(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-10
(45)【発行日】2022-01-12
(54)【発明の名称】中性子線被照射装置、及び、それを用いた突然変異誘発方法、並びに、密閉容器内に収容された突然変異が誘発された被照射体の製造方法
(51)【国際特許分類】
A01H 1/06 20060101AFI20220104BHJP
C12N 15/01 20060101ALI20220104BHJP
【FI】
A01H1/06
C12N15/01 Z
(21)【出願番号】P 2021124258
(22)【出願日】2021-07-29
【審査請求日】2021-07-29
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520334199
【氏名又は名称】株式会社クォンタムフラワーズ&フーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100163533
【氏名又は名称】金山 義信
(74)【代理人】
【識別番号】100199842
【氏名又は名称】坂井 祥平
(72)【発明者】
【氏名】磯崎 寛也
(72)【発明者】
【氏名】菊池 伯夫
(72)【発明者】
【氏名】山口 晃平
【審査官】山内 達人
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-176396(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112841026(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107422363(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0160161(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 1/06
C12N
C12M
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中性子線照射装置で発生した中性子線を
、植物の種子
、植物の胚、植物の全体または一部、酵母、および、微生物からなる群より選択される少なくとも1種からなる被照射体に照射するのに用いられ、前記被照射体を保持する保持手段を有する中性子線被照射装置において、
前記保持手段は、前記被照射体を無作為に3次元的に積層して収容可能な少なくとも1個の密閉容器を保持し、
前記密閉容器内
に3次元的に積層して収容され
た前記被照射体
に中性子線が照射され
、
前記中性子線が、エネルギー値が0.1~1MeVより大きい高速中性子であり、照射線量が110Gy以下であることを特徴とする中性子線被照射装置。
【請求項2】
前記保持手段は、少なくとも軸方向1端部が開放された複数の筒状部材と、この複数の筒状部材の軸方向両端側を固定支持する1対の板部材を有し、前記
密閉容器の少なくとも1個
を前記複数の筒状部材の少なくともいずれかに固定して保持
する請求項1に記載の中性子線被照射装置。
【請求項3】
前記保持手段には、少なくとも軸方向1端部が開放された複数のスロットが形成されており、前記
スロットには、前記筒状部材が取り付け可能である、請求項2に記載の中性子線被照射装置。
【請求項4】
前記保持手段の中央部には中心軸が配設されており、この中心軸を回転駆動する回転駆動手段と、この回転駆動手段を制御する制御手段とを備えたことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の中性子線被照射装置。
【請求項5】
前記密閉容器を前記保持手段の複数位置に保持し、前記制御手段は予め定めた照射パターンに応じて前記回転駆動手段を間欠的に駆動して、中性子線が照射される前記密閉容器を変更することを特徴とする請求項4に記載の中性子線被照射装置。
【請求項6】
前記密閉容器に保持される前記被照射体が、植物の種子或いは胚であることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1項に記載の中性子線被照射装置。
【請求項7】
前記密閉容器に保持される前記被照射体が、植物の全体或いはその一部であることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1項記載の中性子線被照射装置。
【請求項8】
前記中性子線照射装置から照射される中性子線が、高エネルギー中性子であることを特徴とする請求項6または7に記載の中性子線被照射装置。
【請求項9】
中性子線照射装置で発生した中性子を、中性子線被照射装置が備える密閉容器に保持された
、植物の種子、植物の胚、植物の全体または一部、酵母、および、微生物からなる群より選択される少なくとも1種からなる被照射体に照射し、前記被照射体のDNAを損傷させて突然変異を誘発する、突然変異誘発方法であって、
前記被照射体を無作為に3次元的に積層して収容した前記密閉容器を、前記中性子線被照射装置内に保持するステップと、
前記被照射体に前記中性子線照射装置から中性子線
であって、エネルギー値が0.1~1MeVより大きい高速中性子であり、照射線量が110Gy以下である中性子線を照
射するステップと、
中性子線が照射されて放射化した前記被照射体を冷却するステップと、
前記被照射体を前記中性子線被照射装置から取り出すステップと、を含むことを特徴とする前記中性子線被照射装置を用いた、突然変異誘発方法。
【請求項10】
植物の種子、植物の胚、植物の全体または一部、酵母、および、微生物からなる群より選択される少なくとも1種からなる被照射体であって、突然変異が誘発されたものと、
前記突然変異が誘発された被照射体が、無作為に3次元的に積層して収容された密閉容器と、
を含む、前記密閉容器内に収容された前記突然変異が誘発された被照射体、を製造するための、密閉容器内に収容された突然変異が誘発された被照射体の製造方法であって、
請求項9に記載の突然変異誘発方法によって、前記被照射体の突然変異を誘発して、前記密閉容器内に収容された突然変異が誘発された被照射体を得ることを含む、密閉容器内に収容された突然変異が誘発された被照射体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性子線照射装置から植物の種子等に中性子線を照射する際に、植物の種子等を収容する中性子線被照射装置、及びこの中性子線被照射装置を用いて種子等に突然変異を誘発させる突然変異の誘発方法、並びに該方法により作成された被照射体に関する。
