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特許6996728グルコーストランスポーター1発現用アデノ随伴ウイルスベクター
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-20
(45)【発行日】2022-01-17
(54)【発明の名称】グルコーストランスポーター1発現用アデノ随伴ウイルスベクター
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/864 20060101AFI20220107BHJP
   A61K 35/761 20150101ALI20220107BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20220107BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220107BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20220107BHJP
   C12N 7/01 20060101ALI20220107BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20220107BHJP
【FI】
C12N15/864 100Z
A61K35/761
A61P25/00 101
A61P43/00 111
A61K48/00
C12N7/01
C12N15/09 Z ZNA
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2017001004
(22)【出願日】2017-01-06
(65)【公開番号】P2017123840
(43)【公開日】2017-07-20
【審査請求日】2019-07-25
(31)【優先権主張番号】P 2016001697
(32)【優先日】2016-01-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年7月10日 第21回日本遺伝子治療学会学術集会の予稿集
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年7月24~26日(発表日:平成27年7月25日) 第21回日本遺伝子治療学会学術集会
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年8月14日 Molecular Genetics and Metabolism 11 6(2015)157-162
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年9月3日 American Society of Human Genetics 2015 Annual Meeting Webページ<http://www.ashg.org/2015meeting/>
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年10月6日~10日 American Society of Human Genetics 2015 Annual Meeting
(73)【特許権者】
【識別番号】505246789
【氏名又は名称】学校法人自治医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】小坂 仁
(72)【発明者】
【氏名】山形 崇倫
(72)【発明者】
【氏名】村松 慎一
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/057363(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/124724(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/145217(WO,A1)
【文献】特表2013-501791(JP,A)
【文献】国際公開第2015/116753(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/035395(WO,A1)
【文献】小坂仁ら,アデノ随伴ウイルスによる小児期遺伝性疾患治療~適応疾患拡大を目指して~,平成26年度厚生労働科学研究費補助金(成育疾患克服等総合研究事業) 平成26年度分担研究報告書,2015年06月23日,pp.1-3
【文献】Database Genbank[online], Accession No. P11166 <https://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/115502394?sat=21&satkey=58554317>11-NOV-2015 uploaded, [retrieved 10 JUL 2020], Mueckler, M., et al., Definition: RecName: Full=Solute carrier family 2, facilitated glucose transporter member 1; AltName: Full=Glucose transporter type 1, erythrocyte/brain; Short=GLUT-1; AltName: Full=HepG2 glucose transporter.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00
C12N 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコース輸送タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む、グルコーストランスポーター1欠損症症候群の治療のための組換えアデノ随伴ウイルスベクターであって、
前記ポリヌクレオチドが、配列番号2もしくは4のアミノ酸配列、またはこれら配列と90%以上の同一性を有してグルコース輸送能を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを含み、
前記ポリヌクレオチドが、配列番号19のポリヌクレオチド配列を有するプロモーター配列を含む、組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
【請求項2】
前記組換えアデノ随伴ウイルスベクターが、野生型AAV1カプシドタンパク質のアミノ酸配列中445位のチロシンがフェニルアラニンに置換されている変異アミノ酸配列を有するタンパク質、野生型のAAV2カプシドタンパク質のアミノ酸配列中444位のチロシンがフェニルアラニンに置換されている変異アミノ酸配列を有するタンパク質、または野生型のAAV9カプシドタンパク質のアミノ酸配列中446位のチロシンがフェニルアラニンに置換されている変異アミノ酸配列を有するタンパク質を含む、請求項1に記載のアデノ随伴ウイルス組換えベクター。
【請求項3】
前記ポリヌクレオチドが、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV8、およびAAV9からなる群より選択されるインバーテッドターミナルリピート(ITR)を含む、請求項1または2に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の組換えアデノ随伴ウイルス組換えベクターを含む、医薬組成物。
【請求項5】
脳内投与されるための、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
髄腔内投与されるための、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項7】
末梢投与されるための、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項8】
ケトン食事療法と併用するための、請求項4~7に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経系細胞の遺伝子異常疾患の治療のための遺伝子組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)ビリオンに関する。より具体的には、本発明は、グルコーストランスポーター1欠損症症候群(glucose transporter type 1 deficiency syndrome; GLUT-1DS:OMIM 606777)の遺伝子治療のためのrAAVに関する。
【背景技術】
【0002】
グルコーストランスポーター1欠損症症候群(glucose transporter type 1 deficiency
syndrome; GLUT1 DS) は、グルコーストランスポーター(GLUT)タンパク質の機能異常に起因する脳組織への糖輸送障害が原因であり、SLC2A1 (solute carrier family 2 (facilitated glucose transporter), member 1) 遺伝子のhaplo-insufficiencyによる発症形式をとる。このGLUT1タンパク質は、他の多くの神経遺伝性疾患と同様に広く脳内に分布している。この疾患の症状としては、乳児早期からの難治性痙攣、知的障害、小脳失調等が挙げられる。GLUT1欠損症の具体的な治療法として、ケトン食療法が一部の痙攣に対して行われているが、現在のところ根治的治療法は確立されていない。
【0003】
