(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025098534
(43)【公開日】2025-07-02
(54)【発明の名称】ソリッドワイヤ、積層造形物の製造方法及び多層盛溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/30 20060101AFI20250625BHJP
B23K 9/04 20060101ALI20250625BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20250625BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20250625BHJP
【FI】
B23K35/30 320A
B23K35/30 340A
B23K9/04 G
B23K9/04 Z
B33Y10/00
B33Y70/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023214732
(22)【出願日】2023-12-20
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】杉村 朋子
(72)【発明者】
【氏名】陳 朱耀
(72)【発明者】
【氏名】江上 真理子
(72)【発明者】
【氏名】霜澤 亮太
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 孝矩
(72)【発明者】
【氏名】黒澤 瑛介
(72)【発明者】
【氏名】名古 秀徳
(57)【要約】
【課題】スラグ剥離性をより一層向上させることができるとともに、溶接金属の特性や作業性を向上させることができるソリッドワイヤを提供する。
【解決手段】ソリッドワイヤ21は、ワイヤ心線と、このワイヤ心線の表面に施された銅めっきと、を有する。ワイヤ心線は、C、Si、Mn、Ti、を適切な含有量で含有し、Al及びSの含有量が所定量以下であり、残部がFe及び不可避的不純物からなる。ワイヤ心線中のMn、Si、Ti、Alの含有量を質量%でそれぞれ[Mn]、[Si]、[Ti]、[Al]と表す場合に、式(1):[Al]<[Ti]を満足し、式(2):α=[Mn]
2/[Si]による値αが1.8以下、式(3):β=[Si]/[Ti]による値βが5.0以上である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤ心線と、前記ワイヤ心線の表面に施された銅めっきと、を有するソリッドワイヤであって、
前記ワイヤ心線は、前記ワイヤ心線全質量に対して、
C:0.03質量%以上0.15質量%以下、
Si:0.2質量%以上1.0質量%以下、
Mn:0.5質量%以上1.5質量%以下、及び、
Ti:0.02質量%以上0.1質量%以下、を含有し、
Al:0.05質量%以下、
S:0.05質量%以下、であり、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
前記ワイヤ心線中のMn含有量を質量%で[Mn]、Si含有量を質量%で[Si]、Ti含有量を質量%で[Ti]、Al含有量を質量%で[Al]と表す場合に、
下記式(1)を満足し、
下記式(2)により算出される値αが1.8以下、及び、
下記式(3)により算出される値βが5.0以上、であることを特徴とする、ソリッドワイヤ。
[Al]<[Ti]・・・ 式(1)
α=[Mn]2/[Si] ・・・ 式(2)
β=[Si]/[Ti] ・・・ 式(3)
【請求項2】
前記ワイヤ心線は、さらに、Mo、Ni及びCrから選択された少なくとも1種を、
前記ワイヤ心線全質量に対して、
Mo:0.01質量%以上0.50質量%以下、
Ni:0.01質量%以上1.2質量%以下、
Cr:0.01質量%以上1.0質量%以下、の範囲で含有することを特徴とする、請求項1に記載のソリッドワイヤ。
【請求項3】
前記ワイヤ心線は、さらに、Cu及びZrから選択された少なくとも1種を、
前記ワイヤ心線全質量に対して、
Cu:0.01質量%以上0.40質量%以下、
Zr:0.02質量%以上0.50質量%以下、の範囲で含有することを特徴とする、請求項2に記載のソリッドワイヤ。
【請求項4】
前記ワイヤ心線全質量に対して、前記ワイヤ心線中のC含有量を質量%で[C]、Ni含有量を質量%で[Ni]、Cr含有量を質量%で[Cr]、Mo含有量を質量%で[Mo]と表す場合に、下記式(4)により算出される値Ceqが、0.4以上0.6以下であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載のソリッドワイヤ。
Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4 ・・・ 式(4)
【請求項5】
シールドガスを供給しつつ、請求項1~3のいずれか1項に記載のソリッドワイヤを溶融させて、溶着ビードを形成する工程を繰り返し、複数の前記溶着ビードを積層する積層工程を有することを特徴とする、積層造形物の製造方法。
【請求項6】
前記積層工程は、
第n層目の溶着ビードを形成するn層ビード形成工程と、
前記n層ビード形成工程の後に、前記第n層目の溶着ビードの表面に形成されるスラグを除去することなく、第(n+1)層目の溶着ビードを形成する(n+1)層ビード形成工程と、を有することを特徴とする、請求項5に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項7】
シールドガスを供給しつつ、請求項1~3のいずれか1項に記載のソリッドワイヤを溶融させて、溶接金属を形成する工程を繰り返し、複数の前記溶接金属を積層する多層盛溶接工程を有することを特徴とする、多層盛溶接方法。
