(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-20
(45)【発行日】2022-01-17
(54)【発明の名称】幹細胞培養用容器
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20220107BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20220107BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N5/071
(21)【出願番号】P 2017252422
(22)【出願日】2017-12-27
【審査請求日】2020-07-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000002174
【氏名又は名称】積水化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】特許業務法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】羽根田 聡
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 百里子
(72)【発明者】
【氏名】山内 博史
(72)【発明者】
【氏名】大村 貴宏
【審査官】玉井 真人
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0131830(US,A1)
【文献】特開2009-273444(JP,A)
【文献】特開平6-335382(JP,A)
【文献】米国特許第4504547(US,A)
【文献】JOURNAL OF BIOMEDICAL MATERIALS RESEARCH A, 2014, Vol.102A, pp.247-253
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
幹細胞培養用容器であって、
前記幹細胞培養用容器は、幹細胞の培養領域の少なくとも一部に樹脂膜を備え、
前記樹脂膜のヤング率が400MPa~
800MPaであり、
前記樹脂膜の表面電位が-15~15mVであり、
前記樹脂膜の貯蔵弾性率が1.0×10
6
~1.0×10
8
Paであり、
前記樹脂膜は、合成樹脂を含有する幹細胞培養用足場材料である幹細胞培養用容器。
【請求項2】
前記合成樹脂がポリビニルアセタール樹脂である
請求項1に記載の幹細胞培養用容器。
【請求項3】
前記幹細胞が多能性幹細胞である
請求項1又は2に記載の幹細胞培養用容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞培養用容器に関する。
【背景技術】
【0002】
幹細胞、例えばヒト胚性幹細胞(hESC)やヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)などのヒト多能性幹細胞(hPSC)は、創薬や再生医療への応用が期待されている。多能性幹細胞を安全に、そして再現性良く培養し、増殖させることは,これらの細胞を医療応用する上では必須の基盤技術となる。特に、再生医療の産業利用上においては、幹細胞を未分化状態で多量に扱う必要があることから、天然および合成の高分子やフィーダー細胞を用いて多能性幹細胞の増殖を支持すると同時に多分化能を維持する技術について広範な研究が行われている。特に天然高分子としてラミニン、ヴィトロネクチンなどの接着タンパク質やマウス肉腫由来のマトリゲルを使用すると播種後の細胞定着性が非常に高いことが知られている。
【0003】
しかし、天然高分子は生産性が非常に低いため高価であること、天然由来物質であるためロット間にバラツキが見られること、動物由来の成分による安全性状の懸念があることが課題として挙げられる。
【0004】
上記課題を解決するために、合成高分子を使用した幹細胞培養樹脂担体が提案されている。例えば、特許文献1の実施例の欄には、マウス線維芽細胞の培養において、親水性かつ耐水性に優れる足場材を提供するためにアセタール化度が20~60モル%のポリビニルアセタール化合物が使用されている。しかし、親水性が高いため培地中で膨潤し、足場材樹脂が剥がれる問題があった。また、幹細胞や多能性幹細胞の播種後の定着性が低く、十分に増殖しないという問題があった。
【0005】
特許文献2の実施例の欄にはマウスES細胞の培養において、アクリルポリマーによって構成されたハイドロゲルが使用されている。しかし、NaAMPS/NaSS/DMAAmを使用しており、親水性が高いため培地中で膨潤し、足場材樹脂が剥がれる問題があった。
【0006】
