(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-15
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】眼鏡レンズの設計方法、眼鏡レンズの製造方法、眼鏡レンズ発注装置、眼鏡レンズ受注装置、眼鏡レンズ受発注システム
(51)【国際特許分類】
G02C 7/02 20060101AFI20220106BHJP
G02C 7/06 20060101ALI20220106BHJP
G02C 13/00 20060101ALI20220106BHJP
【FI】
G02C7/02
G02C7/06
G02C13/00
(21)【出願番号】P 2018553747
(86)(22)【出願日】2017-11-13
(86)【国際出願番号】 JP2017040785
(87)【国際公開番号】W WO2018101015
(87)【国際公開日】2018-06-07
【審査請求日】2020-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2016233004
(32)【優先日】2016-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】300035870
【氏名又は名称】株式会社ニコン・エシロール
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【氏名又は名称】小林 淳一
(72)【発明者】
【氏名】趙 成鎮
【審査官】酒井 康博
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/027755(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0106813(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0092614(US,A1)
【文献】特開2002-315725(JP,A)
【文献】特開2013-217948(JP,A)
【文献】国際公開第2014/203440(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 7/02
G02C 7/06
G02C 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の距離で視認される対象物の原画像に対して、互いに異なる度合のぼけを施して作成された複数のぼけ画像を装用者から所定の距離に順次提示して、装用者に視認させることと、
前記装用者のぼけに対する感受性に関する情報を
、ぼけの前記度合いごとに取得することと、
前記装用者のぼけに対する感受性に関する情報に基づいて眼鏡レンズを設計することと、を備える眼鏡レンズの設計方法。
【請求項2】
請求項1に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記感受性に関する情報は、前記装用者が前記ぼけ画像を視認することが許容可能かどうかについての情報である眼鏡レンズの設計方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記複数のぼけ画像のそれぞれは、前記原画像から出射しそれぞれ異なる収差を発生させる屈折体を透過する光を光線追跡することにより作成される眼鏡レンズの設計方法。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記複数のぼけ画像は、網膜から所定の距離にある点から出射した光が異なる収差を発生させる複数の屈折体を透過して前記網膜に入射する際に光線追跡して得られる点像分布関数に基づいてそれぞれ作成される眼鏡レンズの設計方法。
【請求項5】
請求項3または4に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記異なる収差を発生させる複数の屈折体は、球面度数、乱視度数、または乱視軸が異なる眼鏡レンズを含む眼鏡レンズの設計方法。
【請求項6】
請求項1または2に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記複数のぼけ画像のそれぞれは、任意の分布関数に基づいて前記原画像の各点の輝度または色の濃さの畳み込み演算を行う画像処理により作成される眼鏡レンズの設計方法。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれか一項に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記原画像は、前記装用者から所定の距離だけ離れた位置において、前記装用者が視認することを想定した対象物の画像である眼鏡レンズの設計方法。
【請求項8】
請求項1から7までのいずれか一項に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
異なる複数の所定の距離にある前記複数のぼけ画像を前記装用者に提示することを備える眼鏡レンズの設計方法。
【請求項9】
請求項1から8までのいずれか一項に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
装用者の視力を調節する矯正レンズを着用して前記装用者が矯正視力を得た状態として、前記装用者に前記ぼけ画像を視認させる眼鏡レンズの設計方法。
【請求項10】
請求項1から9までのいずれか一項に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記感受性に関する情報に基づいて累進屈折力レンズの目標収差を設定する眼鏡レンズの設計方法。
【請求項11】