神経系細胞を対象に治療用遺伝子を送達することによる遺伝子治療によって、種々の遺伝性疾患を治療する方法が検討されている。このような神経系細胞に対する治療用遺伝子の送達のための手段(ベクター)として、遺伝子組換えされたアデノ随伴ウイルス(rAAV)を用いる手段が公知である。そのようなrAAVとしては、例えば、国際公開公報2012/057363、2008/124724、2003/093479などに記載のものが挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開公報2012/057363
【文献】国際公開公報2008/124724
【文献】国際公開公報2003/093479
【非特許文献】
【0005】
【文献】De Giorgis, V.ら、Seizure 22(2013) 803-811
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
グルコーストランスポーター1欠損症症候群を遺伝子療法によって治療するための新規な医薬が求められている。さらに、副作用が低い、より平易な投与で可能である、持続性が高いなど、実際の治療において有利であることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、グルコーストランスポーター1欠損症症候群の遺伝子治療を目指して鋭意努力した結果、グルコーストランスポーター1タンパク質をコードする遺伝子(SLC2A1遺伝子)のヌクレオチド配列を含む組換えアデノ随伴ウイルスベクターを調製して、このベクターを生体に投与するとグルコーストランスポーター1欠損症症候群の症状が改善することを見出して、本願発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本出願は、以下の記載される、グルコーストランスポーター1欠損症症候群の疾患の治療のための、以下に示す組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)ベクター、それを含む医薬組成物などを提供する。
[1]グルコース輸送タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む、グルコーストランスポーター1欠損症症候群の治療のための組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[2]前記ポリヌクレオチドが、配列番号2もしくは4のアミノ酸配列、またはこれら配列と約90%以上の同一性を有してグルコース輸送能を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを含む、[1]に記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[3]前記組換えアデノ随伴ウイルスベクターが、野生型AAV1カプシドタンパク質のアミノ酸配列中445位のチロシンがフェニルアラニンに置換されている変異アミノ酸配列を有するタンパク質、野生型のAAV2カプシドタンパク質のアミノ酸配列中445位のチロシンがフェニルアラニンに置換されている変異アミノ酸配列を有するタンパク質、または野生型のAAV9カプシドタンパク質のアミノ酸配列中446位のチロシンがフェニルアラニンに置換されている変異アミノ酸配列を有するタンパク質を含む、[1]又は[2]のいずれかに記載のアデノ随伴ウイルス組換えベクター。
[4]前記ポリヌクレオチドが、シナプシンIプロモーター配列、ミエリン塩基性タンパク質プロモーター配列、ニューロン特異的エノラーゼプロモーター配列、カルシウム/カルモジュリンー依存性蛋白キナーゼII(CMKII)プロモーター配列、チュブリンαIプロモーター配列、血小板由来成長因子β鎖プロモーター配列、グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)プロモーター配列、L7プロモーター配列(小脳プルキンエ細胞特異的プロモーター)、グリア線維酸性タンパク質(hGfa2)プロモーター配列、グルタミン酸受容体デルタ2プロモーター(小脳プルキンエ細胞特異的プロモーター)配列、グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD65/GAD67)プロモーター配列、配列番号17のポリヌクレオチド配列、配列番号18のポリヌクレオチド配列、および配列番号19のポリヌクレオチド配列からなる群より選択されるプロモーター配列を含む、[1]~[3]のいずれかに記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[5]前記ポリヌクレオチドが、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV8、およびAAV9からなる群より選択されるインバーテッドターミナルリピート(ITR)を含む、[1]~[4]のいずれかに記載の組換えアデノ随伴ウイルスベクター。
[6][1]~[5]のいずれかに記載の組換えアデノ随伴ウイルス組換えベクターを含む、医薬組成物。
[7]脳内投与されるための、[6]に記載の医薬組成物。
[8]髄腔内投与されるための、[6]に記載の医薬組成物。
[9]末梢投与されるための、[6]に記載の医薬組成物。
[10]ケトン食事療法と併用するための、[6]~[9]に記載の医薬組成物。
[11]上記[6]~[10]のいずれかに記載の医薬組成物を投与することを含む、グルコーストランスポーター1欠損症症候群を治療する方法。
[12]ケトン食療法と併用される、[11]に記載の方法。
[13]抗てんかん薬を併用することをさらに含む、[11]に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本願発明に係る中枢神経系におけるグルコース取込機能増強を遺伝子治療によって行うことは、グルコーストランスポーター1欠損症症候群の治療法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、HEK293細胞における正常および変異体GLUT1タンパク質(野生型(wt)、変異体R333W、A405D、V303fs)の発現確認の結果を示す。図1aは、抗myc抗体を用いたウェスタンブロット法による検出結果を示す。なお、*は内在性mycと考えられる非特異的バンドを示す。図1bは、抗myc抗体をヘキスト染色したものを示す。
図2図2は、図1の正常および変異型GLUT1タンパク質導入細胞における2デオキシグルコース(2DG)の取込試験を行った結果を示す。
図3図3は、本実施例において用いた組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)に組み込まれるヌクレオチドの模式図を示す。図中の各記載は以下のとおりである。ITR:インバーテッドターミナルリピート;Synapsin I:ニューロン特異的なシナプシンIプロモーター;WPRE:ウッドチャック肝炎ウイルスの転写後調節エレメント;SV40polyA:SV40のポリA付加シグナル。
図4図4は、ヒト神経系培養細胞SH-SY5Yにおける、AAV9-SLC2A1導入後のGLUT1タンパク質発現を、抗myc抗体または抗GLUT1抗体を用いて検出した結果を示す。特に抗myc抗体を用いた染色箇所の一部が矢印で示される。
図5図5は、マウスにAAV9-SLC2A1投与後のGLUT1タンパク質発現を、抗myc抗体を用いて検出した結果を示す。各脳模式図中の枠は対応する画像の表示範囲を示す。図5a~c中の矢印にて示す箇所は、腹腔内投与によってAAV9由来のGLUT1発現が認められる箇所である。図5dの脳室内投与の場合、多数の箇所において強い発現が認められる。各略号は以下のとおりである。Cx:大脳皮質、CC:脳梁、H:海馬、LV:側脳室。
図6図6は、図5dと同様に脳室内投与後の抗myc抗体を用いた検出結果を示す。脳模式図中の枠は対応する画像の表示範囲(矢状断面図)を示す。
図7図7は、rAAV由来のGLUT1及び内在性GLUT1のmRNA発現量の検出結果を示す。図7aはRT-PCTによる検出結果を示し、図7bは図7aの結果を定量化した結果を示す。図中の略号は以下のとおりである。icv:脳室内、ip:腹腔内。試験個体数はnで示される。
図8図8は、AAV9-SLC2A1投与後のマウスの運動機能回復(Rota rod試験)についての実験結果を示す。4~40rpmの加速式円筒における滞在時間(秒)の結果が示される。1日3回、連続2日間の練習後、2日目に測定した。試験個体数はnで示される。
図9-1】図9-1は、MO3.13細胞(グリア細胞;非神経系)において、各プロモーターと連結されたSLC2A1の発現確認を行った結果を示す。
図9-2】図9-2は、SH-SY5Y細胞(ヒト神経芽腫細胞:神経系)において、各プロモーターと連結されたSLC2A1の発現確認を行った結果を示す。
図9-3】図9-3は、HUVEC細胞(ヒト臍帯静脈内皮細胞:血管内皮系)において、各プロモーターと連結されたSLC2A1の発現確認を行った結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本出願において、生体の中枢神経系におけるグルコース取込を向上させるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む、グルコーストランスポーター1欠損症症候群の治療のための組換えアデノ随伴ウイルスベクターが提供される。
【0012】
1.中枢神経におけるグルコーストランスポーターについて
本出願において用いられる、生体の中枢神経系におけるグルコース取込を向上させるタンパク質とは、好ましくは、グルコーストランスポータータンパク質、より好ましくはグルコーストランスポーター1タンパク質を指す。
