(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-13
(45)【発行日】2022-01-13
(54)【発明の名称】電気泳動用分離媒体、電気泳動用試薬キット、及び電気泳動方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/447 20060101AFI20220105BHJP
【FI】
G01N27/447 315F
G01N27/447 ZNA
G01N27/447 325E
(21)【出願番号】P 2017192887
(22)【出願日】2017-10-02
【審査請求日】2020-02-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100098671
【氏名又は名称】喜多 俊文
(74)【代理人】
【識別番号】100102037
【氏名又は名称】江口 裕之
(72)【発明者】
【氏名】荒井 昭博
【審査官】櫃本 研太郎
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第101693925(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0001084(US,A1)
【文献】国際公開第02/082083(WO,A1)
【文献】特開平08-145946(JP,A)
【文献】特開平02-042351(JP,A)
【文献】特開2005-195562(JP,A)
【文献】特表平06-504612(JP,A)
【文献】特表平10-502738(JP,A)
【文献】特表2008-542683(JP,A)
【文献】特開2007-075051(JP,A)
【文献】特開2001-314187(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/447
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性セルロース誘導体と、
単糖に由来する糖アルコールと、
を含む、電気泳動用分離媒体であって、
前記水溶性セルロース誘導体は、ヒドロキシプロピルメチルセルロースを含み、
前記糖アルコールは、マンニトール、エリスリトール、キシリトール、ソルビトール、又はこれらの組合わせを含
み、
前記水溶性セルロース誘導体の重量平均分子量は、300000~370000であり、
前記水溶性セルロース誘導体の数平均分子量は、80000~160000であり、
前記水溶性セルロース誘導体の多分散度は、3.0~4.0である、電気泳動用分離媒体。
【請求項2】
前記水溶性セルロース誘導体は、セルロースの繰返し単位中における少なくとも1つのヒドロキシル基の水素原子が、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のヒドロキシアルキル基、炭素数2~4のカルボキシアルキル基、-(CH
2O)
x-Hで表される基、-(CH
2CH
2O)
y-Hで表される基、及び-[CH
2CH(CH
3)O]
z-Hで表される基(x、y、zは、それぞれ独立に正の整数を示す。)からなる群から選ばれる置換基によって置換されている繰返し単位を含む、請求項1に記載の電気泳動用分離媒体。
【請求項3】
前記水溶性セルロース誘導体は、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、及びカルボキシメチルセルロースからなる群から選ばれる1種又は2種以上を更に含む、請求項1又は請求項2に記載の電気泳動用分離媒体。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の電気泳動用分離媒体を含む、電気泳動用試薬キット。
【請求項5】
試料中の対象物質の電気泳動方法であって、
(A)請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の電気泳動用分離媒体が充填された流路に、前記試料を導入する工程と、
(B)前記流路に電圧を印加して電気泳動を行い、前記試料中の前記対象物質の分離を行う工程と、
を含む、電気泳動方法。
【請求項6】
前記対象物質は、核酸又はタンパク質を含む、請求項5に記載の電気泳動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気泳動用分離媒体、電気泳動用試薬キット、及び電気泳動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロチップ電気泳動法及びキャピラリー電気泳動法等の毛細管内で電気泳動を行う方法では、核酸(例えば、DNA、RNA)、タンパク質等の分離媒体として水溶性ポリマー溶液を用いるのが一般的である。上記水溶性ポリマー溶液は、流路内への充填及び置換の容易さと分離性能及び迅速な分離の要件を満たすように選択される。例えば、鎖長の短いDNAを電気泳動する場合には、比較的低分子量で高濃度の水溶性ポリマー溶液を使用する。また、分離するサイズレンジを拡げたり、流路の表面への吸着を促したりする目的で、ランダムコポリマー(例えば、poly(アクリルアミド-co-ジメチルアクリルアミド))、ブロックコポリマー(例えば、poly(エチレンオキサイド)-poly(プロピレンオキサイド))及びグラフトコポリマー(例えば、poly(N-イソプロピルアクリルアミド)-graft-ポリエチレンオキサイド)等のコポリマー、又は、異種若しくは同種のポリマーを混合した混合ポリマーを使用する例も報告されている(特開2014-055829号公報(特許文献1)等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、近年、任意の塩基配列を改変するゲノム編集技術が急速に進んできた。