(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-20
(45)【発行日】2022-01-17
(54)【発明の名称】車両用制動制御装置
(51)【国際特許分類】
B60T 8/1755 20060101AFI20220107BHJP
【FI】
B60T8/1755 A ZYW
(21)【出願番号】P 2018190586
(22)【出願日】2018-10-09
【審査請求日】2021-02-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】110000213
【氏名又は名称】特許業務法人プロスペック特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原 雅宏
(72)【発明者】
【氏名】長瀬 啓明
(72)【発明者】
【氏名】天本 慶
【審査官】羽鳥 公一
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-309420(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0074122(US,A1)
【文献】特開2018-062295(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 7/12-8/1769
B60T 8/32-8/96
B60T 10/00-10/30
B60T 30/00-50/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右前後輪の制動力を独立して制御可能なブレーキ装置と、
左右前後輪のスリップ度合いを検出するスリップ度合い検出手段と、
左右後輪のスリップ度合いが共通の目標スリップ度合いに近づくように、前記目標スリップ度合いと左右後輪のスリップ度合いとの偏差である後輪スリップ偏差に基づくフィードバック制御により、前記左右後輪の制動力を独立して制御する後輪制動力制御手段と
車両の旋回状態を検出する旋回検出手段と、
前記車両の旋回状態が検出されている場合に、左右前輪のうちの旋回外輪であるフロント外輪を基準輪として、左右前輪のうちの旋回内輪であるフロント内輪のスリップ度合いが、前記基準輪のスリップ度合いに近づくように、前記基準輪のスリップ度合いと前記フロント内輪のスリップ度合いとの偏差である前輪スリップ偏差に基づくフィードバック制御により、前記フロント内輪の制動力を制御する前輪制動力制御手段と
を備えることにより、左右方向の荷重移動によって発生する車両のスピンヨーモーメントに対して反対方向のアンチスピンヨーモーメントを発生させる車両用制動制御装置であって、
前記前輪制動力制御手段によって前記フロント内輪の制動力が制御されている状況において、車両がアンダーステア状態であるか否かを推定する車両状態推定手段と、
前記車両状態推定手段によって車両がアンダーステア状態であると推定されている場合に、前記アンチスピンヨーモーメントを増加させる方向に動作している車輪のフィードバック制御量を減少させるアンダーステア抑制手段と
を備えた車両用制動制御装置。
【請求項2】
請求項1記載の車両用制動制御装置において、
前記左右後輪の目標スリップ度合いは、前記フロント外輪のスリップ度合いと同じ値に設定されている、車両用制動制御装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の車両用制動制御装置において、
前記前輪スリップ偏差に基づく前記フロント内輪のフィードバック制御量をゼロにする制御量の補正を行うとともに、前記フロント内輪のフィードバック制御量の補正量に応じた量で、左右後輪のうちの旋回内輪であるリア内輪のフィードバック制御量の補正を行う補正手段を備えた車両用制動制御装置。
【請求項4】
請求項3記載の車両用制御装置において、
前記フロント外輪の実制動力に前記フロント外輪の接地荷重に対する前記フロント内輪の接地荷重の比である荷重比が乗算された値である内輪換算フロント外輪実制動力と、前記フロント内輪の目標制動力との関係において、前記フロント内輪の目標制動力が前記内輪換算フロント外輪実制動力以下になっているときに、前記フロント内輪のフィードバック制御量をゼロにするフロント内輪制動力ガード手段を備えた車両用制動制御装置。
【請求項5】
請求項3または4記載の車両用制動制御装置において、
前記補正手段は、前記前輪スリップ偏差をゼロにする前記前輪スリップ偏差の補正を行うことによって、前記前輪スリップ偏差に基づく前記フロント内輪のフィードバック制御量を補正する、車両用制動制御装置。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5の何れか一項記載の車両用制動制御装置において、
前記車両状態推定手段は、ヨーレートセンサによって検出される車両の検出ヨーレートと規範ヨーレートとを比較して、前記検出ヨーレートの大きさが前記規範ヨーレートの大きさよりも小さい場合に車両がアンダーステア状態であると推定する、車両用制動制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制動力配分制御を行う車両用制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車などの車両において、制動時の車両の安定性を確保するために、予め設定された条件が成立すると、前後輪制動力配分制御によって後輪の制動力の増加を制限することが知られている。例えば、特許文献1に提案されている制動制御装置(従来装置1と呼ぶ)においては、車両の減速度が所定値以上であるときに、左右後輪のそれぞれのスリップ度合いが共通の目標スリップ度合いに近づくように、左右後輪の制動力を独立して制御する。例えば、目標スリップ度合は、左右前輪のスリップ度合の平均値に設定される。
【0003】
車両の重心が車両の中心から左右方向にずれている場合には、その重心位置ずれによって車両が接地荷重の少ない車輪側に偏向しようとするヨーモーメント(スピンヨーモーメント)が発生する。左右輪間において接地荷重が異なっている場合には、スリップ度合いも左右輪間において異なる。つまり、接地荷重が小さいほどスリップ度合いが大きくなる。従来装置1では、左右後輪のスリップ度合いが共通の目標スリップ度合いに近づくように左右後輪の制動力が制御されるため、スリップ度合いの大きい側の後輪であるリア内輪に比べて、スリップ度合いの小さい側の後輪であるリア外輪の制動力が大きくなる。換言すれば、スリップ度合いの小さい側の後輪であるリア外輪に比べてスリップ度合いの大きい側の後輪であるリア内輪の制動力が小さくなる。こうして、後輪の制動力の左右差によりアンチスピンヨーモーメントを発生させて車両の偏向を抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【0005】
こうした従来装置1における制動力配分制御の考えを車両旋回状態のシーンに適用することを考える。車両旋回時においては、車体の荷重左右差(左右輪のおける接地荷重の差)が直進時に比べて顕著となる。このため、制動安定性を高めるために、後輪だけでなく前輪においても左右のスリップ度合いの差を無くすように前輪の制動力を制御することが考えられる。
【0006】
しかし、そのように前輪の制動力を制御した場合には、制動力制御によって発生するアンチスピンヨーモーメントが過剰になるおそれがある。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、制動中の車両旋回時において適正な車両旋回挙動が得られるように制動力配分制御を実施することを目的とする。
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の車両用制動制御装置の特徴は、
左右前後輪の制動力を独立して制御可能なブレーキ装置(20)と、
左右前後輪のスリップ度合いを検出するスリップ度合い検出手段(50,70,71)と、
左右後輪のスリップ度合いが共通の目標スリップ度合いに近づくように、前記目標スリップ度合いと左右後輪のスリップ度合いとの偏差である後輪スリップ偏差に基づくフィードバック制御により、前記左右後輪の制動力を独立して制御する後輪制動力制御手段(51~54)と、
車両の旋回状態を検出する旋回検出手段(S11,S13)と、
前記車両の旋回状態が検出されている場合に、左右前輪のうちの旋回外輪であるフロント外輪を基準輪として、左右前輪のうちの旋回内輪であるフロント内輪のスリップ度合いが、前記基準輪のスリップ度合いに近づくように、前記基準輪のスリップ度合いと前記フロント内輪のスリップ度合いとの偏差である前輪スリップ偏差に基づくフィードバック制御により、前記フロント内輪の制動力を制御する前輪制動力制御手段(51~54)と
を備えることにより、左右方向の荷重移動によって発生する車両のスピンヨーモーメントに対して反対方向のアンチスピンヨーモーメントを発生させる車両用制動制御装置であって、
