(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-13
(45)【発行日】2022-02-15
(54)【発明の名称】トリメチレンカーボネート誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07D 319/06 20060101AFI20220207BHJP
C08G 64/16 20060101ALN20220207BHJP
【FI】
C07D319/06
C08G64/16
(21)【出願番号】P 2018033179
(22)【出願日】2018-02-27
【審査請求日】2020-10-14
(73)【特許権者】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】網代 広治
(72)【発明者】
【氏名】信岡 宏明
【審査官】▲高▼岡 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-003118(JP,A)
【文献】国際公開第2013/059295(WO,A2)
【文献】米国特許第05753660(US,A)
【文献】国際公開第2015/012156(WO,A1)
【文献】米国特許第05808108(US,A)
【文献】特開2012-232909(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されるトリメチロールアルカンの2箇所のヒドロキシル基を保護剤で同時に保護することにより、下記式(2)で表される化合物Aを得る工程と、
前記化合物Aを還元剤で還元し、前記2箇所のうちの一方のみを脱保護することにより、
下記式(3)で表される、2個のヒドロキシル基を有する化合物Bを得る工程と、
前記化合物Bの2個のヒドロキシル基を、カルボニル化することにより、
下記式(4)で表されるトリメチレンカーボネート誘導体を得る工程と
を備え
、
前記還元剤が水素化ジイソブチルアルミニウム又は水素化ホウ素ナトリウムである、トリメチレンカーボネート誘導体の製造方法。
【化1】
式(1)~(4)中、R1は水素原子又はアルキル基を表し、式(2)~(4)中、Rはアリール基を表す。
【請求項2】
R1が、炭素数1~5の低級アルキル基である、請求項1に記載のトリメチレンカーボネート誘導体の製造方法。
【請求項3】
R1が、メチル基である、請求項1に記載のトリメチレンカーボネート誘導体の製造方法。
【請求項4】
Rがフェニル基である、請求項1~3のいずれかに記載のトリメチレンカーボネート誘導体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、感熱応答性、生分解性等の機能を有するトリメチレンカーボネート誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリ乳酸は生分解性を有し、生体内で分解吸収されることから、ドラッグデリバリーシステム(DDS)の担体や医療用接着剤等の医用材料への利用が期待されている。しかしながら、ポリ乳酸をはじめ、生分解性を有する高分子化合物の多くは高分子主鎖にエステル結合を有しており、加水分解により酸性有機化合物を生成するため、これが炎症を引き起こす可能性がある。
【0003】
これに対して、ポリトリメチレンカーボネートはカーボネート骨格を高分子主鎖とするため、加水分解によって二酸化炭素とジオールが生成され、酸性有機化合物が生成されることはない。そこで、このような性質に着目し、ポリトリメチレンポリカーボネートに様々な置換基を導入した新規の高分子材料が提案されている(特許文献1)。所定の置換基を導入することによって、生分解性を有するポリトリメチレンカーボネートの誘導体を創出することができる。さらに、置換基の種類を選択することにより、生分解性に感熱応答性や抗血栓性等の医用材料に好適な機能を付加したポリトリメチレンカーボネート誘導体を得ることも可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
