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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025009770
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】狭開先ガスシールドアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/173 20060101AFI20250109BHJP
   B23K 9/00 20060101ALI20250109BHJP
   B23K 9/16 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
B23K9/173 D
B23K9/173 E
B23K9/00 109
B23K9/16 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024027241
(22)【出願日】2024-02-27
(31)【優先権主張番号】P 2023111239
(32)【優先日】2023-07-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】長尾 涼太
(72)【発明者】
【氏名】上月 渉平
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB08
4E001BB09
4E001CA01
4E001CA02
4E001DB01
4E001DD02
4E001DD04
4E001DE01
4E001DE02
4E001DF06
4E001EA03
4E001EA04
4E001EA05
4E001EA06
4E001EA08
4E001EA09
4E001QA04
(57)【要約】
【課題】多電極の狭開先ガスシールドアーク溶接方法において、良好なシールド性を確保し大気中の窒素の巻き込みを抑制し、溶接金属の低温靭性の低下や溶接欠陥の発生を低減できる溶接方法を提供する。
【解決手段】板厚t:22mm以上の鋼板を、開先角度θ:25°以下、底部開先ギャップG:7mm~18mmとする多層溶接で接合する狭開先ガスシールドアーク溶接方法であって、多層溶接を3電極以上の多電極とし、開先内の第1電極3の溶接方向前方にシールドガス供給ノズル6を配置し、ノズルのガス吐出口6aの断面積Aが100mm2~350mm2で、シールドガスの供給流量Qが35L/min~70L/minであることを特徴とする。さらに、ガス吐出口の断面と開先底部2bとのなす角度Xが40°~80°で、ガス吐出口の最先端部6cと第1電極の溶接ワイヤ先端部3cとの距離Yが40mm以下であることが好ましい。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚t:22mm以上の鋼板1を、開先角度θ:25°以下、底部開先ギャップG:7mm~18mmとする多層溶接の狭開先ガスシールドアーク溶接方法であって、
前記多層溶接を3電極以上の多電極とし、
開先内の第1電極3の溶接方向前方に、シールドガスを供給するノズル6を配置し、
前記ノズル6のガス吐出口6aの断面積Aが、100mm2~350mm2で、
前記シールドガスの供給流量Qが、35L/min~70L/minである
ことを特徴とする狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項2】
前記ガス吐出口6aの断面と溶接する開先底部2bとのなす角度Xが、40°~80°で、
前記ガス吐出口6aの最先端部6cと前記第1電極3の溶接ワイヤ先端部3cとの距離Yが、40mm以下である
ことを特徴とする請求項1に記載の狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項3】
前記ガス吐出口6aの断面形状が矩形である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項4】
前記ガス吐出口6aの最下端部6bと溶接する開先底部2bとの距離Zが、40mm以下である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項5】
前記ガス吐出口6aの最下端部6bと溶接する開先底部2bとの距離Zが、40mm以下である
ことを特徴とする請求項3に記載の狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項6】
