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2025-99943路面摩擦係数推定方法及び路面摩擦係数推定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025099943
(43)【公開日】2025-07-03
(54)【発明の名称】路面摩擦係数推定方法及び路面摩擦係数推定装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 40/068 20120101AFI20250626BHJP
   B62D 6/00 20060101ALI20250626BHJP
【FI】
B60W40/068
B62D6/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023216956
(22)【出願日】2023-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100114177
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】丸山 永容
(72)【発明者】
【氏名】塩澤 裕樹
【テーマコード(参考)】
3D232
3D241
【Fターム(参考)】
3D232CC50
3D232DA03
3D232DA64
3D232DC33
3D232DC34
3D232DD02
3D232EA04
3D232EB11
3D232EC22
3D241BA49
3D241DA52Z
3D241DA58A
3D241DA58Z
3D241DC47A
(57)【要約】
【課題】車輪を操舵するモータの駆動電流に基づく路面摩擦係数の推定精度を向上する。
【解決手段】路面摩擦係数推定方法では、操舵輪を操舵する操舵モータの駆動電流の電流測定値を取得し(S2)、操舵輪を操舵する操舵機構における機械摩擦と、保舵状態の操舵輪に存在するタイヤねじれと、により発生する反力に相当する操舵トルクを発生するのに要する操舵モータの駆動電流をバイアス成分として推定し(S7、S10)、電流測定値からバイアス成分を減算した差分に基づいて、路面の第1摩擦係数を推定する(S11~S13)。
【選択図】図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵輪を操舵する操舵モータの駆動電流の電流測定値を取得し、
前記操舵輪を操舵する操舵機構における機械摩擦と、保舵状態の前記操舵輪に存在するタイヤねじれと、により発生する反力に相当する操舵トルクを発生するのに要する前記操舵モータの駆動電流をバイアス成分として推定し、
前記電流測定値から前記バイアス成分を減算した差分に基づいて、路面の第1摩擦係数を推定する、
ことを特徴とする路面摩擦係数推定方法。
【請求項2】
前記操舵輪の操舵角の操舵角測定値を取得し、
前記操舵角測定値と前記電流測定値とに基づいて前記バイアス成分を推定する、
ことを特徴とする請求項1に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項3】
前記操舵モータによる前記操舵輪の操舵中における前記電流測定値に基づいて前記タイヤねじれに起因する前記操舵輪のタイヤの残留モーメントの方向を推定することを特徴とする請求項2に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項4】
前記操舵モータによる前記操舵輪の操舵の開始初期の前記電流測定値の正負に基づいて、前記残留モーメントの方向を推定する請求項3に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項5】
前記残留モーメントの方向と前記操舵モータによる前記操舵輪の操舵方向とが同じ場合に、前記操舵モータによる前記操舵輪の操舵中に前記電流測定値が減少から増加に転ずる第1操舵角を検出するとともに、前記第1操舵角における前記電流測定値を第1電流値として検出し、
前記操舵モータにより前記第1操舵角から更に同じ方向に前記操舵輪を操舵した第2操舵角における前記電流測定値を第2電流値として検出し、
前記第1操舵角及び前記第1電流値と、前記第2操舵角及び前記第2電流値とに基づいて前記操舵輪の操舵角と前記操舵モータの駆動電流との間の近似直線を算出し、
前記近似直線の切片を前記バイアス成分と推定する、
ことを特徴とする請求項3又は4に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項6】
前記残留モーメントの方向と前記操舵モータによる前記操舵輪の操舵方向とが異なる場合に、前記操舵モータにより前記操舵輪を一定の操舵角速度で操舵したときの前記電流測定値の一階時間微分値が最大となる第1操舵角を検出するとともに、前記第1操舵角における前記電流測定値を第1電流値として検出し、
前記操舵モータにより前記第1操舵角から更に同じ方向に前記操舵輪を操舵した第2操舵角における前記電流測定値を第2電流値として検出し、
前記第1操舵角及び前記第1電流値と、前記第2操舵角及び前記第2電流値とに基づいて前記操舵輪の操舵角と前記操舵モータの駆動電流との間の近似直線を算出し、
前記近似直線の切片を前記バイアス成分と推定する、
ことを特徴とする請求項3又は4に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項7】
前記操舵輪を所定の操舵角まで操舵したときの前記差分の最大値に基づいて前記第1摩擦係数を推定することを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項8】
