(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025097496
(43)【公開日】2025-07-01
(54)【発明の名称】活物質の回復処理方法
(51)【国際特許分類】
H01M 10/54 20060101AFI20250624BHJP
H01M 4/525 20100101ALN20250624BHJP
H01M 4/505 20100101ALN20250624BHJP
【FI】
H01M10/54
H01M4/525
H01M4/505
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023213715
(22)【出願日】2023-12-19
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】507308902
【氏名又は名称】ルノー エス.ア.エス.
【氏名又は名称原語表記】RENAULT S.A.S.
【住所又は居所原語表記】122-122 bis, avenue du General Leclerc, 92100 Boulogne-Billancourt, France
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100114177
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】横▲崎▼ 理花
(72)【発明者】
【氏名】奥井 武彦
【テーマコード(参考)】
5H031
5H050
【Fターム(参考)】
5H031AA00
5H031HH03
5H031HH06
5H031HH08
5H031HH09
5H031RR02
5H050AA19
5H050BA16
5H050BA17
5H050CA01
5H050CA08
5H050CA09
5H050GA02
5H050GA10
5H050GA12
5H050GA27
5H050HA01
5H050HA15
(57)【要約】
【課題】結着剤の熱分解によるフッ化水素の生成を抑制しつつ、低下した活物質の活性を向上させることができる活物質の回復処理方法を提供する。
【解決手段】活物質の回復処理方法は、リチウムイオン電池が備える活物質の低下した活性を向上させる処理方法であって、活物質又は活物質を含有する電極合剤にリチウム化合物を混合し、リチウムイオン電池が有する結着剤の熱分解温度未満の温度で加熱処理する加熱工程を有する。そして、リチウム化合物の混合量は、リチウム化合物の総表面積を活物質の総表面積で除して得られた値が0.05以上となる量である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン電池が備える活物質の低下した活性を向上させる処理方法であって、
前記活物質又は前記活物質を含有する電極合剤にリチウム化合物を混合し、前記リチウムイオン電池が有する結着剤の熱分解温度未満の温度で加熱処理する加熱工程を有し、
前記リチウム化合物の混合量は、前記リチウム化合物の総表面積を前記活物質の総表面積で除して得られた値が0.05以上となる量である活物質の回復処理方法。
【請求項2】
前記リチウム化合物の総表面積は、前記リチウム化合物の全粒子のうち粒径10μm以上の粒子の表面積の総合計である請求項1に記載の活物質の回復処理方法。
【請求項3】
前記リチウム化合物は水溶性である請求項1又は請求項2に記載の活物質の回復処理方法。
【請求項4】
前記リチウム化合物は、その水溶液がアルカリ性を示すものである請求項1又は請求項2に記載の活物質の回復処理方法。
【請求項5】
前記リチウム化合物が水酸化リチウムである請求項1又は請求項2に記載の活物質の回復処理方法。
【請求項6】
前記加熱工程における加熱処理の雰囲気の酸素分圧が0.2atm以上である請求項1又は請求項2に記載の活物質の回復処理方法。
【請求項7】
前記加熱工程の前に、前記電極合剤から前記結着剤を除去する除去工程を有する請求項1又は請求項2に記載の活物質の回復処理方法。
【請求項8】
