(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-09
(45)【発行日】2022-01-12
(54)【発明の名称】被覆工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20220104BHJP
C23C 16/34 20060101ALI20220104BHJP
C23C 16/30 20060101ALI20220104BHJP
C23C 16/38 20060101ALI20220104BHJP
C22C 29/08 20060101ALI20220104BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20220104BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/14 B
C23C16/34
C23C16/30
C23C16/38
C22C29/08
C23C26/00 C
(21)【出願番号】P 2019541320
(86)(22)【出願日】2018-01-23
(86)【国際出願番号】 AT2018000002
(87)【国際公開番号】W WO2018140990
(87)【国際公開日】2018-08-09
【審査請求日】2020-01-27
(32)【優先日】2017-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】AT
(73)【特許権者】
【識別番号】500005837
【氏名又は名称】セラティチット オーストリア ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】110003317
【氏名又は名称】特許業務法人山口・竹本知的財産事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075166
【氏名又は名称】山口 巖
(74)【代理人】
【識別番号】100133167
【氏名又は名称】山本 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100169627
【氏名又は名称】竹本 美奈
(72)【発明者】
【氏名】チェトル,クリストフ
(72)【発明者】
【氏名】トゥルナー,ヨーゼフ
(72)【発明者】
【氏名】レッヒライトナー,マルクス
(72)【発明者】
【氏名】イェーガー,クリスチャン
【審査官】中里 翔平
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2004/101455(WO,A1)
【文献】仏国特許出願公開第02370551(FR,A1)
【文献】特開2014-184546(JP,A)
【文献】特開2002-355704(JP,A)
【文献】オーストリア国実用新案第00015143(AT,U1)
【文献】特開2013-252583(JP,A)
【文献】国際公開第2013/128673(WO,A1)
【文献】特開2004-001215(JP,A)
【文献】特表2011-505261(JP,A)
【文献】国際公開第2000/056946(WO,A1)
【文献】国際公開第2003/61885(WO,A1)
【文献】特開昭62-280363(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 14/00 - 16/56
C22C 29/08
C23C 26/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材(2)及び該基材(2)上に堆積された硬質材料被覆(3)を有する被覆工具(1)であって、
前記硬質材料被覆(3)が、前記基材(2)から出発して、窒化チタン層(3a)、ホウ窒化チタン遷移層(3b)及び二ホウ化チタン層(3c)の順序の層構成を有し、
前記ホウ窒化チタン遷移層(3b)のホウ素含有量が、前記窒化チタン層(3a)から前記二ホウ化チタン層(3c)に向かって増加し15原子%を超えない被覆工具。
【請求項2】
前記ホウ窒化チタン遷移層(3b)の層厚が0.1~4.0μmである、請求項1に記載の被覆工具。
【請求項3】
前記ホウ窒化チタン遷移層(3b)のホウ素含有量が段階的に増加する、請求項1又は2に記載の被覆工具。
【請求項4】
