(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025009833
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】高周波焼入部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C21D 1/10 20060101AFI20250109BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20250109BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20250109BHJP
C21D 9/28 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
C21D1/10 H
C22C38/00 301Z
C22C38/60
C21D1/10 Z
C21D9/28 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024070081
(22)【出願日】2024-04-23
(31)【優先権主張番号】P 2023106476
(32)【優先日】2023-06-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】今浪 祐太
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA14
4K042AA16
4K042AA18
4K042AA22
4K042BA03
4K042CA01
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042CA14
4K042DA01
4K042DA02
4K042DB01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD03
(57)【要約】
【課題】高周波焼入れ部品の製造工程における、冷間鍛造前の焼鈍および高周波焼入れ前の焼入れ焼戻しの双方を省略しても、優れた冷間鍛造性および十分な部品性能(表面および芯部の硬度)を有する高周波焼入れ部品の製造方法について提案する。
【解決手段】鋼素材を熱間圧延にて棒鋼または線材に成形し、該棒鋼または線材を、軟化焼鈍を施すことなしに冷間鍛造に供して所定の条件を満足する部品に成形し、該冷間鍛造後の部品に、焼入れおよび焼戻しを施すことなしに所定の条件を満足する高周波焼入れ焼戻し処理を施す。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼素材を熱間圧延にて棒鋼または線材に成形し、該棒鋼または線材を、軟化焼鈍を施すことなしに冷間鍛造に供して下記式(1)を満足する部品に成形し、該冷間鍛造後の部品に、下記式(2)を満足する高周波焼入れ焼戻し処理の前に焼入れ焼戻しを施すことなしに、前記高周波焼き入れ焼き戻し処理を施す高周波焼入部品の製造方法。
記
H
CF≧200 ・・・(1)
ここで、H
CFは冷間鍛造後のビッカース硬度である。
ここで、高周波加熱の温度T(K)と時間t(s)の関数をfとし、すなわちT=f(t)とする。ただし、f(t)はf(t)≧T
Rの範囲とする。T
Rは高周波加熱中のオーステナイト変態完了温度(K)である。t
Rは高周波加熱中のオーステナイト変態完了温度T
R以上にある時間(s)である。また、logは常用対数である。
【請求項2】
前記棒鋼または線材は、
C:0.15~0.55質量%、
Si:0.35質量%以下、
Mn:0.85質量%以下、
P:0.050質量%以下、
S:0.050質量%以下、
Al:0.010~0.090質量%、
Mo:0.05~0.50質量%、
Ti:0.010~0.200質量%、
B:0.0005~0.0100質量%および
N:0.0150質量%以下
を含み、残部はFe及び不可避的不純物の成分組成を有する、請求項1に記載の高周波焼入部品の製造方法。
【請求項3】
前記成分組成として、さらに、
以下のA~D群のうちの1以上の群より選ばれる1種または2種以上を含有する請求項2に記載の高周波焼入部品の製造方法。
A群:
Cr:0.65質量%以下、
Cu:1質量%以下および
Ni:1質量%以下
B群:
Se:0.3質量%以下、
