(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-16
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】硬質被膜および硬質被膜被覆部材
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20220106BHJP
C23C 14/22 20060101ALI20220106BHJP
C23C 28/04 20060101ALI20220106BHJP
【FI】
C23C14/06 N
C23C14/22
C23C28/04
(21)【出願番号】P 2020533978
(86)(22)【出願日】2018-08-01
(86)【国際出願番号】 JP2018028940
(87)【国際公開番号】W WO2020026391
(87)【国際公開日】2020-02-06
【審査請求日】2021-01-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000103367
【氏名又は名称】オーエスジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085361
【氏名又は名称】池田 治幸
(74)【代理人】
【識別番号】100147669
【氏名又は名称】池田 光治郎
(72)【発明者】
【氏名】ワン メイ
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/037956(WO,A1)
【文献】特開2007-030132(JP,A)
【文献】特開2008-173756(JP,A)
【文献】特許第6347566(JP,B1)
【文献】特開2011-094241(JP,A)
【文献】特開2004-238736(JP,A)
【文献】特表2010-521589(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
C23C 14/22
C23C 28/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材の表面を被覆するように該表面に付着される硬質被膜であって、
前記硬質被膜は、
A組成、B組成、およびC組成の中の何れか1つの組成から成る単一組成層と、
前記A組成および前記B組成、前記A組成および前記C組成、前記B組成および前記C組成、の3種類の組合せの中の何れか2種類の組合せで各組成のナノレイヤー層が交互に積層された2種類のナノレイヤー交互層との、
計3種類の層が交互に積層されて、総膜厚が0.5~20μmの範囲内となるように構成されており、
前記A組成は、組成式がAl
a Cr
b Si
c α
d 〔但し、a、b、c、dはそれぞれ原子比で、0.30≦a≦0.80、0.15≦b≦0.65、0≦c≦0.45、0≦d≦0.10、且つa+b+c+d=1で、Siおよびαは任意添加成分であり、任意添加成分αはB、C、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素である〕の窒化物で、
前記B組成は、組成式がCr
e B
f Si
g β
h 〔但し、e、f、g、hはそれぞれ原子比で、0.40≦e≦0.95、0.05≦f≦0.30、0≦g≦0.45、0≦h≦0.10、且つe+f+g+h=1で、Siおよびβは任意添加成分であり、任意添加成分βはC、Al、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素である〕の窒化物で、
前記C組成は、組成式がAl
i Cr
j (SiC)
k γ
l 〔但し、i、j、k、lはそれぞれ原子比で、0.20≦i≦0.85、0.10≦j≦0.50、0.03≦k≦0.45、0≦l≦0.10、且つi+j+k+l=1であり、任意添加成分γはB、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素である〕の窒化物であり、
前記単一組成層の膜厚は0.5~1000nmの範囲内であり、
前記2種類のナノレイヤー交互層を構成している前記ナノレイヤー層の各膜厚は、何れも0.5~500nmの範囲内で、前記2種類のナノレイヤー交互層の各膜厚は何れも1~1000nmの範囲内である
ことを特徴とする硬質被膜。
【請求項2】
前記単一組成層の膜厚T1と、前記2種類のナノレイヤー交互層の各膜厚T2、T3との比T1/T2、T1/T3は、何れも0.2~10の範囲内である
ことを特徴とする請求項1に記載の硬質被膜。
【請求項3】
交互に積層された前記単一組成層および前記2種類のナノレイヤー交互層の最下部の層が前記母材の表面に直接設けられている
ことを特徴とする請求項1または2に記載の硬質被膜。
【請求項4】
前記硬質被膜は、前記母材との境界に界面層を備えており、
前記界面層は、
前記A組成、前記B組成、および前記C組成の中の何れか1つの組成から成る単一組成層、
前記A組成、前記B組成、および前記C組成の中の何れか2つの組成から成り、それぞれ膜厚が0.5~500nmの範囲内の2種類のナノレイヤー層が交互に積層されたナノレイヤー交互層、
およびB、Al、Ti、Y、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、およびWの中の1種類以上の元素から成る金属の窒化物、炭窒化物、または炭化物の層、
の計3種類の層の中の何れか1つの層にて構成されており、
前記界面層の膜厚は5~1000nmの範囲内である
ことを特徴とする請求項1または2に記載の硬質被膜。
【請求項5】
前記硬質被膜は、最表面に表面層を備えており、
前記表面層は、前記A組成、前記B組成、および前記C組成の中の何れか1つの組成から成る単一組成層、または前記A組成、前記B組成、および前記C組成の中の何れか2つの組成から成り、それぞれ膜厚が0.5~500nmの範囲内の2種類のナノレイヤー層が交互に積層されたナノレイヤー交互層にて構成されており、
前記表面層の膜厚は0.5~1000nmの範囲内である
ことを特徴とする請求項1~4の何れか1項に記載の硬質被膜。
【請求項6】
被膜硬さ(HV0.025)が2700~3300(HV)の範囲内である
ことを特徴とする請求項1~5の何れか1項に記載の硬質被膜。
【請求項7】
母材の表面の一部または全部が硬質被膜によって被覆されている硬質被膜被覆部材であって、
前記硬質被膜が請求項1~6の何れか1項に記載の硬質被膜である
ことを特徴とする硬質被膜被覆部材。
【請求項8】
