(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025099944
(43)【公開日】2025-07-03
(54)【発明の名称】路面摩擦係数推定方法及び路面摩擦係数推定装置
(51)【国際特許分類】
B60W 40/068 20120101AFI20250626BHJP
B62D 6/00 20060101ALI20250626BHJP
【FI】
B60W40/068
B62D6/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023216957
(22)【出願日】2023-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100114177
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】丸山 永容
(72)【発明者】
【氏名】塩澤 裕樹
【テーマコード(参考)】
3D232
3D241
【Fターム(参考)】
3D232CC50
3D232DA03
3D232DA64
3D232DC33
3D232DC34
3D232DD02
3D232EA04
3D232EB11
3D232EC22
3D232GG01
3D241BA49
3D241DA52Z
3D241DA58A
3D241DA58Z
3D241DC47A
(57)【要約】
【課題】車輪を操舵するモータの駆動電流に基づく路面摩擦係数の推定精度を向上する。
【解決手段】路面摩擦係数推定方法では、操舵輪を操舵する操舵モータの駆動電流の電流測定値を取得し(S2)、所定操舵角における操舵角変化に対する電流測定値の変化率である変化率測定値を算出し(S5)、予め所得した所定操舵角における操舵角変化に対する操舵モータの駆動電流の変化率と路面の摩擦係数との間の関係と、変化率測定値と、に基づいて路面の第1摩擦係数を推定する(S6)。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
操舵輪を操舵する操舵モータの駆動電流の電流測定値を取得し、
所定操舵角における操舵角変化に対する前記電流測定値の変化率である変化率測定値を算出し、
予め所得した前記所定操舵角における操舵角変化に対する前記操舵モータの駆動電流の変化率と路面の摩擦係数との間の関係と、前記変化率測定値と、に基づいて前記路面の第1摩擦係数を推定する、
ことを特徴とする路面摩擦係数推定方法。
【請求項2】
前記所定操舵角を、想定されうる走行路面環境のうち最も路面摩擦係数が小さい路面で操舵したときの前記操舵モータの駆動電流が極大となる第1操舵角よりも小さい角度に設定することを特徴とする請求項1に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項3】
前記所定操舵角を、前記第1操舵角の近傍、且つ前記第1操舵角よりも小さな第2操舵角に設定することを特徴とする請求項2に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項4】
前記操舵モータの駆動電流の変化率と前記摩擦係数との間の前記関係を予め同定する際に、路面摩擦係数の異なる3つ以上の路面において前記変化率を取得することを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項5】
予め取得した操舵角に応じて変化する前記操舵モータの駆動電流の最大値と路面の摩擦係数との間の関係と、前記電流測定値と、に基づいて第2摩擦係数を推定し、
前記第2摩擦係数のばらつき幅に基づいて前記第1摩擦係数の推定結果を制限する、
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の路面摩擦係数推定方法。
【請求項6】
操舵輪を操舵する操舵モータの駆動電流の電流測定値を取得する処理と、
所定操舵角における操舵角変化に対する前記電流測定値の変化率である変化率測定値を算出する処理と、
予め所得した前記所定操舵角における操舵角変化に対する前記操舵モータの駆動電流の変化率と路面の摩擦係数との間の関係と、前記変化率測定値と、に基づいて前記路面の第1摩擦係数を推定する処理と、
ことを特徴とする路面摩擦係数推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、路面摩擦係数推定方法及び路面摩擦係数推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載の路面摩擦係数推定装置は、車両の停車中にモータにより左右後輪を所定角だけ操舵する際のモータ駆動電流に基づいて、路面摩擦係数を推定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