前記前輪制動力制御手段によって前記フロント内輪の制動力が制御されている状況において、車両がアンダーステア状態であるか否かを推定する車両状態推定手段(S102:条件B)と、
前記車両状態推定手段によって車両がアンダーステア状態であると推定されている場合に、前記アンチスピンヨーモーメントを増加させる方向に動作している車輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)を減少させるアンダーステア抑制手段(S104)とを備えたことにある。
【0009】
本発明の車両用制動制御装置は、ブレーキ装置と、スリップ度合い検出手段と、後輪制動力制御手段と、旋回検出手段と、前輪制動力制御手段とを備えている。ブレーキ装置は、左右前後輪の制動力を独立して制御可能な装置である。スリップ度合い検出手段は、左右前後輪のスリップ度合い(例えば、スリップ率)を検出する。後輪制動力制御手段は、左右後輪のスリップ度合いが共通の目標スリップ度合いに近づくように、目標スリップ度合いと左右後輪のスリップ度合いとの偏差である後輪スリップ偏差に基づくフィードバック制御により、左右後輪の制動力を独立して制御する。
【0010】
旋回検出手段は、車両の旋回状態を検出する。前輪制動力制御手段は、車両の旋回状態が検出されている場合に、左右前輪のうちの旋回外輪であるフロント外輪を基準輪として、左右前輪のうちの旋回内輪であるフロント内輪のスリップ度合いが、基準輪のスリップ度合いに近づくように、基準輪のスリップ度合いとフロント内輪のスリップ度合いとの偏差である前輪スリップ偏差に基づくフィードバック制御により、フロント内輪の制動力を制御する。
【0011】
これにより、車両用制動制御装置は、左右方向の荷重移動(車両の重心位置が左右方向に移動すること)によって発生する車両のスピンヨーモーメントに対して反対方向のアンチスピンヨーモーメントを発生させることができ、制動時における車両の安定性を高めることができる。しかし、制動力制御によって発生するアンチスピンヨーモーメントが過剰になるおそれがある。
【0012】
そこで、本発明の車両用制動制御装置は、車両状態推定手段とアンダーステア抑制手段とを備えている。車両状態推定手段は、前輪制動力制御手段によってフロント内輪の制動力が制御されている状況において、車両がアンダーステア状態であるか否かを推定する。例えば、車両状態推定手段は、ヨーレートセンサによって検出される車両の検出ヨーレートと、ヨーレートセンサを用いずに車両状態から演算される規範ヨーレートとに基づいて、検出ヨーレートの大きさ(絶対値)が規範ヨーレートの大きさよりも小さい場合に、車両がアンダーステア状態であると推定する。
【0013】
アンダーステア抑制手段は、車両状態推定手段によって車両がアンダーステア状態であると推定されている場合に、アンチスピンヨーモーメントを増加させる方向に動作している車輪のフィードバック制御量を減少させる。例えば、アンダーステア抑制手段は、アンチスピンヨーモーメントを増加させる方向に動作している車輪を特定し、その特定された車輪についてのみ、フィードバック制御量を減少させる。
【0014】
アンチスピンヨーモーメントを増加させる方向に動作している車輪とは、旋回外輪であれば、制動力を増加させる方向に制御されている車輪、つまり、スリップ度合いが目標スリップ度合いよりも低く、フィードバック制御量が制動力を増加させる方向に演算されている車輪であり、旋回内輪であれば、制動力を減少させる方向に制御されている車輪、つまり、スリップ度合いが目標スリップ度合いよりも高く、フィードバック制御量が制動力を減少させる方向に演算されている車輪である。
【0015】
アンチスピンヨーモーメントを増加させる方向に動作している車輪のフィードバック制御量を減少させるにあたっては、例えば、その車輪のフィードバック制御量をゼロにするとよいが、必ずしもゼロにしなくてもよく、フィードバック制御量をゼロに近づけるようにすればよい。
【0016】
この結果、本発明によれば、アンチスピンヨーモーメントが過剰になることが抑えられて、制動中の車両旋回時において適正な車両旋回挙動が得られる。
【0017】
本発明の一側面の特徴は、
前記左右後輪の目標スリップ度合いは、前記フロント外輪のスリップ度合いと同じ値に設定されている(S12,S14)ことにある。
【0018】
本発明の一側面においては、左右後輪の目標スリップ度合いが、フロント外輪のスリップ度合い(スリップ度合い検出手段によって検出されたフロント外輪のスリップ度合い)と同じ値に設定されている。従って、フロント外輪以外の3輪は、自身のスリップ度合いが、フロント外輪のスリップ度合いに近づくように、フロント外輪のスリップ度合いとの偏差に基づくフィードバック制御により、制動力が制御される。
【0019】
本発明の一側面の特徴は、
前記前輪スリップ偏差に基づく前記フロント内輪のフィードバック制御量をゼロにする制御量の補正を行うとともに、前記フロント内輪のフィードバック制御量の補正量に応じた量で、左右後輪のうちの旋回内輪であるリア内輪のフィードバック制御量の補正を行う補正手段(S16,S20)を備えたことにある。
【0020】
一般に、前輪は、後輪に比べて制動力が大きく配分されるため、制御圧変化に伴う実際の制動力変化が、後輪のそれと比べて顕著になる。つまり、前輪は、後輪に比べて制動力制御による車両挙動の修正量の分解能が荒い。このため、車両旋回挙動の安定性を更に高めるには、前輪の制動力を調整しないようにすることが好ましい。
【0021】
そこで、本発明の一側面は、補正手段を備えている。この補正手段は、前輪スリップ偏差に基づくフロント内輪のフィードバック制御量をゼロにする制御量の補正を行う。従って、前輪制動力制御手段によって本来発生するはずのアンチスピンヨーモーメントが発生しなくなる。補正手段は、フロント内輪のフィードバック制御量の補正量に応じた量で、左右後輪のうちの旋回内輪であるリア内輪のフィードバック制御量の補正を行う。
【0022】
従って、フロント内輪の制動力のフィードバック制御量を補正しなければ発生するはずであったアンチスピンヨーモーメントが、リア内輪のフィードバック制御によって発生するように、リア内輪のフィードバック制御量を補正することができる。これにより、フロント内輪の制動力の制御を使わずに、リア内輪の制動力の制御によって、適正なアンチスピンヨーモーメントを発生させることができる。この結果、本発明の一側面によれば、車両旋回挙動の安定性を更に高めることができる。
【0023】
尚、フロント内輪のフィードバック制御量の補正にあたっては、例えば、フロント内輪のスリップ偏差をゼロにするスリップ偏差の補正を行うとよい。また、リア内輪のフィードバック制御量の補正にあたっては、例えば、フロント内輪のスリップ偏差が大きいほど、リア内輪のスリップ偏差が大きくなるように、リア内輪のスリップ偏差を補正するとよい。
【0024】
本発明の一側面の特徴は、
前記フロント外輪の実制動力に前記フロント外輪の接地荷重に対する前記フロント内輪の接地荷重の比である荷重比(Wf_in/Wf_out)が乗算された値である内輪換算フロント外輪実制動力と、前記フロント内輪の目標制動力との関係において、前記フロント内輪の目標制動力が前記内輪換算フロント外輪実制動力以下になっているときに、前記フロント内輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)をゼロにするフロント内輪制動力ガード手段(S102:条件C)を備えたことにある。
【0025】
フロント内輪のスリップ率がフロント外輪のスリップ率に追従するようにフロント内輪の制動力のフィードバック制御が行われる場合、それら左右両輪の制動力は、接地荷重に比例した配分となる。一方、アンダーステア状態の抑制に当たっては、左右輪間における制動力差の制限によって、過剰にアンチスピンヨーモーメントを発生させないようにすることができる。
【0026】
そこで、本発明の一側面においては、フロント内輪制動力ガード手段が、フロント内輪の目標制動力が内輪換算フロント外輪実制動力以下になっているときに、フロント内輪のフィードバック制御量をゼロにする。この内輪換算フロント外輪実制動力は、フロント外輪の実制動力にフロント外輪の接地荷重に対するフロント内輪の接地荷重の比である荷重比が乗算された値である。
【0027】
従って、左右前輪間において、等スリップ制御での制動力配分比を上回るほどの制動力差を付けないように、フロント内輪の制動力の下限制限を実施することができる。この結果、本発明の一側面によれば、アンダーステア状態になることを適切に抑制することができる。
【0028】
本発明の一側面の特徴は、
前記補正手段は、前記前輪スリップ偏差をゼロにする前記前輪スリップ偏差の補正を行うことによって、前記前輪スリップ偏差に基づく前記フロント内輪のフィードバック制御量を補正することにある。
【0029】
