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特許6995086眼科用器具、眼科用測定方法、眼圧計及び眼圧測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-16
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】眼科用器具、眼科用測定方法、眼圧計及び眼圧測定方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 3/16 20060101AFI20220106BHJP
【FI】
A61B3/16 ZDM
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2019109444
(22)【出願日】2019-06-12
(65)【公開番号】P2019213863
(43)【公開日】2019-12-19
【審査請求日】2020-05-20
(31)【優先権主張番号】16/007,501
(32)【優先日】2018-06-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】518411383
【氏名又は名称】ライカート インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】REICHERT,INC.
【住所又は居所原語表記】3362 Walden Avenue,Suite 100,Depew,NY 14043,USA
(74)【代理人】
【識別番号】100101340
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 英一
(74)【代理人】
【識別番号】100205730
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 重輝
(74)【代理人】
【識別番号】100213551
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 智貴
(72)【発明者】
【氏名】マーティン エヌ ガブリエル
【審査官】増渕 俊仁
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第06093147(US,A)
【文献】特表2016-503537(JP,A)
【文献】特表2005-531368(JP,A)
【文献】特開2006-231052(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 3/00-3/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プローブと、
前記プローブを収容する導電性の駆動コイルと、
被検体の眼に向かって前方方向に前記プローブを推進するために、前記駆動コイルを一時的に通電するように構成される制御装置であって、前記プローブは、前記眼の角膜に接触し、前記前方方向と反対の逆方向に前記角膜から反跳する制御装置と、
前記プローブが挿通して移動する導電性の測定コイルと
を備え、
前記制御装置はさらに、移動する前記プローブにより前記測定コイルに誘導される電流を測定し、前記プローブの速度を時間の関数として表す測定信号を提供するように構成され、
前記測定信号に基づいて前記角膜についての少なくとも1つの粘弾性パラメーターを算出するように構成される信号処理論理回路を備える、眼科用器具。
【請求項2】
前記信号処理論理回路はさらに、前記測定信号に基づいて眼内圧値を算出するように構成される、請求項1に記載の眼科用器具。
【請求項3】
前記信号処理論理回路は、前記角膜との前記プローブの接触により前記プローブの速度がゼロである時点における前記測定信号の一次導関数を算出するように構成され、前記一次導関数は前記眼内圧値と相関関係にある、請求項2に記載の眼科用器具。
【請求項4】
前記少なくとも1つの粘弾性パラメーターには、損失エネルギー比、タイムシフト、減衰パラメーター、および弾性パラメーターから成るパラメーターの群から選ばれた少なくとも1つのパラメーターが含まれる、請求項1に記載の眼科用器具。
【請求項5】
前記角膜についての粘弾性パラメーターは、損失エネルギー比(LER)である場合には、以下の数式によって算出され、
(∵V in :前記プローブが前方方向に移動して前記プローブの先端部が角膜と接触する時点t in における前記プローブの速度)
