(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-20
(45)【発行日】2022-01-17
(54)【発明の名称】減速装置
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20220107BHJP
F16H 25/06 20060101ALI20220107BHJP
【FI】
F16H1/32 A
F16H25/06 A
(21)【出願番号】P 2018017122
(22)【出願日】2018-02-02
【審査請求日】2021-01-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087538
【氏名又は名称】鳥居 和久
(74)【代理人】
【識別番号】100085213
【氏名又は名称】鳥居 洋
(72)【発明者】
【氏名】井木 泰介
【審査官】中島 亮
(56)【参考文献】
【文献】実開平05-003713(JP,U)
【文献】特開平05-010400(JP,A)
【文献】特開2003-172419(JP,A)
【文献】特開2009-024765(JP,A)
【文献】特開2016-191447(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 1/28- 1/48
F16H 13/00-15/56
F16H 19/00-37/16
F16H 48/00-48/42
F16H 49/00-49/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1のボール係合溝が形成された入力板部を有する入力側回転部材と、この入力側回転部材の回転軸と同軸に配置され、第2のボール係合溝が形成された出力板部を有する出力側回転部材と、軸方向に対向する前記入力板部および前記出力板部の両ボール係合溝に係合する複数のボールと、このボールを半径方向に移動可能に保持する複数のポケットを有する保持器とを備え、前記保持器が前記回転軸に対して回転不能に設けられ、前記両ボール係合溝に係合する前記ボールを介して前記入力側回転部材の回転が減速されて前記出力側回転部材に伝達される減速装置において、
前記第2のボール係合溝の軌道中心線が波状曲線で形成され、
前記減速
装置の減速比をiとしたとき、前記波状曲線は、前記入力側回転部材の任意の回転角(θ)において、前記出力側回転部材が回転角(iθ)の状態で、前記第1のボール係合溝に係合した前記ボールが前記第2のボール係合溝に係合する形状であり、
保持器のポケットの少なくともボールとの接触面に、ボールとの摩擦係数がボールとボール係合溝の接触面の摩擦係数よりも小さい材料、もしくは表面処理を用いることを特徴とする減速装置。
【請求項2】
前記ボールとボール係合溝の接触が、鋼と鋼であることを特徴とする請求項1の減速装置。
【請求項3】
前記保持器のポケットを構成する部材の材料が、銅または銅合金であることを特徴とする請求項1または2に記載の減速装置。
【請求項4】
前記保持器もしくはポケットを構成する部材の材料が、樹脂系材料であることを特徴とする請求項1または2に記載の減速装置。
【請求項5】
前記ボールの材料が、セラミックスであることを特徴とする請求項1、3、4項のいずれかの項に記載の減速装置。
【請求項6】
前記保持器のポケットの少なくともボールとの接触面にディンプル加工を施したことを特徴とする請求項1~5いずれかの項に記載の減速装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は減速装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ボール係合溝を備えた入力側の第1の円板と、ボール係合溝を備えた出力側の第2の円板と、ボール係合溝に係合する複数のボールと、第1の円板と第2の円板との間に介在し、ボールを保持する保持器を備えた減速機は既に提案されている(例えば、特許文献1、2)。この形式の減速機は、小型で大きな減速比が得られるなどの点で優れている。
【0003】
