(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-13
(45)【発行日】2022-01-13
(54)【発明の名称】分析用試料の調製方法、分析方法および分析用試料の調製用キット
(51)【国際特許分類】
G01N 30/06 20060101AFI20220105BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20220105BHJP
G01N 33/66 20060101ALI20220105BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20220105BHJP
【FI】
G01N30/06 E
G01N30/88 N
G01N33/66 Z
G01N27/62 V
(21)【出願番号】P 2018157701
(22)【出願日】2018-08-24
【審査請求日】2020-11-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西風 隆司
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-194500(JP,A)
【文献】特開2018-109525(JP,A)
【文献】特開2013-068594(JP,A)
【文献】特開2014-006142(JP,A)
【文献】特開2003-246800(JP,A)
【文献】Takashi Nishilkaze et al,Differentiation of Sialyl Linkage Isomers by One-Pot Sialic Acid Derivatization for Mass Spectrometry-Based Glycan Profiling,Analytical Chemistry,2017年,pp.2353-2360
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 - 30/96
G01N 33/66
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に含まれる糖鎖の分析を行うための分析用試料の調製方法であって、
前記糖鎖にシアル酸が結合している場合に、第1結合様式のシアル酸についてはラクトン化し、前記第1結合様式とは異なる第2結合様式のシアル酸についてはラクトン化とは異なる修飾を行うための第1反応を行うことと、
前記第1反応において生成されたラクトンを開環する第2反応を行うことと、
前記第1反応を再度行うことと、
を備える分析用試料の調製方法。
【請求項2】
請求項1に記載の分析用試料の調製方法において、
前記第2反応において、前記第2結合様式のシアル酸がラクトン化されて生成した前記ラクトンが開環される分析用試料の調製方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の分析用試料の調製方法において、
前記第2反応および前記第1反応を行う操作が、1以上の所定の回数だけ交互に繰り返し行われることをさらに備える分析用試料の調製方法。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記第2反応は、前記第1反応に供した前記試料とpHが8以上の塩基性溶媒とを接触させることにより行われる分析用試料の調製方法。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記第1反応および前記第2反応を含む複数回の反応のうち、少なくとも一回の反応は、前記糖鎖が固相担体に結合または吸着した状態で行われる分析用試料の調製方法。
【請求項6】
請求項1から5までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記試料はO型糖鎖を含む分析用試料の調製方法。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記修飾は、エステル化またはアミド化である分析用試料の調製方法。
【請求項8】
請求項1から7までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記第1反応により生成したラクトンに対し、前記修飾とは異なる修飾を行う分析用試料の調製方法。
【請求項9】
請求項1から8までのいずれか一項に記載の分析用試料の調製方法において、
前記第1結合様式のシアル酸は、α2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸、およびα2,9-シアル酸の少なくとも一つであり、前記第2結合様式のシアル酸は、α2,6-シアル酸である分析用試料の調製方法。
【請求項10】
請求項1から9までのいずれか一項の分析用試料の調製方法により分析用試料を調製することと、
調製した前記分析用試料を分析することと
を備える分析方法。
【請求項11】
請求項10に記載の分析方法において、
調製した前記分析用試料は、質量分析およびクロマトグラフィの少なくとも一つにより分析される分析方法。
【請求項12】
pHが8以上の塩基性溶媒を備え、
請求項4に記載の分析用試料の調製方法に用いられる、分析用試料の調製用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析用試料の調製方法、分析方法および分析用試料の調製用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
シアル酸は生体内に数多く存在する糖である。シアル酸は、生体内においてタンパク質と結合された糖鎖に含まれ、糖鎖の非還元末端に存在することが多い。従って、シアル酸は、このような糖タンパク質分子において分子の外側に配置され他の分子から直接認識されるため、重要な役割を担っている。
【0003】
