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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-07
(45)【発行日】2022-01-12
(54)【発明の名称】電動機の制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/22 20160101AFI20220104BHJP
   H02M 7/48 20070101ALI20220104BHJP
【FI】
H02P21/22
H02M7/48 E
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018015733
(22)【出願日】2018-01-31
(65)【公開番号】P2019134612
(43)【公開日】2019-08-08
【審査請求日】2020-08-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000149066
【氏名又は名称】オークマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】江口 悟司
【審査官】佐藤 彰洋
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-226033(JP,A)
【文献】特開2011-217589(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/00-21/36
H02M 7/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インバータを介して電動機に印加される電流を、二相回転座標系で演算する制御装置であって、
トルク指令値に応じたq軸電流値を算出するq軸電流算出部と、
前記q軸電流値と、前記電動機の速度と、前記インバータのDCバス電圧と、に基づいてq軸電流指令値およびd軸電流指令値を演算する電流ベクトル制御部と、
を備え、
前記電流ベクトル制御部は、
前記DCバス電圧に起因した電圧制限によって定まる電流制限値をdq平面上に表した電圧制限円を、前記電動機の速度と、前記DCバス電圧と、に基づいて算出し、
前記電圧制限円と、予め規定されるとともに前記電動機の電流制限によって定まる電流制限値をdq平面上に表した電流制限円と、に基づいてq軸電流制限値を算出し、
前記q軸電流算出部で算出された前記q軸電流値を前記q軸電流制限値でリミット処理した値を、q軸電流指令値として特定し、
前記q軸電流指令値に基づいて、対応するd軸電流指令値を特定し、
前記電流ベクトル制御部は、前記電圧制限円および前記電流制限円が重なる内部領域のうち、q軸座標値の絶対値が最大となる値を、q軸電流制限値として特定する、
ことを特徴とする電動機の制御装置。
【請求項2】
請求項に記載の電動機の制御装置であって、
前記電流ベクトル制御部は、前記内部領域内において、q軸座標値が前記リミット処理して得られるq軸電流指令値をとり、かつ、d軸座標値の絶対値が最小となる点のd軸座標値を前記d軸電流指令値として特定する、ことを特徴とする電動機の制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電動機の制御装置であって、
前記電流ベクトル制御部は、
前記電動機の電気角速度に、前記DCバス電圧の変動に起因する電圧制限の変動比率を乗算することで、電圧変動を考慮した電気角速度を算出し、
前記電圧変動を考慮した電気角速度に基づいて、前記電圧制限円を演算する、
ことを特徴とする電動機の制御装置。
【請求項4】
請求項に記載の電動機の制御装置であって、
前記電流ベクトル制御部は、前記q軸電流制限値および前記d軸電流制限値の算出式が切り替わる前記電圧変動を考慮した電気角速度である電気角速度パラメータを、予め、定数として記憶している、ことを特徴とする電動機の制御装置。
【請求項5】
請求項に記載の電動機の制御装置であって、
前記電流ベクトル制御部は、さらに、前記電圧制限円と前記電流制限円と、に基づいて、d軸電流をゼロにし得るq軸電流値の最大値である電圧制限開始時q軸電流も特定し、
