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特許6993481改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-13
(45)【発行日】2022-01-13
(54)【発明の名称】改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 25/32 20060101AFI20220105BHJP
   C02F 1/28 20060101ALI20220105BHJP
   B01J 20/04 20060101ALI20220105BHJP
【FI】
C01B25/32 G
C02F1/28 L
B01J20/04 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020145808
(22)【出願日】2020-08-31
【審査請求日】2020-08-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000190943
【氏名又は名称】新田ゼラチン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】土屋 大輔
【審査官】山本 吾一
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-241665(JP,A)
【文献】特開平01-164712(JP,A)
【文献】特開2013-203563(JP,A)
【文献】特表2007-528833(JP,A)
【文献】特開2011-256356(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 25/00
B01J 20/00
C02F
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸水素カルシウム二水和物を準備する工程と、
水系媒体中で前記リン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上の環境に暴露することにより、前記水系媒体と前記リン酸水素カルシウム二水和物とに由来する混合物を調製する工程と、および
前記混合物を固液分離することにより改質リン酸水素カルシウム二水和物を得る工程と、
をこの順で含み、
前記混合物を調製する工程は、5℃以上25℃以下で実行され、
前記混合物を調製する工程は、前記水系媒体50重量部に対して前記リン酸水素カルシウム二水和物を5重量部以上25重量部以下用いて実行される、改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法。
【請求項2】
前記混合物を調製する工程は、前記水系媒体中で前記リン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上13以下の環境に暴露する、請求項1に記載の改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法。
【請求項3】
前記混合物を調製する工程は、10分以上の撹拌下で実行される、請求項1又は請求項に記載の改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素は各種産業分野で広く利用されており、それに伴って今日では、排水や土壌へのフッ素イオンの混入および拡散、すなわちフッ素汚染が問題となっている。そこで、かかるフッ素汚染の問題を解決する方法が求められてきた。当該方法として、リン酸水素カルシウム二水和物を用いてフッ素イオンを系外へ除去する方法や、リン酸水素カルシウム二水和物を用いてフッ素イオンを系内に固定する方法が挙げられる。
【0003】
リン酸水素カルシウム二水和物は、フッ素イオンと反応してフッ素アパタイトを形成することにより、フッ素イオンを不溶化することが知られている。このため、リン酸水素カルシウム二水和物はフッ素イオンを含有した土壌や排水等のフッ素イオン不溶化剤として利用されている。しかし、リン酸水素カルシウム二水和物は、何ら処理されずに用いられると、フッ素イオンとの反応効率が低い。そのため、リン水素カルシウム二水和物は、フッ素イオンを不溶化する作用が十分でないことが知られている。このため、リン酸水素カルシウム二水和物の当該作用を高める方法が注目されている。例えば、特開2007-216156号公報(特許文献1)は、リン酸水素カルシウム二水和物を水に懸濁処理する方法を開示する。特開2010-221103号公報(特許文献2)は、リン酸水素カルシウム二水和物を40℃以上の水中で撹拌することにより、表面をエッチング処理する方法を開示する。国際公開第2010/041330号(特許文献3)は、リン酸水素カルシウム二水和物を40℃以上、固液比25以上の懸濁液中でエッチング処理する方法を開示する。特開2010-241665号公報(特許文献4)は、リン酸水素カルシウム二水和物を40℃以上、固液比35以上の懸濁液中でエッチング処理する方法を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-216156号公報
【文献】特開2010-221103号公報
【文献】国際公開第2010/041330号
