(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-09
(45)【発行日】2022-01-12
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
F16C 33/20 20060101AFI20220104BHJP
F16C 17/04 20060101ALI20220104BHJP
C08J 5/16 20060101ALI20220104BHJP
【FI】
F16C33/20 A
F16C17/04 Z
C08J5/16 CEZ
(21)【出願番号】P 2017042868
(22)【出願日】2017-03-07
【審査請求日】2019-10-29
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山内 貴文
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-060631(JP,A)
【文献】特開2012-251616(JP,A)
【文献】特開2013-194204(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/20
F16C 17/04、17/26
C08J 5/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
裏金層および該裏金層上の摺動層からなる、スラスト軸受用の摺動部材において、該摺動部材が部分円環形状を有し、
前記摺動層が、合成樹脂および該合成樹脂中に分散した
繊維状粒子からなり、該
繊維状粒子は3次元での形状が繊維状であり、前記繊維状粒子が、前記摺動層の10~35%の体積割合を有し、
前記
繊維状粒子の平均粒径が5~25μmであり、ここで、前記
繊維状粒子の粒径は、前記摺動部材の中心軸線に平行であり且つ前記摺動層の摺動面に垂直である中心軸線方向断面組織において観察した前記
繊維状粒子の
面積を円に想定した場合の円相当径であり、前記中心軸線は、前記摺動部材の部分円環形状の周方向中央を通る径方向の仮想軸線であり、
前記中心軸線方向断面組織において、前記
繊維状粒子は、長軸長さが20μm以上である
繊維状粒子を全
繊維状粒子に対して10%以上の体積割合で含み、
前記中心軸線方向断面組織において、前記摺動面から前記裏金層との界面に向かって、前記摺動層の厚さの25%の領域を摺動面側領域、前記界面から前記摺動面に向かって前記摺動層の厚さの25%までの領域を界面側領域、前記摺動面側領域と前記界面側領域との間の領域を中間領域としたとき、
前記摺動面側領域に分散する、前記長軸長さが20μm以上である
繊維状粒子の分散指数が1.1以上6以下であり、
前記中間領域に分散する、前記長軸長さが20μm以上である
繊維状粒子の分散指数が0.1以上1未満であり、
前記界面側領域に分散する、長軸長さが20μm以上である
繊維状粒子の分散指数が1.1以上6以下であり、
ここで分散指数は、各
繊維状粒子についての比X1/Y1の平均により表され、X1は、前記中心軸線方向断面組織での前記
繊維状粒子の前記摺動面に対して平行方向の長さであり、Y1は、前記断面組織での前記
繊維状粒子の前記摺動面に対して垂直方向の長さである、摺動部材。
【請求項2】
前記中心軸線方向断面組織において、前記長軸長さが20μm以上である
繊維状粒子の平均アスペクト比が1.5~10である、請求項1に記載された摺動部材。
【請求項3】
前記中心軸線方向断面組織において、前記長軸長さが20μm以上である
繊維状粒子の平均アスペクト比が5~10である、請求項2に記載された摺動部材。
【請求項4】
前記中心軸線方向断面組織において、全
繊維状粒子に対する、前記長軸長さが20μm以上である
繊維状粒子の体積割合は30%以上である、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項5】
前記
繊維状粒子が、ガラス粒子、セラミック粒子、炭素粒子、アラミド粒子、アクリル粒子、およびポリビニルアルコール粒子のうちから選ばれる1種以上からなる、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項6】
前記合成樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリベンゾイミダゾール、ナイロン、フェノール、エポキシ、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレン、およびポリエーテルイミドのうちから選ばれる1種以上からなる、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項7】
前記摺動層が、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化硼素、およびポリテトラフルオロエチレンのうちから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を更に含む、請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項8】
前記摺動層が、CaF
2、CaCo
3、タルク、マイカ、ムライト、酸化鉄、リン酸カルシウム、チタン酸カリウムおよびMo
2Cのうちから選ばれる1種または2種以上の充填材を1~10体積%を更に含む、請求項1から請求項7までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項9】
前記裏金層は、前記摺動層との界面となる表面に多孔質金属部を有する、請求項1から請求項8までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項10】