前記電流ベクトル制御部は、電圧制約が発生する最小の電気角速度を示す第一電気角速度パラメータと、電圧制限円が電流制限円の内側に配置される最小の電気角速度を示す第二電気角速度パラメータと、前記電圧制限開始時q軸電流がゼロとなる最小の電気角速度を示す第三電気角速度パラメータと、を記憶しており、
前記電流ベクトル制御部は、
前記電圧変動を考慮した電気角速度の絶対値が、前記第一電気角速度パラメータ未満の場合、前記q軸電流制限値を、前記電動機の電流制限によって定まる電流制限値とし、
前記電圧変動を考慮した電気角速度の絶対値が、前記第一電気角速度パラメータ以上かつ前記第二電気角速度パラメータ未満の場合、前記電流制限円と前記電圧制限円との交点におけるq軸座標値を、前記q軸電流制限値とし、前記電圧制限円と前記q軸との交点におけるq軸座標値を前記電圧制限開始時q軸電流とし、
前記電圧変動を考慮した電気角速度の絶対値が、前記第二電気角速度パラメータ以上かつ前記第三電気角速度パラメータ未満の場合、前記電圧制限円の中心を通るとともにq軸に平行な線である電圧中心線と前記電圧制限円との交点におけるq軸座標値を、前記q軸電流制限値とし、前記電圧制限円と前記q軸との交点におけるq軸座標値を、前記電圧制限開始時q軸電流とし、
前記電圧変動を考慮した電気角速度の絶対値が、前記第三電気角速度パラメータ以上の場合、前記電圧中心線と前記電圧制限円との交点におけるq軸座標値を、前記q軸電流制限値とし、ゼロを、前記電圧制限開始時q軸電流とする、
ことを特徴とする電動機の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機の制御装置(例えば、NC工作機械等の送り軸に採用され、電動機の速度や回転角度(位置)を制御する制御装置)において、電動機の電流を、2相回転座標系(一般に、磁極方向をd軸、その電気的直交方向をq軸と呼ぶ)を用いて演算制御する電流制御技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
NC工作機械の送り軸には、緊急時の非常停止動作を確実に遂行するため、回転中に、巻線を短絡接続するのみで、大きな制動力が得られる特徴を有する、永久磁石同期電動機(以降、「電動機」または「モータ」と呼ぶ)が採用される場合が多い。また、一般には、電動機の速度や回転角(位置)を制御する制御装置では、電力変換器としてPWMインバータが利用される。
【0003】
従来、PWMインバータによる永久磁石同期電動機の速度や回転角(位置)を制御する制御装置では、モータ速度や、インバータのDCバス電圧に起因した電圧制約に応じて、d軸電流を流す事で、モータの電圧を抑制している。しかし、q軸電流については、モータのN-τ(速度-トルク)特性に基づいたq軸電流制限値を採用しており、電圧制約を考慮した制御になっていない。
【0004】
図11は、従来の3相永久磁石同期電動機の制御装置の一例として、速度制御装置200の構成例を示すブロック図である。以下、本例の速度制御装置200について説明する。PWMインバータは、まず、3相交流電源100を入力として、コンバータ部101で整流し、大容量コンデンサ102で平滑化を行い、DC電圧に変換する。この電圧はDCバス電圧Vdcと呼ばれ、3相交流電源100の振幅に応じて変化する。
【0005】
インバータ部103は、図の様に、DCバス間に電力半導体を、U相、V相、W相毎に、ブリッジ配置して構成され、PWM信号により、ブリッジの上側半導体と下側半導体のON時間を調整することで、所望の時変電圧を得て、3相永久磁石同期電動機104を制御する。位置検出器105は、モータの回転角を検出する位置検出器で、電流検出器106uと106wは、U相電流とW相電流を検出する電流検出器である。
【0006】
上位装置(図示しない)より、本例の速度制御装置200に対して、速度指令値ωmが出力される。位置検出器105より出力されるモータの回転角θmは、微分器51で時間微分され、モータ速度ωmとして出力される。尚、微分器51のsは、ラプラス変換の微分演算子を示している。減算器50で、速度指令値ωmから、モータ速度ωmが減算され、減算器50出力である速度偏差は、速度制御器52で比例積分増幅され、モータのトルク指令値τc*となる。
