(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-10
(45)【発行日】2022-01-12
(54)【発明の名称】MRI画像処理システム、内リンパ水腫判定装置又はメニエール病判定装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/055 20060101AFI20220104BHJP
【FI】
A61B5/055 380
A61B5/055 382
(21)【出願番号】P 2017202521
(22)【出願日】2017-10-19
【審査請求日】2020-08-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年4月20日に第118回 日本耳鼻咽喉科学会通常総会・学術講演会 予稿集にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年5月18日に第118回 日本耳鼻咽喉科学会通常総会・学術講演会にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年6月1日に日本耳鼻咽喉科学会会報 vol.120(2017)No.4にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】507126487
【氏名又は名称】公立大学法人奈良県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北原 糺
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 妙子
(72)【発明者】
【氏名】乾 洋史
(72)【発明者】
【氏名】井上 隆
【審査官】後藤 順也
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2003/0030435(US,A1)
【文献】Shinji Naganawa et al.,Improved HYDROPS: Imaging of Endolymphatic Hydrops after Intravenous Administration of Gadolinium,Magn Reson Med Sci,2017年05月22日,vol.16,pp.357-361
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/055
G01R 33/20-33-64
医中誌Web
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
T2強調画像による内耳画像である内耳強調画像を作成する手段と、
内リンパ陽性像を外リンパ陽性像から引き算したHYDROPS画像を作成する手段と、
前記内耳強調画像と前記HYDROPS画像とを組み合わせることで前記内耳強調画像から内耳領域を特定する手段と、
前記HYDROPS画像において、選択された内耳領域から特定の閾値以下の信号値のピクセルを内リンパ水腫領域として特定する手段と、
を有することを特徴とする、内耳に関するMRI画像を抽出する、MRI画像処理システム。
【請求項2】
前記内リンパ水腫領域を特定する閾値をゼロとすることを特徴とする請求項1記載のMRI画像処理システム。
【請求項3】
抽出されたMRI画像から特定された内耳領域に欠損部があった場合、前記欠損部を修復する手段と、
再度内耳領域から該閾値以下の信号値のピクセルを内リンパ水腫領域として特定する手段と、
を有することを特徴とする請求項1又は2記載のMRI画像処理システム。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1項に記載のMRI画像処理システムにより得られた各被験者の内耳臓器における前庭、蝸牛又は半規管についての臓器体積、内リンパ水腫体積又はその割合体積を説明変数とし、確定診断から得られたメニエール病であるかどうかのカテゴリー値を目的変数とした回帰モデルを統計的に最尤法にて構成する手段と、
各被験者について該モデルを用いて、その被験者の該内耳臓器における前庭、蝸牛又は半規管が内リンパ水種を発症している確率を算出する手段と、
その説明変数に、ある閾値を設けて各被験者を2つの群に分け、その被験者は当該内耳臓器において該説明変
数が該閾値以上であれば内リンパ水腫を発症している疑いが濃い群、又は、該説明変
数が該閾値未満であれば内リンパ水腫を発症している疑いが薄い群、に属すると判定する手段と、
を有することを特徴とする内リンパ水腫判定装置。
【請求項5】
前記前庭の内リンパ水腫割合の閾値の典型値は27.5±5.0%の範囲にあり、
前記蝸牛の内リンパ水腫割合の閾値は16.2±3.6%の範囲にあり、
前記半規管の内リンパ水腫割合の閾値は18.8±3.8%の範囲にある、