Ca:0.05質量%以下、
Pb:0.3質量%以下、
Bi:0.3質量%以下、
Mg:0.05質量%以下、
Zr:0.2質量%以下、
REM:0.01質量%以下および
O:0.025質量%以下
C群:
Nb:0.1質量%以下および
V:0.3質量%以下
D群:
Sn:0.1質量%以下および
Sb:0.1質量%以下
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波焼入部品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、自動車等の機械構造用部品は、熱間鍛造または冷間鍛造にて成形後、切削を施して最終形状に整えられる。とくに、冷間鍛造は、寸法精度に優れるために鍛造後の切削量が低減できる利点があり、近年適用例が増大している。また、高周波焼入れは、短時間の処理で鋼の疲労強度を向上させることが可能であり、CO2排出を抑制可能な利点もあり、適用が進んできている。
【0003】
例えば、特許文献1では、鋼組成を規定するとともに、有効硬化層深さと部品半径から投影芯部硬さを規定した、冷間加工性に優れる高捩り疲労強度高周波焼入れ鋼材が提案されている。また、特許文献2では、鋼組成の規定に加え、球状セメンタイトの個数密度をはじめとしたミクロ組織の特徴を規定し、焼入れ焼戻しを省略可能な、高周波焼入れ用圧延鋼材の製造方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10-195589号公報
【特許文献2】特開2011-241468号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
部品に成形後の最終熱処理に高周波焼入れを施して得られる、部品は、冷間鍛造前の軟化焼鈍や高周波焼入れ前の調質熱処理(焼入れ焼戻し)を経るのが通例である。例えば、特許文献1に記載の技術では、冷間鍛造前の焼鈍が必須である。同様に、特許文献2に記載の技術では、冷間鍛造前の焼鈍が必須である。すなわち、熱間圧延後の鋼材を焼鈍によって軟化しておくことによって、その後の冷間鍛造時の変形抵抗を下げて冷間鍛造性を確保する必要がある。また、高周波焼入れ前の調質熱処理(焼入れ焼戻し)は、最終製品の部品において所定の硬度を与えるために必要であった。
【0006】
一方で、近年の部品価格競争激化ならびにカーボンニュートラル(CO2排出抑制)の機運の高まりを受け、部品製造工程の熱処理省略ニーズが増大している。このような状況において、上述の通り、特許文献1に記載の技術では、冷間鍛造前の焼鈍を省略できないことが問題であった。同様に、特許文献2に記載の技術では、焼入れ焼戻しは省略可能であるが、やはり冷間鍛造前の焼鈍を省略できないことが問題であった。
【0007】
本発明は、上記の実情に鑑み開発されたものであり、冷間鍛造前の焼鈍および高周波焼入れ前の焼入れ焼戻しの双方を省略可能な、優れた冷間鍛造性および十分な部品性能(表面および芯部の硬度)を有する高周波焼入れ部品の製造方法について提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、上記の目的を達成すべく、高周波焼入れ部品の製造工程について鋭意研究した。その結果、冷間鍛造時の加工硬化と高周波焼入れの条件を適切に制御することにより、冷間鍛造前および高周波焼入れ前の熱処理を省略しても冷間鍛造性を阻害することなく、高性能の部品製造が可能であることを見出した。
【0009】
本発明は、上記知見に由来するものであり、その要旨は次の通りである。
1.鋼素材を熱間圧延にて棒鋼または線材に成形し、該棒鋼または線材を、軟化焼鈍を施すことなしに冷間鍛造に供して下記式(1)を満足する部品に成形し、該冷間鍛造後の部品に、下記式(2)を満足する高周波焼入れ焼戻し処理の前に焼入れ焼戻しを施すことなしに、前記高周波焼き入れ焼き戻し処理を施す高周波焼入部品の製造方法。
記
H
CF≧200 ・・・(1)
ここで、H
CFは冷間鍛造後のビッカース硬度である。
ここで、高周波加熱の温度T(K)と時間t(s)の関数をfとし、すなわちT=f(t)とする。ただし、f(t)はf(t)≧T
Rの範囲とする。T
Rは高周波加熱中のオーステナイト変態完了温度(K)である。t
Rは高周波加熱中のオーステナイト変態完了温度T
R以上にある時間(s)である。また、logは常用対数である。
【0010】