前記硬質被膜被覆部材は、軸心まわりに回転させられるとともに、回転に伴って切れ刃が断続的に切削加工を行う断続切削工具である
ことを特徴とする請求項7に記載の硬質被膜被覆部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硬質被膜および硬質被膜被覆部材に係り、特に、優れた耐摩耗性、耐溶着性を有する硬質被膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エンドミルやフライス、ドリル、バイト、チップ等の切削工具、盛上げタップ、転造工具等の非切削工具などの種々の加工工具、或いは耐摩耗性が要求される摩擦部品などの各種の部材において、超硬合金や高速度工具鋼等の母材の表面に硬質被膜をコーティングすることが行われている。例えば、特許文献1ではAlCrN系/AlTiSiN系の多層構造の硬質被膜が提案されており、特許文献2ではAlCrN系/CrN系の多層構造の硬質被膜が提案されており、特許文献3ではAlCr系/TiSi系の多層構造の硬質被膜が提案されている。これ等の硬質被膜は、一般に優れた耐摩耗性、耐溶着性を備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2012-35378号公報
【文献】特開2014-79834号公報
【文献】特表2008-534297号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、このような硬質被膜においても、被削材の種類や切削速度などの加工条件、使用条件等により必ずしも十分に満足できる性能が得られない場合があり、未だ改良の余地があった。例えば、従来の硬質被膜を施した切削工具をチタン合金の切削加工に用いると、チタン合金は比較的粘り気が強いため、硬質被膜が早期に剥がれたり割れたりして十分な工具寿命が得られない場合があった。
【0005】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、チタン合金に対する切削加工でも所定の工具寿命が得られるなど、優れた耐摩耗性、耐溶着性を有する新たな構成の硬質被膜および硬質被膜被覆部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は以上の事情を背景として種々実験、研究を重ねるうち、AlCrSiα〔但し、Siおよびαは任意添加成分で、αはB、C、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素〕の窒化物から成るA組成、CrBSiβ〔但し、Siおよびβは任意添加成分で、βはC、Al、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素〕の窒化物から成るB組成、およびAlCr(SiC)γ〔但し、γは任意添加成分で、B、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素〕の窒化物から成るC組成を用いて、それ等を所定の膜厚で積層することにより、高い靱性を有する優れた耐久性の硬質被膜が得られることを見い出した。本発明は、かかる知見に基づいて為されたものである。
【0007】
第1発明は、母材の表面を被覆するようにその表面に付着される硬質被膜であって、(a) 前記硬質被膜は、(a-1) A組成、B組成、およびC組成の中の何れか1つの組成から成る単一組成層と、(a-2) 前記A組成および前記B組成、前記A組成および前記C組成、前記B組成および前記C組成、の3種類の組合せの中の何れか2種類の組合せで各組成のナノレイヤー層が交互に積層された2種類のナノレイヤー交互層との、(a-3) 計3種類の層が交互に積層されて、総膜厚が0.5~20μmの範囲内となるように構成されており、(b) 前記A組成は、組成式がAla Crb Sic αd 〔但し、a、b、c、dはそれぞれ原子比で、0.30≦a≦0.80、0.15≦b≦0.65、0≦c≦0.45、0≦d≦0.10、且つa+b+c+d=1で、Siおよびαは任意添加成分であり、任意添加成分αはB、C、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素である〕の窒化物で、(c) 前記B組成は、組成式がCre Bf Sig βh 〔但し、e、f、g、hはそれぞれ原子比で、0.40≦e≦0.95、0.05≦f≦0.30、0≦g≦0.45、0≦h≦0.10、且つe+f+g+h=1で、Siおよびβは任意添加成分であり、任意添加成分βはC、Al、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素である〕の窒化物で、(d) 前記C組成は、組成式がAli Crj (SiC)k γl 〔但し、i、j、k、lはそれぞれ原子比で、0.20≦i≦0.85、0.10≦j≦0.50、0.03≦k≦0.45、0≦l≦0.10、且つi+j+k+l=1であり、任意添加成分γはB、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素である〕の窒化物であり、(e) 前記単一組成層の膜厚は0.5~1000nmの範囲内であり、(f) 前記2種類のナノレイヤー交互層を構成している前記ナノレイヤー層の各膜厚は、何れも0.5~500nmの範囲内で、前記2種類のナノレイヤー交互層の各膜厚は何れも1~1000nmの範囲内であることを特徴とする。
【0008】
なお、上記C組成の(SiC)は、炭化ケイ素という化合物の形で存在していることを意味する。また、各層の膜厚を全域に亘って正確にコントロールすることは困難で、本明細書における膜厚は平均値であり、平均膜厚が上記数値範囲を満たせば良く、部分的に数値範囲から外れる領域があっても良い。
【0009】
第2発明は、第1発明の硬質被膜において、前記単一組成層の膜厚T1と、前記2種類のナノレイヤー交互層の各膜厚T2、T3との比T1/T2、T1/T3は、何れも0.2~10の範囲内であることを特徴とする。
【0010】
第3発明は、第1発明または第2発明の硬質被膜において、交互に積層された前記単一組成層および前記2種類のナノレイヤー交互層の最下部の層が前記母材の表面に直接設けられていることを特徴とする。
【0011】
