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特許6994243歯牙移動促進剤及び矯正歯科治療用キット
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-15
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】歯牙移動促進剤及び矯正歯科治療用キット
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4409 20060101AFI20220106BHJP
   A61K 31/551 20060101ALI20220106BHJP
   A61K 6/00 20200101ALI20220106BHJP
   A61P 1/02 20060101ALI20220106BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220106BHJP
【FI】
A61K31/4409
A61K31/551
A61K6/00
A61P1/02
A61P43/00 111
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018012950
(22)【出願日】2018-01-29
(65)【公開番号】P2019131485
(43)【公開日】2019-08-08
【審査請求日】2020-10-16
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年10月10日の平成29年度新潟歯学会第二回例会プログラム(講演要旨集)における公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年11月11日新潟大学において開催された平成29年度新潟歯学会第二回例会で発表
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 万騎男
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 功
(72)【発明者】
【氏名】柿原 嘉人
(72)【発明者】
【氏名】中田 樹里
(72)【発明者】
【氏名】秋葉 陽介
【審査官】藤井 美穂
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2009/0252712(US,A1)
【文献】Biochem. Biophys. Res. Commun., 2020.3 Epub., Vol.526, No.3, pp.547-552
【文献】日本歯科保存学会学術大会プログラムおよび講演抄録集(Web), 2015, Vol.142nd, Page.P118,http://www.hozon.or.jp/member/publication/abstract/abstract_142.html
【文献】Clin. Orthop. Relat. Res., 2009, Vol.467, pp.3087-3095
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 45/00 - 45/08
A61K 31/00 - 31/80
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
HA-1077、Y-27632又はそれらの薬学的に許容できる塩を有効成分として含有する歯牙移動促進剤。
【請求項2】
請求項1記載の歯牙移動促進剤と、
歯列矯正具と、
を備える矯正歯科治療用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯牙移動促進剤及び矯正歯科治療用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
矯正歯科治療は、歯に機械的及び物理的な力を付与することで歯の移動を行い、歯並び及びかみ合わせを改善する専門性の高い歯科治療である。矯正歯科治療を受診する患者数は、年々増加傾向にあり、従来の若年者の矯正歯科治療希望患者に加えて、近年は成人の矯正歯科治療希望者数の増加が顕著である。しかしながら、成人患者では、若年患者と比較して、物理的力を介して生じる歯槽骨、歯根膜等の歯周組織の改造が遅延することで歯の移動が遅くなり、結果として治療が長期化する傾向にある。治療の長期化は装置装着期間が長くなることを意味し、歯の刷掃性低下による歯肉炎、歯周炎のリスクが高くなることが懸念される。
【0003】