請求項1から10までのいずれか一項に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記感受性に関する情報に基づいて、累進屈折力レンズの遠用部、中間部、または近用部から選ばれる少なくとも2つの領域における、非点収差の小さい範囲の目標広さを設定する眼鏡レンズの設計方法。
【請求項12】
請求項1から9までのいずれか一項に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記感受性に関する情報に基づいて単焦点レンズの周辺部の目標収差を設定する眼鏡レンズの設計方法。
【請求項13】
請求項1から12までのいずれか一項に記載の設計方法により眼鏡レンズを設計する眼鏡レンズの製造方法。
【請求項14】
所定の距離で視認される対象物の原画像に対して、互いに異なる度合のぼけを施して作成された複数のぼけ画像を装用者から所定の距離に順次提示して、装用者に視認させて取得した、
ぼけの前記度合いごとの前記装用者のぼけに対する感受性に関する情報を入力する入力部と、
前記入力部を介して入力された前記情報または前記情報に基づいて算出した設計パラメータを眼鏡レンズ受注装置に送信する送信部と、
を備える眼鏡レンズ発注装置。
【請求項15】
所定の距離で視認される対象物の原画像に対して、互いに異なる度合のぼけを施して作成された複数のぼけ画像を装用者から所定の距離に順次提示して、装用者に視認させて取得した、
ぼけの前記度合いごとの前記装用者のぼけに対する感受性に関する情報または前記情報に基づいて算出した設計パラメータを受信する受信部と、
前記情報または前記設計パラメータに基づいて眼鏡レンズを設計する設計部と、
を備える眼鏡レンズ受注装置。
【請求項16】
請求項14に記載の眼鏡レンズ発注装置と、請求項15に記載の眼鏡レンズ受注装置と、を備える眼鏡レンズ受発注システム。
【請求項17】
請求項1から12までのいずれか一項に記載の設計方法により累進屈折力レンズ
を設計する眼鏡レンズの製造方法。
【請求項18】
請求項1から12までのいずれか一項に記載の設計方法により単焦点レンズ
を設計する眼鏡レンズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズの設計方法と、眼鏡レンズの製造方法と、眼鏡レンズ発注装置と、眼鏡レンズ受注装置と、眼鏡レンズ受発注システムに関する。
【背景技術】
【0002】
個々の装用者の特性に適合するような眼鏡レンズを実現するための、種々の設計方法の提案がなされている。例えば、特許文献1では、装用者の生活環境情報等を考慮してレンズ設計基準を選択している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本発明の第1の態様によると、眼鏡レンズの設計方法は、所定の距離で視認される対象物の原画像に対して、互いに異なる度合のぼけを施して作成された複数のぼけ画像を装用者から所定の距離に順次提示して、装用者に視認させることと、前記装用者のぼけに対する感受性に関する情報を、ぼけの前記度合いごとに取得することと、前記装用者のぼけに対する感受性に関する情報に基づいて眼鏡レンズを設計することと、を備える。
本発明の第2の態様によると、眼鏡レンズの製造方法は、第1の態様の眼鏡レンズの設計方法により眼鏡レンズを設計する。
本発明の第3の態様によると、眼鏡レンズ発注装置は、所定の距離で視認される対象物の原画像に対して、互いに異なる度合のぼけを施して作成された複数のぼけ画像を装用者から所定の距離に順次提示して、装用者に視認させて取得した、ぼけの前記度合いごとの前記装用者のぼけに対する感受性に関する情報を入力する入力部と、前記入力部を介して入力された前記情報または前記情報に基づいて算出した設計パラメータを眼鏡レンズ受注装置に送信する送信部と、を備える。
本発明の第4の態様によると、眼鏡レンズ受注装置は、所定の距離で視認される対象物の原画像に対して、互いに異なる度合のぼけを施して作成された複数のぼけ画像を装用者から所定の距離に順次提示して、装用者に視認させて取得した、ぼけの前記度合いごとの前記装用者のぼけに対する感受性に関する情報または前記情報に基づいて算出した設計パラメータを受信する受信部と、前記情報または前記設計パラメータに基づいて眼鏡レンズを設計する設計部と、を備える。
本発明の第5の態様によると、眼鏡レンズ受発注システムは、第3の態様の眼鏡レンズ発注装置と、第4の態様の眼鏡レンズ受注装置と、を備える。
本発明の第6の態様によると、眼鏡レンズの製造方法は、第1の態様の眼鏡レンズの設計方法の設計方法により累進屈折力レンズを設計する。
本発明の第7の態様によると、眼鏡レンズの製造方法は、第1の態様の眼鏡レンズの設計方法により単焦点レンズを設計する。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1(a)は、提示する画像が遠距離にある場合の一実施形態の設計方法に係る検査の態様を示す概念図であり、
図1(b)は、提示する画像が中距離にある場合の当該検査の態様を示す概念図であり、
図1(c)は、提示する画像が近距離にある場合の当該検査の態様を示す概念図である。
【
図2】
図2(a)は、ぼけ画像に加工する前の原画像を示す図であり、
図2(b)は、ぼけ画像の例を示す図である。
【
図3】ぼけ画像の作成方法を説明するための概念図である。
【
図5】一実施形態の眼鏡レンズの設計方法の流れを示すフローチャートである。
【
図6】一実施形態の眼鏡レンズの設計方法の流れを示すフローチャートである。
【
図8】一実施形態の眼鏡レンズの設計方法の流れを示すフローチャートである。
【
図9】累進屈折力レンズにおける収差の設定の一例を示す概念図である。
【
図10】
図10(a)は、方向依存性の無いぼけ画像の作成方法を説明するための概念図であり、
図10(b)は、方向依存的なぼけ画像の作成方法を説明するための概念図である。
【