シアル酸は、隣接する糖との間の結合様式(linkage type)が異なる場合がある。例えば、ヒトのN-結合型糖鎖(N型糖鎖)では主にα2,3-およびα2,6-、O-結合型糖鎖(O型糖鎖)やスフィンゴ糖脂質ではこれらに加えてα2,8-およびα2,9-の結合様式が知られている。このような結合様式の違いにより、シアル酸は異なる分子から認識され、異なる役割を有し得る。また、がん化に伴い、発現する糖タンパク質におけるシアル酸の結合様式が変化することも知られており、がんのバイオマーカーとしての利用も期待される。さらに、糖鎖修飾によるバイオ医薬品の効果への影響が知られており、バイオ医薬品の品質管理においても、シアル酸の結合様式の解析は重要である。
【0004】
しかしながら、シアル酸を含有するシアリル糖鎖の質量分析による解析は、シアル酸が負電荷を有し正イオンモードではイオン化しにくいことや、シアル酸が分解しやすいことから容易ではない。特許文献1では、糖鎖のシアル酸を非水系の溶媒中でアミド化し安定化する点が記載されている。しかし、特許文献1の方法では、シアル酸の結合様式を区別して修飾することはできず、さらに元々シアル酸の結合様式により糖鎖の質量は変わらないため、質量分析により結合様式を区別して解析することはできない。
【0005】
シアル酸の結合様式を区別して解析するため、結合様式特異的な修飾を行う化学修飾法が提案されている。このような化学修飾法では、α2,3-シアル酸がα2,6-シアル酸よりも脱水縮合剤により分子内脱水を起こしやすい性質を利用し、α2,3-シアル酸を分子内脱水によりラクトン化すると同時に、α2,6-シアル酸をアルコールまたはアミン等の求核剤と反応させる。これによりシアル酸の結合様式によって異なる質量の分子が生成されるから、質量分析によりシアル酸の結合様式を区別して解析することができる。特許文献2および非特許文献1では、遊離糖鎖にイソプロピルアミンと脱水縮合剤とを含む溶液を加え、α2,3-シアル酸をラクトン化し、α2,6-シアル酸をアミド化している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-68594号公報
【文献】特許第6135710号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Nishikaze T, Tsumoto H, Sekiya S, Iwamoto S, Miura Y, Tanaka K. "Differentiation of Sialyl Linkage Isomers by One-Pot Sialic Acid Derivatization for Mass Spectrometry-Based Glycan Profiling" Analytical Chemistry,(米国), ACS Publications, 2017年2月21日、Volume 89, Issue 4, pp.2353-2360
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
発明者は、特許文献2および非特許文献1に記載された方法を行ったときに、特にO-結合型糖鎖において反応特異性が低下し、α2,6-シアル酸の一部がラクトン化される場合があることを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の好ましい実施形態による分析用試料の調製方法は、試料に含まれる糖鎖の分析を行うための分析用試料の調製方法であって、前記糖鎖にシアル酸が結合している場合に、第1結合様式のシアル酸についてはラクトン化し、前記第1結合様式とは異なる第2結合様式のシアル酸についてはラクトン化とは異なる修飾を行うための第1反応を行うことと、前記第1反応において生成されたラクトンを開環する第2反応を行うことと、前記第1反応を再度行うことと、を備える。
さらに好ましい実施形態では、前記第2反応において、前記第2結合様式のシアル酸がラクトン化されて生成した前記ラクトンが開環される。
さらに好ましい実施形態では、前記第2反応および前記第1反応を行う操作が、1以上の所定の回数だけ交互に繰り返し行われることをさらに備える。
さらに好ましい実施形態では、前記第2反応は、前記第1反応に供した前記試料とpHが8以上の塩基性溶媒とを接触させることにより行われる。
さらに好ましい実施形態では、前記第1反応および前記第2反応を含む複数回の反応のうち、少なくとも一回の反応は、前記糖鎖が固相担体に結合または吸着した状態で行われる。
さらに好ましい実施形態では、前記試料はO型糖鎖を含む。
さらに好ましい実施形態では、前記修飾は、エステル化またはアミド化である。
さらに好ましい実施形態では、前記第1反応により生成したラクトンに対し、前記修飾とは異なる修飾を行う。
さらに好ましい実施形態では、前記第1結合様式のシアル酸は、α2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸、およびα2,9-シアル酸の少なくとも一つであり、前記第2結合様式のシアル酸は、α2,6-シアル酸である。
本発明の好ましい実施形態による分析方法は、上述の分析用試料の調製方法により分析用試料を調製することと、調製した前記分析用試料を分析することとを備える。
さらに好ましい実施形態では、調製した前記分析用試料は、質量分析およびクロマトグラフィの少なくとも一つにより分析される。
本発明の好ましい実施形態による分析用試料の調製用キットは、pHが8以上の塩基性溶媒を備え、上述の分析用試料の調製方法に用いられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、より正確に結合様式特異的なシアル酸の修飾を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、一実施形態に係る分析方法の流れを示すフローチャートである。
【
図2】
図2は、従来の分析用試料の調製方法(上段)および一実施形態の分析用試料の調製方法(下段)によりそれぞれ得られた分析用試料のマススペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図を参照して本発明を実施するための形態について説明する。
