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特開2025-96872磁性部材とその製造方法および積層造形用粉末
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025096872
(43)【公開日】2025-06-30
(54)【発明の名称】磁性部材とその製造方法および積層造形用粉末
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20250623BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20250623BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20250623BHJP
   B22F 10/28 20210101ALI20250623BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20250623BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALI20250623BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20250623BHJP
【FI】
B22F1/00 W
H01F1/147 166
C22C38/00 303S
B22F10/28
B33Y70/00
B33Y80/00
C22C33/02 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023212839
(22)【出願日】2023-12-18
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】池畑 秀哲
(72)【発明者】
【氏名】加藤 元
(72)【発明者】
【氏名】宮下 広司
(72)【発明者】
【氏名】加藤 麻穂
(72)【発明者】
【氏名】伴 美織
(72)【発明者】
【氏名】森本 光香
(72)【発明者】
【氏名】神谷 孫斗
(72)【発明者】
【氏名】北 拓也
【テーマコード(参考)】
4K018
5E041
【Fターム(参考)】
4K018AA24
4K018BA13
4K018BB04
4K018KA43
5E041AA02
5E041AA03
5E041AA04
5E041AC05
5E041BD13
5E041CA04
5E041HB05
5E041NN01
(57)【要約】
【課題】非磁性部を備える高磁気特性な磁性部材を提供する。
【解決手段】本発明は、第1鉄基材からなる軟磁性部と、第2鉄基材からなる非磁性部と、第3鉄基材からなり軟磁性部と非磁性部に一体化した中間部とを備える磁性部材である。第3鉄基材は、第1鉄基材および第2鉄基材と成分組成が異なる。中間部は、軟磁性または非磁性のいずれか一方である。中間部は、フェライト単相で、柱状晶からなるとよい。このような中間部は、指向性エネルギー堆積法や粉末床溶融結合法等の積層造形法により、軟磁性部上または非磁性部上に形成される。軟磁性部や非磁性部も中間部と共に積層造形されたものでもよい。中間部の積層造形に用いる粉末は、例えば、第1鉄基材よりもフェライト安定化元素の合計量が多く、第2鉄基材よりもオーステナイト安定化元素の合計量が少ないとよい。
【選択図】図2C
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1鉄基材からなる軟磁性部と、
第2鉄基材からなる非磁性部と、
第3鉄基材からなり該軟磁性部と該非磁性部に一体化した中間部とを備え、
該第3鉄基材は、該第1鉄基材および該第2鉄基材と成分組成が異なり、
該中間部は、軟磁性または非磁性のいずれか一方である磁性部材。
【請求項2】
前記中間部は、フェライト単相からなる請求項1に記載の磁性部材。
【請求項3】
前記中間部は、柱状晶からなる請求項2に記載の磁性部材。
【請求項4】
前記中間部は、積層造形物からなる請求項1に記載の磁性部材。
【請求項5】