(∵V out :前記プローブが逆方向に移動して前記プローブの先端部の角膜との接触がなくなる時点t out における前記プローブの速度)
タイムシフト(TS)である場合には、以下の数式によって算出され、
TS = t v - t d
(∵t v :前記プローブの速度がゼロに等しい時点)
(∵t d :角膜(または前記プローブの減速)により前記プローブに加えられる力が最大である時点)
減衰パラメーター(σ)である場合には、以下の数式によって算出され、
(∵K in :前記プローブが前方方向に移動して前記プローブの先端部が角膜と接触する時点t in における前記プローブの運動エネルギー)
(∵K out :前記プローブが逆方向に移動して前記プローブの先端部の角膜との接触がなくなる時点t out における前記プローブの運動エネルギー)
(∵x:前記プローブの変位量)
(∵dx/dt:前記プローブの瞬間速度)
弾性パラメーター(η)である場合には、以下の数式によって算出される、請求項4に記載の眼科用器具。
(∵m:前記プローブの質量)
(∵α=σTan〔αt v 〕/2m)
(∵σ:減衰パラメーター)
(∵t v :前記プローブの速度がゼロに等しい時点)
【請求項6】
前記信号処理論理回路はさらに、前記少なくとも1つの粘弾性パラメーターに基づいて前記眼内圧値を調整するように構成される、請求項2に記載の眼科用器具。
【請求項7】
前記駆動コイルは前記測定コイルである、請求項1に記載の眼科用器具。
【請求項8】
前記駆動コイルと前記測定コイルとは異なる導電性コイルである、請求項1に記載の眼科用器具。
【請求項9】
被検体の眼に向かって前方方向にプローブを推進するステップであって、前記プローブは、前記眼の角膜に接触し、前記前方方向と反対の逆方向に前記角膜から反跳するステップと、
前記プローブの速度を時間の関数として表す測定信号を検出するステップと、
前記測定信号に基づいて前記角膜についての少なくとも1つの粘弾性パラメーターを算出するステップと
を含む、眼科用測定方法。
【請求項10】
前記測定信号に基づいて眼内圧値を算出するステップをさらに含む、請求項に記載の眼科用測定方法。
【請求項11】
前記眼内圧値は、前記角膜との前記プローブの接触により前記プローブの速度がゼロである時点における前記測定信号の一次導関数を算出し、前記一次導関数を前記眼内圧値に相関させることで算出される、請求項10に記載の眼科用測定方法。
【請求項12】
前記少なくとも1つの粘弾性パラメーターには、損失エネルギー比、タイムシフト、減衰パラメーター、および弾性パラメーターから成るパラメーターの群から選ばれた少なくとも1つのパラメーターが含まれる、請求項記載の眼科用測定方法。
【請求項13】
前記角膜についての粘弾性パラメーターは、損失エネルギー比(LER)である場合には、以下の数式によって算出され、
(∵V in :前記プローブが前方方向に移動して前記プローブの先端部が角膜と接触する時点t in における前記プローブの速度)
(∵V out :前記プローブが逆方向に移動して前記プローブの先端部の角膜との接触がなくなる時点t out における前記プローブの速度)
タイムシフト(TS)である場合には、以下の数式によって算出され、
TS = t v - t d
(∵t v :前記プローブの速度がゼロに等しい時点)
(∵t d :角膜(または前記プローブの減速)により前記プローブに加えられる力が最大である時点)
減衰パラメーター(σ)である場合には、以下の数式によって算出され、
(∵K in :前記プローブが前方方向に移動して前記プローブの先端部が角膜と接触する時点t in における前記プローブの運動エネルギー)
(∵K out :前記プローブが逆方向に移動して前記プローブの先端部の角膜との接触がなくなる時点t out における前記プローブの運動エネルギー)
(∵x:前記プローブの変位量)
(∵dx/dt:前記プローブの瞬間速度)
弾性パラメーター(η)である場合には、以下の数式によって算出される、請求項12に記載の眼科用測定方法。
(∵m:前記プローブの質量)
(∵α=σTan〔αt v 〕/2m)
(∵σ:減衰パラメーター)
(∵t v :前記プローブの速度がゼロに等しい時点)
【請求項14】
前記少なくとも1つの粘弾性パラメーターに基づいて前記眼内圧値を調整するステップをさらに含む、請求項10に記載の眼科用測定方法。
【請求項15】
前記測定信号は、前記プローブが挿通して移動する測定コイルを用いて検出され、それにより移動する前記プローブは前記測定コイルに電流を誘導する、請求項に記載の眼科用測定方法。
