(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-17
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】インクジェットヘッド及びインクジェットプリンタ
(51)【国際特許分類】
B41J 2/14 20060101AFI20220128BHJP
【FI】
B41J2/14 501
B41J2/14 613
(21)【出願番号】P 2017176587
(22)【出願日】2017-09-14
【審査請求日】2020-06-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003562
【氏名又は名称】東芝テック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108855
【氏名又は名称】蔵田 昌俊
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100075672
【氏名又は名称】峰 隆司
(74)【代理人】
【識別番号】100153051
【氏名又は名称】河野 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100179062
【氏名又は名称】井上 正
(74)【代理人】
【識別番号】100189913
【氏名又は名称】鵜飼 健
(72)【発明者】
【氏名】關 雅志
【審査官】高松 大治
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-155408(JP,A)
【文献】特開2007-106024(JP,A)
【文献】特開2004-351923(JP,A)
【文献】特開2011-073284(JP,A)
【文献】特開平10-101829(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0007594(US,A1)
【文献】特開2019-051636(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J 2/01/2-215
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
記録媒体へ向けてインクを吐出するノズルが設けられたノズルプレートを備え、前記ノズルプレートは、ノズルプレート基板と、前記ノズルプレート基板の前記記録媒体と対向する面に設けられた撥油膜とを含み、
前記撥油膜は、X線光電子分光分析すると、CF
2基のピーク、CF
3基のピーク、及びCF
3基よりも結合エネルギーが高いCF
3+δ基のピークが検出さ
れ、
前記撥油膜は、前記ノズルプレート基板と結合した結合部位と、末端パーフルオロアルキル基と、前記結合部位と前記末端パーフルオロアルキル基との間に介在したスペーサー連結基とを有するフッ素系化合物を含み、
前記スペーサー連結基はパーフルオロポリエーテル基であり、
前記末端パーフルオロアルキル基は、直鎖状のパーフルオロアルキル基であって、炭素数が3乃至7の範囲内にあるインクジェットヘッド。
【請求項2】
前記ノズルプレート基板は樹脂からなる請求項
1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項3】
前記撥油膜は、前記CF
2基のピーク面積を1としたとき、前記CF
3基のピーク面積の比率が0.1乃至0.6である請求項1
又は2に記載のインクジェットヘッド。
【請求項4】
請求項1乃至
3の何れか1項に記載のインクジェットヘッドと、
前記インクジェットヘッドに対向して
前記記録媒体を保持する媒体保持機構と
を備えたインクジェットプリンタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、インクジェットヘッド及びインクジェットプリンタに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば圧電素子によってインクを加圧して、ノズルプレートに設けられたノズルからインク滴を吐出させるインクジェットヘッドでは、ノズルプレートの表面にインクが付着しないように撥インク性を付与している。ノズルプレートの表面に撥インク性を付与するためには、ノズルプレート基板の表面に、フッ素系化合物を塗布法又は気相成長法によって成膜して撥油膜を形成している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、撥インク性に優れたインクジェットヘッド、及びこのようなインクジェットヘッドを備えたインクジェットプリンタを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
実施形態のインクジェットヘッドは、記録媒体へ向けてインクを吐出するノズルが設けられたノズルプレートを備えている。ノズルプレートは、ノズルプレート基板と、ノズルプレート基板の記録媒体と対向する面に設けられた撥油膜とを含んでいる。撥油膜は、X線光電子分光分析(XPS)すると、CF2基のピーク、CF3基のピーク、及びCF3基よりも結合エネルギーが高いCF3+δ基のピークが検出される。撥油膜は、ノズルプレート基板と結合した結合部位と、末端パーフルオロアルキル基と、結合部位と末端パーフルオロアルキル基との間に介在したスペーサー連結基とを有するフッ素系化合物を含んでいる。スペーサー連結基はパーフルオロポリエーテル基である。末端パーフルオロアルキル基は、直鎖状のパーフルオロアルキル基であって、炭素数が3乃至7の範囲内にある。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】実施形態に係るインクジェットヘッドを示す斜視図。