ことを特徴とする請求項4記載の内リンパ水腫判定装置。
【請求項6】
請求項1乃至3の何れか1項に記載のMRI画像処理システムにより得られた各被験者の内耳臓器における前庭、蝸牛若しくは半規管の体積又はそれらの水腫の体積からなる変数を説明変数とし、確定診断から得られたメニエール病であるかどうかのカテゴリー値を目的変数とした回帰モデルを統計的に最尤法にて構成する手段と、
各被験者について該モデルを用いてその被験者がメニエール病である確率を算出する手段と、
その値にある閾値を設けて各被験者を2つの群に分け、その被験者は、該確率が該閾値以上であればメニエール病の疑いが濃い群、又は、該確率が該閾値未満であればメニエール病の疑いが薄い群、に属すると判定する手段と、
を有することを特徴とするメニエール病判定装置。
【請求項7】
その被験者がメニエール病である確率の閾値は36.4±5%の範囲にあることを特徴とする請求項6に記載のメニエール病判定装置。
【請求項8】
請求項1乃至3の何れか1項に記載のMRI画像処理システムにより得られた1種類から数種類の体積を用い、ある特定の評価式で算定された値が所定の値を超えた場合に、装置の画面表示の一部または全体を変更することを特徴とする測定装置。
【請求項9】
請求項1乃至3の何れか1項に記載のMRI画像処理システムにより得られた1種類から数種類の体積を用い、ある特定の評価式で算定された値が所定の値を超えない場合に出力されるドキュメントファイルデータと、超えた場合に出力されるドキュメントファイルデータが異なることを特徴とする測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MRI画像処理システム、内リンパ水腫判定装置又はメニエール病判定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
メニエール病は厚生労働省の特定疾患に指定されている病気であり「難聴、耳鳴り、耳が詰まる感じなどの聴覚症状を伴うめまい発作を反復する」ことを特徴とする。診断方法は日本めまい平衡医学会の診断基準では下記の1、2、3の3点を満たせばメニエール病と確定診断とする。また、1と3あるいは2と3のみの場合にはメニエール病の疑いとする(非特許文献1)。
1.数十分から数時間の回転性めまい発作が反復する
2.耳鳴り・難聴・耳閉塞感がめまいに伴って消長する
3.諸検査で他のめまい・耳鳴り・難聴を起こす病気が鑑別(除外)できる
また検査方法としてはメニエール病では低音難聴がみられるので純音聴力検査が必須で、メニエール病の本体は内リンパ水腫であるのでグリセロールテストあるいはフロセミドテストや蝸電図で内リンパ水腫の存在を推定出来ることも重要とされる。さらに眼振検査や平衡機能検査やカロリックテストなどで内耳障害の所見を確認し、ABLBテスト、SISIテスト、自記オージオメトリーで聴覚補充現象を確認する。鑑別すべき諸病の除外診断の為に頭部のMRIやCT、頚部のレントゲン、あるいは血液検査などの直接内耳には関係ない諸検査もおこなわれることがある。メニエール病の確定診断にはこれらの多くの検査が必要である。
【0003】
画像処理方法としては、簡便な操作で実施でき、MRIやCTなどの画像から特定臓器の画像領域を抽出する方法が提案されている(特許文献1)。入力画像中の抽出したい特徴領域にネットあるいはグリッドを貼り付け特徴領域に収縮させて特徴領域を抽出するため、特徴領域でエネルギーが最小となるような画像エネルギーと、ネットあるいはグリッドの形状を保存しようとする保存エネルギーとを生成して、エネルギー最小化原理に基づく収束計算により、画像エネルギーとネットあるいはグリッドの保存エネルギーとを整合させ、特徴領域にネットあるいはグリッドを収縮させる画像処理方法において、入力画像の特徴領域からエッジ画像を作成し、さらにエッジ画像上の任意の点から近傍の任意の点までの距離に応じた重みを示す距離画像を作成し、その距離画像をエネルギー画像として、特徴領域に貼り付けたいネットあるいはグリッドの保存エネルギーとを、エネルギー最小化原理に基づく収束計算により整合させることにより、画像処理を行うものである。
【0004】