請求項1から請求項9までのいずれか1項に記載された摺動部材を複数個備えた、スラスト軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スラスト軸受用の摺動部材に関するものであり、詳細には、裏金層と、合成樹脂および繊維状粒子からなる摺動層とを備えた部分円環形状の摺動部材に係るものである。本発明は、この摺動部材を備えたスラスト軸受にも関するものである。
【背景技術】
【0002】
排気タービンや大型発電機等の回転軸用のスラスト軸受として、部分円環形状を有する軸受パッド形状の摺動部材を、回転軸のスラストカラー面に対向して周方向に複数個配置したスラスト軸受が用いられている。このようなチィルティングパッド式スラスト軸受では、部分円環形状の摺動部材は、軸部材のスラストカラー面に対し、ピボットにより僅かに揺動できるように支持されている。排気タービンや大型発電機等の定常運転時には、軸部材の回転に伴い、潤滑剤が軸部材のスラストカラー面と摺動部材の摺動面との間に流入する。このとき、摺動部材が揺動し、摺動面と軸部材のスラストカラー面との隙間が回転方向に徐々に小さくなるので、くさび効果により動圧が発生し、潤滑剤が流体膜を形成する。この流体膜により、回転軸の軸方向負荷を支持するようになっている。一般的に部分円環形状の摺動部材の揺動中心は、部分円環形状の摺動部材の周方向長さ且つ径方向長さの中央部位置するように設けられる。流体膜には、この部分円環形状の摺動部材の揺動中心にて最大圧力となる圧力分布が生じる(例えば特許文献1の段落0020、
図2参照)。
【0003】
このようなスラスト軸受の摺動部材として、金属製の裏金層上に樹脂組成物からなる摺動層を被覆したものが知られており、樹脂組成物として、ガラス繊維粒子、炭素繊維粒子、金属間化合物繊維粒子等の繊維状粒子を合成樹脂中に分散させて摺動層の強度を高めるようにしたものが、特許文献2や特許文献3に記載されている。また、特許文献4には、繊維強化樹脂組成物が強度の異方性を有することを避けるために樹脂素地中に繊維状粒子を無配向、すなわち等方的に分散することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015―94373号公報
【文献】特開平10-204282号公報
【文献】特開2016-079391号公報
【文献】特開2013-194204号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
排気タービンや大型発電機等は、定常運転時には、軸部材と摺動部材との間に油等の流体膜が形成されるために、軸部材表面と摺動部材の摺動面は直接接触することが防がれている。しかし、運転中、特に軸の回転が高速となる状態では、流体膜に作用する遠心力の影響が大きくなり、流体膜の圧力が最大となる揺動中心付近(部分円環形状の摺動部材の周方向中央部、且つ、径方向の中央部の付近)の摺動面付近の樹脂組成物は、流体膜の圧力により押圧されて、摺動部材の外径方向へ弾性変形する。
この場合に特許文献4のように、摺動層中に繊維状粒子を無配向すなわち等方的に分散させた場合は、摺動面付近の樹脂組成物の変形量が大きくなり、摺動層の表面に割れ等の損傷が起こる虞が大きくなる。これは、繊維状粒子の長軸方向を摺動面に垂直方向を向くものの割合が多くなるように分散させた場合も同様である。
【0006】
他方、繊維状粒子を、その長軸方向が摺動層に略平行に配向するものの割合が多くなるように摺動層中に分散させた場合には、上記の流体膜の圧力による摺動部材の外径方向への樹脂組成物の弾性変形量が小さくなるが、それでも摺動層表面の損傷を完全に防ぐことはできないうえに、金属製の裏金層と摺動層との界面でせん断が起きやすいという別の問題も生じることが判明した。
【0007】
したがって、本発明の目的は、従来技術の上記欠点を克服して、軸受装置の運転時に摺動層の表面に割れ等の損傷が起き難く、かつ摺動層と裏金層とのせん断が起き難いスラスト軸受用の摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一観点によれば、裏金層および裏金層上の摺動層とからなる、スラスト軸受用の摺動部材が提供される。この摺動部材は部分円環形状を有する。摺動部材の摺動層は、合成樹脂および合成樹脂中に分散した繊維状粒子からなり、繊維状粒子は、摺動層の10~35%の体積割合を有し、繊維状粒子の平均粒径が5~25μmであり、摺動部材の中心軸線に平行であり且つ摺動層の摺動面に垂直である断面(以下、「中心軸線方向断面」という)でみた組織(以下、「中心軸線方向断面組織」という)において、繊維状粒子は、長軸長さが20μm以上である繊維状粒子を全繊維状粒子に対して10%以上の体積割合で含む。
ここで、「摺動部材の中心軸線」とは、摺動部材の部分円環形状の周方向中央を通る径方向の仮想軸線である。
さらに、上記中心軸線方向断面組織において、摺動面から裏金層との界面に向かって摺動層の厚さの25%の領域を摺動面側領域、摺動層の裏金層との界面から摺動面側に向かって摺動層の厚さの25%までの領域を界面側領域、摺動面側領域と界面側領域との間の領域を中間領域としたとき、
摺動面側領域に分散する長軸長さが20μm以上の繊維状粒子の分散指数が1.1以上6以下であり、
中間領域に分散する長軸長さが20μm以上の繊維状粒子の分散指数が0.1以上1未満であり、
界面側領域に分散する長軸長さが20μm以上の繊維状粒子の分散指数が1.1以上6以下である。
なお、分散指数は、各繊維状粒子についての比X1/Y1の平均により表され、ここで
X1は、中心軸線方向断面組織での繊維状粒子の摺動面に対して平行方向の長さであり、
