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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-20
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】食中毒原因菌の迅速検出方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/689 20180101AFI20220128BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
C12Q1/689 Z ZNA
C12N15/09 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2016178375
(22)【出願日】2016-09-13
(65)【公開番号】P2018042483
(43)【公開日】2018-03-22
【審査請求日】2019-08-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000003160
【氏名又は名称】東洋紡株式会社
(72)【発明者】
【氏名】肥山 貴圭
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-042802(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第103642915(CN,A)
【文献】Journal of Food Protection,2007年,Vol.70, no.6,pp. 1366-1372
【文献】日本食品微生物学会雑誌,2012年,Vol.29, no.2,pp.101-107
【文献】Journal of Medical Microbiology,2004年,Vol. 53,pp. 617-622
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の第一のプライマーセット、第二のプライマーセット、第三のプライマーセットおよび第四のプライマーセットを含むことを特徴とする食中毒原因菌の検出用試薬:
サルモネラ菌のinvA遺伝子を検出するためのプライマーセットであって、
(1)配列番号1に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマー及び配列番号3に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマーを含み、一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に対して相補的であるプライマーセット、又は
(2)配列番号2に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマー及び配列番号4に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマーを含み、一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に対して相補的であるプライマーセットのいずれか或いは両方を含む第一のプライマーセット
腸管出血性大腸菌のvtx1遺伝子を検出するためのプライマーセットであって、
(3)配列番号6に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマー及び配列番号7に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマーを含み、一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に対して相補的であるプライマーセット、又は
(4)配列番号5に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマー及び配列番号8に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマーを含み、一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に対して相補的であるプライマーセットのいずれか或いは両方を含む第二のプライマーセット
腸管出血性大腸菌のvtx2遺伝子を検出するためのプライマーセットであって、
(5)配列番号9に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマー及び配列番号10に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマーを含み、一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に対して相補的であるプライマーセット、又は
