(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025009816
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250109BHJP
C22C 38/06 20060101ALI20250109BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20250109BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20250109BHJP
【FI】
C22C38/00 301U
C22C38/06
C22C38/58
C21D9/46 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024062940
(22)【出願日】2024-04-09
(31)【優先権主張番号】P 2023108449
(32)【優先日】2023-06-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100221589
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 俊博
(72)【発明者】
【氏名】白木 厚寛
【テーマコード(参考)】
4K037
【Fターム(参考)】
4K037EA01
4K037EA02
4K037EA06
4K037EA11
4K037EA13
4K037EA15
4K037EA16
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA32
4K037EB05
4K037EB09
4K037EC01
4K037FA02
4K037FC04
4K037FE02
4K037FG01
4K037FJ06
4K037FK03
4K037FK06
(57)【要約】
【課題】十分な延性を有し、かつ降伏比が十分に低い鋼板を提供する。
【解決手段】所定の成分組成を有し、金属組織が95面積%以上の焼戻しマルテンサイト組織を含み、アスペクト比2.0以上の炭化物の個数密度が0.60個/μm2以下である、鋼板。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成が、
C :0.15~0.25質量%、
Si:0.70質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:1.10~2.50質量%、
Al:0.150質量%以下(0質量%を含まない)、
P :0.020質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.010質量%以下(0質量%を含む)、および
N :0.010質量%以下(0質量%を含む)を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
金属組織が、95面積%以上の焼戻しマルテンサイト組織を含み、
アスペクト比2.0以上の炭化物の個数密度が0.60個/μm2以下である、鋼板。
【請求項2】
以下の(a)~(c)からなる群のうち1つ以上をさらに含む、請求項1に記載の鋼板。
(a)Ti:0.010~0.070質量%、B:0.0100質量%以下(0質量%を含まない)、およびCr:2.00質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種
(b)Cu:0.50質量%以下(0質量%を含まない)およびNi:0.50質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種
(c)V:0.10質量%以下(0質量%を含まない)およびNb:0.10質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種
【請求項3】
アスペクト比2.0~2.5の炭化物の個数密度が0.50個/μm2以下である、請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項4】
840℃~950℃の第1温度域に加熱して30秒以上保持する工程と、
前記保持する工程後、450℃~前記第1温度域である第2温度域から、100℃未満まで焼入れする工程であって、420℃~250℃の平均冷却速度が300℃/秒以上である工程と、
前記焼入れする工程後、100~300℃の第3温度域で30秒以上の焼戻しを行う工程と、を含む請求項1または2に記載の鋼板を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両における乗員の安全性向上が求められており、係る目的のために車体の強度を向上させてきた。他方、地球温暖化問題の深刻化を背景に自動車の燃費改善の動きが加速している。燃費改善には車体の軽量化が有効であることが知られている。
