(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-10
(45)【発行日】2022-01-12
(54)【発明の名称】酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜が形成された複合材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
C03C 17/23 20060101AFI20220104BHJP
C23C 4/11 20160101ALI20220104BHJP
C23C 18/12 20060101ALI20220104BHJP
B05D 1/10 20060101ALI20220104BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20220104BHJP
【FI】
C03C17/23
C23C4/11
C23C18/12
B05D1/10
B05D7/24 301W
B05D7/24 302A
(21)【出願番号】P 2017037445
(22)【出願日】2017-02-28
【審査請求日】2020-02-06
(73)【特許権者】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(73)【特許権者】
【識別番号】596148629
【氏名又は名称】中部キレスト株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592211194
【氏名又は名称】キレスト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075409
【氏名又は名称】植木 久一
(74)【代理人】
【識別番号】100129757
【氏名又は名称】植木 久彦
(74)【代理人】
【識別番号】100115082
【氏名又は名称】菅河 忠志
(74)【代理人】
【識別番号】100125243
【氏名又は名称】伊藤 浩彰
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】小松 啓志
(72)【発明者】
【氏名】淡 ▲エン▼▲キン▼
(72)【発明者】
【氏名】南部 信義
(72)【発明者】
【氏名】中村 淳
(72)【発明者】
【氏名】南部 忠彦
【審査官】大塚 晴彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-297809(JP,A)
【文献】国際公開第2011/096233(WO,A1)
【文献】特開2002-348653(JP,A)
【文献】特開2004-075430(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0101617(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2003/0047617(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 15/00 -23/00
C23C 4/11
C23C 18/12
B05D 1/08
B05D 7/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜が形成された複合材料の製造方法であって、
非気化性のイットリウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入し
、表面粗化処理されていない酸化ケイ素基材に当てることにより、前記基材上に酸化イットリウム膜を形成する工程を有することを特徴とする複合材料の製造方法。
【請求項2】
前記イットリウムキレート錯体が、イットリウムのアミノカルボン酸系キレート錯体である請求項1に記載の複合材料の製造方法。
【請求項3】
前記イットリウムのアミノカルボン酸系キレート錯体が、イットリウムと、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、およびニトリロ三酢酸から選ばれる少なくとも1種との錯体である請求項2に記載の複合材料の製造方法。
【請求項4】
前記熱流体が燃焼火炎またはプラズマ炎である請求項1~3のいずれか一項に記載の複合材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜が形成された複合材料の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