ゲノム編集技術では目的の塩基配列中における変異の有無を確認するが、数塩基の挿入変異又は欠失変異を毎回DNAシークエンシングによって確認する手法は、時間と費用がかかるため改善が求められていた。このようなDNAシークエンシングの代替技術として、簡便で安価にスクリーニングできるマイクロチップ電気泳動法が用いられるようになってきた。マイクロチップ電気泳動法によるスクリーニング方法は、例えば以下のようにして行われる。まず、目的の塩基配列を含むゲノムDNAを鋳型に、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で、当該目的の塩基配列を含むDNA産物を増幅する。ここで、当該目的の塩基配列において野生型の配列と変異型の配列とが混在したゲノムDNAを鋳型に用いた場合、PCR法によって部分的なミスマッチを含んだ二本鎖DNA産物(ヘテロデュープレックスDNA)が得られる。ヘテロデュープレックスDNAは、相補性が維持された配列同士の二本鎖DNA産物(ホモデュープレックスDNA)と比べて電気泳動における移動度が異なる。そのため、この電気泳動における移動度を指標に目的の塩基配列を含むDNA産物等をスクリーニングすることが可能になる。
【0005】
しかしながら、マイクロチップ電気泳動法によるスクリーニング方法を用いたとしても、PCRによって得られた二本鎖DNA産物100bp中の2~8bpの違いを検出するのが限界であり、短鎖領域(例えば25~250bp)におけるさらなる分離性能の向上が求められている。短鎖領域の二本鎖DNA産物の分離性能を上げるために、分離媒体として比較的低分子量の水溶性ポリマーを高濃度で用いる方法が従来から知られていた。しかし、この方法では分離媒体の粘度が上がるため、マイクロチップを繰り返し使用する際の分離媒体の再充填及び置換には、流路に十分な圧力をかけるための装置が別途必要になり、電気泳動装置として大掛かりなものになってしまうという課題を有していた。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、粘度を上げることなく分離性能が改善された電気泳動用分離媒体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、鋭意研究を行ったところ、水溶性セルロース誘導体を含む電気泳動用分離媒体に、単糖若しくは二糖に由来する糖アルコール又は比較的低分子量の多糖類を加えることで、粘度を上げることなく電気泳動における分離性能が改善することを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本願は、以下の発明を提供する。
[1]水溶性セルロース誘導体と、
単糖若しくは二糖に由来する糖アルコール、又は低分子量の多糖類と、を含む、電気泳動用分離媒体。
[2]前記糖アルコールは、マンニトール、エリスリトール、キシリトール、ラクチトール、マルチトール、ソルビトール、又はこれらの組合わせを含む、前記[1]に記載の電気泳動用分離媒体。
[3]前記多糖類の重量平均分子量は、10000~80000である、前記[1]又は[2]に記載の電気泳動用分離媒体。
[4]前記多糖類は、プルラン、アガロース、デキストラン、デキストリン、アミロース、キサンタンガム、マンナン、ガラクトマンナン、ジェランガム、カラギナン、カードラン、ペクチン、ウェランガム、アルギン酸、アルギン酸塩、アルギン酸エステル、カラヤガム、タマリンドシードガム、ラムザンガム、又はこれらの組合せを含む、前記[1]~[3]のいずれかに記載の電気泳動用分離媒体。
[5]前記糖アルコール又は前記多糖類は、マンニトール、プルラン、又はこれらの組合わせを含む、前記[1]~[4]のいずれかに記載の電気泳動用分離媒体。
[6]前記水溶性セルロース誘導体は、セルロースの繰返し単位中における少なくとも1つのヒドロキシル基の水素原子が、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のヒドロキシアルキル基、炭素数2~4のカルボキシアルキル基、-(CH2O)x-Hで表される基、-(CH2CH2O)y-Hで表される基、及び-[CH2CH(CH3)O]z-Hで表される基(x、y、zは、それぞれ独立に正の整数を示す。)からなる群から選ばれる置換基によって置換されている繰返し単位を含む、前記[1]~[5]のいずれかに記載の電気泳動用分離媒体。
[7]前記水溶性セルロース誘導体は、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、及びカルボキシメチルセルロースからなる群から選ばれる1種又は2種以上を含む、前記[1]~[6]のいずれかに記載の電気泳動用分離媒体。
[8]前記[1]~[7]のいずれかに記載の電気泳動用分離媒体を含む、電気泳動用試薬キット。
[9]試料中の対象物質の電気泳動方法であって、
(A)前記[1]~[7]のいずれかに記載の電気泳動用分離媒体が充填された流路に、前記試料を導入する工程と、
(B)前記流路に電圧を印加して電気泳動を行い、前記試料中の前記対象物質の分離を行う工程と、
を含む、電気泳動方法。
[10]前記対象物質は、核酸(例えば、DNA、RNA)又はタンパク質を含む、前記[9]に記載の電気泳動方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、粘度を上げることなく分離性能が改善された電気泳動用分離媒体を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本実施形態に係る電気泳動用分離媒体と、従来の電気泳動用分離媒体との分離性能を比較したエレクトロフェログラムである。ピークの頂点に表記されている数字は、検出した順に割り当てられた各ピークの番号であり、同一番号は同一DNAフラグメントを示す。