操舵角が変化しない保舵状態のタイヤには、タイヤ捩れ等によるモーメントが残留していることがある。操舵輪を操舵するモータが操舵を開始すると、残留モーメントがモータの駆動電流に影響して路面摩擦係数の推定精度が低下する虞がある。
本発明は、車輪を操舵するモータの駆動電流に基づく路面摩擦係数の推定精度を向上することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様による路面摩擦係数推定方法では、操舵輪を操舵する操舵モータの駆動電流の電流測定値を取得し、所定操舵角における操舵角変化に対する電流測定値の変化率である変化率測定値を算出し、予め所得した所定操舵角における操舵角変化に対する操舵モータの駆動電流の変化率と路面の摩擦係数との間の関係と、変化率測定値と、に基づいて路面の第1摩擦係数を推定する。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、車輪を操舵するモータの駆動電流に基づく路面摩擦係数の推定精度を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】実施形態の路面摩擦係数推定装置の一例の概略構成図である。
【
図2】路面摩擦係数と操舵角に対するタイヤ反力トルクの特性図である。
【
図3】(a)はタイヤの残留モーメントを説明する模式図であり、(b)及び(c)は操舵トルクに対する残留モーメントの影響を説明する模式図である。
【
図4】第1実施形態のコントローラの機能構成の例のブロック図である。
【
図5】(a)~(d)は、ブラッシュモデルによる路面摩擦係数と操舵角とタイヤ反力の関係の説明図である。
【
図6】モータ駆動電流の変化率と路面摩擦係数の関係の一例の説明図である。
【
図7】路面摩擦係数と操舵角に対するタイヤ反力モーメントの特性図である。
【
図8】第1実施形態の路面摩擦係数推定方法の一例のフローチャートである。
【
図9】第2実施形態のコントローラの機能構成の例のブロック図である。
【
図10】(a)~(f)は、操舵トルクに対する残留モーメントの影響の説明図である。
【
図11】残留モーメントの方向と操舵モータによる操舵方向とが同じ場合(同相の場合)の電流測定値の補正の説明図である。
【
図12】(a)~(d)は、モータ駆動電流の変曲点の検出の説明図である。
【
図13】残留モーメントの方向と操舵モータによる操舵方向とが異なる場合(逆相の場合)の電流測定値の補正の説明図である。
【
図14】モータ駆動電流の最大値と路面摩擦係数の関係の一例の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、各図面は模式的なものであって、現実のものとは異なる場合がある。また、以下に示す本発明の実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の構造、配置等を下記のものに特定するものではない。本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された請求項が規定する技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0009】
(第1実施形態)
(構成)
図1を参照する。実施形態の路面摩擦係数推定装置10は、前輪操舵モータ11Fと、後輪操舵モータ11Rと、前輪操舵角測定装置12Fと、後輪操舵角測定装置12Rと、コントローラ13を備える。以下の説明において、左前輪2FL及び右前輪2FRを総称して「前輪2F」と表記し、左後輪2RL及び右後輪2RRを総称して「後輪2R」と表記することがある。
【0010】
前輪操舵モータ11F及び後輪操舵モータ11Rは、コントローラ13から、操舵角指令値や操舵角速度指令値を受け取り、それを実現するために演算したモータ駆動電流で前輪2F及び後輪2Rの操舵角指令値や操舵角速度指令値を実現する。また、操舵に必要なモータ駆動電流を測定してコントローラ13に出力する。
例えば前輪2Fは、運転者が操作するステアリングホイールと、それに接続されたステアリングシャフトと、前輪2Fの車両1に対する角度を変化させることができる操舵機構とにより操舵される。前輪操舵モータ11Fは、運転者による操舵を補助する操舵補助トルクを操舵機構に付与する。
【0011】
また例えば後輪2Rは、ステアリングホイールとの間に機械的な機構を持たず、両者を電気的に接続して操舵を制御するステアバイワイヤシステムにより操舵される。後輪操舵モータ11Rは、後輪2Rを操舵する操舵トルクを発生する。
なお、コントローラ13から受け取った操舵角指令値や操舵角速度指令値を実現可能な構成であれば、ステアリングホイールと前輪2Fや後輪2Rとの間に機械的な機構の有無は問わず、各輪を独立に操舵してもよい。
【0012】
前輪操舵角測定装置12F及び後輪操舵角測定装置12Rは、車両1の進行方向に対する前輪2F及び後輪2Rの操舵角をそれぞれ測定し、測定した操舵角をコントローラ13に出力する。