置換基の導入には、該置換基をそれが導入される化合物の主鎖とエステル結合させる方法が採られることが多い。しかし、この方法では、置換基を導入することによって得られるトリメチレンカーボネート誘導体にエステル結合が存在することになり、この誘導体を高分子量化(重合)したときに上述したポリトリメチレンカーボネートの性質を失ってしまう。そのため、特許文献1では、エステル結合とは異なる結合形態でトリメチレンカーボネートに置換基を導入する方法が採用されているが、この方法は出発物質から目的物質(トリメチレンカーボネート誘導体)までの工程が多く、しかも合成経路が複雑であるため、トリメチレンカーボネート誘導体の合成に時間や手間がかかるという問題があった。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、エステル結合を含まないトリメチレンカーボネート誘導体を少ない工程で簡便に合成することができるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係るトリメチレンカーボネート誘導体の製造方法は、出発物質であるトリオールの3箇所のヒドロキシル基のうちの2箇所のベンジル化による保護、該保護された2箇所のうちの一方のみの脱保護、該脱保護された1箇所と前記トリオールの3箇所のヒドロキシル基のうちベンジル化による保護を受けなかった1箇所の計2箇所のヒドロキシル基のカーボネート化を経て、トリメチレンカーボネート誘導体を得る方法である。
【0008】
具体的には、本発明に係るトリメチレンカーボネート誘導体の製造方法は、
下記式(1)で表されるトリメチロールアルカンの2箇所のヒドロキシル基を保護剤で同時に保護することにより、下記式(2)で表される化合物Aを得る工程と、
前記化合物Aを還元剤で還元し、前記2箇所のうちの一方のみを脱保護することにより、下記式(3)で表される、2個のヒドロキシル基を有する化合物Bを得る工程と、
前記化合物Bの2個のヒドロキシル基を、カルボニル化することにより、下記式(4)で表されるトリメチレンカーボネート誘導体を得る工程と
を備えることを特徴とする。
【化1】
【0009】
式(1)~(4)中、R1は水素原子又はアルキル基を表し、好ましくは炭素数1~5の低級アルキル基、より好ましくはメチル基又はエチル基を表す。
また、式(2)~(4)中、Rはアリール基を表し、好ましくはフェニル基を表す。
【0010】
上記製造方法においては、トリメチロールアルカンの2個のヒドロキシル基をアルデヒド基で同時に保護した後、片方のみを脱保護する。この結果、アルデヒド化合物がエーテル結合でトリメチロールアルカンと結合した構造(つまり、化合物Bの構造)が得られる。次に、脱保護されたヒドロキシル基と、もともと保護されていないヒドロキシル基のカルボニル化(カーボネート化)による環状付加反応によりトリメチレンカーボネート誘導体が形成される。形成されたトリメチレンカーボネート誘導体は、周知の方法により高分子量化することができる。
【0011】
上記方法は、出発物質であるトリメチロールアルカンの3個のヒドロキシル基の対称性に注目し、トリメチロールアルカンの2個のヒドロキシル基を保護剤で同時に保護した後、片方のみを脱保護して開裂させるという反応経路を見出したことによりなし得たものであり、従来法に比べて少ない工程でトリメチロールアルカンからトリメチレンカーボネート誘導体を得ることができる。
【0012】
トリメチロールアルカンから化合物Aを得るため、つまり、トリメチロールアルカンの2個のヒドロキシル基を保護するために用いられる保護剤はアルデヒド化合物であれば良く、好ましい保護剤としてベンズアルデヒドやバニリンを挙げることができる。トリメチレンカーボネート誘導体に必要とされる機能性の種類や程度に応じて、上記式(1)におけるR1や上記式(2)、(3)におけるR(つまり、保護剤の種類に関連する。)を適宜選択するとよい。
【0013】
化合物Aから化合物Bを得るため、つまり、化合物Aにおける保護剤で保護された2個のヒドロキシル基のうちの一方のみを脱保護するために用いられる還元剤は、還元力が比較的弱いものが好ましく、そのような還元剤の例としては、水素化ジイソブチルアルミニウム又は水素化ホウ素ナトリウムが挙げられる。特に、R1がメチル基であるときは、還元剤として水素化ジイソブチルアルミニウムを用いることが好ましい。これに対して、水素化アルミニウムリチウム(LiAlH4)のような還元力の強い還元剤を用いると、保護された2個のヒドロキシル基の両方が脱保護されてしまうため、用いることができない。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、側鎖がポリエーテルのみから構成されており、エステル結合を含まないトリメチレンカーボネート誘導体を、少ない工程で簡便に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る製造方法の実施例1で得られた、エチル(2-メトキシ-4-(((5-メチル-2-オキソ-1,3-ジオキサン-5-イル)メトキシ)メチル)フェニル) カルボネートの
