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特開2025-98536フラックス入りワイヤ、溶接継手及び溶接金属
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025098536
(43)【公開日】2025-07-02
(54)【発明の名称】フラックス入りワイヤ、溶接継手及び溶接金属
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20250625BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20250625BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20250625BHJP
   C22C 38/52 20060101ALI20250625BHJP
   B23K 9/23 20060101ALI20250625BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320C
B23K35/30 320B
C22C38/00 302B
C22C38/52
B23K9/23 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023214737
(22)【出願日】2023-12-20
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】阿部 真弓
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 正道
【テーマコード(参考)】
4E001
4E084
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB09
4E001CA03
4E001DB03
4E084AA02
4E084AA07
4E084AA17
4E084BA02
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA06
4E084BA08
4E084BA09
4E084BA11
4E084BA13
4E084BA14
4E084BA16
4E084BA20
4E084CA03
4E084CA14
4E084DA10
4E084GA04
4E084GA07
4E084HA06
(57)【要約】
【課題】極低温領域における構造物の溶接に使用されるフラックス入りワイヤであって、優れた強度を有し、かつ横膨出量が所望の値以上となる溶接金属を得ることができるフラックス入りワイヤを提供する。
【解決手段】フラックス入りワイヤは、ワイヤ全質量に対するFe、C、Cr、Ni等の含有量が規定されているとともに、Nb:0.001~0.15質量%、V:0.005~0.30質量%、を含有する。また、式(1)により算出される値A1:0.02~0.30、式(2)により算出される値A2:10.0~12.3である。式(1):A1=[Nb]+[V]、式(2):A2=1.31×(0.98×[Cr]+[Mo]+0.7×[Nb])-1.1×([Ni]+35×[C]+20×[N]+0.25×[Cu])である。ただし、[元素]は、フラックス入りワイヤ中の該元素の含有量を質量%で表した値である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイヤ全質量に対して、
Fe:40質量%以上70質量%以下、
C:0.001質量%以上0.030質量%以下、
Cr:14.0質量%以上28.0質量%以下、
Ni:7.0質量%以上20.0質量%以下、
Nb:0.001質量%以上0.15質量%以下、及び
V:0.005質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
Mo:4.0質量%以下、
Cu:0.50質量%以下、
N:0.020質量%以下、であるとともに、
下記式(1)により算出される値A1:0.02以上0.30以下、
下記式(2)により算出される値A2:10.0以上12.3以下、であることを特徴とするフラックス入りワイヤ。
A1=[Nb]+[V] ・・・式(1)
A2=1.31×(0.98×[Cr]+[Mo]+0.7×[Nb])-1.1×([Ni]+35×[C]+20×[N]+0.25×[Cu]) ・・・式(2)
ただし、[Nb]は、フラックス入りワイヤ中のNb含有量を質量%で表した値であり、[V]は、フラックス入りワイヤ中のV含有量を質量%で表した値であり、[Cr]は、フラックス入りワイヤ中のCr含有量を質量%で表した値であり、[Mo]は、フラックス入りワイヤ中のMo含有量を質量%で表した値であり、[Ni]は、フラックス入りワイヤ中のNi含有量を質量%で表した値であり、[C]は、フラックス入りワイヤ中のC含有量を質量%で表した値であり、[N]は、フラックス入りワイヤ中のN含有量を質量%で表した値であり、[Cu]は、フラックス入りワイヤ中のCu含有量を質量%で表した値である。
【請求項2】
さらに、ワイヤ全質量に対して、
Si:0.10質量%以上1.00質量%以下、
F:0.10質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.1質量%以上1.60質量%以下、
TiO:4.00質量%以上10.00質量%以下、
金属Zr及びZr化合物のZrO換算値:0.50質量%以上4.00質量%以下、
金属Mg及びMg化合物のMgO換算値:0.05質量%以上1.00質量%以下、
Na:0.01質量%以上0.50質量%以下、及び
K:0.01質量%以上0.50質量%以下、を含有し、
P:0.030質量%以下、
S:0.030質量%以下、
Co:0.300質量%以下、
W:0.50質量%以下、
REM:0.500質量%以下、
Ti:1.0質量%以下、
Al:0.3質量%以下、
Al:1.00質量%以下、
Li:0.50質量%以下、であることを特徴とする、請求項1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項3】
前記Ni:10.0質量%以上13.0質量%以下、
前記Cr:16.5質量%以上18.0質量%以下、
前記Mo:1.7質量%以上2.2質量%以下、であることを特徴とする、請求項1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項4】
ステンレス鋼板を母材として、請求項1~3のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤを使用して溶接することにより製造されることを特徴とする、溶接継手。
【請求項5】
溶接金属全質量に対して、
C:0.001質量%以上0.040質量%以下、
Cr:14.0質量%以上22.0質量%以下、
Ni:7.0質量%以上18.0質量%以下、
Mn:0.3質量%以上1.5質量%以下、
Nb:0.001質量%以上0.15質量%以下、及び
V:0.005質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
Si:1.0質量%以下、
Ti:1.0質量%以下、
Mo:4.0質量%以下、
Cu:0.50質量%以下、
N:0.020質量%以下、であり、残部がFe及び不可避的不純物であるとともに、
下記式(3)により算出される値A3:0.02以上0.30以下、及び
下記式(4)により算出される値A4:7.6以上10.3以下、であることを特徴とする溶接金属。
A3=[Nb」+「V」 ・・・式(3)
A4=1.18×([Cr]+[Mo]+0.7×[Nb])-[Ni]-35×[C]-20×[N]-0.25×[Cu] ・・・式(4)
ただし、[Nb]は、溶接金属中のNb含有量を質量%で表した値であり、[V]は、溶接金属中のV含有量を質量%で表した値であり、[Cr]は、溶接金属中のCr含有量を質量%で表した値であり、[Mo]は、溶接金属中のMo含有量を質量%で表した値であり、[Ni]は、溶接金属中のNi含有量を質量%で表した値であり、[C]は、溶接金属中のC含有量を質量%で表した値であり、[N]は、溶接金属中のN含有量を質量%で表した値であり、[Cu]は、溶接金属中のCu含有量を質量%で表した値である。
