(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-13
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】三次元培養皮膚シート、その製造に使用するための細胞培養容器及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20220128BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20220128BHJP
A61L 27/60 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
C12N5/071
C12M3/00 A
A61L27/60
(21)【出願番号】P 2018523701
(86)(22)【出願日】2017-06-23
(86)【国際出願番号】 JP2017023302
(87)【国際公開番号】W WO2017222065
(87)【国際公開日】2017-12-28
【審査請求日】2020-05-21
(31)【優先権主張番号】P 2016125843
(32)【優先日】2016-06-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2016256778
(32)【優先日】2016-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】傳田 光洋
(72)【発明者】
【氏名】傳田 澄美子
(72)【発明者】
【氏名】熊本 淳一
(72)【発明者】
【氏名】小林 康明
(72)【発明者】
【氏名】長山 雅晴
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-292568(JP,A)
【文献】特開2010-045984(JP,A)
【文献】特開2000-245450(JP,A)
【文献】特開2001-258555(JP,A)
【文献】特表平05-506169(JP,A)
【文献】特開平08-243156(JP,A)
【文献】特開2011-120577(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
C12M 1/00- 3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも表皮細胞を含み、基底部の少なくとも一部に凹凸を有する、三次元培養皮膚シート
であって、
前記三次元培養皮膚シートの厚さの平均が、80μm以上であり、
前記凹凸の高さが、平均30μm~75μmであり、
前記凹凸の間隔幅が、平均10μm~200μmである、三次元培養皮膚シート。
【請求項2】
前記表皮細胞が、ケラチノサイトである、請求項1に記載の三次元培養皮膚シート。
【請求項3】
前記三次元培養皮膚シートの内部の少なくとも一部に、さらに、表皮細胞非存在領域を含む、請求項1又は2に記載の三次元培養皮膚シート。
【請求項4】
さらに、前記基底部と接触した凸部を有する多孔性膜を備える、請求項1~
3のいずれか1項に記載の三次元培養皮膚シート。
【請求項5】
前記凸部が、非生体物質からなる、請求項
4に記載の三次元培養皮膚シート。
【請求項6】
培養表面の少なくとも一部に設けられた多孔性膜と、
前記多孔性膜上に配置され、三次元培養皮膚シートの基底部に凹凸を形成するための凸部と、
を有する、請求項1~
5のいずれか1項に記載の三次元培養皮膚シートの製造に使用される細胞培養容器
であって、
前記凸部の高さが、平均30μm~75μmであり、
前記凸部の隣接する間隔幅が、平均10μm~200μmである、細胞培養容器。
【請求項7】
前記凸部が、非生体物質からなる、請求項
6に記載の細胞培養容器。
【請求項8】
前記凸部が、ビーズ形状、角柱形状、錐体形状、錐台形状、釣鐘型、及び/又は、格子状からなる、請求項
6又は7に記載の細胞培養容器。
【請求項9】
(1)培養表面の少なくとも一部に設けられた多孔性膜と、前記多孔性膜上に配置され、三次元培養皮膚シートの基底部に凹凸を形成するための凸部と、を有する細胞培養容器内に、培地に懸濁した表皮細胞を含む細胞を播種する工程、
(2)前記細胞培養容器の多孔性膜の外側に培地を接触させて培養する工程、
を含む、三次元培養皮膚シートの製造方法
であって、
前記三次元培養皮膚シートの厚さの平均が、80μm以上であり、
前記凸部の高さが、平均30μm~75μmであり、
前記凸部の隣接する間隔幅が、平均10μm~200μmである、製造方法。
【請求項10】
さらに、
(3)前記細胞培養容器内の培地を除去して、前記表皮細胞を空気に暴露し、培養する工程、
を含む、請求項
9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記凸部が、非生体物質からなる、請求項
9又は
10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記凸部が、ビーズ形状、角柱形状、錐体形状、錐台形状、釣鐘型、及び/又は、格子状からなる、請求項
9~
11のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項13】
前記表皮細胞が、生体組織から単離培養後、継代回数2以上の表皮細胞を含む、請求項
9~
12のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項14】
前記表皮細胞が、ケラチノサイトである、請求項
9~
13のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三次元培養皮膚シートに関する。また、本発明は、三次元培養皮膚シートの製造に使用するための細胞培養容器に関する。また、本発明は、三次元培養皮膚シートの製造方法に関する。本出願は、2016年6月24日に提出された日本出願(特願2016-125843号)及び2016年12月28日に提出された日本出願(特願2016-256778号)を基礎とする優先権主張出願である。
【背景技術】
【0002】
皮膚は生体内と生体外の環境を分ける体表を覆う器官である。皮膚は、物理的なバリアとして働き、乾燥や有害物質が生体内へ侵入することから守り、生命の維持に不可欠な役割を果たしている。
【0003】
高等脊椎動物の皮膚は、最外層から大別すると表皮、真皮、皮下組織の層から形成されている。表皮と真皮の境界面には起伏を有しており、この起伏は、老化に伴い平坦化することが知られている(例えば、非特許文献1参照。)。表皮は、主にケラチノサイトと呼ばれる細胞から構成されており、表皮の最深部(基底層)でケラチノサイトが分裂しながら、上層に向かって有棘層、顆粒層、そして角層へと分化しながら表面へと移動し、やがて垢となって脱落する。このサイクルはヒトの場合概ね4週間で行われる。
【0004】
表皮構造、及びその機能を生体外で模倣した様々な培養皮膚モデルの構築が試みられており、既に市販されているものもある(例えば、特許文献1、非特許文献2、及び非特許文献3参照。)。また、フォトリソグラフィーで作成した溝を有するモールドにコラーゲンゲルを流し込み、そのコラーゲンゲルに線維芽細胞を播種して作製したスキャフォールド上にケラチノサイトをさらに播種して3次元培養皮膚モデルを作製する試みや(特許文献2、非特許文献4)、培養表面にうねりが設けられた細胞培養器材を用いて、初代ヒトケラチノサイトに含まれる幹細胞の配置に与える影響を調べる試みや(非特許文献5)、生分解性高分子のキトサン、ポリカプロラクトン又はその混合物からなる細胞培養器材表面を用いて、ヒトケラチノサイトの分化に与える影響が調べられている(非特許文献6)。また、ヒトの献体から採取された皮膚組織から、上皮組織と細胞成分を除去したヒト無細胞化真皮基質上にケラチノサイトを播種して、3次元培養皮膚を作製する試みも行われている(非特許文献7)。
【0005】
こうした培養皮膚モデルは、化粧品や皮膚へ塗布する薬剤の安全性試験や、基礎研究等で用いられており、動物を代替するモデルとして注目を集めているところであるが、未だに、ヒトの皮膚と同等レベルの厚さ及びバリア機能を有する培養皮膚モデルは得られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2012-235921号公報
【文献】米国特許出願公開第2011/0171180号明細書
【非特許文献】
【0007】
【文献】Lavker R.M.Structural alterations in exposed and unexposed aged skin.J Invest Dermatol.1979 Jul;73(1):59-66.
【文献】Bell E.,et al.,The reconstitution of living skin.J Invest Dermatol.1983 Jul;81(1 Suppl):2s-10s.
【文献】“ケラチノサイト三次元培養スターターキット”、[online]、2009年5月11日、フナコシ株式会社、[2016年6月16日検索]、インターネット<URL:http://www.funakoshi.co.jp/contents/3571>
【文献】Clement AL,Moutinho TJ Jr,Pins GD.Micropatterned dermal-epidermal regeneration matrices create functional niches that enhance epidermal morphogenesis.Acta Biomater.2013 Dec;9(12):9474-84.
【文献】Viswanathan P.,et al.,Mimicking the topography of the epidermal-dermal interface with elastomer substrates.Integr Biol(Camb).2016 Jan;8(1):21-9.
【文献】Salerno S.,Polymeric membranes modulate human keratinocyte differentiation in specific epidermal layers.Colloids Surf B Biointerfaces.2016 Oct 1;146:352-62.
