(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025099340
(43)【公開日】2025-07-03
(54)【発明の名称】車両の制動装置
(51)【国際特許分類】
B60T 7/12 20060101AFI20250626BHJP
B60T 8/1755 20060101ALI20250626BHJP
B60T 8/26 20060101ALI20250626BHJP
【FI】
B60T7/12 E
B60T8/1755 Z
B60T8/26 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023215936
(22)【出願日】2023-12-21
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】越智 隆浩
【テーマコード(参考)】
3D246
【Fターム(参考)】
3D246BA02
3D246DA01
3D246EA18
3D246GB01
3D246GB04
3D246GB15
3D246GB21
3D246GC11
3D246HA04A
3D246HA08A
3D246HA13A
3D246HA64A
3D246HA71A
3D246HA81A
3D246HA85A
3D246HA86A
3D246HA94A
3D246HB08A
3D246JB22
3D246JB27
(57)【要約】
【課題】傾斜路で車両に滑落が生じた場合に、車両が運転者の意思とは異なる方向へ滑り続ける事態を回避する。
【解決手段】車両が傾斜路を車輪ロック状態で移動し始めた場合に、ブレーキ液圧調整制御を実施し、車両の移動方向が操舵方向に一致しているか否かを判定する(S204)。車両の移動方向が操舵方向に一致していない場合は、ブレーキ液圧を運転者のブレーキ操作に応じた基本値よりも低下させる(S206)。車両の移動方向が操舵方向に一致している場合は、ブレーキ液圧の減圧を停止する(S205)。ブレーキ液圧調整制御は、傾斜路を移動中、車両に減速度が生じるまで継続する(S207)。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両が傾斜路にあることを検知する傾斜路検知手段と、
前記車両が車輪ロック状態にあることを検知する車輪ロック検知手段と、
前記傾斜路における前記車両の移動方向が操舵方向に一致しているか否かを判定する車両状態判定手段と、
運転者のブレーキ操作に応じた前記車両のブレーキ液圧を設定するブレーキ液圧設定手段と、を備え、
前記ブレーキ液圧設定手段は、前記車両が前記傾斜路を前記車輪ロック状態で移動し始めた後、前記傾斜路を移動している間、前記車両の移動方向が前記操舵方向に一致していない場合に、前記ブレーキ液圧を前記運転者のブレーキ操作に応じた基本値よりも低下させる一方、前記車両の移動方向が前記操舵方向に一致している場合に、前記ブレーキ液圧の減圧を停止するブレーキ液圧調整制御を実施する、車両の制動装置。
【請求項2】
前記車両は、前輪および後輪を備え、
前記ブレーキ液圧設定手段は、前記前輪および前記後輪のうち、少なくとも前記前輪を前記運転者の操舵に応じて転向可能な操舵輪とする場合に、前記前輪および前記後輪のうち、前記前輪に対してのみ、前記ブレーキ液圧調整制御を実施する、請求項1に記載の車両の制動装置。
【請求項3】
前記車両が減速しているか否かを判定する減速判定手段をさらに備え、
前記ブレーキ液圧設定手段は、前記ブレーキ液圧調整制御の実施後、前記減速判定手段により前記車両が減速していると判定した場合に、前記ブレーキ液圧調整制御を停止する、請求項1に記載の車両の制動装置。
【請求項4】
前記ブレーキ液圧設定手段は、前記車両が停車した状態から前記車輪ロック状態で移動し始めた場合に、前記ブレーキ液圧調整制御を実施する、請求項1に記載の車両の制動装置。
【請求項5】
前記車輪ロック検知手段は、前記車両の全輪がロック状態にある場合に、前記車両が前記車輪ロック状態にあることを検知する、請求項1から4のいずれか一項に記載の車両の制動装置。