【文献】特開2010-241665号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような方法では、リン酸水素カルシウム二水和物の、フッ素イオンを不溶化する作用(以下、「フッ素不溶化能」と記す)を十分に高めることができなかった。また、上記のような方法は、室温より高い処理温度を要した為、加温装置が必要であった。また、工業的生産においては、リン酸水素カルシウム二水和物に対して多量の水量を要した。したがって、加温装置、水の使用量、および貯水スペースの確保が必要なために、製造コストが高くなっていた。また、一度に処理可能なリン酸水素カルシウム二水和物が少ないために、製造効率が低くなっていた。
【0006】
本開示は、従来よりも優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を、安価且つ高効率に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために、鋭意検討した結果、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物を特定のpHの環境に暴露することにより、リン酸水素カルシウム二水和物を改質すればフッ素不溶化能を飛躍的に高められることを見出した。また、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物を特定のpHの環境に暴露すれば、水系媒体およびリン酸水素カルシウム二水和物の両者の処理温度の制限を緩和でき、またその両者の使用量も広範囲から選択できるため、優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を効率よく得られるという知見をも得た。本発明者は、この知見に基づき更に研究を進めることにより、本発明を完成させるに至ったものである。
【0008】
すなわち、本発明は、
リン酸水素カルシウム二水和物を準備する工程と、
水系媒体中で該リン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上の環境に暴露することにより、該水系媒体と該リン酸水素カルシウム二水和物とに由来する混合物を調製する工程と、および
該混合物を固液分離することにより改質リン酸水素カルシウム二水和物を得る工程と、
をこの順で含む、改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法に係る。これにより、従来よりも優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を、安価且つ高効率に製造することができるという利点がある。
【0009】
ここで、該混合物を調製する工程は、該水系媒体中で該リン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上13以下の環境に暴露することが好ましい。これにより、より優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を製造することができるという利点がある。
【0010】
また、該混合物を調製する工程は、5℃以上25℃以下で実行されることが好ましい。これにより、加温装置を要しないため、改質リン酸水素カルシウム二水和物をより安価に製造することができるという利点がある。
【0011】
また、該混合物を調製する工程は、10分以上の撹拌下で実行されることが好ましい。これにより、改質リン酸水素カルシウム二水和物をより高効率に製造することができるという利点がある。
【0012】
また、該混合物を調製する工程は、該水系媒体50重量部に対して該リン酸水素カルシウム二水和物を1重量部以上25重量部以下用いて実行されることが好ましい。これにより、多量の水系媒体を要しないため、改質リン酸水素カルシウム二水和物をより安価に製造することができるという利点がある。
【0013】
また、該混合物を調製する工程は、該水系媒体50重量部に対して該リン酸水素カルシウム二水和物を5重量部以上25重量部以下用いて実行されることがより好ましい。これにより、多量の水系媒体を要しないため、改質リン酸水素カルシウム二水和物をより安価に製造することができるという利点がある。
【発明の効果】
【0014】
本発明の改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法は、上述の通りの構成を有することにより、従来よりも優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を、安価且つ高効率に得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について更に詳細に説明する。
【0016】
<改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法>
本発明は、改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法に関する。
【0017】
ここで、改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法は、
リン酸水素カルシウム二水和物を準備する工程(以下、「第1工程」とも記す)と、
