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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-14
(45)【発行日】2022-02-15
(54)【発明の名称】腎機能を推定する方法及びシステム
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20220207BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220207BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/50 Z
【請求項の数】 22
(21)【出願番号】P 2021529828
(86)(22)【出願日】2020-12-25
(86)【国際出願番号】 JP2020048977
(87)【国際公開番号】W WO2021132658
(87)【国際公開日】2021-07-01
【審査請求日】2021-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2019239749
(32)【優先日】2019-12-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】320003264
【氏名又は名称】KAGAMI株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】505314022
【氏名又は名称】国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】三田 真史
(72)【発明者】
【氏名】池田 達彦
(72)【発明者】
【氏名】木村 友則
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-530532(JP,A)
【文献】国際公開第2014/129490(WO,A1)
【文献】特開2017-207489(JP,A)
【文献】特開2015-132598(JP,A)
【文献】特開2017-003589(JP,A)
【文献】特開2019-215338(JP,A)
【文献】KIMURA Tomonori et al.,Chiral amino acid metabolomics for novel biomarker screening in the prognosis of chronic kidney dise,Scientific reports,2016年05月18日,vol.6,article No.26137,PP.1-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
評価対象の腎機能を推定するための情報を提供する方法であって、
任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析によって、予め得られた以下の式(I):
Y=a・X+a・X+・・・+a・X+b ・・・(I)
[式中、
~aは、前記回帰分析により得られた定数を表し、
~Xは、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の変数を表し、
bは、前記回帰分析により得られた定数を表す。]
を用い、前記評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量から算出される前記値Yに基づいて、前記評価対象の腎機能を推定するための情報を提供する工程、
を含む、方法。
【請求項2】
前記評価対象の腎機能を推定するための情報を提供する工程が、前記値Yに基づいて前記評価対象の糸球体濾過量を推定し、それによって前記評価対象の腎機能を推定するための情報を提供する工程である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記生体試料が、血液、血漿又は血清である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
相関係数R≧0.5となる前記式(I)を用いる、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
相関係数R≧0.8となる前記式(I)を用いる、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
さらに、前記説明変数が、クレアチニン及びシスタチンCからなる群から選択される因子の量を含み、
前記X~Xが、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の変数を表す、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記説明変数が、D,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値であり、
前記目的変数が、糸球体濾過量の対数を標準化した値であり、
前記X~Xには、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値が適用される、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
さらに、前記説明変数が、クレアチニン及びシスタチンCからなる群から選択される因子の量の対数を標準化した値を含み、
前記X~Xが、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の変数を表し、ここで前記X~Xには、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の対数を標準化した値が適用される、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記X~Xが、少なくとも、D-セリン、D-アラニン、D-プロリン及びD-アスパラギンからなる群から選択された因子の量の変数を含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記任意の対象の糸球体濾過量が、イヌリンクリアランス、クレアチニンクリアランス、51Cr-EDTAクリアランス、125I-イオタラム酸ナトリウムクリアランス、99mTc-DTPAクリアランス、チオ硫酸ナトリウムクリアランス、イオヘキソールクリアランス、イオジキサノールクリアランス、又はイオタラメイトクリアランスによって算出された糸球体濾過量である、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記評価対象が、既存の検査により腎臓病の疑いがあると判定された評価対象である、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
記憶部と、分析測定部と、データ処理部と、出力部とを含む、評価対象の腎機能を推定するシステムであって、
前記記憶部は、
任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析によって、予め得られた以下の式(II):
Y=a・X+a・X+・・・+a・X+b ・・・(II)
[式中、
~aは、前記回帰分析により得られた定数を表し、
~Xは、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の変数を表し、
bは、前記回帰分析により得られた定数を表す。]
を記憶し;
前記分析測定部は、評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を定量し;
前記データ処理部は、前記評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を、前記記憶部に記憶された前記式(II)にあてはめて値Yを算出し、前記値Yに基づいて前記評価対象の腎機能を推定し;
前記出力部は、推定された前記評価対象の腎機能についての情報を出力する、システム。
【請求項13】
前記データ処理部が、前記評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を、前記記憶部に記憶された前記式(II)にあてはめて値Yを算出し、前記値Yに基づいて前記評価対象の糸球体濾過量を推定し、それによって前記評価対象の腎機能を推定する、請求項12に記載のシステム。
【請求項14】
前記生体試料が、血液、血漿又は血清である、請求項12又は13に記載のシステム。
【請求項15】
相関係数R≧0.5となる前記式(II)を用いる、請求項1214のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項16】
相関係数R≧0.8となる前記式(II)を用いる、請求項1214のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項17】
さらに、前記説明変数が、クレアチニン及びシスタチンCからなる群から選択される因子の量を含み、
前記X~Xが、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の変数を表す、請求項1216のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項18】
