(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-14
(45)【発行日】2022-02-14
(54)【発明の名称】ブドウ苗木の生産方法
(51)【国際特許分類】
A01G 2/30 20180101AFI20220106BHJP
A01G 17/02 20060101ALI20220106BHJP
【FI】
A01G2/30
A01G17/02
(21)【出願番号】P 2021127535
(22)【出願日】2021-08-03
【審査請求日】2021-08-04
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】521342500
【氏名又は名称】須田 上司
(74)【代理人】
【識別番号】110000785
【氏名又は名称】誠真IP特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】須田 上司
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-038031(JP,A)
【文献】特開2008-000063(JP,A)
【文献】特開2007-195509(JP,A)
【文献】特開2003-304743(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110115190(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 2/00 - 2/38
A01G 5/00 - 7/06
A01G 9/28
A01G 17/00 - 17/02
A01G 17/18
A01G 20/00 - 22/67
A01G 24/00 - 24/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
台木及び穂木を準備する準備工程と、
前記台木及び前記穂木を接ぎ木して接ぎ木苗を作成する接ぎ木苗作成工程と、
前記接ぎ木苗の接ぎ部の全周に亘ってカルスを形成するカルス形成工程と、
前記カルスが形成された前記接ぎ木苗を植え付ける植付け工程と、を備え、
前記カルス形成工程は、前記接ぎ木苗を、日平均温度1~10℃、日平均湿度80%以上となる環境下で少なくとも3週間以上の期間保管する第1カルス形成工程を含み、
前記カルス形成工程は、前記第1カルス形成工程の後に、前記接ぎ木苗を、日陰で日平均温度20~30℃となる環境下で少なくとも1週間以上かつ3週間以内の期間保管する第2カルス形成工程をさらに含む
ブドウ苗木の生産方法。
【請求項2】
前記カルス形成工程は、前記第2カルス形成工程の後に、前記接ぎ木苗の根元部を浸水させた状態で少なくとも24時間以上保管する第3カルス形成工程をさらに含む
請求項
1に記載のブドウ苗木の生産方法。
【請求項3】
前記準備工程で準備した前記台木及び前記穂木を、前記接ぎ木苗作成工程までの間、日平均温度1~10℃、日平均湿度80%以上となる環境下で保管する台木・穂木保管工程をさらに備える
請求項
1又は2に記載のブドウ苗木の生産方法。
【請求項4】
前記第1カルス形成工程の前、又は、前記第1カルス形成工程と並行して、前記接ぎ木苗の少なくとも前記接ぎ部を含む部位に生長促進ホルモンを含有する第1保護膜を形成する第1保護膜形成工程をさらに備える
請求項1乃至
3の何れか1項に記載のブドウ苗木の生産方法。
【請求項5】
前記カルス形成工程の後、且つ、前記植付け工程の前に、前記接ぎ木苗の少なくとも前記接ぎ部を含む部位に第2保護膜を形成する第2保護膜形成工程をさらに備える
請求項1乃至
4の何れか
1項に記載のブドウ苗木の生産方法。
【請求項6】
前記植付け工程において、厚み1.0mm以上の前記カルスが全周に亘って形成された前記接ぎ木苗を植え付ける
請求項1乃至
5の何れか
1項に記載のブドウ苗木の生産方法。
【請求項7】
前記接ぎ木苗作成工程において、前記接ぎ部は、前記穂木に存在する芽から枝元側20mm以内に形成される請求項1乃至
6の何れか1項に記載のブドウ苗木の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ブドウ苗木の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブドウは挿し木で発根しやすい植物であるが、害虫に強い台木を用いた接ぎ木苗を栽培する方法も用いられている。
