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  • 特許-NT3の発現増強用組成物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-17
(45)【発行日】2022-01-17
(54)【発明の名称】NT3の発現増強用組成物
(51)【国際特許分類】
   A23L 33/105 20160101AFI20220107BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220107BHJP
   A61K 31/352 20060101ALI20220107BHJP
   A61K 36/75 20060101ALI20220107BHJP
   A61K 36/8962 20060101ALI20220107BHJP
【FI】
A23L33/105
A61P43/00 105
A61K31/352
A61K36/75
A61K36/8962
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019175637
(22)【出願日】2019-09-26
(65)【公開番号】P2021048818
(43)【公開日】2021-04-01
【審査請求日】2021-07-01
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】593106918
【氏名又は名称】株式会社ファンケル
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 理弘
(74)【代理人】
【識別番号】100202430
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 千香子
(72)【発明者】
【氏名】坂井 友美
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 知倫
(72)【発明者】
【氏名】澤野 健史
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】International Journal of Developmental Neuroscience, 2019年2月,Vol.74,p.18-26
【文献】Bratisl Med. J., 2018年,Vol.119, No.1,p.28-31
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 31/00-33/29
A61P 43/00
A61K 31/352
A61K 36/75
A61K 36/8962
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ケルセチンアグリコンを有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物。
【請求項2】
ケルセチンアグリコンが、植物抽出由来である、請求項1に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経栄養因子であるNT3の、発現増強作用を有する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
Neurotrophin-3(NT3)は、NGF(Nerve Growth Factor)ファミリーに属する神経栄養因子の1つである。NT3は主として中枢神経や末梢神経、シナプスで発現し、Trkレセプターを通したシグナル伝達を行う。海馬や小脳などでは、NT3が絶えず産生され、神経細胞及びグリア細胞の生存と成長、神経新生の促進に関与することが知られている。また、非特許文献1ではNT3がシナプスの興奮を促し、神経伝達の促進に作用することが報告されており、非特許文献2では、加齢性難聴と内耳細胞におけるNT3発現の関係が報告されるなど、神経系における役割が注目されている。
【0003】
一方、NT3は視覚機能における役割も報告されている。網膜に達した光は視細胞が受容し、電気信号へと変換するが、NT3は視細胞を光刺激などによるダメージから保護する作用があること、視細胞の分化や再生を促進する作用があることが非特許文献3に記載されている。また、NT3は網膜の支持細胞であるミュラー細胞に作用し、視細胞変性抑制作用が知られているbFGFの発現を増強する作用も報告されており、直接的にも間接的にも視細胞に保護的な作用をもたらす。網膜中でNT3を産生する主要な細胞の1つにミュラー細胞がある。
これらの先行技術から、中枢神経系や末梢(聴覚、視覚)神経系において、神経栄養因子であるNT3の役割の重要性が注目されている。
【0004】
一方、ケルセチン(またはクエルセチンとも呼ばれる、英:Quercetin)は、フラボノイドの一種で、フラボノールを骨格に持つ物質である。配糖体(ルチン、クエルシトリンなど)または遊離した形で柑橘類、タマネギやソバをはじめ多くの植物に含まれ、古くから染料としても用いられてきた。ケルセチンは、植物体内では一般的に配糖体として存在する。
ケルセチンには、抗酸化作用、抗炎症作用、抗動脈硬化作用、脳血管疾患の予防、抗腫瘍効果、降圧作用、強い血管弛緩作用などが知られている。特許文献1には、破骨細胞分化抑制因子産生促進剤としての用途、特許文献2にはアミラーゼ阻害物質としての用途、特許文献3には植物成長促進剤の用途が記載されている。このように、ケルセチンはヒトへの様々な生理作用や、植物体への作用など様々な用途が知られているが、NT3などの神経栄養因子の産生やNT3の発現に関わる作用や用途は、これまで知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-117550号公報
【文献】特開平5-236910号公報
【文献】特開平8-143406号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Nature. 1993 May 27;363(6427):350-3.
【文献】Elife. 2014 Oct 20;3.