【請求項6】
P:0.030質量%以下、
S:0.030質量%以下、
Co:0.500質量%以下、
W:0.50質量%以下、
前記Ni:12.0質量%以上14.0質量%以下、
前記Cr:17.0質量%以上19.0質量%以下、
前記Mo:1.7質量%以上2.5質量%以下、であることを特徴とする、請求項5に記載の溶接金属。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラックス入りワイヤ、溶接継手及び溶接金属に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ガスは輸送・保管の効率を上げるため、低温で液化してタンクに貯蔵されるため、貯蔵用タンクの構造部材には貯蔵するガスの液化温度域における低温靱性が求められる。例えば、特許文献1には、-196℃付近の極低温靱性が優れた溶接金属を得ることができるオーステナイト系ステンレス鋼フラックス入りワイヤが開示されている。上記特許文献1に記載のフラックス入りワイヤは、C、Si、Mn、P、Ni、Cr及びNの含有量が規定されているとともに、ワイヤ中のNi、Cr、Mn、Si及びCの含有量を用いた式により得られる値が規定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2021-7982号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、環境を考慮して、水素を発電や自動車等の燃料として用いることが考えられており、水素の需要が増大している。これに伴って、貯蔵用タンクについても、液化水素を安全に貯蔵することができる貯蔵用タンクへの要求が高まっている。具体的には、通常の液化貯蔵タンクで使用される温度よりも低温の、例えば-253℃程度の以上の極低温領域でも使用できることが求められる。このため、より一層低温度領域における構造物の溶接に対応することができるフラックス入りワイヤの開発が望まれている。このような低温タンク用の溶接金属の低温靱性の指標として、横膨出の値が要求されることがある。しかし、特許文献1に記載のフラックス入りワイヤにおいては、横膨出について考慮されていない。
【0005】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであって、極低温領域における構造物の溶接に使用されるフラックス入りワイヤであって、優れた強度を有し、かつ横膨出量が所望の値以上となる溶接金属を得ることができるフラックス入りワイヤ、該フラックス入りワイヤを用いて得られる溶接継手、及び溶接金属を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らが鋭意研究を重ねた結果、極低温領域において優れた強度及び横膨出量を示す溶接金属を得るためには、ワイヤ中のNbとVとの合計量を制御するとともに、Cr当量とNi当量とを用いた計算式により得られる値を所定の範囲にすることで、フェライト量を制御することが効果的であることを見出した。本発明は上記知見に基づいてなされたものである。
【0007】
本発明の上記目的は、フラックス入りワイヤに係る下記[1]の構成により達成される。
【0008】
[1] ワイヤ全質量に対して、
Fe:40質量%以上70質量%以下、
C:0.001質量%以上0.030質量%以下、
Cr:14.0質量%以上28.0質量%以下、
Ni:7.0質量%以上20.0質量%以下、
Nb:0.001質量%以上0.15質量%以下、及び
V:0.005質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
Mo:4.0質量%以下、
Cu:0.50質量%以下、
N:0.020質量%以下、であるとともに、
下記式(1)により算出される値A1:0.02以上0.30以下、
下記式(2)により算出される値A2:10.0以上12.3以下、であることを特徴とするフラックス入りワイヤ。
A1=[Nb]+[V] ・・・式(1)
A2=1.31×(0.98×[Cr]+[Mo]+0.7×[Nb])-1.1×([Ni]+35×[C]+20×[N]+0.25×[Cu]) ・・・式(2)
ただし、[Nb]は、フラックス入りワイヤ中のNb含有量を質量%で表した値であり、[V]は、フラックス入りワイヤ中のV含有量を質量%で表した値であり、[Cr]は、フラックス入りワイヤ中のCr含有量を質量%で表した値であり、[Mo]は、フラックス入りワイヤ中のMo含有量を質量%で表した値であり、[Ni]は、フラックス入りワイヤ中のNi含有量を質量%で表した値であり、[C]は、フラックス入りワイヤ中のC含有量を質量%で表した値であり、[N]は、フラックス入りワイヤ中のN含有量を質量%で表した値であり、[Cu]は、フラックス入りワイヤ中のCu含有量を質量%で表した値である。
【0009】
また、フラックス入りワイヤに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[3]に関する。
【0010】
[2] さらに、ワイヤ全質量に対して、
Si:0.10質量%以上1.00質量%以下、
F:0.10質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.1質量%以上1.60質量%以下、
TiO:4.00質量%以上10.00質量%以下、
金属Zr及びZr化合物のZrO換算値:0.50質量%以上4.00質量%以下、
金属Mg及びMg化合物のMgO換算値:0.05質量%以上1.00質量%以下、
Na:0.01質量%以上0.50質量%以下、及び
K:0.01質量%以上0.50質量%以下、を含有し、
P:0.030質量%以下、
S:0.030質量%以下、
Co:0.300質量%以下、
W:0.50質量%以下、
REM:0.500質量%以下、
Ti:1.0質量%以下、
Al:0.3質量%以下、
Al:1.00質量%以下、
Li:0.50質量%以下、であることを特徴とする、[1]に記載のフラックス入りワイヤ。
【0011】
[3] 前記Ni:10.0質量%以上13.0質量%以下、
前記Cr:16.5質量%以上18.0質量%以下、
前記Mo:1.7質量%以上2.2質量%以下、であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載のフラックス入りワイヤ。
【0012】
本発明の上記目的は、溶接継手に係る下記[4]の構成により達成される。
【0013】
[4] ステンレス鋼板を母材として、[1]~[3]のいずれか1つに記載のフラックス入りワイヤを使用して溶接することにより製造されることを特徴とする、溶接継手。
【0014】
本発明の上記目的は、溶接金属に係る下記[5]の構成により達成される。
【0015】
[5] 溶接金属全質量に対して、
C:0.001質量%以上0.040質量%以下、
Cr:14.0質量%以上22.0質量%以下、
Ni:7.0質量%以上18.0質量%以下、
Mn:0.3質量%以上1.5質量%以下、
Nb:0.001質量%以上0.15質量%以下、及び
V:0.005質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
Si:1.0質量%以下、
Ti:1.0質量%以下、
Mo:4.0質量%以下、
Cu:0.50質量%以下、
N:0.020質量%以下、であり、残部がFe及び不可避的不純物であるとともに、
下記式(3)により算出される値A3:0.02以上0.30以下、及び
下記式(4)により算出される値A4:10.0以上12.3以下、であることを特徴とする溶接金属。
A3=[Nb」+「V」 ・・・式(3)
A4=1.18×([Cr]+[Mo]+0.7×[Nb])-[Ni]-35×[C]-20×[N]-0.25×[Cu] ・・・式(4)
ただし、[Nb]は、溶接金属中のNb含有量を質量%で表した値であり、[V]は、溶接金属中のV含有量を質量%で表した値であり、[Cr]は、溶接金属中のCr含有量を質量%で表した値であり、[Mo]は、溶接金属中のMo含有量を質量%で表した値であり、[Ni]は、溶接金属中のNi含有量を質量%で表した値であり、[C]は、溶接金属中のC含有量を質量%で表した値であり、[N]は、溶接金属中のN含有量を質量%で表した値であり、[Cu]は、溶接金属中のCu含有量を質量%で表した値である。
