(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-17
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】潤滑油組成物の製造方法及び潤滑油組成物
(51)【国際特許分類】
C10M 177/00 20060101AFI20220128BHJP
C10M 169/04 20060101ALI20220128BHJP
C10M 105/68 20060101ALN20220128BHJP
C10M 105/04 20060101ALN20220128BHJP
C10M 125/02 20060101ALN20220128BHJP
C10N 70/00 20060101ALN20220128BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20220128BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
C10M177/00
C10M169/04
C10M105/68
C10M105/04
C10M125/02
C10N70:00
C10N30:06
C10N40:02
(21)【出願番号】P 2021516188
(86)(22)【出願日】2020-04-23
(86)【国際出願番号】 JP2020017423
(87)【国際公開番号】W WO2020218391
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2021-07-30
(31)【優先権主張番号】P 2019083261
(32)【優先日】2019-04-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(73)【特許権者】
【識別番号】000005979
【氏名又は名称】三菱商事株式会社
(72)【発明者】
【氏名】門田 隆二
(72)【発明者】
【氏名】近藤 邦夫
【審査官】松原 宜史
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-336309(JP,A)
【文献】特表平11-515053(JP,A)
【文献】米国特許第5462680(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
C10N 10/00- 80/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多重アルキルシクロペンタン油又はイミドを陰イオンとするイオン液体を主成分とする基油にフラーレンを溶解してフラーレン溶液を得る工程と、
前記フラーレン溶液を非酸化性雰囲気下で熱処理することによりフラーレン付加体を生成する工程と、を含む潤滑油組成物の製造方法。
【請求項2】
前記非酸化性雰囲気中の酸素ガス分圧が、10パスカル以下である、請求項1に記載の潤滑油組成物の製造方法。
【請求項3】
前記熱処理の温度が、80℃以上300℃以下である、請求項1又は2に記載の潤滑油組成物の製造方法。
【請求項4】
前記熱処理は、前記フラーレン溶液中のフラーレンの濃度が前記熱処理前のフラーレンの濃度に対して0.1以上0.7以下となるまで行う、請求項1~3のいずれか1項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
【請求項5】
前記基油に溶解するフラーレンが、C
60、C
70又はそれらの混合物である、請求項1~4のいずれか1項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
【請求項6】
前記フラーレン付加体を生成する工程において、熱処理する温度は、前記基油の使用上限温度以上で、かつ前記使用上限温度との差が200℃以内である、請求項1に記載の潤滑油組成物の製造方法。
【請求項7】
前記フラーレン溶液を得る工程を行った後、メンブランフィルター、又は遠心分離機を用いて不溶成分を除去する工程をさらに含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
【請求項8】
前記フラーレン付加体を生成する工程において、熱処理する時間は5分以上24時間以下である、請求項1~7のいずれか一項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
【請求項9】
前記フラーレン溶液中のフラーレン濃度は、1質量ppm以上1000質量ppm以下である、請求項1~8のいずれか一項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
【請求項10】
前記フラーレン付加体を生成する工程の前に酸素分子濃度を低下させる調整工程を有し、前記調整工程と前記フラーレン付加体を生成する工程は連続して行い、
前記調整工程は、気密可能な金属容器内に前記フラーレン溶液を収容し、不活性ガスで前記金属容器内を置換する、請求項1~9のいずれか一項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
【請求項11】
前記フラーレン付加体を生成する工程の前に酸素分子濃度を低下させる調整工程を有し、前記調整工程と前記フラーレン付加体を生成する工程は連続して行い、
前記調整工程は、気密可能な金属容器内に前記フラーレン溶液を収容し、金属容器内を減圧する、請求項1~9のいずれか一項に記載の潤滑油組成物の製造方法。
【請求項12】