【0003】
車体の安全性向上および軽量化のため、自動車用鋼板の更なる高強度化が求められており、主として(例えば95面積%以上の)焼戻しマルテンサイト組織を含む鋼板(以下「マルテンサイト組織鋼板」とも称する)の適用が検討されている。マルテンサイト組織鋼板は、少量の添加元素で高強度を実現しやすいという利点がある。
【0004】
特許文献1は、耐遅れ破壊特性が改善されたマルテンサイト組織鋼板を開示している。特許文献2は、耐衝突特性が改善されたマルテンサイト組織鋼板を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第7140301号
【特許文献2】特許第7120461号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
マルテンサイト組織鋼板は、高強度を実現しやすい反面、当該組織が延性に乏しいため、加工性の観点で自動車部品への適用が困難である。また、マルテンサイト組織鋼板は、自動車部品への適用を考慮した際、破壊されにくくするよう、降伏比をある程度低くしておく必要がある。
【0007】
延性を改善するためには、軟質相であるフェライト及び/又は残留γを導入することが一般的であり、マルテンサイト組織鋼板の延性を改善する検討は、特許文献1等を含めてほとんどなされていない。また降伏比を低くすることについても、特許文献1等を含めてほとんど検討されていない。
【0008】
本開示はこのような状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、十分な延性を有し、かつ降伏比が十分に低いマルテンサイト組織鋼板、およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の態様1は、
成分組成が、
C :0.15~0.25質量%、
Si:0.70質量%以下(0質量%を含む)、
Mn:1.10~2.50質量%、
Al:0.150質量%以下(0質量%を含まない)、
P :0.020質量%以下(0質量%を含む)、
S :0.010質量%以下(0質量%を含む)、および
N :0.010質量%以下(0質量%を含む)を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
金属組織が、95面積%以上の焼戻しマルテンサイト組織を含み、
アスペクト比2.0以上の炭化物の個数密度が0.60個/μm2以下である、鋼板である。
【0010】
本発明の態様2は、
Ti:0.010~0.070質量%、B:0.0100質量%以下(0質量%を含まない)、およびCr:2.00質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種をさらに含む、態様1に記載の鋼板である。
【0011】
本発明の態様3は、
Cu:0.50質量%以下(0質量%を含まない)およびNi:0.50質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種をさらに含む、態様1または2に記載の鋼板である。
【0012】
本発明の態様4は、
V:0.10質量%以下(0質量%を含まない)およびNb:0.10質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種をさらに含む、態様1~3のいずれか1つに記載の鋼板である。
【0013】
本発明の態様5は、
アスペクト比2.0~2.5の炭化物の個数密度が0.50個/μm2以下である、態様1~4のいずれか1つに記載の鋼板である。
【0014】
本発明の態様6は、
840℃~950℃の第1温度域に加熱して30秒以上保持する工程と、
前記保持する工程後、450℃~前記第1温度域である第2温度域から、100℃未満まで焼入れする工程であって、420℃~250℃の平均冷却速度が300℃/秒以上である工程と、
前記焼入れする工程後、100~300℃の第3温度域で30秒以上の焼戻しを行う工程と、を含む態様1~5のいずれか1つに記載の鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の実施形態によれば、十分な延性を有するマルテンサイト組織鋼板、およびその製造方法を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、板厚方向から見た、各アスペクト比の炭化物の個数密度を測定するための試験片の上面模式図である。
【
図2】