これらのうち近年MRI検査の発展が目覚ましく、ガドリニウム(Gd)造影下で3Tesla-MRI、3D-Flair法を用いることにより、ヒト内リンパ系の精密な撮影が可能となった(非特許文献2)。通常量のガドリニウム造影剤を経静脈投与した場合、投与4時間後に外リンパ腔は造影されるが内リンパ腔は造影されないことが知られており造影の有無で外リンパ腔と内リンパ腔を区別することができる。通常、蝸牛、前庭、半規管ともに造影されるが、内リンパ水腫があると造影欠損がみられるため、内耳内に発生する内リンパ水腫を特定することが可能になり、その存在によりメニエール病の診断や鑑別が可能になってきた。内リンパ水腫特定のためには内リンパ陽性像(内リンパ腔を示す画像)を外リンパ陽性像(外リンパ腔を示す画像)から引き算した画像で、HYDROPS (HYbriDof Reversed image Of Positive endolymph signal and native image of positive perilymph Signal) 像と呼ばれる画像を用いることで特定が容易になるとされている。また、内耳を特定する撮像方法では、如何に組織分解能の良好な画像を得るかが重要であるが、この目的のためにSPACE(Sampling Perfection with Application optimized Contrasts using different flip angle Evolutions)と呼ばれる撮像シーケンス(非特許文献3、非特許文献4)を適用した3D-T2強調画像による「内耳強調画像」を得ることが可能となってきた。
【0005】
内リンパ水腫は、Gd鼓室内投与あるいは静脈内投与による内耳造影MRIによって、メニエール病で80%以上に検出できる。ただ、健常例においても10%程度認められる。内リンパ水腫の判定基準には所定の2次元画像の読像によるもの(非特許文献5、非特許文献6)が用いられている。
【0006】
従来方法に基づく内耳造影MRI水腫判断基準は次の通りである。蝸牛水腫については、蝸牛軸付近の水平断を使用し、基底回転を中心に観察、蝸牛面積が前庭階外リンパの断面積を超えた場合に「著明」とする。ライスネル膜の位置に変移があり、蝸牛管の拡張がみられるが、蝸牛管の断面積が前庭階外リンパの断面積を超えない場合に「軽度」とする。
【0007】
前庭水腫については、前庭が最大面積となるスライスを中心に評価する。内リンパ断面積が全前庭の1/2を超えた場合を「著明」とし、内リンパ断面積が全前庭の1/3より大きく、1/2以下である場合を「軽度」とする。
【0008】
蝸牛については、蝸牛内側面およびライスネル膜が現れる少なくとも2つの断層画像を含む断層画像群を用いて、三次元空間内において両組織のそれぞれの表面形状の一部分を近似する平面を決定する方法も提案されている(特許文献2)。この方法では該平面の決定のために、オプティカルフロー法を適用し得る。かくして、蝸牛を摘出して切片化や染色のための溶媒処理を行うことなく、生きている状態の蝸牛から内リンパ水腫を評価することを可能にする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第3905388号
【文献】特開2015-175785号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】中島務, et al. "MRI による内リンパ水腫の画像診断."Equilibrium research 70.3 (2011): 197-203.
【文献】Naganawa S, Komada T, FukatsuH, et al : Observation of contrast enhancement in the cochlear fluid space of healthy subjects using 3D-Flair sequence at 3 Tesla. EurRadiol 16 : 733-737, 2006
【文献】高濱、高橋、丸山、吉川、山谷、樋垣、北野.”3D-T2強調像.”INNERVISION 27-8 : 38-40, 2012
【文献】Mugler, J. P. 3rd, Bao, S., Mulken, R. V., et al. : Optimized single-slab three-dimensional spin-echo MR imaging of the brain. Radiolgy, 216, 891-899, 2000.
【文献】Nakashima T, Naganawa S, Sugiura M, et al : Visualization of endolymphatic HYDROPS in patients with Meniere’s Disease. Laryngoscope 117 : 415-420, 2007
【文献】Ito T, Kitahara T, Inui H, et al : Endolymphatic space size in patients with Meniere’s disease and healthy controls, ActaOtolaryngol, in press
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述の通り、これまで内リンパ水腫の存在診断の取り組みはなされてきたが、HYDROPS画像に基づく造影欠損部位の断面積によるものであった。さらに結果は、造影欠損「あり」・「なし」で定性的評価となる。したがって現状の基準では判定者により結果が異なってしまう。一方、理論的に真実をより反映するはずの内リンパ水腫の体積量に着目し診断材料にする取り組みはなかった。より正確に評価するには体積に基づく定量的な評価基準の設定が必要であると考えられる。