多重アルキルシクロペンタン油又はイミドを陰イオンとするイオン液体を主成分とする基油と、前記基油由来の成分がフラーレンに付加しているフラーレン付加体と、を含む潤滑油組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油組成物の製造方法及び潤滑油組成物に関する。
本出願は、2019年4月24日に、日本に出願された特願2019-083261に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
高真空下で使用できる潤滑油組成物は、低い蒸気圧で、揮発成分を実質的に含まないことなど、通常の潤滑油組成物と異なる特性が求められる。
【0003】
特許文献1には、蒸気圧の低いPFAE(パーフルオロアルキルエーテル)、トリス(2-オクチルドデシル)シクロペンタン等を基油とした潤滑剤組成物が提案されている。
【0004】
特許文献2には、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドリチウム等のリチウム化合物、及び窒素オニウムカチオンと、弱配位性含フッ素有機アニオンまたは弱配位性含フッ素無機アニオンとからなるイオン性液体から選択された制電性物質と、を含む制電性潤滑油組成物が提案されている。
【0005】
特許文献3には、蒸気圧が低く、かつ静電防止程度の導電性を有するイオン性液体からなる半固体状潤滑油組成物が提案されている。
【0006】
特許文献4には、耐熱性及び酸化防止性を有する潤滑油組成物として(a)25℃での蒸気圧が1×10-4Torr以下のフッ素を含有しない合成油、及びイオン性液体からなる群から選ばれる少なくとも1種の基油、及び(b)フラーレン化合物及びフラーレン製造時の副生炭素粒子からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する潤滑油組成物が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平10-140169号公報
【文献】特開2005-89667号公報
【文献】特開2005-154755号公報
【文献】特開2005-336309号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】JIS Z8126-1:1999「真空技術-用語-第1部」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしこれらの提案はいずれも、例えば、宇宙空間で使用される潤滑油の用途においては、潤滑油組成物が、高真空下で宇宙線などの高エネルギー線に暴露される過酷な環境に置かれる結果、潤滑油組成物の物性が変化し、長期に亘って安定に潤滑性能を維持するには十分でない。
より詳細には、潤滑油組成物の物性変化は、潤滑油組成物を構成する基油の分子が徐々に開裂し、基油の分子鎖が短くなるために生じる。特に高真空下で使用される潤滑油組成物では、分子量が小さい成分が生成することに起因する潤滑油組成物の蒸気圧上昇は、後述するような様々な問題を引き起こす。この一連の基油の変化を“基油劣化”と呼ぶ。基油劣化は、高エネルギー線以外に、摺動部へ極度の力が加わった場合の摩擦摩耗による発熱などによっても引き起こされることがある。
【0010】
基油劣化による蒸気圧上昇は、使用中に基油の一部が蒸発し失われ、摺動部から潤滑油が減少することにより、摺動部の摩耗が発生し、焼き付きを起こす要因にもなり得る。また、基油の一部が蒸発する際に、潤滑油も飛散し、機械装置の摺動部以外の部位にも付着し、機械装置を汚染することもある。
【0011】
本発明の目的は、優れた耐摩耗性を発揮すると共に、基油劣化による蒸気圧上昇を抑制し、真空下であっても長期に亘って安定に潤滑性能を維持することができる潤滑油組成物の製造方法及び潤滑油組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、多重アルキルシクロペンタン油(Multiply Alkylated Cyclopentane oil、以下「MAC油」と言うことがある。)又はイミドを陰イオンとするイオン液体(以下「イミド系イオン液体」と言うことがある。)を主成分とする基油中にフラーレンが存在する場合、上記基油を構成する分子の一部が開裂した分子が、フラーレンと反応してフラーレン付加体を形成することを見出した。これにより、第一に、低分子量化した上記開裂した分子は、そのまま残存することなくフラーレンに捕捉されるため、潤滑油組成物の蒸気圧上昇が抑制される。さらに、第二に、上記フラーレンと上記開裂した分子との反応によって生じたフラーレン付加体は、その分子内に基油の分子構造の一部を有することで、元のフラーレンより上記基油との親和性が高くなるため、フラーレン凝集物が析出しにくくなり、潤滑油組成物としての安定性が向上する。
【0013】
すなわち本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
[1]多重アルキルシクロペンタン油又はイミドを陰イオンとするイオン液体を主成分とする基油にフラーレンを溶解してフラーレン溶液を得る工程と、
前記フラーレン溶液を非酸化性雰囲気下で熱処理することによりフラーレン付加体を生成する工程と、を含む潤滑油組成物の製造方法。
[2]前記非酸化性雰囲気中の酸素ガス分圧が、10パスカル以下である、上記[1]に記載の潤滑油組成物の製造方法。
[3]前記熱処理の温度が、80℃以上300℃以下である、上記[1]又は[2]に記載の潤滑油組成物の製造方法。