現在の矯正歯科治療の主たる装置としては、マルチブラケット装置やマウスピース型装置が挙げられる。これら装置は、曲げられたワイヤーや、変形した高分子弾性材の戻り力で歯に持続的な力を付与するものである。しかしながら、この持続的な力を用いた矯正歯科治療では、数年に及ぶ治療期間中、常に装置を歯列に装着する必要があり、患者の肉体的及び心理的負担は大きい。
これに対し、矯正治療による歯の移動を促進するための従来技術として、歯槽骨に外科的手術を加えるコルチコトミー(歯槽骨皮質骨切除術)がある(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
一方、これまで、ROCK阻害剤は、抗がん剤、関節炎等の骨関連疾患の治療薬(例えば、特許文献1参照)、疼痛の治療薬(例えば、特許文献2参照)等として用いられてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2013-510902号公報
【文献】国際公開第2006/088088号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Hassan A H et al., “Corticotomy-Assisted Orthodontic Treatment: Review.”, Open Dent J., Vol. 4, p159-164, 2010.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、コルチコトミーは、高度な治療技術を要し、外科的侵襲を加えるため、患者への負担が大きく、一般的手法には至っていない。また、ROCK阻害剤は、骨関連疾患の治療薬として用いられてきたが、これまで矯正歯科治療に用いられた事例はなかった。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、低侵襲であって、矯正歯科治療期間の短縮化を可能とする歯牙移動促進剤及び矯正歯科治療用キットを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
本発明の第1態様に係る歯牙移動促進剤は、HA-1077、Y-27632又はそれらの薬学的に許容できる塩を有効成分として含有する
【0010】
本発明の第2態様に係る矯正歯科治療用キットは、上記第1態様に係る歯牙移動促進剤と、歯列矯正具と、を備える。
【発明の効果】
【0011】
上記態様の歯牙移動促進剤及び矯正歯科治療用キットは、低侵襲であり、矯正歯科治療期間を短縮化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例2における濃度の異なる2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)をそれぞれ含む培地で3週間培養したマウス由来前駆骨芽細胞(MC3T3-E1細胞)でのアリザリンレッドS染色を用いた骨芽細胞石灰化能の評価結果を示す画像である。
図2A】実施例3における2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)含有、並びに、ROCK阻害剤不含(コントロール)の培地で4日間培養したマウス由来マクロファージ様細胞(RAW264.7細胞)での酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ(Tartrate-Resistant Acid Phosphatase:TRAP)染色を用いた破骨細胞分化促進能の評価結果を示す画像である。
図2B】実施例3における2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)含有、並びに、ROCK阻害剤不含(コントロール)の培地で4日間培養したRAW264.7細胞でのTRAP染色によって染色された破骨細胞の数を比較したグラフである。
図3A】実施例3における2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)含有、並びに、ROCK阻害剤不含(コントロール)の培地で4日間培養したマウス大腿骨骨芽細胞でのTRAP染色を用いた破骨細胞分化促進能の評価結果を示す画像である。
図3B】実施例3における2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)含有、並びに、ROCK阻害剤不含(コントロール)の培地で4日間培養したマウス大腿骨骨芽細胞でのTRAP染色によって染色された破骨細胞の数を比較したグラフである。
図4】実施例3における2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)含有、並びに、ROCK阻害剤不含(コントロール)の培地で3週間培養したMC3T3-E1細胞及びマウス大腿骨骨芽細胞でのアリザリンレッドS染色及びアルカリフォスファターゼ(alkaline phosphatase:ALP)染色を用いた骨芽細胞分化促進能の評価結果を示す画像である。
