(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-20
(45)【発行日】2022-01-17
(54)【発明の名称】培地用組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20220107BHJP
C12N 1/16 20060101ALI20220107BHJP
【FI】
C12N5/10
C12N1/16 J
(21)【出願番号】P 2018517040
(86)(22)【出願日】2017-05-09
(86)【国際出願番号】 JP2017017581
(87)【国際公開番号】W WO2017195789
(87)【国際公開日】2017-11-16
【審査請求日】2020-05-08
(31)【優先権主張番号】P 2016094556
(32)【優先日】2016-05-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100160978
【氏名又は名称】榎本 政彦
(72)【発明者】
【氏名】小野 美玉
(72)【発明者】
【氏名】宮内 亮輔
(72)【発明者】
【氏名】岩切 亮
【審査官】竹内 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特表2002-520014(JP,A)
【文献】国際公開第2015/030479(WO,A1)
【文献】特表2010-503397(JP,A)
【文献】特開平02-049579(JP,A)
【文献】特表2001-501830(JP,A)
【文献】特開2011-200180(JP,A)
【文献】国際公開第2007/043330(WO,A1)
【文献】特開平04-066070(JP,A)
【文献】第5回糸状菌分子生物学コンファレンス要旨集,p.14-15
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母抽出物を含む遺伝子組換えタンパク質産生促進剤であって、酵母抽出物が
エタノール抽出物である、遺伝子組換えタンパク質産生促進剤。
【請求項2】
酵母又は酵母残渣から
エタノールにより抽出する工程を有する遺伝子組換えタンパク質産生促進剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子組み換えタンパク質の産生能力を高めることができる培地用組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バイオ医薬品(抗体医薬品)は、特異的、高活性でかつ副作用が少ないなどの従来の低分子医薬にはない効果を有しており、今後高い成長が見込まれている。また、再生医療に必要な細胞の培養(iPS細胞、ES細胞等)、酵素などの有用物質の生産等にも細胞培養が必要である。そのため企業間の開発競争は激化しており、製造や研究開発の一部外注化が進むと予想されている。
バイオ医薬品の多くが、翻訳後修飾が比較的ヒトに近い等の理由により動物細胞を用いて生産されている。この動物細胞で物質生産するには、動物細胞の増殖に必要な血清や血清中から分離したタンパク質成分を添加した培地がよく使われている。しかし、血清は生物材料であるために、マイコプラズマ、ウイルス、BSEの原因となる異常プリオンが混入している可能性がある。また、血清はロットごとに生物活性が異なり、品質のよいロットを選択するための検査が必要であるところ、この検査にもコストが発生する。そのため、最近、血清を含まない無血清培地に種々の成分を加えて細胞を増殖させる様々な方法が提案されている(特許文献1)。
【0003】
そこで、細胞増殖自体の誘起または促進に不可欠な成分に加えて、培養速度を高い水準に維持する役割を果たす補完的な成分の添加が検討されてきた。例えば、大豆由来β-コングリシニン(特許文献2)、リン脂質(特許文献3)などが、報告されている。
【0004】
一方、バイオ医薬品生産等のために開発される無血清培地の最終目的は組み換えタンパク質生産を高い効率で行うことであるので、生産能力を上げることが望まれている。そのため、無血清培地の細胞増殖の改善だけでなく、タンパク質分泌促進因子を開発することも必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2002-520014号公報
【文献】特開2011‐182736号公報