図11】単焦点レンズにおける球面度数エラーおよび収差の設定の例を示す概念図であり、(a)は非点収差を重視する場合、(b)は球面度数エラーと非点収差とのバランスを中程度に設定する場合、(c)は球面度数を重視する場合の例である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
以下では、適宜図面を参照しながら、一実施形態の眼鏡レンズの設計方法と、眼鏡レンズの製造方法と、眼鏡レンズ発注装置と、眼鏡レンズ受注装置と、眼鏡レンズ受発注システム等について説明する。以下の記載において、屈折力の単位は、特に言及しない場合にはディオプター(D)によって表されるものとする。また、以下の説明において、眼鏡レンズの「上方」、「下方」、「上部」、「下部」等と表記する場合は、当該眼鏡レンズが装用されたときのレンズの位置関係に基づくものとする。
【0007】
図1は、本実施形態の眼鏡レンズの設計方法において、設計する眼鏡レンズの装用者に対して行うぼけ感受性検査の態様を示す図である。ぼけ感受性検査では、装用者Wの、視野におけるぼけに対する感受性に関する情報が検査される。ぼけに対する感受性は、対象物の画像に種々の方法でぼけを施したぼけ画像Sを作成したときに、ぼけ画像Sを視認する装用者Wが許容できるぼけの度合や、不快感無く視認できるぼけの度合等により表される。ぼけに対する感受性が強いと、ぼけの度合が小さい画像でも不快感(違和感)を感じやすい(許容できるぼけの度合の範囲が狭い)。一方、ぼけに対する感受性が弱いと、ぼけの度合が大きい画像でも不快感(違和感)を感じにくい(許容できるぼけの度合の範囲が広い)。以下の実施形態では、ぼけ感受性検査において、装用者Wが許容可能なぼけの度合を測定する場合を例に説明する。また、ぼけを施す前の画像を原画像Soと呼ぶ。
【0008】
眼鏡店において、ぼけ感受性検査を行う検査員は、装用者Wに、装用者Wから所定の距離に提示された複数のぼけ画像Sおよび/または原画像Soを視認させる。複数のぼけ画像Sは、原画像Soにそれぞれ異なる度合のぼけを施して作成されたものである。ぼけ画像Sおよび/または原画像Soは、タブレット型端末、パーソナルコンピュータ(以下、PCと呼ぶ)等のディスプレイ、紙等の印刷物等に表示して装用者Wに提示される。ぼけ画像Sは、原画像Soがはっきりと視認できる視力で視認することが好ましく、検査員は必要に応じて矯正レンズ等を用いて装用者Wの矯正視力を調整した後、ぼけ画像Sを提示する。
【0009】
検査員は、ぼけ画像Sを視認している、または視認した装用者Wから、ぼけ画像Sが許容可能かどうかを、口頭により、あるいはボタンを備えた入力機器等を用いて回答してもらう。検査員は、複数のぼけ画像Sについての装用者Wの回答から、装用者Wの視野におけるぼけに対する感受性の度合を、予め定められた基準に従って数値等により表して発注装置に入力する。すなわち、ぼけ画像Sは眼鏡レンズの収差の大きさに対応付けられた度合のぼけが施された、感受性評価用の画像である。
【0010】
図1(a)は、装用者Wが、装用者Wから遠距離(この例では2m)にある位置に提示されたぼけ画像Sを視認する場合のぼけ感受性検査の概念図である。
図1(a)では、装用者Wが2mの距離Dfにあるぼけ画像Sを両眼により視認する場合の視線を実線矢印で模式的に示した。遠距離のぼけ感受性検査では、装用者Wの眼からぼけ画像Sまでの距離Dfは1m以上の距離に適宜設定することができる。
なお、遠距離および以降で説明する近距離、中距離に対応する距離の数値範囲は適宜変更してよい。また、各距離においてぼけ感受性検査は片眼ごとに行ってもよい。
【0011】
遠距離のぼけ感受性検査で提示するぼけ画像Sは、文字、記号若しくは文章の画像、または装用者Wが日常生活若しくは特定の状況において遠距離で視認する対象物の画像を原画像Soとして作成されたものであることが好ましい。遠距離で視認する当該対象物として、テレビ、部屋または屋外の風景、文字、文章が描かれた黒板、白板等を、適宜用いることができる。
【0012】
図1(b)は、装用者Wが、装用者Wから中距離(この例では80cm)にある位置に提示されたぼけ画像Sを視認する場合のぼけ感受性検査の概念図である。
図1(b)では、装用者Wが80cmの距離Dmにあるぼけ画像Sを両眼により視認する場合の視線を実線矢印で模式的に示した。中距離のぼけ感受性検査では、装用者Wの眼からぼけ画像Sまでの距離Dmは50cm以上1m未満の距離に適宜設定することができる。
【0013】
中距離のぼけ感受性検査で提示するぼけ画像Sは、文字、記号若しくは文章の画像または装用者Wが日常生活若しくは特定の状況において中距離で視認する対象物の画像を原画像Soとして作成されたものであることが好ましい。中距離で視認する当該対象物として、PCの画面等を、適宜用いることができる。
【0014】
図1(c)は、装用者Wが、装用者Wから近距離(ここでは30cm)にある位置に提示されたぼけ画像Sを視認する場合のぼけ感受性検査の概念図である。
図1(c)では、装用者Wが30cmの距離Dnにあるぼけ画像Sを両眼により視認する場合の視線を実線矢印で模式的に示した。近距離のぼけ感受性検査では、装用者Wの眼からぼけ画像Sまでの距離Dnは25cm以上50cm未満の距離に適宜設定することができる。
【0015】
近距離のぼけ感受性検査で提示するぼけ画像Sは、文字、記号若しくは文章の画像または装用者Wが日常生活若しくは特定の状況において近距離で視認する対象物の画像を原画像Soとして作成されたものであることが好ましい。近距離で視認する当該対象物の例としては、スマートフォン等の携帯電話、タブレット、雑誌、新聞紙等を、適宜用いることができる。
【0016】
ぼけ感受性検査は、遠距離、中距離、近距離のうち1つの距離において行ってもよいし、複数の距離において行ってもよい。ぼけ感受性検査は、遠距離、中距離および近距離からなる群から選択される2以上の距離において行ってもよい。
【0017】