Y1は、中心軸線方向断面組織での鱗繊維状粒子の摺動面に対して垂直方向の長さである。
【0009】
本発明の一具体例によれば、中心軸線方向断面組織において、長軸長さが20μm以上の繊維状粒子は、平均アスペクト比1.5~10を有することが好ましく、平均アスペクト比5~10を有することがさらに好ましい。
【0010】
本発明の一具体例によれば、中心軸線方向断面組織において、全繊維状粒子に対する、長軸長さが20μm以上である繊維状粒子の体積割合は30%以上であることが好ましい。
【0011】
本発明の一具体例によれば、繊維状粒子が、ガラス繊維粒子、セラミック繊維粒子、炭素繊維粒子、アラミド繊維粒子、アクリル繊維粒子、およびポリビニルアルコール繊維粒子のうちから選ばれる1種以上からなることが好ましい。
【0012】
本発明の一具体例によれば、合成樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリベンゾイミダゾール、ナイロン、フェノール、エポキシ、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレン、およびポリエーテルイミドのうちから選ばれる1種以上からなることが好ましい。
【0013】
本発明の一具体例によれば、摺動層が、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化硼素、およびポリテトラフルオロエチレンのうちから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を更に含むことが好ましい。
【0014】
本発明の一具体例によれば、摺動層が、CaF2、CaCo3、タルク、マイカ、ムライト、酸化鉄、リン酸カルシウム、チタン酸カリウムおよびMo2C(モリブデンカーバイト)のうちから選ばれる1種または2種以上の充填材を1~10体積%を更に含むことが好ましい。
【0015】
本発明の一具体例によれば、裏金層は、摺動層との界面となる表面に多孔質金属部を有することが好ましい。
【0016】
本発明の他の観点によれば、上記摺動部材を複数個備えたスラスト軸受が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一例による摺動部材の中心軸線方向断面を示す図。
【
図1A】
図1の摺動部材の摺動層の摺動面側領域の拡大図
【
図1B】
図1の摺動部材の摺動層の中央領域の拡大図
【
図1C】
図1の摺動部材の摺動層の界面側領域の拡大図
【
図2】繊維状粒子のアスペクト比(A)を説明する図。
【
図4】本発明の他の例による摺動部材の中心軸線方向断面を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図6に本発明に係る摺動部材1の一例を模式的に示す。この摺動部材1は、平板形状を有し、その平板面の形状は、円環を2つの半径により切断して得られる形状、すなわち部分円環形状を有している。部分円環形状の中心角度は25°~60°が好ましいが、この角度に限定されるものではない。摺動部材1は、平板な部分円環形状を有する裏金層2上に摺動層3を形成した構成になっている。
以後、上記部分円環形状を形成する円環の円周方向を「周方向」、半径方向を「径方向」という。部分円環形状の周方向中央を通る径方向の仮想線(摺動部材1の板厚中心を通る)を「中心軸線14」という。
【0019】
図1に、本発明に係る摺動部材1の中心軸線方向断面を概略的に示す。中心軸線方向断面とは、上記のとおり、摺動層3の摺動面30に垂直であり、かつ摺動部材1の中心軸線14に平行な方向での断面である。したがって、中心軸線方向断面は、摺動部材1がスラスト軸受に使用されるときの揺動中心またはその近傍を通る径方向に平行な断面を示しており、中心軸線方向断面により、流体膜からの最大の圧力が作用する方向を観察できる。
【0020】
摺動部材1は、裏金層2上に、摺動層3が設けられている。摺動層3は、合成樹脂4に10~35体積%の繊維状粒子5が分散されている。繊維状粒子5の平均粒径は5~25μmであり、摺動部材1の中心軸線方向断面組織で観察したときに、長軸長さが20μm以上である繊維状粒子を全繊維状粒子に対して10%以上の体積割合で含む。より好ましい体積割合は30%以上である。ここで、「長軸長さ」とは、断面組織において、繊維状粒子の長さが最大となる方向に沿う長さをいう。
【0021】
摺動部材1の繊維状粒子5の平均粒径を5~25μmとする理由は、平均粒径が5μm未満の場合には、摺動層3の強度(変形抵抗)を高める効果が小さくなり、25μmを超えると、摺動層3が軸部材からの負荷を受けた場合に、繊維状粒子5自身にせん断が起こり易くなるからである。
【0022】
摺動部材1の摺動層3中の繊維状粒子5の割合を10~35体積%とする理由は、繊維状粒子5の割合が10%未満であると、摺動層3の強度(変形抵抗)が小さくなり、反対に、繊維状粒子5の割合が35%を超えると、摺動層3が脆くなり、摺動時に摩耗量が多くなりやすいからである。
【0023】
合成樹脂4は、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリベンゾイミダゾール、ナイロン、フェノール、エポキシ、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレンおよびポリエーテルイミドから選ばれる1種以上からなることが好ましい。繊維状粒子5は、ガラス繊維粒子、セラミック繊維粒子、炭素繊維粒子、アラミド繊維粒子、アクリル繊維粒子、ポリビニルアルコール繊維粒子から選ばれる1種以上からなることが好ましい。しかし、合成樹脂4および繊維状粒子5は、他の材質であってもよい。
【0024】