【請求項8】
前記多層盛溶接工程は、
第n層目の溶接金属を形成するn層溶接金属形成工程と、
前記n層溶接金属形成工程の後に、前記第n層目の溶接金属の表面に形成されるスラグを除去することなく、第(n+1)層目の溶接金属を形成する(n+1)層溶接金属形成工程と、を有することを特徴とする、請求項7に記載の多層盛溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ソリッドワイヤ、積層造形物の製造方法及び多層盛溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、強度及び靱性等の向上を図った鉄鋼材料が種々開発されている。これら鉄鋼材料を使用した部材の溶接には、高能率の溶接が可能であるソリッドワイヤを使用したガスシールドアーク溶接が多用されている。
【0003】
ガスシールドアーク溶接は、アークを発生させながら、アークでワイヤを溶融させて溶接金属を形成する溶接方法であるが、この溶接時において、形成される溶接金属の表面には酸化物(スラグ)が付着する。特に、多層のビードを積層して溶接金属を形成する場合に、スラグを放置した状態であると、溶接金属中にスラグが混入して、所望の特性を有する溶接金属を得ることができない。また、ガスシールドアーク溶接によって多層のビードを積層する場合に、表面に形成されたスラグによってアークが不安定になることや、アークが途切れることがある。
【0004】
ところで、溶接に使用されるワイヤは、「付加製造」(Additive Manufacturing)技術、より具体的には金属積層造型(WAAM:Wire and Arc-based Additive Manufacturing)技術にも適用することができる。したがって、このような付加製造の分野においても、溶接の場合と同様に、スラグの混入による金属特性の低下や、アーク安定性の低下が発生する。なお、付加製造という用語は、広義では「積層造形」又は「ラピットプロトタイピング」の用語で用いられることがあり、本願明細書においては、統一して「積層造形」の用語を用いる。
【0005】
上記のように、溶接中又は積層造形物の製造中に、溶接金属の表面にスラグが発生することにより、溶接金属に問題が発生したり、溶接作業性が低下したりするため、スラグは容易に除去されることが好ましい。そこで、従来よりスラグの剥離性を向上させることを目的として、種々のワイヤが提案されている。
【0006】
例えば、特許文献1には、溶接用鋼ワイヤの素材である鋼素線の成分のうちの、Mn含有量を低く抑え、Si含有量を高くするとともに、(Si含有量)/(Mn含有量)の値を1.2以上とした、炭酸ガスシールドアーク溶接用鋼ワイヤが開示されている。また、上記特許文献1に記載のワイヤは、スラグを微細に剥離させる作用を有するREM(Rare Earth Metal:希土類金属)を、0.015~0.100質量%の範囲で含有している。
【0007】
また、特許文献2には、スラグを生成させる元素であるSiとMnとの含有量の比を適切に調整することにより、スラグの発生量を低減することができることが記載されている。そして、上記特許文献2に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤにおいては、(Si含有量)/(Mn含有量)の値を0.40乃至0.90としている。さらに、特許文献3には、ビ-ド界面にBiが集積することで、スラグ剥離性が著しく改善することが記載されている。そこで、上記特許文献3に記載のガスシールドアーク溶接用ソリッドワイヤは、Biを0.01~0.3%の範囲で含有するとともに、(S含有量)+(Bi含有量)を0.03~0.2%に制限している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004-249352号公報
【特許文献2】特開平11-320178号公報
【特許文献3】特開2003-311471号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献1及び3に記載のワイヤは、高価なREMや、有害なBi等の合金成分を含有しているが、このような合金成分をワイヤに意図的に含有させることは望ましくない。また、特許文献1に記載のワイヤは、Si含有量を高めに設定しているが、極端な高Siへの制御は、溶接金属の特性悪化につながるため、好ましくない。また、特許文献2には、(Si含有量)/(Mn含有量)を制御することで、スラグの剥離性の改善とスラグ量低減を両立することが提案されているが、本願発明者等はさらに、スラグ剥離性と機械特性の改善のために検討を行った。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、特殊な合金成分を添加することなく、鋼材中に一般的に含有される成分の制御のみによって、スラグ剥離性をより一層向上させることができるとともに、溶接金属の特性や作業性を向上させることができるソリッドワイヤ、及び該ソリッドワイヤを使用した積層造形物の製造方法及び多層盛溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の上記目的は、ソリッドワイヤに係る下記[1]の構成により達成される。
【0012】
[1] ワイヤ心線と、前記ワイヤ心線の表面に施された銅めっきと、を有するソリッドワイヤであって、
前記ワイヤ心線は、前記ワイヤ心線全質量に対して、
C:0.03質量%以上0.15質量%以下、
Si:0.2質量%以上1.0質量%以下、
Mn:0.5質量%以上1.5質量%以下、及び、
Ti:0.02質量%以上0.1質量%以下、を含有し、
Al:0.05質量%以下、
S:0.05質量%以下、であり、
残部がFe及び不可避的不純物からなり、
