(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-10
(45)【発行日】2022-01-12
(54)【発明の名称】損傷度判定装置及び損傷度判定システム
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20220104BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
(21)【出願番号】P 2016202935
(22)【出願日】2016-10-14
【審査請求日】2019-10-09
(73)【特許権者】
【識別番号】303046244
【氏名又は名称】旭化成ホームズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100186015
【氏名又は名称】小松 靖之
(74)【代理人】
【識別番号】100198568
【氏名又は名称】君塚 絵美
(72)【発明者】
【氏名】飯星 力
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-184140(JP,A)
【文献】特開2006-170861(JP,A)
【文献】特開2012-083172(JP,A)
【文献】特開2004-027762(JP,A)
【文献】特開2015-068801(JP,A)
【文献】特開2012-173001(JP,A)
【文献】特開2007-040713(JP,A)
【文献】特開2012-018069(JP,A)
【文献】特開2007-040709(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0324356(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第104964837(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一部の設計要素を設定することにより設計可能な工業化構造物について、第1の所定の期間の第1の固有振動数を算出し、前記第1の所定の期間の後の第2の所定の期間の第2の固有振動数を算出する固有振動数算出部と、
前記第1の固有振動数と前記第2の固有振動数とに基づいて固有振動数変化率を算出する変化率算出部と、
前記一部の設計要素を設定することにより生成された、固有振動数、及び前記工業化構造物の変形量の関係を示す構造物特性モデルと、
前記変化率算出部によって算出された前記固有振動数変化率と、
前記構造物特性モデルとにより決定された変形量に基づいて、前記工業化構造物
における基礎又は1階から2階以上の所定の階層である上階までの損傷度を判定する判定部と、
を備え、
前記固有振動数算出部は、
前記第1の所定の期間の、前記基礎又は前記1階の加速度のフーリエスペクトルと、前記上階の加速度のフーリエスペクトルとに基づいて伝達関数を算出し、該伝達関数において振幅がピークとなる周波数を前記第1の固有振動数として算出し、前記第2の所定の期間の、前記基礎又は前記1階の加速度のフーリエスペクトルと、前記上階の加速度のフーリエスペクトルとに基づいて伝達関数を算出し、該伝達関数において振幅がピークとなる周波数を前記第2の固有振動数として算出し、
前記第1の所定の期間は新築時または改築時から前記工業化構造物に水平力を与えるイベントが発生する前までの一の期間であり、前記第2の所定の期間は前記イベントが終了した後の一の期間であることを特徴とする損傷度判定装置。
【請求項2】
一部の設計要素を設定することにより設計可能な工業化構造物の基礎又は1階の加速度を計測する第1の加速度計と、
前記工業化構造物の2階以上の上階の任意の階層である上階の加速度を計測する第2の加速度計と、
前記工業化構造物の損傷度を判定する損傷度判定装置と、を備え、
前記損傷度判定装置は、
第1の所定の期間に、前記第1の加速度計によって計測された加速度及び前記第2の加速度計によって計測された加速度に基づいて前記工業化構造物の第1の固有振動数を算出し、かつ、前記第1の所定の期間の後の第2の所定の期間に、前記第1の加速度計によって計測された加速度及び前記第2の加速度計によって計測された加速度に基づいて前記工業化構造物の第2の固有振動数を算出する固有振動数算出部と、
前記第1の固有振動数と前記第2の固有振動数とに基づいて固有振動数変化率を算出する変化率算出部と、
前記一部の設計要素を設定することにより生成された、固有振動数、及び前記工業化構造物の変形量の関係を示す構造物特性モデルと、