【0016】
また、溶接金属に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[6]に関する。
【0017】
[6] P:0.030質量%以下、
S:0.030質量%以下、
Co:0.500質量%以下、
W:0.50質量%以下、
前記Ni:12.0質量%以上14.0質量%以下、
前記Cr:17.0質量%以上19.0質量%以下、
前記Mo:1.7質量%以上2.5質量%以下、であることを特徴とする、[5]に記載の溶接金属。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、優れた強度を有し、かつ横膨出量が所望の値以上となる溶接金属を得ることができるフラックス入りワイヤを提供することができる。また、本発明によれば、該フラックス入りワイヤを用いることにより、極低温環境において好適に使用できる溶接継手を提供することができる。さらに、本発明によれば、優れた強度を有し、かつ横膨出量が所望の値以上となる溶接金属を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0020】
[フラックス入りワイヤ]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、ステンレス鋼の外皮にフラックスが充填されたステンレス鋼フラックス入りワイヤである。また、ワイヤ中のFe、C、Cr、Ni、Nb、V、Mo、Cu及びNの含有量が制御されているとともに、NbとVとの合計の含有量や、Cr、Mo、Nb、Ni、C、N及びCuの含有量を用いた特定の式により算出される値が制御されている。
【0021】
以下、本実施形態に係るフラックス入りワイヤに含有される各成分について、詳細に説明する。なお、本明細書において、フラックス入りワイヤを、単にワイヤということがある。
【0022】
<Fe:40質量%以上70質量%以下>
Feは、本実施形態に係るフラックス入りワイヤの外皮を構成する主成分である。ワイヤ中に含有されるフラックス成分等の含有量の関係から、ワイヤ全質量に対するFe含有量は、40質量%以上とし、45質量%以上であることが好ましく、50質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ全質量に対するFe含有量は、70質量%以下とし、65質量%以下であることが好ましく、60質量%以下であることがより好ましい。
【0023】
<C:0.001質量%以上0.030質量%以下>
Cは、溶接金属の引張強度を向上させる元素である一方で、溶接金属の最終凝固部に偏析し、融液の融点を低下させ、耐高温割れ性を劣化させる。ワイヤ中のC含有量が0.001質量%未満であると、良好な引張強度を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するC含有量は、0.001質量%以上とし、0.003質量%以上であることが好ましく、0.005質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のC含有量が0.030質量%を超えると高温割れ感受性が高まる。したがって、ワイヤ全質量に対するC含有量は、0.030質量%以下とし、0.025質量%以下であることが好ましく、0.020質量%以下であることがより好ましい。
【0024】
<Cr:14.0質量%以上28.0質量%以下>
Crは、溶接金属の強度を向上させるとともにフェライト相を安定化させる効果を有する成分である。ワイヤ中のCr含有量が14.0質量%未満では、十分な強度を有する溶接金属を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は、14.0質量%以上とし、15.0質量%以上であることが好ましく、16.5質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のCr含有量が28.0質量%を超えると、溶接金属の靱性が劣化するとともに、Crの凝固偏析が促進され、耐高温割れ性が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は、28.0質量%以下とし、23.0質量%以下であることが好ましく、18.0質量%以下であることがより好ましい。
【0025】
<Ni:7.0質量%以上20.0質量%以下>
Niは、オーステナイト組織を安定化させる効果を有する成分である。ワイヤ中のNi含有量が7.0質量%未満では、オーステナイト組織が不安定となる。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は、7.0質量%以上とし、8.5質量%以上であることが好ましく、10.0質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のNi含有量が20.0質量%を超えると、CやNの固溶度が低下し、ブローホールが発生しやすくなる。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は、20.0質量%以下とし、16.5質量%以下であることが好ましく、13.0質量%以下であることがより好ましい。
【0026】
<Nb:0.001質量%以上0.15質量%以下>
Nbは、炭化物を生成して固溶C量を低下させ、吸収エネルギー及び横膨出量を向上させる効果を有する成分である。本実施形態においては、特に横膨出量を所望の値以上にすることを目的として、Nb及び後述するVの含有量を適切に制御する必要がある。ワイヤ中のNb含有量が0.001質量%未満であると、所望の横膨出量を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するNb含有量は、0.001質量%以上とし、0.02質量%以上であることが好ましく、0.04質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のNb含有量が0.15質量%を超えると、溶接金属の吸収エネルギーが低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するNb含有量は、0.15質量%以下とし、0.10質量%以下であることが好ましく、0.08質量%以下であることがより好ましい。
【0027】
<V:0.005質量%以上0.30質量%以下>
Vは、Nbと同様に、炭化物を生成して固溶C量を低下させ、吸収エネルギー及び横膨出量を向上させる効果を有する成分であり、横膨出量を所望の値以上にするために、V含有量についても適切に制御する必要がある。ワイヤ中のV含有量が0.005質量%未満であると、所望の横膨出量を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するV含有量は、0.005質量%以上とし、0.03質量%以上であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のV含有量が0.30質量%を超えると、溶接金属の吸収エネルギーが低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するV含有量は、0.30質量%以下とし、0.20質量%以下であることが好ましく、0.10質量%以下であることがより好ましい。
【0028】
<Mo:4.0質量%以下>
Moは、Crと同様に、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分であるが、本実施形態に係るフラックス入りワイヤにおいては、Moを必ずしも含有させる必要はなく、0質量%であってもよい。ただし、溶接金属の強度を向上させることを目的として、ワイヤ中にMoを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するMo含有量は、1.0質量%以上であることが好ましく、1.7質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のMo含有量が4.0質量%を超えると、溶接金属の靱性が劣化するとともに、Moの凝固偏析が促進され、耐高温割れ性が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するMo含有量は、4.0質量%以下とし、3.1質量%以下であることが好ましく、2.2質量%以下であることがより好ましい。