水系媒体中で該リン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上の環境に暴露することにより、該水系媒体と該リン酸水素カルシウム二水和物とに由来する混合物を調製する工程(以下、「第2工程」とも記す)と、および
該混合物を固液分離することにより改質リン酸水素カルシウム二水和物を得る工程(以下、「第3工程」とも記す)と、
をこの順で含む。
【0018】
上記において「この順で含む」とは、上記第1工程、上記第2工程、上記第3工程がこの順で実行される限り、各工程の前後に他の工程が含まれていても良いことを意味する。また、「各工程の前後」には、「他の工程」が単独で含まれていても良く、同一又は異なる2以上の「他の工程」が連続して含まれていても良い。「他の工程」としては、例えば、リン酸水素カルシウム二水和物を粉砕、篩別する工程、改質リン酸水素カルシウム二水和物を水洗する工程、改質リン酸水素カルシウム二水和物を乾燥する工程、改質リン酸水素カルシウム二水和物を造粒加工する工程などが含まれ得る。また、本発明の上記製造方法は、このような他の工程を含まなくても良いことは言うまでもない。
【0019】
<第1工程>
本発明の製造方法は、リン酸水素カルシウム二水和物を準備する工程を含む。当該工程においては、市販のリン酸水素カルシウム二水和物を購入することにより準備しても良い。或いは、公知の方法によりリン酸水素カルシウム二水和物を製造することにより準備しても良い。製造方法としては、例えば、以下の様な方法がある。先ず、牛骨を塩酸に溶解することにより溶液を得る。続いて、当該溶液からゼラチン成分を除去した後、石灰乳を添加することによって、リン酸水素カルシウム二水和物を析出させる。最後に、析出したリン酸水素カルシウム二水和物を回収することによって、リン酸水素カルシウム二水和物を得ることができる。
【0020】
(リン酸水素カルシウム二水和物)
リン酸水素カルシウム二水和物は、化学式CaH(PO)・2HOで示される。リン酸水素カルシウム二水和物は、その純度において制限されないが、95質量%以上が好ましく、98質量%以上がより好ましい。また、純度は100質量%が理想であるが、純度が100質量%でない場合、不純物として、例えばリン酸水素カルシウム無水物、水酸化カルシウムなどを含むことができる。
【0021】
<第2工程>
本発明の製造方法は、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上の環境に暴露することにより、当該水系媒体と当該リン酸水素カルシウム二水和物とに由来する混合物を調製する工程を含む。ここで「暴露する」とは、リン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上の雰囲気に接触させることをいい、より具体的には、リン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上に調整された水系媒体中で保持する態様や、リン酸水素カルシウム二水和物を含む水系媒体のpHを8以上に調整する態様などが含まれる。また、この場合、当該pHは8以上となる状態が含まれる限り、変動してpH8未満となる状態を経由しても差し支えない。水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物をpH7以下の環境にのみ暴露すると、優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を製造することができないという不都合がある。なお、上記「由来する混合物」とは、水系媒体とリン酸水素カルシウム二水和物とを混合することにより得られる結果物を意味する便宜的な概念である。
【0022】
第2工程は、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物をpH9以上の環境に暴露することにより実行されることが好ましく、pH10以上の環境に暴露することにより実行されることがより好ましい。これにより、より優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を製造することができる。また、第2工程は、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上の環境に暴露すれば、pHの上限は特に制限されない。しかし、アルカリ環境下において、リン酸水素カルシウム二水和物はヒドロキシアパタイトに転移するが、特にpH13超14以下の環境において、リン酸水素カルシウム二水和物がヒドロキシアパタイトに転移する反応の反応速度が速いため、当該反応を制御することが難しくなる。リン酸水素カルシウム二水和物がヒドロキシアパタイトに転移すると、改質リン酸水素カルシウム二水和物のフッ素不溶化能は相対的に低くなる。したがって、第2工程は、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上13以下の環境に暴露することが好ましく、pH9以上13以下の環境に暴露することがより好ましく、pH10以上13以下の環境に暴露することが更に好ましい。
【0023】