前記変化率算出部によって算出された前記固有振動数変化率と、
前記構造物特性モデルとにより決定された変形量に基づいて、前記工業化構造物
における基礎又は1階から2階以上の所定の階層である上階までの損傷度を判定する判定部と、
を含み、
前記第1の所定の期間の、前記基礎又は前記1階の加速度のフーリエスペクトルと、前記の加速度のフーリエスペクトルとに基づいて伝達関数を算出し、該伝達関数において振幅がピークとなる周波数を前記第1の固有振動数として算出し、前記第2の所定の期間の、前記基礎又は前記1階の加速度のフーリエスペクトルと、前記上階の加速度のフーリエスペクトルとに基づいて伝達関数を算出し、該伝達関数において振幅がピークとなる周波数を前記第2の固有振動数として算出し、
前記第1の所定の期間は新築時または改築時から前記工業化構造物に水平力を与えるイベントが発生する前までの一の期間であり、前記第2の所定の期間は前記イベントが終了した後の一の期間であることを特徴とする損傷度判定システム。
【請求項3】
前記損傷度判定装置によって判定された前記損傷度を表示する表示装置をさらに備え、
前記第1及び第2の加速度計、前記損傷度判定装置、及び前記表示装置の一部または全部が、それぞれ有線、無線通信によるインターネットを介して相互に接続されて情報を送受信することを特徴とする請求項
2に記載の損傷度判定システム。
【請求項4】
前記損傷度判定装置からネットワークを介して、1つ以上の前記工業化構造物に係る損傷度に関する情報を受信するサーバをさらに備えることを特徴とする請求項
3に記載の損傷度判定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、地震による工業化構造物の損傷度を判定する損傷度判定装置及び損傷度判定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、加速度センサーによって検出された、地震や常時微動の加速度時刻歴を表す応答波形に基づいて構造性能を判定する構造ヘルスモニタリングが知られている。
【0003】
また、特許文献1に記載の地震表示計は、加速度センサーによって計測された加速度に基づいて構造物の変形量を推定し、変形量に基づいて行動指針コメントを表示する。
【0004】
また、特許文献2に記載の管理システムは、構造物情報記憶部に記憶されている構造物情報と地震計によって計測された地盤の加速度記録を含む地震情報から算出した構造物の変位角に基づいて被害情報を抽出する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-85262号公報
【文献】特開2012-37436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び2に記載の方法では、地震が発生したときに建物の基礎に設置した加速度センサーによって計測された加速度に基づいて地盤情報又は構造物の変形量を推定しており、建物損傷に関わる物理量を測定しているわけではない。そのため、構造物の地震応答に関わる一切の測定情報を使わず、構造物の変形量が判定されることになり、構造物がどの程度損傷しているかを示す損傷度を正確に把握することができない虞があった。
【0007】
また、特許文献1及び2に記載の方法は、構造物に固有の構造物特性モデルを用いて応答計算を行うことにより構造物の損傷度を判定している。しかし、損傷度を判定するにあたって、構造物ごとに構造解析モデルを作成しなければならず、迅速に損傷度を判定することができない。また、迅速に損傷度を判定するためにあらかじめ構造物特性モデルを作成しておくことが考えられるが、構造物の構造を決定するための設計要素は多数存在するため、それら多数の設計要素から構成される個別の構造物特性モデルの全てをメモリ等に記憶しておくことは容易ではない。また、構造計算によって、地震によって生じる変形角を算出しているため、余震を含め複数回の地震に遭遇する場合、最新の変形角を求めるには、経験したすべての地震情報を保存しなければならず、記憶装置の容量が過大になる。
【0008】
したがって、構造物の損傷度を迅速かつ容易に判断できず、利用者の安全性および利便性を損なう虞がある。
【0009】