前記ワイヤ心線中のMn含有量を質量%で[Mn]、Si含有量を質量%で[Si]、Ti含有量を質量%で[Ti]、Al含有量を質量%で[Al]と表す場合に、
下記式(1)を満足し、
下記式(2)により算出される値αが1.8以下、及び、
下記式(3)により算出される値βが5.0以上、であることを特徴とする、ソリッドワイヤ。
[Al]<[Ti] ・・・式(1)
α=[Mn]2/[Si] ・・・ 式(2)
β=[Si]/[Ti] ・・・ 式(3)
【0013】
また、ソリッドワイヤに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[4]に関する。
【0014】
[2] 前記ワイヤ心線は、さらに、Mo、Ni及びCrから選択された少なくとも1種を、
前記ワイヤ心線全質量に対して、
Mo:0.01質量%以上0.50質量%以下、
Ni:0.01質量%以上1.2質量%以下、
Cr:0.01質量%以上1.0質量%以下、の範囲で含有することを特徴とする、[1]に記載のソリッドワイヤ。
【0015】
[3] 前記ワイヤ心線は、さらに、Cu及びZrから選択された少なくとも1種を、
前記ワイヤ心線全質量に対して、
Cu:0.01質量%以上0.40質量%以下、
Zr:0.02質量%以上0.50質量%以下、の範囲で含有することを特徴とする、[1]又は[2]に記載のソリッドワイヤ。
【0016】
[4] 前記ワイヤ心線全質量に対して、前記ワイヤ心線中のC含有量を質量%で[C]、Ni含有量を質量%で[Ni]、Cr含有量を質量%で[Cr]、Mo含有量を質量%で[Mo]と表す場合に、下記式(4)により算出される値Ceqが、0.4以上0.6以下であることを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載のソリッドワイヤ。
Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4 ・・・ 式(4)
【0017】
本発明の上記目的は、積層造形物の製造方法に係る下記[5]の構成により達成される。
【0018】
[5] シールドガスを供給しつつ、[1]~[4]のいずれか1つに記載のソリッドワイヤを溶融させて、溶着ビードを形成する工程を繰り返し、複数の前記溶着ビードを積層する積層工程を有することを特徴とする、積層造形物の製造方法。
【0019】
また、積層造形物の製造方法に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[6]に関する。
【0020】
[6] 前記積層工程は、
第n層目の溶着ビードを形成するn層ビード形成工程と、
前記n層ビード形成工程の後に、前記第n層目の溶着ビードの表面に形成されるスラグを除去することなく、第(n+1)層目の溶着ビードを形成する(n+1)層ビード形成工程と、を有することを特徴とする、[5]に記載の積層造形物の製造方法。
【0021】
また、本発明の上記目的は、多層盛溶接方法に係る下記[7]の構成により達成される。
【0022】
[7] シールドガスを供給しつつ、[1]~[4]のいずれか1つに記載のソリッドワイヤを溶融させて、溶接金属を形成する工程を繰り返し、複数の前記溶接金属を積層する多層盛溶接工程を有することを特徴とする、多層盛溶接方法。
【0023】
また、多層盛溶接方法に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[8]に関する。
【0024】
[8] 前記多層盛溶接工程は、
第n層目の溶接金属を形成するn層溶接金属形成工程と、
前記n層溶接金属形成工程の後に、前記第n層目の溶接金属の表面に形成されるスラグを除去することなく、第(n+1)層目の溶接金属を形成する(n+1)層溶接金属形成工程と、を有することを特徴とする、[7]に記載の多層盛溶接方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、特殊な合金成分を添加することなく、鋼材中に一般的に含有される成分の制御のみによって、スラグ剥離性をより一層向上させることができるとともに、溶接金属の特性や作業性を向上させることができるソリッドワイヤ、及び該ソリッドワイヤを使用した積層造形物の製造方法及び多層盛溶接方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態に係る積層造形物の製造方法を示す模式的断面図である。
【
図2】
図2は、積層造形物の製造方法を示す上面図である。
【
図3】
図3は、得られた積層造形物を示す断面図である。
【
図4】
図4は、積層造形物から引張試験用の試験片を採取するための位置を示す斜視図である。
【
図5】
図5は、積層造形物から引張試験用の試験片を採取するための位置を示す上面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、スラグ層について、剥離しやすい成分系を見出した。具体的には、スラグ中のSiO2-TiO2-MnOの成分バランスについて、スラグ剥離性を向上させることができる成分範囲を見出し、このスラグの成分バランスが所望の範囲となるようなソリッドワイヤの成分範囲を見出した。本発明は、これら知見に基づいてなされたものである。
【0028】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。また、上述のとおり、本発明の実施形態に係るソリッドワイヤは、ガスシールドアーク溶接や積層造形において好適に使用される。したがって、本願明細書中において、溶接方法と積層造形方法とは互いに言い換えることができる。例えば、「溶接」等の用語と、「溶着」、「付加製造」、「積層造形」等の用語とを適宜言い換えることができ、「溶接金属」の用語と、「溶着金属」、「積層体」、「積層造形体」「積層造形物」等の用語とを適宜言い換えることができる。