一般的に、操舵角とステアリングホイールの回転角とは、操舵機構によって決まる比率(ステアリングギア比)の関係を有する。例えば前輪2Fの操舵角は、ステアリングシャフトの回転角を測定してステアリングギア比の関係を用いて算出してよい、後輪2Rの操舵角は、後輪操舵モータ11Rの回転角度に基づいて算出してよい。ただし、操舵角の測定の手段はこれに限定されない。
【0013】
路面摩擦係数推定装置10は、路面摩擦係数を推定する際に、前輪2F又は後輪2Rの一方又は両方を所定の操舵角指令値や操舵角速度で操舵する。以下の説明において、路面摩擦係数を推定するために前輪2Fや後輪2Rを操舵することを「推定操舵」と表記することがある。また、前輪2Fや後輪2Rのうち推定操舵において操舵される車輪を「操舵輪」と表記することがある。また、推定操舵において操舵される操舵輪の操舵角を「操舵角θ」と表記することがある。
【0014】
また、前輪操舵モータ11F及び後輪操舵モータ11Rを総称して「操舵モータ11」と表記し、前輪操舵角測定装置12F及び後輪操舵角測定装置12Rを総称して「操舵角測定装置12」と表記することがある。
ステアリングホイールと操舵輪とが機械的な機構で接続されている場合には、路面摩擦係数推定装置10は、運転者の操舵入力がない状態において推定操舵を実行する。ステアバイワイヤシステムを用いる場合には、推定操舵中は運転者の操作を操舵角θに反映させないことで推定を継続してもよい。
【0015】
コントローラ13は、操舵輪の推定操舵を実行して推定操舵中の操舵モータ11のモータ駆動電流に基づいて、車両1が走行する路面の摩擦係数の推定する電子制御ユニット(ECU:Electronic Control Unit)である。コントローラ13は、操舵角測定装置12から取得した操舵角度情報から、路面摩擦係数の推定に必要な操舵角指令値や操舵角速度指令値を決定し、これらの指令値に基づいて操舵輪の操舵を制御する。推定操舵中の操舵角測定装置12及び操舵モータ11からそれぞれ取得した操舵角度情報、モータ駆動電流情報に基づいて路面摩擦係数を推定する。
【0016】
コントローラ13は、プロセッサ13aと、記憶装置13b等の周辺部品とを含む。以下に説明するコントローラ13の機能は、例えばプロセッサ13aが、記憶装置13bに格納されたコンピュータプログラムを実行することにより実現される。
コントローラ13は、以下に説明する各情報処理を実行するための専用のハードウエアを備えてもよい。例えば、コントローラ13は、汎用の半導体集積回路中に設定される機能的な論理回路を備えてもよい。例えばコントローラ13はフィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ(FPGA:Field-Programmable Gate Array)等のプログラマブル・ロジック・デバイス(PLD:Programmable Logic Device)等を有していてもよい。
【0017】
図2は、路面摩擦係数と操舵角θに対するタイヤ反力トルクの特性図である。操舵輪の操舵角θに対するタイヤ反力トルクは、路面摩擦係数μによって変化する。
そこでコントローラ13は、操舵モータ11のモータ駆動電流に基づいて路面摩擦係数μを推定する。
【0018】
しかしながら、推定操舵を実行する前の保舵状態のタイヤには、タイヤ捩れ等によるモーメントが残留していることがある。
図3(a)を参照する。以下の説明において、タイヤねじれが生じない操舵輪の操舵角である中立点2nに対して、現在のタイヤの向き2cがずれることにより発生するモーメントMrを「残留モーメント」と表記する。
図3(a)の例では、保舵状態のタイヤの向き2cが中立点2nに対して角度θだけずれている。例えば残留モーメントMrは、操舵輪が保舵されるまでの車両状態によってタイヤねじれが生じた場合に発生する。
【0019】
残留モーメントMrが操舵機構の最大静止摩擦トルク未満であれば、残留モーメントMrが静止摩擦トルクと釣り合うため、操舵輪が動かずに残留モーメントMrがタイヤに残留する。推定操舵を開始すると残留モーメントMrがモータ駆動電流に影響するため、路面摩擦係数の推定精度が低下する虞がある。
【0020】
図3(b)及び
図3(c)はそれぞれ、推定操舵の操舵方向と残留モーメントの方向とが等しい場合と異なる場合において操舵輪に働くトルクの間の関係を示す。以下の説明において、推定操舵の操舵方向と残留モーメントの方向とが等しい場合を「同相」と表記し、推定操舵の操舵方向と残留モーメントの方向とが異なる場合を「逆相」と表記することがある。
【0021】
矢印Tm、Tr、Mr、Ttはそれぞれ、操舵機構の機械摩擦トルク、操舵角に応じた路面反力トルク、残留モーメント、推定操舵の操舵トルクを模式的に表している。操舵トルクTtは、機械摩擦トルクTm、路面反力トルクTr及び残留モーメントMrの和と釣り合う。このため、推定操舵開始時の存在する残留モーメントの方向に応じて、残留モーメントが操舵トルクTtに与える影響が推定操舵中に変化して、路面摩擦係数の推定精度が低下する虞がある。