【0013】
グルコーストランスポーター(GLUT)タンパク質は、代表的にはGLUT1~GLUT7が存在する。GLUT1、GLUT3およびGLUT5は哺乳動物のほとんど全ての組織に広く分布し、一方、GLUT2、GLUT4及びGLUT7は組織特異的な発現が見られる。これらGLUTは、そのアミノ酸配列より12回膜貫通領域を有するタンパク質と考えられているが、14回膜貫通領域を含むGLUTタンパク質も存在すると考えられている。
【0014】
本願発明において用いられるGLUT1タンパク質のアミノ酸配列としては、公知のものが利用できる。このようなアミノ酸配列としては、例えば、Genbankアクセッション番号NP_006507(ヒト)、NP_035530(マウス)、NP_620182(ラット)が挙げられる。他に利用可能な動物種としては、例えば、サル、イヌ、ブタ、ウシ、ウマなどの哺乳動物由来のものが挙げられる。ヒト、マウス及びラットのグルコーストランスポーター1タンパク質のアミノ酸配列はそれぞれ配列番号2、4、5及び6に記載される。好ましくは、本発明のベクターは、配列番号2、4、5もしくは6のアミノ酸配列、またはこれら配列と約90%以上の同一性を有してグルコース輸送能を有するアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを含む。より好ましくは、本発明のベクターは、配列番号2、4、5または6のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを含む。さらに好ましくは、本発明のベクターは、配列番号2からなるアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを含む。
【0015】
また、本願発明において用いられるGLUT1タンパク質は、配列番号2、4、5または6のアミノ酸配列に対して、約90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ生理条件下でグルコース輸送能を有するタンパク質が含まれる。上記数値は一般的に大きい程好ましい。なお、本発明において、変異タンパク質と元のタンパク質とが同程度に機能する(例えば、同程度の結合能を示す)とは、例えば、比活性が約0.01~100、好ましくは約0.5~20、より好ましくは約0.5~2である範囲内であることを意味するが、これらに限定されない。
【0016】
さらに、本願発明において用いられるGLUT1タンパク質は、配列番号2、4、5または6のアミノ酸配列または上記同一性を有するアミノ酸配列において、1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含み、かつ生理条件下でグルコース輸送能を有するタンパク質が含まれる。上記のアミノ酸の欠失、置換、挿入及び付加のうち2種以上が同時に生じてもよい。このようなタンパク質としては、例えば、配列番号2または4のアミノ酸配列において、例えば、1~50個、1~40個、1~39個、1~38個、1~37個、1~36個、1~35個、1~34個、1~33個、1~32個、1~31個、1~30個、1~29個、1~28個、1~27個、1~26個、1~25個、1~24個、1~23個、1~22個、1~21個、1~20個、1~19個、1~18個、1~17個、1~16個、1~15個、1~14個、1~13個、1~12個、1~11個、1~10個、1~9個(1~数個)、1~8個、1~7個、1~6個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個または1個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列を含み、かつ生理条件下でグルコース輸送能を有するタンパク質が挙げられる。上記アミノ酸残基の欠失、置換、挿入および/または付加の数は、一般的に小さい程好ましい。
【0017】
本発明のタンパク質(ポリペプチド)において相互に置換可能なアミノ酸残基の例を以下に示す。同一群に含まれるアミノ酸残基は相互に置換可能である。A群:ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン、ノルバリン、アラニン、2-アミノブタン酸、メチオニン、o-メチルセリン、t-ブチルグリシン、t-ブチルアラニン、シクロヘキシルアラニン; B群:アスパラギン酸、グルタミン酸、イソアスパラギン酸、イソグルタミン酸、2-アミノアジピン酸、2-アミノスベリン酸; C群:アスパラギン、グルタミン; D群:リジン、アルギニン、オルニチン、2,4-ジアミノブタン酸、2,3-ジアミノプロピオン酸; E群:プロリン、3-ヒドロキシプロリン、4-ヒドロキシプロリン; F群:セリン、スレオニン、ホモセリン; G群:フェニルアラニン、チロシン。アミノ酸残基が置換されたグルコーストランスポーター1タンパク質は、通常の遺伝子操作技術など、当業者に公知の方法に従って作製することができる。このような遺伝子操作手順については、例えば、Molecular Cloning 3rd Edition, J.Sambrook et al.,Cold Spring Harbor Lab. Press. 2001、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997などを参照することができる。
【0018】
また、本願発明に用いられる好ましいポリヌクレオチドとしては、例えば、配列番号1または3のポリヌクレオチド配列において、1個以上(例えば、1~50個、1~40個、1~30個、1~25個、1~20個、1~15個、1~10個、1~9個(1~数個)、1~8個、1~7個、1~6個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、1個など)のヌクレオチドの欠失、置換、挿入および/または付加を有するポリヌクレオチドであって、配列番号2または4のアミノ酸配列を含むタンパク質、あるいは配列番号2または4のアミノ酸配列において上記の1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含みグルコース輸送能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む。これら欠失、置換、挿入及び付加のうち2種以上の組合わせを同時に含んでもよい。上記ヌクレオチドの欠失、置換、挿入および/または付加の数は、一般的に小さい程好ましい。また、本願発明において好ましいポリヌクレオチドは、例えば、配列番号1または3のその相補配列にストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下でハイブリダイズ可能なポリヌクレオチドであって、配列番号2または4のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド、あるいは配列番号2または4のアミノ酸配列において上記の1個以上のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含みグルコース輸送能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む。
【0019】
ハイブリダイゼーションは、公知の方法あるいはそれに準じる方法、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning 3rd Edition, J.Sambrook et al.,Cold Spring
Harbor Lab. Press. 2001)に記載の方法などに従って行うことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、製造業者により提供される使用説明書などに記載の方法に従って行うことができる。ここで、「ストリンジェントな条件」は、低ストリンジェントな条件、中ストリンジェントな条件及び高ストリンジェントな条件のいずれでもよい。「低ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、32℃の条件である。また、「中ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、42℃の条件である。「高ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、50℃の条件である。これらの条件において、温度を上げるほど高い相同性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。ただし、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0020】
ハイブリダイズ可能なポリヌクレオチドとしては、FASTA、BLASTなどの相同性検索ソフトウェアにより、デフォルトのパラメーターを用いて計算したときに、配列番号:7、9又は11のヌクレオチド配列と、例えば、70%以上、80%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、
99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するポリヌクレオチドを挙げることができる。上記相同性の数値は一般的に大きい程好ましい。
【0021】