前記第3鉄基材は、体心立方格子(BCC)になるときのギブス自由エネルギー(GBCC)と面心立方格子(FCC)になるときのギブス自由エネルギー(GFCC)との差分(dG=GBCC-GFCC)の融点から室温までの温度域における最大値(dGmax)が30J/mol以下となる成分組成を有する請求項1~4のいずれかに記載の磁性部材。
【請求項6】
請求項1に記載の磁性部材の製造方法であって、
前記中間部は、指向性エネルギー堆積法または粉末床溶融結合法により、前記軟磁性部上または前記非磁性部上に形成される磁性部材の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の磁性部材の製造方法において、前記中間部の積層造形に用いられる積層造形用粉末。
【請求項8】
前記第1鉄基材よりもフェライト安定化元素の合計量が多く、前記第2鉄基材よりもオーステナイト安定化元素の合計量が少ない組成からなる請求項7に記載の積層造形用粉末。
【請求項9】
粉末全体に対してSiを1.5~8質量%含む請求項7または8に記載の積層造形用粉末。
【請求項10】
粉末全体に対してAlを0.5~3質量%含む請求項7または8に記載の積層造形用粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性部と非磁性部を有する磁性部材等に関する。
【背景技術】
【0002】
磁界中で使用される磁性部材の一部に、非磁性(弱磁性、低磁性を含む。)な領域(非磁性部)を設けることにより、電磁機器の高性能化、低損失化、高効率化等が図られる。
【0003】
例えば、磁石内包型電動機(モータ、ジェネレータ)のロータやステータなら、永久磁石(起磁源)を収容するスロットの外周側にある狭幅なブリッジ部等を非磁性化して、回転トルクに寄与しない無効な磁束の低減が図られる。このような非磁性化に関連する記載が、例えば、下記の特許文献にある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第5272713号
【特許文献2】特許第3868019号
【特許文献3】特開平6-140216
【特許文献4】特許第4626683号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本金属学会2023年春季講演大会,No.235
【非特許文献2】レーザ加工学会誌, Vol. 29, No.2, (2022), pp. 98-102.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、非磁性材を強磁性材で挟んだ複層材から、表層側の強磁性材を部分的に除去して非磁性部を形成している。特許文献2は、焼鈍して得られた強磁性なマルテンサイト系ステンレス鋼を局部加熱して、弱磁性部を形成している。特許文献3は、加熱によるオーステナイト生成と冷間加工による加工誘起マルテンサイト生成を組み合わせて、非磁性部と強磁性部を共存させている。特許文献4は、電磁鋼板の一部に非磁性合金やステンレス鋼を埋設して非磁性部を形成している。
【0007】
非特許文献1は、電磁鋼板の一部にNi-Cr-Fe-B系合金を溶融反応させて、非磁性部を形成している。非特許文献2は、電磁鋼板の一部にCuを反応させて非磁性部を形成している。
【0008】
いずれの文献にも、軟磁性部(強磁性部)と非磁性部の境界付近の磁気特性、成分組成、金属組織等に着眼した記載はない。また、軟磁性部と非磁性部の境界付近を積層造形することを提案した文献も見当たらない。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、軟磁性部と非磁性部を有する新たな磁性部材等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は鋭意研究により、軟磁性部と非磁性部の間に所望の中間部を形成することを着想し、高特性を発揮し得る磁性部材を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《磁性部材》
本発明は、第1鉄基材からなる軟磁性部と、第2鉄基材からなる非磁性部と、第3鉄基材からなり該軟磁性部と該非磁性部に一体化した中間部とを備え、該第3鉄基材は、該第1鉄基材および該第2鉄基材と成分組成が異なり、該中間部は、軟磁性または非磁性のいずれか一方である磁性部材である。
【0012】