【
図2】実施形態に係るインクジェットヘッドを構成するアクチュエータ基板、フレーム及びノズルプレートを示す分解斜視図。
【
図3】実施形態に係るインクジェットプリンタを示す模式図。
【
図4】実施形態に係るインクジェットプリンタの要部を示す斜視図。
【
図5】実施形態に係るインクジェットヘッドが含んでいる撥油膜の構造を示す模式図。
【
図6】例1で得られたノズルプレートの撥油膜表面のXPS法による分析結果を示すグラフ。
【
図7】例2で得られたノズルプレートの撥油膜表面のXPS法による分析結果を示すグラフ。
【
図8】例1乃至6で得られたノズルプレートの撥油膜表面に含まれるCF
3+δ基に帰属されるピーク面積が全ピーク面積に占める割合、及び水接触角の測定結果を示す2軸グラフ。
【
図9】例1及び2並びに7で得られたノズルプレートについて、ワイピングブレードでノズルプレートを擦った回数と、ノズルプレートがインクを弾く速度との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、図面を参照しながら実施形態を説明する。
図1は、実施形態に係る、インクジェットプリンタのヘッドキャリッジに搭載して使用するオンデマンド型のインクジェットヘッド1を示す斜視図である。以下の説明では、X軸、Y軸、Z軸からなる直交座標系を用いる。図中の矢印の指し示す方向を便宜上プラス方向とする。X軸方向は印刷幅方向に対応する。Y軸方向は記録媒体が搬送される方向に対応する。Z軸プラス方向は記録媒体に対向する方向である。
【0008】
図1を参照して概略的に説明すると、インクジェットヘッド1は、インクマニホールド10、アクチュエータ基板20、フレーム40及びノズルプレート50を備えている。
【0009】
アクチュエータ基板20は、X軸方向を長手方向とする矩形をなしている。アクチュエータ基板20の材料としては、例えばアルミナ(Al2O3)、窒化珪素(Si3N4)、炭化珪素(SiC)、窒化アルミニウム(AlN)及びチタン酸ジルコン酸鉛(PZT:Pb(Zr,Ti)O3)等が挙げられる。
【0010】
アクチュエータ基板20は、インクマニホールド10の開口端を塞ぐようにインクマニホールド10の上に重ねられている。インクマニホールド10は、インク供給管11及びインク戻し管12を介してインクカートリッジに接続される。
【0011】
アクチュエータ基板20上には、フレーム40が取り付けられている。フレーム40上には、ノズルプレート50が取り付けられている。ノズルプレート50には、Y軸に沿って2列を形成するように、複数のノズルNがX軸方向に沿って所定の間隔をあけて設けられている。
【0012】
図2は、実施形態に係るインクジェットヘッド1を構成するアクチュエータ基板20、フレーム40及びノズルプレート50の分解斜視図である。このインクジェットヘッド1は、いわゆるせん断モードシェアードウォールのサイドシューター型である。
【0013】
アクチュエータ基板20には、Y軸方向の中央部で列を形成するように、複数のインク供給口21がX軸方向に沿って間隔をあけて設けられている。また、アクチュエータ基板20には、インク供給口21の列に対してY軸プラス方向及びY軸マイナス方向においてそれぞれ列を形成するように、複数のインク排出口22がX軸方向に沿って間隔をあけて設けられている。
【0014】
中央のインク供給口21の列と一方のインク排出口22の列との間には、複数のアクチュエータ30が設けられている。これらアクチュエータ30は、X軸方向に延びた列を形成している。また、中央のインク供給口21の列と他方のインク排出口22の列との間にも、複数のアクチュエータ30が設けられている。これらアクチュエータ30も、X軸方向に延びた列を形成している。
【0015】
複数のアクチュエータ30からなる列の各々は、アクチュエータ基板20上に積層された第1の圧電体及び第2の圧電体で構成されている。第1及び第2の圧電体の材料としては、例えばチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、タンタル酸リチウム(LiTaO3)等が挙げられる。第1及び第2の圧電体は、厚さ方向に沿って互いに逆向きに分極されている。
【0016】
第1及び第2の圧電体からなる積層体には、Y軸方向に各々が延び、X軸方向に配列した複数の溝が設けられている。これら溝は、第2の圧電体側で開口しており、第2の圧電体の厚さよりも大きな深さを有している。以下、この積層体のうち、隣り合った溝に挟まれた部分をチャネル壁という。これらチャネル壁は、Y軸方向に各々が延び、X軸方向に配列している。なお、隣り合った2つのチャネル壁の間の溝が、インクが流通するインクチャネルである。
【0017】
インクチャネルの側壁及び底には、電極が形成されている。これら電極は、Y軸方向に沿って延びた配線パターン31に接続されている。
【0018】