特許文献3の実施例の欄にはマウスiPS細胞の培養において、親水性かつ柔軟なポリロタキサンゲルが使用されている。しかし、親水性が高いため培地中で膨潤し、足場材樹脂が剥がれる問題があった。柔軟な足場材であるために心筋細胞への分化が促進されるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2006-314285号公報
【文献】特開2010-158180号公報
【文献】特開2017-23008号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上より、適度な親水性と強度を備える幹細胞培養用足場材料を樹脂膜として備える、幹細胞培養用容器が求まれていた。
本発明は、適度な親水性と強度を備え、幹細胞の播種後の定着性が高い幹細胞培養用足場材料を樹脂膜として備える、幹細胞培養用容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下の内容に関する。
(1)幹細胞培養用容器であって、
幹細胞培養用容器は、幹細胞の培養領域の少なくとも一部に樹脂膜を備え、
樹脂膜は、合成樹脂を含有する幹細胞培養用足場材料である幹細胞培養用容器。
(2)幹細胞培養用容器であって、
幹細胞培養用容器は、幹細胞の培養領域の少なくとも一部に樹脂膜を備え、
樹脂膜は、合成樹脂を含有する幹細胞培養用足場材料であり、
樹脂膜の表面粗さRaが1μm以下である幹細胞培養用容器。
(3)樹脂膜の表面電位が-50~50mVである(1)または(2)記載の幹細胞培養用容器。
(4)樹脂膜の貯蔵弾性率が1.0×105~1.0×1010Paである(1)~(3)のいずれか1項に記載の幹細胞培養用容器。
(5)樹脂膜のヤング率が100~3000MPaである(1)~(4)のいずれか1項に記載の幹細胞培養用容器。
(6)合成樹脂がポリビニルアセタール樹脂である(1)~(5)のいずれか1項に記載の幹細胞培養用容器。
(7)幹細胞が多能性幹細胞である(1)~(6)のいずれか1項記載の幹細胞培養用容器。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、適度な親水性と強度を備え未分化性を維持しながら幹細胞の播種後の定着性が高く高効率に細胞増殖が可能な幹細胞培養用足場材料を樹脂膜として備える、幹細胞培養用容器が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、実施形態を挙げて本発明の説明を行うが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0012】
[幹細胞培養用容器]
発明は、幹細胞の培養領域の少なくとも一部に樹脂膜を備える幹細胞培養用容器に関する。樹脂膜は、合成樹脂を含有する幹細胞培養用足場材料であることが好ましい。
樹脂膜は、少なくとも以下のいずれか1つの条件
ヤング率が100~3000MPaである、
貯蔵弾性率が1.0×105~1.0×1010Paである、
厚みが1nm~500,000nmである、
表面粗さRaが1000nm以下である、
表面電位が-50~50mVである、を満たすことが好ましい。
【0013】
樹脂膜のヤング率の下限は、100MPaが好ましく、300MPaがよりに好ましく、400MPaがさらに好ましい。上限は、3000MPaが好ましく、1000MPaがより好ましく、800MPaがさらに好ましい。
樹脂膜の貯蔵弾性率下限は、1.0×105Paが好ましく、1.0×106Paがより好ましく、1.0×107がさらに好ましい。上限は、1.0×1010Paが好ましく、1.0×109がより好ましく、1.0×108Paがさらに好ましい。
樹脂膜の厚みの下限は、1nmが好ましく、10nmがよりに好ましく、100nmがさらに好ましい。上限は、1000,000nmが好ましく、10,000nmがより好ましく、1,000nmがさらに好ましい。
表面粗さRaは、1,000nm以下が好ましく、100nm以下がより好ましく、10nm以下がさらに好ましい。
表面電位の下限は、50mVが好ましく、30mVがよりに好ましく、10mVがさらに好ましい。上限は、-50mVが好ましく、-10mVがより好ましく、0mVがさらに好ましい。
【0014】
合成樹脂がポリビニルアセタール樹脂を含み、ポリビニルアセタール樹脂のアセタール化度が60モル%よりも高いことが好ましい。以下に、幹細胞培養用足場材料について説明する。
【0015】
[幹細胞培養用足場材料]
本発明者らは鋭意検討した結果、所定のアセタール化度を備えるポリビニルアルコールから誘導される合成樹脂を用いることで、上述の課題を解決できることを知見し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は、合成樹脂を含有する幹細胞培養用足場材料であって、合成樹脂がポリビニルアセタール樹脂を含み、ポリビニルアセタール樹脂のアセタール化度が60モル%よりも高い幹細胞培養用足場材料に関する。なお、本発明の幹細胞培養用足場材料には、合成樹脂のみからなる態様が含まれることは無論である。