特許文献1に提案された減速機は、平面の第1の基準円を一定のピッチで交錯する曲がりくねった第1の溝と前記平面の第2の基準円を一定のピッチで交錯する曲がりくねった第2の溝をそれぞれ備えた第1、第2の円板と、前記第1の円板と前記第2の円板は、第1、第2の保持器により、それぞれ保持された第1、第2の転動体を介して対向し、前記第1の保持器は固定され、前記第2の保持器は回転自在に支持されている。この減速機は、差動式であるため、大きな減速比を得ることができ、かつ小型の減速機が可能であると記載されている。
【0004】
特許文献2に提案された減速機は、ボールと係合し回転軸から一定距離偏心した円形のカム溝を有する駆動カムと、ボールと係合する花びら状のカム溝を備えた従動カムと、ボールを半径方向に移動可能に保持する溝部を有する保持器とを具備し、保持器を間に挟んで、その両側に駆動カムと従動カムとをそれぞれのカム溝を備えた面を対向させて、同一軸線周りに回転可能に連結し、ボールの動作を介して駆動カムの回転を減速して従動カムに伝達する。この減速装置は、小型で、比較的簡易な加工により低コストで製作され、減速機比6程度を得ることが可能であると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭60-168954号公報
【文献】特開平5-203009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、使用用途によっては、減速機の高い回転精度や振動抑制などが望まれる。これに対して、減速機の入力側と出力側との間の回転運動の不等速性や、これに伴う、出力側の回転速度変動、振動発生などの高次元の問題に着目し、対応が必要であるという考えに至った。ところが、特許文献1、2に記載された減速機は、小型で大きな減速比が得られるなどの面では優れたものとされるが、上記のような入力側と出力側との間の回転運動の不等速性や、これに伴う、出力側の回転速度変動、振動発生の問題については着目されてなく、また、その他の文献でも、これまでに具体的な提案はなく、これに着目したのが本発明である。
【0007】
ところで、この種の減速機の主要部品は、ボールと入力板と出力板と保持器から構成される。
【0008】
この種の本減速機は、入力板の偏心回転運動をボールの往復直線運動に変換し、出力板の波状溝により再度回転運動に変換して駆動力を減速して伝達する機構であり、入力側の偏心部に転がり軸受が回転自在に設けられているため、入力板と出力板の回転差を吸収させボールが転がりながらトルク伝達することができる。
【0009】
したがって、ボールの自転の回転速度は、入力板の自転速度と出力板の自転速度より決定される。
【0010】
しかしながら、ボールは保持器のポケット内で直線運動を行い、ボールの自転回転速度は決定しているため、ボールと保持器のポケット間の接触ではすべりが発生し、効率が低下するもしくは、耐久性が悪化する懸念がある。
【0011】
そして、ボールを保持する保持器は、減速機の動力伝達には寄与しない部品であり、そのボールと保持器のポケットの摩擦力を低減させることが、効率を向上させる上で重要となる。このボールと保持器のポケット間の接触によって生じる摩擦力は、入力軸または出力板の回転軸を中心とした半径方向にのみ作用する。このためボールと保持器間に発生する摩擦力は動力伝達に寄与しないことがわかる。
【0012】
そこで、本発明は、上記の問題に鑑み、小型で高い減速比が得られ、かつ、出力側の回転速度変動や振動の抑制を可能にし、ボールと保持器のポケットに発生するすべりによる効率の低下、耐久性の悪化を改善した減速装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記の目的を達成するために種々検討した結果、まず、入力側と出力側との間の減速回転運動に同期回転性が得られるボール係合溝を創出するという新たな着想を行い、さらに、ボールと保持器のポケット間の摩擦係数を下げることにより、耐久性の向上、伝達効率の向上、振動の低減が可能になるという着想により、本発明に至った。
【0014】
