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特許6995407受容体応答変調方法及び受容体応答の変調を利用した測定装置
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  • 特許-受容体応答変調方法及び受容体応答の変調を利用した測定装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-17
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】受容体応答変調方法及び受容体応答の変調を利用した測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 19/00 20060101AFI20220106BHJP
【FI】
G01N19/00 H
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020525462
(86)(22)【出願日】2019-06-04
(86)【国際出願番号】 JP2019022088
(87)【国際公開番号】W WO2019244613
(87)【国際公開日】2019-12-26
【審査請求日】2020-11-05
(31)【優先権主張番号】P 2018115702
(32)【優先日】2018-06-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(72)【発明者】
【氏名】南 皓輔
(72)【発明者】
【氏名】今村 岳
(72)【発明者】
【氏名】柴 弘太
(72)【発明者】
【氏名】吉川 元起
【審査官】山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/121155(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/148774(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/004861(WO,A1)
【文献】特開2002-350299(JP,A)
【文献】米国特許第6534319(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 19/00
G01N 5/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象の物質を含み、任意成分として第1の流体を含み得る測定対象流体と、測定対象の物質を含まない第2の流体とを切り替えて受容体を表面に有するナノメカニカルセンサへ与えるステップと、
前記測定対象流体及び前記第2の流体が前記ナノメカニカルセンサへ送られる流路上で、前記第1の流体及び前記第2の流体とは異なる第3の流体を、前記測定対象流体及び前記第2の流体の少なくとも一方の流体へ混合するステップと、
前記第3の流体の混合によって前記受容体の応答特性が変調された前記ナノメカニカルセンサからの出力信号に基づいて測定対象の物質の測定を行うステップと
を設けた、受容体応答変調方法。
【請求項2】
混合された前記第3の流体の濃度は前記測定対象流体と前記第2の流体とで同じである、請求項1に記載の受容体応答変調方法。
【請求項3】
前記第3の流体の前記混合を選択的に行い、
前記混合を行った前記測定対象流体及び前記第2の流体を与えることにより前記ナノメカニカルセンサから得られる第1の出力信号、及び
前記混合を行っていない前記測定対象流体及び前記第2の流体を与えることにより前記ナノメカニカルセンサから得られる第2の出力信号
の両者に基づいて前記測定対象の物質の測定を行う、請求項1または2に記載の受容体応答変調方法。
【請求項4】
前記第1の出力信号を得るための測定と前記第2の出力信号を得るための測定は同じ装置を使用して連続して行われる、請求項3に記載の受容体応答変調方法。
【請求項5】
前記第1の出力信号を得るための測定と前記第2の出力信号を得るための測定とは別の時点で行われる、請求項3に記載の受容体応答変調方法。
【請求項6】
前記測定対象流体、前記第1の流体、前記第2の流体及び前記第3の流体は気体である、請求項1から5のいずれかに記載の受容体応答変調方法。
【請求項7】
前記測定対象流体、前記第1の流体、前記第2の流体及び前記第3の流体は液体である、請求項1から5のいずれかに記載の受容体応答変調方法。
【請求項8】
前記第1の流体及び前記第2の流体はそれぞれ窒素、空気及び希ガスからなる群から選択される、請求項6に記載の受容体応答変調方法。
