(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-10
(45)【発行日】2022-01-13
(54)【発明の名称】インクジェットヘッド及びインクジェットプリンタ
(51)【国際特許分類】
B41J 2/14 20060101AFI20220105BHJP
【FI】
B41J2/14 501
B41J2/14 613
(21)【出願番号】P 2017176601
(22)【出願日】2017-09-14
【審査請求日】2020-06-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003562
【氏名又は名称】東芝テック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108855
【氏名又は名称】蔵田 昌俊
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100075672
【氏名又は名称】峰 隆司
(74)【代理人】
【識別番号】100153051
【氏名又は名称】河野 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100179062
【氏名又は名称】井上 正
(74)【代理人】
【識別番号】100189913
【氏名又は名称】鵜飼 健
(72)【発明者】
【氏名】關 雅志
【審査官】山下 清隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-106024(JP,A)
【文献】特開2009-066798(JP,A)
【文献】特開平10-329322(JP,A)
【文献】特開2000-017091(JP,A)
【文献】国際公開第2006/049153(WO,A1)
【文献】特開2015-136894(JP,A)
【文献】特開2006-082363(JP,A)
【文献】特開2013-155408(JP,A)
【文献】特開2004-351923(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0185003(US,A1)
【文献】中国実用新案第205058837(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J 2/01-2/215
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
記録媒体へ向けてインクを吐出するノズルが設けられたノズルプレートを備え、前記ノズルプレートは、ノズルプレート基板と、前記ノズルプレート基板の前記記録媒体と対向する面に設けられた撥油膜とを含み、前記撥油膜は、炭素原子数
3の末端パーフルオロアルキル基を有するフッ素系化合物を含み、X線光電子分光分析するとCF
2基のピーク及びCF
3基のピークが検出され、前記CF
3基のピーク面積に対する前記CF
2基のピーク面積の比は
1.7であるインクジェットヘッド。
【請求項2】
前記フッ素系化合物は、前記ノズルプレート基板と結合した結合部位を更に有し、隣り合った前記フッ素系化合物は前記結合部位が相互に結合している請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項3】
前記フッ素系化合物は、前記結合部位と前記末端パーフルオロアルキル基との間にスペーサー連結基を更に有する請求項2に記載のインクジェットヘッド。
【請求項4】
前記ノズルプレート基板は樹脂からなる請求項1乃至3の何れか1項に記載のインクジェットヘッド。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか1項に記載のインクジェットヘッドと、
前記インクジェットヘッドに対向して記録媒体を保持する媒体保持機構と、
前記面を擦って、前記面から前記インクを除去するワイピングブレードと
を備えたインクジェットプリンタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、インクジェットヘッド及びインクジェットプリンタに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば圧電素子によってインクを加圧して、ノズルプレートに設けられたノズルからインク滴を吐出させるインクジェットヘッドでは、ノズルプレートの表面にインクが付着しないように撥インク性を付与している。ノズルプレートの表面に撥インク性を付与するためには、ノズルプレート基板の表面に、フッ素系化合物を塗布法又は気相堆積法によって成膜して撥油膜を形成している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、良好な撥インク性を示す撥油膜を有するインクジェットヘッド、及びこのようなインクジェットヘッドを具備したインクジェットプリンタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