【0013】
図1は、本実施形態の分析用試料の調製方法に係る分析方法の流れを示すフローチャートである。ステップS1001において、糖鎖を含む試料が用意される。
【0014】
糖鎖を含む試料は、特に限定されず、遊離糖鎖、糖ペプチドおよび糖タンパク質、ならびに糖脂質からなる群から選択される少なくとも一つの分子を含むことができる。本実施形態の分析用試料の調製方法は、糖鎖におけるシアル酸の結合様式の解析に好適に用いられるため、試料中の糖鎖は、N-結合型糖鎖やO-結合型糖鎖、糖脂質型糖鎖等、末端にシアル酸を有する可能性がある糖鎖を含むことが好ましい。発明者は、α2,6-シアル酸を選択的にアミド化する従来の結合様式特異的なシアル酸の修飾において、O-結合型糖鎖においてα2,6-シアル酸がラクトン化される場合がある点を見出し、本発明を行った。従って、試料中の糖鎖はα2,6-シアル酸を備えるO-結合型糖鎖を含むことが好ましい。しかし、他の糖鎖であったとしても、結合様式特異的なシアル酸の修飾で意図せぬラクトン化が起きる可能性がある場合には、本発明を適用し同様の効果を得ることができる。
【0015】
試料が遊離糖鎖を含む場合には、糖タンパク質や糖ペプチド、糖脂質から遊離させた糖鎖を用いることができる。糖鎖を糖タンパク質や糖ペプチド、糖脂質から遊離させる方法としては、O‐グリコシダーゼやN‐グリコシダーゼ、エンドグリコセラミダーゼなどを用いた酵素処理や、ヒドラジン分解、アルカリ処理によるβ脱離等の化学的遊離法を用いることができる。糖ペプチドおよび糖タンパク質のペプチド鎖等からO‐結合型糖鎖を遊離させる場合は、非還元的β脱離法等の上記化学的遊離法が好適に用いられ、カルバミン酸アンモニウム法がピーリングによる分解が抑制されるためより好適に用いられる。また、3AQ(3-aminoquinoline)や2AA(2-aminobenzoic acid)等により糖鎖の還元末端のラベル化等の修飾を適宜行うことができる。糖鎖を遊離させる処理の前に、後述する糖ペプチドまたは糖タンパク質のペプチド鎖の切断を行ってもよい。
【0016】
試料が糖ペプチドまたは糖タンパク質を含む場合、糖ペプチドまたは糖タンパク質に対してジメチルアミド化やグアニジル化などのアミノ基をブロックする反応を起こすための処理を適宜行うことができる。これにより、主鎖の末端にあるアミノ基やカルボキシ基との間で起こる分子内脱水縮合等の副反応を抑制することができる。また、糖ペプチドまたは糖タンパク質のペプチド鎖のアミノ酸の残基数が多いものは、酵素的切断等により、ペプチド鎖を切断して用いることが好ましい。例えば、質量分析用の試料を調製する場合、ペプチド鎖のアミノ酸残基数は30以下が好ましく、20以下がより好ましく、15以下がさらに好ましい。一方、糖鎖が結合しているペプチドの由来を明確とすることが求められる場合には、ペプチド鎖のアミノ酸残基数は2以上が好ましく、3以上がより好ましい。
【0017】
糖ペプチドまたは糖タンパク質のペプチド鎖を切断する場合の消化酵素としては、トリプシン、Lys‐C、アルギニンエンドペプチダーゼ、キモトリプシン、ペプシン、サーモリシン、プロテイナーゼK、プロナーゼE等が用いられる。これらの消化酵素の2種以上を組み合わせて用いてもよい。ペプチド鎖の切断の際の条件は特に限定されず、使用する消化酵素に応じた適宜のプロトコールが採用される。この切断の前に、試料中のタンパク質およびペプチドの変性処理やアルキル化処理が行われてもよい。変性処理やアルキル化処理の条件は特に限定されない。
なお、上記ペプチド鎖の切断処理は、本実施形態の分析用試料の調製方法により糖鎖に含まれるシアル酸をラクトン化するいずれかの反応の前後や、ラクトン化したシアル酸を安定化した後に行ってもよい。また、酵素的切断では無く、化学的切断等によりペプチド鎖を切断してもよい。
ステップS1001が終了したら、ステップS1003に進む。
【0018】
(選択的ラクトン化反応)
ステップS1003において、試料を選択的ラクトン化のための反応溶液(以下、ラクトン化反応溶液と呼ぶ)と接触させ、糖鎖にシアル酸が結合している場合に、α2,3-シアル酸についてはラクトン化し、α2,6-シアル酸についてはラクトン化とは異なる修飾を行うための反応(選択的ラクトン化反応)を行う。選択的ラクトン化反応では、α2,3-シアル酸の他、α2,8-シアル酸およびα2,9-シアル酸が好適にラクトン化され得る。
【0019】
選択的ラクトン化反応後の試料から、ラクトン化反応溶液を除去するための操作が行われる。ラクトン化反応溶液を除去するための操作は、固相担体に結合させた糖鎖から遠心等によりラクトン化反応溶液を分離し、洗浄溶液を用いて洗浄したり、遠心濃縮により試料を乾固させたり等、選択的ラクトン化反応に必要な試薬の濃度が十分低くなれば適宜特に限定されない。
なお、後述のステップS1009の後において十分な反応特異性で選択的ラクトン化がされた反応生成物が得られるのであれば、反応溶液の除去をいつ、何回行うかについては特に限定されない。反応溶液の除去は、ステップS1003~ステップS1011の少なくとも一つの後に適宜行うことができる。
【0020】
ラクトン化反応溶液は、脱水縮合剤と、アルコール、アミンまたはこれらの塩を含む求核剤とを含む。シアル酸の結合様式に基づいて選択的に脱水反応または求核反応を起こすように、これらの脱水縮合剤および求核剤の種類や濃度が調整される。
【0021】
α2,3-シアル酸のカルボキシ基の分子内脱水で生じるラクトンは六員環であり、α2,6-シアル酸のカルボキシ基の分子内脱水により生じ得るラクトンは七員環となる。従って、七員環より安定な六員環を生じるα2,3-シアル酸はα2,6-シアル酸よりラクトン化されやすい。また、α2,3-シアル酸のカルボキシ基はα2,6-シアル酸のカルボキシ基に比べて立体障害が比較的大きい位置にあるため、大きな分子は、α2,6-シアル酸と比べると、α2,3-シアル酸とは反応しづらい。このようなシアル酸の結合様式による分子構造の違いに基づいて、シアル酸の結合様式により異なる修飾がされるように脱水縮合剤および求核剤の種類や濃度が調整される。但し、本実施形態の分析用試料の調製方法では、選択的ラクトン化反応において意図せずラクトン化が起こったとしても、後述のようにラクトンを開環し再度選択的ラクトン化反応を行うことで反応特異性を高めることができるため、一度の選択的ラクトン化反応で完全な反応特異性を得る必要はない。