【請求項16】
前記測定信号は、前記前方方向および前記逆方向に前記プローブの運動を表す一連の画像を取り込み、分析することで検出される、請求項に記載の眼科用測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼内圧(Intraocular Pressure:IOP)を反跳式で測定する眼科用器具、眼科用測定方法、眼圧計及び眼圧測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
反跳式眼圧計は、眼内圧(Intraocular Pressure:以下「IOP」という。)を測定するために、制御された状態で、眼の角膜に向かって可動測定プローブを推進する手持ち式器具である。測定時、プローブは角膜に接触し、IOPによって異なる速度で減速した後、角膜から離れて器具ハウジングの方向へ反跳する。反跳式眼圧計は、測定プローブの運動を検出し、検出したプローブの動きに基づいてIOPを求める。例えば、測定プローブは、器具ハウジングのコイル内を移動する、磁化されるシャフトを有してもよい。コイルは、電磁力により角膜に向かってプローブを推進するために一時的に通電されてもよく、コイルへの通電電流が遮断された後、プローブの速度を時間の関数として表す検出可能な電圧信号を供給するべく、移動プローブによりコイルに電流が誘導されてもよい。電圧信号は、IOPの測定値を求めるために、記録および処理されてもよい。図2は、反跳式眼圧計の測定時に生成される、典型的な電圧信号を示す。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
眼に起因するプローブの速度の変化率がIOPを示すことが実証されている。プローブの減速度の増加は、IOPの上昇と相関関係にあり、逆の場合も同様である。プローブが角膜と接触する時点(図2のtin)からプローブが角膜との接触から離れて反跳する時点(図2のtout)までの電圧信号の傾きを算出することで、プローブの平均減速度が求められ、IOPの測定値に相関される。例えば、tinからtoutまでの電圧信号を直線に当てはめてもよく、直線の傾きを算出してもよい。この手法の欠点は、分析される期間中、角膜組織の生体力学特性による粘弾性力がプローブに作用していて、プローブの平均減速度に影響を及ぼすことである。その結果、第2の被検体と同じ真のIOPを有し、第2の被検体よりも角膜が硬い第1の被検体は、第2の被検体よりも高いIOPの測定値を記録することになる。
【0004】
前述の反跳式眼圧測定過程は、IOPを導き出すために電圧信号のみを分析する。実測電圧信号から、それ以外の有用な情報は導き出されない。
【0005】
空気パルスを用いて角膜を可逆的に変形させる非接触眼圧測定の分野では、角膜の生体力学特性を導き出すために、2つの一時的な角膜圧平事象間の圧力差を測定することが知られている。空気パルスにより角膜が通常の凸形から内向きに押圧されると、角膜は凸状から凹状へ移行するため、角膜の中央領域は一時的に扁平化(圧平)される。空気パルスがなくなると、角膜は凹状から元の凸状へ外向きに戻り、もう一度、一時的な圧平状態を通過する。内向きおよび外向きの圧平事象は、光電子監視システムにおける信号ピークとして観察可能であり、内向きおよび外向きの圧平事象に対応する空気パルス圧力がそれぞれ検出される。内向きおよび外向きの瞬間圧平事象の間の圧力差は「角膜ヒステリシス」と呼ばれる。角膜ヒステリシスの観察および測定は、IOP測定の精度の向上、および角膜組織の生体力学特性に関する補足情報の導出につながっている。この点については、米国特許第6,817,981、6,875,175、7,004,902、7,481,767、および7,798,962号を参照のこと。例えば、本出願の譲受人であるライカート社のOCULAR RESPONSE ANALYZER(登録商標)という眼科用器具は、緑内障進行の指標として角膜ヒステリシスを測定する。
【0006】
非接触の方法で測定される角膜ヒステリシスは、眼科検査において重要かつ有益な改善であるが、一時的な内向きおよび外向きの圧平事象に対応する角膜変形過程の2つの「スナップショット」に基づく。角膜変形過程の大部分、すなわち、内向きおよび外向きの圧平事象の前、間、および後に発生する角膜変形は無視される。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題は、以下の各発明によって解決される。
【0008】
1.
