(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-20
(45)【発行日】2022-02-03
(54)【発明の名称】回転体への入力パワー推定システム及び入力パワー推定方法、並びに、当接面状態判定システム及び移動体機器制御システム
(51)【国際特許分類】
B60W 40/06 20120101AFI20220127BHJP
B60C 19/00 20060101ALI20220127BHJP
G01H 17/00 20060101ALI20220127BHJP
G01L 5/13 20060101ALN20220127BHJP
【FI】
B60W40/06
B60C19/00 H
G01H17/00 Z
G01L5/13
(21)【出願番号】P 2018023728
(22)【出願日】2018-02-14
【審査請求日】2020-12-17
(73)【特許権者】
【識別番号】592218300
【氏名又は名称】学校法人神奈川大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000005278
【氏名又は名称】株式会社ブリヂストン
(74)【代理人】
【識別番号】100098626
【氏名又は名称】黒田 壽
(74)【代理人】
【識別番号】100134728
【氏名又は名称】奥川 勝利
(72)【発明者】
【氏名】山崎 徹
【審査官】吉村 俊厚
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/135090(WO,A1)
【文献】特開2015-168362(JP,A)
【文献】特開2006-072588(JP,A)
【文献】特開平11-337402(JP,A)
【文献】特開2003-075248(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0050121(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 40/06
B60C 19/00
G01H 17/00
G01L 5/13
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転体が当接する当接面から当該回転体へ入力される入力パワーを推定する入力パワー推定システムであって、
前記回転体における特定箇所の振動を検出する振動検出部の振動検出結果が入力される入力部と、
前記回転体における伝搬特性の互いに異なる部分ごとに少なくとも1つが割り当てられる要素についてのパワー伝搬損失を記憶する記憶部と、
前記入力部に入力された振動検出結果に基づいて前記要素の要素エネルギーを算出し、算出した要素エネルギー及び前記記憶部に記憶されたパワー伝搬損失から、前記当接面から前記回転体へ入力される入力パワーの推定値を演算する演算部とを有することを特徴とする入力パワー推定システム。
【請求項2】
請求項1に記載の入力パワー推定システムであって、
前記要素は、前記部分ごとに1つだけ割り当てられたものであることを特徴とする入力パワー推定システム。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の入力パワー推定システムであって、
前記回転体は、タイヤであり、
前記部分は、前記タイヤの少なくともトレッド部とサイドウォール部を含むことを特徴とする入力パワー推定システム。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の入力パワー推定システムであって、
前記回転体は、中空体であり、
前記振動検出部は、前記回転体の中空内壁面に設置されることを特徴とする入力パワー推定システム。
【請求項5】
回転体が当接する当接面から当該回転体へ入力される入力パワーを推定する入力パワー推定方法であって、
前記回転体における特定箇所の振動を検出する振動検出部の振動検出結果を入力する入力工程と、
前記入力工程で入力された振動検出結果に基づいて、前記回転体における伝搬特性の互いに異なる部分ごとに少なくとも1つが割り当てられる要素の要素エネルギーを算出する算出工程と、
前記算出工程で算出した要素エネルギー及び前記要素についてのパワー伝搬損失から、前記当接面から前記回転体へ入力される入力パワーの推定値を演算する演算工程とを有することを特徴とする入力パワー推定方法。
【請求項6】
回転体が当接する当接面の状態を判定する当接面状態判定システムであって、
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の入力パワー推定システムと、
前記入力パワー推定システムにより演算された入力パワーの推定値に基づいて、前記当接面の状態を判定する判定部とを有することを特徴とする当接面状態判定システム。
【請求項7】
当接面上で回転体を回転させることにより移動する移動体に搭載された所定の機器を制御する移動体機器制御システムであって、