摺動層3は、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化硼素、ポリテトラフルオロエチレンから選ばれる1種以上の固体潤滑剤をさらに含んでもよい。この固体潤滑剤を含有することにより、摺動層の摺動特性を高めることができる。また、摺動層3は、CaF2、CaCo3、タルク、マイカ、ムライト、酸化鉄、リン酸カルシウム、チタン酸カリウムおよびMo2C(モリブデンカーバイト)のうちから選ばれる1種または2種以上の充填材を1~10体積%をさらに含んでもよい。この充填材を含有することにより、摺動層の耐摩耗性を高めることが可能となる。
【0025】
摺動層3の厚さ(すなわち、摺動面30から摺動層3と裏金層2との界面7までの間の、摺動面30に垂直方向の距離)は、0.5~6mmとすることが好ましい。
【0026】
摺動部材1の中心軸線方向断面組織において、摺動層3の厚さをTとして、
摺動層3の摺動面30から界面7に向かって厚さTの25%までの距離にある領域を「摺動面側領域31」、界面7から摺動面側に向かって厚さTの25%までの距離にある領域を「界面側領域33」、「摺動面側領域31」と「界面側領域33」との間の領域を「中間領域32」と区分すると、
摺動面側領域31に分散する「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子5」の分散指数Sが1.1以上6以下、
中間領域32に分散する「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子5」の分散指数Sが0.1以上1未満、好ましくは0.1以上0.9以下、
界面側領域33に分散する「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子5の分散指数Sが1.1以上6以下
となっている。
なお、分散指数Sは、各繊維状粒子5についての比X1/Y1の平均により表され、
X1は、断面組織での繊維状粒子の摺動面30に対して平行方向の長さであり、
Y1は、断面組織での鱗繊維状粒子5の摺動面30に対して垂直方向の長さである。
図1A~
図1Cに各領域の断面を概略的に示す。
【0027】
本発明に係る摺動部材1の摺動層3の樹脂中に分散する繊維状粒子5は、長軸長さが20μm以上である繊維状粒子を、全繊維状粒子に対して10%以上の体積割合で含むが、「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子」は、摺動層3の強度、すなわち変形抵抗を高める効果が大きい。摺動層は、全繊維粒子に対する「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子」の体積割合が10%以上であると、摺動面側領域31、中間領域32、界面側領域33における「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子」の長軸が配向する方向の強度、すなわち変形抵抗を高めることができる。
【0028】
中心軸線方向断面組織において摺動層3の摺動面側領域31で繊維状粒子5の分散指数Sが1.1以上6以下であることは、繊維状粒子5の長軸方向が摺動面30に平行方向を向くものの割合が多くなるように分散することを示している。このため摺動面側領域31は、物性が異方性を有することになり、とりわけ摺動面31に対し平行方向の負荷に対する強度(変形抵抗)が大きく、摺動面31に対し垂直方向の負荷にたいする強度(変形抵抗)が小さくなる。
【0029】
他方、摺動層3の中間領域32では、繊維状粒子5の分散指数Sが0.1以上1未満、好ましくは0.1以上0.9以下であり、繊維状粒子5の長軸方向が、摺動面30に略垂直に配向する粒子の割合が多くなる。このため中間領域32では物性が摺動面側領域31とは異なる方向に異方性を有する。すなわち、中間領域32では、摺動面側領域31に比べて摺動面30に対して平行方向の負荷に対する強度(変形抵抗)が小さくなり、摺動面30に対して垂直方向の負荷に対する強度(変形抵抗)が大きくなる。
【0030】
摺動層3の界面側領域33は、繊維状粒子5の分散指数Sが1.1以上6以下であり、摺動面側領域31と同様に繊維状粒子5の長軸方向が摺動面30に平行方向を向くものの割合が多くなるように分散する。したがって、摺動層3の界面側領域33も、摺動面30に対し平行方向の負荷に対する強度(変形抵抗)が大きく、摺動面30に対し垂直方向の負荷に対する強度(変形抵抗)が小さくなる。
【0031】
繊維状粒子5が上記の配向を有すると、摺動層3の摺動面側領域31が摺動面30に平行方向の負荷に対する変形抵抗が大きく、中間領域32の変形抵抗が小さいために、軸受装置の運転時、軸部材が高速回転し、摺動層3の摺動面30に遠心力の作用を受けた流体膜の高い圧力が作用した状態で摺動が起こっても、中間領域32が、摺動面30に平行方向に弾性変形するようになり、摺動層3の摺動層側領域31の摺動面付近の樹脂組成物が流体膜の圧力の作用方向すなわち径方向に過度に弾性変形することが抑制され、摺動面30に割れが発生することが防がれる。
他方、摺動層3の界面側領域33も、摺動面に平行方向の変形抵抗が中間領域よりも大きいために、摺動層3に加わる流体膜の圧力による負荷は、中間領域の弾性変形を起こすことに費やされるので、摺動層3の界面側領域33と裏金層2との界面付近には伝播しがたい。たとえ、僅かな負荷すなわち、応力が界面に伝播したとしても、界面側領域33は、摺動面に平行な径方向の強度(変形抵抗)が大きいので、変形量が小さくなり、裏金層2と接する付近の樹脂組成物と裏金層2との弾性変形量の差によるせん断が発生し難い。
【0032】