プローブと、
前記プローブを収容する導電性の駆動コイルと、
被検体の眼に向かって前方方向に前記プローブを推進するために、前記駆動コイルを一時的に通電するように構成される制御装置であって、前記プローブは、前記眼の角膜に接触し、前記前方方向と反対の逆方向に前記角膜から反跳する制御装置と、
前記プローブが挿通して移動する導電性の測定コイルと
を備え、
前記制御装置はさらに、移動する前記プローブにより前記測定コイルに誘導される電流を測定し、前記プローブの速度を時間の関数として表す測定信号を提供するように構成され、
前記測定信号に基づいて前記眼についての少なくとも1つの粘弾性パラメーターを算出するように構成される信号処理論理回路を備える、眼科用器具。
2.
前記信号処理論理回路はさらに、前記測定信号に基づいて眼内圧値を算出するように構成される、前記1に記載の眼科用器具。
3.
前記信号処理論理回路は、前記角膜との前記プローブの接触により前記プローブの速度がゼロである時点における前記測定信号の一次導関数を算出するように構成され、前記一次導関数は前記眼内圧値と相関関係にある、前記2に記載の眼科用器具。
4.
前記少なくとも1つの粘弾性パラメーターには、損失エネルギー比、タイムシフト、減衰パラメーター、および弾性パラメーターから成るパラメーターの群から選ばれた少なくとも1つのパラメーターが含まれる、前記1に記載の眼科用器具。
5.
前記信号処理論理回路はさらに、前記少なくとも1つの粘弾性パラメーターに基づいて前記眼内圧値を調整するように構成される、前記2に記載の眼科用器具。
6.
前記駆動コイルは前記測定コイルである、前記1に記載の眼科用器具。
7.
前記駆動コイルと前記測定コイルとは異なる導電性コイルである、前記1に記載の眼科用器具。
8.
被検体の眼に向かって前方方向にプローブを推進するステップであって、前記プローブは、前記眼の角膜に接触し、前記前方方向と反対の逆方向に前記角膜から反跳するステップと、
前記プローブの速度を時間の関数として表す測定信号を検出するステップと、
前記測定信号に基づいて前記眼についての少なくとも1つの粘弾性パラメーターを算出するステップと
を含む、眼科用測定方法。
9.
前記測定信号に基づいて眼内圧値を算出するステップをさらに含む、前記8に記載の眼科用測定方法。
10.
前記眼内圧値は、前記角膜との前記プローブの接触により前記プローブの速度がゼロである時点における前記測定信号の一次導関数を算出し、前記一次導関数を前記眼内圧値に相関させることで算出される、前記9に記載の眼科用測定方法。
11.
前記少なくとも1つの粘弾性パラメーターには、損失エネルギー比、タイムシフト、減衰パラメーター、および弾性パラメーターから成るパラメーターの群から選ばれた少なくとも1つのパラメーターが含まれる、前記8に記載の眼科用測定方法。
12.
前記少なくとも1つの粘弾性パラメーターに基づいて前記眼内圧値を調整するステップをさらに含む、前記9に記載の眼科用測定方法。
13.
前記測定信号は、前記プローブが挿通して移動する測定コイルを用いて検出され、それにより移動する前記プローブは前記測定コイルに電流を誘導する、前記8に記載の眼科用測定方法。
14.
前記測定信号は、前記前方方向および前記逆方向に前記プローブの運動を表す一連の画像を取り込み、分析することで検出される、前記8に記載の眼科用測定方法。
15.
プローブと、
前記プローブを収容する導電性の駆動コイルと、
被検体の眼の角膜に向かって前記プローブを推進するために、前記駆動コイルを一時的に通電するように構成される制御装置と、
前記プローブが挿通して移動する導電性の測定コイルと
を備え、
前記制御装置はさらに、移動する前記プローブにより前記測定コイルに誘導される電流を測定し、前記プローブの速度を時間の関数として表す測定信号を提供するように構成され、
前記角膜との前記プローブの接触により前記プローブの速度がゼロである時点における前記測定信号の一次導関数を算出し、前記一次導関数を眼内圧値に相関させるように構成される信号処理論理回路を備える、眼圧計。
16.
前記駆動コイルは前記測定コイルである、前記15に記載の眼圧計。
17.