【
図2】DNA産物のサイズ(bp)と、サイズ分解能(%)との相関を示すグラフである。
【
図3】DNA産物のサイズ(bp)と、分離可能サイズ差(bp)との相関を示すグラフである。
【
図4】水溶性セルロース誘導体にマンニトールを添加した電気泳動用分離媒体と、水溶性セルロース誘導体にマンニトールを添加していない電気泳動用分離媒体との分離性能を比較したエレクトロフェログラムである。ピークの頂点に表記されている数字は、検出した順に割り当てられた各ピークの番号であり同一番号は同一DNAフラグメントを示す。
【
図5】水溶性セルロース誘導体にマンニトールを添加した電気泳動用分離媒体と、水溶性セルロース誘導体にマンニトールを添加していない電気泳動用分離媒体との分離性能を比較したエレクトロフェログラムである。ピークの頂点に表記されている数字は、各ピークに対応するDNAフラグメントのサイズ(bp)を示す。また、(LM)及び(UM)の表記は、それぞれ低分子量内部標準マーカ、高分子量内部標準マーカを示す。
【
図6】水溶性セルロース誘導体にプルランを添加した電気泳動用分離媒体と、水溶性セルロース誘導体にプルランを添加していない電気泳動用分離媒体との分離性能を比較したエレクトロフェログラムである。ピークの頂点に表記されている数字は、各ピークに対応するDNAフラグメントのサイズ(bp)を示す。また、(LM)及び(UM)の表記は、それぞれ低分子量内部標準マーカ、高分子量内部標準マーカを示す。
【
図7】水溶性セルロース誘導体にマンニトールを添加した電気泳動用分離媒体と、水溶性セルロース誘導体にマンニトールを添加していない電気泳動用分離媒体との分離性能を比較したエレクトロフェログラムである。ピークの頂点に表記されている数字は、各ピークに対応するDNAフラグメントのサイズ(bp)を示す。また、(LM)及び(UM)の表記は、それぞれ低分子量内部標準マーカ、高分子量内部標準マーカを示す。
【
図8】平均重量分子量が大きいHPMCを含む電気泳動用分離媒体を用いた場合の分離性能を示すエレクトロフェログラムである。ピークの頂点に表記されている数字は、各ピークに対応するDNAフラグメントのサイズ(bp)を示す。また、(LM)の表記は低分子量内部標準マーカを示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。また、「A~B」という表記は、範囲の上限下限(すなわち、A以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0011】
(電気泳動用分離媒体)
本実施形態に係る電気泳動用分離媒体(以下、単に「電気泳動用分離媒体」という場合がある。)は、水溶性セルロース誘導体と、単糖若しくは二糖に由来する糖アルコール又は低分子量の多糖類と、を含む。上記電気泳動用分離媒体は、このような構成を備えることで、粘度を上げることなく分離性能を改善することが可能になる。ここで、「分離性能」とは、電気泳動によって得られるエレクトロフェログラムにおいて、近接する2本のピークがそれぞれ別個のピークとして識別できる程度に、上記ピークに対応する対象物質を分離して検出できる性能を意味する。電気泳動用分離媒体の分離性能は、後述するサイズ分解能、分離度、分離可能サイズ差等によって評価が可能である。
【0012】
「電気泳動用分離媒体」とは、試料が導入可能であり、当該試料を電気泳動して分離するための媒体を意味する。
【0013】
「水溶性セルロール誘導体」とは、セルロースの繰返し単位中における少なくとも1つのヒドロキシル基(-OH)をエーテル(-OR)に変換して、水溶性が向上したセルロース誘導体を意味する。ここで、「水溶性」とは、25℃、1気圧における蒸留水100gに対して、1g以上の溶解度を有することを意味する。
【0014】
水溶性セルロース誘導体は、セルロースの繰返し単位中における少なくとも1つのヒドロキシル基の水素原子が、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のヒドロキシアルキル基、炭素数2~4のカルボキシアルキル基、-(CH2O)x-Hで表される基、-(CH2CH2O)y-Hで表される基、及び-[CH2CH(CH3)O]z-Hで表される基(x、y、zは、それぞれ独立に正の整数を示す。)からなる群から選ばれる置換基によって置換されている繰返し単位を含むことが好ましい。上記置換基は、炭素数1~3のアルキル基又は炭素数1~3のヒドロキシアルキル基を含むことがより好ましい。
【0015】
すなわち、上記水溶性セルロース誘導体は、下記式(I)で表される。
【0016】
【0017】
式中、Rは、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~3のアルキル基、炭素数1~3のヒドロキシアルキル基、炭素数2~4のカルボキシアルキル基、-(CH2O)x-Hで表される基、-(CH2CH2O)y-Hで表される基、及び-[CH2CH(CH3)O]z-Hで表される基(x、y、zは、それぞれ独立に正の整数を示す。)からなる群から選ばれることが好ましい。Rは、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~3のアルキル基、及び炭素数1~3のヒドロキシアルキル基、からなる群から選ばれることがより好ましい。nは正の整数を示す。
【0018】