実施形態のインクジェットヘッドは、記録媒体へ向けてインクを吐出するノズルが設けられたノズルプレートを備えている。ノズルプレートは、ノズルプレート基板と、ノズルプレート基板の記録媒体と対向する面に設けられた撥油膜とを含んでいる。撥油膜は、炭素原子数3の末端パーフルオロアルキル基を有するフッ素系化合物を含んでいる。撥油膜は、X線光電子分光分析(XPS)するとCF2基のピーク及びCF3基のピークが検出され、CF3基のピーク面積に対するCF2基のピーク面積の比は1.7である。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】実施形態に係るインクジェットヘッドを示す斜視図。
【
図2】実施形態に係るインクジェットヘッドを構成するアクチュエータ基板、フレーム及びノズルプレートを示す分解斜視図。
【
図3】実施形態に係るインクジェットプリンタを示す模式図。
【
図4】実施形態に係るインクジェットプリンタの要部を示す斜視図。
【
図5】実施形態に係るインクジェットヘッドが含んでいる撥油膜の構造を示す模式図。
【
図6】比較例1及び比較例2のノズルプレートが含んでいる撥油膜表面について得られたXPSスペクトルを示す図。
【
図7】比較例1のノズルプレートが含んでいる撥油膜の構造を示す模式図。
【
図8】比較例2のノズルプレートが含んでいる撥油膜の構造を示す模式図。
【
図9】実施例のノズルプレートが含んでいる撥油膜表面について得られたXPSスペクトルを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、図面を参照しながら実施形態を説明する。
図1は、実施形態に係る、インクジェットプリンタのヘッドキャリッジに搭載して使用するオンデマンド型のインクジェットヘッド1を示す斜視図である。以下の説明では、X軸、Y軸、Z軸からなる直交座標系を用いる。図中の矢印の指し示す方向を便宜上プラス方向とする。X軸方向は印刷幅方向に対応する。Y軸方向は記録媒体が搬送される方向に対応する。Z軸プラス方向は記録媒体に対向する方向である。
【0008】
図1を参照して概略的に説明すると、インクジェットヘッド1は、インクマニホールド10、アクチュエータ基板20、フレーム40及びノズルプレート50を備えている。
【0009】
アクチュエータ基板20は、X軸方向を長手方向とする矩形をなしている。アクチュエータ基板20の材料としては、例えばアルミナ(Al2O3)、窒化珪素(Si3N4)、炭化珪素(SiC)、窒化アルミニウム(AlN)及びチタン酸ジルコン酸鉛(PZT:Pb(Zr,Ti)O3)等が挙げられる。
【0010】
アクチュエータ基板20は、インクマニホールド10の開口端を塞ぐようにインクマニホールド10の上に重ねられている。インクマニホールド10は、インク供給管11及びインク戻し管12を介してインクカートリッジに接続される。
【0011】
アクチュエータ基板20上には、フレーム40が取り付けられている。フレーム40上には、ノズルプレート50が取り付けられている。ノズルプレート50には、Y軸に沿って2列を形成するように、複数のノズルNがX軸方向に沿って所定の間隔をあけて設けられている。
【0012】
図2は、実施形態に係るインクジェットヘッド1を構成するアクチュエータ基板20、フレーム40及びノズルプレート50の分解斜視図である。このインクジェットヘッド1は、いわゆるせん断モードシェアードウォールのサイドシューター型である。
【0013】
アクチュエータ基板20には、Y軸方向の中央部で列を形成するように、複数のインク供給口21がX軸方向に沿って間隔をあけて設けられている。また、アクチュエータ基板20には、インク供給口21の列に対してY軸プラス方向及びY軸マイナス方向においてそれぞれ列を形成するように、複数のインク排出口22がX軸方向に沿って間隔をあけて設けられている。
【0014】
中央のインク供給口21の列と一方のインク排出口22の列との間には、複数のアクチュエータ30が設けられている。これらアクチュエータ30は、X軸方向に延びた列を形成している。また、中央のインク供給口21の列と他方のインク排出口22の列との間にも、複数のアクチュエータ30が設けられている。これらアクチュエータ30も、X軸方向に延びた列を形成している。
【0015】
複数のアクチュエータ30からなる列の各々は、アクチュエータ基板20上に積層された第1の圧電体及び第2の圧電体で構成されている。第1及び第2の圧電体の材料としては、例えばチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、タンタル酸リチウム(LiTaO3)等が挙げられる。第1及び第2の圧電体は、厚さ方向に沿って互いに逆向きに分極されている。