累進屈折力レンズは、遠用部、近用部、および、遠用部と近用部とを屈折率が連続的に変化するよう接続する中間部を備え、中間部の上方に遠用部が、中間部の下方に近用部が配置された眼鏡レンズである。遠距離に対応する屈折力を有する遠用部と、近距離に対応する屈折力を有する近用部とを備える累進屈折力レンズの設計においては、装用者Wに対し遠距離および近距離においてぼけ感受性検査を行うことが好ましい。中距離に対応する屈折力を有する遠用部と、近距離に対応する屈折力を有する近用部とを備える累進屈折力レンズの設計においては、装用者Wに対し中距離および近距離においてぼけ感受性検査を行うことが好ましい。累進屈折力レンズの設計においては、遠距離または中距離についてのぼけ感受性検査により得られた情報を遠用部の設計に用いることが好ましく、近距離についてのぼけ感受性検査により得られた情報を近用部の設計に用いることが好ましい。
【0018】
図2は、原画像Soおよびぼけ画像Sを例示する図である。
図2(a)は文字「E」からなる原画像Soを示す。
図2(b)は、
図2(a)の原画像Soから、それぞれ異なる度合のぼけを施して作成した複数のぼけ画像Sである。ぼけ画像S1は、わずかな輪郭の歪み等を有し、ぼけの度合は小さい。ぼけ画像S2は、輪郭の線が明瞭に認識できない程度になっており、ぼけの度合は中程度である。ぼけ画像S3は、全体的に不明瞭となり、ぼけの度合は大きい。
【0019】
ぼけ画像Sは、乱視を発生させる眼光学系や、非点収差を発生させる眼鏡レンズ等の屈折体を通して視認した場合の原画像Soの知覚画像を仮想的に作成したものである。このような眼光学系の乱視の度合や、屈折体の非点収差の度合は作成されたぼけ画像Sのぼけの度合に対応する。従って、異なるぼけの度合に対応するぼけ画像Sに対して得られた装用者Wの感受性に関する情報に基づいて、設計する眼鏡レンズの非点収差等の光学特性を装用者Wに合うように適切に設定することができる。
【0020】
図3は、ぼけ画像Sの作成方法を説明するための概念図である。ぼけ画像Sの作成方法では、眼球90の前面から、ぼけ感受性検査を行う際の装用者Wとぼけ画像Sとの距離(上述のDf、Dm、Dnに相当)だけ離れた位置に原画像Soを配置し、眼鏡レンズLを原画像Soから眼球90の網膜に向かう光路中に配置して原画像Soの各点からの光線追跡が行われる。光線追跡の計算は、PC等を用いて適宜行うことができる。
【0021】
図3では、光線追跡を行う光線の例として、原画像Soの図中上端からの光束F1を破線を用いて表し、原画像Soの図中下端からの光束F2を実線を用いて表した。
図3の例では、眼鏡レンズLと眼球90内の眼光学系による屈折により、網膜の後方に原画像Soからの光線が収束している。すなわち、焦点は網膜上に無い。この場合、網膜に投影される画像は焦点が合っていない分だけぼけることになる。公知の光線追跡計算により、眼光学系の光軸と垂直で、当該光軸と網膜との交点を含む投影面Bに到達する原画像Soからの光の量の分布を得ることができる。この光線追跡で得られた投影面B上に到達する光の量の分布に基づいて、ぼけ画像Sの分布(例えば輝度の分布や印刷画像の場合は色の濃さ)が決定される。
【0022】
図3で示された光線追跡を行うモデルにおいて、眼鏡レンズL等の光学特性を適宜変更することにより、異なるぼけの度合を有するぼけ画像Sを作成することができる。眼鏡レンズLの非点収差等を変更して作成することが、ぼけ画像Sのぼけの度合と収差との対応関係を得るうえでも好ましい。
ぼけ感受性検査に使用する複数のぼけ画像を作成するに当たって、収差は眼鏡レンズの収差量または眼球の収差量として表され、例えば最小の収差量0Dから、最大の収差量を1Dないし3Dまでの範囲にし、その間を0.1D、0.25Dもしくは0.5D等任意の間隔で作成する。
非点収差のように方向性を持つ収差の場合は収差の角度15度から90度の間の任意の間隔で変化させ、ぼけ画像を作成する。
なお、収差は単一の収差ではなく上記の範囲の中で複数の収差や球面度数エラーを合成させることも可能である。また、ぼけ画像Sの作成において、対象物との距離、装用者Wの年齢や調節力の強さ等を考慮して構築された眼球モデルを用いて光線追跡を行ってもよい。これにより、眼の調節力の変化を考慮してより精密にぼけ画像Sを作成することができる。
【0023】
本実施形態の眼鏡レンズの設計方法では、得られた装用者Wの感受性に関する情報に基づいて、設計する眼鏡レンズの一または複数の点における目標収差や、許容される収差の上限の値を設定することができる。
【0024】
以下では、遠距離および近距離においてぼけ感受性検査を行い、遠距離に対応する屈折力を有する遠用部と、近距離に対応する屈折力を有する近用部とを備える累進屈折力レンズを設計する例により説明する。
【0025】
眼鏡レンズの設計に係る眼鏡レンズ受発注システムについて説明する。本実施形態に係る眼鏡レンズ受発注システムは、上述したように装用者Wの視野におけるぼけに対する感受性に応じて、収差等の光学特性が適切に設定された眼鏡レンズを提供することができる。
【0026】
図4は、本実施形態に係る眼鏡レンズ受発注システム10の構成を示す図である。眼鏡レンズ受発注システム10は、眼鏡店(発注者)に設置される発注装置1と、レンズメーカに設置される受注装置2、加工機制御装置3、および眼鏡レンズ加工機4と、を含んで構成される。発注装置1と受注装置2とは、例えばインターネット等のネットワーク5を介して通信可能に接続されている。また、受注装置2には、加工機制御装置3が接続されており、加工機制御装置3には眼鏡レンズ加工機4が接続されている。なお、
図4では、図示の都合上、発注装置1を1つのみ記載しているが、実際には複数の眼鏡店に設置された複数の発注装置1が受注装置2に接続されている。
【0027】
発注装置1は、眼鏡レンズの発注処理を行うコンピュータであり、制御部11と、記憶部12と、通信部13と、表示部14と、入力部15と、を含む。制御部11は、記憶部12に記憶されたプログラムを実行することにより、発注装置1を制御する。制御部11は、眼鏡レンズの発注処理を行う発注処理部111を備える。通信部13は、受注装置2とネットワーク5を介して通信を行う。表示部14は、例えばCRTや液晶ディスプレイ等の表示装置であり、発注する眼鏡レンズの情報(発注情報)を入力するための発注画面などを表示する。入力部15は、例えばマウスやキーボード等を含む。例えば、入力部15を介して、発注画面の内容に応じた発注情報が入力される。