以上の機構により、本発明に係る摺動部材1は、その摺動部材1が用いられる装置の運転時、軸部材が高速回転し、摺動部材1の摺動層3の摺動面30に遠心力の作用を受けた流体膜の高い圧力が作用した状況でも、摺動層3の表面に割れ等の損傷が発生することが防がれる。なお、流体膜の圧力は、遠心力により径方向に作用して、揺動中心付近で最大となるために、揺動中心付近での径方向(中心軸線方向)の組織制御がとりわけ重要になる。
【0033】
なお、摺動層の摺動面側領域31、中間領域32および界面側領域33で、繊維状粒子の含有量はほぼ同じでよく、「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子」の含有量もほぼ同じでよい。
また、摺動層の摺動面側領域31、中間領域32および界面側領域33に分散する「長軸長さが20μm未満である繊維状粒子」の分散指数は、各領域中に分散する「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子」の分散指数と、ほぼ同じ分散指数でよい。
【0034】
以上の本発明の構成とは異なり、摺動層全体を通じて繊維状粒子を無配向となるように分散、すなわち等方分散させた従来の摺動部材では、軸受装置の運転時、軸部材が高速回転するような状況では、軸部材のスラストカラー面と摺動面との間の流体膜の圧力が最大となる部分円環形状の摺動部材の中央部付近の摺動層表面近傍の樹脂組成物は、遠心力の影響を受けた流体膜の高い圧力により押圧されて部分円環形状の摺動部材の外径側への弾性変形量が大きくなり、摺動層の表面に割れ等の損傷が起こり、摩耗が起こりやすい。
また、摺動層の全体を通じて繊維状粒子の長軸方向を部分円環形状の摺動部材の径方向と略平行、且つ、摺動面に対し略平行に配向するように分散させた摺動層を有する従来技術の摺動部材では、摺動面に平行方向の強度が摺動層全体を通じて大きいため、摺動層表面にかかる流体膜の圧力による負荷が、裏金層との界面まで伝播する。界面に負荷が伝播すると、金属製の裏金層と合成樹脂の摺動層との間での弾性変形量の違いによりせん断力が発生する。小さいせん断部が発生すると、ここを起点としてせん断が広がり剥離につながる。
【0035】
本発明の摺動部材1において、中心軸線方向断面組織の「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子」は、平均アスペクト比が1.5~10であることが好ましく、5~10であることがより好ましく、7~10が更に好ましい。平均アスペクト比が1.5未満であると、樹脂層の強度(変形抵抗)を高める効果は小さくなるため、「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子」の配向を異ならせても、変形抵抗の異方性の差が不十分になりやすく、上記効果が得難い。他方、平均アスペクト比が10を超えると、摺動層が軸部材からの負荷を受けた場合に繊維状粒子自身にせん断が起こる場合がある。
【0036】
なお、裏金層2は、摺動層3との界面となる表面に多孔質金属部6を有してもよい。多孔質金属部6を有する裏金層2を用いた摺動部材1の一例の中心軸線方向断面を
図4に概略的に示す。裏金層2の表面に多孔質金属部6を設けることにより、摺動層と裏金層の接合強度を高めることができる。多孔質金属部の空孔部に摺動層を構成する組成物が含浸されることによるアンカー効果により、裏金層と摺動層との接合力の強化が可能になるからである。
多孔質金属部は、Cu、Cu合金、Fe、Fe合金等の金属粉末を金属板や条等の表面上に焼結することにより形成することができる。多孔質金属部の空孔率は20~60%程度であればよい。多孔質金属部の厚さは50~500μm程度とすればよい。この場合、多孔質金属部の表面上に被覆される摺動層の厚さは0.5~6mm程度となるようにすればよい。ただし、ここで記載した寸法は一例であり、本発明がこの値の限定されるものではなく、異なる寸法に変更するも可能である。
【0037】
上記摺動部材1は、例えばスラスト軸受に使用できる。例えば、この軸受は、円環状の窪み部を有するハウジングを備える。円環状の窪み部には周方向に沿って上記摺動部材を複数個配置し、これらの摺動部材により相手軸である軸部材のスラストカラー面を支承するようになっている。上記摺動部材の部分円環形状(曲率、寸法等)は円環状の窪み部および軸部材に適合するように設計される。しかし、上記摺動部材は、他の形態の軸受或いはその他の摺動用途にも利用可能である。
本発明は、このような複数の上記摺動部材を備えたスラスト軸受も包含している。
【0038】
上記に説明した摺動部材について、製造工程に沿って以下に詳細に説明する。
(1)繊維状粒子原材料の準備
繊維状粒子の原材料としては、例えば人為的に造成した無機繊維粒子(ガラス繊維粒子、セラミック繊維粒子など)や有機繊維粒子(炭素繊維粒子、アラミド繊維、アクリル繊維粒子、ポリビニルアルコール繊維粒子など)を用いることができる。
【0039】
(2)合成樹脂原材料粒の準備
合成樹脂の原材料としては、平均粒径7~30μm、アスペクト比5~100を有する粒を用いることが好ましい。合成樹脂としては、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリベンゾイミダゾール、ナイロン、フェノール、エポキシ、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレンおよびポリエーテルイミドのうちから選ばれる1種以上からなるものを用いることができる。
【0040】
(3)樹脂組成物シートの製造
樹脂組成物シートは、上記原材料等から、溶融混練機、供給金型、シート成形金型および引出ロールを用いて作製する。
【0041】
「溶融混練機」