【請求項6】
車両が傾斜路にあることを検知する傾斜路検知手段と、
前記車両が車輪ロック状態にあることを検知する車輪ロック検知手段と、
前記傾斜路における前記車両の移動方向が操舵方向に一致しているか否かを判定する車両状態判定手段と、
前記車両のブレーキ液圧を設定するブレーキ液圧設定手段と、を備え、
前記ブレーキ液圧設定手段は、前記車両が前記傾斜路を前記車輪ロック状態で移動し始めた後、前記傾斜路を移動している間、前記車両の移動方向が前記操舵方向に一致していない場合に、前記車両の移動方向が前記操舵方向に一致している場合よりも低い前記ブレーキ液圧を設定する、車両の制動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の制動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アンチロックブレーキ(ABS)装置を作動させて、四輪の全てがロック状態に陥る事態を回避する技術が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
傾斜路では、路面の摩擦係数が低い場合に、停車している車両が車輪のスリップにより路面上を滑り落ちる状況が生じ得る。このような状況では、ABS装置のようにブレーキ液圧の増減を繰り返すことによってはスリップを止め、車両を停車させることは困難である。そして、車両が滑り落ちている状況では、車両を運転者が意図した方向(つまり、操舵方向)へ向かわせることもまた困難であり、運転者の意図とは異なる方向へ滑り続けること、具体的には、運転者がハンドルを右または左に切っているにも拘わらず、傾斜路をそのまま下方へ滑り続けることが懸念される。
【0005】
このような実状に鑑み、本発明は、車両に滑落が生じた場合に、車両が運転者の意思とは異なる方向へ滑り続ける事態を回避可能とし、安全性の更なる向上に資する車両の制動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の課題を解決するため、本発明の一実施形態に係る車両の制動装置は、車両が傾斜路にあることを検知する傾斜路検知手段と、前記車両が車輪ロック状態にあることを検知する車輪ロック検知手段と、前記傾斜路における前記車両の移動方向が操舵方向に一致しているか否かを判定する車両状態判定手段と、運転者のブレーキ操作に応じた前記車両のブレーキ液圧を設定するブレーキ液圧設定手段と、を備え、前記ブレーキ液圧設定手段は、前記車両が前記傾斜路を前記車輪ロック状態で移動し始めた後、前記傾斜路を移動している間、前記車両の移動方向が前記操舵方向に一致していない場合に、前記ブレーキ液圧を前記運転者のブレーキ操作に応じた基本値よりも低下させる一方、前記車両の移動方向が前記操舵方向に一致している場合に、前記ブレーキ液圧の減圧を停止するブレーキ液圧調整制御を実施する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の一形態によれば、車輪ロック状態での移動開始後、車両の移動方向が操舵方向と一致していない場合、換言すれば、車両が傾斜路を運転者の意図とは異なる方向へ滑り落ちている場合に、ブレーキ液圧調整制御により車両のブレーキ液圧を低下させる。これにより、車輪ロック状態の解消を促し、運転者の操舵能力を回復させ、運転者が意図する方向へ車両を向かわせることが可能となる。よって、車両が傾斜路を運転者の意思とは異なる方向へ滑り続ける事態を回避可能とし、安全性の更なる向上を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の一実施形態に係る車両の制動装置の全体的な構成を示す概略図である。
【
図2】同上制動装置の制御システムの構成を示す概略図である。
【
図3】同上制御システムのコントローラの内部構成を示す概略図である。
【
図4】同上コントローラが実施する制御(制動制御)の流れを示すフローチャートである。
【
図5】同上制御におけるブレーキ液圧調整処理の内容を示すフローチャートである。
【
図6】同上制御による車両の挙動を示す説明図である。