後述するフレキシブルプリント基板との接続部を除き、電極及び配線パターン31を含むアクチュエータ基板20の表面には、図示しない保護膜が形成されている。保護膜は、例えば複数層の無機絶縁膜及び有機絶縁膜を含む。
【0019】
フレーム40は、開口部を有している。この開口部は、アクチュエータ基板20よりも小さく、かつ、アクチュエータ基板20のうち、インク供給口21、アクチュエータ30、及びインク排出口22が設けられた領域よりも大きい。フレーム40は、例えばセラミックスからなる。フレーム40は、例えば接着剤によりアクチュエータ基板20に接合される。
【0020】
ノズルプレート50は、ノズルプレート基板と、その媒体対向面(ノズルNからインクを吐出する吐出面)に設けられた撥油膜とを含んでいる。ノズルプレート基板は、例えば、ポリイミドフィルムなどの樹脂フィルムからなる。撥油膜については、後で詳述する。
【0021】
ノズルプレート50は、フレーム40の開口部よりも大きい。ノズルプレート50は、例えば接着剤によってフレーム40に接合される。
【0022】
ノズルプレート50には、複数のノズルNが設けられている。これらノズルNは、インクチャネルに対応して2つの列を形成している。ノズルNは、記録媒体対向面からインクチャネルの方向に進むに従って径が大きくなっている。ノズルNの寸法は、インクの吐出量に応じて所定の値に設定される。ノズルNは、例えば、エキシマレーザーを用いたレーザー加工を施すことによって形成することができる。
【0023】
アクチュエータ基板20、フレーム40及びノズルプレート50は、
図1に示すように一体化されており、中空構造を形成している。アクチュエータ基板20、フレーム40及びノズルプレート50によって囲まれた領域は、インク流通室である。インクは、インクマニホールド10からインク供給口21を通してインク流通室に供給され、インクチャネルを通過し、余剰のインクがインク排出口22からインクマニホールド10へ戻るように循環する。インクの一部は、インクチャネルを流れる間にノズルNから吐出されて印刷に用いられる。
【0024】
配線パターン31には、アクチュエータ基板20上であってフレーム40の外側の位置でフレキシブルプリント基板60が接続されている。フレキシブルプリント基板60には、アクチュエータ30を駆動する駆動回路61が搭載されている。
【0025】
以下、アクチュエータ30の動作を説明する。ここでは、隣り合う3つのインクチャネルのうち中央のインクチャネルに着目して動作を説明する。隣り合う3つのインクチャネルに対応する電極をA、B及びCとする。チャネル壁に直交する方向に電界を印加していない場合には、チャネル壁は直立した状態である。
【0026】
例えば、中央の電極Bに、両隣の電極A及びCの電位よりも高い電位の電圧パルスを印加して、チャネル壁に直交する方向に電界を生じさせる。こうして、チャネル壁をせん断モードで駆動させ、中央のインクチャネルを挟む1対のチャネル壁を、中央のインクチャネルの体積を拡張するように変形させる。
【0027】
次に、両隣の電極A及びCに、中央の電極Bの電位よりも高い電位の電圧パルスを印加して、チャネル壁に直交する方向に電界を生じさせる。こうして、チャネル壁をせん断モードで駆動させ、中央のインクチャネルを挟む1対のチャネル壁を、中央のインクチャネルの体積を縮小するように変形させる。この動作により、中央のインクチャネル内のインクに圧力を加え、このインクチャネルに対応するノズルNからインクを吐出させて記録媒体に着弾させる。
【0028】
例えば、すべてのノズルを3つの群に分けて、上で説明した駆動操作を時分割制御して3サイクル行い、記録媒体への印刷を行う。
【0029】
図3に、インクジェットプリンタ100の模式図を示す。
図3に示すインクジェットプリンタ100は、排紙トレイ118が設けられた筐体を含んでいる。筐体内には、カセット101a及び101b、供紙ローラ102及び103、搬送ローラ対104及び105、レジストローラ対106、搬送ベルト107、ファン119、負圧チャンバ111、搬送ローラ対112、113及び114、インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bk、インクカートリッジ116C、116M、116Y及び116Bk、並びに、チューブ117C、117M、117Y及び117Bkが設置されている。
【0030】
カセット101a及び101bは、サイズの異なる記録媒体Pを収容している。供紙ローラ102又は103は、選択された記録媒体のサイズに対応した記録媒体Pをカセット101a又は101bから取り出し、搬送ローラ対104及び105並びにレジストローラ対106へ搬送する。
【0031】
搬送ベルト107は、駆動ローラ108と2本の従動ローラ109とによって張力が与えられている。搬送ベルト107の表面には、所定間隔で穴が設けられている。搬送ベルト107の内側には、記録媒体Pを搬送ベルト107に吸着させるための、ファン119に連結された負圧チャンバ111が設置されている。搬送ベルト107の搬送方向下流には、搬送ローラ対112、113及び114が設置されている。なお、搬送ベルト107から排紙トレイ118までの搬送経路には、記録媒体P上に形成された印刷層を加熱するヒータを設置することができる。
【0032】