第4発明は、第1発明または第2発明の硬質被膜において、(a) 前記硬質被膜は、前記母材との境界に界面層を備えており、(b) 前記界面層は、(b-1) 前記A組成、前記B組成、および前記C組成の中の何れか1つの組成から成る単一組成層、(b-2) 前記A組成、前記B組成、および前記C組成の中の何れか2つの組成から成り、それぞれ膜厚が0.5~500nmの範囲内の2種類のナノレイヤー層が交互に積層されたナノレイヤー交互層、および(b-3) B、Al、Ti、Y、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、およびWの中の1種類以上の元素から成る金属の窒化物、炭窒化物、または炭化物の層、の計3種類の層の中の何れか1つの層にて構成されており、(c) 前記界面層の膜厚は5~1000nmの範囲内であることを特徴とする。
【0012】
第5発明は、第1発明~第4発明の何れかの硬質被膜において、(a) 前記硬質被膜は、最表面に表面層を備えており、(b) 前記表面層は、前記A組成、前記B組成、および前記C組成の中の何れか1つの組成から成る単一組成層、または前記A組成、前記B組成、および前記C組成の中の何れか2つの組成から成り、それぞれ膜厚が0.5~500nmの範囲内の2種類のナノレイヤー層が交互に積層されたナノレイヤー交互層にて構成されており、(c) 前記表面層の膜厚は0.5~1000nmの範囲内であることを特徴とする。
【0013】
第6発明は、第1発明~第5発明の何れかの硬質被膜において、被膜硬さ(HV0.025)が2700~3300(HV)の範囲内であることを特徴とする。
被膜硬さ(HV0.025)は、ビッカース硬さ試験法(JIS G0202、Z2244)に従って、硬さ記号HV0.025で示される条件下で硬質被膜のHV値(ビッカース硬さ)を測定した値である。
【0014】
第7発明は、母材の表面の一部または全部が硬質被膜によって被覆されている硬質被膜被覆部材であって、前記硬質被膜が第1発明~第6発明の何れかの硬質被膜であることを特徴とする。
【0015】
第8発明は、第7発明の硬質被膜被覆部材において、前記硬質被膜被覆部材は、軸心まわりに回転させられるとともに、回転に伴って切れ刃が断続的に切削加工を行う断続切削工具であることを特徴とする。
【0016】
なお、上記各発明における数値範囲は、それぞれ四捨五入した値が数値範囲に入れば良い。
【発明の効果】
【0017】
このような本発明の硬質被膜において、A組成から成る単一組成層はAlとCrの割合によって高硬度、耐酸化性、高靱性が得られ、B組成から成る単一組成層はCrとBの割合によって高靱性、高潤滑性、耐酸化性が得られる。C組成から成る単一組成層は、SiがSiC(炭化ケイ素)という化合物の形で存在しているため、酸素との結合性が低く、且つSiCが共有結合であるため、高硬度で1000℃以上においても機械的強度の低下が小さく、耐熱性、耐摩耗性、耐酸化性に優れる。ナノレイヤー交互層は、各ナノレイヤー層の組成に応じて上記特性が得られる他、膜厚が単一組成層に比較して薄く、結晶粒子が小さいため、高硬度で耐摩耗性が向上するとともに、多層構造によって靱性が高くなる。また、A組成~C組成に任意に添加される成分α、β、γは、10at%(原子%)以下の割合で添加されることにより、被膜の結晶粒子を微細化し、添加量によって被膜の粒子径を制御することが可能で、各被膜の硬度や耐酸化性、靱性、潤滑性等を調整することができる。そして、このような特性を有する任意の1種類の単一組成層および2種類のナノレイヤー交互層が、それぞれ所定の膜厚で交互に積層されることにより、耐摩耗性、潤滑性、耐溶着性、および靱性に優れた硬質被膜が得られた。これにより、例えば切削工具の場合、炭素鋼やステンレス鋼、鋳鉄、合金鋼、チタン合金等の各種被削材に対する切削加工において、或いは高速加工やドライ加工等の過酷な加工条件において、高い靱性により硬質被膜の割れや剥離が抑制されて工具の長寿命化を実現することができた。
【0018】
第2発明では、単一組成層の膜厚T1と2種類のナノレイヤー交互層の各膜厚T2、T3との比T1/T2、T1/T3が、何れも0.2~10の範囲内であるため、1種類の単一組成層および2種類のナノレイヤー交互層がそれぞれ所定の特性を有する適切な膜厚で設けられ、耐摩耗性、耐溶着性等の性能が適切に得られる。
【0019】
第3発明は、交互に積層された1種類の単一組成層および2種類のナノレイヤー交互層の計3種類の層の最下部の層が母材の表面に直接設けられている場合で、母材との境界に界面層等を設ける場合に比較して成膜コストが低減される。
【0020】
第4発明は、所定の組成、膜厚の界面層が母材との境界に設けられている場合で、母材に対する硬質被膜の付着強度を高くすることができる。
【0021】
第5発明は、所定の組成、膜厚の表面層が硬質被膜の最表面に設けられている場合で、その表面層の組成や膜厚を適当に定めることにより、耐摩耗性や耐溶着性等の所定の被膜性能を更に向上させることができる。
【0022】
第6発明は、硬質被膜の被膜硬さ(HV0.025)が2700~3300(HV)の範囲内であるため、耐摩耗性および高靱性がバランス良く得られ、割れや剥離が抑制されて優れた耐久性が得られる。
【0023】
第7発明は硬質被膜被覆部材に関するもので、第1発明~第6発明の硬質被膜が設けられることにより、実質的にそれ等の発明と同様の作用効果が得られる。
【0024】
第8発明は、硬質被膜被覆部材がエンドミルやフライス等の断続切削工具の場合で、切れ刃が断続的に切削加工を行うことにより繰り返し衝撃荷重が加えられるとともに発熱し易い。このため、高い耐摩耗性や靱性、潤滑性、耐溶着性が得られる本発明の硬質被膜が好適に用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明が適用されたエンドミルの一例を示す正面図である。
【
図2】
図1のエンドミルを先端側から見た拡大底面図である。
【
図3】
図1のエンドミルに設けられた硬質被膜の被膜構造を説明する模式図である。
【
図4】
図1のエンドミルに設けられる硬質被膜の被膜構造の別の例を説明する模式図である。
【
図5】
図1のエンドミルに設けられる硬質被膜の被膜構造の更に別の例を説明する模式図である。
【
図6】
図1のエンドミルに設けられる硬質被膜の被膜構造の更に別の例を説明する模式図である。
【
図7】
図1のエンドミルに設けられる硬質被膜の被膜構造の更に別の例を説明する模式図である。
【
図8】
図1のエンドミルに設けられる硬質被膜の被膜構造の更に別の例を説明する模式図である。
【
図9】
図3~
図8の硬質被膜を工具母材上に成膜する物理的蒸着装置の一例であるアークイオンプレーティング装置を説明する概略図である。
【
図10】切削加工試験に用いた試験品1~試験品50の硬質被膜を構成するA組成の構成元素の種類および含有割合を示した図である。