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の入力パワー推定システムと、
前記入力パワー推定システムにより演算された入力パワーの推定値に基づいて、前記所定の機器を制御する制御部とを有することを特徴とする移動体機器制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪、タイヤ等の回転体に設置した振動検出部の振動検出結果に基づいて、回転体が当接する当接面から当該回転体へ入力される入力パワーを推定する入力パワー推定システム及び入力パワー推定方法、並びに、当接面状態判定システム及び移動体機器制御システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、回転体に設置した振動検出部の振動検出結果を利用するシステムとしては、例えば、特許文献1に開示された路面状態を判定するシステムが知られている。このシステムは、タイヤ(回転体)のトレッド部内面側のインナーライナー部上に設置した加速度センサ(振動検出部)の出力値(振動検出結果)の時間変化波形から当該タイヤが走行している路面の状態を判定する。
【0003】
具体的には、加速度センサの出力値をタイヤに入力される振動として取得し、この振動の時系列波形からタイヤ一回転分の振動波形を抽出し、抽出した波形から踏み込み領域と蹴り出し領域との2領域のデータを更に抽出する。その後、抽出した各領域の時系列波形をそれぞれ周波数分析し、得られた踏み込み領域の周波数スペクトルから所定周波数帯域(8~10kHz)における振動レベルVfを算出するとともに、得られた蹴り出し領域の周波数スペクトルから所定周波数帯域(1~3kHz)における振動レベルVkを算出する。そして、路面状態の指標値となる演算値S=Vf/Vkを算出し、この演算値Sが、予め決められた各種路面の演算値Srのどれに近いかを調べることで、路面状態を判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された従来のシステムは、タイヤ(回転体)のトレッド部内面側のインナーライナー部上に設置した加速度センサ(振動検出部)の出力値(振動検出結果)を、路面(当接面)からタイヤへ入力される振動(入力パワー)とみなして、路面状態を判定する。しかしながら、加速度センサ(振動検出部)の出力値(振動検出結果)は、必ずしも路面からタイヤへ入力される振動を正確に示すパラメータではない。すなわち、従来のシステムの加速度センサで検出される振動検出結果は、路面からタイヤへ入力される振動が、トレッド部の内壁面側に伝搬したものを検出したものである。この伝搬過程では、通常、トレッド部の外壁面から内壁面への伝搬経路において振動特性が変化する(振動レベルの減衰、周波数特性の変化など)。また、路面からタイヤへ入力される振動は、トレッド部の内壁面側に伝搬せずに、タイヤ周方向へ伝搬したり、タイヤのサイドウォール部へ伝搬したりする。したがって、タイヤに設置した加速度センサの出力値は、路面からタイヤへ入力される振動を正確に示すパラメータとはいえない。
【0006】
本発明は、以上の背景に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、当接面から回転体へ入力される入力パワーを推定できる入力パワー推定システム及び入力パワー推定方法、並びに、当接面状態判定システム及び移動体機器制御システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、回転体が当接する当接面から当該回転体へ入力される入力パワーを推定する入力パワー推定システムであって、前記回転体における特定箇所の振動を検出する振動検出部の振動検出結果が入力される入力部と、前記回転体における伝搬特性の互いに異なる部分ごとに少なくとも1つが割り当てられる要素についてのパワー伝搬損失を記憶する記憶部と、前記入力部に入力された振動検出結果に基づいて前記要素の要素エネルギーを算出し、算出した要素エネルギー及び前記記憶部に記憶されたパワー伝搬損失から、前記当接面から前記回転体へ入力される入力パワーの推定値を演算する演算部とを有することを特徴とするものである。
本発明においては、回転体における伝搬特性の互いに異なる部分ごとに少なくとも1つの要素を割り当て、振動検出部の検出結果に基づいて当該要素についての要素エネルギーEを算出する。そして、算出した要素エネルギーEと、記憶手段に記憶されている当該要素についてのパワー伝搬損失Lとから、当接面から回転体へ入力される入力パワーPinの推定値を演算する。
詳しくは、入力パワーPinの推定値を演算するための演算式は、割り当てた要素が1つである場合、下記の式(1)のとおりである。このときのパワー伝搬損失Lは、要素間のパワー伝搬を考慮する必要がないので、当該要素の内部損失率ILFで表すことができる。割り当てた要素が2以上である場合には、下記の式(1’)のように、行列で表すことができる。このときのパワー伝搬損失Lは、要素間のパワー伝搬を考慮する必要があるため、内部損失率ILF及び結合損失率CLFで表すことができる。なお、「ω」は、要素エネルギーEの帯域幅Δωの中心角周波数であり、[]は行列を表す記号である。