【0029】
<Cu:0.50質量%以下>
Cuは、オーステナイト組織を安定化させる効果を有する成分であるが、本実施形態に係るフラックス入りワイヤにおいては、Cuを必ずしも含有させる必要はなく、0質量%であってもよい。ただし、オーステナイト組織の安定化を目的として、ワイヤ中にCuを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するCu含有量は、0.001質量%以上であることが好ましく、0.005質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のCu含有量が0.50質量%を超えると、溶接金属の耐高温割れ性が劣化する。したがって、ワイヤ全質量に対するCu含有量は、0.50質量%以下とし、0.25質量%以下であることが好ましく、0.15質量%以下であることがより好ましい。
【0030】
<N:0.020質量%以下>
Nは、固溶強化元素であり、溶接金属の強度を向上させる効果を有するが、本実施形態に係るフラックス入りワイヤにおいては、Nを必ずしも含有させる必要はなく、0質量%であってもよい。ただし、溶接金属の強度の向上を目的として、ワイヤ中にNを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するN含有量は、0.002質量%以上であることが好ましく、0.005質量%以上であることがより好ましい。一方、N含有量が0.020質量%を超えると、溶接金属の吸収エネルギーが低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するN含有量は、0.020質量%以下とし、0.015質量%以下であることが好ましく、0.012質量%以下であることがより好ましい。
【0031】
<式(1)により算出される値A1:0.02以上0.30以下>
上述のとおり、Nb及びVは、溶接金属の吸収エネルギー及び横膨出量に大きく影響を与える成分である。そのため、ワイヤ中のNb及びVのそれぞれの含有量を制御するとともに、Nb及びVの含有量の合計値を適切に制御することにより、所望の横膨出量を得ることができる。ワイヤ中のNbとVとの含有量の合計値である、下記式(1)により算出される値A1が0.02未満であると、所望の吸収エネルギー及び横膨出量を得ることができない。したがって、値A1は、0.02以上とし、0.04以上であることが好ましく、0.06以上であることがより好ましい。一方、下記式(1)により算出される値A1が0.30を超えると、溶接金属の吸収エネルギーが低下する。したがって、値A1は、0.30以下とし、0.20以下であることが好ましく、0.12以下であることがより好ましい。
【0032】
A1=[Nb]+[V] ・・・式(1)
ただし、[Nb]は、フラックス入りワイヤ中のNb含有量を質量%で表した値であり、[V]は、フラックス入りワイヤ中のV含有量を質量%で表した値である。
【0033】
<式(2)により算出される値A2:10.0以上12.3以下>
本実施形態においては、ワイヤ中のフェライト安定化元素であるCr、Mo及びNbの含有量と、オーステナイト安定化元素であるNi、C、N及びCuの含有量とを用いたパラメータを調整することにより、溶接金属のフェライト量を所望の範囲に制御することができる。より具体的には、下記式(2)は、フェライト安定化元素としての度合いをクロム量に換算したCr等量から、オーステナイト安定化元素としての度合いをニッケル量に換算したNi等量を減じる式である。したがって、この式(2)により算出される値A2を規定することにより、フェライトが過剰になることや不足することを防ぎ、強度と靱性のバランスを両立することができる。
【0034】
下記式(2)により算出される値A2が10.0未満であると、フェライト量が少なくなりすぎて、溶接金属の強度が低下する。したがって、値A2は、10.0以上とし、11.0以上であることが好ましく、11.5以上であることがより好ましい。一方、下記式(2)により算出される値A2が12.3を超えると、フェライト量が多くなりすぎて、溶接金属の低温靱性・横膨出が劣化する。したがって、値A2は、12.3以下とし、12.1以下であることが好ましく、11.9以下であることがより好ましい。
【0035】
A2=1.31×(0.98×[Cr]+[Mo]+0.7×[Nb])-1.1×([Ni]+35×[C]+20×[N]+0.25×[Cu]) ・・・式(2)
ただし、[Cr]は、フラックス入りワイヤ中のCr含有量を質量%で表した値であり、[Mo]は、フラックス入りワイヤ中のMo含有量を質量%で表した値であり、[Nb]は、フラックス入りワイヤ中のNb含有量を質量%で表した値であり、[Ni]は、フラックス入りワイヤ中のNi含有量を質量%で表した値であり、[C]は、フラックス入りワイヤ中のC含有量を質量%で表した値であり、[N]は、フラックス入りワイヤ中のN含有量を質量%で表した値であり、[Cu]は、フラックス入りワイヤ中のCu含有量を質量%で表した値である。
【0036】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤには、各成分が上記含有量の範囲であれば、本発明の課題を解決することができる。なお、溶接作業性や溶接金属の機械的性能をより一層向上させるため、ワイヤは、さらに、Si、F、Mn、TiO、金属Zr、Zr化合物、金属Mg、Mg化合物、Na及びKを含むことが好ましい。また、P、S、Co、W、REM、Ti、Al、Al、Liのワイヤ全質量に対する含有量が規定されていることも好ましい。以下、これらの含有量の好ましい範囲について説明する。
【0037】
<Si:0.10質量%以上1.00質量%以下>
Siは、溶接金属の強度を向上するとともに、低温靱性を確保し、ブローホールの発生を抑制する効果を有する成分である。ワイヤ中のSi含有量が0.10質量%以上であると、上記効果を得ることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するSi含有量は、0.10質量%以上であることが好ましく、0.40質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のSi含有量が1.00質量%以下であると、耐高温割れ性が劣化することを防止することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するSi含有量は、1.00質量%以下であることが好ましく、0.70質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のSi含有量とは、ワイヤ中のSi単体、Si合金及びSi化合物に含まれる全てのSiの合計の含有量を表す。
【0038】
<F:0.10質量%以上0.50質量%以下>
本実施形態においては、スパッタ発生量を抑制し、アークを安定化させることを目的として、ワイヤ中にFを含有させることができる。ワイヤ中のF含有量が0.10質量%以上であると、スパッタ発生量を抑制し、アークを安定化する効果を得ることができる。したがって、ワイヤ中にFを含有させる場合に、ワイヤ全質量に対するF含有量は、0.10質量%以上とすることが好ましく、0.15質量%以上とすることがより好ましい。一方、ワイヤ中のF含有量が0.50質量%以下であると、スパッタ、ヒュームを抑制することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するF含有量は、0.50質量%以下とすることが好ましく、0.30質量%以下とすることがより好ましい。
【0039】
<Mn:0.1質量%以上1.60質量%以下>
Mnは、脱酸効果により酸素系ガスによるブローホールを抑制する効果があるとともに、オーステナイト組織を安定化させる効果があるため、本実施形態においては、ワイヤ中にMnを含有させてもよい。ワイヤ中のMn含有量が0.1質量%以上であると、十分な脱酸効果を得ることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するMn添加量は、0.1質量%以上とすることが好ましく、0.50質量%以上であることがより好ましい。一方、Mn含有量が1.60質量%以下であると、横膨出量の低下を抑制することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は、1.60質量%以下とすることが好ましく、1.50質量%以下であることがより好ましい。