【0016】
第1及び第2の圧電体からなる積層体には、Y軸方向に各々が延び、X軸方向に配列した複数の溝が設けられている。これら溝は、第2の圧電体側で開口しており、第2の圧電体の厚さよりも大きな深さを有している。以下、この積層体のうち、隣り合った溝に挟まれた部分をチャネル壁という。これらチャネル壁は、Y軸方向に各々が延び、X軸方向に配列している。なお、隣り合った2つのチャネル壁の間の溝が、インクが流通するインクチャネルである。
【0017】
インクチャネルの側壁及び底には、電極が形成されている。これら電極は、Y軸方向に沿って延びた配線パターン31に接続されている。
【0018】
後述するフレキシブルプリント基板との接続部を除き、電極及び配線パターン31を含むアクチュエータ基板20の表面には、図示しない保護膜が形成されている。保護膜は、例えば複数層の無機絶縁膜及び有機絶縁膜を含む。
【0019】
フレーム40は、開口部を有している。この開口部は、アクチュエータ基板20よりも小さく、かつ、アクチュエータ基板20のうち、インク供給口21、アクチュエータ30、及びインク排出口22が設けられた領域よりも大きい。フレーム40は、例えばセラミックスからなる。フレーム40は、例えば接着剤によりアクチュエータ基板20に接合される。
【0020】
ノズルプレート50は、ノズルプレート基板と、その媒体対向面(ノズルNからインクを吐出する面)に設けられた撥油膜とを含んでいる。ノズルプレート基板は、例えば、ポリイミドフィルムなどの樹脂フィルムからなる。撥油膜については、後で詳述する。
【0021】
ノズルプレート50は、フレーム40の開口部よりも大きい。ノズルプレート50は、例えば接着剤によってフレーム40に接合される。
【0022】
ノズルプレート50には、複数のノズルNが設けられている。これらノズルNは、インクチャネルに対応して2つの列を形成している。ノズルNは、記録媒体対向面からインクチャネルの方向に進むに従って径が大きくなっている。ノズルNの寸法は、インクの吐出量に応じて所定の値に設定される。ノズルNは、例えば、エキシマレーザーを用いたレーザー加工を施すことによって形成することができる。
【0023】
アクチュエータ基板20、フレーム40及びノズルプレート50は、
図1に示すように一体化されており、中空構造を形成している。アクチュエータ基板20、フレーム40及びノズルプレート50によって囲まれた領域は、インク流通室である。インクは、インクマニホールド10からインク供給口21を通してインク流通室に供給され、インクチャネルを通過し、余剰のインクがインク排出口22からインクマニホールド10へ戻るように循環する。インクの一部は、インクチャネルを流れる間にノズルNから吐出されて印刷に用いられる。
【0024】
配線パターン31には、アクチュエータ基板20上であってフレーム40の外側の位置でフレキシブルプリント基板60が接続されている。フレキシブルプリント基板60には、アクチュエータ30を駆動する駆動回路61が搭載されている。
【0025】
以下、アクチュエータ30の動作を説明する。ここでは、隣り合う3つのインクチャネルのうち中央のインクチャネルに着目して動作を説明する。隣り合う3つのインクチャネルに対応する電極をA、B及びCとする。チャネル壁に直交する方向に電界を印加していない場合には、チャネル壁は直立した状態である。
【0026】
例えば、中央の電極Bに、両隣の電極A及びCの電位よりも高い電位の電圧パルスを印加して、チャネル壁に直交する方向に電界を生じさせる。こうして、チャネル壁をせん断モードで駆動させ、中央のインクチャネルを挟む1対のチャネル壁を、中央のインクチャネルの体積を拡張するように変形させる。
【0027】
次に、両隣の電極A及びCに、中央の電極Bの電位よりも高い電位の電圧パルスを印加して、チャネル壁に直交する方向に電界を生じさせる。こうして、チャネル壁をせん断モードで駆動させ、中央のインクチャネルを挟む1対のチャネル壁を、中央のインクチャネルの体積を縮小するように変形させる。この動作により、中央のインクチャネル内のインクに圧力を加え、このインクチャネルに対応するノズルNからインクを吐出させて記録媒体に着弾させる。
【0028】
例えば、すべてのノズルを3つの群に分けて、上で説明した駆動操作を時分割制御して3サイクル行い、記録媒体への印刷を行う。
【0029】
図3に、インクジェットプリンタ100の模式図を示す。
図3に示すインクジェットプリンタ100は、排紙トレイ118が設けられた筐体を含んでいる。筐体内には、カセット101a及び101b、供紙ローラ102及び103、搬送ローラ対104及び105、レジストローラ対106、搬送ベルト107、ファン119、負圧チャンバ111、搬送ローラ対112、113及び114、インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bk、インクカートリッジ116C、116M、116Y及び116Bk、並びに、チューブ117C、117M、117Y及び117Bkが設置されている。