【請求項9】
前記測定対象流体は更に前記第2の流体を含む、請求項1から8の何れかに記載の受容体応答変調方法。
【請求項10】
前記ナノメカニカルセンサは表面応力センサである、請求項1から9の何れかに記載の受容体応答変調方法。
【請求項11】
前記表面応力センサは膜型表面応力センサである、請求項10に記載の受容体応答変調方法。
【請求項12】
受容体を表面に有するナノメカニカルセンサと、
測定対象の物質を含み、任意成分として第1の流体を含み得る測定対象流体と、測定対象の物質を含まない第2の流体とを切り替えて前記ナノメカニカルセンサへ与える流体供給系と、
前記第1の流体及び前記第2の流体とは異なる第3の流体を前記測定対象流体及び前記第2の流体の少なくとも一方の流体へ混合する第3流体混合系と
を設け、
前記第3の流体の混合によって前記受容体の応答特性が変調された前記ナノメカニカルセンサからの出力信号に基づいて測定対象の物質の測定を行う
受容体応答の前記第3の流体による変調を利用した測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面応力センサ等のナノメカニカルセンサに使用され、ナノメカニカルセンサに供給される流体中の成分を吸着して表面応力が変化する等の応答を示す受容体の応答を変調する方法に関する。本発明は更にこのような変調方法を利用して測定を行う装置に関する。
【背景技術】
【0002】
気体や液体中の各種の成分を検出するために各種のセンサが研究されてきた。その一つとして流体中の成分を吸着する受容体を有し、そのような成分の吸着や脱着により受容体に引き起こされる各種の物理的なパラメータの変化を検出するナノメカニカルセンサが存在する。そのようなナノメカニカルセンサの一つとして、受容体の膜が各種の成分の吸着・脱着により膨張・収縮することで当該膜に発生する応力を表面応力の変化として検出する表面応力センサが知られている。表面応力センサの具体的な構造としては以前からカンチレバー形状のものが研究されてきたが、近年、膜型表面応力センサ(Membrane-type Surface stress Sensor;MSS)と呼ばれる、二次元的な広がりを有する膜の周囲を複数箇所で支持し、この膜表面に印加された表面応力を上記支持箇所に集中させることで、表面応力を高感度で測定できるタイプの表面応力センサが注目されている(特許文献1)。
【0003】
このような、表面応力センサなどに代表されるナノメカニカルセンサに期待される検出対象の物質は非常に多様であるため、これらの物質をナノメカニカルセンサによって識別するためには、互いに異なる応答特性を有する多種類の受容体が必要とされる。しかしながら、受容体は検出対象とされる物質に対する高い感度、使用を繰り返した場合の安定性、試料流体やパージ用流体に含まれる物質に対する耐久性、繰り返し使用しても劣化や特性変化がない等の安定性等が要求されるため、受容体として使用できる化学物質や組成物の種類を増やすことは容易ではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、試料流体に対するナノメカニカルセンサ用受容体の各種の応答特性を変調することで、当初の受容体とは異なる応答特性を有するようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一側面によれば、測定対象の物質を含み、任意成分として第1の流体を含み得る測定対象流体と、測定対象の物質を含まない第2の流体とを切り替えて受容体を表面に有するナノメカニカルセンサへ与えるステップと、前記測定対象流体及び前記第2の流体が前記ナノメカニカルセンサへ送られる流路上で、前記第1の流体及び前記第2の流体とは異なる第3の流体を、前記測定対象流体及び前記第2の流体の少なくとも一方の流体へ混合するステップと、前記第3の流体の混合によって前記受容体の応答特性が変調された前記ナノメカニカルセンサからの出力信号に基づいて測定対象の物質の測定を行うステップとを設けた、受容体応答変調方法が与えられる。
ここで、混合された前記第3の流体の濃度は前記測定対象流体と前記第2の流体とで同じであってよい。
また、前記第3の流体の前記混合を選択的に行い、
前記混合を行った前記測定対象流体及び前記第2の流体を与えることにより前記ナノメカニカルセンサから得られる第1の出力信号、及び
前記混合を行っていない前記測定対象流体及び前記第2の流体を与えることにより前記ナノメカニカルセンサから得られる第2の出力信号
の両者に基づいて前記測定対象の物質の測定を行ってよい。