かかる事情に鑑みてなされた本発明の目的は、迅速、容易かつ精度良く工業化構造物の損傷度を判定することができる損傷度判定装置及び損傷度判定システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様としての損傷度判定装置は、一部の設計要素を設定することにより設計可能な工業化構造物について、第1の所定の期間の第1の固有振動数を算出し、前記第1の所定の期間の後の第2の所定の期間の第2の固有振動数を算出する固有振動数算出部と、前記第1の固有振動数と前記第2の固有振動数とに基づいて固有振動数変化率を算出する変化率算出部と、前記一部の設計要素を設定することにより生成された、固有振動数、及び前記工業化構造物の変形量の関係を示す構造物特性モデルと、前記変化率算出部によって算出された前記固有振動数変化率と、前記構造物特性モデルとにより決定された変形量に基づいて、前記工業化構造物における基礎又は1階から2階以上の所定の階層である上階までの損傷度を判定する判定部と、を備え、前記固有振動数算出部は、前記第1の所定の期間の、前記基礎又は前記1階の加速度のフーリエスペクトルと、前記の加速度のフーリエスペクトルとに基づいて伝達関数を算出し、該伝達関数において振幅がピークとなる周波数を前記第1の固有振動数として算出し、前記第2の所定の期間の、前記基礎又は前記1階の加速度のフーリエスペクトルと、前記上階の加速度のフーリエスペクトルとに基づいて伝達関数を算出し、該伝達関数において振幅がピークとなる周波数を前記第2の固有振動数として算出し、前記第1の所定の期間は新築時または改築時から前記工業化構造物に水平力を与えるイベントが発生する前までの一の期間であり、前記第2の所定の期間は前記イベントが終了した後の一の期間であることを特徴とする。
【0016】
一部の設計要素を設定することにより設計可能な工業化構造物の基礎又は1階の加速度を計測する第1の加速度計と、前記工業化構造物の2階以上の上階の任意の階層である上階の加速度を計測する第2の加速度計と、前記工業化構造物の損傷度を判定する損傷度判定装置と、を備え、前記損傷度判定装置は、第1の所定の期間に、前記第1の加速度計によって計測された加速度及び前記第2の加速度計によって計測された加速度に基づいて前記工業化構造物の第1の固有振動数を算出し、かつ、前記第1の所定の期間の後の第2の所定の期間に、前記第1の加速度計によって計測された加速度及び前記第2の加速度計によって計測された加速度に基づいて前記工業化構造物の第2の固有振動数を算出する固有振動数算出部と、前記第1の固有振動数と前記第2の固有振動数とに基づいて固有振動数変化率を算出する変化率算出部と、前記一部の設計要素を設定することにより生成された、固有振動数、及び前記工業化構造物の変形量の関係を示す構造物特性モデルと、前記変化率算出部によって算出された前記固有振動数変化率と、前記構造物特性モデルとにより決定された変形量に基づいて、前記工業化構造物における基礎又は1階から2階以上の所定の階層である上階までの損傷度を判定する判定部と、を含み、前記第1の所定の期間の、前記基礎又は前記1階の加速度のフーリエスペクトルと、前記上階の加速度のフーリエスペクトルとに基づいて伝達関数を算出し、該伝達関数において振幅がピークとなる周波数を前記第1の固有振動数として算出し、前記第2の所定の期間の、前記基礎又は前記1階の加速度のフーリエスペクトルと、前記上階の加速度のフーリエスペクトルとに基づいて伝達関数を算出し、該伝達関数において振幅がピークとなる周波数を前記第2の固有振動数として算出し、前記第1の所定の期間は新築時または改築時から前記工業化構造物に水平力を与えるイベントが発生する前までの一の期間であり、前記第2の所定の期間は前記イベントが終了した後の一の期間であることを特徴とする。
【0017】
本発明の1つの実施形態として、前記損傷度判定装置によって判定された前記損傷度を表示する表示装置をさらに備え、前記第1及び第2の加速度計、前記損傷度判定装置、及び前記表示装置の一部または全部が、それぞれ有線、無線通信によるインターネットを介して相互に接続されて情報を送受信することが好ましい。
【0018】
本発明の1つの実施形態として、前記損傷度判定装置からネットワークを介して、1つ以上の前記工業化構造物に係る損傷度に関する情報を受信するサーバをさらに備えることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、工業化構造物の損傷度を迅速、容易かつ精度良く判定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】第1の実施形態の損傷度判定システムの概略構成を示す図である。
【
図2】加振実験による固有振動数の変化を示す図である。
【
図3】部材に加えられる水平力と該部材の変形量との関係を表す部材特性モデルを示す図である。
【
