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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-16
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】密封装置
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/78 20060101AFI20220106BHJP
   F16C 19/18 20060101ALI20220106BHJP
   F16J 15/3232 20160101ALI20220106BHJP
   F16J 15/3244 20160101ALI20220106BHJP
【FI】
F16C33/78 D
F16C19/18
F16J15/3232 201
F16J15/3244
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018079135
(22)【出願日】2018-04-17
(65)【公開番号】P2019184034
(43)【公開日】2019-10-24
【審査請求日】2021-02-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100125357
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100131532
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 浩一郎
(72)【発明者】
【氏名】積 誠大
(72)【発明者】
【氏名】猪股 慧
【審査官】前田 浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-143564(JP,A)
【文献】米国特許第04834397(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00
F16C 33/00
F16J 15/00
B60B 35/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対的に回転可能に設けられる軸とハウジングとの間の環状隙間を封止する密封装置において、
前記ハウジングに対して固定される補強環と、
前記補強環に一体的に設けられる弾性体製の密封装置本体と、
を備える密封装置であって、
前記密封装置本体は、
径方向外側に向かって伸び、前記軸または該軸に固定される環状部材に対して摺動自在に設けられ、異物の侵入を抑制するための異物用リップと、
径方向内側に向かって伸び、前記軸または該軸に固定される環状部材に対して摺動自在に設けられ、潤滑剤の漏出を抑制するための潤滑剤用リップと、
を備え、
前記異物用リップと潤滑剤用リップのうち、少なくともいずれか一つのリップの内周面には、
リップ先端から離れた位置に設けられ、かつリップ先端側からリップ根元側に向かって伸び、リップの変形量が大きくなることで、リップを介して両側の空間を連通可能とする圧力調整溝が少なくとも一つ設けられており、
前記圧力調整溝が設けられているリップの内周面には、リップ先端から離れた位置に設けられる環状溝が備えられると共に、
前記圧力調整溝は、リップ先端側から前記環状溝を通過してリップ根元側に向かって伸びるように構成されていることを特徴とする密封装置。
【請求項2】
前記密封装置本体は、前記異物用リップと潤滑剤用リップとの間に設けられ、かつ前記軸または該軸に固定される環状部材に対して摺動自在に設けられる中間リップを備えることを特徴とする請求項1に記載の密封装置。
【請求項3】
前記中間リップの内周面には、前記圧力調整溝が少なくとも一つ設けられていることを特徴とする請求項2に記載の密封装置。
【請求項4】
前記中間リップの内周面には、リップ先端から離れた位置に設けられる環状溝が備えら
れると共に、
前記中間リップの内周面に設けられた前記圧力調整溝は、リップ先端側から前記中間リップの内周面に設けられた前記環状溝を通過してリップ根元側に向かって伸びるように構成されていることを特徴とする請求項3に記載の密封装置。
【請求項5】