また、前記第1の出力信号を得るための測定と前記第2の出力信号を得るための測定は同じ装置を使用して連続して行ってよい。
また、前記第1の出力信号を得るための測定と前記第2の出力信号を得るための測定とは別の時点で行ってよい。
また、前記測定対象流体、前記第1の流体、前記第2の流体及び前記第3の流体は気体であってよい。
あるいは、前記測定対象流体、前記第1の流体、前記第2の流体及び前記第3の流体は液体であってよい。
また、前記第1の流体及び前記第2の流体はそれぞれ窒素、空気及び希ガスからなる群から選択されてよい。
また、前記測定対象流体は更に前記第2の流体を含んでよい。
また、前記ナノメカニカルセンサは表面応力センサであってよい。
また、前記表面応力センサは膜型表面応力センサであってよい。
本発明の他の側面によれば、受容体を表面に有するナノメカニカルセンサと、測定対象の物質を含み、任意成分として第1の流体を含み得る測定対象流体と、測定対象の物質を含まない第2の流体とを切り替えて前記ナノメカニカルセンサへ与える流体供給系と、前記第1の流体及び前記第2の流体とは異なる第3の流体を前記測定対象流体及び前記第2の流体の少なくとも一方の流体へ混合する第3流体混合系とを設け、前記第3の流体の混合によって前記受容体の応答特性が変調された前記ナノメカニカルセンサからの出力信号に基づいて測定対象の物質の測定を行う受容体応答の前記第3の流体による変調を利用した測定装置が与えられる。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、受容体をそれとは別の応答特性を有する受容体として機能させることができるため、選択し得る受容体の種類を実質的に増やすことができる。また、応答特性の変調が感度の向上である場合には、新規な受容体を開発することなしに、特定の測定対象物質をより高い感度で測定できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】実施例で使用した測定装置の概念的構成図。
図2】外部ガスとしてエタノールを使用し、試料ガスとしてそれぞれ水、クロロホルム、アセトン及びエタノールを使用した場合の測定結果のグラフを示す図。
図3】外部ガスとしてヘプタンを使用し、試料ガスとしてそれぞれ水、エタノール、酢酸エチル及びトルエンを使用した場合の測定結果のグラフを示す図。
図4】外部ガスとしてトルエンを使用し、試料ガスとしてそれぞれエタノール、酢酸エチル、メチルシクロヘキサン及びプロピオン酸を使用した場合の測定結果のグラフを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の一形態によれば、測定対象の物質(試料)を含み、任意成分として第1の流体を含み得る測定対象流体(試料流体)をナノメカニカルセンサに与え、それに対するナノメカニカルセンサの応答に基づいてこの試料を測定する際、測定対象流体に任意成分として含み得る第1の流体とは異なる第3の流体(外部流体)を測定対象流体に選択的に混合してからナノメカニカルセンサに与える。これらの流体は気体でも液体でもよいが、説明を簡略化するため、以下では流体は主として気体であるとして説明する。もちろん、気体だけについての説明でも一般性を失うものではない。
なお、上では「第1の流体(第1の気体)」、「第3の流体(第3の気体)」と一般的に表現したが、「第1の流体」は通常は受容体にあまり強く結合しないという意味で不活性である流体を使用する。流体として気体を使用する場合には、第1の気体として窒素ガスや空気、希ガスを使用することが多い。このようなガスは試料を測定系に流すためのキャリアガスや、受容体に吸着した試料を洗い流して初期状態に戻す(あるいは初期状態に近づける)ためのパージガスとして使用される。もちろん、測定すべき試料や受容体の性質に応じて窒素や空気、希ガス以外のガスを第1の気体(第1の流体)として使用することもできる。
【0009】
ここで注意すべき点として、塗布などによって表面に受容体を有するセンサは、真空中に長期間保管しておいたものを直ちに使用するわけではないので、試料ガスが与えられる前には、その環境として存在するガス(「環境ガス」と称する)中の分子を吸着して平衡状態に到達している。したがって、センサに試料ガスを与えると、試料ガス中の成分分子(試料分子)の吸着は、受容体に何も吸着していない状態から開始されるのではなく、すでに吸着されている環境ガス分子を次第に置換する形態で行われる。ここで、環境ガスは通常はパージガスと同じものである。
【0010】