図4】構造物全体に加えられる水平力と該構造物の変形量との関係を表す構造物特性モデルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
(第1の実施形態)
以下、本発明の第1の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0022】
本実施形態に係る損傷度判定システム1は、工業化構造物の安全性を判定する。ここで、工業化構造物とは、一部又は全ての部材が標準化され、例えばあらかじめ工場で製作し、建築現場で組み立てるプレハブ工法により建築された構造物であり、例えば、建物、橋等を含む。工業化構造物は、上記部材の配置等の一部の設計要素を設定することにより設計可能である。工業化構造物は構成する設計要素を標準化することによって、建築の自由度をある程度確保しつつ、工業化構造物を構築するにあたって設定すべき設計要素を少なくすることを可能としている。設計要素とは、構造物を構成する部材、型式、構造形式、階数、縦横比率、構造物の大きさ、用途等である。部材には、構造部材と非構造部材が含まれる。構造部材には、耐力壁、柱、柱脚部材、梁、接合部材等が含まれる。非構造部材には、内装壁、帳壁等が含まれる。構造形式には、例えば、壁式構造、ラーメン構造形式、ブレース構造形式等がある。用途とは、例えば、戸建住宅、集合住宅、併用住宅等である。以降の説明では、工業化構造物を「構造物」ともいう。
【0023】
図1に示すように、本実施形態に係る損傷度判定システム1は、第1の加速度計10a、第2の加速度計10b、損傷度判定装置20、表示装置30、及びサーバ40を備える。第1の加速度計10a、第2の加速度計10b、表示装置30、及びサーバ40の一部又は全部は、それぞれ通信ケーブル、無線通信によるインターネット、イントラネット等のネットワーク等を介して損傷度判定装置20と接続されて相互に情報を送受信する。
【0024】
第1の加速度計10aは、構造物の基礎に設置され、計測部11a及び通信部12aを備える。第2の加速度計10bは、構造物の2階以上の任意の階層(以降、「上階」という)に設置され、計測部11b及び通信部12bを備える。以降の説明において、第1の加速度計10a及び第2の加速度計10bのうち任意の加速度計を単に加速度計10という。また、計測部11a及び計測部11bのうち任意の計測部を単に計測部11という。また、通信部12a及び通信部12bのうち任意の通信部を単に通信部12という。なお、第1の加速度計10aは、1階に設置してもよいが、本例のように構造物の基礎に設置することが特に好ましい。
【0025】
計測部11aは、構造物における、第1の加速度計10aが取り付けられた部分の加速度を計測する。計測部11aは、所定の期間(第1の所定の期間)に、周辺道路での車両走行での振動、構造物内での日常生活の中で発生する振動等を含む環境振動に起因する加速度を計測する。本実施形態で第1の所定の期間とは、新築時又は改築時から地震、台風、竜巻等の工業化構造物に水平力を与えるイベントが発生する前までの一の期間である。以降においては、イベントはその一例の地震であるとして説明する。
【0026】
また、計測部11bは、第1の所定の期間の後の期間(第2の所定の期間)に、環境振動に起因する第2の加速度計10bが取り付けられた部分の加速度を計測する。本実施形態で第2の所定の期間は、イベントが終了した後、すなわち水平力による揺れが収まって定常状態に戻ってからの一の期間である。計測部11は、例えば加速度センサーによって実現され、加速度センサーは機械式センサー、電気式センサー、光学式センサー等の任意の方式を用いたものであってよい。
【0027】
通信部12aは、第1の加速度計10aの計測部11aによって計測した加速度の時刻歴と第1の加速度計10aが設置されている階層とを表す第1の加速度情報を、通信ネットワークを介して損傷度判定装置20へ送信する。同様にして、通信部12bは、第2の加速度計10bの計測部11bによって計測した加速度の時刻歴と第2の加速度計10bが設置されている階層とを表す第2の加速度情報を、通信ネットワークを介して損傷度判定装置20へ送信する。以降の説明において、第1の加速度情報及び第2の加速度情報のうち任意の情報を単に加速度情報という。
【0028】
また、通信部12a及び通信部12bは、構造物を一意に識別する構造物識別情報を加速度情報に関連付けて送信する。
【0029】
損傷度判定装置20は、構造物の損傷度を判定する。損傷度判定装置20は、通信部21、固有振動数算出部22、変化率算出部23、構造物情報記憶部24、部材特性記憶部25、構造物特性記憶部26、及び判定部27を備える。
【0030】