なお、表示部14と入力部15とはタッチパネル等により一体的に構成されていてもよい。
【0028】
受注装置2は、眼鏡レンズの受注処理や設計処理、光学性能の演算処理等を行うコンピュータであり、制御部21と、記憶部22と、通信部23と、表示部24と、入力部25とを含んで構成される。制御部21は、記憶部22に記憶されたプログラムを実行することにより、受注装置2を制御する。制御部21は、眼鏡レンズの受注処理を行う受注処理部211と、眼鏡レンズの設計処理を行う設計部212とを備える。通信部23は、発注装置1とネットワーク5を介して通信を行ったり、加工機制御装置3と通信を行ったりする。記憶部22は、眼鏡レンズ設計のための各種データを読み出し可能に記憶する。表示部24は、例えばCRTや液晶ディスプレイ等の表示装置であり、眼鏡レンズの設計結果等を表示する。入力部25は、例えばマウスやキーボード等を含んで構成される。
なお、表示部24と入力部25とはタッチパネル等により一体的に構成されていてもよい。
【0029】
次に、眼鏡レンズ受発注システム10において、眼鏡レンズを提供する手順について、
図5に示すフローチャートを用いて説明する。
図5の左側には眼鏡店側で行う手順を示し、
図5の右側にはレンズメーカ側で行う手順を示す。眼鏡レンズ受発注システム10における眼鏡レンズの製造方法では、上述の眼鏡レンズの設計方法により眼鏡レンズが設計される。
【0030】
ステップS11において、発注者は、装用者Wのぼけに対する感受性に関する情報を取得する。
【0031】
図6は、ステップS11をさらに複数の段階に分けて示したフローチャートである。ステップS111において、発注者は、矯正レンズ等を用いて、装用者Wの視力を調節し、装用者Wがぼけ感受性検査を行う距離にある原画像Soをはっきり視認できるようにする。ステップS111が終了したら、ステップS112に進む。
【0032】
ステップS112において、発注者は、原画像Soに対して異なる度合のぼけを施して作成した複数のぼけ画像Sを、装用者Wから近距離、中距離、遠距離等にある位置に提示して、装用者に視認させる。本実施形態では、発注者は、遠近用累進屈折力レンズの作成のため、遠距離、例えば装用者Wから2mの距離に複数のぼけ画像Sを順次提示する。発注者は、例えば装用者Wから30cm等の近距離についても同様に複数のぼけ画像Sを順次提示する。
【0033】
異なるぼけの度合を有するぼけ画像Sを提示する順番は特に限定されないが、ぼけに対する慣れが生じないように、装用者が十分許容可能なぼけの度合の小さい画像を少なくとも数画像に一回の割合で提示するようにすることが好ましい。ステップS112が終了したら、ステップS113に進む。
【0034】
ステップS113において、発注者は、装用者Wの視野におけるぼけに対する感受性に関する情報を取得する。発注者は、各距離に関して、装用者Wの許容できるぼけの度合を聞き取る。発注者は、各距離に関して、装用者Wのぼけに対する感受性の強さとを、予め定められた基準により数値に変換して記録する。ステップS113が終了したら、ステップS12に進む。
なお、ある距離についてステップS111からS113を行った後、再びステップS11に戻って、異なる距離についてぼけ感受性検査を行う構成にしてもよい。これにより、各距離について、その距離に合った矯正方法を用いることができる。例えば、累進屈折力レンズの設計において、近距離の測定をする場合は、必要なレンズの加入度に応じて、遠用部の処方に球面度数を加入度の度数分プラスして矯正を行なってから測定をする等、適宜定めることができる。
【0035】
ステップS12において、発注者は、ステップS113において取得した装用者Wの視野におけるぼけに対する感受性に関する情報を含む、注文する眼鏡レンズの発注情報を決定する。そして、発注者は、発注装置1の表示部14に発注画面を表示させ、入力部15を介して発注情報を入力する。
【0036】
図7は、発注画面100の一例を示す図である。レンズ情報項目101では、注文するレンズの商品名、球面度数(S度数)、乱視度数(C度数)、乱視軸度、加入度等のレンズ注文度数に関連する項目を入力する。加工指定情報項目102は、注文するレンズの外径を指定する場合や、任意点厚さを指定する場合に利用される。染色情報項目103は、レンズの色を指定する場合に利用される。フィッティングポイント(FP)情報104は、装用者Wの眼の位置情報を入力する。PDは瞳孔間距離を表す。フレーム情報項目105では、フレームモデル名、フレーム種別等を入力する。感受性情報項目106では、遠距離および近距離についてのぼけ感受性検査において、ぼけに対する感受性の強さを示す数値を入力する。
図7の例では、ぼけに対する感受性の強さを、遠距離および近距離のそれぞれで、10段階の数値により表した(遠距離で「5」、近距離で「4」)。
図7の例では、数字が大きければ大きい程、ぼけに対する感受性が強くなるようにぼけに対する感受性の強さを定義している。
ぼけ感受性検査で使用する画像は、以下のように準備する。
最小収差量で作成した画像を10、最大収差量で作成した画像を0にし、各画像を10段階に区分する。そして、装用者が最大限許容可能であるとしたぼけの画像の区分を感受性の強さの測定値とする。
なお、ぼけに対する感受性の表し方について、ぼけに対する感受性が小さい程大きな数値になるように表してもよいし、数値でなく記号で定義してもよいし、ぼけに対する感受性を、予め定められた基準に従って表し伝えることができれば特にその方法は制限されない。