本発明の一側面によれば、補正手段が、前輪スリップ偏差をゼロにする前輪スリップ偏差の補正を行う。これにより、適切に、前輪スリップ偏差に基づくフロント内輪のフィードバック制御量をゼロに補正することができる。尚、スリップ偏差の補正は、制御上においてスリップしている(あるいはスリップしていない)ように見せかけるための補正(調整)である。
【0030】
本発明の一側面の特徴は、
前記車両状態推定手段は、ヨーレートセンサによって検出される車両の検出ヨーレートと規範ヨーレートとを比較して、前記検出ヨーレートの大きさが前記規範ヨーレートの大きさよりも小さい場合に車両がアンダーステア状態であると推定することにある。
【0031】
本発明の一側面においては、車両状態推定手段が、ヨーレートセンサによって検出される車両の検出ヨーレートと規範ヨーレートとを比較する。規範ヨーレートは、ヨーレートセンサを用いずに、他のセンサによって検出される車両状態値(例えば、車速、操舵角、横加速度など)と車両諸元値とから演算により求められるヨーレートである。車両状態推定手段は、検出ヨーレートの大きさが規範ヨーレートの大きさよりも小さい場合に車両がアンダーステア状態であると推定する。従って、アンダーステア状態を適正に推定することができる。この結果、アンチスピンヨーモーメントが過剰になることが抑えられて、制動中の車両旋回時において適正な車両旋回挙動が得られる。
【0032】
上記説明においては、発明の理解を助けるために、実施形態に対応する発明の構成要件に対して、実施形態で用いた符号を括弧書きで添えているが、発明の各構成要件は、前記符号によって規定される実施形態に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】本発明の実施形態に係る車両用制動制御装置の概略構成図である。
【
図2】フロント内輪の制御量をリア内輪にまわすイメージを表す説明図である。
【
図3】リア優先スリップ補正演算ルーチンを表すフローチャートである。
【
図4】フィードバック制御の演算処理を表すブロック図である。
【
図5】アンダーステア抑制制御ルーチンを表すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明の実施形態に係る車両用制動制御装置について図面を参照しながら説明する。
【0035】
図1は、本発明の実施形態に係る車両の車両用制動制御装置100の概略構成を表す。車両用制動制御装置100の設けられる車両10は、左前輪12FL、右前輪12FR、左後輪12RL、右後輪12RR(これらを総称する場合には、車輪12と呼ぶ)を備えている。操舵輪である左右前輪12FL,12FRは、ドライバーによるステアリングホイール14の転舵に応答して駆動されるラック・アンド・ピニオン式のパワーステアリング装置16により操舵される。
【0036】
車両10は、ブレーキ装置20、および、ブレーキ装置の作動を制御するブレーキECU50を備えている。ブレーキECU50は、図示しないCAN(Controller Area Network)を介して他のECU(例えば、エンジンECU等)と相互に情報を送信可能及び受信可能に接続されている。尚、ECUは、マイクロコンピュータを主要部として備える電気制御装置(Electric Control Unit)であり、本明細書において、マイクロコンピュータは、CPU、ROM、RAM、不揮発性メモリ及びインターフェースI/F等を含む。CPUはROMに格納されたインストラクション(プログラム、ルーチン)を実行することにより各種機能を実現するようになっている。
【0037】
ブレーキ装置20は、ブレーキペダル21、マスタシリンダ22、ブレーキアクチュエータ23、ブレーキ機構24、および、油圧配管25を備えている。マスタシリンダ22は、ブレーキペダル21の踏力に応じた油圧を発生し、発生した油圧をブレーキアクチュエータ23に供給する。ブレーキアクチュエータ23は、マスタシリンダ22とブレーキ機構24との間に介在する油圧回路を備えている。油圧回路には、マスタシリンダ圧に頼らずにブレーキ油圧を昇圧するための電動ポンプ、ブレーキ作動液を貯留するためのリザーバー、および、複数の電磁バルブが備えられている。
【0038】
ブレーキアクチュエータ23には、油圧配管25を介してブレーキ機構24が接続されている。ブレーキ機構24は、各車輪12に設けられる。ブレーキ機構24は、車輪12とともに回転するブレーキディスクと、車体側に固定されたブレーキキャリパとを備え、ブレーキキャリパ内に設けられたホイールシリンダ24aの油圧によってブレーキパッドをブレーキディスクに押圧して摩擦制動力を発生する。従って、ブレーキ機構24は、ブレーキアクチュエータ23から供給されるブレーキ油圧に応じた制動力を発生する。
【0039】
ブレーキアクチュエータ23は、油圧回路に備えられた各種電磁バルブを制御することにより、各車輪12に付与されるブレーキ油圧を独立して調整することができる。各車輪に付与される制動力は、それぞれのホイールシリンダ24aに供給されるブレーキ油圧に応じて定まる。
【0040】
ブレーキECU50は、ブレーキアクチュエータ23に電気的に接続され、ブレーキアクチュエータ23に設けられた電磁バルブ、および、ポンプに制御信号を出力する。これにより、ブレーキECU50は、ブレーキアクチュエータ23の作動を制御することにより、各車輪12の制動力を独立して制御することができる。ブレーキアクチュエータ23の作動が制御されていない状態では、マスタシリンダ22の油圧が4輪のホイールシリンダ24aに供給される。前輪12FL,12FRは、後輪12RL,12RRに比べて、制動力が大きく配分される
【0041】
ブレーキECU50には、車輪速センサ70、車速センサ71、加速度センサ72、圧力センサ73、ヨーレートセンサ74、ブレーキ踏力センサ75、および、操舵角センサ76が接続され、それらの出力する検出信号を入力する。車輪速センサ70は、各車輪12に設けられており、車輪12の回転速度に応じた車輪速を表す検出信号を出力する。車速センサ71は、車体速度(車速)を表す検出信号を出力する。加速度センサ72は、車両の前後方向の加速度(前後加速度)、および、車両の横方向の加速度(横加速度)を表す検出信号を出力する。圧力センサ73は、マスタシリンダ22の圧力およびホイールシリンダ24aの圧力を表す検出信号を出力する。ヨーレートセンサ74は、車両のヨーレートを表す検出信号を出力する。ブレーキ踏力センサ75は、ドライバーのブレーキペダルに入力した踏力を表す検出信号を出力する。操舵角センサ76は、操舵ハンドルの操舵角を表す検出信号を出力する。
【0042】
操舵角センサ76は、車両の直進に対応する操舵角を0とし、左旋回方向および右旋回方向の操舵角をそれぞれ正の値および負の値として操舵角Stを検出する。ヨーレートセンサ74は、操舵角センサ76と同様に、それぞれ車両の直進に対応するヨーレートを0とし、左旋回方向および右旋回方向のヨーレートをそれぞれ正の値および負の値として実ヨーレートYRを検出する。加速度センサ72は、操舵角センサ76と同様に、それぞれ車両の直進に対応する横加速度を0とし、左旋回方向および右旋回方向の横加速度をそれぞれ正の値および負の値として横加速度Gyを検出する。
【0043】
次に、ブレーキECU50の実施するEBD制御について説明する。
【0044】
一般に、制動時における車両の安定性を確保するために、前輪と後輪とにおける制動力の配分制御が行われる。こうした制動力配分制御は、EBD(Electronic Brake force Distribution)制御と呼ばれる。上述した従来装置1におけるEBD制御においては、左右後輪の目標スリップ率が、共通の目標スリップ率(左右前輪のスリップ率の平均値)に設定される。これにより、車両の重心位置が車両中心から左右方向にずれている場合には、左右後輪間に制動力差を生じさせて、重心位置ずれにより生じる旋回ヨーモーメント(スピンヨーモーメント)を減らすように作用するアンチスピンヨーモーメントを発生させることができる。ドライバーが、車両を直進走行させている状況においては、このような手法によって車両の安定した挙動を確保することができる。
【0045】
一方、ドライバーのハンドル操作、あるいは、自動操舵によって車両が旋回している場合には、車体の荷重左右差(左右輪における接地荷重の差)が直進時に比べて顕著となる。このため、上記の手法では、スピンヨーモーメントに対してアンチスピンヨーモーメントが不足する。
【0046】
そこで、本実施形態のEBD制御では、車両の重心位置が車両中心から左右方向にずれる程度が大きい状況(車両が旋回している状況)と、そうでない状況とに分けてEBD制御の態様を切り替える。ブレーキECU50は、加速度センサ72によって検出される横加速度Gyの大きさ|Gy|が旋回判定閾値Gyref未満である場合には、後輪EBD制御を実施し、横加速度Gyの大きさ|Gy|が旋回判定閾値Gyref以上である場合には、前後輪EBD制御を実施する。以下、後輪EBD制御と前後輪EBD制御とを区別しない場合は、それらを、EBD制御と呼ぶ。
【0047】