2.前記棒鋼または線材は、
C:0.15~0.55質量%、
Si:0.35質量%以下、
Mn:0.85質量%以下、
P:0.050質量%以下、
S:0.050質量%以下、
Al:0.010~0.090質量%、
Mo:0.05~0.50質量%、
Ti:0.010~0.200質量%、
B:0.0005~0.0100質量%および
N:0.0150質量%以下
を含み、残部はFe及び不可避的不純物の成分組成を有する、前記1に記載の高周波焼入部品の製造方法。
【0011】
3.前記成分組成として、さらに、
以下のA~D群のうちの1以上の群より選ばれる1種または2種以上を含有する前記2に記載の高周波焼入部品の製造方法。
A群:
Cr:0.65質量%以下、
Cu:1質量%以下および
Ni:1質量%以下
B群:
Se:0.3質量%以下、
Ca:0.05質量%以下、
Pb:0.3質量%以下、
Bi:0.3質量%以下、
Mg:0.05質量%以下、
Zr:0.2質量%以下、
REM:0.01質量%以下および
O:0.025質量%以下
C群:
Nb:0.1質量%以下および
V:0.3質量%以下
D群:
Sn:0.1質量%以下および
Sb:0.1質量%以下
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、冷間鍛造前および高周波焼入れ前の熱処理を省略しても優れた冷間鍛造性の下に、高性能の高周波焼入れ部品を製造することが可能となり、工業上非常に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼の一例は、自動車等の機械構造用部品に用いられる高周波焼入れ用鋼である。
【0014】
本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼の一例は、本発明の高周波焼入部品として、自動車分野では、例えば、エンジンのクランクシャフト、カムシャフト、タイミングギアおよびディーゼルコモンレール、駆動系のプロペラシャフト、ドライブシャフトおよびCVJアウターレース、足回りのハブ、ステアリングピニオン、ウォームおよびボールジョイント、電装のローターシャフトおよびモーターシャフト等が挙げられる。同様に、産業機械分野では、例えば、ボールねじのシャフトおよび直動軸受のレール等が挙げられ、建設機械分野では、例えば、走行減速機のリングギアおよび旋回輪の内外輪等が挙げられる。
【0015】
本発明の製造方法は、鋼素材を熱間圧延にて棒鋼または線材に成形し、該棒鋼または線材を、軟化焼鈍を施すことなしに次式(1)を満足する冷間鍛造に供して部品に成形し、該冷間鍛造後の部品に、焼ならしおよび焼入れを施すことなしに次式(2)を満足する高周波焼入れ焼戻し処理を施すものである。
以下に、上記の製造条件毎に具体的に説明する。
【0016】
<鋼素材>
鋼素材として、鋼の成分組成は特に限定されないが、一般的な高周波焼入れ用鋼を用いることができる。例えば、後述の成分組成の鋼を好適に用いることができる。
【0017】
<次式(1)を満足する冷間鍛造>
HCF≧200 ・・・(1)
ただし、HCFは冷間鍛造後のビッカース硬度であり、冷間鍛造により加工硬化した後の硬度である。
上記式(1)は、高周波焼入れ焼戻し後の部品の芯部強度を確保するために必要な条件である。式(1)を満足することで、従来の焼入れ焼戻しして高周波焼入れ焼戻しする場合と同等以上の芯部強度が得られる。なぜなら、従来の焼入れ焼戻し後のビッカース硬度は190程度であることからして、HCFが200以上であれば、焼ならしおよび焼入れを施すことなしに部品の芯部強度を確実に確保できるからである。また、焼鈍を省略して冷間鍛造するため、冷間鍛造前のビッカース硬度は170以下であることが好ましい。
【0018】
なお、冷間鍛造によって生じる加工硬化を活用することで冷間鍛造後のビッカース硬度HCFを200以上とすることができる。加工硬化量は塑性変形量が増大するにつれて増大する。すなわち、鍛造加工量を一定量確保することによって、HCF≧200を達成可能である。
【0019】
<次式(2)を満足する高周波焼入れ焼戻し処理>
ここで、高周波加熱の温度T(K)と時間t(s)の関数をfとし、すなわちT=f(t)とする。ただし、f(t)はf(t)≧T
Rの範囲とする。
T
Rは高周波加熱中のオーステナイト変態完了温度(K)である。なお、このT
