(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-09
(45)【発行日】2022-02-15
(54)【発明の名称】カプシエイト高含有トウガラシ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A01H 3/00 20060101AFI20220207BHJP
A01H 5/00 20180101ALI20220207BHJP
C07C 67/58 20060101ALI20220207BHJP
C07C 69/533 20060101ALI20220207BHJP
A01N 39/04 20060101ALN20220207BHJP
【FI】
A01H3/00
A01H5/00 Z
C07C67/58
C07C69/533
A01N39/04 A
(21)【出願番号】P 2017172054
(22)【出願日】2017-09-07
【審査請求日】2020-07-27
(31)【優先権主張番号】P 2016174216
(32)【優先日】2016-09-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2016175652
(32)【優先日】2016-09-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(72)【発明者】
【氏名】松島 憲一
(72)【発明者】
【氏名】畠山 佳奈実
(72)【発明者】
【氏名】朴 永俊
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】特許第4089306(JP,B2)
【文献】特表2010-528670(JP,A)
【文献】国際公開第2015/108185(WO,A1)
【文献】米国特許第05066830(US,A)
【文献】Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2010, Vol.58, pp.1761-1767
【文献】特産種苗, 2015, Vol.20,pp.13-17
【文献】特産種苗, 2015, Vol.20,pp.18-21
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 3/00
A01H 5/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カプシエイトを含有
し、putative aminotransferase(pAMT)遺伝子が変異しCS(pun1)遺伝子が変異していないCapsicum属のトウガラ
シの植物を単為結果させる工程を含むことを特徴とする
、カプシエイト高含有トウガラシの製造方法。
【請求項2】
前記トウガラシがひもとうがらしであることを特徴とする、請求項1記載のカプシエイト高含有トウガラシの製造方法。
【請求項3】
カプシエイトを含有し、putative aminotransferase(pAMT)遺伝子が変異しCS(pun1)遺伝子が変異していないCapsicum属のトウガラ
シの植物を単為結果させる工程と、前記植物を粉砕し、溶媒に浸漬することでカプシエイトを抽出する工程と、を含むことを特徴とする、カプシエイトの製造方法。
【請求項4】
前記トウガラシがひもとうがらしであることを特徴とする、請求項3記載のカプシエイトの製造方法。
【請求項5】
前記単為結果させる方法として、前記トウガラ
シの植物の子房を植物ホルモンによる浸漬処理を行うことを特徴とする、請求項3
または4記載のカプシエイトの製造方法。
【請求項6】
前記植物ホルモンが、オーキシンであることを特徴とする、請求項
5記載のカプシエイトの製造方法。
【請求項7】
前記オーキシンが、2、4-ジクロロフェノキシ酢酸であることを特徴とする、請求項
6記載のカプシエイトの製造方法。
【請求項8】
前記溶媒が、メタノール、エタノール,n-プロパノール、イソプロパノール、t-ブタノール、エチルアセテート、アセトン、およびこれらの混合物から成る群から選択されている、請求項
3から
7のいずれか一項記載のカプシエイトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
トウガラシの辛味成分カプサイシンの類縁物質であるカプシエイトは、ジヒドロカプシエイト、ノルジヒドロカプシエイトとともにカプシノイドと総称される成分である。このカプシノイド(以下カプシエイトとする)は、辛味成分がカプサイシンの1000分の1程度でありながら、体熱亢進作用といったカプサイシンと同様の機能をもつことから、近年、機能性成分として注目されている。
カプシエイトは、矢澤らにより選抜固定されたトウガラシの無辛味固定品種である「CH-19甘」に含有することが知られており(非特許文献1)、その機能性としては、免疫賦活作用、エネルギー代謝作用等が報告されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0002】
【非特許文献】
【0003】
【文献】矢澤ら、園芸学会雑誌、58巻、601-607頁、1989年