溶融混練機により、合成樹脂原材料粒、繊維状粒子原材料、およびその他の任意材料(固体潤滑剤、充填材等)の原材料を185℃~370℃の温度で加熱しながら混合し、溶融状態の樹脂組成物を作製する。この樹脂組成物は、溶融混練機から一定の圧力で押し出される。
【0042】
「供給金型」
溶融混練機から押し出された樹脂組成物は、供給用金型を介してシート成形金型に常に一定量を供給される。供給金型は、加熱用ヒータを有し、供給金型内を通る樹脂組成物を175℃~360℃の温度に加熱して溶融状態に維持する。
【0043】
「シート成形金型」
樹脂組成物はシート成形金型によりシート形状に形成される。シート成形金型の金型壁内部には、シート形状の樹脂組成物の冷却のために冷却流体通路が形成されている。供給金型からシート成形金型に供給された溶融状態の樹脂組成物は、シート形状に成形され、シート成形金型内を出口側へ移動しながら冷却されるので、次第に粘度が高くなって固化が始まり、成形金型内の出口から引き出される前に完全に固体状態のシートとなる。樹脂組成物シートの厚さの寸法の一例としては1~7mmである。
【0044】
「引出ロール」
樹脂組成物シートは、引出ロールにて連続して「シート成形金型」から引き出される。引出ロールは、樹脂組成物シートを両側から押さえて移動させる少なくとも一対のロールからなる。引出ロールは、電動モータにより制御可能に回転駆動できるようになっている。
完成した樹脂組成物シートは、後述する被覆工程に用いられる裏金の寸法に適合する大きさに切断される。
【0045】
(4)裏金
裏金層としては、亜共析鋼やステンレス鋼等のFe合金、Cu、Cu合金等の金属板を用いることができる。裏金層表面、すなわち摺動層との界面となる側に多孔質金属部を形成してもよいが、多孔質金属部は裏金層と同じ組成を有することも、異なる組成または材料を用いることも可能である。
【0046】
(5)被覆及び成形工程
樹脂組成物シートを、裏金層の一方の表面、あるいは裏金の多孔質金属部上に接合する。その後、使用形状、例えば、部分円環形状に加圧プレスにて成形した後、組成物の厚さを均一とするため、摺動層の表面および裏金を加工または切削する。なお、樹脂組成物シートのシート成形工程における引出方向が、摺動部材の部分円環形状の中心軸線方向と略平行となるように成形する。
【0047】
組織制御
次に、繊維状粒子を配向させる組織制御方法について説明する。組織制御は、上記の樹脂組成物シートの製造工程中に、引出ロールによる樹脂組成物シートの引出速度を周期的に変化させることにより行なう。この場合の最小の引出速度は、溶融混練機からの溶融状態の樹脂組成物を供給圧力(押出圧力)でシート成形金型の内部を充填するのに十分な速度とし、最大の引出速度は、シート成形金型の内部を充填するのに溶融状態の樹脂組成物の供給が僅かに不足する速度とする。例えば、最大の引出速度は、上記供給圧力によりシート成形金型の内部を丁度充填できる単位時間当たりの溶融状態の樹脂組成物の供給量体積を100とした場合、金型から引き出される樹脂組成物シートの体積が120程度となる速度とすればよい。
引出速度が最小速度から最大速度となる周期は、シート成形金型の内容積(金型内の溶融樹脂の体積に相当する)により変える必要があるが、例えば、厚さ1~7mm、幅150~800mmの樹脂組成物シートである場合には、周期は5~10秒程度であればよい。
【0048】
引出速度が小さい状態から大きい状態に変化すると、最大の引出速度付近では、樹脂組成物シートの固化した部分が、先にシート成形金型の出口側へ移動し、溶融または半溶融状態の樹脂組成物部分の引き出しが遅れて、固化部分と溶融または半溶融部分との間に僅かな空隙が形成される。その後に引出速度が大きい状態から小さい状態に変化する間に、溶融混練機からの一定の供給圧力により押された溶融または半溶融状態の樹脂組成物部分が遅れて出口側に流動し、先に移動した樹脂組成物の固化した部分に追いついて隙間がなくなる。この溶融または半溶融状態の樹脂組成物が、固化した樹脂組成物部分との間の隙間を流動し、固化した樹脂組成物部分と衝突することにより樹脂組成物の流れに乱れが生じる。
【0049】
図5にこの様子を模式的に示す。樹脂組成物シートは、紙面の右側から左側に向かう方向に引き抜かれる(引き抜き方向10)。溶融または半溶融状態の樹脂組成物11の流れを矢印に示す。供給金型から流れてきた(紙面の右側から流れる)溶融または半溶融状態の樹脂組成物11は、既に固化した樹脂組成物12に当たり、乱れが生じながらも、固化した樹脂組成物12に沿って樹脂組成物シートの表面方向に向かって流れる。表面付近では、溶融または半溶融状態の樹脂組成物は、シート成形金型13の表面と接して流れながら固化することで、乱れが生じ難い。そのために、樹脂組成物シートの厚さ方向の中央部領域では、繊維状粒子は、長軸が樹脂組成物シートの表面に垂直な方向に配向しやすくなり、他方、表面付近では、繊維状粒子は、長軸が樹脂組成物シートの表面に平行な方向に配向しやすくなる。
【0050】
従来技術では、引出ロールによる樹脂組成物シートの引出速度を一定としているが、この場合には、シート成形金型内で溶融状態の樹脂組成物は出口側へ向かって常に一方向に流れるため、樹脂組成物シートの厚さ方向の全域で、繊維状粒子は、長軸が樹脂組成物シートの表面に平行な方向に配向しやすくなる。
また、従来の一般的な射出成型法で樹脂組成物シートを製造した場合、シート成形金型の供給口から溶融状態の樹脂組成物を瞬時に充填させるので、金型内の各所で溶融状態の樹脂組成物どうしが衝突または合流する。そのため、金型内で溶融状態の樹脂組成物が一方向に流れた箇所と溶融状態の樹脂組成物どうしが衝突した箇所では繊維状粒子の配向方向が異なり、樹脂組成物シートは、表面からみると、繊維状粒子の長軸が表面に平行な方向を向いて配向している箇所と、繊維状粒子の長軸がランダムに配向した箇所(ウエルド部)が混在したものとなる。