図2は、実施例の焼入れ時における鋼板の熱電対の位置を示す上面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者は、十分な延性を有し、かつ降伏比が十分に低いマルテンサイト組織鋼板を実現するべく、様々な角度から検討した。その結果、所定の化学成分組成に調整すると共に、アスペクト比2.0以上の炭化物の個数密度を所定値以下に制御することにより、十分な延性を有し、かつ降伏比が十分に低いマルテンサイト組織鋼板を実現できることを見出した。
以下に、本発明の実施形態が規定する各要件の詳細を示す。
【0018】
<1.成分組成>
本発明の実施形態に係る鋼板は、成分組成が、C:0.15~0.25質量%、Si:0.70質量%以下(0質量%を含む)、Mn:1.10~2.50質量%、Al:0.150質量%以下(0質量%を含まない)、P:0.020質量%以下(0質量%を含む)、S:0.010質量%以下(0質量%を含む)、およびN:0.010質量%以下(0質量%を含む)を含み、残部がFeおよび不可避的不純物であることが好ましい。
以下、各元素について詳述する。
【0019】
(C:0.15~0.25質量%)
Cは、強度を確保するのに必要な元素である。そのため、C含有量は、0.15質量%以上とし、好ましくは0.16質量%以上、より好ましくは0.17質量%以上、更に好ましくは0.18質量%以上である。しかしC含有量が過剰であると、溶接性が悪化する。そのため、C含有量は0.25質量%以下とし、好ましくは0.24質量%以下、より好ましくは0.23質量%以下、更に好ましくは0.22質量%以下である。
【0020】
(Si:0.70質量%以下(0質量%を含む))
Siは、任意に含有してもよい元素である。Siは、焼戻し軟化抵抗、固溶強化による強度向上に有効な元素であり得る。また、焼入れ過程の炭化物の成長を抑制するのに有効な元素であり得る。これらの効果を発揮させるために、Si含有量は、0質量%超であってもよく、好ましくは0.05質量%以上、より好ましくは、0.10質量%以上、更に好ましくは0.15質量%以上、一層好ましくは0.20質量%以上である。しかしSiはフェライト生成元素であるため、多く含まれると、焼入れ性が損なわれて高強度を確保することが難しくなり、また、溶接性も悪化する。そのためSi含有量は0.70質量%以下とし、好ましくは0.60質量%以下、より好ましくは0.50質量%以下、更に好ましくは0.40質量%以下である。
なお、本明細書において「0質量%を含む」とは、意図的に添加しない実施形態、すなわち不可避不純物レベル以下の含有量である場合を包含する(意図的に添加した場合を排除するものではない)ことを意味する。
【0021】
(Mn:1.10~2.50質量%)
Mnは、焼入れ性を向上させて強度を高めるのに有効な元素である。また、焼入れ過程の炭化物の成長を抑制するのに有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Mn含有量は、1.10質量%以上とし、好ましくは1.50質量%以上、より好ましくは1.60質量%以上、更に好ましくは1.70質量%以上、一層好ましくは1.80質量%以上含有させる。しかしMn含有量が過剰であると、耐遅れ破壊特性および溶接性が悪化する。よって、Mn含有量は2.50質量%以下とし、好ましくは2.40質量%以下、より好ましくは2.30質量%以下、更に好ましくは2.20質量%以下である。
【0022】
(Al:0.150質量%以下(0質量%を含まない))
Alは、脱酸剤として添加される元素であり、また鋼の耐食性を向上させる効果もある。これらの効果を十分発揮させるには、Al含有量は0質量%超とし、好ましくは0.010質量%以上、より好ましくは0.020質量%以上、更に好ましくは0.030質量%以上、一層好ましくは0.040質量%以上である。しかしAlが過剰に含まれていると、C系介在物が多量に生成して表面疵の原因となる。そのためAl含有量は0.150質量%以下とし、好ましくは0.140質量%以下、より好ましくは0.130質量%以下、更に好ましくは0.120質量%以下である。
【0023】
(P:0.020質量%以下(0質量%を含む))
P(リン)は、不可避不純物であり、脆性により延性を低下させる。そのため、P含有量は0.020質量%以下とし、好ましくは0.015質量%以下、より好ましくは0.010質量%以下である。
【0024】
(S:0.010質量%以下(0質量%を含む))
Sは、不可避不純物であり、硫化物系の介在物を生成し、母材の加工性、溶接性を劣化させる。そのため、S含有量は0.010質量%以下とし、好ましくは0.005質量%以下、より好ましくは0.003質量%以下である。
【0025】
(N:0.010質量%以下(0質量%を含む))
Nは、不可避不純物であり、窒化物の析出量が増大し、靭性に悪影響を与える。そのため、N含有量は0.010質量%以下とし、好ましくは0.008質量%以下、より好ましくは0.006質量%以下である。一方、製鋼上のコスト等を考慮すると、N含有量は0.001質量%以上であってもよい。
【0026】