この幹細胞培養用足場材料は、適度な親水性と強度を備えるため、幹細胞の播種後の定着性が向上する。特にフィーダー細胞や接着タンパク質を含まない無血清培地培養において、幹細胞播種後の初期定着率が向上する。
【0016】
従来、足場材料として合成樹脂を用いる場合に、合成樹脂のアセタール化度を60モル%よりも高く設定することは報告されていなかった。アセタール化度の増加による水酸基の割合の低下により樹脂の親水性が低下することで、足場材料への幹細胞の播種後の定着性の低下や、または細胞培養に必要な多糖類等の透過性の低下が懸念されていたからである。ところが、本発明者等は、親水性よりも強度が重要であることを知見し、アセタール化度を60モル%よりも高く設定して足場材料の強度を向上することで、幹細胞の播種後の定着性が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0017】
ポリビニルアセタール樹脂としては、アセタール化度が60モル%よりも高いものであれば特に制限なく様々なものを用いることができる。
ポリビニルアセタール樹脂は、例えば、ポリビニルアルコール(PVA)とアルデヒド(R-CHO)を脱水縮合させる方法(アセタール化反応)により製造することができる。なお、アセタール化反応において、適宜、酸触媒を用いることができる。
【化1】
【0018】
上述のアセタール化反応において、ポリビニルアルコールは、完全にアセタール化されることがなく、アセチル基や水酸基が残存している。
【化2】
【0019】
アセタール基、アセチル基、水酸基のそれぞれのモル比(mol%)を、l、m、nとしl+m+n=100とした際、lは60~90、mは0~10、nは0~40が好ましく、lは60~80、mは0~10、nは10~40がより好ましい。
上記範囲であると、ポリビニルアセタール樹脂が培養培地の水分によって膨潤し難く、細胞の定着が良好な結果となる。
ここで、樹脂全体基準のアセタール基のモル比(mol%)が、「アセタール化度」に相当する。
【0020】
上記アルデヒドの種類は特に限定されないが、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、ブチルアルデヒド、ペンタナール、ヘキサナール、ヘプタナール、オクタナール、ノナナール、デカナール、アクロレイン、ベンズアルデヒド、シンナムアルデヒド、ペリルアルデヒド、ホルミルピリジン、ホルミルイミダゾール、ホルミルピロール、ホルミルピペリジン、ホルミルピペリジン、ホルミルトリアゾール、ホルミルテトラゾール、ホルミルインドール、ホルミルイソインドール、ホルミルプリン、ホルミルプリン、ホルミルベンゾイミダゾール、ホルミルベンゾトリアゾール、ホルミルキノリン、ホルミルイソキノリン、ホルミルキノキサリン、ホルミルシンノリン、ホルミルプテリジン、ホルミルフラン、ホルミルオキソラン、ホルミルオキサン、ホルミルチオフェン、ホルミルチオラン、ホルミルチアン、ホルミルアデニン、ホルミルグアニン、ホルミルシトシン、ホルミルチミン、ホルミルウラシルなどが挙げられる。上記アルデヒドは鎖状であっても環状であっても良い。
【0021】
上記アルデヒドはホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、ブチルアルデヒド、ペンタナールであることが好ましく、ブチルアルデヒドがさらに好ましい。
【0022】
上記ポリビニルアルコールはビニル化合物との共重合体であっても良い。ビニル化合物としては、エチレン、アリルアミン、ビニルピロリドン、無水マレイン酸、マレイミド、イタコン酸、(メタ)アクリル酸類が挙げられる。
なお、本発明において、「(メタ)アクリル酸類」とは、(メタ)アクリル酸エステル及び(メタ)アクリル酸からなる群より選択される少なくとも1種をいう。
【0023】
上記(メタ)アクリル酸類のうち、(メタ)アクリル酸エステルとしては特に限定されないが、(メタ)アクリル酸アルキルエステル、(メタ)アクリル酸環状アルキルエステル、(メタ)アクリル酸アリールエステル、(メタ)アクリルアミド類、(メタ)アクリル酸ポリエチレングリコール類、(メタ)アクリル酸ホスホリルコリンより選択される少なくとも1種を含有することが好ましい。
【0024】
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルとしては、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、n-プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、n-ブチル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、t-ブチル(メタ)アクリレート、n-オクチル(メタ)アクリレート、イソオクチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ノニル(メタ)アクリレート、イソノニル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、イソテトラデシル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