【0040】
<TiO:4.00質量%以上10.00質量%以下>
TiOは、スラグ形成剤の主成分であり、均一で被包性の良いスラグを形成し、アーク安定性を向上させる効果を有する成分である。また、TiOは、スラグの融点を上げて全姿勢溶接でのビード形状を平坦にさせる効果も有する。ワイヤ中のTiO含有量が4.00質量%以上であると、上記の効果を十分に得ることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するTiO含有量は、4.00質量%以上とすることが好ましく、5.00質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のTiO含有量が10.00質量%以下であると、フラックスが溶けやすくなり、スラグ巻の発生を抑制することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するTiO含有量は、10.00質量%以下とすることが好ましく、7.0質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のTiO含有量とは、ワイヤ中に含有されるTi化合物のTiO換算値を表す。ここで、Ti化合物とは、Ti酸化物やTi窒化物などを意味する。
【0041】
<金属Zr及びZr化合物のZrO換算値:0.50質量%以上4.00質量%以下>
ZrOは、スラグ凝固を早め、立向姿勢および上向姿勢での平坦なビード形状を形成する効果を有する成分である。ワイヤ中のZrO換算値が0.50質量%以上であると、上記の効果を十分に得ることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するZrO換算値は、0.50質量%以上とすることが好ましく、1.00質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のZrO換算値が4.00質量%以下であると、良好なスラグ被包性、スラグ剥離性を得ることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するZrO換算値は、4.00質量%以下とすることが好ましく、2.00質量%以下であることがより好ましい。なお、本実施形態において、ZrO換算値とは、金属Zr及びZr化合物に含まれる全てのZrをZrOに換算した値である。ここで、金属Zrとは、Zr単体及びZr合金に含まれる合計のZr量を意味する。また、Zr化合物とはZr酸化物などを意味する。
【0042】
<金属Mg及びMg化合物のMgO換算値:0.05質量%以上1.00質量%以下>
金属Mg、Mg化合物は、スラグ凝固点を上昇させると共に、アーク安定性を向上させる効果を有する成分である。MgO換算値が0.05質量%以上であると、上記効果を十分に得ることができる。したがって、ワイヤ中のMgO換算値は、ワイヤ全質量に対して、0.05質量%以上とすることが好ましく、0.15質量%以上であることがより好ましい。一方、MgO換算値が1.00質量%以下であると、ビード形状の劣化を防止することができる。したがって、MgO換算値は1.00質量%以下とすることが好ましく、0.30質量%以下であることがより好ましい。なお、本実施形態において、MgO換算値とは、金属Mg及びMg化合物に含まれる全てのMgをMgOに換算した値である。ここで、金属Mgとは、Mg単体及びMg合金に含まれる合計のMg量を意味する。また、Mg化合物とは、Mg酸化物などを意味する。
【0043】
<Na:0.01質量%以上0.50質量%以下>
Naなどのアルカリ金属は、アーク安定性を向上させる効果を有する成分であり、フッ化物や複合酸化物としてワイヤ中に含有させることができる。ワイヤ中のNa含有量が0.01質量%以上であると、アーク安定性を向上させる効果を得ることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するNa含有量は、0.01質量%以上とすることが好ましく、0.10質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のNa含有量が0.50質量%以下であると、スラグ融点の低下を抑制し、全姿勢溶接でのビード形状を良好にすることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するNa含有量は、0.50質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。なお、Naは、例えばNaO等としてワイヤ中に存在する。
【0044】
<K:0.01質量%以上0.50質量%以下>
Kなどのアルカリ金属は、上記Naと同様に、アーク安定性を向上させる効果を有する成分であり、フッ化物や複合酸化物としてワイヤ中に含有させることができる。ワイヤ中のK含有量が0.01質量%以上であると、アーク安定性を向上させる効果を得ることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するK含有量は、0.01質量%以上とすることが好ましく、0.10質量%以上であることがより好ましい。一方、ワイヤ中のK含有量が0.50質量%以下であると、スラグ融点の低下を抑制し、全姿勢溶接でのビード形状を良好にすることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するK含有量は、0.50質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。なお、Kは、例えばKOやKSiF等としてワイヤ中に存在する。
【0045】
<P:0.030質量%以下>
Pは、ワイヤ中における不可避的不純物である。溶接金属中のP含有量が多くなるほど極低温靱性が低下するため、溶接ワイヤ中のP含有量は少ない方が好ましい。したがって、ワイヤ全質量に対するP含有量は、0.030質量%以下とすることが好ましく、0.020質量%以下であることがより好ましい。
【0046】
<S:0.030質量%以下>
Sは、Pと同様に、ワイヤ中における不可避的不純物である。溶接金属中のS含有量が多くなるほど極低温靱性が低下するため、溶接ワイヤ中のS含有量は少ない方が好ましい。したがって、ワイヤ全質量に対するS含有量は、0.030質量%以下とすることが好ましく、0.010質量%以下であることがより好ましい。
【0047】
<Co:0.300質量%以下>
Coは、溶接金属の靱性を調整する効果を有する成分であるため、必要に応じて、ワイヤ中にCoを含有させることができる。ワイヤ中のCo含有量が0.300質量%以下であると、溶接金属の強度の低下を抑制することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するCo含有量は、0.300質量%以下とすることが好ましく、0.200質量%以下であることがより好ましい。
【0048】
<W:0.50質量%以下>
Wは、鋼中における固溶強化元素であり、溶接金属中に固溶して、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分であるため、必要に応じて、ワイヤ中にWを含有させることができる。ワイヤ中のW含有量が0.50質量%以下であると、靱性の劣化を抑制することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するW含有量は、0.50質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。
【0049】
<REM:0.500質量%以下>
REM(希土類元素)は脱酸元素であるため、必要に応じて、ワイヤ中にREMを含有させることができる。しかし、ワイヤ中のREM含有量が0.500質量%以下であると、溶接作業性の低下を抑制することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するREM含有量は、0.500質量%以下とすることが好ましく、0.400質量%以下であることがより好ましい。なお、REMは、周期律表のLaからLuまでの15のランタノイド系列希土類元素を意味する。これらの元素は単独で添加しても良いし、二種類以上を併用しても良い。