予め取得した前記操舵モータの駆動電流の最大値と路面の摩擦係数との間の関係と前記差分の最大値とに基づいて前記第1摩擦係数を推定することを特徴とする請求項7に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項9】
前記操舵モータの駆動電流の最大値と前記摩擦係数との間の関係を予め同定する際に前記操舵モータにより前記操舵輪を操舵する操舵角速度と、前記第1摩擦係数を推定する際の操舵角速度と、を一致させることを特徴とする請求項8に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項10】
予め取得した所定操舵角における操舵角変化に対する前記操舵モータの駆動電流の変化率と路面の摩擦係数との間の関係と、前記電流測定値と、に基づいて第2摩擦係数を推定し、
前記第2摩擦係数のばらつき幅に基づいて前記第1摩擦係数の推定結果を制限する、
ことを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項11】
操舵輪を操舵する操舵モータの駆動電流の電流測定値を取得する処理と、
前記操舵輪を操舵する操舵機構における機械摩擦と、保舵状態の前記操舵輪に存在するタイヤねじれと、により発生する反力に相当する操舵トルクを発生するのに要する前記操舵モータの駆動電流をバイアス成分として推定する処理と、
前記電流測定値から前記バイアス成分を減算した差分に基づいて、路面の第1摩擦係数を推定する処理と、
を実行するコントローラを備えることを特徴とする路面摩擦係数推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、路面摩擦係数推定方法及び路面摩擦係数推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載の路面摩擦係数推定装置は、車両の停車中にモータにより左右後輪を所定角だけ操舵する際のモータ駆動電流に基づいて、路面摩擦係数を推定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10-288559号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
操舵角が変化しない保舵状態のタイヤには、タイヤ捩れ等によるモーメントが残留していることがある。操舵輪を操舵するモータが操舵を開始すると、残留モーメントがモータの駆動電流に影響して路面摩擦係数の推定精度が低下する虞がある。
本発明は、車輪を操舵するモータの駆動電流に基づく路面摩擦係数の推定精度を向上することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様による路面摩擦係数推定方法では、操舵輪を操舵する操舵モータの駆動電流の電流測定値を取得し、操舵輪を操舵する操舵機構における機械摩擦と、保舵状態の操舵輪に存在するタイヤねじれと、により発生する反力に相当する操舵トルクを発生するのに要する操舵モータの駆動電流をバイアス成分として推定し、電流測定値からバイアス成分を減算した差分に基づいて、路面の第1摩擦係数を推定する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、車輪を操舵するモータの駆動電流に基づく路面摩擦係数の推定精度を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】実施形態の路面摩擦係数推定装置の一例の概略構成図である。
図2】路面摩擦係数と操舵角に対するタイヤ反力トルクの特性図である。
図3】(a)はタイヤの残留モーメントを説明する模式図であり、(b)及び(c)は操舵トルクに対する残留モーメントの影響を説明する模式図である。
図4】第1実施形態のコントローラの機能構成の例のブロック図である。
図5】(a)~(f)は、操舵トルクに対する残留モーメントの影響の説明図である。
図6】残留モーメントの方向と操舵モータによる操舵方向とが同じ場合(同相の場合)の電流測定値の補正の説明図である。
図7】(a)~(d)は、モータ駆動電流の変曲点の検出の説明図である。
図8】残留モーメントの方向と操舵モータによる操舵方向とが異なる場合(逆相の場合)の電流測定値の補正の説明図である。
図9】モータ駆動電流の最大値と路面摩擦係数の関係の一例の説明図である。
図10】第1実施形態の路面摩擦係数推定方法の一例のフローチャートである。
図11】路面摩擦係数と操舵角に対するタイヤ反力トルクの特性図である。
図12】第2実施形態のコントローラの機能構成の例のブロック図である。
図13】(a)~(d)は、ブラッシュモデルによる路面摩擦係数と操舵角とタイヤ反力の関係の説明図である。
図14】モータ駆動電流の変化率と路面摩擦係数の関係の一例の説明図である。
図15】路面摩擦係数と操舵角に対するタイヤ反力モーメントの特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、各図面は模式的なものであって、現実のものとは異なる場合がある。また、以下に示す本発明の実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の構造、配置等を下記のものに特定するものではない。本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された請求項が規定する技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0009】