特許文献1には、ブドウなどの果樹類の木本性植物、その他果菜類を対象とする接ぎ木の活着方法が開示されている。この接ぎ木方法は、接ぎ木した後の多量の接ぎ木苗を効率良く確実に活着させることを目的とするもので、接ぎ木苗を起立姿勢にして、底部に水を湛えたバット状容器に多数本接近させて収納し、基部が水に接した状態でバット状容器に立て掛け、バット状容器を温度、湿度、光量等を調整した活着促進装置内に収納して接ぎ部を活着させるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のブドウの接ぎ木の生産方法は、発芽及び発根の生長が接ぎ木苗の成長に最も影響する要因と考え、そのため、接ぎ木工程の前後で発芽及び発根の生長を優先する育成法を採用している。しかし、発芽及び発根の生長と接ぎ木苗生産の成功率とは、必ずしも相関するものではなく、発芽及び発根の生長が良くても、その後枯れてしまう場合があった。従って、接ぎ木苗生産の成功率は必ずしも高くないのが現状である。
特許文献1に記載された接ぎ木の活着方法は、接ぎ木苗の大量生産は可能であるが、発芽及び発根の生長を優先する従来の育成法の域を出ていない。
【0005】
本発明は、上述の事情に鑑み、接ぎ木によってブドウ苗木を生産する場合の成功率を高めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本開示に係るブドウ苗木の生産方法の一態様は、台木及び穂木を準備する準備工程と、前記台木及び前記穂木を接ぎ木して接ぎ木苗を作成する接ぎ木苗作成工程と、前記接ぎ木苗の接ぎ部の全周に亘ってカルスを形成するカルス形成工程と、前記カルスが形成された前記接ぎ木苗を植え付ける植付け工程と、を備え、前記カルス形成工程は、前記接ぎ木苗を、日平均温度1~10℃、日平均湿度80%以上となる環境下で少なくとも3週間以上の期間保管する第1カルス形成工程を含む。
なお、本明細書において「湿度」とは相対湿度を意味する。
【発明の効果】
【0007】
本開示に係るブドウ苗木の生産方法の一態様によれば、カルス形成工程として、接ぎ木苗作成工程の後で、台木及び穂木の発芽及び発根を抑制し、カルスの形成を優先する第1カルス形成工程を含むため、接ぎ部の全周に亘ってカルスを形成できる。これによって、台木と穂木とをほぼ完全に癒合できるため、接ぎ木苗育成の成功率を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】一実施形態に係るブドウ苗木の生産方法を示す工程図である。
【
図2】(A)は一実施形態に係る台木の模式的正面図であり、(B)は一実施形態に係る穂木の模式的正面図である。
【
図3】一実施形態に係る接ぎ木苗作成工程を示す模式的正面図である。
【
図4】一実施形態に係る接ぎ木苗の接ぎ部を示す模式的正面図である。
【
図5】一実施形態に係る植付け工程において、土に植え付けられた接ぎ木苗を示す斜視図である。
【
図6】一実施形態において、生産され出荷される接ぎ木苗の正面図である。
【
図7】従来の接ぎ木苗の生産方法の一例を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、添付図面を参照して、本発明の幾つかの実施形態について説明する。ただし、これらの実施形態に記載されている又は図面に示されている構成部品の寸法、材質、形状及びその相対的配置等は、本発明の範囲をこれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。
例えば、「ある方向に」、「ある方向に沿って」、「平行」、「直交」、「中心」、「同心」或いは「同軸」等の相対的或いは絶対的な配置を表す表現は、厳密にそのような配置を表すのみならず、公差、若しくは、同じ機能が得られる程度の角度や距離をもって相対的に変位している状態も表すものとする。
例えば、「同一」、「等しい」及び「均質」等の物事が等しい状態であることを表す表現は、厳密に等しい状態を表すのみならず、公差、若しくは、同じ機能が得られる程度の差が存在している状態も表すものとする。
例えば、四角形状や円筒形状等の形状を表す表現は、幾何学的に厳密な意味での四角形状や円筒形状等の形状を表すのみならず、同じ効果が得られる範囲で、凹凸部や面取り部等を含む形状も表すものとする。
一方、一つの構成要素を「備える」、「具える」、「具備する」、「含む」、又は「有する」という表現は、他の構成要素の存在を除外する排他的な表現ではない。
【0010】