また、ナノメカニカルセンサを使用した測定では、センサに対して測定対象流体(試料ガス)と測定対象の物質(試料)を含まない第2の流体(パージガス)とを交互に切り替えながら繰り返し与えるという測定方法がしばしば用いられる。この測定方法を用いることにより、試料ガスに対するナノメカニカルセンサの出力信号(以下、「センサシグナル」、あるいは更に簡略化して「シグナル」と称する)のベースラインを求めることが容易になるだけではなく、ベースラインにおけるシグナル(十分長い時間パージガスを流すことにより得られる安定(飽和)したシグナル)及び試料ガスに対する最終的なシグナル(十分長い時間試料ガスを流すことにより得られる安定(飽和)したシグナル)という静的な応答特性だけでなく、試料ガスとパージガスとの切替によるシグナルの変化、つまりシグナルの過渡状態という動的な応答特性も得ることができるので、試料の測定のために使用できる情報量が多くなる。本願の実施例においても、上述したところの試料ガスとパージガスとの交互切替を行い、これに応答して現れるシグナルを得た。後述する実施例に示したような実施形態では、「第2の流体」は、上記の「第1の流体」と同様に、通常は受容体にあまり強く結合しないという意味で不活性である流体が使用され、流体として気体を使用する場合には、第2の気体として窒素ガスや空気、希ガスを使用することができる。なお、ここで注意しておくが、第2の流体は必ずしもあらゆる点において不活性であることは求められておらず、特定の測定あるいはその測定系を構成する部材に顕著に有害でないものであれば使用することができる。例えば、第1の流体として空気を使用するのはしばしば好都合であるが、大気の主要な成分の一つである酸素は化学的に活性な気体である。また、液体の場合で言えば、不活性であるとは言えない水を第2の流体として使用することもかなりの局面において有益である。このように、活性に関する第2の流体の適否は、個別の測定毎に全体として好都合か否かという観点で決めるべき事項である。なお、これは第1の流体についても同様である。また、本実施形態では、「第3の流体」は、第1の流体及び第2の流体とは異なる流体であり、当該第3の流体は、試料ガス及び第2の流体が前記ナノメカニカルセンサへ送られる流路上で、試料ガス及び第2の流体の少なくとも一方の流体へ選択的に混合されてからナノメカニカルセンサに与えられる。
【0011】
なお、念のため説明すれば、試料ガス、パージガス、受容体の組み合わせやその他の測定条件により、上述の試料ガスとパージガスとの切替によるシグナルの過渡状態が短時間で終了して、次の切替までの間、シグナルの変動がほぼ見られない安定状態を維持する場合もあれば、上記過渡状態の期間が長い場合には安定状態に入る前に次の切り替えが起こることで、次の過渡状態が始まる場合もある。後者のようにシグナルに安定状態がない場合(シグナル波形がのこぎり波状になる)でも、そこに現れている動的な応答特性に基づいて試料の測定を問題なく行うことができることを注意しておく。
【0012】
本発明では、流体として気体を使用する形態において、測定対象流体(試料ガス)に「第3の流体(第3の気体)」を混合することによって上に述べた受容体の応答特性の変調を行うが、この第3の気体としてはこのような変調を引き起こすものであれば原理的には制限なく使用できる。もちろん、混入により測定結果が不安定になったり、受容体の劣化が促進されたりするなどの悪影響が出ない第3の気体と受容体との組み合わせを使用することが好ましい。「第3の気体」としては、これに限られるものではないが、以下で説明する実施例においては、エタノール、ヘプタン、トルエンを必要に応じて使用した。なお、実施例で使用した第1の気体及び第2の気体はいずれも窒素ガスであった。
【0013】
以下で、本発明の原理を説明する。
【0014】
ナノメカニカルセンサでは、動作原理についてまだ解明されていない部分が残されているものの、少なくとも以下の過程を経ることによってセンサシグナルが生じると考えられる:
I:試料ガス分子の感応膜表面への吸着および感応膜内部への拡散
II:感応膜とセンサ素子との連続的力学平衡変化と粘弾性効果の散逸
III:試料ガス分子の感応膜内部から表面に向けた拡散および感応膜表面からの脱着
これらI~IIIの過程を繰り返すことによって、一連のセンサシグナル波形が得られる。
【0015】
上記IおよびIIIの過程において、試料ガス分子は何も無いところに吸着・拡散するわけではなく、事前に感応膜への吸着・内部拡散を経て平衡状態に達している「環境ガス分子」と連続的に置換することになる。この環境ガスは「パージガス」とも呼ばれ、一般的には窒素や空気、希ガスなどが利用されることが多く、これを変えることによってセンサシグナルの変調を試みることは通常行われない。