(6)配列番号10に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマー及び配列番号11に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマーを含み、一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に対して相補的であるプライマーセットのいずれか或いは両方を含む第三のプライマーセットおよび、
赤痢菌のipaH遺伝子を検出するためのプライマーセットであって、
(7)配列番号12に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマー及び配列番号13に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマーを含み、一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に対して相補的であるプライマーセット、又は
(8)配列番号13に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマー及び配列番号14に示される塩基配列若しくはその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含むプライマーを含み、一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に対して相補的であるプライマーセットのいずれか或いは両方を含む第四のプライマーセット。
【請求項2】
サルモネラ菌のinvA遺伝子を検出するための蛍光プローブであって、第一のプライマーセットとして、前記(1)のプライマーセットを使用する場合に用いられる配列番号15の塩基配列又はその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含む蛍光プローブ又は前記(2)のプライマーセットを使用する場合に用いられる配列番号16の塩基配列又はその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含む蛍光プローブである、第一の蛍光プローブと、
腸管出血性大腸菌のvtx1遺伝子を検出するための蛍光プローブであり、配列番号17の塩基配列又はその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含む第二の蛍光プローブと、
腸管出血性大腸菌のvtx2遺伝子を検出するための蛍光プローブであって、第三のプライマーセットとして、前記(5)のプライマーセットを使用する場合に用いられる配列番号19の塩基配列又はその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含む蛍光プローブ又は前記(6)のプライマーセットを使用する場合に用いられる配列番号18の塩基配列又はそれらの相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含む蛍光プローブである、第三の蛍光プローブ、および、
赤痢菌のipaH遺伝子を検出するための蛍光プローブであり、配列番号20の塩基配列又はその相補鎖である塩基配列の少なくとも15塩基を含む第四の蛍光プローブのうちから選択される少なくともいずれか一つの蛍光プローブを含むことを特徴とする請求項1に記載の食中毒原因菌の検出用試薬。
【請求項3】
PCR反応液に、DNAポリメラーゼを含み、DNAポリメラーゼがTaq、Tth、またはそれらの変異体から選択されることを特徴とする請求項1又は2に記載の食中毒原因菌の検出用試薬。
【請求項4】
PCR反応液に、ウシ血清アルブミン、グリセロール、グリコールおよびゼラチンよりなる群から選択された少なくとも1つを含むことを特徴とする請求項1からのいずれかに記載の食中毒原因菌の検出用試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸増幅による食中毒原因菌の検出方法に関する。具体的には、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌を短時間で同時検出することが可能なPCR用プライマーセット、蛍光プローブ、PCR用反応液、及び検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸増幅法は数コピーの標的核酸を可視化レベル、すなわち数億コピー以上に増幅する技術である。代表的な核酸増幅法はPCR(Polymerase Chain Reaction)である。PCRは、(1)熱処理によるDNA変性(2本鎖DNAから1本鎖DNAへの解離)、(2)鋳型1本鎖DNAへのプライマーのアニーリング、(3)DNAポリメラーゼを用いた前記プライマーの伸長、という3ステップを1サイクルとし、このサイクルを繰り返すことによって、試料中の標的核酸を増幅する方法である。
【0003】
PCR技術を用いた検査は遺伝子診断、臨床診断といった法医学分野、あるいは、食品や環境中の微生物検査等において、広く利用されている。PCR増幅産物の検出には、電気泳動をすることなく、簡便に微量核酸の検出が可能なリアルタイムPCR法が広く利用されている。