本発明によれば、軟磁性部と非磁性部の間(中間部)において、軟磁性相と非磁性相の混在や結晶粒微細化等に起因して生じる磁気的特性の劣化や機械的特性の低下等が抑止された磁性部材が提供される。
【0013】
また、中間部を介在させることにより、軟磁性部と非磁性部の形態や配置の自由度を拡大し、磁性部材や磁気回路の設計自由度も高まる。
【0014】
《製造方法》
本発明は、磁性部材の製造方法としても把握される。例えば、中間部が、指向性エネルギー堆積法(DED: Directed Energy Deposition)または粉末床溶融結合法(PBF:powder bed fusion)により、軟磁性部上または非磁性部上に形成される磁性部材の製造方法として、本発明を把握してもよい。軟磁性部および/または非磁性部も、DEDやPBFにより積層造形されてもよい。
【0015】
《積層造形用粉末》
本発明は、そのような積層造形に用いられる粉末として把握されてもよい。このような積層造形用粉末は、単種の粉末でも、所望組成に配合された混合粉末でもよい。
【0016】
《その他》
(1)磁性部材は、その全体が積層造形された物でもよいし、溶製部材や焼結部材と組み合わせて、一部だけが積層造形された物でもよい。本明細書でいう積層造形物には、両者が含まれる。また一部の積層造形には、改質、補修、肉盛等が含まれる。
【0017】
積層を繰り返す付加加工(AM:Additive Manufacturing)には、DEDやPBFの他に、結合剤噴射法(binder jetting)、材料噴射法(material jetting)、材料押出法(material extrusion)、液槽光重合法(vat photopolymerization)、シート積層法(sheet lamination)などがある。これらの方法も適宜利用可能である。もっとも、鉄基材からなる磁性部材の工業的な製造には、DEDやPBFが適している。
【0018】
DEDやPBFで用いられる粉末(積層造形用粉末)を溶融させる熱源には、レーザビーム、電子ビーム、プラズマアーク等がある。レーザビームは代表的で汎用的な熱源である。本明細書では主に、レーザビームを用いたL-DED(LMD)やL-PBFを取り上げて説明する。
【0019】
(2)特に断らない限り、本明細書でいう「x~y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また本明細書でいう「x~yμm」はxμm~yμmを意味する。他の単位系についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1A】試料1の中間部付近を観察したSEM像である。
図1B】その成分組成をEDSで分析した結果である。
図1C】その金属組織のIPFである。
図1D】その相分布マップである。
図2A】試料2の中間部付近を観察したSEM像である。
図2B】その成分組成をEDSで分析した結果である。
図2C】その金属組織のIPFである。
図2D】その相分布マップである。
図3A】試料3の中間部付近を観察したSEM像である。
図3B】その成分組成をEDSで分析した結果である。
図3C】その金属組織のIPFである。
図3D】その相分布マップである。
図4A】試料Cの中間部付近を観察したSEM像である。
図4B】その成分組成をEDSで分析した結果である。
図4C】その金属組織のIPFである。
図4D】その相分布マップである。
図5A】試料2の中間部付近の磁区像、相分布マップおよびIPFである。
図5B】その軟磁性部の磁区像とIPFである。
図6】試料Cの中間部付近の磁区像、相分布マップおよびIPFである。
図7】試料2と試料Cの中間部付近の硬さ分布を示す。
図8】溶製された軟磁性部上に非磁性部を積層造形した引張試験片を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、磁性部材のみならず、その製造方法(積層造形方法)や積層造形用粉末等にも適宜該当する。
【0022】
《軟磁性部》
軟磁性部を構成する第1鉄基材は、純鉄でも鉄合金でもよい。第1鉄基材は、フェライト安定化元素(Si、Al、Cr、Mo等)を含んでもよい。
【0023】
特にSiは、鉄基材のオーステナイト変態の抑制、結晶粒の高配向化、その電気抵抗率(比抵抗)や磁気特性(透磁率)の増加等に寄与する。但し、Siが過多になると、鉄基材は脆化して割れ等を生じ易くなる。