1H NMRスペクトル。
【
図2】エチル(2-メトキシ-4-(((5-メチル-2-オキソ-1,3-ジオキサン-5-イル)メトキシ)メチル)フェニル) カルボネートのFT-IRスペクトル。
【
図3】エチル(2-メトキシ-4-(((5-メチル-2-オキソ-1,3-ジオキサン-5-イル)メトキシ)メチル)フェニル) カルボネートの高分子量体の
1H NMRスペクトル。
【
図4】本発明に係る製造方法の実施例2で得られた、化合物A2と化合物B2の
1H NMRスペクトル。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る製造方法の具体的な実施例について説明する。
【0017】
[実施例1]
以下に示す3段階の合成反応により、トリメチレンカーボネート誘導体(モノマー)を得た。各段階の合成手順について以下に詳述する。
【0018】
【0019】
(1)4-(5-ヒドロキシメチル-5-メチル-1,3-ジオキサン-2-イル)-2-メトキシフェノールの合成(ジオールの保護)
窒素雰囲気下で500mLの二口フラスコにトリメチロールエタン 60.0g(500mmol)とp-トルエンスルホン酸(TsOH)0.860g(5.0mmol)とテトラヒドロキシフラン(THF)400mLを加え、室温で1時間撹拌して溶解させた。その後、下記式(5)で表されるバニリン15.2g(100mmol)を加え、50℃で15時間撹拌した。溶媒を除去し、超純水とジクロロメタン(CH2Cl2)を用いて分液操作を行い、有機層を回収した。回収した有機層に硫酸ナトリウム(Na2SO4)を加え、濾過した後に溶媒を除去した。その後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 酢酸エチル(EtOAc):ヘキサン=4:1)により精製し、化合物A1(8.58g、33.7mmol、収率34%)を得た。
【0020】
【0021】
(2)2-(((4-ヒドロキシ-3-メトキシベンジル)オキシ)メチル)-2-メチルプロパン-1,3-ジオールの合成(脱保護(開裂))
化合物A1:2.55g(10.0mmol)を少量のTHFに溶解し、乾燥剤(商品名:モレキュラーシーブ(MS)4A)を用いて無水状態にしたものを、窒素雰囲気下で300mLの二口フラスコに加えた。その後、氷浴で0℃に冷却し、水素化ジイソブチルアルミニウム(DIBAL)30.1mL(30.1mmol)をゆっくり加え、室温で10時間撹拌した。以下の式(6)はDIBALの構造を示している。
【0022】
【0023】
次に、氷浴で0℃に冷却し、メタノール21mLをゆっくり滴下した。溶液がゼリー状になるのを確認した後、飽和ロッシェル塩水溶液を加え、二層に分離するまで室温で撹拌した。その後、ジエチルエーテルを用いて分液操作を行い、有機層を回収した。回収した有機層に硫酸ナトリウムを加え、濾過した後に溶媒を除去した。その後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 酢酸エチル:ヘキサン=4:1)により精製し、化合物B1(1.31g、5.39mmol、収率54%)を得た。
【0024】
なお、図示は省略するが、1H NMR及びFT-IRにより、4-(5-ヒドロキシメチル-5-メチル-1,3-ジオキサン-2-イル)-2-メトキシフェノールの生成、及び2-(((4-ヒドロキシ-3-メトキシベンジル)オキシ)メチル)-2-メチルプロパン-1,3-ジオールの生成を確認した。
【0025】
(3)エチル(2-メトキシ-4-(((5-メチル-2-オキソ-1,3-ジオキサン-5-イル)メトキシ)メチル)フェニル) カルボネートの合成
化合物B1:1.31g(5.39mmol)を少量のTHFに溶解し、乾燥剤MS4Aを用いて無水状態にしたものを、窒素雰囲気下で300mLの二口フラスコに加えた。クロロギ酸エチル(Ethyl chroloformate)1.55mL(16.2mmol)を加え、氷浴で0℃に冷却した。続いてトリエチルアミン2.23mL(16.1mmol)をゆっくり滴下し、6時間撹拌した。1Mの塩酸とジクロロメタンを用いて分液操作を行い、有機層を回収した。回収した有機層に硫酸マグネシウムを加え、濾過した後に溶媒を除去した。その後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 酢酸エチル)により精製し、化合物C1(1.33g、3.75mmol、収率69.5%)を得た。