[4]前記熱処理は、前記フラーレン溶液中のフラーレンの濃度が前記熱処理前のフラーレン濃度に対して0.1以上0.7以下となるまで行う、上記[1]~[3]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[5]前記基油に溶解するフラーレンが、C60、C70又はそれらの混合物である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[6]多重アルキルシクロペンタン油またはイミドを陰イオンとするイオン液体を主成分とする基油と、前記基油由来の成分がフラーレンに付加しているフラーレン付加体と、を含む潤滑油組成物。
[7]前記フラーレン付加体を生成する工程において、熱処理する温度は、前記基油の使用上限温度以上で、かつ前記使用上限温度との差が200℃以内である、[1]に記載の潤滑油組成物の製造方法。
[8]前記フラーレン溶液を得る工程を行った後、メンブランフィルター、又は遠心分離機を用いて不溶成分を除去する工程をさらに含む、[1]~[5]、[7]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[9]前記フラーレン付加体を生成する工程において、熱処理する時間は5分以上24時間以下である、[1]~[5]、[7]~[8]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[10]前記フラーレン溶液中のフラーレン濃度は、1質量ppm(0.0001質量%)以上1000質量ppm(0.1質量%)以下である、[1]~[5]、[7]~[9]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[11]前記フラーレン付加体を生成する工程の前に酸素分子濃度を低下させる調整工程を有し、前記調整工程と前記フラーレン付加体を生成する工程は連続して行い、前記調整工程は、気密可能な金属容器内に前記フラーレン溶液を収容し、不活性ガスで前記金属容器内を置換する、[1]~[5]、[7]~[10]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
[12]前記フラーレン付加体を生成する工程の前に酸素分子濃度を低下させる調整工程を有し、前記調整工程と前記フラーレン付加体を生成する工程は連続して行い、前記調整工程は、気密可能な金属容器内に前記フラーレン溶液を収容し、金属容器内を減圧する、[1]~[5]、[7]~[10]のいずれかに記載の潤滑油組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、優れた耐摩耗性を発揮すると共に、基油劣化による蒸気圧上昇を抑制し、真空下であっても長期に亘って安定に潤滑性能を維持することができる潤滑油組成物の製造方法及び潤滑油組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好ましい実施形態に係る潤滑油組成物及びその製造方法を説明する。なお、本実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。例えば、発明を逸脱しない範囲で、数、数値、位置、材料、形状、比率などの変更、追加および省略をすることができる。
【0016】
[潤滑油組成物]
本実施形態に係る潤滑油組成物は、多重アルキルシクロペンタン油又はイミドを陰イオンとするイオン液体を主成分とする基油(以下、単に「基油」ということがある。)と、上記基油由来の成分がフラーレンに付加しているフラーレン付加体と、を含む。
【0017】
(フラーレン)
本実施形態の潤滑油組成物の原料として使用するフラーレンは、その構造や製造方法が特に限定されず、種々のものを用いることができる。フラーレンとしては、例えば、比較的入手しやすいC60やC70、さらに高次のフラーレン又はそれらの混合物が挙げられる。フラーレンの中でも、潤滑油への溶解性の高さの点から、C60及びC70が好ましい。フラーレンの混合物の場合は、混合物を構成する全フラーレンに対するC60の含有量が50質量%以上であることが好ましい。
【0018】
(基油)
本実施形態において、潤滑油組成物の基油の主成分は、多重アルキルシクロペンタン油またはイミドを陰イオンとするイオン液体である。一般に、これら基油は揮発成分が少なく、真空下で使う潤滑油組成物の基油として好ましい。尚、真空とは、例えば、非特許文献1によれば、通常の大気圧よりも低い圧力の気体で満たされた空間の状態を指し、その中で高真空下とは、例えば10-5パスカル以上10-1パスカル以下の圧力下であることを指す。尚、ここで「基油の主成分は、多重アルキルシクロペンタン油またはイミドを陰イオンとするイオン液体である」とは、不可避不純物を避けられる程度であればよい。例えば、基油全量基準における多重アルキルシクロペンタン油またはイミドを陰イオンとするイオン液体の含有量が50質量%以上、60質量%以上、70質量%以上、80質量%以上、90質量%以上または95質量%以上であることを意味する。上限値に特に制限はなく100質量%以下である。
【0019】
本実施形態に係る潤滑油組成物が備える不揮発性基油としては、多重アルキルシクロペンタン又はイミド系イオン液体が挙げられる。
多重アルキルシクロペンタンは、アルキル基がシクロペンタン環に複数結合したものである。上記アルキル基は、総炭素数が48以上112以下が好ましく、各アルキル基は同一であっても異なってもよい。具体的には、トリス(2-オクチルドデシル)シクロペンタン、テトラ(ドデシル)シクロペンタンなどが挙げられる。
【0020】