そこで本発明では、この環境ガスを積極的に変えることによって、感応膜表面や内部での試料ガス分子の挙動を変化させ、異なるセンサシグナルを得る。これによって、同じ感応膜種であっても、環境ガスを変えることによって、あたかも別の感応膜種のように利用することが可能となる。
【0016】
別の視点としては、上記I~IIIの過程で得られるシグナルというのは、試料ガスが吸着した状態と、環境ガスが吸着した状態との「差」、およびそれら二つの状態間の「動的遷移」と考えることも可能である。この場合、同じ試料ガスと感応膜種の組み合わせであっても、環境ガスを変えることによって二つの状態の相対的な関係が変わるため、より多様なシグナルを得ることが可能となる。
【0017】
次に、本発明の測定方法を実施する際に使用できる測定装置について説明する。図1に、そのような装置の例の概念的な構成を示す。図1の左端からその右上部のセンサチャンバーの手前には、測定に使用される3種類のガスを混合してセンサチャンバーに供給するためのガス供給系の構造の例が示されている。その下段部は試料ガスを供給するための試料ガス経路、中段部は第2の流体(パージガス(ここでは例として窒素ガスを使用))を供給するためのパージガス経路、また上段部は第3の流体(外部ガス)を供給するための外部ガス経路である。
【0018】
ここにおいて、試料としては多様なものが考えられるので、それぞれの試料の特性に合わせて試料ガス経路を準備する必要がある。試料が常温で液体である場合には、試験環境の温度における試料ガスの発生源(試料ガス源)である液体の蒸気圧等にもよるが、任意成分として測定に悪影響を与えない第1の流体(第1の気体;キャリアガス)を試料の液体が入っている容器に送り込んでその上部空間(ヘッドスペース)に入っている蒸気を送り出す、容器内の液体中に吹き込む(バブリング)、あるいは液体をキャリアガス中に噴霧して蒸発させることによって当該液体の蒸気を含む混合ガスを取り出す等の構成、容器中の液体を加熱する、あるいは液体を加熱された部材に滴下する等の手法によって液体を加熱することでそこから発生する蒸気を試料ガスとして取り出す構成、上記キャリアガスを使用する構成において同時に加熱を行う構成などがある。試料が常温で気体である場合には、そのような気体をそのまま、あるいはキャリアガスと混合して試料ガス経路に流すことができる。あるいは、試料それ自体は気体であっても、それを何らかの液体中に溶解させた状態で提供され、あるいは試料の気体が一旦液体中に溶解させた状態であった方が取扱いが容易である等の事情がある場合には、上述した液体試料と同様な試料ガス経路構成をとることができる。試料が常温で固体である場合、あるいは測定対象の成分を吸着等により含んでいる固体として与えられる場合には、このような固体試料から適切な方法で気体を発生させる試料ガス経路構成をとることができる。例えば、そのような固体からそのままであるいは加熱することによって試料ガスが盛んに揮発するような場合には、固体を収容する容器中のヘッドスペースから試料のガスを取り出したり、あるいは外部からキャリアガスを容器のヘッドスペースに導入してヘッドスペース内の試料ガスを積極的に外部に排出させたりしてもよい。また、試料の固体を加熱することによって液化するような場合には、試料源が液体の場合について説明したものと同じ構成により試料ガスを取り出すことができる。このように、試料ガス経路は試料により多様な形態をとるが、このこと自体は本発明の特徴とは無関係であるため、以下ではこれ以上の説明は省略する。
【0019】
図1の下段に例示された試料ガス経路においては、試料としては液体であってしかも揮発性の比較的低いものを例として取り上げ、窒素ガスをガスボンベなどの窒素ガス源(図示せず)からマスフローコントローラーMFC-1によって流量を制御して導入し、これをキャリアガス(第1の流体)として試料容器中の液体の試料に吹き込むことで、試料蒸気(試料ガス)を含む窒素ガスを第1ミキシングチャンバーの一方の入力に供給する。
【0020】
図1の中段に示すパージガス経路では、試料ガス経路と同様に、窒素ガスをガスボンベなどの窒素ガス源(図示せず)からマスフローコントローラーMFC-2によって流量を制御して導入する。これをパージガス(第2の流体)として第1ミキシングチャンバーのもう一方の入力に供給する。第1ミキシングチャンバーの出力であるところの、試料ガス経路出力とパージガス出力とを均一に混合したガスは、センサチャンバーの直前に設けられた第2ミキシングチャンバーの一方の入力に与えられる。ここで、実施例における測定からわかるように、MFC-1とMFC-2とは所定周期で互いに逆相でオン/オフ動作することにより、第1ミキシングチャンバーにはパージガス経路の出力と試料ガス経路の出力とが交互に切り替えられて供給される。