【0022】
(選択的ラクトン化反応における脱水縮合剤)
脱水縮合剤は、カルボジイミドを含むことが好ましい。カルボジイミドを用いると、脱水縮合剤としてホスホニウム系脱水縮合剤(いわゆるBOP試薬)やウロニウム系脱水縮合剤を用いた場合に比べて、立体障害が大きい部位に存在するカルボキシ基のアミド化等がされにくいからである。カルボジイミドの例としては、N,N’‐ジシクロへキシルカルボジイミド(DCC)、N‐(3‐ジメチルアミノプロピル)‐N’‐エチルカルボジイミド(EDC)、N,N’‐ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)、1‐tert‐ブチル‐3‐エチルカルボジイミド(BEC)、N,N’‐ジ‐tert‐ブチルカルボジイミド、1,3‐ジ‐p‐トルイルカルボジイミド、ビス(2,6‐ジイソプロピルフェニル)カルボジイミド、ビス(トリメチルシリル)カルボジイミド、1,3‐ビス(2,2‐ジメチル‐1,3‐ジオキソラン‐4‐イルメチル)カルボジイミド(BDDC)や、これらの塩が挙げられる。
【0023】
(選択的ラクトン化反応における添加剤)
脱水縮合剤による脱水縮合を促進させ、かつ副反応を抑制するために、カルボジイミドに加えて、求核性の高い添加剤を用いることが好ましい。求核性の高い添加剤としては、1‐ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)、1‐ヒドロキシ‐7‐アザ‐ベンゾトリアゾール(HOAt)、4‐(ジメチルアミノ)ピリジン(DMAP)、2‐シアノ‐2‐(ヒドロキシイミノ)酢酸エチル(Oxyma)、N‐ヒドロキシ‐スクシンイミド(HOSu)、6‐クロロ‐1‐ヒドロキシ‐ベンゾトリアゾール(Cl-HoBt)、N‐ヒドロキシ‐3,4‐ジヒドロ‐4‐オキソ‐1,2,3‐ベンゾトリアジン(HOOBt)等が好ましく用いられる。
【0024】
(選択的ラクトン化反応における求核剤)
求核剤として用いられるアミンは、炭素原子を2個以上含む第一級または第二級のアルキルアミンを含むことが好ましい。第一級のアルキルアミンは、エチルアミン、プロピルアミン、イソプロピルアミン、ブチルアミン、sec‐ブチルアミン、tert‐ブチルアミン等が好ましい。第二級アルキルアミンは、ジメチルアミン、エチルメチルアミン、ジエチルアミン、プロピルメチルアミン、イソプロピルメチルアミン等が好ましい。α2,3-シアル酸のカルボキシ基のように立体障害が大きい部位に存在するカルボキシ基がアミド化されにくいようにする観点から、イソプロピルアミンのような分枝アルキル基を有するアミンを用いることが好ましい。ラクトン化反応溶液の求核剤にアミンを用いた場合、シアル酸の結合様式に基づいて、α2,6-シアル酸等の一部のシアル酸のカルボキシ基がアミド化される。
【0025】
求核剤として用いられるアルコールは、特に限定されず、例えばメタノールおよびエタノール等を用いることができる。ラクトン化反応溶液の求核剤にアルコールを用いた場合、シアル酸の結合様式に基づいて、α2,6-シアル酸等の一部のシアル酸のカルボキシ基がエステル化される。
なお、求核剤は、上述の求核剤の塩を含んでもよい。
(脱水縮合剤および求核剤の濃度について)
ラクトン化反応溶液の脱水縮合剤の濃度は、例えば、1mM~5Mが好ましく、10mM~3Mがより好ましい。カルボジイミドとOxyma、HOAtまたはHOBt等の求核性の高い添加剤とを併用する場合は、それぞれの濃度が上記範囲であることが好ましい。ラクトン化反応溶液の求核剤の濃度は、0.01~20Mが好ましく、0.1M~10Mがより好ましい。選択的ラクトン化反応の際の反応温度は、-20℃~100℃程度が好ましく、-10℃~50℃がより好ましい。
【0026】
(選択的ラクトン化反応を行う相)
選択的ラクトン化反応は、液相でも固相でも実施できる。液相で反応を行う場合、ジメチルスルホキシド(DMSO)やジメチルホルムアミド(DMF)等の非水系溶媒中で反応を行うことが好ましい。非水溶媒中で反応を行うことにより、副反応が抑制される傾向があり、糖ペプチドや糖タンパク質を試料とする場合に好適である。液相反応における各成分の濃度は特に限定されず、脱水縮合剤やアミンの種類等に応じて適宜に決定できる。
【0027】
固相で選択的ラクトン化反応を行う場合、固相担体は、糖鎖、糖ペプチド、糖タンパク質等を固定可能であれば、特に限定されない。例えば、糖ペプチドや糖タンパク質を固定するためには、エポキシ基、トシル基、カルボキシ基、アミノ基等をリガンドとして有する固相担体を用いることができる。また、糖鎖を固定するためには、ヒドラジド基やアミノオキシ基等をリガンドとして有する固相担体を用いることができる。糖鎖を親水性相互作用クロマトグラフィ(以下、HILICと呼ぶ)用の担体、すなわち固定相に吸着させることも好ましく、このHILIC用の担体はアミド基を含むことがさらに好ましい。試料を固相担体に固定した状態で反応を行うことにより、反応後の反応溶液の除去が容易となり、効率よくシアル酸の修飾を行うことができる。
【0028】
選択的ラクトン化反応後の試料は、必要に応じて、公知の方法等により精製、脱塩、可溶化、濃縮、乾燥等の処理が行われてもよい。
図1のフローチャートに示された各反応の前後においても同様である。
ステップS1003が終了したら、ステップS1005に進む。
【0029】
(開環反応)