【0012】
体積に基づく内リンパ水腫の有・無の判定には、各断面にわたる内リンパ水腫領域の正確な特定が必要となる。しかし、従来技術では、「HYDROPS画像」から内リンパ水腫領域を特定する際に、SPACEシーケンスを適用した3D-T2強調画像による内耳画像である「内耳強調画像」とフュージョンをせず、内耳領域の特定を行っていなかった。また、内リンパ水腫領域を特定するために、画像信号値に閾値を設けるなどの定量的な基準を設けていなかった。これらにより、従来技術では、内耳において内リンパ水腫の判定を臓器体積に基づいて行おうとしても、正確さを損なうという問題点があった。
【0013】
また、断面積の診断対象とする臓器は、「前庭」と「蝸牛」であり、「半規管」については診断対象になっていなかった。それはMRI画像から内リンパ水腫を定量的かつ再現性高く測定する手法が提案されず、さらに水腫の量がメニエール病とどのように関連するか検討されてこなかったからである。
【0014】
本事情により、MRI診断から内リンパ水腫とメニエール病の有・無を特定する手法が課題となっている。さらに、水腫の量あるいはメニエール病の有・無に応じて表示の一部または全体を切り替えるというような動作をする測定装置の提案が臨床上望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明にかかるMRI画像処理システムは、T2強調画像による内耳画像である内耳強調画像を作成する手段と、内リンパ陽性像を外リンパ陽性像から引き算したHYDROPS画像を作成する手段と、前記内耳強調画像と前記HYDROPS画像とを組み合わせることで前記内耳強調画像から内耳領域を特定する手段と、前記HYDROPS画像において、選択された内耳領域から特定の閾値以下の信号値のピクセルを内リンパ水腫領域として特定する手段と、を有して、内耳に関するMRI画像を抽出する。
【0016】
本発明にかかる内リンパ水腫判定装置は、請求項1乃至3の何れか1項に記載のMRI画像処理システムにより得られた各被験者の内耳臓器における前庭、蝸牛又は半規管についての臓器体積、内リンパ水腫体積又はその割合体積を説明変数とし、確定診断から得られたメニエール病であるかどうかのカテゴリー値を目的変数とした回帰モデルを統計的に最尤法にて構成する手段と、各被験者について該モデルを用いて、その被験者の該内耳臓器における前庭、蝸牛又は半規管が内リンパ水種を発症している確率を算出する手段と、その説明変数に、ある閾値を設けて各被験者を2つの群に分け、その被験者は当該内耳臓器において該説明変数値が該閾値以上であれば内リンパ水腫を発症している疑いが濃い群、又は、該説明変数値が該閾値未満であれば内リンパ水腫を発症している疑いが薄い群、に属すると判定する手段と、を有する。
【0017】
本発明にかかるメニエール病判定装置は、請求項1乃至3の何れか1項に記載のMRI画像処理システムにより得られた各被験者の内耳臓器における前庭、蝸牛若しくは半規管の体積又はそれらの水腫の体積からなる変数を説明変数とし、確定診断から得られたメニエール病であるかどうかのカテゴリー値を目的変数とした回帰モデルを統計的に最尤法にて構成する手段と、各被験者について該モデルを用いてその被験者がメニエール病である確率を算出する手段と、その値にある閾値を設けて各被験者を2つの群に分け、その被験者は、該確率が該閾値以上であればメニエール病の疑いが濃い群、又は、該確率が該閾値未満であればメニエール病の疑いが薄い群、に属すると判定する手段と、を有する。
【発明の効果】
【0018】
体積に基づく内リンパ水腫の有・無の判定には、各断面にわたる内リンパ水腫領域の正確な特定が必要となる。本発明では、「内耳強調画像」と「HYDROPS画像」をフュージョンする方法で「内耳領域の特定」を行う。さらに、内リンパ水腫領域を特定するために「画像信号値に閾値を設ける」ことで定量的な判定基準を設ける。これらにより、本発明の技術では、内耳において内リンパ水腫の判定を臓器体積に基づいて従来よりも精密に行うことが出来る。
【0019】
本発明の技術では、理論的に真実をより反映する各臓器の体積とその内リンパ水腫の体積に着目して診断材料にする。各臓器の断面積でなく体積を診断対象とすることで、MRI画像から内リンパ水腫を定量的かつ再現性高く評価することができる。さらに、体積量としては「前庭」と「蝸牛」だけでなく、「半規管」についても診断対象とする。説明変数として前庭、蝸牛だけでなく半規管の体積(あるいはその逆数)、それらの水腫体積、およびそれぞれの水腫割合とその交互作用量を用い、目的変数としてメニエール病の確定診断の結果を用いて統計的に比較対照することで、その患者の患側内耳がメニエール病である確率を、MRI画像診断としては最大限に正確に見積もることができる。