【0050】
<Ti:1.0質量%以下>
Tiは、溶接金属の靱性を向上させる効果を有する成分であるため、必要に応じて、ワイヤ中にTiを含有させることができる。ワイヤ中のTi含有量が1.0質量%以下であると、溶接金属の酸素量を低減し、溶接金属の靱性を所望の範囲に調整することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するTi含有量は、1.0質量%以下とすることが好ましく、0.8質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のTi含有量とは、ワイヤ中に含有されるTi単体及びTi合金に含まれる全ての金属Tiの含有量を表す。
【0051】
<Al:0.3質量%以下>
Alは、脱酸効果を有し、溶接金属の靱性を安定化させる効果を有する成分であるため、必要に応じて、ワイヤ中にAlを含有させることができる。ワイヤ中のAl含有量が0.3質量%以下であると、合金元素の溶接金属への歩留まりを適切に調整することができ、過剰な強度上昇を抑制することができる。したがって、ワイヤ全質量に対するAl含有量は、0.3質量%以下とすることが好ましく、0.1質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のAl含有量とは、ワイヤ中に含有されるAl単体及びAl合金に含まれる全ての金属Alの含有量を表す。
【0052】
<Al:1.00質量%以下>
Alはスラグ形成剤であり、ビード形状を向上させる効果を有する成分であるため、必要に応じて、ワイヤ中にAlを含有させることができる。ワイヤ中のAlが1.00質量%以下であると、良好なスラグ剥離性を得ることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するAl含有量は、1.00質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ中のAl含有量とは、ワイヤ中に含有されるAl酸化物などのAl化合物のAlをAlに換算した値を表す。
【0053】
<Li:0.50質量%以下>
Liなどのアルカリ金属は、上記Na、Kと同様に、アーク安定性を向上させる効果を有する成分であり、フッ化物や複合酸化物としてワイヤ中に含有させることができる。また、ワイヤ中のLi含有量が0.50質量%以下であると、スラグ融点の低下を抑制し、全姿勢溶接でのビード形状を良好にすることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するLi含有量は、0.50質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。
【0054】
<フラックス入りワイヤの残部>
本実施形態におけるフラックス入りワイヤは、必須成分として、Fe、C、Cr、Ni、Nb及びVを含有し、Mo、Cu及びNを含有することができる。これらの成分の含有量の合計は、ワイヤ全質量に対して、80質量%以上とすることが好ましく、83質量%以上であることがより好ましく、85質量%以上であることがさらに好ましい。また、ワイヤはさらに、Si、F、Mn、TiO、ZrO、MgO、Na、Kや、P、S、Co、W、REM、Ti、Al、Al、Li等を含有していてもよい。さらに、これらの成分の残部として、例えば、Ca、Ba、Ta、Bi等が挙げられる。
【0055】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤの製造方法は特に限定されず、一般的な製造工程で製造することができる。例えば、ステンレス鋼のフープをU字状に成型し、U字状成型フープにフラックスを充填した後、フラックスを内部に充填した筒状型に成型し、目的径まで伸線する工程により製造すればよい。
【0056】
外皮の材質は、ステンレス鋼の鋼種等特に制限なく使用することができ、フラックス入りワイヤ全質量における各成分の含有量が上記範囲内に制御されていればよい。
【0057】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、例えば、5%Ni鋼や各種オーステナイト系ステンレス鋼の低温用鋼の溶接に好適に使用することができる。なお、使用されるシールドガスについては、特に限定されない。例えば、Arガス、炭酸ガス(二酸化炭素、CO)、酸素ガス(O)及びそれらの混合ガス等を用いることができる。これらには不可避的不純物として酸素、窒素、水素等が含まれていてもよい。
【0058】
[溶接継手]
本実施形態に係る溶接継手は、ステンレス鋼板を母材として、上記フラックス入りワイヤを使用して溶接することにより製造されるものである。
【0059】
[溶接金属]
本実施形態に係る溶接金属は、例えば、上記フラックス入りワイヤを使用して溶接することにより形成されるものであり、優れた強度及び横膨出量を有する。以下、本実施形態に係る溶接金属に含有される成分及びその含有量について、詳細に説明する。なお、各元素は、母材の組成に影響されない所定の領域の溶接金属中に含有される成分の合計量を、溶接金属全質量あたりの含有量とした値で規定される。本実施形態に係る溶接金属中の各成分の含有量について、以下に説明する。
【0060】
<C:0.001質量%以上0.040質量%以下>
Cは、溶接金属中でオーステナイト相を安定化させて、マルテンサイト相への変態を起こりにくくさせる成分である。また、Cは、溶接金属の強度上昇に寄与する成分でもある。溶接金属中のC含有量が0.001質量%未満であると、良好な引張強度を有する溶接金属を得ることができない。したがって、溶接金属全質量に対するC含有量は、0.001質量%以上とし、0.005質量%以上であることが好ましく、0.008質量%以上であることがより好ましい。一方、溶接金属中のC含有量が0.040質量%を超えると、強度が過剰に上昇して、優れた極低温靱性を得ることが困難となる。したがって、溶接金属全質量に対するC含有量は、0.040質量%以下とし、0.030質量%以下であることが好ましく、0.025質量%以下であることがより好ましい。
【0061】
<Cr:14.0質量%以上22.0質量%以下>
Crは、溶接金属中でフェライト相を安定化させて、マルテンサイトへの変態を起こりにくくさせる成分である。溶接金属中のCr含有量が14.0質量%未満であると、フェライト相が不安定となって、優れた極低温靱性を得ることができない。したがって、溶接金属全質量に対するCr含有量は14.0質量%以上とし、16.0質量%以上であることが好ましく、17.0質量%以上であることがより好ましい。一方、溶接金属中のCr含有量が22.0質量%を超えると、フェライト相が過度に安定化して、極低温靱性が低下する。したがって、溶接金属全質量に対するCr含有量は、22.0質量%以下とし、20.0質量%以下であることが好ましく、19.0質量%以下であることがより好ましい。
【0062】
<Ni:7.0質量%以上18.0質量%以下>
Niは、溶接金属中でオーステナイト相を安定化させて、マルテンサイトへの変態を起こりにくくさせる成分である。溶接金属中のNi含有量が7.0質量%未満であると、オーステナイト相が不安定となって、極低温靱性が低下する。したがって、溶接金属全質量に対するNi含有量は7.0質量%以上とし、11.0質量%以上であることが好ましく、12.0質量%以上であることがより好ましい。一方、溶接金属中のNi含有量が18.0質量%を超えると、オーステナイト相が過度に安定化して、優れた極低温靱性を得ることができない。したがって、溶接金属中のNi含有量は18.0質量%以下とし、15.0質量%以下であることが好ましく、14.0質量%以下であることがより好ましい。
【0063】
<Mn:0.3質量%以上1.5質量%以下>