前記多電極のうち、第1電極3と第2電極4の各溶接トーチ先端の給電チップ3a、4aから供給する溶接ワイヤ先端3c、4c間の距離aが、5mm~16mmで、
溶接線8の直角方向に対する前記第1電極3と前記第2電極4の溶接ワイヤ先端3c、4c間を結ぶ直線の角度αが、60°以下で、
前記多電極の全ての電極において使用する溶接ワイヤの直径fが、1.0mm~1.6mmで、
前記第2電極4以降の溶接ワイヤ先端間の距離bが、10mm~100mmである
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項7】
前記多電極のうち、第1電極3と第2電極4の各溶接トーチ先端の給電チップ3a、4aから供給する溶接ワイヤ先端3c、4c間の距離aが、5mm~16mmで、
溶接線8の直角方向に対する前記第1電極3と前記第2電極4の溶接ワイヤ先端3c、4c間を結ぶ直線の角度αが、60°以下で、
前記多電極の全ての電極において使用する溶接ワイヤの直径fが、1.0mm~1.6mmで、
前記第2電極4以降の溶接ワイヤ先端間の距離bが、10mm~100mmである
ことを特徴とする請求項3に記載の狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項8】
前記多電極のうち、第1電極3と第2電極4の各溶接トーチ先端の給電チップ3a、4aから供給する溶接ワイヤ先端3c、4c間の距離aが、5mm~16mmで、
溶接線8の直角方向に対する前記第1電極3と前記第2電極4の溶接ワイヤ先端3c、4c間を結ぶ直線の角度αが、60°以下で、
前記多電極の全ての電極において使用する溶接ワイヤの直径fが、1.0mm~1.6mmで、
前記第2電極4以降の溶接ワイヤ先端間の距離bが、10mm~100mmである
ことを特徴とする請求項4に記載の狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項9】
前記多電極のうち、第1電極3と第2電極4の各溶接トーチ先端の給電チップ3a、4aから供給する溶接ワイヤ先端3c、4c間の距離aが、5mm~16mmで、
溶接線8の直角方向に対する前記第1電極3と前記第2電極4の溶接ワイヤ先端3c、4c間を結ぶ直線の角度αが、60°以下で、
前記多電極の全ての電極において使用する溶接ワイヤの直径fが、1.0mm~1.6mmで、
前記第2電極4以降の溶接ワイヤ先端間の距離bが、10mm~100mmである
ことを特徴とする請求項5に記載の狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接方法に関し、特に、板厚22mm以上の鋼板に適用する狭開先ガスシールドアーク溶接方法に関するものである。
【0002】
ここでいう「狭開先」とは、開先角度が25°以下で、かつ被溶接材(母材)となる鋼板間の最小開先ギャップの幅が当該鋼板の板厚の50%以下であることを意味する。
【背景技術】
【0003】
鋼板の溶接施工に用いられるガスシールドアーク溶接は、CO2単独のガス、あるいはArとCO2との混合ガスを溶融部のシールドに用いる消耗電極式が一般的であり、自動車、建築、橋梁及び電気機器等の製造分野において幅広く用いられている。
【0004】
ところで近年、鋼構造物の大型化・厚肉化に伴い、製作過程での溶接、特に鋼板の突き合わせ溶接における溶着量が増大し、さらには溶接施工に多くの時間が必要となり、施工コストの増大を招いている。
【0005】
これを改善する方法として、板厚に対して小さい間隙の開先をアーク溶接法により多層溶接する狭開先ガスシールドアーク溶接の適用が考えられる。この狭開先ガスシールドアーク溶接は、通常のガスシールドアーク溶接と比べ溶接部の断面積が小さくなるので、溶接の高能率化と省エネルギーが達成でき、ひいては施工コストの低減をもたらすものと期待されている。
【0006】
さらに、最近では、この狭開先ガスシールドアーク溶接法を多電極で行う技術が提案されている。多電極溶接は、開先を充填するための溶着金属(溶接ワイヤが溶けて開先内に付着する金属)量を電極の数だけ多くできるため、単電極溶接に比べて、高い溶接能率を得ることが可能であり、溶接の高能率化に対して有効な手段となっている。
【0007】