図1は、一実施形態に係るブドウ苗木の生産方法の工程図である。
図1に示すように、本実施形態に係る生産方法は、基本的な工程として、台木及び穂木を準備する準備工程S10、接ぎ木苗作成工程S20、カルス形成工程S30及び植付け工程S40を有している。準備工程S10では台木及び穂木を用意し、接ぎ木苗作成工程S20では台木と穂木とを接ぎ木して接ぎ木苗を形成する。そして、カルス形成工程S30において、接ぎ木苗の接ぎ部に周方向全周に亘ってカルスを形成する。次に、植付け工程S40において、接ぎ部に全周に亘ってカルスを形成した接ぎ木苗を土に植え付け、出荷可能となるまで接ぎ木苗を成長させる。11月頃枝及び根が伸び、葉が落ちて枝が木質化した接ぎ木苗を出荷する。
【0011】
本発明者等は、接ぎ木苗作成工程S20の前後期間に、発芽及び発根の生長より、接ぎ木苗の接ぎ部に形成されるカルスの形成を優先させ、接ぎ部の周方向全周に亘ってカルスを形成することにより、台木と穂木とを完全に癒合させ、これによって、以後枯れないで順調に生育する成功率を向上できると考えた。カルスは癒傷組織とも訳され、傷ついた部位に形成される不定形の細胞塊である。カルスが形成されることによって、台木と穂木との癒合が行われる。即ち、台木及び穂木の各々の形成層や木部、師部組織を繋げる(癒合する)ことができる。カルスは、オーキシン、サイトカイニン等の生長促進ホルモンによって形成が促される。
【0012】
カルス形成工程S30は、第1カルス形成工程S30(S30a)を有している。第1カルス形成工程S30(S30a)は、接ぎ木苗作成工程S20で作成された接ぎ木苗を、日平均温度1~10℃(好ましくは3~7℃)、日平均湿度(相対湿度)80%以上(好ましくは90%以上)となる環境下で少なくとも3週間以上の期間保管する。このような低温高湿度環境下で保管することで、接ぎ木苗は休眠状態に保持され、接ぎ木苗の発芽及び発根が抑制される。そのため、接ぎ木苗に分泌される生長促進ホルモンが発芽及び発根に費やされずに、カルスの形成に優先的に費やされる。そのため、接ぎ部の全周に亘ってカルスを形成できる。これによって、台木と穂木とはほぼ完全に癒合し、接ぎ木苗を枯れずに育成できる接ぎ木苗育成の成功率を高めることができる。
【0013】
一実施形態では、準備工程S10では、台木及び穂木の生産業者から台木及び穂木を仕入れることで、台木及び穂木を用意することができる。仕入れは、通常、12月頃に行われ、11月頃に葉が落ち、茎が木質化した台木及び穂木を生産業者から仕入れる。
また、例えば、接ぎ木苗作成工程S20は2~3月に行われ、植付け工程S40は、5月以降に行われる。
【0014】
一実施形態では、
図1に示すように、準備工程S10で台木及び穂木を用意した後であって、かつ接ぎ木苗作成工程S20の前に、台木を接ぎ木用に適切な長さに切断し、さらに芽を摘み取るカット芽取り工程S14を行う。カット芽取り工程S14は12~1月頃の時期に行われる。
【0015】
図2の(A)及び(B)は、接ぎ木苗作成工程S20における台木及び穂木の形状の一例を示す模式的正面図である。通常、生産業者から、台木の長さが約20~30cm、穂木の長さが約30~40cmの状態で、台木及び穂木を仕入れる。
図2(A)に示すように、カット芽取り工程S14では、台木
10を、枝元部10a及び枝先部10bの両端付近に夫々芽12を持つ節部がある約20~30cmの長さのものにカットし、さらに、枝元部10a及び枝先部10bの両端付近に夫々存在する芽12を摘み取る。芽12があった節部付近では生長促進ホルモンが多く分泌され、植付け工程S40以後、枝元部10a近くの芽12を摘み取った跡から発根が起る。接ぎ木苗作成工程S20において、接ぎ部
30(図3参照)が枝先部10b付近の芽12を摘み取った跡の近くに形成されるため、接ぎ部30における生長促進ホルモンの分泌を促進できる。
【0016】
一実施形態では、
図2(B)に示すように、穂木20は、1個の芽22を残し、芽22がある節部近くの枝元側及び枝先側で切断したものを用いる。例えば、芽22より枝元側で2~3cm、枝先側で1cmほど残した形状とする。接ぎ木苗作成工程S20では、穂木20の枝元側をさらに短く切断したもの(後述する
図3に図示した形状のもの)を用いる。このように、接ぎ木苗作成工程S20では、接ぎ部が芽22が存在する節部近くに形成されるため、接ぎ部に多くの生長促進ホルモンを分泌させることができ、これによって、接ぎ部におけるカルスの形成を促進できる。
【0017】