通信部21は、第1の加速度計10aによって送信された、第1の加速度情報を受信する。また、通信部21は、第2の加速度計10bによって送信された、第2の加速度情報を受信する。また、通信部21は、第1の加速度情報、第2の加速度情報にそれぞれ関連付けられた構造物識別情報を受信する。
【0031】
また、通信部21は、判定部27によって判定された損傷度、及び該損傷度に係る構造物の構造物識別情報を表示装置30に送信する。
【0032】
固有振動数算出部22は、地震発生前における基礎の加速度及び上階の加速度に基づいて、構造物の第1の固有振動数f1を算出する。また、固有振動数算出部22は、地震発生後における基礎の加速度及び上階の加速度に基づいて、構造物の第2の固有振動数f2を算出する。
【0033】
ここで、固有振動数算出部22が固有振動数fを算出する方法について詳細に説明する。
【0034】
固有振動数算出部22は、通信部21によって受信した第1の加速度情報が表す基礎の加速度の時刻歴を高速フーリエ変換して基礎の加速度のフーリエスペクトルを算出する。同様にして、固有振動数算出部22は、通信部21によって受信した第2の加速度情報が表す上階の加速度の時刻歴を高速フーリエ変換して上階の加速度のフーリエスペクトルを算出する。
【0035】
固有振動数算出部22は、基礎の加速度のフーリエスペクトルと上階の加速度のフーリエスペクトルとに基づいて伝達関数を算出する。また、固有振動数算出部22は、算出した伝達関数において振幅がピークとなる周波数を固有振動数fとして算出する。
【0036】
式1に示すように、構造物の固有振動数fは、構造物の剛性kと質量mとに依存する。具体的には、構造物の質量mが一定である場合、剛性kが大きいほど、固有振動数fは高い。また、構造物の剛性kは、構造物の耐震性に関する健全度に寄与し、具体的には損傷が進むにつれ剛性kが低下する傾向にある。
【0037】
【0038】
また、
図2には発明者らが所定の構造物に振動を加える(加振する)実験を行うことによって得た、固有振動数fの変化が示されている。この実験では、過去に発生した比較的規模の大きい地震による振動を模した振動を、それらの地震の試験体に与える影響が概ね小さい順に構造物に加振し、その前後に微弱な振動を与えた。
図2は微振動時の振動数の変化を示している。
図2には、構造物の試験体のX方向、Y方向それぞれにおける固有振動数fの変化が示されているが、何れの場合においても、加振回数を重ねるほど、構造物の固有振動数fは減少する。特に、第2回の加振から第5回の加振までは固有振動数fの減少率が高く、第5回の加振から第7回までの加振までの固有振動数fの減少率はやや低くなり、第7回以降の固有振動数fの減少率は微小である。また、第2回と3回の間の地震動を模した加振実験では、固有振動数fが大きく減少しており、これは構造物を構成する内装壁等の非構造要素が破損したことにより構造物の剛性kが低下したことによると推定される。
【0039】
変化率算出部23は、第1の所定の期間における基礎の加速度及び上階の加速度に基づいて、固有振動数算出部22によって算出された第1の固有振動数f1と、第2の所定の期間における基礎の加速度及び上階の加速度に基づいて算出された第2の固有振動数f2との差の、第1の固有振動数f1に対する比率(f2-f1)/f1を固有振動数変化率として算出する。
【0040】
なお、本実施形態における損傷度判定装置20が既築の工業化構造物に設置された場合、固有振動数算出部22は、設置された時点、又は設置された以降に、加速度計10によって計測された加速度に基づいて算出された固有振動数と、設計時に設定すべき一部の設計要素に応じた構造物特性モデルとにより、新築時の固有振動数である第1の固有振動数f1を推定してもよい。この場合、変化率算出部23は推定された第1の固有振動数f1と、地震終了後における第2の固有振動数f2とに基づいて固有振動数変化率を算出する。
【0041】
構造物情報記憶部24は、構造物を一意に識別する構造物識別情報に関連付けて、構造物を構成する、一部の設計要素を記憶する。また、構造物情報記憶部24は、構造物識別情報に関連付けて所有者情報、住所等を記憶してもよい。
【0042】
部材特性記憶部25は、部材の種類ごとに、
図3に示すような、水平力と変形量との関係を示す部材特性モデルを記憶する。
図3の部材特性モデルは、加振されるたびに変形量に対する水平力の勾配が低くなること、すなわち部材の剛性kは加振されるたびに低くなることを示している。
【0043】
構造物特性記憶部26は、