【背景技術】
【0002】
農林作物に関する植物に突然変異を誘発する従来方法として、化学薬品処理や放射線照射処理がある。化学薬品処理では、エチルメタンスルホン酸(EMS)処理のように、アルキル化剤等の変異原性を有する化学的突然変異誘発物質を使用する。このエチルメタンスルホン酸(EMS)処理の場合には、主にG:C→A:Tの点変異しか得られず、タンデムに重複した複数遺伝子のノックアウトやプロモーター領域の改変などが難しい。また、エチルメタンスルホン酸(EMS)は毒性が強いので、過剰に処理されると、種子が発芽しないことや種子が損傷を受けることがある。
【0003】
一方、化学薬品を使用しない放射線照射処理では、ガンマ線やエックス線、重イオン線、中性子線等の放射線を植物の種子や胚、植物の全体或いはその一部に照射して突然変異を誘発させる。上記放射線の中で、エックス線やガンマ線は物質透過性が高く、外部からの照射が可能である。
【0004】
エックス線やガンマ線の処理では、電離作用によりDNA(deoxyribonucleic acid)に変異を誘発する。低LET(Linear Energy Transfer:低線ネルギー付与)線であるエックス線やガンマ線による処理は、大量の種子等の被照射体に照射できる利点を持つ反面、広範囲にわたりエネルギーを散発的に付与する低LET線ではDNA損傷が散発的に生じ、突然変異の幅(スペクトル)が狭くなる。そのため、10万~100万分の1程度である自然突然変異率の10~100倍程度までにしか、突然変異誘発率を向上させることができず、所望量の突然変異体を得るためには、大量の照射サンプルを必要とし、育種の場所や人力、期間を多大に要する。
放射線の内の重イオン線は、局所的に電離作用を起こす高LET線であり、エックス線やガンマ線と比べて突然変異の幅(スペクトル)が広いうえに、突然変異体に付随する変異が少なく、低線量で照射効果が高い。しかしながら、物質透過性が物質表面から数10μm(マイクロメートル))と非常に短距離であり、多くの種子への照射ができず、所望量の変位体を得るためには依然長い時間を要する。
【0005】
放射線の内で中性子線は、重イオン線と同様に生物効果が高い高LET線であり、突然変異誘発率が高く照射効果が高いので、突然変異体を効率的に得る有力な手法と考えられている。中性子線を用いた従来技術の例が、特許文献1~2に、中性子線発生装置が特許文献3に記載されている。
【0006】
例えば特許文献1では、花卉の突然変異体を作出するために、特定の遺伝子型を有する花卉に放射線を照射することが開示されている。この公報では、放射線の種類として、例えばイオンビーム、X線、ガンマ線、電子線、中性子線などを挙げているが、実施例ではイオンビームについてのみ開示されている。
【0007】
また、特許文献2には、運動性低下ユーグレナを製造するために、X線、γ線、中性子線、粒子線、重イオンビーム等を含むエネルギー線等の物理的変異原を用いることが記載されているが、この公報においても具体的な実施例としては、重イオンビームの照射を開示している。なお、特許文献4には、大麦の種子の胚に、深度制御照射装置を用いて照射深度を制御しながら加速器から輸送されたイオンをビームとして照射することが開示されている。また、異常診断に中性子線を利用することが特許文献5に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開2009/119914号
【文献】特開2019-83740号公報
【文献】特開2012-50698号公報
【文献】特開平10-127195号公報
【文献】特開2017-90200号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】"J-PARC"、[online]、大強度陽子加速器施設、[令和3年6月2日検索]、インターネット、<URL:https://j-parc.jp/c/index.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述した通り、突然変異を誘発する放射線については、エックス線やガンマ線は物質透過性が高く大量の種子等の被照射体に照射できるが、突然変異の幅が狭く突然変異誘発率が低い、と言う難点がある。また重イオン線は特許文献4に記載のように、エックス線やガンマ線と比べ突然変異の幅は広い。しかしながら、透過距離が物質表面から数10μm(マイクロメートル))と物質透過性が低く、重粒子線を被照射体に照射する場合には、互いに重ならないように照射面に配置する必要があった。そのため、多量の被照射体に重粒子線を照射する場合には、その照射面への配置に手間がかかる上に、深度制御照射装置等の複雑な装置や被照射体を照射経路内で搬送する搬送装置等が必要となっている。
【0011】
これらに対して、中性子線は重イオン線と同様に生物効果が高い高LET線であり、突然変異誘発率が高く照射効果が高いので、突然変異体を効率的に得る有力な手法と考えられている。しかしながら、中性子線発生装置は巨額な装置であり、難病治療装置等の資金的に余裕のあるまたは他に代替物がない等には使用できるものの、使用頻度が少ないまたは使用期間が短い植物の品種改良のためだけに用いることは、現実的にほぼ不可能であった。つまり、中性子線照射による突然変異を発生させることは、上記特許文献3に記載の装置を用いて上記特許文献1~2に記載のように理論的に実施することは可能であるが、現実的な手法とはみなされておらず、利用できる具体的に実現方法は皆無であった。
【0012】
本発明は上記従来技術の課題または不具合に鑑みなされたものであり、その目的は、中性子線照射装置を用いて、所要時間を低減しながら、大量の作物の種子等の被照射体へ中性子線の照射を可能にして、高効率で突然変異を誘発させること及びそれに用いる装置を実現することにある。本発明の他の目的は、上記目的に加え、突然変異を、既知の従来手法程度もしくはそれ以上の割合まで向上させて誘発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成する本発明の特徴は、中性子線照射装置で発生した中性子線を種子等からなる被照射体に照射するのに用いられ、前記被照射体を保持する保持手段を有する中性子線被照射装置において、前記保持手段は、前記被照射体を無作為に3次元的に積層して収容可能な少なくとも1個の密閉容器を保持し、この密閉容器内に前記被照射体が3次元的に積層して収容されたときには、重なり合う前記被照射体にドミノ倒し的に(連鎖的に)中性子線とその2次放射線が照射されることにある。