図3は、接ぎ木苗作成工程S20における台木10及び穂木20を示す模式的正面図である。一実施形態では、
図3に示すように、台木10及び穂木20の接ぎ部30は、台木10又は穂木20の長手軸方向に対して直角方向に平坦な接ぎ面が形成される。そして、該接ぎ面の中央において、台木10に凹部32aが、穂木20に凸部32bが形成され、凹部32a及び凸部32bは互いに嵌合可能な形状を有している。凸部32bを凹部32aに嵌合させ、かつ凹部32a及び凸部32bの両側の平坦な接ぎ面を接触させ、接ぎ部30にテープなどを巻いて固定することによって、接ぎ木苗34を作成する。
このように、凹凸部を形成することによって、台木10と穂木20との接合面の面積を拡大させることができる。特に、外表面近くに形成される台木10の形成層と穂木20の形成層とが接着する面積を拡大できるため、台木10と穂木20とが癒合でき、活着率を向上できる。
【0018】
なお、
図3に示す実施形態では、台木10の接ぎ面に凹部32aを形成し、穂木20の接ぎ面に凸部32bを形成しているが、台木10の接ぎ面に凸部32bを形成し、穂木20の接ぎ面に凹部32aを形成するようにしてもよい。
【0019】
一実施形態では、
図3に示すように、凹部32a及び凸部32bは、台木10及び穂木20の長手軸方向に対して直交する方向において一貫して同一形状の断面を有している。これによって、凹部32a及び凸部32bを機械の刃型で打ち抜くことで容易に形成できる。
【0020】
一実施形態では、第1カルス形成工程S30(S30a)として、水をはったバット状容器に接ぎ木苗34を直立した状態で収納し、接ぎ木苗34の基部(根元部)のみを水に漬ける。水の深さは例えば3~5cm程度とする。そして、接ぎ木苗34を冷蔵庫に収納し、日平均温度1~10℃(好ましくは、3~7℃)、日平均湿度80%以上(好ましくは、90%以上)となる環境下で少なくとも3週間以上の期間保管する。接ぎ木苗34には冷蔵庫の冷気が直接当たらないようにキャンパス地の布を被せる。これによって、接ぎ木苗34を休眠状態に保持することができ、発芽及び発根を抑制できる。従って、発芽及び発根に費やされる生長促進ホルモンをカルスの形成に優先的に費やすことができるため、接ぎ部30の周方向全周に亘ってカルスを形成できる。
【0021】
図7は、従来の接ぎ木苗の生産方法の一例を示す工程図である。
図7において、従来方法は、12月頃に準備工程S010が行われ、12月から1月にかけてカット芽取り工程S014が行われ、5月頃に植付け工程S040が行われる。接ぎ木苗作成工程S020は、通常、接ぎ木苗を大量に生産することを目指して早めに12月から1月にかけて行われる。
【0022】
従来方法においては、接ぎ木苗作成工程S020の後、木製の箱の内部に製材時に生じるオガクズを敷き、その間に接ぎ木苗34を保管する(保管工程S030)。従って、温度及び湿度は管理しないため、接ぎ木苗34の発芽及び発根よりカルスの形成を優先した管理が行われない。そのため、発芽及び発根が優先され、生長促進ホルモンが発芽及び発根のために費やされるため、カルスの形成が充分に行われない。
【0023】
一実施形態では、
図3に示すように、穂木20は、接ぎ木苗作成工程S20の前に、長手軸方向で穂木20の芽22から接ぎ部30までの長さLsが20mm以内となるように形成される。これによって、穂木20では、芽22の付近で生長促進ホルモンが多く分泌されるため、分泌された生長促進ホルモンによって接ぎ部30でカルスの形成を促進できる。
好ましくは、長さ
Lsが10mm以内に形成されるとよい。これによって、接ぎ部30にさらに多くの生長促進ホルモンが分泌され、接ぎ部30のカルスの形成がさらに促進される。
【0024】
従来の接ぎ木苗作成工程S020は、機械を用いて行われるか、又は職人の経験でナイフを使って行われ、接ぎ部30の位置は、
図1に示す実施形態のように、穂木20の芽22の下20mm以内と決まっておらずバラバラである。従って、接ぎ部30が芽22から離れた位置にある場合、接ぎ部30で生長促進ホルモンの分泌を多くすることはできない。
【0025】
図4は、接ぎ木苗34の接ぎ部30を示す模式的正面図であって、接ぎ部30にカルス36が形成された状態を示している。
図4に示すように、接ぎ木苗作成工程S20を経ることにより、接ぎ部30に、厚みLcが1.0mm以上(好ましくは、2.0mm以上)のカルス36が接ぎ部30の周方向全周に亘って形成されている。