酸化イットリウム(Y2O3)は耐プラズマ性に優れることから、半導体製造装置の耐プラズマコーティング剤として広く利用されている。例えば、石英ガラス基材に酸化イットリウムをコーティングした部材は、透明性を有するため、半導体製造において主にエッチングプロセス等の耐プラズマ性を要する装置の窓材等に用いられている。石英ガラス基材への酸化イットリウムのコーティング方法としてCVD法が知られているが、通常のCVD法は耐圧チャンバーが必要であり、加工の際に様々な制約が課されるため、汎用性の高いものとはいえない。これを解決する方法として、特許文献1には、気化性の有機イットリウム化合物を原料として用い、大気圧プロセスによるCVD法より、石英ガラス基材上に酸化イットリウム膜を形成する方法が開示されている。
【0003】
また、酸化イットリウム微粒子をエアロゾル化し、低真空チャンバー内で高速で石英ガラス基材へ吹き付けることにより酸化イットリウム膜を得る、常温衝撃固化現象を用いたエアロゾルデポジション法も知られている。特許文献2には、エアロゾルデポジション法の改良法として、酸化イットリウム粒子どうしの密着性を向上させるために、酸化イットリウム微粒子にアルミナ粒子を添加してエアロゾル化し、これを石英ガラス基材へ吹き付けて酸化イットリウム膜を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-75430号公報
【文献】特開2005-340758号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記に説明したように、酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜が形成された複合材料は、半導体製造装置において耐プラズマ性を必要とする部分などに用いられ、かつ透明性を有することが求められる。この複合材料の耐プラズマ性を高めるためには、緻密性の高い高純度の酸化イットリウム膜をある程度の厚みで形成することが好ましく、また形成された酸化イットリウム膜の透明性が十分に確保され、かつ基材との密着性が確保されることが望まれる。さらに、酸化イットリウム膜をできるだけ効率的に製造できることが望ましい。しかし上記に説明した方法では、これらの点で改善の余地があった。
【0006】
本発明は前記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜が形成された複合材料の製造方法であって、緻密性および透明性が高く、酸化ケイ素基材との密着性に優れた酸化イットリウム膜を容易に形成することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決することができた本発明の酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜が形成された複合材料の製造方法とは、非気化性のイットリウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入し酸化ケイ素基材に当てることにより、前記基材上に酸化イットリウム膜を形成する工程を有するところに特徴を有する。本発明の製造方法によれば、緻密性や透明性が高く、酸化ケイ素基材との密着性に優れた酸化イットリウム膜を酸化ケイ素基材上に容易に形成することができる。
【0008】
イットリウムキレート錯体としては、イットリウムのアミノカルボン酸系キレート錯体を用いることが好ましい。また、イットリウムのアミノカルボン酸系キレート錯体としては、イットリウムと、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、およびニトリロ三酢酸から選ばれる少なくとも1種との錯体を用いることが好ましい。イットリウムキレート錯体を導入する熱流体は、燃焼火炎またはプラズマ炎であることが好ましい。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製造方法によれば、緻密性および透明性が高く、酸化ケイ素基材との密着性に優れた酸化イットリウム膜を酸化ケイ素基材上に容易に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】フレーム溶射法で使用される溶射ガンの一例を示し、溶射ガンの断面図を表す。
【
図2】酸化ケイ素基材上に形成された酸化イットリウム膜の表面電子顕微鏡写真を表す。
【
図3】酸化イットリウム膜が形成された酸化ケイ素基材の断面電子顕微鏡写真を表す。
【
図4】酸化イットリウム膜が形成された酸化ケイ素基材のエネルギー分散型X線分析(EDX)による断面2次元元素マッピング像を表す。