【
図7】同上制御により切り替えられる制動装置の作動状態および切り替えの条件(遷移条件)を示す状態遷移図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
【0010】
(制動装置の構成)
図1は、本発明の一実施形態に係る車両の制動装置(以下、単に「制動装置」という)1の構成を示す概略図である。
【0011】
制動装置1は、本実施形態に係る主な構成要素として、ブレーキペダル11、ブレーキブースタ12、ブレーキマスターシリンダ13、ブレーキオイルリザーバ14、フロントブレーキ15およびリアブレーキ16を備える。
【0012】
ブレーキペダル11は、ブレーキをかける際に運転者により踏み込まれる操作部材である。本実施形態において、ブレーキペダル11は、フットブレーキの操作部材を構成し、運転者は、ブレーキペダル11を踏み込む力ないし量を加減することで、フットブレーキによる制動力を調整可能である。
【0013】
ブレーキブースタ12は、運転者がブレーキペダル11を踏み込む際に要する力、つまり、運転者のブレーキ操作力を低減するための補助を行う倍力装置である。駆動源として内燃エンジンを備える車両では、エンジンの吸気負圧を導入することにより倍力効果を生じさせる。
【0014】
ブレーキマスターシリンダ13は、運転者がブレーキペダル11を踏み込む力、具体的には、ブレーキブースタ12による倍加後のブレーキ操作力をブレーキオイルの圧力(以下「ブレーキ液圧」という)に変換する圧力変換装置である。変換後のブレーキ液圧は、ブレーキオイルで満たされたオイル配管P1、P2、P3を介してフロントブレーキ15およびリアブレーキ16に伝達される。
【0015】
ブレーキオイルリザーバ14は、ブレーキマスターシリンダ13に蓄えられているブレーキオイルに過不足が生じた場合に、ブレーキマスターシリンダ13における余剰分のブレーキオイルを貯蔵し、不足分のブレーキオイルをブレーキマスターシリンダ13に補給する容器である。
【0016】
フロントブレーキ15は、車両の前輪に備わるブレーキであり、本実施形態では、ディスクブレーキである。フロントブレーキ15は、ブレーキディスク151およびブレーキキャリパ152を備える。ブレーキディスク151は、前輪に取り付けられ、前輪と一体に回転可能な状態にある。ブレーキキャリパ152は、ブレーキディスク151の外周部をその表裏から挟むように配置されている。ブレーキキャリパ152は、ブレーキマスターシリンダ13からオイル配管P1、P2を介してブレーキオイルの供給を受けると、ブレーキパッド152aが作動し、ブレーキパッド152aによりブレーキディスク151を挟持する。これにより、ブレーキパッド152aとブレーキディスク151との間に摩擦力が生じ、車両に制動力が発生する。
【0017】
リアブレーキ16は、車両の後輪に備わるブレーキであり、フロントブレーキ15と同様に、ディスクブレーキである。リアブレーキ16は、ブレーキディスク161およびブレーキキャリパ162を備える。ブレーキディスク161は、後輪に取り付けられ、後輪と一体に回転可能な状態にある。ブレーキキャリパ162は、ブレーキディスク161の外周部をその表裏から挟むように配置されている。ブレーキキャリパ162は、ブレーキマスターシリンダ13からオイル配管P3を介してブレーキオイルの供給を受けると、ブレーキパッド162aが作動し、ブレーキパッド162aによりブレーキディスク161を挟持する。これにより、ブレーキパッド162aとブレーキディスク161との間に摩擦力が生じ、車両に制動力が発生する。
【0018】
本実施形態では、以上に加え、圧力調整弁17、コントローラ101および車輪速センサ113等の各種センサが設けられている。
【0019】