前記環状溝及び圧力調整溝は、リップを介して両側の差圧が大きくなることでリップの変形量が大きくなった場合に、前記軸または該軸に固定される環状部材に対して接触し得る位置に設けられていることを特徴とする請求項1~4のいずれか一つに記載の密封装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハブベアリングなどに備えられる密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に備えられるハブベアリングには、車体側とタイヤ側にそれぞれ密封装置が設けられている。図5及び図6を参照して、従来例に係る密封装置について説明する。図5及び図6は従来例に係る密封装置が適用されたハブベアリングの模式的断面図であり、タイヤ側に設けられ密封装置について示している。なお、図5及び図6においては、密封装置の中心軸線を含む面で密封装置等を切断した断面図を示している。
【0003】
密封装置500は、ハブベアリングに備えられる内輪20と外輪30との間の環状隙間を封止する機能を備えている。そして、密封装置500は、外輪30に対して嵌合により固定される補強環510と、補強環510に一体的に設けられる弾性体製の密封装置本体520とから構成される。また、密封装置本体520は、外部からの異物の侵入を抑制するための異物用リップ521と、潤滑剤(グリス)の漏出を抑制するための潤滑剤用リップ522と、これら2つのリップの間に設けられる中間リップ523とを備えている。また、これらのリップは、内輪20に対して摺動自在に設けられている。以上のように構成される密封装置500によれば、異物用リップ521と中間リップ523との間と、潤滑剤用リップ522と中間リップ523との間には、それぞれ密閉空間(第1密閉空間S1,第2密閉空間S2)が形成される。
【0004】
なお、タイヤ側に設けられる密封装置500の場合には、上記の通り、各リップは内輪20に対して直接摺動するように構成される。これに対して、車体側に設けられる密封装置の場合には、一般的に、各リップは、内輪に固定されるスリンガーに対して摺動するように構成される。
【0005】
ここで、内輪または内輪に固定されるスリンガーの表面には、研磨の際に形成される螺旋状の加工目が存在する場合がある。この場合、外輪に対して内輪が回転するに伴って、リップと内輪等との摺動により、いわゆるポンピング効果が発揮され、リップの摺動部内の流体は回転方向に応じた方向に移動する。従って、螺旋状の加工目は、外輪に対して内輪が正方向に回転する際に、異物が外部に排出される方向となるように形成されるのが一般的である。そのため、外輪に対して内輪が正方向に回転すると、上記の密閉空間内の気体が外部に排出される。これにより、当該密閉空間内は負圧となる。更に、摺動等による発熱によって、温度が上昇することにより、上記の密閉空間内の気体が熱膨張し、当該密閉空間内の気体が、異物用リップ521の摺動部から外部に排出されることもある。この場合にも、その後、温度が低下することで、上記の密閉空間内の気体が収縮して、当該密閉空間内が負圧になる。
【0006】
以上のように、上記の密閉空間内が負圧になることにより、各リップが内輪等に強く押し付けられてしまう。これにより、摺動により発生するトルクを増加させてしまう原因になっていることが分かった。なお、このような不具合の対策として、リップの内周面に、周方向に間隔を空けて複数の突起部を設けることで負圧を解消させる技術が知られている(特許文献1参照)。しかしながら、このような技術の場合には、突起部が摺動により摩耗されてしまい易く、負圧を解消させる機能を長期に亘り安定的に発揮させるのが難しいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2010-281386号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、密閉空間内が負圧になることに起因するトルクの増加を、長期に亘り安定的に抑制可能な密封装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために以下の手段を採用した。
【0010】
すなわち、本発明の密封装置は、
相対的に回転可能に設けられる軸とハウジングとの間の環状隙間を封止する密封装置において、
前記ハウジングに対して固定される補強環と、
前記補強環に一体的に設けられる弾性体製の密封装置本体と、
を備える密封装置であって、
前記密封装置本体は、
径方向外側に向かって伸び、前記軸または該軸に固定される環状部材に対して摺動自在に設けられ、異物の侵入を抑制するための異物用リップと、
径方向内側に向かって伸び、前記軸または該軸に固定される環状部材に対して摺動自在に設けられ、潤滑剤の漏出を抑制するための潤滑剤用リップと、