搬送ベルト107の上方には、画像データに応じてインクを記録媒体Pに吐出する4つのインクジェットヘッドが配置されている。具体的には、シアン(C)インクを吐出するインクジェットヘッド115C、マゼンタ(M)インクを吐出するインクジェットヘッド115M、イエロー(Y)インクを吐出するインクジェットヘッド115Y、及びブラック(Bk)インクを吐出するインクジェットヘッド115Bkが、上流側からこの順に配置されている。インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bkの各々は、
図1及び
図2を参照しながら説明したインクジェットヘッド1である。
【0033】
インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bkの上方には、これらに対応したインクをそれぞれ収容した、シアン(C)インクカートリッジ116C、マゼンタ(M)インクカートリッジ116M、イエロー(Y)インクカートリッジ116Y、及びブラック(Bk)インクカートリッジ116Bkが設置されている。これらインクカートリッジ116C、116M、116Y及び116Bkは、それぞれ、チューブ117C、117M、117Y及び117Bkによって、インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bkに連結されている。
【0034】
次に、このインクジェットプリンタ100の画像形成動作について説明する。
まず、画像処理手段(図示しない)が、記録のための画像処理を開始し、画像データに対応した画像信号を生成するとともに、各種ローラや負圧チャンバ111などの動作を制御する制御信号を生成する。
【0035】
供紙ローラ102又は103は、画像処理手段による制御のもと、カセット101a又は101bから、選択されたサイズの記録媒体Pを1枚ずつ取り出し、搬送ローラ対104及び105並びにレジストローラ対106へ搬送する。レジストローラ対106は、記録媒体Pのスキューを補正し、所定のタイミングで記録媒体Pを搬送する。
【0036】
負圧チャンバ111は、搬送ベルト107の穴を介して空気を吸い込んでいる。従って、記録媒体Pは、搬送ベルト107に吸着された状態で、搬送ベルト107の移動に伴い、インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bkの下方の位置へと順次搬送される。
【0037】
インクジェットヘッド115C、115M、115Y及び115Bkは、画像処理手段による制御のもと、記録媒体Pが搬送されるタイミングに同期してインクを吐出する。これにより、記録媒体Pの所望の位置に、カラー画像が形成される。
【0038】
その後、搬送ローラ対112、113及び114は、画像が形成された記録媒体Pを排紙トレイ118へ排紙する。搬送ベルト107から排紙トレイ118までの搬送経路にヒータを設置した場合、記録媒体P上に形成された印刷層をヒータによって加熱してもよい。ヒータによる加熱を行うと、特に、記録媒体Pが非浸透性である場合に、記録媒体Pに対する印刷層の密着性を高めることができる。
【0039】
図4に、インクジェットプリンタ100の要部の斜視図を示す。
図4には、上で説明したインクジェットヘッド1と、媒体保持機構110と、ヘッド移動機構120と、ブレード移動機構130と、ワイピングブレード140とを描いている。
【0040】
媒体保持機構110は、記録媒体P、例えば記録用紙を、インクジェットヘッド1に対向して保持する。媒体保持機構110は、記録媒体を移動させる記録用紙移動機構としての機能も有している。媒体保持機構110は、
図3の搬送ベルト107、駆動ローラ108、従動ローラ109、負圧チャンバ111、及びファン119を含んでいる。媒体保持機構110は、印刷時には、記録媒体Pを、インクジェットヘッド1に対向させた状態で、記録媒体Pの印刷面に平行な方向へ移動させる。その間に、インクジェットヘッド1は、ノズルからインク滴を吐出して記録媒体P上に印刷する。
【0041】
ヘッド移動機構120は、印刷時には、インクジェットヘッド1を印刷位置に移動させる。また、ヘッド移動機構120は、クリーニング時には、インクジェットヘッド1をクリーニング位置に移動させる。
【0042】
ワイピングブレード140は、インクジェットヘッド1のノズルプレート50の記録媒体に対向する面を擦って、この面からインクを排除する。
【0043】
ブレード移動機構130は、ワイピングブレード140を移動させる。具体的には、ブレード移動機構130は、ヘッド移動機構120がインクジェットヘッド1をクリーニング位置に移動させた後、ワイピングブレード140を、ノズルプレート50の記録媒体対向面に押し当ながら、その上で移動させる。これにより、ノズルプレート50の記録媒体対向面に付着しているインクを取り除く。
なお、ワイピングブレード140及びブレード移動機構130は、省略してもよい。
【0044】
上記のインクジェットヘッド1では、ノズルプレート50の媒体対向面に撥油性が付与されている。撥油性を付与するために、ノズルプレート基板の媒体対向面に、フッ素系化合物を含んだ撥油膜を設けている。
【0045】
図5に、実施形態に係る、ノズルプレート基板51の媒体対向面に結合した撥油膜52の構造を模式的に示す。
【0046】
撥油膜52は、X線光電子分光分析(XPS)法によって分析すると、CF2基のピーク、CF3基のピーク及びCF3基よりも結合エネルギーが高いCF3+δ基のピークが検出される。
【0047】