前記窒化チタン層(3a)の層厚が0.1~2.0μmである、請求項1~3のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項5】
前記二ホウ化チタン層(3c)の層厚が0.2~15.0μmである、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項6】
前記二ホウ化チタン層(3c)の残留応力が-2.5±2GPaの範囲である、請求項1~5のいずれか1項に記載の被覆工具(1)。
【請求項7】
前記二ホウ化チタン層(3c)の硬度が少なくとも40GPaである、請求項1~6のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項8】
前記被覆工具(1)がチタン合金又は他の非鉄合金のための切削工具である、請求項1~7のいずれ1項に記載の被覆工具。
【請求項9】
前記基材(2)が、主として炭化タングステンからなる
硬質材料相(4)と主成分がコバルトであるバインダー相(5)とを含む
超硬材料である、請求項1~8のいずれ1項に記載の被覆工具。
【請求項10】
前記バインダー相(5)が前記超硬材料の5~17重量%を占める、請求項9に記載の被覆工具。
【請求項11】
前記バインダー相(5)が、該バインダー相の6~16重量%のルテニウムを含む、請求項9又は10に記載の被覆工具。
【請求項12】
前記基材(2)の前記硬質材料被覆(3)との界面がη相を含まず、実質的にホウ素を含まない、請求項1~11のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項13】
前記二ホウ化チタン層(3c)の上に被覆層が形成されている、請求項1~12のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項14】
前記ホウ窒化チタン遷移層(3b)が全体に亘って立方晶構造を有する、請求項1~13のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項15】
前記二ホウ化チタン層(3c)が50nmより小さい平均結晶子サイズの微細粒子構造を有する、請求項1~14のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項16】
前記硬質材料被覆(3)が熱CVD法によって堆積されている、請求項1~15のいずれか1項に記載の被覆工具。
【請求項17】
チタン合金又は他の非鉄合金の切削加工のための、請求項1~16のいずれか1項に記載された被覆工具(1)の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材と、この基材上に堆積された、とりわけ、細粒二ホウ化チタン層を有する硬質材料被覆とを備えた被覆工具に関する。
【背景技術】
【0002】
特に金属材料を切削加工する場合には、例えば超硬材料又はサーメット(Cermet)製の被覆されていない工具ばかりでなく、被覆された工具(被覆工具)も既に長年に亘り使用されており、これらの被覆工具では、工具の耐磨耗性及び切削特性を更に改善すべく、基材を形成する工具本体上に硬質材料被覆が堆積されている。この場合、この工具は、例えば中実の超硬材料工具として、工作機械と結合するためのシャフトと共に基材材料から一体的に形成することができるが、好適には、特に、工具本体に交換可能に固定することができる交換可能な切削インサートとして形成することもできる。
【0003】
超硬材料及びサーメットは、それぞれ複合材料であり、この複合材料の主成分を構成している超硬材料粒子が、その複合材料の極く僅かな部分を構成している延性金属バインダーに埋め込まれている。少なくとも、硬質材料粒子の割合が高い場合には、この複合材料は、これらの硬質材料粒子で構成された骨格構造又は枠構造を有しており、この骨格構造の隙間が延性金属バインダーで充填されている。これらの硬質材料粒子は、特に、少なくとも主として、炭化タングステン、炭化チタン及び/又は炭窒化チタンで形成することができ、これに加えて、例えば、他の硬質材料粒子、特に、元素周期表の第IV~VI族の元素の炭化物、が、より少量で存在していてもよい。延性金属バインダーは、通常は、少なくとも主として、コバルト、ニッケル、鉄、又は、これらの元素の少なくとも一つに基づく合金からなる。しかし、より少量のその他の元素がこの延性金属バインダー中に溶け込んでいてもよい。本発明において、合金がある元素に基づくとは、その元素がその合金の主たる構成部分を形成していることを意味する。硬質材料粒子が、少なくとも主として、炭化タングステンで構成されていて金属バインダーがコバルト基合金又はコバルト・ニッケル基合金である超硬材料が、最も頻繁に使用される。
