどであることが確認された。この結果から、EGCGの添加によって、根の伸長が促進されるといえる。
なお、図6中、*はp<0.05を示す。
【0022】
また、EGCGを添加/非添加としたイネの根におけるペクチン量について説明する。図7及び図8は、イネの根のペクチン染色を示す図である。図7は、EGCGを非添加とした根のペクチン染色(ルテニウムレッド染色)を示す。図8は、EGCGを添加した根のペクチン染色を示す。また、各図の(a)は根全体を示し、(b)は主根又は支根の先端を示し、(c)は根毛の先端を示す。図7及び図8では、色が濃い部分ほどペクチン量が多いことを示す。図7及び図8に示すように、EGCGを添加した方が、根における総ペクチン量が多いといえる。
なお、図中の白色のバーは、100μmの長さを示すスケールバーである。
【0023】
図9は、EGCGの添加/非添加によるペクチン量の変化について説明するための図である。図9は、イネの根に対し、カルバゾール硫酸法によってウロン酸量(μg/mg)を定量した結果を示す。ガラクツロン酸は、ガラクトースから誘導されるウロン酸であり、このウロン酸を定量することによって、ガラクツロン酸が直鎖状に連なったペクチンの量を定量することができる。図9に示すように、EGCGを添加した方が非添加のものよりもウロン酸量が多く、この結果から、EGCGを添加した方が、根における総ペクチン量が多いといえる。
【0024】
以上説明したように、PMEの酵素活性を阻害すると、イネは総ペクチン量が増加し、根の伸長が促進される。このように、ペクチン量と根の伸長とは正の相関があることが示された。このため、根の伸長にはペクチン量の制御が必要であり、EGCGの添加によってPMEの酵素活性を阻害することで、ペクチン量を制御して根の伸長を促進させることが可能となる。
【0025】
次に、植物における銅の役割について説明する。銅は、植物の正常な生育には欠かせない必須微量元素の一つである。銅は、植物において酸化還元反応に関与し、様々な酵素の補助因子として機能する。また、銅は、光合成、呼吸、細胞壁代謝、リグニン化等において重要な役割を担っている。
【0026】
ところで、銅は、植物において含有量が欠乏又は過剰な状態となると、毒性を生じるため、植物体内において、銅の濃度は、厳密に制御される必要がある。
銅は、主に、細胞質、葉緑体、液胞及び細胞壁に蓄積することが知られている。銅は、二価の陽イオンのなかでもペクチンとの親和性が高く、細胞壁ではペクチンとよく結合することが知られている。
このため、銅を適切な濃度に制御することが、植物の正常な生育にとって重要である。
【0027】
そこで、日本晴、PG2-FOX、PME3-FOX及びカサラスを用いて、EGCGの添加/非添加の場合の影響を確認した。
なお、PG2-FOX及びPME3-FOXは、日本晴をベースとして改変したイネである。
日本晴(Nipponbare):ジャポニカ米。
PG2-FOX:ペクチン主鎖を分解する酵素であるポリガラクツロナーゼ(PG)を過剰発現させて、細胞壁のペクチン含有量を低下させたものである。
PME3-FOX:日本晴のPME過剰発現変異体であり、ペクチンのカルシウム架橋が多い(ペクチンのメチルエステル化度が低い)ものである。
カサラス(Kasalath):日本晴よりも粒が細長いインディカ米であり、日本晴と比してペクチン含有量が多い品種である。
【0028】
<栽培方法>
各イネを、1.0mMのCaCl2溶液(pH5.4)で水耕栽培した。まず、3日間、吸水させ、その後3日間、CaCl2溶液で水耕栽培し、水耕栽培後7日間、銅処理を行った。この際、銅処理は、銅の濃度を変えて各濃度についてそれぞれ処理を行った。
【0029】
<試験方法>
・伸長量の測定
銅処理後のイネを用いて、各銅濃度における根や地上部の伸長量を計測した。
・ペクチン量の定量
ルテニウムレッド染色によって染色されたイネの画像を取得し、染色による色の強度から、ペクチン量を定量した。
・銅に対する耐性
銅処理における銅濃度を変えてイネを栽培し、根及び地上部の伸長量を計測するとともに、ペクチン染色によって根のペクチン蓄積量を定量した。
・イネにおける銅の動態観察
Positron-emitting Tracer Imaging System(PETIS)を用いてイネにおける銅の動態を観察した。PETISでは、ラジオアイソトープの使用によって、目的の元素(ここでは銅)の経時変化を可視化した。
・イネにおける銅およびカルシウムの定量
銅処理後のイネを用いて、ICP-AES(ICPS-8100)を用いて根及び地上部の銅及びカルシウム量を定量した。
【0030】