【文献】Neuron. 2000 May;26(2):533-41.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、新規なNT3の発現を増強する組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、多数の天然物や化合物の網膜由来ミュラー細胞に対する作用を研究する過程で、ミュラー細胞に作用してNT3の発現を増強する効果を有する物質を見出し、本発明をなした。
本発明は、NT3の発現を増強する組成物を提供することを課題とする。
すなわち、
本発明は、以下の構成からなる。
(1)ケルセチンを有効成分として含有する、NT3の発現増強用組成物。
(2)ケルセチンが、植物抽出物由来である(1)に記載の組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、ケルセチンを有効成分とする、新規なNT3の発現を増強する作用を有する組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】ケルセチンがNT3の発現を増強することを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明について具体的に説明する。
なお、本発明でいう「組成物」とは、ケルセチンを含有し、NT3の発現を増強するものをいう。「組成物」には食品、医薬品、健康食品、動物用飼料を包含する。
【0012】
本発明に用いられるケルセチンとしては、その由来を特に限定されるものではない。しかし安全性の観点から、植物由来のものが好ましい。ケルセチンは、フラボノイドのうち、フラボノールに分類されるポリフェノール化合物で、タマネギ、ホウレン草、ケール、パセリなどに多く含まれている。
【0013】
ケルセチンを得る技術は確立されているので、通常行われている方法に基づいてケルセチンを得ることができる。また、市販のものを用いてもよい。ケルセチンは、精製されているものであっても良いし、植物から抽出された抽出物であっても良い。植物から抽出されたものとしては、タマネギ外皮から熱水によって抽出された横浜油脂工業株式会社製「タマネギケルセチンGP-1」を例示することができる。また、ケルセチンの生体吸収性、生体利用率を高めることを目的として加工された原料を用いてもよい。このような原料としては、ケルセチン配糖体を配合した太陽化学株式会社製「サンアクティブEN」や、ケルセチンをフィトソーム製剤化したインデナ社製「ケルセフィット」を例示することができる。
【0014】
ケルセチンを含む上記抽出物は、公知の分離精製方法を適宜組み合わせてさらに含有量と活性を高めることもできる。
ケルセチンをヒトに投与する場合は、経口投与が好ましく、具体的には、飲食品、医薬品、サプリメント等の健康食品として使用可能である。
【0015】
ケルセチンを食品・飲料として使用する場合、例えば、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料等の飲料、ゼリー状食品や各種スナック類、焼き菓子、ケーキ類、チョコレート、ガム、飴、スープ類等、あらゆる食品・飲料形態とすることができる。
【0016】
また、ケルセチンをサプリメントや医薬品として使用する場合、例えば、錠剤、顆粒剤等の経口用固形成形剤、内服液剤、シロップ剤等の経口用液体製剤として利用することができる。
【0017】
ケルセチンを医薬品やサプリメントの製剤とする場合は、ケルセチンの抽出物を一般的な製造法により、直接又は製剤上許容し得る担体とともに混合、分散した後、所望の形態に加工することによって、容易に得ることができる。この場合、本発明に用いられる抽出物の他に、かかる形態に一般的に用いられる植物油、動物油等の油性分、ビタミン類、pH調整剤、防腐剤、増粘剤、色素、香料等を本発明の効果を妨害しない範囲で適宜配合することができる。
【0018】
本発明のケルセチンを含有する組成物は、特に限定されるものではないが、好ましくは、ケルセチンとして通常全組成の0.00001~99.5質量%の範囲で含有される組成物とする。
【実施例
【0019】
実施例を示し、本発明についてさらに説明する。
<実施例1.初代ミュラー細胞を用いた一次スクリーニング>
網膜の支持細胞であるミュラー細胞の初代培養を用いて、NT3の発現増強作用のある組成物のスクリーニングを実施した。
(1)初代ミュラー細胞の調製
初代ミュラー細胞は次の方法で調製した。