(第1実施形態)
(構成)
図1を参照する。実施形態の路面摩擦係数推定装置10は、前輪操舵モータ11Fと、後輪操舵モータ11Rと、前輪操舵角測定装置12Fと、後輪操舵角測定装置12Rと、コントローラ13を備える。以下の説明において、左前輪2FL及び右前輪2FRを総称して「前輪2F」と表記し、左後輪2RL及び右後輪2RRを総称して「後輪2R」と表記することがある。
【0010】
前輪操舵モータ11F及び後輪操舵モータ11Rは、コントローラ13から、操舵角指令値や操舵角速度指令値を受け取り、それを実現するために演算したモータ駆動電流で前輪2F及び後輪2Rの操舵角指令値や操舵角速度指令値を実現する。また、操舵に必要なモータ駆動電流を測定してコントローラ13に出力する。
例えば前輪2Fは、運転者が操作するステアリングホイールと、それに接続されたステアリングシャフトと、前輪2Fの車両1に対する角度を変化させることができる操舵機構とにより操舵される。前輪操舵モータ11Fは、運転者による操舵を補助する操舵補助トルクを操舵機構に付与する。
【0011】
また例えば後輪2Rは、ステアリングホイールとの間に機械的な機構を持たず、両者を電気的に接続して操舵を制御するステアバイワイヤシステムにより操舵される。後輪操舵モータ11Rは、後輪2Rを操舵する操舵トルクを発生する。
なお、コントローラ13から受け取った操舵角指令値や操舵角速度指令値を実現可能な構成であれば、ステアリングホイールと前輪2Fや後輪2Rとの間に機械的な機構の有無は問わず、各輪を独立に操舵してもよい。
【0012】
前輪操舵角測定装置12F及び後輪操舵角測定装置12Rは、車両1の進行方向に対する前輪2F及び後輪2Rの操舵角をそれぞれ測定し、測定した操舵角をコントローラ13に出力する。
一般的に、操舵角とステアリングホイールの回転角とは、操舵機構によって決まる比率(ステアリングギア比)の関係を有する。例えば前輪2Fの操舵角は、ステアリングシャフトの回転角を測定してステアリングギア比の関係を用いて算出してよい、後輪2Rの操舵角は、後輪操舵モータ11Rの回転角度に基づいて算出してよい。ただし、操舵角の測定の手段はこれに限定されない。
【0013】
路面摩擦係数推定装置10は、路面摩擦係数を推定する際に、前輪2F又は後輪2Rの一方又は両方を所定の操舵角指令値や操舵角速度で操舵する。以下の説明において、路面摩擦係数を推定するために前輪2Fや後輪2Rを操舵することを「推定操舵」と表記することがある。また、前輪2Fや後輪2Rのうち推定操舵において操舵される車輪を「操舵輪」と表記することがある。また、推定操舵において操舵される操舵輪の操舵角を「操舵角θ」と表記することがある。
【0014】
また、前輪操舵モータ11F及び後輪操舵モータ11Rを総称して「操舵モータ11」と表記し、前輪操舵角測定装置12F及び後輪操舵角測定装置12Rを総称して「操舵角測定装置12」と表記することがある。
ステアリングホイールと操舵輪とが機械的な機構で接続されている場合には、路面摩擦係数推定装置10は、運転者の操舵入力がない状態において推定操舵を実行する。ステアバイワイヤシステムを用いる場合には、推定操舵中は運転者の操作を操舵角θに反映させないことで推定を継続してもよい。
【0015】
コントローラ13は、操舵輪の推定操舵を実行して推定操舵中の操舵モータ11のモータ駆動電流に基づいて、車両1が走行する路面の摩擦係数の推定する電子制御ユニット(ECU:Electronic Control Unit)である。コントローラ13は、操舵角測定装置12から取得した操舵角度情報から、路面摩擦係数の推定に必要な操舵角指令値や操舵角速度指令値を決定し、これらの指令値に基づいて操舵輪の操舵を制御する。推定操舵中の操舵角測定装置12及び操舵モータ11からそれぞれ取得した操舵角度情報、モータ駆動電流情報に基づいて路面摩擦係数を推定する。
【0016】
コントローラ13は、プロセッサ13aと、記憶装置13b等の周辺部品とを含む。以下に説明するコントローラ13の機能は、例えばプロセッサ13aが、記憶装置13bに格納されたコンピュータプログラムを実行することにより実現される。
コントローラ13は、以下に説明する各情報処理を実行するための専用のハードウエアを備えてもよい。例えば、コントローラ13は、汎用の半導体集積回路中に設定される機能的な論理回路を備えてもよい。例えばコントローラ13はフィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ(FPGA:Field-Programmable Gate Array)等のプログラマブル・ロジック・デバイス(PLD:Programmable Logic Device)等を有していてもよい。
【0017】
図2は、路面摩擦係数と操舵角θに対するタイヤ反力トルクの特性図である。操舵輪の操舵角θに対するタイヤ反力トルクは、路面摩擦係数μによって変化する。そこでコントローラ13は、所定の操舵角θpreまで操舵輪を操舵したときの操舵モータ11のモータ駆動電流に基づいて路面摩擦係数μを推定する。
【0018】
しかしながら、推定操舵を実行する前の保舵状態のタイヤには、タイヤ捩れ等によるモーメントが残留していることがある。
図3(a)を参照する。以下の説明において、タイヤねじれが生じない操舵輪の操舵角である中立点2nに対して、現在のタイヤの向き2cがずれることにより発生するモーメントMrを「残留モーメント」と表記する。図3(a)の例では、保舵状態のタイヤの向き2cが中立点2nに対して角度θだけずれている。例えば残留モーメントMrは、操舵輪が保舵されるまでの車両状態によってタイヤねじれが生じた場合に発生する。
【0019】