水溶性セルロース誘導体としては、例えば、メチルセルロース、エチルセルロース及びプロピルセルロース等のアルキルセルロース;ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)及びヒドロキシプロピルセルロース等のヒドロキシアルキルセルロース;ヒドロキシエチルメチルセルロース、ヒドロキシエチルエチルセルロース及びヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)等のヒドロキシアルキルアルキルセルロース;並びにカルボキシメチルセルロース、カルボキシエチルセルロース及びカルボキシプロピルセルロース等のカルボキシアルキルセルロース(アルカリ金属塩等の塩の形態も含む。)、カルボキシメチルヒドロキシエチルセルロース等のカルボキシアルキルヒドロキシアルキルセルロース(アルカリ金属塩等の塩の形態も含む)等が挙げられ、これらの中から1つを選択して用いてもよいし、複数を組み合わせて用いてもよい。水溶性セルロース誘導体は、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、及びカルボキシメチルセルロース、からなる群から選ばれる1種又は2種以上を含むことが好ましい。水溶性セルロース誘導体は、ヒドロキシプロピルメチルセルロースを含むことがより好ましい。
【0019】
水溶性セルロース誘導体の重量平均分子量(Mw)は、50000~2000000であることが好ましく、250000~1300000であることがより好ましく、300000~370000であることが更に好ましい。重量平均分子量が上記範囲にあることによって、濃度の最適化と共に、電気泳動用分離媒体の粘度をできるだけ上げることなく分離性能を更に満足できる条件を容易に見出すことが可能になる。上記重量平均分子量は、光散乱法またはゲル浸透クロマトグラフィー法(GPC法)によって測定が可能である。
【0020】
水溶性セルロース誘導体の数平均分子量(Mn)は、20000~500000であることが好ましく、80000~160000であることがより好ましい。上記数平均分子量は、光散乱法またはゲル浸透クロマトグラフィー法(GPC法)によって測定が可能である。
【0021】
水溶性セルロース誘導体の多分散度(Mw/Mn)は、1.0~100.0であってもよく、2.0~20.0であってもよく、3.0~4.0であってもよい。上記多分散度は、上述した重量平均分子量を数平均分子量で除することによって求めることが可能である。
【0022】
水溶性セルロース誘導体の粘度(濃度2wt%、温度25℃)は、50~4000cPであることが好ましく、50~100cPであることがより好ましい。粘度が上記範囲にあることによって、電気泳動の流路における電気泳動用分離媒体の充填、置換が容易になる。上記粘度は、ブルックフィールド粘度計で測定が可能である。
【0023】
電気泳動用分離媒体における水溶性セルロース誘導体の濃度は、0.2~2.0%(w/v)であってもよく、0.5~1.6%(w/v)であってもよい。
【0024】
水溶性セルロース誘導体は、公知の方法によって製造してもよい。また、水溶性セルロース誘導体は、市販品を精製せずにそのまま用いてもよいし、市販品を精製して用いてもよい。水溶性セルロース誘導体としてHPMCを用いる場合、市販品としては、例えば、後述する実施例で用いられているシグマアルドリッチジャパン社製のHPMCが挙げられる。
【0025】
「糖アルコール」とは、糖のカルボニル基が還元された鎖状の多価アルコールを意味する。「単糖又は二糖に由来する糖アルコール」とは、単糖又は二糖を還元することによって得られる糖アルコールを意味する。本実施形態において、糖アルコールとしては、例えば、マンニトール、エリスリトール、キシリトール、ラクチトール、マルチトール、ソルビトールが挙げられ、これらの中から1つを選択して用いてもよいし、複数を組み合わせて用いてもよい。なお、糖アルコールに光学異性体(D体及びL体)が存在する場合、いずれの異性体を用いてもよく、又、これらの混合物を用いてもよい。糖アルコールは、マンニトールを含むことが好ましい。
【0026】
電気泳動用分離媒体における糖アルコールの濃度は、1~5wt%であることが好ましく、1~3wt%であることがより好ましい。濃度が上記範囲内にあることによって、電気泳動用分離媒体の分離性能を更に改善することが可能になる。
【0027】
「多糖類」とは、単糖がポリグリコシル化した高分子化合物を意味する。本実施形態において「低分子量の多糖類」とは、それ自体ではDNA等の対象物質に対する分離媒体として機能しない程度に低分子量である多糖類を意味し、例えば、後述する重量平均分子量を有する多糖類が挙げられる。多糖類としては、例えば、プルラン、アガロース、デキストラン、デキストリン、アミロース、キサンタンガム、マンナン、ガラクトマンナン、ジェランガム、カラギナン、カードラン、ペクチン、ウェランガム、アルギン酸、アルギン酸塩(例えば、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウム、アルギン酸カルシウム、アルギン酸アンモニウム等)、アルギン酸エステル(例えば、アルギン酸プロピレングリコールエステル等)、カラヤガム、タマリンドシードガム、ラムザンガム等が挙げられ、これらの中から1つを選択して用いてもよいし、複数を組み合わせて用いてもよい。多糖類は、プルランを含むことが好ましい。
【0028】
多糖類の重量平均分子量(Mw)は、10000~80000であることが好ましく、20000~80000であることがより好ましく、22800~80000であることが更により好ましい。重量平均分子量が上記範囲内にあるものを適量使用することによって、増粘効果を極力抑えることができる。上記重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー法(GPC法)によって測定が可能である。
【0029】