【0021】
図1の上段の外部ガス経路は外部ガスを第2ミキシングチャンバーのもう一方の入力に与える。ここで、与えられる外部ガスの形態としては、気体として与えられる場合、また外部ガスを発生するための液体や固体として与えられる場合があるが、このような外部ガスの発生源(外部ガス源)の形態やこのような形態による外部ガス経路の構成の違いについては試料ガス経路について説明したことと同じであるので、重複した説明は省略する。図1に示した構成例では、外部ガス源は液体であってしかも揮発性がそれほど高くないものを例に取り上げている。すなわち、ここでは下段の試料ガス経路と同じく窒素ガスをガスボンベなどの窒素ガス源(図示せず)からマスフローコントローラーMFC-3によって流量を制御して導入し、これを外部ガス発生用容器中の液体に吹き込むことで、その液体の蒸気である外部ガス(第3の流体)を含む窒素ガスを第2ミキシングチャンバーのもう一方の入力に供給する。なお、外部ガスとしては、必要に応じて多様な物質を使用することができる。これに限定する意図はないが、例えば、以下で説明する実施例では、外部ガスとして、エタノール、ヘプタン及びトルエンを使用した。
【0022】
このようにして導入された3種類のガス(試料ガス、パージガス、及び外部ガス)は図1でこれらの経路が合流しているように図示されていることで表されるように下流側で混合され、その後、所望の受容体層が付与されたナノメカニカルセンサを収容するセンサチャンバーに供給される。上記混合に当たっては、混合対象の個々のガスが均一に混合された状態でセンサチャンバーに供給されることが望ましい。従って、この混合を行う部位の実際の構造としては、3つの経路をここで単純に合流させるだけではなく、これらのガス相互の混合を促進するような何らかの手段を設置してもよい。図1ではそのような手段の例としてミキシングチャンバーを使用している。
【0023】
このようにして、2種類の組成の混合ガス、すなわち試料ガス+外部ガス(あるいは試料ガス+外部ガス+キャリアガス(キャリアガスとしてパージガスを使用する場合がある))(以下、試料フェーズ混合ガスと称する)と、パージガス+外部ガス(パージフェーズ混合ガスと称する)を交互に切り替えてセンサチャンバーへ供給する。なお、このようなガスの供給を行う構成は図1に限定するものではなく、各種の変形が考えられる。例えば、図1には明示されていないが、流路中に流路の閉塞や切り替えを行う弁等を配置してもよい。また、図1においてガスをセンサチャンバーまで送り込む駆動力は図の左側から送り込まれるパージガスまたはキャリアガス(図1に示す例では何れも窒素ガス)の圧力であるが、経路中にガスを下流側へ押し出す、及び/またはガスを下流側から吸引するポンプ類を設けてもよい。
【0024】
センサチャンバーへ交互に切り替えて供給される試料フェーズ混合ガスとパージフェーズ混合ガスの2種類のガス中の外部ガスの量は、外部ガスの混入による効果が十分に発揮されるようにするなど、各種の要件に適合させて自由に設定することができる。これに限定されるものではないが、例えば両フェーズのガス中の外部ガス濃度を互いに一致させてもよい。また試料フェーズ混合ガス中にキャリアガス(パージガスであってもよい)を混入する場合、試料フェーズ混合ガス中のキャリアガス+外部ガス成分だけに対する外部ガスの濃度をパージフェーズ混合ガス中の外部ガスの濃度に一致させてもよい。もちろん、上記2つの場合のいずれでも外部ガスの濃度が一致しないようにしてもよい。極端な場合、両フェーズのガスのどちらか一方には外部ガスを混入しなくてもよい。
【0025】
なお、ここで試料フェーズ混合ガスとパージフェーズ混合ガスとの切替について一点注意すべき事項がある。ここまでの説明を読むと、両ガス間での切り替えが切替時点において即座に行われるとも理解されるかもしれないが、これはあくまでもマスフローコントローラー、弁などの切り替えを行う手段の動作の制御についての説明であって、そのような制御を受けた切替手段及びその下流側における実際のガスが瞬時に一方から他方へ切り替わることを述べているのではないことに注意する必要がある。すなわち、切替手段内の機構はできるだけ高速で動作するように設計・製造されているとはいえ、その部材や切り替え対象のガスの慣性その他によって、実際には過渡的な状態、つまり両方のガスが混合した状態を経由して一方のガスだけの状態に切り替わる。