残留モーメントMrが操舵機構の最大静止摩擦トルク未満であれば、残留モーメントMrが静止摩擦トルクと釣り合うため、操舵輪が動かずに残留モーメントMrがタイヤに残留する。推定操舵を開始すると残留モーメントMrがモータ駆動電流に影響するため、路面摩擦係数の推定精度が低下する虞がある。
【0020】
図3(b)及び図3(c)はそれぞれ、推定操舵の操舵方向と残留モーメントの方向とが等しい場合と異なる場合において操舵輪に働くトルクの間の関係を示す。以下の説明において、推定操舵の操舵方向と残留モーメントの方向とが等しい場合を「同相」と表記し、推定操舵の操舵方向と残留モーメントの方向とが異なる場合を「逆相」と表記することがある。
矢印Tm、Tr、Mr、Ttはそれぞれ、操舵機構の機械摩擦トルク、操舵角に応じた路面反力トルク、残留モーメント、推定操舵の操舵トルクを模式的に表している。操舵トルクTtは、機械摩擦トルクTm、路面反力トルクTr及び残留モーメントMrの和と釣り合う。このため、推定操舵開始時の存在する残留モーメントの方向に応じて、残留モーメントが操舵トルクTtに与える影響が推定操舵中に変化して、路面摩擦係数の推定精度が低下する虞がある。
【0021】
そこでコントローラ13は、操舵機構における機械摩擦と、推定操舵前の保舵状態の操舵輪に存在するタイヤねじれと、によりモータ駆動電流に生じるバイアス成分を推定する。そして、モータ駆動電流の測定値からバイアス成分を除去してから、路面摩擦係数を推定する。
なお、残留モーメントは、車両1が停車している状態だけでなく、車両1が保舵状態(例えば一定の操舵角で旋回中)で走行中に発生することもある。したがって、本発明の路面摩擦係数推定方法は、車両1が走行中に操舵モータ11のモータ駆動電流に基づいて路面摩擦係数を推定する場合においても有効である。
【0022】
図4は、第1実施形態のコントローラ13の機能構成の例のブロック図である。コントローラ13は、操舵指令演算部20と、測定値取得部21と、残留方向判定部22と、バイアス成分演算部23と、駆動電流補正部24と、最大値検出部25と、摩擦係数推定部26と、を備える。
操舵指令演算部20は、推定操舵を実行する際に、路面摩擦係数の推定に必要な操舵角指令値や操舵角速度指令値を決定し、これら指令値に基づいて操舵輪の操舵を制御する。
測定値取得部21は、推定操舵を開始してから所定の操舵角θpreまで操舵輪を操舵するまでの間に、操舵角測定装置12が測定した操舵角θの操舵角測定値と、操舵モータ11が測定したモータ駆動電流の電流測定値と、を逐次取得する。
【0023】
図5(a)~図5(f)を参照して、モータ駆動電流の特性を説明する。図5(a)~図5(c)は、同相の場合における操舵角θに対する機械摩擦トルクTm、タイヤ反力トルク、及び操舵トルクTt相当のモータ駆動電流の特性図である。図5(d)~図5(f)は、逆相の場合における操舵角θに対する機械摩擦トルクTm、タイヤ反力トルク、及び操舵トルクTt相当のモータ駆動電流の特性図である。
【0024】
一般的に、操舵角θの絶対値が小さい領域では、図5(b)及び図5(e)に示すようにタイヤ反力トルクは操舵輪の操舵角θに対して線形とみなすことができる。
同相の場合(図5(b))には、推定操舵の開始時(θ=0)に負の残留モーメント(-Mr)が存在する。操舵角θが増加すると残留モーメントは減少して中立点において解消されてタイヤ反力トルクは「0」となる。
【0025】
さらに操舵角θが増加すると、操舵角θに対して線形に増加する正の路面反力トルクTrが発生する。
したがってタイヤ反力トルクは、操舵開始時点に残留モーメントが存在しない場合に生じる路面反力トルクTr(一点鎖線)を、残留モーメント(-Mr)でバイアスした値を有する。
【0026】
機械摩擦トルクTm(図5(a))は、推定操舵の開始時に残留モーメントに釣り合う値(Mr)となる。このため、推定操舵の開始時において操舵に要するトルクは「0」となり、モータ駆動電流(図5(c))は「0」から開始する。
操舵輪が動き始めると機械摩擦トルクTmは動摩擦トルクTmdまで減少する。これに伴い操舵トルクTtが減少するため、モータ駆動電流(図5(c))は一時的に負の値となる。
【0027】
機械摩擦トルクTmが動摩擦トルクTmdへ切り替わると、機械摩擦トルクTmはほぼ一定となる。すると、タイヤ反力トルクによって操舵トルクTtが増加するためモータ駆動電流が減少から増加に転じる。このため、操舵角θに対するモータ駆動電流の特性に極値点Pextが発生する。更に同じ方向に操舵すると、線形領域では操舵角θの増加に対してモータ駆動電流がほぼ線形に増加する。
以下の説明において、極値点Pextにおける操舵角及びモータ駆動電流を「極値点操舵角θext」及び「極値点電流Iext」と表記することがある。
【0028】
一方で逆相の場合(図5(e))には、推定操舵の開始時に正の残留モーメントMrが存在する。このためタイヤ反力トルクは、操舵開始時点に残留モーメントが存在しない場合の路面反力トルクTr(一点鎖線)を、残留モーメント(+Mr)でバイアスした値を有する。
【0029】
機械摩擦トルクTmは、推定操舵の開始時に残留モーメントに釣り合う値(-Mr)となる。このため、推定操舵の開始時において操舵に要するトルクは「0」となり、モータ駆動電流(図5(f))は「0」から開始する。
操舵輪が動き始めると、機械摩擦トルクTmは正値の動摩擦トルクTmdまで増加する。モータ駆動電流(図5(f))は、機械摩擦トルクTmと路面反力トルクの増加に伴って正値のまま増加する。
【0030】