【0030】
カセット101a及び101bは、サイズの異なる記録媒体Pを収容している。供紙ローラ102又は103は、選択された記録媒体のサイズに対応した記録媒体Pをカセット101a又は101bから取り出し、搬送ローラ対104及び105並びにレジストローラ対106へ搬送する。
【0031】
搬送ベルト107は、駆動ローラ108と2本の従動ローラ109とによって張力が与えられている。搬送ベルト107の表面には、所定間隔で穴が設けられている。搬送ベルト107の内側には、記録媒体Pを搬送ベルト107に吸着させるための、ファン119に連結された負圧チャンバ111が設置されている。搬送ベルト107の搬送方向下流には、搬送ローラ対112、113及び114が設置されている。なお、搬送ベルト107から排紙トレイ118までの搬送経路には、記録媒体P上に形成された印刷層を加熱するヒータを設置することができる。
【0032】
搬送ベルト107の上方には、画像データに応じてインクを記録媒体Pに吐出する4つのインクジェットヘッドが配置されている。具体的には、シアン(C)インクを吐出するインクジェットヘッド115C、マゼンタ(M)インクを吐出するインクジェットヘッド115M、イエロー(Y)インクを吐出するインクジェットヘッド115Y、及びブラック(Bk)インクを吐出するインクジェットヘッド115Bkが、上流側からこの順に配置されている。インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bkの各々は、
図1及び
図2を参照しながら説明したインクジェットヘッド1である。
【0033】
インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bkの上方には、これらに対応したインクをそれぞれ収容した、シアン(C)インクカートリッジ116C、マゼンタ(M)インクカートリッジ116M、イエロー(Y)インクカートリッジ116Y、及びブラック(Bk)インクカートリッジ116Bkが設置されている。これらカートリッジ116C、116M、116Y及び116Bkは、それぞれ、チューブ117C、117M、117Y及び117Bkによって、インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bkに連結されている。
【0034】
次に、このインクジェットプリンタ100の画像形成動作について説明する。
まず、画像処理手段(図示しない)が、記録のための画像処理を開始し、画像データに対応した画像信号を生成するとともに、各種ローラや負圧チャンバ111などの動作を制御する制御信号を生成する。
【0035】
供紙ローラ102又は103は、画像処理手段による制御のもと、カセット101a又は101bから、選択されたサイズの記録媒体Pを1枚ずつ取り出し、搬送ローラ対104及び105並びにレジストローラ対106へ搬送する。レジストローラ対106は、記録媒体Pのスキューを補正し、所定のタイミングで記録媒体Pを搬送する。
【0036】
負圧チャンバ111は、搬送ベルト107の穴を介して空気を吸い込んでいる。従って、記録媒体Pは、搬送ベルト107に吸着された状態で、搬送ベルト107の移動に伴い、インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bkの下方の位置へと順次搬送される。
【0037】
インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bkは、画像処理手段による制御のもと、記録媒体Pが搬送されるタイミングに同期してインクを吐出する。これにより、記録媒体Pの所望の位置に、カラー画像が形成される。
【0038】
その後、搬送ローラ対112、113及び114は、画像が形成された記録媒体Pを排紙トレイ118へ排紙する。搬送ベルト107から排紙トレイ118までの搬送経路にヒータを設置した場合、記録媒体P上に形成された印刷層をヒータによって加熱してもよい。ヒータによる加熱を行うと、特に、記録媒体Pが非浸透性である場合に、記録媒体Pに対する印刷層の密着性を高めることができる。
【0039】
図4に、インクジェットプリンタ100の要部の斜視図を示す。
図4には、上で説明したインクジェットヘッド1と、媒体保持機構110と、ヘッド移動機構120と、ブレード移動機構130と、ワイピングブレード140とを描いている。
【0040】
媒体保持機構110は、記録媒体P、例えば記録用紙を、インクジェットヘッド1に対向して保持する。媒体保持機構110は、記録媒体を移動させる記録用紙移動機構としての機能も有している。媒体保持機構110は、
