(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-07
(45)【発行日】2022-01-12
(54)【発明の名称】頭蓋内圧推定方法及び頭蓋内圧推定装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/00 20060101AFI20220104BHJP
A61B 5/02 20060101ALI20220104BHJP
【FI】
A61B5/00 101P
A61B5/00 ZDM
A61B5/02 310G
(21)【出願番号】P 2018523886
(86)(22)【出願日】2017-06-12
(86)【国際出願番号】 JP2017021589
(87)【国際公開番号】W WO2017217353
(87)【国際公開日】2017-12-21
【審査請求日】2020-05-20
(31)【優先権主張番号】P 2016120708
(32)【優先日】2016-06-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】512320995
【氏名又は名称】株式会社イチカワ
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【氏名又は名称】布施 行夫
(72)【発明者】
【氏名】小池 徳男
(72)【発明者】
【氏名】安本 智志
(72)【発明者】
【氏名】中野 順
(72)【発明者】
【氏名】佐井 行雄
(72)【発明者】
【氏名】降旗 建治
(72)【発明者】
【氏名】後藤 哲哉
(72)【発明者】
【氏名】本郷 一博
【審査官】永田 浩司
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-059755(JP,A)
【文献】Emile de Kleine, et al.,The behavior of spontaneous otoacoustic emissions during and after postural changes,J. Acoust. Soc. Am.,2000年06月,107(6),pp.3308-3316
【文献】大山健二,小特集 耳音響放射 自発耳音響放射(SOAE)について,日本音響学会誌,1994年,50巻9号,pp.739-742
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/00
A61B 5/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外耳道内圧脈波の時系列データから頭蓋内圧を推定する頭蓋内圧推定方法であって、
被験者の外耳道内圧脈波の時系列データを取得する取得工程と、
前記外耳道内圧脈波の時系列データをデジタル化した外耳道内圧脈波データを解析して、前記外耳道内圧脈波データ
に対して線形予測分析を行うことで、頭蓋内で微小振動する脳内物質の固有共振周波数に相当する第1フォルマント周波数を算出する解析工程と、
前記第1フォルマント周波数を被験者の個人情報に基づき補正して補正値を算出する補正工程と、
前記補正値に基づいて頭蓋内圧の推定値を算出する推定工程とを含む、頭蓋内圧推定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の頭蓋内圧推定方法において、
前記解析工程において、前記外耳道内圧脈波データに対してハイパスフィルタ処理を施したデータを解析して、前記第1フォルマント周波数を算出する、頭蓋内圧推定方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の頭蓋内圧推定方法において、
前記推定工程において、次式に基づいて頭蓋内圧の推定値PICPを算出する、頭蓋内圧推定方法。
PICP=A・ln(Xf1)+B
ここで、A及びBは定数であり、Xf1は前記補正値である。
【請求項4】
請求項3に記載の頭蓋内圧推定方法において、
前記補正工程において、次式に基づいて前記補正値Xf1を算出する、頭蓋内圧推定方法。
Xf1=f1+β1・ln(K/Age)+β2・FM
ここで、f1は前記第1フォルマント周波数であり、β1、K及びβ2は定数であり、
Ageは被験者の年齢であり、FMは被験者の性別(男性の場合は0、女性の場合は1)である。
【請求項5】
被験者の外耳道内圧脈波を検出する外耳道内圧脈波センサーと、
前記外耳道内圧脈波の時系列データから頭蓋内圧を推定する演算部とを含み、
前記演算部は、
前記外耳道内圧脈波の時系列データをデジタル化した外耳道内圧脈波データを解析して、前記外耳道内圧脈波データ