【
図11】試験品1~試験品50の硬質被膜を構成するB組成の構成元素の種類および含有割合を示した図である。
【
図12】試験品1~試験品50の硬質被膜を構成するC組成の構成元素の種類および含有割合を示した図である。
【
図13】試験品1~試験品25の硬質被膜の被膜構造を説明する図である。
【
図14】試験品26~試験品50の硬質被膜の被膜構造を説明する図である。
【
図15】試験品1~試験品50の硬質被膜の被膜硬さ、切削加工試験を行って測定した切削距離、および判定結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は、エンドミルやフライス、タップ、ドリルなどの回転切削工具の他、バイト等の非回転式の切削工具、或いは盛上げタップ、転造工具、プレス金型等の非切削工具など、種々の加工工具の表面に設けられる硬質被膜に好適に適用されるが、軸受部材や半導体装置等の表面保護膜など耐摩耗性や潤滑性、耐酸化性等が要求される加工工具以外の部材の表面に設けられる硬質被膜にも適用できる。各種の加工工具に取り付けられて使用される切れ刃チップなどにも適用される。硬質被膜被覆工具の工具母材としては、超硬合金や高速度工具鋼、サーメット、セラミックス、多結晶ダイヤモンド(PCD)、単結晶ダイヤモンド、多結晶CBN、単結晶CBNが好適に用いられるが、他の工具材料を採用することもできる。硬質被膜の形成手段としては、アークイオンプレーティング法やスパッタリング法、PLD(Pulse LASER Deposition)法等のPVD法(物理蒸着法)が好適に用いられる。
【0027】
本発明の硬質被膜は、例えばチタン合金に対して切削加工を行う切削工具に好適に用いられるが、耐摩耗性、潤滑性、耐溶着性、および靱性に優れているため、炭素鋼やステンレス鋼、鋳鉄、合金鋼等の他の被削材に対して切削加工を行う切削工具にも好適に用いられる。また、高速加工、ドライ加工等の過酷な加工条件で切削加工を行う切削工具などにも用いられる。
【0028】
硬質被膜は、A組成、B組成、およびC組成の中の何れか1つの組成から成る1種類の単一組成層と、A組成およびB組成、A組成およびC組成、B組成およびC組成、の3種類の組合せの中の何れか2種類の組合せで各組成のナノレイヤー層が交互に積層された2種類のナノレイヤー交互層との、計3種類の層が交互に積層されたもので、それ等の層の積層順序は適宜定められる。1種類の単一組成層および2種類のナノレイヤー交互層の計3種類の層は、予め定められた順番で1周期以上積層され、1周期(3種類の層)を単位として積層することが望ましいが、例えば最下部の層と最上部の層とが同じになるなど、最上部が1周期の途中で終了しても良い。2つの組成のナノレイヤー層が交互に積層されたナノレイヤー交互層についても同様で、1周期(2種類のナノレイヤー層)を単位として積層することが望ましいが、ナノレイヤー層の積層数が奇数であっても良い。硬質被膜の総膜厚は、界面層や表面層を有する場合、それ等の界面層や表面層を含んだ膜厚である。
【0029】
1種類の単一組成層の膜厚T1と、2種類のナノレイヤー交互層の膜厚T2、T3との比T1/T2、T1/T3は、何れも0.2~10の範囲内であることが望ましいが、その数値範囲から外れた比で各膜厚T1、T2、T3を設定することもできる。硬質被膜には、必要に応じて母材との間に界面層が設けられる。界面層は、例えばA組成、B組成、およびC組成の中の何れか1つの組成から成る単一組成層、またはA組成、B組成、およびC組成の中の何れか2つの組成から成る2種類のナノレイヤー層が交互に積層されたナノレイヤー交互層が適当であるが、B、Al、Ti、Y、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、およびWの中の1種類以上の元素から成る金属の窒化物、炭窒化物、または炭化物の層を界面層として設けることもできるし、その他の組成の界面層を設けることも可能である。界面層の膜厚は5~1000nmの範囲内が適当であるが、その数値範囲外の膜厚としても良い。
【0030】
硬質被膜には、必要に応じて表面層が設けられる。表面層は、A組成、B組成、およびC組成の中の何れか1つの組成から成る単一組成層、またはA組成、B組成、およびC組成の中の何れか2つの組成から成る2種類のナノレイヤー層が交互に積層されたナノレイヤー交互層が適当であるが、その他の組成の表面層を設けることも可能である。表面層の膜厚は0.5~1000nmの範囲内が適当であるが、その数値範囲外の膜厚としても良い。
【0031】
このような硬質被膜の被膜硬さ(HV0.025)は、低いと十分な耐摩耗性が得られない一方、高過ぎると剥がれたり割れたりし易くなるため、界面層や表面層の有無とは関係なく、例えば2700~3300(HV)程度の範囲内が適当で、2800~3200(HV)程度の範囲内が望ましい。但し、被削材の種類や加工条件、使用条件等により、硬質被膜の被膜硬さ(HV0.025)が2700(HV)未満であったり、3300(HV)を超えていたりしても良い。
【0032】
本発明者等の知見によれば、本発明の硬質被膜は、1種類の単一組成層と2種類のナノレイヤー交互層との計3種類の層が交互に積層されることにより、AlCrNベースやAlCrTiNベースの多層被膜よりも機械特性(硬さ)、耐摩耗性、耐酸化性、およびせん断強さが改善された。また、異なる弾性特性(弾性率および硬度)を有する各層のインタフェースによる格子転位の妨げに起因して高い硬度を達成できる。このインタフェースは、エネルギー散逸および亀裂拡大を妨げる作用によって、被膜硬さだけでなく靱性の向上に寄与する。一方、インタフェースは多層被膜の特性に大きく影響し、ナノレイヤー層の周期がナノメートルの範囲であるナノレイヤー交互層を設けたので、各ナノレイヤー層の厚さによって結晶粒子のサイズおよび膜密度を適当に調整することにより、被膜の機械特性やトライボロジー向上効果が得られる。
【0033】
また、ナノスケールの単層、インタフェース、および各ナノレイヤー交互層は、アモルファス合金相および結晶相の拡散混合により、従来の粗粒の多層被膜よりも耐摩耗性および靱性が良好になる。ナノレイヤー交互層は、粒界転位およびディスクリネーション(回位)の形成を介して内部応力が緩和され、断続切削加工等の加工中の被膜の割れ(クラック)や亀裂の発生が抑制される。
【0034】
本発明の硬質被膜は、微細な粒子が生成することによって、被膜表面が平滑になり、表面組織が緻密になるため、耐摩耗性が向上する。また、インタフェースの境界が多く、インタフェースの粒界転位およびディスクリネーションの形成を介して内部応力が緩和されるため、靱性および硬度が向上し、断続切削加工等の切削加工中の被膜の割れや亀裂の伝播が抑制される。