後輪EBD制御は、上述した従来装置1におけるEBD制御と同様である。従って、ブレーキECU50は、左右前輪のスリップ率の平均値を演算し、この平均値を、左右後輪のそれぞれの目標スリップ率に設定する。ブレーキECU50は、左右後輪のそれぞれについて、目標スリップ率と実スリップ率との偏差であるスリップ偏差を演算し、このスリップ偏差に基づくフィードバック制御によって、左右後輪の実スリップ率が目標スリップ率に追従するように、左右後輪の制動力を独立して制御する。また、左右前輪については、フィードバック制御は実施されず、ドライバーのペダル踏み込み量に応じた油圧がホイールシリンダに供給される。従って、左右前輪には、ドライバー要求制動力が付与される。
【0048】
これにより、車両の重心位置が車両中心から左右方向にずれている場合には、左右後輪間に制動力差を生じさせて(接地荷重の大きい側の後輪の制動力を増加させ、接地荷重の小さい側の後輪の制動力を減少させて)、重心位置ずれにより生じるスピンヨーモーメントを減らすように作用するアンチスピンヨーモーメントを発生させることができる。
【0049】
一方、前後輪EBD制御では、左右前輪のうちの旋回外側となる車輪が基準輪に設定され、この基準輪の実スリップ率が、残り3輪の目標スリップ率に設定される。以下、左右前輪のうちの旋回外側となる車輪をフロント外輪と呼び、左右前輪のうちの旋回内側となる車輪をフロント内輪と呼び、左右後輪のうちの旋回外側となる車輪をリア外輪と呼び、左右後輪のうちの旋回内側となる車輪をリア内輪と呼ぶ。
【0050】
ブレーキECU50は、前後輪EBD制御を実施する場合、加速度センサ72によって検出される横加速度Gyに基づいて、車両の旋回方向を判定し、その旋回方向に応じて決まるフロント外輪を基準輪に設定する。ブレーキECU50は、4輪の実スリップ率を検出し、基準輪の実スリップ率を、他の3輪(フロント内輪、リア内輪、リア外輪)の目標スリップ率に設定するとともに、その3輪についてのスリップ偏差(=目標スリップ率-実スリップ率)を演算する。ブレーキECU50は、このスリップ偏差に基づくフィードバック制御によって、3輪の実スリップ率が目標スリップ率(基準輪の実スリップ率)に追従するように、3輪の制動力を独立して制御する。
【0051】
このように3輪の制動力を制御した場合には、後輪だけでなく、前輪においても左右輪間の制動力差によってアンチスピンヨーモーメントを発生させることができる。
【0052】
しかし、3輪の制動力を制御した場合には、後輪だけでなく、フロント内輪の制動力を制御することになる。前輪は、後輪に比べて制動力が大きく配分されるため、制御圧変化に伴う実際の制動力変化が、後輪のそれと比べて顕著になる。このため、前輪は、後輪に比べて制動力制御による車両挙動の修正量の分解能が荒い。また、前輪は、後輪に比べて、油圧回路におけるブレーキ作動液が多いため、ブレーキアクチュエータ23の作動音が大きく、ノイズ・振動性能が悪化するおそれがある。
【0053】
そこで、ブレーキECU50は、前後輪EBD制御中においては、フロント内輪のスリップ率の偏差に応じて演算されるフィードバック制御量に対応するアンチスピンヨーモーメントが、リア内輪の制動力制御によって発生するように、フロント内輪およびフロント外輪のフィードバック制御量を補正する。
【0054】
例えば、
図2(a)に示すように、車両が右方向に旋回する場合には、車両の重心が左方向に移動することにより、接地荷重の小さい側の右車輪12FR,12RRのスリップ率が、左車輪12FL,12RLのスリップ率に比べて大きくなる。このため、上記のように、フロント外輪12FLを基準輪とした残り3輪の制動力制御を実施した場合には、フロント内輪12FRおよびリア内輪12RRの制動力が減らされるように、両内輪12FR,12RRのフィードバック制御量が演算される。しかし、このフィードバック制御量で制動力を制御した場合には、フロント内輪12FRの制動力を制御することになり、上述した問題が生じるおそれがある。
【0055】
そこで、本実施形態の前後輪EBD制御においては、
図2(b)に示すように、本来ならフロント内輪12FRで減らされる制動力を、フロント内輪FRで減らさず、その代わりに、リア内輪の制動力から減らすように、両内輪12FR,12RRのフィードバック制御量が補正される。つまり、フロント内輪12FRでアンチスピンヨーモーメントを発生させるためのフィードバック制御量(フロント内輪12FRのフィードバック制御量)がリア内輪12RRにまわされる。
【0056】
「フロント内輪のフィードバック制御量がリア内輪にまわされる」とは、フロント内輪では、そのフィードバック制御量(全部あるいは一部)に相当する制動力を発生させず、その発生させなかった制動力に相当するフィードバック制御量が、リア内輪のフィードバック制御量に追加されることを意味する。以下、フィードバック制御量を単に制御量と呼ぶ。
【0057】
例えば、フロント内輪の制御量は、フロント外輪(基準輪)とフロント内輪のスリップ率の偏差に応じた値に設定される。従って、フロント内輪でアンチスピンヨーモーメントを発生させるための制御量をリア内輪にまわすには、フロント内輪のスリップ率偏差をゼロとし、このスリップ率偏差を、リア内輪のスリップ率偏差に加算するように、フロント内輪とリア内輪とにおけるスリップ率偏差を補正すればよい。この場合、前輪と後輪とにおいて、スリップ率偏差に対して発生させる制動力の制御ゲインが異なっているため、その制御ゲインを考慮してスリップ率偏差を補正するとよい。この制御ゲインは、後述するように各車輪の接地荷重に応じた値に設定される。
【0058】
これにより、左右前輪のスリップ率偏差が見かけ上ゼロになり、フロント内輪で発生させるべきアンチスピンヨーモーメントをリア内輪で発生させることができる。
【0059】
このような前後輪EBD制御では、リア内輪の制動力が減少する方向に制御される。このため、リア内輪において制動力制御の限界(ホイールシリンダ圧がゼロ相当)に達した場合には、フロント内輪からリア内輪に回すことができる制御量は制限される。
【0060】
本実施形態における前後輪EBD制御においては、フロント内輪の制御量が優先的にリア内輪にまわされる。車両の旋回度合いが低い場合には、フロント内輪の制御量(アンチスピンヨーモーメントを発生させる減圧側の制御量)を全てリア内輪にまわすことができるが、車両の旋回度合いが高くなってくると、フロント内輪からリア内輪に回すことができる制御量は制限される。
【0061】
本実施形態においては、リア内輪の制動力がゼロ(リア内輪のホイールシリンダ圧がゼロ相当)では無い状態では、フロント内輪の制御量(減圧側)の全てをリア内輪にまわすように制御される。また、リア内輪の制動力がゼロである状態であっても、リア内輪が増圧方向に制御される場合であって、フロント内輪の減圧制御によって発生させるアンチスピンヨーモーメントが、リア内輪の増圧制御によって発生させるスピンヨーモーメント以下である場合には、フロント内輪の制御量(減圧側)の全てをリア内輪にまわすように制御される。
【0062】
また、フロント内輪のリア内輪の制動力がゼロ(リア内輪のホイールシリンダ圧がゼロ)であり、リア内輪が増圧方向に制御される場合であって、フロント内輪の減圧制御によって発生させるアンチスピンヨーモーメントが、リア内輪の増圧制御によって発生しているスピンヨーモーメントよりも大きい場合には、フロント内輪の制御量(減圧側)のうちリア内輪の増圧制御量に相当する量のみをリア内輪にまわす(分配する)ように制御される。そして、フロント内輪からリア内輪にまわすことができない残り制御量で、フロント内輪の制動力が制御される。
【0063】
このようにフロント内輪の制御量をリア内輪にまわす場合、本実施形態においては、以下に説明するリア優先スリップ補正処理によってスリップ率偏差が補正される。
【0064】
EBD制御は、各輪ごとに独立して実施される。EBD制御は、自輪のスリップ率が基準輪のスリップ率を超えたときに開始される。例えば、旋回状態であれば、フロント外輪以外の3輪において、自輪(フロント外輪以外の任意の車輪)のスリップ率が、フロント外輪のスリップ率を超えたとき前後輪EBD制御が開始される。旋回状態でなければ、左右後輪において、自輪(左右後輪の任意の車輪)のスリップ率が左右前輪のスリップ率の平均値を超えたときに後輪EBD制御が開始される。尚、EBD制御の開始判定に用いられる基準輪のスリップ率(あるいは左右前輪のスリップ率の平均値)の値には、ある程度の大きさの不感帯値が付加されている。そのため、実際には、不感帯値を加味して、自輪のスリップ率が基準輪の(スリップ率+不感帯値)を超えたとき、あるいは、自輪(左右後輪の任意の車輪)のスリップ率が左右前輪の(スリップ率の平均値+不感帯値)を超えたときにEBD制御が開始される。
【0065】
EBD制御が開始されると、その制御対象車輪のホイールシリンダ24aには、それまで供給されていたマスタシリンダ油圧に代わってブレーキアクチュエータ23によって制御された制御油圧が供給される。
【0066】
<リア優先スリップ補正演算ルーチン>