【
図5】酸化ケイ素基材上に形成された酸化イットリウム膜のX線回折チャートを表す。
【
図6】酸化ケイ素基材単体と、酸化イットリウム膜が形成された酸化ケイ素基材の吸収スペクトルを表す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜が形成された複合材料の製造方法に関するものである。本発明の複合材料の製造方法は、非気化性のイットリウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入し酸化ケイ素基材に当てることにより、基材上に酸化イットリウム膜を形成する工程を有する。
【0012】
イットリウムキレート錯体粒子は、イットリウムとキレート剤とから形成された錯体であって、非気化性の粒子であれば、特に制限なく用いることができる。本発明の製造方法では、非気化性のイットリウムキレート錯体粒子を用いることにより、これを熱流体中に導入した際にイットリウムキレート錯体が気化することなく、気化する前にキレート剤部分が熱分解する。この際、イットリウム化合物としてイットリウムキレート錯体を用いることにより、熱流体中での滞留時間が短くてもキレート剤部分が速やかに熱分解しやすくなる。そして、熱分解後に残るイットリウム成分は、熱流体中で酸化されて酸化イットリウムが生成し、これが酸化ケイ素基材の表面に衝突することによって、酸化ケイ素基材上に酸化イットリウムが堆積し、酸化イットリウムの皮膜が形成される。そのため、基材上に酸化イットリウム膜を効率的に形成することができ、膜厚の厚い酸化イットリウム膜を速い成膜速度で容易に形成することができる。例えば、気化性のイットリウム化合物を用いた場合は、熱流体中に導入することによりイットリウム化合物が気化し、その後に熱分解して酸化イットリウムが生成するため、生成した酸化イットリウムが微細になり、基材上に膜厚の厚い酸化イットリウム膜を形成することが困難となり、また成膜速度も遅いものとなる。また、酸化イットリウムを直接熱流体中(例えばプラズマ炎中)に導入した場合は、基材上に形成された酸化イットリウム膜内部に気孔が生成しやすくなり、緻密性が高く透明性が高い酸化イットリウム膜を形成することは難しい。これに対して、本発明の製造方法で形成された酸化イットリウム膜は、緻密性や透明性が高く、酸化ケイ素基材との密着性に優れるものとなる。
【0013】
イットリウムキレート錯体の分解温度は、当該錯体の沸点よりも低い温度であればよく、例えば250℃以上400℃以下であることが好ましい。
【0014】
イットリウムキレート錯体は、イットリウム化合物とキレート剤とを反応させることにより得ることができ、具体的には、イットリウム化合物とキレート剤とを水溶媒中で反応させてイットリウムキレート水溶液を得て、この水溶液から溶媒である水を除去したり、イットリウムキレート錯体を析出させることによって、イットリウムキレート錯体を固体として得ることができる。イットリウムキレート錯体は、対カチオンの一部としてプロトンやアンモニウムイオン等を有するものであってもよい。
【0015】
イットリウムキレート錯体の原料となるイットリウム化合物は、水溶媒中でイットリウムイオンとなり、キレート剤と錯形成するものであれば、特に限定されない。イットリウム化合物としては、酸化物;水酸化物;塩化物塩や臭化物塩等のハロゲン化物塩;炭酸塩;硝酸塩;硫酸塩等を用いることができる。
【0016】
キレート剤としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、1,2-シクロヘキサンジアミン四酢酸、ジヒドロキシエチルグリシン、ジアミノプロパノール四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、エチレンジアミン二酢酸、エチレンジアミン二プロピオン酸、ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、ヘキサメチレンジアミン四酢酸、エチレンジアミンジ(o-ヒドロキシフェニル)酢酸、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、イミノ二酢酸、1,3-ジアミノプロパン四酢酸、1,2-ジアミノプロパン四酢酸、ニトリロ三酢酸、ニトリロ三プロピオン酸、メチルグリシン二酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、エチレンジアミン二こはく酸、1,3-ジアミノプロパン二こはく酸、グルタミン酸-N,N-二酢酸、アスパラギン酸-N,N-二酢酸等のアミノカルボン酸系キレート剤;ヒドロキシエチリデンジホスホン酸等のホスホン酸系キレート剤;ニトリロトリス(メチレンホスホン酸)やエチレンジアミンテトラ(メチレンホスホン酸)等のアミノホスホン酸系キレート剤;ホスホノブタントリカルボン酸等のカルボン酸-ホスホン酸系キレート剤;グルコン酸、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸等のヒドロキシカルボン酸系キレート剤等を用いることができる。