前述した目的を達成するための技術的手段として、本発明は、第1のボール係合溝が形成された入力板部を有する入力側回転部材と、この入力側回転部材の回転軸と同軸に配置され、第2のボール係合溝が形成された出力板部を有する出力側回転部材と、軸方向に対向する前記入力板部および前記出力板部の両ボール係合溝に係合する複数のボールと、このボールを半径方向に移動可能に保持する複数のポケットを有する保持器とを備え、前記保持器が前記回転軸に対して回転不能に設けられ、前記両ボール係合溝に係合する前記ボールを介して前記入力側回転部材の回転が減速されて前記出力側回転部材に伝達される減速装置において、前記第2のボール係合溝の軌道中心線が波状曲線で形成され、前記減速装置の減速比をiとしたとき、前記波状曲線は、前記入力側回転部材の任意の回転角(θ)において、前記出力側回転部材が回転角(θ/i)の状態で、前記第1のボール係合溝に係合した前記ボールが前記第2のボール係合溝に係合する形状であり、保持器のポケットの少なくともボールとの接触面に、ボールとの摩擦係数がボールとボール係合溝の接触面の摩擦係数よりも小さい材料、もしくは表面処理を用いることを特徴とする。
上記の構成により、小型で高い減速比が得られ、かつ、出力側の回転速度変動や振動の抑制を可能にする減速装置を実現することができる。
【0015】
具体的には、上記の第1のボール係合溝に係合したボールの中心が第2のボール係合溝の軌道中心線上に位置する構成とする。これにより、第1のボール係合溝と第2のボール係合溝を確実に設定することができる。
【0016】
また、保持器のポケットに、入出力回転部材のボール係合溝(通常鋼を用いる)よりも摩擦係数が低い材料を用いることにより、ボールとボール係合溝の接触によりボールを転がしつつ、保持器のポケットとの発熱を抑えることが可能となる。
【0017】
上記の入力側回転部材の回転軸に偏心部が形成され、この偏心部に入力板部が転がり軸受を介して回転自在に装着されていることが好ましい。これにより、保持器のポケットやボール係合溝とボールとの間の相対的な摩擦量を低減し、入力側回転部材から出力側回転部材への伝達効率を向上させることができる。
【0018】
上記の第1のボール係合溝の軌道中心線が円形であり、その曲率中心が入力側回転部材の回転軸の軸心に対して偏心していると共に、回転軸の軸心と第2のボール係合溝の軌道中心線との距離(R)が次式を満足することが好ましい。
【数1】
但し、
R:回転軸の軸心と第2のボール係合溝の軌道中心線との距離
a:偏心量
i:減速比
ψ:出力側回転部材の回転角
r:第1のボール係合溝の軌道中心線の半径
これにより、第1のボール係合溝と第2のボール係合溝の全体としてボール係合溝の形状を簡素化でき、製造の容易化、低コスト化を図ることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、小型で高い減速比が得られ、かつ、出力側の回転速度変動や振動の抑
制を可能にする減速装置を実現することができる。
ボールと保持器のポケット間の摩擦係数を下げることにより、耐久性の向上、伝達効率の向上、振動の低減が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態に係る減速装置の全体を示す縦断面図である。
【
図4】(a)図は、
図1のE-E線で矢視した入力板部の側面図で、(b)図は、(a)図のG-G線における入力板部の断面図である。
【
図5】(a)図は、
図1のF-F線で矢視した出力板部の側面図で、(b)図は、(a)図のH-H線における出力板部の断面図である。
【
図6】(a)図は、
図1のI-I線で矢視した保持器の側面図で、(b)図は、(a)図のJ部の拡大図である。
【
図7】ボールと保持器間の摩擦係数のみを、0.1と0.05で比較した場合の伝達効率の時間的変化を示すグラフである。
【
図8】
図7と同様に計算したボールと保持器間の摩擦係数に対する伝達効率への影響量を示すグラフである。
【
図9】出力板部のボール係合溝とボールの配置状態を示す図である。
【
図10】ボール係合溝に対するボールの動きを示す図である。
【