Rは、熱膨張試験にて求めることが可能であるが、この際の加熱速度は室温から900℃までを1~3秒で温度上昇させる程度とすればよい。ちなみに、後述の好適成分組成の鋼を上記条件の熱膨張試験にて求めると、T
Rは1073Kである。
t
Rは高周波加熱中のオーステナイト変態完了温度T
R以上にある時間(s)である。また、logは常用対数である。
【0020】
例えば、温度関数f(t)が下記のような関数であると仮定した場合、上記(2)式の左辺は(3)式により計算できる。
記
時刻t1未満はf(t)<T
R
時刻t1~t2はf(t)≧T
R
時刻t2超はf(t)<T
R
但しt2>t1
【0021】
なお、f(t)は、高周波加熱コイルの耐用温度を考慮するとともに、鋼の溶融を回避するために、1573K以下であることが好ましい。上記式(2)の上限については、中心部に加熱の影響が及ぶと加工硬化を回復させてしまう懸念があるため、3000以下を目安とするとよい。ただし、部材形状や焼入れ装置の冷却能力次第では中心部への熱伝導は軽減可能であり、このような場合には3000以上であってもよい。
【0022】
従来は、焼入れ焼戻しによりマルテンサイト組織またはパーライトを主とする組織に変化させた後、高周波焼入れ焼戻し処理を行っている。この場合、高周波焼入れの直前組織(マルテンサイト組織またはパーライトを主とする組織)において、炭素が均一に分散しており、高周波焼入れ後にも炭素が均一に分散したマルテンサイト組織が得られる。
【0023】
一方、焼入れ焼戻しを行わない場合は、高周波焼入れの直前組織が加工変形したフェライトとパーライトからなる組織である。この組織において、フェライト中ではごくわずかな炭素が存在するのみであるが、セメンタイトを含むパーライト中では炭素が濃化している。これを高周波焼入れに供すると、高周波焼入れの加熱時間が数秒程度とごく短時間であることから、炭素の拡散が不十分となる。その結果、高周波焼入れ後には、炭素が不均一に分散したマルテンサイト組織となる。マルテンサイト組織の強度は炭素濃度に依存するため、炭素濃度が低い位置は低強度である一方、炭素濃度が高い位置では高強度となり、局所的な強度のバラツキが発生する。この問題を解消するためには、高周波加熱中のオーステナイト変態後において炭素の拡散距離を確保する必要があり、上式(2)を満足する必要がある。すなわち、加熱によってオーステナイト変態した後、当該変態温度以上の温度で一定以上の時間保持すればよい。この際、加熱保持温度と変態温度の差(f(t)-TR)が大きいほど、短い保持時間でも上式(2)を満足可能である。上式(2)を満足するのであれば、高周波焼入れの加熱途中において、一旦TR温度以下となってもよい。また、TR温度以上で等温保持してもよい。適宜、加熱速度を変更してもよい。ただし、硬化層であるマルテンサイト組織を得るため、水冷(急冷)の直前はTR温度以上である必要がある。また、高周波加熱においてTR以上となった後にTR以下の温度を経て、再度TR以上に昇温する場合は、炭素の偏析を回避するために、TR以下の温度域での保持時間を10分以内とすることが好ましい。
【0024】
例えば、
時刻t1未満はf(t)<T
R
時刻t1~t2はf(t)≧T
R
時刻t2超~t3未満はf(t)<T
R
時刻t3~t4はf(t)≧T
R
時刻t4超はf(t)<T
R
但しt4>t3>t2>t1
の場合は、下記の(4)式のようにして上記(2)式の左辺は計算される。
【0025】
ここで、上式(2)を満足する高周波焼入れ焼戻し処理について具体的に例を示す。高周波焼入れの加熱温度1240Kまで1.7秒で昇温させ、1240Kに到達後ただちに急冷した場合、式(2)左辺は109となり条件を満足する。このとき、TRは1073Kである。
【0026】
以上、本発明の製造方法について説明したが、本発明では必要に応じて、鋼素材の成分組成を適宜調整してもよい。以下に、好適な成分組成を示すが、この組成に限定されず、部品に要求される性能に応じて成分組成を選択すればよい。なお、好適な成分組成の残部は、いずれの場合でもFe及び不可避的不純物である。不可避的不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の特性に悪影響を与えない範囲で許容される。
【0027】
C:0.15~0.55質量%