本発明の実施形態に係る鋼板は、上記の成分組成を含み、本発明の1つの実施形態では、残部は鉄および不可避不純物であることが好ましい。不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素の混入が許容される。なお、例えば、P、SおよびN等のように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
【0027】
本発明の好ましい実施形態として、上記元素に加えて、必要に応じて更に、(a)Ti:0.010~0.070質量%、B:0.0100質量%以下(0質量%を含まない)、およびCr:2.00質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種、(b)Cu:0.50質量%以下(0質量%を含まない)およびNi:0.50質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種、(c)V:0.10質量%以下(0質量%を含まない)およびNb:0.10質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種、等を含有させることも有効であり、含有させる元素の種類に応じて鋼板の特性が更に改善される。
【0028】
((a)Ti:0.010~0.070質量%、B:0.0100質量%以下(0質量%を含まない)、およびCr:2.00質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種)
Tiは、炭化物の析出により旧γ粒径を微細化することで遅れ破壊性の改善に有効な元素である。そのため、Ti含有量は、0.010質量%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.015質量%以上、更に好ましくは0.020質量%以上、一層好ましくは0.025質量%以上である。しかしTiが過剰に含まれると炭窒化物の析出が増大し、延性および母材の加工性が劣化する。そのため、Tiを含有させる場合、その含有量は0.070質量%以下とし、好ましくは0.060質量%以下、より好ましくは0.050質量%以下、更に好ましくは、0.040質量%以下である。
Bは微量の添加で焼入れ性を向上させる元素である。該効果を十分に発揮させるために、B含有量は0質量%超としてもよく、好ましくは0.0001質量%以上、より好ましくは0.0003質量%以上、更に好ましくは0.0005質量%以上、一層好ましくは0.0007質量%以上である。しかし、Bが過剰に含まれると延性が低下する。そのため、Bを含有させる場合、その含有量は0.0100質量%以下とし、好ましくは0.0090質量%以下、より好ましくは0.0080質量%以下、更に好ましくは0.0070質量%以下である。
Crは、焼入れ性向上により強度を高めるのに有効な元素である。またCrは、マルテンサイト相の焼戻し軟化抵抗を高めるのに有効な元素である。これらの効果を発揮させるために、Cr含有量は0質量%超であってもよく、好ましくは0.10質量%以上、より好ましくは0.20質量%以上、更に好ましくは0.30質量%以上、一層好ましくは0.40質量%以上である。しかし、Crが過剰に含まれると、耐遅れ破壊特性が劣化する。そのため、Crを含有させる場合、その含有量は2.00質量%以下とし、好ましくは1.80質量%以下、より好ましくは1.60質量%以下、更に好ましくは1.40質量%以下である。
【0029】
((b)Cu:0.50質量%以下(0質量%を含まない)およびNi:0.50質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種)
Cuは、耐食性を向上させて耐遅れ破壊性を向上させるのに有効な元素である。この効果を発揮させるためには、Cu含有量は0質量%超としてもよく、好ましくは0.01質量以上、より好ましくは0.03質量%以上、更に好ましくは0.05質量%以上、一層好ましくは0.07質量%以上である。しかし、Cuが過剰に含まれると、延性および加工性が低下する。そのため、Cuを含有させる場合、その含有量は0.50質量%以下とし、好ましくは0.40質量%以下、より好ましくは0.30質量%以下、更に好ましくは0.20質量%以下である。
Niは、耐食性を向上させて耐遅れ破壊性を向上させるのに有効な元素である。この効果を発揮させるためには、Ni含有量は0質量%超としてもよく、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.03質量%以上、更に好ましくは0.05質量%以上、一層好ましくは0.07質量%以上である。しかし、Niが過剰に含まれると、延性および加工性が低下する。そのため、Niを含有させる場合、その含有量は0.50質量%以下とし、好ましくは0.40質量%以下、より好ましくは0.30質量%以下、更に好ましくは0.20質量%以下である。