【0024】
そこで第1鉄基材は、その全体(100%)に対してSiを、例えば、1~6.5%または2~4%程度含むとよい。なお、本明細書でいう化学組成(成分組成)は、特に断らない限り、観察対象の全体(100質量%)に対する質量割合であり、「%」または数値のみで示す。組成は、エネルギー分散型X線分析法(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)や電子プローブマイクロアナライザー(EPMA:Electron Probe Micro Analyzer)による分析結果が安定した領域で特定されるとよい(他部も同様)。
【0025】
《非磁性部》
非磁性部を構成する第2鉄基材は、オーステナイト安定化元素(Ni、Mn、Cu、C等)を含むとよい。非磁性部の成分組成は、例えば、シェフラーの組織図上でオーステナイト相が安定して得られる成分組成(Ni当量-Cr当量)であるとよい。代表的な第2鉄基材としてオーステナイト系ステンレス鋼がある。
【0026】
《中間部》
中間部は、軟磁性部と非磁性部の境界付近にあると共に、それらと成分組成が明確に異なる(変化している)領域である。成分組成の相違(変化)は、例えば、EDSによる分析結果から判断できる。
【0027】
中間部は、軟磁性(強磁性)または非磁性(弱磁性を含む。)のいずれか一方を示すとよい。磁性部材の仕様に適した一方の特性を示すことで、磁性部材の高性能化が図られる。本明細書では、便宜上、軟磁性を示す中間部を例示しつつ主に説明する。
【0028】
(1)組織
軟磁性な中間部なら、それを構成する第3鉄基材は、全体的に観て、略フェライト単相からなるとよい。このとき、界面付近や微小領域にオーステナイト相が僅かに存在していてもよい。
【0029】
中間部(第3鉄基材)は、粗大な結晶粒(例えば柱状晶)からなるとよい。具体的な結晶粒サイズは問わないが、例えば、視野内にある各結晶粒の最大長の平均値が200~5000μmであるとよい。
【0030】
また各結晶粒は、BCCの磁化容易軸方向<001>に配向しているとよい。このような結晶粒および配向を有する金属組織が、軟磁性部から中間部にかけて連続しているとよい。
【0031】
金属組織は、例えば、電子線後方散乱回折法(EBSD:Electron Back Scattered Diffraction Pattern)で解析して得られる逆極点図方位マップ(IPF:Inverse Pole Figure)に基づいて特定される。またEBSDによれば、金属相(α相、γ相)も明らかになり、中間部が単相状態か混相状態かもわかる。
【0032】
(2)組成
中間部(第3鉄基材)は、軟磁性部(第1鉄基材)と非磁性化(第2鉄基材)と区別できれば、具体的な成分組成を問わない。その成分組成は、中間部で略均一的でもよいし、軟磁性部と非磁性部の間で、連続的または段階的(多層的)に変化してもよい。なお、各部の成分組成は、抽出した範囲(区間)内の複数の測定点における各元素の濃度変化(EDSやEPMAの分析結果)の平均値を求めることで特定される。
【0033】
《積層造形用粉末》
中間部の積層造形用粉末は、製造プロセス、粒子形態(形状、サイズ等)等を問わない。その粉末は、アトマイズ粉末でも、粉砕粉末でもよい。また一種の合金粉末でも、混合粉末でも、造粒粉末等でもよい。
【0034】
軟磁性の中間部を積層造形する場合、例えば、第1鉄基材よりもフェライト安定化元素の合計量が多く、第2鉄基材よりもオーステナイト安定化元素の合計量が少ない粉末を用いてもよい。ちなみに、フェライト安定化元素(Si等)の多い粉末を用いても、混合によるSi濃度の低下により脆化や割れ等は生じ難い。
【0035】
積層造形用粉末は、例えば、その全体に対してSiを1.5~8%、3~6%含んでもよい。またAlを0.5~3%、1~2%含んでもよい。さらに、磁気特性を向上させる改質元素(例えば、Mo、W、Ti、Nb、V)、不純物(C、P、O、N等)を含んでもよい。このような元素は合計で、例えば、2%以下、1%以下、0.5%以下、0.2%または0.1%以下である。
【0036】