前記駆動コイルと前記測定コイルとは異なるコイルである、前記15に記載の眼圧計。
18.
被検体の眼の角膜に向かってプローブを推進するステップと、
前記プローブの速度を時間の関数として表す測定信号を検出するステップと、
前記角膜との前記プローブの接触により前記プローブの速度がゼロである時点における前記測定信号の一次導関数を算出するステップと、
前記一次導関数を眼内圧値に相関させるステップと
を含む、眼圧測定方法。
19.
前記測定信号は、前記プローブが挿通して移動する測定コイルを用いて検出され、それにより移動する前記プローブは前記測定コイルに電流を誘導する、前記18に記載の眼圧測定方法。
20.
前記測定信号は、前記前方方向および前記逆方向に前記プローブの運動を表す一連の画像を取り込み、分析することで検出される、前記18に記載の眼圧測定方法。
【0009】
発明者は、反跳式眼圧計の測定時に得られる実測電圧信号からIOP以外の有用な情報を抽出してもよいと認識している。より具体的には、眼により反跳する接触プローブの、速度を時間の関数として表す測定信号から、角膜の粘弾性特性を導き出してもよい。
【0010】
「損失エネルギー比」(Lost Energy Ratio:LER)は、実測電圧信号から算出されうる1つのパラメーターである。LERは、角膜の粘性減衰が原因で測定過程において失われるプローブの運動エネルギーに比例する。摩擦や任意の他の減衰機構がない、完全弾性の系では、LERはゼロである。
【0011】
算出可能なもう1つの重要なパラメーターは、「タイムシフト」(Time Shift:TS)である。これは、プローブの速度がゼロである時点と、角膜(またはプローブの減速)によりプローブに加えられる力が最大である時点との間の時間間隔であると定義される。系が完全弾性の場合、TSはゼロに等しく、それ以外の場合、TSはゼロより大きい。
【0012】
LERおよびTSは、測定時のプローブの運動を決定する方程式について仮説を立てることなく、速度信号から算出されてもよい。プローブに作用する非保存(すなわち、粘性)力について仮説を立てる場合、速度信号から追加のパラメーターが抽出されてもよい。例えば、系の減衰パラメーター(σ)および弾性パラメーター(η)が、追加のパラメーターとして特定されてもよい。
【0013】
前述のパラメーターを用いて、IOP以外の眼に関する他の状態を判定してもよい。例えば、LERは、健康な角膜に著しく見られる特性である、エネルギーを吸収する角膜の容量を示す。別の例として、減衰パラメーターσは、緑内障進行の指標である、前述の角膜ヒステリシスと相関関係にある。
【0014】
発明者はまた、角膜に付随した粘性力に起因する測定誤差の影響を受けにくいIOPの測定値は、プローブに作用する角膜の粘性合力がゼロである、すなわち、角膜とのプローブの接触によりプローブの速度がゼロである時点における実測電圧信号の一次導関数を求め、一次導関数をIOP値に相関させることで得られると認識している。
【図面の簡単な説明】
【0015】
以下に、添付図面とともに発明の詳細な説明において、本発明の性質および構成をより詳細に説明する。
【0016】
図1】本発明の一実施形態に係って形成される眼圧計として構成された眼科用器具の模式図である。
図2】本発明の眼科用測定方法及び眼圧測定方法において、前記眼科用器具の測定プローブが推進させられて眼と接触し、眼から反跳する測定サイクルにおけるプローブの速度を時間の関数として表すグラフである。
図3】完全弾性の眼の系を想定した場合の、測定サイクルにおけるプローブの変位、速度、および減速度を時間の関数として示すグラフである。
図4図3のグラフに類似したグラフであるが、本発明の眼科用測定方法及び眼圧測定方法において、眼の系は完全弾性ではなく、多少の粘性減衰が発生する。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、本発明の一実施形態に係って形成される眼圧(眼内圧値)計として構成された眼科用器具10を示す模式図である。