に対して線形予測分析を行うことで、頭蓋内で微小振動する脳内物質の固有共振周波数に相当する第1フォルマント周波数を算出し、前記第1フォルマント周波数を被験者の個人情報に基づき補正して補正値を算出し、前記補正値に基づいて頭蓋内圧の推定値を算出する、頭蓋内圧推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、頭蓋内圧推定方法及び頭蓋内圧推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
人間の頭部には、脳をはじめ多くの器官や神経が集中しており、この部位における生体情報を測定することは、健康管理、疾病予防の観点から大変意義深い。特に頭蓋内圧(ICP)は、生体恒常性によって常に一定に保たれており、頭蓋内圧が亢進、または低下してしまうと、場合によって生命に関わる重篤な疾病を引き起こすことが知られている。また、頭蓋内圧は、脳損傷、脳卒中、頭蓋内出血等の治療や診断を行う際の指標として使用されている。このため、頭蓋内圧測定方法の確立は、特に重要な意義が見出されている。
【0003】
従来の頭蓋内圧測定方法としては、頭蓋骨の直下に圧電センサーを入れる方法(特許文献1、非特許文献1、2)と、側脳室に直接チューブを差し込んでそこから立ち上がる水柱の圧を測る方法(特許文献2、非特許文献3)が一般的に知られている。しかし、上記の手法はいずれも、頭蓋骨に穿孔し、内部にセンサーやチューブを設置する必要があり、被測定者の侵襲性が高く、また、測定中には絶対安静を要するものであった。また、頭蓋内圧は、一度の瞬間値のみによって測定、評価することが困難で、ある程度の時間をかけて連続値を測定することが一般的である。そうした際に、被測定者に菌の感染が起こる危険性があるため、これに対する対策についても考慮する必要があった。このため、被測定者の負担の少ない、即ち侵襲性の低い頭蓋内圧の測定技術が数多く研究されてきた。
【0004】
これまで報告されてきた頭蓋内圧測定方法として、例えば、被測定者の頭蓋骨内に造影剤を注入し、NMR測定によって測定する技術について報告がある(特許文献3)。また、被測定者の頭蓋骨内に造影剤を注入し、その部位に微細な泡を発生させ、その低周波応答を取得し、共振周波数を解析する技術について報告がある(特許文献4)。また、被測定者の眼球に赤外線をあて、反射光のFT-IR分析を行うことで、頭蓋内圧測定を行う技術について報告がある(特許文献5~7)。更に、脳周辺の部位から、生体情報を非侵襲的に検出する技術として、外耳道内脈波を測定する技術について報告がある(特許文献8~15)。また、動脈血圧と中大脳動脈の血流について音響データを測定し、それらの非線形相関を取ることで頭蓋内圧の算出を行う報告がある(特許文献16)。また、医学的な動物実験では、猫の外耳道圧波、動脈圧波、頭蓋内圧波の同時記録から、血圧上昇時には外耳道圧の振幅が増大し、頭蓋内圧上昇時には動脈圧波から外耳道圧波への伝播時間が短くなること(非特許文献4)、犬の(外耳道内圧波の主成分である)動脈圧波と頭蓋内圧波の測定から、伝達関数上にノッチが現れ、それが脳内圧(脳脊髄液圧)変化の影響を受けていることが分かっている(非特許文献5)。
【0005】
発明者らは、上記技術が有していた技術的課題に対応すべく、頸動脈脈波と外耳道内圧脈波を計測して、両者の振幅情報と波形情報に基づいて頭蓋内圧を推定する方法を提案した(特許文献17)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2008-539811号公報
【文献】特開平5-300880号公報
【文献】特開2001-346767号公報
【文献】特開2006-230504号公報
【文献】特表2002-513310号公報
【文献】特開2007-301215号公報
【文献】特表2008-543352号公報
【文献】特開平8-84704号公報
【文献】特開2000-121467号公報
【文献】特表2004-528104号公報
【文献】特開2006-102163号公報
【文献】特表2006-505300号公報
【文献】特開2008-237847号公報
【文献】特開2010-17317号公報
【文献】特開2010-187928号公報
【文献】特表2006-526487号公報
【文献】特開2013-102784号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Neurosurgery. 2003 Mar;52(3):619-23; discussion 623.
【文献】Korean J Cerebrovasc Dis. 2002 Mar;4(1):52-57. Korean.