【文献】Kato H.,et al.,Fabrication of Large Size Ex Vivo-Produced Oral Mucosal Equivalents for Clinical Application.Tissue Eng Part C Methods.2015 Sep;21(9):872-80.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
動物を代替するモデルとしての培養皮膚モデルが開発されているが、in vitroで構築した従来のモデルは、生体の表皮と比較して十分な厚さを有しているとは言いがたいものであった。また、従来の培養皮膚モデルは、動物、特にヒト由来の皮膚と比較して、十分なバリア機能を有するものではなかった。さらにまた、既に市販されている三次元培養キットを使用した場合、継代されていない、又は継代回数が少ない初代培養表皮細胞(例えば、継代回数0又は1)を使用した場合にしか所望の厚さを有する三次元培養皮膚が得られないという問題を抱えていた。そのため、継代回数が少ない初代培養細胞を用いた場合に限らず、皮膚を構成する任意の細胞を用いたとしても、生体と同等又はそれに近い厚さを有する三次元培養皮膚を、安価、安定的かつ簡便に得る技術が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記要請に鑑み、本発明者らが検討を行った結果、培養表面上に凸部を有する多孔性膜で表皮細胞を培養することにより、従来の培養方法と比較して厚さを有する三次元培養皮膚シートが得られることを見出し、本発明を為すに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
[1] 少なくとも表皮細胞を含み、基底部の少なくとも一部に凹凸を有する、三次元培養皮膚シート。
[2] 該表皮細胞が、ケラチノサイトである、[1]に記載の三次元培養皮膚シート。
[3] 該三次元培養皮膚シートの内部の少なくとも一部に、さらに、表皮細胞非存在領域を含む、[1]又は[2]に記載の三次元培養皮膚シート。
[4] 該三次元培養皮膚シートの厚さの平均が、20μm以上である、[1]~[3]のいずれか1に記載の三次元培養皮膚シート。
[5] 該凹凸の高さが平均1μm~300μmである、[1]~[4]のいずれか1に記載の三次元培養皮膚シート。
[6] 該凹凸の高さが、平均1μm~90μmである、[1]~[4]のいずれか1に記載の三次元培養皮膚シート。
[7] 該凹凸の隣接する間隔幅が、平均1μm~300μmである、[1]~[6]のいずれか1に記載の三次元培養皮膚シート。
[8] 該凹凸の間隔幅が、平均1μm~100μmである、[1]~[6]のいずれか1に記載の三次元培養皮膚シート。
[9] さらに、該基底部と接触した凸部を有する多孔性膜を備える、[1]~[8]のいずれか1に記載の三次元培養皮膚シート。
[10] 前記凸部が、非生体物質からなる、[9]に記載の三次元培養皮膚シート。
【0011】
[11] 培養表面の少なくとも一部に設けられた多孔性膜と、該多孔性膜上に配置され、三次元培養皮膚シートの基底部に凹凸を形成するための凸部と、を有する、[1]~[10]のいずれか1に記載の三次元培養皮膚シートの製造に使用される細胞培養容器。
[12] 非生体物質からなる、[11]に記載の細胞培養容器。
[13] 該凸部の高さが、平均1μm~300μmである、[11]又は[12]に記載の細胞培養容器。
[14] 該凸部の高さが、平均1μm~90μmである、[11]又は[12]に記載の細胞培養容器。
[15] 該凸部の隣接する間隔幅が、平均1μm~300μmである、[11]~[14]のいずれか1に記載の細胞培養容器。
[16] 該凸部の隣接する間隔幅が、平均1μm~100μmである、[11]~[14]のいずれか1に記載の細胞培養容器。
[17] 該凸部が、ビーズ形状、角柱形状、錐体形状、錐台形状、釣鐘型、及び/又は、格子状からなる、[11]~[16]のいずれか1に記載の細胞培養容器。
【0012】
[18] (1)培養表面の少なくとも一部に設けられた多孔性膜と、該多孔性膜上に配置され、三次元培養皮膚シートの基底部に凹凸を形成するための凸部と、を有する細胞培養容器内に、培地に懸濁した表皮細胞を含む細胞を播種する工程、(2)該細胞培養容器の多孔性膜の外側に培地を接触させて培養する工程、を含む、三次元培養皮膚シートの製造方法。
[19] さらに、(3)前記細胞培養容器内の培地を除去して、前記皮膚細胞を空気に暴露し、培養する工程、を含む、[18]に記載の製造方法。
[20] 前記凸部が、非生体物質からなる、[18]又は[19]に記載の製造方法。
[21] 該凸部の高さが、平均1μm~300μmである、[18]~[20]のいずれか1に記載の製造方法。
[22] 該凸部の高さが、平均1μm~90μmである、[18]~[20]のいずれか1に記載の製造方法。
[23] 該凸部の隣接する間隔幅が、平均1μm~300μmである、[18]~[22]のいずれか1に記載の製造方法。
[24] 該凸部の隣接する間隔幅が、平均1μm~100μmである、[18]~[22]のいずれか1に記載の製造方法。
[25] 該凸部が、ビーズ形状、角柱形状、錐体形状、錐台形状、釣鐘型、及び/又は、格子状からなる、[18]~[24]のいずれか1に記載の製造方法。
[26] 該表皮細胞が、生体組織から単離培養後、継代回数2以上の表皮細胞を含む、[18]~[25]のいずれか1に記載の製造方法。
[27] 前記表皮細胞が、ケラチノサイトである、[18]~[26]のいずれか1に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の三次元培養皮膚シートによれば、従来の三次元培養皮膚シートが有していなかった凹凸を有する基底部(表皮基底膜様構造体)、並びに、肥厚化した三次元培養皮膚シートが得られる。これにより、化粧品や皮膚へ塗布する薬剤の安全性試験、基礎研究に有用な三次元皮膚モデルが提供可能となる。また、本発明の細胞培養容器を用いれば、従来得られなかった肥厚化した三次元培養皮膚シートが安定的かつ安価に提供可能となる。さらにまた、本発明の培養方法を用いれば、従来得られなかった肥厚化した三次元培養皮膚シートが安定的かつ安価に提供可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の概念図である。(a)本発明の細胞培養容器の断面図を示す。(b)(a)の一部を拡大した図である。
【
図2】本発明の三次元培養皮膚シートの構造を示す概念図である。
【
図8】ビーズを用いて基底部に凹凸を形成した三次元培皮膚シートの断面図を示す写真である。(a)ビーズを有しない培養表面にて三次元培養皮膚シートを構築した写真である。(b)平均粒径10μmのPETビーズを有する培養表面にて三次元培養皮膚シートを構築した写真である。(c)平均粒径30μmのPETビーズを有する培養表面にて三次元培養皮膚シートを構築した写真である。(a)~(c)は、継代回数4のヒトケラチノサイトを用いた。
【
図9】繊維により基底部に凹凸を形成した三次元培養皮膚シートの断面図を示す写真である。(a)ビーズを有しない培養表面にて三次元培養皮膚シートを構築した写真である(コントロール)。(b)ポリエステル製の繊維(縦:平均50μm、横:平均50μm間隔のメッシュ状、厚さ:平均50μm、以下、「N1」という。)を有する培養表面にて三次元培養皮膚シートを構築した写真である。(a)~(b)は、継代回数4のヒトケラチノサイトを用いた。
【
図10】本発明の三次元培養皮膚シートに凹凸を形成するために実施例で用いたポリエステル繊維の拡大図を示す。
【
図11A】
図10に示す各繊維を有する細胞培養容器を用いて基底部に凹凸を形成した三次元培養皮膚シートの断面図である。それぞれ20倍の倍率で観察した。
【
図11B】
図10に示す各繊維を有する細胞培養容器を用いて基底部に凹凸を形成した三次元培養皮膚シートの断面図である。それぞれ20倍の倍率で観察した。
【
図12】
図10に示す繊維を有する細胞培養容器を用いて作製した三次元培養皮膚シートのバリア機能(水分蒸散量)を評価した図である。ヒト皮膚、凹凸を有しない多孔性膜上で培養した皮膚シート(膜のみ)、多孔性膜上に225布を載せた培養容器を用いて作製した皮膚シート(225布)、多孔性膜上に225布を載せた培養容器を用いて作製した皮膚シート(225布接着)、多孔性膜上に300布を載せた培養容器を用いて作製した皮膚シート(300布)、多孔性膜上に300布を載せた培養容器を用いて作製した皮膚シート(300布接着)のそれぞれについて、水分蒸散量を調べた。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照しつつ詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみに限定されることはない。