本発明の眼科用測定方法及び眼圧(眼内圧値)測定方法の各ステップは、この眼科用器具10を使用することにより実施される。
【0018】
眼科用器具10は一般に、使い捨てのプローブ12と、被検体の眼に向かって前方方向にプローブ12を推進するように構成される測定システム16を収容している手持ち式のハウジング14とを備える。プローブ12は眼の角膜Cに接触し、前方方向と反対の逆方向に角膜から反跳する。測定システム16はさらに、プローブ12の速度を時間の関数として表す測定信号を提供するように構成される。
【0019】
プローブ12は、少なくとも一部が磁気材料で作られた細長いシャフト12Aと、シャフト12Aの端部に位置し、角膜Cに接触する、丸みを帯びた先端部12Bとを備えてもよい。測定システム16は、プローブ12を収容する導電性の駆動コイル18と、電磁力により眼に向かってプローブ12を前方へ推進するために駆動コイル18を一時的に通電するように構成される制御装置20とを備えてもよい。測定システム16は、プローブ12が挿通して移動する導電性の測定コイル22を備えてもよく、制御装置20はさらに、移動するプローブ12により測定コイル22に誘導される電流を測定し、プローブの速度を時間の関数として表す測定信号を提供するように構成される。図1に示す実施形態は、駆動コイル18と測定コイル22とが2つの異なる導電性コイルであることを示している。あるいは、単一のコイルが、測定サイクルにおいて順次、駆動コイルおよび測定コイルとして機能してもよく、それにより、もう1つのコイルが不要になる。
【0020】
反跳式眼圧計の技術分野で既知のように、眼科用器具10はさらに、眼科用器具10の測定軸11と角膜Cとの位置合わせ、および角膜Cからの所定の対物距離において眼科用器具10の前方突出部28の配置を案内し確認するために、光電子位置合わせ検出システム(図示略)と、ディスプレイ(図示略)とを備えてもよい。ユーザーが制御装置20に信号を送信して測定を開始できるように、ハウジング14にトリガーボタン26を設けてもよいし、位置合わせ検出システムが位置合わせおよび適正な対物距離を確認したら、位置合わせ検出システムは、制御装置20に信号を自動で送信してもよい。
【0021】
測定システム16はさらに、測定信号に基づいて眼についての少なくとも1つの粘弾性パラメーターを算出するように構成される信号処理論理回路24を備えてもよい。測定コイル22が生成する測定信号は、アナログ電圧信号の形式であってもよい。信号処理論理回路24は、アナログ電圧信号をデジタル形式に変換し、デジタル化された測定信号から、眼についての1つ以上の粘弾性パラメーターを計算するように構成されてもよい。例えば、信号処理論理回路24は、A/D(Analog-to-Digital)信号変換器と、少なくとも1つの粘弾性パラメーターを算出するために記憶装置に格納された命令を実行する、プログラムされたマイクロプロセッサーとを備えてもよい。信号処理論理回路24はまた、測定信号に基づいてIOPを算出するように構成されてもよい。
【0022】
信号処理論理回路24が計算する、眼についての第1の粘弾性パラメーターは、LERと呼ばれる。LERは、角膜Cの粘性減衰が原因で測定過程において失われるプローブ12の運動エネルギーに比例する。定義上、運動エネルギーを失わせる摩擦や任意の他の減衰機構がない、完全弾性の系では、LERはゼロでなければならない。
【0023】
図2は、本発明の眼科用測定方法及び眼圧測定方法において、前記眼科用器具の測定プローブが推進させられて眼と接触し、眼から反跳する測定サイクルにおけるプローブの速度を時間の関数として表すグラフである。
【0024】