電気泳動用分離媒体における多糖類の濃度は、0.2~5wt%であることが好ましく、0.25~1.0wt%であることがより好ましい。濃度が上記範囲内にあることによって、電気泳動用分離媒体の分離性能を更に改善することが可能になる。
【0030】
糖アルコール又は多糖類は、マンニトール、プルラン、又はこれらの組合わせを含むことが好ましい。
【0031】
電気泳動用分離媒体は、通常は液体であり、水溶液であることが好ましく、緩衝能を有する水溶液(以下、「緩衝溶液」という場合がある。)であることがより好ましい。ここで、「緩衝能」とは、溶液中における水素イオン濃度に対する緩衝作用を意味する。上記緩衝溶液としては、TBE緩衝溶液(89mM Tris、89mM ホウ酸、2mM EDTA-Na2-salt、pH8.3)、TAE緩衝溶液(40mM トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)、酢酸、1mM エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム(EDTA-Na2-salt)、pH8.3)等が挙げられる。また、これら緩衝溶液のイオン強度を変化させて使用する場合もある。例えば、2×TBE緩衝溶液(178mM トリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)、178mM ホウ酸、4mM エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム(EDTA-Na2-salt)、pH8.3)などである。
【0032】
電気泳動用分離媒体の粘度(温度25℃)は、10~200cPであることが好ましく、20~100cPであることがより好ましい。粘度が上記範囲にあることによって、電気泳動の流路における電気泳動用分離媒体の充填、置換が容易になる。上記粘度は、ブルックフィールド粘度計で測定が可能である。
【0033】
電気泳動用分離媒体は、本実施形態の効果を損なわない範囲において、DNA染色試薬(例えば、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、商品名:SYBR(登録商標) Gold)、ロンザジャパン社製、商品名:GelStar(登録商標)等の他の成分を含んでいてもよい。
【0034】
電気泳動する対象物質として核酸(例えば、DNA又はRNA)を用いる場合、本実施形態に係る電気泳動用分離媒体において、100~300bpのサイズ領域におけるサイズ分解能(%)は、3%以下であることが好ましい。ここで、サイズ分解能(%)とは、泳動したDNAフラグメントのサイズ(bp)に対する分離可能な最小のサイズ差(bp)の比率を意味する。サイズ分解能は、値が小さい程、サイズの差が小さい2つのDNAフラグメントを精度良く区別でき、分離性能が高いことを意味する。このようなサイズ分解能を有する電気泳動用分離媒体は、ゲノム編集による変異導入の確認のための電気泳動に好適に用いられる。上記サイズ分解能は、電気泳動することで得られるエレクトロフェログラムから求めることが可能である。具体的には、上記サイズ分解能は、上記エレクトロフェログラムにおいて近接した2つのピーク(「第1のピーク」及び「第2のピーク」という。)に着目して、以下の式から求めることができる。ここで、第1のピークのサイズ(bp)は、第2のピークのサイズ(bp)より小さいものとする。
サイズ分解能(%)=(サイズ分離能[bp]/第1のピークのサイズ[bp])
(ただし、サイズ分離能[bp]=(近接した2つのピークのサイズ差[bp])/Rs)
【0035】
ここで、Rsは上記近接した2つのピークの幅及び高さがほぼ同じと仮定したときの分離度を意味する。Rsが所定の基準値よりも大きい場合、近接した2つのピークは分離していると判断する。例えば、Rs≧0.8である場合、近接した2つのピークは十分に分離していると判断してもよい。Rsは、下記式によって求められる。
【0036】
【0037】
式中、tは泳動時間、wbはベースラインにおけるピーク幅、4σはピークがガウス分布であるとした場合のベースラインにおけるピーク幅、Whはピーク高さが1/2におけるピーク幅を示す。t及びwbにおける下付きの数字は、対応するピークの番号を意味する。ただし、4σは、電気泳動流路内におけるピークの拡がりを分散σ2=2Dt(Dは拡散係数)で示すことができるものと仮定し、拡散以外の要因(例えば、試料成分の流路内壁への吸着など)によるピーク拡がりが無視できる場合に用いられる。例えば、t1は第1のピークの泳動時間を意味し、t2は第2のピークの泳動時間を意味する。
【0038】
電気泳動する対象物質としてDNA又はRNAを用いる場合、本実施形態に係る電気泳動用分離媒体において、25~100bpのサイズ領域における分離可能サイズ差は、1~5bpであることが好ましく、1~3bpであることがより好ましい。このような分離可能サイズ差を有する電気泳動用分離媒体は、ゲノム編集による変異導入の確認のための電気泳動に好適に用いられる。分離可能サイズ差とは、Rs=0.8となるために必要な、2つのピークにおけるフラグメントサイズ(鎖長の大きさ)の差を意味している。上記分離可能サイズ差が小さい程、サイズの差が小さい2つのDNAフラグメントを精度良く分離でき、分離性能が高いことを意味する。上記分離可能サイズ差は、電気泳動することで得られるエレクトロフェログラムから求めることが可能である。
【0039】