【0007】
以降の制御ブロック構成は、よく知られた2相(d軸,q軸)座標系で表現している。トルク電流変換器53は、トルク指令値τc*をq軸(トルク)電流に換算する変換器で、Keはモータのトルク定数を示している。したがって、トルク電流変換器53は、トルク指令値τc*に応じたq軸電流値を算出するq軸電流算出部として機能する。
【0008】
電流ベクトル演算部80は、q軸電流指令値iqと、d軸電流指令値idを演算出力する演算部である。トルク電流変換器53の出力に対して、モータのN-τ(速度-トルク)特性を考慮して、q軸電流リミッタ81では、モータ速度ωmに応じて、高速時ではトルク指令が制約される様に、q軸電流指令にリミット処理が加えられる。なお、q軸電流リミットIq_limは、モータ速度ωmと、負の相関関係を有している。q軸電流リミッタ81の出力が、q軸電流指令値iqになる。
【0009】
一方で、d軸電流は、高速回転時の電圧飽和を回避するために、モータの誘起電圧を低減させる方向に指令する。DCバス電圧検出部54は、リアルタイムでDCバス電圧Vdcを検出し、予め設定された規定値電圧との差である、DCバス電圧変動検出値Δdcを出力する。d軸電流指令生成部82は、モータ速度ωmにおいて、永久磁石により発生する誘起電圧と、DCバス電圧変動検出値Δdcに基づき、モータを回転制御する際の電圧余裕を演算して、d軸電流指令値idを出力する。
【0010】
モータのU相電流iuとW相電流iwは、電流検出器106uと106wにより検出される。なお、V相電流ivは、iv=-(iu+iw)で算出できる。モータ回転電気角θreは、変換器55で、モータ回転角θmを対極数p倍することで演算される。3相→dq変換部57は、モータ回転電気角θreと、U相電流iuと、W相電流iwから、座標変換により、d軸電流検出値idとq軸電流検出値iqを演算出力する。
【0011】
減算器58は、d軸電流指令値idからd軸電流検出値idを減算し、減算器59は、q軸電流指令値iqからq軸電流検出値iqを減算する。これらの減算器出力は、d軸電流誤差及びq軸電流誤差として、電流制御器60の入力となる。電流制御器60は、各軸の電流指令値と電流検出値を一致させるために、両軸の電流誤差を比例積分増幅する誤差増幅器と、軸間を非干渉化するための補償制御部を含み、d軸電圧指令値vdとq軸電圧指令値vqを出力する。なお、電気角速度ωreは、モータ回転電気角θreを微分器56で時間微分された信号で、電流制御器60での非干渉化制御に利用される。
【0012】
dq→3相変換部61は、モータ回転電気角θreと、d軸電圧指令値vdとq軸電圧指令値vqを入力として、U相電圧指令値vu、V相電圧指令値vv、W相電圧指令値vwを出力する。PWM信号演算部62は、相電圧指令値の大きさに応じた電圧を、モータの相電圧として出力するため、インバータ部103のブリッジ上側半導体と下側半導体のON時間の割合を制御する。各半導体に対する、このON/OFF指令がPWM信号(全部で6本)である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上説明した様に、従来の制御装置では、DCバス電圧の変動に応じて、電圧余裕を演算し、d軸電流指令値idを決定しているが、q軸電流指令値iqについては、モータのN-τ(速度-トルク)特性を考慮してリミットを加えているが、リアルタイムでの電圧制約は考慮していない。このため、高速力行状態では、電圧制約を受けて、指令通りのトルクが発生できなかったり、逆に、過度なリミットを与える事で、原理的にモータが有する発生限界トルクを引き出すことができなかったりした。
【0014】
