(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-16
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】建物の残存耐用年数の評価方法、及び評価システム
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20220106BHJP
G06Q 10/04 20120101ALI20220106BHJP
G06Q 50/08 20120101ALI20220106BHJP
G06Q 50/10 20120101ALI20220106BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
G06Q10/04
G06Q50/08
G06Q50/10
(21)【出願番号】P 2018019467
(22)【出願日】2018-02-06
【審査請求日】2021-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】310013602
【氏名又は名称】一般社団法人 レトロフィットジャパン協会
(74)【代理人】
【識別番号】110002446
【氏名又は名称】特許業務法人アイリンク国際特許商標事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100076163
【氏名又は名称】嶋 宣之
(72)【発明者】
【氏名】阿部 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】崔 井圭
【審査官】瓦井 秀憲
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-261754(JP,A)
【文献】特開2008-008810(JP,A)
【文献】特開2014-056339(JP,A)
【文献】特開平11-247488(JP,A)
【文献】特開2006-064483(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0324356(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 99/00
G01M 7/02
G06Q 10/04
G06Q 50/08-50/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象の建物における特定時点の固有振動数を基にして、経年的に減少する固有振動数の漸減モデルが作成されるプロセスと、
高さや質量などの建物情報と上記特定時点の固有振動数とを基にして上記建物の等価モデルが作成されるプロセスと、
当該建物の現状の固有振動を前提にしながら、上記等価モデルを用いて地震力と変位量との相関特性を特定するプロセスと、
この相関特性に基づいて、当該建物の健全性限界領域を特定するプロセスと、
過去に発生した地震に基づいて特定された地震波形と、あらかじめ想定した地震力とに基づいてシミュレーション用の地震波形が作成されるプロセスと、
上記等価モデルに、上記シミュレーション用の地震波形を入力したとき、この等価モデルの変位量が健全性限界領域に対応する固有振動数が特定されるプロセスと、
上記漸減モデルにおいて、上記健全性限界領域に対応する固有振動数に対応する建物の残存耐用年数が特定されるプロセスと
が実行される建物の残存耐用年数の評価方法。
【請求項2】
上記漸減モデルは、上記建物における過去の特定時点の固有振動数と、
上記過去の特定時点よりも後に取得した上記建物の固有振動数と
を通る直線によって作成された請求項1に記載された建物の残存耐用年数の評価方法。
【請求項3】
過去に発生した地震に基づいて特定された上記地震波形は、上記建物が建っている土地の実データに基づいている請求項1又は2に記載された建物の残存耐用年数の評価方法。
【請求項4】
上記健全性限界領域は、弾性限界点の変位量と塑性限界点の変位量との間に設定された請求項1~3のいずれか1に記載された建物の残存耐用年数の評価方法。
【請求項5】
演算部と、
上記演算部に接続された記憶部と、
上記演算部もしくは上記記憶部に情報を入力する入力部と、
上記演算部で演算された演算結果を出力する出力部とからなり、
上記記憶部は、入力部から入力された、高さや質量などの建物情報と、測定対象の建物における特定時点の固有振動数と、過去に実際に発生した地震に基づいて特定された地震波形と、あらかじめ想定されたシミュレーション用の地震力とを記憶し、
上記演算部は、
上記記憶部に記憶された上記特定時点の固有振動数を基にして経時的に減少していく固有振動数の漸減モデルを作成する機能と、