圧力調整弁17は、フロントブレーキ15のブレーキキャリパ(以下「フロントブレーキキャリパ」という)152に供給されるブレーキオイルの圧力、つまり、フロントブレーキキャリパ152のブレーキパッド152aにかかるブレーキ液圧を調整する。本実施形態では、前輪のロック状態の解消を図る際に、フロントブレーキキャリパ152に供給されるブレーキオイルの一部を、圧力調整弁17とフロントブレーキキャリパ152とを繋ぐオイル配管P2から抜くことにより、ブレーキ液圧を低減する。この一部のブレーキオイルは、ブレーキマスターシリンダ13から延びるオイル配管P1を介さず、これを迂回するオイル配管P4を介してブレーキオイルリザーバ14に戻される。圧力調整弁17は、コントローラ101からの指令信号に応じて作動するアクチュエータであり、制動装置1の出力部を構成する。
【0020】
コントローラ101は、制動装置1の演算部を構成する。コントローラ101は、電子制御ユニットとして構成され、中央演算ユニット(CPU)、入出力インターフェース、ROMおよびRAM等の記憶ユニットを備えるマイクロコンピュータにより構成される。コントローラ101は、車輪速センサ113等の各種センサからの出力信号を受信するとともに、制動制御に関して予め記憶されている所定の演算を実行する。そして、演算の結果に応じた指令信号を生成し、圧力調整弁17を初めとする各種アクチュエータに出力する。
【0021】
(制御システムの構成)
図2は、制動装置1に備わる制御システムSの構成を示す概略図である。
【0022】
コントローラ101は、入力として受ける信号に、アクセル開度センサ111、ブレーキ踏力センサ112、車輪速センサ113、傾斜角センサ114、加速度センサ115、操舵角センサ116および車速センサ117等、各種センサからの出力信号を含む。
【0023】
アクセル開度センサ111は、運転者によるアクセルペダルの操作量(以下「アクセル操作量」という)を検出する。アクセル操作量は、エンジン等の駆動源に対して要求される出力トルク(つまり、目標エンジントルク)を指標する。
【0024】
ブレーキ踏力センサ112は、運転者によるブレーキペダルの操作量(以下「ブレーキ操作量」という)を検出する。ブレーキ操作量は、コントローラ101により、フロントブレーキキャリパ152のブレーキパッド152aにかけるブレーキ液圧の設定に用いられる。
【0025】
車輪速センサ113は、車両の走行用に備わる車輪の回転速度(以下「車輪速」という)を検出する。本実施形態では、車両の四輪、具体的には、右前輪、左前輪、右後輪および左後輪のそれぞれに車輪速センサ113(113a~113d)が設けられ、これら4つの車輪速センサ113a~113dにより、車輪速をそれぞれの車輪ごとに検出する。本実施形態において、車両は、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)駆動方式であり、左右の前輪が操舵輪であるとともに、駆動輪でもある。
【0026】
傾斜角センサ114は、車両の傾斜角を検出する。車両の傾斜角は、車両が傾斜路にある場合に、路面の傾斜角を指標する。傾斜角センサ114により検出された傾斜角をもとに、路面の傾斜方向を検出可能である。
【0027】
加速度センサ115は、車両の重心を通る前後方向の軸(ロール軸)、左右方向の軸(ピッチ軸)および上下方向の軸(ヨー軸)のそれぞれに沿う方向における車両の加速度を検出する。加速度センサ115は、さらに、これらの軸のそれぞれを中心とした回転角速度、つまり、車両のロール角の変化速度(ローリング角速度)、ピッチ角の変化速度(ピッチング角速度)およびヨー角の変化速度(ヨーイング角速度)を検出する。加速度センサ115により検出された加速度をもとに、車両の移動方向を検出するとともに、車両の向きを検出可能である。
【0028】
操舵角センサ116は、運転者によるステアリングホイールの操作量、つまり、車両の操舵角を検出する。操舵角センサ116により検出された操舵角をもとに、操舵輪の向き、つまり、車両の操舵方向を検出可能である。具体的には、ステアリングホイールを右周りに操作した場合に車両が向く操舵方向を右方向とし、左周りに操作した場合に車両が向く操舵方向を左方向とする。
【0029】
車速センサ117は、車両の走行速度(以下「車速」という)を検出する。車速は、車輪速センサ113により検出される車輪速を、タイヤ動半径等により換算することにより算出可能であり、駆動源の出力軸の回転速度を、動力伝達経路におけるギア比およびタイヤ動半径等により換算することによっても算出可能である。