第2工程は、予めpH8以上に調整された水系媒体にリン酸水素カルシウム二水和物を混合することにより実行されても良い。或いは、第2工程は、水系媒体とリン酸水素カルシウム二水和物とを混合した後に、その系をpH8以上に調整することにより実行されても良い。また、第2工程において、リン酸水素カルシウム二水和物がpH8以上の環境に暴露されれば、pH8未満の環境に暴露されることがあっても構わない。また、第2工程において、リン酸水素カルシウム二水和物がpH8以上13以下の環境に暴露されれば、pH8未満13超の環境に暴露されることがあっても構わない。
【0024】
第2工程には、pH調整剤が用いられても良い。pH調整剤としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウムなどが用いられる。特に、水酸化ナトリウムおよび水酸化カリウムは安価であるため、経済性に優れるという理由から、pH調整剤は水酸化ナトリウム又は水酸化カリウムであることが好ましい。pH調整剤は1種単独であるいは2種以上のものを組み合わせて用いることができる。
【0025】
第2工程には、水系媒体が用いられる。水系媒体は、通常は水により構成される。水は、水道水、井戸水、精製水、蒸留水、イオン交換水等、特に限定されない。また、水系媒体は、水と親和性を有する有機溶媒を80質量%以下であれば含んでも良い。有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、アセトンなどを用いることができる。なお、水系媒体または混合物は、上記pH調整剤を含んでも良い。
【0026】
混合物が凍結すると第3工程を実行することが困難になるという観点で、第2工程の温度は、0℃以上であることが好ましく、5℃以上であることがより好ましく、また、当該温度が高いほうが改質リン酸水素カルシウム二水和物をより高効率に製造できるという観点で、20℃以上であることがより好ましい。また、高温の条件下において、リン酸水素カルシウム二水和物がヒドロキシアパタイトに転移する反応の反応速度が相対的に速いため、当該反応を制御することが難しくなるという観点で、当該温度は、60℃以下であることが好ましく、40℃以下であることがより好ましく、25℃以下であることがさらに好ましい。また、加温装置を要しないため、改質リン酸水素カルシウム二水和物をより安価に製造できるという観点で、当該温度は、0℃以上40℃以下であることが好ましく、5℃以上40℃以下であることがより好ましく、5℃以上25℃以下であることがさらに好ましい。
【0027】
第2工程の時間が短いと、改質リン酸水素カルシウム二水和物のフッ素不溶化能が相対的に低くなるという観点で、時間は、10分以上であることが好ましく、30分以上であることがより好ましく、45分以上であることがさらに好ましい。また、リン酸水素カルシウム二水和物を水系媒体と接触させる時間が長いと、当該リン酸水素カルシウム二水和物がヒドロキシアパタイトに転移しやすくなり、改質リン酸水素カルシウム二水和物のフッ素不溶化能は相対的に低くなるという観点で、当該時間は、480分以下であることが好ましく、240分以下であることがより好ましく、60分以下であることがさらに好ましい。また、改質リン酸水素カルシウム二水和物をより高効率に製造できるという観点で、当該時間は、10分以上480分以下であることが好ましく、10分以上240分以下であることがより好ましく、10分以上60分以下であることがさらに好ましい。
【0028】
第2工程は、静置下で実行されても良く、撹拌下で実行されても良い。第2工程が撹拌下で実行される場合は、撹拌の時間には、上記の第2工程の時間を採用することができる。具体的には、例えば、10分以上を採用することができる。
【0029】
第2工程において、水系媒体に対するリン酸水素カルシウム二水和物の重量部は、特に制限されない。但し、節水により製造コストが低減できるという観点と、高濃度で効率的に製造できるという観点とから、水系媒体50重量部に対して、リン酸水素カルシウム二水和物を1重量部以上用いられることが好ましく、5重量部以上用いられることがより好ましく、10重量部以上用いられることがさらに好ましい。また、水系媒体に対するリン酸水素カルシウム二水和物の重量部が高すぎると、水系媒体とリン酸水素カルシウム二水和物とが均一に接触できなくなるため、改質リン酸水素カルシウム二水和物を高効率に製造できなくなるという観点で、水系媒体50重量部に対して、リン酸水素カルシウム二水和物を25重量部以下用いられることが好ましく、20重量部以下用いられることがより好ましく、15重量部以下用いられることがさらに好ましい。
また、水系媒体50重量部に対して、リン酸水素カルシウム二水和物を1重量部以上25重量部以下用いられることが好ましく、5重量部以上25重量部以下用いられることがより好ましく、5重量部以上20重量部以下用いられることがさらに好ましい。
【0030】
<第3工程>
本発明の製造方法は、上記混合物を固液分離することにより改質リン酸水素カルシウム二水和物を得る工程を含む。固液分離の方法には、濾過、遠心分離などを用いることができる。濾過には、公知の各種の濾過機等を使用することができる。このような濾過機としては、例えば、スクリュープレス脱水機、ローラープレス脱水機、ロータリードラムスクリーン脱水機、真空脱水機、加圧脱水機、遠心濃縮脱水機、多重円盤脱水機などを挙げることができる。また、濾過には、濾紙や濾布などを使用することができる。
【0031】
(改質リン酸水素カルシウム二水和物)