【0022】
図2を参照する。操舵角θが比較的小さな線形領域R1では、操舵角θの増加に伴ってタイヤ反力トルクが線形に増加し、操舵角θが比較的大きな飽和領域R2では、操舵角θが増加してもタイヤ反力トルクは殆ど変わらない。
一方で、線形領域R1と飽和領域R2の間の領域R3では、操舵角θの増加に伴ってタイヤ反力トルクが非線形に増加する。以下の説明において領域R3を「非線形・非飽和領域R3」と表記することがある。非線形・非飽和領域R3においては、タイヤ反力トルクの変化率(ΔT/Δθ)が路面摩擦係数μに応じて変化する。
【0023】
操舵機構の機械摩擦が動摩擦に遷移した後は、電流変化率(ΔI/Δθ)は、残留モーメントの影響を受けずに操舵角と路面摩擦係数に対して一意に定まる。したがって、所定操舵角θ1における電流変化率(ΔI/Δθ)と路面摩擦係数との間の関係が既知であれば、電流変化率(ΔI/Δθ)に基づいて路面摩擦係数を精度良く推定できる。
そこで、コントローラ13は、非線形・非飽和領域R3内に予め設定された操舵角(以下の説明において「所定操舵角θ1」と表記する)における、操舵角θに対するモータ駆動電流の電流変化率(ΔI/Δθ)に基づいて路面摩擦係数μ1を推定する。
【0024】
なお、残留モーメントは、車両1が停車している状態だけでなく、車両1が保舵状態(例えば一定の操舵角で旋回中)で走行中に発生することもある。したがって、本発明の路面摩擦係数推定方法は、車両1が走行中に操舵モータ11のモータ駆動電流に基づいて路面摩擦係数を推定する場合においても有効である。
【0025】
図4は、第1実施形態のコントローラ13の機能構成の例のブロック図である。コントローラ13は、操舵指令演算部20と、測定値取得部21と、変化率算出部22と、摩擦係数推定部23を備える。
操舵指令演算部20は、推定操舵を実行する際に、路面摩擦係数の推定に必要な操舵角指令値や操舵角速度指令値を決定し、これら指令値に基づいて操舵輪の操舵を制御する。
測定値取得部21は、推定操舵により操舵輪を操舵している間に、操舵角測定装置12が測定した操舵角θの操舵角測定値と、操舵モータ11が測定したモータ駆動電流の電流測定値と、を逐次取得する。
【0026】
変化率算出部22は、測定値取得部21が取得した操舵角測定値と電流測定値のうち、所定操舵角θ1付近のデータを抽出する。変化率算出部22は、抽出したデータに基づいて操舵角θの変化Δθに対するモータ駆動電流の変化ΔIを検出する。変化率算出部22は、ΔIをΔθで除算することで、所定操舵角θ1における電流変化率(ΔI/Δθ)を算出する。
【0027】
摩擦係数推定部23は、電流変化率(ΔI/Δθ)に基づいて路面摩擦係数μ1を推定する。
タイヤによる反力モーメントが飽和しない操舵角範囲であれば、操舵角θの増加に対してタイヤによる反力モーメントは単調増加となる。このためモータ駆動電流も単調増加となり、電流変化率(ΔI/Δθ)は正値を有する。その理由を
図5(a)~
図5(d)を参照して、タイヤのブラッシュモデルを用いて説明する。
【0028】
図5(a)~
図5(d)において、符号「xs」、「xe」はそれぞれタイヤの前後方向に沿ったタイヤの接地開始点と接地終了点を示す。
タイヤスリップ角を「α」、横方向の弾性係数を「Cy」、タイヤ接地幅を「w」、スリップ率を「s」、接地開始点からの距離を「x」とすると、粘着域における横方向のタイヤ発生力Fyadは、Fyad=Cy×w×x×tanαにより定まる。
【0029】
粘着域と滑り域との境界点xbは、粘着域における横方向のタイヤ発生力Fyadと、接地面に働く最大静止摩擦力の分布とが交わる位置として求まる。
粘着域(xs≦x≦xb)では、粘着域における横方向のタイヤ発生力Fyadを積分し、滑り域(xb≦x≦xe)では、接地面に働く最大すべり摩擦力の分布を積分して、これらを合計するとタイヤ横力Fyが定まる。
【0030】
図5(a)及び
図5(b)は、路面摩擦係数が比較的高い場合におけるブラッシュモデルを示す。
図5(a)のハッチング領域の面積はタイヤスリップ角αの場合のタイヤ横力Fyを表し、
図5(b)のハッチング領域の面積がタイヤスリップ角α+Δαの場合のタイヤ横力Fyを表す。
図5(a)と
図5(b)のハッチング領域の面積を比較すると、タイヤスリップ角の増加Δαによってタイヤ横力Fyが増加している。このため、タイヤによる反力モーメントが飽和しない操舵角範囲においては、操舵角θの増加に対して反力モーメントは単調増加し、反力モーメントに釣り合うためのモータ駆動電流も単調増加する。
【0031】
図5(c)及び
図5(d)は、路面摩擦係数が比較的低い場合におけるブラッシュモデルを示す。
図5(c)のハッチング領域の面積はタイヤスリップ角αの場合のタイヤ横力Fyを表し、
図5(d)のハッチング領域の面積がタイヤスリップ角α+Δαの場合のタイヤ横力Fyを表す。
図5(a)及び
図5(b)と
図5(c)及び