【実施例】
【0035】
以下、本発明の実施例を、図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明が適用された硬質被膜被覆部材の一例であるエンドミル10を説明する正面図で、
図2は先端側から見た拡大底面図である。このエンドミル10は、超硬合金の工具母材12(
図3~
図8参照)を主体として構成されており、工具母材12には、シャンク14および刃部16が一体に設けられている。刃部16には、外周刃18および底刃20から成る切れ刃が軸心まわりに等間隔で5枚設けられており、軸心まわりに回転駆動されることにより、それ等の外周刃18および底刃20によって断続的に切削加工が行われる。本実施例のエンドミル10は、外周刃18と底刃20とが接続されるコーナー部分に丸みが設けられたラジアスエンドミルである。エンドミル10は硬質被膜被覆工具で、断続切削工具に相当する。
【0036】
刃部16における工具母材12の表面には、
図3に示すように硬質被膜30がコーティングされている。
図3は、硬質被膜30がコーティングされた刃部16の表面近傍の断面を拡大して示した模式図で、
図1の斜線部は硬質被膜30がコーティングされた領域を表している。シャンク14を含めてエンドミル10全体を硬質被膜30で被覆することも可能である。
【0037】
硬質被膜30は、表面側からA層32、ナノレイヤー交互層38、およびナノレイヤー交互層40が少なくとも1周期以上積層された多層構造を成しており、工具母材12との境界部分には界面層44が設けられている。すなわち、工具母材12の表面上に先ず界面層44が設けられ、その界面層44の上に、ナノレイヤー交互層40、ナノレイヤー交互層38、およびA層32が、その順番で繰り返し積層され、最上部にA層32が設けられている。界面層44を含む硬質被膜30の総膜厚Ttotal は0.5~20μmの範囲内で適当に定められ、A層32の膜厚T1は0.5~1000nmの範囲内で適当に定められ、ナノレイヤー交互層38、40の膜厚T2、T3はそれぞれ1~1000nmの範囲内で適当に定められる。また、膜厚T1と膜厚T2、T3との比T1/T2、T1/T3が、何れも0.2~10の範囲内になるように、各膜厚T1~T3は定められる。
【0038】
A層32は、A組成のみで構成されている単一組成層である。A組成は、組成式がAl
a Cr
b Si
c α
d 〔但し、a、b、c、dはそれぞれ原子比で、0.30≦a≦0.80、0.15≦b≦0.65、0≦c≦0.45、0≦d≦0.10、且つa+b+c+d=1で、Siおよびαは任意添加成分であり、任意添加成分αはB、C、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素である〕の窒化物である。
図10は、A組成の各元素の含有量(at%)の具体例を示した図で、空欄は含有量(at%)=0であり、散点を付した欄(グレー部分)は含有量に対応する原子比が上記組成式の数値範囲から外れている。すなわち、試験品7~試験品50が、A組成の要件を満たしている。このような組成のA層32は、結晶系として立方晶岩塩型構造を有し、高硬度で耐摩耗性に優れる特徴があり、AlとCrの割合によって高硬度、耐酸化性、高靱性が得られる。また、任意添加成分であるSiが所定の割合で添加されることによって耐熱性が向上する。任意添加成分αが10at%以下の割合で添加されることにより、被膜の結晶粒子を微細化し、添加量によって粒子径を制御することが可能である。また、これ等の元素を含むことにより、潤滑性および耐酸化性が向上し、切削加工時の発熱に対する高温強度や高温靱性が向上する。これにより、大きな衝撃的、機械的負荷が掛かる切削条件下において、チッピングや欠損等の発生が抑制される。また、高速加工時等の発熱による酸化摩耗が低減され、耐摩耗性および耐溶着性がバランス良く得られるようになり、高速加工やドライ加工においても高い耐久性が得られる。
【0039】
ナノレイヤー交互層38は、A層32と同じA組成から成るナノレイヤーA層32n、およびB組成から成るナノレイヤーB層34nが、交互に1周期以上積層された多層構造を成している。この実施例では、最下部がナノレイヤーA層32nで、最上部がナノレイヤーB層34nであるが、最下部がナノレイヤーB層34nで最上部がナノレイヤーA層32nであっても良い。ナノレイヤーA層32nおよびナノレイヤーB層34nの各膜厚は、何れも0.5~500nmの範囲内で適当に定められる。B組成は、組成式がCr
e B
f Si
g β
h 〔但し、e、f、g、hはそれぞれ原子比で、0.40≦e≦0.95、0.05≦f≦0.30、0≦g≦0.45、0≦h≦0.10、且つe+f+g+h=1で、Siおよびβは任意添加成分であり、任意添加成分βはC、Al、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素である〕の窒化物である。
図11は、B組成の各元素の含有量(at%)の具体例を示した図で、空欄は含有量(at%)=0であり、散点を付した欄(グレー部分)は含有量に対応する原子比が上記組成式の数値範囲から外れている。すなわち、試験品7~試験品50が、B組成の要件を満たしている。このようなB組成は、硬度は比較的低いもののCrとBの割合によって高靱性、高潤滑性、耐酸化性が得られる。また、任意添加成分であるSiが所定の割合で添加されることによって高温強度、耐熱性、潤滑性、耐酸化性が向上する。任意添加成分βが10at%以下の割合で添加されることにより、高硬度且つ耐酸化性に優れる被膜となり、耐摩耗性が向上する。B組成は立方晶構造であり、任意添加成分βが加えられることにより結晶粒子が微細化し、硬さや耐摩耗性が向上する。結晶構造は、(111)面よりも(200)面に優先配向され、(200)面の回折線の積分強度が(111)面の回折線の積分強度の1.5倍以上になる。
【0040】
ナノレイヤー交互層40は、A層32と同じA組成から成るナノレイヤーA層32n、およびC組成から成るナノレイヤーC層36nが、交互に1周期以上積層された多層構造を成している。この実施例では、最下部がナノレイヤーA層32nで、最上部がナノレイヤーC層36nであるが、最下部がナノレイヤーC層36nで最上部がナノレイヤーA層32nであっても良い。ナノレイヤーA層32nおよびナノレイヤーC層36nの各膜厚は、何れも0.5~500nmの範囲内で適当に定められる。C組成は、組成式がAl
i Cr
j (SiC)