Pin = ω×L×E ・・・(1)
[Pin] = ω×[L]×[E] ・・・(1’)
ここで、記憶部に記憶されるパワー伝搬損失Lは、予め実験等によって把握することができる。例えば、回転体に対して既知の入力パワーを入力し、そのときの振動検出部の検出結果から要素エネルギーEを算出することで、算出した要素エネルギーEと既知の入力パワーとから、パワー伝搬損失Lを導出することができる。
なお、本発明により推定される入力パワーは、当接面の状態などの様々な判定対象についての判定処理等に用いることができる。このとき、仮に当接面から回転体へ入力される“力”を推定できるのであれば、この推定した“力”は、入力パワーと同様に、判定処理等に用いることが可能である。しかしながら、当接面から回転体へ入力される“力”を直接的に検出するためには、通常、当接面と回転体との間にセンサを挟み込んで検出する必要があり、実際上は非常に実現困難である。すなわち、本発明は、当接面から回転体へ入力される“力”に代えて、当接面から回転体へ入力される“パワー”を推定することにより、“力”の検出によって実現困難であった判定処理等を容易に実現するものである。
【0008】
また、請求項2の発明は、請求項1に記載の入力パワー推定システムであって、前記要素は、前記部分ごとに1つだけ割り当てられたものであることを特徴とするものである。
回転体は、タイヤや車輪のように回転対称形であり、伝搬特性の異なる各部分(以下「回転体部分」という。)の形状も回転対称形である場合が多い。この場合、各回転体部分に対して2以上の要素を割り当てても、得られる振動検出結果は、位相のずれるものの、実質的に同じあるいは近似したものとなる。各回転体部分に対する要素数を1つだけにしても、入力パワーの推定精度を維持することが可能である。むしろ、各回転体部分に対する要素数を1つだけにしたため、より簡易に入力パワーの推定値を演算できるようになる。
【0009】
また、請求項3の発明は、請求項1又は2に記載の入力パワー推定システムであって、前記回転体は、タイヤであり、前記部分は、前記タイヤの少なくともトレッド部とサイドウォール部を含むことを特徴とするものである。
本発明によれば、路面からタイヤへの入力パワーを推定することができるので、路面上でタイヤを回転(転動)させることにより移動(走行)する自動車やオートバイなどの移動体についての各種試験、評価、制御などへの利用が可能となる。
【0010】
また、請求項4の発明は、請求項1乃至3のいずれか1項に記載の入力パワー推定システムであって、前記回転体は、中空体であり、前記振動検出部は、前記回転体の中空内壁面に設置されることを特徴とするものである。
回転体の外壁面に振動検出部を配置する構成では、当接面や他の障害物等との接触によって振動検出部が破損、故障するおそれがある。また、振動検出部の配線は、回転体の回転軸へ引き出すことが多いところ、回転体の外壁面に振動検出部を配置する構成では、その配線が困難である。本発明によれば、振動検出部が回転体の中空内壁面に設置されるため、当接面や他の障害物等との接触が避けられ、振動検出部の破損、故障の発生が抑制され、また、配線が容易である。
【0011】
また、請求項5の発明は、回転体が当接する当接面から当該回転体へ入力される入力パワーを推定する入力パワー推定方法であって、前記回転体における特定箇所の振動を検出する振動検出部の振動検出結果を入力する入力工程と、前記入力工程で入力された振動検出結果に基づいて、前記回転体における伝搬特性の互いに異なる部分ごとに少なくとも1つが割り当てられる要素の要素エネルギーを算出する算出工程と、前記算出工程で算出した要素エネルギー及び前記要素についてのパワー伝搬損失から、前記当接面から前記回転体へ入力される入力パワーの推定値を演算する演算工程とを有することを特徴とするものである。
本発明においては、回転体における伝搬特性の互いに異なる部分ごとに少なくとも1つの要素を割り当て、振動検出部の検出結果に基づいて当該要素についての要素エネルギーEを算出する。そして、算出した要素エネルギーEと、記憶手段に記憶されている当該要素についてのパワー伝搬損失Lとから、当接面から回転体へ入力される入力パワーPinの推定値を演算する。
詳しくは、入力パワーPinの推定値を演算するための演算式は、割り当てた要素が1つである場合、下記の式(1)のとおりである。このときのパワー伝搬損失Lは、要素間のパワー伝搬を考慮する必要がないので、当該要素の内部損失率ILFで表すことができる。割り当てた要素が2以上である場合には、下記の式(1’)のように、行列で表すことができる。このときのパワー伝搬損失Lは、要素間のパワー伝搬を考慮する必要があるため、内部損失率ILF及び結合損失率CLFで表すことができる。なお、「ω」は、要素エネルギーEの帯域幅Δωの中心角周波数であり、[]は行列を表す記号である。