機械摩擦トルクTmが動摩擦トルクTmdへ切り替わると、機械摩擦トルクTmはほぼ一定となる。このため、操舵角θに対するモータ駆動電流の特性に変曲点Pinfが発生する。更に同じ方向に操舵すると、線形領域では操舵角θの増加に対してモータ駆動電流がほぼ線形に増加する。
以下の説明において、変曲点Pinfにおける操舵角及びモータ駆動電流を「変曲点操舵角θinf」及び「変曲点電流Iinf」と表記することがある。
【0031】
図4を参照する。残留方向判定部22は、推定操舵中におけるモータ駆動電流の電流測定値の変化に基づいて残留モーメントの方向を推定する。例えば、推定操舵の開始初期のモータ駆動電流の電流測定値(例えば推定操舵の開始直後の電流測定値)に基づいて残留モーメントの方向を推定する。
一般的に、操舵輪の操舵角θに対するタイヤ反力トルクは、操舵初期の操舵角θが絶対値が小さい領域では線形かつ単調増加であることが知られている。この特性を活かして推定操舵の開始初期のモータ駆動電流の電流測定値(以下「初期電流値Iinit_ave」)と表記することがある)の正負に基づいて残留モーメントの方向を推定する。
【0032】
例えば、残留方向判定部22は、推定操舵開始から、図5(f)のように操舵角に対するタイヤ反力トルクが線形となるような所定の操舵角θ0まで、操舵輪を転舵する間のモータ駆動電流の電流測定値の積分値を、初期電流値Iinit_aveとして算出する。
但し、操舵角θが操舵角θ0に至る前に電流測定値の変化率の符号が負から正に転じた場合には、推定操舵開始から電流測定値の変化率が負から正に転じた時点までの電流測定値の積分値を初期電流値Iinit_aveとして算出する。
【0033】
残留方向判定部22は、初期電流値Iinit_aveの符号が負である場合に同相であると判定し、初期電流値Iinit_aveの符号が正である場合に逆相であると判定する。
なお、このとき、残留モーメントが全く発生していない場合には、残留方向は逆相であると判断されてしまうが、この場合は後述の切片Iitrが0となるため推定結果に影響しない。
【0034】
バイアス成分演算部23は、操舵機構の機械摩擦と残留モーメントによってモータ駆動電流に生じるバイアス成分を演算する。操舵トルクTtは、機械摩擦トルクTmとタイヤ反力トルクの和に釣り合ため、モータ駆動電流には、機械摩擦トルクTmと操舵開始時の残留モーメント(-Mr又は+Mr)の和に相当するバイアス成分が含まれている。
例えばバイアス成分演算部23は、動摩擦トルクTmdと操舵開始時の残留モーメントの和に相当するバイアス成分を算出する。
【0035】
図5(c)を参照する。同相の場合、極値点操舵角θext以上の範囲では、バイアス成分は残留モーメント(-Mr)と動摩擦トルクTmdの和に相当する。また、極値点操舵角θext以上の範囲では、線形領域内であれば、操舵角θの増加に対してモータ駆動電流がほぼ線形に増加する。
このため、極値点操舵角θext以上の操舵角θの範囲のモータ駆動電流の電流測定値に基づいて、操舵角θに対するモータ駆動電流の近似直線Lappを算出し、操舵角θ=0における切片(-Iitr)を求めることにより、動摩擦トルクTmdと残留モーメント(-Mr)の和に相当するバイアス成分を推定できる。
切片(-Iitr)を求めることにより、操舵初期において機械摩擦が静止摩擦から動摩擦に変化しても、動摩擦トルクTmdと操舵開始時点の残留モーメント(-Mr)の和を推定できる。
【0036】
例えば、バイアス成分演算部23は、図6に示すように操舵開始後の操舵角θの増加に伴ってモータ駆動電流の電流測定値の変化が減少から増加に変化する操舵角を、極値点操舵角θextとして検出してよい。また、極値点操舵角θextにおける電流測定値を極値点電流Iextとして検出してよい。
バイアス成分演算部23は、極値点操舵角θextから所定角度Δθだけ更に同じ方向に操舵した操舵角(θext+Δθ)におけるモータ駆動電流の電流測定値(Iext+ΔI)を取得し、電流変化率ΔI/Δθを算出してよい。
【0037】
そして、極値点Pext(θext,Iext)を通り、傾き(ΔI/Δθ)を有する直線を近似直線Lappとして算出してよい。
極値点Pext(θext,Iext)における近似直線Lappを算出することで、できるだけ小さな操舵角θにおける近似直線Lappを算出できる。このため、操舵角θに対するモータ駆動電流の線形性が良好な領域で、近似直線Lappを算出できる。
【0038】
図5(f)を参照する。逆相の場合、変曲点操舵角θinf以上の範囲では、バイアス成分は残留モーメント(+Mr)と動摩擦トルクTmdの和に相当する。また、変曲点操舵角θinf以上の範囲では、線形領域内であれば、操舵角θの増加に対してモータ駆動電流がほぼ線形に増加する。このため、変曲点操舵角θinf以上の操舵角θの範囲のモータ駆動電流の電流測定値に基づいて、操舵角θに対するモータ駆動電流の近似直線Lappを算出し、操舵角θ=0における切片Iitrを求めることにより、動摩擦トルクTmdと残留モーメント(Mr)の和に相当するバイアス成分を推定できる。
【0039】
例えば、バイアス成分演算部23は、一定の操舵角速度で操舵したときのモータ駆動電流の測定値の一階時間微分値が最大となる操舵角を、変曲点操舵角θinfとして検出してよい。
図7(a)~図7(d)は、一定の操舵角速度で操舵したときの操舵角、操舵角速度、モータ駆動電流、モータ駆動電流の一階時間微分値のタイムチャートである。バイアス成分演算部23は、一階時間微分値が最大となる操舵角を、変曲点操舵角θinfとして検出し、変曲点操舵角θinfにおける電流測定値を変曲点電流Iinfとして検出してよい。
【0040】
