(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-15
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】表面改質窒化ホウ素の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 21/064 20060101AFI20220106BHJP
【FI】
C01B21/064 M
(21)【出願番号】P 2017125986
(22)【出願日】2017-06-28
【審査請求日】2020-03-25
(73)【特許権者】
【識別番号】591051335
【氏名又は名称】河合石灰工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000659
【氏名又は名称】特許業務法人広江アソシエイツ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】塩田 貴大
(72)【発明者】
【氏名】太田 康博
【審査官】山本 吾一
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-034991(JP,A)
【文献】特表2016-522299(JP,A)
【文献】特開2012-121744(JP,A)
【文献】特表2010-529938(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 21/00
C08K 3/00
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化ホウ素を液体の水と接触させず、水から発生させた水蒸気によって飽和水蒸気圧下で、180℃以上205℃以下の温度で乾式加熱処理する、
ことを特徴とする表面改質窒化ホウ素の製造方法。
【請求項2】
実質的に窒化ホウ素のみを加熱処理する、
ことを特徴とする請求項1に記載の表面改質窒化ホウ素の製造方法。
【請求項3】
流動パラフィンの吸液量が、処理前窒化ホウ素の流動パラフィンの吸液量に対して75
質量%~97質量%である、
請求項1
または2に記載の表面改質窒化ホウ素の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面改質窒化ホウ素の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化ホウ素(BN)は、優れた絶縁性および高い熱伝導率を有しており、この特性を活かして例えば放熱材料用のフィラーとして使用されている。放熱材料の熱伝導率を向上させるためには、マトリックス中に配合するフィラーの充填量を高める必要がある。しかし、マトリックスに樹脂を使用する場合、窒化ホウ素は樹脂との親和性(なじみ)が低いため、窒化ホウ素の充填量を十分に高めることができないという問題がある。そこで、窒化ホウ素の表面を改質して樹脂との親和性を高めるべく、様々な試みが成されている。
【0003】
特許文献1は、温度375℃以上450℃以下、圧力25MPa以上40MPa以下の超臨界水又は亜臨界水を用いて、窒化ホウ素粉末の表面を酸化させる方法を開示している。また、特許文献1は、窒化ホウ素粉末と、チオール類、アミン類、カルボン酸類などの有機修飾剤とを共に亜臨界水又は超臨界水下で処理することにより、酸化した窒化ホウ素粉末表面を有機修飾剤によって修飾する方法も開示している。
【0004】
特許文献2は、酸素雰囲気下、800℃~1300℃・1~8時間の条件で窒化ホウ素を加熱して、窒化ホウ素の表面を改質する方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-121744公報
【文献】特開平09-012771公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、窒化ホウ素の表面改質は、製造コストなどの観点からできる限り低温低圧で実施されることが好ましい。
【0007】
この点、特許文献1の方法では亜臨界水又は超臨界水を使用して高温高圧下で実施されるため、当該方法を実施するための装置が高価で且つ1バッチ当たりの処理量が少なく、製造コストが高くなりやすい。また、亜臨界や超臨界を実現するための装置を大型化することは困難であり、仮に装置の大型化を実現できたとしてもその装置を使用しての製造には危険が伴う。さらに、高温高圧下では反応制御が困難であり、所望の物性を満たす表面改質窒化ホウ素を得ることが困難であると推測される。