前記説明変数が、D,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値であり、
前記目的変数が、糸球体濾過量の対数を標準化した値であり、
前記X~Xには、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値が適用される、請求項12~16のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項19】
さらに、前記説明変数が、クレアチニン及びシスタチンCからなる群から選択される因子の量の対数を標準化した値を含み、
前記X~Xが、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の変数を表し、ここで前記X~Xには、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の対数を標準化した値が適用される、請求項18に記載のシステム。
【請求項20】
前記X~Xが、少なくとも、D-セリン、D-アラニン、D-プロリン及びD-アスパラギンからなる群から選択される因子の量の変数を含む、請求項12~19のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項21】
前記任意の対象の糸球体濾過量が、イヌリンクリアランス、クレアチニンクリアランス、51Cr-EDTAクリアランス、125I-イオタラム酸ナトリウムクリアランス、99mTc-DTPAクリアランス、チオ硫酸ナトリウムクリアランス、イオヘキソールクリアランス、イオジキサノールクリアランス、又はイオタラメイトクリアランスによって算出された糸球体濾過量である、請求項12~20のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項22】
前記評価対象が、既存の検査により腎臓病の疑いがあると判定された評価対象である、請求項12~21のいずれか1項に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、評価対象の腎機能を推定する方法、及び評価対象の腎機能を推定するシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
腎機能を表す代表的な指標として糸球体濾過量(Glomerular Filtration Rate:GFR)がある。糸球体濾過量は、糸球体で血液から1分間に濾過される液量を表し、イヌリンクリアランスの測定はその国際的な標準(ゴールドスタンダード)とされている。しかしながら、イヌリンクリアランスの測定は、2時間にわたるイヌリンの持続点滴、及び複数回にわたる採尿及び採血が必要であり、被験者及び実施者の負担が大きい。したがって、日常臨床においてイヌリンクリアランスの測定は生体腎移植の際のドナーのような限られた状況でのみ実施されるに留まっており、クレアチニンのような他のマーカーの測定で代替されることが大半である。多くのマーカーの値はゴールドスタンダードであるイヌリンクリアランス等の実際の糸球体濾過量との乖離が大きく、腎臓病の正確な診断の障害となっている。
【0003】
クレアチニンは、腎機能の指標として臨床現場で汎用的に測定される。クレアチニンは筋肉の収縮に必要なクレアチンの最終代謝物である。肝臓で生成されたクレアチンは筋細胞に取り込まれ、一部が代謝されてクレアチニンとなり、血液を介して腎臓へ運ばれ、糸球体で濾過された後、尿細管で再吸収されることなく尿中へ排泄される。糸球体濾過能力が低下した場合に排出が障害され、血液中に留まって数値が上昇することで尿毒素蓄積の有益な指標となるため、腎機能の評価に利用される。しかし、血液中のクレアチニン量は、GFRが50%以上低下しないと明らかな異常値を示さず、鋭敏なマーカーとはいえない。
【0004】
シスタチンCは全身の有核細胞から一定の割合で産生される分子量13.36kDaのタンパク質で、すべて糸球体で濾過された後に尿細管での再吸収を経て腎臓で分解されることから、濾過量に応じて血液中から除去されると考えられ、血液中の量がGFRの指標となる。しかし、腎機能が高度に低下した時には血液中のシスタチンC量の上昇は鈍化し、末期の腎臓病では正確な腎機能評価が困難である。
【0005】
以上のように、被験者・患者に大きな負担をかけることなく、採血のみで早期から末期の広いレンジで個別患者の正確な糸球体濾過量を測定したいという臨床現場の要求に十分応えることのできるバイオマーカーは存在していなかった。
【0006】
従来、哺乳類の生体内には存在しないと考えられていたD-アミノ酸が、様々な組織に存在し、生理機能を担うことが明らかにされてきている。また、血液中のD-セリン、D-アラニン、D-プロリン、D-グルタミン酸、D-アスパラギン酸の量が、腎不全患者で変動し、クレアチニンと相関することから腎不全のマーカーになり得ることが示されている(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4)。さらに、D-セリン、D-スレオニン、D-アラニン、D-アスパラギン、D-アロスレオニン、D-グルタミン、D-プロリン及びD-フェニルアラニンからなるグループから選択されるアミノ酸が、腎臓病の病態指標値とすることについて開示されている(特許文献1)。これらの文献では、健常者と比較して、腎臓病を患う患者の血液中のD-アミノ酸が変動していることから、これらの変動を指標にして腎臓病の診断が可能になる旨、あるいは単に対象における血液中のD-セリン量が、クレアチニン量又はクレアチニン量を補正した推算値との相関が開示されているに過ぎず、血液中のD-アミノ酸量が直接的にゴールドスタンダードであるイヌリンクリアランスに相関し糸球体濾過能力を推定できることについては何ら記載も示唆もされていない。なお、近年、腎臓病のマーカーとして、尿中L-FABP、血液中NGAL、尿中KIM-1等が開発されてきているが、それらは糸球体濾過能力と相関するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2013/140785号
【非特許文献】
【0008】
【文献】Fukushima,T.ら、Biol. Pharm. Bull. 18: 1130(1995)
【文献】Nagata.Y Viva Origino Vol.18(No.2) (1990)第15回学術講演会講演要旨集
【文献】Ishidaら、北里医学 23:51~62 (1993)
【文献】Yong Huangら、Biol. Pharm. Bull. 21:(2)156-162(1998)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
現在までに知られている血液中のクレアチニン量等の腎機能マーカーと比較して、より広い範囲で正確に、被験者の腎機能を推定する方法が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、血液中のD,L-アミノ酸に着目し、GFR(イヌリンクリアランス)との関係を解析したところ、驚くべきことに、健常から早期~末期のステージにある腎臓病患者の血液検体において、クレアチニン量やシスタチンC量よりも、血液中のD,L-アミノ酸量が全てのステージにおいてGFR(イヌリンクリアランス)に対して高い相関を示すことを見出し、本発明に至った。
【0011】
そこで、本発明は下記に関する:
[1] 評価対象の腎機能を推定する方法であって、
任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析によって、予め得られた以下の式(I):
Y=a・X+a・X+・・・+a・X+b ・・・(I)
[式中、
~aは、前記回帰分析により得られた定数を表し、
~Xは、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の変数を表し、
bは、前記回帰分析により得られた定数を表す。]
を用い、前記評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量から算出される前記値Yに基づいて、前記評価対象の腎機能を推定する工程、
を含む、方法。
[2] 前記評価対象の腎機能を推定する工程が、前記値Yに基づいて前記評価対象の糸球体濾過量を推定し、それによって前記評価対象の腎機能を推定する工程である、項目1に記載の方法。
[3] 前記生体試料が、血液、血漿又は血清である、項目1又は2に記載の方法。
[4] 相関係数R≧0.5となる前記式(I)を用いる、項目1~3のいずれか1項に記載の方法。
[5] 相関係数R≧0.8となる前記式(I)を用いる、項目1~3のいずれか1項に記載の方法。
[6] さらに、前記説明変数が、クレアチニン及びシスタチンCからなる群から選択される因子の量を含み、
前記X~Xが、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の変数を表す、項目1~5のいずれか1項に記載の方法。
[7] 前記説明変数が、D,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値であり、