k γ
l 〔但し、i、j、k、lはそれぞれ原子比で、0.20≦i≦0.85、0.10≦j≦0.50、0.03≦k≦0.45、0≦l≦0.10、且つi+j+k+l=1であり、任意添加成分γはB、Ti、V、Y、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、およびWより選ばれる1種以上の元素である〕の窒化物である。
図12は、C組成の各元素の含有量(at%)の具体例を示した図で、空欄は含有量(at%)=0であり、散点を付した欄(グレー部分)は含有量に対応する原子比が上記組成式の数値範囲から外れている。すなわち、試験品7~試験品50が、C組成の要件を満たしている。このようなC組成は、SiがSiC(炭化ケイ素)という化合物の形で存在しているため、酸素との結合性が低く、且つSiCが共有結合であるため、高硬度で1000℃以上においても機械的強度の低下が少なく、摺動性も良いことから、高硬度で耐熱性、耐酸化性、耐摩耗性に優れる特徴を有する。また、任意添加成分γが10at%以下の割合で添加されることにより、結晶粒子を微細化し、添加量によって粒子径を制御することが可能で、被膜の硬度や靱性、潤滑性を調整できる。耐摩耗性および耐酸化性に優れるため、高速加工時等の発熱による酸化摩耗が低減され、耐摩耗性および耐溶着性が良好に得られるようになり、高速加工やドライ加工においても高い耐久性が得られる。
【0041】
上記ナノレイヤー交互層38および40は、各ナノレイヤー層32n、34n、36nの組成に応じて前記各特性が得られる他、高硬度で耐摩耗性、靱性、および耐酸化性に優れる特徴を有する。すなわち、ナノレイヤー層32n、34n、36nのインタフェースは、格子転位の妨げに起因して高い硬度を達成できるとともに、エネルギー散逸および亀裂拡大を妨ぐ作用によって靱性の向上に寄与する。また、ナノレイヤー層32n、34n、36nの周期がナノメートルの範囲であるため、各ナノレイヤー層32n、34n、36nの厚さによって結晶粒子のサイズおよび膜密度を適当に調整することにより、被膜の機械特性やトライボロジー向上効果が得られる。ナノレイヤー交互層38、40は、アモルファス合金相および結晶相の拡散混合により、従来の粗粒の多層被膜よりも耐摩耗性および靱性が良好になる。ナノレイヤー交互層38、40は、粒界転位およびディスクリネーションの形成を介して内部応力が緩和され、断続切削加工中の被膜の割れや亀裂の発生、伝播が抑制される。ナノレイヤー交互層38は耐酸化性および潤滑性に優れており、硬さ(ナノインデンテーション法硬さ)は38~40GPa程度である。また、ナノレイヤー交互層40は高硬度で耐酸化性に優れており、硬さ(ナノインデンテーション法硬さ)は43~45GPa程度である。
【0042】
また、A層32と、2種類のナノレイヤー交互層38、40とが交互に積層されるため、それ等の各層32、38、40の硬度を適当に定めることにより内部応力をバランスさせることが可能である。これにより、各層32、38、40の付着強度が高くなり、高硬度材や難削材等の高速加工でも、剥離が抑制されて優れた耐チッピング性、耐摩耗性が得られるようになる。
【0043】
前記界面層44は、本実施例ではA層32と同じA組成のみから成る単一組成層である。界面層44の膜厚は5~1000nmの範囲内で適当に定められる。このような界面層44が工具母材12との境界に設けられることにより、工具母材12に対する硬質被膜30の付着強度を高くすることができる。
【0044】
このような硬質被膜30の被膜硬さ(HV0.025)は、低いと十分な耐摩耗性が得られない一方、高過ぎると剥がれたり割れたりし易くなるため、本実施例では2700~3300(HV)の範囲内とされている。
【0045】
図4~
図8は、エンドミル10の刃部16の表面に設けられる硬質被膜の別の例を説明する図で、何れも
図3に対応する断面模式図であり、各硬質被膜の総膜厚Ttotal は0.5~20μmの範囲内である。
図4の硬質被膜50は、前記硬質被膜30に比較して、A層32の代わりにB層34が設けられているとともに、ナノレイヤー交互層40の代わりにナノレイヤー交互層42が設けられており、界面層44の代わりに界面層52が設けられている。B層34の膜厚T1は0.5~1000nmの範囲内で適当に定められ、ナノレイヤー交互層38、42の膜厚T2、T3はそれぞれ1~1000nmの範囲内で適当に定められる。また、膜厚T1と膜厚T2、T3との比T1/T2、T1/T3が、何れも0.2~10の範囲内になるように、各膜厚T1~T3は定められる。なお、B層34の膜厚T1は、前記A層32の膜厚T1とは別個に定められるが、何れも単一組成層で膜厚T1の数値範囲は同じであるため、共通の符号T1を用いて説明する。ナノレイヤー交互層38、42の膜厚T2、T3についても同様である。
【0046】
上記B層34は、前記B組成のみから成る単一組成層で、ナノレイヤー交互層42は、ナノレイヤーB層34nおよびナノレイヤーC層36nが、交互に1周期以上積層された多層構造を成している。この実施例では、最下部がナノレイヤーB層34nで、最上部がナノレイヤーC層36nであるが、最下部がナノレイヤーC層36nで最上部がナノレイヤーB層34nであっても良い。ナノレイヤーB層34nおよびナノレイヤーC層36nの各膜厚は、何れも0.5~500nmの範囲内で適当に定められる。界面層52は、前記B組成のみから成る単一組成層で、界面層52の膜厚は5~1000nmの範囲内で適当に定められる。上記ナノレイヤー交互層42は耐酸化性および潤滑性に優れており、硬さ(ナノインデンテーション法硬さ)は38~40GPa程度である。
【0047】
図5の硬質被膜60は、前記硬質被膜30に比較して、A層32の代わりにC層36が設けられているとともに、ナノレイヤー交互層38の代わりにナノレイヤー交互層42が設けられており、界面層44の代わりに界面層62が設けられている。C層36の膜厚T1は0.5~1000nmの範囲内で適当に定められ、ナノレイヤー交互層40、42の膜厚T2、T3はそれぞれ1~1000nmの範囲内で適当に定められる。また、膜厚T1と膜厚T2、T3との比T1/T2、T1/T3が、何れも0.2~10の範囲内になるように、各膜厚T1~T3は定められる。上記C層36は、前記C組成のみから成る単一組成層で、界面層62は、ナノレイヤーA層32n、ナノレイヤーB層34n、およびナノレイヤーC層36nの中の何れか2種類が交互に積層されたナノレイヤー交互層である。界面層62の膜厚は5~1000nmの範囲内で適当に定められ、界面層62を構成しているナノレイヤーA層32n、ナノレイヤーB層34n、およびナノレイヤーC層36nの中の2種類のナノレイヤー層の膜厚は何れも0.5~500nmの範囲内で適当に定められる。