【0020】
さらに本発明の装置は、水腫の量あるいはメニエール病の有・無に応じて、装置からの表示・出力の一部または全体を切り替えるという、ヒトの感覚に直接的に訴える動作をするので、医師等の医療者にとって臨床作業をするうえでのヒューマン・インターフェースに優れ、心理学的にも医療者にとってその後の患者管理を簡便にすることや的確な診療判断を促すことが出来ると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】内リンパ陽性像を外リンパ腔を示す画像から引き算したHYDROPS画像の作成を説明する図である。
【
図2】内耳強調画像とHYDROPS画像とを組み合わせる工程を説明する図である。
【
図4】前庭、蝸牛、および半規管のそれぞれの体積とそれらの内リンパ水腫領域の体積を取得する工程を説明する図である。
【
図5】前庭についてのロジスティック回帰モデルに基づいたROC曲線を示す図である。
【
図6】蝸牛についてのロジスティック回帰モデルに基づいたROC曲線を示す図である。
【
図7】半規管についてのロジスティック回帰モデルに基づいたROC曲線を示す図である。
【
図8】多変量ロジスティック回帰モデルに基づいたROC曲線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0023】
本発明にかかるMRI画像処理システムは、T2強調画像による内耳画像である内耳強調画像を作成する手段と、内リンパ陽性像を外リンパ陽性像から引き算したHYDROPS画像を作成する手段と、前記内耳強調画像と前記HYDROPS画像とを組み合わせることで前記内耳強調画像から内耳領域を特定する手段と、前記HYDROPS画像において、選択された内耳領域から特定の閾値以下の信号値のピクセルを内リンパ水腫領域として特定する手段と、を有して、内耳に関するMRI画像を抽出する。
【0024】
MRI画像から内耳の各臓器、すなわち「前庭」および「蝸牛」だけでなく、「半規管」までもの体積および水腫の体積から各臓器の水腫割合を測定して、各臓器の内リンパ水腫を特定し、さらに各臓器の体積(あるいはその逆数)、水腫体積、および水腫割合とその交互作用量からメニエール病であるかどうかを発見する手法と、水腫の量およびメニエール病の有・無に応じて表示の一部または全体を切り替える動作をする測定装置を提案する。
【0025】
測定装置にはMRI画像の読み取り部、計算領域(メモリー)、ピクセル位置情報統合部、内耳特定部、内リンパ水腫特定部、ピクセル容積変換部、表示部を備える。
【0026】
まず読み取り部が「内耳強調画像」と「HYDROPS画像」の2種類のMRIデータセットをメモリへ読み込む。メモリでピクセル位置情報統合部が「内耳強調画像」と「HYDROPS画像」の位置を統合する。同じ検査で撮影された頭部MRIは頭部を固定しているため座標の変化はなく、特別な計算を行わなくとも解剖学的な位置の統合が可能である。
【0027】
次に内耳強調画像から内耳領域を特定する。この時に使用する手法は様々なのものが考えられるが、例えば事前に別のMRIから得られた内耳領域の位置や領域形状情報を測定装置内に保持しておき、その位置や形状を今回のデータへ適応させるということを行っても良い。このような手法は「アトラスによるセグメンテーション」として知られている(清水昭伸. "統計アトラスとセグメンテーションへの応用."Medical Imaging Technology 27.3 (2009): 147.)。ただし内耳の場合は形状に個人差は少ないため、参考文献や一般的に用いられる「統計アトラス」を用いる必要はなく、あくまで別の単一データを利用することができるのが特徴である。
【0028】
次に内耳強調画像において特定された内耳領域と、同じ位置に存在するHYDROPS画像の領域を特定する。さらに内リンパ水腫特定部がHYDROPS画像で特定された内耳領域のうち所定閾値以下のピクセル群を「内リンパ水腫領域」(内リンパ水腫を発症している可能性のある領域)として特定する。この時の閾値をゼロ(0)に設定することで、ゼロ(0)以下のピクセルが残されることになる。これは内リンパ陽性像を外リンパ陽性像から引き算した画像であるHYDROPS画像では異常領域(内リンパ水腫領域)はマイナスの値を取るためである。なお、抽出されたMRI画像から特定された内耳領域に欠損があった場合、欠損部を修復し、再度内耳領域から該閾値以下の信号値のピクセルを内リンパ水腫領域として特定する。ピクセル容積変換部は、このようにして得られた内リンパ水腫ピクセルの総数を、体積単位のml単位へ変換し測定装置の表示部に表示する。
【0029】