図11】出力板部のボール係合溝の基準曲線を導出する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の一実施形態に係る減速装置を
図1~
図9に基づいて説明する。
図1は本実施形態に係る減速装置の全体を示す縦断面図である。減速装置1は、入力側回転部材2、出力側回転部材3、ボール4および保持器5を主な構成とし、ケース6a、6b内に組込まれている。
【0022】
図1に示すように、入力側回転部材2は、回転軸7、偏心カム8、転がり軸受9および入力板部10からなる。回転軸7の外径面に偏心カム8が嵌合されている。偏心カム8の円筒形外径面8aの
中心O1は、回転軸7の軸心X1に対して偏心量aだけ半径方向に偏心している。偏心カム8の円筒形外径面8aと入力板部10の円筒形内径面10aとの間に転がり軸受9が装着され、入力板部10は偏心カム8に回転自在に支持されている。偏心カム8の円筒形外径面8aの
中心O1は入力板部10の
中心でもある。このため、回転軸7が回転すると入力板部10は、回転軸7の軸心X1を中心に振れ回り半径aで公転運動を行う。回転軸7は、ケース6aの内径面21に装着された転がり軸受11および保持器5の内径面5aに装着された転がり軸受12によって回転自在に支持されている。
【0023】
図1、
図4(a)および
図4(b)に示すように、入力板部10の側面10bに第1のボール係合溝13が形成されている。
図4(a)は、
図1のE-E線で矢視した入力板部10の側面図で、
図4(b)は、
図4(a)のG-G線における入力板部10の断面図である。
図4(a)、
図4(b)では、入力板部10の外径面の面取りや転がり軸受9が装着される内径面10a(
図1参照)の図示を省略している。
【0024】
図4(a)に示すように、第1のボール係合溝13の軌道中心線L1は半径rの円形に形成され、第1のボール係合溝13はトーラス面の一部からなる。軌道中心線L1の曲率中心は、偏心カム8の円筒形外径面8aおよび入力板部10の
中心O1に位置する。
中心O1は回転軸7の軸心X1に対して偏心量aだけ偏心している。第1のボール係合溝13の軌道中心線L1上にボール4の中心Obが位置する。本明細書および特許請求の範囲において、第1のボール係合溝の軌道中心線とは、第1のボール係合溝13に沿ってボール4を移動させたときのボール4の中心Obの軌跡を意味する。
【0025】
図1に示すように、出力側回転部材3は出力板部3aと軸部3bとからなり、出力板部3aと軸部3bは一体に形成されている。軸部3bは出力軸となる。出力側回転部材3は、ケース6bの内径面20に装着された転がり軸受14および保持器5の段部外径面5bに装着された転がり軸受15によって回転自在に支持されている。
【0026】
図1、
図5(a)および
図5(b)に示すように、出力板部3aの側面28に第2のボール係合溝16が形成されている。
図5(a)は、
図1のF-F線で矢視した出力板部3aの側面図で、
図5(b)は、
図5(a)のH-H線における出力板部3aの断面図である。
図5(a)、
図5(b)では、出力板部3aの外径面の面取りや転がり軸受15が装着される内径面22(
図1参照)の図示を省略している。
【0027】
第2のボール係合溝16の軌道中心線L2は波状曲線で形成され、軸部3bの軸心X2と軌道中心線L2と距離Rは、基準ピッチ円半径PCRに対して増減変動し、本実施形態では、軌道中心線L2の波状曲線には基準ピッチ円半径PCRより大きい距離Rを有する山部が10個、基準ピッチ円半径PCRより小さい距離Rを有する谷部が10個で形成されている。軸部3bの軸心X2は回転軸7の軸心X1と同軸上に配置されている。第2のボール係合溝16の軌道中心線L2上にボール4の中心Obが位置する。
【0028】
本明細書および特許請求の範囲において、第2のボール係合溝の軌道中心線の波状曲線とは、半径PCRの基準ピッチ円に一定のピッチで交互に交差する曲線を意味する。また、第2のボール係合溝の軌道中心線とは、第2のボール係合溝16に沿ってボール4を移動させたときのボール4の中心Obの軌跡を意味する。第2のボール係合溝16の軌道中心線L2の波状曲線の詳細は後述する。