アミノ酸配列やポリヌクレオチド配列の同一性または相同性は、カーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 872264-2268,1990; Proc. Natl. Acad. Sci USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403,1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。
【0022】
2.グルコーストランスポーター1欠損症症候群(GLUT1-DS)について
本発明のベクターが用いられる、グルコーストランスポーター1欠損症症候群には、具体的には、てんかん発作、異常眼球運動発作、無呼吸発作、Doose症候群、筋緊張低下、小脳失調、痙性麻痺、ジストニア、認知障害、学習障害、精神遅滞、後天性小脳症、運動失調、精神錯乱、嗜眠・傾眠、不全片麻痺、全身麻痺、睡眠障害、頭痛、嘔吐など様々な症状が認められる。GLUT1をコードするSLC2A1遺伝子(1p34.2)のヘテロ接合性およびホモ接合性が症状と関係する。
【0023】
グルコーストランスポーター1欠損症の治療方法としては、グルコースに代わってケトンがエネルギー源となるようにケトン食療法、あるいは一般的な抗てんかん薬(例えば、バロプロ酸、クロナゼパム、及びこれらの組み合わせ)が選択される。
【0024】
3.本発明の組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)ベクター
本願発明において、細胞においてグルコース輸送機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を神経系細胞に送達するためのベクターとしては、WO 2012/057363に記載される、末梢投与によっても神経細胞に効率的に遺伝子送達できる組換えアデノ随伴ウイルスベクター(本明細書中、血管投与型ベクターともいう)、あるいはWO 2008/124724などに記載されるものを用いることができる。本発明のrAAVベクターは、生体の血液脳関門を通過可能であり、したがって血液脳関門を介して脳に送達される投与手段、例えば患者への末梢投与、髄腔内投与などによって、患者の脳、脊髄などの神経系細胞に目的の治療用遺伝子を導入可能である。また、脳内の標的部位に直接投与することも可能である。
【0025】
本発明のrAAVベクターは、好ましくは由来の天然のアデノ随伴ウイルス1型(AAV1)、2型(AAV2)、3型(AAV3)、4型(AAV4)、5型(AAV5)、6型(AAV6)、7型(AAV7)、8型(AAV8)、9型(AAV9)などより作製できるが、これらに限定されない。これらのアデノ随伴ウイルスゲノムのヌクレオチド配列は公知であり、それぞれ、GenBank登録番号:AF063497.1(AAV1)、AF043303(AAV2)、NC_001729(AAV3)、NC_001829.1(AAV4)、NC_006152.1(AAV5)、AF028704.1(AAV6)、NC_006260.1(AAV7)、NC_006261.1(AAV8)、AY530579(AAV9)のヌクレオチド配列を参照できる。これらのうち、2型、3型、5型および9型がヒト由来である。本発明において、特にAAV1、AAV2またはAAV9に由来するカプシドタンパク質(VP1、VP2、VP3など)を利用することが好ましい。AAV1とAAV9はヒト由来のAAVのうちで神経細胞への感染効率が比較的高いことが報告されている(Taymans, et al., Hum Gene Ther 18:195-206, 2007など)。
【0026】
本発明に用いるrAAVベクターが含むカプシドタンパク質は、好ましくはWO 2012/057363やWO 2008/124724などに記載されるように、野生型のアミノ酸配列と比較して、少なくとも1つのチロシンがフェニルアラニンなどの別のアミノ酸に置換されているアミノ酸配列を有する変異体タンパク質である。例えば、野生型AAV1カプシドタンパク質のアミノ酸配列中445位のチロシンがフェニルアラニンに置換されているアミノ酸配列(配列番号9)、野生型のAAV2カプシドタンパク質のアミノ酸配列中444位のチロシンがフェニルアラニンに置換されているアミノ酸配列(配列番号10)、または野生型のAAV9カプシドタンパク質のアミノ酸配列中446位のチロシン残基がフェニルアラニン残基に置換されているアミノ酸配列(配列番号11)を有し、キャプソメアを形成可能である変異タンパク質が挙げられる(WO 2012/057363、WO 2008/124724)。また、本発明のrAAVが含むカプシドタンパク質は、上記アミノ酸配列9~11のいずれかのアミノ酸配列に対して約90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、
99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつキャプソメアを形成可能であるタンパク質が含まれる。また、例えば、配列番号9~11のいずれかのアミノ酸配列において、例えば、1~50個、1~40個、1~35個、1~30個、1~25個、1~20個、1~15個、1~14個、1~13個、1~12個、1~11個、1~10個、1~9個(1~数個)、1~8個、1~7個、1~6個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個または1個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列を含み、かつキャプソメアを形成可能であるタンパク質が挙げられる。これら欠失、置換、挿入及び付加のうち2種以上の組合わせを同時に含んでもよい。別の実施形態において、本発明に用いるカプシドタンパク質は、単独で又は他のカプシドタンパク質メンバー(例えば、VP2、VP3など)と一緒になってキャプソメアを形成する機能を有する。また、当該キャプソメア内には、神経系細胞に送達されるための目的の治療用遺伝子などを含むポリヌクレオチドがパッケージングされる。
【0027】
本発明のrAAVベクターは、血流中に投与される場合、成体及び胎児を含む生体の血液脳関門を通過できる。本発明において、遺伝子導入標的としての神経系細胞は、少なくとも脳、脊髄など中枢神経系に含まれる神経細胞を含み、さらに、神経膠細胞、小膠細胞、星状膠細胞、乏突起膠細胞、脳室上衣細胞、脳血管内皮細胞などを含んでもよい。遺伝子導入される神経系細胞のうち神経細胞の割合は、好ましくは、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上、または100%である。
【0028】
本発明において用いられるRepタンパク質は、ITR配列を認識してその配列に依存してゲノム複製を行う機能、ウイルスベクター内へと野生型AAVゲノム(又はrAAVゲノム)をリクルートしてパッケージングする機能、本発明のrAAVベクターを形成する機能など公知の機能を同程度に有する限り、上記と同様の数のアミノ酸配列同一性を有してもよいし、上記と同様の数のアミノ酸残基の欠失、置換、挿入および/または付加を含み得る。機能的に同程度の範囲については、上記の比活性に関する説明において記載される範囲が挙げられる。本発明において、好ましくは、公知のAAV3由来のRepタンパク質が使用される。
【0029】
本発明において用いられるRepタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、ITR配列を認識してその配列に依存してゲノム複製を行う機能、ウイルスベクター内へと野生型AAVゲノム(又はrAAVゲノム)をパッケージングする機能、本発明のrAAVベクターを形成する機能などの公知の機能を同程度に有するRepタンパク質をコードする限り、上記と同様の数の同一性を有してもよいし、上記と同様の数のヌクレオチドの欠失、置換、挿入および/または付加を含んでもよい。機能的に同程度の範囲については、上記の比活性に関する説明において記載される範囲が挙げられる。本発明において、好ましくは、AAV2またはAAV3由来のrep遺伝子が使用される。
【0030】
本発明の1実施形態において、上記の野生型AAVゲノムの内部領域にコードされるカプシドタンパク質VP1など(VP1、VP2および/またはVP3)、およびRepタンパク質は、これをコードするポリヌクレオチドがAAVヘルパープラスミドに組込まれて用いられる。本発明で用いるカプシドタンパク質(VP1、VP2および/またはVP3)、ならびにRepタンパク質は、必要に応じて1種、2種、3種またはそれ以上のプラスミドに組込まれていてもよい。場合によって、これらのカプシドタンパク質およびRepタンパク質のうちの1種以上がAAVゲノムに含まれてもよい。本発明において、好ましくは、カプシドタンパク質(VP1、VP2および/またはVP3)およびRepタンパク質は全て、1種のポリヌクレオチドにコードされ、AAVヘルパープラスミドとして提供される。
【0031】