前記除去工程を実施した後の前記電極合剤に残存する前記結着剤の量は、前記除去工程を実施した後の前記電極合剤全体の1.2質量%以下である請求項7に記載の活物質の回復処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活物質の回復処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池が備える活物質は、リチウムイオン電池の使用に伴ってリチウムイオンが脱離するため活性が低下するが、回復処理を施すことによって活性を向上させることができる。例えば特許文献1には、正極活物質及び結着剤を含有する電極合剤にリチウム化合物を混合し、該リチウム化合物の溶融開始温度以上の温度(例えば750℃)に加熱することによって、低下した正極活物質の活性を向上させる技術が開示されている。特許文献1に開示の技術においてはリチウム化合物は溶融しているので、正極活物質とリチウム化合物の固-液界面での反応によって、正極活物質にリチウムイオンが挿入されて、正極活物質の活性が向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示の技術においては、正極活物質及びリチウム化合物とともに結着剤も高温に加熱される。結着剤としてはポリフッ化ビニリデン(PVDF)が用いられる場合が多いが、ポリフッ化ビニリデンが高温により熱分解するとフッ化水素(HF)が生成するため、活物質とフッ化水素が反応してフッ化リチウム(LiF)が生成することとなる。その結果、活物質内のリチウム量が減少するため活物質の性能が低下し、リチウムイオン電池の充放電容量が低下するおそれがあった。
本発明は、結着剤の熱分解によるフッ化水素の生成を抑制しつつ、低下した活物質の活性を向上させることができる活物質の回復処理方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様に係る活物質の回復処理方法は、リチウムイオン電池が備える活物質の低下した活性を向上させる処理方法であって、活物質又は活物質を含有する電極合剤にリチウム化合物を混合し、リチウムイオン電池が有する結着剤の熱分解温度未満の温度で加熱処理する加熱工程を有し、リチウム化合物の混合量は、リチウム化合物の総表面積を活物質の総表面積で除して得られた値が0.05以上となる量であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、結着剤の熱分解によるフッ化水素の生成を抑制しつつ、低下した活物質の活性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】正極活物質のc軸格子定数を示すグラフである。
【
図2】正極活物質のc軸格子定数を示すグラフである。
【
図3】正極活物質のc軸格子定数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の一実施形態について以下に説明する。なお、本実施形態は本発明の一例を示したものであって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。また、本実施形態には種々の変更又は改良を加えることが可能であり、その様な変更又は改良を加えた形態も本発明に含まれ得る。
【0009】
本実施形態に係る活物質の回復処理方法は、リチウムイオン電池が備える活物質の低下した活性を向上させる処理方法であって、活物質又は活物質を含有する電極合剤にリチウム化合物を混合し、リチウムイオン電池が有する結着剤の熱分解温度未満の温度で加熱処理する加熱工程を有する。そして、リチウム化合物の混合量は、リチウム化合物の総表面積を活物質の総表面積で除して得られた値が0.05以上となる量である。
【0010】
本実施形態に係る活物質の回復処理方法は、結着剤の熱分解によるフッ化水素の生成を抑制しつつ、低下した活物質の活性を向上させることができる。本実施形態に係る活物質の回復処理方法の作用効果について、さらに詳細に説明する。
本実施形態に係る活物質の回復処理方法においては、結着剤の熱分解温度未満の温度(例えば350℃未満)で加熱処理する加熱工程を有しているので、電極合剤にリチウム化合物を混合して加熱処理を行った場合であっても、電極合剤に含有される結着剤の熱分解が生じにくく、フッ化水素が生成しにくい。そのため、活物質とフッ化水素の反応によるフッ化リチウムの生成が抑制されるので、活物質内のリチウム量の減少が抑制される。すなわち、活物質が有するリチウムがフッ化リチウムとなると、活物質を構成するリチウムの量が減少し、充放電に必要な活物質の内部の稼働リチウム量が減少するが、そのような反応が抑制される。その結果、加熱工程中の活物質の性能の低下が抑制されるため、低下した活物質の活性を十分に向上させることができる。
【0011】
また、本実施形態に係る活物質の回復処理方法においては、加熱処理の温度が低くリチウム化合物が溶融していないため、活物質とリチウム化合物との反応が固体-固体界面での反応となる。固体-固体界面での反応は、固-液界面での反応と比べると反応が生じにくいが、活物質の量に対するリチウム化合物の混合量を、リチウム化合物の総表面積を活物質の総表面積で除して得られた値が0.05以上となる量とするので、活物質とリチウム化合物との反応が生じる固体-固体界面が多い。そのため、リチウムイオンが活物質に挿入される反応が生じやすいので、加熱処理の温度が低温であっても、低下した活物質の活性を十分に向上させることができる。