【0029】
図1に示すように、入力板部10と出力板部3aの軸方向に対向する側面10b、28間に保持器5が配置されている。保持器5にはボール4を保持するポケット17が設けられている。保持器5の外周側に貫通孔18が設けられ、この貫通孔18にピン19が嵌挿され、保持器5はケース6a、6bに回転不能に取り付けられている。これにより、保持器5は、入力側回転部材2の回転軸7に対して回転不能となる。この状態で、ケース6bの貫通孔25、保持器5の貫通孔23に固定用ボルト24を嵌挿し、ケース6aのねじ孔26に螺合させてケース6a、6bおよび保持器5が締結される。
【0030】
図1、
図6(a)および
図6(b)に示すように、保持器5のポケット17は回転軸7の軸心X1を中心に径方向に放射状に延びる長穴で形成されている。
図6(a)は、
図1のI-I線で矢視した保持器の側面図で、
図6(b)は、
図6(a)のJ部の拡大図である。
図6(a)、
図6(b)では、
図1における保持器5の外周側の貫通孔18、23や転がり軸受12を装着する内径面5aの図示を省略している。
【0031】
保持器5のポケット17の個数は、軌道中心線L2の波状曲線の山部又は谷部の個数(10個)より1個多い11個であり、ポケット17は周方向に等間隔に形成されている。各ポケット17にボール4が1個ずつ配置されている。各ポケット17が径方向に放射状に延びる長穴で形成されているので、各ポケット17内のボール4は、基準ピッチ円半径PCRに対して径方向外側および径方向内側に所定量mの範囲で移動することができる。保持器5は回転不能に設けられており、ボール4は、保持器5のポケット17により半径方向に移動可能に保持されている。
【0032】
本発明では、保持器5またはポケット17に、入力側回転部材2および出力側回転部材3のボール係合溝13、16(通常鋼を用いる)よりも摩擦係数が低い材料を用いることにより、ボール4とボール係合溝13、16の接触によるボール4を転がしつつ、ポケット17との発熱を抑えることが可能となる。
【0033】
少なくともボール4がポケット17の接触点(ボール半径方向に往復運動する)(
図6(b)のMで囲む部分)の摩擦係数を低減することにより、ボール4と保持器5間の発熱を低減させることが可能となる。
【0034】
図7は、汎用機構解析ソフト(ADAMS)を用いた本減速機の伝達効率の解析結果を示している。
図7は、ボール4と保持器5間の摩擦係数のみを、0.1と0.05で比較した場合の伝達効率値を示している。
図7では他の接触の摩擦係数はすべて0.1としている。
【0035】
安定した状態で比較すると、摩擦係数を0.1から0.05にすることで伝達効率が平均値で約9%改善される。
【0036】
図8に、
図7と同様に計算したボールと保持器間の摩擦係数に対する伝達効率への影響量を示す。ボール4と保持器5間の摩擦係数が、0.3以上、または0.01以下では変化はほとんどない。
【0037】
ボール4と保持器5またはポケット17間の摩擦係数を下げることにより、耐久性の向上、伝達効率の向上、振動の低減が可能になる。伝達効率は、鋼と鋼の接触(グリース有)の摩擦係数が0.01~0.3である場合において、ボール4と保持器5またはポケット17間の摩擦係数をそれ以下に下げる場合に効果がある。
【0038】
保持器5の材料は、樹脂や銅合金など、摩擦係数の低い材料を選択する。
例えば、ボール4を鋼材とした場合、保持器5またはポケット17を以下の材料に変更することにより、摩擦係数を下げることが可能である。乾燥状態(固体vs固体)での動摩擦係数は、鋼vs鋼の場合、0.4~0.6程度であることが知られている。
【0039】
以下に示す摩擦係数の値は、乾燥状態での鋼vs「各材料」の動摩擦係数を示している。摩擦係数は接触面の材質の他に、油などの潤滑剤の有無や表面粗さによっても変化するため、今回の事例では、比較的条件が一致している乾燥状態での摩擦係数にて比較を行うこととした。
【0040】
黄銅系や青銅系、鉛青銅系を含む銅合金:0.15~0.3(注)、潤滑性に優れた樹脂系材料(PTFE、ナイロン、ポリアセタール、UHPE、PEEKなど):0.05~0.4(注)、セラミックス:0.2~0.5(注)その他の摩擦係数が小さい材料を適用しても良い。