【0030】
(コントローラの内部構成)
図3は、コントローラ101の内部構成を示す概略図である。
【0031】
コントローラ101は、その内部構成として、傾斜路検知部B111、車輪ロック検知部B112、車両状態判定部B113、基本ブレーキ液圧設定部B114、減速判定部B115およびブレーキ液圧調整制御部B116を備える。これら各種の内部構成は、コントローラ101の中央演算ユニット(CPU)がROM等の記憶ユニットに予め記憶されている制御プログラムに従って動作することにより、ソフトウェア的に実現される。
【0032】
傾斜路検知部B111は、傾斜角センサ114からの出力信号をもとに、車両が傾斜路にあることを検知する。
【0033】
車輪ロック検知部B112は、車輪速センサ113(113a~113d)からの出力信号をもとに、車両が車輪ロック状態にあることを検知する。本実施形態において、車輪ロック状態とは、車両に備わる全ての車輪がロック状態にあることをいう。車両が車輪ロック状態にあることは、ブレーキペダルが踏み込まれている状態で異なる車輪の間で車輪速に実質的な差がないことにより検知可能であり、各車輪の車輪速が実質的に0[rpm]であることによっても検知可能である。
【0034】
車両状態判定部B113は、車両が傾斜路を車輪ロック状態で移動し始めたこと、つまり、車両に滑落が生じたことを検知するとともに、車輪ロック状態での移動開始後、車両の移動方向が操舵方向に一致ないし合致しているか否かを判定する。この一連の判定は、傾斜路検知部B111および車輪ロック検知部B112の検知結果に加え、加速度センサ115および操舵角センサ116からの出力信号をもとに実施可能である。車両の移動方向は、加速度センサ115からの出力信号をもとに検出可能であり、車両の操舵方向は、操舵角センサ116からの出力信号をもとに検出可能である。本実施形態では、車両が傾斜路を滑落している状況において、車両の移動方向が路面の傾斜方向から車輪が向く方向、つまり、操舵方向に逸脱した場合に、車両の移動方向が操舵方向に一致していると判定する。
【0035】
基本ブレーキ液圧設定部B114は、ブレーキ踏力センサ112からの出力信号をもとに、ブレーキ液圧の基本値(以下「基本ブレーキ液圧」という)BRKbを算出する。基本ブレーキ液圧BRKbは、ブレーキ操作量が大きいときほど、大きな値として算出される。
【0036】
減速判定部B115は、加速度センサ115からの出力信号をもとに、車両が減速しているか否か、換言すれば、車両に移動方向の減速度が生じたか否かを判定する。
【0037】
ブレーキ液圧調整制御部B116は、車両状態判定部B113および減速判定部B115の判定結果をもとに、フロントブレーキ15のブレーキ液圧BRKfを調整する。具体的には、車両が傾斜路を滑落している状況において、ブレーキ液圧調整制御を実施し、車両の移動方向が操舵方向に一致していない場合に、ブレーキ液圧BRFfを基本ブレーキ液圧BRKbよりも低下させる一方、車両の移動方向が操舵方向に一致している場合に、ブレーキ液圧BRKfの減圧を停止する。本実施形態では、減圧に際し、ブレーキ液圧BRKfを基本ブレーキ液圧BRKbから所定の圧力ΔBRKだけ低下させる(BRKf=BRKb-ΔBRK)。ブレーキ液圧調整制御部B116は、車両に減速度が生じるまで、ブレーキ液圧調整制御を継続する。ブレーキ液圧調整制御部B116は、圧力調整弁17に対し、ブレーキ液圧調整制御による調整後のブレーキ液圧BRKfまたはブレーキ液圧BRKfの減圧値ΔBRKに応じた指令信号を出力する。
【0038】
(制動制御の内容)
図4は、コントローラ101が実施する制御(制動制御)の全体的な流れを示すフローチャートであり、
図5は、制動制御におけるブレーキ液圧調整処理(S107)の具体的な内容を示すフローチャートである。コントローラ101は、
図4および
図5に示す制御を、制御システムに対する電源の投入後、所定の時間毎に実施する。
【0039】