上記記憶部に記憶された上記建物情報と上記特定時点の固有振動数とが入力されて建物の等価モデルを作成する機能と、
上記等価モデルを用いて、当該建物の現状の固有振動を前提にしながら、応力(地震力)と変位量との相関特性を特定する機能と、
上記相関特性を基にした、当該建物の健全性の指標となる変位量である健全性限界領域が入力部から入力されたとき、その健全性限界領域を上記記憶部に記憶させる機能と、
上記記憶部に記憶された上記地震波形とあらかじめ想定した地震力とに基づいてシミュレーション用の地震波形を作成する機能と、
上記等価モデルに、上記シミュレーション用の地震波形を入力したとき、この等価モデルの変位量が健全性限界領域に対応する固有振動数を特定する機能と、
上記演算部で作成された上記漸減モデルにおいて、上記健全性限界領域に対応する固有振動数に対応する建物の残存耐用年数を特定する機能と
を実行する建物の残存耐用年数の評価システム。
【請求項6】
上記漸減モデルは、上記建物における過去の特定時点の固有振動数と、
上記過去の特定時点よりも後に取得した上記建物の固有振動数と
を通る直線によって作成された請求項5に記載された建物の残存耐用年数の評価システム。
【請求項7】
過去に発生した地震に基づいて特定された上記地震波形は、上記建物が建っている土地の実データである請求項5又は6に記載された建物の残存耐用年数の評価システム。
【請求項8】
上記健全性限界領域は、弾性限界点の変位量と塑性限界点の変位量との間に設定された請求項5~7のいずれか1に記載された建物の残存耐用年数の評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、建物の残存耐用年数の評価方法、及び評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
建物の固有振動数の漸減モデルを基にして、建物の将来の健全性を評価する方法が特許文献1に開示されている。
この特許文献1に記載された健全性の評価方法は、車両の通行や風等によって発生する建物の過去と現在との2点の常時振動を基にして、これら2点の固有振動数を算出し、この算出された固有振動数を基に、漸減モデルを作成している。
【0003】
そして、固有振動数の日変動量と、建物の内外温度差の変化との関係に基づいて、当該建物の健全性を事前に想定し、その想定した予測値を前提にして、上記漸減モデルに予測した固有振動数を当てはめて、当該建物の残存耐用年数を算出するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2008-8810号公報
【文献】特開2003-322585号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来の評価方法では、日変動量と建物の内外温度差の変化などを基に、建物の健全性の指標となる予測値の固有振動数を決めていた。しかし、この予測値は、あくまで過去のデータ等から導かれる平均的な基準でしかなく、必ずしも当該建物の実態に合致しているとは限られない。そのため、固有の建物に対する将来の建物の健全性を判断する指標としては、信頼性を欠くものであった。
【0006】
また、当該建物の実態に即した残存耐用年数を特定するとき、予測値は必ずしも当該建物の実態に合致しているとは限られないので、出力された残存耐用年数も、常に当該建物の実態に即したものとは言えないことがあった。したがって、出力された残存耐用年数は、その信頼性が担保できないという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の発明は、建物の残存耐用年数の評価方法である。まず、測定対象の建物における特定時点の固有振動数を基にして、経年的に減少する固有振動数の漸減モデルが作成される。そして、高さや質量などの建物情報と上記特定時点の固有振動数とを基にして上記建物の等価モデルが作成される。また、上記等価モデルを用いて、当該建物の現状の固有振動数を前提にした応力(地震力)と変位量との相関特性が特定される。
さらに、上記相関特性を基にした、当該建物の健全性の指標となる変位量である健全性限界領域が特定される。
【0008】
次に、過去に発生した地震に基づいて特定された地震波形と、あらかじめ想定した地震力とに基づいてシミュレーション用の地震波形が作成される。そして、上記等価モデルに、上記シミュレーション用の地震波形を入力したとき、この等価モデルの変位量が健全性限界領域に対応する固有振動数が特定される。
さらに、上記漸減モデルにおいて、上記健全性限界領域に対応する固有振動数に対応する建物の残存耐用年数が特定される。
【0009】