【0004】
食中毒を予防する上で、食中毒原因菌の保菌者を早期に発見することは重要である。そのため、食品調理従事者に対しては、食中毒原因菌であるサルモネラ菌、腸管出血性大腸菌(EHEC)、赤痢菌の検査が行われている。従来、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌(EHEC)、赤痢菌の検査は、塗沫培養法により行われてきた。具体的には、検体を所定条件下において培養してある程度まで増殖させた後、検出したい細菌類のみが増殖し得るような選択培地中で培養を行い、増殖によってできたコロニーを観察することによって検出するという方法である。
【0005】
しかしながら、このような従来の方法では、(1)培養工程を経るため、結果が得られるまでに時間がかかる点、(2)検出感度が低い点、及び(3)コロニーの観察結果に基づいて客観的な判定を下すのは難しいため、検出結果の客観性を担保するのが難しい点等の問題点があった。
【0006】
そこで、塗沫培養法の問題点を解決するためにPCR法を用いた検出方法が開発されてきた(非特許文献1)。PCR法では、(1)培養工程を経ないため迅速に検出できる、(2)検出感度が高い、(3)検出対象の細菌類の有無を、目的のDNAが増幅したか否かで判定するので、客観性をもって細菌類を検出できる等の利点がある。
【0007】
食中毒原因菌の検便検査は、初めにPCR法にてスクリーニングを行い、陰性検体を除いた後、塗沫培養法により陽性検体の確定検査がされるのが一般的である(非特許文献2)。また、健常人の検便検査では、食中毒原因菌の保菌率は非常に低く、検体の大部分が陰性となる。迅速な判定のため、PCR法によるスクリーニングには、一般的に10検体から50検体程度を1プールとしたプール糞便が用いられる(特許文献1)。プール糞便からPCR法によりスクリーニングを実施後、陽性プールに含まれる各検体を個別に塗抹培養することによって陽性検体を確定する。
【0008】
PCR法によるスクリーニングは、糞便試料中からのDNAの抽出作業を省略し、検体懸濁液の熱処理したサンプルをPCRに供することによって、食中毒原因菌の有無を検出する手法がとられている。この際、DNAの抽出を省略することで、糞便試料中には含まれる、多糖類などのPCR反応阻害物質が持ち込まれる。そこで、これらの影響を低減するような種々の工夫がなされている。
【0009】
サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌を対象にしたPCR法による検便検査のための試薬は、島津製作所製「長剣系病原菌遺伝子検出試薬キット」、タカラバイオ製「TaKaRa腸管系病原細菌遺伝子検出キット」、東洋紡製「腸内細菌遺伝子検出キット―高速蛍光検出―」などが市販されている。
【0010】
これらすべての市販の食中毒原因菌検査試薬は、PCR反応後、融解曲線解析により検出を行い、PCR増幅産物のTm値の違いによって菌種を識別する。しかしながら、融解曲線解析では複数の食中毒原因菌が混在する場合に、コピー数の多い菌種の影響によって、コピー数が少ない菌種が検出されないという問題がある。また、腸内細菌由来のDNAや検体に含まれるPCR反応阻害物質の影響が完全に解消されておらず、非特異的な遺伝子増幅による偽陽性が発生し、検査効率が低下することが問題となっていた。また、効率よく多数の資料を検査するために、さらに短時間で食中毒原因菌の有無を検出する方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2016-042802号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】TaKaRa BIO VIEW 第55号、第48頁(2008年)
【文献】感染症誌 第86巻:第741-748頁(2012年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、蛍光プローブを用いたPCR法により、非特異的な遺伝子増幅による偽陽性の発生を避け検査の効率を改善すること、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌の3菌種を40分以内に検出すること、複数の食中毒原因菌が存在する場合でも全菌種を明確に検出することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記事情に鑑み、鋭意研究を行った結果、本発明のPCR用プライマーセット及び蛍光プローブを用いることで、試料からサルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌の三菌種を、非特異的な遺伝子増幅による偽陽性の発生がなく、且つ40分以内に検出できることを見出した。さらには、複数の食中毒原因菌が存在する場合でも全菌種を同時に、且つ明確に区別して検出できることを見出した。