XPSの原理は以下のとおりである。物質に数keV程度の軟X線を照射すると、原子軌道の電子が光エネルギーを吸収し、光電子として外にたたき出される。束縛電子の結合エネルギーEbと、光電子の運動エネルギーEkとの間には、下記の関係がある。
【0048】
Eb=hν-Ek-ψsp
ここで、hνは入射X線のエネルギー、ψspは分光器の仕事関数である。
このため、X線のエネルギーが一定(即ち単一波長)であれば、光電子の運動エネルギーEkに基づいて電子の結合エネルギーEbを求めることができる。電子の結合エネルギーEbは元素によって固有なので、元素分析を行うことができる。また、結合エネルギーのシフトは、その元素の化学結合状態や価電子状態(酸化数など)を反映しているため、構成元素の化学結合状態を調べることができる。
【0049】
「CF3+δ基」のピークとは、隣接する末端パーフルオロアルキル基のCF3基が重なり合うことでCF3基よりも大きな結合エネルギーを有しているかの如く検出されるピークである。すなわち、CF3+δのピークの出現は、フッ素系化合物が高い密度でノズルプレート基板に結合していること、特には、撥油膜52の表面近傍にCF3基が高い密度で存在していることを意味している。このような撥油膜は、撥液性に優れている。
従って、このような撥油膜は、表面張力の小さなインク、例えば、表面張力が25mN/m以下のインクを使用した場合であっても、優れた撥インク性を発揮できる。
【0050】
CF3+δ基のピーク面積の割合は、全ピーク面積の1乃至10%の範囲内にあることが好ましく、5乃至10%の範囲内にあることがより好ましい。CF3+δ基のピーク面積の割合が上述した範囲内にある場合、インクジェットへッドは、特に優れた撥インク性を発揮する。なお、「全ピーク面積」とは、XPS法による分析を行った場合に検出されるピーク面積の合計値を意味する。
【0051】
実施形態において用いられるフッ素系化合物は、一例によれば、ノズルプレート基板と結合した結合部位と、末端パーフルオロアルキル基とを有している。例えば、このフッ素系化合物は、一方の末端に結合部位を有し、他方の末端にパーフルオロアルキル基を有している直鎖状分子である。
【0052】
結合部位は、例えば、ノズルプレート基板の表面に存在している官能基との反応によってノズルプレート基板と結合した部位である。結合部位は、例えば、反応性官能基を含んでいる。この場合、反応性官能基がノズルプレート基板の表面に存在している官能基と反応することによって、結合部位はノズルプレート基板と結合する。反応性官能基は、例えば、エポキシ基、アミノ基、メタクリル基、ビニル基などの不飽和炭化水素基、又はメルカプト基である。ノズルプレート基板の表面に存在している官能基は、例えば、ヒドロキシル基、エステル結合、アミノ基、又はチオール基である。或いは、結合部位は、アルコキシシラン基である。この場合、アルコキシシラン基の加水分解によって生じたシラノール基が、ノズルプレート基板の表面に存在しているヒドロキシル基などの官能基と反応することによって、結合部位はノズルプレート基板と結合する。
【0053】
ノズルプレート基板上で隣り合ったフッ素系化合物は、結合部位が相互に結合している。一例によれば、結合部位は、反応性官能基と末端パーフルオロアルキル基との間に1以上のシリコン原子を更に含み、ノズルプレート基板上で隣り合ったフッ素系化合物は、結合部位がシロキサン結合(Si-O-Si)によって相互に結合している。
【0054】
末端パーフルオロアルキル基は、例えば、直鎖状のパーフルオロアルキル基である。末端パーフルオロアルキル基の炭素数は、例えば、3乃至7(C3乃至C7)の範囲で選択することができる。末端パーフルオロアルキル基は、ノズルプレート基板の垂線方向に沿って直立していることが好ましい。
【0055】
このフッ素系化合物は、ノズルプレート基板との結合部位と、末端パーフルオロアルキル基との間に、スペーサー連結基を更に有していてもよい。こうしたスペーサー連結基が存在すると、末端パーフルオロアルキル基がノズルプレート基板の垂線方向に沿って直立した構造をとるのに有利になる。スペーサー連結基は、例えば、パーフルオロポリエーテル基である。
【0056】
このようなフッ素系化合物としては、例えば下記一般式(1)及び(2)で表される化合物が挙げられる。
【0057】
【0058】
一般式(1)において、pは1乃至50の自然数、nは1乃至10の自然数である。
【0059】
【0060】
一般式(2)において、pは1乃至50の自然数である。
【0061】
図5に示す構造は、例えば、以下のようにして得られる。なお、ここでは、一例として、ノズルプレート基板51の媒体対向面にはヒドロキシル基が存在しており、フッ素系化合物は、結合部位にアルコキシシラン基を含んでいるとする。
【0062】
ノズルプレート基板51は、上述したように、例えば、ポリイミドフィルムなどの樹脂フィルムからなる。この場合、ノズルプレート基板51は、その表面にフッ素系化合物との結合に必要なヒドロキシル基を殆ど有していない。そのため、撥油膜52の形成に先立ち、ノズルプレート基板51に以下のような前処理を行うことが好ましい。
【0063】
例えば、ノズルプレート基板51の媒体対向面に対して、アルゴン-酸素混合ガス中でイオンプラズマ処理を施し、膜表面の改質を行う。イオンプラズマ処理は、例えば、以下のように行なう。すなわち、ノズルプレート基板を真空チャンバ内に設置し、チャンバ内の空気を真空引きする。そして、ノズルプレート基板を取り巻く雰囲気をアルゴン-酸素混合ガスへと切替えた後に、プラズマを発生させる。