イミド系イオン液体としては、イミド系イオンで構成されるアニオン部とカチオン部とからなるイオン性化合物で、室温~80℃で液体であるものが扱いやすく好ましい。
具体的にはアニオン部として、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、ビス(フルオロスルホニル)イミド、ジエチルホスフェート、などが挙げられる。
また、カチオン部として、リチウム、シクロヘキシルトリメチルアンモニウム、エチルジメチルフェニルエチルアンモニウム、メチルトリオクチルアンモニウム、1-アリール-3-メチルイミダゾリウム、1-エチル-3-メチルイミダゾリウム、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウム、1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウム、 1-ブチル-2、3-ジエチルイミダゾリウム、3,3‘-(ブタン-1,4-ジル)ビス(1ビニル-3-イミダゾリウム)、1-デシル-3-メチルイミダゾリウム、1-ブチル-4-メチルピリジウム、4-エチル-4-メチルモロホリニウム、テトラブチルホスホニウム、トリブチル(2-メトキシエチル)ホスホニウム、トリヘキシル(テトラデシル)ホスホニウム、ブチル-1-メチルピペリジウム、1-ブチルピリジウム、1-ブチル-メチルピロリジンニウム、トリブチルスルホニウムなどが挙がられる。
より具体的なイオン液体としては、これらカチオン部の化合物とアニオン部の化合物とを組み合わせた化合物が挙げられる。なお、組み合わせるカチオン部の化合物及びアニオン部の化合物は、それぞれ単一種であっても良いが、単一種でなくても構わない。
【0021】
本実施形態で用いる基油としては、25℃の蒸気圧が、1パスカル以下であることが好ましく、0.1パスカル以下であることがより好ましく、0.01パスカル以下であることがさらに好ましい。
【0022】
(添加剤)
本実施形態の潤滑油組成物の製造工程中で、潤滑油組成物としての効果を損なわない範囲で、添加剤を添加してもよい。本実施形態の潤滑油組成物に配合する添加剤は、不揮発性の添加剤であれば特に限定されない。このような添加剤としては、例えば、市販の酸化防止剤、粘度指数向上剤、極圧添加剤、清浄分散剤、流動点降下剤、腐食防止剤、固体潤滑剤、油性向上剤、錆び止め添加剤、抗乳化剤、消泡剤、加水分解抑制剤等が挙げられる。これらの添加剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0023】
酸化防止剤としては、例えば、ブチルヒドロキシアニソール(BHA)、ジアルキルジフェニルアミン等が挙げられる。
【0024】
粘度指数向上剤としては、例えば、ポリアルキルスチレン、スチレン-ジエンコポリマーの水素化物添加剤等が挙げられる。
【0025】
極圧添加剤としては、例えば、ジベンジルジサルファイド、アリルリン酸エステル、アリル亜リン酸エステル、アリルリン酸エステルのアミン塩、アリルチオリン酸エステル、アリルチオリン酸エステルのアミン塩等が挙げられる。
【0026】
清浄分散剤としては、例えば、ベンジルアミンコハク酸誘導体、アルキルフェノールアミン類等が挙げられる。
流動点降下剤としては、例えば、塩素化パラフィン―ナフタレン縮合物、塩素化パラフィンーフェノール縮合物、ポリアルキルスチレン系等が挙げられる。
【0027】
抗乳化剤には、例えば、アルキルベンゼンスルホン酸塩等が挙げられる。
【0028】
腐食防止剤としては、例えば、ジアルキルナフタレンスルホン酸塩等が挙げられる。
【0029】
(潤滑油組成物の製造方法)
本実施形態に係る潤滑油組成物の製造方法は、多重アルキルシクロペンタン油、又はイミドを陰イオンとするイオン液体を主成分とする基油にフラーレンを溶解してフラーレン溶液を得る、溶解工程と、上記フラーレン溶液を非酸化性雰囲気下で熱処理することによりフラーレン付加体を生成する、熱処理工程と、を含む。さらに、必要に応じて上記フラーレン溶液に添加剤を添加する、添加工程を設けてもよい。
(1)フラーレン溶液を得る工程
本実施形態で用いるフラーレン溶液は、例えばフラーレンとMAC油とを混合することで得る。
フラーレン溶液中のフラーレン濃度は、1質量ppm(0.0001質量%)以上1000質量ppm(0.1質量%)以下であることがより好ましく、5質量ppm(0.0005質量%)以上100質量ppm(0.01質量%)以下であることがさらに好ましい。この範囲であればMAC油にフラーレンを溶解させやすく、かつ、潤滑油組成物としての効果を得やすい。
【0030】
フラーレンとMAC油とを混合する方法は、攪拌しながら混合することが好ましい。具体的には、攪拌する際には、通常の機械攪拌、超音波攪拌などを行う。基油(MAC油)が室温で低粘性の液体である場合は、室温で攪拌することができる。一方、基油が室温で高粘性の液体あるいは固体の場合は、加温し、低粘度な液体状態にして攪拌することができる。
【0031】
なお、フラーレンとMAC油とを混合することにより作製したフラーレン溶液中に不溶成分が残っている場合、またはフラーレン溶液中に不溶成分が残っているおそれがある場合、作製したフラーレン溶液から不溶成分を除去する除去工程をさらに含むことが好ましい。フラーレン溶液から不溶成分を除去する方法としては、例えば、メンブランフィルターで濾過して除去する方法、遠心分離器で不溶成分の沈降除去する方法、あるいはこれらの組み合わせで不溶成分を除去する方法等が挙げられる。不溶成分を除去することにより、摺動部等の摩耗をより少なくすることができる、高品質な潤滑油組成物を得ることができる。