図5A】実施例4におけるROCK阻害剤(Y-27632)含有、及び、0.1%DMSO含有(コントロール)の骨芽細胞分化誘導培地で7日間培養したラット大腿骨骨芽細胞での血管新生マーカーであるANGPT1遺伝子のmRNAの発現量を比較したグラフである。
図5B】実施例4におけるROCK阻害剤(Y-27632)含有、及び、0.1%DMSO含有(コントロール)の骨芽細胞分化誘導培地で7日間培養したラット大腿骨骨芽細胞での血管新生マーカーであるVEGFA遺伝子のmRNAの発現量を比較したグラフである。
図6A】参考例1におけるROCK阻害剤を用いたラット頭蓋骨欠損部での骨形成への影響確認試験のプロトコールを示す概略工程図である。
図6B】参考例1における試験開始から4週間後のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)又はPBSを含むアテロコラーゲンスポンジを填入したラット頭蓋骨欠損部での骨形成の様子を比較した画像である。左側は、μCT像であり、真ん中はTRAP染色像であり、右側は抗RUNX2抗体による免疫染色像である。黒矢印はそれぞれ骨形成部を示す。
図6C】参考例1における試験開始から4週間後のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)又はPBSを含むアテロコラーゲンスポンジを填入したラット頭蓋骨欠損部のμCT像を用いてImage Jにより解析された新生骨部の面積を比較したグラフである。
図7A】実施例5におけるROCK阻害剤を用いたラットの歯の移動への影響確認試験のプロトコールを示す概略工程図である。
図7B】実施例5における試験開始から7日目のコイルを装着し、ROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)又はPBSを投与したラットの上顎右側第一臼歯、第二臼歯及び第三臼歯のμCT像である。
図7C】実施例5における試験開始から7日目のコイルを装着し、ROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)又はPBSを投与したラットの上顎右側第一臼歯の移動距離を比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
≪歯牙移動促進剤≫
本実施形態の歯牙移動促進剤は、ROCK阻害剤を有効成分として含有する。
【0014】
矯正歯科治療は、歯へ機械的刺激を与えることで、歯の支持組織である歯槽骨や歯根膜の組織改造を利用したものである。歯に機械的刺激が加わると、移動方向の歯根膜は圧迫され、それに面した歯槽骨表面においては破骨細胞による骨吸収が、その反対側の歯根膜では歯根膜線維の伸展により歯槽骨表面において骨芽細胞による骨添加が起こる。そこで、本発明者らは、破骨細胞と骨芽細胞との両方を活性化し、骨代謝回転を早めることで、骨の改造現象を促進させ、歯の移動速度を高めることができる薬剤の探索を行った。その結果、ROCK阻害剤が歯牙において破骨細胞と骨芽細胞との両方の分化を促進させることで、歯の移動速度を高められることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
本実施形態の歯牙移動促進剤によれば、ROCK阻害剤を含むことで、後述する実施例に記載のとおり、破骨細胞及び骨芽細胞両方の分化促進することができ、さらに、血管新生が促進される。これにより、マルチブラケット装置やマウスピース型装置等の従来の歯列矯正具のみを用いた矯正歯科よりも、これら従来の歯列矯正具と本実施形態の歯牙移動促進剤とを併用することで、矯正歯科治療期間を短縮化することができる。
また、本実施形態の歯牙移動促進剤を用いた矯正歯科治療は外科的侵襲を必要とせず、低侵襲で治療を行えるため、患者への負担を軽減することができる。
【0016】
<ROCK阻害剤>
本実施形態の歯牙移動促進剤に含まれるROCK阻害剤は、Rhoキナーゼ(Rho-associated protein kinase:ROCK)を阻害するものであればよく、特別な限定はない。ROCK阻害剤として具体的には、例えば、HA-1077、Y-27632、Thiazovivin、GSK429286A、RKI-1447、GSK180736A、HA-1100、Y-39983、AR-13324、GSK269962、AT13148、K-115、KD025、ZINC00881524、及び、それらの薬学的に許容できる塩が挙げられる。中でも、本実施形態の歯牙移動促進剤に含まれるROCK阻害剤としては、HA-1077、Y-27632、又はそれらの薬学的に許容できる塩が好ましく、Y-27632又はその薬学的に許容できる塩がより好ましい。