前記目的変数が、糸球体濾過量の対数を標準化した値であり、
前記X~Xには、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値が適用される、項目1~5のいずれか1項に記載の方法。
[8] さらに、前記説明変数が、クレアチニン及びシスタチンCからなる群から選択される因子の量の対数を標準化した値を含み、
前記X~Xが、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の変数を表し、ここで前記X~Xには、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の対数を標準化した値が適用される、項目7に記載の方法。
[9] 前記X~Xが、少なくとも、D-セリン、D-アラニン、D-プロリン及びD-アスパラギンからなる群から選択された因子の量の変数を含む、項目1~8のいずれか1項に記載の方法。
[10] 前記任意の対象の糸球体濾過量が、イヌリンクリアランス、クレアチニンクリアランス、51Cr-EDTAクリアランス、125I-イオタラム酸ナトリウムクリアランス、99mTc-DTPAクリアランス、チオ硫酸ナトリウムクリアランス、イオヘキソールクリアランス、イオジキサノールクリアランス、又はイオタラメイトクリアランスによって算出された糸球体濾過量である、項目1~9のいずれか1項に記載の方法。
[11] 前記評価対象が、既存の検査により腎臓病の疑いがあると判定された評価対象である、項目1~10のいずれか1項に記載の方法。
[12] 腎機能が低下していると判定された前記評価対象に対して、治療介入が行われる、項目1~11のいずれか1項に記載の方法。
[13] 前記治療介入が、生活習慣改善、食事指導、血圧管理、貧血管理、電解質管理、尿毒素管理、血糖値管理、免疫管理及び脂質管理からなる群から選ばれる、項目12に記載の方法。
[14] 前記治療介入として、利尿薬、カルシウム拮抗薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬、交感神経遮断薬、SGLT2阻害薬、スルホニル尿素薬、チアゾリジン薬、ビグアナイド薬、α―グルコシダーゼ阻害薬、グリニド薬、インスリン製剤、NRF2活性化剤、免疫抑制剤、スタチン系薬剤、フィブラート系薬剤、貧血治療薬、エリスロポエチン製剤、HIF-1阻害剤、鉄剤、電解質調整薬、カルシウム受容体作動薬、リン吸着剤、尿毒素吸着剤、DPP4阻害薬、EPA製剤、ニコチン酸誘導体、コレステロールトランスポーター阻害剤、PCSK9阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1の薬剤を前記対象に投与することを含む、項目12又は13に記載の方法。
[15] 記憶部と、分析測定部と、データ処理部と、出力部とを含む、評価対象の腎機能を推定するシステムであって、
前記記憶部は、
任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析によって、予め得られた以下の式(II):
Y=a・X+a・X+・・・+a・X+b ・・・(II)
[式中、
~aは、前記回帰分析により得られた定数を表し、
~Xは、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の変数を表し、
bは、前記回帰分析により得られた定数を表す。]
を記憶し;
前記分析測定部は、評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を定量し;
前記データ処理部は、前記評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を、前記記憶部に記憶された前記式(II)にあてはめて値Yを算出し、前記値Yに基づいて前記評価対象の腎機能を推定し;
前記出力部は、推定された前記評価対象の腎機能についての情報を出力する、システム。
[16] 前記データ処理部が、前記評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を、前記記憶部に記憶された前記式(II)にあてはめて値Yを算出し、前記値Yに基づいて前記評価対象の糸球体濾過量を推定し、それによって前記評価対象の腎機能を推定する、項目15に記載のシステム。
[17] 前記生体試料が、血液、血漿又は血清である、項目15又は16に記載のシステム。
[18] 相関係数R≧0.5となる前記式(II)を用いる、項目15~17のいずれか1項に記載のシステム。
[19] 相関係数R≧0.8となる前記式(II)を用いる、項目15~17のいずれか1項に記載のシステム。
[20] さらに、前記説明変数が、クレアチニン及びシスタチンCからなる群から選択される因子の量を含み、
前記X~Xが、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の変数を表す、項目15~19のいずれか1項に記載のシステム。
[21] 前記説明変数が、D,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値であり、
前記目的変数が、糸球体濾過量の対数を標準化した値であり、
前記X~Xには、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値が適用される、項目15~19のいずれか1項に記載のシステム。
[22] さらに、前記説明変数が、クレアチニン及びシスタチンCからなる群から選択される因子の量の対数を標準化した値を含み、
前記X~Xが、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の変数を表し、ここで前記X~Xには、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の対数を標準化した値が適用される、項目21に記載のシステム。
[23] 前記X~Xが、少なくとも、D-セリン、D-アラニン、D-プロリン及びD-アスパラギンからなる群から選択される因子の量の変数を含む、項目15~22のいずれか1項に記載のシステム。
[24] 前記任意の対象の糸球体濾過量が、イヌリンクリアランス、クレアチニンクリアランス、51Cr-EDTAクリアランス、125I-イオタラム酸ナトリウムクリアランス、99mTc-DTPAクリアランス、チオ硫酸ナトリウムクリアランス、イオヘキソールクリアランス、イオジキサノールクリアランス、又はイオタラメイトクリアランスによって算出された糸球体濾過量である、項目15~23のいずれか1項に記載のシステム。
[25] 前記評価対象が、既存の検査により腎臓病の疑いがあると判定された評価対象である、項目15~24のいずれか1項に記載のシステム。
【発明の効果】
【0012】
本発明の腎機能を推定する方法において用いる血液中のD,L-アミノ酸量は、GFR(例えば、イヌリンクリアランス)に対し、従来用いられている血液中のクレアチニン量及びシスタチンC量よりも優れた相関を有する。従って、本発明によれば、生体試料を用いることで、簡便に評価対象の腎機能を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の腎機能を推定するシステムの構成図を示す。
図2図2は、本発明のプログラムによる腎機能を推定するための動作の例を示すフローチャートである。
図3-1】図3-1及び図3-2の表は、15名の健常ボランティア(#1~15)及び11名の慢性腎臓病(CKD)患者(#21~31)の血液中におけるD,L-アミノ酸(nmol/mL)、シスタチンC(mg/dL)及びクレアチニン(mg/dL)の量及びイヌリンクリアランスによる糸球体濾過量(mL/分/1.73m)を示す。
図3-2】図3-1及び図3-2の表は、15名の健常ボランティア(#1~15)及び11名の慢性腎臓病(CKD)患者(#21~31)の血液中におけるD,L-アミノ酸(nmol/mL)、シスタチンC(mg/dL)及びクレアチニン(mg/dL)の量及びイヌリンクリアランスによる糸球体濾過量(mL/分/1.73m)を示す。
図4図4は、実施例1において回帰分析によって得られた腎機能を推定する式を示す結果である。
図5図5は、実施例1において回帰分析によって得られた腎機能を推定する式を示す結果である。
図6図6は、実施例1において回帰分析によって得られた腎機能を推定する式を示す結果である。
図7図7は、実施例1において回帰分析によって得られた腎機能を推定する式を示す結果である。
図8図8は、実施例1において回帰分析によって得られた腎機能を推定する式を示す結果である。
図9-1】図9-1は、実施例1において回帰分析によって得られた腎機能を推定する式を示す結果である。
図9-2】図9-2は、実施例1において回帰分析によって得られた腎機能を推定する式を示す結果である。
図9-3】図9-3は、実施例1において回帰分析によって得られた腎機能を推定する式を示す結果である。
図10図10は、図3と同じ15名の健常ボランティア(#1~15)及び11名の慢性腎臓病(CKD)患者(#21~31)の血液中におけるD-アミノ酸(nmol/mL)及びイヌリンクリアランスによる糸球体濾過量(mL/分/1.73m)を示す。