図3の搬送ベルト107、駆動ローラ108、従動ローラ109、負圧チャンバ111、及びファン119を含んでいる。媒体保持機構110は、印刷時には、記録媒体Pを、インクジェットヘッド1に対向させた状態で、記録媒体Pの印刷面に平行な方向へ移動させる。その間に、インクジェットヘッド1は、ノズルからインク滴を吐出して記録媒体P上に印刷する。
【0041】
ヘッド移動機構120は、印刷時には、インクジェットヘッド1を印刷位置に移動させる。また、ヘッド移動機構120は、クリーニング時には、インクジェットヘッド1をクリーニング位置に移動させる。
【0042】
ワイピングブレード140は、インクジェットヘッド1のノズルプレートの記録媒体対向面を擦って、この記録媒体対向面からインクを除去する。
【0043】
ブレード移動機構130は、ワイピングブレード140を移動させる。具体的には、ブレード移動機構130は、ヘッド移動機構120がインクジェットヘッド1をクリーニング位置に移動させた後、ワイピングブレード140を、ノズルプレート50の記録媒体対向面に押し当ながら、その上で移動させる。これにより、ノズルプレート50の記録媒体対向面に付着しているインクを取り除く。
なお、ワイピングブレード140及びブレード移動機構130は省略してもよい。
【0044】
上記のインクジェットヘッド1では、ノズルプレート基板51の媒体対向面に撥油性を付与している。撥油性を付与するために、ノズルプレート基板の媒体対向面に、フッ素系化合物を含んだ撥油膜を設けている。
【0045】
図5に、実施形態に係る、ノズルプレート基板51の媒体対向面に結合した撥油膜52の構造を模式的に示す。
【0046】
撥油膜52は、炭素原子数3乃至5の末端パーフルオロアルキル基55を有するフッ素系化合物を含んでいる。そして、撥油膜52は、X線光電子分光分析(XPS)法によって分析すると、CF2基のピーク及びCF3基のピークが検出され、CF3基のピーク面積に対するCF2基のピーク面積の比は1.5乃至4.0の範囲内にある。
【0047】
ここで、XPSについて説明する。
物質に数keV程度の軟X線を照射すると、原子軌道の電子が光エネルギーを吸収し、光電子として外にたたき出される。束縛電子の結合エネルギーEbと、光電子の運動エネルギーEkとの間には、下記の関係がある。
【0048】
Eb=hν-Ek-ψsp
なお、上記式において、hνは入射X線のエネルギー、ψspは分光器の仕事関数である。
【0049】
上記式から明らかなように、X線のエネルギーが一定(即ち単一波長)であれば、光電子の運動エネルギーEkに基づいて電子の結合エネルギーEbを求めることができる。電子の結合エネルギーEbは元素によって固有なので、元素分析を行うことができる。また、結合エネルギーのシフトは、その元素の化学結合状態や価電子状態(酸化数など)を反映しているため、構成元素の化学結合状態を調べることができる。
【0050】
上記の通り、撥油膜52は、XPS法による分析を行った場合に、CF3基のピーク面積に対するCF2基のピーク面積の比が1.5乃至4.0の範囲内にある。このような撥油膜52は、優れた撥インク性を発揮する。従って、この撥油膜52は、表面張力の小さなインク、例えば、表面張力が25mN/m以下のインクを使用した場合であっても、優れた撥インク性を発揮できる。
【0051】
また、撥油膜52が含んでいるフッ素系化合物の末端パーフルオロアルキル基は、炭素原子数が3乃至5の範囲内にある。それ故、この撥油膜52は、環境や安全性の点でも優れている。
これらについては、後で詳しく説明する。
【0052】
実施形態において用いられるフッ素系化合物は、一例によれば、ノズルプレート基板51と結合した結合部位53と、上記の末端パーフルオロアルキル基55とを有している。例えば、このフッ素系化合物は、一方の末端に結合部位53を有し、他方の末端にパーフルオロアルキル基55を有している直鎖状分子である。このフッ素系化合物は、炭素数が6以上のパーフルオロアルキル基は含んでいない。
【0053】
結合部位53は、例えば、ノズルプレート基板51の表面に存在している官能基との反応によってノズルプレート基板51と結合した部位である。結合部位53は、例えば、反応性官能基を含んでいる。この場合、反応性官能基がノズルプレート基板51の表面に存在している官能基と反応することによって、結合部位53はノズルプレート基板51と結合する。反応性官能基は、例えば、エポキシ基、アミノ基、メタクリル基、ビニル基などの不飽和炭化水素基、又はメルカプト基である。ノズルプレート基板の表面に存在している官能基は、例えば、ヒドロキシル基、エステル結合、アミノ基、又はチオール基である。或いは、結合部位は、アルコキシシラン基である。この場合、アルコキシシラン基の加水分解によって生じたシラノール基が、ノズルプレート基板51の表面に存在しているヒドロキシル基などの官能基と反応することによって、結合部位53はノズルプレート基板51と結合する。