「損失エネルギー比」(Lost Energy Ratio:LER)は、図2を参照して理解されうる。図2は、測定用のプローブ12が最初の始動位置から前方へ推進して角膜Cと接触し、反対方向すなわち逆方向に角膜から反跳する測定サイクルにおけるプローブの速度を時間の関数として表す、典型的な測定信号30のグラフである。測定信号30の第1の部分30Aは、プローブ12が略一定の速度に到達するまで、加速、すなわち速度を増加させることを示している。点32において、プローブの先端部12Bは角膜Cと接触する。測定信号30の第2の部分30Bは、プローブが点34でゼロ速度に到達するまで、プローブ12の急激な減速に対応する急な下向きの傾きを示す。点34において、プローブ12は反対すなわち逆方向に移動し始める。測定信号30の第3の部分30Cでは、プローブ12は、角膜Cとの接触がなくなる点36まで逆方向の急激な加速を受ける。最後に、測定信号30の第4の部分30Dでは、プローブ12は最初の始動位置で停止するまで減速する。
【0025】
角膜Cの粘性減衰が原因で測定過程において失われるプローブ12の運動エネルギーは、点32と点36との運動エネルギーの差を点32における最初の運動エネルギーで除算したものに比例することが示される。よって、LERは次式により定義される。
【数1】
ここで、Kinは、プローブが前方方向に移動するのに伴って、プローブの先端部12Bが角膜Cと接触する時点tinにおける運動エネルギーであり、Koutは、プローブが逆方向に移動するのに伴って、プローブの先端部12Bの角膜Cとの接触がなくなる時点toutにおける運動エネルギーである。KinおよびKoutは、次式から計算されてもよい。
in=1/2mVin および Kout=1/2mVout
ここで、mは、プローブ12の質量、Vinは、時点tinにおけるプローブ12の速度、Voutは、時点toutにおけるプローブ12の速度である。よって、測定信号30からのLERの算出は、次式に等しくなる。
【数2】
【0026】
図3は、完全弾性の眼の系を想定した場合の、測定サイクルにおけるプローブの変位、速度、および減速度を時間の関数として示すグラフである。
図4は、図3のグラフに類似したグラフであるが、本発明の眼科用測定方法及び眼圧測定方法において、眼の系は完全弾性ではなく、多少の粘性減衰が発生する。
【0027】
信号処理論理回路24が測定信号30から計算する、眼についての第2の粘弾性パラメーターは、本明細書において「タイムシフト」(Time Shift:TS)と呼ばれる。図2図4を参照して、TSパラメーターについて説明する。図3および図4において、プローブの変位およびプローブの減速度をそれぞれ時間の関数として表すプローブ変位曲線40およびプローブの減速曲線50とともに、プローブ速度の測定信号30の一部が描かれている。明らかなように、プローブ変位曲線40は、時間の経過に伴うプローブ速度の測定信号30の積分値であり、プローブの減速曲線50は、時間に対する測定信号30の一次導関数の加法的逆元である。図3は、理論的な完全弾性の眼の系を示すのに対し、図4は、完全弾性ではなく、多少の粘性減衰が発生する実際の眼の系を示す。
【0028】
TSは、プローブ12の速度がゼロに等しい(測定信号30の点34)時点tと、角膜C(またはプローブの減速)によりプローブ12に加えられる力が最大である(減速曲線50の点52)時点tとの間の時間差であると定義される。よって、TSは次式により求められる。
TS=t-t
【0029】
図3のように、眼の系が完全弾性の場合、tはtに等しく、TSはゼロに等しい。それ以外の場合は、図4に示すように、多少の粘性減衰があり、TSはゼロより大きい。図3および図4において、プローブ12が最大変位42に到達する時間は、眼による減速に起因してプローブがゼロ速度を有する時間tと同じである。
【0030】
前述のLERおよびTSの両パラメーターは、測定反跳過程においてプローブ12を左右する運動方程式について仮説を立てることなく、測定信号30から算出することができる。
【0031】
信号処理論理回路24により測定信号30から計算可能な眼についての第3の粘弾性パラメーターは、角膜ヒステリシスと相関関係にある減衰パラメーターσである。減衰パラメーターσは次式により表される。
【数3】