図5(d)とを比較すると、路面摩擦係数が低くなるとタイヤ横力Fyの増加分が減少していることが分かる。これにより路面摩擦係数が小さくなると、モータ駆動電流の増加率(ΔI/Δθ)も小さくなることが分かる。
【0032】
そこで、所定操舵角θ1における操舵角変化に対するモータ駆動電流の電流変化率と路面摩擦係数との間の関係を事前に取得しておき、記憶装置13bに記憶する。事前に取得した電流変化率と路面摩擦係数との間の関係は、例えば計算式により予め定めてもよく、ルックアップテーブルやマップの形式で記憶していてもよい。
図6は、事前に取得したモータ駆動電流の電流変化率と路面摩擦係数の予め取得した関係の一例の説明図である。
【0033】
なお、電流変化率と路面摩擦係数との間の関係を予め同定する際に、路面摩擦係数の異なる3つ以上の路面において電流変化率を取得して、電流変化率と路面摩擦係数との関係を求めることが好ましい。
摩擦係数推定部23は、事前に取得した電流変化率と路面摩擦係数との間の関係と、変化率算出部22が算出した所定操舵角θ1における電流変化率(ΔI/Δθ)と、に基づいて電流変化率(ΔI/Δθ)における路面摩擦係数μ1を求める。
【0034】
図7を参照する。タイヤの特性上、タイヤにねじれが生じることにより発生する操舵回転方向のモーメントは、操舵角θを大きくしていくとある操舵角を境に飽和する。操舵回転方向モーメントが飽和すると、モータ駆動電流の電流変化率も飽和してしまい、路面摩擦係数に対して有意差を生じなくなる。
このため、所定操舵角θ1は、想定されうる走行路面環境のうち最も路面摩擦係数が小さい路面で操舵したときのモータ駆動電流が極大となる操舵角θsatよりも小さい角度に設定することが好ましい。
【0035】
一方で、所定操舵角θ1を過小な角度に設定すると、路面摩擦係数の違いによるモータ駆動電流の電流変化率の差が小さくなる。このため、所定操舵角θ1を、操舵角θsatの近傍、且つ操舵角θsatよりも小さな操舵角に設定してよい。このように、電流変化率に対して最も有意差が得られる操舵角に所定操舵角θ1を設定することで、推定精度を向上できる。
【0036】
図8は、第1実施形態の路面摩擦係数推定方法の一例のフローチャートである。ステップS1において操舵指令演算部20は、所定の操舵角速度で操舵輪を操舵する。ステップS2において測定値取得部21は、操舵角θの操舵角測定値とモータ駆動電流の電流測定値を取得する。ステップS3において変化率算出部22は、操舵角θの操舵角測定値が所定の操舵角θ1になったか否かを判定する。操舵角測定値が所定の操舵角θ1になっていない場合(ステップS3:N)に処理はステップS1へ戻る。操舵角測定値が所定の操舵角θ1になった場合(ステップS3:Y)に処理はステップS4へ進む。
【0037】
ステップS4において変化率算出部22は、所定操舵角θ1における操舵角θの変化Δθに対するモータ駆動電流の変化ΔIを検出する。ステップS5において変化率算出部22は、所定操舵角θ1における電流変化率(ΔI/Δθ)を算出する。ステップS6において摩擦係数推定部23は、事前に取得した電流変化率と路面摩擦係数との間の関係と、電流変化率(ΔI/Δθ)と、に基づいて電流変化率(ΔI/Δθ)における路面摩擦係数μ1を求める。その後に処理は終了する。
【0038】
(第2実施形態)
第2実施形態のコントローラ13は、第1実施形態とは異なる推定方法で第2の路面摩擦係数μ2を推定し、第1実施形態の推定方法により摩擦係数推定部23が算出した路面摩擦係数μ1(以下「第1の路面摩擦係数μ1」と表記することがある)の精度向上のためのリミッタとして用いる。
第2実施形態のコントローラ13は、操舵機構における機械摩擦と、推定操舵前の保舵状態の操舵輪に存在するタイヤねじれと、によりモータ駆動電流に生じるバイアス成分を推定する。そして、モータ駆動電流の測定値からバイアス成分を除去してから第2の路面摩擦係数μ2を推定する。
【0039】
図9は、第2実施形態のコントローラ13の機能構成の例のブロック図である。第2実施形態のコントローラ13は、第1実施形態の構成に加えて、残留方向判定部24と、バイアス成分演算部25と、駆動電流補正部26と、最大値検出部27と、摩擦係数推定部28と、を備える。
測定値取得部21は、推定操舵を開始してから所定の操舵角θpreまで操舵輪を操舵するまでの間に、操舵角測定装置12が測定した操舵角θの操舵角測定値と、操舵モータ11が測定したモータ駆動電流の電流測定値と、を逐次取得する。
【0040】
図10(a)~
図10(f)を参照して、モータ駆動電流の特性を説明する。
図10(a)~
図10(c)は、同相の場合における操舵角θに対する機械摩擦トルクTm、タイヤ反力トルク、及び操舵トルクTt相当のモータ駆動電流の特性図である。
図10(d)~
図10(f)は、逆相の場合における操舵角θに対する機械摩擦トルクTm、タイヤ反力トルク、及び操舵トルクTt相当のモータ駆動電流の特性図である。
【0041】