【0008】
特許文献2の方法では、800℃~1300℃という高温下で実施されるため製造コストが高くなると共に、窒化ホウ素の粒子同士の融着が懸念される。
【0009】
本発明は、低コストで表面改質窒化ホウ素を製造することができる製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
(項目1)
窒化ホウ素を飽和水蒸気下で加熱処理する、
ことを特徴とする表面改質窒化ホウ素の製造方法。
(項目2)
実質的に窒化ホウ素のみを加熱処理する、
ことを特徴とする項目1に記載の表面改質窒化ホウ素の製造方法。
(項目3)
前記加熱処理は、乾式で実施される、
項目1または2に記載の表面改質窒化ホウ素の製造方法。
(項目4)
前記加熱処理は、180℃以上205℃以下で実施される、
項目1から3のいずれか1項に記載の表面改質窒化ホウ素の製造方法。
(項目5)
流動パラフィンの吸液量が、処理前窒化ホウ素の流動パラフィンの吸液量に対して75質量%~97質量%である、
項目1から4のいずれか1項に記載の表面改質窒化ホウ素の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の製造方法では、飽和水蒸気下という比較的低温低圧下で窒化ホウ素の表面改質を行うため、低コストで表面改質窒化ホウ素を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の表面改質窒化ホウ素の製造方法は、原料である窒化ホウ素の粉末を飽和水蒸気下で加熱処理(水熱処理)することを特徴とする。詳細には、窒化ホウ素粉末および水をオートクレーブなどの圧力容器に入れ、所定温度に加熱して飽和水蒸気下で窒化ホウ素粉末を処理することを特徴とする。
【0013】
加熱処理は、乾式または湿式で実施することができる。
【0014】
「湿式」とは、最も一般的な水熱処理(水熱合成)方法であり、原料の窒化ホウ素粉末と水とをあらかじめ混合して混合物(スラリー)を作製し、飽和水蒸気圧力下で液体の水の中で窒化ホウ素を加圧加熱処理することを意味する。「湿式」処理の方法は、液体の水の中で窒化ホウ素が加圧加熱処理される状態であれば特に限定はされない。例えば、加熱の方法として、ボイラで発生させた水蒸気を圧力容器内に導入する方法や前述のスラリーの入った圧力容器を外から電気ヒーターや熱媒油で加熱する方法などがある。また、スラリーを撹拌せず静置状態で加圧加熱してもよく、撹拌してもよい。
【0015】
一方、「乾式」とは、原料の窒化ホウ素粉末に水を添加することなく、飽和水蒸気下で窒化ホウ素粉末を加熱処理することを意味する。乾式加熱処理では、例えば圧力容器内に窒化ホウ素粉末の入った容器を入れると共に、圧力容器内を飽和水蒸気で満たして窒化ホウ素粉末を加熱処理する。水蒸気の発生方法は特に限定されないが、例えば、圧力容器内に飽和水蒸気を発生させるのに十分な量の水を入れ、圧力容器を加熱することによりその水を蒸発させて水蒸気を発生させる方法や、ボイラ等により発生させた水蒸気を圧力容器内に入れる方法などが挙げられる。圧力容器内の窒化ホウ素粉末は水蒸気によって加圧されながら加熱処理される。乾式加熱処理では、加熱処理中、窒化ホウ素粉末と(液体状態の)水とは直接接触しない。
【0016】
乾式加熱処理は、窒化ホウ素粉末に水を添加しないため、湿式加熱処理と比較して以下の利点を有する。すなわち、1バッチ当たりの窒化ホウ素粉末の仕込み量を多くすることができ、スラリー中の水を加熱する必要がないためエネルギーコストおよび加熱処理時間を低減でき、且つ加熱処理終了後の脱水工程および乾燥工程が必要ないため製造コストを低減できる。
【0017】
本発明の製造方法では、実質的に窒化ホウ素のみを加熱処理することが好ましい。「実質的に窒化ホウ素のみを加熱処理する」とは、加熱処理時に水以外の物質を窒化ホウ素粉末に意図的に添加しないことを意味し、窒化ホウ素粉末が不可避的不純物と共に加熱処理されることは許容される。
【0018】