なお、本発明においては、電極合剤とは、活物質、導電助剤、結着剤(バインダー)等を含有する混合物を意味する。
【0012】
活物質内のリチウム量は活物質の結晶構造に反映されるので、活物質の活性の高さは、X線回折法(XRD)によって得られたX線回折パターンから算出されるc軸格子定数で評価することができる。例えば、未使用のリチウムイオン電池を使用(放電)すると、活物質内のリチウム量が減少し、X線回折パターンから算出されるc軸格子定数が大きくなる。そこで、リチウム量が減少した活物質に対して、本実施形態に係る活物質の回復処理方法による回復処理を施すと、活物質のリチウム量が回復し、X線回折パターンから算出されるc軸格子定数が小さくなる。
【0013】
例えば、未使用のリチウムイオン二次電池が備える正極活物質、使用後のリチウムイオン二次電池が備える正極活物質、及び回復処理後の正極活物質のそれぞれについて、X線回折パターンを取得して、正極活物質のc軸格子定数を算出する。すると、使用後の劣化したリチウムイオン二次電池は、正極活物質のc軸格子定数が大きくなるが、回復処理を施すことにより、正極活物質のc軸格子定数が小さくなり、未使用のリチウムイオン二次電池が備える正極活物質のc軸格子定数と同程度とすることが可能であることを確認することができる。
【0014】
本実施形態に係る活物質の回復処理方法について、以下にさらに詳細に説明する。
〔リチウムイオン電池〕
本実施形態に係る活物質の回復処理方法を適用可能な活物質は、リチウムイオン電池が備える活物質であるが、リチウムイオン電池の種類は特に限定されるものではなく、例えば、リチウムイオン二次電池が挙げられる。リチウムイオン二次電池の種類としては、コバルト系リチウムイオン二次電池、ニッケル系リチウムイオン二次電池、NAC(ニッケル・コバルト・アルミニウム)系リチウムイオン二次電池、マンガン系リチウムイオン二次電池、リン酸鉄系リチウムイオン二次電池、三元(ニッケル・マンガン・コバルト)系リチウムイオン二次電池、チタン酸系リチウムイオン二次電池、リチウムポリマー系リチウムイオン二次電池等が挙げられる。
【0015】
〔活物質〕
本実施形態に係る活物質の回復処理方法を適用可能な活物質の種類は、リチウムイオン電池に使用される活物質であれば特に限定されるものではなく、例えば、正極活物質として使用される以下の化合物が挙げられる。
すなわち、活物質の例としては、リチウムを構成元素として有する複合化合物が挙げられ、該複合化合物の例としてはリチウム遷移金属複合酸化物が挙げられる。該複合化合物は1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて併用してもよい。
【0016】
リチウム遷移金属複合酸化物の例としては、LiCoO2、LiNiO2、Li(Ni,Co)O2、Li(Ni,Co,Al)O2、Li(Ni,Mn)O2、Li(Ni,Mn,Co)O2、LiMn2O4、Li(Mn,Fe)2O4、Li2MnO3、Li2NiO3、Li2(Ni,Mn)O3、LiFePO4、LiMnPO4が挙げられる。Li(Ni,Mn,Co)O2の例としては、LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2、LiNi0.5Mn0.3Co0.2O2が挙げられる。
【0017】
〔結着剤〕
本実施形態に係る活物質の回復処理方法を適用可能な電極合剤の種類は、リチウムイオン電池に使用される電極合剤であれば特に限定されるものではない。電極合剤には活物質とともに結着剤が含有されているが、結着剤の種類は特に限定されるものではなく、例えば熱可塑性樹脂が挙げられる。結着剤は1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて併用してもよい。
【0018】
熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン・フッ化ビニリデン共重合体、六フッ化プロピレン・フッ化ビニリデン共重合体、四フッ化エチレン・パーフルオロビニルエーテル共重合体等のフッ素樹脂や、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン樹脂や、スチレンブタジエン共重合体が挙げられる。
【0019】
〔リチウム化合物〕