【0014】
上記目的を達成する本発明の他の特徴は、中性子線照射装置で発生した中性子線を種子等からなる被照射体に照射するのに用いられ、前記被照射体を保持する保持手段を有する中性子線被照射装置において、前記保持手段は、少なくとも軸方向1端部が開放された複数の筒状部材と、この複数の筒状部材の軸方向両端側を固定支持する1対の板部材を有し、前記被照射体を無作為に3次元的に積層して収容可能な少なくとも1個の密閉容器を前記複数の筒状部材の少なくともいずれかに固定して保持し、前記密閉容器内に前記被照射体が3次元的に積層して収容されたときには、重なり合う前記被照射体に連鎖的に中性子線とその2次放射線が照射されることにある。
【0015】
上記目的を達成する本発明のさらに他の特徴は、中性子線照射装置で発生した中性子線を種子等からなる被照射体に照射するのに用いられ、前記被照射体を保持する保持手段を有する中性子線被照射装置において、前記保持手段には、少なくとも軸方向1端部が開放された複数のスロットが形成されており、前記被照射体を無作為に3次元的に積層して収容可能な少なくとも1個の密閉容器を前記複数のスロットの少なくともいずれかに固定して保持し、前記密閉容器内に前記被照射体が3次元的に積層して収容されたときには、重なり合う前記被照射体に連鎖的に中性子線とその2次放射線が照射されることにある。
【0016】
そしてこれら各特徴において、前記保持手段の中央部には中心軸が配設されており、この中心軸を回転駆動する回転駆動手段と、この回転駆動手段を制御する制御手段とを備えることが望ましく、前記密閉容器を前記保持手段の複数位置に保持し、前記制御手段は予め定めた照射パターンに応じて前記回転駆動手段を間欠的に駆動して、中性子線が照射される前記密閉容器を変更することが好ましい。
【0017】
また上記各特徴において、前記密閉容器に保持される前記被照射体が、植物の種子或いは胚であるか、植物の全体或いはその一部であることが望ましく、前記中性子線照射装置から照射される中性子線が、高エネルギー中性子であるのが好ましく、特に、エネルギー値が0.1~1MeV(メガ電子ボルト)より大きい高速中性子で、射線量が110Gy以下であることが望ましい。
【0018】
また、上記目的を達成する本発明の他の特徴は、中性子線照射装置で発生した中性子を、中性子線被照射装置が備える密閉容器に保持された植物の種子或いは胚からなる被照射体に照射し、前記被照射体のDNAを損傷させて突然変異を誘発する、突然変異誘発方法であって、前記被照射体を無作為に3次元的に積層して収容した密閉容器を、前記中性子線被照射装置内に保持するステップと、前記被照射体に前記中性子線照射装置から中性子線を照射して、重なり合う前記被照射体にドミノ倒し的(連鎖的に)に中性子線とその2次放射線を照射するするステップと、中性子線が照射されて放射化した前記被照射体を冷却するステップと、前記被照射体を前記中性子線被照射装置から取り出すステップと、を含むことにある。
【0019】
さらに上記目的を達成する本発明の他の特徴は、中性子線照射装置で発生した中性子を、植物の全体或いはその一部からなる被照射体が保持された中性子線被照射装置に照射して突然変異を誘発する、突然変異誘発方法において、少なくとも2個の密閉容器内に、被照射体を無作為に3次元的に積層して収容するステップと、前記中性子線被照射装置が有する複数の筒状部材またはスロットの内の少なくとも2か所に、前記密閉容器を少なくとも1個以上保持するステップと、前記中性子線照射装置から1つの筒状部材またはスロット内の前記密閉容器内の被照射体に、高エネルギー中性子、特に、エネルギー値が0.1~1MeVより大きい高速中性子の照射線量を110Gy以下に制限して照射して、重なり合う前記被照射体のDNAにドミノ倒し的に(連鎖的に)損傷を与えるステップと、前記中性子線照射装置から異なる筒状部材またはスロット内の前記被照射体に、高エネルギー中性子、特に、エネルギー値が0.1~1MeVより大きい高速中性子の照射線量を110Gy以下に制限して照射してDNAに損傷を与えるステップと、中性子線を照射した後に、放射化した前記被照射体を冷却するステップと、前記中性子線被照射装置を前記中性子線照射装置から取り出した後に前記被照射体を前記中性子線被照射装置から取り出すステップとを含むことにある。ここで、前記密封容器は、難放射化材料製であることが望ましい。
【0020】
さらにまた、前記被照射体は密閉容器内に無作為に3次元的に積層された植物の種子または胚、植物の全体或いはその一部であって、上述特徴のいずれかを有する突然変異の誘発方法を用いて、突然変異が誘発されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、中性子線被照射装置内に設けた複数の筒状部材(スロット)内に被照射体を3次元的に無作為に装填できるので、高LET線である中性子線が、高い物質透過性と、種子等の被照射体の内部で核反応により2次放射線(α線、陽子線、γ線)を発生してDNAを電離により切断する。これにより、中性子照射装置から出射した中性子線に直接面する位置にある被照射体のみならず、直接面する被照射体に隣接する被照射体やそれらに接触する被照射体へも中性子がドミノ効果的に作用してDNAを変化させることが可能になる。すなわち、容器内に密にまたは3次元的に無作為に装填した大量の被照射体における、突然変異が誘発される個体数を飛躍的に増大できる。また本発明によれば、中性子線の照射量を適正値に制御したので、DNAの変異を生じさせたい部分以外の、例えば、発芽しない等の生理的異常の発生等に関する部分で、中性子照射による損傷を避けることができ、突然変異の発生個体数を、既知の従来手法とは比較できない程度まで高めて誘発することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明に係る中性子線照射装置の概略平面図および模式構成図である。