【0017】
本明細書において、「薬学的に許容できる」とは、被検動物に適切に投与された場合に、概して、人体に害を及ぼさない程度を意味する。
【0018】
塩としては、薬学的に許容できる酸付加塩又は塩基性塩が好ましい。
酸付加塩としては、無機酸との塩であってもよく、有機酸との塩であってもよい。無機酸としては、例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸等が挙げられる。有機酸としては、例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸等が挙げられる。
塩基性塩としては、無機塩基との塩であってもよく、有機塩基との塩であってもよい。無機塩基としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、水酸化マグネシウム等が挙げられる。有機塩基としては、例えば、カフェイン、ピペリジン、トリメチルアミン、ピリジン等が挙げられる。
【0019】
<その他の成分>
本実施形態の歯牙移動促進剤は、ROCK阻害剤に加えて、その他の成分を含んでもよい。その他の成分としては、例えば、添加剤、薬学的に許容されうる担体又は希釈剤が挙げられる。
添加剤としては、例えば、PBS、Tris-HCl等の緩衝液、アジ化ナトリウム、グリセロール等が挙げられる。
薬学的に許容されうる担体又は希釈剤としては、例えば、賦形剤、稀釈剤、増量剤、崩壊剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、乳化剤、芳香剤、着色剤、甘味料、粘稠剤、矯味剤、溶解補助剤、添加剤等が挙げられる。これら担体の1種以上を用いることにより、液剤、懸濁剤又は乳剤等の形態の歯牙移動促進剤を調製することができる。
また、担体としてコロイド分散系を用いることもできる。コロイド分散系は、ROCK阻害剤の生体内安定性を高める効果や、特定の臓器、組織、又は、細胞(特に、破骨細胞、骨芽細胞及びそれらの前駆細胞)へ、ROCK阻害剤の移行性を高める効果が期待される。コロイド分散系としては、例えば、ポリエチレングリコール、高分子複合体、高分子凝集体、ナノカプセル、ミクロスフェア、ビーズ、水中油系の乳化剤、ミセル、混合ミセル、リポソームを包含する脂質を挙げることができる。中でも、特定の臓器、組織、又は、細胞へ、ROCK阻害剤を効率的に輸送する効果のある、リポソームや人工膜の小胞が好ましい。
【0020】
本実施形態の歯牙移動促進剤における製剤化の例としては、水若しくはそれ以外の薬学的に許容し得る液との無菌性溶液、懸濁液剤、注射剤若しくは口腔洗浄剤(マウスウォッシュ)、又は、ゲル状、ペースト状の口腔用軟膏若しくは口腔用ゼリーの形で非経口的に使用されるものが挙げられる。
【0021】
さらには、薬理学上許容される担体又は希釈剤として、具体的には、例えば、滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化されたものが挙げられる。
【0022】
本実施形態の歯牙移動促進剤が無菌性溶液又は懸濁液剤である場合、例えば、歯肉圧排糸又は圧排ペーストに本実施形態の歯牙移動促進剤を含侵させて歯頸部に巻くことで、本実施形態の歯牙移動促進剤を歯肉溝から患部に投与することができる。歯肉圧排糸の材質としては、例えば、綿、絹等が挙げられる。また、圧排ペーストとしては、例えば、スリーエムヘルスケア社製のESPE(登録商標)圧排ペースト等を用いることができる。
また、本実施形態の歯牙移動促進剤が無菌性溶液又は懸濁液剤である場合、例えば、歯周パックに本実施形態の歯牙移動促進剤を含侵させて歯周組織をパックすることで、本実施形態の歯牙移動促進剤を患部に投与することができる。本実施形態の歯牙移動促進剤を含侵させた吸水性のスポンジで歯周組織を覆い、さらにその上から歯周パックで覆うことで投与してもよい。歯周パックは、促進材(キャタリスト)と基材(ベース材)とを練和して硬化させることで得られる。歯周パックにおける促進材(キャタリスト)としては、例えば、酸化亜鉛、植物油、鉱油、酸化マグネシウム等が挙げられる。歯周パックにおける基材(ベース材)としては、例えば、ロジン、ラウリン酸、天然ゴム、ラノリン、エチルセルロース等が挙げられる。
【0023】
本実施形態の歯牙移動促進剤が注射剤である場合、無菌組成物は、例えば、注射用蒸留水のようなベヒクルを用いて通常の製剤実施に従って処方することができる。また、注射用の水溶液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、適当な溶解補助剤、又は、非イオン性界面活性剤と併用してもよい。