図4に示すような、部材の配置等の構造物の一部の設計要素に応じて生成された構造物特性モデルを記憶する。構造物特性モデルは、部材特性モデルに係る部材を含む一部の設計要素に応じて生成された、構造物全体についての水平力と変形量との関係を表すモデルである。
図4の構造物特性モデルは、加振により水平力が与えられるたびに変形量が増大して、変形量に対する水平力の勾配が低くなること、すなわち構造物の剛性kは加振されるたびに低くなることを示している。構造物特性モデルは、構造物を構成する部材のうち建物全体の損傷に最も大きな影響を与える部材、例えば、梁の端部の部材特性モデルを利用してもよい。
【0044】
工業化構造物においては、上述のように設計要素が標準化されているため、設計時に設定すべき設計要素は、全ての設計要素に比べて少ない。そのため、工業化構造物の構造物特性モデルは、一部の設計要素を設定することにより容易に生成することができる。なお、設定すべき一部の設計要素のうちの更に一部が共通する複数の工業化構造物に対して構造物特性モデルを共通化することも可能である。したがって、工業化構造物全てについての構造物特性モデルの数は、全ての設計要素を設定する必要のある場合の構造物特性モデルの数より少なく、損傷度を判定する対象となる構造物を工業化構造物とすることで、構造物特性記憶部26は構造物特性モデルを容易に記憶することができる。
【0045】
また、構造物特性記憶部26は、構造物の一部の設計要素に応じて、固有振動数変化率(f2-f1)/f1と変形量、及び変形量と損傷度とを記憶する。ここでは、あらかじめ行った構造部材および非構造部材の実験、シミュレーション等の結果に基づいて、例えば、パラメトリックスタディにより、構造物の一部の設計要素に共通する固有振動数変化率(f2-f1)/f1と変形量、変形量と損傷度との関係を見出すことによって、固有振動数変化率と損傷度とが関連付けられている。構造物の疲労現象が顕著な場合は、変形量に加えて繰り返し回数を考慮する必要があるため、固有振動数変化率と損傷度とを直接関連付けてもよい。
【0046】
本実施形態では、構造物特性記憶部26には、変形量が大きくなるほど、高い損傷度が関連付けて記憶されている。例えば第1の閾値未満の変形量に関連付けて「損傷は少ない」という損傷度が記憶され、第1の閾値以上で第2の閾値未満の変形量に関連付けて「損傷があるため要注意」という損傷度が記憶され、第2の閾値以上の変形量に関連付けて「損傷が大きく倒壊の可能性あり」という損傷度が記憶されてもよい。
【0047】
判定部27は、固有振動数変化率と、構造物の一部の設計要素とに基づいて構造物の損傷度を判定する。具体的には、判定部27は、加速度計10から加速度情報とともに送信された構造物識別情報に関連付けて構造物情報記憶部24に記憶されている一部の設計要素を抽出する。そして、判定部27は、一部の設計要素に関連付けて構造物特性記憶部26に記憶されている構造物特性モデルに基づいて、固有振動数算出部22によって算出された固有振動数変化率(f2-f1)/f1に対応する構造物の変形量を決定する。そして、判定部27は、構造物の変形量に関連付けて構造物特性記憶部26が記憶している損傷度を抽出することによって構造物の損傷度を判定する。
【0048】
表示装置30は、通信部31及び表示部32を備える。
【0049】
通信部31は、損傷度判定装置20の通信部21から送信された損傷度及び構造物識別情報を受信する。
【0050】
表示部32は、通信部31によって受信された損傷度及び構造物識別情報を表示する。
【0051】
サーバ40は、通信部41及び制御部42を備える。
【0052】
通信部41は、損傷度判定装置20の通信部21から送信された、1つ以上の構造物に係る損傷度及び構造物識別情報を受信する。
【0053】
制御部42は、通信部41によって受信した、複数の構造物に係る損傷度及び構造物識別情報に基づいて各種統計処理等を行う。例えば、制御部42は、損傷度と、複数の構造物についての構造物識別情報にそれぞれ関連付けられている住所とを用いて被災度マップを作成する。
【0054】
以上説明したように、第1の実施形態によれば、損傷度判定装置20は、あらかじめ、実験、シミュレーション等により特定された部材の部材特性モデルなどの共通となる設計要素と、邸別で個別に設定される一部の設計要素と、を組み合わせることで生成可能な構造物全体の構造物特性モデルを記憶しておく。そのため、損傷度判定装置20は、構造物の固有振動数変化率と、あらかじめ構造物特性記憶部26に記憶されている該構造物の一部の設計要素に応じた構造物特性モデルとを用いて迅速に損傷度を判定することが可能となる。
【0055】