このように、厚みLcが1.0mm以上となるカルス36が接ぎ部30の全周に亘って形成されていると、接ぎ部30は接ぎ面全面がほぼ完全に癒合されている。従って、植付け工程S40以後の成長過程で枯れる可能性が少ないブドウ苗木を生産できる。
図4は、後述する第2カルス形成工程S30(S30b)の後の状態を示し、穂木20で芽22がやや成長しているが、第2カルス形成工程S30(S30b)の下で、発芽の成長は抑制されている。
【0026】
一実施形態では、
図1に示すように、第1カルス形成工程S30(S30a)の後に、第2カルス形成工程S30(S30b)を行う。第2カルス形成工程S30(S30b)では、接ぎ木苗34を、日陰で日平均温度20~30℃となる環境下で少なくとも1週間以上かつ3週間以内(例えば、10~14日間)の期間保管する。
本明細書で、「日陰で保管」とは、日中の大部分直射日光が当たらない環境であって、直射日光が当たる時間が1日当たり30分以内の環境下で保管することを意味する。
【0027】
このように、第1カルス形成工程S30(30a)の後に第2カルス形成工程S30(S30b)を行うことで、接ぎ木苗34の発芽及び発根の生長よりカルス形成を優先させることができ、カルス形成を促進させることができる。
【0028】
一実施形態では、第2カルス形成工程S30(S30b)として、第1カルス形成工程S30(30a)を経た接ぎ木苗34を、水をはったバット状容器に収納に収納したまま、2~3日かけて約20℃の温度になじませる。次に、温室内を徐々に加温して30℃付近まで昇温させ、1~2週間保管する。この期間中、接ぎ木苗34の発芽及び発根の生長よりカルス形成を優先させることができ、カルス形成を促進させることができる。
【0029】
一方、従来方法では、接ぎ木苗作成工程S020以後、保管工程S030を経て、3月頃に加温工程S032が行われる。
図7に記載したように、加温工程S032は、伝熱温床を備え、30℃以上の温度に保った温室内で約1カ月接ぎ木苗34を生育するものであるが、温室内温度だけでなく、土中が高温に維持されるため、カルスの形成より発芽及び発根の成長が促進される。
【0030】
一実施形態では、第2カルス形成工程S30(S30b)の後に、第3カルス形成工程S30(S30c)を行う。第3カルス形成工程S30(S30c)は、接ぎ木苗34のの根元部を浸水させた状態で少なくとも24時間以上保管するものである。
第3カルス形成工程S30(S30c)において、接ぎ木苗34の根元部を水に浸して保管することにより、接ぎ部30にオーキシンやサイトカイニン等の生長促進ホルモンの分泌を促すことができ、これらの生長促進ホルモンによってカルスの形成が促進される。
例えば、保管期間は24~48時間とし、この期間中にカルス形成を促進する。
【0031】
一実施形態では、
図1に示すように、バット状容器に接ぎ木苗34を直立した状態で収納し、接ぎ木苗34の根元部を水に浸して24時間以上保管する。これによって、接ぎ部30にオーキシンやサイトカイニン等の生長促進ホルモンの分泌を促すことができ、これらの生長促進ホルモンによってカルスの形成が促進される。
【0032】
図1に示すように、従来方法では、第3カルス形成工程S30(S30c)に相当する工程は行われていない。
【0033】
一実施形態では、
図1に示す工程図のうち、準備工程S10まで戻り、準備工程S10で準備した台木10及び穂木20を、接ぎ木苗作成工程S20が行われるまでの間、日平均温度1~10℃(好ましくは3~7℃)、日平均湿度80%以上(好ましくは90%以上)となる環境下で保管する(台木・穂木保管工程S12)。
【0034】
準備工程S10から接ぎ木苗作成工程S20までの間、台木・穂木保管工程S12によって、上記環境下で台木10及び穂木20を保管することで、台木10及び穂木20の発芽及び発根を抑制することができる。これによって、台木10及び穂木20の発芽及び発根に費やされる生長促進ホルモンを、接ぎ木苗作成工程S20後のカルス36の形成に費やすことができる。そのため、接ぎ部30にカルス形成を促進できる。
【0035】
一実施形態では、台木・穂木保管工程S12として、準備工程S10とカット芽取り工程S14と間に、台木・穂木保管工程S12と同じ環境条件を有する第1台木・穂木保管工程S12(S12a)を行う。
また、一実施形態では、台木・穂木保管工程S12として、カット芽取り工程S14と接ぎ木苗作成工程S20との間に、台木・穂木保管工程S12と同じ環境条件を有する第2台木・穂木保管工程S12(S12b)を行う。
【0036】