前記その他の補助薬としては、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム等が挙げられる。
前記適当な溶解補助剤としては、例えば、エタノール等のアルコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等のポリアルコールが挙げられる。
前記非イオン性界面活性剤としては、例えば、ポリソルベート80、HCO-50等が挙げられる。
【0024】
また、油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油等が挙げられ、溶解補助剤として、例えば、安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等と併用してもよい。また、緩衝剤、無痛化剤、安定剤、又は、酸化防止剤をさらに配合してもよい。
前記緩衝剤としては、例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液等が挙げられる。
前記無痛化剤としては、例えば、塩酸プロカイン等が挙げられる。
前記安定剤としては、例えば、ベンジルアルコール、フェノール等が挙げられる。
調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填させる。
【0025】
また、注射剤は、非水性の希釈剤(例えば、ポリエチレングリコール、オリーブ油等の植物油、エタノール等のアルコール類等)、懸濁剤、又は乳濁剤として調製することもできる。このような注射剤の無菌化は、フィルターによる濾過滅菌、殺菌剤等の配合により行うことができる。注射剤は、用事調製の形態として製造することができる。即ち、凍結乾燥法等によって、無菌の固体組成物とし、使用前に注射用蒸留水又は他の溶媒に溶解して使用することができる。
【0026】
本実施形態の歯牙移動促進剤が口腔洗浄剤(マウスウォッシュ)である場合、例えば、本実施形態の歯牙移動促進剤と基材等とを混合して口腔洗浄剤を調製することできる。得られた口腔洗浄剤を用いて口腔内をゆすぐことで、本実施形態の歯牙移動促進剤を患部に投与することができる。口腔洗浄剤(マウスウォッシュ)における基材としては、例えば、水、ポリエチレングリコール、デキストリン等が挙げられる。
【0027】
本実施形態の歯牙移動促進剤が口腔用軟膏又は口腔用ゼリーである場合、本実施形態の歯牙移動促進剤の効果を阻害しない範囲で、発泡剤、発泡助剤、研磨剤、湿潤剤、甘味剤、保存料、フッ化ナトリウム等のフッ素イオン供給化合物、顔料、色素、香料等を適宜含有させることができる。
【0028】
また、本実施形態の歯牙移動促進剤が口腔用軟膏又は口腔用ゼリーである場合、本実施形態の歯牙移動促進剤と基材とを混合して、口腔用軟膏又は口腔用ゼリーを調製することができる。得られた口腔用軟膏又は口腔用ゼリーをマウスピースに塗布して歯に装着することで、本実施形態の歯牙移動促進剤を患部に投与することができる。このとき、口腔用軟膏又は口腔用ゼリーにおける基材としては、例えば、ワセリン、パラフィン、ポリエチレン樹脂、ミツロウ、ポリエチレングリコール、セルロース等が挙げられる。
【0029】
<投与量及び投与方法>
本実施形態の歯牙移動促進剤は、矯正歯科治療に用いることができる。
本実施形態の歯牙移動促進剤の投与量は、被検動物の年齢、性別、体重、投与方法、処理時間等を勘案して適宜調節される。
被検動物としては、哺乳動物が好ましく、具体的には、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、イヌ、ネコ、ウマ、ウシ、ヤギ、ヒツジ等が挙げられる。中でも、被検動物としては、ヒトが好ましい。
【0030】
本実施形態の歯牙移動促進剤を非経口的に投与する場合には、その1回の投与量は症状、投与方法によっても異なるが、例えば注射剤の形では、通常成人(体重60kgとして)においては、通常、ROCK阻害剤の量が、1日当り0.5ng以上1mg以下、好ましくは1ng以上0.5mg以下、より好ましくは5ng以上0.1mg以下程度となるように局所注射により投与するのが好適である。
【0031】
投与回数としては、1週間平均当たり、1回~数回投与することが好ましい。
投与時期としては、矯正歯科治療中であればいつでもよく、例えば、歯列矯正具による矯正歯科治療を開始した時点であってもよく、歯列矯正具を装着している間であってもよい。
投与形態としては、移動したい歯牙の周囲の組織(歯周組織)に直接投与することが好ましい。例えば、口腔粘膜への注射、又は、口腔内軟膏の塗布による経粘膜的投与等の当業者に公知の方法が挙げられる。
【0032】
<治療方法>