【0004】
特許文献1は、基材材料及びこの基材材料上に堆積された硬質材料被覆を備えた切削加工用の工具について述べており、この硬質材料被覆は、熱CVD法で堆積された、非常に微細な粒状ミクロ構造を備えた二ホウ化チタン層を有している。
【0005】
非特許文献1の「実験方法」には、とりわけ、硬質材料被覆中の応力状態を、如何にしてシンクロトロン検査を用いて決定することができるか、が述べられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】“Investigation of the origin of compressive residual stress in CDV TiB2 hard coatings using synchrotron X-ray nanodiffraction(シンクロトロンX線ナノ回折を用いたCVD TiB2硬質被覆における圧縮残留応力の起源の調査)” N.Schalk他著、Surface and Coating Technology誌、第258巻、2014年、121‐126頁
【文献】“X-ray nanodiffraction reveals strain and microstructure evolution in nanocrystalline thin films(X線ナノ回折は、ナノ結晶薄膜における歪及びミクロ構造の進展を明らかにする)” J.Keckes他著、Scripta Materialia誌、第67巻(2012年)748-751頁
【文献】“The state of the art”of the diffraction analysis of crystallite size and lattice strain(結晶子サイズ及び格子応力の回折分析の現状)” E.Mittemeijer他著、Kristallogr.誌、第223巻(2008年)552-560頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、工具における微細粒子状の二ホウ化チタン層の層密着性を更に改善し、被覆工具の更に改善された動作を可能にすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この目的は、請求項1による被覆工具により達成される。有利な更なる展開形態は従属請求項に挙げられている。
【0010】
この被覆工具は、基材及びこの基材上に堆積された硬質材料被覆を備えている。この硬質材料被覆は、上記基材から出発して、次の順序の層構成:即ち、窒化チタン層、ホウ窒化チタン遷移層及び二ホウ化チタン層を有している。このホウ窒化チタン遷移層のホウ素含有量は、窒化チタン層から二ホウ化チタン層へ向かって増加している。このホウ窒化チタン層のホウ素含有量は、15原子%を超えない。
【0011】
二ホウ化チタン層の方向に増加するホウ素含有量を有するホウ窒化チタン遷移層により、硬質材料被覆の層密着性が著しく改善される。特に、二ホウ化チタン層との境界における、硬質材料被覆中の残留応力の不利な大きい跳躍的変化が避けられる。ホウ窒化チタン遷移層におけるホウ素含有量が、二ホウ化チタン層の近くでさえも、15原子%という値を超えないので、硬質材料被覆の特性に悪影響を及ぼす六方結晶構造を有する相の形成が、ホウ窒化チタン遷移層において確実に避けられる。留意すべきは、窒化チタン層は正確な化学量論的な組成を有することができるが、このことは必ずしも必須ではないということである。窒化チタン層におけるチタンと窒素の比率も、化学量論的な比率から逸脱してよく、特にこの窒化チタン層は、TiNxの組成(ここで0.95≦x≦1.05である。)を有することができる。二ホウ化チタン層においても、正確な化学量論的な比率から軽度の逸脱があってよい。ホウ窒化チタン遷移層では、ホウ素含有量が増加するにつれて、即ち、窒化チタン層から離れるにつれて、窒素含有量が減少する。この層においても、また、チタンと窒素/ホウ素との比率は、必ずしも正確に化学量論的である必要はなく、僅かに超化学量論的又は準化学量論的であってもよい。ホウ窒化チタン遷移層における様々な領域でのホウ素含有量は、例えばGDOES(Glow Discharge Optical Emission Spectroscopy;グロー放電発光分光法)を用いて確実に決定することができる。好適には、ホウ窒化チタン層のホウ素含有量は、二ホウ化チタン層に向かって少なくとも2原子%、好適には少なくとも5原子%、にまで、増加する。留意すべきは、二ホウ化チタン層が硬質材料被覆の最外層を形成するが、この二ホウ化チタン層の上に、更に1つ又は複数の更なる層、例えば窒化チタン被覆層、を堆積させることもできる、ことである。