本実施形態に係る電気泳動用分離媒体は、水溶性セルロース誘導体と、糖アルコール又は比較的低分子量の多糖類と、を含む。上記電気泳動用分離媒体は、このような構成を備えることで、粘度を上げることなく分離性能を改善することが可能になる。短鎖領域(例えば25~250bp)の二本鎖DNA産物の分離性能を上げるために、分離媒体として比較的低分子量の水溶性ポリマーを高濃度で用いる方法が従来から知られていた。しかし、この方法では分離媒体の粘度が上がるため、マイクロチップを繰り返し使用する際の分離媒体の再充填及び置換には、十分な圧力をかけるための装置が別途必要になり、電気泳動装置として大掛かりなものになってしまうという課題を有していた。上記電気泳動用分離媒体は、それ自体ではDNA等の対象物質に対する分離媒体として機能しない低分子量の糖アルコール又は多糖類(例えば、分子量が80000程度またはそれ以下)を、水溶性ポリマーである水溶性セルロース誘導体に添加しているため、粘度を上げずに分離性能を改善することができる。
【0040】
さらに、水溶性セルロース誘導体(例えば、HPMC)は、セルロースのヒドロキシル基、ヒドロキシプロピル基等が多数存在し、糖アルコール、多糖類と水素結合を形成し得る。このため、単一成分では分子構造上クロスリンクせず、直鎖上に存在するセルロース誘導体分子同士が、糖アルコールまたは多糖類が介在することにより相互作用し、篩い分け効果を及ぼす網目構造が変化する。さらに、上記セルロースのヒドロキシル基、ヒドロキシプロピル基等は、DNAとも水素結合し得る。このため、本実施形態に係る電気泳動用分離媒体中を泳動するDNA産物等は、純粋なサイズによる分離に加えて、水素結合によるアフィニティの影響を受け、分離選択性が変化する。結果として、短鎖領域では、同一のDNAサイズであっても塩基配列の違い、及びわずかな変異の有無によって、電気泳動における移動度に差が生じると本発明者らは考えている。このようなメカニズムを考慮すると、本実施形態において用いられている糖アルコール及び多糖類は、水溶性セルロース誘導体に対して水素結合を形成できるという点で同一の技術的特徴を有している。さらに、糖アルコール、多糖類に限らず、水素結合を形成できる化合物であれば、水溶性セルロース誘導体と組み合わせることで上記電気泳動用分離媒体として用いることが可能である。水素結合を形成できる化合物としては、例えば、COOH基又はNH2基を含む化合物等が挙げられる。
【0041】
(電気泳動用試薬キット)
本実施形態に係る電気泳動用試薬キット(以下、「試薬キット」という場合がある。)は、上記電気泳動用分離媒体を含む。試薬キットには、緩衝溶液、DNA染色試薬、分子量マーカ、内部標準マーカ、容器、取扱説明書等を含んでいてもよい。
【0042】
(電気泳動方法)
本実施形態に係る電気泳動方法は、試料中の対象物質の電気泳動方法であって、
(A)電気泳動用分離媒体が充填された流路に、前記試料を導入する工程と、
(B)前記流路に電圧を印加して電気泳動を行い、前記試料中の前記対象物質の分離を行う工程と、
を含む。
【0043】
工程(A):電気泳動用分離媒体が充填された流路に、試料を導入する工程
工程(A)における「電気泳動用分離媒体が充填された流路」とは、試料中に含まれる対象物質が、電気泳動によって移動するための流路であって、流路内に本実施形態に係る電気泳動用分離媒体が充填されている流路を意味する。上記流路の長さは、特に制限はないが、例えば、10~40mmが挙げられる。上記流路のサイズ(例えば、流路であるキャピラリーチューブの内径、マイクロチップ上に設けられた流路の幅等)は、特に制限はないが、例えば、20~100μmが挙げられる。
【0044】
上記流路は、キャピラリーチューブであってもよいし、マイクロチップ上に設けられたマイクロ流路であってもよい。キャピラリーチューブまたはマイクロチップ上に設けられたマイクロ流路がガラス等で構成されている場合、電気浸透流を抑制するため、または試料中に含まれる夾雑成分の吸着を抑制するために、上記流路の表面がコーティング(例えば、ポリアクリルアミドコーティング)されていてもよい。ポリアクリルアミドコーティングは、例えば以下のようにして上記流路の表面に施される。まずメタクリル基を有するシランカップリング剤を、マイクロ流路の表面に作用させて上記表面にメタクリル基を導入する。次に、このメタクリル基にアクリルアミドモノマーを作用させ、所定の条件にて重合反応を進めることで、マイクロ流路の表面にポリアクリルアミドコーティングを行う。
【0045】
流路に導入する試料は、特に制限ないが、溶液であることが好ましく、例えば、DNA等が溶解したTE緩衝溶液(10mM Tris-HCl、1mM EDTA-Na2-salt、pH8.0)であってもよい。上記試料は、内部標準マーカを含んでもよい。内部標準マーカとしては、例えば、株式会社島津製作所製、商品名MCE(登録商標)-202 MultiNA(登録商標)用DNA-500試薬キットに含まれる内部標準マーカが挙げられる。
【0046】
試料中に含まれる対象物質は、イオン化している物質であれば特に制限はないが、核酸(例えば、DNA、RNA)又はタンパク質を含むことが好ましく、DNAを含むことがより好ましい。DNAは、二本鎖DNA(例えば、ヘテロデュープレックスDNA、ホモデュープレックスDNA等)であってもよいし、一本鎖DNAであってもよい。
【0047】
上記試料は、流路のどの位置に導入してもよいが、十分な泳動距離を確保する観点から、上記流路の一端側に導入するのが好ましい。
【0048】
工程(B):流路に電圧を印加して電気泳動を行い、試料中の対象物質の分離を行う工程
工程(B)における電圧は、流路の全体又は一部に印加すればよい。十分な泳動距離を確保する観点からは、上記電圧は、流路の両端の間に印加することが好ましい。印加する電圧は、電気泳動流路の長さ、サイズ、試料、対象物質の種類等に応じて適宜決定できる。印加する電圧は、例えば、0.2~10kVが挙げられる。
【0049】