そこで、本明細書では、高速回転時における出力トルクの最大化と高効率化を実現できる電動機の制御装置を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本明細書で開示する電動機の制御装置は、インバータを介して電動機に印加される電流を、二相回転座標系で演算する制御装置であって、トルク指令値に応じたq軸電流値を算出するq軸電流算出部と、前記q軸電流値と、前記電動機の速度と、前記インバータのDCバス電圧と、に基づいてq軸電流指令値およびd軸電流指令値を演算する電流ベクトル制御部と、を備え、前記電流ベクトル制御部は、前記DCバス電圧に起因した電圧制限によって定まる電流制限値をdq平面上に表した電圧制限円を、前記電動機の速度と、前記DCバス電圧と、に基づいて算出し、前記電圧制限円と、予め規定されるとともに前記電動機の電流制限によって定まる電流制限値をdq平面上に表した電流制限円と、に基づいてq軸電流制限値を算出し、前記q軸電流算出部で算出された前記q軸電流値を前記q軸電流制限値でリミット処理した値を、q軸電流指令値として特定し、前記q軸電流指令値に基づいて、対応するd軸電流指令値を特定し、前記電流ベクトル制御部は、前記電圧制限円および前記電流制限円が重なる内部領域のうち、q軸座標値の絶対値が最大となる値を、q軸電流制限値として特定する。
【0016】
また、インバータのDCバス電圧を検出し、DCバス電圧の変動を電気角速度の変動に変換することにより、対応する電圧制限円とq軸で構成される電流ベクトル上の動作点を決定して、q軸電流制限値Iq_maxを定め、q軸電流指令値iqと、d軸電流指令値idの演算を同時に実行する。
【発明の効果】
【0017】
インバータのDCバス電圧の変動を考慮した電圧制約に応じて、q軸電流制限値Iq_maxを演算し、最適なq軸電流指令値iq*と、d軸電流指令値id*を決定することで、高速回転時における出力トルクアップと高効率化制御を実現できる。また、DCバス電圧の変動を電気角速度の変動に変換することで、電流ベクトル制限図上の電気角速度パラメータ(ωa,ωb,ωc)のリアルタイムでの再演算は不要になる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】永久磁石同期電動機の制御装置の構成例を示すブロック図である。
図2】永久磁石同期電動機の制御装置における電流ベクトル制御部の演算アルゴリズムを説明するフローチャートである。
図3】制御装置の速度指令値、モータ速度の一例を示すグラフである。(Δdc=0の場合)
図4】制御装置のトルク指令値、q軸電流指令値、d軸電流指令値の一例を示すグラフである。(Δdc=0の場合)
図5】制御装置の加速時における電流ベクトル制御部の内部動作の一例を示すグラフである。(Δdc=0の場合)
図6】制御装置の減速時における電流ベクトル制御部の内部動作の一例を示すグラフである。(Δdc=0の場合)
図7】制御装置のトルク指令値、q軸電流指令値、d軸電流指令値の一例を示すグラフである。(Δdc>0の場合)
図8】制御装置の加速時における電流ベクトル制御部の内部動作の一例を示すグラフである。(Δdc>0の場合)
図9】制御装置の減速時における電流ベクトル制御部の内部動作の一例を示すグラフである。(Δdc>0の場合)
図10】永久磁石同期電動機の電流ベクトルの制御範囲を示した電流ベクトル制限図である。
図11】従来の永久磁石同期電動機の制御装置の構成例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について説明する。はじめに、本実施形態におけるq軸電流指令値iqおよびd軸電流指令値idの算出の原理について図10を参照して説明する。
【0020】
よく知られた、永久磁石同期電動機の(d,q)軸座標系電圧方程式を式(1)に示す。なお、ここで挙げた誘起電圧定数Keが、トルク電流変換器53(図1図11参照)におけるトルク定数Keと一致することは、よく知られている。
【0021】
【数1】
【0022】
PWMインバータは、電力半導体の許容通電容量などから、電流制限を受ける。電流制限は、式(2)で示される。
【0023】
【数2】
【0024】
一方で、モータをPWMインバータを用いて回転制御するには、DCバス電圧Vdcと、式(1)の電圧ベクトルVの間には、式(3)の関係が要求される。
【0025】
【数3】
【0026】
つまり、(d,q)軸座標系での電圧の大きさ|V|は、DCバス電圧Vdcの(1/√2)以下に電圧制限しないとモータ制御ができなくなることを示している。ここで、式(1)の電流ベクトルIを直流量とし、抵抗Rによる電圧降下分を除いた、次の式(4)の電圧制限値V0maxを考える。