ステップS1005において、試料を、溶媒(以下、開環反応用溶媒と呼ぶ)と接触させ、選択的ラクトン化反応において生成されたラクトンを開環する反応(開環反応)が行われる(以下、開環反応と記載した場合、特に言及が無い限り、ステップS1005の開環反応を指す)。上述したように、選択的ラクトン化反応を行った際に、少なくともO-結合型糖鎖において、α2,6-シアル酸がラクトン化される場合がある。この開環反応により、意図せずラクトン化されたα2,6-シアル酸のラクトンが開環される。一方、選択的ラクトン化反応においてアミド化等のラクトン化とは異なる修飾がされたシアル酸については、そのまま当該修飾が維持されることになる。ここで、「意図せずラクトン化された」とは、一回の選択的ラクトン化反応の反応特異性が十分でなかったために、ラクトン化とは異なる修飾を行うべきシアル酸がラクトン化されたことを意味する。
【0030】
(開環反応用溶媒について)
開環反応用溶媒は、特に限定されず、任意の溶媒を用いることができる。開環反応用溶媒に水を用いても、数十時間かかる場合があるが、加水分解によりラクトンの開環反応を起こすことができる。開環反応用溶媒は、効率よく分析用試料を調製するため、より短い時間でラクトンを開環させることが好ましい。この観点から、開環反応用溶媒は、塩基性溶媒が好ましく、pHが8以上の塩基性溶媒がより好ましく、pHが10以上の塩基性溶媒がさらに好ましい。ラクトンの加水分解は塩基性溶媒の方が酸性溶媒よりも好適ではあるが、迅速に開環反応を行う観点から開環反応用溶媒は酸性溶媒も好ましく、pHが6以下の酸性溶媒がより好ましく、pHが4以下の酸性溶媒がさらに好ましい。
【0031】
開環反応用溶媒は、シアル酸と意図しない反応を起こすことを防ぐ観点から、アルコール、アミンまたはその塩を含まないことが好ましい。しかし、後述のステップS1009の後において十分な反応特異性で選択的ラクトン化がされた反応生成物が得られるのであれば、アルコール、アミンまたはその塩を含んでもよい。アミンを含む場合、塩を形成していないアミンがより好ましい。好適な例としては、開環反応用溶媒は、水酸化ナトリウム水溶液が入手の容易さや強塩基である等の観点から好ましい。この水酸化ナトリウム水溶液は、5重量%以下の濃度であることが取扱いの危険性等の観点からより好ましい。他の例として、開環反応用溶媒は、強塩基である第四級アルキルアンモニウムカチオンまたはテトラメチルグアニジンを含むことが好ましい。
【0032】
(開環反応を起こすための時間)
選択的ラクトン化反応に供した試料と、開環反応用溶媒とを接触させる時間は、特に限定されず、開環反応用溶媒の種類にもよるが、10分以下が好ましく、数秒またはそれ以下の短時間であることが、効率よく分析用試料を調製する上で好ましい。後述のように試料が固相に固定されている場合には、開環反応用溶媒を数秒間等通液することにより開環反応を起こしてもよい。
【0033】
(開環反応を行う相)
開環反応は、液相でも固相でも実施できる。試料を固相に固定した状態で選択的ラクトン化反応が行われる場合、選択的ラクトン化反応に供した試料を固相に固定した状態を維持して、開環反応を行ってもよい。また、試料を選択的ラクトン化反応に供した後、固相に固定して開環反応を行ってもよい。
【0034】
固相で選択的ラクトン化反応を行う場合、固相担体としては、選択的ラクトン化反応に関して上述したものと同様のものを使用できる。固相担体への試料の固定については、選択的ラクトン化反応に関して上述した条件を用いることができる。固相担体からの試料の遊離については、後述の安定化反応について述べる条件を採用できる。試料を固相担体に固定した状態で反応を行うことにより、開環反応後の開環反応用溶媒の除去等が容易となり、効率よくシアル酸の修飾を行うことができる。
ステップS1005が終了したら、ステップS1007に進む。
【0035】
ステップS1007において、選択的ラクトン化反応が再度行われる。ステップS1003に行われた選択的ラクトン化反応において、意図せずラクトン化がされたシアル酸については、ステップS1007の選択的ラクトン化反応により、少なくともその一部についてラクトン化とは異なる修飾がされることになる。選択的ラクトン化反応においてラクトン化することを意図したα2,3-シアル酸等の特定の結合様式のシアル酸については、選択的ラクトン化反応の度にラクトン化され、開環反応の度に開環されることになる。
ステップS1007が終了したら、ステップS1009に進む。
【0036】
ステップS1009において、ステップS1005およびステップS1007を、さらに所定の回数だけ交互に繰り返して行う。開環反応と、開環反応に続いて行われる選択的ラクトン化反応とにより、意図せずラクトン化されたシアル酸のラクトンが開環され、一回の選択的ラクトン化反応の反応特異性に基づいて再度修飾される。ラクトン化以外の修飾がされたシアル酸は以降の反応でそのままの状態で残るから、意図せずラクトン化されるシアル酸は反応を繰り返すごとに減少していく。従って、開環反応および選択的ラクトン化反応の組合せを繰り返し行うことで、結合様式特異的な選択的ラクトン化反応を正確に行うことができる。
【0037】
ステップS1009において選択的ラクトン化反応を繰り返す回数(以下、繰り返し回数と呼ぶ)は、特に限定されない。繰り返し回数が多い程、複数回の選択的ラクトン化反応全体の反応特異性が高くなるため、繰り返し回数は1以上が好ましく、2以上がより好ましい。あまり繰り返し回数が多いと、分析用試料を調製する効率が悪くなるため、繰り返し回数は適宜100以下、10以下等にすることができる。
ステップS1009が終了したら、ステップS1011に進む。
なお、ステップS1007において所望の反応特異性で選択的ラクトン化が行われた試料が得られる場合、ステップS1009は省略することができる。
【0038】
(安定化反応について)
ステップS1011において、試料を、ラクトンが形成されたシアル酸を安定化する修飾を行うための反応溶液(以下、安定化反応溶液と呼ぶ)と接触させ、ラクトン化されているシアル酸を安定化する反応(以下、安定化反応と呼ぶ)が行われる。安定化反応では、選択的ラクトン化反応でラクトンが形成されたα2,3-シアル酸等に対し、ステップS1003でα2,6-シアル酸に行われた修飾とは異なる修飾を行い、分析用試料を取得する。
なお、ステップS1011を省略し、選択的ラクトン化された試料を質量分析、クロマトグラフィまたはこれらの組合せ等により分析してもよい。
【0039】