【0030】
((c)V:0.10質量%以下(0質量%を含まない)およびNb:0.10質量%以下(0質量%を含まない)からなる群から選択される少なくとも1種)
Vは、炭化物の析出により強度向上に有効な元素である。この効果を発揮させるために、V含有量は0質量%超としてもよく、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.02質量%以上、更に好ましくは0.03質量%以上、一層0.04質量%以上である。しかしVが過剰に含まれると炭窒化物の析出が増大し、延性および母材の加工性が低下する。そのため、Vを含有させる場合、その含有量は0.10質量%以下とし、好ましくは0.09質量%以下、より好ましくは0.08質量%以下、更に好ましくは0.07質量%以下である。
Nbは、炭化物の析出により強度向上に有効な元素である。この効果を発揮させるために、Nb含有量は0質量%超としてもよく、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは、0.02質量%以上、更に好ましくは0.03質量%以上、一層好ましくは0.04質量%以上である。しかしNbが過剰に含まれると炭窒化物の析出が増大し、延性および母材の加工性が低下る。そのため、Nbを含有させる場合、その含有量は0.10質量%以下とし、好ましくは0.09質量%以下、より好ましくは0.08質量%以下、更に好ましくは0.07質量%以下である。
【0031】
更に他の元素として、例えば、Se、As、Sb、Pb、Sn、Bi、Mg、Zn、Zr、W、Cs、Rb、Ca、Co、La、Tl、Nd、Y、In、Be、Hf、Tc、TaおよびOからなる群から選択されるいずれか一種以上(これらは不可避不純物であり得る)を、耐食性および母材部の耐遅れ破壊性を改善するために、必要に応じて合計0.01質量%以下(0質量%含む)含有させてもよい。
【0032】
<2.金属組織>
本発明の実施形態に係る鋼板は、金属組織が、95面積%以上の焼戻しマルテンサイト組織を含む。好ましくは97面積%以上の焼戻しマルテンサイト組織を含むことである。焼戻しマルテンサイト組織の面積率の上限は特に制限されず、100面積%であってもよい。
本発明の実施形態に係る鋼板は、金属組織が、上記焼戻しマルテンサイト組織以外に、製造工程で不可避的に含まれる組織、例えばフェライト組織、ベイナイト組織、残留オーステナイト(γ)組織、焼入れままマルテンサイトからなる群から選択されるいずれか一種以上を含み得る。
なお、焼戻しマルテンサイト組織の面積率は、後述する実施例の方法で求めることができる。
【0033】
<3.炭化物>
本発明者は、マルテンサイト組織鋼板の、主に粒界に存在し得るアスペクト比の高い炭化物が粒界を脆化させ、延性を低下させることを見出した。そして、所定の成分組成に調整すると共に、アスペクト比2.0以上の炭化物の個数密度を0.60個/μm2以下にすることにより、十分な延性を有するマルテンサイト組織鋼板を実現できることを見出した。
さらに、自動車部品等への適用を考慮した際、降伏比が高すぎない方が破壊されにくく好ましいところ、アスペクト比2.0以上の炭化物の個数密度を0.60個/μm2以下にすることにより、降伏比を十分に低くできることがわかった。
なお、ここで「アスペクト比」とは、SEM等で炭化物を平面視したときの、長手方向の長さを、短径(長手方向に直行する方向の最大長さ)で割った値(長手方向の長さ/短径)である。アスペクト比2.0以上の炭化物の個数密度は、好ましくは0.50個/μm2以下、より好ましくは0.40個/μm2以下、更に好ましくは0.30個/μm2以下である。当該アスペクト比の上限は、特に制限されないが、後述する製造方法で存在しやすい範囲を考慮すると、例えば、5.5以下であり得る。
なお、アスペクト比2.0以上の炭化物の個数密度は、後述する実施例の方法で求めることができる。また、上記炭化物の個数密度を求める際、炭化物の円相当直径が0.0245μm以上のものをカウントすることができる。炭化物の円相当直径が0.0245μm未満では、炭化物が十分に成長しておらず、延性に影響を及ぼすような高アスペクト比の炭化物が存在しにくいと考えられる。
【0034】
本発明の実施形態に係る鋼板は、アスペクト比2.0~2.5の炭化物の個数密度が0.50個/μm2以下であることが好ましい。アスペクト比2.0~2.5の炭化物は、焼入れの過程で多く析出しやすいと考えられ、当該炭化物の析出を抑制することで、延性をより改善でき、さらに、降伏比も所定値以下に制御しやすくなる。アスペクト比2.0~2.5の炭化物の個数密度は、より好ましくは0.45個/μm2以下、更に好ましくは0.40個/μm2以下、一層好ましくは0.35個/μm2以下である。