図4に示すフローチャートにおいて、S101では、ブレーキ操作量および車輪速等、各種センサからの出力情報を取得する。
【0040】
S102では、車両が傾斜路にあるか否かを判定する。車両が傾斜路にある場合は、S103へ進み、傾斜路にない場合は、今回の制御を終了する。
【0041】
S103では、車両が停車しているか否かを判定する。車両が停車している場合は、S104へ進み、停車していない場合は、今回の制御を終了する。
【0042】
S104では、運転者によりブレーキペダルが踏み込まれているか否かを判定する。ブレーキペダルが踏み込まれている場合、つまり、ブレーキオン時には、S105へ進み、ブレーキペダルが踏み込まれていない場合、つまり、ブレーキオフ時には、今回の制御を終了する。
【0043】
S105では、基本ブレーキ液圧BRKbを設定する。これにより、フロントブレーキ15およびリアブレーキ16双方のブレーキキャリパ152、162に基本ブレーキ液圧BRKbのブレーキオイルが供給され、前後双方の車輪を介して車両にフットブレーキによる制動力が発生する。
【0044】
S106では、車両が移動し始めたか否か、換言すれば、車両に滑落が生じたか否かを判定する。車両が移動し始めた場合は、S107へ進み、車両が引き続き停車している場合は、S104へ戻り、S104からS106の処理を繰り返し実行する。
【0045】
S107では、ブレーキ液圧調整制御を実施する。ブレーキ液圧調整制御は、
図5のフローチャートに示す手順による。
【0046】
図5に示すフローチャートにおいて、S201では、車両が車輪ロック状態にあるか否かを判定する。車両が車輪ロック状態にある場合は、S202へ進み、車輪ロック状態にない場合は、ブレーキ液圧調整制御を終了し、今回の制御を終了する。
【0047】
S202では、車両の操舵方向を検出する。
【0048】
S203では、車両の滑落による移動方向、つまり、車両の滑落方向を検出する。
【0049】
S204では、車両の移動方向が操舵方向に一致しているか否かを判定する。車両の移動方向が操舵方向に一致している場合は、S205へ進み、一致していない場合は、S206へ進む。本実施形態では、車両の加速度が路面の傾斜方向に向いている場合に、車両の移動方向が操舵方向に一致していないと判定し、車両の加速度が路面の傾斜方向に対して操舵方向に逸脱した方向に向いている場合に、車両の移動方向が操舵方向に一致していると判定する。このような判定に加えるか、このような判定に代えて、車両の移動方向が路面の傾斜方向に対してなす角度を検出し、この角度が、車両の操舵角に応じた判定値と一致するかまたは判定値を基準とした所定の範囲に収まる場合に、車両の移動方向が操舵方向に一致していると判定してもよい。
【0050】
S205では、フロントブレーキ15のブレーキ液圧BRKfを基本ブレーキ液圧BRKbに設定する。
【0051】
S206では、フロントブレーキ15のブレーキ液圧BRKfを、基本ブレーキ液圧BRKbから所定の圧力ΔBRKだけ低下させた圧力に設定する。本実施形態では、前輪および後輪のうち、操舵輪である前輪のブレーキキャリパ152に供給されるブレーキオイルの圧力、つまり、フロントブレーキ15のブレーキ液圧BRKfのみを低下させ、後輪のブレーキキャリパ162に供給されるブレーキオイルの圧力を基本ブレーキ液圧BRKbに維持する。フロントブレーキキャリパ152に供給されるブレーキオイルの圧力が低下することで、車輪ロック状態の解消が促される。
【0052】
S207では、車両が減速しているか否かを判定する。車両が減速している場合は、ブレーキ液圧調整制御を終了して、今回の制御を終了する一方、減速していない場合は、S202へ戻り、ブレーキ液圧調整制御を継続する。つまり、本実施形態では、車両が傾斜路を車輪ロック状態で移動し始めた後、車両に減速度が生じるまでの間、ブレーキ液圧調整制御を継続し、車両の移動方向と操舵方向との一致、不一致に応じてブレーキ液圧BRKfを低下させ(S206)、ブレーキ液圧BRKfの減圧を停止する(S205)制御を繰り返し実行する。
【0053】
図6は、制動制御による車両の挙動を示す説明図である。