【
図2】
図1に示した中性子線照射装置に配置される中性子線被照射装置の一実施例の正面断面図および右側面図である。
【
図3】
図2に示した中性子線被照射装置が備える密閉容器とその蓋部材の概略斜視図、および密閉容器に被照射体を充填する様子を示す図である。
【
図5】1MW級中性子束の試料位置での中性子強度を示す表である。
【
図6】小松菜の種子における中性子線照射時間と誘発された突然変異の関係を示す表である。
【
図7A】発生した変異(花弁変異、及び、雌蕊異常)を示すスケッチである。
【
図7C】発生した変異(矮性)を示すスケッチである。
【
図8】本発明に係る中性子線被照射装置の他の実施例の斜視図及び正面断面図である。
【
図9】中性子線照射により突然変異を誘発する方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明に係る中性子線被照射装置100の一実施例を、図面を用いて説明する。
図1は、本発明に係る中性子線被照射装置100が配置される加速器200の模式配置図(同図(a))およびその模式構成(同図(b))である。
図1(a)に示す加速器200は、例えば特許文献5に記載のものと同様の基本構成であり、例えば非特許文献1に記載の大強度陽子加速器施設(J-PARC)が所有する加速器である。非特許文献1の記載を参照すると、J-PARCの加速器200は、3つの加速器と3つの実験施設からなり、加速器は全長約330mの常伝導・超伝導線形加速器(Linac(リニアック))、周長348.333mの3GeV 陽子シンクロトロン(Rapid Cycling Synchrotron: RCS)、周長1,567.5mの50GeV陽子シンクロトロン(Main Ring: MR)で構成されている。加速器200は期間を区切って利用することが可能であるが、1回の試験または実験に使用できる時間は制限されており、効率的に試験または実験を行う必要がある。
【0024】
加速器200から照射される各種粒子線は、真空容器に形成された管路212、213、202およびその分岐管路(取り出し管路)204、218内を管路の周囲部であって軸方向に間隔を置いて配置された、図示しない超電導磁石等で加速されてビームラインを形成する。分岐管路218の端部に複数の中性子線被照射装置100、402、404、406、408が配置されている。管路202、204等は、中性子線照射時には真空排気されるため、気密な構成となっている。中性子線被照射装置100、402、404、406、408も中性子線照射時には真空環境下にあるので、真空環境で誤作動しないように気密性が求められる。
【0025】
以下に記載の実施形態においては、中性子線Nを発生するように、リニアック206と呼ばれる図中左端側の直線型加速器を用いている。リニアック206で発生し加速された粒子線は、小型のシンクロトロン(RCS)208を経て、取り出しビームラインである管路204で分岐して物質・生命科学実験設備(MLF)220内に配置された中性子線被照射装置100に導かれる。ここで、以下に説明するように、中性子線被照射装置100よりも取り出しビームラインである管路204側には、中性子を発生するためにターゲット(図示せず)が配置されている。
【0026】
図1(b)に、本実施例で使用した中性子線被照射装置100を含む加速器200の模式図(ブロック図)を示す。加速器200の加速装置であるリニアック206は、荷電粒子を加速して荷電粒子線Pを照射する。リニアック206は直線型加速器であり、荷電粒子(陽子、電子または重粒子であり、本例では負水素イオン)は加速され、荷電粒子線(陽子線、電子線または重粒子線)Pを生成する。
【0027】
加速装置であるリニアック206から供給され加速された荷電粒子線Pは、上述したように、小加速器であるシンクロトロン208を形成する管路213を介して物質・生命科学実験設備220にタイミング可変にパルス照射される。なお、さらに加速が必要な場合には、大加速器であるシンクロトロン210を形成する管路202も経由して、物質・生命科学実験設備220に導かれる。
【0028】
物質・生命科学実験設備220では、荷電粒子線Pから中性子線Nを発生させるため、初めに、物質・生命科学実験設備220内に配置された槽内のターゲット222に荷電粒子線Pを導く。ターゲット材料には、質量数の大きな水銀やタンタル、タングステン等と炭素が一般的に使用可能である。本実施例では、水銀をターゲット材料に用いている。水銀ターゲット222に荷電粒子線Pを照射すると、中性子線Nを発生する。発生した中性子線Nは、スリット232、チョッパ234およびフィルタ236を経過した後にコリメータ226に導かれ、図示しない熱中性子ブロッカー等を経て平行ビームに調整される。平行ビーム化された中性子線Nは、試験棟230内に設けられたコリメータ238、およびスリット240を経過して、中性子線被照射装置100内に固定されて保持された密閉容器30内の被照射体20にビーム位置が合わせられて、照射される。
【0029】
上記中性子照射に用いる中性子線被照射装置100の一実施例について、
図2ないし
図5を用いて、説明する。
図2は、本発明に係る中性子線被照射装置100の図であり、
図2(b)はその正面図、
図2(a)はその右側面図である。なお、
図2(a)の右側面図では、密閉容器30の軸方向位置を定めるスペーサとしても機能する、位置決め部材31を取り外した状態で示している。なお、被照射体20は、本実施例では植物の種子であるが、被照射体は植物の種子に限るものではなく、植物の胚や、植物の全体または一部、或いは酵母や微生物であってもよい。
【0030】
中性子線被照射装置100は、中性子線を照射時に被照射体20を固定保持するための保持手段70を備える。保持手段70は1対の板状部材(円板)50、50と、各板状部材50の中心部に形成された穴に嵌合し、板状部材50、50間を接続する回動軸(中心軸)122を有する。各板状部材50の外周部近傍には、周方向にほぼ等間隔に複数の穴が形成されており、この穴に1対の板状部材50、50間の距離を保持するステー124が嵌合している。
【0031】
板状部材50の半径方向内側であって周方向にほぼ等間隔に、複数の、本実施例では8個の開口(スロット)42が形成されている。開口42には、選択的に筒状部材40が取り付けられる。筒状部材40には、被照射体20を収納可能な、詳細を後述する密閉容器30が1個または複数個取り付け可能である。