例えば、特許文献1には、鋼板を狭開先の多層溶接により接合する狭開先ガスシールドアーク溶接方法が開示されている。そして、初層溶接を2電極以上の多電極溶接で第1電極と第2電極を予め定めた平行な溶接線に沿う位置とし、第1電極と第2電極の溶接ワイヤ先端間の距離を5mm~16mmの範囲に制御するとしている。また、溶接線の直角方向に対する、第1電極と第2電極の溶接ワイヤ先端間を結ぶ直線の角度を45°以下の範囲に制御するとしている。さらに、鋼板の底部における溶接線の直角方向の溶融深さを1.5mm以上とするとしている。これらの方法により、ガス切断やプラズマ切断等の開先加工を施した場合においても、溶接欠陥の発生がなく、溶接施工能率が向上するという効果が得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2015-223605号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1には、シールドガスの供給方法が記載されていない。このシールドガス供給が不安定で、溶接中のガスシールドが不十分となれば、大気中の窒素が溶接金属に巻き込まれる量が多くなるために、溶接金属の低温靭性の低下や、ブローホール等の溶接欠陥発生の要因となることがある。
【0010】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、多電極の狭開先ガスシールドアーク溶接方法において、良好なシールド性を確保し大気中の窒素の巻き込みを抑制し、溶接金属の低温靭性の低下や溶接欠陥の発生を低減できる溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、多電極の狭開先ガスシールドアーク溶接においてシールド性を向上させる溶接方法について検討を重ねた。その結果、ガスノズルの配置及びシールドガスの流量を適正な範囲に制御することで溶接中のシールド性を向上させることができることを知見した。
【0012】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
〔1〕板厚t:22mm以上の鋼板1を、開先角度θ:25°以下、底部開先ギャップG:7mm~18mmとする多層溶接の狭開先ガスシールドアーク溶接方法であって、
前記多層溶接を3電極以上の多電極とし、
開先内の第1電極3の溶接方向前方に、シールドガスを供給するノズル6を配置し、
前記ノズル6のガス吐出口6aの断面積Aが、100mm2~350mm2で、
前記シールドガスの供給流量Qが、35L/min~70L/minである
ことを特徴とする狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
〔2〕前記〔1〕において、前記ガス吐出口6aの断面と溶接する開先底部2bとのなす角度Xが、40°~80°で、
前記ガス吐出口6aの最先端部6cと前記第1電極3の溶接ワイヤ先端部3cとの距離Yが、40mm以下である
ことを特徴とする狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
〔3〕前記〔1〕又は〔2〕において、前記ガス吐出口6aの断面形状が矩形であることを特徴とする狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
〔4〕前記〔1〕ないし〔3〕のいずれか一つにおいて、前記ガス吐出口6aの最下端部6bと溶接する開先底部2bとの距離Zが、40mm以下であることを特徴とする狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
〔5〕前記〔1〕ないし〔4〕のいずれか一つにおいて、前記多電極のうち、第1電極3と第2電極4の各溶接トーチ先端の給電チップ3a、4aから供給する溶接ワイヤ先端3c、4c間の距離aが、5mm~16mmで、
溶接線8の直角方向に対する前記第1電極3と前記第2電極4の溶接ワイヤ先端3c、4c間を結ぶ直線の角度αが、60°以下で、
前記多電極の全ての電極において使用する溶接ワイヤの直径fが、1.0mm~1.6mmで、
前記第2電極4以降の溶接ワイヤ先端間の距離bが、10mm~100mmである
ことを特徴とする狭開先ガスシールドアーク溶接方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、溶接能率の高い狭開先ガスシールドアーク溶接において、良好なシールド性を確保し、溶接金属中の窒素量を抑制して溶接を実施することができる。さらに、この施工により得られた狭開先ガスシールドアーク溶接継手は、従来の溶接継手と比較して製造コストが大幅に低減するので、特に建築、橋梁及び造船等の一般構造物に適用することが極めて有用であるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明に係るガス供給ノズルと電極との関係を模式的に示す側面断面図である。
図2】本発明に係るガス供給ノズルと電極との関係を模式的に示す平面図である。