図10は、イネにおける成長点を説明するための図である。イネの伸長量について、根と地上部との境界は、図10に示す領域PGとし、該領域PGの下方を根、上方を地上部として計測を行った。
【0031】
<試験結果>
(伸長量の測定)
図11は、イネの根の伸長に対する銅の効果を説明するための図である。図12は、銅の濃度における相対的なイネの根の伸長量を説明するための図である。図11及び図12は、日本晴に対して、銅濃度を0μM(銅非添加)、0.1μM、、1.0μM、2.5μMとして銅処理を行った結果を示す。ここでは、各濃度について2サンプルずつ根の伸長量を確認した。図12は、銅濃度を0μM(銅非添加)としたときの根の伸長量を100としたのときの各銅濃度における相対伸長量を示している。
【0032】
日本晴に対して、銅濃度を0μM(銅非添加)、0.1μM、、1.0μM、2.5μMとして、各濃度について2サンプルずつ根の伸長量を確認したところ、おおよそ、銅濃度が高くなるにしたがって根の伸長量が小さくなることが確認された。この際、最も伸長量が大きくなる銅の濃度は、0.1μMであった。この結果から、イネの根の生育に適した銅の適性条件は、0.1μMであるといえる。また、相対伸長量が極端に減少した2.5μMは、過剰条件であるといえる。
【0033】
(ペクチン量の定量)
図13は、銅の濃度によるペクチン量の変化について説明するための図である。図13の(a)は銅濃度を0μM(銅非添加)とし、ペクチン染色した日本晴の根の一部を示し、図13の(b)は銅濃度を0.1μMとし、ペクチン染色した日本晴の根の一部を示し、図13の(a)は銅濃度を2.5μMとし、ペクチン染色した日本晴の根の一部を示す。図13に示すように、銅濃度が0μM及び0.1μMである場合(図13の(a)及び(b)参照)は、根の先端にペクチンが多く蓄積していることが分かる。これに対し、銅濃度が2.5μMである場合(図13の(c)参照)は、根の先端から根元側にペクチンが吸い上げられて画像において根の全体に蓄積していることが分かる。
【0034】
図14は、銅の濃度における相対的なイネの根に含まれるペクチン量を説明するための図である。図14は、銅濃度を0μM(銅非添加)としたときの根のペクチン量を1としたのときの各銅濃度における相対ペクチン量を示している。図14に示すように、銅の濃度が高くなるにしたがって、ペクチン量が増大していることが分かる。
図13及び図14に示す結果から、銅濃度が高くになるにつれて、根のペクチン量が増大するといえる。
【0035】
(銅に対する耐性)
・日本晴とPG2-FOXとの比較
図15は、日本晴及びPG2-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの根の伸長量を説明するための図である。図15は、銅濃度を0μM(銅非添加)としたときの根の伸長量を100としたのときの各銅濃度における相対伸長量を示している。
図16は、日本晴及びPG2-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの地上部の伸長量を説明するための図である。図16は、銅濃度を0μM(銅非添加)としたときの地上部の伸長量を100としたのときの各銅濃度における相対伸長量を示している。
図17は、日本晴及びPG2-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの根のペクチン蓄積量を説明するための図である。
【0036】
図15及び図16に示すように、日本晴及びPG2-FOXにおいて、根及び地上部の伸長量は、日本晴の方が大きいことが分かる。また、根におけるペクチン蓄積量は、日本晴の方が多いことが分かる(図17参照)。
これらの結果から、ペクチン量の少ないPG2-FOXでは、日本晴と比して、過剰な銅に対する耐性が低いことが考えられる。
【0037】
・日本晴とカサラスとの比較
図18は、日本晴及びカサラスにおける、銅の濃度における相対的なイネの根の伸長量を説明するための図である。図18は、銅濃度を0μM(銅非添加)としたときの根の伸長量を100としたのときの各銅濃度における相対伸長量を示している。
図19は、日本晴及びカサラスにおける、銅の濃度における相対的なイネの地上部の伸長量を説明するための図である。図19は、銅濃度を0μM(銅非添加)としたときの地上部の伸長量を100としたのときの各銅濃度における相対伸長量を示している。
図20は、日本晴及びカサラスにおける、銅の濃度における相対的なイネの根のペクチン蓄積量を説明するための図である。
【0038】