【0027】
【数4】
【0028】
すると、電流ベクトルIは、式(2)の電流制限に加えて、式(1)の電圧ベクトルVを、式(4)の電圧制限値V0max以下に制限すること。つまり、|V|≦V0maxを満たすことが、モータを指令通りに回転制御するための要件になる。
【0029】
図10は、永久磁石同期電動機の電流ベクトルIの制御範囲を示した電流ベクトル制限図である。電圧制限は、式(1)の電圧ベクトルVから、式(5)で表現できる。
【0030】
【数5】
【0031】
電気角速度ωreは、モータ速度ωmの対極数p倍(ωre=p・ωm)なので、式(5)は、モータ速度ωmが上がると、径が徐々に縮小していく電圧制限円を表す。電圧制限円とは、DCバス電圧に起因した電圧制限によって定まる電流制限値を表した円である。図10において、細破線の円は、|ωre|によって変化する電圧制限円を示している。また、図10における細実線は、電流制限円を示している。電流制限円とは、電動機の電流制限によって定まる電流制限値をdq平面上に表した円である。電流ベクトルIの制御範囲は、電流制限円と電圧制限円の重なる内部領域で、且つ、d軸電流idは、モータ電圧を効率良く抑制するため、(-Ke/pL)≦id≦0の範囲で制御する。
【0032】
|ωre|<ωaまでの電気角速度では、電圧制約を受けないため、d軸電流idは、id=0でよく、q軸電流のみをq軸上で制御すればよい。ωa≦|ωre|の電気角速度では、電圧は、電圧制約を受けるため、電流制限円と電圧制限円の両方が制約になる。
例えば、図10において、太実線は、|ωre|=ωab(なお、ωa≦ωab<ωb)における動作点推移を示している。|ωre|=ωabの場合、図10に示す通り、電圧制限円(外側から2番目の細破線の円)は、座標(0,iqab0),(0,iqab0)でq軸と交差し、座標(idab,iqab),(idab,-iqab)で、電流制限円(細実線)と交差する。そのため、iq<iqab0の場合、id=0でよいが、iq≧iqab0になると、電圧制限に達するため、(0,iqab0)から(idab,iqab)に向かって、電圧制限円上を動作点が推移する。iq>iqabとなるiqは、電流制限のため通電不可能である。
【0033】
ωb≦|ωre|の電気角速度では、電圧制限円が電流制限円の内側に配置されるため、電圧制限円が制約になる。図10において、太一点鎖線は、|ωre|=ωbc(なお、ωb≦ωbc<ωc)における動作点推移を示している。|ωre|=ωbcでは、iq<iqbc0は、id=0で、電圧制限円上を動作点として、iq≦iqbcまでのiqが制御できる。ωc≦|ωre|の電気角速度では、図10において、太二点鎖線で示すように、iq=0でも電圧制約を受けるため、全領域でid<0となり、電圧制限円に沿って、iq≦iqcdまでのiqが制御できる。
【0034】
図10において、太破線は、q軸電流制限値Iq_maxの推移を示している。このq軸電流制限値Iq_maxは、電気角速度ωreの増加に伴って、徐々に減少してゆく。q軸電流制限値の動作線(ロードライン)は、q軸電流が正符号の時、電流ベクトル制限図において、A→B→C→Dと推移する。なお、q軸電流が負符号の時は、q軸電流制限値Iq_maxは、電流ベクトル制限図において、A’→B’→C’→Dと推移する。つまり、電圧制限円および電流制限円が重なる内部領域のうち、q軸座標値の絶対値が最大となる値が、q軸電流制限値Iq_maxとなる。トルク指令値に応じて算出されたq軸電流値を、このq軸電流制限値Iq_maxでリミット処理した値が、q軸電流指令値iqとなる。また、電圧制限円および電流制限円が重なる内部領域のうち、q軸電流指令値iqをとり、かつ、d軸座標値の絶対値が最小となる点のd軸座標値がd軸電流指令値idとなる。
【0035】
本実施形態では、上述した電圧制限円で表されるインバータのDCバス電圧の変動を考慮した電圧制約に応じて、q軸電流制限値Iq_maxを演算したうえで、q軸電流指令値iqとd軸電流指令値idを決定し、これにより、高速回転時における出力トルクの最大化と高効率化を実現する。
【0036】