【0054】
図6中、車両V21、V22は、停車している車両V1が車輪ロック状態で移動し始めた後の挙動を示す。車両V21は、移動開始後、路面の傾斜方向に経路R1を移動し、車両V22は、移動開始後、路面の傾斜方向から逸脱した方向に経路R2を移動するものとする。経路R1を移動する車両V21は、路面の傾斜方向に加速度を有して、移動方向が操舵方向に一致していない状態にあり、経路R2を移動する車両V22は、路面の傾斜方向から操舵方向に逸脱した方向に加速度A2を有して、移動方向が操舵方向に一致している状態にある。
【0055】
本実施形態では、車両が傾斜路を滑落している状況において、車両V21をブレーキ液圧調整制御による減圧の対象とする一方、車両V22については減圧を停止する。つまり、車両V21のように、車両にヨー軸を中心とする回転が生じ、車両の向きに操舵に応じた変化が生じたものの、車両が依然として路面の傾斜方向に移動している場合は、ブレーキ液圧調整制御による減圧を実施する。これに対し、車両V22のように、車両の向きに変化が生じるだけでなく、車両の移動方向が路面の傾斜方向から逸脱し、移動方向が操舵方向に一致するに至った場合に、ブレーキ液圧調整制御による減圧を停止する。
【0056】
図7は、制動制御により切り替えられる制動装置1の作動状態および切り替えの条件(遷移条件)を示す状態遷移図である。
図7を参照して、制動装置1の動作について説明する。
【0057】
制動装置1の作動状態は、次の3つの状態A~Cに大別される。
状態A:車両が停車している状態
状態B:車両が滑落しており、車両の移動方向が操舵方向に一致している状態
状態C:車両が滑落しており、車両の移動方向が操舵方向に一致していない状態
状態Aでは、ブレーキ液圧調整制御を停止する。
状態Bでは、操舵輪(前輪)に対するブレーキ液圧の減圧を停止する。
状態Cでは、操舵輪(前輪)のブレーキ液圧を低下させる。
【0058】
状態Aから状態Bへの遷移が生じるのは、次の遷移条件1が成立した場合である。
(遷移条件1)
・ブレーキ液圧調整制御を停止していること
・車輪ロック状態を検出していること
・滑落の開始、つまり、路面の傾斜方向への加速度を検出していること
・車両の移動方向が操舵方向に一致していること
【0059】
状態Aから状態Bへの遷移が生じるのは、次の遷移条件2が成立した場合である。
(遷移条件2)
・ブレーキ液圧調整制御を停止していること
・車輪ロック状態を検出していること
・滑落の開始、つまり、路面の傾斜方向への加速度を検出していること
・車両の移動方向が操舵方向に一致していないこと
【0060】
状態Bから状態Cへの遷移が生じるのは、次の遷移条件3が成立した場合である。
(遷移条件3)
・ブレーキ液圧調整制御を実施していること
・車輪ロック状態を検出していること
・滑落の開始後、減速度を検出していないこと
・車両の移動方向が操舵方向に一致していないこと
【0061】
状態Cから状態Bへの遷移が生じるのは、次の遷移条件4が成立した場合である。
(遷移条件4)
・ブレーキ液圧調整制御を実施していること
・操舵輪のブレーキ液圧を低下させていること
・滑落の開始後、減速度を検出していないこと
・車両の移動方向が操舵方向に一致していること
【0062】
状態Bから状態Aへの遷移が生じるのは、次の遷移条件5が成立した場合である。
(遷移条件5)
・ブレーキ液圧調整制御を実施していること
・車輪ロック状態を検出していること
・滑落の開始後、減速度を検出したこと
・車両の移動方向が操舵方向に一致していること
【0063】
状態Cから状態Aへの遷移が生じるのは、次の遷移条件6が成立した場合である。
(遷移条件6)
・ブレーキ液圧調整制御を実施していること
・操舵輪のブレーキ液圧を低下させていること
・滑落の開始後、減速度を検出したこと
・車両の移動方向が操舵方向に一致していないこと
【0064】
(作用効果の説明)
本実施形態に係る車両の制動装置1は、以上の構成を有する。以下に、本実施形態により得られる効果について説明する。
【0065】