Mnは、オーステナイト安定化元素であるとともに、脱酸剤として溶接金属中の酸素をスラグとして除去し、機械的強度を向上させる効果を有する成分である。溶接金属中のMn含有量が0.3質量%未満であると、脱酸効果が不足して、溶接金属中の酸素量が上昇するため、優れた極低温靱性を得ることができない。したがって、溶接金属全質量に対するMn含有量は、0.3質量%以上とし、0.4質量%以上であることが好ましく、0.5質量%以上であることがより好ましい。一方、溶接金属中のMn含有量が1.5質量%を超えると、溶接金属の強度が過剰に上昇して、極低温靱性が低下する。したがって、溶接金属全質量に対するMn含有量は、1.5質量%以下とし、1.0質量%以下であることが好ましく、0.9質量%以下であることがより好ましい。
【0064】
<Nb:0.001質量%以上0.15質量%以下>
Nbは、溶接金属中で炭化物を生成して固溶C量を低下させ、吸収エネルギー及び横膨出量を向上させる効果を有する成分である。溶接金属中のNb含有量が0.001質量%未満であると、所望の横膨出量を得ることができない。したがって、溶接金属全質量に対するNb含有量は、0.001質量%以上とし、0.02質量%以上であることが好ましく、0.04質量%以上であることがより好ましい。一方、溶接金属中のNb含有量が0.15質量%を超えると、溶接金属の吸収エネルギーが低下する。したがって、溶接金属全質量に対するNb含有量は、0.15質量%以下とし、0.10質量%以下であることが好ましく、0.08質量%以下であることがより好ましい。
【0065】
<V:0.005質量%以上0.30質量%以下>
Vは、Nbと同様に、溶接金属中で炭化物を生成して固溶C量を低下させ、吸収エネルギー及び横膨出量を向上させる効果を有する成分である。溶接金属中のV含有量が0.005質量%未満であると、所望の横膨出量を得ることができない。したがって、溶接金属全質量に対するV含有量は、0.005質量%以上とし、0.02質量%以上であることが好ましく、0.04質量%以上であることがより好ましい。一方、溶接金属中のV含有量が0.30質量%を超えると、溶接金属の吸収エネルギーが低下する。したがって、溶接金属全質量に対するV含有量は、0.30質量%以下とし、0.20質量%以下であることが好ましく、0.10質量%以下であることがより好ましい。
【0066】
<Si:1.0質量%以下>
Siは、脱酸を促進させる効果を有する成分であるが、本実施形態に係る溶接金属においては、Siは含有されていなくてもよく、0質量%であってもよい。溶接金属の強度や低温靱性の確保を目的として溶接金属中にSiを含有させる場合に、溶接金属中のSi含有量は、溶接金属全質量に対して0.2質量%以上とすることが好ましく、0.3質量%以上であることがより好ましい。一方、溶接金属中のSi含有量が1.0質量%を超えると、溶接金属の結晶強度を低下させ、優れた極低温靱性を得ることができない。したがって、溶接金属全質量に対するSi含有量は、1.0質量%以下とし、0.6質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以下であることがより好ましい。
【0067】
<Ti:1.0質量%以下>
Tiは、溶接金属の靱性を向上させる効果を有する成分であるが、所定の量を超えて溶接金属中に含有されると、強度が過剰に上昇して靱性低下を招く。したがって、溶接金属全質量に対するTi含有量は、1.0質量%以下とし、0.2質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であることがより好ましい。
【0068】
<Mo:4.0質量%以下>
Moは、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分であるが、所定の量を超えて溶接金属中に含有されると、強度が過剰に上昇して靱性低下を招く。したがって、溶接金属全質量に対するMo含有量は、4.0質量%以下とし、3.0質量%以下であることが好ましく、2.5質量%以下であることがより好ましい。また、溶接金属全質量に対するMo含有量は、1.7質量%以上であることが好ましい。
【0069】
<Cu:0.50質量%以下>
Cuは、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分であるが、所定の量を超えて溶接金属中に含有されると、強度が過剰に上昇して靱性低下を招く。したがって、溶接金属全質量に対するCu含有量は、0.50質量%以下とし、0.20質量%以下であることが好ましく、0.10質量%以下であることがより好ましい。
【0070】
<N:0.020質量%以下>
Nは、溶接金属中でオーステナイト相を安定化させて、マルテンサイト相への変態を起こりにくくさせる成分である。また、Nは、溶接金属の強度上昇に寄与する成分でもある。溶接金属中のN含有量が0.020質量%を超えると、強度が過剰に上昇して、優れた極低温靱性を得ることが困難となる。したがって、溶接金属全質量に対するN含有量は、0.020質量%以下とし、0.018質量%以下であることが好ましく、0.015質量%以下であることがより好ましい。
【0071】
<下記式(3)により算出される値A3:0.02以上0.30以下>
上述のとおり、Nb及びVは、溶接金属の吸収エネルギー及び横膨出量に大きく影響を与える成分である。そのため、溶接金属中のNb及びVのそれぞれの含有量を制御するとともに、Nb及びVの含有量の合計値を適切に制御することにより、所望の横膨出量を得ることができる。溶接金属中のNbとVとの含有量の合計値である、下記式(3)により算出される値A3が0.02未満であると、所望の吸収エネルギー及び横膨出量を得ることができない。したがって、値A3は、0.02以上とし、0.04以上であることが好ましく、0.06以上であることがより好ましい。一方、下記式(3)により算出される値A3が0.30を超えると、溶接金属の吸収エネルギーが低下する。したがって、値A3は、0.30以下とし、0.20以下であることが好ましく、0.15以下であることがより好ましい。
A3=[Nb」+「V」 ・・・式(3)
ただし、[Nb]は、溶接金属中のNb含有量を質量%で表した値であり、[V]は、溶接金属中のV含有量を質量%で表した値である。
【0072】
<下記式(4)により算出される値A4:7.6以上10.3以下>
本実施形態においては、溶接金属中のフェライト安定化元素であるCr、Mo及びNbの含有量と、オーステナイト安定化元素であるNi、C、N及びCuの含有量とを用いたパラメータを調整することにより、溶接金属のフェライト量を所望の範囲に制御することができる。より具体的には、下記式(4)は、フェライト安定化元素としての度合いをクロム量に換算したCr等量から、オーステナイト安定化元素としての度合いをニッケル量に換算したNi等量を減じる式である。したがって、この式(4)により算出される値A4を規定することにより、フェライトが過剰になることや不足することを防ぎ、強度と靱性のバランスを両立することができる。
【0073】
下記式(4)により算出される値A4が7.6未満であると、フェライト量が少なくなりすぎて、溶接金属の強度が低下する。したがって、値A4は、7.6以上とし、8.0以上であることが好ましく、8.5以上であることがより好ましい。一方、下記式(4)により算出される値A4が10.3を超えると、フェライト量が多くなりすぎて、溶接金属の低温靱性・横膨出が劣化する。したがって、値A4は、10.3以下とし、10.0以下であることが好ましく、9.5以下であることがより好ましい。
【0074】
A4=1.18×([Cr]+[Mo]+0.7×[Nb])-[Ni]-35×[C]-20×[N]-0.25×[Cu]) ・・・式(4)
ただし、[Cr]は、溶接金属中のCr含有量を質量%で表した値であり、[Mo]は、溶接金属中のMo含有量を質量%で表した値であり、[Nb]は、溶接金属中のNb含有量を質量%で表した値であり、[Ni]は、溶接金属中のNi含有量を質量%で表した値であり、[C]は、溶接金属中のC含有量を質量%で表した値であり、[N]は、溶接金属中のN含有量を質量%で表した値であり、[Cu]は、溶接金属中のCu含有量を質量%で表した値である。
【0075】
<P:0.030質量%以下>
Pは、溶接金属中における不可避的不純物である。溶接金属中のP含有量が多くなるほど極低温靱性が低下するため、溶接金属中のP含有量は少ない方が好ましい。したがって、溶接金属全質量に対するP含有量は、0.030質量%以下とすることが好ましく、0.020質量%以下であることがより好ましい。
【0076】
<S:0.030質量%以下>