【0029】
まず、本実施形態に係るソリッドワイヤについて説明する。
【0030】
〔ソリッドワイヤ〕
本実施形態に係るソリッドワイヤは、ワイヤ心線と、このワイヤ心線の表面に施された銅めっきと、を有する。本実施形態に係るソリッドワイヤのワイヤ心線に含有される成分について、その効果及び数値限定理由を詳細に説明する。以下の説明において特に断りのない限り、ワイヤ心線中の各成分の含有量は、ワイヤ心線全質量に対する含有量とした値で規定される。なお、以下、ワイヤ心線について、単に心線ということがある。
【0031】
(C:0.03質量%以上0.15質量%以下)
Cは、溶接金属の強度を確保するために必要な元素である。心線中のC含有量が0.03質量%未満であると、溶接金属の強度を十分に確保することが困難になる。したがって、心線中のC含有量は、心線の全質量に対して0.03質量%以上とし、0.04質量%以上であることが好ましい。一方、心線中のC含有量が多すぎると、溶接金属の高温割れが発生しやすくなる。したがって、心線中のC含有量は、0.15質量%以下とし、0.1質量%以下であることが好ましく、0.09質量%以下であることがより好ましい。
【0032】
(Si:0.2質量%以上1.0質量%以下)
Siは、脱酸作用を有する元素である。心線中のSi含有量が0.2質量%未満であると、溶接金属に対して十分な脱酸効果を得ることができない。したがって、心線中のSi含有量は、心線の全質量に対して0.2質量%以上とし、0.4質量%以上であることが好ましく、0.5質量%以上であることがより好ましい。一方、心線中のSi含有量が1.0質量%を超えると、溶接金属の靱性が低下する。したがって、心線中のSi含有量は、心線の全質量に対して1.0質量%以下とし、0.95質量%以下であることが好ましい。
【0033】
(Mn:0.5質量%以上1.5質量%以下)
Mnは、上記Siと同様に、脱酸作用を有する元素であるとともに、溶接金属の強度と靱性を確保するために必須の元素である。また、Mnは、スラグ剥離性にも影響を与える元素である。スラグ中のMnO含有量が高くなると、スラグ剥離性が低下するため、本実施形態においては、後述する式(2):α=[Mn]2/[Si]により得られる値αを適切に制御することにより、スラグ剥離性の向上を実現することができる。心線中のMn含有量が0.5質量%未満であると、上記効果を十分に得ることができない。したがって、心線中のMn含有量は、心線の全質量に対して0.5質量%以上とし、0.55質量%以上であることが好ましく、0.6質量%以上であることがより好ましい。一方、心線中のMn含有量が1.5質量%を超えると、溶接金属の脆化を招く。したがって、心線中のMn含有量は、心線の全質量に対して1.5質量%以下とし、1.2質量%以下であることが好ましく、1.1質量%以下であることがより好ましい。
【0034】
(Ti:0.02質量%以上0.1質量%以下)
Tiは、溶接性を向上させるために必要な元素である。また、Tiは、スラグを剥離しやすい組成系に調整するために必須な元素であり、スラグ剥離性を向上させることができるSiO2-TiO2-MnOの成分範囲とするための重要な成分である。このため、本実施形態においては、心線中のTi含有量を調整するとともに、スラグ剥離性の向上を目的として、Siとの比率を制御し、さらに、後述する式(1):[Al]<[Ti]を満足することが必要である。心線中のTi含有量が0.02質量%未満であると、スラグのSiO2-TiO2-MnO組成を、所望の範囲とすることができず、スラグ剥離性が低下する。したがって、心線中のTi含有量は、心線の全質量に対して0.02質量%以上とし、0.03質量%以上であることが好ましい。一方、心線中のTi含有量が0.1質量%を超えると、スラグのSiO2-TiO2-MnOの成分バランスが所望の範囲から外れて、スラグ剥離性が悪化する。したがって、心線中のTi含有量は、心線の全質量に対して0.1質量%以下とする。
【0035】
(Al:0.05質量%以下)
Alは、スラグを剥離しやすい組成系に調整することを阻害する元素である。心線中のAl含有量が0.05質量%を超えると、スラグ剥離性を向上させることができるSiO2-TiO2-MnO組成を、所望の範囲とすることができず、スラグ剥離性が低下する。成分範囲とするためには、Alの含有量は低い方が望ましく、心線中に実質的にAlが含有されていなくてもよい。したがって、心線中のAl含有量は、心線の全質量に対して0.05質量%以下とし、0.03質量%以下であることが好ましく、0.02質量%以下であることがより好ましい。
【0036】
([Al]<[Ti])
上述のとおり、Alは、スラグを形成しやすい元素である。心線中のAl含有量が、心線中のTi含有量以上であると、スラグ中のAl2O3の含有量が増加し、本発明者らが見出したスラグの所望のSiO2-TiO2-MnO成分範囲を実現することができない。このため、心線中のAl含有量は、Ti含有量よりも低く制御する必要がある。したがって、心線の全質量に対する心線中のTi含有量を質量%で[Ti]と表し、心線の全質量に対する心線中のAl含有量を質量%で[Al]と表す場合に、下記式(1)を満足するものとし、2×[Al]<[Ti]であることがより好ましい。
[Al]<[Ti]・・・ 式(1)
【0037】
<S:0.05質量%以下>
Sは、溶融金属の粘性を低下させ、ソリッドワイヤの先端に懸垂した溶滴の離脱を促進する効果を有する元素である。また、Sは、溶融金属の粘性を低下させることによって、ビードを平滑にする効果を有する元素でもある。スラグ剥離性の向上を課題とした本実施形態においては、心線中にSを含有させる必要はないが、溶滴の離脱を促進するとともに、ビードを平滑にする効果を得るためには、心線中のS含有量は、心線の全質量に対して0.005質量%以上であることが好ましい。一方、心線中のS含有量が0.05質量%を超えると、小粒のスパッタが増加するとともに、溶接金属の靱性が低下する。したがって、心線中のS含有量は、心線の全質量に対して0.05質量%以下とし、0.03質量%以下であることが好ましい。