安定化反応において、選択的ラクトン化反応でラクトンが形成されたシアル酸を修飾する反応の種類は特に限定されず、アミド化やエステル化等を行うことができる。アミド化やエステル化は、ラクトンに含まれる炭素が構成するカルボキシ基に対して行われることが好ましい。アミド化により修飾する場合には、安定化反応溶液にアンモニア、アミンまたはこれらの塩を含むようにする。エステル化により修飾を行う場合には、安定化反応溶液にアルコールを含むようにする。
【0040】
安定化反応の後得られた分析用試料を質量分析を用いて解析する場合には、ステップS1011でシアル酸の結合様式に基づいて異なる質量の修飾体が形成されるように、ラクトンを修飾する。言い換えれば、ステップS1003で第1結合様式のシアル酸にラクトンを生成し、第1結合様式とは異なる第2結合様式のシアル酸にラクトンとは異なる修飾体Aを生成したとする。この場合、ステップS1011では、第1結合様式のシアル酸に修飾体Aとは異なる質量を有する修飾体Bを生成する。ここで、修飾体Aと修飾体Bとの質量の差は、分析用試料の質量分析における質量分解能に基づいて十分区別できる程度に大きいように定められる。上記において、第1結合様式のシアル酸はα2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸およびα2,9-シアル酸の少なくとも一つを含み、第2結合様式のシアル酸はα2,6-シアル酸を含むことが好ましい。
【0041】
安定化反応の後得られた分析用試料をクロマトグラフィを用いて解析する場合には、ステップS1011でシアル酸の結合様式に基づいて異なる置換基を有する修飾体が形成されるようにすると、クロマトグラフィによる分離が促進され、好適である。
【0042】
安定化反応の例としては、特許文献2に記載された、ラクトンの開環およびその後のアミド化である。この場合、例えば、試料と、塩基性溶媒や酸性溶媒等との接触によりラクトンを開環する。その後、メチルアミンやエチルアミン等の第一級アルキルアミン等のアミンまたはこれらの塩と、脱水縮合剤とを含む安定化反応溶液を、試料に接触させることで開環されたシアル酸のアミド化を行うことができる。ここで、脱水縮合剤はホスホニウムヘキサフルオロホスフェイト(PyBOP)等のホスホニウム系脱水縮合剤や、ウロニウム系脱水縮合剤を含むことができる。また、アミド化効率を高める観点からN-メチルモルホリン(NMM)を安定化反応溶液に加えてもよい。
【0043】
安定化反応の他の例としては、安定化反応溶液と試料とを接触させることにより、シアル酸のラクトン化体からアミド化体までの変換を一度に行うことが挙げられる。この場合、メチルアミン、エチルアミン等の第一級アルキルアミン等のアミンまたはこれらの塩を含む安定化反応溶液と、試料とを接触させる。pHを8以上、好ましくは10以上等の塩基性の条件にすることで上記変換を起こしやすくすることができる。脱水縮合剤はこの場合特に必要ではないが、安定化反応溶液に含まれていてもよい。
【0044】
(安定化反応を行う相について)
安定化反応は、液相でも固相でも行うことができる。試料と安定化反応溶液を接触させることができれば、安定化反応を起こす際の試料の状態は特に限定されないが、試料に含まれる糖鎖を固相担体に結合または吸着された状態で安定化反応溶液を接触させることが好ましい。
【0045】
固相で反応を行う場合、固相担体としては、選択的ラクトン化反応に関して上述したものと同様のものを使用できる。固相担体への試料の固定については、選択的ラクトン化反応に関して上述した条件を用いることができる。
【0046】
固相担体に固定された試料に、安定化反応溶液を作用させてラクトンの修飾を行った後は、化学的手法や酵素反応等により、担体から試料を遊離させて回収すればよい。例えば、担体に固定された糖タンパク質や糖ペプチドを、PNGase F等のグリコシダーゼやトリプシン等の消化酵素により酵素的に切断したり化学的に切断したりして回収してもよく、ヒドラジド基を有する固相担体に結合している糖鎖を、弱酸性溶液により遊離させて回収してもよい。HILICでは、アセトニトリル等を溶媒とした安定化反応溶液により安定化反応を行い、水等の水系溶液により試料を溶出することができる。
【0047】
試料を固相担体に固定した状態で反応を行うことにより、反応溶液の除去や脱塩精製がより容易となり、試料の調製を簡素化できる。また、固相担体を用いる場合、糖タンパク質や糖ペプチドの状態で試料を固定し、安定化反応後に、PNGase F等のグリコシダーゼ等による切断を行えば、安定化反応後の試料を遊離糖鎖として回収することもできる。
ステップS1011が終了したら、ステップS1013に進む。
【0048】
ステップS1013において、試料を質量分析、クロマトグラフィまたはこれらの組合せにより分析する。上述の選択的ラクトン化反応により、α2,6-シアル酸のようにラクトン化されにくい糖鎖と、α2,3-シアル酸、α2,8-シアル酸、α2,9-シアル酸等のラクトン化されやすい糖鎖とでは質量が異なっている。従って、質量分析によりこれらの糖鎖をシアル酸の結合様式に基づいて分離することができる。
【0049】
質量分析におけるイオン化の方法は特に限定されず、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)法、エレクトロスプレー(ESI)法、ナノエレクトロスプレーイオン化(nano-LSI)法等を用いることができる。イオン化の方法は特にMALDI法が好ましい。質量分析におけるイオン化では、正イオンモードおよび負イオンモードのいずれを用いてもよい。質量分析は、多段階で行ってもよく、これによりシアル酸の結合様式以外の糖鎖の構造や、ペプチド鎖の構造を好適に解析することができる。
【0050】
また、選択的ラクトン化反応および安定化反応の結果生じた修飾体の特性に基づいて、クロマトグラフィ等の質量分析以外の分析方法等で分析を行ってもよい。液体クロマトグラフィに用いるカラムは特に限定されず、C30、C18、C8、C4等の疎水性逆相カラムやカーボンカラム、HILIC用の順相カラムなどを適宜用いることができる。液体クロマトグラフィを行った後、質量分析により測定を行うことが複数回の分離により精密に試料中の成分の分析を行う上で好ましい。この場合、液体クロマトグラフからの溶出液をオンライン制御で質量分析計において直接ESI等によりイオン化することがより好ましい。