図11図11は、実施例2において回帰分析によって得られた腎機能を推定する式を示す結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、生体試料中のD,L-アミノ酸量に基づく、評価対象の腎機能を推定する方法、及び評価対象の腎機能を推定するシステムに関する。
【0015】
一実施態様において、本発明は、評価対象の腎機能を推定する方法であって、
任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析によって、予め得られた以下の式(I):
Y=a・X+a・X+・・・+a・X+b ・・・(I)
[式中、
~aは、前記回帰分析により得られた定数を表し、
~Xは、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の変数を表し、
bは、前記回帰分析により得られた定数を表す。]
を用い、前記評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量から算出される前記値Yに基づいて、前記評価対象の腎機能を推定する工程、
を含む方法を提供する。当該方法は、医師が診断を行うためのデータの提供を行うことができ、診断の予備的方法又は診断補助方法ということもできる。
【0016】
本明細書において、「任意の対象」とは、回帰式を算出するために用いられる生体試料中のD,L-アミノ酸の量(場合によっては、さらにクレアチニン及び/又はシスタチンCの量を含む)と、糸球体濾過量との両方が測定される対象をいい、「評価対象」を含むものであってもよい。回帰式を算出するために採用する任意の対象の数は、統計学的に有意な回帰式を算出するのに十分な数であることが好ましく、例えば、3、5、10、20、30、50、100又はそれ以上の数を本発明において採用することができる。また、回帰式を算出するために測定される任意の対象は、腎臓病である対象と、健常である対象(例えば、非腎臓病である対象)とを含むことが好ましい。
【0017】
本明細書において、「生体試料」とは、生物に由来する試料であり、例えば血液、血漿、血清、唾液、尿、腹水、羊水、リンパ液、精液、髄液、鼻汁、汗、乳汁、涙等であり、本発明に用いられる生体試料としては、血液、血漿又は血清であることが好ましい。
【0018】
本明細書において、「D,L-アミノ酸」とは、立体異性体である「D体」及び「L体」のタンパク質構成アミノ酸の他、立体異性体を有さないグリシンを含むアミノ酸をいい、具体的には、グリシン、D,L-アラニン、D,L-ヒスチジン、D,L-イソロイシン、D,L-アロ-イソロイシン、D,L-ロイシン、D,L-リシン、D,L-メチオニン、D,L-フェニルアラニン、D,L-スレオニン、D,L-アロ-スレオニン、D,L-トリプトファン、D,L-バリン、D,L-アルギニン、D,L-システイン、D,L-グルタミン、D,L-プロリン、D,L-チロシン、D,L-アスパラギン酸、D,L-アスパラギン、D,L-グルタミン酸、及びD,L-セリンを含むものをいう。なお、生物試料に含まれるD,L-システインは、生体外においては、酸化されてD,L-シスチンと変化するため、本発明の一実施態様において、D,L-システインの代わりにD,L-シスチンを測定することで生物試料に含まれるD,L-システインの量を算出することができる。
【0019】
本明細書において、糸球体濾過能力は、糸球体が血液を濾過する能力を指す。一の態様では、糸球体濾過量(GFR)により表されるが、実質糸球体濾過量に限られず、任意の単位で糸球体濾過能力を決定することができる。一例として、血液中のD,L-アミノ酸量をそのまま、又は場合により任意の数値で補正して、糸球体濾過能力として表すこともできる。本発明において、糸球体濾過能力は、体表面積補正をされた糸球体濾過能力であってもよいし、体表面積補正を行っていない糸球体濾過能力であってもよい。体格により必要とされる糸球体濾過能力は異なることから、比較、統計処理、又はスクリーニング診断に用いる場合には、体表面積補正が行われる場合がある。
【0020】
糸球体濾過量とは、糸球体で血液から1分間に濾過される液量を指し、「mL/分」という単位で表される。体格により必要とされる糸球体濾過量は変化するため、統計処理や、比較、スクリーニング診断に用いる場合には、標準体表面積1.73m2当りの糸球体濾過量に補正がされて、「mL/分/1.73m2」という単位が用いられる。腎機能の比較やスクリーニング診断には、体表面積による補正値を用いることが一般的である一方で、個別の腎機能診断や腎排泄性の薬物の投薬量の決定に利用する場合、体表面積未補正値を用いる。本発明の目的変数として用いられる任意の対象の糸球体濾過量は、イヌリンクリアランスから算出されてもよく、クレアチニンクリアランス、51Cr-EDTAクリアランス、125I-イオタラム酸ナトリウムクリアランス、99mTc-DTPAクリアランス、チオ硫酸ナトリウムクリアランス、イオヘキソールクリアランス、イオジキサノールクリアランス、又はイオタラメイトクリアランスから算出されるものであってもよい。
【0021】
本発明において、指標として用いられるD,L-アミノ酸は、各組織や血液中で厳密に制御されている一方で、腎障害が生じた場合には血液中のD,L-アミノ酸量が変動する。
【0022】
本明細書において「生体試料中のD,L-アミノ酸量」とは、特定の量の生体試料中のD,L-アミノ酸量のことを指してもよく、濃度で表されてもよい。生体試料中のD,L-アミノ酸量は、採取された生体試料において、遠心分離、沈降分離、あるいは分析のための前処理が行われた試料における量として測定される。したがって、生体試料中のD,L-アミノ酸量は、例えば、採取された全血、血清、血漿等の血液に由来する血液試料における量として測定されうる。一例として、HPLCを用いた分析の場合、所定量の血液に含まれるD,L-アミノ酸量は、クロマトグラムで表され、ピークの高さ・面積・形状について標準品との比較やキャリブレーションによる解析によって定量されうる。D,L-アミノ酸濃度が既知のサンプルとの比較により、血液中のD,L-アミノ酸濃度を測定することが可能であり、血液中のD,L-アミノ酸量として、血液中のD,L-アミノ酸濃度を用いることができる。また、酵素法では、標準品の検量線を用いた定量解析により、アミノ酸濃度を算出可能である。
【0023】
D,L-アミノ酸量は、任意の方法によって測定することができ、例えばキラルカラムクロマトグラフィーや、酵素法を用いた測定、さらにはアミノ酸の光学異性体を識別するモノクローナル抗体を用いる免疫学的手法によって定量することができる。本発明における試料中のD,L-アミノ酸量の測定は、当業者に周知ないかなる方法を用いて実施しても構わない。例えば、クロマトグラフィー法や酵素法(Y. Nagata et al., Clinical Science, 73 (1987), 105. Analytical Biochemistry, 150 (1985), 238., A. D'Aniello et al., Comparative Biochemistry and Physiology Part B, 66 (1980), 319. Journal of Neurochemistry, 29 (1977), 1053., A. Berneman et al., Journal of Microbial & Biochemical Technology, 2 (2010), 139., W. G. Gutheil et al., Analytical Biochemistry, 287 (2000), 196., G. Molla et al., Methods in Molecular Biology, 794 (2012), 273., T. Ito et al., Analytical Biochemistry, 371 (2007), 167. 等)、抗体法(T. Ohgusu et al., Analytical Biochemistry, 357 (2006), 15.,等 )、ガスクロマトグラフィー(GC)(H. Hasegawa et al., Journal of Mass Spectrometry, 46 (2011), 502., M. C. Waldhier et al., Analytical and Bioanalytical Chemistry, 394 (2009), 695., A. Hashimoto, T. Nishikawa et al., FEBS Letters, 296 (1992), 33., H. Bruckner and A. Schieber, Biomedical Chromatography, 15 (2001), 166. , M. Junge et al., Chirality, 19 (2007), 228., M. C. Waldhier et al., Journal of Chromatography A, 1218 (2011), 4537. 等)、キャピラリー電気泳動法(CE)(H. Miao et al., Analytical Chemistry, 77 (2005), 7190., D. L. Kirschner et al., Analytical Chemistry, 79 (2007), 736., F. Kitagawa, K. Otsuka, Journal of Chromatography B, 879 (2011), 3078., G. Thorsen and J. Bergquist, Journal of Chromatography B, 745 (2000), 389. 