上記第2工程において、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物がpH8以上の環境に暴露されると、リン酸水素カルシウム二水和物は、部分的な構造転移を生じると考えられる。この部分的な構造転移により生じた生成物は、リン酸水素カルシウム二水和物のみからなる主成分、又は、リン酸水素カルシウム二水和物およびリン酸水素カルシウム無水物の二成分からなる主成分に対して、フッ素アパタイト(Ca(POF)と同等の格子定数の物質が副成分として共存した複合物と推測される。ここで、フッ素アパタイトと同等の格子定数の物質とは、アパタイト前駆体であると推定される。本願では当該複合物を「改質リン酸水素カルシウム二水和物」と定義する。よって、上記「水系媒体とリン酸水素カルシウム二水和物とに由来する混合物」は、改質リン酸水素カルシウム二水和物を含む。このような改質リン酸水素カルシウム二水和物は、上記の通り詳細には明らかでないが、リン酸水素カルシウム二水和物(CaH(PO)・2HO)の一部が、部分的な構造転移により、アパタイト前駆体に変換された結果物として捉えることができる。また、その形態的特徴として、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面において、滑らかな柱状結晶構造がエッチングされたことにより生じる凹凸を観察することができる。このような形態的特徴は、走査型電子顕微鏡を用いて、5000倍の倍率で観察できる。
【0032】
いずれにしても、本願の改質リン酸水素カルシウム二水和物は、上記の第1工程、第2工程、及び第3工程を経て製造され、その構造はまだ十分には特定されていないものの、従来のリン酸水素カルシウム二水和物に比し優れたフッ素不溶化能を示す物質である。
【0033】
また、改質リン酸水素カルシウム二水和物は、粉末、スラリーなどの形態で得ることができる。
<用途>
改質リン酸水素カルシウム二水和物は、フッ素イオンと反応することにより、フッ素アパタイトを形成する。フッ素アパタイトは、水に対して不溶である。よって、改質リン酸水素カルシウム二水和物は、フッ素イオンを不溶化する作用を有する。したがって、改質リン酸水素カルシウム二水和物は、フッ素イオン不溶化剤として用いることができる。
【0034】
また、改質リン酸水素カルシウム二水和物は、土壌に含有されるフッ素イオンと反応して不溶化物であるフッ素アパタイトを形成することにより、フッ素イオンを土壌中に固定化する作用を有する。したがって、改質リン酸水素カルシウム二水和物は、フッ素イオン固定化剤として用いることができる。
【0035】
また、改質リン酸水素カルシウム二水和物は、排水に含有されるフッ素イオンと反応して不溶化物であるフッ素アパタイトを形成することにより、排水からフッ素イオンを除去する作用を有する。したがって、改質リン酸水素カルシウム二水和物は、フッ素イオン除去剤として用いることができる。
【実施例
【0036】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
<実施例1>
改質リン酸水素カルシウム二水和物を、以下の方法で製造した。まず、市販のリン酸水素カルシウム二水和物(商品名:「リンカルRF」、新田ゼラチン株式会社製)を準備した(第1工程)。
【0038】
次いで、水に5%水酸化ナトリウム水溶液を添加することにより、pH8に調整された500gの水溶液(水系媒体)に、上記で準備されたリン酸水素カルシウム二水和物を10g添加した。続いて、温度25℃で、且つ、60分間の撹拌下(撹拌速度:60rpm)で混合することにより、混合物を調製した(第2工程)。
【0039】
続いて、当該混合物を濾紙(定量濾紙No.5C、ADVANTEC社製)で固液分離(濾過)することにより固形分(改質リン酸水素カルシウム二水和物)を得た(第3工程)。続いて、その他の工程として、固形分(改質リン酸水素カルシウム二水和物)を水洗した後、乾燥させることにより、乾燥状態の改質リン酸水素カルシウム二水和物を得た。このようにして、本発明の製造方法を実行した。得られた改質リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面を5000倍の走査型電子顕微鏡にて観察し、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造となっていることを確認した。
【0040】
<実施例2~5>
表1に示した様に、上記第2工程のpHを異なったpHに調整したことを除き、実施例1と同様の製造方法により、各改質リン酸水素カルシウム二水和物を製造した。また、実施例1と同様の方法により、各改質リン酸水素カルシウム二水和物において、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造となっていることを確認した。
【0041】
<比較例1~4>
表1に示した様に、上記第2工程のpHを異なったpHに調整したことを除き、実施例1と同様の製造方法により、各リン酸水素カルシウム二水和物処理物を製造した。また、実施例1と同様の方法により、各リン酸水素カルシウム二水和物処理物において、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造が見られないことを確認した。
【0042】
<実施例6、7>