【0016】
<三次元培養皮膚シートの構成例>
図1は、本実施形態で使用する細胞培養容器1、及び、その一部の培養表面断面拡大部6を示す断面図である。細胞培養容器1は、細胞を播種するセルカルチャーインサート2と、セルカルチャーインサート2の外部に培地を満たすためのボトムウェル4とを含む。セルカルチャーインサート2は多孔性膜3を備えている。多孔性膜3上の細胞へ、多孔性膜3を通してセルカルチャーインサート2の外部を満たす培地5から、栄養分及び酸素等を供給することが可能である。本発明の実施形態において、多孔性膜3の表面には、本発明の三次元培養皮膚シート10に凹凸を形成するための凸部7を備えている。本発明の細胞培養容器1に表皮細胞を播種して培養することで、表皮細胞が重層化され、三次元培養皮膚シート10の基底部11(
図2参照、太線)の少なくとも一部に凹凸、及び/又は、三次元培養皮膚シートの内部の少なくとも一部に表皮細胞非存在領域を有する、三次元培養皮膚シート10が得られる。
【0017】
本発明において、三次元培養皮膚シート10の「基底部」とは、表皮細胞を細胞培養容器1に播種した際、シート状に形成される表皮細胞の細胞培養容器表面に接する面をいい、例えば、
図1に示す多孔性膜3の表面、及び/又は、凸部7に接する面をいう(
図2参照、11、太線)。また、本発明において、「基底部」とは、生体の皮膚組織における、表皮と真皮の間に形成された基底膜に相当する構造体であるが、必ずしも生体の基底膜と同様の膜構造を有する必要はない。すなわち、本発明における「基底部」は、少なくとも一部に凹凸形状を有する「表皮基底膜様構造体」を含み、該表皮基底膜様構造体は、表皮細胞を含んでいる。また、該表皮基底膜様構造体は、生体の皮膚組織において表皮細胞が形成する基底膜を含んでもよい。
【0018】
図2は、
図1(b)から多孔性膜3及び凸部7を除いた三次元培養皮膚シート10を示す断面図である。三次元培養皮膚シート10は、細胞核を有しない角層9、及び、角層9以外の表皮細胞8を含んでいる。上述の多孔性膜3上に備えた凸部7によって、三次元培養皮膚シート10は、表皮細胞非存在領域Va及び/又は三次元培養皮膚シート内部の表皮細胞非存在領域Vbの周辺を細胞が囲む形で凹凸が形成される。
【0019】
本発明において、三次元培養皮膚シート10の基底部11が有する「凹凸」とは、本発明の三次元培養皮膚シートにおいて、細胞培養容器の培養面に接する面の少なくとも一部に構成されるものであって、表皮細胞を平坦な培養器材表面で培養したときに偶発的に得られる起伏よりも大きな起伏をいう。本発明において、三次元培養皮膚シート10の凹凸の凸とは、細胞培養容器の空気暴露(上層)方向に向かって突出した基底部11の部分をいい、例えば、
図2の三次元培養皮膚シート凸部T1であって、
図1の多孔性膜3上の凸部7によって形成される部分である。一方、本発明において、三次元培養皮膚シートの凹凸の凹とは、凸とは逆に表皮の基底部方向に陥没した部分をいい、例えば、
図2の三次元細胞シート凹部B1である。任意の三次元培養皮膚シート凸部T1の先端部と、その隣接した三次元培養皮膚シート凹部B1の最陥没部の、培養面に対する垂直方向の距離を三次元培養皮膚シートの凹凸の高さH’1ということができる。三次元培養皮膚シート10に形成された凹凸形状及び高さH’1は、多孔性膜3上に備えられた凸部7の形状及び高さHに依存する。また、三次元培養皮膚シート10に形成される三次元培養皮膚シート凸部間隔幅W’1は、多孔性膜3上の凸部7により形成される凸部間隔幅Wに依存する。また、三次元培養皮膚シート10に形成される三次元培養皮膚シート凸部幅Y’は、多孔性膜3上の凸部7により形成される凸部幅Yに依存する。
【0020】
三次元培養皮膚シートの凹凸の高さH’1、三次元培養皮膚シート凸部間隔幅W’1、及び/又は、三次元培養皮膚シート凸部幅Y’は、例えば、HE染色を行った組織切片を作製し、市販の光学顕微鏡を用いて測定してもよく、免疫組織化学法によって染色し、蛍光顕微鏡、共焦点顕微鏡若しくは二光子レーザー顕微鏡を用いて観察して測定してもよく、電子顕微鏡を用いて観察して測定してもよく、特に限定されない。三次元培養皮膚シートの凹凸の高さH’1は、通常の顕微鏡、蛍光顕微鏡等にカメラを装備した装置により取得される画像から測定することができる。顕微鏡としては、例えば、オリンパス株式会社 システム工業顕微鏡(落射透過兼用)BX51を用いることができる。カメラとしては、例えば、オリンパス株式会社顕微鏡用デジタルカメラ「DP71」を用いることができる。取得した画像は、画像解析の定法によりコンピュータ解析ソフトに取り込み、解析をすることができる。
【0021】
本発明において、
図2右側に示すように、三次元培養皮膚シート10の任意の断面の一部は、三次元培養皮膚シート10の基底部11に凹凸を形成していない表皮細胞非存在領域Vbを有する場合がある。当該断面の表皮細胞非存在領域Vbの表皮細胞非存在領域底部B2の下部には細胞が存在するため、断面の見かけ上、三次元培養皮膚シート10の外部と繋がる凹凸形状を形成しないように見える。例えば、多孔性膜3上の凸部7がビーズ形状の場合、凸部7が多孔性膜3に接していない断面においては、表皮細胞非存在領域Vbが観察される。あるいは、多孔性膜3上の凸部7が、繊維が編み込まれたメッシュ形状からなる場合(例えば、後述する
図7を参照)、繊維が多孔性膜3と接着していない部位を含む断面においては、表皮細胞非存在領域Vbが観察されることとなる。あるいは、細胞培養中に多孔性膜3上から凸部7が遊離して凸部7の下部に細胞が侵入して生着した場合、表皮細胞非存在領域Vbが観察されることがある。本発明において、三次元培養皮膚シート10が有する凹凸は、上記の例を含む表皮細胞非存在領域Vbを、表皮細胞8が囲む形状を含んでいる。表皮細胞非存在領域Vbの高さH’2は、基本的には三次元培養皮膚シートの凹凸の高さH’1とほぼ一致する。
【0022】
本明細書において、「三次元」とは、従来の付着細胞を細胞培養皿等での培養で得られるほぼ1層の細胞層、つまり、二次元の細胞層の状態とは異なり、細胞が垂直方向へと積み重なり、重層化した態様をいう。例えば、本発明の三次元培養皮膚シートは、表皮基底膜様構造に凹凸を有し、表皮細胞が重層化されて厚みをもった三次元化した構造体をいう。
【0023】
本明細書において、「三次元培養皮膚シート」とは、生体に生来的に備わっている皮膚組織とは区別されるものであって、細胞間の接着タンパク質を分解してバラバラにして得られた皮膚組織由来の細胞、及び/又は、多能性幹細胞から分化誘導して得られた皮膚を構成する細胞を含む細胞群を、細胞培養容器等に播種し、細胞培養容器上で培養して再構築したシート状の三次元皮膚様組織をいう。本発明において、三次元培養皮膚シートを構成する細胞は表皮細胞を含んでおり、三次元培養表皮シートということもできる。本発明において、三次元培養皮膚シート又は三次元培養表皮シートは、表皮細胞以外の細胞、例えば、表皮を構成する表皮細胞以外の細胞(メラニン細胞、ランゲルハンス細胞、メルケル細胞等)及び/又は、真皮組織に含まれる細胞(線維芽細胞、神経細胞、肥満細胞、形質細胞、血管内皮細胞、組織球、meissner小体、等)が含まれていてもよい。また、本発明の三次元培養皮膚シートは、さらに基底部11と接触した凸部を有する多孔性膜3を備えるものであってもよい。
【0024】
本発明の三次元培養皮膚シートを構成する細胞は、いずれの動物由来であってもよいが、脊椎動物由来が好ましく、哺乳動物由来がより好ましく、ヒト由来であることが最も好ましい。
【0025】
本発明において、「表皮細胞」とは、表皮を構成する分化段階の異なる全ての細胞を含む細胞をいう。表皮細胞は、主に、角化細胞又はケラチノサイトとも呼ばれる細胞から構成されている。生体において、表皮組織は、分化段階の異なる表皮細胞が層状に重なって形成されている。表皮の最深部は基底層又は基底細胞層(以下、「基底層」という。)と呼ばれ、円柱状の細胞が一層を形成し、幹細胞を含むと考えられている。基底層は真皮との境界面でもあり、その上層には有棘層が存在する。また、生体においては、基底層の直下に真皮を構成する乳頭層が存在する。
【0026】
有棘層とは、有棘細胞層とも呼ばれ、生体組織においては2~10層程度から構成されている。この層は、互いに棘で繋がっているように見えるために有棘層と呼ばれる。基底層の細胞のみが増殖能を有しており、表皮細胞は分化段階が進むにつれて扁平な形状に変化しながら外層へと移動する。
【0027】