上記電気泳動方法は、(C)分離された対象物質を検出する工程を更に含んでいてもよい。工程(C)は、分離された対象物質を光学的手法によって検出することを含んでいてもよい。光学的手法による検出としては、例えば、吸光度または蛍光の測定が挙げられる。検出に用いる波長は、試料、対象物質の種類等に応じて適宜決定できる。
【0050】
本実施形態に係る電気泳動方法は、例えば、マイクロチップ電気泳動装置によって、工程(A)から工程(C)を全自動で行ってもよい。マイクロチップ電気泳動装置としては、例えば、株式会社島津製作所製のMCE(登録商標)-202 MultiNA(登録商標)(商品名)が挙げられる。具体的には、まずマイクロチップ電気泳動装置にマイクロチップ(例えば、株式会社島津製作所製、商品名 Type WE)、電気泳動用分離媒体、試料、及び内部標準マーカをセットする。その後、電気泳動用分離媒体を充填する圧力(100~500kPa)、及びマイクロチップ上に設けられた流路の両端に印加する電圧(0.2~1.4kV)を必要に応じて変更して、全自動で電気泳動を行う。
【0051】
本実施形態に係る電気泳動方法は、ゲノム編集による変異導入の確認のための電気泳動に好適であり、特に、ヘテロデュープレックスDNA産物の分離に好適である。
【実施例】
【0052】
以下、実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0053】
(電気泳動用分離媒体の調製)
1.HPMCを含有するTBE緩衝溶液の調製
ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)は、市販品(シグマアルドリッチジャパン社製)を精製せずそのまま使用した。ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によって各HPMCの数平均分子量(Mn)、重量平均分子量(Mw)、及び多分散度(Mw/Mn)を測定した。具体的には、分子量既知の標準試料(分子量504~1800000)を用いて、GPC分析を行い、その溶出時間から較正曲線を作成した。測定対象である各HPMCを含む試料(濃度0.4%(w/v))を用いて、標準試料の場合と同様の分析条件にてGPC分析を行い、上記較正曲線に基づいてMn、Mw、及びMw/Mnを求めた。
【0054】
GPCの分析条件
カラム:Shodex OHpak SB-806M HQ、ガードカラムShodex OHpak SB-G
移動相:0.1mol/L硝酸ナトリウム
流量:1.0mL/min
温度:40℃
検出器:示差屈折率計、株式会社島津製作所製、RID-20A(商品名)
【0055】
各HPMCの粘度は、ブルックフィールド粘度計で測定した。具体的には、以下の手順で測定した。まずNIST準拠の粘度計標準液(100mPa・s)を用いて測定法の妥当性を検証し、測定対象であるHPMCを含む試料(濃度 2.0%(w/v))を同様の条件にて粘度測定を行った。
粘度測定条件
粘度計:ブルックフィールドDV-II+ Pro
スピンドル:CPA-40Z
温度:25℃
表1に使用したHPMCの一覧表を示す。
【0056】
【0057】
その後、2×TBE緩衝溶液(178mM Tris、178mM ホウ酸、4mM EDTA-Na2-salt、pH8.3)に、濃度が2%(w/v)となるように各HPMCを完全に溶解して、HPMCを含有するTBE緩衝溶液を得た。HPMCを含有するTBE緩衝溶液は、使用時まで、下限臨界溶液温度(45℃)を超えないように保管した。また、熱負荷によって緩衝溶液中のHPMCが不溶化する場合は、冷却によって再溶解した。
【0058】
2.電気泳動用分離媒体の調製
調製したHPMCを含有するTBE緩衝溶液に、DNA染色試薬であるSYBR(登録商標) Gold(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製、商品名)を、1/10000希釈になるよう溶解し、更にマンニトール又はプルランを後述する濃度となるように溶解し、十分混合することによって電気泳動用分離媒体を得た。
【0059】
(電気泳動用試料の調製)
対象物質であるDNAサイズマーカ(25bp DNAラダー、Invitrogen社製、又は25bp DNAステップラダー、Promega社製を、7.2~20ng/μLになるようTE緩衝溶液(10mM Tris-HCl、1mM EDTA-Na2-salt、pH8.0)で希釈して、電気泳動用試料を調製した。内部標準マーカは、DNA分析用のものを使用した(株式会社島津製作所製、商品名MCE(登録商標)-202 MultiNA(登録商標)用DNA-500試薬キット)。
【0060】
(データの測定手順)
マイクロチップ電気泳動装置(株式会社島津製作所製、商品名MCE(登録商標)-202 MultiNA(登録商標))にマイクロチップ(株式会社島津製作所製、商品名 Type WE)、電気泳動用分離媒体、試料、及び内部標準マーカをセットした。その後、電気泳動用分離媒体を充填する圧力(100~500kPa)、及びマイクロチップ上に設けられた流路の両端に印加する電圧(0.2~1.4kV)を必要に応じて変更して、全自動で電気泳動を行い、得られた実験データを分析した。
【0061】
(本実施形態に係る電気泳動用分離媒体と、従来の電気泳動用分離媒体との比較)
本実施形態に係る電気泳動用分離媒体(2.0%(w/v)HPMC(表1の#2)+3%(w/v)マンニトール;実施例1)と、従来から用いられている電気泳動用分離媒体(2.0%(w/v)ヒドロキシエチルセルロース(HEC)(重量平均分子量M
w=475000、多分散度M
w/M
n=4.28、Brookfield粘度90cP(2wt%、25℃));比較例1)とを比較した実験結果を
図1~3及び表2に示す。