軟磁性な中間部の積層造形用粉末は、ギブス自由エネルギーを用いて成分組成が規定されてもよい。例えば、体心立方格子(BCC)になるときのギブス自由エネルギー(GBCC)と面心立方格子(FCC)になるときのギブス自由エネルギー(GFCC)との差分(dG=GBCC-GFCC)の融点から室温までの温度域における最大値(dGmax)が、30J/mol以下、20J/mol以下、10J/mol以下、5J/mol以下さらには負値(0J/mol未満)を満たす成分組成の第3鉄基材が得られる粉末を用いるとよい。
【0037】
《磁性部材》
磁性部材は、例えば、ヨーク(継鉄)やコア(磁心)を構成する。ヨークやコアは、例えば、電動機(発電機を含む)のロータやステータ、変圧器用コア等である。電動機は、例えば、永久磁石を備える同期モータや直流モータ、永久磁石を備えない誘導モータやスイッチトリラクタンスモータ(SRモータ)等である。
【実施例0038】
LMD(L-DED)により鉄合金(鉄基材)からなる試料(積層造形物)を種々製作し、その成分組成、金属組織(結晶粒、金属相)、特性等を評価した。このような具体例に基づいて本発明をさらに詳しく説明する。
【0039】
《試料の製作》
(1)積層造形用粉末
Fe-3Si粉末(粒度:45~105μm)、SUS316粉末(Fe-18Cr-12Ni-2.5Mo粉末/粒度:45~105μm)、Fe-9Si-7Al粉末(粒度:25~105μm)、純Si粉末(粒度:-300μm)および純Ni粉末(粒度:74~104μm)を用意した。合金粉末の成分組成は、その粉末全体に対する質量%(残部:Fe)を数値のみで示した。
【0040】
粒度は、メッシュを用いた分級(篩い分け)により規定した。粒度:x~y(μm)は、篩目開きx(μm)の篩いを通過せず、篩目開きy(μm)の篩いを通過する大きさの粒子からなることを意味する。粒度:-yは、篩目開きy(μm)の篩いを通過する大きさの粒子からなることを意味する。
【0041】
積層造形用粉末として、上述した粉末を単独でそのまま用いる他、適宜、複数の粉末を秤量して所望組成に配合した混合粉末(45rpm×1時間回転混合)も用いた。
【0042】
(2)積層造形
LMD装置(エンシュウ株式会社製レーザー加工試験機)のパウダーフィーダ(粉箱)に入れた積層造形用粉末(原料粉末ともいう。)を、キャリアガス(Ar)でパウダーノズルへ供給した。
【0043】
そのLMD装置を用いて、室温大気雰囲気中で、基板(SS400/100×100×t10mm)上に、立方体(10mm×10mm×10mm)の試料(積層造形物)を製作した。試料は、後述する引張試験片を除いて、全体を積層造形により製作した。その際、下側(基板側)を非磁性部、上側を軟磁性部とした。試料1~3は、それらの間に、それらと異なる成分組成の原料粉末を用いた中間部も積層造形した。
【0044】
レーザ(株式会社IPG製YLS-4000CW)の照射条件は次の通りである。非磁性部(SUS316)および中間部は、レーザ出力:750W、走査速度:25mm/sとした。軟磁性部(Fe-3Si)は、レーザ出力:950W、走査速度:40mm/sとした。
【0045】
また各部とも、ビーム径(スポット径):2.0mm(直径)、粉末供給量:0.08g/s 、走査ピッチ(x方向):0.5mm、積層ピッチ(z方向/造形方向):0.3mm、キャリアガス(Ar)流量:25L/minとした(共通条件)。
【0046】
非磁性部は、SUS316粉末を用いてZ方向へ17回積層した。中間部は、非磁性部上に、次のような粉末(「中間粉末」という。)を用いてZ方向へ2回積層した。軟磁性部は、中間部上に、Fe-3Si粉末を用いてZ方向に17回積層した。
試料1:Fe-6.5Si粉末
試料2:Fe-4.5Si-1.2Al粉末
試料3:Fe-10Cr-4.7Ni-1.5Mo粉末
【0047】
試料1の中間粉末は、軟磁性部を形成する粉末(Fe-3Si粉末)に対してSi(フェライト安定化元素)を増量した配合組成とした。試料2の中間粉末は、軟磁性部を形成する粉末(Fe-3Si粉末)に対して、Siを増量すると共にAl(フェライト安定化元素)を加えた配合組成とした。試料3の中間粉末は、非磁性部を形成する粉末(SUS316粉末)に対して、Cr・Ni(オーステナイト安定化元素)を減量すると共にMo(フェライト安定化元素)を増量した配合組成にした。
【0048】
中間部を別途造形した試料1~3と異なり、非磁性部(積層数17回)に続けて、そのまま軟磁性部(積層数17回)を積層造形した試料Cも製作した。つまり試料Cでは、中間粉末を用いた積層造形を行なわなかった。