注:出典:W.Beitz, K.-H. Kuttner (editors) 『Taschenbuch fur den Maschinenbau』, 18th edition, Springer 1995 / 『Formulaen und Tafeln』, 2md edition, Orell Fussli Zurich 1981、機械工学便覧
【0041】
また、同じくボール4を鋼材とした場合、保持器5またはポケット17に以下の表面処理を施すことにより、摩擦係数を下げることが可能である。
表面処理は、DLC(ダイヤモンドライクカーボン):0.05~0.1、ふっ素等の樹脂コーティング:0.08~0.12、ふっ素樹脂複合等を含む無電解ニッケルメッキ:0.08~0.12、硬質クロムメッキ:0.1~0.16、その他の摩擦係数を小さくする処理であればよい。
【0042】
表面処理はボール4もしくは保持器5のボール4の接触面の少なくとも一方でもよい。
【0043】
その他に、ボール4もしくは保持器5のボール4の接触面に、ディンプルを加工し、接触面に油だまりを形成して、すべりの影響を低減させるようにしてもよい。
【0044】
以上のように、ボール4と保持器5またはポケット17間の摩擦係数を下げることにより、耐久性の向上、伝達効率の向上、振動の低減が可能になる。
【0045】
本実施形態の減速装置1では、第2のボール係合溝16の軌道中心線L2の山部の個数が10個(谷部の個数も同様に10個)で、ボール4の個数が11個であるので、減速比iは次式により求められ、減速比iは-1/10となる。
減速比i=(山部の個数-ボール個数)/山部の個数
なお、減速比iの上記マイナス符号は、入力側回転部材2の回転方向に対して出力側回転部材3の回転方向が逆であることを意味する。
【0046】
次に、
図2および
図3を参照して、入力板部10、保持器5、ボール4および出力板部3aの組合せ状態を説明する。
図2は、
図1の要部を示す斜視図で、
図3は、
図2のボールを保持器のポケットに配置させた状態の概要図である。
図3では、
図2における入力板部10の外径面取り、軸受装着用内径面10a、保持器5の外径側貫通孔18、23、軸受装着用内径面5a、出力板部3aの軸受装着用内径面22、軸部3bなどの図示を省略している。
【0047】
入力側回転部材2の回転軸7の軸心X1と出力側部材3の軸心X2は同軸上に配置され、保持器5の軸心も軸心X1、X2と同軸上に配置されている。入力板部10の第1のボール係合溝13の軌道中心線L1の
中心O1〔
図4(a)参照〕は回転軸7の軸心X1に対して偏心量aだけ偏心している。
【0048】
図2では、ボール4が出力板部3bの第2のボール係合溝16に係合した状態で示しているが、このボール4が保持器5のポケット17内に配置され、ポケット17から図面手前側にボール4が突出した状態となり、ボール4が入力板部10の第1のボール係合溝13(
図1参照)に係合する。すなわち、
図3に示すように、保持器5のポケット17内のボール4の図面手前側が入力板部10の第1のボール係合溝13(
図1参照)に係合し、ボール4の図面奥側が出力板部3bの第2のボール係合溝16に係合する。
【0049】
本実施形態の減速装置1の全体構成は以上のとおりである。次に、入力側回転部材に対して出力側回転部材が減速されて同期回転するボール係合溝の詳細を
図9~
図11に基づいて説明する。
図9は出力板部の第2のボール係合溝とボールの配置状態を示す図で、
図10は、
図9のK部を拡大して第2のボール係合溝に対するボールの動きを示す図で、
図11は出力板部の第2のボール係合溝の基準曲線を導出する模式図である。
【0050】
前述したように、保持器5は回転不能に設けられており、ボール4は、保持器5のポケット17により半径方向に移動可能に保持されている。
図9に示すように、ボール4は、出力板部3aの第2のボール係合溝16に対して周方向に等角度の位置で係合する。本実施形態では、ボール4の個数を11個としたので、軸心X2と周方向に隣り合うボール4の中心Ob