【文献】Neurologia medico-chirurgica 29(6), 484-489, 1989-06-15
【文献】慶応医学, Vol.72(6), pp.497-509, 1995.
【文献】J. Neurosurg Pediatrics, Vol.2, pp.83-94, 2008.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非侵襲で簡易な構成での頭蓋内圧測定は、脳疾患等で意識障害をおこしている患者等の救急医療や重症患者管理において特にその重要性が認められる。それらの医療において頭蓋内圧測定を行う場合、測定に使用する装置は、可能な限り簡素な構成で、且つ、非侵襲で測定できる必要がある。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものである。本発明によれば、非侵襲的であり、かつ簡易な装置を用いることによって、被測定者に負担なくリアルタイムに頭蓋内圧を推定することを可能にする頭蓋内圧推定方法等を提供することができる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
[適用例1]
本適用例に係る頭蓋内圧推定方法は、外耳道内圧脈波の時系列データから頭蓋内圧を推定する頭蓋内圧推定方法であって、被験者の外耳道内圧脈波の時系列データを取得する取得工程と、前記外耳道内圧脈波の時系列データをデジタル化した外耳道内圧脈波データを解析して、前記外耳道内圧脈波データの第1フォルマント周波数を算出する解析工程と、前記第1フォルマント周波数を被験者の個人情報に基づき補正して補正値を算出する補正工程と、前記補正値に基づいて頭蓋内圧の推定値を算出する推定工程とを含む、頭蓋内圧推定方法である。
【0011】
本適用例によれば、非侵襲的であり、かつ簡便な装置で測定できる外耳道内圧脈波に基づいて頭蓋内圧を推定できるので、被測定者に負担なくリアルタイムに頭蓋内圧を推定することを可能にする頭蓋内圧推定方法を実現できる。また、外耳道内圧脈波データの第1フォルマント周波数を被験者の個人情報に基づき補正し、得られた補正値を用いて頭蓋内圧の推定値を算出することで、精度よく頭蓋内圧を推定することを可能にする頭蓋内圧推定方法を実現できる。
【0012】
[適用例2]
上述の頭蓋内圧推定方法において、前記解析工程において、前記外耳道内圧脈波データに対してハイパスフィルタ処理を施したデータを解析して、前記第1フォルマント周波数を算出してもよい。
【0013】
これによって、被験者の呼吸、心拍等の影響を抑制することができるので、精度よく頭蓋内圧を推定することを可能にする頭蓋内圧推定方法を実現できる。
【0014】
[適用例3]
上述の頭蓋内圧推定方法において、前記推定工程において、次式に基づいて頭蓋内圧の推定値PICPを算出してもよい。
【0015】
PICP=A・ln(Xf1)+B
ここで、A及びBは定数であり、Xf1は前記補正値である。
【0016】
これによって、精度よく頭蓋内圧を推定することを可能にする頭蓋内圧推定方法を実現できる。
【0017】
[適用例4]
上述の頭蓋内圧推定方法において、前記補正工程において、次式に基づいて前記補正値Xf1を算出してもよい。
【0018】
Xf1=f1+β1・ln(K/Age)+β2・FM
ここで、f1は前記第1フォルマント周波数であり、β1、K及びβ2は定数であり、Ageは被験者の年齢であり、FMは被験者の性別(男性の場合は0、女性の場合は1)である。
【0019】
これによって、精度よく頭蓋内圧を推定することを可能にする頭蓋内圧推定方法を実現できる。
【0020】
[適用例5]
本適用例に係る頭蓋内圧推定装置は、被験者の外耳道内圧脈波を検出する外耳道内圧脈波センサーと、前記外耳道内圧脈波の時系列データから頭蓋内圧を推定する演算部とを含み、前記演算部は、前記外耳道内圧脈波の時系列データをデジタル化した外耳道内圧脈波データを解析して、前記外耳道内圧脈波データの第1フォルマント周波数を算出し、前記第1フォルマント周波数を被験者の個人情報に基づき補正して補正値を算出し、前記補正値に基づいて頭蓋内圧の推定値を算出する、頭蓋内圧推定装置である。