これらのキレート剤は水溶性であることが好ましい。キレート剤としては、上記に説明したキレート剤のオリゴマーまたはポリマーを用いてもよく、また、2種以上のキレート剤を用いてイットリウムキレート錯体を形成してもよい。上記のようなキレート剤を用いれば、非気化性のイットリウムキレート錯体を得ることが容易になり、また熱流体の温度がそれほど高くなくても(例えば250℃~400℃の温度で)、イットリウムキレート錯体のキレート剤部分の熱分解反応が好適に進行しやすくなる。
【0017】
キレート剤としては、アミノカルボン酸系キレート剤が好適に用いられる。すなわち、イットリウムキレート錯体としては、イットリウムのアミノカルボン酸系キレート錯体であることが好ましい。アミノカルボン酸系キレート剤は、イットリウムイオンと容易に結合してイットリウムキレート錯体を形成し、さらにイットリウムキレート錯体を結晶として単離して高純度化することが容易な点から、好ましく用いられる。また、アミノカルボン酸系キレート剤から得られたイットリウムキレート錯体は、熱流体中に導入した際に、気化するより前に分解して、酸化イットリウムに容易に変換されやすくなる。好ましいアミノカルボン酸系キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、およびニトリロ三酢酸を挙げることができる。これらのキレート剤は、低価格であり入手が容易であるとともに、これらキレート剤から形成されるイットリウムキレート錯体は安定性が高く結晶化しやすく、精製が容易になる。
【0018】
イットリウム化合物とキレート剤との反応条件は、イットリウムキレート錯体を効率的に得られるように適宜設定すればよい。例えば、イットリウム化合物とキレート剤の使用量は量論比に基づき適宜設定すればよく、各使用量はイットリウム化合物/キレート剤の量論比の0.8倍~1.2倍(モル基準)の範囲で定めることが好ましい。反応溶液中のイットリウム化合物とキレート剤の濃度(合計濃度)は、例えば、5質量%~50質量%とすればよい。反応温度や反応時間も適宜調整することができ、予備実験などにより決定すればよいが、例えば、10℃以上、反応溶液の沸点以下で、1分~10時間程度反応させればよい。
【0019】
反応終了後は、反応溶液から溶媒である水を除去したり、イットリウムキレート錯体を固体として析出させることによって、イットリウムキレート錯体粒子を得ることができる。これらの操作は、例えば、反応溶液への貧溶媒の添加、反応溶液の加熱、濃縮、冷却等により行えばよく、必要に応じて、ろ別、乾燥、洗浄、再結晶等の処理をさらに行ってもよい。
【0020】
得られたイットリウムキレート錯体粒子は粒度調整してもよい。例えば、得られたイットリウムキレート錯体粒子を、ボールミル、ロッドミル、ハンマーミル等により粉砕することにより、粗大な粒子を細粒化してもよい。また、篩い分け等により、粗大粒子や過剰に細かい粒子などを除去し、粒度分布が狭く粒径の揃った粒子を得るようにしてもよい。イットリウムキレート錯体粒子は、球形またはそれに近い形状であることが好ましく、アスペクト比が小さい形状であることが好ましい。このときのアスペクト比としては、3以下が好ましく、2以下がより好ましい。アスペクト比は、イットリウムキレート錯体粒子の顕微鏡写真を撮り、イットリウムキレート錯体粒子の長軸方向の長さとそれに直交する軸方向の長さの比をとることで求められる。
【0021】
熱流体中に導入するイットリウムキレート錯体粒子は、レーザー回折・散乱法により求めた体積基準のメジアン径(D50)が10μm以上であることが好ましく、15μm以上がより好ましく、また150μm以下が好ましく、100μm以下がより好ましく、80μm以下がさらに好ましい。このようにイットリウムキレート錯体粒子の粒子径を調整することにより、粒子を搬送するパウダーホース内での閉塞が起こりにくくなり、イットリウムキレート錯体粒子を安定して熱流体中に供給しやすくなる。また、熱流体中でのイットリウムキレート錯体の熱分解反応が好適に進行しやすくなる。熱流体中に導入するイットリウムキレート錯体粒子はある程度粒度が揃っていることが好ましく、粒度分布のばらつきの指標として、体積基準のメジアン径をD50、累積10%径をD10、累積90%径をD90としたときに、(D90-D10)/D50で表される指標(変動係数)が400%以下であることが好ましく、300%以下がより好ましく、250%以下がさらに好ましい。