本発明のrAAVベクター中にパッケージングされるポリヌクレオチド(すなわち、ポリヌクレオチド)は、野生型ゲノムの5'側および3'側に位置するITRの間に位置する内部領域(すなわち、rep遺伝子及びcap遺伝子の一方または両方)のポリヌクレオチドを、目的のタンパク質をコードするポリヌクレオチド(治療用遺伝子)およびこのポリヌクレオチドを転写するためのプロモーター配列などを含む遺伝子カセットによって置換することにより作製できる。好ましくは、5'側および3'側に位置するITRは、それぞれAAVゲノムの5’末端および3’末端に位置する。好ましくは、本発明のrAAVゲノムは、5’末端および3’末端に位置するITRは、AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV8またはAAV9のゲノムに含まれる5'側ITRおよび3'側ITRを含む。一般的に、ITR部分は容易に相補配列が入れ替わった配列(flip and flop structure)をとるため、本発明のrAAVゲノムに含まれるITRは、5’と3’の方向が逆転していてもよい。本発明のrAAVゲノムにおいて、内部領域と置き換えられるポリヌクレオチド(すなわち、治療用遺伝子)の長さは、元のポリヌクレオチドの長さと同程度が実用上好ましい。すなわち、本発明のrAAVゲノムは、全長が野生型の全長である5kbと同程度、例えば約2~6kb、好ましくは約4~6kbであることが好ましい。本発明のrAAVゲノムに組込まれる治療用遺伝子の長さは、プロモーター、ポリアデニレーションなどを含めた転写調節領域の長さ(例えば、約1~1.5kbと仮定する場合)を差し引くと、好ましくは長さが約0.01~3.7kb、より好ましくは長さが約0.01~2.5kb、さらに好ましく約0.01~2kbであるが、これに限定されない。
【0032】
一般的に、組換えアデノ随伴ウイルスベクター内にパッケージングされるポリヌクレオチドは、一本鎖である場合には目的の治療用タンパク質を発現するまで時間(数日)を要する場合がある。この場合、導入される治療用遺伝子を、自己相補性を有するsc(self-complementary)型となるように設計して、より短期間に効果を示すことも可能である。具体的な詳細については、例えば、Foust KD, et al.(Nat Biotechnol. 2009 Jan;27(1):59-65)などに記載されている。本発明のrAAVベクター中にパッケージングされているポリヌクレオチドは、非sc型であってもよいしsc型であってもよい。
【0033】
1実施形態において、本発明のrAAVベクターは、好ましくは、神経系細胞特異的なプロモーター配列およびそのプロモーター配列と作動可能に連結された治療用遺伝子を含むポリヌクレオチドを含む(すなわち、そのようなポリヌクレオチドがパッケージングされている)。本発明に用いるプロモーター配列としては、神経系細胞に特異的なプロモーター配列は、例えば、神経細胞、神経膠細胞、乏突起膠細胞、脳血管内皮細胞、小膠細胞、脳室上皮細胞などに由来するが、これらに限定されない。このようなプロモーター配列としては、具体的には、シナプシンIプロモーター配列、グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD65/GAD67)プロモーター配列、Tie2プロモーター配列(脳毛細血管特異的プロモーター)、ミエリン塩基性タンパク質プロモーター配列、ニューロン特異的エノラーゼプロモーター配列、グリア線維性酸性タンパク質プロモーター配列、L7プロモーター配列(小脳プルキンエ細胞特異的プロモーター)、グルタミン酸受容体デルタ2プロモーター(小脳プルキンエ細胞特異的プロモーター)を含むプロモーターが挙げられるが、これらに限定されない。また、本発明のrAAVベクターにおいて、カルシウム/カルモジュリンー依存性蛋白キナーゼII(CMKII)プロモーター、チュブリンαIプロモーター、血小板由来成長因子β鎖プロモーターなどのプロモーター配列も使用され得る。さらに、本発明に用いるプロモーターは、神経細胞を含む組織プロモーター、例えば、SLC2A1のエンハンサー/プロモーターに関する配列番号17~19のいずれかに記載のポリヌクレオチド配列を含むプロモーターを用いることができる。上記のこれらプロモーター配列は、単独であっても任意の複数の組み合わせであってもよい。また、CMVプロモーター、CAGプロモーターなどの通常使用される強力なプロモーター配列であってもよい。本発明において特に好ましいプロモーター配列としては、シナプシンIプロモーター配列、ミエリン塩基性タンパク質プロモーター配列、L7プロモーター配列(小脳プルキンエ細胞特異的プロモーター)、グルタミン酸受容体デルタ2プロモーター(小脳プルキンエ細胞特異的プロモーター)、及び配列番号17~19に記載のポリヌクレオチド配列を含むプロモーターが挙げられる。さらに、mRNAの転写、タンパク質への翻訳などを補助するエンハンサー配列、Kozak配列、適切なポリアデニル化シグナル配列などの公知の配列を含んでもよい。
【0034】
本発明のrAAVゲノムに組込まれる目的の治療用遺伝子は、高い効率で神経系細胞に送達され、その細胞のゲノム中に組込まれる。本発明のrAAVベクターを使用する場合、従来のrAAVベクターを用いる場合と比較して、約10倍以上、約20倍以上、約30倍以上、約40倍以上または約50倍以上の数の神経細胞に遺伝子導入可能である。遺伝子導入された神経細胞の数は、例えば、任意のマーカー遺伝子を組込んだrAAVベクターゲノムをパッケージングするrAAVベクターを作製し、次いでこのrAAVベクターを被検動物に投与して、rAAVベクターゲノムに組込まれたマーカー遺伝子(またはマーカータンパク質)を発現する神経系細胞の数を計測することによって測定可能である。使用されるマーカー遺伝子としては公知のものを選択できる。このようなマーカー遺伝子としては、例えば、LacZ遺伝子、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子、発光タンパク質遺伝子(ホタルルシフェラーゼなど)などが挙げられる。
【0035】
4.他の治療用遺伝子について
グルコーストランスポーター1タンパク質の発現を向上させる他の手段または追加の手段として、例えば、内在性グルコーストランスポーター1タンパク質の発現や機能を制御する他のタンパク質、例えば膜上のグルコーストランスポーター1を内在化し不活化するNedd4等もまた有用となり得る。
【0036】
例えば膜上のグルコーストランスポーター1を内在化し不活化するNedd4の機能抑制のために、本発明のrAAVゲノムに組込まれる治療用遺伝子は、アンチセンス分子、リボザイム、干渉性RNA(iRNA)、マイクロRNA(miRNA)のような、標的とする内在性Nedd4遺伝子の機能を変化(例えば、破壊、低下)させるためのポリヌクレオチド、または内在性Nedd4タンパク質の発現レベルを変化(例えば、低下)させるためのポリヌクレオチドであってもよい。例えば、アンチセンス配列を用いて標的遺伝子の発現を効果的に阻害するには、好ましくは、アンチセンス核酸の長さは、10塩基以上、15塩基以上、20塩基以上であり、100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。通常、用いられるアンチセンス核酸の長さは5kbよりも短く、好ましくは2.5kbよりも短い。
【0037】
リボザイムを用いることによって、目的のタンパク質のmRNAを特異的に切断してそのタンパク質の発現を抑制できる。このようなリボザイムの設計については、種々の公知文献を参照することができる(例えば、FEBS Lett. 228: 228, 1988; FEBS Lett. 239: 285,
1988; Nucl. Acids. Res. 17: 7059, 1989; Nature 323: 349, 1986など参照)。
【0038】
また、「RNAi」とは、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二重鎖RNAを細胞内に導入すると、導入した外来遺伝子および標的内在性遺伝子の発現がいずれも抑制される現象のことを指す。ここで用いられるRNAとしては、例えば、21~25塩基長のRNA干渉を生ずる二重鎖RNA、例えば、dsRNA (double strand RNA)、siRNA(small interfering RNA)、shRNA(short hairpin RNA)、又はmiRNA (microRNA)が挙げられる。このようなRNAは、リポソームなどの送達システムにより所望の部位に局所送達させることも可能であり、また上記二重鎖RNAが生成されるようなベクターを用いてこれを局所発現させることができる。このような二重鎖RNA(dsRNA、siRNA、shRNA又はmiRNA)の調製方法、使用方法などは、多くの文献から公知である(特表2002-516062号公報; 米国公開許第2002/086356A号; Nature Genetics, 24(2), 180-183, 2000 Feb.等参照)。
【0039】
これら他の治療用遺伝子を用いるために、例えば、本発明のベクターが含むポリヌクレオチドに、公知のinternal ribosome entry site(IRES)配列を介在させることができる。本発明のrAAVゲノムが非sc型である場合、より広範な長さのプロモーターと目的遺伝子とを選択でき、複数の目的遺伝子を利用することも可能である。本発明のrAAVベクター中にパッケージングされるポリヌクレオチドの全長は約5kb以下(ITR領域を除いて約4.7kb以下)であることが好ましい。
【0040】
5.本発明のrAAVベクターの調製
本発明のrAAVベクターを調製する方法としては一般的なものを利用することができ、例えば、(a)カプシドタンパク質をコードする第1のポリヌクレオチド(一般に、AAVヘルパープラスミドと称される)、および(b)本発明のrAAVベクター内にパッケージングされる第2のポリヌクレオチド(目的の治療用遺伝子を含む)を、培養細胞にトランスフェクトする工程を含むことができる。本発明における調製方法はさらに、(c)アデノウイルス(AdV)ヘルパープラスミドと称されるアデノウイルス由来因子をコードするプラスミドを培養細胞にトランフェクトする工程、またはアデノウイルスを培養細胞に感染させる工程も含むことができる。さらに、上記のトランスフェクトされた培養細胞を培養する工程、および培養上清より組換えアデノ随伴ウイルスベクターを収集する工程を含むこともできる。このような方法は既に公知であり、本明細書の実施例においても利用される。