を備え、
前記異物用リップと潤滑剤用リップのうち、少なくともいずれか一つのリップの内周面には、
リップ先端から離れた位置に設けられ、かつリップ先端側からリップ根元側に向かって伸び、リップの変形量が大きくなることで、リップを介して両側の空間を連通可能とする圧力調整溝が少なくとも一つ設けられていることを特徴とする。
【0011】
本発明によれば、リップ先端から離れた位置に、圧力調整溝が設けられている。そのため、リップ間に形成される密閉空間内の圧力の低下に伴ってリップが変形することにより、軸または環状部材に対するリップの接触面積が増加しても、圧力調整溝を設けた分だけ接触面積の増加を抑制できる。また、圧力調整溝により、高圧側の空間から低圧側の空間に向けて気体(通常、空気)が供給されるため、密閉空間内の圧力低下を解消させることができる。これにより、リップが軸または環状部材に強く押し付けられることが抑制される。
【0012】
前記密封装置本体は、前記異物用リップと潤滑剤用リップとの間に設けられ、かつ前記軸または該軸に固定される環状部材に対して摺動自在に設けられる中間リップを備えるとよい。
【0013】
そして、前記中間リップの内周面には、前記圧力調整溝が少なくとも一つ設けられていると好適である。
【0014】
また、前記圧力調整溝が設けられているリップの内周面には、リップ先端から離れた位置に設けられる環状溝が備えられると共に、
前記圧力調整溝は、リップ先端側から前記環状溝を通過してリップ根元側に向かって伸びるように構成されているとよい。
【0015】
これにより、リップは環状溝の部分を起点として変形し易くなる。従って、圧力調整溝
による圧力調整機能を好適に発揮させることができる。
【0016】
前記環状溝及び圧力調整溝は、リップを介して両側の差圧が大きくなることでリップの変形量が大きくなった場合に、前記軸または該軸に固定される環状部材に対して接触し得る位置に設けられているとよい。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したように、本発明によれば、密閉空間内が負圧になることに起因するトルクの増加を、長期に亘り安定的に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は本発明の実施例に係るハブベアリングの模式的断面図である。
図2図2は本発明の実施例に係る密封装置の模式的断面図である。
図3図3は本発明の実施例に係る密封装置が適用されたハブベアリングの模式的断面図の一部である。
図4図4は本発明の実施例に係る密封装置が適用されたハブベアリングの模式的断面図の一部である。
図5図5は従来例に係る密封装置が適用されたハブベアリングの模式的断面図の一部である。
図6図6は従来例に係る密封装置が適用されたハブベアリングの模式的断面図の一部である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に図面を参照して、この発明を実施するための形態を、実施例に基づいて例示的に詳しく説明する。ただし、この実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0020】
(ハブベアリング)
本実施例に係る密封装置が適用されるハブベアリングについて、図1を参照して説明する。図1は本発明の実施例に係るハブベアリングの模式的断面図である。図1においては、内輪の回転中心軸線を含む面でハブベアリングを切断した断面図を示している。
【0021】
自動車にはハブベアリング10が備えられている。ハブベアリング10は、相対的に回転可能に設けられる内輪(軸)20と、外輪(ハウジング)30と、これらの間に設けられる複数のボール40とを備えている。そして、内輪20側にタイヤ(不図示)が固定され、外輪30は車体側に取付けられる。以下、説明の便宜上、図1中右側をタイヤ側(A)と称し、左側を車体側(B)と称する。内輪20のタイヤ側(A)には、タイヤを取り付けるために外向きフランジ部21が設けられている。そして、外部からハブベアリング10内への異物(泥水やごみなど)の侵入を抑制し、かつ内部から潤滑剤としてのグリス(G)が漏出することを抑制させるために、内輪20と外輪30との間の環状隙間を封止する密封装置100,200が設けられている。タイヤ側(A)の密封装置100はアウターシール、車体側(B)の密封装置200はインナーシールと呼ばれることもある。
【0022】