なお、アスペクト比2.0~2.5の炭化物の個数密度は、後述する実施例の方法で求めることができる。また、上記炭化物の個数密度を求める際、炭化物の円相当直径が0.0245μm以上のものをカウントすることができる。
【0035】
本発明の実施形態に係る鋼板は、十分な延性を有し、具体的には6.7%以上の伸びを有する。また、本発明の実施形態に係る鋼板は、十分に低い降伏比を有し、具体的には、0.860以下の降伏比を有する。なお、降伏比は0.700以上であることが好ましく、これにより自動車部品として必要な降伏強度を確保しやすくなる。さらに、本発明の実施形態に係る鋼板は、マルテンサイト組織鋼板であり、強度が高く、具体的には引張強さが1270MPa以上であり得る。
【0036】
<4.製造方法>
本発明の実施形態に係る鋼板の製造方法は、
(A)840℃~950℃の第1温度域に加熱して30秒以上保持する工程と、
(B)前記保持する工程後、450℃~前記第1温度域である第2温度域から100℃未満まで焼入れする工程であって、420℃~250℃の平均冷却速度が300℃/秒以上である工程と、
(C)前記焼入れする工程後、100~300℃の第3温度域で30秒以上の焼戻しを行う工程と、を含む。
上記方法により、本発明の実施形態に係る鋼板を製造できる。以下、各工程について詳述する。
【0037】
(A)第1温度域に加熱して30秒以上保持する工程
まず、鋼板を840℃~950℃の第1温度域に加熱して30秒以上保持する。加熱する鋼板としては、例えば上述の成分組成を満たす鋼板としてもよい。上述の成分組成を満たす鋼板の準備方法は特に制限されない。例えば常法に従って溶製し、連続鋳造することにより、上述の成分組成を満たすスラブ等の鋼片を得た後、1100℃~1250℃程度に加熱し、次いで熱間圧延を行い、巻取った後、酸洗し、冷間圧延を行うことで、当該鋼板を準備してもよい。
【0038】
第1温度域を840℃以上にすることで(後に95面積%以上の焼戻しマルテンサイト組織を得るための)オーステナイト単相組織が形成可能となる。また、第1温度域を950℃以下にすることで、設備負荷を低減し、製造コストを低減できる。第1温度域での加熱保持時間は、オーステナイト変態を完了させるため、30秒以上とする必要がある。当該加熱保持時間の上限は特に制限されないが、生産性の観点から400秒以下とすることが好ましい。
【0039】
(B)第2温度域から焼入れする工程
工程(A)後、450℃~前記第1温度域である第2温度域から100℃未満(例えば常温)まで焼入れする。第2温度域が450未満だと、ベイナイト及び/又はオートテンパードマルテンサイトが多く生成し得、強度が低下するおそれがある。なお、第2温度域の上限は第1温度域であり、すなわち、工程(A)後、直ちに焼入れを行ってもよい。一方で、第2温度域は、(450℃以上)第1温度域未満であってもよく、その場合、第1温度域~第2温度域の冷却速度は特に制限されないが、例えば5℃/秒以上にすることが、フェライトが形成されにくい観点で好ましい。焼入れ方法は特に制限されず、水冷および油冷等、公知の方法で行うことができる。
【0040】
さらに工程(B)において、420℃~250℃の平均冷却速度が300℃/秒以上とする。420℃~250℃の温度域は、マルテンサイト変態が開始して終了する温度域に該当し、当該温度域で変態したマルテンサイト組織が自己焼戻されるとアスペクト比が高い(例えばアスペクト比が2.0以上、または2.0~2.5の)炭化物が析出しやすい。そのため当該温度域で冷却速度を速くすることにより、アスペクト比が高い炭化物の生成を抑制できる。420℃~250℃の平均冷却速度は、より好ましくは400℃/秒以上、更に好ましくは500℃/秒以上、一層好ましくは600℃/秒以上である。
【0041】
(C)焼戻しを行う工程
工程(B)後、100~300℃の第3温度域で30秒以上の焼戻しを行う。第3温度域が300℃超だと強度確保しにくくなる。第3温度域は、好ましくは280℃以下、より好ましくは260℃以下とする。一方、第3温度域が100℃未満だと靭性を向上させにくくなる。
【0042】
本発明の実施形態に係る鋼板の製造方法は、本発明の目的を達成する限り、他の工程を含んでもよい。
【実施例0043】
以下、実施例を挙げて本発明の実施形態をより具体的に説明する。本発明の実施形態は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の実施形態の技術的範囲に包含される。
【0044】