【0038】
(α=[Mn]2/[Si]:1.8以下)
ソリッドワイヤ中のMn含有量とSi含有量との関係を適切に制御することにより、スラグ層中のMnOとSiO2との比率を所望の範囲に調整することができる。すなわち、心線の全質量に対する心線中のMn含有量を質量%で[Mn]と表し、心線の全質量に対する心線中のSi含有量を質量%で[Si]と表す場合に、下記式(2)により算出される値αが1.8を超えると、スラグ層中のMnOとSiO2との比率が所望の範囲から外れ、スラグ剥離性が低下する。したがって、下記式(2)により算出される値αは1.8以下とし、1.5を超えないことが好ましく、1.3以下であることがより好ましい。
α=[Mn]2/[Si] ・・・ 式(2)
【0039】
(β=[Si]/[Ti]:5.0以上)
ソリッドワイヤ中のSi含有量とTi含有量との関係を適切に制御することにより、スラグ層中のSiO2とTiOxとの比率を所望の範囲に調整することができる。すなわち、心線の全質量に対する心線中のSi含有量を質量%で[Si]と表し、心線の全質量に対する心線中のTi含有量を質量%で[Ti]と表す場合に、下記式(3)により算出される値βが5.0未満であると、TiOxの割合が多くなる。これにより、高剥離性のスラグのSiO2-TiO2-MnO組成を、所望の範囲とすることができず、成分バランスが崩れてスラグ剥離性が悪化する。したがって、下記式(3)により算出される値βは5.0以上とし、6.0以上であることが好ましく、10以上であることがより好ましい。
β=[Si]/[Ti] ・・・ 式(3)
【0040】
Mo、Ni及びCrは、後述するCeqを調整するために重要な元素であるため、本実施形態に係るソリッドワイヤは、心線中に、Mo、Ni及びCrから選択された少なくとも1種を以下に示す範囲で含有することが好ましい。
【0041】
(Mo:0.01質量%以上0.50質量%以下)
Moは、Ceqを調整するために重要な元素であるとともに、焼き入れ性を改善し、炭化物を形成して溶接金属の強度を向上させる効果を有する元素である。スラグ剥離性の向上を課題とした本実施形態においては、必ずしも心線中にMoを含有させる必要はないが、溶接金属の強度を向上させる効果を得るためには、心線中のMo含有量は、心線の全質量に対して0.01質量%以上であることが好ましく、0.2質量%以上であることがより好ましく、0.25質量%以上であることがさらに好ましい。一方、心線中のMo含有量が0.50質量%以下であると、溶接金属の靱性が悪化することを防止することができる。したがって、心線中にMoを含有させる場合に、心線中のMo含有量は、心線の全質量に対して0.50質量%以下とし、0.40質量%以下であることが好ましく、0.30質量%以下であることがより好ましい。
【0042】
(Ni:0.01質量%以上1.2質量%以下)
Niも、Moと同様に、Ceqを調整するために重要な元素であるとともに、焼き入れ性を改善し、溶接金属の強度向上に必要な元素であり、マトリックスに固溶して靱性を改善する元素でもある。スラグ剥離性の向上を課題とした本実施形態においては、必ずしも心線中にNiを含有させる必要はないが、溶接金属の強度を向上させる効果を得るためには、心線中のNi含有量は、心線の全質量に対して0.01質量%以上とすることが好ましく、0.2質量%以上とすることがより好ましく、0.5質量%以上とすることがさらに好ましい。一方、ソリッドワイヤの原料コストの上昇を抑制するため、心線中のNi含有量は、心線の全質量に対して1.2質量%以下であることが好ましく、0.8質量%以下であることがより好ましい。
【0043】
(Cr:0.01質量%以上1.0質量%以下)
Crも、Mo及びNiと同様に、Ceqを調整するために重要な元素であるとともに、焼き入れ性を改善し、溶接金属の強度向上に必要な元素である。スラグ剥離性の向上を課題とした本実施形態においては、必ずしも心線中にCrを含有させる必要はないが、溶接金属の強度を向上させる効果を得るためには、心線中のCr含有量は、心線の全質量に対して0.01質量%以上とすることが好ましく、0.1質量%以上とすることがより好ましく、0.40質量%以上とすることがさらに好ましく、0.44質量%以上とすることが特に好ましい。一方、心線中に、1.0質量%を超えてCrを含有させても、溶接金属の強度を向上させる効果は飽和する。したがって、心線中のCr含有量は、心線の全質量に対して1.0質量%以下であることが好ましく、0.9質量%以下であることがより好ましく、0.8質量%以下であることがさらに好ましい。さらに、心線中のCr含有量は、心線の全質量に対して、0.7質量%以下であることがより好ましく、0.6質量%以下であることがさらに好ましく、0.5質量%以下であることが特に好ましい。
【0044】
なお、Ceqをより一層好ましい範囲に調整するためには、心線中にMoを含有させるとともに、Ni及びCrから選択された少なくとも一方を心線中に含有させることが好ましい。この場合のMo、Ni及びCrの好ましい含有量については、上記範囲と同様とする。心線中にMoを含有させるとともに、NiやCrを含有させる場合に、Ni及びCrは、それぞれの含有量の範囲内であれば、いずれか一方のみが心線中に含有されていても、両方が心線中に含有されていてもよい。
【0045】
(Cu:0.01質量%以上0.40質量%以下)
(Zr:0.02質量%以上0.50質量%以下)