Cは、高周波焼入れ後の硬化層強度を確保するため少なくとも0.15質量%の添加が必要である。一方、0.55質量%を超えると、冷間鍛造性が低下するとともに高周波焼入れ時の焼割れが発生しやすくなるため、上限量は0.55質量%とする。なお、冷間鍛造性と高周波焼入れ後の強度バランスを向上させるためには0.36~0.48質量%が好ましい。
【0028】
Si:0.35質量%以下
Siは、脱酸剤として有効であるが、0.35質量%を超えると冷間鍛造性を低下させるため、0.35質量%以下に限定する。また、Siは鋼の硬度を低下し被削性を向上させるため、好ましくは、0.35質量%未満であり、さらに好ましくは、0.10質量%以下である。
【0029】
Mn:0.85質量%以下
Mnは、焼入れ性を向上させる効果を有し高周波焼入れ後の強度を調整するために添加してもよいが、0.85質量%を超えると、冷間鍛造性の低下を招くため、上限量は0.85質量%とする。好ましくは0.15~0.45質量%である。
【0030】
P:0.050質量%以下
Pは、鋼の靭性を低下させるため、低減させることが望ましいが、極端な低P化は製鋼工程のコスト増大を招く。機械構造部品用途としては、0.050質量%以下であればよい。好ましくは0.030質量%以下であり、さらに好ましくは0.015質量%以下である。
【0031】
S:0.050質量%以下
Sは、硫化物系介在物として存在し、被削性の向上に有効な元素であるが、0.050質量%を超える添加は、冷間鍛造性を低下させるため、上限量は0.050質量%とする。なお、被削性の向上が必要な場合は、0.005質量%以上添加してもよく、0.005~0.050質量%の範囲が好適である。更に好ましくは0.010~0.035質量%である。
【0032】
Al:0.010~0.090質量%
Alは、脱酸に有効な元素である。また、Nと結合し微細な窒化物を形成することで結晶粒径を微細化させる作用がある。これらの効果を得るために0.010質量%以上の添加が必要である。一方、0.090質量%を超えて添加してもそれらの効果は飽和するのみである。そこで、Al量は0.010~0.090質量%の範囲に限定した。好ましくは0.015~0.050質量%であり、さらに好ましくは0.015~0.035質量%である。
【0033】
Mo:0.05~0.50質量%
Moは、焼入れ性を向上させる効果を有し。高周波焼入れ後の強度を確保するため少なくとも0.05質量%の添加が必要である。一方、0.50質量%を超えると、冷間鍛造性が低下するため、上限量は0.50質量%とする。好ましくは0.07~0.35質量%であり、さらに好ましくは0.07~0.25質量%である。
【0034】
Ti:0.010~0.200質量%
Tiは、Nと結合し窒化物を形成することで鋼中の固溶Nを低減させ冷間鍛造性を向上させる効果がある。また、TiはBよりも窒化物を形成する傾向が強いため、Bの窒化物形成が抑制され、固溶Bを増大させることにより鋼の焼入れ性を向上させる。さらに、冷間鍛造による加工硬化が、高周波焼入れの熱影響部にて回復することを抑制する作用もあり、部品の強度低下を防止するためにも有用である。これら効果を得るため少なくとも0.010質量%の添加が必要であるが、0.200質量%を超えて添加すると窒化物が粗大化し、疲労破壊の原因にもなることから、上限量は0.200質量%と限定する。好ましくは0.010~0.050質量%であり、さらに好ましくは0.012~0.035質量%である。
【0035】
B:0.0005~0.0100質量%
Bは、鋼中に固溶することで鋼の焼入れ性を向上させる効果を有する。この効果を得るためには少なくとも0.0005質量%の添加が必要である。一方、0.0100質量%を超えると、連続鋳造後の割れが発生しやすくなり歩留り低下を引き起こすため、上限量は0.0100質量%に限定する。好ましくは、0.0005~0.0050質量%の範囲である。さらに好ましくは0.0010~0.0035質量%である。
【0036】
N:0.0150質量%以下
Nは、Al、Ti、Bと結合し窒化物を形成する。0.0150質量%を超えると、BNの生成が顕著になり、固溶Bが減少することで鋼の焼入れ性が低下してしまう。このため、N量の上限は0.0150質量%に限定する。また、N量の下限は特に設けないが、過度な低N化は製鋼工程のコスト増大を招くため、好ましいN量の範囲は0.0010質量%以上である。さらに好ましくは0.0015~0.0080質量%であり、最適は0.0020~0.0065質量%である。