本発明にかかる内リンパ水腫判定装置は、前述のMRI画像処理システムにより得られた各被験者の内耳臓器における前庭、蝸牛又は半規管についての臓器体積、内リンパ水腫体積又はその割合体積を説明変数とし、確定診断から得られたメニエール病であるかどうかのカテゴリー値を目的変数とした回帰モデルを統計的に最尤法にて構成する手段と、各被験者について該モデルを用いて、その被験者の該内耳臓器における前庭、蝸牛又は半規管が内リンパ水種を発症している確率を算出する手段と、その説明変数に、ある閾値を設けて各被験者を2つの群に分け、その被験者は当該内耳臓器において該説明変数値が該閾値以上であれば内リンパ水腫を発症している疑いが濃い群、又は、該説明変数値が該閾値未満であれば内リンパ水腫を発症している疑いが薄い群、に属すると判定する手段と、を有する。
【0030】
本発明にかかるメニエール病判定装置は、前述のMRI画像処理システムにより得られた各被験者の内耳臓器における前庭、蝸牛若しくは半規管の体積又はそれらの水腫の体積からなる変数を説明変数とし、確定診断から得られたメニエール病であるかどうかのカテゴリー値を目的変数とした回帰モデルを統計的に最尤法にて構成する手段と、各被験者について該モデルを用いてその被験者がメニエール病である確率を算出する手段と、その値にある閾値を設けて各被験者を2つの群に分け、その被験者は、該確率が該閾値以上であればメニエール病の疑いが濃い群、又は、該確率が該閾値未満であればメニエール病の疑いが薄い群、に属すると判定する手段と、を有する。
【0031】
測定された各臓器の水腫体積割合はある閾値を超えると、その臓器は内リンパ水腫である確率が高くなる。さらにメニエール病の確定診断の結果と、各臓器の体積(あるいはその逆数)、水腫体積、および水腫割合とその交互作用量との統計的な比較対照から、その患者の患側内耳がメニエール病である確率を計算することが出来る。
【0032】
かくして、その患者の患側内耳の水腫やメニエール病の陽性・陰性を診断することが出来るので、その診断結果を医師や患者に知らせるために表示部の表示の一部や全体を変更する。例えば患者名の表記の色やフォントを変更するほか、○や▲などの印を患者名表記のとなりに表示しても良い。または患者へ渡すほか院内で管理するレポートなどのドキュメントファイルデータも、この診断結果に応じて切り替わることを特徴とする。例えば診断結果の範囲に段階を設け、水腫もメニエール病の危険性もない場合ではドキュメントファイルデータ1を、水腫かメニエール病かのどちらかの危険性がある場合にはドキュメントファイルデータ2を、水腫もメニエール病も両方の危険性がある場合はドキュメントファイルデータ3を出力する、というように設定する。これで患者の容態に応じた薬の用量や治療方針を記載したドキュメントを出力でき、印刷することで医師による患者管理を簡便にすることが可能である。
【実施例】
【0033】
(実施例1)
内耳の内リンパ水腫領域の体積をMRI画像処理により取得した。SPACE(Sampling Perfection with Application optimized Contrasts using different flip angle Evolutions)と呼ばれる撮像シーケンスを適用した3D-T2強調画像による内耳画像である「内耳強調画像」を作成した。次に、T2強調画像の「内リンパ陽性像」(内リンパ腔を示す画像)をT2強調画像の「外リンパ陽性像」(外リンパ腔を示す画像)から引き算した「HYDROPS画像」を作成した(
図1)。元になる外リンパ陽性画像(TI=2250ms)では外リンパ部分のみが白く表示され内リンパ水腫部分は黒く表示されている。この時、内リンパ水腫領域は、例えば30[SI]という信号値を持っており、信号値は0ではない。次に内リンパ陽性画像(TI=2050ms)では内リンパ部分のみが白く表示され外リンパ部分は逆に黒く表示される。この時内リンパ水腫側は30[SI]以上の信号値を持っている。計測しているデータ図は外リンパ陽性画像から内リンパ陽性画像を引き算したものである。従って引き算をするとちょうど信号値0以下が内リンパ水腫部分になる。内リンパ水腫陽性画像は明らかに外リンパ水腫陽性画像における水腫部分より信号値が高くなるように撮影されているといえる。
【0034】
次に、内耳強調画像とHYDROPS画像を組み合わせる(「フュージョン」する)ことで、内耳強調画像から内耳領域を特定した(
図2)。更にXYZ軸方向から見た図から3D画像を再構成した(
図3)。
【0035】
さらにHYDROPS画像において、特定された内耳領域からある特定の閾値以下の信号値のピクセルを内リンパ水腫領域として特定し、さらに、画像ピクセルに対応したボクセルの合計数から各臓器、すなわち前庭、蝸牛、および半規管に分けたそれぞれの体積とそれらの内リンパ水腫領域の体積を取得した(
図4)。
【0036】
上述したように、HYDROPS画像で内耳領域から閾値以下の信号値のピクセルを内リンパ水腫領域として特定する際、その閾値をゼロ(0)と設定するのが最も自然であると考えられる。