一実施形態では、第1台木・穂木保管工程S12(S12a)として、台木10及び穂木20を短く切り揃え、水をはったバット状容器の中に立てた状態で台木10及び穂木20の基部(枝元部)が水に浸かった状態で所定時間収納する。その後、台木10及び穂木20をビニール袋に入れて冷蔵庫に収納し、日平均温度1~10℃(好ましくは、3~7℃)、日平均湿度80%以上(好ましくは、90%以上)となる環境下で保管する。
【0037】
一実施形態では、第2台木・穂木保管工程S12(S12b)として、カット芽取り工程S14の後で、束ねた複数の台木10を水をはった水槽に直立した状態で、台木10の枝元部10a水に浸かった状態で並べる。そして、これら台木10をビニールシートで覆い、直接冷気が当たらないようにして冷蔵庫に収納し、日平均温度1~10℃、日平均湿度80%以上となる環境下で保管する。
【0038】
一方、従来方法では、台木及び穂木を準備する準備工程S010とカット芽取り工程S014との間、及びカット芽取り工程S014と接ぎ木苗作成工程S020との間の期間は、温度及び湿度の管理はされない状態で保管される(保管工程S012及びS016)。例えば、保管工程S012では、土中に埋めた状態で保管され、保管工程S016では、台木10を製材時に発生するオガクズの中に入れて保管している。
従って、台木・穂木保管工程S12のように、カルスの形成を優先する工程とはならない。
【0039】
一実施形態では、第1カルス形成工程S30(S30a)の前、又は、第1カルス形成工程S30(S30a)と並行して、接ぎ木苗34の少なくとも接ぎ部30を含む部位に生長促進ホルモンを含有する第1保護膜を形成する(第1保護膜形成工程S22)。
第1保護膜形成工程S22によって、接ぎ木苗34の少なくとも接ぎ部30を含む部位の乾燥を抑制できると共に、カビの発生を抑制できる。また、植付け工程S40の後では、接ぎ部30が雨水などに浸かるのを防止できる。さらに、第1保護膜が生長促進ホルモンを含むため、少なくとも接ぎ部30においてカルスの形成を促進できる。
【0040】
第1保護膜として、例えば、ワックスを用いることができる。ワックスとして例えばパラフィンワックス及びその他のワックスを含む。ワックスは湯煎により容易に溶かすことができ、溶かした状態で接ぎ部30などに容易に付着させることができる。また、防水性、防湿性及び蓄熱性等を有し、接ぎ木苗用の保護膜として好適である。
【0041】
従来方法でも、接ぎ木苗作成工程S020の後で、第1保護膜形成工程S22と同様の工程S022を行っている。
【0042】
一実施形態では、
図1に示すように、最後のカルス形成工程S30である第3カルス形成工程S30(S30c)の後で、かつ植付け工程S40の前に、接ぎ木苗34の少なくとも接ぎ部30に第2保護膜を形成する(第2保護膜形成工程S32)。第2保護膜形成工程S32では、第2保護膜として、例えば、生長促進ホルモンを含まない保護膜を用いる。従って、保護テープなどを少なくとも接ぎ部30に巻き付けてもよい。
第2保護膜形成工程S32によって、接ぎ木苗34の少なくとも接ぎ部30に第2保護膜を塗布することで、植付け工程S40の後で少なくとも接ぎ部30を直射日光から保護することができる。
【0043】
一実施形態では、第1保護膜形成工程S22及び第2保護膜形成工程S32において、台木10の接ぎ部30から長手軸方向に5~10cmの領域及び穂木20の全体を第2保護膜で被覆するようにする。これによって、第2保護膜で被覆された領域を乾燥や雨水、カビ又は直射日光から守ることができる。なお、芽22やカルス36は第2保護膜を突き破って成長するので、第2保護膜が芽22やカルス36の成長を害することはない。
【0044】
一実施形態では、第1保護膜又は第2保護膜として、湯煎などの手段で溶融可能なワックスなどの保護膜を用い、保護膜を湯煎などで溶かして用いる。溶かした保護膜を、接ぎ木苗34を焼損させないように、80℃以下の温度にして被覆する必要がある。
【0045】
一実施形態では、
図1に示すように、第2保護膜形成工程S32の後で、植付け工程S40の前段階として、接ぎ木苗34を水をはったバット状容器に収納し、日よけのキャンパス地の布を被せ、気候と接ぎ木苗34の生育を見ながら、1~2週間外に出して外気になじませる外気順化工程S34を行ってもよい。この工程において、土に植える前に、接ぎ木苗34の育成活動が再開していることを確認する。
【0046】
図5は、植付け工程S40において、土に植え付けた接ぎ木苗34を示す斜視図である。