なお、上記健全性限界領域とは、人が安全に生活できる建物の状態を示す限界の指標であって、それは一定の範囲を持っていてもよいし、ピンポイントの一点であってもよい。
また、変位量とは、建物の層間変形角(rad=ラジアン)や、建物のひずみ量(%)、あるいは建物の水平方向の移動量などを表した変数である。
【0010】
第2の発明は、上記漸減モデルが、上記建物における過去の特定時点の固有振動数と、上記過去の特定時点よりも後に取得した上記建物の固有振動数とを通る直線によって作成される。
ただし、この発明においては、過去の1点の固有振動数から演算して漸減モデルを作成するようにしてもよい。
【0011】
第3の発明は、過去に発生した地震に基づいて特定された上記地震波形が、上記建物が建っている土地の実データに基づいている。
【0012】
第4の発明は、上記健全性限界領域が、弾性限界点の変位量と塑性限界点の変位量との間に設定されている。
【0013】
第5の発明は、演算部と、上記演算部に接続された記憶部と、上記演算部もしくは上記記憶部に情報を入力する入力部と、上記演算部で演算された演算結果を出力する出力部とから構成されている。
そして、上記記憶部は、入力部から入力された、高さや質量などの建物情報と、測定対象の建物における特定時点の固有振動数と、過去に実際に発生した地震に基づいて特定された地震波形と、あらかじめ想定されたシミュレーション用の地震力とを記憶している。
【0014】
また、上記演算部は、上記記憶部に記憶された上記特定時点の固有振動数を基にして経時的に減少していく固有振動数の漸減モデルを作成する機能と、上記記憶部に記憶された上記建物情報と上記特定時点の固有振動数とが入力されて建物の等価モデルを作成する機能と、上記等価モデルを用いて、当該建物の現状の固有振動数を前提にした応力(地震力)と変位量との相関特性を特定する機能と、上記相関特性を基にした、当該建物の健全性の指標となる変位量である健全性限界領域が入力部から入力され、それが記憶部に記憶される機能と、当該建物の健全性の指標となる変位量である健全性限界領域を設定する機能と、上記記憶部に記憶された上記地震波形とあらかじめ想定した地震力とに基づいてシミュレーション用の地震波形を作成する機能と、上記等価モデルに上記シミュレーション用の地震波形を入力したとき、この等価モデルの変位量が健全性限界領域に対応する固有振動数を特定する機能と、上記演算部で作成された上記漸減モデルにおいて、上記健全性限界領域に対応する固有振動数に対応する建物の残存耐用年数を特定する機能とを実行している。
さらに、上記特定した建物の残存耐用年数が上記出力部から出力される。
【0015】
第6の発明は、上記漸減モデルが、上記建物における過去の特定時点の固有振動数と、上記過去の特定時点よりも後に取得した上記建物の固有振動数とを通る直線によって作成される。
ただし、この発明においては、過去の1点の固有振動数から演算して漸減モデルを作成するようにしてもよい。
【0016】
第7の発明は、過去に発生した地震に基づいて特定された上記地震波形が、上記建物が建っている土地の実データに基づいている。
【0017】
第8の発明は、上記健全性限界領域が、弾性限界点の変位量と塑性限界点の変位量との間に設定される。
【発明の効果】
【0018】
第1または第5の発明では、実際の建物の等価モデルを用いて、上記建物の健全性の指標となる変位量である健全性限界領域が設定されるので、建物ごとに健全性の指標を設定することができる。
また、実際の建物の等価モデルにシミュレーション用の地震波形を入力したとき、この等価モデルの変位量が上記健全性限界領域に対応する固有振動数が特定されるので、建物ごとに健全性の状態を示す固有振動数を取得することができる。建物ごとに健全性の状態を示す固有振動数が取得できるので、建物の実態に即した建物の残存対耐用数を予測できる。
このように出力された残存耐用年数は、建物の固有のデータを用いて算出されるので、その信頼性が担保されたものになる。
【0019】
第2または第6の発明では、上記過去の特定時点の固有振動数とその後に取得した固有振動数との2点を通る直線によって、上記漸減モデルが簡単に作成できる。
【0020】
第3または第7の発明では、過去に発生した地震に基づいて特定された上記地震波形は、上記建物が建っている土地の実データを基にしているので、実際に地震が起こった場合の結果に近い情報で建物の残存耐用年数を評価することができる。
【0021】
第4または第8の発明では、建物の等価モデルにおいて、弾性限界点の変位量と塑性限界点の変位量とを特定している。
上記弾性限界点は、建物が水平方向に動いても元に戻らなくなる状態を示している。そして、一般的な建物の特徴として、上記弾性限界点を超えた変位量になっても、建物の健全性はしばらく維持されて、人が安全に暮らせる建物の状態が保たれる。