ステップS1013が終了したら、処理を終了する。
【0051】
(分析用試料の調製用キットについて)
本実施形態の分析用試料の調製方法に好適に用いられる分析用試料の調製用キット(以下、調製用キットと呼ぶ)が提供される。調製用キットは、例えばpHが8以上の塩基性溶媒等、上述の開環反応用溶媒を含むものであれば、その内容は特に限定されず、試薬や、試薬以外の質量分析に用いられる任意の消耗品を含むことができる。調製用キットを用いて分析用試料を調整することにより、より効率的に分析用試料を調整することができる。
【0052】
上述の実施形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)本実施形態の分析用試料の調製方法は、糖鎖にシアル酸が結合している場合に、第1結合様式(α2,3-等)のシアル酸についてはラクトン化し、第1結合様式とは異なる第2結合様式(α2,6-等)のシアル酸についてはラクトン化とは異なる修飾を行うための選択的ラクトン化反応を行うことと、選択的ラクトン化反応において生成されたラクトンを開環する開環反応を行うことと、選択的ラクトン化反応を再度行うことと、を備える。これにより、より正確に結合様式特異的なシアル酸の修飾を行うことができる。
【0053】
(2)本実施形態の分析用試料の調製方法では、開環反応において、第2結合様式のシアル酸がラクトン化されて生成したラクトンが開環される。これにより、第2結合様式のシアル酸がラクトン体として、安定化反応や、質量分析等の分析に供されることを防ぐことができる。
【0054】
(3)本実施形態の分析用試料の調製方法は、開環反応および選択的ラクトン化反応を行う操作が、1以上の所定の回数だけ交互に繰り返し行われることをさらに備える。これにより、意図せずラクトン化されるシアル酸の割合を下げ、さらに正確に結合様式特異的なシアル酸の修飾を行うことができる。
【0055】
(4)本実施形態の分析用試料の調製方法において、開環反応は、選択的ラクトン化反応に供した試料とpHが8以上の塩基性溶媒等とを接触させることにより行われる。これにより、ラクトンが開環しやすい塩基性条件を利用し、効率的に分析用試料の調製を行うことができる。
【0056】
(5)本実施形態の分析用試料の調製方法において、選択的ラクトン化反応および開環反応を含む複数回の反応のうち、少なくとも一回の反応は、糖鎖が固相担体に結合または吸着した状態で行われるようにすることができる。これにより、反応溶液の除去や脱塩精製等を容易にし、効率よく分析用試料の調製を行うことができる。
【0057】
(6)本実施形態の分析用試料の調製方法において、第2結合様式のシアル酸の修飾は、エステル化またはアミド化である。これにより、第2結合様式のシアル酸が安定化された分析用試料を調製することができる。
【0058】
(7)本実施形態の分析用試料の調製方法において、選択的ラクトン化反応により生成したラクトンに対し、第2結合様式のシアル酸の修飾とは異なる修飾を行う。これにより、第1結合様式のシアル酸が安定化された分析用試料を調製することができる。
【0059】
(8)本実施形態に係る分析方法は、本実施形態の分析用試料の調製方法により分析用試料を調製することと、調製した分析用試料を分析することとを備える。これにより、精度よくシアル酸の結合様式を区別して糖鎖を解析することができる。
【0060】
(9)本実施形態に係る分析方法において、調製した分析用試料は、質量分析およびクロマトグラフィの少なくとも一つにより分析されることができる。これにより、結合様式特異的に生じた質量の差や、クロマトグラフィでの分離への影響に基づいて、シアル酸の結合様式を区別して糖鎖を解析することができる。
【0061】
(10)本実施形態に係る分析用試料の調製用キットは、pHが8以上の塩基性溶媒を備えることができる。これにより、開環反応用溶媒を迅速に調達、用意することができる。
【0062】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【実施例】
【0063】
以下に、本実施形態に係る実施例を示すが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。なお、以下において、%の記載は特に言及が無い限り重量%を示す。
【0064】
試料に含まれる構造が既知の糖鎖として、ウシFetuinから非還元β脱離で切り出したO-結合型糖鎖を用い、結合様式特異的なシアル酸の修飾がどの程度の正確さで行われているかを分析した。
【0065】
<非還元β脱離処理>
10μg/μLに溶解したFetuin 20μLを、30mgのカルバミン酸アンモニウムと混合し、ボルテックスミキサーによりよく撹拌してその少なくとも一部を溶解した。Fetuinが溶解された溶液を60℃のインキュベーターで20時間インキュベートし、非還元β脱離を行った。その後、試料に500μLのH2Oを加え70℃で減圧遠心濃縮することを3回繰り返し、余剰なカルバミン酸アンモニウムを除いた。
【0066】
<O-結合型糖鎖のヒドラジドビーズへの固定化>
非還元β脱離に供した試料を、ヒドラジド基をリガンドとして有するビーズからなる固相担体(糖鎖精製キットBlotGlyco(住友ベークライト)の内容物)に結合させた。糖鎖の固相担体への結合は、糖鎖精製キットBlotGlycoの標準プロトコールに準じて行った。
【0067】
<ヒドラジドビーズ上での結合様式特異的修飾>
ヒドラジドビーズに固定された試料に対して、従来の方法(従来法)および上述の実施形態の方法(改良法)をそれぞれ用いてシアル酸の結合様式特異的な修飾を行った。
【0068】
(従来法)