【文献】Ishikawa,K他、High β-carotene and Capsaicinoid Contents in Seedless Fruits of "Shishitoh" Pepper. HortScience. 39(1)、153-155、2004年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、カプシエイトは含有量が少なく、多量に含有するとされるCH-19甘であっても、1トンあたり100グラム程度と言われており、こうした少ない収量が、カプシエイトの事業化を困難にする要因となっている。本発明は、トウガラシに含有するカプシエイトの量を増加させ、カプシエイトを安定的に供給することを可能にする、カプシエイト高含有トウガラシ及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意研究を行い、対象となる植物に所定の処理を施すことによって、処理をしない植物と比較して著しくカプシエイトの収量が増加することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明に係る請求項1に記載のカプシエイト高含有トウガラシの製造方法は、カプシエイトを含有し、putative aminotransferase(pAMT)遺伝子が変異しCS(pun1)遺伝子が変異していないCapsicum属のトウガラシの植物を単為結果させる工程を含むことを特徴とする、カプシエイト高含有トウガラシの製造方法である。
また、本発明に係る請求項2に記載のカプシエイト高含有トウガラシの製造方法は、前記トウガラシがひもとうがらしであることを特徴とする、請求項1記載のカプシエイト高含有トウガラシの製造方法である。
【0009】
また、本発明に係る請求項3に記載のカプシエイトの製造方法は、カプシエイトを含有し、putative aminotransferase(pAMT)遺伝子が変異しCS(pun1)遺伝子が変異していないCapsicum属のトウガラシの植物を単為結果させる工程と、前記植物を粉砕し、溶媒に浸漬することでカプシエイトを抽出する工程と、を含むことを特徴とする、カプシエイトの製造方法である。
また、本発明に係る請求項4に記載のカプシエイトの製造方法は、前記トウガラシがひもとうがらしであることを特徴とする、請求項3記載のカプシエイトの製造方法である。
【0011】
また、本発明に係る請求項5に記載のカプシエイトの製造方法は、前記単為結果させる方法として、前記トウガラシ類の植物の子房を植物ホルモンによる浸漬処理を行うことを特徴とする、請求項3または4記載のカプシエイトの製造方法である。
【0012】
また、本発明に係る請求項6に記載のカプシエイトの製造方法は、前記植物ホルモンが、オーキシンであることを特徴とする、請求項5記載のカプシエイトの製造方法である。
【0013】
また、本発明に係る請求項7に記載のカプシエイトの製造方法は、前記オーキシンが、2、4-ジクロロフェノキシ酢酸であることを特徴とする、請求項6記載のカプシエイトの製造方法である。
【0015】
また、本発明に係る請求項8に記載のカプシエイトの製造方法は、前記溶媒が、メタノール、エタノール,n-プロパノール、イソプロパノール、t-ブタノール、エチルアセテート、アセトン、およびこれらの混合物から成る群から選択されている、請求項3から7のいずれか一項記載のカプシエイトの製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るトウガラシ有用物質の製造方法によれば、トウガラシ類植物に含有されるカプシエイトの量を著しく増加させることが可能になり、有効成分として期待の高いカプシエイトを安定して供給することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0018】
本発明に係るトウガラシ有用物質の製造方法は、トウガラシ類の植物に所定の処理を施すことによって、当該植物に含有するカプシエイトの量を増加させ、それにより目的とするカプシエイトの収量を増加させるものである。
【0019】
本発明に係るトウガラシ有用物質の製造方法に用いるトウガラシ類の植物としては、特に制限はなく、現在当業者に知られているトウガラシ類の植物から任意のものを選択可能である。ただし、本発明においてトウガラシ類の植物は、カプサイシン、カプシエイト等の有用物質を含有する種類であることが望ましく、特にputative aminotransferase(pAMT)遺伝子が変異したCapsicum属植物が望ましい。さらに、CS(pun1)遺伝子が変異していないCapsicum属植物であるとなお好適である。トウガラシ類の植物の例としては、ししとう、ひもとうがらし、伏見甘長、パドロンペッパーが挙げられるが、この中では、特にpAMT遺伝子に変異があるひもとうがらしが好適に適用できる。
【0020】
本発明に係るトウガラシ有用物質の製造方法で製造する物質としては、カプサイシンの類縁物質であるカプシエイトが好適に適用可能である。また、カプシエイトと同様、カプサイシンの類縁体であれば、カプシエイトに限らず適用可能であると予想され、例として、ジヒドロカプシエイト、ノルジヒドカプシエイトが挙げられる。
【0021】