【0049】
《観察・測定・分析》
非磁性部と軟磁性部の間(中間部付近)を観察、測定および分析した。試料1~3およびCに係る結果を、図1A図4D(試料1:図1、試料2:図2、試料3:図3、試料C:図4)にそれぞれ示した。具体的には次の通りである。
【0050】
(1)観察
走査型電子顕微鏡による観察像(SEM像)を図1A図2A図3Aおよび図4Aにそれぞれ示した。
【0051】
(2)成分組成
エネルギー分散型X線分析装置(EDS)で、各試料の中間部付近(略中央)を直線状に測定した。各試料の成分組成を図1B図2B図3Bおよび図4Bにそれぞれ示した。各試料の中間部における代表的な領域の成分組成を表1に例示した。表1において、測定箇所mは軟磁性部側の領域であり、測定箇所nは非磁性部側の領域である。
【0052】
(3)金属組織(結晶粒)
電子線後方散乱回折装置(EBSD:株式会社TSLソリューションズ製MSC-2200)で、各部の金属組織(結晶粒)を分析した。各試料の逆極点図方位マップ(IPF)を図1C図2C図3Cおよび図4Cにそれぞれ示した。また、上述した中間部の測定箇所m、nにおける結晶粒の形態をIPFに基づいて特定した。その結果を表1に併せて示した。
【0053】
(4)結晶構造
EBSDで、各部の結晶構造(相)を分析した。各試料の相分布マップを図1D図2D図3Dおよび図4Dにそれぞれ示した。
【0054】
《特性》
(1)磁区
試料2と試料Cについて、中間部付近の表面をカー(Kerr)効果顕微鏡で磁区観察した。得られた磁区像を図5A図6にそれぞれ示した。また、試料2の軟磁性部を同様に観察した磁区像を図5Bに示した。各磁区像と共に、IPFや相分布マップも併せて示した。
【0055】
Kerr効果顕微鏡で得られた磁区像は、濃淡(磁区コントラスト)により磁区の変化を示す。濃い領域が多いほど、磁場変化に対する磁区の変化が速やかで、軟磁性に優れる。また、IPFからわかる<001>配向の有無も併せて考慮すれば、中間部の軟磁気特性も評価できる。
【0056】
(2)硬さ
試料2と試料Cについて、中間部周辺における複数箇所のビッカース硬さを測定した。これにより得られた硬さ分布を図7に併せて示した。
【0057】
(3)引張強度
LMDによる強度への影響を次のように調査した。図8に示すように、丸棒(溶製材)からなる軟磁性部(Fe-3Si-0.6Al/φ12mm×40mm)上に、略同形状の非磁性部(SUS316)をLMDにより積層造形した試験片を引張試験に供して、全体および各部の引張強度を測定した。
【0058】
丸棒自体の耐力(0.2%):419MPa、造形部の耐力:314MPaであった。全体の引張強さ:528MPa、その破断伸び:25%であった。破壊(破断)は丸棒(基材)側で生じていた。このことから、軟磁性部に非磁性部を積層造形により形成した場合でも、十分に高い引張強度や接合強度が確保されることが確認された。
【0059】
《ギブスの自由エネルギー》
表1に示した成分組成に基づいて、中間部の測定箇所m、nにおける結晶構造(BCC、FCC)のギブス(Gibbs)の自由エネルギー(G)を、他元系熱力学解析ソフト(Thermo-Calc、データベースTCFE7)を用いて算出した。自由エネルギーは、融点から室温の温度域(特に1500℃(融点直下)~900℃)において算出および評価をした。具体的にいうと、次の通りである。
【0060】
各温度において、BCC(フェライト相/α相)となるときの自由エネルギー(GBCC)と、FCC(オーステナイト相/γ相)となるときの自由エネルギー(GFCC)とを算出した。それらの差分(dG)の最大値(dGmax)を求めた。得られた結果を表1に併せて示した。dGmaxが小さいほど(さらには負であるほど)、相変態(フェライト相⇔オーステナイト相)が抑制されて、フェライト相(BCC)が安定的となる。
【0061】
《評価》
上述した内容から、軟磁性部と非磁性部の間にある中間部に関して、次のことがわかった。
【0062】
(1)成分組成
図1B図2B図3B図4Bからわかるように、中間粉末を用いた積層造形の有無を問わず、軟磁性部と非磁性部の間には、それらと異なる成分組成からなる中間部が形成された。ここでいう中間部は、EDSによる分析結果から、軟磁性部および非磁性部に対して、成分組成(特にFe量、Si量、Ni量、Cr量)が明確に変化している領域である。