【0048】
図6の硬質被膜70は、前記硬質被膜30に比較してA層32、ナノレイヤー交互層38、40の積層順序が相違する場合で、ナノレイヤー交互層40とナノレイヤー交互層38との間にA層32が設けられており、ナノレイヤー交互層40が最表面に設けられている。また、A組成の界面層44の代わりに、ナノレイヤー交互層から成る前記界面層62が設けられている。なお、ナノレイヤー交互層38とナノレイヤー交互層40との間にA層32が設けられ、ナノレイヤー交互層38が最表面に設けられても良いなど、交互に積層される3種類の層32、38、40の積層順序は適宜定めることができる。他の硬質被膜50、60についても同様である。また、A層32、B層34、C層36の中の1種類と、ナノレイヤー交互層38、40、42の中の2種類との組合せも、適宜定めることが可能で、例えばA層32とナノレイヤー交互層38および42とを組み合わせて積層したり、A層32とナノレイヤー交互層40および42とを組み合わせて積層したりしても良い。
【0049】
図7の硬質被膜80は、前記硬質被膜30に比較して、界面層44を省略した場合である。
【0050】
図8の硬質被膜90は、前記硬質被膜30に比較して、最表面に表面層92が設けられるとともに、A組成、B組成、C組成とは異なる界面層94が設けられている。表面層92としては、例えばA層32、B層34、C層36のようにA組成、B組成、またはC組成から成る単一組成層、或いは前記界面層62と同様にナノレイヤーA層32n、ナノレイヤーB層34n、およびナノレイヤーC層36nの中の何れか2種類が、それぞれ0.5~500nmの膜厚で交互に積層されたナノレイヤー交互層が設けられる。表面層92の膜厚は0.5~1000nmの範囲内で適当に定められる。界面層94は、B、Al、Ti、Y、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、およびWの中の1種類以上の元素から成る金属の窒化物、炭窒化物、または炭化物にて構成されており、界面層94の膜厚は5~1000nmの範囲内で適当に定められる。
【0051】
また、図示は省略するが、更に別の態様で硬質被膜を構成することもできる。例えば、前記硬質被膜30、50、60、70、80、90は、何れも1種類の単一組成層(A層32、B層34、C層36の何れか1層)と、ナノレイヤー交互層38、40、42の中の何れか2種類と、の計3種類の層が予め定められた順番で1周期を単位として積層されているが、例えば硬質被膜30において最上部のA層32を省略するなど、最上部が1周期の途中で終了しても良い。言い換えれば、表面層が無い硬質被膜30、50、60、70、80においても、その最上部の最表面の層を、交互に積層された3種類の層とは別の表面層と見做すことができる。2種類のナノレイヤー層(ナノレイヤーA層32n、ナノレイヤーB層34n、ナノレイヤーC層36nの何れか2層)を交互に積層したナノレイヤー交互層38、40、42についても、例えばナノレイヤー交互層38がナノレイヤーA層32nから始まってナノレイヤーA層32nで終わるなど、合計の層数が奇数であっても良い。また、界面層44、52、62、94の代わりに、C組成のみにて構成されている単一組成層の界面層を採用することもできる。
【0052】
図13および
図14は、試験品1~試験品50の硬質被膜の被膜構造を具体的に説明する図で、単一組成層の欄のA層、B層、C層は、前記A層32、B層34、C層36に相当する。また、ナノレイヤー交互層の欄のA層、B層、C層は、前記ナノレイヤーA層32n、ナノレイヤーB層34n、ナノレイヤーC層36nに相当し、交互層(AB)、交互層(AC)、交互層(BC)は前記ナノレイヤー交互層38、40、42に相当する。また、界面層は、前記界面層44、52、62、94の何れかである。単一組成層におけるA層~C層、ナノレイヤー交互層における交互層(AB)、交互層(AC)、交互層(BC)の積層対数および膜厚の欄の、各横棒「-」は、それ等の層を備えていないことを意味している。また、
図13および
図14の各試験品1~試験品50は、何れも表面層を備えていない。
図13において散点を付した欄(グレー部分)は、本実施例(本発明の請求項1)の膜厚要件を満たしていないことを意味しており、試験品1~試験品6は比較品で、試験品7~試験品50が本発明品である。
【0053】
図9は、工具母材12に対して上記硬質被膜30、50、60、70、80、90、或いは
図13、
図14に記載の試験品1~50の硬質被膜(以下、特に区別しない場合は単に硬質被膜30等という)をコーティングする際に用いられるアークイオンプレーティング装置100を説明する概略構成図(模式図)である。アークイオンプレーティング装置100は、PVD法の一種であるアークイオンプレーティング法により、工具母材12の表面に前記硬質被膜30等をコーティングするもので、蒸発源(ターゲット)や反応ガスを切り換えることにより、組成が異なる複数種類の層を所定の膜厚で連続的に形成することができる。例えば硬質被膜30の場合、工具母材12の表面に界面層44を設けた後、ナノレイヤー交互層40、38、およびA層32を交互に繰り返し積層すれば良い。
図9は、アークイオンプレーティング装置100を上から見た平面図に相当する。
【0054】
アークイオンプレーティング装置100は、複数のワークすなわち硬質被膜30等をコーティングすべき工具母材12を保持し、略垂直な回転中心Sまわりに回転駆動される回転テーブル154、工具母材12に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源156、工具母材12などを内部に収容している処理容器としてのチャンバ158、チャンバ158内に所定の反応ガスを供給する反応ガス供給装置160、チャンバ158内の気体を真空ポンプなどで排出して減圧する排気装置162、第1アーク電源164、第2アーク電源166、第3アーク電源168、第4アーク電源170等を備えている。回転テーブル154は、上記回転中心Sを中心とする円盤形状を成しており、工具母材12は、その回転テーブル154の外周部分に回転中心Sと略平行になる姿勢で複数配置される。工具母材12を軸心まわりに自転させつつ、回転テーブル154によって回転中心Sまわりに公転させることもできる。反応ガス供給装置160は、A層32、B層34、C層36等の窒化物をコーティングする際に、窒素ガスをチャンバ158内に供給する。チャンバ158内は、排気装置162により例えば2~10Pa程度の真空状態とされるとともに、図示しないヒータ等によって、例えば300~600℃程度の蒸着処理温度に加熱される。