また、先行技術文献4のように合成樹脂に架橋促進剤と繊維状粒子からなる樹脂組成物を射出成型法により樹脂組成物シートを製造した場合、繊維状粒子は無配向(等方)に分散する。
【0051】
測定方法
繊維状粒子の平均粒径は、電子顕微鏡を用いて摺動部材の中心軸線方向断面の複数箇所の電子像を200倍で撮影し、繊維状粒子の平均粒径を測定した。具体的には、繊維状粒子の平均粒径は、得られた電子像を一般的な画像解析手法(解析ソフト:Image-Pro Plus(Version4.5);(株)プラネトロン製)を用いて、各繊維状粒子の面積を測定し、それを円と想定した場合の平均直径に換算して求める。ただし、電子像の撮影倍率は200倍に限定されないで、他の倍率に変更してもよい。
【0052】
次に、摺動層に含まれる繊維状粒子の全体積に対する長軸長さが20μm以上である繊維状粒子の体積割合の測定方法について説明する。上記の手法で得られた電子像の撮影画像を用い、一般的な画像解析手法(例えば、解析ソフト:Image-Pro Plus(Version4.5);(株)プラネトロン製)を用いて、撮影画像中の繊維状粒子を、長軸長さが20μm以上である繊維状粒子と、それ以外の繊維状粒子に区分する。撮影画像中の全繊維状粒子の合計面積と長軸長さが20μm以上である全繊維状粒子の合計面積を測定し、全繊維状粒子に対する長軸長さが20μm以上である繊維状粒子の面積割合を算出する。この面積割合は、体積割合に相当する。
【0053】
次に摺動層の摺動面側領域、中間領域、界面側領域の区分方法を説明する。上記の手法で得られた電子像の撮影画像を用い、摺動層の摺動面に垂直となる方向の厚さTを求める。摺動面の任意の位置から裏金層側へ向かって厚さTの25%の長さ(1/4×T)となる位置に、摺動面に対し平行な仮想線ULを描く。また、摺動層の裏金層との界面となる面の位置から摺動面側へ向かって厚さTの25%の長さ(1/4×T)となる位置に、摺動面に対して平行な仮想線LLを描く。摺動層の摺動面から仮想線ULまでの間を摺動面側領域、摺動層の裏金層との界面から仮想線LLまでの間を界面側領域、仮想線ULと仮想線LLとの間を中間領域とする。仮想線UL、LLを
図1に点線で示す。
なお、裏金層の表面に多孔質部を有する場合には、裏金層の表面は凹凸状となる。この場合、摺動層と裏金層との界面は、撮影画像中で裏金層(多孔質部)の表面の最も摺動面側に近くに位置する凸部の頂部を通り摺動面に対し平行な仮想線とする。
【0054】
平均アスペクト比Aは、上記の手法で得られた電子像の撮影画像を用い、長軸長さが20μm以上である各繊維状粒子の長軸長さLと短軸長さSの比(長軸長さL/短軸長さS)の平均として求める(
図2参照)。なお、繊維状粒子の長軸長さLは、上記のとおり電子像中の繊維状粒子の長さが最大となる位置での長さを示し、短軸長さSは、長軸長さLの方向に直交する方向での長さが最大となる位置での長さを示す。
繊維状粒子の分散指数Sは、上記電子像の撮影画像を用い、長軸長さが20μm以上である各繊維状粒子の摺動面に対して平行方向の長さX1と、摺動面に対して垂直方向の長さY1を測定し、それら各長さの比X1/Y1の平均値を算出して求める(
図3参照)。なお、繊維状粒子の分散指数Sが0に近いほど、繊維状粒子は長軸方向が摺動面に対し垂直方向に配向して分散し、分散指数Sが1.1を超えて大きくなるほど長軸方向が摺動面に対し平行に配向して分散する。
【実施例】
【0055】
本発明による裏金層および摺動層を有する摺動部材の実施例1~10および比較例11~17を以下に示すとおり作製した。実施例1~10および比較例11~17の摺動部材の摺動層の組成は、表1に示すとおりである。
【0056】
【0057】
表1に示す実施例1~10および比較例11~17における繊維状粒子の原材料は、平均粒径が7~35μmで、平均アスペクト比(長軸長さ/短軸長さ)が5~100の粒子を用いた。
【0058】
実施例1~10および比較例11~17における合成樹脂の原材料としてPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)粒子又はPF(フェノール)粒子を用いた。これらの粒子は、平均粒径が、原材料である繊維状粒子の平均粒径に対して125%であるものを用いた。
実施例5~9の固体潤滑剤(MoS2、Gr)の原材料粒子は、平均粒径が繊維状粒子原材料の平均粒径に対して30%の粒子を用い、充填材(CaF2)の原材料粒子は、平均粒径が繊維状粒子の平均粒径に対して25%のものを用いた。比較例17の架橋促進剤の原材料は、平均粒径が繊維状粒子の平均粒径に対して25%の粒子を用いた。
【0059】
上記の原材料を表1に示す組成比率で秤量し、この組成物を予めペレット化した。このペレットを溶融混練機に投入し、順に供給金型、シート成形金型、引出ロールを通して、樹脂組成物シートを作製した。なお、実施例1~9および比較例11~16では、溶融混練機の加熱温度を350~390℃に設定し、実施例10では加熱温度を230~250℃に設定した。また、引出ロールによる樹脂組成物シートの引出速度は、実施例1~10および比較例11~14、16は、周期的(5~10秒)に変化させ、比較例15は一定とした。また、比較例17は、先行技術文献4にしたがって、射出成形にて樹脂組成物シートを作製した。
【0060】
次に樹脂組成物シートをFe合金製の裏金層の一方の表面に被覆させたのち、部分円環形状に加工し、次に、裏金層上の組成物が所定の厚さとなるように切削加工した。なお、実施例1~9及び比較例11~17の裏金層はFe合金を用いたが、実施例10はFe合金の表面にCu合金の多孔質焼結部を有するものを用いた。また、実施例1~10および比較例11~16の摺動部材は、樹脂組成物シートの成形工程での引出ロールでの引出方向が部分円環形状の周方向中央部での径方向に平行となるようにした。