【0021】
本適用例によれば、非侵襲的であり、かつ簡便な装置で測定できる外耳道内圧脈波に基づいて頭蓋内圧を推定できるので、被測定者に負担なくリアルタイムに頭蓋内圧を推定することを可能にする頭蓋内圧推定装置を実現できる。また、外耳道内圧脈波データの第1フォルマント周波数を被験者の個人情報に基づき補正し、得られた補正値を用いて頭蓋内圧の推定値を算出することで、精度よく頭蓋内圧を推定することを可能にする頭蓋内圧推定装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】
図1は、本実施形態に係る頭蓋内圧推定装置の構成例を示す機能ブロック図である。
【
図2】
図2は、外耳道内圧脈波センサーの構成例を示す図である。
【
図3】
図3は、頸動脈から外耳道までの脈波伝搬を類推した等価回路モデルを示す図である。
【
図4】
図4は、心臓、頭蓋内、内耳及び外耳道を模式的に示す図である。
【
図5A】
図5Aは、19名の被験者における頭蓋内圧の実測値、第1フォルマント周波数、年齢及び性別の関係を示す図である。
【
図5B】
図5Bは、19名の被験者の頭蓋内圧の実測値を示すグラフである。
【
図5C】
図5Cは、19名の被験者の第1フォルマント周波数を示すグラフである。
【
図5D】
図5Dは、19名の被験者の年齢を示すグラフである。
【
図5E】
図5Eは、19名の被験者の性別を示すグラフである。
【
図6】
図6は、第1フォルマント周波数を補正せずに用いて算出した頭蓋内圧の推定値と、頭蓋内圧の実測値との関係を表すグラフである。
【
図7】
図7は、第1フォルマント周波数を補正した値を用いて算出した頭蓋内圧の推定値と、頭蓋内圧の実測値との関係を表すグラフである。
【
図8】
図8は、本実施形態に係る頭蓋内圧推定装置の処理の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。用いる図面は説明の便宜上のものである。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0024】
1.構成
図1は、本実施形態に係る頭蓋内圧推定装置の構成例を示す機能ブロック図である。頭蓋内圧推定装置1は、外耳道内圧脈波センサー10と、増幅器20(交流増幅器)と、AD変換器30と、演算処理部(プロセッサー)及び記憶部を有する演算部40と、表示部50とを含む。
【0025】
外耳道内圧脈波センサー10は、外耳道内圧脈波を検出する。外耳道内圧脈波センサー10が検出した外耳道内圧脈波(外耳道脈波音圧)は、増幅器20により増幅され、AD変換器30によりデジタルデータに変換され、演算部40に出力される。外耳道内圧脈波センサー10としては、音センサーや圧力センサーを用いることができる。
【0026】
図2は、外耳道内圧脈波センサー10の構成例を示す図である。外耳道内圧脈波センサー10は、外耳道を密閉して密閉空間を形成する密閉部11と、密閉空間内の音圧を外耳道脈波音圧として検出するマイクロフォン12と、を含んで構成されている。密閉部11は、略半球状に構成され、マイクロフォン12が有する音孔13と連通する音孔14が設けられている。外耳道内圧脈波を検出する際には、音孔14は、外耳道と連通するように取付けられる。また、マイクロフォン12の音孔13の先端が密閉部11の音孔14と連通するように、密閉部11とマイクロフォン12とは結合される。密閉部11としては、例えば、樹脂製のイヤーチップや、イヤーチップに可塑性の素材を組み合わせたものを採用してもよい。また、密閉部11に空気孔を設け、外耳道内への挿入が完了した際に密閉する構成としてもよい。マイクロフォン12としては、例えば、コンデンサーエレクトレットマイクロフォンを採用してもよい。
【0027】