また、上記塑性限界点は、建物が崩壊してしまう限界の状態を示している。一般的な建物は、上記塑性限界点を超えた変位量では崩壊してしまう一方で、上記塑性限界点の直前までは、建物の健全性が維持されて、人が安全に暮らすことができる建物の状態が保たれる場合がある。
【0022】
この発明では、建物の等価モデルにおいて、上記のような建物の状態を示す弾性限界点の変位量と塑性限界点の変位量だけを特定し、健全性限界領域の具体的な値は人が決めるようにしている。弾性限界点と塑性限界点との間の変位量というように、人が決める範囲に幅を持たせたので、人は実際の建物の実情を自ら判断して上記変位量を特定できる。したがって、健全性限界領域をコンピュータなどで機械的に一律に決めるのではなく、人の判断を加えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】実施形態のシステムを運用する装置を示す概略図である。
【
図2】実施形態の建物の等価モデルを示す概略図である。
【
図3】実施形態にかかる建物の固有振動数の漸減モデルを示したグラフである。
【
図4】実施形態にかかる建物の構造健全性を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
図1~4に、この発明の実施形態を示す。
この実施形態の評価システムは、
図1に示すように、演算部1と記憶部2とからなる演算装置3を備えている。そして、入力部4から入力された情報は記憶部2に直接に入力されたり、演算部1を介して記憶部2に入力されたりする。このようにした演算装置3で演算された演算結果は出力部5から出力される。
【0025】
上記の装置で測定対象となる建物は、マンションやビルなどの中高層建物であって、主に、鉄筋コンクリート造(RC造)や鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)の建物である。ただし、建物は、低層建物であっても、あるいは鉄骨造(S造)の建物や混合構造のRS造の建物であっても測定対象とすることができる。
【0026】
当該建物の新築時の建築仕様から算出された固有振動数が入力部4から入力されると、演算部1はその新築時の固有振動数を記憶部2に記憶させる。このように固有振動数が入力されると、演算部1は、上記固有振動数よりも段階的に小さくなる複数の固有振動数を記憶部2に記憶させる。ただし、段階的に小さくなる固有振動数は、上記新築時の固有振動数を基にして人が決めてもよいし、コンピュータプログラムによって、自動的に複数生成されるようにしてもよい。
【0027】
また、上記新築時よりも後の特定の時点を当該建物の固有振動数が当該建物の常時振動から算出されるが、その算出方法は次のとおりである。
まず、
図2に示すように、当該建物6に2つの振動センサSを取り付けて固有振動数を取得するために必要な建物6の常時振動である振動データを取得する。一方の振動センサSは建物6の下層に位置するように設けるとともに、他方の振動センサSは上記一方の振動センサSを基準にして上層に位置するように設ける。具体的には、上記一方の振動センサSは一階フロアであって、建物6の中心に設けられ、他方の振動センサSは最上階の屋上であって、建物6の中心に設けられる。
【0028】
上記のように2つの振動センサSは、従来と同様に当該建物6の常時振動の振動データを検出し、それらの検出値を、演算部1を介して記憶部2に記憶させる。上記振動データが入力されると、演算部1はその振動データを基にして現在の固有振動数9を演算する。
【0029】
さらに、
図3に示すように、演算部1は、上記新築時の固有振動数8と現在の固有振動数9を、縦軸を固有振動数、横軸を期間(年)としたグラフ上にプロットし、これら固有振動数8,9の2点を結ぶ直線で、当該建物6の固有振動数の漸減モデルMを生成し、それを記憶部2に記憶させる。
このような固有振動数は、その値が小さくなればなるほど、当該建物6の剛性がなくなるので、固有振動数を基にして当該建物6の経時変化を予測することができる。
【0030】
なお、2つの振動センサSの取り付け位置は、上下方向にそれぞれ設置できれば、どの階層間に設けてもよい。したがって、建物6全体の振動データを得たい場合には、この実施形態のように最下層と最上層とに振動センサSを設置すればよいし、階層ごとに振動データを得たい場合には、階層の上下に振動センサSを設置すればよい。また、一つのフロアに複数の振動センサSを用いて、それらの平均値を求めて、より正確な振動データを取得するようにしてもよい。
【0031】
次に、演算部1は当該建物6における等価モデルを作成するが、それは次のとおりである。