Pin = ω×L×E ・・・(1)
[Pin] = ω×[L]×[E] ・・・(1’)
ここで、記憶部に記憶されるパワー伝搬損失Lは、予め実験等によって把握することができる。例えば、回転体に対して既知の入力パワーを入力し、そのときの振動検出部の検出結果から要素エネルギーEを算出することで、算出した要素エネルギーEと既知の入力パワーとから、パワー伝搬損失Lを導出することができる。
【0012】
また、請求項6の発明は、回転体が当接する当接面の状態を判定する当接面状態判定システムであって、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の入力パワー推定システムと、前記入力パワー推定システムにより演算された入力パワーの推定値に基づいて、前記当接面の状態を判定する判定部とを有することを特徴とするものである。
当接面の状態が違えば、その当接面から回転体へ入力される入力パワーが異なってくる。すなわち、同じ回転体である場合、当接面から回転体へ入力される入力パワーと当該当接面の状態との間には高い相関がある。したがって、本発明によれば、前記入力パワー推定システムにより演算される入力パワーの推定値を用いて、当接面の状態を判定することができる。
【0013】
また、請求項7の発明は、当接面上で回転体を回転させることにより移動する移動体に搭載された所定の機器を制御する移動体機器制御システムであって、請求項1乃至4のいずれか1項に記載の入力パワー推定システムと、前記入力パワー推定システムにより演算された入力パワーの推定値に基づいて、前記所定の機器を制御する制御部とを有することを特徴とするものである。
上述したように、当接面から回転体へ入力される入力パワーから、当接面の状態や回転体の特性を判定することが可能である。したがって、本発明によれば、当接面の状態や回転体の特性に応じて、移動体に搭載される機器の制御を行うことができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、当接面から回転体へ入力される入力パワーを推定することができるという優れた効果が奏される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施形態における入力パワー推定システムの概要を示す模式図。
【
図2】2要素からなるSEAモデルを示すブロック図。
【
図3】(a)は、タイヤを4つの要素に分割した例を示す説明図。(b)は、4つの要素からなるモデルを示すブロック図。
【
図4】要素数を変更して、実施形態の入力パワー推定システムを用いて入力パワーを算出したときの実験結果を示すグラフ。
【
図5】タイヤ転動時における第一加速度センサの出力波形の一部(タイヤ1回転分)を示すグラフ。
【
図6】踏み込み区間(Leading edge)と、接地区間(Contact patch)と、蹴り出し区間(Trailing edge)との各区間で、路面からタイヤへ入力される入力パワーを比較したグラフ。
【
図7】(a)は、踏み込み区間(Leading edge)の入力パワーの推定値を各種の条件で算出したときのグラフ。(b)は、接地区間(Contact patch)の入力パワーの推定値を各種の条件で算出したときのグラフ。
【
図8】実施形態の路面状態判定システム(当接面状態判定システム)の一例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る入力パワー推定システムを、当接面である転動面としての路面から移動体としての自動車に備わっている回転体である転動体としてのタイヤへ入力される入力パワーPinを推定するタイヤへの入力パワー推定システムに適用した一実施形態について説明する。
【0017】
なお、本実施形態では、自動車のタイヤへの入力パワーPinを推定する例について説明するが、回転体が当接する当接面から当該回転体へ入力される入力パワーを推定するものであればよい。したがって、例えば、電車や飛行機など、当接面(転動面)上で回転体(転動体)を回転(転動)させることにより移動可能な他の移動体に備わっている車輪等の当該回転体への入力パワーを推定する場合や、切削加工や切断加工時などに用いるフライス、ドリル、回転刃などの回転体に対して被加工対象物の面(当接面)から入力される入力パワーを推定する場合など、様々な場面で、本発明を適用可能である。
【0018】
本実施形態の入力パワー推定システムは、統計的エネルギー解析法(Statistical Energy Analysis:SEA)を用いて、タイヤに入力される入力パワーPinを推定するものである。本実施形態のSEAの解析手順は、タイヤにおける伝搬特性の互いに異なる部分ごとに少なくとも1つの要素を割り当て、要素ごとの内部損失率(Internal Loss Factor:ILF)及び要素間の結合損失率(Coupling Loss Factor:CLF)を求めて当該要素からなるエネルギー伝搬モデルを構築する。そして、タイヤにおける特定箇所の振動検出結果から各要素の要素エネルギーEを導出し、その要素エネルギーEをモデルに当てはめて、入力パワーPinの推定値を算出する。