次に、本実施形態の3相永久磁石同期電動機の速度制御装置10について図1を参照して説明する。図1は、本実施形態による3相永久磁石同期電動機の速度制御装置10の構成を示すブロック図である。以下、これまでに説明した従来例と異なる部分についてのみ説明する。
【0037】
速度制御装置10は、例えば、CPUとメモリと有したマイコンで構成される。あるいは、速度制御装置10は、所定の手順に従い演算処理を実行する1以上の電気回路を組み合わせて構成されてもよい。速度制御装置10では、トルク電流変換器53の出力が、電流ベクトル制御部1の入力になる。なお、トルク電流変換器53の出力は、リミット処理を加える前のq軸電流指令値iqである。電圧制約式は、式(5)の電圧制限円で表現できる。式(5)から、電圧制限円の大きさ(半径)は、電気角速度ωre(モータ速度ωm)に反比例、かつ、電圧制限値V0maxに比例する。式(3a)と式(4)から、DCバス電圧Vdcの変動Δdcと、電圧制限値V0maxの変動ΔV0maxの間には、式(6)の関係が成立する。
【0038】
【数6】
【0039】
よって、電圧変動を含む電圧制限値V0max_vを、力行時と回生時で、次の様に定義する。
【0040】
【数7】
【0041】
ここで、電圧制限値V0max_vについては、式(8)が成立する。
【0042】
【数8】
【0043】
このため、電気角速度ωreを、式(9)で、電圧変動を考慮した電気角速度ωre_vに変換した後、ωre_vを用いて電圧制限円を選定すれば、電流ベクトル制限図上の動作点を決定できる。
【0044】
【数9】
【0045】
電流ベクトル制御部1には、モータパラメータである対極数p、巻線インダクタンスL、巻線抵抗R、誘起電圧定数Keと、PWMインバータの定格などで決定するDCバス基準電圧Vdc、基準電圧制限値V0max、電流制限値I0maxと、電流ベクトル制限図上の電気角速度パラメータであるωa,ωb,ωcが、予め設定され、メモリに記憶されている。この電気角速度パラメータωa,ωb,ωcは、q軸電流制限値iqおよびd軸電流制限値idの算出式が切り替わる電気角速度ωre_vの境界値を示している。電流ベクトル制御部1は、これらの設定値と、リアルタイムで変化するモータの電気角速度ωreと、DCバス電圧変動検出値Δdcから、後述する演算アルゴリズムに基づいて、電流ベクトル制限図上の動作点を決定し、q軸電流指令値iqとd軸電流指令値idを演算出力する。
【0046】
図2は、この速度制御装置10における電流ベクトル制御部1の演算アルゴリズムを説明するフローチャートである。最初に、S1において、電流ベクトル制御部1が、DCバス電圧変動検出値Δdcを読み込む。S2では、電流ベクトル制御部1は、モータの動作状態が力行か回生かを判定する。例えば、モータ速度ωmとモータ加速度が同一符号ならば力行、異符号ならば回生と判定する。電流ベクトル制御部1は、力行時はS3に、回生時はS4に進み、式(7)に基づいて、電圧変動を含む電圧制限値V0max_vを演算する。さらに、電流ベクトル制御部1は、S5に進み、式(9)に基づいて、電気角速度ωreを、電圧変動を考慮した電気角速度ωre_vに変換する。
【0047】
S6からS8では、電流ベクトル制限図上の動作点の領域判定を行う。ωaは基準電圧時において、電圧制約が発生する最小の電気角速度パラメータであり、電圧制限円が、図10の電流ベクトル制限図上のA(またはA’)点を通過する電気角速度になる。ωaは、式(10)で決定される電気角速度パラメータである。S6において、電流ベクトル制御部1は、電気角速度絶対値|ωre_v|が、|ωre_v|<ωaの範囲内かどうかを判定する。
【0048】
【数10】
【0049】
|ωre_v|≧ωaの場合、電流ベクトル制御部1は、S7に進む。S7では、電流ベクトル制御部1は、|ωre_v|が、ωa≦|ωre_v|<ωbの範囲内かどうかを判定する。ωbは基準電圧時において、電圧制限円が電流制限円の内側に配置される最小の電気角速度パラメータであり、電圧制限円が、図10の電流ベクトル制限図上のB(またはB’)点を通過する電気角速度になる。ωbは、式(11)で決定される電気角速度パラメータである。
【0050】
【数11】
【0051】