本実施形態において、矯正歯科治療のための上記歯牙移動促進剤を提供する。
また、本実施形態において、治療的に有効量の上記ROCK阻害剤、並びに、薬学的に許容されうる担体又は希釈剤を含む歯牙移動促進剤を提供する。
また、本実施形態において、上記ROCK阻害剤の有効量を、矯正歯科治療を必要とする患者に投与することを含む、矯正歯科治療方法を提供する。
【0033】
≪矯正歯科治療用キット≫
本実施形態の矯正歯科治療用キットは、上記実施形態に係る歯牙移動促進剤と、歯列矯正具と、を備える。
【0034】
本実施形態の矯正歯科治療用キットによれば、上記歯牙移動促進剤を含むことで、従来の歯列矯正具のみを用いた矯正歯科よりも、矯正歯科治療期間を短縮化することができる。
また、本実施形態の矯正歯科治療用キットを用いた矯正歯科治療は外科的侵襲を必要とせず、低侵襲で治療を行えるため、患者への負担を軽減することができる。
【0035】
<歯列矯正具>
本実施形態の矯正治療用キットに含まれる歯列矯正具としては、特別な限定はなく、例えば、マルチブラケット装置、マウスピース型装置等、公知のものが挙げられる。
【0036】
本実施形態の矯正歯科治療用キットの使用方法としては、まず、患者に歯列矯正具を装着する。次いで、移動させた歯の周辺組織に上記歯牙移動促進剤を投与する。具体的には、上記歯牙移動促進剤が注射剤である場合には、該注射剤を移動させたい歯の周辺組織に皮下注射(特に、口腔粘膜への注射)すればよい。また、上記歯牙移動促進剤が口腔内軟膏である場合には、該口腔内軟膏を移動させたい歯の周辺組織に塗布して経粘膜的に投与すればよい。また、上記歯牙移動促進剤が口腔内軟膏である場合には、処方薬として患者自身が処方に従って患部に投与することもできる。
【実施例
【0037】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0038】
[実施例1]破骨細胞分化促進能を有する化合物のスクリーニング
まず、歯の移動促進剤の候補となる低分子化合物のスクリーニングを行った。
【0039】
(1)破骨細胞分化促進能を有する化合物のスクリーニング
スクリーニング対象の化合物として、378種類の低分子化合物を含み、既存の抗がん剤であって、標的分子が明白な阻害剤を含む標準阻害剤キット(「文部科学省科学研究費補助金・がんの特性等を踏まえた総合支援活動・化学療法基盤支援活動」からの提供)を用いた。
予め培養しておいたマウス由来マクロファージ様細胞(RAW264.7細胞)を、上記キットに含まれる各低分子化合物及び対照として破骨細胞分化因子であるサイトカインRANKL(receptor activator of NF-κB ligand)をそれぞれ100ng/mLずつ含む培地に交換して、4日間培養した。
次いで、培養5日目に酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ(Tartrate-Resistant Acid Phosphatase:TRAP)染色液(自ら調製)を用いて、破骨細胞への分化を評価した。結果を以下の表1に示す。表1において、RANKLを添加した細胞中の破骨細胞へ分化した細胞数を1とした場合に対する、各化合物を添加した細胞中の破骨細胞へ分化した細胞数の相対的な比率(倍)を「破骨細胞分化促進効果」として記載している。また、破骨細胞への促進効果(8種類)又は抑制効果(7種類)がみられた代表的な15種類の化合物のみを記載している。また、表1における各略称の意味は以下のとおりである。
GSK:Glycogen synthase kinaseの略称であり、グリコーゲン合成酵素キナーゼを意味する。
CDK:Cyclin-dependent kinaseの略称であり、サイクリン依存性キナーゼを意味する。
ROCK:Rho-associated coiled-coil-containing protein kinaseの略称であり、活性型Rhoにより活性化されるセリン・スレオニンタンパク質リン酸化酵素を意味する。
CK:Casein kinaseの略称であり、カゼインキナーゼを意味する。
PKC:Protein kinase Cの略称であり、プロテインキナーゼCを意味する。
PKA:Protein kinase Aの略称であり、環状アデノシン一リン酸(cAMP)依存性プロテインキナーゼ(プロテインキナーゼA)を意味する。
Wnt:分泌性糖タンパク質である。7回膜貫通型受容体Frizzled(Fz)、共役受容体として機能する1回膜貫通型受容体LRP5/6(low-density lipoprotein receptor-related protein 5/6)、チロシンキナーゼ活性を有する1回膜貫通型受容体であるRorやRYKと結合し、β-カテニン経路、平面内細胞極性(planar cell polarity:PCP)経路及びカルシウム経路の3種類の経路を活性化させる。