【文献】特許第4385076号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記のような状況に鑑み、無血清培地を用いた場合であっても、遺伝子組み換えタンパク質の産生能力を高めることができる方法及び組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、酵母抽出物を無血清培地に添加した培地で動物細胞を培養すると、組み換えタンパク質の生産能力を高めることができることを見出し、本発明に至った。
【0008】
すなわち本発明は、
(1)酵母抽出物を含む遺伝子組換えタンパク質産生促進剤、
(2)酵母抽出物が有機溶媒抽出物である、(1)のタンパク質産生促進剤、
(3) (1)又は(2)のタンパク質促進剤を含む動物細胞用培地、
(4)酵母又は酵母残渣から有機溶媒により抽出する工程を有する遺伝子組換えタンパク質産生促進剤の製造方法、
(5)有機溶媒がエタノールである、(4)の製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、組み換えタンパク質の産生を促進することができ、有用物質を効率よく製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】酵母抽出物添加無血清培地のGluc安定発現株に与える影響
【
図3】酵母抽出物添加無血清培地のhIL6安定発現株に与える影響
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の培地は、遺伝子組み換えタンパク質を生産するための培地であって、酵母抽出物を含むことを特徴とする。
【0012】
本願発明の組成物であるタンパク質産生促進剤は、以下のように得ることができる。本願発明の製造に用いられる酵母としては、パン酵母、ビール酵母、トルラ酵母(Candida utilis)などを挙げることができ、中でもトルラ酵母が望ましい。
酵母の培養方法は、特に限定されない。酵母の培養形式はバッチ培養、あるいは連続培養のいずれかが用いられる。培地には一般的に炭素源として、ブドウ糖、酢酸、エタノール、グリセロール、糖蜜、亜硫酸パルプ廃液等が用いられ、窒素源としては、尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸塩などが使用される。リン酸、カリウム、マグネシウム源も過リン酸石灰、リン酸アンモニウム、塩化カリウム、水酸化カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム等の通常の工業用原料でよく、その他亜鉛イオン、マンガンイオン、鉄イオン、銅イオン等の無機塩を添加する。その他、ビタミン、アミノ酸、核酸関連物質等を添加しても良い。カゼイン、酵母エキス、肉エキス、ペプトン等の有機物を添加しても良い。
【0013】
さらに、本発明で用いられる酵母として、もっとも好ましくは、酵母エキス抽出残渣である。本願の酵母エキス抽出残渣とは、培養した酵母から酵母エキスなどを抽出した後の固形成分をいう。酵母エキス抽出法は、とくに制限がないが、一般的に、自己消化法、熱水抽出法、酵素抽出法、酸、若しくはアルカリ抽出法、又はこれらの組み合わせにより行う。これらの抽出法により抽出した後の酵母菌体や固形分を本願は、酵母エキス抽出残渣という。
当該残渣をドラムドライヤーで乾燥後、後述の方法により本願発明の組成物の製造を行うことができる。
【0014】
酵母又は酵母残渣からの抽出工程は、酵母又は酵母残渣を蒸留水に懸濁、遠心をすることで、酵母又は酵母残渣を洗浄する工程を設けても良い。有機溶媒抽出、酵素処理した後有機溶媒抽出、超臨界抽出のいずれかの方法を用いる。例えば、有機溶媒抽出の場合、使用する溶剤としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、ヘキサン、アセトン、塩素系溶剤がある。好ましくは炭素数1~3の低級アルコールであり、さらに好ましくは、エタノールである。そのため、目的に応じた含水エタノールが用いられる。水/エタノールの容積比は、通常0.01/99.99~30/70、好ましくは0.5/99.5~30/70である。この水分含量としては、原料中の水分量を考慮にいれても構わない。エタノール使用量は、特に限定ない。酵母又は酵母残渣に対して、1~30倍程度のエタノールを使用する。
【0015】