Cuは、焼き入れ性を改善し、溶接金属の強度向上に必要な元素である。また、Zrは、脱酸剤として作用するとともに、溶接金属の強度を増加させる効果を有する元素である。本実施形態に係るソリッドワイヤにおいては、Cu及びZrから選択された少なくとも1種を心線中に含有させることが好ましい。
【0046】
心線中のCu含有量が0.01質量%以上であれば、溶接金属の強度を向上させる効果を得ることができる。したがって、心線中のCu含有量は、心線の全質量に対して0.01質量%以上とすることが好ましく、0.10質量%以上であることがより好ましく、0.20質量%以上とすることがさらに好ましい。一方、心線中のCu含有量が0.40質量%以下であると、マトリックス中にCuの微細粒子が析出することを防止し、溶接金属の靱性が低下することを抑制することができる。したがって、心線中のCu含有量は、心線の全質量に対して0.40質量%以下とすることが好ましい。
【0047】
なお、本実施形態に係るソリッドワイヤは、その表面に銅めっきが施されているため、銅めっき由来のCu含有量は、ワイヤ全質量に対して0.1質量%以上0.3質量%以下とすることができる。
【0048】
心線中のZr含有量が0.02質量%以上であれば、溶接金属の強度を増加させるとともに脱酸効果を得ることができる。したがって、心線中のZr含有量は、心線の全質量に対して0.02質量%以上とすることが好ましく、0.06質量%以上とすることがより好ましい。一方、心線中のZr含有量が高くなりすぎると、スラグ組成に影響する。したがって、心線中のZr含有量は、心線の全質量に対して0.50質量%以下とすることが好ましく、0.10質量%以下とすることがより好ましい。
【0049】
なお、Cu及びZrは、それぞれの範囲内であれば、いずれか一方のみが心線中に含有されていても、両方が心線中に含有されていてもよい。
【0050】
(Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4:0.4以上0.6以下)
炭素当量(Ceq:carbon equivalent)は、溶接金属の強度特性を示す指標であり、例えば、JISによってCeqについての式が知られている。心線の全質量に対するワイヤ心線中のC含有量を質量%で[C]、Mn含有量を質量%で[Mn]、Si含有量を質量%で[Si]、Ni含有量を質量%で[Ni]、Cr含有量を質量%で[Cr]、Mo含有量を質量%で[Mo]と表す場合に、下記式(4)により算出されるCeqが高いほど、得られる溶接金属が高強度化する。
【0051】
溶接金属の強度と靱性とのバランスを確保する観点から、下記式(4)により算出されるCeqは0.4以上であることが好ましい。一方、Ceqが0.6以下であれば、溶接金属の靱性の低下を抑制することができる。したがって、下記式(4)により算出される値Ceqの値は0.6以下であることが好ましい。
【0052】
Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4 ・・・ 式(4)
【0053】
<残部:Fe及び不可避的不純物>
本実施形態に係るソリッドワイヤにおいて、心線中の成分の残部は、Fe及び不可避的不純物である。心線中の不可避的不純物として代表的な元素として、例えば、OやNが挙げられる。これらの不可避的不純物は、鋼材を溶製する段階や鋼素線を製造する段階で不可避的に混入される。心線中のO含有量は、心線の全質量に対して0.030質量%以下であれば許容され、0.020質量%以下とすることが好ましく、0.0080質量%以下とするのがより好ましい。また、心線中のN含有量は、心線の全質量に対して0.020質量%以下であれば、許容できる。なお、Oは、溶接時において溶滴径を微細化する効果を有するため、心線中にOが含有されていてもよい。この場合に、心線中のO含有量は、0.0010質量%以上であってもよい。
【0054】
なお、本実施形態に係るソリッドワイヤにおいては、心線中に、Bi及びTeを含有させることなく、本発明の課題の一つである剥離性改善の効果を得ることができる。したがって、心線中にBi及びTeを添加する必要はなく、通常添加しない場合に、Bi、Teの含有量は、それぞれ心線の全質量に対して0.005ppmを超えないと思われる。また、Bi及びTeは重金属であるため、それぞれ心線の全質量に対して0.001ppmを超えないことがより好ましい。本実施形態において、Ce等のREM成分についても、心線中に含有させる必要はない。また、Ce等のREM成分は、スラグ組成に影響しうる成分であるため、不純物として心線中に含まれる場合であっても、心線の全質量に対して0.01質量%を超えないことが好ましく、0.005質量%を超えないことがより好ましい。
【0055】
〔ソリッドワイヤの製造方法〕
本実施形態に係るソリッドワイヤの製造方法としては、上記した組成を有する溶鋼を用いる以外は、特に限定されるものではなく、一般的な溶接用ソリッドワイヤの製造方法を適用することができる。例えば、上記組成を有する溶鋼を、電気炉、真空溶解炉等の常用の溶製炉で溶製し、所定の形状を有する鋳型等を用いて鋳造し、鋼塊を得る鋳造工程を実施する。次に、得られた鋼塊を、所定の温度に加熱する加熱工程を実施する。その後、加熱された鋼塊に熱間圧延を施し、所定の形状を有する鋼素材(棒状)を得る熱延工程を実施する。その後、得られた鋼素材(棒状)に対して、1回若しくは複数回の冷間圧延(冷間伸線加工)を施す冷延工程、又は伸線工程を実施することにより、所望の寸法を有する心線を作製する。なお、必要に応じて、1000~1200℃の温度で焼鈍を施す焼鈍工程を実施する。その後、心線の表面にCuめっきを施すめっき層形成工程を実施する。これにより、本実施形態に係るソリッドワイヤを製造することができる。
【0056】
〔積層造形物の製造方法〕