図3】本発明で対象とする開先形状を模式的に示す正面断面図である。
図4】本発明に係る溶接ワイヤと開先面との関係を模式的に示す正面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について、具体的に説明する。
【0016】
本発明は、板厚t:22mm以上の鋼板を、開先角度θ:25°以下、底部開先ギャップG:7mm~18mmとする多層溶接の狭開先ガスシールドアーク溶接方法である。なお、ここでいう「鋼板」には、厚肉鋼材、厚板鋼材等も含むものとする。
【0017】
[鋼板の板厚t:22mm以上]
鋼板の板厚tは、22mm以上とする。板厚tが22mm未満では、従来のレ形開先において、開先角度を大きくして開先ギャップを小さくすることで、場合によっては本発明で対象とする開先よりも開先断面積が小さくなり、レ形開先の方が溶着量の小さい高能率な溶接となる場合があるからである。なお、好ましくは、30mm以上である。
【0018】
さらに、特殊な構造物も含めても、鋼構造物の板厚は200mm以下であるため、本発明では、鋼板の板厚tの上限は、200mmとすることが好ましい。
【0019】
また、本発明は、軟鋼板から780MPa級の高張力鋼板までの各種鋼板に適用することができる。590MPa級高張力鋼板の溶接も、予熱なしで可能である。
【0020】
[開先角度θ:25°以下]
本発明で使用する開先形状は、開先部の底部にギャップを有するV形開先(開先部の開先角度θが0°の場合も含む)であり、狭開先である。その開先形状の例を、図3に示す。ここで、1は鋼板(母材)で、2は開先面である。鋼板の開先部の開先断面積は、小さいほどより早く高能率な溶接を可能とする反面、融合不良等の欠陥が生じやすい。また、開先部の開先角度θが25°を超える場合は、従来の施工方法でも実施可能である。このため、本発明では、従来の施工方法では施工が困難であり、かつ一層の高能率化が見込まれる開先角度θが25°以下で狭開先の場合を対象とする。なお、V形開先において、開先角度θが0°の場合は、いわゆるI形開先と呼ばれ、溶着量の面からは、この0°の場合が最も効率的であることから、開先角度θはI形開先を含む0°以上とする。しかしながら、溶接熱歪により溶接中に開先が閉じてくる場合があるため、これを見込んで、板厚tに応じた開先角度θを設定することが好ましい。さらに、板厚tが100mmを超える場合の好適範囲の上限は10°とするのが好ましい。より好ましい開先角度θは、5°~10°である。
【0021】
[底部開先ギャップG:7mm~18mm]
鋼板の開先部は、小さいほどより早く高能率な溶接を可能とする反面、融合不良等の欠陥が生じやすい。また、溶接開始前の開先部の底部間のギャップ(開先幅)である底部開先ギャップGが18mmを超える溶接は、従来の施工方法でも実施可能である。このため、本発明では、従来の施工方法に比べ、一層の高能率化が見込まれる底部開先ギャップGが18mm以下を対象とする。一方、底部開先ギャップGが7mm未満では、3電極以上の多電極溶接とすることが困難となる場合がある。したがって、底部開先ギャップGは、7mm~18mmの範囲とする。好ましくは、8mm~12mmの範囲である。
【0022】
[多層溶接]
本発明は、上述した狭開先を用いて、各溶接金属層を3電極以上の多電極で多層溶接する溶接方法である。また、1層1パスで溶接することが好ましいが、1層を溶接で振り分ける多パスで行うこともできる。
【0023】
[シールドガス供給ノズルの配置]
本発明の目的であるガスシールドアーク溶接における良好なシールド性を確保し、大気中の窒素の巻き込みを抑制し、溶接金属の低温靭性の低下や溶接欠陥の発生を低減するために、シールドガス供給ノズルを開先内の第1電極の溶接方向の前方に配置する。
【0024】
図1及び図2に基づいて詳しく説明する。図1は、シールドガス供給ノズルと電極との配置関係を模式的に示す側面断面図であり、図2は、同様の配置関係を上から見た平面図である。これらの図は、第1電極3、第2電極4及び第3電極5を配した3電極溶接の一例を示している。第1電極3の溶接方向の前方に、シールドガス供給ノズル6が配置されており、そのシールドガス供給ノズル6の先端部分は、シールドガスが排出されるガス吐出口6aであって、第1電極3に向けられている。溶接施工の際に、溶接方向に沿って、3電極と連動してシールドガス供給ノズル6が移動し、シールドガスを供給しながら、アーク溶接を実施する。
【0025】
[ガス吐出口の断面積A:100mm2~350mm2