有棘層より分化段階が進むと、ケラトヒアリン顆粒、ラメラ顆粒を有する顆粒層(顆粒細胞層)を形成する。顆粒層は、生体組織においては2~3層程度で構成されている。顆粒層よりさらに分化段階が進むと、細胞核が消失し、角層(角層細胞層)を形成する。表皮は大別して上述の4種類の層を構成するが、表皮組織は、表皮細胞の他にも、メラニン細胞、ランゲルハンス細胞、メルケル細胞等が含まれており、それぞれ紫外線が真皮へ到達することを防いだり、皮膚の免疫機能に重要な役割を果たしたり、知覚に関与したりする。本発明においては、三次元培養皮膚シートは、表皮細胞以外の細胞が含まれても良く、使用する用途に応じて適宜変更することが可能である。
【0028】
皮膚が備える「バリア機能」とは、一般に、体内の水分や生体成分の損失を防止する機能や、生体外部から生体内部へ異物(微生物、ウイルス、ホコリ等)が入ることを防止する機能をいう。本明細書において、本発明の三次元培養皮膚シートが有するバリア機能は、経表皮水分蒸散量(Transepidermal water loss:TEWL)を調べることにより評価することができる。三次元培養皮膚シートからの経表皮水分蒸散量、すなわち、水分透過量が少ないほど、バリア機能が高いことを示す。本発明において、経表皮水分蒸散量を調べる方法は、当業者に用いられる一般的な方法を用いることができる(例えば、Kumamoto J.,Tsutsumi M.,Goto M.,Nagayama M.,Denda M.Japanese Cedar(Cryptomeria japonica)pollen allergen induces elevation of intracellular calcium in human keratinocytes and impairs epidermal barrier function of human skin ex vivo.Arch.Dermatol.Res.308:49-54,2016を参照のこと)。
【0029】
本発明において、三次元培養皮膚シートの凹凸の高さH’1の下限値の平均が、例えば、1μm以上、5μm以上、10μm以上、15μm以上、20μm以上、25μm以上、30μm以上であってもよい。本発明において、三次元培養皮膚シートの凹凸の高さH’1の上限値の平均が、例えば、300μm以下、250μm以下、200μm以下、150μm以下、100μm以下、80μm以下、75μm以下であってもよい。本発明において、三次元培養皮膚シートの凹凸の高さH’1の平均は、例えば、1μm~300μmであってもよく、1μm~200μmであってもよく、1μm~100μmであってもよく、5μm~250μmであってもよく、10μm~200μmであってもよく、15μm~150μmであってもよく、20μm~100μmであってもよく、25μm~80μmであってもよく、30μm~75μmであってもよい。
【0030】
本発明において、三次元培養皮膚シート凸部間隔幅W’1(又は、W’2)の下限値の平均は、例えば、1μm以上、5μm以上、8μm以上、10μm以上、12μm以上、15μm以上であってもよい。三次元培養皮膚シート凸部間隔幅W’1(又は、W’2)の上限値の平均は、例えば、300μm以下、250μm以下、200μm以下、180μm以下、170μm以下、150μm以下、125μm以下、100μm以下、90μ以下であってもよい。本発明において、三次元培養皮膚シート凸部間隔幅W’1(又は、W’2)の平均は、例えば、1μm~300μmであってもよく、1μm~200μmであってもよく、1μm~100μmであってもよく、1μm~90μmであってもよく、5μm~250μmであってもよく、8μm~200μmであってもよく、10μm~180μmであってもよく、12μm~100μmであってもよく、25μm~80μmであってもよく、30μm~75μmであってもよい。
【0031】
本発明において、三次元培養皮膚シート凸部幅Y’1の下限値の平均は、例えば、1μm以上、5μm以上、10μm以上、15μm以上、20μm以上、25μm以上であってもよい。本発明において、三次元培養皮膚シート凸部幅Y’1の上限値の平均は、例えば、300μm以下、250μm以下、200μm以下、150μm以下、100μm以下、80μm以下、75μm以下であってもよい。本発明において、三次元培養皮膚シート凸部幅Y’1の平均は、例えば、1μm~300μmであってもよく、5μm~250μmであってもよく、10μm~200μmであってもよく、15μm~150μmであってもよく、20μm~100μmであってもよく、25μm~80μmであってもよく、30μm~75μmであってもよい。
【0032】
三次元培養皮膚シートの少なくとも一部に、基底部11に凹凸を有することより、凹凸を有さないものと比較して、基底部11上の表皮細胞層(例えば、有棘層、顆粒層及び/又は角質層)が、肥厚化した三次元培養皮膚シートが得られる。特に、本発明によって得られる三次元培養皮膚シートは、細胞や細胞接着タンパク質などの生体物質から構成される凸部によらず、非生体物質から構成される凸部によって物理的にその基底部11に凹凸を形成させるだけで肥厚化するという優れた効果を有する。また、該凸部が、非生体物質から構成される凸部である場合、培養期間中及びその後使用する場合においても、凸部が分解されることなく、安定的に三次元培養皮膚シートの基底部に凹凸構造を維持することができ、本発明の効果を持続させることが可能である。本発明の三次元培養皮膚シートの凹凸の平均の高さ、形状及び間隔幅は、細胞培養容器の多孔性膜表面に設けられた凸部の高さ、形状及び間隔幅等により制御可能である。また、本発明により得られる三次元培養皮膚シートは、従来の三次元培養皮膚シートと比較して経皮水分蒸散量が少なく、バリア機能が高い三次元培養皮膚シートである。三次元培養皮膚シートの基底部11の少なくとも一部に凹凸を有することにより、バリア機能が向上する。三次元培養皮膚シートの基底部11は、培養表面(多孔性膜と凸部とを含む培養面)と密着していることが好ましい。三次元培養皮膚シートの基底部11が培養表面に密着していると、バリア機能がより向上する。より好ましくは、三次元培養皮膚シートの基底部11が培養表面の全面に密着している状態である。
【0033】
本発明において、多孔性膜表面に設けられた凸部は、生体物質により構成されたものでもよく、非生体物質により構成されたものでもよく、生体物質と非生体物質とを組み合わせて構成されたものであってもよい。本明細書において、「非生体物質」とは、生体物質、すなわち、生体を構成する生体高分子(核酸、タンパク質、多糖及びこれらの構成要素(ヌクレオチド、ヌクレシド、アミノ酸、糖))や、ビタミンなどを除く物質をいう。本発明の凸部を構成するために用いられる非生体物質は、細胞の培養に影響を与えない生体適合性物質であることが好ましい。本発明において、多孔性膜表面に設けられた凸部は、さらに、表面に生体物質、例えば、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ゼラチン、ビトロネクチン、ポリリジン(D体、L体)、トロンボスポンジン等がコートされたものであってもよい。
【0034】
従来の三次元培養皮膚シートは、細胞外マトリックスを構成するタンパク質を含むゲルを、凹凸を有するモールドに流し込んで形成した凹凸面に、表皮細胞を播種することで作製していた(例えば、米国特許出願公開第2011/0171180号明細書)。しかし、当該方法では、培養面全体がタンパク質を含むゲルによって形成されているため、これらが培養中に分解されてしまい、その結果、細胞が接着できず、三次元培養皮膚シートが収縮するという問題があった。一方、本発明では、該凸部が、伸縮しない多孔性膜表面上に設けられており、培養しても培養面は分解されないため、収縮していない三次元培養皮膚シートを得ることができる。
【0035】
本発明において用いられる細胞は、生体組織、特に皮膚組織を細かく刻み、コラゲナーゼ、トリプシン等のタンパク質分解酵素で処理されて得られた初代表皮細胞であってもよく、初代表皮細胞を継代操作して増殖させた表皮細胞であってもよく、ES細胞、iPS細胞、又はMuse細胞等の多能性幹細胞から分化誘導して得られる表皮細胞を用いてもよく、株化された表皮細胞であってもよい。好ましくは、生体組織から採取して播種した初代培養表皮細胞、又は該初代培養細胞をさらに継代処理して得られた継代表皮細胞である。生体組織から採取して得られた表皮細胞であれば、生体と同様の性質を維持している可能性が高く、薬剤の効能、副作用を調べる試験を行ったり、基礎研究を行う上で使用する際に都合が良い。
【0036】