特に、1mg/ml以上のウシ血清アルブミン、グリセロール、グリコールおよびゼラチンの少なくとも1つをPCR反応液中に用いることにより、検体由来の阻害物質に対する耐性が上がり、より効率よく検出可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は以下の構成からなる。
項1.試料中のサルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌の3菌種を同時にPCR反応により検出する食中毒原因菌の検出方法であって、蛍光プローブの蛍光波長の違いによって、菌種の違いを識別することが可能であることを特徴とする食中毒原因菌の検出方法。
項2.内部標準遺伝子をさらに含み、試料中のサルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌の3菌種と内部標準遺伝子を、蛍光プローブの蛍光波長の違いによって識別することが可能であることを特徴とする項1に記載の食中毒原因菌の検出方法。
項3.検出対象が、10種以上の便から採取した便検体からなるプール検体である項1または2に記載の食中毒原因菌の検出方法。
項4.40分以内にPCR反応が終了することを特徴とする項1から3のいずれかに記載の食中毒原因菌の検出方法。
項5.試料が85℃以上で加熱処理されたサンプルである、項1から4のいずれかに記載の食中毒原因菌の検出方法。
項6.サルモネラ菌のinvA遺伝子を検出するためのプライマーセットであり、配列番号1から3より選択されるいずれかの塩基配列の少なくとも15塩基を含む、任意の2つのプライマーからなる第一のプライマーセットと、
腸管出血性大腸菌のvtx1遺伝子を検出するためのプライマーセットであり、配列番号4から7より選択されるいずれかの塩基配列の少なくとも15塩基を含む、任意の2つのプライマーからなる第二のプライマーセットと、
腸管出血性大腸菌のvtx2遺伝子を検出するためのプライマーセットであり、配列番号8から11より選択されるいずれかの塩基配列の少なくとも15塩基を含む、任意の2つのプライマーからなる第三のプライマーセット、および、
赤痢菌のipaH遺伝子を検出するためのプライマーセットであり、配列番号12から14より選択されるいずれかの塩基配列の少なくとも15塩基を含む、任意の2つのプライマーからなる第四のプライマーセットと、のうちから選択される少なくともいずれか一つのプライマーセットを含むことを特徴とする食中毒原因菌の検出用試薬。
項7.第一のプライマーセット、第二のプライマーセット、第三のプライマーセットおよび第四のプライマーセットのうち、いずれか2つを含むことを特徴とする項6に記載の食中毒原因菌の検出用試薬。
項8.第一のプライマーセット、第二のプライマーセット、第三のプライマーセットおよび第四のプライマーセットのうち、いずれか3つを含むことを特徴とする項6に記載の食中毒原因菌の検出用試薬。
項9.第一のプライマーセット、第二のプライマーセット、第三のプライマーセットおよび第四のプライマーセットのすべてを含むことを特徴とする項6に記載の食中毒原因菌の検出用試薬。
項10.サルモネラ菌のinvA遺伝子を検出するための蛍光プローブであり、配列番号15の塩基配列の少なくとも15塩基を含む第一の蛍光プローブと、
腸管出血性大腸菌のvtx1遺伝子を検出するための蛍光プローブであり、配列番号16の塩基配列の少なくとも15塩基を含む第一の蛍光プローブと、
腸管出血性大腸菌のvtx2遺伝子を検出するための蛍光プローブであり、配列番号17の塩基配列の少なくとも15塩基を含む第一の蛍光プローブ、および、
赤痢菌のipaH遺伝子を検出するための蛍光プローブであり、配列番号18の塩基配列の少なくとも15塩基を含む第一の蛍光プローブとを含むことを特徴とする項6から9のいずれかに記載の食中毒原因菌の検出用試薬。
項11.PCR反応液に、DNAポリメラーゼを含み、DNAポリメラーゼがTaq、Tth、またはそれらの変異体から選択されることを特徴とする項6から10のいずれかに記載の食中毒原因菌の検出用試薬。
項12.PCR反応液に、ウシ血清アルブミン、グリセロール、グリコールおよびゼラチンよりなる群から選択された少なくとも1つを含むことを特徴とする項6から11のいずれかに記載の食中毒原因菌用試薬。
【発明の効果】
【0016】
本発明によって、従来の食中毒原因菌の検査試薬で問題となっていた非特異的な遺伝子増幅による偽陽性の発生がなく、検査の効率を改善することが可能となる。複数菌種を区別可能であることから塗抹培養工程の培地の使用枚数の削減することができる。また、従来よりも反応時間を短縮し、40分以内で食中毒原因菌の有無を検査することができる。この結果、検査業務がさらに効率化することから、食中毒原因菌に感染しても症状のない被験者の検査量を増やすことができ、また、より早く健康保因者の就業を中止させることが可能となり、感染拡大予防にも寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1における、増幅曲線の図である。
図2】実施例2における、増幅曲線の図である。
図3】実施例3における、増幅曲線の図である。
図4】実施例3における、増幅曲線の図である。