【0032】
(2)熱処理工程
本実施形態では、上記フラーレン溶液を非酸化性雰囲気下で熱処理する。この熱処理により、基油を構成する分子の結合の一部が開裂した、低分子化した反応性の高い分子(以下、単に「開裂分子」ということがある。)が生成し、上記開裂分子がフラーレンに付加し、フラーレン付加体が生じると考えられる。
このように生成されたフラーレン付加体は、基油の分子構造の一部を含んでいる。そのため、基油に対する親和性が高く、フラーレンより溶解性に優れると考えられる。そのため、得られる潤滑油組成物中でフラーレン凝集体などの析出が生じにくくなる。即ち、潤滑油組成物としての安定性が向上する。
【0033】
上記熱処理は、非酸化性雰囲気下で行い、また、熱処理前にフラーレン溶液中の酸素分子を除去することが好ましい。具体的には、上記非酸化性雰囲気としては、例えば窒素などの不活性ガス雰囲気が挙げられる。フラーレン溶液と平衡にある気相で、上記非酸化性雰囲気中の酸素ガス分圧が、10パスカル以下であるのが好ましく、2パスカル以下がより好ましく、0.2パスカル以下がさらに好ましい。
【0034】
非酸化性雰囲気下で熱処理を行わない場合、生じた開裂分子は、酸素分子と反応し、フラーレンと十分反応しなくなることがある。開裂分子がフラーレンに捕捉されないと、潤滑油組成物の蒸気圧が上昇するなど潤滑特性性を損なう虞がある。
【0035】
熱処理の温度や時間は、原料に用いる基油の種類により異なるので、基油の種類に合わせて適宜変更して行っても良い。基油の仕様などから使用上限温度が分かっている場合、熱処理温度は、使用上限温度以上で、かつ使用上限温度+200℃までの範囲が目安となる。この温度範囲であれば、基油の分子鎖の開裂が適度に引き起こされ、開裂分子が効果的に発生し、フラーレン付加物を得やすい。使用上限温度が不明な場合の熱処理温度の目安としては、上記熱処理の温度が80℃以上300℃以下であるのが好ましく、100℃以上250℃以下であるのがより好ましく、120℃以上200℃以下であるのがさらに好ましい。尚、基油の使用上限温度がわかっている場合であっても、この温度範囲を熱処理温度の目安にしてもよい。
【0036】
また、適量のフラーレン付加物を得るための熱処理時間は、操作のしやすさから5分以上24時間以下に調整することが好ましく、5分以上12時間以下に調整することがより好ましく、5分以上6時間以下に調整することがさらに好ましい。熱処理温度を高くすると熱処理時間を短くでき、逆に熱処理温度を低くすると熱処理時間を長くできる。あるいは、後述のフラーレン残存量を目安に熱処理条件を決定することがさらに好ましい。
【0037】
フラーレン溶液は、通常、大気中で扱われるため、同溶液中の酸素濃度は大気中の酸素と平衡状態になっている。そのため、熱処理を非酸化性雰囲気で行うだけでなく、熱処理工程の前にフラーレン溶液中の酸素分子濃度を低下させる、調整工程を設けることが好ましい。
【0038】
上記酸素分子濃度を低下させる、調整工程に連続して、熱処理工程を行うことがより好ましい。このような方法として、例えば、下記2つの方法が挙げられる。尚、本実施形態はこの例に限定されるものではない。
【0039】
第一の方法を説明する。気密可能なステンレス等の金属製容器内に、フラーレン溶液を収容した後、容器を密閉する。次いで、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガスで容器内を置換するか、好ましくは、さらに容器内のフラーレン溶液を不活性ガスでバブリングすることにより、フラーレン溶液を不活性ガスと平衡状態にする。次いで、フラーレン溶液と不活性ガスの平衡状態を保ったまま容器を加熱(熱処理)する。これにより、フラーレン溶液は非酸化性雰囲気下で熱処理される。上記不活性ガスは、上記容器内を不活性ガスで置換した際に酸素ガス分圧を10パスカル以下にできるように、不純物として酸素ガスをできる限り含まないことが好ましい。
【0040】
第二の方法を説明する。気密可能なステンレス等の金属製容器内に、フラーレン溶液を収容した後、容器を密閉する。次いで、容器を減圧して、フラーレン溶液中の酸素濃度を低下させる。減圧状態を保ったまま容器を加熱することにより、フラーレン溶液を熱処理する。この方法では、減圧時の圧力を10パスカル以下とすれば、気相の酸素ガス分圧も10パスカル以下となり、通常は2パスカル以下となる。
【0041】
このように熱処理することにより、基油と、上記基油由来の成分がフラーレンに付加しているフラーレン付加体と、を含む潤滑油組成物が得られる。得られた潤滑油組成物におけるフラーレンの濃度は、熱処理前のフラーレン溶液におけるフラーレンの濃度よりも低くなる。このように濃度が低下するのは、一部のフラーレンが、基油の開裂分子と反応して、フラーレン付加体へと変化するためである。
【0042】
上記熱処理では、生成するフラーレン付加体を一定量に制御することが好ましい。ただし、フラーレン付加体は種々の化学種の混合物となるので、より定量しやすい残存フラーレンの濃度を一定量に制御してもよい。具体的には、熱処理前後のフラーレン溶液のフラーレンの濃度を測定し、その減少割合(以下、「フラーレン残存率」ということがある。)を一定の範囲とすることが好ましい。
【0043】
フラーレンの濃度の測定方法は、実施例に記載の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた手法により測定する。より具体的には、
(フラーレン残存率)=[熱処理後のフラーレンの濃度]/[熱処理前のフラーレンの濃度]