タイヤ側(A)の密封装置100と車体側(B)の密封装置200は、基本的には同様の構成を採用し得る。ただし、ハブベアリング10に備えられる密封装置100,200の場合、内輪20の回転に伴って、遠心力により異物等が外部に排出し易いように、内輪20と共に回転する部材の端面に対して摺動するシールリップが設けられる。タイヤ側(A)の密封装置100の場合には、上述した外向きフランジ部21に対して摺動するシールリップを設けることができるのに対して、車体側(B)の密封装置200の場合には、
外向きフランジ部21に相当する部分を設けるために、スリンガー(環状部材)25が設けられるのが一般的である。このように、車体側(B)の密封装置200の場合には、スリンガー25が必要となるのが一般的であるのに対して、タイヤ側(A)の密封装置100の場合には、必ずしもスリンガー25を必要としない点で、両者は異なっている。
【0023】
(実施例)
図2図4を参照して、本発明の実施例に係る密封装置について説明する。図2は本発明の実施例に係る密封装置の模式的断面図である。図3及び図4は本発明の実施例に係る密封装置が適用されたハブベアリングの模式的断面図の一部である。これら図2図4においては、内輪の回転中心軸線を含む面で密封装置等を切断した断面図を示している。
【0024】
本実施例においては、タイヤ側(A)の密封装置100の場合を例にして説明する。本実施例に係る密封装置100は、外輪30に対して固定される補強環110と、補強環110に一体的に設けられる弾性体(例えば、ゴム)製の密封装置本体120とから構成される。補強環110は、外輪30の内周面に嵌合により固定される略円筒部111と、略円筒部111の端部から伸びる内向きフランジ部112とを備えている。密封装置本体120は、内向きフランジ部112に一体的に設けられている。
【0025】
密封装置本体120は、異物用リップ121と、潤滑剤用リップ122と、中間リップ123とを備えている。異物用リップ121は、異物の侵入を抑制するために設けられている。この異物用リップ121は、径方向外側に向かって伸び、内輪20に対して摺動自在に設けられている。より具体的には、この異物用リップ121は、内輪20における外向きフランジ部21の端面に対して摺動自在に設けられている。潤滑剤用リップ122は、潤滑剤(グリス(G))の漏出を抑制するために設けられている。この潤滑剤用リップ122は、径方向内側に向かって伸び、内輪20の外周表面22に対して摺動自在に設けられている。中間リップ123は、異物用リップ121と同様に、異物の侵入を抑制するために設けられており、異物用リップ121では阻止できずに侵入してしまった異物が、ボール40側に侵入してしまうことを抑制する役割を担っている。この中間リップ123は、異物用リップ121と潤滑剤用リップ122との間に設けられ、かつ径方向外側に向かって伸び、内輪20に対して摺動自在に設けられている。より具体的には、この中間リップ123は、内輪20の外周表面22と外向きフランジ部21との間の湾曲面23に対して摺動自在に設けられている。
【0026】
そして、本実施例に係る異物用リップ121の内周面には、リップ先端から離れた位置(リップ先端から0.5mm以上離れた位置)に、環状溝121a及び圧力調整溝121bが設けられている。圧力調整溝121bは、リップ先端側から環状溝121aを通過してリップ根元側に向かって伸びるように構成されている。また、この圧力調整溝121bの溝深さは、環状溝121aの溝深さよりも深くなるように設定されている。更に、圧力調整溝121bは、周方向に間隔を空けて複数設けられている。そして、これら環状溝121a及び圧力調整溝121bは、異物用リップ121を介して両側の差圧が大きくなることで異物用リップ121の変形量が大きくなった場合に、内輪20に対して接触し得る位置に設けられている。
【0027】
また、本実施例に係る潤滑剤用リップ122の内周面にも、リップ先端から離れた位置(リップ先端から0.5mm以上離れた位置)に、環状溝122a及び圧力調整溝122bが設けられている。圧力調整溝122bは、リップ先端側から環状溝122aを通過してリップ根元側に向かって伸びるように構成されている。また、この圧力調整溝122bの溝深さは、環状溝122aの溝深さよりも深くなるように設定されている。更に、圧力調整溝122bは、周方向に間隔を空けて複数設けられている。そして、これら環状溝122a及び圧力調整溝122bは、潤滑剤用リップ122を介して両側の差圧が大きくな
ることで潤滑剤用リップ122の変形量が大きくなった場合に、内輪20に対して接触し得る位置に設けられている。