【0032】
回動軸122の両端部には球軸受120が取り付けられており、球軸受120の外輪側はそれぞれ矩形状の支持板102、104に保持されている。支持板102、104はベース板160に対して、垂直に固定して取り付けられている。回動軸122の軸方向中間部であって1対の板状部材50、50の外側には、スペーサ106、108が取り付けられており、1対の板状部材50、50間の距離を一定に保っている。
【0033】
一方の支持板104とスペーサ108間には、大歯車132が配置されている。大歯車132は、モータ150のモータ軸152に固定して取り付けた小歯車134に噛み合うように配置されている。組立時に小歯車134を軸方向に移動するために、支持板104には歯車進退用の穴136が形成されている。
【0034】
モータ150は横軸モータであり、載置板144に載置された遮蔽部材140、142によりその周囲部を覆われている。これにより、中性子線照射によるモータ150の損傷を防止する。なお、モータ150は、ベルト状のモータ固定具156により遮蔽部材140に固定されている。モータ150への動力を供給するリード線154は耐中性子線材料で被覆されており、遮蔽部材140、142間に形成した開口部146から真空環境外に配置した制御装置110に導かれている。
【0035】
載置板144の下方には複数の支柱162、164が配置されており、モータ150の高さ、すなわち大歯車132、小歯車134の噛み合い高さ位置を調整可能になっている。制御装置110がモータ150を駆動することにより、保持手段70が回動され、照射位置にある筒状部材40が、例えば筒状部材40aから筒状部材40aに対して回転対称に配置された筒状部材40eに変更される。
【0036】
ここで、上述した保持手段70を構成する各部品は軸受を除いて、軽量かつ放射化しにくいアルミニウム材料や、中性子などによる核反応を低減する元素あるいは同位体成分で構成された材料の一種である低放射化材料が望ましい。低放射化材料として、バナジウム合金、低放射化フェライト鋼 、炭化ケイ素の繊維とマトリックスからなる炭化ケイ素複合材料(セラミックス複合材料)、酸化物分散強化合金の一種である酸化物分散強化フェライト鋼、ホウ素材などを用いる。
【0037】
上述材料を用いることで、放射線の半減期を短縮し安全性が向上する。それとともに、被照射体20や中性子線被照射装置100を搬出する際に、早期に搬出することが可能になる。なお、アルミニウム自体は放射化しにくいが、アルミニウム板材や棒材はアルミニウム合金材料であるから、少量の安定核種マンガン55(Mn55)を含むので、これらの材料に熱中性子を照射すると、Capture(キャプチュア)反応によりγ線が放出され、半減期2.6時間の放射性同位体マンガン56を生成する。したがって、γ線が被照射体20に2次的に照射される効果も期待できる。
【0038】
図3に、被照射体20を収容する密閉容器30の詳細を示す。
図3(a)は密閉容器の分解斜視図であり、被照射体20を一部収容した状態を示す図であり、
図3(b)は被照射体20を密閉容器30に「密に」もしくは「3次元的に無作為に」積層する一例を示す図である。
【0039】
密閉容器30は、被照射体20を収容する部分である下容器36とこの下容器36に嵌合する上蓋34により構成されている。上ぶた34を下容器36に嵌合させた場合に、上ぶた34と下容器36の間には実質的に隙間が形成されない、もしくは収容した被照射体20が漏れ出ない程度の隙間に両者の外径および内径が設定されている。ここで、下容器36の深さはhであり、内径はφdである。したがって、密閉容器30は、1個の容器当たり、πd2h/4の体積の被照射体20を収容可能である。
【0040】
なお、本実施例では密閉容器30として金属の蓋つき缶を例に説明しているが、密閉容器30としてはジッパー付きの袋状部材(「ジップロック(登録商標)」)や両端部を封止したプラスチック製チューブ等も使用可能である。被照射体20が封入されたこれらの「ジップロック(登録商標)」やチューブ製の密閉容器30を筒状部材40に直接格納することで、上述金属製の缶型の密閉容器30と同様の作用・効果が得られる。
【0041】
密閉容器30に収容可能な被照射体20の量を予め計量し、例えば袋82に入れる。その後、手84で袋をつまんで傾けて密閉容器30の下容器36に注ぎ込む。最後に頂面を手84で均した後、上蓋34を下容器36に嵌める。このようにすることにより、被照射体20は密閉容器30内で互いにその一部が他の被照射体20に接触している。この状態を、「密に」または「3次元的に無作為に」積層すると称する。
【0042】
換言すれば、被照射体20を密閉容器30内に互いに接触してごちゃごちゃに(無秩序に)充填することが、「密に」または「3次元的に無作為に」積層することであり、被照射体20が物理的に損傷しない範囲で、押し付けて被照射体20相互の密着度もしくは接触度を高めることも含む概念である。
【0043】
このように密閉容器30内に被照射体20を「密に」または「3次元的に無作為に」積層すると、中性子線が照射された被照射体20(例えば20aとする)では、後述する
図4に示すように2次放射線が発生する。この2次放射線は、中性子線が照射された被照射体20aに接触する被照射体20(例えば20bとする)に進入し、その被照射体20bにも突然変異を誘発させる可能性が生じる。この作用が繰り返され、密閉容器30内に「密に」または「3次元的に無作為に」充填された被照射体20のすべてに突然変異を誘発させる可能性を生じる。
【0044】
図4に、突然変異の誘発の原理を示す。
図4(a)は、本発明に係る中性子線被照射装置100が備える保持手段70内に保持された被照射体20への中性子線の照射モデルである。
図4(b)は容器内にある、隣接する被照射体20間における中性子線照射の効果を説明する模式図であり、
図4(c)はさらに微視的に見た、本発明に係る量子線育種モデルを説明する図である。
【0045】
