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  • 特許-細胞内容物の回収方法および回収装置 図1
  • 特許-細胞内容物の回収方法および回収装置 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-16
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】細胞内容物の回収方法および回収装置
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20220106BHJP
   C12N 5/00 20060101ALI20220106BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20220106BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12N5/00
C12M1/00 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2017160962
(22)【出願日】2017-08-24
(65)【公開番号】P2019037159
(43)【公開日】2019-03-14
【審査請求日】2020-06-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業研究課題「多チャンネルプレーナ技術による生体組織分子解析とその神経疾患応用」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100154966
【弁理士】
【氏名又は名称】海野 徹
(72)【発明者】
【氏名】高村 禅
(72)【発明者】
【氏名】宇理須 恒雄
(72)【発明者】
【氏名】石垣 診祐
(72)【発明者】
【氏名】宇野 秀隆
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-129798(JP,A)
【文献】特表2008-539711(JP,A)
【文献】国際公開第2017/131216(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/030201(WO,A1)
【文献】BMC Molecular Biology,UK,2010年,Vol.11,Article82
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/02
C12M 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液内において、貫通孔を備えるプレートを挟んで一方の側に細胞を配置する第1ステップと、
前記プレートを挟んで他方の側から前記貫通孔を介して前記溶液を吸引することで前記細胞の細胞膜を前記貫通孔に密着させる第2ステップと、
前記他方の側を細胞膜溶解液で満たすことで前記貫通孔を介して当該細胞膜溶解液に接触する前記細胞膜の一部を溶解させる第3ステップと、
前記他方の側から前記貫通孔を介して吸引することで前記細胞膜の溶解箇所に穴をあける第4ステップと、
前記細胞膜の穴から前記細胞の内容物を吸引する第5ステップを少なくとも備えることを特徴とする細胞内容物の回収方法。
【請求項2】
更に、吸引した前記細胞の内容物を閉空間に閉じ込めておく第6ステップを備えることを特徴とする請求項1に記載の細胞内容物の回収方法。
【請求項3】
前記貫通孔の直径が5μm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の細胞内容物の回収方法。
【請求項4】
複数の細胞に対して同時若しくはほぼ同時に前記細胞の内容物を吸引することを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の細胞内容物の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弱い吸引圧で不純物の混入を抑えることができる細胞内容物の回収方法および回収装置に関する。
【背景技術】
【0002】
プレートに設けた微細な孔に細胞を密着させ、孔を介して吸引することで細胞膜の一部に穴をあけ、この穴から細胞の内容物を吸引・回収する技術が知られている。
細胞の内容物である代謝物、遺伝子、mRNA等を解析することにより、細胞の機能や生命機構の解析を行なう手法としてパッチクランプRT-PCR法等(非特許文献1及び2)がある。
本願発明者らは、上記孔をチップ上にアレイ状に形成することで組織中の単一細胞の解析を網羅的に行なうプロジェクトを推進しており、その成果を報告している(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Lambolez, B., Audinat, E., Bochet, P., Crepel, F. and Rossier, J.(1992) Neuron9[2], 247-258.
【文献】Saiful Islam, Unaμm Kjallquist, Annalena Moliner, Pawel Zajac, Jian-Bing Fan, Peter Lonnerberg and Sten Linnarsson, (2017), Genome Research CSH Press, August 21.
【文献】高村ら, “プレーナーパッチクランプによる単一細胞mRNAの定量解析と外部汚染の検証” [13a-B8-3] 応用物理学会 2016年9月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記従来技術では次のような問題がある。