表1に示す鋼種A~Hの成分組成(残部は鉄および不可避不純物)を満たす鋼片を、常法に従って溶製し、連続鋳造することによって得た。その後、1200℃に加熱し、次いで熱間圧延(仕上げ温度:870℃、仕上げ厚さ:2.6mm)を行い、620℃で巻取った後、酸洗し、冷間圧延を行うことで、板厚1.4mmの鋼板を得た。得られた鋼板について、150mm×160mmの寸法に切断し、表2の工程(A)に記載の熱処理を実施し、その後、表2の工程(B)に記載の条件で焼入れを実施した。試験No.1、2、4、5、7、8、10、11、13、14、16、17、19、20、22および23の工程(A)の加熱温度~工程(B)の焼入れ開始温度の冷却速度は5℃/秒以上の条件であった。焼入れの条件は、冷却速度を確保するため水量を70Lとし、水温を試験No.1、2、4、5、7、8、10、11、13、14、16、17、19、20、22および23は常温とし、試験No.3、6、9、12、15、18、21および24は、冷却速度を意図的に低下させるためヒーターで加熱して水温を60℃とした。また、試験No.1、4、7、10、13、16、19および22については、冷却速度を意図的に高くするため水流ポンプにより、1.0m/分×0.2MPaの条件で冷却水の循環を実施した。
図2は、板厚方向から見た、150mm×160mmに切断された鋼板の、焼入れ時における熱電対の位置を示す上面模式図である。
図2に示すように、熱電対2(黒丸で示す)を鋼板1の5箇所に取り付け、0.01秒のサンプルリング周期で温度を測定し、5か所について420~250℃の冷却速度を測定し、その平均値を420~250℃の平均冷却速度とした。焼入れ後、表2の工程(C)に記載の条件で焼戻しを行った。
なお表1において、「Si」、「Cu」および「Cr]欄の「-」は、意図的に添加していない不可避不純物レベルの含有量であったことを意味する。また、P、SおよびNは、意図的に添加したものではなく不可避不純物レベルの含有量であるが、上述したように含有量を厳しく制御する必要があることから、その含有量を明らかにしている。
【0045】
【0046】
【0047】
試験No.1~24の鋼板について、以下の評価を行った。
【0048】
<焼戻しマルテンサイト組織の面積率>
1.4mm(板厚方向)×20mm(圧延方向)×20mm(板幅方向)の試験片の圧延方向および板厚方向に平行(すなわち板幅方向に垂直)な断面を研磨し、ナイタール腐食を行った後に、1/4t部(tは板厚)について1000倍の倍率でSEM像を得た。
得られたSEM像の任意の1視野(視野面積:12275μm2)において、縦横それぞれ等間隔に10本の線を引き、その交点が、焼戻しマルテンサイト組織である交点の数を、全交点の数で割ることにより、焼戻しマルテンサイト組織の面積率を求めた。その結果を後述の表3に示す。
【0049】
<引張特性>
引張特性は、板幅方向(すなわち圧延方向および板厚方向と垂直な方向)が長手方向となるようにJIS5号引張試験片を試験No.1~24の鋼板から採取し、JIS Z 2241に規定の方法に従って、引張強さTS(MPa)、降伏応力YS(MPa)、および延性として伸びEL(%)を求めた。降伏比YRは、YS/TSとした。なお、各物性値につき、n=2試験を実施し、その平均値を採用した。その結果を後述の表3に示す。
【0050】
<各アスペクト比の炭化物の個数密度>
図1は、板厚方向から見た、各アスペクト比の炭化物の個数密度を測定するための試験片1の上面模式図である。
図1に示すように、引張試験後の残材につき、破面S1から2mm離れた断面S2が観察できるように試験片1を切り出し、研磨、ピクラール腐食を行った後に、t/2(tは板厚)位置および圧延方向LDにおける試験片の中心(破線CLで示す)の近傍について、観察方向ODから観察し、5000倍の倍率でFE-SEM像を得た。
得られたFe-SEM像の任意の1視野(視野面積:416μm
2)において、2値化処理を実施し、白で表示される炭化物の長手方向の長さと、短径(長手方向に直行する方向の最大長さ)を測定し、個々の炭化物のアスペクト比(長手方向の長さ/短径)を求めた。そして、アスペクト比が2.0以上の個数およびアスペクト比2.0~2.5の個数を求め、それらを視野面積で割ることにより、各個数密度を算出した。各個数密度を求める際、炭化物の円相当直径が0.0245μm以上のものをカウントした。なお、カウントした炭化物の最大円相当直径は、0.227μmであった。また、アスペクト比が2.0以上の個数密度において、カウントした炭化物のアスペクト比は、全て5.5以下であり、5.5超のものは確認されなかった。結果を表3に示す。
【0051】
【0052】
表3から以下のことがわかる。試験No.1~3および7~24は、いずれも本発明の実施形態で規定する要件を満足しており、十分な延性(伸びが6.7%以上)および十分に低い(0.860以下の)降伏比を有していた。
一方、試験No.4~6は、本発明の実施形態で規定する要件を満たしておらず、延性が不十分であり、降伏比が高かった。具体的には、試験No.4~6は、いずれも、Mn含有量が不足しており、アスペクト比が2以上の炭化物の個数密度が0.60個/μm2超であったため、伸びが6.7%未満となり、降伏比も0.860超であった。