表1に示した様に、上記第2工程の水系媒体に対するリン酸水素カルシウム二水和物の重量部を異なった重量部に調整したことを除き、実施例2と同様の製造方法により、各リン酸水素カルシウム二水和物を製造した。また、実施例1と同様の方法により、各改質リン酸水素カルシウム二水和物において、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造となっていることを確認した。
【0043】
<実施例8、9>
表1に示した様に、上記第2工程のpHを異なったpHに調整したことと、上記第2工程の水系媒体に対するリン酸水素カルシウム二水和物の重量部を異なった重量部に調整したこととを除き、実施例2と同様の製造方法により、改質リン酸水素カルシウム二水和物を製造した。また、実施例1と同様の方法により、各改質リン酸水素カルシウム二水和物において、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造となっていることを確認した。
【0044】
<比較例5>
表1に示した様に、上記第2工程のpHを異なったpHに調整したことを除き、実施例6と同様の製造方法により、リン酸水素カルシウム二水和物処理物を製造した。また、実施例1と同様の方法により、リン酸水素カルシウム二水和物処理物において、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造がほとんど見られないことを確認した。
【0045】
<比較例6>
表1に示した様に、上記第2工程の温度を異なった温度に調整したことを除き、比較例5と同様の製造方法により、リン酸水素カルシウム二水和物処理物を製造した。また、実施例1と同様の方法により、リン酸水素カルシウム二水和物処理物において、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造がほとんど見られないことを確認した。
【0046】
<実施例10~12>
表1に示した様に、上記第2工程のpHを異なったpHに調整したことと、上記第2工程の撹拌時間を異なった撹拌時間としたことと、上記第2工程の水系媒体に対するリン酸水素カルシウム二水和物の重量部を異なった重量部に調整したこととを除き、実施例2と同様の製造方法により、各改質リン酸水素カルシウム二水和物を製造した。また、実施例1と同様の方法により、各改質リン酸水素カルシウム二水和物において、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造となっていることを確認した。
【0047】
<実施例13、14>
表1に示した様に、上記第2工程のpHを異なったpHに調整したことと、上記第2工程の温度を異なった温度に調整したことと、上記第2工程の撹拌時間を異なった撹拌時間としたことと、上記第2工程の水系媒体に対するリン酸水素カルシウム二水和物の重量部を異なった重量部に調整したこととを除き、実施例2と同様の製造方法により、各改質リン酸水素カルシウム二水和物を製造した。また、実施例1と同様の方法により、各改質リン酸水素カルシウム二水和物において、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造となっていることを確認した。
【0048】
<実施例15>
改質リン酸水素カルシウム二水和物を、以下の方法で製造した。まず、リン酸水素カルシウム二水和物(商品名:「リンカルRF」、新田ゼラチン株式会社製)を準備した(第1工程)。
【0049】
次いで、400gの水(水系媒体)に、上記で準備された200gのリン酸水素カルシウム二水和物を添加することにより、懸濁液を調製した。続いて、当該懸濁液に、5%水酸化ナトリウム水溶液を添加することにより、当該懸濁液をpH10に調整した。当該懸濁液を、温度20℃の環境下で、且つ、60分間の撹拌下で混合することにより、混合物を調製した(第2工程)。
【0050】
続いて、上記混合物を濾紙(定量濾紙No.5C、ADVANTEC社製)で濾過することにより固形分(改質リン酸水素カルシウム二水和物)を得た(第3工程)。続いて、その他の工程として、固形分(改質リン酸水素カルシウム二水和物)を水洗した後、乾燥させることにより、乾燥状態の改質リン酸水素カルシウム二水和物を得た。また、実施例1と同様の方法により、改質リン酸水素カルシウム二水和物において、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造となっていることを確認した。
【0051】
<比較例7>
上記第1工程を行い、それ以外の工程を行わないことによって、リン酸水素カルシウム二水和物を得た。また、実施例1と同様の方法により、リン酸水素カルシウム二水和物において、リン酸水素カルシウム二水和物の粒子表面における滑らかな柱状結晶構造がエッチングされた構造が見られないことを確認した。
【0052】
<フッ素不溶化能評価試験>
フッ素水溶液におけるフッ素イオンの濃度が20ppmとなる様に、フッ化ナトリウム(富士フイルム和光純薬株式会社製)をイオン交換水に溶解した。フッ素水溶液100mLに、上記で製造した実施例1~15の改質リン酸水素カルシウム二水和物、比較例1~6のリン酸水素カルシウム二水和物処理物および比較例7のリン酸水素カルシウム二水和物を、各々0.3g添加することにより、懸濁液を得た。次いで、懸濁液を、25℃の環境下で、1時間撹拌した。続いて、懸濁液を、濾紙(定量濾紙No.5C、ADVANTEC社製)で濾別することにより、濾液を得た。濾液中のフッ素イオン濃度(以下、「フッ素イオン濃度」と記す)を、複合形フッ化物イオン選択性電極(商品名:「6561S-10C」、株式会社堀場製作所製)を用いることにより測定した。