【0041】
第1のポリヌクレオチド(a)において本発明のカプシドタンパク質をコードするヌクレオチドは、好ましくは、培養細胞において作動可能である公知のプロモーター配列に作動可能に結合される。このようなプロモーター配列としては、例えば、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター、EF-1αプロモーター、SV40プロモーターなどを適宜使用することができる。さらに、公知のエンハンサー配列、Kozak配列、ポリA付加シグナル配列などを適宜含み得る。
【0042】
第2のポリヌクレオチド(b)は、神経系細胞特異的プロモーターと作動可能である位置に治療用遺伝子を含む。さらに、公知のエンハンサー配列、Kozak配列、ポリA付加シグナル配列などを適宜含み得る。この第1のポリヌクレオチドはさらに、神経系細胞特異的プロモーター配列の下流に、種々の公知の制限酵素のよって切断可能なクローニングサイトを含み得る。複数の制限酵素認識部位を含むマルチクローニングサイトがより好ましい。当業者は、公知の遺伝子操作手順に従って、目的の治療用遺伝子を神経系細胞特異的プロモーターの下流に組込むことができる。このような遺伝子操作手順については、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning 3rd Edition, J.Sambrook et al.,Cold Spring Harbor Lab. Press. 2001)などを参照のこと。
【0043】
本発明のrAAVベクターの調製において、ヘルパーウイルスプラスミド(例えば、アデノウイルス、ヘルペスウイルス又はワクシニア)を使用して、上記第1および第2のポリヌクレオチドと同時に培養細胞に導入され得る。好ましくは、本発明の調製方法は、アデノウイルス(AdV)ヘルパープラスミドを導入する工程をさらに含む。本発明において、好ましくは、AdVヘルパーは、培養細胞と同じ種のウイルスに由来する。例えば、ヒト培養細胞293Tを用いる場合、ヒトAdV由来のヘルパーウイルスベクターを用いることができる。このようなAdVヘルパーベクターとして、市販されているもの(例えば、Agilent Technologies社のAAV Helper-Free System (カタログ番号240071))を使用することができる。
【0044】
本発明のrAAVベクターの調製において、上記の1種以上のプラスミドを培養細胞にトランスフェクションする方法は、例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法など、公知の種々の方法を使用することができる。このような方法は、例えばMolecular Cloning 3rd Ed.、Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997などに記載されている。
【0045】
6.本発明のrAAVベクターを含む医薬組成物
本発明のrAAVベクターは、神経疾患、とりわけシナプスにおけるタンパク質機能異常に係る疾患(例、など)などに対する治療に有用である遺伝子を含むことができる。、それら遺伝子を、例えば血液脳関門を通過して脳、脊髄、網膜の神経細胞中に組込むことができる。このような治療用遺伝子を含むrAAVベクターは、本発明の医薬組成物に含められる。このような治療用遺伝子としては、例えば上記のような抗体、神経栄養因子(NGF)、成長因子(HGF)、酸性線維細胞増殖因子(aFGF)などをコードするポリヌクレオチドを選択できる。このようなrAAVベクターを被検体に末梢投与することによって、などの神経疾患を治療することが期待できる。
【0046】
本発明の医薬組成物の有効成分は単独で、あるいは組み合わせて配合されても良いが、これに製薬学的に許容しうる担体あるいは製剤用添加物を配合して製剤の形態で提供することもできる。この場合、本発明の有効成分は、例えば、製剤中、0.1~99.9重量%含有することができる。
【0047】
製薬学的に許容しうる担体あるいは添加剤としては、例えば賦形剤、崩壊剤、崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、溶解剤、溶解補助剤、等張化剤、pH調整剤、安定化剤等を用いることができる。経口投与の場合、微晶質セルロース、クエン酸ナトリウム、炭酸カルシウムなどの賦形剤、澱粉、アルギン酸などの崩壊剤、ポリビニルピロリドンなどの顆粒形成結合剤、滑沢剤など、当該分野において慣用される賦形剤と共に使用することができる。経口投与用として水性懸濁液および/またはエリキシルにしたい場合、活性成分を各種の甘味料または香味料、着色料または染料と併用する他、必要であれば乳化剤および/または懸濁化剤も併用し、水、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン等、およびそれらを組み合わせた希釈剤と共に使用することができる。
【0048】
経口投与に適する製剤の例としては、例えば散剤、錠剤、カプセル剤、細粒剤、顆粒剤、液剤またはシロップ剤等を挙げることが出来る。非経口投与に適する製剤としては、例えば注射剤、髄注液、坐剤等を挙げることが出来る。非経口投与の場合、本発明の有効成分をゴマ油または落花生油のいずれかに溶解するか、あるいはプロピレングリコール水溶液に溶解した溶液を使用することができる。水溶液は必要に応じて適宜に緩衝し(好適にはpH8以上)、液体希釈剤をまず等張にする必要がある。このような液体希釈剤としては、例えば、生理食塩水を使用できる。調製された水溶液は静脈内注射に適し、一方、油性溶液は関節内注射、筋肉注射および皮下注射に適する。これらすべての溶液を無菌状態で製造するには、当業者に周知の標準的な製薬技術で容易に達成することができる。さらに、本発明の有効成分は皮膚など局所的に投与することも可能である。この場合は標準的な医薬慣行によりクリーム、ゼリー、ペースト、軟膏の形で局所投与するのが望ましい。
【0049】
本発明の医薬組成物の投与量は特に限定されず、疾患の種類、患者の年齢や症状、投与経路、治療の目的、併用薬剤の有無等の種々の条件に応じて適切な投与量を選択することが可能である。本発明の医薬組成物の投与量は、例えば、成人(例えば、体重60kg)1日当たり1~5000mg、好ましくは10~1000mgであるが、これらに限定されない。これらの1日投与量は2回から4回に分けて投与されても良い。また、投与単位としてvg(vector genome)を利用する場合、例えば、体重1kgあたり、109~1014vg、好ましくは1010~1013vg、さらに好ましくは1010~1012vgの範囲の投与量を選択することが可能であるが、これらに限定されない。
【0050】
7.本発明のrAAVベクターの投与
本発明のrAAVは、生体の血液脳関門(未完成な胎児及び新生児の血液脳関門、および確立した成体の血液脳関門を含む)を通過可能であるので、生体(成体および胎児または新生児を含む)に末梢投与することによって、本発明のrAAVを脳、脊髄などの神経系細胞に遺伝子の送達が可能である。さらに、本発明に用いるrAAVベクターは、末梢投与によって成体の脳、脊髄などに含まれる神経細胞を標的とすることができる。本明細書において末梢投与とは、静脈内投与、動脈内投与、腹腔内投与、心腔内投与、筋肉内投与、臍帯血管内投与(例えば、胎児を対象とする場合)など、当業者に末梢投与として通常理解される投与経路をいう。また、血液以外に脳と流体接続される部位への投与方法、例えば髄腔内投与も、本発明のrAAVベクターに用いることができる。別の実施形態において、本発明のrAAVベクターを、海馬などの脳内の標的部位に局所投与することも可能である。例えば、本発明のrAAVを、髄腔内投与にて髄液内に、または末梢投与によって血中内に投与する場合、脳実質内投与と比較して、より平易な投与手段を提供できる。
【0051】
8.本発明のrAAVベクターの調製キット
本発明は別の実施形態において、本発明のrAAVを作製するためのキットを提供する。このようなキットは、例えば、(a)カプシドタンパク質VP1等を発現するための第1のポリヌクレオチド、および(b)rAAVベクター内にパッケージングされる第2のポリヌクレオチドを含むことができる。例えば、第1のポリヌクレオチドは、配列番号:のアミノ酸をコードするポリヌクレオチドを含む。例えば、第2のポリヌクレオチドは、目的の治療用遺伝子を含んでも含まなくてもよいが、好ましくは、そのような目的の治療用遺伝子を組込むための種々の制限酵素切断部位を含むことができる。
【0052】
本発明のrAAVベクターを作製するためのキットは、本明細書中に記載されるいずれの構成(例えば、AdVヘルパーなど)もさらに含むことができる。本発明のキットはまた、本発明のキットを使用してrAAVベクターを作製するためのプロトコルを記載した指示書もさらに含み得る。
【0053】
9.本発明のrAAVと併用される化学療法剤について
本願発明に係るrAAVベクターは、従来の治療法と併用することもできる。そのような治療方法の例としては、ケトン食療法、あるいは一般的な抗てんかん薬(例えば、バロプロ酸、クロナゼパム、及びこれらの組合わせ)が挙げられる。例えば、本願発明のrAAVの投与後に、上記ケトン食療法を不要化あるいは、抗てんかん薬の種類、投与量を大きく低減することが期待できる。
【0054】
10.治療効果の測定について
本発明のrAAVベクターの治療効果は、GLUT1の作用と関係する公知の様々な測定手段を用いることによって判断される。そのような公知手段としては、例えば、Gross Motor Function Classification System、粗大運動機能分類システム等による運動機能評価やWISC