本実施形態に係る活物質の回復処理方法に使用可能なリチウム化合物は、リチウムを構成元素として有する化合物であれば特に限定されるものではないが、例えば、水酸化リチウム(LiOH)、炭酸リチウム(Li2CO3)、酸化リチウム(Li2O)、硫酸リチウム(Li2SO4)、硝酸リチウム(LiNO3)、有機酸リチウム塩が挙げられる。
【0020】
本実施形態に係る活物質の回復処理方法において、活物質又は活物質を含有する電極合剤に混合するリチウム化合物の混合量は、リチウム化合物の総表面積を活物質の総表面積で除して得られた値が0.05以上となる量とする必要がある。
【0021】
リチウム化合物の混合量が多いほど、活物質とリチウム化合物との反応が生じる固体-固体界面が多くなるので、リチウム化合物の使用量を多くすることが好ましい。特に、性能が低下している活物質においては、リチウム量が理論量よりも少なくなっているので、回復処理による活物質へのリチウムの挿入によってリチウム量が理論量まで増加するように、リチウム量の不足分と同モル量又は不足分よりも過剰なモル量のリチウム化合物を活物質又は活物質を含有する電極合剤に混合することが好ましい。ただし、リチウム化合物の混合量がリチウム量の不足分の同モル量未満であっても、その混合量に応じて、活物質の活性を向上させることができる。
【0022】
また、リチウム化合物は、その粒子の直径が小さいほど反応性が高い。ただし、粒径10μm未満の粒子は、その反応性の高さから、空気中の二酸化炭素などとも反応するおそれがある。例えば、リチウム化合物が水酸化リチウムである場合は、粒径10μm未満の粒子が空気中の二酸化炭素と反応しやすく、その結果、炭酸リチウムと水が生成する。水が生成すると、水酸化リチウムの粒子が凝集するので、リチウム化合物の総表面積が変化するおそれがある。
【0023】
よって、リチウム化合物の総表面積は、リチウム化合物の全粒子の表面積の総合計としてもよいが、リチウム化合物の全粒子のうち粒径10μm以上の粒子の表面積の総合計としてもよい。粒径10μm未満の粒子を除いてリチウム化合物の総表面積を算出すると、活物質又は活物質を含有する電極合剤に混合するリチウム化合物の混合量を、より正確に算出することができる。
【0024】
〔除去工程〕
本実施形態に係る活物質の回復処理方法においては、加熱工程の前に、電極合剤から結着剤を除去する除去工程を行ってもよい。電極合剤から結着剤を除去すると、活物質の表面を覆っている結着剤と導電助剤の量が減少するので、活物質とリチウム化合物との反応が生じる固体-固体界面が多くなる。
【0025】
除去工程を実施した後の電極合剤に残存する結着剤の量は、除去工程を実施した後の電極合剤全体の1.2質量%以下とすることが好ましい。活物質同士を繋げている結着剤を電極合剤から除去すると、電極合剤は、活物質が結着剤で繋がっているスラリー状から、活物質同士が繋がっていない粉末状態になる。その結果、活物質とリチウム化合物が混合されやすくなるので、活物質とリチウム化合物との反応が生じる固体-固体界面が多くなる。
【0026】
〔加熱工程〕
加熱工程において活物質を加熱処理する際の温度は、リチウムイオン電池が有する結着剤の熱分解温度未満の温度であり、例えば、350℃未満とすることができるし、250℃以下とすることもできる。
【0027】
また、加熱工程において活物質を加熱処理する際の雰囲気は、空気、酸素ガス等の酸化性ガスを含有するガスであるが、酸化性ガスの濃度は特に限定されるものではない。すなわち、加熱工程における加熱処理の雰囲気の酸素分圧が0.2atm以上であってもよい。本実施形態に係る活物質の回復処理方法は、空気中であっても実施することができるので、低コストな方法である。
【0028】
活物質の活性の低下による活物質中の遷移金属(特にニッケル)の価数の低下に伴って、活物質の表面構造が層状岩塩型構造(結晶構造を表す空間群の国際記号はR-3m)から岩塩型構造(結晶構造を表す空間群の国際記号はFm-3m)に変化する。加熱工程を酸素ガスの存在下で行うと遷移金属の酸化が促進されるため、活物質の表面構造が岩塩型構造から層状岩塩型構造に戻るので、活物質へのリチウムイオンの挿入反応が進行しやすくなる。岩塩型構造から層状岩塩型構造への表面構造の変化は、空気中でも起こりうるが、酸素ガス中でより起こりやすい。
【0029】
〔洗浄工程〕
加熱工程において、リチウム量の不足分よりも過剰な量のリチウム化合物を用いた場合には、加熱工程の終了後の活物質に余剰のリチウム化合物が含有されていることとなる。活物質にリチウム化合物が混在していると、リチウムイオン電池の抵抗の増加に繋がることに加えて、ポリフッ化ビニリデン等の結着剤がゲル化するおそれがあるので、加熱工程の終了後に残余のリチウム化合物を除去してもよい。すなわち、加熱工程の後に、リチウム化合物を除去する洗浄工程を行ってもよい。