Sは、Pと同様に、溶接金属中における不可避的不純物である。溶接金属中のS含有量が多くなるほど極低温靱性が低下するため、溶接金属中のS含有量は少ない方が好ましい。したがって、溶接金属全質量に対するS含有量は、0.030質量%以下とすることが好ましく、0.010質量%以下であることがより好ましい。
【0077】
<Co:0.500質量%以下>
Coは、溶接金属の靱性を調整する効果を有する成分であるため、必要に応じて、溶接金属中にCoを含有させることができる。溶接金属中のCo含有量が0.500質量%以下であると、強度の低下を抑制することができる。したがって、溶接金属中にCoを含有させる場合に、溶接金属全質量に対するCo含有量は、0.500質量%以下とすることが好ましく、0.200質量%以下であることがより好ましい。
【0078】
<W:0.50質量%以下>
Wは、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分であるため、必要に応じて、溶接金属中にWを含有させることができる。ただし、所定の量を超えて溶接金属中にWが含有されると、強度が過剰に上昇して靱性低下を招く。したがって、溶接金属全質量に対するW含有量は、0.50質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。
【0079】
<残部:Fe及び不可避的不純物>
本実施形態に係る溶接金属において、上記成分を除いた残部は、Fe及び不可避的不純物である。Feは、本実施形態に係るフラックス入りワイヤの外皮を構成する主成分であり、溶接金属中に歩留まる。溶接金属全質量に対するFe含有量は、例えば、40質量%以上とすることが好ましく、50質量%以上であることがより好ましく、60質量%以上であることがさらに好ましい。一方、溶接金属全質量に対するFe含有量は、70質量%以下とすることが好ましく、68質量%以下であることがより好ましく、66質量%以下であることがさらに好ましい。なお、不可避的不純物としては、上記P、Sの他に、例えば、O、As、Sb、Sn、Bi及びS等が挙げられる。溶接金属中のOは、溶接金属全質量に対して0.100質量%未満であることが好ましい。また、溶接金属中のP、S及びOを除く不可避的不純物の合計量は、溶接金属全質量に対して0.10質量%以下であることが好ましい。
【実施例0080】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0081】
[フラックス入りワイヤの作製]
種々の組成の外皮及びフラックスを使用して、下記表1~表3に示す組成を有するフラックス入りワイヤを作製した。フラックス率は18~26.5質量%とした。なお、表3において、「-」とは、該当する成分を積極的に含有させなかったことを示す。また、表1における式(1):A1とは、式(1)により算出される値A1を示し、式(2):A2とは、式(2)により算出される値A2を示す。式(1)、式(2)は、以下のとおりである。
【0082】
A1=[Nb]+[V] ・・・式(1)
A2=1.31×(0.98×[Cr]+[Mo]+0.7×[Nb])-1.1×([Ni]+35×[C]+20×[N]+0.25×[Cu]) ・・・式(2)
ただし、[Nb]は、フラックス入りワイヤ中のNb含有量を質量%で表した値であり、[V]は、フラックス入りワイヤ中のV含有量を質量%で表した値であり、[Cr]は、フラックス入りワイヤ中のCr含有量を質量%で表した値であり、[Mo]は、フラックス入りワイヤ中のMo含有量を質量%で表した値であり、[Ni]は、フラックス入りワイヤ中のNi含有量を質量%で表した値であり、[C]は、フラックス入りワイヤ中のC含有量を質量%で表した値であり、[N]は、フラックス入りワイヤ中のN含有量を質量%で表した値であり、[Cu]は、フラックス入りワイヤ中のCu含有量を質量%で表した値である。
【0083】
[ガスシールドアーク溶接]
板厚が20mmである2枚の炭素鋼板を準備し、開先角度が45°となるように加工した後、作製したフラックス入りワイヤを使用して、開先部の表面と裏当て材の表面に2~3層のバタリング層を形成し、炭素鋼板をV開先となるように配置した。その後、各フラックス入りワイヤを使用して、開先に対してガスシールドアーク溶接を実施した。溶接条件は、100%COのシールドガスを使用し、190A-28V、下向姿勢6層12パスとした。
【0084】
[溶接金属の組成測定]
得られた溶接金属について、JIS G 1253:2002に準拠し、後述する引張試験片採取位置と同位置で固体発光分光分析を行い、各溶接金属の組成を測定した。溶接金属中の化学成分の含有量を、表4及び表5に示す。なお、表4における式(3):A3とは、式(3)により算出される値A3を示し、式(4):A4とは、式(4)により算出される値A4を示す。式(3)、式(4)は、以下のとおりである。また、溶接金属の残部はFe及び不可避的不純物である。
【0085】
A3=[Nb」+「V」 ・・・式(3)
A4=1.18×([Cr]+[Mo]+0.7×[Nb])-[Ni]-35×[C]-20×[N]-0.25×[Cu]) ・・・式(4)
ただし、[Nb]は、溶接金属中のNb含有量を質量%で表した値であり、[V]は、溶接金属中のV含有量を質量%で表した値であり、[Cr]は、溶接金属中のCr含有量を質量%で表した値であり、[Mo]は、溶接金属中のMo含有量を質量%で表した値であり、[Ni]は、溶接金属中のNi含有量を質量%で表した値であり、[C]は、溶接金属中のC含有量を質量%で表した値であり、[N]は、溶接金属中のN含有量を質量%で表した値であり、[Cu]は、溶接金属中のCu含有量を質量%で表した値である。
【0086】
[機械的性能の評価試験]
(シャルピー衝撃試験)
JIS Z 2242:2023に準拠し、得られた溶接金属から、標準Vノッチ試験片を採取し、シャルピー衝撃試験を実施した。シャルピー衝撃試験の試験温度は、-196℃とし、シャルピー衝撃値(vE-196℃)及び横膨出量LE(mm)を測定した。なお、各溶接金属から、シャルピー衝撃値測定用の試験片及び横膨出量測定用の試験片をそれぞれ5本ずつ採取した。シャルピー衝撃値については測定値の平均値を評価した。また、横膨出量については、5本の試験結果のうち最小値を評価した。
【0087】
(引張試験)
JIS Z 3111:2005に準拠し、得られた溶接金属において、試験片の中心が溶接中心線となる位置からA0号試験片を採取し、引張試験を実施した。引張試験の試験温度は室温(20℃)とした。
【0088】
シャルピー衝撃試験によるシャルピー衝撃値及び横膨出量、並びに引張強さの測定結果を下記表6に示す。上記各評価試験において、シャルピー衝撃値の平均値が35.0(J/cm)以上であるとともに、横膨出量が0.53mm以上であり、引張強さが498MPa以上であったものを合格とした。また、いずれかの項目で基準となる値を達成しなかったものを不合格とした。また、シャルピー衝撃値の平均値が38.0(J/cm)以上、横膨出量が0.60mm以上、引張強さが503MPa以上であったものを、より好ましいと評価した。
【0089】
【表1】
【0090】
【表2】
【0091】
【表3】
【0092】
【表4】
【0093】
【表5】
【0094】
【表6】
【0095】
表1~表6に示すように、発明例No.1~21は、ワイヤ中の特定の成分の含有量が適切に制御されているとともに、式(1)及び式(2)により算出される値A1、A2が本発明で規定する範囲内であった。また、得られた溶接金属においても、各成分の含有量、並びに式(3)及び式(4)により算出される値A3、A4が本発明で規定する範囲内となった。したがって、機械的性能が優れ、特に横膨出量が所望の値以上となる溶接金属を得ることができた。発明例No.20は、他の発明例と比較してA2及びA4の値が低いため、引張強さの値が他の発明例よりも劣った。また、発明例No.21は、他の発明例と比較してCr及びNi含有量が高いため、シャルピー衝撃吸収値及び横膨出量の値が、他の発明例よりも劣った。
【0096】
一方、比較例No.1、2のワイヤは、A2及びA4の値が本発明で規定する上限を超えていたため、シャルピー衝撃値及び横膨出量が低い値となった。また、比較例No.3、4のワイヤは、A2及びA4の値が本発明で規定する下限未満であるため、引張強さが低下した。