等)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)(N. Nimura and T. Kinoshita, Journal of Chromatography, 352 (1986), 169., A. Hashimoto et al., Journal of Chromatography, 582 (1992), 41., H. Bruckner et al., Journal of Chromatography A, 666 (1994), 259., N. Nimura et al., Analytical Biochemistry, 315 (2003), 262., C. Muller et al., Journal of Chromatography A, 1324 (2014), 109., S. Einarsson et al., Analytical Chemistry, 59 (1987), 1191., E. Okuma and H. Abe, Journal of Chromatography B, 660 (1994), 243., Y. Gogami et al., Journal of Chromatography B, 879 (2011), 3259., Y. Nagata et al., Journal of Chromatography, 575 (1992), 147., S. A. Fuchs et al., Clinical Chemistry, 54 (2008), 1443., D. Gordes et al., Amino Acids, 40 (2011), 553., D. Jin et al., Analytical Biochemistry, 269 (1999), 124., J. Z. Min et al., Journal of Chromatography B, 879 (2011), 3220., T. Sakamoto et al., Analytical and Bioanalytical Chemistry, 408 (2016), 517., W. F. Visser et al., Journal of Chromatography A, 1218 (2011), 7130., Y. Xing et al., Analytical and Bioanalytical Chemistry, 408 (2016), 141., K. Imai et al., Biomedical Chromatography, 9 (1995), 106., T. Fukushima et al., Biomedical Chromatography, 9 (1995), 10., R. J. Reischl et al., Journal of Chromatography A, 1218 (2011), 8379., R. J. Reischl and W. Lindner, Journal of Chromatography A, 1269 (2012), 262., S. Karakawa et al., Journal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis, 115 (2015), 123., 等)がある。
【0024】
本発明における光学異性体の分離分析系は、複数の分離分析を組み合わせてもよい。より具体的に、光学異性体を有する成分を含む試料を、移動相としての第一の液体と共に、固定相としての第一のカラム充填剤に通じて、前記試料の前記成分を分離するステップ、前記試料の前記成分の各々をマルチループユニットにおいて個別に保持するステップ、前記マルチループユニットにおいて個別に保持された前記試料の前記成分の各々を、移動相としての第二の液体と共に、固定相としての光学活性中心を有する第二のカラム充填剤に流路を通じて供給し、前記試料の成分の各々に含まれる前記光学異性体を分割するステップ、及び前記試料の成分の各々に含まれる前記光学異性体を検出するステップを含むことを特徴とする光学異性体の分析方法を用いることにより、試料中のD-/L-アミノ酸量を測定することができる(特許第4291628号)。HPLC分析では、予めo-フタルアルデヒド(OPA)や4-フルオロ-7-ニトロ-2,1,3-ベンゾキサジアゾール(NBD-F)のような蛍光試薬でD-及びL-アミノ酸を誘導体化したり、N-tert-ブチルオキシカルボニル-L-システイン(Boc-L-Cys)等を用いてジアステレオマー化する場合がある(浜瀬健司及び財津潔、分析化学、53巻、677-690(2004))。代替的には、アミノ酸の光学異性体を識別するモノクローナル抗体、例えば、D,L-アミノ酸等に特異的に結合するモノクローナル抗体を用いる免疫学的手法によってD-アミノ酸を測定することができる。また、D体及びL体の合計量を指標とする場合、D体及びL体を分離して分析する必要はなく、D体及びL体を区別せずにアミノ酸を分析することもできる。その場合も酵素法、抗体法、GC、CE、HPLCで分離及び定量することができる。
【0025】
任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析によって、以下の式(I):
Y=a・X+a・X+・・・+a・X+b ・・・(I)
[式中、
~aは、前記回帰分析により得られた定数を表し、
~Xは、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の変数を表し、
bは、前記回帰分析により得られた定数を表す。]
が予め得られる。本発明では、上記式(I)を用いることにより、評価対象の腎機能を推定することができる。
【0026】
本明細書において「予め得られた」とは、評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量(場合によっては、さらにクレアチニン及び/又はシスタチンCの量を含む)に基づいて、値Yを算出する時点より前に得られていることを意味する。従って、式(I)を得る時期は、値Yを算出する時点より前であれば特に限定されない。本発明において用いられる式(I)は、値Yを算出する者が得た式であってもよく、値Yを算出しない第三者によって得られた式であってもよい。すなわち、本発明の式(I)の範囲に含まれる式を用いて、値Yを算出し、得られた値Yに基づいて評価対象の腎機能を推定する工程を実施する場合は、本発明の範囲に含まれる。
【0027】
本明細書において、「回帰分析」とは、説明変数(「独立変数」ともいう。)と目的変数(「従属変数」ともいう。)の関係を示す式を、統計的手法によって推計する手法であり、例えば、最小二乗法、移動平均法及びカーネルを用いた回帰等で解く手法である。回帰分析は周知の技法であり、本発明においては、任意の回帰分析を採用し得る。本発明の回帰分析で用いられる回帰は、線形回帰であってもよく、非線形回帰(例えば、n次多項式回帰分析)であってもよい。また、本発明で用いられる回帰は、単回帰であってもよく、重回帰であってもよい。本発明において、任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量(場合によっては、さらにクレアチニン及び/又はシスタチンCの量を含む)を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析により、値Yを求める式が得られる。
【0028】
本明細書において、「a~a」は、任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量(場合によっては、さらにクレアチニン及び/又はシスタチンCの量を含む)を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析により得られる定数を表す。
【0029】
本明細書において、「X~X」とは、任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量(場合によっては、さらにクレアチニン及びシスタチンCの量を含む)を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析により選択されるD,L-アミノ酸の量(場合によっては、クレアチニン及び/又はシスタチンCの量)の変数を表すものであり、適用される回帰分析によっては、1次関数、2次関数、3次関数・・・・又はn次関数(nは自然数)となる累乗の変数として表され得る。本明細書において、「a」及び「X」の下付き文字「n」は、本発明において用いられるD,L-アミノ酸と、場合よってはクレアチニン及びシスタチンCとからなる群から選択される因子を区別するために付された番号であり、1≦n≦45の自然数を表す。従って、nは、回帰分析により選択されるD,L-アミノ酸、クレアチニン及びシスタチンCの数と同一となる。
【0030】
本明細書において、「b」とは、任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量(場合によっては、さらにクレアチニン及び/又はシスタチンCの量を含む)を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析により得られる定数(切片ともいう。)を表す。