本実施形態に係る積層造形物の製造方法は、上記本実施形態に係るソリッドワイヤを使用し、シールドガスを供給しつつ、アークによってソリッドワイヤを溶融させて、溶着ビードを形成する工程を繰り返し、複数の上記溶着ビードを積層する積層工程を有する。以下、図面を参照して、本実施形態に係る積層造形物の製造方法について、具体的に説明する。
【0057】
図1は、本発明の実施形態に係る積層造形物の製造方法を示す模式的断面図である。
図1に示すように、ガスノズル22の内側からシールドガス23を供給しつつ、不図示のチップにより保持されたソリッドワイヤ21をアークによって溶融させ、例えば3パスによって溶着ビードの第1層1を作製する。その後、同様に上記工程を繰り返し、第2層2を作製し、さらに溶着ビードを積層する積層工程を繰り返して、積層体20を得る。積層工程を繰り返す際には、第1層1の作製時におけるソリッドワイヤ21の進行方向に対して、第2層2の作製時には逆の方向となるように、ソリッドワイヤ21を移動させる。すなわち、ソリッドワイヤ21の進行方向が層毎に逆方向となるように、溶着ビードを積層する。そして、積層体20が所望のサイズ及び形状となったところでアークを停止させ、表面のスラグを除去することにより、積層造形物30を製造することができる。
【0058】
なお、本実施形態において、各層の形成後に、その表面に形成されたスラグを除去する工程を省略することができる。すなわち、上記積層工程は、第n層目の溶着ビードを形成するn層ビード形成工程と、n層ビード形成工程の後に、第n層目の溶着ビードの表面に形成されるスラグを除去することなく、第(n+1)層目の溶着ビードを形成する(n+1)層ビード形成工程と、を有することが好ましい。ただし、nは1以上であって、(目的とする合計層数-1)以下の整数である。
【0059】
〔多層盛溶接方法〕
本実施形態に係る多層盛溶接方法は、上記本実施形態に係るソリッドワイヤを使用し、シールドガスを供給しつつ、アークによってソリッドワイヤを溶融させて、溶接金属を形成する工程を繰り返し、複数の上記溶接金属を積層する多層盛溶接工程を有する。具体的な多層盛溶接方法については、上記積層造形物の製造方法を参照し、溶着ビードを溶接金属に、積層体を多層盛溶接金属に、積層造形物を多層盛溶接構造物に読み替えることにより説明することができる。
【0060】
したがって、本実施形態において、各層の形成後に、その表面に形成されたスラグを除去する工程を省略することができる。すなわち、上記多層盛溶接工程は、第n層目の溶接金属を形成するn層溶接金属形成工程と、n層溶接金属形成工程の後に、第n層目の溶接金属の表面に形成されるスラグを除去することなく、第(n+1)層目の溶接金属を形成する(n+1)層溶接金属形成工程と、を有することが好ましい。ただし、nは1以上であって、(目的とする合計層数-1)以下の整数である。
【0061】
上述のとおり、本実施形態に係るソリッドワイヤは、優れたスラグ剥離性を有する。したがって、本実施形態に係るソリッドワイヤを用いて積層造形物や多層盛溶接構造物を製造すると、積層工程中又は多層盛溶接中においてもスラグが剥がれやすく、例えば積層造形物30内にスラグが残存することを防止することができる。その結果、積層造形物30中や多層盛溶接金属中の欠陥の発生を抑制することができる。また、上述のとおり、本実施形態に係るソリッドワイヤは、優れたスラグ剥離性を有するため、1層ごとにスラグを除去する必要がない。このように、積層工程又は多層盛溶接工程の途中のスラグ除去工程を一部又は全部省略することができるため、積層造形物の製造工程や多層盛溶接を簡略化することができる。
【0062】
なお、本実施形態に係る積層造形物の製造方法及び多層盛溶接方法において、使用するシールドガスの種類は特に限定されないが、例えばAr-CO2混合ガスをシールドガスとして用いることができる。
【実施例0063】
以下、本発明例及び比較例を挙げて、本発明の効果を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0064】
[ソリッドワイヤの製造]
心線中の含有成分が種々の含有量となるように心線を作製し、その表面に銅めっきを施すことにより、直径が1.2mmであるソリッドワイヤを作製した。
【0065】
[積層造形物の製造]
溶接ロボット、溶接電源及び制御装置を備えた積層造形システムを使用して、積層造形物を製造した。具体的には、溶接ロボットのツールの先端に溶接トーチを有しており、この溶接トーチにソリッドワイヤを保持させて、制御装置によりソリッドワイヤの移動方向を制御しつつ、溶着ビードを形成した。
図2は、積層造形物の製造方法を示す上面図であり、
図3は、得られた積層造形物を示す断面図である。
図1及び
図2に示すように、まず、シールドガスを供給しつつ、ソリッドワイヤをアークによって溶融させて、溶着ビードにより矩形の壁部41を形成した。次に、壁部41の内側の領域における周縁部に、溶着ビードにより隅肉充填部42を形成した。その後、隅肉充填部42が形成されていない矩形の領域に、長手方向に3本(3パス)の溶着ビード11a、11b、11cを並列させるように、中央充填部43を形成し、第1層1とした。
【0066】
その後、
図3に示すように、同様にして、壁部41、隅肉充填部42及び中央充填部43を繰り返し形成し、第2層2から第11層11までを形成した後に積層を終了し、積層造形物50を得た。なお、パス間温度は管理せず、溶着ビード11a、11b、11cを形成するためのソリッドワイヤの進行方向は、層毎に逆方向となるように、連続してソリッドワイヤを移動させた。このようにして、1本のソリッドワイヤについて、同様の方法により2つの積層造形物を製造し、以下に示す評価試験に供した。
【0067】
壁部41、隅肉充填部42及び中央充填部43の形成時における溶着条件を以下に示す。
壁部41、隅肉充填部42:単位時間あたりの溶着量:1.38(kg/hr)、単位長さの入熱量:4.55(kJ/cm)