【0054】
ノズルプレート基板51上で隣り合ったフッ素系化合物は、好ましくは、結合部位53が相互に結合している。一例によれば、結合部位53は、反応性官能基と末端パーフルオロアルキル基55との間に1以上のシリコン原子を更に含み、ノズルプレート基板51上で隣り合ったフッ素系化合物は、結合部位53がシロキサン結合(Si-O-Si)によって相互に結合している。
【0055】
末端パーフルオロアルキル基55は、例えば、直鎖状のパーフルオロアルキル基である。末端パーフルオロアルキル基55の炭素数は、3乃至5(C3乃至C5)の範囲で選択することができる。末端パーフルオロアルキル基55は、ノズルプレート基板51の垂線方向に沿って直立していることが好ましい。
【0056】
このフッ素系化合物は、ノズルプレート基板51と結合する結合部位53と、末端パーフルオロアルキル基55との間に、スペーサー連結基54を更に有していてもよい。こうしたスペーサー連結基54が存在すると、末端パーフルオロアルキル基55がノズルプレート基板51の垂線方向に沿って直立した構造をとるのに有利になる。スペーサー連結基54は、例えば、パーフルオロポリエーテル基である。
【0057】
このようなフッ素系化合物としては、例えば下記一般式(1)及び(2)で表される化合物が挙げられる。
【0058】
【0059】
一般式(1)において、pは1乃至50の自然数、nは1乃至10の自然数である。
【0060】
【0061】
一般式(2)において、pは1乃至50の自然数である。
【0062】
この構造は、例えば、以下のようにして得られる。なお、ここでは、一例として、ノズルプレート基板51の媒体対向面にはヒドロキシル基が存在しており、フッ素系化合物は、結合部位53にアルコキシシラン基を含んでいるとする。
【0063】
ノズルプレート基板51は、上述したように、例えば、ポリイミドフィルムなどの樹脂フィルムからなる。この場合、ノズルプレート基板51は、その表面にフッ素系化合物との結合に必要なヒドロキシル基を殆ど有していない。そのため、撥油膜52の形成に先立ち、ノズルプレート基板51に以下のような前処理を行うことが好ましい。
【0064】
例えば、ノズルプレート基板51の媒体対向面に対してイオンプラズマ処理を施し、膜表面の改質を行う。イオンプラズマ処理は、例えば、酸素ガス、アルゴンガス、又はこれらの混合ガスを用いて行う。好ましくは、イオンプラズマ処理は、酸素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを用いて行う。
【0065】
酸素を含んだ雰囲気中でイオンプラズマ処理を行なうことで、例えば、ノズルプレート基板51の表面をヒドロキシル基で修飾することができる。また、アルゴンを含んだ雰囲気中でイオンプラズマ処理を行なうことで、ノズルプレート基板表面に付着しているゴミを除去することができる。
【0066】
次に、上述したフッ素系化合物をノズルプレート基板51の表面に供給する。この供給は、例えば、真空蒸着法などの気相堆積法によって行う。或いは、ノズルプレート基板51の表面にフッ素系化合物を塗布する。
【0067】
次いで、ノズルプレート基板51の表面へと供給したフッ素系化合物のアルコキシシラン基を加水分解させる。
フッ素系化合物のアルコキシシラン基が加水分解すると、シラノール基が生成する。このシラノール基と、ノズルプレート基板51の媒体対向面に存在しているヒドロキシル基とは、脱水縮合を起こす。こうして、ノズルプレート基板51とフッ素系化合物とが、結合部位53が含んでいるシリコン原子によるシロキシ基(Si-O-)を介して結合する。また、隣り合ったフッ素系化合物は、結合部位53のシリコン原子同士がシロキサン結合(Si-O-Si)によって相互に結合する。
【0068】
なお、結合部位53のシリコン原子には、スペーサー連結基54であるパーフルオロポリエーテル基を介して末端パーフルオロアルキル基55が結合している。スペーサー連結基54は、上記の通り、末端パーフルオロアルキル基55をノズルプレート基板51の垂線方向に沿って直立させる機能を有する。そして、末端パーフルオロアルキル基55が主として撥インク性を発揮する。また、末端パーフルオロアルキル基55は、例えば炭素数が3(C3)の場合、CF3-CF2-CF2-と表されるが、撥インク性に関しては、CF3基の方がCF2基よりも高い。
【0069】
ところで、フッ素系化合物は、それが有するパーフルオロアルキル基が長いほど、撥液性が良好である。しかしながら、フッ素系化合物は、パーフルオロアルキル基の炭素原子数が大きいほど、毒性が増加する。このため、炭素原子数が8以上であるパーフルオロアルキル基を有するフッ素系化合物は、使用を禁止されている。また、炭素原子数が7以下であるパーフルオロアルキル基を有するフッ素系化合物であっても、パーフルオロアルキル基の炭素原子数が大きいものについては、その使用が規制されつつある。