【0012】
もう一つの展開形態では、上記ホウ窒化チタン遷移層の層厚は0.1~4.0μmである。この場合、一方では、より薄い層厚の場合には達成できないであろうこの硬質材料被覆の様々な層における応力状態の非常に良好な移行が可能となり、他方では、このホウ窒化チタン遷移層は、まだ十分に薄いので、厚すぎる層厚による硬質材料被覆の損傷を確実に避けることができる。このホウ窒化チタン遷移層の層厚は、好適には0.2~2.0μmである。
【0013】
もう一つの展開形態では、ホウ窒化チタン遷移層のホウ素含有量は、段階的に増大する。この場合、窒化チタン層から二ホウ化チタン層の方向へのホウ素含有量の増加は、プロセス技術的に特に簡単で確実な方法で調節することができ、その際、ホウ窒化チタン遷移層における六方晶相の形成を確実に避けることができる。
【0014】
もう一つの展開形態では、窒化チタン層の層厚は0.1~2.0μmである。この場合、この硬質材料被覆は、基材と特に良好に結合することができ、更に、基材の表面におけるホウ素を含む拡散ゾーンの形成を特に確実に防ぐこともできる。この窒化チタン層の層厚は、好適には0.3~1.5μmである。
【0015】
もう一つの展開形態では、二ホウ化チタン層の層厚は、0.2~15.0μmである。この場合、二ホウ化チタン層の層厚を、この範囲において、有利に、被加工材料及び所望の加工条件に関して、最適化することができる。この二ホウ化チタン層の層厚は、好適には1.0~10.0μmである。
【0016】
もう一つの展開形態では、二ホウ化チタン層の残留応力は、-2.5±2GPaの範囲、好適には-2.5±1GPaの範囲、にある。ここで、二ホウ化チタン層における残留応力の決定は一般に知られた方法で、sin2ψ測定法を用いたX線回折で行なうことができ、このことは冒頭に引用した非特許文献1において更なる参照として記載されている。残留応力を計算するために次の値が用いられた。弾性率565GPa、ポアソン比0.108(Jounal of research of NIST vol 105 n○5 2000を参照のこと)。この場合、即ち、二ホウ化チタン層の残留応力が上記の範囲内にある場合、チタン合金及び他の非鉄合金の切削加工に特によく適した硬質材料被覆の特に良好な耐久性が得られる。
【0017】
もう一つの展開形態では、二ホウ化チタン層の硬度が40GPaを超える。二ホウ化チタン層のこの硬度は、特に、好適には40~50GPaである。この場合、この硬度は、特に、ダイアモンド製のバーコヴィッチ圧子を用いたナノインデンテーション法により、確実に決定することができる。
【0018】
もう一つの展開形態では、被覆工具は、チタン合金及び/又は他の非鉄合金用の切削工具である。この場合に、本発明による硬質材料被覆は、従来の被覆に対して特に明確な利点を示す。好適には、この被覆工具は、チタン合金用の切削工具として構成することができる。
【0019】
もう一つの展開形態では、基材は、主として炭化タングステンから成る硬質材料相と、重量パーセント基準での主成分がコバルトであるバインダー相とを、含む超硬材料である。この場合、基材と硬質材料被覆との組み合わせは、切削工具に特に良好に適している。基材は、炭化タングステンだけではなく、更に、より少量の別の超硬材料粒子、特に、例えば元素周期表のIV~VI族の元素の立方晶炭化物、を含有することもできる。バインダー相は、コバルトだけでなく、更に、別の成分を含むこともでき、従って、特にコバルト基合金であってよい。特に、硬質材料相からのタングステンの他に、更に、例えば、クロム、モリブデン、ルテニウム及び他の金属をバインダー相に存在させることもできる。
【0020】
もう一つの発展形態では、バインダー相は、超硬材料の5~17重量%である。ここで、このバインダー相の量は、その工具によって加工される材料及び加工パラメータに好適に適合させることができる。