上記(メタ)アクリル酸環状アルキルエステルとしては、例えば、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、イソボルニル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
上記(メタ)アクリル酸アリールエステルとしては、例えば、フェニル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
上記アクリルアミド類としては、例えば、(メタ)アクリルアミド、N-イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N-tert-ブチル(メタ)アクリルアミド、N,N’-ジメチル(メタ)アクリルアミド、(3-(メタ)アクリルアミドプロピル)トリメチルアンモニウムクロリド、4-(メタ)アクリロイルモルホリン、3-(メタ)アクリロイル-2-オキサゾリジノン、 N-[3-(ジメチルアミノ)プロピル](メタ)アクリルアミド、N-(2-ヒドロキシエチル)(メタ)アクリルアミド、N-メチロール(メタ)アクリルアミド、6-(メタ)アクリルアミドヘキサン酸などが挙げられる。
上記(メタ)アクリル酸ポリエチレングリコール類としては、例えば、メトキシ-ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、エトキシ-ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、ヒドロキシ-ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、メトキシ-ジエチレングリコール(メタ)アクリレート、エトキシ-ジエチレングリコール(メタ)アクリレート、ヒドロキシ-ジエチレングリコール(メタ)アクリレート、メトキシ-トリエチレングルコール(メタ)アクリレート、エトキシ-トリエチレングルコール(メタ)アクリレート、ヒドロキシ-トリエチレングルコール(メタ)アクリレートなどが挙げられる。
上記(メタ)アクリル酸ホスホリルコリンとしては、例えば、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルホスホリルコリンが挙げられる。
上記(メタ)アクリル酸類は単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。なお、本明細書において、上記(メタ)アクリル酸とは、アクリル酸及びメタクリル酸を総称するものであり、上記(メタ)アクリレートとは、アクリレート及びメタクリレートを総称するものとする。
【0025】
上記アセタール化度が60%を超えるように調整する方法は特に限定されないが、上記アルデヒドをアセタール化反応の際に上記アルデヒドを過剰量添加することでアセタール化反応が十分に進行させることが可能である。
【0026】
ポリビニルアセタール樹脂は、その一部がアレニウス塩基性基またはアレニウス酸性基により変性されていることが好ましい。フィーダー細胞や接着タンパク質を含まない無血清培地培養において、幹細胞播種後の初期定着率が向上し、幹細胞の培養がし易くなるからである。
【0027】
上記アレニウス塩基性基は、水中で解離して水酸化物イオンを生じる化合物の総称であり、例えば、アミン類が挙げられる。
上記アミン類としては、例えば、アミノ基、イミノ基、アミド基、イミド基が挙げられる。
上記ポリビニルアセタール樹脂を上記アレニウス塩基性基により変性する方法としては特に限定されないが、上記アリルアミンやマレイミド、(メタ)アクリルアミド類との共重合によって得られる。
【0028】
上記アレニウス酸性基は、水中で解離して水素イオンを生じる化合物の総称であり、例えば、カルボン酸、含フッ素アルコール、スルホン酸挙げられる。
上記カルボン酸としては、特に限定されないが、カルボキシル基が挙げられる。
上記含フッ素アルコールとしては、特に限定されないが、
上記スルホン酸としては、特に限定されないが、スルホ基が挙げられる。
上記ポリビニルアセタール樹脂を上記アレニウス酸性基により変性する方法としては特に限定されないが、上記イタコン酸や(メタ)アクリル酸との共重合によって得られる。
【0029】