以下、ブレーキECU50の実施するリア優先スリップ補正処理の具体例について説明する。
図3は、リア優先スリップ補正演算ルーチンを表す。リア優先スリップ補正演算ルーチンは、ブレーキECU50によって所定の演算周期で繰り返し実施される。リア優先スリップ補正演算ルーチンは、EBD制御に用いられるスリップ率偏差を補正する制御処理である。
【0067】
ブレーキECU50は、ステップS11において、車両が右旋回状態であるか否かについて判定する。この場合、ブレーキECU50は、加速度センサ72の検出信号を読み込み、横加速度Gyの方向が右旋回状態を表す方向であって、その大きさ|Gy|が旋回判定閾値Gyref以上であるか否かについて判定する。ブレーキECU50は、車両が右旋回状態であると判定した場合(S11:Yes)には、その処理をステップS12に進め、右旋回状態でないと判定した場合(S11:No)には、その処理をステップS13に進めて、車両が左旋回状態であるか否かについて判定する。この場合、ブレーキECU50は、加速度センサ72の検出信号を読み込み、横加速度Gyの方向が左旋回状態を表す方向であって、その大きさ|Gy|が旋回判定閾値Gyref以上であるか否かについて判定する。尚、ブレーキECU50は、横加速度Gyの符号(正負)により、旋回方向を判別し、その絶対値の大きさによって横加速度Gyの大きさを認識する。
【0068】
ブレーキECU50は、ステップS13において、車両が左旋回状態でないと判定した場合、つまり、車両が右旋回状態でも左旋回状態でもないと判定した場合には、その処理をステップS15に進める。
【0069】
ブレーキECU50は、車両が右旋回状態であると判定した場合(S11:Yes)は、ステップS12において、フロント外輪である左前輪12FLを基準輪に設定する。
【0070】
一方、車両が左旋回状態であると判定した場合(S13:Yes)は、ブレーキECU50は、ステップS14において、フロント外輪である右前輪12FRを基準輪に設定する。
【0071】
また、車両が右旋回状態あるいは左旋回状態でないと判定した場合(S13:No)、ブレーキECU50は、ステップS15において、全車輪のスリップ率偏差の補正量をゼロに設定する。車両が右旋回状態あるいは左旋回状態でないと判定される場合には、後輪EBD制御が実施される。従って、後輪EBD制御における左右後輪のスリップ率偏差の補正量がゼロに設定される。尚、スリップ率偏差の補正は、前後輪EBD制御において実施され、後輪EBD制御においては実施されない。
【0072】
ステップS12あるいはステップS14において基準輪が設定されると、ブレーキECU50は、ステップS16において、フロント内輪スリップ率偏差ΔSFinと、リア換算フロント内輪スリップ率偏差ΔSFin’と、リア内輪スリップ率偏差ΔSRinと、リア外輪スリップ率偏差ΔSRoutとを次式(1),(2),(3),(4)により演算する。
【0073】
フロント内輪は、右旋回状態であれば右前輪12FRであり、左旋回状態であれば左前輪12FLである。また、リア内輪は、右旋回状態であれば右後輪12RRであり、左旋回状態であれば左後輪12RLである。リア外輪は、右旋回状態であれば左後輪12RLであり、左旋回状態であれば右後輪12RRである。
ΔSFin=Sref-SFin ・・・(1)
ΔSFin’=ΔSFin×(Wf/Wr) ・・・(2)
ΔSRin=Sref-SRin ・・・(3)
ΔSRout=Sref-SRout ・・・(4)
【0074】
ここで、Srefは、基準輪(フロント外輪)のスリップ率を表し、SFinは、フロント内輪のスリップ率を表し、SRinは、リア内輪のスリップ率を表す。SRoutは、リア外輪のスリップ率を表す。これらのスリップ率Sref,SFin,SRin,SRoutは、それぞれの車輪速センサ70の検出値から演算された実スリップ率である。本実施形態においては、スリップ率は、次式(5)によって演算される。
スリップ率=((車輪速度-車体速度)/車体速度)×100(%) ・・・(5)
従って、制動時におけるスリップ率は、負の値である。本明細書においては、スリップ率の大きさ(スリップ度合い)について論じる場合には、スリップ率の絶対値の大きさが用いられる。従って、「スリップ率が大きい」という表現は、「スリップ率の絶対値が大きい」ことを意味する。スリップ率を用いた関係式を表す場合にのみ、その符号を考慮した表現とされる。
【0075】
また、(Wf/Wr)は、リア内輪の接地荷重Wrに対するフロント内輪の接地荷重Wfの比である。例えば、フロント内輪接地荷重Wfは、直進定速走行時の荷重Wf0に、制動による前後方向の荷重移動分である前後荷重移動量ΔWxを加算し、左右方向の荷重移動分である左右荷重移動量ΔWyを減算して算出することができる(Wf=Wf0+ΔWx-ΔWy)。また、リア内輪接地荷重Wrは、直進定速走行時の荷重Wr0に、前後荷重移動量ΔWxと左右荷重移動量ΔWyを減算して算出することができる(Wr=Wr0-ΔWx-ΔWy)。
【0076】
式(2)において荷重比(Wf/Wr)を乗算する理由は、前輪側のスリップ率偏差に相当する制動力を、後輪側で発生させるのに必要となる後輪側のスリップ率偏差に換算するためである。従って、荷重比(Wf/Wr)は制動力換算係数である。
【0077】
前後荷重移動量ΔWxは、次式(6)により演算される。
ΔWx=M・|Gx|・H/L ・・・(6)
ここで、Mは車両の重量、Hは車両の重心高、Lは車両のホイールベースを表し、既知の値である。Gxは、車両の前後方向の加速度であって、加速度センサ72によって検出される値が用いられる。
また、左右荷重移動量ΔWyは、次式(7)により演算される。
ΔWy=M・|Gy|・H・φf/D ・・・(7)
ここで、Dは車両のトレッド、φfはロール剛性配分比を表す。
【0078】
続いて、ブレーキECU50は、ステップS17において、リア内輪の制動力限界を演算する。このステップS17では、ブレーキECU50は、リア内輪の制動力を減らすことができる限界、つまり、リア内輪のホイールシリンダ圧がゼロ相当であるか否かについて確認する。
【0079】
続いて、ブレーキECU50は、ステップS18において、フロント内輪スリップ率偏差ΔSFinが正の値(ΔSFin>0)であるか否かについて判定する。フロント内輪スリップ率偏差ΔSFinが正の値である場合は、フロント内輪の方がフロント外輪よりもスリップ度合いが大きい状態を表す。ブレーキECU50は、フロント内輪スリップ率偏差ΔSFinが正の値である場合(S18:Yes)は、その処理をステップS19に進める。
【0080】
一方、フロント内輪スリップ率偏差ΔSFinが正の値でない場合(S18:No)、スピンヨーモーメントが発生しないと推定される状況であるため、ブレーキECU50は、その処理をステップS15に進めて、全車輪のスリップ率偏差の補正量をゼロに設定する。この場合、後輪EBD制御が実施される。ブレーキECU50は、ステップS15の処理を実施すると、リア優先スリップ補正演算ルーチンを一旦終了する。ブレーキECU50は、リア優先スリップ補正演算ルーチンを所定の演算周期で繰り返し実施する。
【0081】
ブレーキECU50は、ステップS19において、フロント内輪の制御量の全てをリア内輪にまわすことができる第1特定状況であるか否かについて判定する。ブレーキECU50は、下記の条件1,2,3が以下のように成立した場合に、第1特定状況であると判定する。この第1特定状況であると判定される条件は、以下の通りである。
・条件1:リア内輪は、制動力限界状態(ホイールシリンダ圧がゼロ相当)では無い。
・条件2:リア内輪スリップ率偏差ΔSRinが負の値である(ΔSRin<0)。
・条件3:リア換算フロント内輪スリップ率偏差の絶対値|ΔSFin’|がリア内輪スリップ率偏差の絶対値|ΔSRin|以下である(|ΔSFin’|≦|ΔSRin|)。
・第1特定状況の成立条件:((条件1)or((条件2)and(条件3)))
【0082】
第2条件が成立する状況は、リア内輪のスリップ度合いが基準輪のスリップ度合いよりも小さい状況、つまり、リア内輪の制動圧を増加させようとしている状況(リア内輪でスピンヨーモーメントを増加させようとしている状況)である。この場合には、リア内輪の制動圧の増加を止めさせるように、リア内輪の制動圧を減少させる必要がある。
【0083】
第3条件が成立する状況は、フロント内輪の制動圧を減圧させようとする制御量(アンチスピンヨーモーメントを増加させるように働く制御量)が、リア内輪の制動圧を増圧させようとする制御量(スピンヨーモーメントを増加させるように働く制御量)以下となっている状況である。
【0084】
ブレーキECU50は、条件1、または、条件2と条件3との両方が成立する場合((条件1)or((条件2)and(条件3)))に、現時点の状況が第1特定状況であると判定する。
【0085】