P38:細胞外の刺激を核内の転写制御機構へとつなぐシグナル分子である。MAPK(mitogen-activated protein kinase)ファミリーの1つであり、特に、ストレスや炎症性サイトカインにより活性化される。このため、JNK(c-Jun N-terminal kinase)やERK5とともにストレス活性化プロテインキナーゼ(stress-activated protein kinase:SAPK)とも呼ばれている。
CAMKII:Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase IIの略称であり、Ca2+カルモジュリン依存性プロテインキナーゼを意味する。
Multi-kinases:複数のキナーゼが阻害対象であることを意味する。
EGFR:Epidermal growth factor receptorの略称であり、上皮成長因子受容体を意味する。
retinoids:ビタミンAの活性本体であるall-trans-retinoic acid(ATRA、レチノイン酸)とそれと同等の活性を示す化合物群の総称を意味する。
G9a:ヒトのヒストンメチル基転移酵素である。
【0040】
【表1】
【0041】
表1から、破骨細胞分化促進能を有することが明らかとなった8種類の化合物のうちROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)に着目し、続く骨芽細胞石灰化能への濃度依存性の検討に用いた。
【0042】
[実施例2]ROCK阻害剤の骨芽細胞石灰化能への濃度依存性の検討
次いで、実施例1で同定された2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)の骨芽細胞石灰化能への濃度依存性について検討した。具体的には、2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)について、培地中に含まれる各化合物の濃度を0.2、1及び5μMとふった以外は、実施例1の(2)と同様の方法を用いて、MC3T3-E1細胞を3週間培養し、アリザリンレッドS染色液(自ら調製)を用いて、骨芽細胞の石灰化能を評価した。結果を図1に示す。図1において、「control」とは、ROCK阻害剤を添加せずに3週間培養したMC3T3-E1細胞である。
【0043】
図1から、HA-1077及びY-27632のいずれの化合物においても、0.2μM~5μMの濃度において、一様に骨芽細胞の石灰化能の活性化がみられた。特に、Y-27632において、石灰化能の亢進が顕著であった。
以上のことから、ROCK阻害剤であるHA-1077及びY-27632が破骨細胞及び骨芽細胞の両方への分化を促進する化合物として同定された。
【0044】
[実施例3]ROCK阻害剤の破骨細胞及び骨芽細胞の分化促進能確認試験
次いで、実施例1で同定された2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)の破骨細胞及び骨芽細胞の分化促進能を再度確認した。
【0045】
(1)ROCK阻害剤の破骨細胞の分化促進能確認試験
予め培養しておいたRAW264.7細胞及びマウス大腿骨骨髄細胞を、2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)をそれぞれ100ng/mLずつ含む培地に交換して、4日間培養した。また、対照(コントロール)として、ROCK阻害剤不含の培地で同様に4日間培養した。
次いで、培養5日目にTRAP染色液を用いて、破骨細胞への分化を評価した。RAW264.7細胞での結果を図2A及び図2Bに、マウス大腿骨骨髄細胞での結果を図3A及び図3Bに示す。図2A及び図3Aは、それぞれTRAP染色した各細胞を撮影した画像である。また、図2B及び図3Bは、各培養条件での、TRAP染色によって染色された細胞、すなわち、破骨細胞に分化した細胞数を示すグラフである。
【0046】
図2A図3Bから、ROCK阻害剤を用いることで、破骨細胞への分化が促進されていることが確かめられた。
【0047】
(2)ROCK阻害剤の骨芽細胞の分化促進能確認試験
次いで、予め培養しておいたMC3T3-E1細胞及びマウス大腿骨骨髄細胞を、2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)をそれぞれ5μMずつ含む培地に交換して、3週間培養した。また、対照(コントロール)として、ROCK阻害剤不含の培地で同様に3週間培養した。