加熱処理における加熱温度は、100℃以上300℃以下、好ましくは130℃以上270℃以下、より好ましくは170℃以上250℃以下である。加熱温度は、窒化ホウ素の表面改質が進行する温度であれば特に限定されないが、高温では、窒化ホウ素表面の分解促進による収率の低下や、製造コストの高騰から250℃以下であることが特に好ましい。加熱処理は飽和水蒸気下で実施されるため、加熱処理時の圧力は飽和水蒸気圧と同じである。
【0019】
加熱時間は、窒化ホウ素の表面改質が進行する時間であれば特に限定されないが、48時間以上の加熱処理は不経済である。
【0020】
加熱処理後の窒化ホウ素粉末は、必要に応じて、洗浄および乾燥されてもよい。例えば窒化ホウ素粉末の洗浄は、窒化ホウ素の純度を高めることを目的として、加熱処理によって窒化ホウ素粉末の表面に生成した化合物(例えば、-B(OH)2など)を除去するために行うことができる。洗浄後の乾燥方法は、窒化ホウ素粉末から水分を蒸発させることができる方法であれば特に限定されない。
【0021】
加熱処理後の窒化ホウ素粉末の流動パラフィンの吸液量(質量)は、原料窒化ホウ素粉末の流動パラフィンの吸液量に対し、75質量%~97質量%であることが好ましい。吸液量とは、窒化ホウ素粉末1gに流動パラフィンを加えていった際に、窒化ホウ素粉末が一つの塊になるまでに要した流動パラフィンの質量(g)を100倍した値(すなわち、窒化ホウ素粉末100g当たりに換算した値)のことである。吸液量は、窒化ホウ素粉末とマトリックス(例えば樹脂)との親和性を表す指標である。吸液量が少ないほど、窒化ホウ素粉末を練り込むのに必要なマトリックス量が少なくて済むということであり、すなわち、マトリックス中に窒化ホウ素粉末を充填する際に、マトリックスに対する窒化ホウ素粉末の充填率を高めることができることを意味する。
【実施例】
【0022】
以下では、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0023】
表1に、実施例1~9および比較例1~4の実験条件および実験結果を示す。なお、比較例1、3および4は原料窒化ホウ素粉末の測定データである。
【0024】
<実施例1~6の実験方法>
実施例1~6では乾式により窒化ホウ素の加熱処理を行った。
(1)窒化ホウ素粉末(デンカ株式会社製、HGP:5μm品)60gを入れたステンレスバットをオートクレーブ内に入れた。オートクレーブ内に、目的加熱温度にて飽和水蒸気を発生させるのに十分な量の水を入れた。窒化ホウ素粉末はステンレスバットに入っているため、加熱時に窒化ホウ素粉末とオートクレーブ内の水とは直接接触しないようになっている。
(2)室温から目的加熱温度まで所定の昇温速度(目的加熱温度が205℃の場合87.5℃/h、目的加熱温度が180℃の場合75℃/h)で昇温した。
(3)目的加熱温度に到達後、その加熱温度で所定時間保持した。なお、実施例1の加熱保持時間0時間とは、目的加熱温度205℃に達した後、すぐに加熱を停止したことを意味する。
(4)加熱保持時間経過後、加熱を停止し、自然冷却した。
(5)加熱処理後の窒化ホウ素粉末を、ろ液がpH7.5以下で且つ電気伝導度0.4mS/m以下となるまでイオン交換水で洗浄した後、120℃で24時間乾燥させ、試料を作製した。
【0025】
<実施例7の実験方法>
実施例7では湿式により窒化ホウ素の加熱処理を行った。
(1)上記と同じ窒化ホウ素粉末60gとイオン交換水300gとをステンレスバットに入れて混合しスラリーを作製した。スラリーの入ったステンレスバットをオートクレーブ内に入れた。オートクレーブ内に、目的加熱温度にて飽和水蒸気を発生させるのに十分な量の水を入れた。なお、スラリーはステンレスバットに入っているため、加熱時にスラリーとオートクレーブ内の水とは直接接触しないようになっている。
(2)上記(1)以降の工程は、実施例1~6の乾式加熱処理における工程(2)~(5)と同じである。
【0026】
<実施例8の実験方法>
実施例3の原料窒化ホウ素粉末を、窒化ホウ素粉末(デンカ株式会社製、MGP:10μm品)に代えた以外は、実施例3と同じ方法により試験を行った。
【0027】
<実施例9の実験方法>
実施例3の原料窒化ホウ素粉末を、窒化ホウ素粉末(三井化学株式会社製、MBN-010T:0.8μm品)に代えた以外は、実施例3と同じ方法により試験を行った。
【0028】
<比較例2の実験方法>
(1)上記と同じ窒化ホウ素粉末120gが入ったアルミナ製るつぼを電気炉に入れた。