ブレーキECU50は、第1特定状況であると判定した場合(S19:Yes)には、ステップS20において、フロント内輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiFin、フロント外輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiFout、リア内輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiRin、リア外輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiRoutを次式(8)~(11)に示すように設定する。
ΔShoseiFin=-ΔSFin ・・・(8)
ΔShoseiFout=0 ・・・(9)
ΔShoseiRin=+ΔSFin’ ・・・(10)
ΔShoseiRout=0 ・・・(11)
【0086】
従って、補正後のフロント内輪のスリップ率偏差は、補正前のスリップ率偏差ΔSFinに補正量(-ΔSFin)を加算した値に変更される。これにより、補正後のフロント内輪のスリップ率偏差ΔSFinは、ゼロになる。
【0087】
また、補正後のリア内輪のスリップ率偏差は、補正前のスリップ率偏差ΔSRinに補正量(+ΔSFin’)を加算した値に変更される(ΔSRin=ΔSRin+ΔSFin’)。
【0088】
また、フロント外輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiFout、および、リア外輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiRoutは、ともにゼロに設定される。
【0089】
こうした処理により、補正後のフロント内輪のスリップ率偏差がゼロになるとともに、本来なら(スリップ率偏差の補正が行われなかったら)フロント内輪でアンチスピンヨーモーメントを発生させる制動力に相当する制御量を、リア内輪の制御量に加算できるように、リア内輪のスリップ率偏差が増加補正される。これにより、フロント内輪でアンチスピンヨーモーメントを発生させるための制御量(フロント内輪の制御量)の全てをリア内輪にまわすことができる。
【0090】
ブレーキECU50は、第1特定状況でないと判定した場合(S19:No)には、ステップS21において、フロント内輪の制御量の一部をリア内輪にまわすことができる第2特定状況であるか否かについて判定する。ブレーキECU50は、下記の条件21,22,23が以下のように成立した場合に、第2特定状況であると判定する。この第2特定状況であると判定される判定条件は、以下の通りである。
・条件21:リア内輪は、制動力限界状態(ホイールシリンダ圧がゼロ相当)である。
・条件22:リア内輪スリップ率偏差ΔSRinが負の値である(ΔSRin<0)。
・条件23:リア換算フロント内輪スリップ率偏差の絶対値|ΔSFin’|がリア内輪スリップ率偏差の絶対値|ΔSRin|よりも大きい(|ΔSFin’|>|ΔSRin|)。
・第2特定状況の成立条件:((条件21)and(条件22)and(条件23))
【0091】
条件23が成立する状況は、フロント内輪の制動圧を減圧させようとする制御量(アンチスピンヨーモーメントを増加させるように働く制御量)が、リア内輪の制動圧を増圧させようとする制御量(スピンヨーモーメントを増加させるように働く量)よりも大きくなっている状況である。この場合には、リア内輪の制動圧を増圧させようとする制御量に相当する量だけ、フロント内輪の制御量をリア内輪にまわすことができる。
【0092】
ブレーキECU50は、条件21と条件22と条件23の全てが成立する場合((条件21)and(条件22)and(条件23))に、第2特定状況であると判定する。
【0093】
ブレーキECU50は、第2特定状況であると判定した場合(S21:Yes)には、ステップS22において、フロント換算リア内輪スリップ率偏差ΔSRin’、フロント内輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiFin、フロント外輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiFout、リア内輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiRin、リア外輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiRoutを次式(12)~(16)に示すように設定する。
ΔSRin’=ΔSRin×(Wr/Wf) ・・・(12)
ΔShoseiFin=+ΔSRin’ ・・・(13)
ΔShoseiFout=0 ・・・(14)
ΔShoseiRin=-ΔSRin ・・・(15)
ΔShoseiRout=0 ・・・(16)
【0094】
式(12)における(Wr/Wf)は、フロント内輪の接地荷重Wfに対するリア内輪の接地荷重Wrの荷重比である。つまり、上記(2)で用いた荷重比(Wf/Wr)の逆数である。
【0095】
これにより、補正後のフロント内輪のスリップ率偏差は、補正前のスリップ率偏差ΔSFinに補正量(+ΔSRin’)を加算した値に変更される(ΔSFin=ΔSFin+ΔSRin’)。
【0096】
また、補正後のリア内輪のスリップ率偏差は、補正前のスリップ率偏差ΔSRinに補正量(-ΔSRin)を加算した値に変更される(ΔSRin=ΔSRin-ΔSRin)。従って、補正後のリア内輪のスリップ率偏差は、ゼロになる。
【0097】
また、フロント外輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiFout、および、リア外輪のスリップ率偏差の補正量ΔShoseiRoutは、ゼロに設定される。
【0098】
こうした処理によりリア内輪のスリップ率偏差がゼロになるように補正され、その補正された分に相当する量(制動力換算したスリップ率補正量)だけ、フロント内輪のスリップ率偏差が加算補正される。従って、フロント内輪の制御量を過剰にリア内輪にまわさないように制限することができる。また、フロント内輪では、リア内輪に制御量をまわすことができない残り分に相当する制御量にて、アンチスリップヨーモーメントを発生させることができる。
【0099】
一方、第2特定状況でないと判定される場合(S21:No)、ブレーキECU50は、その処理をステップS23に進めて、全輪のスリップ率偏差の補正量をゼロに設定する。従って、フロント内輪では、フロント内輪のスリップ偏差に応じた制御量にて、アンチスリップヨーモーメントを発生させることができる。
【0100】
ブレーキECU50は、ステップS20、あるいは、ステップS22、あるいは、ステップS23、あるいは、ステップS15において、スリップ率偏差の補正量を演算するとリア優先スリップ補正演算ルーチンを一旦終了する。ブレーキECU50は、リア優先スリップ補正演算ルーチンを所定の演算周期で繰り返し実施する。
【0101】
<制動力演算>
次に、EBD制御で発生させる制動力を演算する方法について、
図4に示した制御ブロック図を用いて説明する。ブレーキECU50は、リア優先スリップ補正演算ルーチンで演算したスリップ率偏差の補正量に基づいてスリップ率偏差を補正し、その補正された後のスリップ率偏差(ΔSFin,ΔSFout,ΔSRin,ΔSRout)に基づくフィードバック制御により目標制動力を演算する。以下、補正された後のスリップ率偏差ΔSFin,ΔSFout,ΔSRin,ΔSRoutをスリップ率偏差ΔSと総称する。尚、前後輪EBD制御中においては、フロント外輪は基準輪となるため、フロント外輪のスリップ率偏差ΔSFoutの値は、ゼロである。また、後輪EBD制御中においては、左右前輪は、制動力制御対象ではないため、スリップ率偏差ΔSFin,ΔSFoutの値は、ゼロである。
【0102】
図4は、制動力の演算ブロックを表す。例えば、制動力演算は、右前輪12FR→左前輪12FL→右後輪12RR→左後輪12RLの順番で繰り返し実施される。以下、制動力演算の実施される車輪を自輪と呼ぶこともある。
図4に示すように、スリップ率偏差ΔSは、所定の演算周期でFB制御量演算部51に入力される。FB制御量演算部51は、スリップ率偏差ΔSが入力される都度、そのスリップ率偏差ΔSにFBゲインK1を乗算する。このFBゲインK1は、車輪のスリップ率と制動力との比例関係の特性を表す比例係数であって、ブレーキングスティフネスと呼ばれる値である。このFB制御量演算部51の演算結果(K1・ΔS)は、演算の都度、積算器52に出力される。FB制御量演算部51の出力(K1・ΔS)は、フィードバック制御量を表す。フィードバック制御量(K1・ΔS)は、自輪のスリップ度合いが目標スリップ度合いよりも高い場合には、自輪のスリップ度合いを低下させる方向(減圧側)に働く値が演算され、自輪のスリップ度合いが目標スリップ度合いよりも低い場合には、自輪のスリップ度合いを増加させる方向(増圧側)に働く値が演算される。FB制御量演算部51の出力(K1・ΔS)は、例えば、その符号が正であれば増圧側に働くフィードバック制御量を表し、その符号が負であれば減圧側に働くフィードバック制御量を表す。従って、上述したようにスリップ率偏差ΔSを補正することは、フィードバック制御量を補正することを意味する。