上記等価モデルは、測定対象の建物6における建物情報と、建物6の現状を示している現在の固有振動数9とを基に作成される。上記建物情報は、設計仕様に記載された高さや質量など、建物6の等価モデルを作成するために必要な情報が入力部4から演算部1に入力されるとともに、その建物情報が記憶部2に記憶される。
【0032】
上記のように記憶部2に記憶された建物情報と現在の固有振動数9とを基に、演算部1は当該建物6の等価モデルを生成する。そして、演算部1は、この等価モデルから、
図4に示す、縦軸を地震力に対応したせん断力、横軸を層間変形角である変位量としたせん断力と変位量との相関特性を演算する。さらに、演算部1は、この相関特性における弾性限界点10と塑性限界点11とを演算し、弾性限界点10と塑性限界点11とともに上記相関特性を記憶部2に記憶させる。このようにした上記相関特性は、出力部5から出力される。
【0033】
上記出力部5から出力された上記相関特性を基にして、人が健全性限界領域Rを決めるとともに、その決めた健全性限界領域Rを入力部4から入力する。このように健全性限界領域Rが入力されると、演算部1はその健全性限界領域Rを上記相関特性の座標として特定するとともに、それが記憶部2に記憶される。
ただし、演算部1は、上記弾性限界点10と塑性限界点11との間に設定されたものだけを、上記健全性限界領域Rと認識する機能を備えている。したがって、上記弾性限界点10と塑性限界点11との間から外れた健全性限界領域Rの値が入力されると、演算部1はエラーの表示を出力部5に出力し、人に対して健全性限界領域Rの再入力を促す。
【0034】
また、上記した上記弾性限界点10と塑性限界点11の間であれば、人がどのような値を入力しても、演算部1はそれを健全性限界領域Rと認識するが、このときには人が実際の建物6を評価して、自己判断で健全性限界領域Rを設定することになる。
ただし、この実施形態では、建物6の健全性の指標となる変位量である健全性限界領域Rを、
図4におけるRの範囲に設定している。
【0035】
また、
図4のグラフにおいて、符号12は、建物6が剛性と復元力とを備えた状態を示した線であり、この領域では、建物6にせん断力が作用しても、建物6が復元する特徴がある。
しかし、建物6は、時間の経過とともに剛性が弱くなる。剛性が弱くなると、ある程度のせん断力までは復元力を維持するが、ある時点で復元力がなくなる弾性限界13に到達する。この弾性限界13は、建物6が水平方向に動いても元に戻らなくなる時点であり、この弾性限界13に対応する座標が弾性限界点10になる。
【0036】
また、さらに層間変形角である変位量を大きくなると建物6が壊れてしまうポイントがある。このポイントは塑性限界15と呼ばれが、この実施形態では、塑性限界15に対応する変位量を塑性限界点11にしている。そして、この建物6の塑性限界点11が、建物6が壊れる最終的な基準点になる。
なお、符号14は、弾性限界点10から塑性限界点11までの特徴を示した線を表している。
【0037】
次に、演算部1は、上記等価モデルに加えるシミュレーション用の地震波形を作成する。
過去に発生した地震に基づいて特定された地震波形が入力部4からに入力されると、その地震波形は記憶部2に記憶される。そして、この過去の地震波形は、上記建物6が建っている土地7の実データを基にしたものである。
ただし、どのような値を選択して入力するかは人の判断に任される。人の判断に任されるけれど、当該建物6の立地に近い地震情報であれば、それだけ現実に近い土地7の振動特性を基にした地震波形を得ることができる。
【0038】
上記過去の地震波形の他に、あらかじめ設定した地震力の値を入力部4から入力し、それらを記憶部2に記憶させる。この実施形態では、例えば、地震力を、大地震の一般的な値である400galに設定している。ただし、あらかじめ設定する地震力の値は、目的に応じて自由に設定できる。
【0039】
そして、上記記憶部2に記憶させた上記過去の地震波形と上記地震力とを用いて、演算部1は、上記過去の地震波形に上記地震力を加え、後述する弾塑性解析で使用するシミュレーション用の地震波形を作成する。演算部1で作成されたシミュレーション用の地震波形は記憶部2に記憶される。
なお、シミュレーション用の上記地震波形は、上記建物6が建っている土地7の地震波形の振動周期は変えずに、振幅のみを上記地震力にあわせて変換したものである。
【0040】
次に、記憶部2に記憶させた上記等価モデルを利用して、演算部1で弾塑性解析を行うが、それは次のとおりである。
演算部1は、例えば、上記シミュレーション用の地震波形と、上記固有振動数9よりも小さい固有振動数とを記憶部2から抽出するとともに、それらを合成した値を等価モデルに加え、そのときの等価モデルの層間変形角である変位量を算出する。
【0041】