図18及び図19に示すように、日本晴及びカサラスにおいて、根及び地上部の伸長量は、カサラスの方が大きいことが分かる。また、根におけるペクチン蓄積量は、カサラスの方が多いことが分かる(図20参照)。
これらの結果から、ペクチン量が多いカサラスでは、日本晴と比して、過剰な銅に対する耐性が高いことが考えられる。
【0039】
・日本晴とPME3-FOXとの比較
図21は、日本晴及びPME3-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの根の伸長量を説明するための図である。図21は、銅濃度を0μM(銅非添加)としたときの根の伸長量を100としたのときの各銅濃度における相対伸長量を示している。
図22は、日本晴及びPME3-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの地上部の伸長量を説明するための図である。図22は、銅濃度を0μM(銅非添加)としたときの地上部の伸長量を100としたのときの各銅濃度における相対伸長量を示している。
図23は、日本晴及びPME3-FOXにおける、銅の濃度における相対的なイネの根のペクチン蓄積量を説明するための図である。
【0040】
図21及び図22に示すように、日本晴及びPME3-FOXにおいて、根及び地上部の伸長量は、日本晴の方が大きいことが分かる。また、根におけるペクチン蓄積量は、日本晴の方が多いことが分かる(図23参照)。
これらの結果から、ペクチンのメチルエステル化度が低く、ペクチン量が少ないPME3-FOXでは、日本晴と比して、過剰な銅に対する耐性が低いことが考えられる。
【0041】
・日本晴に対するEGCGの添加/非添加の比較
図24は、日本晴へのEGCGの添加/非添加における、銅の濃度における相対的なイネの根の伸長量を説明するための図である。図24は、銅濃度を0μM(銅非添加)としたときの根の伸長量を100としたのときの各銅濃度における相対伸長量を示している。なお、図24中、銅濃度が0.1μM及び2.5μMの伸長量はp<0.05を示し、銅濃度が1.0μMの伸長量はp<0.01を示す。
図25は、図25は、日本晴へのEGCGの添加/非添加における、銅の濃度における相対的なイネの地上部の伸長量を説明するための図である。図25は、銅濃度を0μM(銅非添加)としたときの地上部の伸長量を100としたのときの各銅濃度における相対伸長量を示している。なお、図25中、銅濃度が1.0μM及び2.5μMの伸長量はp<0.01を示す。
図26は、図26は、日本晴へのEGCGの添加/非添加における、銅の濃度における相対的なイネの根のペクチン蓄積量を説明するための図である。
なお、図24図26では、EGCG添加条件として、50μMのEGCGを添加した水耕液で日本晴を栽培した結果を示す。
【0042】
図24及び図25に示すように、EGCGの添加/非添加において、根及び地上部の伸長量は、EGCGを添加した方が大きいことが分かる。また、根におけるペクチン蓄積量は、EGCGを添加した方が多いことが分かる(図26参照)。
これらの結果から、ペクチンのメチルエステル化度が高く、ペクチン量が多いEGCG添加条件では、EGCG非添加条件と比して、過剰な銅に対する耐性が高いことが考えられる。
【0043】
(イネにおける銅の動態観察)
銅の動態観察では、サンプルを収容したシリンジに、水耕液と混合した放射性同位体(64Cu)を一定量(90kBq)添加し、液面が一定となるようにシリンジ下部から水耕液を供給し、一週間、PETISを用いた測定を行った。図27は、PETISを用いた銅動態の解析を説明するための図である。図27に示すように、シリンジにサンプルとするイネを収容し、下方から水耕液を供給しながら、PETISを用いた測定を行った。なお、64Cuがサンプルに吸収されても、シリンジ内における64Cuの総量は一定である。また、銅の濃度を0.1μM、1.0μM、2.5μMとして、それそれの条件で観察を行った。
【0044】
図28は、PETISを用いた銅動態の解析に用いたイネ(日本晴及びPM3-FOX)の画像を示す図である。銅の動態観察では、図28に示すように、根を下方、地上部を上方としてPETIS画像を取得した。PETIS画像は、64Cuの濃度が低いほど青色に近付き、濃度が高いほど赤色に近付くような色温度で表現している。また、日本晴(WT)及びPME3-FOXについて、銅の濃度を0.1μM、1.0μM、2.5μMとしたサンプルそれぞれについてPETIS画像を取得した。以下、他の種類の比較についても同様である。
【0045】