【0019】
図2は、2要素からなるSEAモデルを示すブロック図である。
図2において、P
1及びP
2は、各要素1,2へ入力される入力パワーであり、P
12は要素1から要素2へ伝搬するパワーであり、P
21は要素2から要素1へ伝搬するパワーであり、P
d1及びP
d2は、各要素で散逸されるパワーであり、E
1及びE
2は各要素のエネルギーである。このモデルにおいては、下記の式(2)及び(3)が成立する。
P
1 = P
d1+P
12-P
21 ・・・(2)
P
2 = P
d2+P
21-P
12 ・・・(3)
【0020】
これを一般化するため、要素を識別する符号i(
図2のモデルでは各要素の番号を示す1又は2である。)を用いると、要素iで散逸されるパワーP
diは、要素iの要素エネルギーE
iと、要素エネルギーE
iの帯域幅Δωの中心角周波数ωと、要素iの内部損失率ILFであるη
iとから、下記の式(4)より求めることができる。
P
di = ω×η
i×E
i ・・・(4)
【0021】
また、要素を識別する符号i、jを用いると、要素iから要素jへ伝搬するパワーPijは、要素iの要素エネルギーEiと、要素エネルギーEiの帯域幅Δωの中心角周波数ωと、要素iから要素jへの結合損失率CLFであるηijとから、下記の式(5)より求めることができる。
Pij = ω×ηij×Ei ・・・(5)
【0022】
以上をまとめると、モデルに入力される入力パワーPinは、内部損失率ILF及び結合損失率CLFをパワー伝搬損失Lに置き換えることで、下記の行列(6)により求めることができる。
[Pin] = ω×[L]×[E] ・・・(6)
【0023】
前記行列(6)は、例えば、後述の
図3に示すような4つの要素のうちの要素4を除外した3要素分割例に当てはめると、下記の行列(7)に示すものとなる。
【数1】
【0024】
図3(a)は、本実施形態におけるタイヤを4つの要素1~4に分割した例を示す説明図であり、
図3(b)は、当該4つの要素1~4からなるモデルを示すブロック図である。
この4要素分割例は、タイヤを90°ずつ分割し、タイヤの対称性を考慮して、
図3(a)に示すように、サイドウォール部4について2要素、トレッド部2について2要素の計4要素を割り当てたものである。
【0025】
図3に示すように4つの要素に分割してタイヤへの入力パワーP
inをSEAにより求める場合、まず、タイヤにおける特定箇所に発生する振動を検出し、その振動検出結果から各要素1~4の要素エネルギーE
1,E
2,E
3,E
4を導出する。要素エネルギーE
1,E
2,E
3,E
4は、例えば、各要素に対応するタイヤの箇所に加速度センサなどの振動検出部を設置し、そのセンサ出力値をエネルギー変換式に当てはめて導出する。
【0026】
3軸の加速度センサを用いる場合には、下記のエネルギー変換式(8)から、要素iの要素エネルギーEiを導出することができる。なお、「Vx」、「Vy」、「Vz」は、互いに直交するx方向、y方向、z方向における各速度であり、それぞれ、加速度センサの出力値から求められる。また、「mi」は、当該要素iに対応するタイヤ部分の質量である。
Ei = 1/2×mi×(Vx2+Vy2+Vz2) ・・・(8)
【0027】
次に、導出した各要素エネルギーE1,E2,E3,E4を、上述した行列(6)に当てはめることで、入力パワーPinの推定値を算出する。このとき、パワー伝搬損失L(内部損失率ILF、結合損失率CLF)を予め取得しておく必要がある。パワー伝搬損失Lは、例えば、前記タイヤに対して既知の入力パワーP’inを入力して、そのときの振動検出結果から要素エネルギーEを算出し、算出した要素エネルギーEと既知の入力パワーP’inとから導出することができる。
【0028】
図1は、本実施形態における入力パワー推定システムの概要を示す模式図である。
本実施形態の入力パワー推定システム10は、タイヤへの入力パワーP
inを推定するものであり、主に、センサ入力部11と、記憶部12と、演算部13と、出力部14とから構成されている。
【0029】
本実施形態で用いられるタイヤ1は、一般的なチューブレスタイヤであり、
図1に示すように、主に、トレッド部2と、ショルダー部3と、サイドウォール部4と、ビード部5とから構成されている。タイヤ1は、タイヤの骨組みとなるカーカス6をゴム層によって覆った基本構造をとり、タイヤ内面にはインナーライナー7が貼り付けられている。また、トレッド部2には、トレッドの剛性を高めるための補強ベルト2aが設けられ、また、ビード部5は、ビードワイヤー5aを備えており、ホイール9に取り付けられる。
【0030】