この演算部1で演算される弾塑性解析は、等価モデルに特定の固有振動数fnが入力され、上記等価モデルにシミュレーション用の地震波形を加えると、等価モデルを水平方向に揺らす。そして、この弾塑性解析では、
図2に示すように、上記等価モデルが水平方向に揺れたとき、建物6の高さhに対して、その水平方向の移動量δを算出して、下層からの傾きの角度θである層間変形角を算出する。
【0042】
このときに演算部1は、上記算出された固有振動数である変位量が、上記健全性限界領域Rに対応するかどうかを判定する。もし、健全性限界領域Rに対応しなければ、演算部1は、上記固有振動数よりもさらに小さい固有振動数を記憶部2から抽出して、シミュレーションを繰り返して変位量を算出する。
そして、演算部1は、上記等価モデルの層間変形角である変位量が健全性限界領域Rに対応するまで、上記シミュレーション用の地震波形と、段階的に小さくした固有振動数fnとを繰り返し入力し、弾塑性解析を繰り返す。
【0043】
演算部1は、このシミュレーションの過程で、上記等価モデルの変位量が健全性限界領域Rに入った場合には、健全性限界領域Rに対応する固有振動数fnを特定する。
この固有振動数fnが特定できたら、上記演算部1で作成した上記漸減モデルM上に、健全性限界領域Rに対応する固有振動数fnを基にした座標が特定される。
この座標から、健全性限界領域Rに至るまでの時間が特定されるので、この特定された時間を残存耐用年数とすることができる。
さらに、演算部1で建物6の残存耐用年数が特定された演算結果は、記憶部2に記憶されるとともに、出力部5から出力される。
【0044】
この実施形態では、実際の建物6の等価モデルを用いて、上記建物6の健全性の指標となる変位量である健全性限界領域Rが設定されるので、建物6ごとに健全性の指標を設定することができる。
また、実際の建物6の等価モデルを用いたシミュレーションでは、この等価モデルの層間変形角である変位量が上記健全性限界領域Rに対応する固有振動数を特定できる。そして、上記健全性限界領域Rに対応する固有振動数が特定されれば、それを基にして、建物6の実態に即した建物6の残存対耐用数を予測できる。
このようにして決められた残存耐用年数は、建物6の固有のデータを用いて算出されるので、その信頼性が担保されるものになる。
【0045】
また、この実施形態では、建物6の等価モデルにおいて、弾性限界点10の変位量と塑性限界点11の変位量だけを特定し、健全性限界領域Rの具体的な値は人が決めるようにしている。弾性限界点10と塑性限界点11との間の変位量というように、人が決める範囲に幅を持たせたので、人は実際の建物6の実情を自ら判断して上記変位量を特定できる。したがって、健全性限界領域Rをコンピュータなどで機械的に一律に決めるのではなく、人の判断を加えることができる。例えば、コンピュータに取り入れられていないようなデータでも、残存耐用年数の判断に価値があると考えられる建物固有のデータもあるが、それを基にして、人が実態に合った健全性限界領域Rを決めることができる。
【0046】
なお、この実施形態では、この等価モデルの弾性限界点10と塑性限界点11とを特定しているが、上記弾性限界点10または上記塑性限界点11のいずれか一方のみを特定して弾塑性解析してもよい。このような場合には、この弾性限界点10または塑性限界点11のいずれか一方のみを健全性限界領域Rとして設定する。そして、等価モデルの弾塑性解析では、弾性限界点10の場合は、その弾性限界点10を等価モデルの層間変形角が超えるかどうかで判断する。また、塑性限界点11の場合は、その塑性限界点11を等価モデルの層間変形角が到達するかどうかで判断する。
【0047】
また、この実施形態では、上記漸減モデルMは、2点の固有振動数を用いて作成しているが、建物6における固有振動数の漸減率が示された標準モデルを用いてもよい。さらに、上記漸減モデルMは、定期的に測定した固有振動数を用いて作成されてもよい。建物6が定期的に測定されることによって、精度の高い漸減モデルMを作成することができる。
【0048】
さらに、この実施形態では、建物6の健全性の指標となる変位量に、建物6の層間変形角を用いているが、この変位量は、建物6のひずみ量(%)、あるいは建物6の水平方向の移動量などを用いてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0049】
この発明となる建物の残存耐用年数の評価方法及び評価システムは、建物の物理的な残存耐用年数を特定するのに適している。
【符号の説明】
【0050】
1…演算部、2…記憶部、4…入力部、5…出力部、S…振動センサ、6…建物、7…土地、M…漸減モデル、8…新築時の固有振動数、9…現在の固有振動数、fn…目的の固有振動数、10…弾性限界点、11…塑性限界点、13…弾性限界、15…塑性限界、R…健全性限界領域