【0064】
酸素を含んだ雰囲気中でイオンプラズマ処理を行なうことで、ノズルプレート基板表面を、ヒドロキシル基で修飾する。これに加えて、アルゴンを含んだ雰囲気中でイオンプラズマ処理を行なうことで、ノズルプレート基板表面に付着しているゴミを除去する。
【0065】
イオンプラズマ処理は、好ましくは、酸素濃度が50体積%以下のアルゴン-酸素混合ガス中で行い、より好ましくは、酸素濃度が20乃至50体積%の範囲内にあるアルゴン-酸素混合ガス中で行う。なお、酸素濃度が大きすぎる場合、ノズルプレート基板表面が損傷し、表面荒れを生じる虞がある。ノズルプレート基板表面に表面荒れが生じた場合、撥油膜との結合が不十分となる虞がある。
【0066】
また、イオンプラズマ処理は、100秒以上行なうことが好ましく、200秒以上行うことがより好ましい。プラズマ照射時間が短すぎる場合、ノズルプレート基板への表面修飾が十分に行われない虞がある。
【0067】
次に、上述したフッ素系化合物をノズルプレート基板51の表面に供給する。この供給は、例えば、真空蒸着法などの気相堆積法によって行う。あるいは、ノズルプレート基板51の表面にフッ素系化合物を塗布する。
【0068】
次いで、ノズルプレート基板51の表面へと供給したフッ素系化合物のアルコキシシラン基を加水分解させる。
フッ素系化合物のアルコキシシラン基が加水分解すると、シラノール基が生成する。このシラノール基と、ノズルプレート基板51の媒体対向面に存在しているヒドロキシル基とは、脱水縮合を起こす。こうして、ノズルプレート基板51とフッ素系化合物とが、結合部位53が含んでいるシリコン原子によるシロキシ基(Si-O-)を介して結合する。また、隣り合ったフッ素系化合物は、結合部位53のシリコン原子同士がシロキサン結合(Si-O-Si)によって相互に結合する。
【0069】
なお、結合部位53のシリコン原子には、スペーサー連結基54であるパーフルオロポリエーテル基を介して末端パーフルオロアルキル基55が結合している。スペーサー連結基54は、上記の通り、末端パーフルオロアルキル基55をノズルプレート基板51の垂線方向に沿って直立させる機能を有する。そして、末端パーフルオロアルキル基55が主として撥インク性を発揮する。また、末端パーフルオロアルキル基55は、例えば炭素数が3(C3)の場合、CF3-CF2-CF2-と表されるが、撥インク性に関しては、CF3基の方がCF2基よりも高い。
【0070】
図5に示す構造では、末端パーフルオロアルキル基55がノズルプレート基板51の垂線方向に沿って直立している。また、アルゴン-酸素混合ガス中でイオンプラズマ処理を施されたノズルプレート表面には、フッ素系化合物が高い密度で結合している。そのため、XPS法により分析すると、CF
2基のピーク及びCF
3基のピークに加えてCF
3+δ基に帰属するピークが検出される。
【0071】
こうした構造では、ワイピングブレード140によるクリーニングを繰り返しても、末端パーフルオロアルキル基55は横方向に揺れるだけで、撥油膜52の表面からなくなることはない。従って、撥インク性の劣化を招くことがない。
【0072】
図5に示すように、末端パーフルオロアルキル基55がノズルプレート基板51の垂線方向に沿って直立した構造をとっていると、CF
3基が撥油膜52の最表面に存在し、最表面よりノズルプレート基板51側にCF
2基が存在する。
【0073】
こうした撥油膜52をXPSにより測定すると、CF2基のピーク及びCF3基のピークが検出される。実施形態では、CF2基のピーク面積を1としたとき、CF3基のピーク面積の比率は、例えば0.1乃至0.6となる。末端パーフルオロアルキル基55の炭素原子数が3である場合にCF3基のピーク面積の比率は約0.6となる。また、末端パーフルオロアルキル基55の炭素原子数が7に近づくほど、CF3基のピーク面積の比率は0.1に近づく。CF2基のピーク面積を1としたとき、CF3基のピーク面積の比率が0.1乃至0.6の範囲であれば、ノズルプレートの記録媒体対向面をワイピングブレードでクリーニングすることに伴う撥インク性の劣化が特に少ない。
【実施例】
【0074】
以下、実施例を説明する。
【0075】
≪試験例1≫
(例1)
以下の方法により、ノズルプレートを作製した。
【0076】
まず、ポリイミドフィルムからなるノズルプレート基板の記録媒体対向面に対して、イオンプラズマ処理を行なった。具体的には、ノズルプレート基板をチャンバ内に設置し、真空引きした後、チャンバ内の雰囲気を酸素濃度50体積%のアルゴン-酸素混合ガスへと切り替えた。その後、エネルギーを900eVに設定してプラズマを発生させ、この状態を270秒間維持した。このように、前処理工程を行うことで、ノズルプレート基板の記録媒体対向面にヒドロキシル基を生じさせた。
【0077】
次に、下記化学式で表されるフッ素系化合物を含む蒸発源を準備した。この蒸発源とノズルプレート基板とを真空蒸着装置内に設置し、真空蒸着法により、フッ素系化合物をノズルプレート基板の記録媒体対向面に堆積させた。以上のようにして、ノズルプレート基板の記録媒体対向面に撥油膜を形成した。
【0078】
【0079】
(例2)
イオンプラズマ処理時のエネルギーを300eV、照射時間を90秒に変更したこと以外は、例1と同様の方法でノズルプレートを作製した。