【0055】
第1アーク電源164、第2アーク電源166、第3アーク電源168、第4アーク電源170は、何れも蒸着材料から成る第1蒸発源172、第2蒸発源176、第3蒸発源180、第4蒸発源184をカソードとして、アノード174、178、182、186との間に所定のアーク電流を選択的に通電してアーク放電させることにより、それ等の第1蒸発源172、第2蒸発源176、第3蒸発源180、第4蒸発源184から蒸発材料を選択的に蒸発させるもので、蒸発した蒸発材料は正イオンになって負(-)のバイアス電圧が印加されている工具母材12に蒸着される。すなわち、蒸発源172、176、180、184は、それぞれ前記A組成、B組成、C組成の何れかの合金にて構成されており、一つ余った蒸発源は、例えば膜厚が比較的厚い組成の合金とすることで、効率良くコーティングすることができる。A組成、B組成、およびC組成の組成数に合わせて蒸発源を3つにしても良い。
【0056】
そして、上記アーク電源164、166、168、170を適宜切り換えて所定の組成の層を順次コーティングすることにより、所定の被膜構造の前記硬質被膜30等が得られる。各層の膜厚は、回転テーブル154の回転速度やアーク電源164、166、168、170の通電時間等によって調整できる。組成が異なる複数の層の境界部分には、2種類の組成が混ざった混合層が形成されても良い。
【0057】
次に、工具母材12が超硬合金で直径が16mm、5枚刃の前記エンドミル10と同様のラジアスエンドミルについて、
図10~
図14に示す被膜構造の硬質被膜を設けた試験品1~試験品50を用意し、その硬質被膜の性能試験を行った結果を説明する。
図15は試験結果を示した図で、被膜硬さは、ビッカース硬さ試験法(JIS G0202、Z2244)に従って、硬さ記号HV0.025で示される条件下で硬質被膜のHV値(ビッカース硬さ)を測定した値である。また、以下の切削試験条件に従って試験品1~試験品50を用いてそれぞれ切削加工を行った場合の、外周刃18の逃げ面摩耗幅および切削距離を測定し、被膜性能(耐久性)を判定した。具体的には、切削加工を随時中断して逃げ面摩耗幅を測定し、逃げ面摩耗幅が0.2mm以上になった時の切削距離を測定した。そして、切削距離が20m以上を合格「○」、20m未満を不合格「×」とした。逃げ面摩耗幅は、株式会社ニコン製の測定顕微鏡(MM-400/LM)を用いて目視により観察して測定した。
《切削試験条件》
・被削材:チタン合金
・切削速度V:70m/min
・回転速度n:1400min
-1
・送り速度:f=0.09mm/t、F=630mm/min
・加工形態:側面切削
・軸方向切込みap:28.8mm
・径方向切込みae:3.2mm
【0058】
図15から明らかなように、被膜硬さ(HV0.025)については、本発明品である試験品7~試験品50は何れも2700~3300(HV)の範囲内であり、優れた耐摩耗性および耐衝撃性(断続切削による割れや剥離に対する強度)が期待できるのに対し、比較品である試験品1~試験品6は1800~2100(HV)程度であった。切削距離については、本発明品である試験品7~試験品50は、何れも20m以上切削加工を行うことが可能で、優れた耐久性が得られた。これに対し、比較品である試験品1~試験品6は、何れも切削距離が20m未満であった。
【0059】
このように、本実施例のエンドミル10の硬質被膜30等によれば、A層32、B層34、およびC層36の中の何れか1つの単一組成層と、ナノレイヤー交互層38、40、および42の中の何れか2つのナノレイヤー交互層との、計3種類の層がそれぞれ所定の膜厚で交互に積層されることにより、例えばチタン合金に対する切削加工でも優れた耐久性が得られるなど、優れた耐摩耗性、靱性、潤滑性、および耐溶着性が得られるようになる。これにより、チタン合金の他、例えば炭素鋼やステンレス鋼、鋳鉄、合金鋼等の各種被削材に対する切削加工において、或いは高速加工やドライ加工等の過酷な加工条件において、高い靱性により硬質被膜30等の割れや剥離が抑制されて工具の長寿命化を実現することができた。
【0060】
また、上記1種類の単一組成層の膜厚T1と、2種類のナノレイヤー交互層の各膜厚T2、T3との比T1/T2、T1/T3が、何れも0.2~10の範囲内であるため、1種類の単一組成層および2種類のナノレイヤー交互層がそれぞれ所定の特性を有する適切な膜厚で設けられ、耐摩耗性、耐溶着性等の性能が適切に得られる。
【0061】
また、硬質被膜30等の被膜硬さ(HV0.025)が2700~3300(HV)の範囲内であるため、耐摩耗性および高靱性がバランス良く得られ、割れや剥離が抑制されて優れた耐久性が得られる。
【0062】
また、
図7の硬質被膜80は界面層を備えていないため、成膜コストが低減され、硬質被膜80を有するエンドミル10を安価に製造できる。一方、硬質被膜30、50、60、70、90、および試験品7~試験品50は、所定の組成、膜厚の界面層を備えているため、工具母材12に対する硬質被膜30等の付着強度を高くすることができる。
【0063】
また、
図8の硬質被膜90は、所定の組成、膜厚の表面層92を備えているため、その表面層92の組成や膜厚を適当に定めることにより、耐摩耗性や耐溶着性等の所定の被膜性能を更に向上させることができる。
【0064】
また、エンドミル10は、外周刃18および底刃20が断続的に切削加工を行う断続切削工具であり、それ等の外周刃18および底刃20には繰り返し衝撃荷重が加えられるとともに発熱し易いが、高い耐摩耗性や靱性、潤滑性、耐溶着性を有する硬質被膜30等が設けられることにより、工具の長寿命化を図ることができる。
【0065】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0066】
10:エンドミル(硬質被膜被覆部材、断続切削工具) 12:工具母材(母材) 18:外周刃(切れ刃) 20:底刃(切れ刃) 30、50、60、70、80、90:硬質被膜 32:A層(単一組成層) 32n:ナノレイヤーA層(ナノレイヤー層) 34:B層(単一組成層) 34n:ナノレイヤーB層(ナノレイヤー層) 36:C層(単一組成層) 36n:ナノレイヤーC層(ナノレイヤー層) 38、40、42:ナノレイヤー交互層 44、52、62、94:界面層 92:表面層 Ttotal :総膜厚 T1:単一組成層の膜厚 T2、T3:ナノレイヤー交互層の膜厚