ガス吐出口6aの断面積Aが100mm2未満になると、ガスの吹き付ける面積が小さくなり、シールド性が不十分となる。一方、ガス吐出口6aの断面積Aが350mm2を超えると、開先底部2b以外へガスが分散し、シールド性が不十分となる。したがって、ガス吐出口6aの断面積Aは、100mm2~350mm2とする。好ましくは、125mm2~300mm2である。
【0026】
[ガス吐出口の断面形状]
図1及び図2では、シールドガス供給ノズル6の先端部分のみを図示しているが、ガス吐出口6aの断面の形状は、特に限定はしていない。しかしながら、ガス吐出口6aの断面形状が円形よりも矩形の方が断面積の大きなノズルを開先内に挿入可能であることから、ガス吐出口6aの断面形状としては、矩形とすることが好ましい。
【0027】
[シールドガスの供給流量Q:35L/min~70L/min]
シールドガスの供給流量Qが35L/min未満になると、溶融池7へ供給されるガスの量が不十分となり、シールド性が悪化する。一方、シールドガスの供給流量Qが70L/minを超えると、シールドガスの流速が過剰となり、溶接欠陥が発生する可能性が高くなる。したがって、シールドガスの供給流量Qは、35L/min~70L/minとする。好ましくは、40L/min~65L/minである。なお、シールドガスの供給流量Qとガス吐出口6aの断面積Aの組み合わせによりシールドガスの流速が変化するが、流速が2m/s~7m/sとなることが好ましい。
【0028】
[ガス吐出口の断面と溶接する開先底部とのなす角度X:40°~80°]
ガス吐出口6aの断面と溶接する開先底部2bとのなす角度Xが40°未満になると、シールドガスが第3電極5まで十分に届かず、シールド性が不十分となる。一方、角度Xが80°を超えると、開先底部2b以外へガスが分散し、シールド性が不十分となる。したがって、ガス吐出口6aの断面と溶接する開先底部2bとのなす角度Xは、40°~80°とするのが好ましい。より好ましくは、45°~75°である。
【0029】
[ガス吐出口の最先端部と第1電極の溶接ワイヤ先端部との距離Y:40mm以下]
さらに、ガス吐出口6aと電極間との距離も重要となる。すなわち、ガス吐出口6aの最先端部6c(電極に最も近い部分)と、第1電極3の溶接ワイヤ先端部3cとの距離Yが40mmを超えると、シールドガスが電極全体に十分に届かず、また開先底部2b以外へガスが分散し、シールド性が不十分となる。したがって、距離Yは、40mm以下とするのが好ましい。より好ましくは、5mm~35mmである。なお、ここでいう「距離」とは、溶接方向の距離をいう。
【0030】
[ガス吐出口の最下端部と溶接する開先底部との距離Z:40mm以下]
ガス吐出口6aと開先底部2bとの距離も重要となる。すなわち、ガス吐出口6aの最下端部6b(開先底部2bに最も近い部分)と、開先底部2bとの距離Zが40mmを超えると、シールドガスが十分に溶融池7を覆うことができず、シールド性が不十分となる。したがって、距離Zは、40mm以下とするのが好ましい。より好ましくは、35mm以下である。なお、ここでいう「距離」とは、鋼板1の板厚方向の距離をいう。
【0031】
[溶接金属中の窒素量]
前述してきたガスシールド条件並びにガスシールド供給ノズルの配置及び形状を調整することにより、溶接金属への大気中の窒素の巻き込みを抑制することができ、溶接金属中の窒素量(ppm)の制御が可能となる。溶接金属中の窒素量が、質量基準で100ppmを超えると、溶接金属の低温靭性の低下やブローホール等の溶接欠陥発生の要因となる場合があることから、溶接金属中の窒素量は、質量基準で100ppm以下が好ましい。より好ましくは、60ppm以下である。
【0032】
[第1電極と第2電極の配置]
狭開先多層溶接においては、1層当たり1パスとする場合、1電極では溶接熱が開先中央に集中し易いため、鋼板の開先面における溶融が不足し、融合不良(コールドラップ)や、開先面に付着したスパッタ及びスラグ巻き込み等による欠陥が生じ易い。特に、初層溶接では、鋼板の温度が低く、溶融深さが小さくなるため、融合不良による欠陥が生じ易い。したがって、本発明では、図2に示すように、3電極のうち第1電極3と第2電極4とを予め定めた平行な溶接線8に沿う位置に配置することが好ましい。なお、7は溶融池、9は溶接金属である。
【0033】
[第1電極と第2電極の溶接ワイヤ先端間距離a:5mm~16mm]
第1電極3と第2電極4の各溶接トーチ先端の給電チップ3a、4aから供給する溶接ワイヤ3b、4bの先端部3c、4c間の距離(以下、単に「第1-2電極間距離」ともいう。図2参照)aは、5mm~16mmの範囲に調整することが好ましい。なお、ここでいう「溶接ワイヤ先端間の距離」とは、各電極における溶接ワイヤ先端部の中心間の距離を指すものとする。