【0080】
<評価>
(撥油膜表面の分析)
例1及び例2で得られたノズルプレートについて、XPS法による分析を行った。なお、ここで行った測定及び以下に記載するXPS法による分析には、AXIS-ULTRA DLD(島津製作所、KRATOS社)を用いた。
【0081】
図6は、例1で得られたノズルプレートの撥油膜表面のXPS法による分析結果を示すグラフである。
図7は、例2で得られたノズルプレートの撥油膜表面のXPS法による分析結果を示すグラフである。
図6及び
図7に示すグラフは、縦軸に検出ピークの強度を示し、横軸に結合エネルギーを示している。
【0082】
図7に示すように、例2で得られたノズルプレートは、CF
3基及びCF
2基に帰属されるピークを有していた。なお、例2で得られたノズルプレートには、CF
3+δに帰属されるピークは観測されなかった。
【0083】
図6に示すように、例1で得られたノズルプレートは、CF
3基及びCF
2基に帰属されるピークに加えて、CF
3基よりも高い結合エネルギーを示すCF
3+δ基を有していた。ここで、CF
3+δ基とは、隣接する末端パーフルオロアルキル基が重なった結果として検出される、CF
3基よりも高い結合エネルギーを有する基と定義している。
【0084】
例1及び例2で得られたノズルプレートのXPS分析結果から各々のピークのピーク面積を算出した。結果を表1に示す。
【0085】
【0086】
表1に示すように、例1で得られたノズルプレートにおいて、CF3+δ基に帰属されるピークのピーク面積の割合は、全ピーク面積の5%であった。
【0087】
(例3)
イオンプラズマ処理時の雰囲気をアルゴン単独(酸素濃度0体積%)に変更したこと以外は、例1と同様の方法でノズルプレートを作製した。
【0088】
例3で得られたノズルプレートについて、XPS法による分析を行った。XPS分析結果から各々のピークのピーク面積を算出した。例3において、CF3+δ基に帰属されるピーク面積の割合は3.4%であった。
【0089】
≪試験例2≫
イオンプラズマ処理の条件についてさらなる検討を行った。
【0090】
(例4)
イオンプラズマ処理の処理時間を270秒から90秒に変更したこと以外は、例3と同様の方法でノズルプレートを作製した。
【0091】
(例5)
イオンプラズマ処理時の雰囲気を酸素単独(酸素濃度100体積%)に変更したこと以外は、例1と同様の方法でノズルプレートを作製した。
【0092】
(例6)
イオンプラズマ処理の処理時間を270秒から90秒に変更したこと以外は、例5と同様の方法でノズルプレートを作製した。
【0093】
例4及び例6で得られたノズルプレートについて、XPS法による分析を行い、CF3+δ基に帰属されるピーク面積を算出した。例4及び例6において、CF3+δ基に帰属されるピーク面積の割合は0%であった。
【0094】
以上の結果から、CF3+δ基の出現には、イオンプラズマ処理を100秒以上、さらに200秒以上行なうことが望ましいことが分かった。
【0095】
<評価>
図8は、例1乃至例6で得られたノズルプレートについて、イオンプラズマ処理時の雰囲気中の酸素濃度と、撥油膜表面のCF
3+δ基に帰属されるピーク面積が全ピーク面積に占める割合との関係をまとめて示すグラフである。
図8に示すグラフは、第1縦軸にCF
3+δ基に帰属されるピーク面積が全ピーク面積に占める割合を示し、第2縦軸に接触角を示し、横軸に雰囲気中の酸素含有量を示している。
【0096】
図8に示すように、雰囲気中の酸素濃度が0又は50体積%の条件下でノズルプレート基板に対してイオンプラズマ処理を270秒間行った後に、ノズルプレート基板上に撥油膜を形成した場合には、CF
3+δ基に帰属されるピークが観測された。
【0097】
一方で、雰囲気中の酸素濃度が100体積%の条件下でノズルプレート基板に対してイオンプラズマ処理を270秒間行った後に、ノズルプレート基板上に撥油膜を形成した場合には、CF3+δ基に帰属されるピークは観測されなかった。
【0098】
また、例1、例3及び例5のうち、例1のCF3+δ基に帰属されるピーク面積の割合は5%であり、例3のピーク面積の割合は3.4%であり、例5のピーク面積の割合は0%であった。すなわち、雰囲気中に酸素を50体積%以下で含有する場合、酸素濃度の増加に伴って、CF3+δ基に帰属されるピーク面積の割合が増加していた。
【0099】
例1及び例3で得られたノズルプレートでCF3+δ基に帰属されるピークが観察された理由は以下のように考えられる。酸素濃度が50体積%以下の雰囲気中でイオンプラズマ処理を行なうことで、ノズルプレート基板の記録媒体対向面に生じるヒドロキシル基が増加する。ヒドロキシル基が増加することで、ヒドロキシル基と脱水縮合により共有結合するフッ素系化合物の量が増加する。そのため、高い密度でフッ素系化合物がノズルプレート基板に結合することが可能となる。高密度にフッ素系化合物が結合しているノズルプレートについて、XPS法により分析すると、隣接する末端パーフルオロアルキル基が重なって検出される。そのため、CF3基よりも大きな結合エネルギーを有する基、すなわちCF3+δ基に帰属されるピークが観測される。
【0100】