【0028】
更に、本実施例に係る中間リップ123の内周面にも、リップ先端から離れた位置(リップ先端から0.5mm以上離れた位置)に、環状溝123a及び圧力調整溝123bが設けられている。圧力調整溝123bは、リップ先端側から環状溝123aを通過してリップ根元側に向かって伸びるように構成されている。また、この圧力調整溝123bの溝深さは、環状溝123aの溝深さよりも深くなるように設定されている。更に、圧力調整溝123bは、周方向に間隔を空けて複数設けられている。そして、これら環状溝123a及び圧力調整溝123bは、中間リップ123を介して両側の差圧が大きくなることで中間リップ123の変形量が大きくなった場合に、内輪20に対して接触し得る位置に設けられている。
【0029】
以上のように構成される密封装置100によれば、内輪20の表面と、異物用リップ121と、中間リップ123との間に、密閉された空間(第1密閉空間S1と称する)が形成される。また、内輪20の表面と、潤滑剤用リップ122と、中間リップ123との間にも、密閉された空間(第2密閉空間S2と称する)が形成される。上記の背景技術の中で説明したように、内輪20の表面に形成された螺旋状の加工目の影響や温度変化の影響により、これら第1密閉空間S1及び第2密閉空間S2の内部から外部(大気側)に気体が排出されることがある。これにより、第1密閉空間S1及び第2密閉空間S2の内部は負圧(大気よりも圧力が低い状態)になることがある。
【0030】
<密封装置の圧力調整のメカニズム>
特に、図3及び図4を参照して、本実施例に係る密封装置100の圧力調整のメカニズムについて説明する。図3は第1密閉空間S1及び第2密閉空間S2の内部の気圧が大気圧とあまり変わらない状態を示しており、図4は第1密閉空間S1の内部が負圧になっている状態を示している。なお、図4においては、密封装置100全体の断面図においては、圧力調整溝121b,122b,123bが設けられていない部位の断面図を示し、図中、丸で囲った部分には、圧力調整溝121bが設けられている部位での拡大断面図を示している。
【0031】
通常の状態においては、第1密閉空間S1及び第2密閉空間S2の内部の気圧は、大気圧とあまり変わらない。この状態においては、異物用リップ121と、潤滑剤用リップ122と、中間リップ123は、いずれもリップ先端が内輪20の表面に摺動自在に接触した状態となっている。また、環状溝121a,122a,123a及び圧力調整溝121b,122b,123bは、いずれも内輪20の表面から離れた状態となっている(図3参照)。
【0032】
そして、加工目の影響や温度変化の影響により、第1密閉空間S1の内部の圧力が低下していき、この第1密閉空間S1の内部の圧力と大気との差圧が大きくなるにつれて、異物用リップ121は変形していく。すなわち、異物用リップ121は、大気圧により、外周面側が内周面側に向かって押圧されるため、内輪20の表面に対する接触面積が徐々に広くなるように変形していく。また、異物用リップ121の内周面には、環状溝121aが設けられているために、環状溝121aの部分は他の部分に比べて剛性が低くなっている。従って、異物用リップ121は、環状溝121aの部分を起点として折れ曲がるように変形する(図4参照)。これにより、環状溝121aが設けられている部分は、特に大きく変形する。そして、異物用リップ121の両側の差圧が大きくなって、異物用リップ121の変形量が大きくなると、圧力調整溝121bによって、第1密閉空間S1と大気側とが連通した状態となる(図4中の丸で示した拡大断面図参照)。従って、大気側から第1密閉空間S1の内部に気体(空気)が流れ込むことで、第1密閉空間S1の内部の負
圧は解消される。これにより、異物用リップ121は図3に示すように元の形状に戻る。従って、異物用リップ121が内輪20の表面に対して強く押し付けられることが抑制される。
【0033】
なお、第2密閉空間S2の内部の圧力が、第1密閉空間S1の内部の圧力に比べて低くなった場合には、中間リップ123について、同様の挙動が生じる。これにより、中間リップ123を介して両側の差圧がなくなる(または低くなる)ことで、中間リップ123が内輪20の表面に対して強く押し付けられることが抑制される。また、第2密閉空間S2の内部の圧力が、グリス(G)が設けられている空間の内部の圧力に比べて低くなった場合には、潤滑剤用リップ122について、同様の挙動が生じる。これにより、潤滑剤用リップ122を介して両側の差圧がなくなる(または低くなる)ことで、潤滑剤用リップ122が内輪20の表面に対して強く押し付けられることが抑制される。