また、切替手段、その下流の流路系、またセンサチャンバーの内部容積をゼロにすることはできないから、たとえ切替手段が理想的な切替を行ったとしても、その下流では切り替え後のガスが切替前のガスを押しながら下流へ流れることになる。これにより、両ガスの境界には、ガスの拡散、ガスが流れることにより発生する渦等によって両ガスの混合が起こる。結局、センサチャンバー内のナノメカニカルセンサから見れば、試料フェーズ及びパージフェーズの何れにおいても、センサはそのフェーズの開始から終了までの全時間区間内でそれぞれのフェーズのガスのみに曝されるのではなく、試料フェーズ混合ガスとパージフェーズ混合ガスの両者が混じり合った過渡的な状態を経由して一方から他方へと切り替わることに注意されたい。もちろん、このような過渡的な状態は短時間で終了することが望ましい。
【0026】
センサチャンバー内のナノメカニカルセンサは、このようにして与えられたガスに応答してセンサシグナルを発生する。このセンサシグナルはインターフェースを経由して、制御用のコンピュータ(図示せず)に与えられる。センサシグナルはコンピュータに記録され、また、各種の解析等が行われる。コンピュータはセンサシグナル自体やその解析結果等を表示するなどの出力を行い、また必要に応じて、ネットワークなどを介してサーバー等の他の機器へ提供することができる。
【0027】
これ以外に、コンピュータは上記センサシグナルの取り込みや解析等以外の各種の制御動作を行うことができる。もちろん、複数のコンピュータが役割分担を行うこともできるが、そのような場合もコンピュータがそのようなコンピュータの集合体を指すものとして理解されたい。このような取り込み・解析以外の制御動作としては、例えば測定シーケンスの制御がある。上で述べたように、実際の測定では、試料フェーズ混合ガスとパージフェーズ混合ガスとの切り替えを複数回繰り返し、そのような周期的なガス供給に応答したセンサシグナルを解析することは有益である。以下に説明する実施例においても、パージフェーズ混合ガスを10秒間供給したら、次に試料フェーズ混合ガスを10秒間供給するという1周期あたり20秒のガス供給シーケンスを繰り返した。この際に、3種類のガス供給経路中のバルブやポンプ類(図1ではマスフローコントローラーMFC-1~MFC-3)を適切に制御する必要がある。
【0028】
例えば、通常は、上記切替を行ってもセンサチャンバーへ供給されるガスの流量が変化しないように制御する必要がある。また、当然であるが、センサチャンバーへ与えられる試料フェーズ混合ガス及びパージフェーズ混合ガスの組成をそれぞれ精密に制御する必要がある。また、条件を各種変化させた一連の測定(例えば、試料の濃度を段階的に変化させた測定)がしばしば行われるが、この場合は、上記組成その他を順次変化させながら測定を続ける必要がある。また、センサチャンバーへ供給されるガス中の外部ガス濃度を、例えば上記切替を行っても一定に維持する測定方法を採用する場合、この比率の維持もガス供給経路中の弁やポンプ類(図示せず)をコンピュータ(図示せず)が適宜制御することによって行われる。
【実施例
【0029】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。言うまでもないことであるが、ここで説明する実施例はあくまでも本発明の理解を助けるためのものであり、本発明の技術的範囲は特許請求の範囲のみで定められることに注意されたい。
【0030】
上で図1を参照してその概念的な構成を説明した測定装置を使用して、外部ガス及び試料ガスとの各種の組み合わせについて測定を行った。具体的には以下の通りである。
【0031】
○測定1:試料ガスとして、水(水蒸気)、クロロホルム、アセトン、エタノールの4種類を使用し、外部ガスとしてエタノールを供給した場合と、外部ガスを供給しなかった場合の両方の測定を行った。
○測定2:試料ガスとして、水(水蒸気)、エタノール、酢酸エチル、トルエンの4種類を使用し、外部ガスとしてヘプタンを供給した場合と、外部ガスを供給しなかった場合の両方の測定を行った。
○測定3:試料ガスとして、エタノール、酢酸エチル、メチルシクロヘキサン、プロピオン酸の4種類を使用し、外部ガスとしてトルエンを供給した場合と、外部ガスを供給しなかった場合の両方の測定を行った。
【0032】
なお、これらの測定に共通な条件は以下の通りであった。
・ガスの切り替え:試料フェーズガス(または試料フェーズ混合ガス)を10秒間流した(試料供給区間)後パージフェーズガス(またはパージフェーズ混合ガス)を10秒間流す(パージ区間)という周期を繰り返した。試料供給区間においてセンサチャンバーへ与えられるガス中の試料の濃度は5%とした。