なお、発注画面100では、上述の項目の他にも、フレームの前傾角、そり角、眼とレンズの間の距離等のフィッティングパラメータや装用者Wの調節力に関する情報等、様々な情報を追加することができる。また、装用者Wのぼけに対する感受性の強さを示す数値に加え、またはその代わりに、遠用部および/または近用部の非点収差が小さい範囲を示す指標として算出された設計パラメータを入力する構成にしてもよい。設計パラメータは、例えば後述の
図9の破線矢印または一点鎖線の矢印で示されるような、遠用部または近用部においてレンズ上を左右に伸びる線分で、収差が所定の値以下になる長さ等とすることができる。
【0037】
発注者が、
図7の発注画面100の各項目を入力し、送信ボタン(不図示)をクリックすると、発注装置1の発注処理部111は、発注画面100の各項目において入力された情報(発注情報)を取得して、ステップS13に進む。ステップS13において、発注装置1は、当該発注情報を、通信部13を介して受注装置2へ送信する。
【0038】
発注装置1において、発注画面100を表示する処理、発注画面100において入力された発注情報を取得する処理、当該発注情報を受注装置2に送信する処理については、発注装置1の制御部11が、記憶部12に予めインストールされた所定のプログラムを実行することによって行う。
【0039】
ステップS21(
図5)において、受注装置2の受注処理部211は、通信部23を介して、発注装置1から発注情報を受信すると、ステップS22に進む。ステップS22において、受注装置2の設計部212は、受信した発注情報に基づいて眼鏡レンズの設計を行う。
【0040】
図8は、ステップS22に対応する眼鏡レンズの設計の手順を示すフローチャートである。ステップS221において、受注装置2は、眼鏡レンズの処方データと、装用者Wのぼけに対する感受性に関する情報または遠用部および/若しくは近用部の非点収差の小さい範囲を示す指標等の設計パラメータとを取得する。受注装置2は、適宜フレームの前傾角、そり角、眼とレンズの間の距離等のフィッティングパラメータ等も取得する。ステップS221が終了したらステップS222に進む。
【0041】
ステップS222において、受注装置2の設計部212は、ステップS221で取得した装用者Wの視野におけるぼけに対する感受性に関する情報または設計パラメータに基づいて眼鏡レンズの目標収差を設定する。
【0042】
図9は、装用者Wのぼけに対する感受性に基づいた目標収差の設定の例を示す概念図である。図中央に4つの収差分布図を示し、図の最も右側の部分には、収差分布図で収差の大きさを表すのに用いられているパターンに対応する収差の大きさを示した。破線矢印は遠用部において左右に伸び、収差の大きさが所定の値以下の部分の幅を示し、この長さは遠用部の非点収差の小さい範囲を示す指標となる。一点鎖線の矢印は近用部において左右に伸び、収差の大きさが所定の値以下の部分の幅を示し、この長さは近用部の非点収差の小さい範囲を示す指標となる。破線矢印および一点鎖線矢印の上下方向の位置は任意に設定されるが、例えば遠用測定ポイントの位置(遠用度数測定位置)や、近用測定ポイントの位置(近用度数測定位置)を基準に定められる。
【0043】
図9に示した4つの収差分布図の中で、左上の収差分布
図A11は、近距離、遠距離の非点収差の感受性が弱い装用者Wのためのレンズであり、非点収差の小さい範囲は狭いが、非点収差の変化が小さいため、輪郭の歪みは小さい。右上の収差分布
図A12は、遠距離の非点収差の感受性が収差分布
図A11の場合よりも強い装用者Wのためのレンズであり、遠用部の非点収差の小さい範囲が収差分布
図A11の場合よりも広く設計されている。左下の収差分布
図A21は、近距離の非点収差の感受性が収差分布
図A11の場合よりも強い装用者Wのためのレンズであり、近用部の非点収差の小さい範囲が収差分布
図A11の場合よりも広く設計されている。右下の収差分布
図A22は、近距離、遠距離の非点収差の感受性が収差分布
図A11の場合よりも強い装用者Wのためのレンズであり、近用部、遠用部の非点収差の小さい範囲が収差分布
図A11の場合よりも広く設計されている。
【0044】
ステップS223(
図8)において、受注装置2は、眼鏡レンズのレンズ全体の形状を決定する。レンズ全体の形状が決定されたら、ステップS224に進む。ステップS224において、受注装置2は、眼鏡レンズの屈折力、非点収差等の光学特性が所望の条件を満たすかを判定する。所望の条件を満たす場合、ステップS224を肯定判定し、設計処理を終了し、ステップS23(
図5参照)に進む。所望の条件を満たさない場合、ステップS224を否定判定し、ステップS223に戻る。
【0045】
ステップS23において、受注装置2は、ステップS22で設計した眼鏡レンズの設計データを加工機制御装置3に出力する。加工機制御装置3は、受注装置2から出力された設計データに基づいて、眼鏡レンズ加工機4に加工指示を送る。この結果、眼鏡レンズ加工機4によって、当該設計データに基づく眼鏡レンズが加工され、製造される。眼鏡レンズ加工機4によって製造された眼鏡レンズが眼鏡店に出荷され、眼鏡フレームにはめ込まれて顧客(装用者W)に提供される。
【0046】
なお、受注装置2において、発注装置1から発注情報を受信する処理、受信した発注情報に基づいて眼鏡レンズを設計する処理、眼鏡レンズの設計データを加工機制御装置3に出力する処理については、受注装置2の制御部21が、記憶部22に予めインストールされた所定のプログラムを実行することによって行う。
【0047】
上述の実施の形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)本実施形態の眼鏡レンズの設計方法および眼鏡レンズの製造方法は、原画像Soに対して異なる度合のぼけを施して作成した複数のぼけ画像Sを、装用者Wから遠距離、中距離、近距離等の所定の距離に提示して、装用者Wに視認させることと、装用者Wの視野におけるぼけに対する感受性に関する情報を取得することと、を備える。これにより、装用者Wのぼけに対する感受性に基づいて適切な眼鏡レンズを設計することができる。
【0048】