一実施形態では、植付け工程S40において、植え付ける1週間ほど前に、
図5に示すように、黒マルチ50を敷いて置き、所定間隔で黒マルチ50の上から挿し木の要領で土中に挿していくようにする。
【0047】
図6は、5月頃に行った植付け工程S40の後で順調に成長し、11月頃出荷用に土から掘り出して土を落とした状態の出荷用接ぎ木苗40を示す正面図である。
図6に示す出荷用接ぎ木苗40は、根42及び枝が順調に成長し、かつ11月頃に葉が落ち、茎は木質化して茎の内部を保護している。
【0048】
以上のように、従来方法では、発芽及び発根の生長を接ぎ木苗の生育を重要な要素としているため、接ぎ部30におけるカルスの形成が充分ではなく、そのため、接ぎ木苗の活着の成功率は、20~30%に留まっている。これに対して、本実施形態では、生産工程の随所でカルス形成工程S30を行っているため、接ぎ木苗の40~60%が接ぎ部30で活着して出荷用接ぎ木苗40となるまで順調に成長している。
【0049】
上記各実施形態に記載の内容は、例えば以下のように把握される。
【0050】
1)一態様に係るブドウ苗木の生産方法は、台木(10)及び穂木(20)を準備する準備工程(S10)と、前記台木(10)及び前記穂木(20)を接ぎ木して接ぎ木苗(34)を作成する接ぎ木苗作成工程(S20)と、前記接ぎ木苗(34)の接ぎ部(30)の全周に亘ってカルス(36)を形成するカルス形成工程(S30)と、前記カルス(36)が形成された前記接ぎ木苗(34)を植え付ける植付け工程(S40)と、を備え、前記カルス形成工程(S30)は、前記接ぎ木苗(34)を、日平均温度1~10℃(好ましくは、3~7℃)、日平均湿度80%以上(好ましくは、90%以上)となる環境下で少なくとも3週間以上の期間保管する第1カルス形成工程(S30(S30a))を含む。
【0051】
このような構成によれば、第1カルス形成工程(S30(S30a))として、接ぎ木苗(34)を上記低温高湿度環境下で休眠状態として保管する。これによって、台木(10)及び穂木(20)の発芽及び発根が抑制され、台木(10)及び穂木(20)の発芽及び発根に費やされる生長促進ホルモンを抑制できるため、生長促進ホルモンを優先的にカルス(36)の形成に費やすことができる。こうして、カルス(36)の形成を優先することで、接ぎ部(30)の全周に亘ってカルス(36)を形成することで、台木(10)と穂木(20)とをほぼ完全に癒合できるため、接ぎ木苗育成の成功率を高めることができる。
【0052】
2)別な一態様に係るブドウ苗木の生産方法は、1)に記載のブドウ苗木の生産方法において、前記カルス形成工程(S30)は、前記第1カルス形成工程(S30(S30a))の後に、前記接ぎ木苗(34)を、日陰で日平均温度20~30℃となる環境下で少なくとも1週間以上かつ3週間以内の期間保管する第2カルス形成工程(S30(S30b))をさらに含む。
【0053】
このような構成によれば、第1カルス形成工程(S30(S30a))の後に第2カルス形成工程(S30(S30b))を行うことで、引き続き接ぎ木苗(34)の発芽及び発根の生長よりカルス形成を優先させることができ、これによって、カルス形成を促進させることができる。
【0054】
3)さらに別な態様に係るブドウ苗木の生産方法は、2)に記載のブドウ苗木の生産方法において、前記カルス形成工程(S30)は、前記第2カルス形成工程(S30(S30b))の後に、前記接ぎ木苗(34)の根元部を浸水させた状態で少なくとも24時間以上保管する第3カルス形成工程(S30(S30c))をさらに含む。
【0055】
このような構成によれば、第3カルス形成工程(S30(S30c))によって、オーキシンやサイトカイニン等の生長促進ホルモンの分泌を促すことができ、これらの生長促進ホルモンが引き続きカルス(36)の形成を促進させることができる。
【0056】
4)さらに別な態様に係るブドウ苗木の生産方法は、1)乃至3)の何れかに記載のブドウ苗木の生産方法において、前記準備工程(S10)で準備した前記台木(10)及び前記穂木(20)を、前記接ぎ木苗作成工程(S20)までの間、日平均温度1~10℃(好ましくは、3~7℃、日平均湿度80%以上(好ましくは、90%以上)となる環境下で保管する台木・穂木保管工程(S12)をさらに備える。
【0057】