【0034】
<本実施例に係る密封装置の優れた点>
以上のように、本実施例に係る密封装置100によれば、異物用リップ121,潤滑剤用リップ122、及び中間リップ123においては、リップ先端から離れた位置に、それぞれ、環状溝121a,122a,123aと圧力調整溝121b,122b,123bが設けられている。そのため、リップ間に形成される密閉空間内の圧力の低下に伴ってリップが変形することにより、内輪20に対するリップの接触面積が増加しても、環状溝121a,122a,123a及び圧力調整溝121b,122b,123bを設けた分だけ接触面積の増加を抑制できる。従って、トルクの増加を抑制することができる。
【0035】
また、圧力調整溝121b,122b,123bにより、高圧側の空間から低圧側の空間に向けて気体(通常、空気)が供給されるため、密閉空間内の圧力低下を解消させることができる。これにより、リップが内輪20に強く押し付けられることが抑制される。従って、トルクの増加を効果的に抑制することができる。以上のように、本実施例に係る密封装置100によれば、密閉空間内が負圧になることに起因するトルクの増加を、長期に亘り安定的に抑制することができる。
【0036】
(その他)
上記実施例においては、異物用リップ121,潤滑剤用リップ122、及び中間リップ123のいずれにも、環状溝121a,122a,123aと圧力調整溝121b,122b,123bが設けられる場合の構成を説明した。しかしながら、本発明においては、環状溝及び圧力調整溝は、異物用リップ,潤滑剤用リップ、及び中間リップのうち、少なくともいずれか一つのリップの内周面に設けられる構成を採用し得る。例えば、第1密閉空間S1のみが負圧になり易く、第2密閉空間S2は負圧になり難いような場合には、異物用リップ121にのみ環状溝121aと圧力調整溝121bを設けて、他のリップには環状溝及び圧力調整溝を設けない構成も採用し得る。このように、使用環境に応じて、いずれのリップに環状溝及び圧力調整溝を設けるかを選択することができる。
【0037】
また、上記実施例においては、密封装置本体120が、異物用リップ121と、潤滑剤用リップ122と、中間リップ123とを備えている場合の構成を示した。しかしながら、本発明においては、密封装置本体が、異物用リップと潤滑剤用リップとを備え、中間リップを備えていない場合の構成にも採用し得る。
【0038】
また、上記実施例においては、リップの内周面に、圧力調整溝と環状溝の両者を備える場合の構成を示した。環状溝を設ける理由は、リップの両側の差圧が大きくなって、リップが変形する場合に、環状溝の部分を起点として折れ曲がるように、リップの変形の仕方を制御するためである。このように、リップの変形の仕方を制御することで、圧力調整溝による圧力調整機能を十分に発揮させることができる。しかしながら、環状溝を設けなく
ても、圧力調整溝による圧力調整機能を十分に発揮させることができる場合には、環状溝を設けなくてもよい。
【0039】
また、上記実施例においては、ハブベアリング10において、タイヤ側(A)に設けられる密封装置100の場合を例にして説明した。しかしながら、本発明に係る密封装置は、ハブベアリング10において、車体側(B)に設けられる密封装置200にも適用可能である。この場合には、密封装置本体における各リップが、内輪20ではなく、内輪20に固定される環状部材(スリンガー25)に対して摺動する点のみが異なっている。
【0040】
更に、上記実施例では、ハブベアリング10に適用される密封装置を例にして説明した。しかしながら、ハブベアリング以外の用途においても、本発明の密封装置は適用され得る。すなわち、上述した各実施例で説明した密封装置と同様の密封装置を他の用途にも適用し得る。例えば、デファレンシャル装置や変速機に用いられる密封装置においても、本発明に係る密封装置を好適に適用することができる。
【符号の説明】
【0041】
10 ハブベアリング
20 内輪
21 外向きフランジ部
22 外周表面
23 湾曲面
25 スリンガー
30 外輪
40 ボール
100,200 密封装置
110 補強環
111 略円筒部
112 内向きフランジ部
120 密封装置本体
121 異物用リップ
121a 環状溝
121b 圧力調整溝
122 潤滑剤用リップ
122a 環状溝
122b 圧力調整溝
123 中間リップ
123a 環状溝
123b 圧力調整溝
S1 第1密閉空間
S2 第2密閉空間
図1
図2
図3
図4
図5
図6