抽出方法は、エタノールを加えて十分攪拌後、適当な温度および時間で反応を行う。温度は特に限定はないが、通常20℃~80℃であり、好ましくは50℃~70℃である。抽出時間は、特に限定はないが、通常は1時間以上、好ましくは3~9時間である。抽出方法は、攪拌、還流、浸漬、振盪、超音波抽出が挙げられる。抽出前に酵素処理をすると抽出時間の短縮が可能となる。酵素としては、細胞壁溶解酵素であるストレプトマイセス属由来のβグルカナーゼ「デナチームGEL」(ナガセケムテックス社製)、Taloromyces属由来のβグルカナーゼ「Filtrase BRX」(DSMジャパン社製)、「ツニカーゼFN」(天野エンザイム社製)がある。好ましくはツニカーゼFNである。
【0016】
有機溶媒抽出をした後は、中性脂質・エルゴステロール・遊離脂肪酸を除去するため、水を加える分別工程や冷却工程を加えても良い。それにより酸化しにくく経時的な劣化を改善することが可能となる。加水して調製するエタノール濃度は50~90%が良く、好ましくは70%が良い。冷却工程は、冷却温度としては10℃以下が良い。特には5℃以下が望ましい。冷却時間は1~10時間、好ましくは1時間程度が良い。
【0017】
なお、超臨界抽出は、酵母懸濁液に超臨界状態の二酸化炭素を接触させた後、減圧して大気圧に戻すことにより酵母懸濁液から二酸化炭素を分離する方法である。
【0018】
上述のようにして得られる酵母抽出物を濃縮する場合は、公知の濃縮装置を用いることが出来る。出来るだけ温度を低くすることが可能な減圧濃縮機を使用することが好ましい。
【0019】
さらに、賦形剤として、中鎖脂肪酸や臭気抑制のためシクロデキストリン・クラスターデキストリン等を添加して乾燥することも可能である。乾燥は、凍結乾燥、真空乾燥等の公知の乾燥法を用いることが出来る。
【0020】
本発明の組成物は、本発明の活性に必要な純度を得るため、又は、原料由来の臭気等に応じて、シリカゲルカラム等で純度を高めることもできる。純度を調製する工程は、前述までの各工程を適宜組み合わせることができる。
【0021】
上記のようにして得られる本願組成物は、酵母又は酵母残渣に含まれる脂質成分を多く含む組成物である。本願では、当該組成物をタンパク質産生促進剤として使用することが出来る。
【0022】
このようにして得られた本願の組成物を動物培養用培地に添加することで動物細胞用培地を得ることができる。
本願組成物は、血清培地、低血清培地でも使用できるが、無血清培地の方がより好適に使用できる。培地の組成は、一般的な組成でよく、一般的に市販されている動物細胞用培地も使用することができる。また、宿主細胞に応じで適宜選択することができる。
本発明で用いる動物細胞としては、特に制限はないが、哺乳動物細胞に対して、特にCHO-K1、HEK293等に対して好適である。
【0023】
本発明の組成物を培地へ添加する方法は、任意である。通常、前述までの方法で得られた、本発明の組成物を噴霧乾燥、凍結乾燥等して使用する。また、乾燥品を使用しなくても良い。本願発明の組成物の培地への添加量は、精製度合に応じて適宜調整する。乾燥品を使用する場合の添加量は、通常、培地当たり、0.001重量%~0.5重量%の濃度で添加する。
【0024】
本発明の組成物を動物細胞用培地に添加し、培養することで、組換えタンパク質等の有用物質の発現が促進される。そのため、本願組成物を用いて培養した培地から目的とする有用物質を単離することにより、有用物質を製造することができる。動物細胞から得られる有用物質としては、抗体、酵素、ホルモンなどがある。
【実施例】
【0025】
以下に実施例を用いて、本発明を具体的に説明する。
本発明はこれらに限定されるものではない。
【0026】
(酵母抽出物の製造例)
(酵母の培養)
キャンディダ・ウチリスCS7529株(FERMP-3340)を予めYPD培地(酵母エキス1%、ポリペプトン2%、グルコース2%)を含む三角フラスコで種母培養し、これを30L容発酵槽で、18L培地に1~2%植菌した。培地組成は、グルコース4%、燐酸一アンモニウム0.3%、硫酸アンモニウム0.161%、塩化カリウム0.137%、硫酸マグネシウム0.08%、硫酸銅1.6ppm、硫酸鉄14ppm、硫酸マンガン16ppm、硫酸亜鉛14ppmを用いた。培養条件は、pH4.0、培養温度30℃、通気量1vvm、撹拌600rpmで行った。pHのコントロールは、アンモニアで行った。16時間菌体培養した後、培養液を回収し、遠心分離により集菌して、180gの湿潤酵母菌体を得た。
(酵母エキスの抽出)