以下、日本晴及びPM3-FOXのPETIS画像を参照して、銅動態の観察について説明する。図29は、日本晴及びPM3-FOXにおける、PETISを用いた銅動態の解析結果(0.3h)を示す図である。図30は、日本晴及びPM3-FOXにおける、PETISを用いた銅動態の解析結果(20.0h)を示す図である。図31は、日本晴及びPM3-FOXにおける、PETISを用いた銅動態の解析結果(50.0h)を示す図である。なお、以下のPETIS画像は、図29に示す色温度のスケールバーと同様の色温度によって表現されたものである。
【0046】
図29図31に示すように、PME3-FOXでは、20.0時間経過すると、根に64Cuが蓄積され、50時間が経過すると、銅濃度が0.1μMのサンプルにおいて、64Cuが地上部まで送り込まれていることが確認された。一方、1.0μM以上の濃度では、64Cuが地上部に送り込まれている様子は観察されなかった。この際、地上部基端における成長点では、細胞数が多いため、64Cuの蛍光が強くなる。
以下、日本晴、PG2-FOX、PME3-FOX及びカサラスについて、銅の濃度を0.1μMとする条件を適正条件、1.0μMとする条件を過剰条件として、PETIS画像の観察を行った。
【0047】
・日本晴(WT)とPG2-FOXとの比較
図32は、適正条件における日本晴及びPG2-FOXの銅吸着の変化を示す図である。図32に示すように、適正条件における根への銅の吸着の量及び速さは、日本晴の方が多く、速いことが分かる。また、経時的に銅が地上部に輸送されていることが確認された。
【0048】
図33は、過剰条件における日本晴及びPG2-FOXの銅吸着の変化を示す図である。図33に示すように、過剰条件における根への銅の吸着の量及び速さは、PG2-FOXの方が多く、速いことが分かる。
【0049】
図32及び図33から、ペクチン量が多いと、根への銅の吸着が速く、多いといえる。
【0050】
・日本晴(WT)とカサラスとの比較
図34は、適正条件における日本晴及びカサラスの銅吸着の変化を示す図である。図34に示すように、適正条件における根への銅の吸着の量及び速さは、日本晴の方が多く、速いことが分かる。また、経時的に銅が地上部に輸送されていることが確認され、その輸送の量及び速さは、日本晴の方が多く、速いことが分かる。
【0051】
図35は、過剰条件における日本晴及びカサラスの銅吸着の変化を示す図である。図35に示すように、過剰条件における根への銅の吸着の量/速さは、日本晴の方が多く、速いことが分かる。また、経時的に銅が地上部に輸送されていることが確認され、その輸送の量及び速さは、日本晴の方が多く、速いことが分かる。
【0052】
図34及び図35から、ペクチン量が多いと、根への銅の吸着の量及び速さ、並びに、地上部への銅輸送の量及び速さが、遅く、少ないといえる。
【0053】
・日本晴(WT)とPME3-FOXとの比較
図36は、適正条件における日本晴及びPME3-FOXの銅吸着の変化を示す図である。図36に示すように、適正条件における根への銅の吸着の量及び速さは、日本晴の方が多く、速いことが分かる。また、経時的に銅が地上部に輸送されていることが確認され、その輸送の量及び速さは、日本晴の方が多く、速いことが分かる。
【0054】
図37は、過剰条件における日本晴及びPME3-FOXの銅吸着の変化を示す図である。図37に示すように、過剰条件における根への銅の吸着の量/速さは、ほとんど差が見られなかった。また、経時的に銅が地上部に輸送されていることが確認され(赤枠参照)、その輸送の量及び速さは、PME3-FOXの方が多く、速いことが分かる。
【0055】
図36及び図37から、ペクチンのメチルエステル化度が低く、ペクチン量が少ないと、地上部への銅輸送の量及び速さが速く、多いといえる。
【0056】
・日本晴に対するEGCGの添加/非添加の比較
図38は、適正条件における日本晴へのEGCGの添加/非添加による銅吸着の変化を示す図である。図38に示すように、適正条件における根への銅の吸着の量及び速さは、EGCG非添加条件の方が多く、速いことが分かる。また、経時的に銅が地上部に輸送されていることが確認され、その輸送の量及び速さは、EGCG非添加条件の方が多く、速いことが分かる。
【0057】
図39は、過剰条件(1.0μM)における日本晴へのEGCGの添加/非添加による銅吸着の変化を示す図である。図40は、過剰条件(2.5μM)における日本晴へのEGCGの添加/非添加による銅吸着の変化を示す図である。図39及び図40に示すように、過剰条件における根への銅の吸着の量/速さは、EGCG添加条件の方が多く、速いことが分かる。また、経時的に銅が地上部に輸送されていることが確認され(赤枠参照)、その輸送の量及び速さは、EGCG非添加条件の方が多く、速いことが分かる。