次いで、アリザリンレッドS染色液を用いて、骨芽細胞の石灰化能を評価した。また、MC3T3-E1細胞については、アルカリフォスファターゼ(alkaline phosphatase:ALP)染色液(自ら調製)を用いて、骨芽細胞におけるALP活性についても評価した。結果を図4に示す。
【0048】
図4から、ROCK阻害剤を用いることで、石灰化が促進されており、また、ALP活性が上昇しており、骨芽細胞への分化が促進されていることが確かめられた。
【0049】
[実施例4]ROCK阻害剤の血管新生マーカー発現への影響確認試験
予め培養しておいたラット大腿骨骨髄由来間質細胞を、5μMのY-27632含有骨芽細胞分化誘導培地、又は、対照(コントロール)として、0.1%DMSO含有培地に交換して、7日間培養した。骨芽細胞分化誘導培地の組成は、α-MEM、10%ウシ胎児血清、1%ペニシリン/ストレプトマイシン、10mMのβ-グリセロフォスフェート、50μg/mLのアスコルビン酸及び10nMのデキサメタゾンである。
培養開始から7日後に、細胞から全RNAを回収した。次いで、TaqMan(登録商標)プローブを用いて、血管新生マーカーであるANGPT1遺伝子及びVEGFA遺伝子のmRNAの発現についてリアルタイムPCRで解析した。結果を図5A(ANGPT1遺伝子)及び図5B(VEGFA遺伝子)に示す。
【0050】
図5A及び図5Bから、Y-27632存在下では、コントロールに比べて、ANGPT1遺伝子で約5.6倍、VEGFA遺伝子で約2.7倍の有意なmRNAの発現上昇がみられた。
このことから、ROCK阻害剤を用いることで、破骨細胞及び骨芽細胞の分化促進だけでなく、血管新生が促進されて栄養分が供給されるため、より効果的に、歯の移動が促進されると推察された。
【0051】
[参考例1]ROCK阻害剤の骨形成への影響確認試験
次いで、ROCK阻害剤の骨形成への影響を、ラットを用いて確認した。具体的なプロトコールを図6Aに示す。
まず、8週齢のSDラット(オス)の頭蓋骨に欠損部(直径5mm)を形成させ、そこに2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)又はPBSを含むアテロコラーゲンスポンジを填入した。次いで、1週間に2度の頻度で、2種類のROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)又はPBSを含むアテロコラーゲンスポンジを填入し、試験開始から4週間飼育した。4週間後、μCT解析及び組織像解析を行った。結果を図6B(画像)及び図6C(グラフ)に示す。図6Bにおいて、左側は、μCT像であり、真ん中はTRAP染色像であり、右側は抗RUNX2抗体による免疫染色像である。なお、一般に、「RUNX2」は、骨芽細胞の分化に必須な転写因子である。黒矢印はそれぞれ骨形成部を示す。また、図6Cは、各μCT像を用いてImage Jにより新生骨部の面積を解析し、得られたものである。
【0052】
図6B及び図6Cから、ROCK阻害剤を用いることで、破骨細胞及び骨芽細胞両方の分化促進が促進されており、骨形成が促進されることが確かめられた。
【0053】
[実施例5]ROCK阻害剤の歯の移動への影響確認試験
次いで、ROCK阻害剤の歯の移動への影響を、ラットを用いて確認した。具体的なプロトコールを図7Aに示す。
まず、8週齢のSDラット(オス)の上顎切歯と上顎右側第一臼歯とに25gの持続的けん引力がかかるコイルを装着した。次いで、ラットをコントロール群とROCK阻害剤投与群とに分け、実験開始から0、3及び5日後に、コントロール群にはPBSを、ROCK阻害剤投与群には0.5μMのROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)含有PBSを、それぞれ10μLずつ上顎右側第一臼歯の口蓋側粘膜に注射器を用いて投与した。開始後7日目に上顎骨を4%パラホルムアルデヒドで固定し、μCTで観察した。結果を図7Bに示す。次いで、上顎右側第一臼歯の移動距離を計測した。なお、移動距離としては、上顎右側第一臼歯と第二臼歯との間の距離を測定した。結果を図7C及び表3に示す。図7Cは、表3に示す移動距離(n=5)を平均したものである。
【0054】
【表2】
【0055】
図7B図7C及び表3から、ROCK阻害剤(HA-1077及びY-27632)の投与により、歯の移動が顕著に促進されることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本実施形態の歯牙移動促進剤及び矯正歯科治療用キットは、低侵襲であり、矯正歯科治療期間を短縮化することができる。
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4
図5A
図5B
図6A
図6B
図6C
図7A
図7B
図7C