【0022】
本発明の製造方法では、イットリウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入して酸化ケイ素基材に当てる。熱流体中に導入されたイットリウムキレート錯体粒子は、キレート成分(有機成分)が熱分解して除去され、熱分解後に残るイットリウム成分が酸化されて酸化イットリウムが生成する。そして、生成した酸化イットリウムは熱流体によって搬送されて酸化ケイ素基材の表面に衝突することによって、酸化ケイ素基材上に酸化イットリウムが堆積し、酸化イットリウムの皮膜が形成される。
【0023】
熱流体は、イットリウムキレート錯体の熱分解反応および酸化反応が起こり、酸化イットリウムが生成するのに必要な温度を有し、酸化ケイ素基材に向かう流れが形成されるものであれば特に限定されない。熱流体としては燃焼火炎またはプラズマ炎を用いることが好ましく、これによりイットリウムキレート錯体から酸化イットリウムを容易に生成することができ、また酸化ケイ素基材に向かう流れを容易に形成することができる。より簡便に熱流体を形成する点からは、熱流体として燃焼火炎を用いることが好ましく、燃焼火炎としては、可燃性ガスの燃焼により形成されるガス火炎を用いることが好ましい。熱流体の基材に向かう流れは、例えば、燃焼ガス(可燃性ガス、酸素ガス、空気等)やプラズマの噴出方向を適宜設定したり、イットリウムキレート錯体粒子の搬送ガスの流れを適宜設定することにより、適切に制御することができる。
【0024】
熱流体の温度は、イットリウムキレート錯体を熱分解するのに十分な温度以上であればよく、例えば400℃以上であればよい。熱流体の温度の上限は特に限定されないが、例えば5000℃以下とすることができ、3500℃以下が好ましく、3000℃以下がより好ましく、2500℃以下がさらに好ましい。本発明の製造方法によれば、酸化イットリウムを溶射材料として用い、これを加熱して溶射する場合と比べて、より低い温度で基材上に酸化イットリウム膜を形成することができる。
【0025】
熱流体を発生させる方法および装置は、イットリウムキレート錯体から酸化イットリウムを生成するのに必要な温度の熱流体を発生できるものであれば特に限定されず、例えば一般に使用されている溶射法や溶射装置の熱流体発生装置を用いることができる。すなわち、原料であるイットリウムキレート錯体粒子を熱流体としての溶射炎の熱エネルギーで熱分解させることができればよく、イットリウムキレート錯体が熱分解する温度に加熱可能であれば、溶射法や溶射条件は特に限定されない。具体的には、ガスを燃焼させて熱流体としての溶射炎を形成するフレーム溶射法や高速ガスフレーム溶射法、放電によって熱流体としての溶射炎を形成するプラズマ溶射法やアーク溶射法、熱流体としての高速の作動ガスによって溶射するコールドスプレー法などが挙げられるが、中でも低コストでの実施が可能なフレーム溶射法がより好ましい。
【0026】
フレーム溶射法を採用する場合、フレーム(燃焼火炎)の最高到達温度は、アセチレン炎の場合約3200℃であり、水素炎の場合約2700℃であり、イットリウムキレート錯体を分解させるのに十分な温度(400℃以上)である。また、その他の溶射方法のフレームの温度は、高速ガスフレーム溶射(灯油)で約2700℃、プラズマ溶射で約10000℃といわれており、いずれの溶射方法でもイットリウムキレート錯体を分解させることができる。従って、イットリウムキレート錯体を溶射原料として用いれば、従来の一般的な溶射方法および溶射条件で、容易にイットリウムキレート錯体を分解温度まで加熱して、熱分解および酸化させ、酸化イットリウムを得ることができ、これを熱流体の流れに沿って基材に当てることで基材上に酸化イットリウム膜を形成することができる。
【0027】
図1には、フレーム溶射法に用いることができる溶射ガンの一例として、Sulzer Metco社製の6P-IIの溶射ガンの断面図(噴出方向に沿った断面図)を示した。溶射ガン100は、酸素-可燃性ガスを供給する酸素-可燃性ガス供給路1と、原料(イットリウムキレート錯体粒子)を搬送する原料搬送ガスを供給する搬送ガス供給路2と、原料であるイットリウムキレート錯体粒子を供給する原料供給路3と、ノズル4とを有する。原料供給路3から供給された原料は搬送ガスによって噴出されて、円筒状になった溶射炎(フレーム)5に導入される。イットリウムキレート錯体は溶射炎5中で加熱されて、熱分解および酸化され、酸化イットリウムが生成する。そして、溶射炎5によって加速された酸化イットリウム粒子が酸化ケイ素基材6に衝突して堆積し、酸化イットリウム膜7が形成される。