すなわち、細胞の内容物を吸引する際、プレートに設けた孔と細胞との密着が充分でない場合には細胞外の溶液も一緒に吸い込んでしまうという問題がある。
例えば細胞中のmRNAを解析したい場合に、この細胞の外部に存在する溶液には他の細胞や実験環境に由来したmRNAが不純物として含まれている。解析したいmRNAが極微量なため、吸引時に不純物が混入することで実験結果に大きな誤差が生じてしまい、場合によっては解析不能になる問題がある。
特に、細胞膜の一部を破って穴をあける際に、吸引圧が高すぎると不純物の混入量が多くなってしまい、吸引圧が低すぎると細胞膜に穴があかないため、吸引圧の調節が難しいという問題がある。
【0005】
本発明は、上記問題を考慮し、弱い吸引圧で細胞膜に穴をあけることができ、且つ細胞外からの不純物の混入を抑えることができる細胞内容物の回収方法および回収装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の細胞内容物の回収方法は、溶液内において、貫通孔を備えるプレートを挟んで一方の側に細胞を配置する第1ステップと、前記プレートを挟んで他方の側から前記貫通孔を介して前記溶液を吸引することで前記細胞の細胞膜を前記貫通孔に密着させる第2ステップと、前記他方の側を細胞膜溶解液で満たすことで前記貫通孔を介して当該細胞膜溶解液に接触する前記細胞膜の一部を溶解させる第3ステップと、前記他方の側から前記貫通孔を介して吸引することで前記細胞膜の溶解箇所に穴をあける第4ステップと、前記細胞膜の穴から前記細胞の内容物を吸引する第5ステップを少なくとも備えることを特徴とする。
また、更に、吸引した前記細胞の内容物を閉空間に閉じ込めておく第6ステップを備えることを特徴とする。
また、前記貫通孔の直径が5μm以下であることを特徴とする。
また、複数の細胞に対して同時若しくはほぼ同時に前記細胞の内容物を吸引することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明ではプレートに設けた貫通孔に細胞膜を密着させた上で、細胞膜溶解液を用いて貫通孔を介して細胞膜の一部を溶解させる。これにより細胞膜が薄くなるので、貫通孔を介して吸引した際に弱い吸引圧でも細胞膜に容易に穴をあけることができる。また、細胞膜を貫通孔に密着させた状態で弱い圧力で吸引するので、細胞外の溶液が貫通孔を通過して移動し辛くなり、細胞外からの不純物の混入を抑えることができる。
吸引した細胞の内容物を閉空間に閉じ込めておくことにすれば、内容物の解析処理を正確且つ充分に行なうことができる。
貫通孔の直径を5μm以下程度にすると、吸引によって細胞膜を貫通孔に密着させた状態で細胞膜の一部の溶解処理を最も効果的に行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】細胞内容物の回収装置及び回収方法の各ステップを模式的に示した図(a)~(e)
図2】細胞内容物の回収方法を実施するための装置構成を示す図
図3】下部層からの吸引によって貫通孔上に捕獲された単一細胞と細胞内容物の抽出時の蛍光減少の観測結果を示す図であり、(a)は播種前、(b)は細胞の捕獲、(c)は細胞内容物の抽出後、(d)は抽出後の細胞の抜け殻を示している。Scale bar: 20 μm
図4】細胞(HEK293)を吸引して貫通孔上に密着させた状態を示す図(a)、細胞外液を、コントロールmRNAを含む液に置換した状態を示す図(b)及び吸引側の溶液を1%NP-40のPBS溶液に置換した状態を示す図(c)
図5】陰圧の大きさと処理時間による細胞膜破砕の成否を示すグラフ。〇は成功、×は失敗を示す。
図6】吸引法の違いによる細胞由来EGFP mRNAの量と細胞外からのオリゴDNA混入量を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の細胞内容物の回収方法及び回収装置について説明する。
図1(a)に示すように、作業者はまず貫通孔10を備えるプレート20を溶液30内に配置し、当該プレート20の一方の側A1に細胞40を配置する(第1ステップ)。
貫通孔10の直径は細胞40のサイズに応じて適宜変更すればよいが、一般的な細胞のサイズに基づくと直径5μm以下程度が好ましい。
また、一枚のプレート20に多数の貫通孔10をアレイ状に配列することにしてもよい。
第1ステップに用いる溶液30の種類は特に限定されるものではなく、例えばTriton X-100、Triton X-114, Brij-35, Tween 20, Tween 80, Octyl glucoside, Octyl thioglucoside, SDS, CHAPS, CHAPSO等、周知の溶液を用いればよい。
【0010】
次に、図1(b)に示すように、作業者はプレート20を挟んで他方の側A2から貫通孔10を介して溶液30を周知の吸引手段で吸引する(吸引の向きを図中に矢印で示す)。これに伴い、細胞40は溶液30と共にプレート20側に移動していき、その細胞膜41が貫通孔10に密着する(第2ステップ)。
次に、図1(c)に示すように、作業者はプレート20の他方の側A2を細胞膜溶解液31で満たす。これにより貫通孔10を介して当該細胞膜溶解液31に接触する箇所の細胞膜41の一部が溶解する(第3ステップ)。
細胞膜溶解液31は、細胞膜41を溶解する機能を有する溶液であれば特に限定されないが、例えばNP-40、Triton X-100、Triton X-114, Brij-35, Tween 20, Tween 80, Octyl glucoside, Octyl thioglucoside, SDS, CHAPS, CHAPSO等の周知の界面活性剤やザイモリエイス(Zymolyase), リゾチーム,セルラーゼ,チモリアーゼ,ドリスラーゼ等の酵素を含有する溶液が挙げられる。