|ωre_v|≧ωbの場合、電流ベクトル制御部1は、S8に進む。S8では、電流ベクトル制御部1は、|ωre_v|が、ωb≦|ωre_v|<ωcの範囲内かどうかを判定する。ωcは基準電圧時において、q軸電流iq=0でも電圧制約が発生する最小の電気角速度パラメータであり、電圧制限円が、図10の電流ベクトル制限図上のC(またはC’)点を通過する電気角速度になる。ωcは、式(12)で決定される電気角速度パラメータである。
【0052】
【数12】
【0053】
|ωre_v|<ωaの範囲内であれば(S6でYes)、未だ、電圧制約が発生する電気角速度に達していないことになる。この領域では、d軸電流id=0で制御すればよく、q軸電流iqは、電流制限値I0maxまで通電できる。S6_1は、q軸電流指令絶対値|iq|と、I0maxを比較して、|iq|>I0maxの場合は、S6_2で、q軸電流指令値iq*をI0maxでリミット処理する。d軸電流指令値idについては、S14で、id=0を設定出力する。
【0054】
ωa≦|ωre_v|<ωbの範囲内であれば(S7でYes)、q軸電流iqに応じて、d軸電流idを決定する必要が発生する。q軸電流制限は、図10の電流ベクトル制限図上のA-B間の電圧制限円と電流制限円の交点(idab,iqab)となり、式(13)で演算される。
【0055】
【数13】
【0056】
なお、電圧制約が発生するq軸電流iqは、電圧制限円とq軸の交点(0,iqab0)でのiqab0となり、式(14)で演算される。
【0057】
【数14】
【0058】
S7_1では、電流ベクトル制御部1は、式(13)で演算したiqabを、q軸電流制限値Iq_maxに設定する。S7_2では、電流ベクトル制御部1は、式(14)で演算したiqab0を、電圧制限開始時q軸電流Iq_max_0に設定する。この電圧制限開始時q軸電流Iq_max_0は、d軸電流指令値id=0にでき得るq軸電流指令値iqの最大値を示している。q軸電流指令値iqが、電圧制限開始時q軸電流Iq_max_0を超えた場合、d軸電流指令値idは、|iq|>0となる。
【0059】
ωb≦|ωre_v|<ωcを満たす場合(S8でYes)も、q軸電流iqに応じて、d軸電流idが決定される。q軸電流制限は、図10の電流ベクトル制限図上のB-C間の電圧制限円と、id=-Ke/pL(電圧制限円の中心を通り、q軸と平行な線)との交点(idbc,iqbc)となり、式(15)で演算される。
【0060】
【数15】
【0061】
なお、電圧制約が発生するq軸電流iqは、電圧制限円とq軸の交点(0,iqbc0)でのiqbc0となり、式(16)で演算される。
【0062】
【数16】
【0063】
S8_1では、電流ベクトル制御部1は、式(15)で演算したiqbcを、q軸電流制限値Iq_maxに設定する。S8_2では、電流ベクトル制御部1は、式(16)で演算したiqbc0を、電圧制限開始時q軸電流Iq_max_0に設定する。
【0064】
|ωre_v|≧ωcを満たす場合(S8でNo)、q軸電流iq=0でも、電圧制約が発生するため、d軸電流idが必要になる。q軸電流制限は、図10の電流ベクトル制限図上のC-D間の電圧制限円と、id=-Ke/pL(電圧制限円の中心を通り、q軸と平行な線)との交点(idcd,iqcd)となり、式(17)で演算される。
【0065】
【数17】
【0066】
S9_1において、電流ベクトル制御部1は、式(17)で演算したiqcdを、q軸電流制限値Iq_maxに設定する。また、S9_2において、電流ベクトル制御部1は、電圧制限開始時q軸電流Iq_max_0に、Iq_max_0=0を設定する。
【0067】
|ωre_v|≧ωaを満たす場合(S6でNo)、q軸電流制限値Iq_maxおよび電圧制限開始時q軸電流Iq_max_0の設定後、S10に進む。S10では、電流ベクトル制御部1は、q軸電流制限値Iq_maxが、電流制限値I0max以下となる、|ωre_v|≧ωaの範囲において、q軸電流指令絶対値|iq|と、Iq_maxを比較して、|iq|>Iq_maxの場合は、S11で、q軸電流指令値iq*をIq_maxでリミット処理する。S12は、q軸電流指令絶対値|iq|と、電圧制限開始時q軸電流Iq_max_0を比較して、|iq|<Iq_max_0の場合は、S14でd軸電流指令値idに、id=0を設定出力する。|iq|≧Iq_max_0の場合は、S13で、iqから、電圧制約に応じて必要になるidを式(18)で演算する。