【0028】
酸化ケイ素基材としては、酸化ケイ素を主成分として含む基材であれば特に制限なく用いることができる。酸化ケイ素基材の酸化ケイ素含有量(酸化物換算組成中のSiO2としての含有量)は、例えば50質量%以上であることが好ましく、55質量%以上がより好ましく、60質量%以上がさらに好ましく、70質量%以上がさらにより好ましい。酸化ケイ素基材は、実質的に酸化ケイ素のみからなるものであってもよい。酸化ケイ素基材としては、シリカガラス(石英ガラス)、ソーダ石灰ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミノケイ酸ガラス、アルミノホウケイ酸ガラス、アルカリケイ酸ガラス、鉛アルカリケイ酸ガラス、バリウムケイ酸ガラス等のケイ酸(塩)ガラスや、石英等が挙げられる。酸化ケイ素基材の形状は特に限定されず、板状(平面板状、曲面板状等)、管状、筒状、柱状、球状等、用途に応じて適宜設定すればよく、代表的には板状の酸化ケイ素基材が用いられる。
【0029】
本発明の製造方法では、酸化ケイ素基材をヒーター等で加熱しなくても、酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜を好適に形成することができる。酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜を形成する際の酸化ケイ素基材の温度は、例えば100℃以下に維持されればよく、当該温度は80℃以下でもよく、60℃以下でもよい。
【0030】
本発明によれば、イットリウムキレート錯体粒子を熱流体中に導入し酸化ケイ素基材に当てることにより、溶射材料として酸化イットリウムを用いて溶射した場合と比べて、酸化ケイ素基材上に緻密な酸化イットリウム膜を形成することができる。例えば、溶射材料として酸化イットリウムを用いてプラズマ溶射法により酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜を形成した場合は、溶射皮膜内部に気孔が生成しやすく、緻密な皮膜を得ることは難しいため、得られる酸化イットリウム膜の透明性(透光性)や耐プラズマ性が低下しやすくなる。しかし、本発明の製造方法によれば、緻密性が高く耐プラズマ性に優れた酸化イットリウム膜を、酸化ケイ素基材上に高い密着性で形成することができる。また、形成された酸化イットリウム膜は透明性(透光性)に優れるものとなるため、酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜が形成された複合材料は窓材などの透光体として好適に用いることができる。
【0031】
また、CVD法など、酸化イットリウム膜の形成材料を一旦気化させて基材上に酸化イットリウム膜を形成する場合は、基材上で酸化イットリウム結晶が成長し、顕著な粒界ができることにより酸化イットリウム膜の透明性が低下したり、膜が脆化しやすくなるところ、本発明の製造方法によれば、イットリウム成分(イットリウムキレート錯体およびそれが熱分解・酸化して生成した酸化イットリウム)が気化することなく酸化ケイ素基材上に衝突し、付着・堆積することによって、結晶性が高く、粒界の生成が抑えられた酸化イットリウム膜を得ることができる。そのため、透明性が高く、耐プラズマ性に優れた酸化イットリウム膜を得ることができる。
【0032】
また一般に、セラミックスによる表面コーティングにおいて、基材とコーティング膜との密着性を上げる目的で、基材の表面前処理として、酸やアルカリ等による化学的処理や、レーザー加工、放電加工、ブラスト処理のような表面粗化処理を行う場合があるが、本発明では、そのような基材の表面前処理を行わなくても、酸化イットリウム膜の酸化ケイ素基材への密着性を十分に確保することができる。あるいは、基材とコーティング膜との接着強度の向上のために、基材とコーティング膜の間に接着層を設けるような場合もあるが、本発明では、酸化イットリウム膜を酸化ケイ素基材上に直接形成しても、酸化イットリウム膜の酸化ケイ素基材への密着性を十分に確保することができる。
【0033】
本発明の製造方法によれば、基材上に酸化イットリウム膜を効率的に形成することができ、膜厚の厚い酸化イットリウム膜を容易に形成することができる。酸化イットリウム膜の厚みは、例えば3μm以上が好ましく、5μm以上がより好ましく、8μm以上がさらに好ましく、10μm以上がさらにより好ましく、これにより酸化イットリウム膜の耐プラズマ性を高めやすくなる。酸化イットリウム膜の厚みの上限は特に限定されないが、例えば50μm以下が好ましく、40μm以下がより好ましく、30μm以下がさらに好ましい。酸化イットリウム膜の厚みは実施例に記載の方法により求める。