【0011】
次に、図1(d)に示すように、作業者はプレート20の他方の側A2から貫通孔10を介して細胞膜溶解液31を吸引することで細胞膜41の溶解箇所に穴42をあける(第4ステップ)。なお、細胞膜溶解液31を例えばPBS(Phosphate Buffered Saline リン酸緩衝生理食塩水)等の周知のバッファーに置換しておいてもよい。
上記第3ステップで細胞膜溶解液31に接触する部分の細胞膜41は溶解しているため、弱い吸引圧で容易に細胞膜に穴42をあけることができる。
第4ステップで吸引により細胞膜41の溶解部分に穴42をあけると、図1(e)に示すように、当該穴から細胞の内容物43も同時に吸引される(第5ステップ)。
細胞膜41は貫通孔10の周囲に密着しているので、吸引時には細胞の内容物43だけが貫通孔10を通過してプレート20の他方の側A2に移動する。換言すると、細胞40の外部を満たしている溶液30は貫通孔10をほとんど通過せず、プレート20の一方の側A1に留まるので、細胞40の外部を満たしている溶液30に含まれている不純物が吸引される事態を防止できる。
なお、吸引した細胞の内容物43は閉空間に閉じ込めておくのが好ましい(第6ステップ)。
【実施例
【0012】
次に、上記実施の形態で示した細胞内容物の回収装置および回収方法の実施例について説明する。
単一細胞内のmRNAなどの生体分子プロファイル測定を行うため、微細な貫通孔の上に密着させた単一細胞から内部の生体分子を抽出する。
プレーナーパッチクランプ用に開発した基板及び図1に示した構造を持つ抽出装置(図2)を用いた。抽出装置は上下二層のチャンバーから構成されており、両チャンバーは抽出基板(プレート)に形成した微細な貫通孔で接続されている。
テスト細胞としてヒト胎児腎細胞由来の細胞(HEK293細胞)を用いた。細胞内容物に蛍光タンパク質GFPを遺伝子発現させ抽出実験のマーカーとして利用した。細胞はまず一次吸引(5 kPa)により、プレーナーパッチクランプチップのプレートに設けた直径2μmの貫通孔(図3(a))上へ配置した(図3(b))。その後、細胞膜破壊を目的に二次吸引として15 kPaまで吸引圧力を増大させることにより、細胞の位置を保持した状態で、細胞内のGFP蛍光強度の急速な減衰を確認した(図3(c))。この蛍光強度の減衰は細胞膜が貫通孔地点での吸引圧力により破壊され(図3(d))、細胞内容物が抽出された結果である。さらにこの抽出溶液を回収し、GFPのmRNAを逆転写し、リアルタイムPCRを用いた定量解析を行った。
【0013】
本発明の細胞内容物の回収装置および回収方法の利点として、一つの空間で細胞を破砕するspatial transcriptomeの方法とは異なり、貫通孔から細胞内容物を吸引しているので他の細胞の情報が混入しにくいことがあげられる。これを評価するために、単一細胞の細胞内容物の回収量とこの細胞外の溶液に含まれるmRNAの混入(コンタミ)量をqPCRにより評価した。またコンタミ量を減らすために、吸引法の最適化を行った。
【0014】
微細な貫通孔に細胞を吸引し(図4(a))、ヒトやマウスに存在しない配列を持つコントロールmRNAを含む溶液に細胞外溶液を置換し(図4(b))、貫通孔に接する細胞膜を破砕し細胞質を吸引抽出し、抽出液にどれだけ混入するかを調べた。細胞膜を破砕するにあたり、図4(b)の状態のまま吸引して破砕する方法と、抽出側の溶液(PBS)を界面活性剤溶液(1%NP-40)に置換して抽出した場合(図4(c))とで外部コンタミ(コントロールmRNAの混入)の程度を比較した。
まず、抽出側の溶液に界面活性剤を添加した場合、細胞膜破砕の様子がどのように異なるかを調べた(図5)。縦の列に陰圧(吸引圧)、横の行に細胞膜溶解液への浸水時間を示している。陰圧が低ければ低いほど外部コンタミは少ないはずで、1kPaであれば、10分ほど1%NP-40のPBS溶液に接触させておけば細胞膜を破砕できることが分かった。
【0015】
次に吸引法の違いによる細胞由来EGFP mRNAの量と細胞外からの混入オリゴRNAの量を示す(図6)。細胞内容物吸引サンプルはいずれもEGFP mRNAを検出できている。
吸引前後に培地を吸引したサンプルからは検出されず、環境からのコンタミ、およびキャリーオーバは無視できることが確認できた。外部からのオリゴRNAのコンタミは、吸引圧に比例して増えていることが分かった。これは、本実施例で作成した貫通孔の周囲には微細な凹凸があるためシール性が悪く、この凹凸を通して外部のRNAが混入していることを暗示している。また、吸引前に界面活性剤によって細胞膜の一部を溶解処理し、低い吸引圧(1 kPa)で吸引したサンプルではコンタミの量は吸引20 μlに比して70 pl程度と無視できるレベルに改善した。このような細胞膜処理の併用に加えて貫通孔の周囲の凹凸についてプロセス改良を施すことでさらに改善できるものと期待される。
【産業上の利用可能性】
【0016】
本発明は、弱い吸引圧で細胞膜に穴をあけることができ、且つ細胞外からの不純物の混入を抑えることができる細胞内容物の回収方法および回収装置に関するものであり、プレーナー技術であることから同時に多数の点において細胞内容物の回収ができる方法に関するもので、産業上利用可能である。
【符号の説明】
【0017】
A1 一方の側
A2 他方の側
10 貫通孔
20 プレート
30 溶液
31 細胞膜溶解液
40 細胞
41 細胞膜
42 穴
43 内容物
図1
図2
図3
図4
図5
図6