【0021】
もう一つの発展形態では、バインダー相が、該バインダー相の6~16重量%の割合のルテニウムを含む。特に、このような組成を有する超硬材料の基材とここに示された硬質材料被覆との組合せは、特にチタン合金の切削加工に特に適していることが分かった。
【0022】
もう一つの発展形態では、硬質材料被覆に対する基材の界面は、η相を含まず、実質的にホウ素を含まない。η相とは、超硬合金(硬化された炭化物)の技術分野では、特に、コバルトとタングステンの複合炭化物を意味し、これらは、特に、炭素が非常に不足した条件下で形成され、超硬材料の望ましくない脆化をもたらす。基材の外側領域におけるホウ素含有拡散ゾーンは、同様に、層密着性に悪影響を及ぼし、その結果、その被覆工具の寿命に悪影響を及ぼす。
【0023】
もう一つの発展形態では、二ホウ化チタン層の上に被覆層が形成されている。このような被覆層の形成により、特に好適な方法で、工具の磨耗状態を簡単に認識することができるようになる。この場合、この被覆層は、好適には、Ti、Zr、Hfのうちの少なくとも1つの元素の炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、酸窒化物又は炭酸窒化物であり、その結果、被覆工具の特性は悪影響を受けない。
【0024】
もう一つの発展形態では、ホウ窒化チタン遷移層は、全体に亘って立方晶構造を有する。この場合、ホウ窒化チタン遷移層中の六方晶相の割合に起因する層密着性の低下が確実に防止される。全体に亘る立方晶構造は、例えば、TEM検査(透過型電子顕微鏡)によって確実に確認することができ、局所的に特に細かく解像された検査を、例えばシンクロトロン測定によって、実施することができる。このようなシンクロトロン測定がどのように適切に行なわれるかは、例えば非特許文献2に記載されている。
【0025】
もう一つの発展形態では、二ホウ化チタン層は、50nmより小さい平均結晶子サイズを有する微細粒子状ミクロ構造を有する。このような微細粒子状態の検査は、特にBruker D8 Advance型のX線回折計を用いて、ロック結合モードで銅・Kα放射線を使用して、20°~80°の角度範囲に亘り0.02°のステップ幅及び1.2秒の計数時間を有する平行ビームジオメトリにおけるθ-2θスキャンで行なうことができる。当業者に一般に知られているように、明確に測定可能な反射の半値幅は、平均結晶子サイズと相関する。平均結晶子サイズが50nmより小さい二ホウ化チタン層の微細粒子度を決定するために、測定器による拡がり-これは少なくとも0.5°、好適には0.5°~2°、の範囲でなければならない-を補正した後の二ホウ化チタンの(101)反射の半値幅(FWHM)が使用される。半値幅による平均結晶子サイズの決定は、非特許文献3に詳細に記載されている。この目的のために、記載された例においてBruker社のTopas 4.2ソフトウェアのような市販のソフトウェアパッケージを使用することができる。この極めて小さい微細度は、二ホウ化チタン層の特に平滑な表面をもたらし、その結果、切削加工が困難な材料、特にチタン合金、の加工においてさえ、表面への削屑の付着が殆ど生じない。
【0026】
もう一つの発展形態では、硬質材料被覆が熱CVD法によって堆積されている。この場合、被覆は、特に、典型的には、約850℃~約1,050℃の範囲の温度で堆積させることができる。熱CVD法(化学気相堆積法)で使用される、より高い温度は、例えば、より低い温度で動作するPA-CVD(プラズマCVD)での堆積と比較して、本質的により良好な層密着性をもたらすという利点を有する。
【0027】
この課題は、また、請求項17に記載の、チタン合金及び/又は他の非鉄合金の切削機械加工のための被覆工具の使用により解決される。
【0028】
本発明の更なる利点及び有用性を添付の図面を参照して以下の実施例の説明を援用して説明する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】比較例による、基材上に堆積された硬質材料被覆を有する被覆工具の金属組織学的な研磨薄片顕微鏡写真。
【
図2】
図1の被覆工具の金属組織学的な半球面研磨薄片写真(Kalloten-Schliffbild)
【
図3】一実施形態による被覆工具の金属組織学的な研磨薄片顕微鏡写真
【