このような構成によれば、上記台木・穂木保管工程(S12)によって、接ぎ木苗作成工程(S20)の前段階で、上記低温高湿度環境下で台木(10)及び穂木(20)を保管することで、台木(10)及び穂木(20)を休眠状態に保持し、台木(10)及び穂木(20)の発芽及び発根を抑制することができる。これによって、生長促進ホルモンを接ぎ木苗作成工程(S20)後の接ぎ部(30)におけるカルス形成に費やすことができ、カルス形成を促進できる。
【0058】
5)さらに別な態様に係るブドウ苗木の生産方法は、1)乃至4)の何れかに記載のブドウ苗木の生産方法において、前記第1カルス形成工程(S30(S30a))の前、又は、前記第1カルス形成工程(S30(S30a))と並行して、前記接ぎ木苗(34)の少なくとも前記接ぎ部(30)を含む部位に生長促進ホルモンを含有する第1保護膜を形成する第1保護膜形成工程(S22)をさらに備える。
【0059】
このような構成によれば、接ぎ木苗(34)の少なくとも接ぎ部(30)を含む部位の乾燥を抑制できると共に、該接ぎ部(30)のカビの発生を抑制でき、かつ植付け工程(S40)後では雨水などに浸かるのを防止できる。また、第1保護膜が生長促進ホルモンを含むため、生長促進ホルモンによるカルス(36)の形成を促進できる。
【0060】
6)さらに別な態様に係るブドウ苗木の生産方法は、1)乃至5)の何れかに記載のブドウ苗木の生産方法において、前記カルス形成工程(S30)の後、且つ、前記植付け工程(S40)の前に、前記接ぎ木苗(34)の少なくとも前記接ぎ部(30)を含む部位に第2保護膜を塗布する第2保護膜形成工程(S32)をさらに備える。
【0061】
このような構成によれば、第2保護膜形成工程(S32)によって、接ぎ木苗(34)の少なくとも接ぎ部(30)に第2保護膜を塗布することで、植付け工程(S40)で土に植え付けた接ぎ木苗(34)の少なくとも接ぎ部(30)を直射日光から保護することができる。これによって、土に植え付けた接ぎ木苗(34)の安定成長が可能になる。
【0062】
7)さらに別な態様に係るブドウ苗木の生産方法は、1)乃至6)の何れかに記載のブドウ苗木の生産方法において、前記植付け工程(S40)において、厚み1.0mm以上の前記カルス(36)が全周に亘って形成された前記接ぎ木苗(34)を植え付ける。
【0063】
このような構成によれば、植付け工程(S40)において土に植え付ける接ぎ木苗(34)が、接ぎ部(30)に厚み1.0mm以上の前記カルス(36)が全周に亘って形成されているため、接ぎ部(30)は接ぎ面のほぼ全面に亘って完全に癒合している。従って、枯れずに育成可能なブドウ苗木とすることができる。
【0064】
8)さらに別な態様に係るブドウ苗木の生産方法は、1)乃至7)の何れかに記載のブドウ苗木の生産方法において、前記接ぎ木苗作成工程(S20)において、前記接ぎ部(30)は、前記穂木(20)に存在する芽から枝元側20mm以内に形成される。
【0065】
このような構成によれば、穂木(20)において、生長促進ホルモンの分泌が活発な芽の近くに接ぎ部(30)が形成されるため、接ぎ部(30)の近くで生長促進ホルモンが多く分泌される。そして、分泌された生長促進ホルモンによってカルス(36)の形成を促進できる。
【符号の説明】
【0066】
10 台木
10a 基部(枝元部)
10b 枝先部
12 芽部
20 穂木
20a 基部(枝元部)
20b 枝先部
22 芽部
30 接ぎ部
32a 凹部
32b 凸部
34 接ぎ木苗
36 カルス
40 出荷用接ぎ木苗
42 根
44 枝
50 黒マルチ
S10 準備工程
S12 台木・穂木保管工程
S12(12a) 第1台木・穂木保管工程
S12(12b) 第2台木・穂木保管工程
S14 カット芽取り工程
S20 接ぎ木苗作成工程
S22 第1パラフィン塗布工程
S30 カルス形成工程
S30(30a) 第1カルス形成工程
S30(30b) 第2カルス形成工程
S30(30c) 第3カルス形成工程
S012、S016、S030 保管工程
S32 第2パラフィン塗布工程
S032 加温工程
S34 外気順化工程
S40、S040 植付け工程
【要約】
【課題】接ぎ木によってブドウ苗木を生産する場合の成功率を高める。
【解決手段】台木及び穂木を準備する準備工程と、台木及び穂木を接ぎ木して接ぎ木苗を作成する接ぎ木苗作成工程と、接ぎ木苗の接ぎ部の全周に亘ってカルスを形成するカルス形成工程と、カルスが形成された接ぎ木苗を植え付ける植付け工程と、を備え、カルス形成工程は、接ぎ木苗を、日平均温度1~10℃、日平均湿度80%以上となる環境下で少なくとも3週間以上の期間保管する第1カルス形成工程を含む。
【選択図】
図1