【0037】
また、上記の過程において抽出されたMRI画像から特定された内耳領域に欠損があった場合、欠損部を修復し、再度内耳領域から該閾値以下の信号値のピクセルを内リンパ水腫領域として特定すれば、より水腫領域を特定する精度が向上する。
【0038】
(実施例2)
本発明のシステムによって評価した各臓器の容積および容積割合を次のように定義した。
【0039】
まず、前庭について、
Vv: 前庭容積 [L]、
Vi= 1/Vv、
Vh: 前庭水腫容積 [L]
Vr=100Vh×Vi: 前庭水腫容積割合 [%]
次、蝸牛について、
Cv: 蝸牛容積 [L] 、
Ci= 1/Cv、
Ch: 蝸牛水腫容積 [L]
Cr=100Ch×Ci: 蝸牛水腫容積割合 [%]
さらに、半規管について、
Sv: 半規管容積 [L] 、
Si= 1/Sv、
Sh: 半規管水腫容積 [L]
Sr=100Sh×Si: 半規管水腫容積割合 [%]
さらに、メニエール病の確定診断結果は、Y(1:メニエール病あり、0:健常または他の疾患)で表現した。
【0040】
評価時までの約200名の被験者にわたって、確定診断から得られたメニエール病であるかどうかのカテゴリー値Yを目的変数とし、本発明システムで得られた前庭、蝸牛、あるいは半規管の内リンパ水腫割合をそれぞれ説明変数としたロジスティック回帰モデルを統計的に最尤法にて構成した。
【0041】
前庭について、前庭が内リンパ水腫に罹患している確率をpv、前庭水腫体積割合をXv、その係数をβv、定数をαvとしたロジスティック回帰モデルを下記式のように最尤推定法で構成した。
【0042】
(式1)
logit(pv )= log{pv /(1-pv )}= αv+ βvXv (1)
【0043】
メニエール病に罹患しているかどうかの閾値確率をこのモデル(1)に基づいて0から1まで変化させたときの「1-特異度」対「感度」を示したROC(Receiving Operation Characteristics)曲線を
図5に示した。ここで感度と特異度を足した値を最大にする水腫割合X
vを、前庭が内リンパ水腫であるかどうかを判定するX
vの最適閾値T
vと考え、この例ではT
v=27.5%と算定した。
【0044】
次に、各被験者について該モデルを用いてその被験者の患側前庭に内リンパ水腫を発症している確率を算出し、Xvが閾値(Tv=27.5%)以上であれば前庭で「内リンパ水腫を発症している疑いが濃い」群、Xvが該閾値未満であれば「内リンパ水腫を発症している疑いが薄い」群と判定した。
【0045】
蝸牛について、蝸牛が内リンパ水腫に罹患している確率をpc、蝸牛水腫体積割合をXc、その係数をβc、定数をαcとしたロジスティック回帰モデルを下記式のように最尤推定法で構成した。
【0046】
(式2)
logit(pc )= log{pc /(1-pc )}= αc+ βcXc (2)
【0047】
メニエール病に罹患しているかどうかの閾値確率をこのモデル(2)に基づいて0から1まで変化させたときの「1-特異度」対「感度」を示したROC曲線を
図6に示した。ここで感度と特異度を足した値を最大にする水腫割合X
cを、蝸牛が内リンパ水腫であるかどうかを判定するX
cの最適閾値T
cと考え、この例ではT
c=16.2%と算定した。
【0048】
次に、各被験者について該モデルを用いてその被験者の患側蝸牛に内リンパ水腫を発症している確率を算出し、Xcが閾値(Tc=16.2%)以上であれば蝸牛で「内リンパ水腫を発症している疑いが濃い」群、Xcが該閾値未満であれば「内リンパ水腫を発症している疑いが薄い」群と判定した。
【0049】
半規管について、半規管が内リンパ水腫に罹患している確率をps、半規管水腫体積割合をXs、その係数をβs、定数をαsとしたロジスティック回帰モデルを下記式のように最尤推定法で構成した。
【0050】
(式3)
logit(ps )= log{ps /(1-ps )}= αs+ βsXs (3)
【0051】
メニエール病に罹患しているかどうかの閾値確率をこのモデル(3)に基づいて0から1まで変化させたときの「1-特異度」対「感度」を示したROC曲線を
図7に示した。ここで感度と特異度を足した値を最大にする水腫割合X
sを、半規管が内リンパ水腫であるかどうかを判定するX
sの最適閾値T
sと考え、この例ではT
s=18.8%と算定した。
【0052】
次に、各被験者について該モデルを用いてその被験者の患側半規管に内リンパ水腫を発症している確率を算出し、Xsが閾値(Ts=18.8%)以上であれば半規管で「内リンパ水腫を発症している疑いが濃い」群、Xsが該閾値未満であれば「内リンパ水腫を発症している疑いが薄い」群と判定した。
【0053】
(実施例3)
本発明のシステムによって評価した各臓器の容積および容積割合を追加で次のように定義する。