図5】実施例4における、増幅曲線の図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を示しつつ、本発明についてさらに詳説する。
【0019】
本発明の一態様は、試料中のサルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌の同時検出方法であって、検便検査等の糞便試料から、75℃から100℃、より好ましくは85℃から95℃で30秒から20分、さらに好ましくは3分から10分の熱処理を行い、食中毒原因菌を不活化させた検体をPCR反応液に供する。
【0020】
さらに、多検体の検査が必要な場合は、検便検体としてプール検体を用いることがより好ましい。PCRに用いる検便検体の添加割合は、適切にPCRが行われればよく、特に限定されないが、例えば、1~20v/v%の範囲内で適宜調整することができる。本発明において、プール検体とは、X種(Xは2以上の整数を示す。)の便から採取された検便検体からなるものである。
【0021】
ここでX種の便とは、X種の個体が排泄したそれぞれの便であってもよいし、同一個体が排泄したX種の便であってもよい。Xについては、特に限定されないが、Xが10以上、好ましくはXが20以上、より好ましくは30以上である。
【0022】
本発明では偽陰性発生を防止させるためにインターナルコントロール(内部標準)を含むことがより好ましい。陰性の場合、インターナルコントロール(内部標準)の増幅のみが認められ、PCRが成功したことを確認することができる。一方、PCRの阻害や試薬の添加忘れが発生した場合は、インターナルコントロール(内部標準)の増幅が認められないため、PCRが失敗したことが確認できる。
【0023】
インターナルコントロール(内部標準)として、検査対象に含まれないターゲットとそのターゲットを増幅するためのプライマーセットを用いればよい。また、インターナルコントロール用にプライマーを別に添加せず、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌(EHEC)、赤痢菌増幅用プライマーを用いて増幅した場合に3菌種とは異なる増幅領域を持つテンプレートのみを添加し、インターナルコントロール(内部標準)としてもよい。
【0024】
本発明における好ましいPCR反応時間は、1時間以内、好ましくは50分以内、さらに好ましくは40分以内である。
【0025】
本発明に用いられるPCR反応液には、緩衝剤、適当な塩、マグネシウム塩又はマンガン塩、デオキシヌクレオチド三リン酸、検出対象の食中毒細菌の検出対象領域および内部標準遺伝子に対応するプライマーセット及び蛍光プローブ、さらに必要に応じて添加剤を含んでいてもよい。
【0026】
本発明に用いられるプライマーとして、配列番号1から14に示す塩基配列を含むプライマーが挙げられるが、特に限定されない。本発明には15塩基から30塩基、好ましくは18塩基から25塩基のプライマーが用いられる。必要であれば、配列表記載の塩基配列の相補鎖を用いてもよい。また、変異に対応するために、配列番号1から14に示す配列に数塩基の置換が含まれていてもよい。ここでいう数塩基とは、5塩基以下であることが好ましい。さらに、ターゲットとする核酸が亜型からなる場合、縮重プライマーを含んでもよい。
【0027】
本発明に用いるプライマー濃度は限定されず、適宜調整すればよい。本発明の各プライマーは、0.05μMから2μM、好ましくは0.1μMから1μMの濃度で用いられる。全プライマーの合計濃度は特に限定されないが、0.1μMから20μM、好ましくは0.2μMから10μMである。
【0028】
本発明に用いられるプライマーセットとしては、配列番号1から14に示す塩基配列を含むプライマーから、各検出遺伝子に応じた2つ以上のプライマーを用いたプライマーセットを用いることができるが、特に限定されない。一方のプライマーが他方のプライマーのDNA伸長生成物に互いに相補的である2種一対のプライマーが使用できる。また、一方のプライマーと対となる他方のプライマーが2つ以上含まれていてもよい。
【0029】
本発明に用いられる蛍光プローブとしては、配列番号15から18に示す塩基配列を含む蛍光プローブが挙げられるが特に限定されない。本発明には15塩基から30塩基、好ましくは18塩基から25塩基の蛍光プローブが用いられる。変異に対応するために、配列番号15から18に示す塩基配列に数塩基の置換が含まれていてもよい。ここでいう数塩基とは、5塩基以下であることが好ましい。さらに、ターゲットとする核酸が亜型からなる場合、縮重プローブを含んでもよい。
【0030】
本発明の蛍光プローブに用いられる蛍光色素としては、特に限定されないが、例えば、TaqMan(登録商標)加水分解プローブ(米国特許第5,210,015号公報、米国特許第5,538,848号公報、米国特許第5,487,972号公報、米国特許第5,804,375号公報)が挙げられる。好ましい様態として、内部標準遺伝子検出用蛍光プローブの蛍光波長と、食中毒原因菌検出用蛍光プローブの蛍光波長が重ならず、別なチャンネルで検出できることである。さらに好ましくは、内部標準遺伝子検出用蛍光プローブの蛍光波長と、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌の各検出用蛍光プローブの蛍光波長が重ならないよう蛍光色素を選択する。