図4】上記実施形態による被覆工具の金属組織学的な半球面研磨薄片顕微鏡写真
【
図5】上記実施形態による被覆工具のXRD回折パターン。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、添付図面を参照して実施形態を詳細に説明する。
本実施形態による被覆工具1は、材料、特にチタン合金及び/又は他の非鉄合金、の切削加工のための切削工具として設計されている。以下の具体的な例では、この被覆工具は、工具本体に交換可能に固定することができる交換可能な切削インサートの形態で構成されている。しかし、例えば、この被覆工具を、工具チャックに結合するためのクランプ部と一体に、特に、例えば、中実の超硬材料工具として形成することも可能である。
【0031】
被覆工具1は、基材2及びこの基材2上に堆積された多層の硬質材料被覆3を有する。図示された具体的な例では、この基材2は、主として炭化タングステンによって形成された超硬材料相4とコバルトを主成分とするバインダー相5とを備えた超硬材料である。バインダー相5は、この具体的な例では、基材2の5~17重量%の割合を構成するコバルト基合金である。特に好ましい形態では、バインダー相5は、コバルトばかりではなく、バインダー相の少なくとも6~16重量%の割合のルテニウムをも含むコバルト基合金である。
【0032】
硬質材料被覆3は、多層構造を有しており、0.1~2.0μmの範囲の層厚を有する窒化チタン層3aが基材2上に直接形成されている。この場合、0.3~1.5μmの範囲の層厚が好適である。窒化チタン層3aは、公知のように立方晶構造を有する。基材2と硬質材料被覆3との界面には、η相がなく、実質的にホウ素は存在しない。
【0033】
窒化チタン層3a上にホウ窒化チタン遷移層3bが形成されており、そのホウ素含有量は、窒化チタン層3aからの距離が増加するにつれて増加し、それに対応して、その窒素含有量は、窒化チタン層3aからの距離が増加するにつれて減少する。このホウ窒化チタン遷移層3bの層厚は、0.1~4.0μmであり、この層厚は0.2~2.0μmであることが好ましい。具体的な実施例では、ホウ窒化チタン遷移層3b中のホウ素含有量は、窒化チタン層3aからの距離が増加するにつれて、複数段階で段階的に増加する。このホウ窒化チタン遷移層3b中のホウ素含有量の段階的増加は、以下に更に詳細に説明するように、ホウ窒化チタン遷移層3bの堆積に際して熱CVD法におけるプロセスガス雰囲気を変化させることによって、簡単な方法で実現することができる。ホウ窒化チタン遷移層3bは、窒化チタン層3aに直接隣接する領域において、非常に低いホウ素含有量を有し、これは、この実施形態では、5原子%よりも著しく少ない。上述したように、ホウ窒化チタン遷移層3b中のホウ素含有量は、窒化チタン層3aからの距離が増加するにつれて増加するが、窒化チタン層3aから最も離れた領域でも15原子%を超えない。複数の段階、例えば2から16段階の範囲、で生じさせることができるホウ素含有量の特に好ましい段階的増加とは別に、例えば、ホウ窒化チタン遷移層3b中のホウ素含有量を本質的に連続的に増加させることも可能である。しかし、この場合も、窒化チタン層3aから最も離れた領域におけるホウ窒化チタン遷移層3b中のホウ素含有量は、ホウ窒化チタン遷移層3bにおける六方晶相の形成を確実に回避するために、15原子%を超えてはならない。従って、ホウ窒化チタン遷移層3b(即ち、多結晶ホウ窒化チタン遷移層3bの結晶子)は、全体に亘って立方晶構造を有し、六方晶成分を含まず、このことはTEM測定及びシンクロトロン測定によって確認することができる。ホウ窒化チタン遷移層3bの硬度は、ダイアモンド製のバーコヴィッチ試験子を用いてナノインデンテーションによって測定した場合、その厚さ全体に亘って、20~35GPaの範囲にある。この硬度測定は、ダイアモンド製のバーコヴィッチ試験子を備えたナノインデンターにより行なわれる。測定には5mNの最大負荷を使用する。この実施例では、測定機器としてHysitron Triboindenter TI950が使用された。
【0034】