【0031】
回帰分析によって得られる式(I)は、相関係数R≧0.5となる式であることが好ましく、より好ましくは相関係数R≧0.6、さらに好ましくは相関係数R≧0.7、最も好ましくは相関係数R≧0.8となる式である。
【0032】
本発明との比較で用いられる血液中のクレアチニン量は、その由来から筋肉量の影響を強く受けるため、スポーツ選手、先端巨大症の患者や肉の大量摂取時には高値を示し、神経筋疾患(筋ジストロフィー等)や羸痩、長期臥床、フレイル、サルコペニア、ロコモーティブシンドローム、amputationのある患者やタンパク質摂取制限時には低値を示すため、正確な腎機能を反映できない。また、血液中のクレアチニン量には朝に高値を示す10%程度の日内変動が認められるため、その扱いには注意が必要である。軽度の腎機能低下時には、血液中のシスタチンC量のほうが血液中のクレアチニン量よりも鋭敏に上昇するため、初期の腎機能障害の発見によいとされている。しかし、ステロイドやシクロスポリンの使用や、糖尿病、甲状腺機能亢進症、炎症、高ビリルビン血症、高トリグリセリド血症等、患者の状態によって量に影響を及ぼすことが知られている。よって、腎臓病の診察にあたっては、他のマーカー、例えば尿素窒素(BUN)や尿タンパク等の数値を合わせて複合的に診断することが必要となる。
【0033】
血液中のクレアチニン量をはじめとしたこれまでの腎機能マーカーに基づいて決定された糸球体濾過量の正確性は低く、一方で、ゴールドスタンダードのイヌリンクリアランスは正確に糸球体濾過量の測定ができるものの、その手技が煩雑であり、被験者及び医療従事者の負担が大きいため、実施場面が限定されていた。本発明の糸球体濾過能力の決定方法は、少なくとも血液中のクレアチニン量よりも、正確に糸球体濾過能力を決定することができ、また血液中のシスタチンC量よりも、正確に糸球体濾過能力を決定することができる。また、糸球体濾過量に応じて分類された群においてイヌリンクリアランスとの相関解析をした場合に、D-セリンは、すべての群で、血液中のシスタチンC量及びクレアチニン量の両方に比較して相関係数R値が高く、イヌリンクリアランスに対する相関が高いことが示された。また、その正確性については、今後の実験により明らかにされるべきものであるが、国際標準測定法であるイヌリンクリアランスによる糸球体濾過量決定方法に匹敵又は凌駕する性能を有しうる。したがって、本発明の別の態様では、血液中のD,L-アミノ酸の量をイヌリンクリアランスの代用マーカーとしての使用することができる。代用マーカーとは、最終評価との関連を科学的に証明できるマーカーのことをいう。したがって、イヌリンクリアランス代用マーカーとは、血液中のD,L-アミノ酸の量を用いて、イヌリンクリアランスによる評価との関連が統計的に示された結果、イヌリンクリアランスに基づくGFR決定方法に代えて、D,L-アミノ酸の量に基づいて糸球体濾過量を決定することができることをいう。
【0034】
D,L-アミノ酸は、理論に限定されることを意図するものではないが、筋肉量による影響を受けないため、血液中のクレアチニンのように体格による補正が必要でないという利点がある。一実施態様における本発明の腎機能を推定する方法では、体格に関連する性別、年齢、及び筋肉量からなる群から選ばれる少なくとも1の要因に基づく補正を行わないことを特徴とする。
【0035】
本発明の一実施態様において、式(I)を算出するにあたり、用いられる説明変数は、「D,L-アミノ酸の量」に加え、クレアチニン及びシスタチンCからなる群から選択される因子の量であってもよい。この場合、X~Xは、前記回帰分析により選択されるD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の変数を表す。
【0036】
本発明の他の実施態様において、式(I)を算出するにあたり、説明変数は、任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値であり、目的変数は、任意の対象の糸球体濾過量の対数を標準化した値であってもよい。この場合、式(I)のX~Xには、回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値が適用される。
【0037】
本明細書において、「D,L-アミノ酸の量の対数」とは、D,L-アミノ酸の量の値を自然対数に変換した値をいう。また、本明細書において、「D,L-アミノ酸の量の対数を標準化した値」とは、下記の式(A):
【数1】
を用いて算出される値をいう。ここで「母集団」とは、回帰分析を行うために定量された全ての任意の対象を含む集団をいう。
【0038】
本明細書において、「糸球体濾過量の対数」とは、糸球体濾過量の値を自然対数に変換した値をいう。本明細書において、「糸球体濾過量の対数を標準化した値」とは、下記の式(B):
【数2】
を用いて算出される値をいう。
【0039】
なお、本実施態様によって得られる値Yから、糸球体濾過量の推測値へと変換する場合は、式(B)の逆の手順、すなわち、値Yと、母集団における糸球体濾過量の対数の標準偏差とを乗算し、それに母集団における糸球体濾過量の対数の平均値を足すことで得られた値を、さらに指数変換することで得ることができる。
【0040】
他の態様において、説明変数は、D,L-アミノ酸に加え、さらにクレアチニン及びシスタチンCからなる群から選択される因子の量の対数を標準化した値をさらに含むものであってもよい(クレアチニン及びシスタチンCの量の対数を標準化した値は、上記式(A)と同様の方法で算出される。)。この場合、式(I)のX~Xは、回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の変数を表しており、X~Xには、回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸、クレアチニン又はシスタチンCの量の対数を標準化した値が適用される。
【0041】
本発明の一実施態様において、X~Xは、少なくとも、D-セリン、D-アラニン、D-プロリン及びD-アスパラギンからなる群から選択された因子の量の変数を含むものであってもよい。これにより、本発明に用いられる式(I)は、糸球体濾過量との相関性が高いものとなり、好ましい。
【0042】
本発明の一の態様において、評価対象の腎機能は、任意の対象のイヌリンクリアランスと、血液中のD,L-アミノ酸の量との相関から算出される式、対応表又はグラフに、評価対象の血液中のD,L-アミノ酸の量を代入することで得られる値Yに基づいて推定することができる。イヌリンクリアランスとD,L-アミノ酸の量との相関は、イヌリンクリアランスと、血液中のクレアチニン量との相関と比較して、高いことが示されており、イヌリンクリアランスと、血液中のD,L-アミノ酸の量との相関から算出された式、対応表又はグラフに、評価対象のD,L-アミノ酸の量を代入することで推定される糸球体濾過能力は、従来の血液中のクレアチニン量に基づいて推定される糸球体濾過量に比較して、より正確である。相関の解析に用いるイヌリンクリアランスは、体表面積補正済みのイヌリンクリアランスであってもよいし、体表面積補正前のイヌリンクリアランスであってもよい。体表面積補正前と補正後の糸球体濾過能力のどちらが必要かに応じて、選択することができる。イヌリンクリアランスと、血液中のD,L-アミノ酸の量との相関から算出された対応表には、あるD,L-アミノ酸の量に対応している糸球体濾過能力の数値が記載されていてもよいし、数値範囲に応じた腎機能、すなわち、腎臓病の重症度分類が記載されていてもよい。
【0043】
慢性腎臓病(CKD)の重症度分類では、糸球体濾過量の数値範囲に応じて、G1、G2、G3a、G3b、G4、及びG5の6つの重症度に分類する。すなわち、90mL/分/1.73m2以上を正常又は高値(G1)、60~89mL/分/1.73m2を正常又は軽度低下(G2)、45~59mL/分/1.73m2を軽度から中程度低下(G3a)、30~44mL/分/1.73m2を中等度から高度低下(G3b)、15~29mL/分/1.73m2を高度低下(G4)、15mL/分/1.73m2未満を末期腎不全(G5)と定義する(日本腎臓学会ガイドライン)。
【0044】
体格との相関が観察された血液中のクレアチニン量やシスタチンC量については、関連する人種や年齢、性別について大規模な患者データを用いてそれを補正して糸球体濾過量を推算する各種の式が考案されてきた。主な糸球体濾過量の推算式として Cockcroft-Gault式、MDRD式、CKD-EPI式があり、現在日常診療で主に使用されている日本人用の推算式(eGFR)は下記の通りである。
【数3】
ただし、このように決定されたeGFRは、健康診断におけるスクリーニングや、多数の対象者を比較するような疫学研究における簡便な評価を主眼として作成された指標であり、平均的な体格に補正された値の算出を目的としているため、特に痩せた高齢者等個別の患者の正確な腎機能評価には、依然としてイヌリンクリアランスを用いることが推奨されている。(日本腎臓学会ガイドライン)。
【0045】