【0070】
環境や安全性の観点から、フッ素系化合物はパーフルオロアルキル基の炭素原子数がより小さいことが望ましい。しかしながら、パーフルオロアルキル基の炭素原子数が小さい、例えば4以下のフッ素系化合物を用いて撥油膜を形成した場合、パーフルオロアルキル基の炭素原子数が大きい、例えば7以上のフッ素系化合物を用いた場合よりも、良好な撥インク性をノズルプレートに付与することは難しい。
【0071】
上述した方法では、ノズルプレート基板51に予めイオンプラズマ処理を施し、その後、ノズルプレート基板51とフッ素系化合物の結合部位との反応を生じさせる。そのため、炭素原子数が3乃至5である末端パーフルオロアルキル基55を有するフッ素系化合物を用いた場合であっても、末端パーフルオロアルキル基55がノズルプレート基板51の垂線方向に沿って直立している割合が高くなる。
【0072】
具体的には、このようにして得られる撥油膜52は、XPS法による分析を行った場合、CF2基のピーク及びCF3基のピークが検出され、CF3基のピーク面積に対するCF2基のピーク面積の比は、1.5乃至4.0の範囲内になる。一例によれば、この比は、末端パーフルオロアルキル基55の炭素原子数が3である場合には約1.5となる。また、この比は、末端パーフルオロアルキル基55の炭素原子数が5に近づくほど4.0に近づく。
【0073】
このように、この撥油膜52では、その表面領域にCF3基が多く存在する。上記の通り、撥インク性に関しては、CF3基の方がCF2基よりも高い。そのため、撥油膜52は、末端パーフルオロアルキル基の炭素原子数が小さなフッ素系化合物を使用していながらも、優れた撥インク性を発揮する。
【0074】
また、上記の構造では、フッ素系化合物は、各々の結合部位53がノズルプレート基板51の表面と結合しており、好ましくは、結合部位53が互いに結合している。それ故、ワイピングブレード140によるクリーニングを繰り返しても、末端パーフルオロアルキル基55は横方向に揺れるだけで、撥油膜52の表面からなくなることはない。従って、撥インク性の劣化を招くことがない。
【実施例】
【0075】
以下、実施例を説明する。
【0076】
比較例1
下記化学式で表されるフッ素系化合物(物質名:1H、1H-パーフルオロオクチルメタクリレート)(以下、フッ素系化合物C7F15と呼ぶ)を含む蒸発源を準備した。この蒸発源とノズルプレート基板とを真空蒸着装置内に設置し、真空蒸着法により、フッ素系化合物をノズルプレート基板の記録媒体対向面に堆積させた。ノズルプレート基板としては、ポリイミドフィルムを使用した。以上のようにして、ノズルプレート基板の記録媒体対向面に撥油膜を形成して、ノズルプレートを作製した。
【0077】
【0078】
比較例2
下記化学式で表されるフッ素系化合物(物質名:2,2,3,3,4,4,4-ヘプタフルオロブチルメタクリレート)(以下、フッ素系化合物C3F7と呼ぶ)を用いたこと以外は、比較例1について説明したのと同様の方法により、ノズルプレートを作製した。
【0079】
【0080】
比較例1及び比較例2のノズルプレートが含んでいる撥油膜に対して、XPS法による分析を行った。
図6に、比較例1及び比較例2のノズルプレートが含んでいる撥油膜表面について得られたXPSスペクトルを示す。
図6において、横軸は結合エネルギー、縦軸は放出光電子の強度である。
【0081】
図6に示すように、比較例1のノズルプレートの撥油膜の表面をXPS法により分析すると、CF
2基のピーク及びCF
3基のピークが検出された。一方、比較例2のノズルプレートの撥油膜の表面をXPS法により分析すると、CF
2基のピーク及びCF
3基のピークは検出されなかった。
【0082】
図6の結果から、比較例1で得られたノズルプレートの撥油膜は
図7に示す構造を有していると解釈できる。
【0083】
図7に、比較例1のノズルプレートが含んでいる撥油膜の構造を模式的に示す。
図7に示すように、CF
2基のピーク及びCF
3基のピークが検出された比較例1の撥油膜においては、C
7F
15基がノズルプレート基板の垂線方向に沿って直立している割合が高いと解釈できる。
【0084】
また、
図6の結果から、比較例2で得られたノズルプレートの撥油膜は
図8に示す構造を有していると解釈できる。
【0085】
図8に、比較例2のノズルプレートが含んでいる撥油膜の構造を模式的に示す。
図8に示すように、CF
2基のピーク及びCF
3基のピークが検出されなかった比較例2の撥油膜においては、C
3F
7基がノズルプレート基板の垂線方向に沿って直立している割合が極めて低いと解釈できる。
【0086】
実施例