一般的に、操舵角θの絶対値が小さい領域では、
図10(b)及び
図10(e)に示すようにタイヤ反力トルクは操舵輪の操舵角θに対して線形とみなすことができる。
同相の場合(
図10(b))には、推定操舵の開始時(θ=0)に負の残留モーメント(-Mr)が存在する。操舵角θが増加すると残留モーメントは減少して中立点において解消されてタイヤ反力トルクは「0」となる。
【0042】
さらに操舵角θが増加すると、操舵角θに対して線形に増加する正の路面反力トルクTrが発生する。
したがってタイヤ反力トルクは、操舵開始時点に残留モーメントが存在しない場合に生じる路面反力トルクTr(一点鎖線)を、残留モーメント(-Mr)でバイアスした値を有する。
【0043】
機械摩擦トルクTm(
図10(a))は、推定操舵の開始時に残留モーメントに釣り合う値(Mr)となる。このため、推定操舵の開始時において操舵に要するトルクは「0」となり、モータ駆動電流(
図10(c))は「0」から開始する。
操舵輪が動き始めると機械摩擦トルクTmは動摩擦トルクTmdまで減少する。これに伴い操舵トルクTtが減少するため、モータ駆動電流(
図10(c))は一時的に負の値となる。
【0044】
機械摩擦トルクTmが動摩擦トルクTmdへ切り替わると、機械摩擦トルクTmはほぼ一定となる。すると、タイヤ反力トルクによって操舵トルクTtが増加するためモータ駆動電流が減少から増加に転じる。このため、操舵角θに対するモータ駆動電流の特性に極値点Pextが発生する。更に同じ方向に操舵すると、線形領域では操舵角θの増加に対してモータ駆動電流がほぼ線形に増加する。
以下の説明において、極値点Pextにおける操舵角及びモータ駆動電流を「極値点操舵角θext」及び「極値点電流Iext」と表記することがある。
【0045】
一方で逆相の場合(
図10(e))には、推定操舵の開始時に正の残留モーメントMrが存在する。このためタイヤ反力トルクは、操舵開始時点に残留モーメントが存在しない場合の路面反力トルクTr(一点鎖線)を、残留モーメント(+Mr)でバイアスした値を有する。
【0046】
機械摩擦トルクTmは、推定操舵の開始時に残留モーメントに釣り合う値(-Mr)となる。このため、推定操舵の開始時において操舵に要するトルクは「0」となり、モータ駆動電流(
図10(f))は「0」から開始する。
操舵輪が動き始めると、機械摩擦トルクTmは正値の動摩擦トルクTmdまで増加する。モータ駆動電流(
図10(f))は、機械摩擦トルクTmと路面反力トルクの増加に伴って正値のまま増加する。
【0047】
機械摩擦トルクTmが動摩擦トルクTmdへ切り替わると、機械摩擦トルクTmはほぼ一定となる。このため、操舵角θに対するモータ駆動電流の特性に変曲点Pinfが発生する。更に同じ方向に操舵すると、線形領域では操舵角θの増加に対してモータ駆動電流がほぼ線形に増加する。
以下の説明において、変曲点Pinfにおける操舵角及びモータ駆動電流を「変曲点操舵角θinf」及び「変曲点電流Iinf」と表記することがある。
【0048】
図9を参照する。残留方向判定部24は、推定操舵中におけるモータ駆動電流の電流測定値の変化に基づいて残留モーメントの方向を推定する。例えば、推定操舵の開始初期のモータ駆動電流の電流測定値(例えば推定操舵の開始直後の電流測定値)に基づいて残留モーメントの方向を推定する。
一般的に、操舵輪の操舵角θに対するタイヤ反力トルクは、操舵初期の操舵角θが絶対値が小さい領域では線形かつ単調増加であることが知られている。この特性を活かして推定操舵の開始初期のモータ駆動電流の電流測定値(以下「初期電流値Iinit_ave」)と表記することがある)の正負に基づいて残留モーメントの方向を推定する。
【0049】
例えば、残留方向判定部24は、推定操舵開始から、
図10(f)のように操舵角に対するタイヤ反力トルクが線形となるような所定の操舵角θ0まで、操舵輪を転舵する間のモータ駆動電流の電流測定値の積分値を、初期電流値Iinit_aveとして算出する。
但し、操舵角θが操舵角θ0に至る前に電流測定値の変化率の符号が負から正に転じた場合には、推定操舵開始から電流測定値の変化率が負から正に転じた時点までの電流測定値の積分値を初期電流値Iinit_aveとして算出する。
【0050】
残留方向判定部24は、初期電流値Iinit_aveの符号が負である場合に同相であると判定し、初期電流値Iinit_aveの符号が正である場合に逆相であると判定する。
なお、このとき、残留モーメントが全く発生していない場合には、残留方向は逆相であると判断されてしまうが、この場合は後述の切片Iitrが0となるため推定結果に影響しない。
【0051】
バイアス成分演算部25は、操舵機構の機械摩擦と残留モーメントによってモータ駆動電流に生じるバイアス成分を演算する。操舵トルクTtは、機械摩擦トルクTmとタイヤ反力トルクの和に釣り合ため、モータ駆動電流には、機械摩擦トルクTmと操舵開始時の残留モーメント(-Mr又は+Mr)の和に相当するバイアス成分が含まれている。