0、Ob'を結ぶ直線のなす角度をαとしたとき、α=360°/11となり、全ての隣り合うボール4の間の角度αは等角度となっている。
【0051】
入力側回転部材2に対して出力側回転部材3が減速されて同期回転する状態を
図10に基づいて説明する。前述したように、入力側回転部材2および出力側回転部材3の回転に対して、保持器5は回転不能に構成されている。したがって、
図10に実線で示すポケット17は周方向に移動しない。
図10の水平方向の中心線は入力側回転部材2の回転軸7の回転角θが0°の位置を示す。ボール4は、ポケット17の中で径方向の最も外側に位置している。これは、入力板部10の公転運動において、入力板部10の回転軸7の軸心X1に対する振れ回り半径aが
図10の水平方向の中心線上にあるため、入力板部10の第1のボール係合溝13に係合するボール4がポケット17の中で径方向の最も外側に位置する。
【0052】
回転軸7が回転角θ1回転し、入力板部10の振れ回り半径aの位置が回転角θ
1の位置に移動するので、入力板部10の第1のボール係合溝13に係合するボール4はポケット17内を径方向の内径側に移動し、ボール4の中心はOb
1の位置になる。ボール4の中心がOb
1の状態で、出力板部3aの第2のボール係合溝16にボール4が係合するため、換言すれば、ボール4の中心Ob
1が第2のボール係合溝16の軌道中心線L2上に位置するために、出力板部3aが
図10に示す回転角iθ
1分回転することになる。続いて、回転軸7が回転角θ
2、さらに回転角θ
3、θ
4と回転すると、上記と同様に、出力板部3aは回転角iθ
2、iθ
3、iθ
4と回転することになる。これにより、入力側回転部材2から出力側回転部材3に減速(減速比i=-1/10)された回転運動が伝達される。
【0053】
本実施形態の減速装置1では、入力側回転部材2から出力側回転部材3に減速された上記回転運動が同期回転で伝達されることを特徴とする。これにより、高い回転精度や振動抑制を図ることができる。入力側回転部材2から出力側回転部材3に減速された回転運動が同期回転で伝達されるために、出力板部3aの第2のボール係合溝16の軌道中心線L2の波状曲線の形状が設定されている。
【0054】
出力板部3aの第2のボール係合溝16の軌道中心線L2の波状曲線の導出方法を
図11に基づいて説明する。
図11は第2のボール係合溝16の軌道中心線L2の波状曲線を導出する模式図である。
図11の水平方向の中心線は、
図10の水平方向の中心線に対応し、入力側回転部材2の回転軸7の回転角θが0°の位置を示す。回転軸7の回転角θが0°のときの入力板部10の第1のボール係合溝13の軌道中心線L1
0を破線で表記し、任意の回転角θのときの第1のボール係合溝13の軌道中心線L1θを実線で表記している。
【0055】
入力側回転部材2の回転軸7の軸心X1に対して、入力板部10の第1のボール係合溝13の軌道中心線L1は半径rの円形で、その
中心O1は、偏心量aだけ偏心している。このため、回転角θが0°のときの軌道中心線L1の
中心はO1
0にあり、ボー
ル4の中心はOb
0で半径方向に最も外側に位置する。保持器5のポケット17により、
ボール4は、線n上に拘束され、半径方向に移動が可能である。そして、回転軸7が任意の回転角θになると、軌道中心線L1の
中心はO1θに移動し、ボール4の中心はObθに移動する。この位置にあるボール4が出力板部3aの第2のボール係合溝16に係合する。すなわち、ボール4の中心Obθが第2のボール係合溝16の軌道中心線L2(
図10参照)上に位置する関係になる。この位置関係が、回転軸7の任意の回転角θに対して、常に出力板部3aの回転角がiθであることが回転軸7と出力板部3aの同期回転を成立させる。これに基づいて、回転軸7の軸心X1と第2のボール係合溝の軌道中心線L2との距離Rを幾何学的に求める。
【0056】
図11に示すように、回転軸7の軸心X1と第2のボール係合溝の軌道中心線L2との距離Rは次のように表される。
【数2】
但し、
R:回転軸の軸心と第2のボール係合溝の軌道中心線との距離
a:偏心量
i:減速比