【0030】
リチウム化合物の除去方法は特に限定されるものではないが、リチウム化合物が水溶性であれば、リチウム化合物を水に溶解させて除去する方法を用いることができる。ただし、洗浄工程において活物質が水に接触すると、活物質からリチウムイオンが溶出するおそれがある。洗浄工程において使用する水がアルカリ性であれば、活物質からのリチウムイオンの溶出が抑制されるので、リチウム化合物は、その水溶液がアルカリ性を示すものであることが好ましい。すなわち、洗浄工程において使用された水に、洗浄された残余のリチウム化合物が溶解すると、その水はアルカリ性を呈するので、活物質からのリチウムイオンの溶出が抑制される。
【実施例0031】
以下に実施例及び比較例を示して、本発明をより具体的に説明する。
〔実施例1〕
未使用のリチウムイオン二次電池を用意した。このリチウムイオン二次電池の正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物LiNi0.5Mn0.3Co0.2O2であり、結着剤はポリフッ化ビニリデンである。ポリフッ化ビニリデンの熱分解温度は、350℃である。
【0032】
この未使用のリチウムイオン二次電池を繰り返し充放電使用し、正極活物質の性能を低下させた。そして、使用後のリチウムイオン二次電池から、正極活物質及び結着剤を含有する電極合剤を取り出した。使用による劣化のため正極活物質からリチウムイオンが脱離し、リチウム遷移金属複合酸化物を化学式で表すとLi1-xNi0.5Mn0.3Co0.2O2となっている。ここで、上記化学式中のxは0超過1未満の数である。
【0033】
未使用のリチウムイオン二次電池から取り出した正極活物質(以下「未使用の正極活物質」と記すこともある)と、使用後のリチウムイオン二次電池から取り出した正極活物質(以下「使用後の正極活物質」と記すこともある)について、リチウムの含有量(モル量)をそれぞれ測定した。その結果、未使用の正極活物質のリチウムの含有量を1.00モルとすると、使用後の正極活物質のリチウムの含有量は0.86モルであった。すなわち、上記化学式中のxが0.14であった。これらの結果を表1に示す。
【0034】
なお、正極活物質のリチウムの含有量の測定方法は、以下のとおりである。ICP発光分光分析法(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectroscopy:ICP-AES)により、活物質内のリチウム、ニッケル、マンガン、コバルトの含有量を測定し、遷移金属(ニッケル、マンガン、コバルト)の合計量に対するリチウムのモル比を算出した。
【0035】
また、未使用の正極活物質と使用後の正極活物質について、X線回折法による分析を行い、得られたX線回折パターンからc軸格子定数をそれぞれ算出した。その結果、未使用の正極活物質のc軸格子定数は14.236Åであるのに対して、使用後の正極活物質のc軸格子定数は14.299Åであった。すなわち、正極活物質のリチウムの含有量が低下したことによって、結晶構造が変化していた。これらの結果を表1に示す。
【0036】
使用後のリチウムイオン二次電池から取り出した電極合剤に水酸化リチウムを混合し、空気中250℃で加熱処理して、正極活物質にリチウムイオンを挿入し、低下した正極活物質の活性を向上させる処理を行った。
水酸化リチウムの混合量は、以下のとおりである。使用後の正極活物質(すなわち、加熱処理前の正極活物質)のリチウムの不足量を0.14モルとした場合に、0.79モルのリチウムを含有する水酸化リチウムを電極合剤に混合した。
【0037】
このとき、混合した水酸化リチウムの全粒子の総表面積を、回復処理を施す正極活物質の総表面積で除して得られた値は、0.81である。また、混合した水酸化リチウムの全粒子のうち粒径10μm以上の粒子の表面積の総合計を、回復処理を施す正極活物質の総表面積で除して得られた値は、0.05である。
【0038】
なお、水酸化リチウム及び正極活物質の総表面積は、マルバーン・パナリティカル社製の画像式粒度分布測定装置モフォロギ4を用いて測定した。詳述すると、静止画像分析にて粒度分布を取得し、体積分率と粒径から水酸化リチウム及び正極活物質の総体積をそれぞれ算出した。そして、総体積と体積分率から各粒径の粒子数を算出し、各粒径の粒子の表面積に粒子数を乗じて、総表面積を算出した。
【0039】
加熱処理を施した実施例1の正極活物質について、X線回折法による分析を行い、得られたX線回折パターンからc軸格子定数を算出した。その結果、c軸格子定数は14.239Åであった。結果を表1及び