図2、3及び表2において、「A0308A」、「W7613」との表記はチップIDを示しており、異なるチップを用いたこと以外は同じ分離条件で測定を行っており、いずれも実施例1に含まれる。対象物質はInvitrogen社製のDNAサイズマーカ(~500bp)を、内部標準マーカはMCE(登録商標)-202 MultiNA(登録商標)用DNA-500試薬キットに含まれる高分子側のマーカを用いた。
【0062】
エレクトロフェログラム(
図1)を比較すると、電気泳動用分離媒体の粘度が同程度であるにもかかわらず、実施例1では、比較例1よりも泳動時間が遅くなると同時に、300bp付近における各ピーク間の間隔が広がっており、分離性能が改善していた。さらに、100~300bpまでのサイズ領域におけるサイズ分解能(%)は、比較例1では約4%程度であるのに対して、実施例1では約3%程度にまで改善していた(
図2)。また、25~100bpの分離可能サイズ差は、比較例1では3~4bpであるのに対して、実施例1では3bp以下にまで改善していた(
図3)。
【0063】
【0064】
(HPMCにマンニトールを添加することによる分離性能の改善効果の検証)
本実施形態に係る電気泳動用分離媒体(2.0%(w/v)HPMC(表1の#2)+1wt%マンニトール;実施例2)と、マンニトールを添加していない電気泳動用分離媒体(2.0%(w/v)HPMC(表1の#2);比較例2)とを比較した実験結果を
図4及び表3に示す。対象物質はPromega社製の25bpステップラダー(~300bp)を用いた。内部標準マーカはMCE(登録商標)-202 MultiNA(登録商標)用DNA-500試薬キットに含まれる高分子側のマーカを用いた。1wt%のマンニトールを添加することによって、泳動時間が遅くなると同時に、300bp付近における各ピーク間の間隔が広がっており、分離性能が改善していた。
【0065】
【0066】
次に、本実施形態に係る電気泳動用分離媒体(2.0%(w/v)HPMC(表1の#2)+3wt%マンニトール;実施例3)と、マンニトールを添加していない電気泳動用分離媒体(2.0%(w/v)HPMC(表1の#2);比較例3)とを比較した実験結果を
図5及び表4に示す。対象物質はInvitrogen社製の25bpステップラダー(~500bp)を用いた。内部標準マーカはMCE(登録商標)-202 MultiNA(登録商標)用DNA-500試薬キットに含まれる高分子側のマーカを用いた。3wt%のマンニトールを添加することによって、泳動時間が遅くなると同時に、300bp付近における各ピーク間の間隔が広がっており、分離性能が改善していた。特に125bp付近のピークは、2つのピークに分離しており、分離性能が大きく改善していることが示されている。
【0067】
【0068】
(HPMCにプルランを添加することによる分離性能の改善効果の検証)
本実施形態に係る電気泳動用分離媒体(2.0%(w/v)HPMC(表1の#2)+0.25wt%プルラン;実施例4)と、プルランを添加していない電気泳動用分離媒体(2.0%(w/v)HPMC(表1の#2);比較例4))とを比較した実験結果を
図6及び表5に示す。用いたプルランの重量平均分子量は、22800であった。対象物質はInvitrogen社製の25bpステップラダー(~500bp)を用いた。内部標準マーカはMCE(登録商標)-202 MultiNA(登録商標)用DNA-500試薬キットに含まれる高分子側のマーカを用いた。0.25wt%のプルランを添加することによって、ピーク幅を拡げずに泳動時間を遅延させる効果が認められ、例えば、200bpの分離度(R
s)は、2.37から2.55に改善されていた。
【0069】
【0070】
(重量平均分子量が異なるHPMCを用いたときの実験データ)
本実施形態に係る電気泳動用分離媒体(1.6%(w/v)HPMC(表1の#1)+3wt%マンニトール;実施例5)と、マンニトールを添加していない電気泳動用分離媒体(1.6%(w/v)HPMC(表1の#1);比較例5)とを比較した実験結果を
図7及び表6に示す。対象物質はPromega社製の25bpステップラダー(~300bp)を用いた。内部標準マーカはMCE(登録商標)-202 MultiNA(登録商標)用DNA-500試薬キットに含まれる高分子側のマーカを用いた。重量平均分子量が小さいHPMCを用いた場合でも、3wt%のマンニトールを添加することによって、泳動時間が遅くなると同時に、300bp付近における各ピーク間の間隔が広がっており、全体的に分離性能が改善した(100bp:R
s=3.61→4.71、200bp:R
s=1.84→2.29、300bp:R
s=1.23→1.50)。
【0071】
【0072】
次に、電気泳動用分離媒体として、0.5%(w/v)HPMC(表1の#3)の溶液(比較例6)の実験結果を
図8及び表7に示す。対象物質はPromega社製の25bpステップラダー(~300bp)を用いた。内部標準マーカはMCE(登録商標)-202 MultiN(登録商標)A用DNA-500試薬キットに含まれる高分子側のマーカを用いた。高分子量のHPMCを希釈して使用したことにより泳動時間の短い分離が得られているが、この場合でもマンニトールを添加することによって泳動時間の遅延効果と分離性能の改善が示唆される。
【0073】
【0074】
以上のように本発明の実施形態及び実施例について説明を行なったが、上述の各実施形態及び各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0075】
今回開示された実施の形態及び実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態及び実施例ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。