中央充填部43:単位時間あたりの溶着量:5.03(kg/hr)、単位長さの入熱量:21.11(kJ/cm)
シールドガスの種類、流量:80体積%Ar-20体積%CO2ガス、20リットル/分
【0068】
[積層造形物、及び積層造形物の製造方法の評価]
<剥離性の評価>
得られた積層造形物50の表面に形成されたスラグの外観を目視で観察することにより、スラグ剥離性を評価した。スラグ剥離性の評価基準としては、スラグの自然剥離が発生したものを○(良好)とし、チッパやハンマによって強い衝撃を加えないとスラグが除去できなかったものを×(不良)とした。また、軽い衝撃を加えることによりスラグが剥離したものを△(可)とした。さらに、自然剥離時に、中央充填部43における溶着ビード11a、11b、11cの幅の1/2を超える程度の大きな剥離片が見られたものを◎(優良)とした。
【0069】
<アークスタート性の評価>
上記積層造形物の製造工程中において、第1層の隅肉充填部42の1パス目から、第11層の中央充填部43の3パス目までの合計88パスについて、アークスタート時にアークの発生不良等でエラーが発生した回数を測定した。アークスタート性の評価基準としては、エラーの発生回数が5回以下であった場合を◎(優良)とし、6回以上10回以下であった場合を○(良好)とした。また、エラーの発生回数が11回以上20回以下であった場合を△(可)とし、21回以上であった場合を×(不良)とした。
【0070】
<溶着金属の強度>
製造された2つの積層造形物のうち一方から、JIS Z3111に準拠して引張試験用のA2号試験片を採取し、JIS Z2241に準拠して溶着金属の引張試験を実施して、引張強度を測定した。
図4は、積層造形物から引張試験用の試験片を採取するための位置を示す斜視図であり、
図5は、その上面図である。
図4に示すように、積層造形物50は、平面視における一方の辺の長さが100mm、他方の辺の長さが60mm又は100mmであり、高さが約45mmである。この積層造形物50を底面から13mmの高さで水平に切断するとともに、上面から13mmの高さで水平に切断し、下層部51、中層部52、及び上層部53に分割した。そして、中層部52に対して、溶着ビードが延びる方向と平行となるように、3本の試験片を採取して、引張試験に供した。
【0071】
<溶着金属の靱性>
製造された2つの積層造形物のうち他方から、JIS Z2242:2018に記載の金属材料のシャルピー衝撃試験方法に準拠して、引張試験用のノッチ標準試験片(10mm×10mm×55mm)を採取した。そして、JIS Z2242に準拠して、0°Cにおけるシャルピー吸収エネルギー(vE
0)を測定し、溶接金属の靱性を評価した。引張試験用のノッチ標準試験片の採取位置は、
図4及び
図5に示す位置と同様とした。
【0072】
溶着金属の靱性の評価基準としては、シャルピー吸収エネルギー(vE0)が120J以上となったものを、優良であると判断し、47J以上120J未満となったものを、良好であると判断し、47J未満となったものを、不良であると判断した。
【0073】
使用した各ソリッドワイヤにおける心線中の成分の含有量、及び、式(1)~式(4)により算出される値を下記表1に示す。また、各評価試験の評価結果を下記表2に示す。下記表1において、式(1)~式(4)は以下のとおりである。
[Al]<[Ti]・・・ 式(1)
α=[Mn]2/[Si] ・・・ 式(2)
β=[Si]/[Ti] ・・・ 式(3)
Ceq=[C]+[Mn]/6+[Si]/24+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4 ・・・ 式(4)
【0074】
なお、下記表1に記載の各成分の含有量の欄において、「-」は、その元素が添加されていないことを表し、不可避的に含有されている場合であっても、心線の全質量に対して0.01質量%以下であることを表す。また、下記表2に記載の評価結果の欄において、「-」は、測定していないことを表す。
【0075】
【0076】
【0077】
上記表1及び表2に示すように、発明例No.1~8は、心線中に含有されるC、Si、Mn、Ti、Al及びSの含有量が本発明で規定する範囲内であるとともに、式(1)を満足し、式(2)により得られる値α、及び式(3)により得られる値βについても、本発明で規定する範囲内である。したがって、剥離性及びアークスタート性のいずれの試験においても、△(可)以上の評価となった。また、発明例No.3、4及び6~8においては、式(4)により得られる値Ceqが、本発明で規定する好ましい範囲内であるため、強度と靱性とのバランスが優れた結果となった。
【0078】
一方、比較例No.1は、式(2)により算出される値αが本発明で規定する範囲から外れているため、スラグ剥離性が低下し、アークスタート性も悪い結果となった。比較例No.2は、心線中のTi含有量及び式(2)、式(3)により算出される値α、βが、本発明で規定する範囲から外れているため、スラグ剥離性が低下し、アークスタート性も悪い結果となった。比較例No.3は、心線中のSi含有量、Ti含有量及び式(2)により算出する値αが本発明で規定する範囲から外れているため、所望の脱酸効果を得られず、スラグ剥離性がより算出される値α、βが、本発明で規定する範囲から外れているため、スラグ剥離性が低下し、アークスタート性も悪い結果となった。
【0079】
比較例No.4は、心線中のSi含有量、Mn含有量及びTi含有量、並びに式(3)により算出される値βが、本発明で規定する範囲から外れているため、スラグ剥離性が低下した。比較例No.5は、心線中のAl含有量が、本発明で規定する範囲から外れているとともに、Ti含有量とAl含有量との関係が、式(1)を満足していないため、アークスタート性が低下した。