(2)本実施形態の眼鏡レンズの設計方法において、感受性に関する情報は、装用者Wがぼけ画像Sを視認することが許容可能かどうかについての情報である。これにより、許容可能なぼけ画像Sに対応する、許容可能な収差の範囲を参考にして、装用者Wに合った眼鏡レンズを設計することができる。
【0049】
(3)本実施形態の眼鏡レンズの設計方法において、複数のぼけ画像Sのそれぞれは、原画像Soから出射しそれぞれ異なる収差を発生させる眼鏡レンズLを透過する光を光線追跡することにより作成される。これにより、眼鏡レンズ等の屈折体により発生されるぼけをより正確に表したぼけ画像Sを作成し、装用者Wの視野におけるぼけに対する感受性をより正確に測定することができる。
【0050】
(4)本実施形態の眼鏡レンズの設計方法において、異なるぼけ画像Sを作成するための光線追跡で、それぞれ異なる収差を発生させる複数の屈折体は、球面度数、乱視度数、または乱視軸が異なる眼鏡レンズLを含む。これにより、眼鏡レンズLの収差とぼけ画像Sのぼけの度合とを対応させて、ぼけに対する感受性に関する情報からより効果的に眼鏡レンズLを設計することができる。
【0051】
(5)本実施形態の眼鏡レンズの設計方法において、原画像Soは、装用者Wから遠距離、中距離、近距離等の所定の距離だけ離れた位置において、装用者Wが視認することを想定した対象物の画像である。これにより、実際に設計される眼鏡レンズが使用される状況に合わせ、適切に装用者Wのぼけに対する感受性を測定することができる。
【0052】
(6)本実施形態の眼鏡レンズの設計方法において、異なる複数の所定の距離にある、複数のぼけ画像を装用者Wに提示することを備え、上記複数の所定の距離は、25cm以上50cm未満の近距離、50cm以上1m未満の中距離および1m以上の遠距離からなる群から選択される2以上の距離である。これにより、累進屈折力レンズの設計において、各距離に対応する部分について、装用者Wのぼけに対する感受性に基づいて適切に設計することができる
【0053】
(7)本実施形態の眼鏡レンズの設計方法において、装用者Wが矯正視力を得た状態として、装用者Wにぼけ画像Sを視認させる。これにより、正確に装用者Wのぼけに対する感受性を測定することができる。
【0054】
(8)本実施形態の眼鏡レンズの設計方法において、感受性に関する情報に基づいて累進屈折力レンズの目標収差を設定する。これにより、装用者Wのぼけに対する感受性に基づいて適切な累進屈折力レンズを設計することができる。
【0055】
(9)本実施形態に係る眼鏡レンズ発注装置は、原画像Soに対して異なる度合のぼけを施して作成した複数のぼけ画像Sを、装用者Wから遠距離、中距離、近距離等の所定の距離に提示して、装用者Wに視認させて取得した、装用者Wの視野におけるぼけに対する感受性に関する情報を入力する入力部15と、入力部15を介して入力された当該情報または当該情報に基づいて算出した設計パラメータを眼鏡レンズ受注装置に送信する通信部13と、を備える。これにより、装用者Wのぼけに対する感受性を考慮した眼鏡レンズを発注することができる。
【0056】
(10)本実施形態に係る眼鏡レンズ受注装置は、原画像Soに対して異なる度合のぼけを施して作成した複数のぼけ画像Sを、装用者Wから遠距離、中距離、近距離等の所定の距離に提示して、装用者Wに視認させて取得した、装用者Wの視野におけるぼけに対する感受性に関する情報または当該情報に基づいて算出した設計パラメータを受信する受信部と、当該情報または設計パラメータに基づいて眼鏡レンズを設計する設計部と、を備える。これにより、装用者Wのぼけに対する感受性を考慮した眼鏡レンズを受注、設計することができる。
【0057】
次のような変形例も本発明の範囲内であり、上述の実施形態と組み合わせることが可能である。
(変形例1)
上述の実施形態では、原画像Soの各点から光線追跡をしてぼけ画像Sを作成したが、一点からの光線追跡により点像分布関数(Point Spread Function;PSF)を計算し、点像分布関数により原画像Soの各点の輝度や色の濃さを畳み込み積分することによりぼけ画像Sを作成してもよい。
【0058】
図10(a)は、非点収差を発生させない場合の屈折力エラーによるぼけ画像S4の作成を示す概念図である。丸の中にXが描かれた記号は畳み込み積分を示す。原画像Soを方向依存性の無い点像分布P1に対応する点像分布関数により畳み込み積分すると、ぼけ画像S4のような各点が一様にぼけたような画像が得られる。以下では、ぼけ画像S4を適宜、方向非依存的なぼけ画像と呼ぶ。
【0059】
図10(b)は、非点収差が発生する場合のぼけ画像S5の作成を示す概念図である。丸の中にXが描かれた記号は畳み込み積分を示す。原画像Soを方向依存性(斜め45度方向)を有する点像分布P2に対応する点像分布関数により畳み込み積分すると、ぼけ画像S5のような各点が斜め方向に向かってぼけたような画像が得られる。以下では、ぼけ画像S5を適宜、方向依存的なぼけ画像と呼ぶ。方向依存的なぼけ画像Sの方向依存性は、装用者Wの乱視軸の方向に基づいて定めてもよい。
【0060】
方向依存的なぼけ画像および方向非依存的なぼけ画像は、原画像Soの各点から光線追跡する
図3に示された方法によっても、光路中に挿入される眼鏡レンズL等の屈折体の光学特性を調節することにより、適宜所望のぼけの度合のものを得ることができる。
【0061】
本変形例の眼鏡レンズの設計方法において、複数のぼけ画像Sは、網膜から遠距離、中距離、近距離等の所定の距離にある点から出射した光が異なる収差を発生させる複数の屈折体を透過して網膜に入射する際に光線追跡して得られる点像分布関数に基づいてそれぞれ作成することができる。これにより、簡便に様々な態様のぼけ画像Sを作成することができる。
【0062】
(変形例2)
上述の実施形態では、光線追跡によりぼけ画像Sを作成したが、PC等の演算装置を用い、特定の分布関数をカーネルとして画像の各点の輝度または色の濃さを畳み込み演算する画像処理によりぼけ画像Sを作成してもよい。これにより、簡便な方法で多様なぼけ画像Sを作成することができる。