【0053】
フッ素イオン濃度が相対的に低いことは、フッ素不溶化能が相対的に高いことを意味する。
【0054】
続いて、フッ素イオン濃度に基づいて、実施例1~15の改質リン酸水素カルシウム二水和物、比較例1~6のリン酸水素カルシウム二水和物処理物、比較例7のリン酸水素カルシウム二水和物のフッ素不溶化能を評価した。フッ素不溶化能の評価結果を表1に示す。
【0055】
【表1】
【0056】
表1により明らかな様に、上記第2工程が、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物をpH8、9、10、11、12の環境に暴露することにより実行された実施例1~5の改質リン酸水素カルシウム二水和物は、上記第2工程が、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物をpH4、5、6、7の環境に暴露することにより実行された比較例1~4のリン酸水素カルシウム二水和物処理物に比して、優れたフッ素不溶化能を示した。すなわち、本発明の改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法は、第2工程が、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上の環境に暴露することにより実行されることで、優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を製造できることが確認された。また、当該製造方法は、第2工程が25℃で実行されるため、加温装置を要しない。したがって、当該製造方法は、加温装置を要しないことにより、改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造コストを低廉化できることが確認された。
【0057】
また、第2工程のpH、温度、撹拌時間、水系媒体に対するリン酸水素カルシウム二水和物の重量部の異なった組合せの条件下で実行された実施例6~14の改質リン酸水素カルシウム二水和物は、実施例1~5の改質リン酸水素カルシウム二水和物と同様に優れたフッ素不溶化能を示した。すなわち、本発明の改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法は、第2工程がpH8以上の環境下で実行されれば、第2工程のpH、温度、撹拌時間、水系媒体に対するリン酸水素カルシウム二水和物の重量部に依らず、優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を製造できることが確認された。また、実施例2、6、7の比較と、実施例8、9の比較とによれば、当該製造方法は、水系媒体に対するリン酸水素カルシウム二水和物の重量部に依らない為、第2工程が水系媒体に対するリン酸水素カルシウム二水和物の重量部を高い値で用いて実行されることによって、改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造効率を高められることが確認された。
【0058】
また、第2工程のpH調整が、水(水系媒体)とリン酸水素カルシウム二水和物とを混合した後に実行された実施例15の改質リン酸水素カルシウム二水和物は、実施例1から実施例14の改質リン酸水素カルシウム二水和物と同様に、優れたフッ素不溶化能を示した。すなわち、本発明の改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法は、第2工程において、予めpH8以上に調整された水系媒体にリン酸水素カルシウム二水和物を混合することにより実行されるか、水系媒体とリン酸水素カルシウム二水和物とを懸濁した後に、pH8以上に調整するかに依らず、水系媒体中でリン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上の環境に暴露すれば、優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を製造できることが確認された。
【0059】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0060】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【要約】
【課題】従来よりも優れたフッ素不溶化能を有する改質リン酸水素カルシウム二水和物を、安価且つ高効率に製造する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、リン酸水素カルシウム二水和物を準備する工程と、水系媒体中で該リン酸水素カルシウム二水和物をpH8以上の環境に暴露することにより、該水系媒体と該リン酸水素カルシウム二水和物とに由来する混合物を調製する工程と、および該混合物を固液分離することにより改質リン酸水素カルシウム二水和物を得る工程と、をこの順で含む、改質リン酸水素カルシウム二水和物の製造方法に係る。
【選択図】なし