・ガスの流量:試料供給区間とパージ区間の両者において、常時一定流量100sccmを維持するように制御した。
・外部ガスの混合:外部ガスを混合しない場合の測定と、外部ガスを混合した場合の測定の両方を行った。外部ガスを混合した測定では、試料供給区間とパージ区間のいずれでもセンサチャンバーへ供給されるガス中の外部ガス濃度を40%とした。より具体的に説明すれば、外部ガス量/全ガス量×100=外部ガス量/(パージガス量+外部ガス量)×100=外部ガス量/(キャリアガス量+試料ガス量+外部ガス量)×100=40%とした。そのため、外部ガス濃度はパージフェーズガス(パージ区間)と試料フェーズガス(試料供給区間)とで同じになった。
・ガスの温度:センサチャンバーへ供給されるガスの温度を25℃に維持した。
・使用したナノメカニカルセンサ:本願発明者が設計したMSSに受容体としてポリビニルピロリドンやポリアクリル酸などのポリマーを塗布したセンサを使用した。
【0033】
測定1~測定3のセンサシグナルの時間変化をそれぞれ図2図4に示す。なお、これらの図において、破線は外部ガスを供給した場合の、また実線は外部ガスを供給しなかった場合のセンサシグナルを表す。
【0034】
これらの図からわかるように、同じ外部ガスを与えても、ある試料ガスに対してはセンサシグナルが大きくなる(つまり、感度が高くなる。例えば図3に示す、外部ガスがヘプタンであって試料ガスが酢酸エチルあるいはトルエンの組み合わせ)が、別の試料ガスに対してはセンサシグナルが小さくなる(つまり、感度が低下する。例えば、図3に示す、外部ガスがヘプタンであって試料ガスが水蒸気またはエタノールの組み合わせ)ことがあり、外部ガスと試料ガスとの組み合わせによって、外部ガスの影響が大きく変化する。
【0035】
また、このような試料ガスに対する受容体の応答の静的特性(グラフで言えば図示された波形の振幅)の変化だけではなく、図2図4のグラフ上では波形の形状で表されるところの外部ガスに対する受容体の動的特性についても、外部ガスと試料ガスとの組み合わせによって多様に変化する。例えば、図2に示されるように、外部ガスとしてエタノールを使用するとともに、試料ガスとしてエタノール及びクロロホルムを使用した場合を例に取り上げて説明する。ここで、試料ガスとして外部ガスと同じエタノールを供給すると、外部ガスを供給した場合の波形と供給しなかった場合の図2中の波形との対比からわかるように、センサシグナルがある程度増加した後にやや増加率を落としながら増加していく形状を有するという点では両波形は類似した傾向を示す。ところが、試料ガスをクロロホルムに変更した場合には、外部ガスの供給による効果は異なる。すなわち、外部ガスは先と同じエタノールであるにもかかわらず、外部ガスを供給した場合には、センサシグナルの値が増大して飽和に近づいた後その値がやや減少する傾向を示すのに対して、外部ガスを供給しなかった場合には、センサシグナルの値が飽和状態に近づいた後も増加率はかなり小さくなるが、それでも増加傾向が続く。
【産業上の利用可能性】
【0036】
このように、外部ガスを供給するかしないか、またどのような外部ガスを供給するかで、それぞれの試料ガスに対する受容体の応答特性が多様な変化を起こす。これは外部ガスの使用/不使用、また外部ガスの種類の変更は、等価的には使用する受容体を別のものに変更することに相当する。また、例えば、実施例で使用した受容体では、図4に示すように酢酸エチルに対する感度が、外部ガスとしてトルエンを供給することにより2倍程度に向上することから、外部ガスを使用することで、特定の試料に対する感度を向上させるという効果も得られる。更に、この場合、同じ受容体と外部ガスの組み合わせで、プロピオン酸に対する感度はほとんど変化しないため、外部ガスを使用することによって、試料間の選択性を向上させることができる場合もある。従って、従来のナノメカニカルセンサにおける測定に、外部ガスを更に使用することによって、一層多様な測定が可能となる。更には、試料ガスとパージガスだけを使用した通常の測定では同定が困難な試料であっても、このような通常の測定と適切な外部ガスを使用した本発明の測定の両者を行ってそれらの結果を組み合わせれば、同定が容易になる場合も考えられる。これより、本発明は産業上大いに利用されることが期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0037】
【文献】国際公開WO2011/148774
図1
図2
図3
図4