【0031】
本発明に用いる蛍光プローブ濃度は限定されず、適宜調整すればよいが、蛍光強度が高い蛍光波長のプローブ比を下げ、蛍光強度が低い蛍光波長のプローブ比を上げることで、ピークのバランスを揃えることが好ましい。好ましい各蛍光プローブ濃度は0.03μMから0.5μMであり、さらに好ましくは0.05μMから0.3μMである。
【0032】
前記PCR反応液に含まれるウシ血清アルブミンとしては、好ましくは少なくとも0.5mg/ml以上、より好ましくは少なくとも1mg/ml以上である。夾雑物の多い試料では、ウシ血清アルブミンの濃度が好ましくは2mg/ml以上、さらに好ましくは3mg/mg以上で、良好な検出が可能となる。
【0033】
本発明で使用される緩衝剤としては、特に限定されないが、トリス(Tris),トリシン(Tricine),ビスートリシン(Bis-Tricine),ビシン(Bicine)などが挙げられる。硫酸、塩酸、酢酸、リン酸などでpHを6~10、より好ましくはpH8~9に調整されたものである。また、添加する緩衝剤の濃度としては、10~200mM,より好ましくは20~150mMで使用される。この際、反応に適当なイオン条件とするために、塩溶液が加えられる。塩溶液としては、塩化カリウム、酢酸カリウム、硫酸カリウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、酢酸アンモニウムなどが加えられる。
【0034】
この反応液には、さらにdNTP、マグネシウム塩またはマンガン塩、プライマーなどが含まれる。dNTPとしては、dATP,dCTP,dGTP,dTTPがそれぞれ0.1~0.5mM、最も一般的には0.2mM程度加えられる。dTTPの代わり及び/又は一部としてdUTPを使用することによって、クロスコンタミネーションの予防処置をとってもよい。マグネシウム塩としては、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、酢酸マグネシウム、マンガン塩としては、塩化マンガン、硫酸マンガン、酢酸マンガンなどが例示され、1~10mM程度加えられることが好ましい。
【0035】
PCR反応液に含まれるDNAポリメラーゼとしては、Taq、Tth,Bst,KOD,Pfu,Pwo、Tbr,Tfi,Tfl,Tma,Tne、Vent,DEEPVENTや、これらの変異体が挙げられるが、特に限定されない。より好ましくは、Taq、Tth又はこれらの変異体の使用である。さらに、非特異的反応抑制の効果を高めるため、抗DNAポリメラーゼ抗体との併用、あるいは化学修飾により熱不安定ブロック基のDNAポリメラーゼへ導入することで、逆転写反応の間、DNAポリメラーゼの酵素活性を抑制され、ホットスタートPCRへの適用ができることが好ましい。
【実施例
【0036】
以下、実施例をもって本発明を具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0037】
実施例1 プール糞便からのサルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌の迅速検出(1)
・ 糞便懸濁処理液の調製
ヒト糞便検体を10%(重量%)となるように懸濁した検体を、等量ずつ50検体混合し、プール糞便を作製した。このプール糞便を95℃で10分間熱処理し、12,000rpmで5分間遠心した。この上清に各食中毒原因菌DNAを添加し、試料として使用した。
【0038】
(2) 反応液の調製
以下に示す組成のPCR反応液を作製し、試料からの食中毒原因菌の検出を行った。
1xBuffer (Blend Taq(登録商標)添付バッファー(東洋紡))
3mg/ml BSA
各0.2mM dATP,dGTP,dCTP,dTTP
1%ゼラチン
0.1unit/μl rTth DNA polymerase(東洋紡)
0.02μg/μl 抗Tth抗体
プライマー液 (表1)
プローブ液 (表1)
【0039】
【表1】
【0040】
(3)反応
前記反応液18μlを、(1)で調製した各試料2μlに添加した。これを以下の温度サイクルで反応した。63℃の伸長ステップで蛍光値の読取を行った。
94℃ 20秒、
94℃ 2秒-63℃ 5秒 10サイクル
94℃ 2秒-63℃ 5秒 35サイクル(蛍光値の読み取り)
サルモネラ菌をCy5チャンネル、腸管出血性大腸菌をROXチャンネル、赤痢菌をHEXチャンネル、内部標準遺伝子をFAMチャンネルでそれぞれ検出した。
【0041】
(4)結果
上記PCR反応時間は38分であった。増幅曲線を図1に示す。サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌の各遺伝子を同時に検出することができた。
【0042】