図8を参照する。バイアス成分演算部23は、変曲点操舵角θinfから所定角度Δθだけ更に同じ方向に操舵した操舵角(θinf+Δθ)におけるモータ駆動電流の電流測定値(Iinf+ΔI)を取得し、電流変化率ΔI/Δθを算出してよい。そして、変曲点Pinf(θinf,Iinf)を通り、傾き(ΔI/Δθ)を有する直線を近似直線Lappとして算出してよい。
【0041】
図4を参照する。駆動電流補正部24は、測定値取得部21が取得した電流測定値を、バイアス成分演算部23が演算したバイアス成分(すなわち切片Iitrや切片(-Iitr))で補正することにより補正済測定値Icrtを算出する。具体的には、電流指令値からバイアス成分を減算することにより補正済測定値Icrtを算出する。
最大値検出部25は、図6及び図8に示すように補正済測定値Icrtの最大値Icmxを検出する。
バイアス成分演算部23と駆動電流補正部24による補正処理によって、残留モーメント方向が異なっていても路面摩擦係数が同じであれば、最大値Icmxをほぼ同等の値にすることができる。
【0042】
摩擦係数推定部26は、事前に取得したモータ駆動電流値の最大値と路面摩擦係数との間の関係に基づいて、補正済測定値Icrtの最大値Icmxにおける路面摩擦係数μ1を求める。
図9は、事前に取得したモータ駆動電流の最大値と路面摩擦係数との間の関係の一例の説明図である。モータ駆動電流の最大値と路面摩擦係数との間の関係は、例えば計算式により予め定めてもよく、ルックアップテーブルやマップの形式で記憶装置13bに記憶していてもよい。
なお、操舵指令演算部20は、推定操舵を実行する際における所定の操舵角速度を、図9に示すモータ駆動電流の最大値と路面摩擦係数の関係を予め同定する際に操舵モータ11で操舵輪を操舵した操舵角速度と同じ速度に設定することが好ましい。
【0043】
図10は、第1実施形態の路面摩擦係数推定方法の一例のフローチャートである。
ステップS1において操舵指令演算部20は、所定の操舵角速度で操舵輪を操舵する。ステップS2において測定値取得部21は、操舵角θの操舵角測定値とモータ駆動電流の電流測定値を取得する。ステップS3において操舵指令演算部20は、所定の操舵角θpreまで操舵したか否かを判定する。所定の操舵角θpreまで操舵していない場合(ステップS3:N)に処理はステップS1へ戻る。所定の操舵角θpreまで操舵した場合(ステップS3:Y)に処理はステップS4へ進む。
【0044】
ステップS4において残留方向判定部22は、推定操舵の開始初期のモータ駆動電流の初期電流値Iinit_aveに基づいて残留モーメントの方向を推定する。残留方向判定部22は、初期電流値Iinit_aveが負である場合に同相であると判定して(ステップS4:Y)処理はステップS5へ進む。初期電流値Iinit_aveが正である場合に逆相であると判定して(ステップS4:N)に処理はステップS8へ進む。
【0045】
ステップS5においてバイアス成分演算部23は、極値点(θext,Iext)を検出する。ステップS6においてバイアス成分演算部23は、極値点操舵角θextから操舵角(θext+Δθ)までの電流変化率ΔI/Δθを算出する。ステップS7においてバイアス成分演算部23は、傾き(ΔI/Δθ)を有し、極値点(θext,Iext)を通る近似直線Lappの切片(-Iitr)をバイアス成分として算出する。その後に処理はステップS11へ進む。
【0046】
ステップS8においてバイアス成分演算部23は、変曲点(θinf,Iinf)を検出する。ステップS9においてバイアス成分演算部23は、変曲点操舵角θinfから操舵角(θinf+Δθ)までの電流変化率ΔI/Δθを算出する。ステップS10においてバイアス成分演算部23は、傾き(ΔI/Δθ)を有し、変曲点(θinf,Iinf)を通る近似直線Lappの切片(Iitr)をバイアス成分として算出する。その後に処理はステップS11へ進む。
【0047】
ステップS11において駆動電流補正部24は、測定値取得部21が取得した電流測定値を、バイアス成分で補正することにより補正済測定値Icrtを算出する。ステップS12において最大値検出部25は、補正済測定値Icrtの最大値Icmxを算出する。ステップS13において摩擦係数推定部26は、事前に取得したモータ駆動電流値の最大値と路面摩擦係数の関係に基づいて、最大値Icmxにおける路面摩擦係数μ1を求める。その後に処理は終了する。
【0048】
(第2実施形態)
第2実施形態のコントローラ13は、第1実施形態とは異なる推定方法で第2の路面摩擦係数μ2を推定し、第1実施形態の推定方法により摩擦係数推定部26が算出した路面摩擦係数μ1(以下「第1の路面摩擦係数μ1」と表記することがある)の精度向上のためのリミッタとして用いる。
図11は、路面摩擦係数と操舵角θに対するタイヤ反力トルクの特性図である。操舵角θが比較的小さな線形領域R1では、操舵角θの増加に伴ってタイヤ反力トルクが線形に増加し、操舵角θが比較的大きな飽和領域R2では、操舵角θが増加してもタイヤ反力トルクは殆ど変わらない。
一方で、線形領域R1と飽和領域R2の間の領域R3では、操舵角θの増加に伴ってタイヤ反力トルクが非線形に増加する。以下の説明において領域R3を「非線形・非飽和領域R3」と表記することがある。非線形・非飽和領域R3においては、タイヤ反力トルクの変化率(ΔT/Δθ)が路面摩擦係数μに応じて変化する。第2実施形態のコントローラ13は、非線形・非飽和領域R3内に予め設定された操舵角(以下の説明において「所定操舵角θ1」と表記する)における、操舵角θに対するモータ駆動電流の電流変化率(ΔI/Δθ)に基づいて第2の路面摩擦係数μ2を推定する。
【0049】