図1のグラフに示す。
図1のグラフには、未使用の正極活物質、使用後の正極活物質、及び回復処理が施された実施例1の正極活物質のc軸格子定数が示されている。
図1のグラフから分かるように、リチウムイオン二次電池の使用により、正極活物質のc軸格子定数が大きくなるが、回復処理を施すことにより、正極活物質のc軸格子定数が小さくなり、未使用の正極活物質のc軸格子定数と同程度になっている。この結果から、使用後の正極活物質に回復処理を施すことによって活性が向上し、未使用の正極活物質に近い活性まで回復したことが分かる。
【0040】
なお、回復処理によって、リチウムイオンが脱離した正極活物質にリチウムイオンが挿入される反応が生じるが、その挿入反応を表す反応式は以下のとおりである。
Li1-xNi0.5Mn0.3Co0.2O2+LiOH → LiNi0.5Mn0.3Co0.2O2+
(1-x)LiOH+0.5xH2O+0.25xO2
【0041】
【0042】
〔実施例2及び実施例3〕
水酸化リチウムの混合量が、表1に示すとおり異なる点以外は、実施例1と同様にして、使用後の正極活物質に回復処理を施した。結果を表1及び
図1のグラフに示す。
図1のグラフから分かるように、回復処理を施すことにより、正極活物質のc軸格子定数が小さくなり、未使用の正極活物質のc軸格子定数と同程度になっている。この結果から、使用後の正極活物質に回復処理を施すことによって活性が向上し、未使用の正極活物質に近い活性まで回復したことが分かる。
【0043】
〔実施例4〕
リチウム化合物の種類を水酸化リチウムから炭酸リチウムに変更した点と、炭酸リチウムの混合量を、表1に示すとおりとした点以外は、実施例1と同様にして、使用後の正極活物質に回復処理を施した。結果を表1及び
図1のグラフに示す。
図1のグラフから分かるように、回復処理を施すことにより、正極活物質のc軸格子定数が小さくなり、未使用の正極活物質のc軸格子定数と同程度になっている。この結果から、使用後の正極活物質に回復処理を施すことによって活性が向上し、未使用の正極活物質に近い活性まで回復したことが分かる。
【0044】
〔実施例5〕
水酸化リチウムの混合量が、表1に示すとおり異なる点以外は、実施例1と同様にして、使用後の正極活物質に回復処理を施した。結果を表1及び
図2のグラフに示す。
図2のグラフから分かるように、回復処理を施すことにより、正極活物質のc軸格子定数が小さくなり、未使用の正極活物質のc軸格子定数と同程度になっている。この結果から、使用後の正極活物質に回復処理を施すことによって活性が向上し、未使用の正極活物質に近い活性まで回復したことが分かる。
【0045】
ただし、実施例5については、水酸化リチウムの混合量が比較的少なく、混合した水酸化リチウムの全粒子のうち粒径10μm以上の粒子の表面積の総合計を正極活物質の総表面積で除して得られた値が0.03であるため、活性の向上の程度は実施例1と比べると小さかった。
【0046】
〔実施例6〕
正極活物質を加熱処理する際の雰囲気を空気から酸素ガスに変更した点以外は、実施例1と同様にして、使用後の正極活物質に回復処理を施した。結果を表1及び
図3のグラフに示す。
図3のグラフから分かるように、回復処理を施すことにより、正極活物質のc軸格子定数が小さくなり、未使用の正極活物質のc軸格子定数と同程度になっている。この結果から、使用後の正極活物質に回復処理を施すことによって活性が向上し、未使用の正極活物質に近い活性まで回復したことが分かる。
【0047】
また、酸素ガスによって正極活物質の遷移金属が酸化されるため、正極活物質の表面構造が岩塩型構造から層状岩塩型構造に戻るので、活物質へのリチウムイオンの挿入反応が進行しやすくなる。岩塩型構造から層状岩塩型構造への表面構造の変化は、酸素分圧が0.2atmである空気中でも起こるが、酸素ガス中ではより起こりやすいので、正極活物質へのリチウムイオンの挿入反応がより進行しやすい。その結果、
図3のグラフから分かるように、未使用の正極活物質よりも高く活性が向上したことが分かる。
【0048】
〔比較例1〕
正極活物質を加熱処理する際の温度を250℃から850℃に変更した点以外は、実施例1と同様にして、使用後の正極活物質に回復処理を施した。結果を表1及び
図1のグラフに示す。
図1のグラフから分かるように、回復処理を施すことによって正極活物質のc軸格子定数が小さくなっており、活性が向上したと考えられる。ただし、実施例1と比べると、c軸格子定数は大きいので、活性の回復は不十分であり、未使用の正極活物質に近い活性までは回復していないことが分かる。