【0037】
さらに、必要に応じて以下の元素の1種以上を選択して添加することができる。
Cr:0.65質量%以下
Crは、焼入れ性を向上させる効果を有し、高周波焼入れ後の強度向上が必要な場合に添加してもよい。ただし、Crは炭化物中に濃化し炭化物の熱的安定性を増大させる作用が強く、0.65質量%を超えて添加すると、高周波焼入れの加熱時に炭化物が未溶解となる結果、鋼中の固溶炭素が低減し、高周波焼入れ後の強度が低下する弊害がある。0.65質量%以下の範囲であれば高周波焼入れの条件次第で適宜添加してもよいが、前述の弊害を安定的に回避しなければならない適用用途においては、Cr量を0.35質量%以下とすることが推奨される。さらに望ましくは0.25質量%以下である。
【0038】
Cu:1質量%以下
Ni:1質量%以下
Cu、Niは、焼入れ性を向上させる効果を有し、高周波焼入れ後の強度向上が必要な場合添加してもよい。ただし、1質量%を超えて添加すると、冷間鍛造性が低下するため、上限を1質量%に限定する。好ましくは0.5質量%以下であり、さらに好ましくは0.35質量%以下である。
【0039】
Se:0.3質量%以下、Ca:0.05質量%以下、Pb:0.3質量%以下、Bi:0.3質量%以下、Mg:0.05質量%以下、Zr:0.2質量%以下、REM:0.01質量%以下、O:0.025質量%以下
Se、Ca、Pb、Bi、Mg、Zr、REMおよびOは、いずれも被削性を向上させる効果があり必要に応じて上記の範囲で添加してもよいが、上記の範囲を超えて添加してもその効果は飽和するのみである。
【0040】
Nb:0.1質量%以下
V:0.3質量%以下
Nb、Vは、Cと結合して微細な炭化物を生成することで、鋼を析出強化させる作用がある。この効果を得るために、上記の範囲で添加してもよい。一方、上記の範囲を超える添加は、連続鋳造性を低下させ歩留りの低下を招く。
【0041】
Sn:0.1質量%以下
Sb:0.1質量%以下
Sb、Snは、ショットブラストや酸洗といった脱スケール処理において、スケールが除去しやすくなる効果があり、この効果を得るため、上記の範囲で添加してもよい。しかし、Sb、Snは0.1質量%を超えて添加しても、脱スケール性向上効果は飽和するため、Sb、Snの上限は0.1質量%とする。
【実施例0042】
以下、実施例に従って、本発明の構成および作用効果をより具体的に説明する。しかし、本発明は下記の実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲内にて適宜変更することも可能であり、これらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0043】
表1に示す成分組成の鋼を熱間圧延によって直径30mmの丸棒に成形した後、中心部より直径20mm高さ30mmの円柱を機械加工によって採取し冷間鍛造用の試験片とした。冷間鍛造は、種々の圧縮率(高さ減少率)にて据込加工を行った。その後、加熱温度と保持時間の組み合わせを種々変更した高周波焼入れを行った。そして、150℃で30分保持後に空冷する焼戻しを施した。
【0044】
【0045】
ビッカース硬度測定は冷間鍛造の前後および高周波焼入れ焼戻し後に行った。冷間鍛造の前後では、円柱試験片の径方向中心位置において荷重300gで3点測定し平均値を評価した。高周波焼入れ焼戻し後では、試験片外周表面から深さ0.2mm位置について荷重100gで任意の10点を測定し、最小硬度を表面硬度として評価した。また、試験片の中心位置についても荷重300gで3点測定し平均値を芯部硬度として評価した。
【0046】
表2に、上記した式(1)、(2)の左辺の値、冷間鍛造前後の円柱試験片の中心位置の平均硬度および、高周波焼入れ焼戻し後の表面硬度並びに芯部硬度の測定結果を示す。なお、本実施形態では室温(25℃)から種々の焼入れ温度まで、種々の加熱速度で昇温後、ただちに水冷(急冷)する高周波焼き入れを行った。式(2)における高周波加熱の温度(K)と昇温速度(K/s)は表2に示す。また、TRは室温から900℃までの加熱を2秒とした熱膨張試験にて求めた。上記の測定結果において、高周波焼入れ焼戻し後の表面硬度が400(HV)以上かつ、芯部硬度が200(HV)以上であれば、十分な部品性能を有していると判断できる。そして、本発明に従う発明例はいずれも、これらを満足している。
【0047】