実施例2 プール糞便からのサルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌の迅速検出(2)
(1)反応液の調製
ヒト糞便検体を10%(重量%)となるように懸濁した検体を、等量ずつ50検体混合し、プール糞便を作製した。このプール糞便を95℃で10分間熱処理し、12,000rpmで5分間遠心した。この上清に各食中毒原因菌DNAを添加し、試料として使用した。
【0043】
(2) 反応液の調製
以下に示す組成のPCR反応液を作製し、試料からの食中毒原因菌の検出を行った。
1xBuffer (Blend Taq(登録商標)添付バッファー(東洋紡))
3mg/ml BSA
各0.2mM dATP,dGTP,dCTP,dTTP
1%ゼラチン
0.1unit/μl rTth DNA polymerase(東洋紡)
0.02μg/μl 抗Tth抗体
プライマー液 (表2)
プローブ液 (表2)
【0044】
【表2】
【0045】
(3)反応
前記反応液18μlを、(1)で調製した各試料2μlに添加した。これを以下の温度サイクルで反応した。
94℃ 20秒、
94℃ 2秒-63℃ 5秒 10サイクル
94℃ 2秒-63℃ 5秒 35サイクル(蛍光値の読み取り)
サルモネラ菌をCy5チャネンル、腸管出血性大腸菌をFAMチャンネル、赤痢菌をHEXチャンネル、内部標準遺伝子をROXチャンネルでそれぞれ検出した。
【0046】
(4)結果
上記PCR反応時間は38分であった。増幅曲線を図2に示す。この結果、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌の各遺伝子を同時に検出できた。
【0047】
実施例3 ウシ血清アルブミン(BSA)の効果の検討
(1)反応液の調製
ヒト糞便検体を10%(重量%)となるように懸濁した検体を、等量ずつ50検体混合し、プール糞便を作製した。このプール糞便を95℃で10分間熱処理し、12,000rpmで5分間遠心した。この上清にサルモネラ菌DNAを添加し、試料として使用した。
【0048】
(2) 反応液の調製
(2-1)反応液
以下に示す組成のPCR反応液を作製し、試料からのサルモネラ菌の検出を行った。
1xBuffer (Blend Taq(登録商標)添付バッファー(東洋紡))
各0.2mM dATP,dGTP,dCTP,dTTP
1%ゼラチン
0.1unit/μl rTth DNA polymerase(東洋紡)
0.02μg/μl 抗Tth抗体
プライマー液 (表1)
プローブ液 (表1)
(2-2)添加剤の条件
条件1 BSAなし
条件2 1mg/mL BSA
条件3 3mg/mL BSA
(3)反応
前記反応液18μlを、(1)で調製した各試料2μlに添加した。これを以下の温度サイクルで反応した。
94℃ 20秒、
94℃ 2秒-63℃ 5秒 10サイクル
94℃ 2秒-63℃ 5秒 35サイクル(蛍光値の読み取り)
【0049】
(4)結果
増幅曲線を図3及び図4に示す。図3ではBSAを添加していない条件1と比較して、条件2及び条件3とBSAの添加量に従ってCq値が改善している様子がわかる。また、図4ではBSAの添加量に従って蛍光強度が改善していることがわかる。
【0050】
実施例4 複数菌種の同時検出
(1) 反応液の調製
以下に示す組成のPCR反応液を作成し、試料からの食中毒原因菌の検出を行った。
1xBuffer (Blend Taq(登録商標)添付バッファー(東洋紡))
3mg/ml BSA
各0.2mM dATP,dGTP,dCTP,dTTP
1%ゼラチン
0.1unit/μl rTth DNA polymerase(東洋紡)
0.02μg/μl 抗Tth抗体
プライマー液 (表1)
プローブ液 (表1)
【0051】
(2)反応
前記反応液16μlに、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌、赤痢菌から選ばれる2種の菌のDNAを、それぞれを1000コピー、10コピー、各2μlずつ添加した。これを以下の温度サイクルで反応した。63℃の伸長ステップで蛍光値の読取を行った。
94℃ 20秒、
94℃ 2秒-63℃ 5秒 10サイクル
94℃ 2秒-63℃ 5秒 35サイクル(蛍光値の読み取り)
サルモネラ菌をCy5チャンネル、腸管出血性大腸菌をROXチャンネル、赤痢菌をHEXチャンネル、内部標準遺伝子をFAMチャンネルでそれぞれ検出した。
【0052】
(3)結果
増幅曲線を図5に示す。この結果、すべての組み合わせにおいて1000コピーと10コピーを同時に、且つ蛍光波長の違いによって分離して検出することが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、遺伝子診断、臨床診断といった法医学分野、あるいは、食品や環境中の微生物検査等において、特に多数のサンプルを迅速に検査することが求められている分野において非常に有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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