【0034】
本発明の製造方法により得られた酸化ケイ素基材上に酸化イットリウム膜が形成された複合材料は、プラズマ処理用透光体として好適に用いることができる。
【実施例】
【0035】
以下に、実施例を示すことにより本発明を更に詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0036】
(1)基材上への皮膜の形成
エチレンジアミン四酢酸とイットリウムの酸化物を夫々等モル量を水溶媒中で反応させた後、この水溶液から晶析させて固液分離することによりエチレンジアミン四酢酸イットリウム水素塩の粒子を得た。得られたエチレンジアミン四酢酸イットリウム水素塩粒子を、下記に示す条件で、フレーム溶射法により形成した火炎中に導入し、鏡面処理した石英ガラス基材上に皮膜を形成した。石英ガラス基材は、石英ガラス(50mmφ×3mm厚)を化学的な前処理を施すことなく使用し、石英ガラス基材表面に皮膜を直接形成した。
溶射機:Sulzer Metco社製、6P-II
原料粉体供給機:Sulzer Metco社製、5MP
水素ガスの圧力と流量:0.20MPa(30psi)/31NLmin-1(70SCFH)
酸素ガスの圧力と流量:0.20MPa(30psi)/40NLmin-1(90SCFH)
原料粉体搬送ガスの圧力と流量:0.48MPa(70psi)/7NLmin-1(15SCFH)
溶射距離:150mm
原料供給量:5g/min
【0037】
(2)皮膜の分析
上記で得られた皮膜形成された石英ガラス基材の表面電子顕微鏡写真を
図2に示し、断面電子顕微鏡写真を
図3に示す。
図4には、皮膜形成された石英ガラス基材のエネルギー分散型X線分析(EDX)による断面2次元元素マッピング像を示し、
図5には、皮膜のX線回折分析(XRD)結果を示す。なお、
図3および
図4では、断面画像を取得する都合上、皮膜(イットリア膜)上にエポキシ樹脂がコーティングされている。
図4および
図5に示した結果から分かるように、石英ガラス基材上に形成された皮膜には構成原子としてイットリウムが検出され、X線回折分析の結果、基材上にはイットリア(Y
2O
3)膜が形成されていることが明らかになった。
図2および
図3から分かるように、基材上には、基材表面に平行な方向に広がるように扁平な形状の酸化イットリウム粒子が積み重なって酸化イットリウム膜が形成されており、積み重なった酸化イットリウム粒子間にはほとんど隙間が見られず、緻密な酸化イットリウム膜が形成されている。そのため、酸化イットリウム膜(イットリア膜)は石英ガラス基材の保護膜として機能し得るものとなる。
【0038】
石英ガラス基材上に形成された酸化イットリウム膜の厚みを計測したところ、14.1μmであった。酸化イットリア膜の厚みは、断面電子顕微鏡写真を3枚以上撮影し、その中から任意の3枚を選び、各断面電子顕微鏡写真について等間隔で20点の皮膜の膜厚を測定し、合計60点の膜厚測定結果を平均することにより求めた。
【0039】
(3)酸化イットリウム膜が形成された石英ガラス基材の評価
(3-1)密着性
上記で得られた酸化イットリウム膜が形成された石英ガラス基材について、酸化イットリウム膜の全体にニチバン社製布テープLSをしっかり貼り付け、それを一気に剥がすことにより、酸化イットリウム膜の石英ガラス基材への密着性を調べた。剥がした布テープを目視検査したところ、付着物は全く認められず、酸化イットリウム膜は強固に石英ガラス基材へ密着していることが確認された。
【0040】
(3-2)透光性
上記(1)項に記載の方法により石英ガラス基材上に厚み3.5μmで酸化イットリウム膜(イットリア膜)を形成した。石英ガラス基材単体と、酸化イットリウム膜が形成された石英ガラス基材のそれぞれについて、紫外可視分光光度計(ジャスコインタナショナル社製、V-630)を用いて可視光領域の吸光度(吸収スペクトル)を測定した。測定結果を
図6に示すが、石英ガラス基材の表面に酸化イットリウム膜を形成しても、石英ガラス基材単体と吸収スペクトルに変化はなく、酸化イットリウム膜を形成した石英ガラス基材は透明性(透光性)に優れることが明らかになった。
【符号の説明】
【0041】
1: 酸素-可燃性ガス供給路
2: 原料(イットリウムキレート錯体粒子)搬送ガス供給路
3: 原料(イットリウムキレート錯体粒子)供給路
4: ノズル
5: 溶射炎
6: 酸化ケイ素基材
7: 酸化イットリウム膜
100: 溶射ガン