保持手段70に形成された複数(本実施例では8個)スロット(42a~42h)の内の1個のスロット42a内に取り付けられた筒状部材40には、複数個、本実施例では最大5個の密閉容器30が筒状部材40の軸方向に積層されている。各密閉容器30内には、被照射体20である植物の種子が「密に」もしくは「3次元的に無作為に」積層されて、充填されている。加速器が備える荷電粒子発生装置206aで発生し加速器で加速された荷電粒子は、ターゲット222に照射されて中性子Nを発生する。保持手段70を大歯車132、小歯車134からなる減速手段を介してモータ150で回動し、中性子Nの照射位置に筒状部材40を位置決めする。これにより、中性子が、密閉容器30内の被照射体20に照射可能になる。
【0046】
このように構成した中性子線被照射装置100の密閉容器30内では、微視的には
図4(b)に示す現象が生じている。すなわち、荷電粒子が照射されたターゲット222で発生した中性子Nが直接照射される被照射体20aでは、中性子Nが照射されたことにより核反応し2次放射線(α線、陽子線、γ線)を発生してDNAを電離により切断したりするが、2次放射線と核反応後の中性子N′(Nプライム)が被照射体20aに隣り合い接触している被照射体20bまで進入する。被照射体20bでは2次放射線による作用に加えその中性子によりさらに2次放射線が発生する場合がある。この2次放射線と中性子N″(Nダブルプライム)がさらにそれに隣り合い接触している被照射体20cに進入する。
【0047】
ここで、2次放射線が隣り合う種子に照射されても、中性子線は必ずしも隣り合う種子とは核反応はしない。中性子線が透過する場合もあるし、スキップして当たる場合もある。この現象は確率論的に生じる。つまり、照射された中性子が、あちこちで任意の種子と核反応して2次放射線を出し、その種子や隣り合う種子のDNA鎖を切断したり損傷したりする。中性子線は、透過性が高いので確率的に任意の種子の構成元素の原子核に当たり、このように、スキップ的ドミノ倒し現象(以下略してドミノ倒しと呼ぶ)を出現させる。
2次放射線と中性子が次々とドミノ倒し的に発生し、隣り合い接触している被照射体20或いはその透過性により離れた位置にある被照射体20に進入することで、突然変異の誘発確率を高めている。中性子線Nは核反応の度合いにより、ある段階でエネルギーを散逸して消失或いはそのまま種子群を通過していく。
【0048】
この様子をさらに模式的に、
図4(c)に示す。荷電粒子Pが照射される標的原子核300では、多数の原子が規則的に配列されている。この原子配列に加速器で3GeVまで加速された陽子290が例えば水銀ターゲットに照射されると、その中の標的原子核300は複数種類の二次粒子を発生し、放射する。二次粒子としては、π中間子302、中性子306、反陽子308、K-中間子310があり、同時にミュオン304やニュートリノ312も発生する。この中で中性子306は物質透過性が高く、存続距離も長いので被照射体に照射するのに適している。発生した中性子306の強度が1MWにも達する、パルス中性子ビームが得られる。
【0049】
中性子306が、被照射体20である植物の種子に照射されると、必ずしもすべてがそうなるとは限らないが、確率的に高い割合で植物のDNAが損傷される。例えば、DNAの2重鎖が切断される。そして、元来のDNA配列とは異なる配列で切断されたDNA同士が接続される。その結果、例えば、元来は白い花であったものが、突然変異が誘発されて、例えば大輪のピンク、小輪のピンク、大輪の白い花などに変異される。
ビームパワー能力1MWを有する中性子照射線装置からビームパワーを変化させて中性子を照射した場合における、被照射中性子強度の変化を
図5に示す。
【0050】
被照射強度(エネルギー)の測定位置は、
図4で42aとして示した試料位置である。ビームパワーと照射時間を変化させることにより、様々な線量の中性子線を被照射体20に照射することが可能となる。また、熱中性子ブロッカーおよびフィルタを用いることで、種々の熱中性子や高速中性子などの中性子が混在する高エネルギー中性子ではなく、所望の高速中性子のみを被照射体20に照射することが可能になる。これにより、中性子の種類および照射線量を制御して、突然変異の誘発割合を効率的に高めることができる。
【実施例】
【0051】
上述のJ―PARCの加速器を用いて試験した結果の一例を、
図6および
図7に示す。
図6は、小松菜の種子の一定数に対して、中性子線の照射時間を変化させたときに生じた、生物学的突然変異発生の数と割合(%)の変化を示す表である。
図7は、試験結果の一例を示す図である。小松菜の種子を約250粒ごとに区分けし、照射時間を、5分、10分、1時間、2時間と変化させた。ここで、CTRL(コントロール)は未照射(照射時間0分)の場合である。主たる変異の種類としては、雌蕊異常、抽苔(とう立ち)異常、花弁変異である。
図7に示した各図から上記各変異の発生状況を以下に略述する。
【0052】
花弁変異は、小松菜の黄色い花弁上に白抜きに斑点状に現れている。
図7Aでは、4枚の花弁のそれぞれの複数個所に全体の数分の一の面積を占めて斑点が出現している。雌蕊異常は、1個の花に通常1個しか発生しない雌蕊が、複数個発生したものである。
図7Aでは、雌蕊の中から雌蕊が出ており、成長の終わりを告げる遺伝子がノックアウトされたことを示している。この変異は、小松菜の生育にはそれほど影響しないが、形態的に明確に区別できる異常である。
【0053】
図7Bは、小松菜の生育に重大な影響を及ぼす矮性を示す写真であり、
図7Cはその一部のスケッチである。図は中性子線の照射により矮性が付与された小松菜の生育過程を示しており、通常通りに生育した小松菜(CTRL、
図7B中、「ノーマル」と記載された札が立っているもの)が1.6m程度の草丈に対し、照射したもの(
図7B中、「5分」「10分」「1時間」「2時間」の札が立っているもの、及び、
図7Cのスケッチ)は草丈が数十センチメートルと小さい。矮性が付与された小松菜では、背丈が低く、葉の色が濃くごわごわと波打っている。
【0054】
当然のことながら、未照射の種子では、自然発生率を除けば突然変異発生率は0%である。これに対して、照射時間を変化させたときに生じた変異発生率は、花弁変異(白抜きにオレンジの斑点模様)の場合、それぞれ、0%(CTRL)、10%(照射時間5分)、6%(10分)、18%(1時間)、36%(2時間)であった。ただし、2時間照射した場合には、照射時間が比較的長くより強い線量が照射されたので、36%の個体で花弁は出来ず、種子が結実していない等の形態異常が出現し、雌蕊の異常が生じた。なお、種子の状態で既に形成されている双葉や根の軟細胞と異なり、花弁や抽苔は細胞分裂により生成されるので、その生物学的変異や異常の発生は、中性子線によりDNAに傷が入った結果生じたものである。