モータ駆動電流の最大値を用いて路面摩擦係数を推定すると、残留モーメントが電流最大値に影響する。これに対して、操舵機構の機械摩擦が動摩擦に遷移した後は、電流変化率(ΔI/Δθ)は残留モーメントの影響を受けずに、操舵角と路面摩擦係数に対して一意に定まる。したがって、所定操舵角θ1における電流変化率(ΔI/Δθ)と路面摩擦係数との間の関係が既知であれば、電流変化率(ΔI/Δθ)に基づいて第2の路面摩擦係数μ2を精度良く推定できる。
【0050】
図12は、第2実施形態のコントローラ13の機能構成の一例のブロック図である。第2実施形態のコントローラ13は、第1実施形態の構成に加えて、変化率算出部27と、摩擦係数推定部28と、保証範囲設定部29を備える。
変化率算出部27は、測定値取得部21が取得した操舵角測定値と電流測定値のうち、所定操舵角θ1付近のデータを抽出する。変化率算出部27は、抽出したデータに基づいて操舵角θの変化Δθに対するモータ駆動電流の変化ΔIを検出する。変化率算出部27は、ΔIをΔθで除算することで、所定操舵角θ1における電流変化率(ΔI/Δθ)を算出する。
【0051】
摩擦係数推定部28は、電流変化率(ΔI/Δθ)に基づいて第2の路面摩擦係数μ2を推定する。
タイヤによる反力モーメントが飽和しない操舵角範囲であれば、操舵角θの増加に対してタイヤによる反力モーメントは単調増加となる。このためモータ駆動電流も単調増加となり、電流変化率(ΔI/Δθ)は正値を有する。その理由を図13(a)~図13(d)を参照して、タイヤのブラッシュモデルを用いて説明する。
【0052】
図13(a)~図13(d)において、符号「xs」、「xe」はそれぞれタイヤの前後方向に沿ったタイヤの接地開始点と接地終了点を示す。
タイヤスリップ角を「α」、横方向の弾性係数を「Cy」、タイヤ接地幅を「w」、スリップ率を「s」、接地開始点からの距離を「x」とすると、粘着域における横方向のタイヤ発生力Fyadは、Fyad=Cy×w×x×tanαにより定まる。
【0053】
粘着域と滑り域との境界点xbは、粘着域における横方向のタイヤ発生力Fyadと、接地面に働く最大静止摩擦力の分布とが交わる位置として求まる。
粘着域(xs≦x≦xb)では、粘着域における横方向のタイヤ発生力Fyadを積分し、滑り域(xb≦x≦xe)では、接地面に働く最大すべり摩擦力の分布を積分して、これらを合計するとタイヤ横力Fyが定まる。
【0054】
図13(a)及び図13(b)は、路面摩擦係数が比較的高い場合におけるブラッシュモデルを示す。図13(a)のハッチング領域の面積はタイヤスリップ角αの場合のタイヤ横力Fyを表し、図13(b)のハッチング領域の面積がタイヤスリップ角α+Δαの場合のタイヤ横力Fyを表す。
図13(a)と図13(b)のハッチング領域の面積を比較すると、タイヤスリップ角の増加Δαによってタイヤ横力Fyが増加している。このため、タイヤによる反力モーメントが飽和しない操舵角範囲においては、操舵角θの増加に対して反力モーメントは単調増加し、反力モーメントに釣り合うためのモータ駆動電流も単調増加する。
【0055】
図13(c)及び図13(d)は、路面摩擦係数が比較的低い場合におけるブラッシュモデルを示す。図13(c)のハッチング領域の面積はタイヤスリップ角αの場合のタイヤ横力Fyを表し、図13(d)のハッチング領域の面積がタイヤスリップ角α+Δαの場合のタイヤ横力Fyを表す。図13(a)及び図13(b)と図13(c)及び図13(d)とを比較すると、路面摩擦係数が低くなるとタイヤ横力Fyの増加分が減少していることが分かる。これにより路面摩擦係数が小さくなると、モータ駆動電流の増加率(ΔI/Δθ)も小さくなることが分かる。
【0056】
そこで、所定操舵角θ1における操舵角変化に対するモータ駆動電流の電流変化率と路面摩擦係数との間の関係を事前に取得しておき、記憶装置13bに記憶する。事前に取得した電流変化率と路面摩擦係数との間の関係は、例えば計算式により予め定めてもよく、ルックアップテーブルやマップの形式で記憶していてもよい。
図14は、事前に取得したモータ駆動電流の電流変化率と路面摩擦係数の予め取得した関係の一例の説明図である。
【0057】
なお、電流変化率と路面摩擦係数との間の関係を予め同定する際に、路面摩擦係数の異なる3つ以上の路面において電流変化率を取得して、電流変化率と路面摩擦係数との関係を求めることが好ましい。
摩擦係数推定部28は、事前に取得した電流変化率と路面摩擦係数との間の関係と、変化率算出部27が算出した所定操舵角θ1における電流変化率(ΔI/Δθ)と、に基づいて電流変化率(ΔI/Δθ)における第2の路面摩擦係数μ2を求める。
【0058】
図15を参照する。タイヤの特性上、タイヤにねじれが生じることにより発生する操舵回転方向のモーメントは、操舵角θを大きくしていくとある操舵角を境に飽和する。操舵回転方向モーメントが飽和すると、モータ駆動電流の電流変化率も飽和してしまい、路面摩擦係数に対して有意差を生じなくなる。
このため、所定操舵角θ1は、想定されうる走行路面環境のうち最も路面摩擦係数が小さい路面で操舵したときのモータ駆動電流が極大となる操舵角θsatよりも小さい角度に設定することが好ましい。
【0059】
一方で、所定操舵角θ1を過小な角度に設定すると、路面摩擦係数の違いによるモータ駆動電流の電流変化率の差が小さくなる。このため、所定操舵角θ1を、操舵角θsatの近傍、且つ操舵角θsatよりも小さな操舵角に設定してよい。このように、電流変化率に対して最も有意差が得られる操舵角に所定操舵角θ1を設定することで、推定精度を向上できる。
【0060】