ψ:出力側回転部材の回転角
r:第1のボール係合溝の軌道中心線の半径
【0057】
最後に、本実施形態の減速装置1の作動を要約して説明する。入力側回転部材2の回転軸7を回転させると、入力板部10は、回転軸7の軸心X1の周りに公転運動する。その際、入力板部10は、回転軸7に設けられた偏心カム8に対して回転自在であるので、入力部材10は、自転運動はほとんど行わない。これにより、保持器のポケットやボール係合溝とボールとの間の相対的な摩擦量を低減し、入力側回転部材から出力側回転部材への伝達効率を向上させることができる。
【0058】
入力板部10が公転運動を行うと、円形の軌道中心線L1からなる第1のボール係合溝13に係合する各ボール4が、回転不能に設けられた保持器5のポケット17に拘束され、それぞれ半径方向に移動する。
【0059】
各ボール4は、出力側回転部材3の出力板部3aの第2のボール係合溝16に係合しているので、各ボール4の半径方向の移動動作に対応して、
図8に示すように、出力側回転部材3は、入力側回転部材2の回転軸7の回転が減速されて回転する。その際、出力板部3aの第2のボール係合溝16の軌道中心線L2の基準曲線が、
図9で説明したように設定されているので、出力側回転部材3は回転軸7に対して減速された回転数で同期回転する。
【0060】
本実施形態の減速装置1の作動は以上のとおりであり、小型で高い減速比が得られ、かつ、出力側の回転速度変動や振動の抑制を可能にする減速装置を実現することができる。また、円形の軌道中心線からなる第1のボール係合溝と波状曲線の軌道中心線からなる第2のボール係合溝は、全体としてボール係合溝の形状を簡素化でき、製造の容易化、低コスト化を図ることができる。
【0061】
本実施形態の減速装置1では、入力板部10に設けられた第1のボール係合溝13の軌道中心線L1を円形のものを例示したが、これに限られず、減速比iに応じた多角形状の軌道中心線としてもよい。この場合は、回転軸の軸心と第2のボール係合溝の軌道中心線との距離Rは、
図9で説明した内容と同様の要領で導出でき、R=a・cos(ψ/i)+rとなる。このように、入力側回転部材と出力側回転部材が同期回転するための第1のボール係合溝の軌道中心線と第2のボール係合溝の軌道中心線は適宜設定することができる。
【0062】
本実施形態の減速装置1では、入力板部10は、回転軸7に設けられた偏心カム8に対して回転自在にした構成のものとしたが、入力板部と回転軸とが一体の構成にしてもよい。また、本実施形態の減速装置1では、回転軸7に別体の偏心カム8を嵌合させた構成を例示したが、これに限られず、回転軸と偏心カムとを一体の構成にしてもよい。
【0063】
本実施形態の減速装置1では、減速比iが-1/10のものを例示したが、例えば、減速比iは1/5~1/20程度で必要に応じて適宜設定することができる。この場合は、減速比iに応じて、ボール係合溝の軌道中心線の波状曲線の山部/谷部の個数、保持器のポケット個数およびボール個数を適宜設定すればよい。
【0064】
本発明は前述した実施形態に何ら限定されるものではなく、保持器のポケットを保持器とは異なる部材で形成し、保持器を複数の部材から構成してもよい。また、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々の形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。
【符号の説明】
【0065】
1 減速装置
2 入力側回転部材
3 出力側回転部材
3a 出力板部
3b 軸部
4 ボール
5 保持器
6a ケース
6b ケース
7 回転軸
8 偏心カム
10 入力板部
13 第1のボール係合溝
16 第2のボール係合溝
17 ポケット
L1 軌道中心線
L2 軌道中心線
O1 入力板部の中心
Ob ボールの中心
PCR 基準ピッチ円の半径
R 回転軸の軸心と第2のボール係合溝の軌道中心線との距離
X1 回転軸の軸心
X2 出力側回転部材の軸心
a 偏心量
i 減速比
r 第1のボール係合溝の軌道中心線の半径
θ 入力側回転部材の回転軸の回転角
ψ 出力側回転軸の回転角