【0103】
積算器52は、FB制御量演算部51の出力(K1・ΔS)を入力する都度、その入力値を、それまでに入力した値に加算して、その加算結果である積算値(Σ(K1・ΔS))を荷重ゲイン乗算器53に出力する。
【0104】
荷重ゲイン乗算器53は、積算器52の出力(Σ(K1・ΔS))を入力する都度、その入力値に荷重ゲインK2を乗算して、その乗算結果(K2・Σ(K1・ΔS))を勾配ガード54に出力する。この荷重ゲインK2は、自輪の接地荷重に相当する値である。上述したスリップ率偏差の補正演算に、荷重比を用いている理由は、制動力の演算過程において、この荷重ゲイン乗算器53で、接地荷重に相当する荷重ゲインK2が乗算されるからである。つまり、フロント内輪の制御量をリア内輪にまわす場合には、スリップ率偏差の補正量を制動力の比で換算する必要があるためである。
【0105】
勾配ガード54は、入力値の変化勾配が、予め設定された上限勾配を超える場合には、その上限勾配に制限した値に変換する。この勾配ガード54の出力値が、EBD制御による制動力である。この制動力は、スリップ率偏差に戻づくフィードバック制御分の制動力であるため、最終的な車輪に付与される目標制動力は、EBD制御の開始時の制動力と、この勾配ガード54の出力値(フィードバック制御分の制動力)とを加算した値となる。
【0106】
ブレーキECU50は、各輪ごとに、このようにして算出した目標制動力を発生するように、ブレーキアクチュエータ23の作動を制御する。
【0107】
<アンダーステア抑制制御>
ところで、本実施形態におけるEBD制御では、左右後輪だけでなく左右前輪にまで拡張してスリップ率偏差による制動力制御が実施される。こうしたEBD制御では、アンチスリップヨーモーメントが過剰になって、車両がアンダーステア挙動となるおそれがある。
【0108】
そこで、ブレーキECU50は、前後輪EBD制御を実施する場合においては、アンダーステア抑制制御を実施する。
図5は、ブレーキECU50の実施するアンダーステア抑制制御ルーチンである。このアンダーステア抑制制御ルーチンは、上述したFB制御量演算部51によって実施されるフィードバック制御量の演算処理において、そのフィードバック制御量に制限を設ける処理である。
【0109】
ブレーキECU50は、4輪(前後左右輪)について、順番に、アンダーステア抑制制御ルーチンを所定の演算周期で繰り返し実施する。例えば、アンダーステア抑制制御ルーチンは、右前輪12FR→左前輪12FL→右後輪12RR→左後輪12RLの順番で繰り返し実施される。以下、アンダーステア抑制制御ルーチンの実施される車輪を自輪と呼ぶこともある。
【0110】
ブレーキECU50は、ステップS101において、自輪について、補正された後のスリップ率偏差ΔSにFBゲインK1を乗算してフィードバック制御量(K1・ΔS)を算出する。この処理は、FB制御量演算部51によって実施される処理である。尚、自輪が基準輪である場合には、スリップ率偏差ΔSがゼロであるため、フィードバック制御量(K1・ΔS)はゼロである。
【0111】
続いて、ブレーキECU50は、ステップS102において、以下のアンダーステア抑制条件が成立するか否かについての判定処理を実施する
【0112】
アンダーステア抑制条件は、以下のように設定されている。
条件A:外輪増圧状態、あるいは、内輪減圧状態である。
条件B:車両がアンダーステア状態であると推定される。
条件C:自輪がフロント内輪であって、自輪の目標制動力が、自輪の左右反対側輪(フロント外輪)の実制動力に荷重比(Wf_in/Wf_out)を乗算した値以下である。
アンダーステア抑制条件の成立条件:((A and B) or C))
【0113】
条件Aは、「自輪が外輪であって、自輪の制御状態が増圧状態であること」、あるいは、「自輪が内輪であって、自輪の制御状態が減圧状態であること」、という条件である。自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)が正の値であれば、増圧状態(制動力の大きさが増加する方向に制御されている状態)であり、自身のフィードバック制御量(K1・ΔS)が負の値であれば、減圧状態(制動力の大きさが減少する方向に制御されている状態)である。従って、条件Aについては、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)にて判定することができる。
【0114】
外輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)が正の値であれば、その外輪は、アンチスピンヨーモーメントを発生させる方向に制御されている。また、内輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)が負の値であれば、その内輪は、アンチスピンヨーモーメントを発生させる方向に制御されている。
【0115】
条件Bにおいては、実ヨーレートYRの大きさが規範ヨーレートYRstdの大きさよりも小さい場合に、車両がアンダーステア状態であると推定される。例えば、規範ヨーレートは、次式(17)に示すように算出することができる。
【数1】
ここで、Vは車速、Stは操舵角、Gyは横加速度、nはステアオーバーオールギヤ比、Lは車両のホイールベース、Khは、車両のスタビリティファクタを表す。ヨーレートは、符号によって左右方向が識別される。例えば、左方向のヨーレートを正の値、右方向のヨーレートの値を負の値で表せば、条件Bは、左旋回時においては、YR<YRstdという条件に設定され、右旋回時においては、YR>YRstdという条件に設定される。
【0116】
条件Cは、自輪がフロント内輪である場合における条件である。ブレーキECU50は、自輪がフロント内輪である場合に限って、この条件Cについて成立の有無を判定する。この場合、ブレーキECU50は、自輪(フロント内輪)の左右反対側輪であるフロント外輪の実制動力を取得し、そのフロント外輪の実制動力に荷重比(自輪の接地荷重Wf_in/フロント外輪の接地荷重Wf_out)を乗算することにより、内輪換算フロント外輪実制動力を算出する。ブレーキECU50は、自輪(フロント内輪)の目標制動力の大きさが、内輪換算フロント外輪実制動力の大きさ以下であるという条件に設定されている。
【0117】
尚、制動力は、正の値、あるいは、負の値のいずれで表現されても構わないが、上記の条件Cにおける比較は、その大きさ(絶対値)の比較と考えればよい。従って、例えば、自輪(フロント内輪)の目標制動力をFbr_Fin_target、フロント外輪の実制動力をFbr_Fout_real、自輪(フロント内輪)の接地荷重をWf_in、フロント外輪の接地荷重をWf_outとすれば、条件Cは、以下のように表される。
|Fbr_Fin_target|≦(|Fbr_Fout_real|×(Wf_in/Wf_out))
【0118】
また、自輪の接地荷重Wf_inは、直進定速走行時の自輪の荷重Wf_in0に、制動による前後方向の荷重移動分である前後荷重移動量ΔWx(上記式(6)参照)を加算し、左右方向の荷重移動分である左右荷重移動量ΔWy(上記式(7)参照)を減算して算出することができる(Wf_in=Wf_in0+ΔWx-ΔWy)。また、フロント外輪の接地荷重Wf_outは、直進定速走行時のフロント外輪の荷重Wf_out0に、制動による前後方向の荷重移動分である前後荷重移動量ΔWxと、左右方向の荷重移動分である左右荷重移動量ΔWyとを加算して算出することができる(Wf_out=Wf_out0+ΔWx+ΔWy)。フロント外輪の実制動力Fbr_Fout_realは、フロント外輪のホイールシリンダ圧によって検出される。
【0119】
上述したように、前後輪EBD制御においては、フロント外輪を基準輪として、他の3輪のスリップ率が基準輪のスリップ率に追従するような制動力のFB制御量が演算される。そして、後輪のFB制御を優先して実施するために、フロント内輪のFB制御量の全部あるいは一部がリア内輪にまわされる。従って、前後輪EBD制御における基本は、左右輪のスリップ率が共通の目標値に制御される等スリップ制御である。本実施形態においては、等スリップ制御を前提として、この等スリップ制御で演算されたフロント内輪のFB制御量がリア内輪にまわされる(これにより等スリップ制御ではなくなる)。
【0120】
等スリップ制御が実施された場合には、制動力は、各車輪の接地荷重に比例した大きさで制動力が配分される。一方、アンダーステア状態の抑制に当たっては、左右輪間における制動力差の制限によって、過剰にアンチスピンヨーモーメントを発生させないように自輪の制動力をガードすることができる。そこで、条件Cでは、等スリップ制御の制御概念に従って、フロント内輪の目標制動力とフロント外輪の実制動力と比較する場合に、フロント外輪の実制動力に荷重比を乗算している。これにより、左右前輪間において、等スリップ制御での制動力配分比を上回るほどの制動力差を付けないように、フロント内輪の制動力の下限制限を実施することができる。