下記化学式で表されるフッ素系化合物を含む蒸発源を準備した。次いで、ノズルプレート基板に予めイオンプラズマ処理を施した。ノズルプレート基板としては、ポリイミドフィルムを使用した。このノズルプレート基板と蒸発源とを真空蒸着装置内に設置し、真空蒸着法により、フッ素系化合物をノズルプレート基板の記録媒体対向面に堆積させた。以上のようにして、ノズルプレート基板の記録媒体対向面に撥油膜を形成した。
【0087】
【0088】
実施例のノズルプレートが含んでいる撥油膜について、XPS法による分析を行った。
図9に、実施例のノズルプレートが含んでいる撥油膜表面について得られたXPSスペクトルを示す。
図9において、横軸は結合エネルギー、縦軸は放出光電子の強度である。
【0089】
更に、この測定結果に基づき、CF2基のピーク面積及びCF3基のピーク面積を算出した。その結果、CF2基のピーク面積及びCF3基のピーク面積との合計に占めるCF3基のピーク面積の割合は37%であり、先の合計に占めるCF2基のピーク面積の割合は63%であった。即ち、CF3基のピーク面積を1としたときのCF2基のピーク面積は、約1.7であった。
【0090】
比較例2及び実施例のノズルプレートについて、ワイピングブレードで擦った回数と、ノズルプレートがインクを弾く速度との関係を調べた。
【0091】
インクを弾く速度の測定は、以下のようにして行った。試料として、幅15mmの撥油膜付きノズルプレートを準備した。ノズルプレートを直立させて上端近傍を保持し、ノズルプレートのほぼ全体をインクに浸漬した。次いで、ノズルプレートを長さ45mmだけインクから引き上げ、引き上げた部分からインクが無くなるまでに要した時間を測定した。
【0092】
インクに浸漬した撥油膜の長さをL(=45mm)、引き上げた部分からインクが無くなるまでに要した時間をT[秒]として、インクを弾く速度Rr[mm/秒]を以下のように定義する。
【0093】
Rr[mm/秒]=L/T=45/T
撥油膜が塗布されたノズルプレートを、ワイピングブレードにより13gfの荷重で所定回数にわたって擦った。その後、上記と同様の方法により、インクを弾く速度Rrを測定した。
【0094】
実施例のノズルプレートは、ワイピングブレードで擦る前の状態で、比較例2のノズルプレートよりも、インクを弾く速度Rrが大きかった。
また、比較例2のノズルプレートは、ワイピングブレードで擦った回数が1000回未満の段階で撥インク性が劣化した。これに対し、実施例のノズルプレートは、ワイピングブレードで擦った回数が6000回と多くなっても、撥インク性の劣化が抑えられていた。
【0095】
以上のように、実施例のインクジェットヘッドは、初期状態において優れた撥インク性を示し、また、ノズルプレートの記録媒体対向面をワイピングブレードで擦っても、撥インク性の劣化が少なかった。
【0096】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
以下に、当初の特許請求の範囲に記載していた発明を付記する。
[1]
記録媒体へ向けてインクを吐出するノズルが設けられたノズルプレートを備え、前記ノズルプレートは、ノズルプレート基板と、前記ノズルプレート基板の前記記録媒体と対向する面に設けられた撥油膜とを含み、前記撥油膜は、炭素原子数3乃至5の末端パーフルオロアルキル基を有するフッ素系化合物を含み、X線光電子分光分析するとCF
2
基のピーク及びCF
3
基のピークが検出され、前記CF
3
基のピーク面積に対する前記CF
2
基のピーク面積の比は1.5乃至4.0の範囲内にあるインクジェットヘッド。
[2]
前記フッ素系化合物は、前記ノズルプレート基板と結合した結合部位を更に有し、隣り合った前記フッ素系化合物は前記結合部位が相互に結合している項1に記載のインクジェットヘッド。
[3]
前記フッ素系化合物は、前記結合部位と前記末端パーフルオロアルキル基との間にスペーサー連結基を更に有する項2に記載のインクジェットヘッド。
[4]
前記ノズルプレート基板は樹脂からなる項1乃至3の何れか1項に記載のインクジェットヘッド。
[5]
項1乃至4の何れか1項に記載のインクジェットヘッドと、
前記インクジェットヘッドに対向して記録媒体を保持する媒体保持機構と、
前記面を擦って、前記面から前記インクを除去するワイピングブレードと
を備えたインクジェットプリンタ。
【符号の説明】
【0097】
1…インクジェットヘッド、30…アクチュエータ、50…ノズルプレート、N…ノズル、52…撥油膜、53…結合部位、54…スペーサー連結基、55…末端パーフルオロアルキル基、100…インクジェットプリンタ、115Bk…インクジェットヘッド、115C…インクジェットヘッド、115M…インクジェットヘッド、115Y…インクジェットヘッド、120…ヘッド移動機構、130…ブレード移動機構、140…ワイピングブレード。