窒化チタン層3aとは反対側のホウ窒化チタン遷移層3bの側には、平均結晶サイズが50nmより小さい極めて微細粒子状の二ホウ化チタン層3cが形成されている。この二ホウ化チタン層3cの層厚は、0.2~15.0μmである。この二ホウ化チタン層3cの層厚が1.0~10.0μmの範囲であると好適である。窒化チタン層3a及びホウ窒化チタン遷移層3bの場合と同様に、二ホウ化チタン層3cの層厚は、熱CVD法での堆積中に、特にそれぞれの被覆時間を介して制御することができ、これらの層の層厚は、それ自体既知の方法で、例えば被覆に使用されるCVDリアクターの位置などに応じて、僅かに変化させることができる。この二ホウ化チタン層3cは、その非常に微細な粒子構造及び850℃~1,050℃の温度範囲での熱CVD法における堆積条件に拠り、-2.5±2GPa、好ましくは-2.5±1GPa、の範囲の残留応力を有し、これは、sin2ψ計測法を用いたX線回析によって、既知の方法で、決定することができる。この二ホウ化チタン層3cの硬度は、これも上述のようにダイアモンド製のバーコヴィッチ試験子を用いたナノインデンテーションによって測定され、40GPaを超え、特に40~50GPaの範囲であった。即ち、この二ホウ化チタン層3cの硬度は、特に、二ホウ化チタンのバルク材の硬度約38GPaよりも著しく大きい。
【0035】
ホウ窒化チタン遷移層3bにおける六方晶結晶構造を有する結晶子の形成を妨げる、ホウ窒化チタン遷移層3b中のホウ素含有量抑制によって、硬質材料被覆3は、ホウ窒化チタン遷移層3bから二ホウ化チタン層3cへの移行に際して、ホウ素含有量の跳躍的変化(ホウ窒化チタン遷移層3bにおける15原子%以下のホウ素含有量から、二ホウ化チタン層3cにおける約66原子%のホウ素含有量)を示す。移行に際してのこの跳躍的な増加により、ホウ窒化チタン遷移層3bから二ホウ化チタン層3cへの移行は、硬質材料被覆3が斜めに研磨された金属組織学的な球面研磨薄片写真(Kalloten-Schliffbold)においても界面として識別することができる。
【0036】
この実施形態では、基材2上への硬質材料被覆3の堆積は、市販の熱CVDリアクター内において、生産スケールで、860℃~920℃の温度ウインドウ内の堆積温度で実施された。
【0037】
最初に、窒化チタン層3aが、熱CVD法においてそれ自体公知の方法で基材2上に0.3~1.5μmの範囲の所望の層厚で堆積され、この層厚は被覆時間によって制御された。段3b.1、段3b.2、段3b.3、及び段3b.4を有する例えば4段のホウ窒化チタン遷移層3bを備えた以下の実施例で使用した被覆パラメータは、下表のとおりである。これらの数値は、気体状態の前駆体の量(体積%)である。使用された温度及びプロセス圧力が同様に表1に示されている。所望の層厚を得るためには、全ガス流量及び被覆時間を既知の方法で被覆設備の構造に適合させなければならない。
【0038】
【0039】
ホウ窒化チタン遷移層3bは、前もって堆積された窒化チタン層3aの上に、ホウ素含有量を段階的に増加させて堆積された。ホウ窒化チタン遷移層3b中のホウ素含有量の段階的な増大を達成するために、リアクター中のBCl3の貫流量が段階的に増大された。具体的には、BCl3は最初の0.08体積%から、0.13体積%及び0.17体積%を経て、0.21体積%の最高値まで増大され、これにより、ホウ窒化チタン遷移層3bの最も外側の領域における約14原子%のホウ素含有量が得られた。
【0040】
良好な応力移行は達成できるがホウ窒化チタン遷移層3b中に六方晶相はまだ生じないような、ホウ窒化チタン遷移層3b中の必要ホウ素含有量を決定するために、リアクター内へのBCl3の導入を段階的に増加させる予備試験が実施された。この予備試験では、BCl3の量が著しく高い値に増加され、次いで、このようにして製造されたホウ窒化チタン層のそれぞれの領域で達成されたホウ素含有量(原子%)が、GDOES深部プロファイル測定によって決定された。更に、このようにして製造されたホウ窒化チタン層の各領域について、TEM(透過型電子顕微鏡)及びSAED(Selected Area Electron Diffraction;)制限視野電子回折)により、六方晶相の存在が調査された。これらの調査において、15原子%を超えるホウ素含有量ではホウ窒化チタン層内に六方晶相が生じ、この六方晶相が硬質材料被覆の硬度及び層密着性に悪影響を及ぼすことが立証された。
【実施例】
【0041】
[実施例]
被覆工具1を製造するために、チタン合金を切削加工するための交換可能な切削インサートを、
図3及び