図12を参照する。保証範囲設定部29は、摩擦係数推定部28が推定した第2の路面摩擦係数μ2のばらつき幅に基づいて、第1の路面摩擦係数μ1の推定結果の保証範囲(上下限値)を設定する。例えば保証範囲設定部29は、第2の路面摩擦係数μ2の分散(標準偏差)に基づいて保証範囲を設定してよい。例えば保証範囲設定部29は、第2の路面摩擦係数μ2の標準偏差σを算出し、±3σを第1の路面摩擦係数μ1の上下限値として設定する。
摩擦係数推定部26は、保証範囲設定部29が設定した上下限値で第1の路面摩擦係数μ1を制限して、路面摩擦係数の最終的な推定結果を出力する。
【0061】
(実施形態の適用例)
推定した路面摩擦係数の適用例を示す。路面摩擦係数は、車両1が発生可能な最大加速度を重力加速度で割った除算結果に相当する。そのため、例えば将来の車両1の目標走行軌道が与えられている場合に、推定した路面摩擦係数に基づいて車両1が発生可能な最大加速度を推定することにより、目標走行軌道に沿って走行するための前後方向加速度及び横方向加速度を計算により算出することができる。
【0062】
(実施形態の効果)
(1)実施形態の路面摩擦係数推定方法では、操舵輪を操舵する操舵モータの駆動電流の電流測定値を取得し、操舵輪を操舵する操舵機構における機械摩擦と、保舵状態の操舵輪に存在するタイヤねじれと、により発生する反力に相当する操舵トルクを発生するのに要する操舵モータの駆動電流をバイアス成分として推定し、電流測定値からバイアス成分を減算した差分に基づいて、路面の第1摩擦係数を推定する。これにより、機械摩擦が大きな機構を採用する場合でもその影響を考慮することができるため、車輪を操舵するモータの駆動電流に基づく路面摩擦係数の推定精度を向上できる。
【0063】
(2)操舵輪の操舵角の操舵角測定値を取得し、操舵角測定値と電流測定値とに基づいてバイアス成分を推定してよい。これにより、操舵角測定値と電流値測定値のみからバイアス成分を推定できるので、路面の状態や直前の操舵や加減速の仕方などの走行条件により一意に求まらない反力相当の操舵トルクを操舵操作により求めることができる。
(3)操舵モータによる操舵輪の操舵中における電流測定値に基づいてタイヤねじれに起因する操舵輪のタイヤの残留モーメントの方向を推定してよい。これにより、操舵角測定値と電流測定値から残留モーメントの方向がわかるので、残留モーメントの方向によって、その影響の仕方が異なる場合でも、残留方向に応じた残留モーメントの影響を排除する処理を選択することができ、推定精度を向上できる。
(4)操舵モータによる操舵輪の操舵の開始初期の電流測定値の正負に基づいて、残留モーメントの方向を推定してよい。これにより、操舵の操作中にバイアス成分の推定方法を選択できるので、操舵操作中にリアルタイムに推定ができ、推定の即応性が向上する。
【0064】
(5)残留モーメントの方向と操舵モータによる操舵輪の操舵方向とが同じ場合に、操舵モータによる操舵輪の操舵中に電流測定値が減少から増加に転ずる第1操舵角を検出するとともに、第1操舵角における電流測定値を第1電流値として検出し、操舵モータにより第1操舵角から更に同じ方向に操舵輪を操舵した第2操舵角における電流測定値を第2電流値として検出し、第1操舵角及び第1電流値と、第2操舵角及び第2電流値とに基づいて操舵輪の操舵角と操舵モータの駆動電流との間の近似直線を算出し、近似直線の切片をバイアス成分と推定してよい。これによりバイアス成分を推定できる。
【0065】
(6)残留モーメントの方向と操舵モータによる操舵輪の操舵方向とが異なる場合に、操舵モータにより操舵輪を一定の操舵角速度で操舵したときの電流測定値の一階時間微分値が最大となる第1操舵角を検出するとともに、第1操舵角における電流測定値を第1電流値として検出し、操舵モータにより第1操舵角から更に同じ方向に操舵輪を操舵した第2操舵角における電流測定値を第2電流値として検出し、第1操舵角及び第1電流値と、第2操舵角及び第2電流値とに基づいて操舵輪の操舵角と操舵モータの駆動電流との間の近似直線を算出し、近似直線の切片をバイアス成分と推定してよい。これによりバイアス成分を推定できる。
【0066】
(7)操舵輪を所定の操舵角まで操舵したときの上記差分の最大値に基づいて第1摩擦係数を推定してよい。これにより、モータ駆動電流から路面摩擦係数を推定できる。
(8)予め取得した操舵モータの駆動電流の最大値と路面の摩擦係数との間の関係と差分の最大値とに基づいて第1摩擦係数を推定してよい。これにより、事前に特性を同定することで路面摩擦係数を推定できる。
【0067】
(9)操舵モータの駆動電流の最大値と摩擦係数との間の関係を予め同定する際に操舵モータにより操舵輪を操舵する操舵角速度と、第1摩擦係数を推定する際の操舵角速度と、を一致させてもよい。これにより、操舵モータの駆動条件を統一することでモータ特性を織込んだ高精度な推定が可能となる。
(10)予め取得した所定操舵角における操舵角変化に対する操舵モータの駆動電流の変化率と路面の摩擦係数との間の関係と、電流測定値と、に基づいて第2摩擦係数を推定し、第2摩擦係数のばらつき幅に基づいて第1摩擦係数の推定結果を制限してよい。これにより、2つの異なる操舵範囲での推定手法をかけ合わせることで、状態量のばらつきによる推定誤差を抑制できる。
【符号の説明】
【0068】
1…車両、2F…前輪、2R…後輪、10…路面摩擦係数推定装置、11…操舵モータ、12…操舵角測定装置、13…コントローラ、13a…プロセッサ、13b…記憶装置、20…操舵指令演算部、21…測定値取得部、22…残留方向判定部、23…バイアス成分演算部、24…駆動電流補正部、25…最大値検出部、26…摩擦係数推定部、27…変化率算出部、28…摩擦係数推定部、29…保証範囲設定部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15