例えばバイアス成分演算部25は、動摩擦トルクTmdと操舵開始時の残留モーメントの和に相当するバイアス成分を算出する。
【0052】
図10(c)を参照する。同相の場合、極値点操舵角θext以上の範囲では、バイアス成分は残留モーメント(-Mr)と動摩擦トルクTmdの和に相当する。また、極値点操舵角θext以上の範囲では、線形領域内であれば、操舵角θの増加に対してモータ駆動電流がほぼ線形に増加する。
このため、極値点操舵角θext以上の操舵角θの範囲のモータ駆動電流の電流測定値に基づいて、操舵角θに対するモータ駆動電流の近似直線Lappを算出し、操舵角θ=0における切片(-Iitr)を求めることにより、動摩擦トルクTmdと残留モーメント(-Mr)の和に相当するバイアス成分を推定できる。
切片(-Iitr)を求めることにより、操舵初期において機械摩擦が静止摩擦から動摩擦に変化しても、動摩擦トルクTmdと操舵開始時点の残留モーメント(-Mr)の和を推定できる。
【0053】
例えば、バイアス成分演算部25は、
図11に示すように操舵開始後の操舵角θの増加に伴ってモータ駆動電流の電流測定値の変化が減少から増加に変化する操舵角を、極値点操舵角θextとして検出してよい。また、極値点操舵角θextにおける電流測定値を極値点電流Iextとして検出してよい。
バイアス成分演算部25は、極値点操舵角θextから所定角度Δθだけ更に同じ方向に操舵した操舵角(θext+Δθ)におけるモータ駆動電流の電流測定値(Iext+ΔI)を取得し、電流変化率ΔI/Δθを算出してよい。
【0054】
そして、極値点Pext(θext,Iext)を通り、傾き(ΔI/Δθ)を有する直線を近似直線Lappとして算出してよい。
極値点Pext(θext,Iext)における近似直線Lappを算出することで、できるだけ小さな操舵角θにおける近似直線Lappを算出できる。このため、操舵角θに対するモータ駆動電流の線形性が良好な領域で、近似直線Lappを算出できる。
【0055】
図10(f)を参照する。逆相の場合、変曲点操舵角θinf以上の範囲では、バイアス成分は残留モーメント(+Mr)と動摩擦トルクTmdの和に相当する。また、変曲点操舵角θinf以上の範囲では、線形領域内であれば、操舵角θの増加に対してモータ駆動電流がほぼ線形に増加する。このため、変曲点操舵角θinf以上の操舵角θの範囲のモータ駆動電流の電流測定値に基づいて、操舵角θに対するモータ駆動電流の近似直線Lappを算出し、操舵角θ=0における切片Iitrを求めることにより、動摩擦トルクTmdと残留モーメント(Mr)の和に相当するバイアス成分を推定できる。
【0056】
例えば、バイアス成分演算部25は、一定の操舵角速度で操舵したときのモータ駆動電流の測定値の一階時間微分値が最大となる操舵角を、変曲点操舵角θinfとして検出してよい。
図12(a)~
図12(d)は、一定の操舵角速度で操舵したときの操舵角、操舵角速度、モータ駆動電流、モータ駆動電流の一階時間微分値のタイムチャートである。バイアス成分演算部25は、一階時間微分値が最大となる操舵角を、変曲点操舵角θinfとして検出し、変曲点操舵角θinfにおける電流測定値を変曲点電流Iinfとして検出してよい。
【0057】
図13を参照する。バイアス成分演算部25は、変曲点操舵角θinfから所定角度Δθだけ更に同じ方向に操舵した操舵角(θinf+Δθ)におけるモータ駆動電流の電流測定値(Iinf+ΔI)を取得し、電流変化率ΔI/Δθを算出してよい。そして、変曲点Pinf(θinf,Iinf)を通り、傾き(ΔI/Δθ)を有する直線を近似直線Lappとして算出してよい。
【0058】
図9を参照する。駆動電流補正部26は、測定値取得部21が取得した電流測定値を、バイアス成分演算部25が演算したバイアス成分(すなわち切片Iitrや切片(-Iitr))で補正することにより補正済測定値Icrtを算出する。具体的には、電流指令値からバイアス成分を減算することにより補正済測定値Icrtを算出する。
最大値検出部27は、
図11及び
図13に示すように補正済測定値Icrtの最大値Icmxを検出する。
バイアス成分演算部25と駆動電流補正部26による補正処理によって、残留モーメント方向が異なっていても路面摩擦係数が同じであれば、最大値Icmxをほぼ同等の値にすることができる。
【0059】
摩擦係数推定部28は、事前に取得したモータ駆動電流値の最大値と路面摩擦係数との間の関係に基づいて、補正済測定値Icrtの最大値Icmxにおける路面摩擦係数を第2の路面摩擦係数μ2として求める。
図14は、事前に取得したモータ駆動電流の最大値と路面摩擦係数との間の関係の一例の説明図である。モータ駆動電流の最大値と路面摩擦係数との間の関係は、例えば計算式により予め定めてもよく、ルックアップテーブルやマップの形式で記憶装置13bに記憶していてもよい。
なお、操舵指令演算部20は、推定操舵を実行する際における所定の操舵角速度を、