【0063】
(変形例3)
上述した実施形態の設計方法では、累進屈折力レンズの目標収差を設定する例で説明したが、この内容に限定する必要はない。単焦点レンズに関しても装用者Wの感受性に関する情報を用いて設計を行うことができる。単焦点レンズの設計においては、装用者Wの感受性に関する情報に基づいて、レンズの周辺部における、球面度数からの屈折力のずれである球面度数エラーと非点収差との設定を行うことができる。
【0064】
図11は、単焦点レンズの球面度数エラーおよび非点収差の設定の例を示す図である。
図11(a)~(c)において、球面度数エラーの分布図と非点収差の分布図を示し、図の最も右側の部分には、分布図に用いられているパターンに対応する球面度数エラーまたは収差の大きさを示した。
【0065】
図11(a)は、非点収差を重視する設計の例を示す図である。
図11(a)の球面度数エラーの分布E1および非点収差の分布A1による単焦点レンズは、非点収差の大きさが抑えられているため、非点収差の感受性が強い装用者Wに好適に用いられる。
図11(b)は、球面度数エラーと非点収差とのバランスを重視する設計の例を示す図である。
図11(b)の球面度数エラーの分布E2および非点収差の分布A2による単焦点レンズは、非点収差の大きさは
図11(a)の例より大きいものの、球面度数エラーが抑えられているため、非点収差の感受性が平均的な装用者Wに好適に用いられる。
図11(c)は、球面度数を重視する設計の例を示す図である。
図11(c)の球面度数エラーの分布E3および非点収差の分布A3による単焦点レンズは、球面度数エラーの大きさが抑えられているため、非点収差の感受性が弱い装用者Wに好適に用いられる。
【0066】
本変形例の眼鏡レンズの設計方法において、ぼけに対する感受性に関する情報に基づいて単焦点レンズの周辺部の目標収差を設定する。これにより、視野の周辺部に関し、装用者Wのぼけに対する感受性を考慮し、装用者Wに合った単焦点レンズを提供することができる。
【0067】
(変形例4)
上述の実施形態において、設計パラメータを装用者のぼけ感受性検査の測定値とぼけ感受性検査を受けた多数の試験者の統計データに基づいて以下のように設定してもよい。
事前に多数(例えば30名以上)の試験者に行なわれた検査の結果から遠距離のぼけ感受性の測定値の平均値Mと標準偏差σを求める。試験者は、例えば累進屈折力レンズの場合は40代以上の年齢の試験者、単焦点レンズの場合は40代未満の試験者というように、年代別に分けて検査を行うことができる。遠距離感受性範囲定数Kを上記測定値の標準偏差σの1倍から3倍までの間の任意の値にすることができる。例えば遠距離の収差の感受性の高低差をレンズの設計に大きく反映させる場合はK値を小さくし、逆に遠距離の収差の感受性の高低差をレンズの設計に小さく反映させる場合はK値を大きくとることができる。
【0068】
遠用部設計パラメータPは装用者の遠距離感受性測定値Dから
P = (D-M)/K
の形で計算される。遠用部の非点収差の小さい範囲の広さの目標値Rtfは最大値Rfmaxと最小値Rfminから設計パラメータPを用いて下式のように計算する。
Rft = (Rfmax+Rfmin)/2 + P * (Rfmax-Rfmin)/2
近距離に対しても同様な計算を行なう。但しRft>Rfmaxの場合、RftはRfmaxにし、Rft<Rminの場合、RftはRfminにする。
同様にして近用部の非点収差の小さい範囲の広さの目標値Rntを求める。
【0069】
図9に示した4つの収差分布図の中で、左上の収差分布
図A11は、近距離、遠距離の非点収差の小さい範囲の広さの設計目標値が両方最小値Rfmin, Rnminを採った場合のレンズであり、非点収差の小さい範囲は狭いが、非点収差の変化が小さいため、輪郭の歪みは小さい。右上の収差分布
図A12は、遠用部の非点収差の小さい範囲の広さの設計目標値は最大値Rfmaxで、近用部の非点収差の小さい範囲の広さの設計目標値は最小値Rnminを採った場合のレンズであり遠距離の感受性が収差分布
図A11の場合よりも強い装用者Wのためのレンズである。左下の収差分布
図A21は、遠用部の非点収差の小さい範囲の広さの設計目標値は最小値Rfminで、近用部の非点収差の小さい範囲の広さの設計目標値は最大値Rnmaxを採った場合のレンズであり、近距離の非点収差の感受性が収差分布
図A11の場合よりも強い装用者Wのためのレンズである。右下の収差分布
図A22は、近距離、遠距離の非点収差の小さい範囲の広さの設計目標値が両方最大値Rfmax, Rnmaxをとった場合のレンズであり、近距離、遠距離の非点収差の感受性が収差分布
図A11の場合よりも強い装用者Wのためのレンズである。
設計の目標値はこの4つの角を持つ四角の範囲の中から、遠距離目標値Rft, 近距離目標値Rntの値で決定される。
なお、感受性に関する情報に基づいて、累進屈折力レンズの中間部についても、非点収差の小さい範囲の目標広さを設定してもよい。
本変形例では、感受性に関する情報に基づいて、累進屈折力レンズの遠用部、中間部、または近用部から選ばれる少なくとも2つの領域における、非点収差の小さい範囲の目標広さを設定することができる。これにより、装用者のぼけに対する感受性に基づいて、より装用者に合った累進屈折力レンズを提供することができる。
【0070】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【0071】
次の優先権基礎出願の開示内容は引用文としてここに組み込まれる。
日本国特許出願2016年第233004号(2016年11月30日出願)
【符号の説明】
【0072】
1…発注装置、2…受注装置、9…加入度特性グラフ。10…眼鏡レンズ受発注システム、11…発注装置の制御部、13…発注装置の通信部、21…受注装置の制御部、23…受注装置の通信部、100…発注画面、106…感受性情報項目、S…ぼけ画像、So…原画像、W…装用者。