第1に、車両が傾斜路を車輪ロック状態で移動し始めた後、つまり、車両に滑落が生じた後、車両の移動方向が操舵方向に一致していない場合、換言すれば、車両が運転者の意図とは異なる方向へ滑り落ちている場合に、ブレーキ液圧調整制御により車両のブレーキ液圧を低下させ、車輪ロック状態の解消を促す。これにより、運転者の操舵能力を回復させ、運転者が意図する方向へ車両を向かわせることが可能となる。
【0066】
このように、傾斜路で車両に車輪の滑りによる滑落が生じた場合に、車両が運転者の意思とは異なる方向へ滑り続ける事態を回避可能とし、安全性の更なる向上を図ることが可能となる。
【0067】
他方で、車両の移動方向が操舵方向に一致している場合、換言すれば、車両が傾斜路を滑り落ちているものの、操舵能力を失うには至っていない場合に、ブレーキ液圧調整制御による減圧を停止することで、ブレーキ液圧の不要な低下により車両の減速または停止に遅れが生じ、安全性が損なわれる事態を回避することが可能となる。
【0068】
第2に、前輪および後輪のうち、少なくとも前輪を操舵輪とする場合に、ブレーキ液圧調整制御を実施する対象を前輪および後輪のうち、前輪のみとすることで、操舵に直接影響する車輪におけるロック状態の解消を促し、操舵能力の回復を図る一方、前輪および後輪の双方に対するブレーキ液圧が低下することにより、車両の制動に支障を来たす事態を回避することが可能となる。
【0069】
さらに、ブレーキ液圧調整制御を実施する対象を前輪のみとすることで、車輪ロック状対が解消したことを的確に検知し、ブレーキ液圧調整制御をより適切に実施することが可能となる。
【0070】
具体的には、車輪ロック状態の発生を車輪の回転差をもとに検知する場合に、後輪に対するブレーキ液圧を維持することで、前輪と後輪との間で回転差を形成可能とし、この回転差の検出をもって車輪ロック状態が解消したことを検知することが可能である。これに対し、前輪および後輪の双方を対象としてブレーキ液圧調整制御を実施した場合は、車輪ロック状態が解消したとしても回転差を検出することができないため、車輪ロック状態の解消を検知することができず、ブレーキ液圧調整制御が不要に継続することとなる。
【0071】
そして、後輪が左右のそれぞれに備わる場合に、左右双方の後輪に対するブレーキ液圧を維持することで、後輪による制動力に左右で偏りが生じる事態を回避することが可能となる。
【0072】
第3に、ブレーキ液圧調整制御の実施後、車両に減速度が生じた場合に、ブレーキ液圧調整制御を停止することで、ブレーキ液圧を増大させて、前輪および後輪の双方により制動力を働かせ、車両の速やかな減速および停止を図ることが可能となる。
【0073】
第4に、車両が停車した状態から車輪ロック状態で移動し始めた場合に、ブレーキ液圧調整制御を実施することで、停車した状態からの滑落により車両が運転者の意図とは異なる方向へ滑り続けること、具体的には、運転者がハンドルを右または左に切っているにも拘わらず、傾斜路をそのまま下方へ滑り続ける事態を抑制することが可能となる。
【0074】
第5に、車両の全輪がロック状態にある場合を車輪ロック状態として検知し、車両が傾斜路をこのような車輪ロック状態で移動し始めた場合に、ブレーキ液圧調整制御を実施することで、一部の車輪のみがロック状態にある状況での移動、例えば、前輪および後輪のうち、前輪のみがロック状態にある状況での移動の場合に、ブレーキ液圧調整制御による不要な減圧により制動に支障を来たす事態を回避し、車両の速やかな減速および停止を図ることが可能となる。
【符号の説明】
【0075】
1…車両の制動装置、11…ブレーキペダル、12…ブレーキブースタ、13…ブレーキマスターシリンダ、14…ブレーキオイルリザーバ、15…フロントブレーキ、151…ブレーキディスク、152…ブレーキキャリパ、152a…ブレーキパッド、16…リアブレーキ、161…ブレーキディスク、162…ブレーキキャリパ、162a…ブレーキパッド、17…圧力調整弁、101…コントローラ、111…アクセル開度センサ、112…ブレーキ踏力センサ、113…車輪速センサ、114…傾斜角センサ、115…加速度センサ、116…操舵角センサ、117…車速センサ、S…制御システム。