本発明において、初代培養表皮細胞とは、生体組織から採取した後に細胞培養容器で一度だけ培養されて回収された表皮細胞であり、「継代回数0(又は、第1世代)」の表皮細胞ともいう。コンフルエント又はサブコンフルエントになった継代回数0の表皮細胞を、当業者にとって公知の方法により継代操作して、さらに増幅培養することが可能である。1度の継代操作により得られた表皮細胞は、「継代回数1(又は、第2世代)」の表皮細胞という。継代操作数に対応して「継代回数2、3、4・・・n(n(整数)は継代回数)(第n+1世代)」と表現することができる。市販の初代培養細胞(例えば、クラボウ社の凍結NHEK(NB)、カタログ番号:KK-4009)には、本発明でいう継代回数0~継代回数2程度のものまでを初代培養細胞として提供されているものもあるが、この場合の継代回数は、市販の細胞に添付の書類等に記載されている継代回数又は世代数を参考にして、本発明の継代回数とする。各継代操作の間に、細胞を凍結処理する工程が含まれていてもよい。
【0037】
通常、株化されていない体細胞の多くは、継代操作を繰り返すことによって性質が変化したり、構成される細胞の割合が変化したりするため、継代回数が少ない細胞集団とは異なる細胞集団へと変化する。これは継代を繰り返して細胞分裂を繰り返す度にテロメアが短くなったり、コンフルエントになること及び/又はトリプシン処理等によって、生物学的なストレス及び/又は物理的なストレスが加わったことによって細胞の老化が引き起こされるためと考えられている。そのため、通常は、培養細胞を使用した組織モデルを使用する場合は、継代回数が少ない細胞が用いられる。
【0038】
しかしながら、初代培養細胞は、直接生体組織から単離された細胞であり、継代回数が少ないために、供給可能な細胞数に限界がある。倫理的な問題から採取できる組織の大きさや量が限られているだけでなく、ドナーによっても得られる細胞の性質にばらつきも存在する。初代培養細胞は市販されているものもあるが、供給量の点から、必然的に高価格となる。そのため、大量の三次元培養皮膚シートを構築する必要がある場合は、高価な細胞を大量に入手して使用する必要があり、コスト面で問題があった。安価に製造するためには、初代培養細胞を継代して増殖させて使用することも可能であるが、上述のように、得られた細胞は、必ずしも初代培養細胞と同様の性質を示すとは限らない。表皮細胞の三次元培養皮膚モデルを作製する場合、初代表皮細胞やその細胞を三次元化するキットが市販されており、それを購入して作製することが可能であるが(例えば、ケラチノサイト三次元培養スターターキット、CELLnTEC社)、2以上の継代回数の表皮細胞を用いた場合、自発的に三次元化する性質が弱まり、厚い三次元培養皮膚モデル(三次元培養皮膚シートともいう。)が得られない等の問題があった(例えば、後述の実施例1~3で示すコントロール)。
【0039】
本発明の実施形態において、三次元培養皮膚シートの基底部11に凹凸を有したものであれば、従来、初代培養細胞(例えば、継代回数0又は1)でしか得られなかった厚みをもった三次元培養皮膚シートが、生体組織から単離培養後2以上の継代回数の表皮細胞を用いた場合であっても構築される。初代培養細胞(例えば、継代回数0又は1)を用いた場合も、本発明によって厚みをもった三次元培養皮膚シートが得られる。使用される表皮細胞の生体組織から単離培養後の継代回数は、例えば、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、又は10以上であってよく、三次元培養皮膚シートの有棘層、顆粒層、及び/又は角層が肥厚化するものであれば限定されない。本発明の実施形態において、使用される初代表皮細胞の動物種は、特に限定されないが、好ましくはヒト由来である。また、本発明の実施形態において、使用される初代表皮細胞は、胎児、新生児、未成年、又は成人由来等いずれのものであってもよいが、好ましくは胎児、新生児、又は未成年由来の細胞である。ヒトの未成年由来の細胞を用いる場合、例えば、20歳未満、1~19歳、1~10歳、1~5歳の細胞を用いるのが好ましい。ヒトの成人由来の細胞を用いる場合であっても、若年、例えば、20歳~29歳、30歳~39歳、40歳~49歳の細胞を用いることが好ましい。
【0040】
本発明の一実施形態において、三次元培養皮膚シートの平均の厚さは、20μm以上、21μm以上、22μm以上、23μm以上、24μm以上、25μm以上、26μm以上、27μm以上、28μm以上、29μm以上、30μm以上、35μm以上、40μm以上、45μm以上、50μm以上、55μm以上、60μm以上、65μm以上、70μm以上、75μm以上、80μm以上、85μm以上、90μm以上、95μm以上、100μm以上、105μm以上、110μm以上、115μm以上、120μm以上、125μ以上、150μm以上、175μm以上、200μm以上、225μm以上、250μm以上、275μm以上、300μm以上であってもよい。より好ましい平均の厚さは80μm以上である。三次元培養皮膚シートの平均の厚さの上限値は、表皮細胞の動物種、継代回数、年齢等により変化するため、特に限定されない。
【0041】
<三次元培養皮膚シートを製造するための細胞培養容器の構成例(1)>
本発明の三次元培養皮膚シートを作製するための細胞培養容器の概念図は前述の
図1に示している。細胞培養容器1に設けられた凸部7の改変例を
図3~
図5に示す。
【0042】
図3は、本発明の細胞培養容器1の一実施態様を示す。多孔性膜3上には、本発明の三次元培養皮膚シートに凹凸を形成するための凸部71が配置されている。凸部71は、ビーズ形状を有している。凸部の高さH1を調節することによって、本発明の三次元培養皮膚シートの凹凸の高さH’1を制御することが可能である。例えば、
図3(b)に示すように、凸部71aは正方形の格子点に位置するように配置可能である。凸部間隔幅W1aを調整することによって、前述の本発明の三次元培養皮膚シートの凸部間隔幅W’1を制御することが可能である。例えば、
図3(c)に示すとおり、凸部71bは、正三角形の格子点に位置するように配置されている。凸部間隔幅W1bを調整することによって、前述の本発明の三次元培養皮膚シートの凸部間隔幅W’1を制御することが可能である。また、凸部幅Y1を調整することによって、本発明の三次元培養皮膚シートの凹部幅Y’を制御することが可能である。
【0043】
図4は、本発明の細胞培養容器1の一実施態様を示す。多孔性膜3上には、本発明の三次元培養皮膚シートに凹凸を形成するための凸部72が配置されている。凸部72は、角柱形状の一種である立方体形状を有している。凸部の高さH2を調節することによって、本発明の三次元培養皮膚シートの凹凸の高さH’1を制御することが可能である。例えば、
図4(b)に示すように、凸部72aは正方形の格子点に位置するように配置可能である。凸部間隔幅W2aを調整することによって、前述の本発明の三次元培養皮膚シートの凸部間隔幅W’1を制御することが可能である。例えば、
図4(c)に示すとおり、凸部72bの重心が、正三角形の格子点に位置するように配置可能である。凸部間隔幅W2bを調整することによって、前述の本発明の三次元培養皮膚シートの凸部間隔幅W’1を制御することが可能である。また、凸部幅Y2を調整することによって、本発明の三次元培養皮膚シートの凹部幅Y’を制御することが可能である。
【0044】
図5は、本発明の細胞培養容器1に設けられる凸部(73、74、75)の実施形態を示す断面図である。例えば、
図5(a)は、錐体形状(三角錐、四角錐、若しくは円錐)を有する凸部73を示す。例えば、
図5(b)は、錐台形状を有する凸部74を示す。例えば、
図5(c)は、釣鐘型を有する凸部75を示す。それぞれの凸部の高さ(H3、H4、H5)を調整することにより、本発明の三次元培養皮膚シートの凹凸の高さH’1を制御することが可能である。凸部間隔幅(W3、W4、W5)を調整することによって、本発明の三次元培養皮膚シートの凸部間隔幅W’1を制御することが可能である。また、凸部幅(Y3、Y4、Y5)を調整することによって、本発明の三次元培養皮膚シートの凹部幅Y’を制御することが可能である。それぞれの凸部(73、74、75)の平面上の配置は、
図3及び
図4と同様に配置することが可能であるが、これに限定されない。
【0045】