【0068】
【数18】
【0069】
以上、述べた図2の演算アルゴリズムにより決定された、d軸電流指令値idとq軸電流指令値iqは、図10の電流ベクトル制限図の電圧制限円と電流制限円に対して、電圧変動を考慮した上で、最大出力トルクと最高効率を与える動作点の座標値であり、図1における電流ベクトル制御部1の出力になる。
【0070】
本実施形態における演算アルゴリズムには、各式で二乗演算や開平演算表記があるが、実演算上では、予め、逆正弦関数(θ=sin-1x)テーブルと余弦関数(y=cosθ)テーブルを作成しておき、式(13)のiqab演算ならば、x=idab/Iomaxとしてθ=sin-1xを求め、iqab=Iomax・cosθ=Iomax・yと演算すればよいから、演算処理負担の増加は殆ど発生しない。
【0071】
図3から図9は、図1に示した本実施形態の速度制御装置に対して、2次関数型加減速処理を施した速度指令値ωm*を入力し、主に電流ベクトル制御部の応答を中心に表現したグラフである。横軸は、時間軸相当で、サンプリング時間Ts=0.1[ms]毎のサンプリング回数で表現している。適用したモータやPWMインバータのパラメータは、対極数p=4、巻線インダクタンスL=2.35[mH]、巻線抵抗R=0.2[Ω]、誘起電圧定数Ke=0.764[V/(rad/s)]、DCバス(基準)電圧Vdc=283[V]、(基準)電圧制限値V0max=175[V]、電流制限値I0max=124[A]、電気角速度パラメータωa=504、ωb=800、ωa=918である。なお、モータの定格回転数=2000[min-1]に対して、速度指令値ωmのピーク速度vmmax=2500[min-1]を指令している。
【0072】
図3から図6は、DCバス電圧変動検出値Δdc=0[V]の場合の応答を表現したグラフである。図3は速度指令値ωmとモータ速度ωm、図4はトルク指令値τcとd軸電流指令値idとq軸電流指令値iqを示している。また、図5は、加速領域における、電流ベクトル制御部の内部応答を、図6は、減速領域における電流ベクトル制御部の内部応答を、示している。なお、図5図6では、内部応答を示すパラメータとして、電圧制限値V0max_v、誘起電圧ωmKe、q軸電流制限値Iq_max、電圧制限開始時q軸電流Iq_max_0,d軸電流指令値idおよびq軸電流指令値iqの変化を示している。加速の終盤では、iqがIq_maxで制限されているが、減速領域では、回生状態となって、電圧制限値V0max_vが増加するため、iqは制限されることなく線形に応答している。
【0073】
なお、図中の電気角速度パラメータ(ωa,ωb,ωc)は定数値であるが、各々が電気角速度ωre_vに一致するタイミングを示しているため、電圧制限値V0max_vが異なる力行時と回生時(図5図6)では、モータ速度ωm(=ωre/p)換算値は一致しない。
【0074】
図7から図9は、DCバス電圧変動検出値Δdc=40[V]の場合の応答を表現したグラフである。速度指令値ωmは、図3と同一である。図7図4に、図8図9は、図5図6に対応している。この場合、DCバス電圧が増加することで、電圧余裕が生まれ、q軸電流制限値Iq_maxがアップするから、加速領域でもiqがIq_maxで制限されることなく線形に応答できている。
【符号の説明】
【0075】
1 電流ベクトル制御部、10,200 速度制御装置、50,58,59 減算器、51,56 微分器、52 速度制御器、53 トルク電流変換器、54 DCバス電圧検出部、55 変換器、57 3相→dq変換部、60 電流制御器、61 dq→3相変換部、62 PWM信号演算部、100 3相交流電源、101 コンバータ部、102 大容量コンデンサ、103 インバータ部、104 3相永久磁石同期電動機(モータ)、105 位置検出器、106u,106w 電流検出器。
図1
図2
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図11