(Wechsler Intelligence Scale for Children)などによる知能検査、血中/脳髄液中グルコース濃度比の改善などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0055】
11.本明細書中の用語について
本明細書中に用いられる各用語が示す意味は以下のとおりである。本明細書中、特に説明されない用語については、当業者が通常理解する用語が意味する範囲を指すことが意図される。
【0056】
本明細書中で使用される場合、特に述べられない限り、「ウイルスベクター」、「ウイルスビリオン」、「ウイルス粒子」の各用語は、相互に交換可能に用いられる。
【0057】
本明細書中に用いられる場合、「神経系」とは、神経組織により構成される器官系を指す。また、本明細書中に用いられる場合、「神経系細胞」とは、少なくとも脳、脊髄など中枢神経系に含まれる神経細胞を含み、さらに、神経膠細胞、小膠細胞、星状膠細胞、乏突起膠細胞、脳室上衣細胞、脳血管内皮細胞などを含んでもよい。
【0058】
本明細書中で使用される場合、用語「ポリヌクレオチド」は、「核酸」、「遺伝子」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。本明細書中で使用される場合、用語「ヌクレオチド配列」は、「核酸配列」または「塩基配列」と交換可能に使用され、デオキシリボヌクレオチド(A、G、CおよびTと省略される)の配列として示される。例えば、「配列番号1のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドまたはそのフラグメント」とは、配列番号1の各デオキシヌクレオチドA、G、Cおよび/またはTによって示される配列を含むポリヌクレオチドまたはその断片部分が意図される。
【0059】
本発明に係る「ウイルスゲノム」および「ポリヌクレオチド」は各々、DNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)で存在し得るが、場合によってはRNA(例えば、mRNA)の形態であってもよい。本明細書において使用されるウイルスゲノムおよびポリヌクレオチドは各々、二本鎖または一本鎖のDNAであり得る。一本鎖DNAまたはRNAの場合、コード鎖(センス鎖としても知られる)であっても、非コード鎖(アンチセンス鎖としても知られる)であってもよい。特に述べられない限り、本明細書中、rAAVゲノムがコードするプロモーター、目的遺伝子、ポリアデニレーションシグナルなどの遺伝子上の配置について説明される場合、rAAVゲノムがセンス鎖である場合についてはその鎖自体について、アンチセンス鎖である場合はその相補鎖について記載される。
【0060】
本明細書において、「タンパク質」と「ポリペプチド」とは相互に交換可能に用いられ、アミノ酸の重合体が意図される。本明細書において使用されるポリペプチドは、ペプチド標記の慣例に従って左端がN末端(アミノ末端)、右端がC末端(カルボキシル末端)である。本発明のポリペプチドの部分ペプチド(本明細書中、本発明の部分ペプチドと略記する場合がある)としては、前記した本発明のポリペプチドの部分ペプチドで、好ましくは、前記した本発明のポリペプチドと同様の性質を有するものである。
【0061】
本明細書において、用語「プラスミド」は、種々の公知の遺伝子要素、例えば、プラスミド、ファージ、トランスポゾン、コスミド、染色体等を意味する。プラスミドは特定の宿主において複製することができ、そして細胞間で遺伝子配列を輸送できる。本明細書において、プラスミドは、種々の公知のヌクレオチド(DNA、RNA、PNAおよびその混合物)を含み、一本鎖であっても二本鎖であってもよいが、好ましくは二本鎖である。例えば、本明細書において、用語「rAAVベクタープラスミド」は、特に明記しない限り、rAAVベクターゲノムおよびその相補鎖により形成される二本鎖を含むことが意図される。本発明において使用されるプラスミドは、直鎖状であっても環状であってもよい。
【0062】
本明細書中において使用される場合、用語「パッケージング」とは、1本鎖ウイルスゲノムの調製、外被タンパク質(キャプシド)の組み立て、およびウイルスゲノムをキャプシドで包むこと(encapsidation)などを含む事象をいう。適切なプラスミドベクター(通常、複数のプラスミド)が適切な条件下でパッケージング可能な細胞株に導入される場合、組換えウイルス粒子(すなわち、ウイルスビリオン、ウイルスベクター)が組み立てられ、培養物中に分泌される。
【実施例
【0063】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されるものではない。
【0064】
(1)原因遺伝子SLC2A1が疾患の原因となることを実証する系の作成
SLC2A1遺伝子発現評価として、正常SLC2A1遺伝子発現ベクターおよび変異体ベクターをヒト胎児腎細胞 (HEK293細胞) に導入し、遺伝子導入48時間後に細胞免疫染色およびウェスタンブロット法で蛋白発現および細胞内局在を観察した。正常SLC2A1遺伝子発現ベクターとして、myc-DDK (FLAG○R) タグ付SLC2A1発現ベクター(RC222696; OriGene Technologies, Rockville, MD)を用いた。変異体ベクターは、既知のミスセンス変異から軽症 (A405D) および中等症 (R333W)(Leen WG et al., Brain 133(2010)655-670) を選択し、重症型をフレームシフト変異 (V303fs)とした(Nakamura S. et al., Molecular Genetics and Metabolism 116(2015)157-162)。また、正常型SLC2A1遺伝子発現ベクターからSLC2A1遺伝子およびタグ配列を除いたEmpty vector (SLC2A1(-)) を作成しコントロールとした。一次抗体は、c-myc 抗体(9E10; Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA), GLUT1抗体(N-terminus; OriGene Technologies, Rockville, MD ) を用いた。さらに、遺伝子導入後の機能評価として、2-デオキシグルコース (2DG) 代謝速度測定キット (COSMO BIO Co. Ltd., Tokyo, Japan) を用いてGLUTを介した細胞内の糖取込能を評価した(Saito K, et al., Anal. Biochem. 412(2011)9-17)。
【0065】
正常型(wild type:Wt)および各変異型SLC2A1遺伝子を導入したHEK293細胞のライセートを用いて、SDS-PAGEおよびウェスタンブロット法を行った。SLC2A1蛋白発現は、wild typeおよびミスセンス変異導入細胞では確認できたが、フレームシフト変異では蛋白発現が認められなかった。GLUT1抗体(N端)およびmyc抗体(C端)を用いた細胞免疫染色で、wild
typeおよびミスセンス変異を導入した細胞では細胞膜近傍が染色されたが、フレームシフト変異では細胞膜が染色されなかった。フレームシフト変異を含むプラスミドは、タグ蛋白の前に終止コドン配列が位置するため、終止コドンを除きタグ蛋白を含むプラスミド(V303fs without stop codon) を新たに作成し、同様にウェスタンブロット法および細胞免疫染色を行ったが、SLC2A1蛋白発現は見られず細胞免疫染色で細胞膜は染色されなかった(図1)。2DG取込試験では、Wild type>A405D>R333W>V303fs>empty vectorの導入の順に糖取込能は低下し、臨床症状の重症度に相関していた。(図2)
【0066】
(2)SLC2A1発現用ウイルスベクターの調製
当院神経内科との共同研究として、myc-DDKタグ付SLC2A1遺伝子(カタログNo. RC222696、ORIGENE社)をインサートDNAとして、AAVベクターに組み込み、治療用AAV9-SLC2A1を作成した。AAVベクターは、国際公開公報2012/057363に記載される、実験動物において経静脈投与で良好な脳への遺伝子導入が確認されている9型ベクター(AAV9由来の変異カプシドタンパク質、AAV3由来のITR配列などを含む) を用いた。GLUT1は、脳組織や赤血球に主に発現するが、マウス脳組織において血管内皮細胞や神経細胞に発現することが確認されている (Choeori C et al, 2002) 。本研究では、神経細胞における発現効率を上げるため、ニューロン特異的プロモーターであるシナプシン1プロモーター(SynI promoter) を用いた(図3)。
【0067】
次に、AAV9-SLC2A1をヒト神経系培養細胞に添加した後、SLC2A1蛋白を発現するか調べた。ヒト神経芽腫由来細胞(SH-SY5Y細胞) 1×105cell/well播種後24時間後に、AAV9-SLC2A1を3×109vg添加した。AAV9-SLC2A1添加後40時間で細胞免疫染色を行った。一次抗体は、c-myc抗体 (9E10; Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA) , GLUT1抗体 (N-terminus; OriGene Technologies, Rockville, MD )を用いた。細胞免疫染色で、細胞膜近傍にmyc染色陽性となるSH-SY5Y細胞を確認した。GLUT1抗体との共染色では、myc陽性領域とGLUT1が一致して強発現していたことを細胞レベルで確認した(図4)。
【0068】
(3)疾患モデル動物(マウス)へのウイルスベクターの投与