作製した実施例1~10および比較例11~17の摺動部材の摺動層の厚さは3mmであり、裏金層の厚さは10mmであった。また、部分円環形状は、外径が190mm、内径が100mm、円周角度30°とした。
【0061】
作製した実施例および比較例の摺動部材は、上記に説明した測定方法により、摺動層に分散する繊維状粒子の平均粒径の測定を行い、その結果を表1の「平均粒径」欄に示した。また、上記に説明した「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子」の平均アスぺクト比(A)の測定行い、その結果を表1の「平均アスペクト比(A)」欄に示した。また、上記に説明した測定方法により、摺動層中の摺動面側領域、中間領域および界面側領域に分散する「長軸長さが20μm以上である繊維状粒子」の分散指数(S)の測定行い、その結果を表1の「分散指数(S)」欄に示した。また、上記に説明した摺動層に分散する繊維状粒子の全体積に対する長軸長さが20μm以上である繊維状粒子の体積割合の測定を行い、その結果を「体積比率」欄に示した。
【0062】
部分円環形状に成形した摺動部材を基盤上に円環を形成するように周方向に沿って複数個配置し、表2に示す条件で摺動試験を行った。各実施例および各比較例の摺動試験後の摺動層の摩耗量を表1の「摩耗量(μm)」欄に示す。また、各実施例および各比較例は、摺動試験後の摺動層の表面の周方向中央部、且つ、径方向の中央部付近の複数箇所を粗さ測定器を用いて傷の発生の有無を評価した。表1の「割れの発生有無」欄に、摺動層の表面に深さが5μm以上の傷が測定された場合には「有」、測定されなかった場合には「無」と示した。また、摺動試験後の試験片を摺動部材の周方向の中央部での径方向に平行、且つ、摺動面に対して垂直に切断し、摺動層と裏金との界面の「せん断」の発生の有無を光学顕微鏡で確認した。表1の「界面のせん断の有無」欄に、界面の「せん断」が確認された場合には「有」、確認されなかった場合は「無」と示した。
【0063】
【0064】
表1に示す結果から分かるとおり、実施例1~10は、比較例11~17に対して、摺動試験後の摺動層の摩耗量が少なくなった。さらに、実施例4~9は、繊維状粒子5の平均アスペクト比(A)が5~10となり、特に、摩耗量が少なくなった。「長軸長さが20μm以上である」繊維状粒子5の平均アスペクト比が1.5~10であるものの体積割合が30%以上である実施例4~9は、体積割合が30%未満である実施例1~3よりも摩耗量が少なくなる結果となったが、これは、上記で説明したように摺動層の強度(変形抵抗)が向上したためと考えられる。
さらに、実施例では、摺動試験後の摺動層の表面に割れの発生および界面のせん断の発生がなかったが、これも上記に説明したとおり、摺動層に含まれる繊維状粒子の摺動面側領域、中間領域、界面側領域の各領域における繊維状粒子の分散指数が異なることにより、摺動面に割れが発生することが防がれたと考えられる。
【0065】
これに対し、比較例15のように、摺動層に含まれる繊維状粒子が、摺動面側領域、中間領域、界面側領域の各領域で配向が同じ(摺動面に対して平行方向に配向)である場合、摺動面の表面に割れが発生し、且つ、摺動層と裏金との界面でせん断が発生しやすくなり、結果的に摺動層の摩耗が起きやすくなり、摩耗量が多くなる。
【0066】
比較例11は、摺動層に含まれる繊維状粒子の平均粒径が5μm未満のために、摺動層の強度(変形抵抗)を高める効果が小さくなったために、摺動層の表面に割れが発生して摩耗量が多くなったと考えられる。
【0067】
比較例12は、摺動層に含まれる繊維状粒子の平均粒径が29μmと大きいために、摺動層に流体膜の高い圧力による負荷が加わった場合に、繊維状粒子自体にせん断が起こりやすくなり、摺動面の割れが発生し摩耗量が多くなり、また、摺動層と裏金との界面でのせん断が発生したと考えられる。
【0068】
比較例13は、摺動層に含まれる繊維状粒子の体積が10%未満のために摺動層の強度(変形抵抗)が小さくなり、摺動面の割れが発生し摩耗量が多くなり、また、摺動層と裏金との界面でのせん断が発生したと考えられる。
【0069】
比較例14は、摺動層に含まれる繊維状粒子の体積が35%を超えているために、摺動層が脆くなり、摺動面の割れが発生し摩耗量が多くなり、また、摺動層と裏金との界面でのせん断が発生したと考えられる。
【0070】
比較例15は、樹脂組成物シートの作製時における引出工程時の引出速度を一定に設定したために、摺動層に含まれる繊維状粒子が、摺動面側領域、中間領域、界面側領域の全体において、摺動層の摺動面に略平行な方向に配向した(分散指数が大きい)ために、摺動面の割れが発生し摩耗量が多くなり、また、摺動層と裏金との界面でのせん断が発生した。
【0071】
比較例16は、摺動層の摺動面側領域および界面側領域に含まれる繊維状粒子の分散指数が6を超え、中間領域の分散指数も2を超えている。このために、流体膜の高い圧力による負荷が加わった場合、中間領域の摺動面に加わる負荷を緩和する効果が低くなり、摺動面の割れが発生し摩耗量が多くなり、また、摺動層と裏金との界面でのせん断が発生したと考えられる。
【0072】
比較例17は、射出成形にて樹脂組成物シートを作製したものであるが、摺動層に含まれる繊維状粒子の分散指数が、摺動層の全体を通じて無配向となるために、流体膜の高い圧力による負荷が加わった場合、摺動面の割れが発生し、摩耗量が多くなったと考えられる。
【符号の説明】
【0073】
1:摺動部材、 2:裏金層、 3:摺動層、 4:合成樹脂、 5:繊維状粒子 6:多孔質金属部、30:摺動面、31:摺動面側領域、32:中間領域、33:界面側領域