本発明により、値Yが決定されると、それに基づき腎機能、例えば腎臓病の重症度を推定することが可能となる。一例として、本発明は、値Yに基づいて慢性腎臓病患者の分類であるG1、G2、G3a、G3b、G4、及びG5の6つの重症度に則して分類することを可能とする。G2~G5に対応する分類に分類された対象に対して、治療介入がされる。各分類に応じて治療介入は適宜選択することができる。治療介入は、生活習慣改善、食事指導、血圧管理、貧血管理、電解質管理、尿毒素管理、血糖値管理、免疫管理、及び脂質管理等が、独立に又は組み合わせて指導される。生活習慣改善としては、禁煙及びBMI値の25未満への減量等が推奨される。食事指導としては、減塩及びタンパク質制限が行われる。この中でも特に、血圧管理、貧血管理、電解質管理、尿毒素管理、血糖値管理、免疫管理、脂質管理については、投薬による治療が行われうる。血圧管理としては、130/80mmHg以下となるように、管理され、場合により高血圧治療薬が投与されうる。高血圧治療薬としては、利尿薬(サイアザイド系利尿薬、例えばトリクロルメチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、ヒドロクロロチアジド、サイアザイド系類似利尿薬、例えばメチクラン、インダバミド、トリバミド、メフルシド、ループ利尿薬、例えばフロセミド、カリウム保持性利尿薬・アルドステロン拮抗薬、例えばトリアムテレン、スピロノラクトン、エプレレノン等)、カルシウム拮抗薬(ジヒドロピリジン系、例えばニフェジピン、アムロジピン、エホニジピン、シルニジピン、ニカルジピン、ニソルジピン、ニトレンジピン、ニルバジピン、バルニジピン、フェロジピン、ベニジピン、マニジピン、アゼルニジピン、アラニジピン、ベンゾチアゼピン系、ジルチアゼム等)、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(カプトプリル、エナラプリル、アセラプリル、デラプリル、シラザプリル、リシノプリル、ベナゼプリル、イミダプリル、テモカプリル、キナプリル、トランドラプリル、ベリンドプリルエルブミン等)、アンジオテンシン受容体拮抗薬(アンジオテンシンII受容体拮抗薬、例えばロサルタン、カンデサルタン、バルサルタン、テルミサルタン、オルメサルタン、イルベサルタン、アジルサルタン等)、交感神経遮断薬(β遮断薬、例えばアテノロール、ビソプロロール、ベタキソロール、メトプロロール、アセプトロール、セリプロロール、プロプラノロール、ナドロール、カルテオロール、ピンドロール、ニプラジロール、アモスラロール、アロチノロール、カルベジロール、ラベタロール、ベバントロール、ウラピジル、テラゾシン、ブラゾシン、ドキサゾシン、ブナゾシン等)等が用いられうる。貧血治療薬としてはエリスロポエチン製剤、鉄剤、HIF-1阻害剤等が用いられる。電解質調整薬としてカルシウム受容体作動薬(シナカルセト、エテルカルセチド等)、リン吸着剤が用いられる。尿毒素吸着剤として活性炭等が用いられる。血糖値は、Hba1c6.9%未満になるように管理され、場合により血糖降下薬が投与される。血糖降下薬として、SGLT2阻害薬(イプラグリフロジン、ダパグリフロジン、ルセオグリフロジン、トホグリフロジン、カナグリフロジン、エンパグリフロジン等)、DPP4阻害薬(シタグリプチンリン酸、ビルダグリプチン、サキサグリプチン、アログリプチン、リナグリプチン、テネリグリプチン、トレラグリプチン、アナグリプチン、オマリグリプチン等)、スルホニル尿素薬(トルブタミド、アセトヘキサミド、クロルプロパミド、グリクロピラミド、グリベンクラミド、グリクラジド、グリメピリド等)、チアゾリジン薬(ピオグリタゾン等)、ビグアナイド薬(メトホルミン、ブホルミン等)、α―グルコシダーゼ阻害薬(アカルボース、ボグリボース、ミグリトール等)、グリニド薬(ナテグリニド、ミチグリニド、レパグリニド等)インスリン製剤、NRF2活性化剤(バルドキソロンメチル等)等が用いられる。免疫管理としては、免疫抑制剤(ステロイド類、タクロリムス、抗CD20抗体、シクロヘキサミド、ミコフェノール酸モフェチル(MMF)等)が用いられる。脂質管理では、LDL-C120mg/dL未満となるよう管理され、場合により脂質異常症治療薬、例えばスタチン系薬剤(ロスバスタチン、ピタバスタチン、アトルバスタチン、セリバスタチン、フルバスタチン、シンバスタチン、プラバスタチン、ロバスタチン、メバスタチン等)、フィブラート系薬剤(クロフィブラート、ベザフィブラート、フェノフィブラート、クリノフィブラート等)、ニコチン酸誘導体(ニコチン酸トコレロール、ニコモール、ニセリトロール等)、コレステロールトランスポーター阻害剤(エゼチミブ等)、PCSK9阻害剤(エボロクマブ等)EPA製剤等が用いられる。いずれの薬剤も剤形は単剤でも合剤でもよい。腎機能の低下の度合いによっては、腹膜透析、血液透析、持続的血液濾過透析、血液アフェレーシス(血漿交換、血漿吸着等)や腎移植のような腎代替療法が施されてもよい。
【0046】
本発明の他の態様において、評価対象の腎機能を推定する工程は、前記値Yに基づいて前記評価対象の糸球体濾過量を推定し、それによって前記評価対象の腎機能を推定する工程であってもよい。
【0047】
本発明の別の態様では、評価対象の腎機能を推定する方法を実行するシステム、プログラムに関するものであってもよい。図1は、本発明の試料分析システムの構成図である。図1に示す試料分析システム10は、本発明の評価対象の腎機能を推定する方法を実施することができるように構成される。このような試料分析システム10は、記憶部11と、入力部12、分析測定部13と、データ処理部14と、出力部15とを含んでおり、生体試料を分析し、評価対象の腎機能を出力することができる。
【0048】
より具体的に、本発明の試料分析システム10において、
記憶部11は、入力部12から入力された、
任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析によって、予め得られた以下の式(II):
Y=a・X+a・X+・・・+a・X+b ・・・(II)
[式中、
~aは、前記回帰分析により得られた定数を表し、
~Xは、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の変数を表し、
bは、前記回帰分析により得られた定数を表す。]を記憶し、
分析測定部13は、評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を定量し、
データ処理部14は、前記評価対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を、前記記憶部に記憶された前記式(II)にあてはめて値Yを算出し、前記値Yに基づいて前記評価対象の腎機能を推定し、
出力部15が推定された前記評価対象の腎機能についての情報を出力することができる。なお、式(II)は、上述の評価対象の腎機能を推定する方法で用いられた式(I)と同一のものであり、評価対象の腎機能を推定する方法の説明が、評価対象の腎機能を推定するシステム、プログラムでも適用されるため、説明の一部は省略する。
【0049】
さらに好ましい態様では、本発明の試料分析システムは、記憶部11が、入力部12から入力された閾値を記憶する工程、及びデータ処理部14が、値Yと閾値とを比較する工程をさらに含んでもよい。値Yと閾値とを比較することにより、評価対象の腎機能を推定し、出力部15が推定された前記評価対象の腎機能についての情報を出力することができる。
【0050】
記憶部11は、RAM、ROM、フラッシュメモリ等のメモリ装置、ハードディスクドライブ等の固定ディスク装置、又はフレキシブルディスク、光ディスク等の可搬用の記憶装置等を有する。記憶部は、分析測定部で測定したデータ、入力部から入力されたデータ及び指示、データ処理部で行った演算処理結果等の他、情報処理装置の各種処理に用いられるコンピュータプログラム、データベース等を記憶する。コンピュータプログラムは、例えばCD-ROM、DVD-ROM等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体や、インターネットを介してインストールされてもよい。コンピュータプログラムは、公知のセットアッププログラム等を用いて記憶部にインストールされる。記憶部は、予め入力部12から入力された、任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析によって、予め得られた以下の式(II):
Y=a・X+a・X+・・・+a・X+b ・・・(II)
[式中、
~aは、前記回帰分析により得られた定数を表し、
~Xは、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の変数を表し、
bは、前記回帰分析により得られた定数を表す。]を記憶する。また、値Yに応じた腎機能分類を記憶することもできる。
【0051】
入力部12は、インターフェイス等であり、キーボード、マウス等の操作部も含む。これにより、入力部は、分析測定部13で測定したデータ、データ処理部14で行う演算処理の指示等を入力することができる。また、入力部12は、例えば分析測定部13が外部にある場合は、操作部とは別に、測定したデータ等をネットワークや記憶媒体を介して入力することができるインターフェイス部を含んでもよい。
【0052】