【0055】
雌蕊の異常(変異)は、それぞれ、5%(CTRL)、16%(照射時間5分)、6%(10分)、19%(1時間)、36%(2時間)であった。ただし、2時間照射した場合には、線量が強かったため、36%の個体で花弁ができず、種子が結実しないという雌蕊異常が生じた。雌蕊異常は、CTRLの場合でも5%ほど生じているが、10分照射を除くと、統計的に優位な差が生じている。
【0056】
抽苔の異常(変異)は、それぞれ、5%(CTRL)、10%(照射時間5分)、6%(10分)、4%(1時間)、17%(2時間)であった。中性子線を2時間照射した場合には、17%の個体で抽苔せず、花や種子を作ることが出来ない中性子線の暴露量であった。中性子線を、CTRL、10分、1時間照射した場合でも約5%は抽苔していないが、これは自然界でも普通に起きることである。これらの結果から、中性子線の照射を5分と2時間した場合に、統計的に優位な差が生じている。
【0057】
すなわち、中性子線の照射による変位発生率は、照射時間5分~2時間の範囲では、6~36%であり、有用な突然変異を得る確率はそのさらに10%程度となる、数パーセントであり、オーダーとしては、0.1~1%である。突然変異誘発率が他の放射線であるX線やγ線(0.01%)、重イオン線(0.01~0.1%)、人工的な放射線照射をしない自然界環境下(0.0001~0.001%)と比べて、桁違いに高い。これより、中性子照射は突然変異を誘発させる効果が極めて高いことが知られた。
【0058】
一方、突然変異が誘発された種子の絶対数に関しては、以下の知見が得られた。中性子線を除いた放射線の内で、照射効果が最も高い重イオン線の場合を比較例として、特許文献4に記載の重粒子線照射の場合を例にとる。重イオン線は中性子線と同様に高LET線であるが、物質透過性が物質表面から数十マイクロメートルと低いので、照射面に配置した表面層の被照射体にしか処理できない。
【0059】
つまり、照射窓から被照射体まで所定距離(炭素Cイオンで100mm)離して胚を上方に向けて表面層に配置した上に、深度制御する必要がある。その結果、同時に照射可能な種子の数はセル(容器またはそれに相当するもの)1層分で約150粒である。重イオンビームは3セル×10段で30セルを被照射装置で照射可能であるから、150(粒)×30=4500(粒)しか1回の照射で照射できない。
【0060】
一方、中性子線照射を実施した本発明に係る中性子線被照射装置100の場合には、各密閉容器30に約6000粒(小松菜種子の場合)の被照射体20を充填でき、各筒状部材40には5個の密閉容器30を保持できる。また保持手段7は8個のスロットを有するので、8個の筒状部材40を保持できる。これより、中性子線被照射装置100は、6000粒×5個×8個=240000粒の被照射体20に1回の試験で中性子を照射可能になる。
【0061】
重イオン線を照射する場合には、本試験と同程度の規模の装置を用いた場合、重イオン線を照射可能な種子数は、上記したように1回の照射で約4500粒である。これに対して、本発明の中性子線被照射装置100を用いると、上記したように、約24万粒の種子に中性子線を照射可能である。つまり、1回の試験で粒子線を照射可能な種子数の比は、重イオン線と中性子線では約4500:24万≒1:53.3となる。照射源を中性子線とすることで、大量の種子に粒子線を照射できるうえに、中性子線は照射による突然変異の誘発率が、重イオン線に比べて高いので、1回の照射で得られる誘発された突然変異種子数は、重イオン線に比べて飛躍的に向上する。
【0062】
つまり、重イオン線の突然変異の誘発率が0.01~0.1%、1回の照射操作で照射される被照射体(種子)数が約4500に対して、中性子線の突然変異の誘発率が0.1~1%、1回の照射操作で照射される被照射体(種子)数が約240000であるから、誘発される突然変異の数は、重イオン線の場合の5未満であるのに対して、中性子線では約240~約2400となる。中性子線を用いると他の手法に比べて、多量の誘発された突然変異種を得ることができ、所望の有用品種を獲得する確率を飛躍的に向上できる。この結果、育種に要する場所や人的資源、期間を低減することができることが確認できた。
【0063】
図8に本発明に係る中性子線被照射装置の他の例を、
図2と同様に正面図(
図8(a))および右側面図(
図8(b))で示す。本中性子線被照射装置100bは、
図2に示した中性子線被照射装置100と保持手段が相違している。保持手段70bでは、円柱状の回動体60の中心に貫通穴が形成されており、その貫通穴に回動軸122が貫挿されている。回動体60の外周部より半径方向に内側に入った位置には、周方向にほぼ等間隔に複数(本実施例では8個)の止まり穴44が形成されている。止まり穴44の開口側は、中性子線Nの照射側である。
【0064】
止まり穴44の少なくともいずれかに
図2に示したと同様の筒状部材40を取り付ける。筒状部材40の内部に保持する密閉容器30は、
図2と同じものであり、同様に被照射体20が「密に」もしくは「3次元的に無作為に」充填されている。筒状部材40の材料はアルミニウム合金製で軽量化を図っているが、さらなる軽量化を求められる場合には、止まり穴部の周囲付近を肉盗みして軽量化を図る。本実施例の場合には、
図2の場合と同様の効果が得られるうえに、部品点数が減少する。
【0065】
図9に、上記いずれかの実施例に記載した中性子線被照射装置100を用いて、被照射体20へ中性子線を照射して突然変異を誘発する方法のフローチャートを示す。初めに、被照射体である植物の種子(被照射体)20を計量または重量測定したのち、所定量を密閉容器30に「密に」もしくは「3次元的に無作為に」積層して充填する(ステップS910)。本実施例ではアルミニウム合金製の密閉容器30に、容器1個当たり約6000粒の種子を計量した分だけ入れる。ここで、被照射体20同士の大多数がほぼ接触する程度の密な状態で密閉容器30に充填する。被照射体20は、例えば、植物の種子や胚、植物の全体或いはその一部などである。植物の全体或いはその一部を充てんする場合は、密閉容器30として、滅菌されたアルミニウム合金製の容器、ガラス製の容器、プラスチック製の容器などが用いられる。
【0066】