糖鎖が結合した後の担体を、200μLのDMSOで3回洗浄した。その後、担体にイソプロピルアミンを含む100μLの選択的ラクトン化反応溶液(2M イソプロピルアミン塩酸塩、500mM EDC-HCl、500mM Oxyma)を加え、800rpmで軽く攪拌しながら1.5時間反応させた(これにより、α2,6-シアル酸はイソプロピルアミドに、α2,3-シアル酸はラクトン体に変換される)。遠心により選択的ラクトン化反応溶液を除去した後、200μLのメタノールで1回洗浄を行った。その後、ラクトンを開裂させるため200μLの1% メチルアミン水溶液で担体を3回洗浄した。次いで200μLのメタノールで2回、および200μLのDMSOで3回洗浄を行った。その後、ラクトン体をメチルアミド化するため、100μLの安定化反応溶液(1M メチルアミン塩酸塩、250mM PyBOP、15% NMM)を担体に加え、室温で1時間撹拌した。その後、200μLのDMSO、200μLのメタノール、および200μLの水で、それぞれ3回ずつ洗浄を行った。
【0069】
(改良法)
糖鎖が結合した後の担体を、200μLのDMSOで3回洗浄した。その後、担体にイソプロピルアミンを含む100μLの選択的ラクトン化反応溶液(2M イソプロピルアミン塩酸塩、500mM EDC-HCl、500mM Oxyma)を加え、800rpmで軽く攪拌しながら0.5時間反応させた。遠心により選択的ラクトン化反応溶液を除去した後、200μLのメタノールで1回洗浄を行った。その後、200μLの1% イソプロピルアミン水溶液を開環反応用溶媒として用い、この水溶液で担体を3回洗浄することでラクトンを開裂させた。次いで200μLのメタノールで2回、および200μLのDMSOで3回洗浄を行った。その後、担体に再度イソプロピルアミンを含む100μLの選択的ラクトン化反応溶液を加え、800rpmで軽く攪拌しながら0.5時間反応させた。この後は上記と同様に1% イソプロピルアミン水溶液による担体の洗浄によるラクトン開裂を行い、その後、さらにイソプロピルアミンを含む100μLの選択的ラクトン化反応溶液を加え、800rpmで軽く攪拌しながら0.5時間反応させた。その後、ラクトンを開裂させるため、200μLの1% メチルアミン水溶液で担体を3回洗浄した。次いで200μLのメタノールで2回、および200μLのDMSOで3回洗浄を行った。その後、100μLの安定化反応溶液(1M メチルアミン塩酸塩、250mM PyBOP、15% NMM)を担体に加え、室温で1時間撹拌した。その後、200μLのDMSO、200μLのメタノール、および200μLの水で、それぞれ3回ずつ洗浄を行った。
【0070】
<ヒドラジドビーズからの糖鎖の遊離と糖鎖のラベル化、質量分析>
BlotGlycoの標準プロトコールに準じた方法で安定化反応後の糖鎖試料を担体から遊離させた。具体的には、20μLのH2Oと180μLの2% 酢酸/アセトニトリルを担体に加え、蓋をせずに70℃で1.5時間加熱させることで溶媒を蒸発させ、糖鎖を遊離させた。その後、50μLのH2Oで3回溶出を行い糖鎖を回収した。回収した糖鎖は、Stage Tip Carbonで脱塩精製を行い、減圧遠心濃縮により乾固させた。Stage Tip Carbonは、エムポアディスクカーボン(3M製)を、直径約1mmに切り抜き、200μLのチップに詰めたカーボンチップである。脱塩精製では、Stage Tip Carbonに100μLのアセトニトリル(ACN)を加えた後、遠心により排出した。その後、1M NaOH、 1M HCl、H2O、80% ACN 0.1% トリフルオロ酢酸(TFA)溶液、およびH2Oを用い、同様の操作を順に行い、カラム担体の洗浄と平衡化を行った。その後、遊離された糖鎖を含む溶液をカラムに加え、遠心により当該溶液を排出した。さらに150μLのH2Oを加えた後、遠心により排出することを3回繰り返し、洗浄を行った。最後に、20μLの80% ACN 0.1% TFA溶液を加え、遠心により排出することを2回繰り返し、糖鎖を溶出させた。2回分の溶出液を合わせて、SpeedVac(サーモフィッシャーサイエンティフィック)により溶媒を除き乾固させた。
【0071】
乾固した試料を10μLのH2Oに再溶解させ、1μLをフォーカスプレートに滴下し、マトリックスとして50% ACNに溶解させた100mM 3AQ/CA(3-aminoquinoline/p-coumaric acid)、2mM リン酸二水素アンモニウムを0.5μL加えた後、75℃のヒートブロック上で1.5時間反応させ、3AQによる糖鎖の還元末端のラベル化を行った。反応終了後、プレートを室温まで冷却し、MALDI-QIT-TOF-MS (AXIMA-Resonance, Shimadzu/Kratos) により、負イオンモードで飛行時間型の質量分析を行った。
【0072】
図2は上記の質量分析を行って得られた (a) 従来法 及び (b) 改良法 の負イオンマススペクトルである。FetuinのO-結合型糖鎖の構造は明らかとなっている為、糖鎖の構造をピークと対応させて記した。当該糖鎖におけるα2,3-シアル酸がメチルアミド化され、α2,6-シアル酸がイソプロピルアミド化された場合、m/z 1242.13付近にピークが観測されることになる(矢印A1参照)。(a)従来法で得られたマススペクトルでは、当該ピークよりも、このm/z値と-28Daに対応する差を有するm/z 1214.4に対応するピークの方がより高い強度で観測されている。このm/z 1214.4のピークは、α2,6-シアル酸に意図せずラクトン化が行われたことによる誤反応物に相当する(本来であればイソプロピルアミド化(iPA化)のみされるピークが、メチルアミド化(MA化)してしまっているために生じたピーク)。(b)改良法で得られたマススペクトルでは、この誤反応物に由来するピークの強度が低下し、正しくα2,6-シアル酸がiPA化されている反応物に対応するピークの方が強く観測されている。
【0073】
選択的ラクトン化反応について、従来法の反応時間と、改良法の合計反応時間とは1.5時間で等しいにもかかわらず、改良法において誤反応物の割合が減少していることは、改良法において各選択的ラクトン化反応の間にラクトンを開裂させる操作をしているからに他ならない。