幹細胞培養用足場材料の変性度は、幹細胞培養用足場材料の全モル%基準で、0.1~40mol%が好ましく、0.1~30molがより好ましく、0.1~10mol%がより好ましい。変性度は、各変性基の使用目的が異なるため、変性基毎に調整することが好ましい。具体的な各変性基の変性度は、幹細胞培養用足場材料の全モル%基準で以下の数値範囲に設定することが好ましい。
エチレン基変性の場合、0.1~40モル%が好ましく、1~40モル%がより好ましく、1~10モル%がより好ましい。
アミノ基変性の場合、0.1~30モル%が好ましく、0.1~10モル%がより好ましい。
カルボキシル変性の場合、0.1~30モル%が好ましく、0.1~10モル%がより好ましい。
【0030】
ここで、本明細書で用いられる用語の説明を行う。
「幹細胞」とは、自己複製能と分化能を有する細胞をいう。
幹細胞のうち、自己複製能を有し、かつ、1つの細胞から、内胚葉、中胚葉、外胚葉の全ての細胞へ分化できるものを「多能性幹細胞」という。多能性幹細胞としては、例えば、人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell、以下「iPS細胞」という。)、胚性幹細胞(embryonic stem cells、以下「ES細胞」という。)、Muse細胞(multilinege differentiating stress enduring cells)等が挙げられる。
幹細胞のうち、自己複製能を有し、かつ、2胚葉になるもの又は1胚葉の中の複数の細胞になるものを「多分化能細胞」という。多分化能細胞としては、例えば、成熟脂肪細胞に由来する脱分化脂肪細胞(dedifferentiated fat cell、以下「DFAT」という) 等が挙げられる。
本発明は幹細胞の培養に用いることができるが、中でも、多能性幹細胞、特にiPS細胞の培養に用いられることが好ましい。フィーダー細胞や接着タンパク質を含まない無血清培地培養において、幹細胞播種後の初期定着率が向上し、幹細胞の培養がし易くなるからである。
「足場材料(スキャフォールド;scaffold)」とは、細胞の接着、増殖、分化を制御するための細胞培養基材をいう。
【0031】
ポリビニルアセタール樹脂の重合度の下限は、100が好ましく、200がより好ましく、500がさらに好ましい。重合度が上記範囲であると、細胞培養にしようする培地で膨潤しても足場材強度を好適に保つことが出来る。重合度の上限は6000が好ましく、3000がより好ましく、2500がさらに好ましい。重合度が上記範囲であると、取り扱い性が良く、足場材を好適に成形出来る。
【0032】
[多能性幹細胞の培養方法]
上述の幹細胞培養用足場材料を備える容器によれば、様々な幹細胞を培養することができるが、その特性を考慮すると、幹細胞の中でも多能性幹細胞の培養に用いることが好ましい。一般的に、多能性幹細胞は播種後の培養の定着率が低いとされているが、上述の幹細胞培養用足場材料は、培養培地の水分によって膨潤し難く、適度な親水性と強度を維持できるので、多能性幹細胞の播種後の定着率が向上するからである。
【0033】
幹細胞培養用足場材料を備えるのであれば容器の形状等は限定されない。例えば、幹細胞の培養において、平面培養(二次元培養方法)に用いることの他に、生体内により近い状態、例えば多孔質膜やハイドロゲルなどの基材上での幹細胞の培養(三次元培養方法)に用いることができる。
細胞培養用足場材料は、適度な親水性と強度を備えることから、三次元培養方法に用いられることが好ましい。細胞培養用足場材料をバイオリアクター等に用いることにより、効率良く幹細胞を増殖させることができるからである。
【0034】
平面培養(二次元培養方法)用容器としては、形状や大きさは特に限定されないが、1つまたは複数のウェル(穴)を備える細胞培養用テストプレートや、細胞培養用フラスコが挙げられる。上記マイクロプレートのウェルの数は限定されないが、例えば、2、4、6、12、24、48、96、384等が挙げられる。上記ウェルの形状は特に限定されないが、真円、楕円、三角形、正方形、長方形、五角形等が挙げられる。上記ウェル底面の形状は特に限定されないが、平底、丸底、凹凸等が挙げられる。
1つまたは複数のウェル(穴)を備える細胞培養用テストプレートや、細胞培養用フラスコの材質は特に限定されないが、高分子樹脂や金属、無機材料が挙げられる。上記高分子樹脂としては、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリイソプレン、シクロオレフィンポリマー、ポリイミド、ポリアミド、ポリアミドイミド、(メタ)アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン等が挙げられる。金属としては、ステンレス、銅、鉄、ニッケル、アルミ、チタン、金、銀、白金等が挙げられる。無機材料としては、酸化ケイ素(ガラス)、酸化アルミ、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化鉄、窒化ケイ素等が挙げられる。