菌体培養後の湿潤酵母菌体を蒸留水に懸濁して遠心分離を繰り返すことで洗浄した。洗浄後は湿潤菌体を蒸留水に再度懸濁する、又は、凍結乾燥、若しくは熱風乾燥させた乾燥菌体を蒸留水に懸濁する。2N NaOHでpH13に調整後、70℃で20分間攪拌し、酵母エキスを抽出した。酵母エキス抽出後の菌体残渣をドラムドライヤーで乾燥し、乾燥物100gを酵母残渣として使用した。
【0027】
製造例1
上記酵母残渣100gに対して95%エタノールを2倍量となるように加え、60℃、9時間抽出した。5℃に降温して1時間保持した後、ろ紙(ADVANTEC社、NO.5C)で濾過し不溶物を取り除いた。さらに、ろ過液をロータリーエバポレーターにて減圧濃縮乾固し、組成物5.5gを得た。
【0028】
得られた組成物をTLC分析した。
分析条件:
TLCガラスプレートシリカゲル600 F254 5×20cm
展開溶媒:クロロホルム:メタノール:水=65:25:4
サンプル:左から製造例1
ホスファチジルコリン
ホスファチジルイノシトール
ホスファチジルエタノールアミン
発色:ニンヒドリンスプレーII
【0029】
結果を
図1に示す(検出されたスポット外縁に沿って略円を記載した)。本発明(製造例1)の組成物では、4つのスポットが確認された。また、ホスファチジルコリン(PC)では、全く検出されなかったが、ホスファチジルイノシトール(PI)とホスファチジルエタノールアミン(PE)においても、それぞれスポットが確認された。
【0030】
製造例1で得られた組成物を培地に添加し、Gaussia Luciferase(GLuc)の発現量、Human IL-6(hIL6)の発現量を解析した。使用した培地は、RPMI1640(WAKO製 「189-02025」)に、製造例1で得られた組成物を0.01%添加した無血清培地を用いた。
安定発現株の取得:CHO-K1細胞を1×104 cells/mL/24 well plateに播種した。翌日、hIL6遺伝子(500ng/well)をトランスフェクションした。トランスフェクション3日目に、細胞を100mm dishに移して、細胞が80%程度コンフルエントになってから、G418含有培地に切り替え、約1週間培養しながらセレクションを行った。その後、出来上がったコロニーをピックアップして96wellpateで培養し、活性確認を行い、活性があった細胞を更に24well plate、6well plateにスケールアップしてhIL6安定発現株を取得した。
【0031】
(実施例1) 酵母抽出物添加無血清培地のGluc安定発現株に与える影響
GLuc安定発現株を前述のhIL6と同様の方法で取得し、5×10
5 cells/2 mL/6 well plateに播種した。翌日、PBS(-)で洗浄し、酵母抽出物含有培地2 mL/well添加し、48時間培養した。 48hr後、培養上清中のGluc活性を測定するとともに、セルカウント法にて細胞数を計測した。なお、結果はRLU/cells/dayで示している。結果を
図2に示す。
取得した安定株3株(230株、232株、236株)で評価し、3株とも、細胞当たりのGluc活性は、RPMI1640/酵母抽出物群がRPMI1640/FBS群やCDM4CHO群よりも高い活性を示した。なお、RPMI1640/FBS群は、RPMI1640に、ウシ血清(FBS)を終濃度10%となるように添加して、CHO-K1細胞を培養する培地として用いた群である。CDM4CHO群は、CHO-K1細胞を培養する培地にCDM4CHO(GE Healthcare社製「HyClone」)のみを用いた群である。
【0032】
(実施例2) 酵母抽出物添加無血清培地のhIL6安定発現株に与える影響
取得した安定株2株(HE11A1株、HE12A2株)で評価し、2株を5×10
5 cells/2 mL/6 well plateに播種した。翌日、PBS(-)で洗浄し、酵母抽出物含有培地2 mL/well添加し、48時間培養した。 48hr後、培養上清中のhIL6発現量を測定するとともに、セルカウント法にて細胞数を計測した。なお、結果はpg/cells/dayで示している。結果を
図3に示す。
HE11A1株、HE12A2株とも、細胞当たりのIL-6産生量はRPMI1640/酵母抽出物群が、ほかの2群と比べて明らかに高い値を示した。
【産業上の利用可能性】
【0033】
以上説明してきたように、本発明によると、組み換えタンパク質の産生を促進することができ、有用物質を効率よく製造することができる。