【0026】
化合物C1を
1H NMR(400MHz、室温、CDCl
3中)及びFT-IRにより同定し、エチル(2-メトキシ-4-(((5-メチル-2-オキソ-1,3-ジオキサン-5-イル)メトキシ)メチル)フェニル) カルボネートが生成されたことを確認した。
図1に
1H NMRの測定結果を、
図2にFT-IRの測定結果を示す。
【0027】
(4)エチル(2-メトキシ-4-(((5-メチル-2-オキソ-1,3-ジオキサン-5-イル)メトキシ)メチル)フェニル) カルボネートの高分子量化の確認
化合物C1を少量の溶媒に溶解し、乾燥剤MS4Aを用いて無水状態にしたものを、窒素雰囲気下で二口試験管に加えた。その後、真空ポンプを用いて溶媒を乾燥させた(室温、24時間)。再び窒素雰囲気下にし、2,2-ジメチル-1-プロパノールを溶媒で1.0Mに調製したもの、及び1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]-7-ウンデセンを溶媒で1.0Mに調製したものを加えた。その後、試験管ミキサーで少し撹拌し、静置した。
なお、この実施例では、静置時間を8時間、又は24時間とし、溶媒をTHF又はジクロロメタンとして、高分子量化を行った。
反応完了後、少量のジクロロメタンに溶解させ、メタノールを貧溶媒とし、再沈殿することで精製を行った。
【0028】
得られた生成物を、
1H NMR(400MHz、室温、CDCl
3中)により同定し、高分子量化を確認した。
図3に高分子量体の
1H NMRの測定結果を示す。また、サイズ排除クロマトグラフィにより生成物の分子量分布(PDI)を測定し、数平均分子量(Mn)、重量平均分子量(Mw)、収率を求めた。その結果を表1に示す。
【0029】
【0030】
以上の結果より、以下の式に示す重合反応により化合物C1の高分子量体(ポリマー)が形成されていることが推定された。
【化5】
【0031】
[実施例2]
この実施例では、以下に示す2段階の合成反応により、トリメチレンカーボネート誘導体の合成経路の中間体を得た。各段階の合成手順について以下に詳述する。
【化6】
【0032】
(1)5-ヒドロキシメチル-5-メチル-2-フェニル-[1,3]-ジオキサンの合成(ジオールの保護)
窒素雰囲気下で2.0Lの二口フラスコにトリメチロールエタン 72.048g(600mmol)とp-トルエンスルホン酸3.69g(21.4mmol)とTHF1.5Lを加え、室温で1時間撹拌した。その後、ベンズアルデヒド64.2mL(630mmol)を加え、室温で15時間撹拌した。溶媒を除去し、超純水とジクロロメタン(CH2Cl2)を用いて分液操作を行い、有機層を回収した。回収した有機層に硫酸ナトリウム(Na2SO4)を加え、濾過した後に溶媒を除去した。その後、ヘキサンに懸濁させ、15分間撹拌しヘキサンを濾過することにより除去し、化合物A2(111g、534mmol、収率89%)を得た。
【0033】
(2)2-((ベンジルオキシ)メチル)-2-メチルプロパン-1,3-ジオールの合成(脱保護(開裂))
化合物A2:1.0g(4.80mmol)を少量のジクロロメタン(CH2Cl2)に溶解し、乾燥剤MS4Aを用いて無水状態にしたものを、窒素雰囲気下で300mLの二口フラスコに加えた。その後、氷浴で0℃に冷却し、水素化ジイソブチルアルミニウム(DIBAL)14.4mL(14.4mmol)をゆっくり加え、室温で10時間撹拌した。
【0034】
次に、氷浴で0℃に冷却し、超純水2.05mLをゆっくり滴下した。続いて、5M水酸化ナトリウム水溶液2.05mLをゆっくり滴下した。最後に超純水6.15mLをゆっくり滴下した。室温で1時間撹拌し、生じた沈殿物をセライトを用いて吸引濾過により除去した。その後、濾過した溶液を超純水とジクロロメタン(CH2Cl2)を用いて分液操作を行い、有機層を回収した。回収した有機層に硫酸ナトリウムを加え、濾過した後に溶媒を除去した。その後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(展開溶媒 酢酸エチル:ヘキサン=1:1)により精製し、化合物B2(0.587g、2.79mmol、収率58%)を得た。
【0035】
化合物A2、B2を
1H NMR(400MHz、室温、CDCl
3中)により同定した結果を
図3に示す。
図3中、下側は化合物A2の
1H NMRスペクトルを、上側は化合物B2の
1H NMRスペクトルを示している。