本発明の実施態様において、凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)の形状については上記に限定されないが、例えば、略半球形、略直方体形等も含まれる。凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)の材質については、生体物質により構成されたものでもよく、非生体物質により構成されたものでもよく、生体物質と非生体物質とを組み合わせて構成されたものであってもよい。例えば、ポリエステル若しくはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、ポリスチレン、ジルコニア、ガラス不溶性コラーゲン、シリコンゴム等が挙げられ、細胞培養が可能であれば、その他材質であってもよい。凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)の表面に、細胞が接着しやすいように公知の方法によってプラズマ処理等が行われていても良い。凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)は、上述の実施態様のように多孔性膜3上に等間隔で配置されてもよく、又は不均一な間隔で配置されてもよく、その間隔の下限値の平均は、例えば、1μm以上、5μm以上、8μm以上、10μm以上、12μm以上、15μm以上であってもよい。凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)の間隔の上限値の平均は、例えば、300μm以下、250μm以下、200μm以下、180μm以下、170μm以下、150μm以下、125μm以下、100μm以下であってもよい。本発明において、凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)の間隔の平均は、例えば、1μm~300μmであってもよく、5μm~250μmであってもよく、8μm~200μmであってもよく、10μm~180μmであってもよく、12μm~100μmであってもよく、25μm~80μmであってもよく、30μm~75μmであってもよい。
【0046】
凸部の高さ(H、H1、H2、H3、H4、H5)の下限値の平均は、例えば、1μm以上、5μm以上、10μm以上、15μm以上、20μm以上、25μm以上、30μm以上であってもよい。本発明において、凸部の高さ(H、H2、H3、H4、H5)の上限値の平均は、例えば、300μm以下、250μm以下、200μm以下、150μm以下、100μm以下、80μm以下、75μm以下であってもよい。本発明において、凸部の高さ(H、H2、H3、H4、H5)の平均は、例えば、1μm~300μmであってもよく、5μm~250μmであってもよく、10μm~200μmであってもよく、15μm~150μmであってもよく、20μm~100μmであってもよく、25μm~80μmであってもよく、30μm~75μmであってもよい。
【0047】
凸部幅(Y、Y1、Y2、Y3、Y4、Y5)の下限値の平均は、例えば、1μm以上、5μm以上、10μm以上、15μm以上、20μm以上、25μm以上、である。本発明において、凸部幅(Y、Y1、Y2、Y3、Y4、Y5)の上限値の平均は、例えば、300μm以下、250μm以下、200μm以下、150μm以下、100μm以下、80μm以下、75μm以下である。本発明において、凸部幅(Y、Y1、Y2、Y3、Y4、Y5)の平均は、例えば、1μm~300μmであってもよく、5μm~250μmであってもよく、10μm~200μmであってもよく、15μm~150μmであってもよく、20μm~100μmであってもよく、25μm~80μmであってもよく、30μm~75μmであってもよい。
【0048】
凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)は、数個~数十個を凝集させて多孔性膜3上に固着させてもよい。凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)を固着させる方法は、公知の方法により共有結合的に多孔性膜3上に固着させてもよく、接着剤を用いて固着させてもよい。接着剤としては、細胞の接着に影響を与えないものであり、細胞に毒性を与えない物質であって、細胞により分解されない物質であることが好ましい。例えば、ポリ-D-リジン、アガロース等が挙げられるが、同様の効果を生じ、凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)を多孔性膜3上に固着することができる物質であれば、上記以外の接着剤も使用可能である。また、凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)は、多孔質膜3上に直接形成されてもよく、例えば、3Dプリンタ技術又は半導体プロセス技術(例えば、リソグラフィープロセス(ナノインプリント又はホトエンボス等を含む)及びドライエッチング(例えば、反応性イオンエッチング)又はウエットエッチングを組み合わせた方法等)等で使用される方法で形成されてもよい。あるいは、単に多孔性膜3上に凸部(7、71、71a、71b、72、72a、72b、73、74、75)を載置するのみであってもよい。
【0049】
<三次元培養皮膚シートを製造するための細胞培養容器の構成例(2)>
本発明の三次元培養皮膚シートを作製するための細胞培養容器の概念図は前述の
図1に示している。細胞培養容器1に設けられた凸部7の他の改変例を
図6及び7に示す。
【0050】
図6は、本発明の細胞培養容器1の一実施態様を示す。多孔性膜3上には、本発明の三次元培養皮膚シートに凹凸を形成するための凸部(76、77、78)を備えている。例えば、
図6(a)に示すように、凸部76は、多孔性膜3上に略平行のストライプ状に配置されている。例えば、
図6(b)に示すように、凸部77は、多孔性膜3上に縦横等間隔の格子状に配置されている。例えば、
図6(c)に示すように、凸部78は、多孔性膜3上に正三角形の格子に配置されている。凸部(76、77、78)は、例えば、繊維により形成されている。凸部(76、77、78)は、単一の繊維から形成されていてもよく、細い繊維を複数本束ねられたもので形成されていてもよい。あるいは、凸部(76、77、78)は、直方体状の構造体で形成されていてもよく、略半円柱状の構造体によって構成されていてもよい。
【0051】
図7は、
図6(b)の一実施形態であって、凸部77aと凸部77bとを交互に編み込んだ凸部を備えた細胞培養容器1である。
図7(b)は、
図7(a)のZとZ´を結んだ線上の断面を示す。
【0052】
本発明の実施態様において、凸部(76、77、77a、77b、78)の材質は、生体物質により構成されたものでもよく、非生体物質により構成されたものでもよく、生体物質と非生体物質とを組み合わせて構成されたものであってもよい。例えば、ポリエステル若しくはポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート、ポリスチレン、ガラス、不溶性コラーゲン、シリコンゴム等が挙げられるが、細胞が接着し、培養可能な材質であれば、その他材質であっても特に限定されない。凸部(76、77、77a、77b、78)の高さの下限値の平均は、例えば、1μm以上、5μm以上、10μm以上、15μm以上、20μm以上、25μm以上、30μm以上であってもよい。本発明において、凸部の高さの上限値の平均は、例えば、300μm以下、250μm以下、200μm以下、150μm以下、100μm以下、80μm以下、75μm以下であってもよい。本発明において、凸部(76、77、77a、77b、78)の高さの平均は、例えば、1μm~300μmであってもよく、5μm~250μmであってもよく、10μm~200μmであってもよく、15μm~150μmであってもよく、20μm~100μmであってもよく、25μm~80μmであってもよく、30μm~75μmであってもよい。
図7に示す実施形態においては、凸部(77a、77b)の高さH7aは、凸部77a及び凸部77bが交差する凸部交点の最上部(C、C’)を基準に決定することができる。
【0053】
凸部(76、77、77a、77b、78)は、多孔性膜3上に等間隔で固着してもよく、又は不均一な間隔で固着させてもよく、その平均間隔は、例えば、下限値は、1μm以上、5μm以上、8μm以上、10μm以上、12μm以上、15μm以上であってもよい。凸部(76、77、77a、77b、78)の平均間隔の上限値は、例えば、300μm以下、250μm以下、200μm以下、180μm以下、170μm以下、150μm以下、125μm以下、100μm以下であってもよい。本発明において、凸部(76、77、77a、77b、78)の平均間隔は、例えば、1μm~300μmであってもよく、5μm~250μmであってもよく、8μm~200μmであってもよく、10μm~180μmであってもよく、12μm~100μmであってもよく、25μm~80μmであってもよく、30μm~75μmであってもよい。
図7に示す実施形態においては、凸部間隔幅W7aは、凸部77a及び凸部77bが交差する凸部の交点(C、C’)を基準に決定することができる。
【0054】
凸部幅(Y6、Y7、Y8)は、均一であってもよく、不均一であってもよい。凸部幅(Y6、Y7、Y8)の下限値の平均は、例えば、1μm以上、5μm以上、10μm以上、15μm以上、20μm以上、25μm以上であってもよい。本発明において、凸部幅(Y6、Y7、Y8)の上限値の平均は、例えば、300μm以下、250μm以下、200μm以下、150μm以下、100μm以下、80μm以下、75μm以下であってもよい。本発明において、凸部幅(Y6、Y7、Y8)の平均は、例えば、1μm~300μmであってもよく、5μm~250μmであってもよく、10μm~200μmであってもよく、15μm~150μmであってもよく、20μm~100μmであってもよく、25μm~80μmであってもよく、30μm~75μmであってもよい。