一方で、例5で得られたノズルプレートでCF3+δ基に帰属されるピークが観測されなかった理由としては、以下のことが考えられる。すなわち、雰囲気中の酸素濃度が高すぎる場合、イオンプラズマ処理によってノズルプレート基板の記録媒体対向面の損傷が生じ易くなる。この損傷した記録媒体対向面には、ヒドロキシル基が生じにくくなる。その結果、フッ素系化合物のノズルプレート基板への結合密度が小さくなり、CF3+δ基に帰属するピークが観測されなかったと考えられる。
【0101】
(接触角)
図8には、例1、例3及び例5で得られたノズルプレートについて、水の接触角の測定結果も併記している。ここでは、JIS R3257-1999「基板ガラス表面のぬれ性試験方法」の静滴法に準拠して、純水による静的接触角の測定を行った。但し、ここでは、ガラス基板の代わりに上記のノズルプレートを使用して測定を行なった。
【0102】
図8に示すように、例1、例3及び例5で得られたノズルプレートのうち、CF
3+δ基に帰属されるピーク面積が最大である例1で得られたノズルプレートは、水に対する接触角もまた最大であった。すなわち、高い密度でフッ素系化合物が結合しているノズルプレートは、優れた撥水性を発揮していた。
【0103】
≪試験例3≫
例1及び例2、並びに以下に示す例7で得られたノズルプレートについて、ワイピングブレードで擦った回数と、ノズルプレートがインクを弾く速度との関係を調べた。
【0104】
(例7)
撥油膜の材料として、下記化学式で表される旭硝子株式会社製、サイトップ(登録商標:Aタイプ)を用意した。この撥油膜材料は、フッ素系化合物であって、下記化学式で示されるポリマー主鎖の両末端にアルコキシシラン基を含む末端基を有する。
【0105】
【0106】
ノズルプレート基板の表面にサイトップを塗布し、ノズルプレート基板表面のヒドロキシル基に対してサイトップの両末端にアルコキシシラン基を反応させ、ノズルプレート基板の表面にサイトップを結合させてノズルプレートを作製した。
【0107】
例1及び例2、並びに例7で得られたノズルプレートを、ワイピングブレードにより13gfの荷重で所定回数にわたって擦った後、インクを弾く速度を測定した。
【0108】
インクを弾く速度の測定は、以下のようにして行った。試料として、幅15mmの撥油膜付きノズルプレートを準備した。ノズルプレートを直立させて上端近傍を保持し、ノズルプレートのほぼ全体をインクに浸漬した。次いで、ノズルプレートを長さ45mmだけインクから引き上げ、引き上げた部分からインクが無くなるまでに要した時間を測定した。
【0109】
インクに浸漬した撥油膜の長さをL(=45mm)、引き上げた部分からインクが無くなるまでに要した時間をT[秒]として、インクを弾く速度Rr[mm/秒]を以下のように定義する。
【0110】
Rr[mm/秒]=L/T=45/T
撥油膜が塗布されたノズルプレートを、ワイピングブレードにより13gfの荷重で所定回数にわたって擦った。その後、上記と同様の方法により、インクを弾く速度Rrを測定した。
【0111】
図9に、例1及び例2、並びに例7で得られたノズルプレートについて得られた、ワイピングブレードでノズルプレートを擦った回数と、ノズルプレートがインクを弾く速度との関係を示す。
図9において、横軸はワイピングブレードで擦った回数、縦軸はノズルプレートがインクを弾く速度である。
【0112】
図9から以下のことが分かる。例2及び例7で得られたノズルプレートは、ワイピングブレードで擦った回数が1000回未満の段階で撥インク性が劣化した。これに対し、例1で得られたノズルプレートは、ワイピングブレードで擦った回数が6000回と多くなっても、撥インク性の劣化が抑えられていた。
【0113】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
以下に、当初の特許請求の範囲に記載していた発明を付記する。
[1]
記録媒体へ向けてインクを吐出するノズルが設けられたノズルプレートを備え、前記ノズルプレートは、ノズルプレート基板と、前記ノズルプレート基板の前記記録媒体と対向する面に設けられた撥油膜とを含み、
前記撥油膜は、X線光電子分光分析すると、CF
2
基のピーク、CF
3
基のピーク、及びCF
3
基よりも結合エネルギーが高いCF
3+δ
基のピークが検出される、インクジェットヘッド。
[2]
前記撥油膜は、前記ノズルプレート基板と結合した結合部位と、末端パーフルオロアルキル基と、前記結合部位と前記末端パーフルオロアルキル基との間に介在したスペーサー連結基とを有するフッ素系化合物を含んだ項1に記載のインクジェットヘッド。
[3]
前記ノズルプレート基板は樹脂からなる項1又は2に記載のインクジェットヘッド。
[4]
前記撥油膜は、前記CF
2
基のピーク面積を1としたとき、前記CF
3
基のピーク面積の比率が0.1乃至0.6である項1乃至3の何れか1項に記載のインクジェットヘッド。
[5]
項1乃至4の何れか1項に記載のインクジェットヘッドと、
前記インクジェットヘッドに対向して記録媒体を保持する媒体保持機構と
を備えたインクジェットプリンタ。
【符号の説明】
【0114】
1…インクジェットヘッド、30…アクチュエータ、50…ノズルプレート、N…ノズル、52…撥油膜、53…結合部位、54…スペーサー連結基、55…末端パーフルオロアルキル基、100…インクジェットプリンタ、115Bk…インクジェットヘッド、115C…インクジェットヘッド、115M…インクジェットヘッド、115Y…インクジェットヘッド、120…ヘッド移動機構、130…ブレード移動機構、140…ワイピングブレード。