【0034】
第1-2電極間距離aが5mm未満では、電極間に電流(電子)が流れることで、アークそのものの持つ熱が減少し、開先面2の十分な溶融が得られなくなる。一方、第1-2電極間距離aが16mmを超えると、電極間の外向きの電磁力は距離に反比例し小さくなり、開先面2を流れる電流によって生じる内向きの電磁力に打ち勝つためのアーク反発力が得られず、互いのアークが内向きとなって熱が開先中央に集中する。結果的に、開先面2における十分な溶融が得られなくなる。また、狭開先溶接では、スパッタの開先面2への付着による溶接欠陥の抑制が課題となる。それに対して、第1電極3と第2電極4を予め定めた平行な溶接線8、8に沿うように配置し、第1-2電極間距離aを5mm~16mmの範囲に調整する。それにより、スパッタはそれぞれの溶融金属に吸収され、開先面2へのスパッタの付着が抑制されるので、健全な溶接部を得ることができる。以上のことから、第1-2電極間距離aは、5mm~16mmの範囲に調整することが好ましい。
【0035】
[第1電極と第2電極の溶接ワイヤ先端間を結ぶ直線の角度α:60°以下]
本発明では、第1電極3及び第2電極4のうち一方をワイヤマイナス(正極性)、他方をワイヤプラス(逆極性)とすることで、アークの反発を利用して開先面2の溶融を確保することが好ましい。しかしながら、溶接線8の直角方向に対する第1電極3と第2電極4の溶接ワイヤ先端3c、4c間を結ぶ直線の角度αが60°を超えると、十分なアークの反発力が得られず、開先面2において十分な溶融を得ることができなくなる。そのため、溶接線8の直角方向に対する第1電極3と第2電極4の溶接ワイヤ先端3c、4c間を結ぶ直線の角度(以下、単に「第1-2電極配置角度」ともいう、図2参照)αは、60°以下とすることが好ましい。より好ましくは、50°以下である。なお、第1-2電極配置角度αは、0°であってもよい。
【0036】
[溶接ワイヤの直径f:1.0mm~1.6mm]
狭開先ガスシールドアーク溶接用の溶接ワイヤは、一般的に、直径が0.6mm~2.0mmの範囲で製造されているが、同じ電流で溶接する場合は、一般的にワイヤ径が細いほどジュール熱によって高い溶着速度が得られる。このため、高能率な溶接施工を実現するためには、比較的細いワイヤ径を選択することが好ましい。一方、ワイヤ径が細すぎるとジュール熱によってワイヤが軟化し、溶接が不安定になる。このため、本発明において使用する溶接ワイヤの直径fは、1.0mm~1.6mmの範囲とすることが好ましい。
【0037】
[第2電極以降の溶接ワイヤ先端間距離b:10mm~100mm]
第2電極4と第3電極5の各溶接トーチ先端の給電チップ4a、5aから供給する溶接ワイヤ4b、5bの先端部4c、5c間の距離(以下、単に「第2-3電極間距離」ともいう。図1及び図2参照)距離bは、10mm~100mmの範囲とすることが好ましい。この範囲とすることで、耐高温割れ性が向上するからである。より好ましくは、12mm~80mmである。さらに、第3電極と第4電極(図示せず)の溶接ワイヤ先端部間の距離も同様に、10mm~100mmの範囲とすることが好ましい。
【0038】
[シールドガス:20体積%以上のCO2ガスを含有した混合ガス]
溶接金属中の酸素量が、シールドガス組成にも大きく影響を受けることから、本発明に係る狭開先ガスシールドアーク溶接で使用するシールドガスは、CO2ガスを20体積%以上、残りをAr等の不活性ガスとする混合ガスを使用することが好ましい。なお、より好ましくは、CO2ガス:100体積%の単独ガスである。本発明では、溶接金属の湯流れを支配する溶接金属中の酸素濃度を高くし、溶接金属の対流を中央から外向きにして、開先内の厚鋼板底部における溶融深さを安定して深くすることが好ましい。
【0039】
[その他の溶接条件]
本発明においては、上述した溶接条件以外の条件は、特に限定する必要はなく、定法に従えばよい。例えば、溶接電圧:32V~37V、溶接速度:30cm/min~90cm/min、溶接ワイヤ突き出し長さ:15mm~30mm、1パス当りの溶接入熱:10kJ/cm~50kJ/cmとすればよい。
【0040】
また、以下に示すその他の溶接条件を満足させることにより、溶接欠陥をさらに抑制しつつ、溶接施工をより効率よく行うことができる。
【0041】
(溶接ワイヤの開先底部に対する供給角度φ:垂線に対して0°~15°)