また、第1の実施形態によれば、損傷度判定システム1が安全性を判定する対象となる構造物は工業化構造物であるため、部材の点数や種類は限定されている。そのため工業化構造物において設定すべき設計要素は全ての設計要素より少ない。そのため、生成される構造物特性モデルの種類も少ない。そのため、構造物特性記憶部26が一部の設計要素が異なる少ない構造物特性モデルを記憶することは容易であり、上述の効果を奏することが可能となる。
【0056】
また、第1の実施形態によれば、損傷度判定装置20は、構造物の基礎に設置された第1の加速度計10aによって計測された加速度と、構造物の上階に設置された第2の加速度計10bによって計測された加速度とに基づいて算出された固有振動数fを用いて損傷度を判定する。そのため、地盤の揺れではなく構造物の揺れに基づいて損傷度を判定することができる。したがって、実際の建物の損傷に関する物理量を測定せず、地盤の揺れに基づく構造計算によって、損傷度を推定する場合に比べて、精度良く正確に損傷度を判定することが可能となる。
【0057】
また、第1の実施形態によれば、地震発生前に計測した加速度に基づく固有振動数f1と、地震終了後に計測した加速度に基づく固有振動数f2とに基づいて、固有振動数変化率を算出し、構造物の損傷度を判定する。そのため、地震の発生により停電となって加速度計10が作動することができなくなった場合も、地震前と、地震後の停電から復旧した後とに加速度計10は加速度を計測することができ、これにより損傷度判定装置20は損傷度を判定することができる。また、地震の発生中に加速度計10が破損したとしても、地震後に別途加速度計を設置して計測することができる。また、損傷度判定装置20は、地震の発生中に加速度計10が加速度を計測する必要がないため、地震の発生中に停電が発生した場合に加速度計10に電力を供給するバッテリーを備える必要がなく、該バッテリーに係る費用を節減することが可能となる。また、損傷度判定装置20は、損傷度を判定するにあたって地震の発生中に加速度計10を利用しないため、地震の発生中の加速度を記憶するメモリを備える必要がなく、該バッテリーの設置及びメンテナンスに係る費用及び手間を節減することが可能となる。地震が発生していないときに、定期的に加速度を計測する必要がなく、CPUの処理負荷、及びCPUを動作させるために供給する電力を節減することが可能となる。
【0058】
また、第1の実施形態によれば、損傷度判定装置20は、工業化構造物の新築時又は改築時における第1の固有振動数f1と、地震終了後における第2の固有振動数f2とに基づいて算出される固有振動数変化率に基づいて損傷度を判定する。そのため、損傷度判定装置20は、構造物が新築又は改築されてからの経年劣化、過去の地震による構造の変化を鑑みた損傷度の判定を行うことができる。損傷度判定装置20は、過去の地震履歴の全てについて応答計算を行うことによって損傷度を判定する場合のように地震履歴を保持するためのメモリ等を備える必要がなく、メモリ量を節減することが可能となる。
【0059】
また、第1の実施形態によれば、損傷度判定装置20は、インターネット、イントラネット等の通信ネットワークを介してサーバ40に接続される。このため、サーバ40は複数の構造物の損傷度、構造物の住所等を損傷度判定装置20から受信することができ、例えば、これらの情報を活用して、地震後の被災度マップを容易に作成することが可能となる。したがって、地震被害の分布を把握し、被災地の復旧支援活動の計画および実施を円滑に効果的に行ことが可能となる。
【0060】
なお、第1の実施形態によれば、固有振動数算出部22は基礎と上階の加速度計10によってそれぞれ計測された加速度からフーリエスペクトルを算出することによって固有振動数fを算出するが、これに限られない。例えば、固有振動数算出部22は、地震時の基礎と上階の加速度計10によってそれぞれ計測された加速度を二階積分することによって、各層の最大変位を算出してもよい。この場合、固有振動数算出部22は、算出した基礎と上階の変位差に基づいて層間変形角を算出して固有振動数fを算出することができる。
【0061】
第1の実施形態において、変化率算出部23は、地震前に計測した加速度に基づく固有振動数f1と、地震後に計測した加速度に基づく固有振動数f2との比率f2/f1を固有振動数変化率として算出してもよい。この場合、判定部27は、比率f2/f1と構造物特性モデルとに基づいて構造物の損傷度を判定する。
【0062】
また、第1の実施形態において、損傷度判定装置20と表示装置30とは別の装置として構成したが、損傷度判定装置20と表示装置30とが一体として構成されてもよい。また、加速度計10a及び10bのいずれかと損傷度判定装置20とが一体として構成されてもよい。