本発明においては、トウガラシ類の植物に含有するカプシエイトの量を増加させる方法として、対象となるトウガラシ類植物を単為結果させる方法を採用する。単為結果とは、植物において、受精が行われずに子房壁や花床が肥大して果実を形成する現象をいう。単為結果させる方法の例としては、対象植物の子房を植物ホルモンによる浸漬処理を行う方法、対象植物に単為結果遺伝子を導入する方法、対象植物の三倍体を製造する方法等が挙げられる。本発明においては、植物ホルモンを用いる方法または対象植物に単為結果遺伝子を導入する方法が望ましく、植物ホルモンを用いる方法が特に望ましい。
【0022】
本発明において、対象植物を単為結果させる方法として植物ホルモンを用いる場合、使用する植物ホルモンの種類に特に制限はなく、当業者であれば、公知の植物ホルモンから任意のものを選択することが可能である。使用する植物ホルモンの例としては、オーキシン、ジベレリン等が挙げられ、特にオーキシンが望ましい。使用するオーキシンは、天然および合成のいずれも適用可能であるが、特に合成オーキシンが好適である。合成オーキシンの例としては、ナフタレン酢酸、ナフトキシ酢酸、フェニル酢酸、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)、2,4,5-トリクロロフェノキシ酢酸(2,4,5-T)が挙げられ、特に2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)が好適に適用できる。
【0023】
本発明において、対象となるトウガラシ類植物を単為結果させる方法のほかに、トウガラシ類の植物に含有するカプシエイトの量を増加させる方法としては、例えば、対象となるトウガラシ類植物と、単為結果性の高いトウガラシ類植物系統とを交配させることによって、カプシエイト高含有トウガラシの品種を作出する方法が挙げられる。
【0024】
本発明において、所定の処理を施すことで含有量が増加したトウガラシ類の植物から、カプシエイトを抽出する方法に特に制限はなく、当業者が公知の方法から任意に選択可能である。抽出方法の例としては、溶媒を用いて溶出させる方法が挙げられ、使用する溶媒の例としては、メタノール、エタノール,n-プロパノール、イソプロパノール、t-ブタノール、エチルアセテート、アセトン、およびこれらの混合物から成る群が挙げられる。
【実施例】
【0025】
本実施例における実験には、市販の‘ししとう’2 品種、‘ひもとうがらし’3 品種、‘伏見甘長’2 品種,スペインの‘パドロンペッパー’2 品種の計9 品種を供試した。
【0026】
前記の品種を2015年にビニルハウス内で慣行栽培し、それぞれの開花盛期に単為結果処理として非特許文献2の方法に従い、柱頭切除および2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)の塗布を行い、得られた果実を単為結果果実とした。対照として。放任受粉させた、種子を十分に持つ果実を受精果実として供試した。受精果実は官能試験により辛味の有無で分けて分析を行った。果実は成熟して赤くなった直後に収穫し、形態調査、官能試験を行った後、それぞれ数果実を混合し、HPLC分析によるカプシエイト含量を測定した。
【0027】
カプシエイトの抽出方法は、既知の方法を利用した。まず、凍結乾燥機(FDU-200 EYELA)で乾燥させたトウガラシをミキサーで粉砕した。そのトウガラシ粉末0.1 gを測りとってサンプル瓶に入れ、アセトン4 mLを加えて室温(25℃)で15分静置した。上清をナスフラスコに回収し、残渣にアセトン1 mLを加えた。そして軽く振った後、上清を先ほどのナスフラスコに回収し、さらにその残渣に酢酸エチルを1 mL加えて軽く瓶を振り、同じナスフラスコに上清を回収した。これら6 mLほどの抽出液をエバポレーター(SIBATA ROTAVAPOR RE120)で完全に蒸発させた。残った抽出物をメタノール5 mLで溶解させ、この溶液をHPLCに供試した。
【0028】
カプシエイトの定量は、HPLC(LC-10AD、送液ユニット:SPD-M10A、検出器:CTO-10AD、カラムオープン:DGU-10AD、デガッサ:SIL-10AD、オートインジェクタ、島津製作所社製)を用いた。各システムの管理はLC solutionで行った。HPLC分析に用いる前に、サンプル液1 mLをPTFEメンブランシリンジフィルター(Whatman社製、膜孔径0.45μm)でろ過してHPLC用試料とした。既知の分析条件を参考にし、ODSカラム(YMC-Pack ODS-A、75×4.6 mm、YMC社)、カラム温度40℃、移動相は70%メタノール、0.1%トリフルオロ酢酸、流速1 mL/min、吸光度280 nmで行った。カプサイシンの標品として、和光純薬工業社製のHPLC用カプサイシン(純度99.0%以上)を用い、62.5μg/mL、125μg/mL、250μg/mL、500μg/mLの4段階のカプサイシン標品を調整して分析し、検量線を作成した。この際、8分前後に検出されるピークをカプシエイトのピークとして測定した。
【0029】
【0030】
HPLC分析を行った結果の表を表1に示す。表中の数字は、トウガラシの胎座の乾物重量1gあたりのカプシエイトの含有量(単位:μg)である。供試した9品種のうち‘伏見甘長’以外の7品種で、単為結果処理によるカプシエイトの発現および増加が確認された。特に‘ひもとうがらし’3品種では、カプシエイト含量が単為結果処理により大幅に増加しており、その増加率は受精果実の8.3倍、101.7倍および37.6倍であった。