【0035】
上述の他にも、細胞培養用足場材料を備える容器は、幹細胞を培地中で自由に浮遊させて成長させる浮遊培養方法に用いることができる。
【0036】
[その他の実施の形態]
本発明は、上述の幹細胞培養用足場材料を備える容器の他にも、さらに以下の態様の発明が提供される。例えば、上述の幹細胞培養用足場材料に、さらに多糖類等を添加した幹細胞培養用担体(媒体)を備える容器が提供される。
【0037】
上記幹細胞培養用足場材料は架橋剤を含んでいても良い。上記架橋剤を含むことで水膨潤性を抑制し、好適に強度を上げることができる。上記架橋剤としては特に限定されないが、ポリアルコールやポリカルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、金属石鹸、多糖類等が挙げられる。
ポリアルコールとしては特に限定されないが、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、ヘプタンジオール、オクタンジオール、ノナンジオール、デカンジオール、ドデカンジオール、ウンデカンジオール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、カテコール、ピロガロール、ジボロン酸、メチレンジボロン酸、エチレンジボロン酸、プロピレンジボロン酸、フェニレンジボロン酸、ビフェニルジボロン酸、ビスフェノール誘導体等が挙げられる。
ポリカルボン酸としては特に限定されないが、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、フタル酸、ポリ(メタ)アクリル酸等が挙げられる。
ヒドロキシカルボン酸としては特に限定されないが、グリコール酸、乳酸、タルトロン酸、グリセリン酸、ヒドロキシ酪酸、リンゴ酸、酒石酸、シトマル酸、クエン酸、イソクエン酸、ロイシン酸、メバロン酸、パントイン酸、リシノール酸、リシネライジン酸、セレブロン酸、キナ酸、シキミ酸、ヒドロキシ安息香酸、サリチル酸、クレオソート酸、バニリン酸、シリング酸、ピロカテク酸、レソルシル酸、プロトカテク酸、ゲンチジン酸、オルセリン酸、没食子酸、マンデル酸、ベンジル酸、アトロラクチン酸、メリロト酸、フロレト酸、クマル酸、ウンベル酸、コーヒー酸、フェルラ酸、シナピン酸、ヒドロキシステアリン酸等が挙げられる。
金属石鹸としては特に限定されないが、ステアリン酸、ラウリン酸、リシノール酸、オクチル酸などの脂肪酸と、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、カルシウム、バリウム、亜鉛、アルミニウムなどの金属の塩が挙げられる。
多糖類としては特に限定されないが、ペクチン、グアーガム、キサンタンガム、タマリンドガム、カラギーナン、プロピレングリコール、カルボキシメチルセルロース、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、セルロース、キチン、アガロース、カラギーナン、ヘパリン、ヒアルロン酸、キシログルカン、グルコマンナン酸等が挙げられる。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例を挙げて本発明を説明するが本発明は以下の実施例に限定解釈されることはない。
【0039】
[実施例1]
(ポリビニルブチラールの調製)
攪拌装置を備えた反応機に、イオン交換水2700mL、平均重合度250、鹸化度97mol%のポリビニルアルコールを300g投入し、攪拌しながら加熱溶解し、溶液を得た。次に、この溶液に触媒として35重量%塩酸を、塩酸濃度が0.2重量%となるように添加し、温度を15℃に調整した後、攪拌しながらn-ブチルアルデヒド(n-BA)22gを添加した。その後、n-ブチルアルデヒド(n-BA)148gを添加したところ、白色粒子状のポリビニルブチラール樹脂が析出した。析出してから15分後に、35重量%塩酸を、塩酸濃度が1.8重量%になるように添加し、50℃に加熱し、50℃で2時間熟成させた。次いで、溶液を冷却し、中和した後、ポリビニルブチラール樹脂を水洗し、乾燥させることにより、ポリビニルブチラールを得た。
得られたポリビニルブチラールは、平均重合度250、水酸基量28mol%、アセチル基量3mol%、ブチラール化度71mol%であった。
【0040】
(細胞培養用容器の調製)
得られたポリビニルブチラール1gをブタノール19gに溶解させることで、ポリビニルブチラール溶液を得た。得られたポリビニルブチラール溶液150μLをφ22mmのカバーガラス上に吐出し、スピンコーターを用いて2000rpm、20秒回転させて平滑な樹脂膜を得た。得られた上記樹脂膜をカバーガラスごとφ22mmのポリスチレンディッシュに投入することで細胞培養用容器を得た。
【0041】