タイヤ1は、伝搬特性の互いに異なる部分ごとに分割すると、おおよそ、トレッド部2とサイドウォール部4とに大別することができる。そこで、本実施形態では、トレッド部2とサイドウォール部4のそれぞれについて、少なくとも1つの要素を割り当てる。このとき、トレッド部2とサイドウォール部4のそれぞれに割り当てる要素の数は、任意に設定できるが、本実施形態では、より簡易に入力パワーPinを推定するために、トレッド部2及びサイドウォール部4に対してそれぞれ1つずつの要素を割り当てる。タイヤが転動しているときの対称性を考慮すれば、トレッド部2及びサイドウォール部4に対してそれぞれ1つずつの要素を割り当てるだけで、十分な精度を得ることが可能である。
【0031】
図4は、要素数を変更して、本実施形態の入力パワー推定システムを用いて入力パワーを算出したときの実験結果を示すグラフである。
このグラフは、入力パワーを縦軸にとり、周波数を横軸にとったものである。この実験は、トレッド部2とサイドウォール部4のそれぞれに1つずつの要素を割り当てた2要素分割例と、トレッド部2とサイドウォール部4のそれぞれに2つずつの要素を割り当てた4要素分割例と、トレッド部2とサイドウォール部4のそれぞれに3つずつの要素を割り当てた6要素分割例とを比較した。
図4に示すように、いずれの要素分割例も概ね一致している。
【0032】
そこで、本実施形態においては、タイヤ1のトレッド部2の内壁面上の1箇所(タイヤ幅方向中央位置)に第一加速度センサ21を設置するとともに、タイヤ1のサイドウォール部4の内壁面上の1箇所(第一加速度センサ21と同じタイヤ周方向位置)に第二加速度センサ22を設置している。これにより、第一加速度センサ21の出力値(振動検出結果)からトレッド部2に割り当てた1つの要素(以下、「要素T」という。)の要素エネルギーETを取得し、第二加速度センサ22の出力値(振動検出結果)からサイドウォール部4に割り当てた1つの要素(以下、「要素S」という。)の要素エネルギーESを取得することができる。
【0033】
なお、加速度センサの設置数は、割り当てた要素の数と一致している必要はない。すなわち、2以上の加速度センサの出力値から1つの要素の要素エネルギーEを取得してもよいし、1の加速度センサの出力値から2以上の要素の要素エネルギーEを取得してもよい。
【0034】
本実施形態の入力パワー推定システム10におけるセンサ入力部11は、タイヤ1に設置された2つの加速度センサ21,22の出力値の入力を受け付ける。本実施形態において、第一加速度センサ21は、タイヤ1のトレッド部2の内壁面上の設置位置(特定箇所)におけるタイヤ周方向x及びこれに直交する方向yの振動(面内振動)と、当該内壁面に垂直な方向zの振動(面外振動)とを検出する3軸の加速度センサである。また、第二加速度センサ22は、タイヤ1のサイドウォール部4の内壁面上の設置位置(特定箇所)におけるタイヤ周方向x及びこれに直交する方向yの振動(面内振動)と当該内壁面に垂直な方向zの振動(面外振動)とを検出する3軸の加速度センサである。
【0035】
本実施形態では、振動検出部として、3軸の加速度センサ21,22を用いているが、1軸の加速度センサなど、他の加速度センサを用いることも可能である。また、各要素T,Sの要素エネルギーET,ESを導くための振動を検出できるものであれば、速度センサや変位センサなどの他のセンサを用いることもできる。本実施形態では、面外振動と面内振動の両方を考慮したパワー伝搬損失の例であるが、面外振動のみであっても十分な精度を得ることが可能である。
【0036】
また、実施形態では、タイヤ1が中空体であるため、加速度センサ21,22をタイヤ1の中空内壁面に設置することができる。タイヤ1の中空内壁面に設置できるので、タイヤ1の外壁面に加速度センサを配置しなくてもよい。タイヤ1の外壁面に加速度センサを配置する構成では、路面100や他の障害物(路面上の段差、路面設置物など)等との接触によって当該加速度センサが破損、故障するおそれがある。これに対し、本実施形態のようにタイヤ1の内壁面に加速度センサを配置する構成では、このような加速度センサの破損、故障を回避することができる。
【0037】
また、加速度センサ21,22とセンサ入力部11との間を有線接続する場合には、その配線をタイヤ1の回転軸へ引き出すことが多い。このとき、タイヤ1の外壁面に加速度センサを配置する構成では、タイヤ1の外壁面から内壁面側へ配線を引き込み、回転軸まで引き出すことが必要となり、その配線が困難となる。これに対し、本実施形態のようにタイヤ1の内壁面に加速度センサを配置する構成では、タイヤ1の外壁面から内壁面側へ配線の引き込みが不要であるため、配線が容易である。
【0038】
記憶部12は、上述した2つの要素T,Sについてのパワー伝搬損失L(内部損失率ILF及び結合損失率CLF)を記憶する。記憶部12に記憶されるパワー伝搬損失Lは、予め実験等によって取得しておくことができる。具体的には、上述したように、タイヤ1に対して既知の入力パワーP’inを入力し、そのときの加速度センサ21,22の出力値(振動検出結果)から要素エネルギーEを算出し、算出した要素エネルギーEと既知の入力パワーP’inとから、パワー伝搬損失Lを導出する。