から算出することができる。なお、熱処理途中のフラーレン残存率を求めるには、上記式中の「熱処理後のフラーレンの濃度」を「熱処理中のフラーレンの濃度」に読み替えればよい。
【0044】
フラーレン残存率を高くするほど、潤滑油組成物の使用中に発生する開裂分子を多く捕捉できる傾向にある。
【0045】
一方、前記フラーレン残存率を低くするほど、安定な潤滑油組成物が得られ、使用中にフラーレン凝集体などの析出が抑えられる傾向にある。ただし、フラーレンは開裂分子とある程度反応してしまっているので、使用中に新たに発生する開裂分子を捕捉できる量は若干減少する。なお、フラーレン1分子は数分子の開裂分子を補捉可能なので、フラーレン残存率は0であっても開裂分子の補捉は可能である。よって、潤滑油組成物はフラーレンを含有していなくてもよい。
【0046】
一般に、フラーレン残存率は、0.1以上0.7以下であることが好ましく、0.2以上0.5以下であることがより好ましい。よって本実施形態では、上記熱処理は、フラーレン溶液中のフラーレンの濃度が上記熱処理前のフラーレンの濃度に対して0.1倍以上0.7倍以下となるまで行うのが好ましい。ただし、フラーレン残存率は、潤滑油組成物の使用目的や使用環境に合わせて設定することが特に好ましい。例えば、高頻度に宇宙線にさらされる環境では、開裂分子の補捉を優先してフラーレン残存率を高く設定することができる。あるいは、長期間使用する目的では、潤滑油組成物の安定性を優先してフラーレン残存率を低く設定することができる。
【0047】
特定のフラーレン残存率を有する潤滑油組成物を得る方法としては、あらかじめ目標とするフラーレン残存率を決定し、フラーレン残存率を測定しながら熱処理を行い、数点の測定結果より外挿して目的の残存率に到達すると予想される時間で熱処理を終了する方法が挙げられる。
【0048】
フラーレンがフラーレン付加体に変化したことは、潤滑油組成物を質量スペクトル測定で確認することができる。例えば、フラーレンとしてC60を用いた場合、熱処理前のフラーレン溶液では、C60に相当するm/z=720のピークのみが確認される。これに対して、熱処理後に得られた潤滑油組成物では、720のピークが減少し、フラーレン付加体のピークが複数出現する。主なピークとしては、MAC油の開裂で生じたアルキルラジカルが付加したC60に相当するピーク(722+2N)が確認できる。なお、Nは60以下の自然数である。
【0049】
上記の方法によって製造される潤滑油組成物は、多重アルキルシクロペンタン油を主成分とする基油、又はイミドを陰イオンとするイオン液体を主成分とする基油と、前記基油由来の成分がフラーレンに付加しているフラーレン付加体と、を含む。
【0050】
本実施形態の潤滑油組成物によれば、摩擦抵抗低減や耐摩耗性に優れるだけでなく、基油劣化に伴う揮発成分の発生が抑制され、潤滑油組成物の蒸気圧上昇を抑制することができる。本実施形態の潤滑油組成物は、各種用途に使用することができるが、特に、真空中での使用や宇宙空間での使用に適している。
【0051】
以上、本発明の好ましい実施の形態について詳述したが、本発明は特定の実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【実施例】
【0052】
以下、本発明の実施例を説明する。本発明は、以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0053】
[実施例1]
(潤滑油組成物の調製)
フラーレン原料(フロンティアカーボン社製、ナノムTMパープルST C60)0.001gと、基油AとしてMAC油であるトリス(2-オクチルドデシル)シクロペンタン(Nye Lubricants社製、合成油2001A)10gと、を混合し、室温でスターラーを用いて36時間撹拌した。得られた混合物を0.1μmメッシュのメンブランフィルターで濾過し、得られた濾液をフラーレン溶液とした。フラーレン溶液中のフラーレンの濃度は100ppmであった。
【0054】
次に、フラーレン溶液を25mlナスフラスコに取り出し、三方コックで蓋をした。次に、三方コックを開にし、ここから注射針を差し込み、純度99.99体積%の窒素ガス(常圧での窒素以外のガス分圧は10パスカル以下)を毎分60mlで10分間流した。次に、三方コックを閉じ、ナスフラスコ内を窒素ガスで満たした状態とした。すなわち、ナスフラスコ内に窒素ガスを充てんした。
【0055】
次に、このナスフラスコを120℃のオイルバスに浸漬してフラーレン溶液を熱処理しながら、5分ごとに、ナスフラスコ内部から、注射器を用いて、フラーレン溶液約0.01mlを抜き取り、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いてフラーレンの濃度を測定し、フラーレン残存率を算出した。測定開始から15分でフラーレン残存率が0.2となったために、ナスフラスコをオイルバスから取り出し、室温にまで冷却し、潤滑油組成物を得た。潤滑油組成物のフラーレンの濃度を測定した結果、15ppmであり、フラーレン残存率は0.15であった。
【0056】
なお、上記フラーレンの濃度の測定は、高速液体クロマトグラフ(アジレント・テクノロジー社製、1200シリーズ)を用い、株式会社ワイエムシィ製カラム YMC-Pack ODS-AM(150mm×4.6)、展開溶媒:トルエンとメタノールの1:1(体積比)混合物とし、吸光度(波長309nm)で検出することにより、潤滑油組成物等の試料中のフラーレンの量を定量した。また、検量線は、上記のフラーレン原料により作成した。
【0057】