【0063】
(第2の実施形態)
続いて、本発明の第2の実施形態について図面を参照して説明する。
【0064】
第2の実施形態に係る損傷度判定システム2は、第1の実施形態に係る損傷度判定システム1と同様に、第1の加速度計10a、第2の加速度計10b、損傷度判定装置20、、表示装置30、及びサーバ40を備える。
【0065】
第2の実施形態における加速度計10の計測部11は、地震が発生してから地震が終了するまでの加速度を計測する点で第1の実施形態の計測部11とは異なる。
【0066】
固有振動数算出部22は、第1の加速度情報及び第2の加速度情報に含まれる、基礎と上階とのそれぞれにおける、所定の期間(第1の所定の期間)の加速度の時刻歴に基づいて第1の固有振動数f1を算出する。本実施形態で第1の所定の期間は、地震が発生している間の一の期間、例えば地震発生時から5秒間である。
【0067】
また、固有振動数算出部22は、基礎と上階とのそれぞれにおける、所定の期間(第2の所定の期間)の加速度の時刻歴に基づいて第2の固有振動数f2を算出する。加速度の時刻歴に基づいて固有振動数fを算出する具体的な方法については第1の実施形態と同様である。本実施形態で第2の所定の期間は、地震の発生中の、第1の所定の期間より後の期間であって、例えば構造物が弾性応答する強振動後の自由振動期間である。
【0068】
変化率算出部23は、第1の固有振動数f1と第2の固有振動数f2との差の、第1の固有振動数f1に対する比率(f2-f1)/f1を固有振動数変化率として算出する。
【0069】
判定部27は、加速度計10から送信された加速度情報に含まれる構造物識別情報に関連付けて構造物情報記憶部24に記憶されている、設定すべき一部の設計要素を抽出する。そして、判定部27は、構造物特性記憶部26に記憶されている、設定すべき一部の設計要素に応じた構造物特性モデルに基づいて、固有振動数算出部22によって算出された固有振動数変化率(f2-f1)/f1に対応する構造物の変形量を判定する。そして、判定部27は、構造物の変形量に関連付けて構造物特性記憶部26が記憶している損傷度を抽出することによって構造物の損傷度を判定する。
【0070】
第2の実施形態におけるその他の構成、作用は第1の実施形態と同様なので、同一または対応する構成要素には、同一参照符号を付して説明を省略する。
【0071】
以上説明したように、第2の実施形態によれば、構造物特性記憶部26は、構造物の一部の設計要素に応じて生成された、構造物特性モデルを記憶する。そして、判定部27は、構造物の、第1の所定の期間における第1の固有振動数f1と、第2の所定の期間における第2の固有振動数f2に基づく固有振動数変化率と、構造物の一部の設計要素とに基づいて損傷度を判定する。そのため、実際の建物の損傷に関する物理量を測定せず、地盤の地震情報のみを用いて損傷度を推定する場合に比べて精度よく正確に損傷度を判定することができるという第1の実施形態と同様の効果を奏する。また、第1の実施形態と同様、迅速かつ容易に損傷度を判定することができる。
【0072】
第2の実施形態において、変化率算出部23は、地震中の第1の所定の時間での加速度の時刻歴に基づく第1の固有振動数f1と、同じ地震中の第2の所定の時間での加速度の時刻歴に基づく第2の固有振動数f2との比率f2/f1を固有振動数変化率として算出してもよい。この場合、判定部27は、比率f2/f1と構造物特性モデルとに基づいて構造物の損傷度を判定する。
【0073】
上述の実施形態は代表的な例として説明したが、本発明の趣旨及び範囲内で、多くの変更及び置換ができることは当業者に明らかである。したがって、本発明は、上述の実施形態及び実施例によって制限するものと解するべきではなく、特許請求の範囲から逸脱することなく、種々の変形や変更が可能である。例えば、実施形態に記載の複数の構成ブロックを1つに組み合わせたり、あるいは1つの構成ブロックを分割したりすることが可能である。
【符号の説明】
【0074】
1,2 損傷度判定システム
10 加速度計
10a 第1の加速度計
10b 第2の加速度計
11 計測部
11a 第1の計測部
11b 第2の計測部
12 通信部
12a 第1の通信部
12b 第2の通信部
20 損傷度判定装置
21 通信部
22 固有振動数算出部
23 変化率算出部
24 構造物情報記憶部
25 部材特性記憶部
26 構造物特性記憶部
27 判定部
30 表示装置
31 通信部
32 表示部
40 サーバ
41 通信部
42 制御部