【0039】
演算部13は、加速度センサ21,22の検出結果に基づいて2つの要素T,Sについての要素エネルギーET,ESを算出し、算出した要素エネルギーET,ESと記憶部12に記憶されているパワー伝搬損失Lとから、路面100からタイヤ1へ入力される入力パワーPinの推定値を演算する。
【0040】
トレッド部2の要素Tの要素エネルギーETについては、トレッド部2の内壁面に設置した第一加速度センサ21の出力値(振動検出結果)から、前記式(8)より導出する。同様に、サイドウォール部4の要素Sの要素エネルギーESについては、サイドウォール部4の内壁面に設置した第二加速度センサ22の出力値(振動検出結果)から、前記式(8)より導出する。また、入力パワーPinの推定値の演算は、前記式(6)を用いて行う。なお、パワー伝搬損失Lは、記憶部12に記憶されているものを呼び出して利用する。
【0041】
出力部14は、演算部13が演算した入力パワーPinの推定値を、判定部30へ出力する。なお、本実施形態の入力パワー推定システム10は、単に、入力パワーPinの推定値を得るためだけに用いてもよいが、本実施形態では、出力部14から出力する入力パワーPinの推定値を、同一システム内あるいは他のシステムにおける判定部30へ出力し、この判定部30での判定処理に利用する。
【0042】
判定部30は、入力パワー推定システム10の出力部14から出力される入力パワーPinの推定値を受け取り、その入力パワーPinの推定値に基づいて、所定の判定対象についての判定処理を実施する。判定部30のハードウェアは、主に、CPU、ROM、RAM、通信I/F、データI/F等から構成されるコンピュータ装置で構成することができる。この場合、CPUは、ROMに記憶されている各種プログラムを実行することにより、判定処理を含む各種処理や制御を実行する。ROMは、CPUが各種処理や制御を実行するための各種プログラムを記憶する。RAMは、CPUのワークエリアとして使用される。通信I/Fは、入力パワー推定システム10との通信を行い、入力パワー推定システム10の出力部14から出力される入力パワーPinの推定値を受信する。また、判定結果を他のシステムに出力したり、他のシステムからの情報を取得したりする場合には、他のシステムとの通信も行う。例えば、タイヤ1を備える自動車のCAN(Controller Area Network)を介して、当該自動車のナビゲーション装置、GPS装置、車速センサなどの各種車載センサ、当該自動車の走行制御システムとの通信を行ったりする。
【0043】
路面100からタイヤ1へ入力される入力パワーP
inの推定値は、例えば、路面100の状態などの様々な種類の判定対象についての判定に用いることができる。
図5は、タイヤ1の転動時における第一加速度センサ21の出力波形の一部(タイヤ1回転分)を示すグラフである。
このグラフは、第一加速度センサ21の出力値のうちの面外振動(z方向)の出力値を縦軸にとり、時間を横軸にとったものである。路面からタイヤへの入力パワーは、路面に接触しているタイヤ部分のうち、タイヤが路面に接触し始める区間(踏み込み区間:Leading edge)と、タイヤが路面に接触し続ける区間(接地区間:Contact patch)と、タイヤが路面から離れ始める区間(蹴り出し区間:Trailing edge)とに区分することができる。
【0044】
図6は、踏み込み区間(Leading edge)と、接地区間(Contact patch)と、蹴り出し区間(Trailing edge)との各区間で、路面100からタイヤ1へ入力される入力パワーを比較したグラフである。
このグラフは、入力パワーを縦軸にとり、周波数を横軸にとったものである。このグラフに示すように、区間間における入力パワーの大小関係は、接地区間(Contact patch)>蹴り出し区間(Trailing edge)>踏み込み区間(Leading edge)の関係となる。
【0045】
図7(a)は、踏み込み区間(Leading edge)の入力パワーの推定値を各種の条件で算出したときのグラフである。
図7(b)は、接地区間(Contact patch)の入力パワーの推定値を各種の条件で算出したときのグラフである。
図7のグラフでは、車速40[km/h]で荷重4[kN]をかけた状態のタイヤ1を、路面状態「普通(Normal)」の路面100上で転動させたときの条件1と、車速100[km/h]で荷重4[kN]をかけた状態のタイヤ1を、路面状態「普通(Normal)」の路面100上で転動させたときの条件2と、車速40[km/h]で荷重1[kN]をかけた状態のタイヤ1を、路面状態「普通(Normal)」の路面100上で転動させたときの条件3と、車速40[km/h]で荷重4[kN]をかけた状態のタイヤ1を、路面状態「平滑(Smooth)」の路面100上で転動させたときの条件4とを比較したものである。