【0054】
前庭と蝸牛を合わせて診た場合、
VCv: 前庭と蝸牛の合計容積 [L] 、
VCi= 1/VCv 、
VCh : 前庭と蝸牛にある水腫の合計容積 [L]
VCr=100VCh×VCi: 前庭と蝸牛にある水腫の容積割合 [%]
蝸牛と半規管を合わせて診た場合、
CSv: 蝸牛と半規管の合計容積 [L] 、
CSi= 1/CSv 、
CSh: 蝸牛と半規管にある水腫の合計容積 [L]
CSr=100CSh×CSi: 蝸牛と半規管にある水腫の容積割合 [%]
半規管と前庭を合わせて診た場合、
SVv: 半規管と前庭の合計容積 [L] 、
SVi= 1/SVv 、
SVh: 半規管と前庭にある水腫の合計容積 [L]
SVr=100SVh*SVi: 半規管と前庭にある水腫の容積割合 [%]
さらに、内耳すなわち、前庭、蝸牛、および半規管を合わせて診た場合、
Iv: 内耳の合計容積 [L]、
Ii= 1/Iv 、
Ih: 内耳にある水腫の合計容積 [L]
Ir=100Ih×Ii: 内耳にある水腫の容積割合 [%]
評価時までの約200名の被験者にわたって、確定診断から得られたメニエール病であるかどうかのカテゴリー値Yを目的変数とし、本発明システムで得られた「前庭」、「蝸牛」、「半規管」、「前庭と蝸牛」、「蝸牛と半規管」、「半規管と前庭」、「内耳全体」の臓器体積、水腫体積、その割合を説明変数とした多変量ロジスティック回帰モデルを統計的に最尤法にて構成した。その際に考慮した説明変数は、Vi,Vh,Vr、Ci、Ch、Cr、Si、Sh、Sr、VCr、CSr、SVr、およびIr、そして交互作用項のVr×Cr、Cr×Sr、Sr×Vr、VCr×Sr、CSr×Vr、およびSVr×Crである。メニエール病に罹患しているかどうかの閾値確率をこのモデルに基づいて0から1まで変化させたときの「1-特異度」対「感度」を示したROC(Receiving Operation Characteristics)曲線を
図8に示した。ここで感度と特異度を足した値を最大にする確率を、患者がメニエール病であるかどうかを判定する確率の最適閾値T
mと考え、この例ではT
m=36.4%と算定した。
【0055】
本モデルによるAUC(Area Under the Curve)は88.3%と本モデルによる的中率はGood(良好)であると解釈された。なお従来方法(Nakashima T, Naganawa S, Sugiura M, et al : Visualization of endolymphatic HYDROPS in patients with Meniere’s Disease. Laryngoscope 117 : 415-420, 2007, Ito T, Kitahara T, Inui H, et al : Endolymphatic space size in patients with Meniere’s disease and healthy controls, Acta Otolaryngol, in press)によるROC曲線を描き、得られたAUCは81.3%であった。NRI (Net Reclassification Improvement) の観点から的中率の差を統計的に検定したところ、P値は0.023であり、本発明の方法は従来方法と比較して的中率で有意に高いことが分かった。
【0056】
各被験者について該モデルを用いてその被験者の患側にメニエール病を発症している確率を算出し、その確率が閾値(Tm=36.4%)以上であれば「メニエール病を発症している疑いが濃い」群、閾値未満であれば「メニエール病を発症している疑いが薄い」群と判定した。
【0057】
(実施例4)
上記実施例1~3に提示した技術によって、患者の患側内耳の水腫やメニエール病の陽性・陰性を診断することが出来るので、その診断結果を医師や患者に知らせるために表示部の表示の一部や全体を変更する。例えば患者名の表記の色やフォントを変更するほか、○や▲などの印を患者名表記のとなりに表示しても良い。または患者へ渡すほか院内で管理するレポートなどのドキュメントファイルデータも、この診断結果に応じて切り替わることを特徴とする。例えば診断結果の範囲に段階を設け、水腫もメニエール病の危険性もない場合ではドキュメントファイルデータ1を、水腫かメニエール病かのどちらかの危険性がある場合にはドキュメントファイルデータ2を、水腫もメニエール病も両方の危険性がある場合はドキュメントファイルデータ3を出力する、というように設定する。これで患者の容態に応じた薬の用量や治療方針を記載したドキュメントを出力でき、印刷することで医師による患者管理を簡便にすることが可能である。また、患者が陽性であると診断された場合には、臓器の該当領域を効果的に定量表示する方法も併せて活用することも有効である。
【産業上の利用可能性】
【0058】
メニエール病の診断に利用できる。