GLUT1ノックアウトマウスのヘテロ体 (GLUT1(+/-)マウス) は、血糖・髄液糖低下、失調症状、痙攣発作などがあり、ヒトのGLUT1欠損症と症状が類似するGLUT1欠損症モデルマウスと考えられる(GLUT1(-/-)マウスは胎生致死)。マウスは、東北大学大学院薬学研究科薬物送達学分野で作製した凍結受精卵を共同研究として譲与され、当院で繁殖した。AAV9-SLC2A1の投与方法としては、生後1週前後の新生児マウスは、脳血液関門の脆弱性があり、腹腔内投与でも薬剤が高率に脳移行することをふまえ、新生児マウスへの腹腔内投与を選択した。日齢7にGLUT1(+/-)マウスにAAV9-SLC2A1を1.8×1011vg腹腔内投与し、6週齢の時点で脳採取し、組織免疫染色で蛋白発現を確認した(図5及び図6)。一次抗体は、myc-tag抗体 (562; MBL CO., Ltd, Nagoya, Japan) を用いた。同時に、脳組織からRNA抽出、cDNA合成を行い、RT-PCRで発現確認した(図7)。RT-PCRのプライマーは、vector specificでは一方をSLC2A1 cDNAに、他方をmycタグ配列上に設定した(それぞれ配列番号10及び11)。また、SLC2A1転写物の総量の測定には、配列番号12及び13に記載の配列を有するプライマーを用いた。また。GLUT1(+/-)マウスに、AAV9-SLC2A1を両側側脳室に注入し、蛋白発現評価および機能評価を行った。あわせて6週齢(ヒトでの診断確定平均年齢の相当)のGLUT1(+/-)マウスの両側側脳室に、電気生理用の微小電極(sharp glass
electrode)を用いて、片側につきAAV9-SLC2A1を9.3×109 vg (両側で1.8×1010 vg) 注入する。治療8週後に脳採取し、組織免疫染色およびウェスタンブロット法で蛋白発現を確認する。同時に、大脳から抽出したRNAからcDNA合成し、ベクター特異的プライマー(配列番号14及び15)を用いてRT-PCRを行い、mRNAレベルで発現確認バンド強度測定およびリアルタイムPCR定量(定量のためのプローブとして配列番号16を使用)にてGLUT1-RNA発現量を比較した。機能評価として、GLUT1(+/-)マウスは運動機能低下が報告されている (Wang D et al., 2006) ため、治療4週後、8週後にRota-rod test, Footprint testを行った(図8)。
【0069】
結果
組織免疫染色では、外因性GLUT1陽性細胞 (GLUT1-myc陽性細胞) は、投与周辺組織である側脳室周辺の大脳皮質および海馬に強発現していた(図5及び図6)。GLUT1-myc陽性細胞は、神経細胞のマーカーであるβ-III-Tubulin陽性であり、アストロサイトのマーカーであるGFAPや、血管内皮細胞のマーカーであるCD31は陰性だったことから、神経細胞に発現することを確認した。マウス大脳から抽出したRNAを用いた vector-specific RT-PCRにより腹腔内および脳室内投与におけるmRNAレベルの発現および発現量を確認した(図7)。リアルタイムPCRでのGLUT1 mRNA発現量を定量化し、GLUT1+/-マウスの発現量1.048±0.22 (n=3) に対し、脳室内投与後GLUT1+/-マウスは2.428±0.36 (n=3, P<0.05) と増加を認めた。
【0070】
また、Rota-rod testは、治療後4週である10週齢では、対照のGLUT1+/-マウスの円筒滞在時間が116±26秒 (n=6) に対し、脳室内投与後GLUT1+/-マウスは(Ht-AAV icv)、164±28秒 (n=7, P=0.24) と改善傾向にあった。更に、臨床応用を想定し、タグ無AAV9-hSLC2A1を作製し、同様に脳室内投与後4週のRota-rod testを行ったところ(Ht-AAV icv)、226±13秒 (n=4, P<0.05) と有意な改善を認めた(図8;左)。図8中に示すように、野生型(Wt:GLUT1+/+)は188±20であった(n=10)。なお、腹腔内投与でも同様の改善効果を得たが、その効果は髄腔内投与の場合と比較して弱い傾向が認められた(図8;右)。また、髄腔内投与の場合、投与するvg量は少なく、遺伝子導入効果のより短期間で確認できた。
【0071】
考察
本発明に係るグルコーストランスポーター1欠損症症候群に対するrAAVを用いる治療によるproof of conceptが示された。この疾患治療をさきがけとして多くの遺伝性疾患治療が日本から発信されることが期待される。
【0072】
(4)SLC2A1発現用プラスミドベクターの調製
GLUT1は、脳や中枢神経を構成する細胞のうち、神経細胞および血管内皮細胞、グリア細胞などの非神経系細胞においても発現が認められる(F. Maher, S.J. Vannucci, I.A. Simpson, Glucose transporter proteins in brain, FASEB. J. 8 (1994) 1003-1011.)。そのため、これら両種の細胞において発現可能なベクターの構築に取り組んだ。
市販のSLC2A1発現用プラスミドベクター(カタログNo. RC222696、ORIGENE社)に組み込まれたCMVプロモーターを、プロモーターA(配列番号17)、プロモーターB(配列番号18)の配列またはプロモーターA+B(配列番号19)の配列と置換したものを作製した。作製したプラスミドを種々の細胞株に導入してSLC2A1の発現確認を行った。対照として、元のCMVプロモーターを含むもの、およびプロモーターなしのものを用いた。
上記プロモーターA、プロモーターBおよびプロモーターA+Bは、別途以下の手順でクローニングした。ラットにおいてSLC2A1発現に強く関与するプロモーター領域(Hwang DY, Ismail-Beigi F. Stimulation of GLUT-1 glucose transporter expression in response to hyperosmolarity. Am J Physiol Cell Physiol. 2001 Oct;281(4):C1365-72.)に対して、ヌクレオチド配列の相同性が高い(約70%)ヒトゲノム上の領域を特定した。この特定したプロモーターB(配列番号18)、及びその上流領域をさらに含むプロモーターA(配列番号17)、プロモーターA+B(配列番号19)を独自にクローニングし、各々のポリヌクレオチド配列を特定した。
【0073】
作製したSLC2A1発現プラスミドベクターを、MO3.13細胞(グリア細胞;非神経系)、SH-SY5Y細胞(ヒト神経芽腫細胞:神経系)、およびHUVEC細胞(ヒト臍帯静脈内皮細胞:血管内皮系)に導入し、SLC2A1に結合された抗Mycタグ抗体を用いてSLC2A1の発現を検出した(図9-1~3)。なお、細胞はヘキスト染色を行った。
【0074】
結果
SLC2A1のプロモーターA、プロモーターBおよびプロモーターA+Bを用いたベクターは、MO3.13細胞、SH-SY5Y細胞において発現が認められた(図9-1、9-2)。よって、プロモーターA、プロモーターBおよびプロモーターA+BをGLUT1遺伝子と組み合せることによって、CMVプロモーターだけでなくSynIプロモーターを用いたベクターよりも、より生体内に近い発現がもたらされることを確認した。
したがって、プロモーターA、プロモーターBおよびプロモーターA+BとGLUT1遺伝子とを組み合わせた組換えAAVベクターは、神経細胞、グリア細胞等の非神経細胞、及び血管系の細胞においてGLUT1を発現可能であるので、より一層高い治療効果を提供することが期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明のrAAVベクターを用いることによって、神経系細胞における遺伝子上の不具合(先天的なものおよび後天的なものを含む)に起因するグルコーストランスポーター1欠損症症候群を治療(緩和、改善、修復など)することが期待できる。
【配列表フリーテキスト】
【0076】
配列番号1:ヒトグルタミントランスポーター1ヌクレオチド配列(NM_006516)
配列番号2:ヒトグルタミントランスポーター1アミノ酸配列(NP_006507)
配列番号3:タグ付ヒトグルタミントランスポーター1のヌクレオチド配列
配列番号4:タグ付ヒトグルタミントランスポーター1のアミノ酸配列
配列番号5:マウスグルタミントランスポーター1アミノ酸配列(NP_035530.2)
配列番号6:ラットグルタミントランスポーター1アミノ酸配列(NP_620182.1)
配列番号7:AAV1カプシドタンパク質Y445F変異体のアミノ酸配列
配列番号8:AAV2カプシドタンパク質Y444F変異体のアミノ酸配列
配列番号9:AAV9カプシドタンパク質Y446F変異体のアミノ酸配列
配列番号10:検出用プライマー1ヌクレオチド配列
配列番号11:検出用プライマー2ヌクレオチド配列
配列番号12:検出用プライマー3ヌクレオチド配列
配列番号13:検出用プライマー4ヌクレオチド配列
配列番号14:検出用プライマー5ヌクレオチド配列
配列番号15:検出用プライマー6ヌクレオチド配列
配列番号16:検出用プローブヌクレオチド配列
配列番号17:SLC2A1のプロモーターAのヌクレオチド配列
配列番号18:SLC2A1のプロモーターBのヌクレオチド配列
配列番号19:SLC2A1のプロモーターA+Bのヌクレオチド配列
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9-1】
図9-2】
図9-3】
【配列表】
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