図1に戻り、演算部40は、外耳道内圧脈波センサー10で検出された外耳道内圧脈波の時系列データをデジタル化した外耳道内圧脈波データ(AD変換器30の出力信号)を解析して、外耳道内圧脈波データの第1フォルマント周波数を算出し、算出した第1フォルマント周波数を被験者の年齢及び性別(被験者の個人情報)に基づき補正して補正値を算出し、算出した補正値に基づいて頭蓋内圧の推定値を算出する。また、演算部40は、前記外耳道内圧脈波データに対してハイパスフィルタ処理を施したデータを解析して、第1フォルマント周波数を算出してもよい。
【0028】
表示部50(ディスプレイ)は、外耳道内圧脈波データや、演算部40による演算結果(頭蓋内圧の推定値)等を表示する。表示部50としては、例えば、液晶ディスプレイ、CRTディスプレイなどを採用できる。
【0029】
2.原理
図3は、頸動脈から外耳道までの脈波伝搬を類推した等価回路モデルを示す図であり、
図4は、心臓、頭蓋内、内耳及び外耳道を模式的に示す図である。
図3に示す等価回路モデルでは、血流源脈波(動脈)l1(t)、血流源脈波(静脈)l2(t)を電流として入力し、媒質(血液、骨髄液、空気)の流れを電流、圧力を電圧でシミュレートしている。また、コンプライアンスをコンデンサ、流路抵抗を抵抗、質量をコイルで表している。また、頭蓋内の血液と骨髄液の間、及び内耳と外耳道の間(鼓膜)は、それぞれトランスにより絶縁されている。なお、
図3中のECP(t)は、外耳道内圧脈波センサー10を表している。
【0030】
図3に示す等価回路モデルから、心拍による血液の体積変化に伴い頭蓋内で脳内物質が微小振動すると仮定すると、頭蓋内のコンプライアンスCxと頭蓋内の慣性質量L1に伴う固有共振周波数foが存在する。
【0031】
ここで、固有共振周波数foを、
図3に示すような単一共振系と仮定すると、foは、以下の式(1)で与えられる。
【0032】
2π・fo=1/(L1・Cx)1/2 …(1)
式(1)より、頭蓋内のコンプライアンスCxは、以下の式(2)で表される。
【0033】
Cx=1/{L1・(2π・fo)2} …(2)
頭蓋内圧ICPは、頭蓋内のコンプライアンスCxとの既知の関係式より、以下の式(3)で与えられる。
【0034】
ICP=α1・ln(1/Cx)=α1・ln(4π2・L1・fo2) …(3)
ここで、α1は比例定数である。
【0035】
図5Aは、19名の被験者における頭蓋内圧の実測値MICP(単位:cmH
2O)、第1フォルマント周波数f1(単位:Hz)、年齢及び性別(男=1、女=2)の関係を示す図である。
図5Bは、各被験者の頭蓋内圧の実測値MICPを示すグラフであり、
図5Cは、各被験者の第1フォルマント周波数f1を示すグラフであり、
図5Dは、各被験者の年齢を示すグラフであり、
図5Eは、各被験者の性別を示すグラフである。ここで、頭蓋内圧の実測値MICPは、頭蓋内圧センサー(ドレナージ圧センサーや硬膜下腔留置センサー)を用いて測定した。また、第1フォルマント周波数f1は、外耳道内圧脈波データに対し、3Hz以下の信号成分をカットするハイパスフィルタ処理を施した後、線形予測分析(LPC分析:1024点(5.12秒)、20次)を行うことで求めた。なお、
図5Aに示すf1は、測定時間内(凡そ10分間)の平均値である。
【0036】
図5Aに示す第1フォルマント周波数f1をfoとして式(3)に代入して、頭蓋内圧の推定値PICPを算出し、
図5Aに示す頭蓋内圧の実測値MICPと比較した。なお、式(3)におけるL1は一定の値とした。比較結果を
図6に示す。L1を一定とした場合の推定値PICPの実測値MICPに対する当てはまり度を表す決定係数R
2(相関係数の二乗)は0.5046となり、相関が低いことが分かる。これは、年齢や性別によってL1に差異があることに起因するものと考えられる。
【0037】
そこで、本実施形態の頭蓋内圧推定方法では、第1フォルマント周波数f1を被験者の年齢と性別とに基づいて補正する。具体的には、以下の式(4)により、第1フォルマント周波数f1を補正して補正値Xf1を算出する。