また、得られた潤滑油組成物および加熱処理前のフラーレン溶液について、質量分析装置(アジレント・テクノロジー社製、LC/MS、6120)を用いて、分子量720以上2000以下の成分分析を行ったところ、潤滑油組成物では、加熱処理前のフラーレン溶液(主なピーク720)と比較して、主なピークとして、m/z=750、764、766、778、780、792、794、796、808、806、820、834のピークを新たに確認した。このことから、潤滑油組成物にフラーレン付加体が含まれることを確認した。
【0058】
(耐摩耗性の評価)
得られた潤滑油組成物について、摩擦摩耗試験機(Anton Paar社製、ボールオンディスクトライボメーター)を用いて、耐摩耗性を評価した。
先ず、基板およびボールの材質を高炭素クロム軸受鋼鋼材SUJ2とし、ボールの直径を6mmとした。基板の一主面に潤滑油組成物を塗布し、基板を100℃に加熱した。次に、潤滑油組成物を介して、基板の一主面上にて、ボールが同心円状の軌道を描くように、ボールを摺動させた。基板の一主面上におけるボールの速度を15cm/秒、ボールによる基板の一主面に対する荷重を20Nとした。基板の一主面上におけるボールの摺動距離が積算400mの時のボール面の擦り面(円形)を光学顕微鏡で観察し、擦り面の直径を測定し、この数値を耐摩耗性とした。擦り面の直径が小さいほど、耐摩耗性が優れるといえる。結果を表1に示す。
【0059】
(安定性の評価)
昇温脱離ガス分析装置(リガク社製、TPDtype V」)を用いて、高真空下で潤滑油組成物から揮発した成分を測定した。潤滑油組成物0.02gを気圧10-4パスカルでの脱離ガス量を測定した。脱離ガス量は、炭酸ガス(分子量44)よりも分子量の小さい分子の影響を排除するため、分子量46以上200以下のピークの積算値とした。
脱離ガス度は、基油Aに揮発成分としてトリメチルベンゼン(TMB)(東京化成社製)を1質量ppmとなるように添加した試料で同様の測定をした場合のTMBに起因するピークの積算値を1(基準値)として、この基準値に対する潤滑油組成物からの上記脱離ガスに起因するピークの積算値の割合とした。脱離ガス度が小さいほど、高真空下での安定性が優れるといえる。脱離ガス度は、潤滑油組成物の耐摩耗性試験前と、耐摩耗性試験後の2点を測定した。結果を表1に示す。
【0060】
[比較例1]
上記フラーレン溶液の加熱を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物について、質量分析装置(アジレント・テクノロジー社製、LC/MS、6120)を用いて、分子量720以上2000以下の成分分析を行ったところ、フラーレン付加体のピークは確認できず、比較例1の潤滑油組成物にフラーレン付加体が存在していないことが確認された。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0061】
[比較例2]
基油Aにフラーレンを添加しなかったこと及び基油Aの加熱を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。すなわち、比較例2では、基油Aのみで構成される潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0062】
【0063】
表1に示すように、実施例1では、基油Aにフラーレンを添加してフラーレン溶液を得て、フラーレン溶液を窒素雰囲気下で熱処理すると、擦り面の直径が175μmであり、また、耐摩耗性試験前後における潤滑油組成物の脱ガス度がそれぞれ0.4、0.9であり、耐摩耗性及び高真空下での安定性に優れることが分かった。
【0064】
一方、比較例1では、上記フラーレン溶液を熱処理しないと、擦り面の直径が210μmであり、耐摩耗性が実施例1に対して劣った。また、耐摩耗性試験前後における潤滑油組成物の脱ガス度がそれぞれ0.4、1.5であり、耐摩耗性試験後の高真空下での安定性が、実施例1に対して劣った。
【0065】
また、比較例2では、基油Aにフラーレンを添加せず、且つ基油Aを熱処理しないと、擦り面の直径が240μmであり、耐摩耗性が実施例1に対して大きく劣った。また、耐摩耗性試験前後における潤滑油組成物の脱ガス度がそれぞれ0.1、2.1であり、耐摩耗性試験後の高真空下での安定性が、実施例1に対して大きく劣った。
【0066】
[実施例2]
イミド系イオン液体である1-デシル-3-メチル-イミダゾリウム・ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド(東京化成製)を基油Bとしたこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物について、質量分析装置を用いて、分子量720以上2000以下の成分分析を行ったところ、フラーレン付加体が確認された。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0067】
[比較例3]
フラーレン溶液の加熱を行わなかったこと以外は、実施例2と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物について、質量分析装置を用いて、分子量720以上2000以下の成分分析を行ったところ、フラーレン付加体が確認されなかった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0068】
[比較例4]
上記基油Bにフラーレンを添加しなかったこと及び上記基油Bの加熱を行わなかったこと以外は、実施例2と同様にして潤滑油組成物を得た。すなわち、比較例4では、基油Bのみで構成される潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0069】