【0055】
凸部(76、77、77a、77b、78)の表面に、細胞が接着しやすいように公知の方法によってプラズマ処理等が行われていても良い。他の実施態様において、任意の長さに断片化させた繊維を用いて、多孔性膜3上に固着させて凸部(76、77、77a、77b、78)を形成させてもよく、圧着によって凸部(76、77、77a、77b、78)を設けても良く、多孔性膜3上に凸部(76、77、77a、77b、78)を載置するだけであってもよい。凸部(76、77、77a、77b、78)を多孔性膜3上に固着させる方法については、公知の方法により共有結合的に多孔性膜3上に固着させてもよく、接着剤を用いて固着させてもよい。接着剤としては、細胞の接着に影響を与えないものであり、細胞に毒性を与えない物質であって、細胞により分解されない物質であることが好ましい。例えば、ポリ-D-リジン、アガロース、グルコマンナン、紫外線硬化樹脂等が挙げられるが、同様の効果を生じ、繊維を多孔性膜上に固着することができる物質であれば使用可能である。凸部(76、77、77a、77b、78)は、細胞培養中に剥離することがないように、多孔性膜3上に固着されているものが好ましい。凸部(76、77、77a、77b、78)と多孔性膜3とが固着されている培養容器1を用いると、肥厚化するのみならず、バリア機能が高い三次元培養皮膚シートを得ることが可能となる。
【0056】
本発明の実施形態において使用される細胞培養容器1の材質は、通常細胞培養容器に用いられる材質であれば特に限定されない。例えば、ガラス、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート等である。本発明に用いられる細胞培養容器の形状は特に限定されないが、ディッシュ型、マルチウエルプレート型、フラスコ型等が挙げられる。本発明の細胞培養容器は、その細胞培養容器の一部に多孔性膜を有するため、セルカルチャーインサート型であることが好ましい。本発明に用いられるセルカルチャーインサートとは、細胞は透過できないが、培養液等は透過できる多孔性の孔を有する膜を備えた細胞培養容器をいう。多孔性膜の培養表面の反対側、つまり、付着細胞の付着面の裏側からも培養液等を供給することが可能である。本発明に用いられるセルカルチャーインサートは、市販のものを使用してもよく、多孔性膜の培養表面上に直接成形して凸部を設けた膜を有するセルカルチャーインサートであってもよい。市販のものを使用する場合は、例えば、ビーズや繊維を接着させて多孔性膜表面上に凸部を設けてもよく、接着することなく、単に凸部を多孔性膜3上に載置するのみであってもよい。凸部を多孔性膜3上に接着しない場合、例えば、セルカルチャーインサート2の内側とほぼ同径のメッシュ状の凸部(例えば、
図7(a)など)を接着することなくセルカルチャーインサート2に嵌め込んでもよい。この場合、凸部は、三次元培養皮膚シート作製用の培養容器の一部としてセルカルチャーインサート2と共に又は別々に提供され、培養時に組み立てられるキットの一部であってもよい。多孔性膜の平均孔径は特に限定されないが、例えば、0.1μm~5.0μm、好ましくは0.2μm~4.0μm、さらに好ましくは0.3~3.5μmである。また、多孔性膜の素材も、従来用いられる多孔性膜と同様、例えば、ポリエステル若しくはポリエチレンテレフタレート(PET)、又は、ポリカーボネート、ポリスチレン等を用いれば良い。
【0057】
本発明の実施形態において、多孔性膜3上に凸部を有する細胞培養容器に細胞が付着して増殖しやすいように、培養表面をコーティングしてもよい。例えば、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ゼラチン、ビトロネクチン、ポリリジン(D体、L体)、トロンボスポンジン等が挙げられる。
【0058】
<三次元培養皮膚シートの製造方法>
本発明の実施形態において、表皮細胞の播種数については、公知の方法に従えばよい。例えば、表皮細胞を、0.01×106~10.0×106個/cm2、好ましくは0.05×106~5.0×106個/cm2、より好ましくは0.1×106~1.0×106個/cm2の量で播種する。表皮細胞の培養に用いられる培地(培養液ともいう)としては、通常使用される培地、例えばKG培地、EpilifeKG2(クラボウ社)、Humedia-KG2(クラボウ社)、アッセイ培地(TOYOBO社)、CnT-Prime, Epithelial culture medium(CELLnTEC社)などを用い、約37℃で0~14日間かけて行うことができる。培地としては、その他にDMEM培地(GIBCO社)又は2-0-a-D-グルコピラノシル-L-アスコルビン酸含有KGMとDMEMを1:1混合した培地などが使用できる。表皮細胞の三次元化(重層化)には、CnT-Prime、3D barrier medium(CELLnTEC社)を用いても良い。その他、培地を使用することが可能である。
【0059】
本発明の実施形態において、表皮細胞を培養し、三次元化(重層化)して角質化を促進するために、上述のセルカルチャーインサート2を含む細胞培養容器1に播種し、増殖培養させればよい。具体的には、表皮細胞を培地に懸濁し、セルカルチャーインサート2上に播種する。セルカルチャーインサートの多孔性膜3の外側に培地を接触させるように、ボトムウェル4にも培地を添加して、セルカルチャーインサート2を浸漬させて培養する。これにより、表皮細胞の上部及び底部の両方から培地が供給されて培養される。
【0060】
セルカルチャーインサート2上の表皮細胞が、コンフルエント又はサブコンフルエントになるまで数日間程度(1~6日間程度、好ましくは2~4日間程度)培養させることが好ましい。その後、細胞を三次元化(重層化)をさらに促進するために、セルカルチャーインサート内外の培地を、例えば、CnT-Prime、3D barrier medium(CELLnTEC社)へ交換することが好ましい。これにより、さらに表皮細胞の三次元化が促進される。CnT-Prime、3D barrier medium(CELLnTEC社)へと培地を交換して培養後、1~36時間後、好ましくは6時間~24時間後、さらに好ましくは12時間~18時間後、セルカルチャーインサートの内部の培地のみを除去して表皮細胞の上面を気相に暴露して培養することが好ましい。これによって、表皮細胞の三次元化及び角質化が促進され、より厚い三次元培養皮膚シートが得られる。
【0061】
なお、本発明における各培養工程の培養温度は由来動物の体温付近であればよく、具体的にはヒト細胞の場合は、33~38℃程度とするのが好適である。
【0062】
上記のようにして本発明によって得られる三次元培養皮膚シートは、動物実験代替法の一つ、例えば皮膚モデルとして用いることができる。例えば、皮膚の化学物質(例えば、化粧料、工業製品、家庭用品、薬剤、皮膚外用剤等)に対する反応性を評価する方法に用いることができる。また、本発明の三次元培養皮膚シートは、従来の三次元培養皮膚シートと比較してより肥厚化した組織が得られるため、皮膚科学の基礎研究においても有用な皮膚モデルとして使用することが可能である。さらにまた、本発明で得られた三次元培養皮膚シートは、従来の三次元培養皮膚シートと比較して肥厚化していることから、外部からのバリア機能も高く、熱傷、創傷等を治癒するための三次元培養皮膚シートとしても有用である。
【0063】
一実施態様において、本発明に用いられる細胞培養容器は、該凸部と該多孔性膜とが培養終了後に分離可能な細胞培養容器であっても良い。この場合、該細胞培養容器で製造した三次元培養皮膚シートは、その基底部に該凸部を接触させたまま該多孔性膜から分離される。そのため、該三次元培養皮膚シートの基底部は、凹凸構造を維持したまま移動させることが可能となる。本発明に用いられる細胞培養容器は、該凸部が、生体物質、例えば、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ゼラチン、ビトロネクチン、ポリリジン(D体、L体)、トロンボスポンジン等を含む生体物質であることが好ましく、特に、不溶性コラーゲンであることがより好ましい。
【実施例】
【0064】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0065】
<細胞の準備>
本発明に用いられる表皮細胞は、新生児由来ケラチノサイト(以下、「ケラチノサイト」。クラボウ社、製品名:凍結NHEK(NB)、カタログ番号:KK-4009)を使用した。継代培養は、販売会社から提供されたインストラクションに従い行った。