【0038】
Xf1=f1+β1・ln(K/Age)+β2・FM …(4)
ここで、β1、K及びβ2は定数であり、Ageは年齢である。また、FMは性別であり、男性の場合は0、女性の場合は1とする。
【0039】
式(4)の補正値Xf1を用いて、式(3)を書き改めると、頭蓋内圧の推定値PICPは、以下の式(5)で与えられる。
【0040】
PICP=A・ln(Xf1)+B …(5)
ここで、A及びBは定数である。例えば、式(4)の定数を、β1=1.5、β2=-0.4、K=50として、
図5Aに示す各データ(第1フォルマント周波数f1、年齢、性別)を用いて式(4)により補正値Xf1を求め、求めた補正値Xf1と
図5Aに示す頭蓋内圧の実測値MICPを用いて線形回帰分析を行って式(5)の定数の最適値を求めると、A=124.24、B=-163.83となる。なお、Ageについては、上限値と下限値を設け、30歳以下の場合は30とし、65歳以上の場合は65とした。
【0041】
図5Aに示す各データから得られた定数の最適値と補正値Xf1とを用いて、式(5)によって頭蓋内圧の推定値PICPを算出し、
図5Aに示す頭蓋内圧の実測値MICPと比較した。比較結果を
図7に示す。第1フォルマント周波数を年齢及び性別に基づき補正して得られる補正値Xf1を用いて推定値PICPを算出することで、推定値PICPの実測値MICPに対する当てはまり度を表す決定係数R
2は0.7585に向上した。このように、本実施形態の頭蓋内圧推定方法により、頭蓋内圧の推定精度が向上する可能性があることが確認された。
【0042】
3.処理
図8は、頭蓋内圧推定装置1の処理の流れを示すフローチャートである。
【0043】
まず、演算部40は、外耳道内圧脈波センサー10で検出された外耳道内圧脈波の時系列データをデジタル化した外耳内圧脈波データを取得する(ステップS10)。また、演算部40は、図示しない入力部から入力される被験者の年齢Age及び性別FMを取得する。
【0044】
次に、演算部40は、取得した外耳内圧脈波データに対してハイパスフィルタ処理を実行する(ステップS11)。例えば、3Hz以下をカットするハイパスフィルタを適用することで、被験者の呼吸、心拍等の外乱要素を除去することができる。次に、演算部40は、ハイパスフィルタ処理を施した外耳内圧脈波データを解析(LPC分析など)して第1フォルマント周波数f1を算出する(ステップS12)。
【0045】
次に、演算部40は、算出した第1フォルマント周波数f1を、被験者の年齢Age及び性別FMに基づいて式(4)により補正して、補正値Xf1を算出する(ステップS13)。次に、演算部40は、算出した補正値Xf1に基づいて、式(5)により頭蓋内圧の推定値PICPを算出する(ステップS14)。
【0046】
本実施形態によれば、非侵襲的であり、かつ簡便な装置で測定できる外耳道内圧脈波に基づいて頭蓋内圧を推定できるので、被測定者に負担なくリアルタイムに頭蓋内圧を推定することができる。また、本実施形態によれば、外耳道内圧脈波データの第1フォルマント周波数f1を被験者の年齢及び性別に基づき補正し、得られた補正値Xf1を用いて頭蓋内圧の推定値PICPを算出することで、被験者の年齢や性別による頭蓋内の慣性質量L1の差異を考慮して、精度よく頭蓋内圧を推定することができる。
【0047】
以上、本実施形態あるいは変形例について説明したが、本発明はこれら本実施形態あるいは変形例に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様で実施することが可能である。
【0048】
本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0049】
1…頭蓋内圧推定装置、10…外耳道内圧脈波センサー、11…密閉部、12…マイクロフォン、13…音孔、14…音孔、20…増幅器、30…AD変換器、40…演算部、50…表示部