ここで、xは、プローブ12の変位量であり、dx/dtは、プローブ12の瞬間速度である。完全に保存的な(すなわち、完全弾性である)系の場合、減衰パラメーターσはゼロであり、眼等の粘弾性系の場合はゼロより大きい。
【0032】
信号処理論理回路24により測定信号30から計算可能な眼についての第4の粘弾性パラメーターは、系の弾性力を表す弾性パラメーターηである。プローブ12を左右する運動方程式全体が次のようであると仮定する。
【数4】
ここで、mはプローブ12の質量である。この場合、弾性パラメーターηは、式1を解くことで算出してもよく、さらに、4mη-σ2 > 0 と仮定する。値αは、次式から数値的に算出してもよい。
【数5】
【数6】
ここで、tは、プローブ速度がゼロである時点であり、
【数7】
である。最後に、次のように弾性パラメーターηを算出することが可能である。
【数8】
弾性パラメーターηは、所与の眼に関してIOPと強い相関関係にあり、減衰力に影響されないことが認められている。
【0033】
この数十年にわたり、IOPは緑内障の主要な検査指標であることがよく理解されてきた。近年、角膜の生体力学特性を把握することが、緑内障の進行を予測する上で非常に役立つことも明らかになっている。一例として、弾性が低く、粘性減衰能力が高い角膜は、緑内障進行のリスクが比較的低いことが明らかになっている。逆に、弾性が高く、粘性減衰能力が低い角膜は、緑内障進行のリスクが比較的高いことが明らかになっている。本明細書に開示する、粘弾性パラメーター測定のための眼科用器具および眼科用測定方法は、IOPに加えて、緑内障進行の可能性を判定するのに有用な情報を提供する。この追加情報により、測定されるIOPに影響を及ぼす眼の系の特性を考慮に入れるべく、IOP測定値を補正または調整することで、IOP測定値がより正確にもなりうる。信号処理論理回路24は、測定されたIOPに対するかかる調整を、IOP値がユーザーに通知される前に自動的に行う実行可能なソフトウェア命令を用いて構成されてもよい。屈折矯正手術における合併症を減らしたり、角膜ジストロフィーの検出および治療を改善したりするために、算出される粘弾性パラメーターに盛り込まれる追加情報を検査ツールとして用いてもよい。
【0034】
信号処理論理回路24はまた、プローブ12の角膜Cとの接触によりプローブ12の速度がゼロである時点tにおいて測定信号の一次導関数を算出し、一次導関数をIOP値に相関させる実行可能なソフトウェア命令を用いて構成されてもよい。この手法は、tinからtoutまでの測定信号30の一部を直線に当てはめ、直線の傾きが算出される既知の方式とは異なり、既知の方式よりも有利である。時間tにおいて、プローブ12に作用する角膜の粘性合力はゼロである。その結果、本技法は、先行技術の直線当てはめ技法よりも、角膜に付随した粘性力に起因する測定誤差の影響を受けにくい。
【0035】
前述の実施形態において、測定信号30は、移動するプローブ12により測定コイル22に電流が誘導された結果、測定コイル22により生成される。当業者は、プローブ12の速度を時間の関数として表す測定信号を生成するその他の手段が可能であると認識するであろう。例えば、かかる測定信号は、プローブ12の眼への行程を示す一連の画像を取り込み、分析することにより生成されてもよい。プローブの移動を表す画像を記録するために、眼科用器具10と別個の、または一体のカメラを用いてもよく、プローブの速度を時間の関数として表す測定信号を提供するために、画像が処理されてもよい。
【0036】
信号処理論理回路24が算出する、前述のパラメーターおよびIOP値は、記憶装置に格納されたり、ディスプレイに通知されたりしてもよい。ここで、記憶装置およびディスプレイは、眼科用器具10と一体であってもよいし、有線または無線通信で眼科用器具10に接続されてもよい。
【0037】
例示的実施形態に関連して本発明を説明したが、詳細な説明は発明の範囲を説明した特定の形式に限定するものではない。本発明は、特許請求の範囲に含まれうる、説明した実施形態のかかる代替物、等価物、および変形を網羅するものである。
図1
図2
図3
図4