図4に基づいて、より詳細に説明するように、本発明の硬質材料被覆3で被覆した。基材2として機能する切削インサートは、本出願人により製造された市販の超硬材料から成っており、これは10重量%のコバルト、1.5重量%のルテニウム、残部としての炭化タングステンの組成を有し、炭化タングステン粒子の平均粒径は1.3~2.5μmの範囲であった。
【0042】
この基材2の上に、先ず、層厚0.7μmの窒化チタン層3aを堆積した。
【0043】
次に、この窒化チタン層3aの上に、窒化チタン層3aからの距離が増加するにつれてホウ素含有量が段階的に増加する厚さ約0.8μmのホウ窒化チタン遷移層3bを、約880℃で堆積させた。このホウ窒化チタン遷移層3b中のホウ素含有量は、リアクター中へのBCl3の流量を0.08体積%から、0.13体積%及び0.17体積%を経て、0.21体積%まで段階的に変化させることによって調整され、その結果、ホウ素含有量が4段階で変化するホウ窒化チタン遷移層3bが得られた。それぞれの被覆時間は、ホウ窒化チタン遷移層3bの4つの段階が、それぞれ、約0.2μmの略同じ厚さとなるように選択された。この窒化ホウ窒化チタン遷移層3bの硬度は、その厚さに亘って20GPaから35GPaの間で僅かに変化していた。
【0044】
続いて、このホウ窒化チタン遷移層3bの上に、非常に微細な粒子状の二ホウ化チタン層3cを約3.2μmの層厚で堆積させた。この被覆された工具1の研磨薄片の1,000倍の倍率の光学顕微鏡写真が
図1に示されている。窒化チタン遷移層3bのそれぞれの段階におけるホウ素含有量は、GDOES測定により測定したところ、約4原子%、約8原子%、約11原子%であり、最も外側の段階では約14原子%であった。更に、硬質材料被覆3に面する基材2の外側領域はη相を含まず、実質的にホウ素を含んでいなかった。
【0045】
被覆工具1の完成後に同様にTEM測定及びシンクロトロン測定によって詳細に検査したところ、ホウ窒化チタン遷移層3bには六方晶相は含まれておらず、立方晶相のみを確認することができた。二ホウ化チタン層3c中の残留応力は、sin2ψ測定法により測定し、この例では-2026±130MPaであった。この二ホウ化チタン層3cの硬度は44GPaであった。
【0046】
この実施例による被覆工具1の半球面研磨薄片写真が
図4に示されている。層密着性が非常に良好であり、硬質材料被覆全体が非常に均一であることが分かる。
【0047】
この実施例による被覆工具1のXRD(X線回折)回折パターンを
図5に示す。測定は、Bruker D8 Advance型のX線回折計を用いて、ロック結合モードで、銅・Kα放射線を使用して、20°~80°の角度範囲に亘り0.02°のステップ幅及び1.2秒の計数時間を有する平行ビームジオメトリにおけるθ-2θスキャンで行なわれた。この二ホウ化チタン層3cは、50nmより著しく小さい平均結晶子サイズを有する非常に微細な結晶粒構造を有する。リートベルト精製(Rietveld refinement)後の、二ホウ化チタンの(101)方向の反射の半値幅(FWHM)は0.8421°であった。
【0048】
[比較例]
比較例として、被覆工具101を作製した。これは上記実施例に対応する超硬材料基材102(炭化タングステン、10重量%のコバルト、1.5重量%のルテニウム;炭化タングステンの平均粒径1.3~2.5μm)を公知の硬質材料被覆103で被覆したものである。
【0049】
上記実施例と同様にして、先ず、基材102上に層厚約1.2μmの窒化チタン層103aを形成した。続いて、この窒化チタン層103上に、直接、約3.3μmの層厚を有する微細粒子状の二ホウ化チタン層103cを堆積させた。
【0050】
この比較例による被覆工具101の研磨薄片の1,000倍に拡大した光学顕微鏡写真が
図1に示されている。
図2に示されたこの比較例による被覆工具101の半球状研磨薄片写真から分かるように、この比較例では、硬質材料被覆103の層構造が本質的に、より不均一である。半球状研磨薄片の作成時に発生する孤立剥離から分かるように、この比較例では、硬質材料被覆103の層密着性も上記実施例での硬質材料被覆3の層密着性より著しく小さい。
【0051】
例えば、硬質材料被覆3の磨耗状態をより認識し易くすることが望まれる場合には、二ホウ化チタン層3cの上に追加の被覆層を形成することができる。この被覆層は、特に、Ti、Zr、Hfのうちの少なくとも1つの元素の炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、酸窒化物又は炭酸窒化物とすることができる。