【0063】
中間部は、成分組成が全体的に均一ではなく多段的(多層的)に変化した。具体的にいうと、中間部の成分組成は、試料1なら3層、試料2なら2層、試料3なら7層、試料Cなら4層に、区画できる程度に段階的に変化した。なお、各層毎(一層内)で観れば、成分組成は安定していた。
【0064】
これらから、原料粉末の溶融凝固を伴う積層造形(金属3Dプリント)の場合、軟磁性部と非磁性部の間に、成分組成が略一定な領域(中間部、境界層)の形成が困難であることがわかった。
【0065】
(2)結晶粒
図1C図2C図3C図4Cからわかるように、結晶粒の微細化領域が試料1、3およびCの中間部に観られたが、試料2の中間部には観られなかった。試料2の中間部は全体的に粗大な柱状晶からなり、軟磁性部と同様な金属組織であった。また試料2の金属組織は、軟磁性部と中間部の間に実質的な境界がなく、両者の金属組織は滑らかに連なった状態になっていた。このように、軟磁性部と同様な金属組織(結晶粒)からなる中間部の形成が可能であることがわかった。
【0066】
なお、結晶粒微細化領域は、主に等軸晶からなり、粗大な柱状晶からなる軟磁性部よりも、保磁力が大きく(透磁率が小さく)、磁気特性(軟磁性)を低下または劣化させる。ちなみに、試料3と試料Cの結晶粒微細化領域は2層状であったが、試料1の結晶粒微細化領域は比較的薄い単層状であった。
【0067】
(3)結晶構造(金属相)
図1D図2D図3D図4Dからわかるように、BCC(フェライト(α)相/軟磁性相)とFCC(オーステナイト(γ)相/非磁性相)が混在した混相組織が、試料3および試料Cの中間部には観られた。一方、試料1および2の中間部には、そのような混相組織は観られず、中間部と非磁性部の境界で、BCCとFCCが明瞭に変化していた。このように、軟磁性部と同様な結晶構造(BCC)からなる中間部の形成が可能であることがわかった。
【0068】
以上から、軟磁性部と非磁性部の間に成分組成的な境界(層)の形成はできなくても、金属組織(結晶粒、相)ひいては磁気特性が明瞭に変化する境界(層)を積層造形物中に形成できることはわかった。
【0069】
(4)磁区
図5A図5Bおよび図6から次のことがわかる。図5Aから明らかなように、試料2の中間部は、磁区像で濃い領域(例えば領域C)が多かった。それらは、磁区変化が速やかに進行する領域である。
【0070】
このような領域は、BCC単相で<001>配向した粗大な柱状晶からなることもEBSDの分析結果(相分布、IPF)からわかった。図5A図5Bの対比からもわかるように、そのような中間部は軟磁性部(領域D、特に領域E)と同様であり、高い軟磁性を示す。
【0071】
図6から明らかなように、試料Cの中間部には、軟磁性部と同様に、<001>配向した粗大な柱状晶(BCC単相)からなる部分もあった。しかし、試料Cの中間部には、磁区変化が遅くて細かい領域(例えば領域B)も多く存在していた。このような領域は、BCCからなるものの、ランダムな方位を有する非常に微細な結晶粒で構成されており、軟磁気特性が劣る。このため試料Cは、試料2のような高磁気特性を発揮し得ない。
【0072】
従って、適切な中間部を介在させることにより、積層造形物内にも、磁気特性(軟磁性と非磁性)が急変する境界(層)を形成できることがわかった。
【0073】
(5)硬さ
図7から明らかなように、軟磁性部、中間部および非磁性部の各硬さは同レベルであった。つまり、各部間で急激な硬さの変化は観られなかった。
【0074】
(6)ギブス自由エネルギー
表1からわかるように、ギブス自由エネルギー差(dGmax)が小さい中間部は、フェライト相が安定化し、オーステナイト相への相変態が抑制されるため、柱状晶(BCC)になっていた。逆にいえば、そのような中間部を積層造形する場合、dGmaxが小さくなる中間粉末を用いればよいことになる。
【0075】
以上から、軟磁性部と非磁性部の間に適切な中間部を積層造形することにより、全体として優れた軟磁性を示す磁性部材が得られることが確認された。
【0076】
【表1】
図1A
図1B
図1C
図1D
図2A
図2B
図2C
図2D
図3A
図3B
図3C
図3D
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図6
図7
図8