被照射体20が充填された密閉容器30を所望個数だけ準備し、筒状部材40に保持する(ステップS920)。上記実施例に示した中性子線被照射装置100では、1つの筒状部材40当たり最大5個の容器しか入れることができないので、6個以上の場合には複数の筒状部材40を用いる。なお、
図2に示した保持手段70を用いる場合には、バランスを取る意味で、筒状部材40は回動軸を中心にして回転対称に偶数個配置するのがよい。
ステップS930において、照射位置にある筒状部材40に所定強度の中性子線Nを照射する。照射する中性子線は、冷中性子(E<0.026eV)、熱中性子(0.001 <E<0.01eV)、熱外中性子(0.1<E <100eV)、低速中性子(0.1<E <1000eV)、中速中性子(1<E <500keV)あるいは高速中性子(0.5<E<20MeV)のいずれか、或いはそれらが混在した中性子である。中性子線の線量は、中性子線のエネルギーと被照射体の照射時間で制御され、0.01~110Gyの範囲に設定される。
【0067】
照射位置に筒状部材40が位置していない場合には、モータ150を駆動して、密閉容器30を保持した筒状部材40を照射位置まで回動する。密閉容器30に密に充填された種子等の被照射体20へ中性子線を照射すると、中性子線が生物効果の高い高LET線であるから、中性子線の高い物質透過性及び核反応により、種子等の物質内部で2次粒子線(α線、プロトン線、γ線)が発生する。この2次粒子線はDNAを切断する。被照射体20に照射することで、DNAに損傷を与え、高い照射効果と突然変異誘発率を実現する。
ステップS940において、照射時間が経過したか否かを図示しない制御装置が判定する。照射時間は被照射物の種類や量に応じて予め設定されており、たとえば5min、10min、1Hr、2Hr等に設定されている。所定時間が経過していなければ照射を継続し、所定時間を経過しておれば、ステップS950に進む。
【0068】
ステップS950において、中性子線Nがまだ照射されていない被照射体20があるか否かを図示しない制御装置が判定する。中性子線Nを未照射の被照射体20がある場合には、ステップS960に進む。ステップS960では、中性子線Nが未照射の被照射体20がある筒状部材40を、照射位置までモータ150が回動する。そしてステップS930に戻る。
【0069】
ステップS950において、照射対象の被照射体20がすべて照射されていれば、放射化した被照射体20を含む中性子線被照射装置100全体を冷却する(ステップS970)。放射化した被照射体20を半減期以下であって、中性子線照射装置10が設置された施設における搬出可能な基準放射線量になるまで、冷却する。
【0070】
基準放射線量以下まで放射線レベルが低下したら、中性子線被照射装置100ごと中性子線照射装置10から取り出し、中性子線被照射装置100から密閉容器30を取り出す(ステップS980)。さらに、密閉容器30の上蓋34を開けて被照射体20を取り出す。
【0071】
ステップS990で、取り出された被照射体20に、突然変異が誘発されているか否かを確認する。なお突然変異が誘発されていることの確認方法には、従来用いられている種々の方法、例えばDNAマーカーやゲノム解析、中性子照射種子の栽培及びその子世代の種子の栽培等を用いる。
【0072】
以上説明したように、本発明の各実施例によれば、中性子線を被照射体に照射するようにしたので、照射面に面する被照射体だけでなく、照射面には直接は面していないまたは露出していない被照射体へもドミノ効果にLET線が照射される。これにより、一度の中性子照射で多量の被照射体に中性子線を照射でき、突然変異の誘発率を飛躍的に高めることができる。また、中性子の照射面が限られていても、被照射体を保持する筒状部材の位置を保持手段の回動により可変にしたので、ほぼ連続的に複数の筒状部材に中性子線を照射でき、各筒状部材内に保持された被照射体に中性子線を確実に照射できる。
【0073】
また、中性子を用いて突然変異を起こさせる場合には、中性子線が透過性であまり種子にダメージ与えず種子内での核反応でDNAの塩基配列のある領域をまとめて欠失させることができる。そのため、発芽しない等の生理的異常の発生を低く抑え、突然変異を起こしやすい。上記各実施例では、このような中性子線照射の利点を最大限に活用することが可能である。
【符号の説明】
【0074】
7:保持手段、10:中性子線照射装置、20:被照射体、31:位置決め部材、34:上蓋、36:下容器、40:筒状部材、42:開口、42a:スロット、44:止まり穴、50:板状部材、55:安定核種マンガン、56:放射性同位体マンガン、60:回動体、70:保持手段、82:袋、84:手、100、402、404、406、408:中性子線被照射装置、102、104:支持板、106、108:スペーサ、110:制御装置、120:球軸受、122:回動軸、124:ステー、132:大歯車、134:小歯車、136:穴、140、142:遮蔽部材、144:載置板、146:開口部、150:モータ、152:モータ軸、154:リード線、156:モータ固定具、160:ベース板、162、164:支柱、200:加速器、202、204、212、213、218:管路、206:リニアック、206a:荷電粒子発生装置、208、210:シンクロトロン、220:生命科学実験設備、222:ターゲット、226:コリメータ、230:試験棟、232:スリット、234:チョッパ、236:フィルタ、238:コリメータ、240:スリット、290:陽子、300:標的原子核、302:π中間子、304:ミュオン、306:中性子、308:反陽子、310:中間子、312:ニュートリノ
【要約】
【課題】
中性子線照射装置を用いて、所要時間を低減しながら、大量の作物の種子等の被照射体へ中性子線の照射を可能にして、高効率で被照射体に突然変異を誘発させる方法に使用できる中性子線被照射装置の提供。
【解決手段】
中性子線照射装置で発生した中性子線を種子等からなる被照射体に照射するのに用いられ、前記被照射体を保持する保持手段を有する中性子線被照射装置100において、
前記保持手段70は、前記被照射体20を無作為に3次元的に積層して収容可能な少なくとも1個の密閉容器30を保持し、この密閉容器内に前記被照射体が3次元的に積層して収容されたときには、重なり合う前記被照射体に連鎖的に中性子線が照射されることを特徴とする中性子線被照射装置。
【選択図】
図2