実施例2では、基油Bにフラーレンを添加してフラーレン溶液を得て、フラーレン溶液を窒素雰囲気下で熱処理すると、擦り面の直径が270μmであった。一方、加熱しなかった比較例3では擦り面の直径が330μmであり、フラーレンを添加しなかった比較例4では擦り面の直径が360μmであった。また、耐摩耗性試験前後における潤滑油組成物の脱ガス度は、それぞれ実施例2において0.2、0.6、比較例3において0.2、1.1、比較例4において、0.1、1.3であった。実施例2、比較例3及び比較例4の結果を比較すると、基油Bにフラーレンを添加して加熱した場合、耐摩耗性及び脱離ガス度ともに良好であったが、加熱しない場合あるいは基油Bのみの場合は、耐摩耗性及び脱離ガス度ともに劣った結果となった。これは基油Bがイオン液体であっても、MAC油である基油Aと同様の傾向を示した。
【0070】
[実施例3]
ナスフラスコに窒素ガスを充てんする代わりに、真空ポンプで真空状態とすることで、フラーレン溶液に含まれる酸素を除去したこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0071】
[実施例4]
ナスフラスコに窒素ガスを充てんする代わりに、酸素ガスを1体積%含む窒素ガスを流したこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0072】
[実施例5]
ナスフラスコに窒素ガスを充てんする代わりに、空気を流したこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0073】
擦り面の直径は、実施例3で175μmであり、実施例4で180μmであり、実施例5で200μmであった。また、耐摩耗性試験前後における潤滑油組成物の脱ガス度は、それぞれ実施例3において0.2、0.7、実施例4において0.4、1.1、実施例5において、0.4、1.3であった。実施例1、3、4、5の結果を比較すると、熱処理工程で酸素ガス濃度を低下させるほど、耐摩耗性と脱ガス度が改善していることが分かった。
【0074】
[実施例6]
フラーレン溶液を85℃で熱処理したこと以外は、実施例3と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0075】
[実施例7]
フラーレン溶液を105℃で熱処理したこと以外は、実施例3と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0076】
[実施例8]
フラーレン溶液を210℃で熱処理したこと以外は、実施例3と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0077】
[実施例9]
フラーレン溶液を260℃で熱処理したこと以外は、実施例3と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0078】
擦り面の直径は、実施例6で190μmであり、実施例7及び8で185μmであり、実施例9で200μmであった。また、耐摩耗性試験前後における潤滑油組成物の脱ガス度は、それぞれ実施例6~8において0.2、0.8であり、実施例9において、0.2、1.0であった。実施例3、6、7、8、9の結果を比較すると、耐摩耗性の改善は、熱処理温度が120℃であるときが最も良好であり、次に105℃、210℃、その次に85℃、さらにその次に260℃であった。
【0079】
[実施例10]
基油としてイミド系イオン液体である1-ブチル-4-メチル-ピリジウム・ビス(フルオロスルホニル)イミド(基油C)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物について、質量分析装置を用いて、分子量720以上2000以下の成分分析を行ったところ、フラーレン付加体が確認された。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0080】
[比較例5]
フラーレン溶液の熱処理を行わなかったこと以外は、実施例10と同様にして潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物について、質量分析装置を用いて、分子量720以上2000以下の成分分析を行ったところ、フラーレン付加体が確認されなかった。得られた潤滑油組成物の耐摩耗性と脱離ガス度の結果を、表1に示す。
【0081】
擦り面の直径は、実施例10で275μmであり、比較例5で340μmであった。また、耐摩耗性試験前後における潤滑油組成物の脱ガス度は、それぞれ実施例10において0.2、0.6であり、比較例5において、0.2、1.2であった。実施例10及び比較例5の結果を比較すると、基油Cにフラーレンを添加して加熱した場合、耐摩耗性及び脱離ガス度ともに良好であったが、加熱しない場合は、耐摩耗性及び脱離ガス度ともに劣った結果となった。これは基油Cであっても、基油Aや基油Bと同様の傾向を示した。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の潤滑油組成物は、高高度領域や宇宙空間、あるいは高真空下で使用される装置、機器類に有用であり、例えば、航空機、宇宙機、ロケット、探査機、宇宙ステーション、衛星等に搭載される装置あるいは機器の摺動部において、真空下で金属部分が傷付いたり、摩耗したりするのを長期的に抑制するために極めて有用である。