【0058】
図38図40から、ペクチンのメチルエステル化度が高く、ペクチン量が多いと、地上部への銅輸送の量及び速さが遅く、少ないといえる。
【0059】
図41は、PETISを用いた銅動態の解析に用いたイネ(EGCGの添加/非添加)の画像を示す図である。図42は、PETISを用いた銅動態の解析に用いたイネ(EGCGの添加/非添加)における銅元素を可視化した画像を示す図である。各銅濃度で処理した、EGCG添加のイネ(図41参照)は、図42に示すように、それぞれ銅が取り込まれているが、過剰条件(ここでは1.0μM以上)では、銅が地上部までは輸送されていないことが分かる。この結果から、EGCGを添加したイネは、根から吸収した銅が地上部まで輸送されないといえる。
【0060】
(イネにおける銅の定量)
図43は、日本晴、PG2-FOX、PM3-FOX、カサラス及びEGCG添加日本晴における、ペクチン1μgとしたときに根に含まれる銅量を説明するための図である。
なお、図43では、EGCG添加条件として、50μMのEGCGを添加した水耕液で日本晴を栽培した結果を示す。
【0061】
図43に示すように、根のペクチン量が少なく、メチルエステル化度が低いPME3-FOXは、根に蓄積される銅の量が、日本晴(WT)よりも多かった。一方、根のペクチン量が多く、メチルエステル化度が高いEGCG添加日本晴は、根に蓄積される銅の量が、日本晴(WT)よりも少なかった。
なお、銅濃度が0μM(添加なし)及び0.1μMの場合は、ペクチン1μgとしたときに、銅が検出されなかった。
【0062】
以上の試験結果から、細胞壁のペクチン量やそのメチルエステル化度が変化したイネにおいて、銅の根への吸着や地上部への輸送態様及び蓄積量に違いがみられた。ここで、ペクチン量が多く、メチルエステル化度が高いと、ペクチンにおけるカルシウム架橋が少なくなり、銅が過剰な条件に対して耐性が高くなる。一方、ペクチン量が少なく、メチルエステル化度が低いと、ペクチンにおけるカルシウム架橋が多くなり、銅が過剰な条件に対して耐性が低くなる。
【0063】
また、イネは、銅の濃度によって根のペクチン蓄積量やそのメチルエステル化度を変化させることで、植物体内での銅の動態を変化させ、過剰な銅による毒性を緩和していることが明らかとなった。
【0064】
このため、イネは過剰な銅に対して、根のペクチン蓄積量を増加させるとともにメチルエステル化度を制御し、毒性金属をペクチンに吸着させることで、地上部への輸送を抑制し、植物体に対する毒性を緩和するシステムを有しているといえる。
【0065】
そして、この根のペクチン量及びメチルエステル化度の制御は、エピガロカテキンガレートの効果を与えるEGCGを添加することが効果的であることが示された。このEGCGは、根のペクチンメチル化度が低下することを抑制し、WT(ここでは日本晴を例示)よりも根のペクチン量を増加させる。これにより、根の成長を促進するとともに、過剰な銅に対する毒性緩和機構を促進するという効果が得られる。本実施の形態によれば、EGCGを添加した水耕液によってイネを栽培することによって、植物体内における金属濃度を適切に調整することができる。なお、上述した効果は、イネのほか、イネ科に属するイネ科植物に対しても有効である。
【0066】
上述した実施の形態に係る植物成長促進剤は、成長を促進できるほか、土壌に含まれる金属(例えば重金属)の毒性を抑制することによって、若い葉における白色化や黄化、酸素を含んだ化学反応性を有する活性酸素種(ROS)の発生、葉の鉄欠乏の誘引等の過剰症等の各種障害を抑制することができる。このように、本実施の形態に係る植物成長促進剤を使用することによって、過剰な重金属を含む耕作不適地においても耕作を可能とすることが期待できる。
【0067】
ここまで、本発明を実施するための形態を説明してきたが、本発明は上述した実施の形態によってのみ限定されるべきものではない。
【0068】
このように、本発明は、特許請求の範囲に記載した技術的思想を逸脱しない範囲内において、様々な実施の形態を含みうるものである。
【0069】
以上のように、本発明に係る植物成長促進剤及びイネ科植物の生育方法は、植物体内における金属濃度を適切に調整するのに有用である。
【符号の説明】
【0070】
10 細胞壁
11 セルロース
12 ヘミセルロース
13 ペクチン
14 ペクチンメチルエステラーゼ(PME)
15 没食酸エピガロカテキン(EGCG)
131 ガラクツロン酸
132 メチル基
133 カルシウムイオン
図1
図2
図3
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