(細胞培養試験の方法)
得られた細胞培養用容器にリン酸緩衝生理食塩水1mLを加えて37℃のインキュベーター内で1時間静置した。ディッシュ内のリン酸緩衝生理食塩水を除いた後、h-iPS細胞252G1を1.5×104を播種し、培地TeSR E8(STEM CELL社製)1mLおよび、ROCK-Inhibitor(Y27632)10μM存在下、37℃、CO2濃度5%のインキュベーター内で培養を行った。24時間毎に培地を750μL除き、新たなTeSR E8 250μLを加え、ROCK-Inhibitor(Y27632)10μMに調整することで培地交換を行った。
【0042】
(樹脂膜評価の方法)
(1)膜厚
得られた上記樹脂膜の一部をステンレス製ピンセットで剥がし、ガラス面を露出させた。上記樹脂膜とガラス面の高さの差をレーザー顕微鏡(オリンパス社製、OLS-4100)を用いて計測することで膜厚とした。
(2)貯蔵弾性率
得られた上記樹脂を熱プレスにより厚み0.5mm以上に成膜した。得られた膜を直径8mmの円形に切り抜き、粘弾性測定装置(レオメトリックス社製「ARES」)を用いて、せん断法にて、ひずみ量1.0%及び周波数1Hzの条件で、昇温速度5℃/分で動的粘弾性の温度分散測定を行った。得られた温度分散測定値の100℃の値を貯蔵弾性率とした。
(3)ヤング率
得られた上記樹脂をテトラヒドロフランに溶解させ、PET上に塗布および乾燥することで100μmキャスト膜を作製した。得られたキャスト膜を10×40mm のサイズに切断し、引張り試験装置(島津社製、AG-IS)を用いて、引張速度200mm/min、掴み具間距離15mm、25℃の条件にて引張り試験を行った。
(4)表面電位
得られた上記樹脂膜をゼータ電位測定装置(大塚電子社製、ELSZ-2000Z)を用いて測定した。
【0043】
(培養評価の方法)
(1)細胞接着密度
細胞播種後24時間経過時の細胞接着密度(個/mm2)を、10×10倍の位相差顕微鏡(オリンパス社製、IX73)を用いてカウントすることで算出した。
(2)細胞増殖数
培養試験開始から5日経過後の細胞塊を、1mLのTrypLE Express(1X)Phenol Red(ThermoFisher社製)を用いて細胞塊を剥離し、単一細胞にした後、細胞数をセルカウンター(NanoEntek社製、EVE)を用いてカウントを行った。
(3)未分化性
アルカリフォスファターゼ(ALP)染色試験キット(Vector社製、SK-5300)を使用して未分化性の確認を行った。
【0044】
[実施例2]
平均重合度850、鹸化度97mol%のポリビニルアルコールを使用したこと以外は、実施例1同様にして試験を行った。
【0045】
[実施例3]
平均重合度1700、鹸化度97mol%のポリビニルアルコールを使用したこと以外は、実施例1同様にして試験を行った。
【0046】
[実施例4]
平均重合度2400、鹸化度97mol%のポリビニルアルコールを使用したこと、および、n-ブチルアルデヒド(n-BA)の代わりに、アセトアルデヒドを使用すること以外は、実施例1同様にして試験を行った。
【0047】
[実施例5]
平均重合度850、鹸化度98mol%、エチレン変性度4mol%のポリビニルアルコールを使用したこと以外は、実施例1同様にして試験を行った。
【0048】
[実施例6]
平均重合度250、鹸化度97mol%、アミン変性度2mol%のポリビニルアルコールを使用したこと以外は、実施例1同様にして試験を行った。
【0049】
[実施例7]
平均重合度1600、鹸化度97mol%、アミン変性度2mol%のポリビニルアルコールを使用したこと以外は、実施例1同様にして試験を行った。
【0050】
[比較例1]
足場材樹脂を用いず、ポリスチレンディッシュのみで実施例1同様にて試験を行った。
【0051】
[比較例2]
N-イソプロピルアクリルアミド100重量部、酢酸エチル75重量部、アゾビスイソブチロニトリル0.5重量部を混合し、窒素雰囲気下、65℃で8時間重合を行うことでポリアクリルアミド樹脂を得た。得られた樹脂について、カラムとしてWaters社製「2690 Separations Model」を用いて、GPC法によってポリスチレン換算による重量平均分子量を測定したところ、約9万(重合度約800)であった。その他の操作は実施例1同様にして試験を行った。
【0052】
[比較例3]
シリコーン接着剤SILPOT 184(東レダウコーニング社製)100μLをφ22mmのカバーガラス上に吐出し、スピンコーターを用いて2000rpm、30秒回転させて平滑な樹脂膜を得た。得られた上記樹脂膜をカバーガラスごとφ22mmのポリスチレンディッシュに投入することで細胞培養用容器を得た。その他の操作は実施例1同様にして試験を行った。
【0053】
得られた結果をまとめて表1に示す。なお、いずれの実施例及び比較例においても分化した細胞は観察されなかった。
【表1】