7日齢のSDラット10匹から網膜を単離した。単離した網膜は、PBS(-)で5倍希釈したトリプシン-EDTA(Sigma T3924)にDNaseI(Roche)を終濃度100ng/mlで添加した溶液10mL中で、37℃で30分間静置した。ピペッティング操作により網膜組織を分散させ、2,400rpm、室温で5分間遠心した。上清を吸引除去した後、10% FBS(biosera)、1% ペニシリン-ストレプトマイシン(Sigma)を含むDMEM-F12培地(Gibco)25mLに懸濁した。懸濁液を70μMのセルストレーナー(FALCON)に通した後、細胞数を計測し、4.2x10cells/mlの濃度になるよう希釈した。T-75細胞培養用フラスコ(住友ベークライト)に10mLずつ播種し、37℃、5%CO下で培養した(培養0日目)。培養3日目に、培地を吸引除去し、新しい培地20mLに交換し、再び37℃、5%CO下で培養した。培養7日目に、Wei-Tao Songらの方法(Ophthalmol 2013;6(6):778-784)に準じて、ミュラー細胞を純化した。培養8日目に、ミュラー細胞を剥がし、4x10cells/mlの濃度になるよう懸濁し、96well cell culture plate(FALCON)に100μLずつ播種し、37℃、5%CO下で培養した。
【0020】
(2)スクリーニング方法
培養9日目の初代ミュラー細胞の培地を全量除去し、1%FBSを含むDMEM-F12培地100μLに交換し、37℃、5%COで90分間培養することで血清飢餓状態に置いた。ライブラリとして所有する化合物(ケルセチンを含む)約400種を終濃度2μMになるように添加し、90分間培養後に上清を除去し、RNeasy 96 kit(QIAGEN)を用い添付の説明書に従ってRNAを調製した。RNA調製の際、DNaseIKit(QIAGEN)を用い、ゲノムDNAの除去を行った。約40ngの調製したRNAは、Prime Script RT reagent kit(Takara)を用いて添付の説明書に従いcDNAを調製した。
【0021】
NT3の発現量はApplied Biosystems TaqMan Gene Expression Assayを用い、内在性コントロールにはラットGapdh Taqman probeを用いて、次の方法で定量した。1μLのcDNAとラットGapdh Taqman probe、ラットNT3 Taqman probe、Taqman Multiplex Master Mixを所定の割合で混合し、計10μLとなるようにPCR grade water(Invitrogen)を添加し、混合したものを反応液とした。調製した反応液は、Quant Studio 5(Applied Biosystems)を用い、[(95℃、20秒)→(95℃、1秒)→(60℃、20秒)]x45サイクルの反応条件で測定を行った。
測定により得られたCt値からGapdhを内部標準としてΔΔCt法により、各サンプルの相対的遺伝子発現量を求めた。
【0022】
使用したTaqman probeの製品情報、仕様は以下のとおりである。
Gapdh:Appilied biosystems Assay ID:Rn01462662_g1(Dye:VIC, Quencher:MGB)
NT3:Applied biosystems Assay ID:Rn00579280m1(Dye:FAM, Quencher:MGB)
【0023】
上記の方法によるスクリーニングの結果、ケルセチンにNT3の発現増強作用が認められた。
【0024】
<実施例2.ケルセチンによるNT3の発現増強作用>
一次スクリーニングの結果、ケルセチンにNT3の発現増強作用が認められたので、ケルセチンのNT3発現増強作用について濃度依存性の活性を確認するため、以下の方法で試験した。
(1)試験方法
1)試験試料
ケルセチンは、市販の試薬(SIGMA社製、純度95%以上)を用いて、DMSOで溶解し使用した。
【0025】
2)NT3発現増強
実施例1に記載の方法で調製した培養9日目の初代ミュラー細胞の培地を全量除去し、1%FBSを含むDMEM-F12培地100μLに交換し、37℃、5%COで90分間培養することで血清飢餓状態に置いた。
上記のケルセチンを3μM、30μMの終濃度になるように添加し、90分間培養後に上清を除去し、RNeasy 96 kit(QIAGEN)を用い添付の説明書に従ってRNAを調製した。次いで、実施例1に記載の方法で、NT3の相対的遺伝子発現量を定量した。
【0026】
(2)結果
測定結果を図1に示した。
ラット初代ミュラー細胞において、NT3のmRNAの発現量は、コントロール(0.1%DMSOのみ)の発現量を1とした時、ケルセチン3μMの添加では1.29倍、30μMの添加では1.52倍に発現が増強された。この結果から、ケルセチンは、添加濃度依存的にNT3の発現を増強させることが明らかとなった。
図1