アークには指向性があり、電極(溶接ワイヤ)先端が指す方向に向きやすい性質がある。このアークの指向性を開先面2の溶融に有効に活かすためには、電極先端が指す方向を開先面2に向けることが有利であり、この電極先端が指す方向は、溶接トーチ先端の給電チップから供給する溶接ワイヤの供給角度φにより大きく変化する。なお、溶接トーチ先端の給電チップから供給する溶接ワイヤの開先底部に対する供給角度φは、図4に示す。ここで、10は裏当材である。
【0042】
第1電極3及び第2電極4の溶接トーチ先端の給電チップ3a及び4aから供給する溶接ワイヤ3b及び4bの開先底部2bに対する供給角度φが垂線に対して0°未満では、電流がより抵抗の小さい経路に流れる。その結果、アークが電極であるワイヤを這い上がり(アークの這い上がり)、狙いとする開先面2、特に開先底部2bでの溶融を維持することが困難となる。一方、供給角度φが15°を超えると、アークが開先面2に向き過ぎるために溶接ビード形状が凸となり、初層以降の溶接におけるアークでの溶融が不十分となって溶接欠陥を生じ易くなる。このため、供給角度φは、垂線に対して0°~15°の範囲とすることが好ましい。より好ましくは、5°~12°である。
【0043】
なお、この供給角度φは、給電チップ3a及び4a、特に給電チップ先端の傾きと同じになるため、この給電チップ先端の傾きにより、この溶接ワイヤの供給角度φを制御することができる。なお、供給角度φは、それぞれ開先面2に向いている方向を+とした。また、ここでいう垂線とは、開先底部2bに対する垂線をいう。
【0044】
(溶接ワイヤ先端の側端部と開先面の底部との距離d:0.1mm~3.0mm)
図4に示すように、第1電極3及び第2電極4の溶接ワイヤ3b及び4bの先端部3c及び4cの側端部と開先面2の底部との距離dは、0.1mm~3.0mmの範囲とするのが好ましい。この距離dが0.1mm未満では、アークがワイヤ上部と開先面2との間で発生し、底部の開先面2を効率良く溶融できない。一方、3.0mmを超えると、アークが開先面2から離れ、開先面2を効率良く溶融できなくなる。このため、距離dは、0.1mm~3.0mmとすることが好ましい。より好ましくは、0.5mm~2.0mmであり、さらに好ましくは、0.5mm~1.0mmである。なお、「溶接ワイヤ先端部の側端部」とは、各電極で溶融させようとする鋼板底部の開先面2に近い側の側端部を指すものとする。
【0045】
(給電チップに送給する溶接ワイヤの曲率半径:150mm~500mm)
前述したように、第1電極3及び第2電極4の溶接トーチ先端の給電チップ3a及び4aから供給する溶接ワイヤ3b及び4bの供給角度φを制御するため、先端を曲げた給電チップを使用する。このとき、溶接ワイヤが先端を曲げた給電チップを通ることになるが、よりスムーズに通過させるためには、いわゆる3点ローラー等を用いて溶接ワイヤを予め湾曲させておくことが好ましい。このときの溶接ワイヤの曲率半径が、150mm未満ではワイヤの送給抵抗が大きくなり、安定して溶接ワイヤを送給することができず、アークを維持することが困難となる。一方、溶接ワイヤの曲率半径が500mmを超えると、給電チップ先端が曲がった状態でのワイヤの送給抵抗軽減に効果がないため、やはり安定して溶接ワイヤを送給することができず、アークを維持することが困難となる。以上のことから、第1電極3及び第2電極4の給電チップ3a及び4aに送給する溶接ワイヤ3b及び4bの曲率半径は、150mm~500mmとすることが好ましい。より好ましくは、175mm~475mmである。
【0046】
(第3電極以降の電極の配置)
初層溶接で溶接盛り高さが底部開先ギャップGを超えると、高温割れのリスクが高くなる。これを回避するには、第3電極5及びそれ以降の電極を、第1電極3及び第2電極4の後方の開先中央に配置することが有効である。また、これにより積層数の低減が可能となり、多層溶接における積層欠陥のリスクを大きく低減できる。なお、ここで「開先中央」とは、開先部の中心から底部開先ギャップGの±10%以内の範囲を許容する。
【0047】
(電極の極性)
第1電極3と第2電極4とを同極性(例えば、第1電極及び第2電極ともワイヤプラス)とすると、引き合いの電磁力によって互いのアークが内向きとなり、熱が開先中央に集中することになる。このため、開先面2において十分な溶融が得られなくなる。一方、第1電極3及び第2電極4のうち一方をワイヤマイナス(正極性)、他方をワイヤプラス(逆極性)とし、第1電極3と第2電極4の配置を適正に制御すると、互いの溶接電流による磁場が強い外向きの電磁力を生じ、アークが互いに反発することとなる。その結果、開先面2において十分な溶融深さを得ることが可能となる。したがって、第1電極3及び第2電極4のうちの一方をワイヤマイナス(正極性)、他方をワイヤプラス(逆極性)とすることがより好ましい。なお、第3電極5以降の極性は、特に限定されず、ワイヤマイナス(正極性)、ワイヤプラス(逆極性)のいずれであってもよい。