分析測定部13は、生体試料におけるD,L-アミノ酸の測定工程を行う。したがって、分析測定部13は、アミノ酸のD体及びL体の分離及び測定を可能にする構成を有してもよい。アミノ酸は、1つずつ分析されてもよいが、一部又は全ての種類のアミノ酸についてまとめて分析することができる。分析測定部13は、以下のものに限定されることを意図するものではないが、例えば試料導入部、光学分割カラム、検出部を備えたキラルクロマトグラフィーシステム、好ましくは高速液体クロマトグラフィーシステムであってもよい。特定のアミノ酸量のみを検出する観点では、酵素法や免疫学的手法による定量を実施してもよい。分析測定部13は、試料分析システムとは別に構成されていてもよく、測定したデータ等をネットワークや記憶媒体を用いて入力部12を介して入力してもよい。
【0053】
データ処理部14は、測定されたD,L-アミノ酸の量から、任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析によって、予め得られた式(II)に代入することで値Yを算出することができる。式(II)が、さらに他の補正値、例えば年齢、体重、性別、身長等を必要とする場合、そのような情報は、予め入力部より入力されて、記憶部に記憶される。データ処理部は、糸球体濾過量を算出する際に、かかる情報を呼び出し、式に代入するか、又は対応表又はグラフから読み出すことで、糸球体濾過量を算出することができる。データ処理部14は、決定した糸球体濾過能力から、腎臓病や腎機能分類を決定することもできる。データ処理部14は、記憶部に記憶しているプログラムに従って、分析測定部13で測定され記憶部11に記憶されたデータに対して、各種の演算処理を実行する。演算処理は、データ処理部に含まれるCPUによりおこなわれる。このCPUは、分析測定部13、入力部12、記憶部11、及び出力部15を制御する機能モジュールを含み、各種の制御を行うことができる。これらの各部は、それぞれ独立した集積回路、マイクロプロセッサ、ファームウェア等で構成されてもよい。
【0054】
出力部15は、データ処理部で演算処理を行った結果である糸球体濾過能力を出力するように構成さる。出力部15は、演算処理の結果を直接表示する液晶ディスプレイ等の表示装置、プリンタ等の出力手段であってもよいし、外部記憶装置への出力又はネットワークを介して出力するためのインターフェイス部であってもよい。値Yと併せて、又は独立して、評価対象の糸球体濾過量及び/又は腎機能分類を出力することもできる。
【0055】
図2は、本発明のプログラムによる腎機能を推定するための動作の例を示すフローチャートである。具体的に、本発明のプログラムは、入力部、出力部、データ処理部、記憶部とを含む情報処理装置に腎機能を推定させるプログラムである。本発明のプログラムは、以下の:
入力部から入力されたD,L-アミノ酸の量を記憶部に記憶させ、
記憶部に予め記憶された、任意の対象の生体試料中のD,L-アミノ酸の量を説明変数とし、前記任意の対象の糸球体濾過量を目的変数とする回帰分析によって、予め得られた以下の式(II):
Y=a・X+a・X+・・・+a・X+b ・・・(II)
[式中、
~aは、前記回帰分析により得られた定数を表し、
~Xは、前記回帰分析により選択されたD,L-アミノ酸の量の変数を表し、
bは、前記回帰分析により得られた定数を表す。]と、D,L-アミノ酸の量とを読み出し、データ処理部に値Yを決定させ、
決定された値Yを記憶部に記憶させ、そして
記憶された値Yを出力部に出力させる
ことを前記情報処理装置に実行させるための指令を含む。本発明のプログラムは、記憶媒体に格納されてもよいし、インターネット又はLAN等の電気通信回線を介して提供されてもよい。
【0056】
情報処理装置が、分析測定部を備える場合、入力部からD,L-アミノ酸の量の値を入力させる代わりに、分析測定部が、血液試料から当該値を測定し記憶部に記憶させることを情報処理装置に実行させるための指令を含んでもよい。
【0057】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0058】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例
【0059】
[実施例1]
被験者集合
診断及び/又は治療目的のために大阪大学医学部付属病院腎臓内科(Department of Nephrology,Osaka University Hospital))に、2016年~2017年の間に入院した慢性腎臓病(CKD)患者からなるコホートから、11人の患者について、後ろ向き研究に用いた。それとは別に、国立医薬基盤・健康・栄養研究所では15名の20歳以上の健常ボランティアを採用した。試験プロトコルは、各施設における倫理委員会により承認され、かつすべての被験者から書類によるインフォームドコンセントを取得した。
【0060】
健常者及び慢性腎臓病患者の情報は下記の通りである:
【表1】
【0061】
イヌリンクリアランスの計測方法
被験者のイヌリンクリアランス(Cin)を、Clin Exp Nephrol 13,50-54(2009)に記載された標準方法に従い、血液及び尿中のイヌリン濃度、並びに尿体積から計算した。簡潔に記載すると、絶食、服薬延期、及び水負荷環境下で、1%のイヌリン(イヌリード注:株式会社富士薬品)を2時間の持続静脈内点滴の間に、血液及び尿サンプルを異なる3時点で採取した。被験者は、点滴の30分前に、経口で500mLの水を飲水した。水負荷を維持するために、イヌリン点滴の開始後、60mLの水を40、60、90分で飲水した。点滴の初期速度は、最初の30分間について、300mL/hであり、続いて90分について100mL/hとした。イヌリン点滴の開始後、45、75、及び105分において血液試料を採取した。被験者は、点滴開始後、30分で完全に膀胱を空にするように排尿した。次に、尿サンプルを、30分~60分の間、60分~90分の間、及び90~120分の間で採取した。イヌリンは、酵素法を用いて計測した。3つのCin値の平均を、標準方法によるCin(Cin-ST)として用いた(図3-1及び3-2)。
【0062】
血液中D,L-アミノ酸の測定
サンプル調製
ヒト血漿からのサンプル調製を、下記のとおり行った:
20倍体積のメタノールを血漿に添加し、完全に混合した。遠心後、メタノールホモジネートから得られた上清の10μLを褐色チューブに移し、減圧乾燥させた。残渣に、20μLの200mMホウ酸ナトリウム緩衝液(pH8.0)及び5μLの蛍光標識試薬(無水MeCN中に40mMの4-フルオロ―7-ニトロ-2,1,3-ベンゾオキサジアゾール(NBD-F))を添加し、次いで60℃で2分加熱した。75μLの0.1%TFA水溶液(v/v)を加えて反応を止め、そして2μLの反応混合液を2次元HPLCに供した。
【0063】
2次元HPLCによるアミノ酸光学異性体の定量
アミノ酸光学異性体を、以下の2次元HPLCシステムを用いて定量した。アミノ酸のNBD誘導体を、逆相カラム(KSAA RP、1.0mmi.d.×400mm;株式会社資生堂)を用い移動相(5~35%MeCN、0~20%THF、及び0.05%TFA)で分離、溶出した。カラム温度は45℃、移動相の流速は25μL/分に設定した。分離したアミノ酸の画分を、マルチループバルブを用いて分取し、連続的にキラルカラム(KSAACSP-001S,1.5mmi.d.×250mm;資生堂)で光学分割した。移動相として、アミノ酸の保持に応じて、クエン酸(0~10mM)又はギ酸(0~4%)含むMeOH-MeCNの混合用液を用いた。NBD-アミノ酸は470nmの励起光を用い、530nmで蛍光検出した。NBD-アミノ酸の保持時間は、アミノ酸光学異性体の標準品により同定し、検量線により定量した(図3-1及び3-2)。
【0064】
回帰分析による腎機能を推定する式の算出
各被験者の血漿中のD,L-アミノ酸、クレアチニン及びシスタチンCの量と、イヌリンクリアランスの結果のデータセットに対し、回帰分析を行った。回帰分析は、統計分析フリーソフト「R」(URL:<https://cran.r-project.org/>)のroplsパッケージを用いて、OPLSにより実施した。
【0065】
D,L-アミノ酸、クレアチニン、シスタチンC、イヌリンクリアランスを対数化し、さらに標準化を行った。標準化後のイヌリンクリアランスを目的変数として、D,L-アミノ酸、クレアチニン、シスタチンCの任意の組み合わせを説明変数にし、全通りのOPLS回帰分析を実施した。その中から相関係数R(R値)が高くなった式を抽出した(図4図9)。
【0066】
[実施例2]
実施例1と同一の検体と手法により得られた、血液中に高頻度で検出されるD-セリン、D-アラニン、D-プロリン、D-アスパラギンとイヌリンクリアランスのデータセット(図10)を用いて回帰分析を実施し、相関が上位の式を抽出した(図11)。これらのR値より、対数変換した腎機能と血液中D-アミノ酸は、線形の相関をより強く有するものと評価することができた。なお、ここでは一次、二次回帰分析の結果を示しているが、データの特徴によってはn次多項式回帰分析を選択することを制限するものではない。
【0067】
なお、図4~9、11に記載されていないD,L-アミノ酸、クレアチニン及びシスタチンCの組み合わせから算出される式も、本発明の範囲に含まれ、本発明に利用できることに留意されたい。
図1
図2
図3-1】
図3-2】
図4
図5
図6
図7
図8
図9-1】
図9-2】
図9-3】
図10
図11