【0046】
図7(b)に示すように、接地区間(Contact patch)の入力パワーは、路面状態が「普通(Normal)」である条件1と、路面状態が「平滑(Smooth)」である条件4とでは、概ね一致している。これに対し、
図7(a)に示すように、踏み込み区間(Leading edge)の入力パワーは、路面状態が「普通(Normal)」である条件1よりも、路面状態が「平滑(Smooth)」である条件4の方が、有意に小さい値となっている。したがって、踏み込み区間(Leading edge)の入力パワーから、路面状態の滑りやすさを判定することが可能である。
【0047】
図8は、本実施形態に係る路面状態判定システム(当接面状態判定システム)の一例を示すフローチャートである。
本路面状態判定システムにおいて、判定部30は、まず、上述の入力パワー推定システム10の出力部14から出力される入力パワーP
inの推定値の入力を受け付ける(S1)。そして、入力された入力パワーP
inの推定値から、踏み込み区間(Leading edge)に相当する部分の入力パワーの推定値を抽出する(S2)。
【0048】
その後、抽出した踏み込み区間(Leading edge)の入力パワー推定値を、予め決められた1又は2以上の閾値と比較する(S3)。この閾値は、判定する路面状態の種類数に応じて、予め実験等により得ることができる。そして、この閾値との比較の結果に応じて、路面状態(例えば、路面の滑りやすさレベル)を判定する(S4)。
【0049】
特許文献1に開示された従来のシステムでは、タイヤのトレッド部内面側のインナーライナー部上に設置した加速度センサの出力値と路面状態との相関関係を予め把握することで、路面状態の判定を行うものである。この相関関係は、タイヤの種類(振動伝搬特性など)ごとに変わってくるものである。そのため、従来のこのシステムでは、タイヤの種類ごとに、加速度センサの出力値と路面状態との相関関係を把握する作業が必要となる。具体的には、それぞれのタイヤについて、路面状態の異なる各路面上での走行試験を行い、路面状態に応じた加速度センサの出力値の特徴を取得するという作業が必要となる。
【0050】
これに対し、本実施形態のように、路面からタイヤへの入力パワーの推定値から路面状態を判定するシステムは、入力パワーの推定値と路面状態との相関関係を予め把握することで、路面状態の判定を行うものである。このシステムによれば、タイヤの種類が変わっても、入力パワーの推定値と路面状態との相関関係は変わらない。したがって、一度、相関関係を把握してしまえば、タイヤの種類ごとに当該相関関係を把握するというような煩雑な作業は不要である。
【0051】
このメリットは、路面状態以外の他の判定対象について、路面からタイヤへの入力パワーの推定値から判定を行う他のシステムにおいても、同様に得られるメリットである。
【0052】
本路面状態判定システムによれば、自動車のタイヤごとに、そのタイヤが接地している路面100の路面状態を個別に判定することができる。この判定結果は、例えば、自動車に搭載されているトラクション・コントロール・システム、アンチロック・ブレーキ・システム、自動姿勢制御など、各種走行制御に利用することができる。
【0053】
また、本路面状態判定システムによれば、正常な路面状態における入力パワー推定値を閾値として比較を行うことで、路面の劣化具合を把握することができる。例えば、自動車を走行させながら路面状態の判定結果をGPS装置の位置情報と関連づけて連続的に取得することで、どの位置の路面が劣化しているか(どのくらい劣化しているか)のデータを取得することが可能である。このようなデータは、例えば、路面の修繕計画などに有効利用することができる。
【0054】
また、本路面状態判定システムでは、路面に当接するタイヤ1のトレッド部外壁面からの入力パワーの推定値を直接的に演算するためのパワー伝搬損失Lを用いた例であるが、これに限られない。例えば、トレッド部2を貼り付ける前のタイヤや、トレッド部2にトレッドパターンが形成される前のスムースタイヤなど、未完成品のタイヤを用いて入力パワーの推定値を演算してもよい。この場合でも、未完成品のタイヤでの入力パワーの推定値と、完成品での入力パワーの推定値との関係が分かっていれば、完成品のタイヤについて路面からの入力パワーを推定することができる。
【符号の説明】
【0055】
1 タイヤ
2 トレッド部
2a 補強ベルト
3 ショルダー部
4 サイドウォール部
5 ビード部
5a ビードワイヤー
6 カーカス
7 インナーライナー
9 ホイール
10 入力パワー推定システム
11 センサ入力部
12 記憶部
13 演算部
14 出力部
21 第一加速度センサ
22 第二加速度センサ
30 判定部
100 路面
ILF 内部損失率
CLF 結合損失率
L パワー伝搬損失
E 要素エネルギー
Pin 入力パワー