【0121】
ブレーキECU50は、アンダーステア抑制条件における各条件A,B,Cの判定処理が完了すると、続くステップS103において、ステップS102の判定結果に基づいて、アンダーステア抑制条件が成立しているか否かについて判定する。
【0122】
アンダーステア抑制条件が成立すると判定された場合、自輪の制動力制御によって、過剰にアンチスピンヨーモーメントを発生させてしまう状況であると推定することができる。この場合、ブレーキECU50は、その処理をステップS104に進めて、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)をゼロに補正して((K1・ΔS)=0)、アンダーステア抑制制御ルーチンを一旦終了する。この場合、例えば、FBゲインK1をゼロに設定すればよい。
【0123】
一方、アンダーステア抑制条件が成立しない場合(S103:No)、自輪の制動力制御によって、過剰にアンチスピンヨーモーメントを発生させてしまう状況ではないと推定することができる。この場合、ブレーキECU50は、ステップS104の処理をスキップして、アンダーステア抑制制御ルーチンを一旦終了する。従って、ブレーキECU50は、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)を補正しない、つまり、(K1・ΔS)の値をそのままフィードバック制御量とする。
【0124】
フィードバック制御量は、上述した積算器52に出力される。
【0125】
例えば、条件Bが成立する場合には、車両がアンダーステア状態であると推定されている。こうした状況で、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)が、アンチスピンモーメントを発生させる方向に設定されている場合(条件Aが成立)には、自輪のフィードバック制御量が、車両のアンダーステア状態を更に進行させてしまう。一方、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)が、アンチスピンモーメントを発生させる方向に設定されていない場合(条件Aが不成立)には、車両がアンダーステア状態であっても、自輪のフィードバック制御量は、車両のアンダーステア状態を弱めるように働く。
【0126】
従って、条件Aと条件BとのAND条件によって、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)が、アンチスピンモーメントを発生させる方向に設定されている場合に限って、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)がゼロに設定される。このため、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)が、アンチスピンモーメントを発生させる方向に設定されている場合には、車両のアンダーステア状態を進行させないようにすることができる。
【0127】
逆に、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)が、アンチスピンモーメントを発生させる方向に設定されていない場合には、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)によって、車両のアンダーステア状態を弱めることができる。これにより、自輪のフィードバック制御量(K1・ΔS)を有効に使って、アンダーステア状態になることを適切に抑制することができる。
【0128】
また、条件Cによって、自輪(フロント内輪)の目標制動力が、その左右反対輪であるフロント外輪の内輪換算フロント外輪実制動力(実制動力に荷重係数(Wf_in/Wf_out)を乗算した値)以下になる場合には、過剰にアンチスピンヨーモーメントを発生させないように自輪のフィードバック制御量がゼロに設定される。従って、自輪の制動力を適正に下限制限することができる。
【0129】
以上説明した本実施形態の車両用制動制御装置によれば、車両が所定の旋回状態であると判定される場合においては、前後輪EBD制御が実施される。この前後輪EBD制御では、フロント外輪を基準輪として、残り3輪のスリップ率が基準輪のスリップ率に一致するように3輪の制動力が制御される。この場合、フロント内輪の制御量がリア内輪にまわされるように、フロント内輪のスリップ率偏差がゼロになるように補正され、その補正量に対応する分(補正量を制動力比変換した値)だけリア内輪のスリップ率偏差が加算補正される。
【0130】
これにより、フロント内輪の制動力制御を用いることなく、リア内輪の制動力制御によってアンチスピンヨーモーメントを発生させることができる。また、リア内輪での制動力限界に到達した場合には、そのアンチスピンヨーモーメントの不足する分を補うように、フロント内輪の減圧によってアンチスピンヨーモーメントを発生させることができる。
【0131】
従って、フロント内輪に比べて車両挙動の修正量の分解能が細かいリア内輪を優先的に使って制動力を制御するため、車両旋回挙動の安定性を更に高めることができる。また、ブレーキアクチュエータ23のノイズ・振動性能の低下を、できるだけ招かないようにすることができる。また、スリップ度合いの最も小さいフロント外輪を基準輪に設定するため、前後輪EBD制御を良好に実施することができる。
【0132】
また、前後輪EBD制御の実施中においては、アンダーステア抑制制御ルーチンが実施され、車両がアンダーステア状態であると推定されている状況で、アンチスピンヨーモーメントを発生させる方向に制御されている車輪が検出された場合には、その車輪のフィードバック制御量がゼロに設定される。これにより、アンダーステア状態になることを適切に抑制することができる。
【0133】
また、フロント内輪の目標制動力が、フロント外輪の内輪換算フロント外輪実制動力以下になった場合に、フロント内輪のフィードバック制御量がゼロに補正される。この内輪換算フロント外輪実制動力は、フロント外輪の実制動力に荷重比(Wf_in/Wf_out)を乗算した値である。従って、接地荷重に比例した大きさで制動力が配分される等スリップ制御に適した制動力の比較によって、アンダーステア状態になることを適切に抑制することができる。
【0134】
以上、本実施形態に係る車両用制動制御装置について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
【0135】
例えば、本実施形態においては、アンダーステア抑制条件には、条件A,B,Cが含まれているが、必ずしも、それらすべてを含んでいる必要は無い。例えば、アンダーステア抑制条件は、条件Aと条件Bのみ(A and B)であってもよい。
【0136】
また、本実施形態においては、アンダーステア抑制条件が成立した場合には、アンチスピンヨーモーメントを増加させる方向に動作している車輪のフィードバック制御量をゼロに設定しているが、必ずしもゼロにする必要は無く、フィードバック制御量の大きさ(絶対値)を減少させる(ゼロに近づける)補正を行う構成であってもよい。
【0137】
また、本実施形態においては、フロント内輪の制御量をリア内輪のみにまわすように制御しているが、必ずしもそのようにする必要は無い。例えば、フロント内輪の制御量を、リア内輪とリア外輪とに、それぞれ、フロント内輪の制御量の半分を配分するようにしてもよい。この場合、リア外輪については、制動力が増加する方向に制御量を配分する必要がある。そのため、例えば、リア換算フロント内輪スリップ率偏差ΔSFin’の半分(1/2)をリア内輪のスリップ率偏差ΔSRinに加算し、リア換算フロント内輪スリップ率偏差ΔSFin’の半分(1/2)をリア外輪のスリップ率偏差ΔSRoutから減算するようにするとよい。また、例えば、フロント内輪の制御量を、リア外輪のみにまわすようにしてもよい。この場合、リア外輪のスリップ率偏差ΔSRoutを、リア換算フロント内輪スリップ率偏差ΔSFin’だけ減らすように補正すればよい。
【0138】
また、本実施形態においては、制動力を補正するにあたって、スリップ率偏差を直接的に補正しているが、例えば、スリップ率偏差の補正量を使って目標スリップ率あるいは実スリップ率を補正することにより、スリップ率偏差が補正され、最終的に制動力が補正される構成であってもよい。
【符号の説明】
【0139】
10…車両、12…車輪、20…ブレーキ装置、22…マスタシリンダ、23…ブレーキアクチュエータ、24…ブレーキ機構、50…ブレーキECU、51…FB制御量演算部、52…積算器、53…荷重ゲイン乗算器、54…勾配ガード、70…車輪速センサ、71…車速センサ、72…加速度センサ、73…圧力センサ、74…ヨーレートセンサ、75…ブレーキ踏力センサ、76…操舵角センサ、100…車両用制動制御装置。