図14に示すモータ駆動電流の最大値と路面摩擦係数の関係を予め同定する際に操舵モータ11で操舵輪を操舵した操舵角速度と同じ速度に設定することが好ましい。
【0060】
図9を参照する。保証範囲設定部29は、摩擦係数推定部28が推定した第2の路面摩擦係数μ2のばらつき幅に基づいて、第1の路面摩擦係数μ1の推定結果の保証範囲(上下限値)を設定する。例えば保証範囲設定部29は、第2の路面摩擦係数μ2の分散(標準偏差)に基づいて保証範囲を設定してよい。例えば保証範囲設定部29は、第2の路面摩擦係数μ2の標準偏差σを算出し、±3σを第1の路面摩擦係数μ1の上下限値として設定する。
摩擦係数推定部23は、保証範囲設定部29が設定した上下限値で第1の路面摩擦係数μ1を制限して、路面摩擦係数の最終的な推定結果を出力する。
【0061】
(実施形態の適用例)
推定した路面摩擦係数の適用例を示す。路面摩擦係数は、車両1が発生可能な最大加速度を重力加速度で割った除算結果に相当する。そのため、例えば将来の車両1の目標走行軌道が与えられている場合に、推定した路面摩擦係数に基づいて車両1が発生可能な最大加速度を推定することにより、目標走行軌道に沿って走行するための前後方向加速度及び横方向加速度を計算により算出することができる。
【0062】
(実施形態の効果)
(1)実施形態の路面摩擦係数推定方法では、操舵輪を操舵する操舵モータの駆動電流の電流測定値を取得し、所定操舵角における操舵角変化に対する電流測定値の変化率である変化率測定値を算出し、予め所得した所定操舵角における操舵角変化に対する操舵モータの駆動電流の変化率と路面の摩擦係数との間の関係と、変化率測定値と、に基づいて路面の第1摩擦係数を推定する。
【0063】
一般に、機械摩擦が大きな機構を採用する場合、停車時にタイヤねじれなどによる残留モーメントが発生する場合があるが、残留モーメントによる影響は主に、残留モーメントに釣り合っていた機械摩擦による静止摩擦力が、滑り始めるとすべり摩擦力となり、瞬時に低下することで、一定操舵角で操舵しようとしている場合に、操舵初期のモータ駆動電流値に影響を及ぼすものである。一方で、操舵角変化に対する操舵モータの駆動電流の電流変化率においては、静止摩擦からすべり摩擦への過渡状態を終えると、残留モーメントによる影響を受けずに、所定の操舵角においては、路面摩擦係数に対して一意に定まるため、その相関関係を参照することで路面摩擦係数を精度よく推定できる。これにより、車輪を操舵するモータの駆動電流に基づく路面摩擦係数の推定精度を向上できる。
【0064】
(2)所定操舵角を、想定されうる走行路面環境のうち最も路面摩擦係数が小さい路面で操舵したときの操舵モータの駆動電流が極大となる第1操舵角よりも小さい角度に設定してよい。これにより、路面摩擦係数が飽和しない最大の操舵角を決定することができる。なお、モーメントが飽和する操舵角は路面摩擦係数によって異なり、路面摩擦係数が小さいほど、飽和する操舵角も小さくなる。このため、想定されうる走行路面環境のうち最も路面摩擦係数が小さい路面において、モータ駆動電流が極大となる(変化率が飽和する)操舵角を基に決めることができる。
【0065】
(3)所定操舵角を、第1操舵角の近傍、且つ第1操舵角よりも小さな第2操舵角に設定してよい。これにより、上記の(2)で設定した操舵角範囲の中で、路面摩擦係数に対して、最も電流変化率に有意差が得られる操舵角を決定できる。
(4)操舵モータの駆動電流の変化率と摩擦係数との間の関係を予め同定する際に、路面摩擦係数の異なる3つ以上の路面において変化率を取得してよい。路面摩擦係数とモータ駆動電流の変化率との関係は非線形性を持つが、事前にモータ駆動電流の変化率と路面摩擦係数の相関関係を求める際、路面摩擦係数の異なる2路面以下で実施すると、非線形性を把握できない。路面摩擦係数の異なる3つ以上の路面において変化率を取得することで、路面摩擦係数とモータ駆動電流の変化率との非線形関係を把握できる。
【0066】
(5)予め取得した操舵角に応じて変化する操舵モータの駆動電流の最大値と路面の摩擦係数との間の関係と、電流測定値と、に基づいて第2摩擦係数を推定し、第2摩擦係数のばらつき幅に基づいて第1摩擦係数の推定結果を制限してよい。異なる操舵範囲での推定方法を用いた推定結果を基に決定した上下限値でリミットすることで、推定に用いる電流値の操舵角領域を拡大し、狭い範囲の操舵角領域における電流値に依存せず、ノイズなどによる推定誤差を抑制することができる。
【符号の説明】
【0067】
1…車両、2F…前輪、2R…後輪、10…路面摩擦係数推定装置、11…操舵モータ、12…操舵角測定装置、13…コントローラ、13a…プロセッサ、13b…記憶装置、20…操舵指令演算部、21…測定値取得部、22…変化率算出部、23…摩擦係数推定部、24…残留方向判定部、25…バイアス成分演算部、26…駆動電流補正部、27…最大値検出部、28…摩擦係数推定部、29…保証範囲設定部