【0066】
<実施例1>
(1)松本油脂製薬株式会社製プラスチックビーズ(10μm:M-310,30μm:M-503)10mgをpoly-D-リジン(1mg/mL Millipore)1mLに分散したものを、12-Well Millicell Hanging Cell Culture inserts 0.4μm PET(Millipore社、以下、「セルカルチャーインサート」)に、10μL滴下し、70℃で24時間乾燥させた。
(2)CELLstart CTS (gibco社)をDPBS(gibco社)で50倍希釈し、1つのセルカルチャーインサートに86μL滴下し、2時間37℃の条件に維持した。
(3)CELLstart CTSを除去し、継代回数4の新生児由来ケラチノサイト22~25万個をCnT-Prime,Epithelial culture medium(CELLnTEC社) 500μLに分散し、セルカルチャーインサート内に滴下、同じ培地(CnT-Prime, Epithelial culture medium)を1mLセルカルチャーインサート外部に滴下し、72時間37℃、CO2インキュベーターで培養した。
(4)セルカルチャーインサート内外のCnT-Prime、Epithelial culture mediumを除去し、CnT-Prime、3D barrier medium(CELLnTEC社)で置き換え、16時間37℃CO2インキュベーターで培養した。
(5)セルカルチャーインサート内外の培地を除去し、セルカルチャーインサート内は空気に曝露し、セルカルチャーインサート外に500μL CnT-Prime、3D barrier mediumを入れた。
(6)毎日セルカルチャーインサート外の500μL CnT-Prime、3D barrier mediumを交換しながら37℃CO2インキュベーターで7日間培養した。
(7)セルカルチャーインサート内膜ごと培養表皮を切り取り、4%パラフォルムアルデヒドPBS溶液で固定し、組織切片標本を作製して公知の方法従ってヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行い、顕微鏡にて観察した。
【0067】
結果を
図8に示す。セルカルチャーインサートの培養表面を無処置のもの(a)では、10μm程度の三次元培養表皮しか得られなかったが、10μmPETビーズ(b)及び30μmPETビーズ(c)にてセルカルチャーインサート表面に凸部を設けた場合は、三次元培養細胞の明らかな肥厚化及び角層の形成が認められた。なお、
図8(b)はセルカルチャーインサートの多孔性膜から三次元培養皮膚シートが剥離しているように見えるが、これは標本作製時に分離してしまったものである。
【0068】
<実施例2>
(1)12-Well Millicell Hanging Cell Culture inserts 0.4μm PET(Millipore社、「セルカルチャーインサート」)に、直径12mmのポリエステル製のメッシュを敷いた。以降の手順は、実施例1の(2)~(7)と同一の手順にて行った。
【0069】
結果を
図9に示す。セルカルチャーインサートの培養表面を無処置のもの(a)では、10μm程度の三次元培養表皮しか得られなかったが、凸部を設けたセルカルチャーインサート(b)では、三次元培養細胞の明らかな肥厚化及び角層の形成が認められた。特に角層の厚さはコントロール(a)と比較して2倍近くになっていた。なお、
図9(b)は一部空洞になっている部分があるが、これは標本作製時の作業によるものである。
【0070】
<実施例3>
細胞培養容器の凸部の幅、間隔幅、高さの変化が、三次元培養皮膚シートの厚さにどのような変化をもたらすかを観察するための実験を行った。
【0071】
図10は、本発明の三次元培養皮膚シートに凹凸を形成するために実施例で用いたポリエステル繊維の拡大図を示している。
【0072】
(1)12-Well Millicell Hanging Cell Culture inserts 0.4μm PET(Millipore社、「セルカルチャーインサート」)に、各繊維を敷いた。以降の手順は、実施例1の(2)~(7)と同一の手順にて行った。
【0073】
本実施例で用いた各繊維の特徴を以下の表1に示す。また、それらを使用して形成した凸部が、三次元培養皮膚シート形成に与えた結果を以下の表1に示す。開口率は、培養面積に占めるメッシュ状の繊維が存在しない領域の面積の割合より算出した。作製した三次元培養皮膚シートの切片のHE染色像を
図11A及び
図11Bに示す。なお、
図11A及び
図11Bで三次元培養皮膚シートとセルカルチャーインサートの多孔性膜が分離したり、線維がまくれたりして空洞となっている部分が見られるが、いずれも標本作製時の作業による人為的なものである。
【0074】
【0075】
<実施例4>
(1)12-Well Millicell Hanging Cell Culture inserts 0.4μm PET(Millipore社、「セルカルチャーインサート」)に、上述のNo.255又はNo.300の繊維をウエルの形状にカットして敷いたもの(「255布」、「300布」という)、カットしたNo.255又はNo.300の繊維を紫外線硬化樹脂(Henkel社、LOCTITE(登録商標)AA3554)で接着させたもの(「255布接着」、「300布接着」という)を準備した。また、コントロールとして、布により凸部を設けていないウエルを使用した。さらに、コントロールとして、ヒト皮膚(ケー・エー・シー株式会社(京都、日本)を介してBiopredic International社(レンヌ、フランス)より購入)を使用した。以降の手順は、実施例1の(2)~(6)と同一の手順にて行った。実験はトリプリケートで行った。
【0076】
<<バリア機能の評価>>
バリア機能の評価は以下の手順に従って行った。
【0077】
3次元表皮モデルを構築したインサートを底部に培養液を入れたシリコンゴム容器にはめこみ、水分蒸散が表皮モデル表面からのみ起きるようにした。その後、1時間おきにインサートをはめこんだ容器の重量を測定し、減少した重量を水分蒸散量とし、単位面積当たりの数値に換算した。この手法はKumamotoの論文(Kumamoto J.,Tsutsumi M.,Goto M.,Nagayama M.,Denda M.Japanese Cedar(Cryptomeria japonica)pollen allergen induces elevation of intracellular calcium in human keratinocytes and impairs epidermal barrier function of human skin ex vivo.Arch.Dermatol.Res.308:49-54,2016を参照のこと)に記載された方法と同じ原理である。
【0078】
得られた結果は、統計学的に解析を行い、(ANOVA分散解析後Scheffeによる多重検定解析)、膜のみで培養して得られた三次元培養皮膚シートと比較して、多重検定の結果、p<0.05であるものを有意差があるものと判断した。
【0079】
その結果、紫外線硬化樹脂を用いて255布及び300布を接着させたセルカルチャーインサート(255布接着及び300布接着)で得られた三次元培養皮膚シートは、凹凸を有しない三次元培養皮膚シートと比較して有意に経皮水分蒸散量が少なく、バリア機能が高い三次元培養皮膚シートが得られることが明らかとなった(
図12)。
【0080】
上記の結果より、ポリエステルメッシュを用いて凸部を形成した細胞培養表面で三次元培養皮膚シートを作製した結果、従来の方法よりも分厚く、バリア機能が高い三次元培養皮膚シートが形成されることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0081】
1 細胞培養容器
2 セルカルチャーインサート
3 多孔性膜
4 ボトムウェル
5 培地
6 培養表面断面拡大部
7 凸部
8 表皮細胞
9 角層
10 三次元培養皮膚シート
11 基底部(太線)
71、71a、71b、72、72a、72b、73~77、77a、77b、78 凸部
【0082】
B1 三次元培養皮膚シート凹部
B2 表皮細胞非存在領域底部
C、C’ 凸部交点の最上部
H、H1、H2 凸部の高さ
H’1 三次元培養皮膚シートの凹凸の高さ
H’2 表皮細胞非存在領域の高さ
H3~H5、H7a 凸部の高さ
T1 三次元培養皮膚シート凸部
T2 表皮細胞非存在領域頂部
Va、Vb 表皮細胞非存在領域
W、W1、W1a、W1b 凸部間隔幅
W’1、W’2 三次元培養皮膚シート凸部間隔幅
W2、W2a、W2b、W3~W8 凸部間隔幅
Y、Y1~Y8 凸部幅
Y’ 三次元培養皮膚シート凸部幅