(2)200℃/hの昇温速度で室温から900℃まで昇温し、900℃で10時間保持した。
(3)その後自然冷却をし、実施例1~6における工程(5)と同様の洗浄工程および乾燥工程を行い、試料を作製した。
【0029】
<吸液量測定>
実施例1~9および比較例1~4で実施した吸液量測定は、JIS5101-13-2の煮あまに油法を参考とし、流動パラフィンを用いて測定した。測定手順は次のとおりである。
(1)窒化ホウ素粉末1gをガラスシャーレ上に置いた。
(2)流動パラフィンをスポイトから1回につき2滴ずつ加えた。流動パラフィンを加える度に、パレットナイフで流動パラフィンを窒化ホウ素粉末に練り込んだ。
(3)上記(2)の操作を繰り返し行い、流動パラフィンおよび窒化ホウ素粉末の塊ができたところを終点とし、それまでに要した流動パラフィンの質量(g)を100倍した値を吸液量とした。
(4)実施例1~9および比較例2で測定された吸液量を、同一原料グレードの比較例の吸液量(すなわち、実施例1~7および比較例2では比較例1の吸液量、実施例8では比較例3の吸液量、実施例9では比較例4の吸液量)で除して百分率に換算した値を吸液量変化率(原料窒化ホウ素粉末の吸液量に対する変化率)と定義した。
【0030】
<熱伝導率測定>
(1)窒化ホウ素粉末5gとエポキシ樹脂(三井化学株式会社製、エポミック(登録商標)R140P)40gとを自転公転ミキサー(シンキー社製ARE-310)に入れ、公転2000rpm、自転1200rpmで2分間混合した。
(2)上記(1)で作製された混合物に、窒化ホウ素粉末5gをさらに添加して、上記(1)と同じ回転数および混合時間でさらに混合を行った。
(3)上記(2)で作製された混合物に、窒化ホウ素粉末5gをさらに添加して、上記(1)と同じ回転数および混合時間でさらに混合を行った。
(4)上記(3)で作製された混合物に、窒化ホウ素粉末5gと、開始剤として2-エチル4-メチルイミダゾール(和光純薬工業株式会社製)0.8gとをさらに添加し、上記(1)と同じ回転数および混合時間でさらに混合を行い、混合終了後、脱泡処理運転を2分間行った。
(5)上記(4)で作製された混合物を120℃で2時間加熱硬化し、熱伝導率測定用の試料を作製した。
(6)上記(5)で作製された試料を、40mm×40mm×20mmの大きさに切り出し、25℃の恒温槽で2時間以上保持した。
(7)上記(6)で得られた試料の熱伝導率を、迅速熱伝導計(京都電子工業株式会社製、QTM-500)を用いて測定した。
(8)実施例1~9および比較例2で測定された熱伝導率を、同一原料グレードの比較例の熱伝導率(すなわち、実施例1~7および比較例2では比較例1の熱伝導率、実施例8では比較例3の熱伝導率、実施例9では比較例4の熱伝導率)で除して百分率に換算した値を熱伝導率変化率(原料窒化ホウ素粉末を用いた場合の熱伝導率に対する変化率)と定義した。
【0031】
<収率>
処理後に回収できた窒化ホウ素粉末の質量を処理前の窒化ホウ素粉末の質量で除して百分率に換算した値を収率と定義した。
【0032】
<粒子観察>
窒化ホウ素粉末の粒子状態を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した。
【0033】
【0034】
同一の原料グレードで比較した場合、各実施例の表面改質窒化ホウ素の吸液量は、比較例のそれと比べて少なかった。そのため、実施例の表面改質窒化ホウ素を用いれば、マトリックスへの充填量を高めることができる。
【0035】
同一の原料グレードで比較した場合、実施例の表面改質窒化ホウ素粉末を練り込んだ樹脂組成物の熱伝導率は、比較例のそれと比べて高かった。これは窒化ホウ素粉末の表面改質により、表面改質窒化ホウ素粉末と樹脂との親和性が高くなり、その結果、表面改質窒化ホウ素粉末と樹脂との密着性が向上したためであると考えられる。乾式加熱処理(実施例3)と湿式加熱処理(実施例7)とを比較した場合、乾式加熱処理のほうが熱伝導率が高かった。
【0036】
実施例1~7では収率が90%超であった。これに対し、比較例2では収率が82.3%と低かった。乾式加熱処理(実施例3)と湿式加熱処理(実施例7)とを比較した場合、乾式加熱処理のほうが収率が高かった。
【0037】
SEM観察の結果、実施例の表面改質窒化ホウ素粉末では、粒子同士の融着が見られなかった。一方、比較例2の表面改質窒化ホウ素粉末では、粒子同士の融着が見られた。