【0048】
(溶接ワイヤのREM含有量:0.005質量%~0.060質量%)
REM(希土類元素)は、溶接金属の介在物の微細化や溶接施工時の靱性改善に有効な元素である。また、REMを添加した溶接ワイヤを正極性となる電極に供給して溶接を行うと、溶滴の微細化と移行の安定化を図ることができる。この溶滴移行の微細化により、スパッタの発生を抑制し正極性でも安定したガスシールドアーク溶接が可能となる。以上のことから、本発明では、正極性となる電極にREM(希土類元素)を0.005質量%~0.060質量%含有する鋼ワイヤを供給することが好ましい。なお、REM(希土類元素)以外の元素は、JIS Z 3312に規定されるように、溶接ワイヤのグレード(鋼種)に応じて、通常、含有される適正量を含むものとする。
【0049】
REM(希土類元素)の含有量が0.005質量%未満では、上記した溶滴の微細化と移行の安定化を図り難い。一方、0.060質量%を超えて含有すると、ワイヤ製造工程中に割れが生じるため、溶接ワイヤの製造が困難となる。このため、REM(希土類元素)の含有量は、0.005質量%~0.060質量%の範囲とするのが好ましい。より好ましくは、0.010質量%~0.055質量%である。
【実施例0050】
以下、実施例に基づき、さらに本発明について説明する。ただし、下記の実施例は、本発明を例示してより詳細に説明するためのものにすぎず、本発明の権利範囲を限定するものではない。
【0051】
ガス切断により開先加工を行い、表1に示す開先形状とガスシールド条件にて、1層当たり1パスで狭開先ガスシールドアーク溶接を施した。また、多層溶接の層数の合計も求めた。
【0052】
作製した溶接継手の溶接金属から試験片を採取し(試験No.1~14)、不活性ガス融解-熱伝導度法により溶接金属中の窒素量(ppm)を測定した。溶接金属中の窒素量の評価方法は、その窒素量が60ppm以下を良(○)、60ppm超え100ppm以下を可(△)、100ppm超えを不可(×)とした。
【0053】
また、溶接欠陥の評価方法は、溶接継手に対し放射線透過試験を実施した後、検出箇所を切断して溶接部の断面をナイタールにて腐食した後、その断面にブローホール等の欠陥発生の有無を確認した。
【0054】
それらの結果も合わせて表1に示す。
なお、表1に記載した溶接条件以外の条件は、以下のとおりである。
用いた鋼板の鋼種(グレード)は、490MPa級鋼~590MPa級鋼である。
用いた溶接ワイヤの鋼種(グレード)は、YGW18であり、溶接ワイヤの直径は、1.2mmである。
第1-2電極間距離aは、14mmであり、第2-3電極間距離bは、16mmであり、第1-2電極配置角度αは、55°である。
溶接速度は、60cm/minであり、溶接入熱量は、28kJ/cm~41kJ/cmである。
ワイヤマイナスの電極に用いた溶接ワイヤのREM含有量は、0.025質量%~0.030質量%である。
溶接ワイヤの供給角度φは、8°であり、溶接ワイヤ先端側端部と開先面の底部との距離dは、0.5mmであり、溶接ワイヤの曲率半径は、300mmである。
【0055】
【表1】
【0056】
本発明例はいずれも、3電極溶接で狭開先の多層溶接を行っても、溶接金属中の窒素量が100ppm以下に低減しており、溶接欠陥が発生することがなかった。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、溶接金属中の窒素量が増加するか、又は溶接欠陥が発生しており、健全な狭開先ガスシールドアーク溶接継手が得られなかった。
【符号の説明】
【0057】
1 鋼板(母材)
2 開先面
2b 開先底部
3 第1電極
4 第2電極
5 第3電極
3a、4a、5a 給電チップ
3b、4b、5b 溶接ワイヤ
3c、4c、5c 溶接ワイヤ先端部
6 シールドガス供給ノズル
6a ガス吐出口
6b ガス吐出口の最下端部
6c ガス吐出口の最先端部
7 溶融池
8 溶接線
9 溶接金属
10 裏当材
t 板厚
θ 開先角度
G 底部開先ギャップ
X ガス吐出口の断面と溶接する開先底部とのなす角度
Y ガス吐出口の最先端部と第1電極の溶接ワイヤ先端部との距離
Z ガス吐出口の最下端部と溶接する開先底部との距離
a 第1電極と第2電極の溶接ワイヤ先端間の距離
b 第2電極と第3電極の溶接ワイヤ先端間の距離
α 溶接線の直角方向に対する第1及び第2電極の溶接ワイヤ先端間を結ぶ直線の角度
d 溶接ワイヤ先端の側端部と開先面の底部との距離
φ 溶接ワイヤの開先底部に対する供給角度
図1
図2
図3
図4